2010年03月

2010年03月31日

教科書修正要求を繰り返す韓国

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 文科省が来年度の教科書の検定結果を発表し、早速韓国政府は小学5年の社会科の「竹島」記述に対し難癖を付けてる様だが、連中の歴史教科書に対する修正要求は、歴史解釈という範疇ではなく我が国の歴史そのものを否定するもので、憤激に堪えない。

 数年前、国際的な通信社「チルドレン・エキスプレス東京支社」の子供達が在日韓国大使館の政務事務官を訪ね「もし日本が、韓国に教科書を修正して欲しいと言ったらどうですか?」と素直に聞いた。

 参事官は「近代史の歴史に於いて加害者の立場と被害者の立場があり、誤った歴史を反省した上で友好関係を築いて行くことが大事で、先ずは加害者側への努力を求めることが筋だ」と述べた。

 要するに日本は韓国に被害を与えた国だから同等の権利など無く、修正要求に応じるつもりは毛頭無いということなのだ。歴史問題に対する修正要求は明らかな内政干渉で、「日韓平和条約」にも違反するものであり、毅然と抗議すると共に、竹島問題の歴史的事実を啓蒙すべきである。

 韓国は竹島を独島と称し固有の領土と主張するが、この根拠は、三国史記という古代朝鮮の歴史書に鬱陵島の隣にある干山島が新羅の領土と書かれていることに帰着する。4~5世紀から韓国領だったというが、古地図では干山島は鬱陵島の西に接近している。

 竹島は、鬱陵島の東南92キロに在るのだから、干山島が竹島である筈もなく、こんな判りきった事実が有るのに、何故韓国は干山島は竹島だから固有の領土だと主張するのか。

 それは、竹島と鬱陵島の周辺の小島の呼称が、竹島は以前、松島と呼ばれた時代も有るし、リャンコ島と呼ばれたこともある様に、色々変遷して来た為の錯覚でしかない。

 李氏朝鮮時代の地図には、鬱陵島より90キロも先に在る島のことなど唯の一度も登場したことはなく、鬱陵島とその近くの干山島などの小島以外は全く出て来ない。

 考えてみれば当然のことで、李氏朝鮮時代には鬱陵島すら空島政策によって居住が禁止されており、それより遥か先の島のことなど関心の外、認識すらなかったのである。

 この領土問題を紛らわしくしているのは、日本では当時、鬱陵島を竹島と呼んでいたということくらいだろうが、歴史的に見ても竹島は我が国固有の領土であり、韓国の主張は全く根拠がないのである。

 昭和29年9月25日に日本政府は、この問題を国際司法裁判所に付託することを提議し、国際司法裁判所が介入し「調停に拠り解決を図る」との合意に至っているが、韓国政府は未だに一度も応じていない。応じていないというより、応じられないというのが本音だろう。

 また、昭和26年に韓国がアメリカ政府に対し、ポツダム宣言の解釈として「日本が放棄した領土には竹島(独島)が含まれるべきである」と要求したが、次の様に回答されている。

 「独島、又は竹島ないしリアンクール岩として知られる島に関しては、この通常無人島である岩島は、我々の情報によれば朝鮮の一部として取り扱われたことは決してなく、1905年頃から日本の島根県隠岐支庁の管轄下にあります。この島はかつて朝鮮によって領土主張がなされたとは思いません」(ラスク国務次官補より梁韓国大使宛書簡、1951年8月10日付)

 歴史的に見ても、竹島は我が国固有の領土であり毅然と領有権を主張すべきで、領土問題での譲歩は更なる譲歩を生むだけで何の解決にもならないばかりか、国家主権に対する認識不足や対応の甘さは、韓国を始めロシア、中共、北朝鮮といった連中になめられるだけだ。

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cordial8317 at 07:50|Permalink

2010年03月30日

靖國神社の「迅雷桜」

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 先週、靖國神社の基準木「迅雷桜」が咲き始め「開花宣言」が出された。開花宣言から、1週間後が満開になる。毎年この時期に合わせ、知人と靖國神社に詣でるのが恒例となっていて、彼此20年以上続いている。

 靖國神社には年に何度も参拝するが、この時期の桜が満開の時に参拝するのが一番好きだ。今年は、今週末の3日に参拝し、初めて「同期の桜を歌う会」に参加する予定でいる。英霊の遺書には「桜満開の時期に靖国で再会しましょう」というものが多く、「同期の桜」に「花の都の靖國神社、春の梢に咲いて会おう」ともある。

 やはり靖國神社には、桜満開の時期に詣でるのが良いと思う。所謂「終戦記念日」の8月15日は遺族の方々や関係者が静謐な環境の中、心静かに参拝すべきと思っている。散華された英霊の鎮魂を祈るなら近くの神社で十分だし、或いは家や出先で黙祷を捧げるだけでも良いだろう。態態敗戦の日に、遺族其方のけで軍服や隊服を着て参拝している人を多く見掛けるが歓心はしない。 

 桜満開の九段は最高に綺麗で、一句詠みたいと思うが如何せん歌心が乏しくもどかしい。桜は古代から日本人に最も愛され親しんだ花で、それだけに桜への憧れの詩も多く詠まれている。

 世の中にたえて桜のなかりせば春の心ものどけからまし(在原業平)
 敷島の大和心を人問わば朝日に匂う山桜花(本居宣長)
 願わくば花の下にて春死なんその如月の望月の頃(西行法師)
 風誘う春よりもなお我はまた春の名残りをいかんとはせん(浅野内匠頭)
 散る桜残る桜も散る桜(大愚良寛)

 また桜は死に際の潔さで昔から武人、軍人精神に最も合う花でもある。九段の桜、同期の桜、愛国の桜。
陸軍の徽章は桜、海軍は桜に錨。靖国神社の紋は菊に一重桜。

 「桜」は日本人の心の文化と美意識の真髄なのである。

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2010年03月29日

「アジア新時代」なんてクソ喰らえ!

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 日中韓両政府の合意に基いて「歴史共同研究」という茶番が行われているが、支那、韓国側の歴史に対する修正要求は歴史解釈という様な範疇ではなく、我が国の歴史そのものを否定するものであり断じて看過出来るものではない。

 歴史問題に対する支那、韓国の異常な程の難癖は今に始まったことではないが、これらの修正要求やイチャモン難癖は明らかな内政干渉で「平和条約」違反である。「平和条約」には「両締結国は善隣友好の精神に基づき且つ平和及び互恵並びに内政に対する相互不干渉の原則に従い両国民の交流促進のため努力する」と踏襲されている。

 支那、韓国は度々「近隣諸国条項に基いて対応すべき」と宣うが、「近隣諸国条項」は国際法でも正式な法令でもなく、優先すべきは「近隣諸国条項」よりも「平和条約」であり、支那、韓国こそ「平和条約」に違反しているということを認識させるべきだろう。

 福沢諭吉は「脱亜論」で「ただ隣国だからという理由だけで特別な感情を持って接してはならない。国際的な常識に従い、国際法に則って接すればよい。」と支那人や支那人との接し方を教えているが、蓋し正論である。

 連中の対日批判の多くは、民族性の「虚言癖」から来る歪曲と捏造であるが、その中でも「南京大虐殺」や「慰安婦問題」はその典型だろう。南京での虐殺など存在せず、ジョン・ラーベの嘘を歪曲し喧伝してるだけだ。

 慰安婦問題でも、元慰安婦だと称する老婆が「日本兵に銃を突きつけられ、殺して釜茹でにして喰ってやると言われた」と証言し、朝日や毎日を始めとする蛆虫らがここぞとばかり大騒ぎしたことが有るが、残念ながら日本には老婆の言う様なそういった風習はない。

 この証言は、大陸支那の影響を受けた朝鮮人が、悪病治療の迷信から人間の肝や指などを食べていた「人肉食習慣」を、日本人も同じ様に行っていると思って仮託した「同一化虚言」のひとつであり、日本軍がやったとされる所謂「三光作戦」もその類の嘘である。支那人や朝鮮人の、こうした歪曲や虚言は枚挙に遑がない。

 倣岸無礼な支那、韓国には、西郷隆盛の「征韓論」に倣い、正式な責任ある問罪使を派遣し、正理公道を以って猛省を促すべきだろうが、今、西郷隆盛の様な気骨ある政治家もおらず、福沢諭吉の様な思想家もいないのが日本の不幸である。

※福沢諭吉「脱亜論」全文 
http://www.jca.apc.org/kyoukasyo_saiban/datua2.html

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2010年03月28日

親父の小言

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 福島県相馬市の大聖寺の住職、暁仙が昭和3年に書き残したとされる「親父の小言」という物が在る。中々含蓄の有る言葉が多く、県内では珠玉の言葉として額に入れ飾っている家庭も多い。

  『親父の小言』

 火は粗末にするな
 神仏をよく拝ませ
 人には腹を立てるな
 人には馬鹿にされていよ
 恩は遠くからかくせ
 女房のいうこと半分
 家業は精を出せ
 たんと設けてつかえ
 人には貸してやれ
 女房は早く持て
 生物を殺すな
 義理は必ず欠くな
 大酒は呑むな
 判事はきつく断れ
 貧乏を苦にするな
 塩もたやすな
 怪我と災は恥と思え
 小商ものを値切るな
 産前産後を大切に
 泣き言は必ず云うな
 人の苦労を助けてやれ
 家内は笑ふて暮らせ
 朝きげんをよくしろ
 不浄を見るな
 身の出世を願え
 年寄りをいたわれ
 万事油断するな
 子のいうこと八九きくな
 何事もかまわずしろ
 借りては使うな
 女郎を買うな
 難渋の人にほどこせ
 年忌法事をしろ
 ばくちは決して打つな
 大めしを喰うな
 世話焼になるな
 火事の覚悟をしておけ
 水はたやさぬようにしろ
 戸締りに気をつけろ
 物を拾わば身につけるな
 何事も身分相応にしろ
 小便は小便所へしろ
 病気は仰山しろ
 不吉は云うべからず

( 福島県相馬市 大聖寺 暁仙 昭和3年)

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2010年03月26日

誰だ、こんな民主党を支持したバカは・・・

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 政府の普天間問題は解決の兆しすら見えないが、此処に来て亀井大臣が固執する郵政改革法案を巡り閣内でまたもや意見が対立、政権の新たな火種になる模様だ。こんな中で、中井国家公安委員長が30歳も年下の知人女性を議員宿舎に招き入れ、溌剌さをアピールした様だが、危機管理上問題の残る行動には違いない。

 民主党政権下での政治の混乱、機能不全は惨憺たる現況で、経済の停滞、低迷、国民不在の政争は一体何時まで続くのやら。

 大多数の有権者は、マスコミの提供する偏った報道に毎日接することで意思行動を方向付けられる。声の大きい者、頻繁に接する物に、人は正しい者、魅力のある物として誘導される。例えば、テレビショッピングは一種の洗脳番組だが、視聴者に都合の良い部分だけを繰り返し何度も見せて、その後、有名人らに感想を聞いたり、実体験を語って貰ったりする。此れを見た視聴者は、大して欲しくないものをついつい勢いで買ってしまうが、マスコミはこうした人間の心理を全て理解した上で垂れ流す。此れが『バンドワゴン効果』というものだ。

 報道するものが、見せたいものであり、誘導したいもので、報道しないものが国民に知らせたくないものだ。巨大な洗脳装置がマスコミであり、くだらない芸能ニュースやお笑い番組などにどっぷり浸かっている人達こそが愚民政策の体現者なのである。テレビばかり見ているとバカになるってのも満更嘘ではない。マスコミが報じない重要な問題を、自分自身で紐解き、判断出来る公正、無私無偏な目を持ちたいものだ。

 先の総選挙での民主党勝利の要因は、連日マスコミが垂れ流す『政権交代』という「バンドワゴン効果」で無党派層と言われる連中が投票したことと、自民党支持者の実に3割近くが民主党を支持したことにある。

 何故、本来自民党である筈の支持者が民主党に投票出来るのかと言えば、自民党に巣食う無自覚左翼と民主党の政策が見事に一致するからで、自民党より民主党に魅力を感じた結果だろう。 選挙前頻りに『自民党への不満、民主党への不安』と揶揄されてた様に、自民党に対して積もり積もっていた不満や不信、失望が「逆風」となり、「自民党にお灸を据える」といった意味合いで「民主党に(でも)入れてやるか」「或いは民主党(しか)ないのか」という『でもしか政党』が誕生しただけのことである。

 自民党は5年前の衆院選で圧勝しながらも保守政党として何ら、保守的な政策を実行出来なかった事に、国民は見切りを付け『政権交代』で日本を変えて貰いたいという単純な図式で、民主党を支持しただけで、民主党のマニュフェストや「基本政策」を理解して投票したとは到底思えない。

 民主党は結党以来の「基本政策」としている、『外国人地方参政権』『国立追悼施設の建立』元慰安婦に対して国家賠償する『戦時性的強制被害者法案』といった反日政策、また日本の家族制度を破壊する 『夫婦別姓』や、言論の自由を侵害する『人権救済機関の設置』『日教組主導の教育関連政策』といったことは国民の殆どは知らない。敢えて国民に知らせないというのが本音だったのだろうが、この様な国益を害する政策を実行に移すことが有れば、断じて看過することはない。

 民主党政権への不安は日毎募るばかりだが、一体誰なんだ、こんな民主党を支持したバカは。

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cordial8317 at 08:26|Permalink

2010年03月25日

前田日明よ、無所属で戦ったらどうだ!

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 民主党から次期参院選挙に出馬予定だった前田日明が、「民主党から選挙支援を受けられない」との理由で出馬を辞退するという。

 前田は、一水会の木村三浩著『右翼はおわってねぇぞ』で、木村氏と対談し『在日コリアンというのはおかしな連中で、当の本人でも自分が何人かわからない。なかには、日本人より日本人的な人間もいます。日々の生活で、まったく日本人の感覚でしゃべっている自分もありますし、韓国人でもある。では何人だと。自分が韓国人、また朝鮮人なのか日本人なのかわからない」とした上で『自分は在日朝鮮人といわれるんですけれど、自分でいうとしたら在日「李氏朝鮮人」です。精神的に自分たちにとっての祖国は李氏朝鮮(李朝)としかいえないかもしれない』と表現している。

 非常に勉強家で、日本の現況を憂いている気概を感じる部分も多々有り、「永住外国人地方参政権付与法案」問題に対しても、「これはおかしいと思うんです。永住外国人、はっきりいって対象は在日台湾、韓国、朝鮮人ですよ。参政権うんぬん以前の問題で、戦前から日本に来ている人たちには是非もなく、まず日本国籍を与えて選択させる。国籍を取れば選挙権は当然で、国籍はいらないという人には選挙権は必要ないですよ。」と述べている。

 今回の件で、小沢が「選挙を進めるに当っての互いの認識が若干違っていた」と語っていたが、恐らく外国人参政権付与に対する認識の違いが出馬辞退に至った最大要因ではなかろうか。

 前田は「戦後の断絶とともにこの国の精神文化が破壊されました。とくに破壊されたのは、歴史の破壊による精神的断絶。歴史教育というのは、経験という生きた道徳教育につながりますからね。そのために、この国独自の礼節や言葉が乱れてきたように思われてなりません。」と歴史教育の見直しと道徳教育の必要性を訴えているが、これもまた道徳教育廃止を謀る民主党との政策とは懸け離れたものだ。

 何れにせよ、出馬辞退の理由が「民主党から選挙活動の支援を十分に受けられないから」とは情けない。いっそのこと、元格闘家らしく無所属で「外参権付与反対」「道徳教育推進」の公約を掲げて、小沢傀儡民主党と戦ったら如何。

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cordial8317 at 12:09|Permalink

歴史の共同研究なんぞ止めてしまえ

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 日韓両政府の合意に基いて「日韓歴史共同研究」という茶番が行われているが、抑抑日中歴史共同研究同様、歴史の共同認識など共有出来るものではない。韓国側の歴史に対する修正要求は、歴史解釈という様な範疇ではなく、我が国の歴史そのものを否定するもので、無意味且つ労力の無駄で即刻止めるべきだ。

 韓国の学者は、韓国併合は西洋列強のアジアの植民地支配とは違うという。今回の研究でも古代史について、日本書紀の「在安羅諸倭臣」にイチャモンを付け「倭人は安羅の臣下で、安羅倭臣館という用語が妥当」との主張をしているが、これも韓国併合の認識同様「事大思想」に拠るものだ。進んだ文化を持つ国が、遅れた国を支配することは至極当然であり、先進国が後進国を支配することを批判は出来ないが、後進国の日本の韓国併合は赦されるものではないという「事大思想」故の認識には呆れるばかりだ。

 韓国は度々日韓併合を「日帝36年」とホザく。しかし、果たしてそうだろうか。当時、韓国国民独自の力による近代独立国家建設の道など在り得ない。彼らに、あの巨大ロシア勢力の排除など到底無理だったことは、日清・日露戦争時代の近代史を学べば解ることだ。

 日清戦争後、ロシアが南下政策を開始し、日本が戦利品として割譲された、遼東半島に攻め入り、韓国までも触手を伸ばしている時に韓国独自でロシアと対峙することなど出来る筈もなかった。その意味では、寧ろ日本による韓国保護の必要性を認め、日本と一体となった上で、民族の自立発展の道を模索しようとした「日韓合邦派」の主張の方が現実的だったのだ。

 その合邦派を「日帝の手先」として糾弾し、その子孫をも「親日分子取締法」によって弾圧する韓国に、歴史の共同研究など語る資格もなく、実に痴がましい。尤も、500年も前の豊臣秀吉の朝鮮征伐をも責める国に、人間としての高貴で雅量の有る言葉を期待するのが間違いだ。

 歴史の問題は、一国の存亡に係わる大事であり、安易に譲歩するべからず。

 「君、国売り給う事勿れ!」

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cordial8317 at 06:10|Permalink

2010年03月24日

本人にしてみりゃ辞めたくても・・・

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 小林千代美代議員に、不正に資金提供した北海道教職員組合の幹部二人が政治資金規正法で起訴されながら、当人は離党も議員辞職も考えていない意向を示したが、小沢や鳩山、石川らが一切責任を取っておらず、党内事情を優先すれば小林だけが責任を取る訳にも行かないだろうが、国民をナメた話しだ。輿石東も、先の参議院選挙で日教組関係者が「教育公務員特例法」と「政治資金規制法」で逮捕され、有罪判決を受けているが、輿石は関係を否認し、何ら責任を取ってはいないことを見ても小林が議員を辞するとも思えない。小林の政治資金規正法違反は、小沢の問題に比べれば屁の様な問題だが、 政治資金規正法は議会制民主主義の根幹を成す法律であり、政治資金の実態を偽ることは、国民を欺いて政治判断を歪めることに他ならないのである。

 小沢の、西松、水谷建設の「裏献金疑惑」や世田谷の土地購入問題、「都内の高級マンション購入疑惑」「岩手めんこいテレビ株主問題」群を抜く「個人資産」、これらの不動産取得や蓄財に、新生、自由党の解党時の政治資金約23億円余りが使われているが「政党交付金」は国民の血税であり、法律を作る側の政治家が法の網を巧妙に抜け、これを返納せずに不動産購入や蓄財に充てることは、国民に対する背任、横領、詐欺行為である。

 石川議員の問題に対しても、民主党は「小沢の秘書時代の事件だから」と開き直ったが、野党時代「秘書の罪は議員の罪」と厳しく追求して来たのは鳩山ら民主党の連中だ。鳩山なんぞは、一連の問題に対し『私服を肥やしたり不正な利得を受けたりした訳ではない』などと言い訳していたが、実に見苦しい。民主党議員は、どいつもこいつも他人には厳しいが自分自身には相当甘い様で、「自浄能力の無さ」「政権担当能力の無さ」を露呈するばかりだ。

 鳩山や小沢らクサレ議員らが、政治的、道義的責任も一切取らず、政治家の椅子に固執すればするほど、国民の政治不信は増大し、益々民主党離れは進むだろう。

 『天網恢恢疎にして漏らさず!』

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2010年03月21日

厚顔無恥な外務省OB

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 日米「密約」の参考人質疑を行った衆院外務委員会で、東郷和彦ら元外務官僚が証言し、勝ち誇った様に「密約説」を暴いているが、昭和35年の日米安全保障条約改定に際して、当時の藤山外務大臣は、核兵器を搭載した艦船や航空機の寄港、通過は事前協議の対象にしないことを申し合わせており、その「討議録」は既に米国で公開され明らかになっている。

 既に明らかになっている極めて当然のことを「密約説」として「非核三原則」に反するとして大騒ぎし、これを公表し、大騒ぎしているのだから呆れ果てる。

 日本政府が「非核三原則」を掲げてはいたが、余程のバカではない限り、日本の安全は米国の核の傘が守ってくれているものだということは暗黙の了解で、これを「持ち込ませない」「寄航もダメ」、しかし日本を守って下さいなどというのは、余りにも都合が好過ぎるというものだ。

 「密約説」を大騒ぎするなら、昭和16年12月7日、米国と戦争を始めようかという前の晩に仲間と飲み過ぎて指定時間に宣戦布告の覚書を米国に渡せず、何と真珠湾攻撃の1時間後に持って行き、日本国に永遠に泥を塗ったことも公表し国民に詫びるべきだ。

 日本の外交史上歴史に残るだ大失態なのに、誰一人として咎められず、責任も取っていない。しかも戦後、彼らは外務次官や駐英大使、その他第一級ポストに昇進し、叙勲までされているのには驚く。彼らが、職務を遂行していれば日本人は「嘘吐き」「騙まし討ち」「卑怯者」といった汚名を着せられずに済んだのだ。

 外務省OBらが、過去の数々の失態を猛省もせず、岡田らの尻馬に乗って恥も外聞も無く言説に同調しているが、バカじゃなかろうか。我が国の近隣諸国は、支那や韓国、北朝鮮と危険な国ばかりで、これらの脅威に対抗する安全保障措置として、米国の核の傘以外の何が存在するというのだろうか。

 冷戦時代、日本の平和が続いたのは米国の「核」の力に拠るものと、単なる偶然であり、平和に貢献した米国の核の持込まで暴いて糾弾しようとは正気の沙汰とは思えない。「密約説」に狂奔する連中の一連の行動は、日本の国益に適う物だとは到底思えないし、正に危機感が自覚皆無な「平和ボケ」の象徴である。

 我が国は自らの国家の防衛という国家百年の大計を放棄し、米国に依存している歪な体制を取っている訳で、それが嫌なら憲法を見直し、日米安保を破棄し、防衛費を増大し、自らの国は自ら守るという普通の国になれば良いだけである。

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2010年03月20日

「自由が無いのが民主党」

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 民主党、生方幸夫副幹事長が執行部を批判し更迭されるという。自民党、小泉進次郎が過日「自由が有るのが自由民主党。自由が無いのが民主党」と巧いことを言っていたが、今の民主党は、北朝鮮や中共政府の如く言論の自由は存在せず、健全な政党とは思えない。

 「国民の納得が得られなければ幹事長を辞任すべきだというのが党内のマジョリティー(大多数)だ」と語り、小沢一郎の党運営を「中央集権的だ。権限と財源を何方か一人が握っている」と記者団に指摘したことを執行部批判だというが、生方氏の発言は至極当然の認識で、間違いだとすれば「党内のマジョリティー」ではなく「国民のマジョリティー」だろう。副幹事長の解任は民主党と国民感情とのズレを改めて感じさせるもので、野田佳彦が「耳に痛い話しをした人が辞表を迫られるのは宜しくない」、枝野幸夫も「直ちに辞める類のことが何処に在るのかと首を傾げたくなる」などと苦言を呈してはいるが、何ら反映されてはいないことを見ても、如何に民主的でないことが理解出来る。生方氏が「党内には三人も秘書が逮捕され、何の処分もされてはいないのに、辞任要求するなら倫理委員会にかけて欲しい」と反論していたが、執行部は聞く耳を持たず、即、副幹事長解任を決めた。正に今の民主党には言論の自由は存在せず、民主的でもない。

 吉田松陰は「平時直諌(ちょっかん)なくんば、戦に臨みて先登なし」と、日頃(殿を)直接諌めるということが出来なければ、いざ戦の際に、真っ先を駆けて敵陣を斬り込むことなど出来はしないと教えている。また「幽窓随筆」には「天子に争臣七人在らば、無道と雖も天下を失わず」と、遠慮せずに自分の信ずるところを述べて、天子と論争する家来が七人いれば、政治が一時的に道理に外れた状態になっても、国家を失う様なことは無いと説いている。こういう時に苦言を呈する者こそ大事にすべきで、山岡賢次や輿石東ら腰巾着が、小沢に擦寄って媚び諂う態度は醜いとしか喩えようがない。

 今の小沢独裁政治は、北朝鮮や中共政府、或いは戦時中の特高警察の如く言論を封殺し、自己保身や権力欲や金銭欲に塗れ、現を抜かしている姿は、国民の政治不信を増長するばかりだ。小沢は支那訪問時に、自らを人民解放軍の司令官と喩え、悦に入ってバカをひけらかしていたが、ヤツには上に立つ器量など皆無で、こういう独裁者の結末は、反乱分子や市井の徒によって粛正される運命を辿るであろうことは歴史が証明している。

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2010年03月19日

クロマグロ禁輸否決

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 カタール・ドーハで開かれているワシントン条約国会議で、「大西洋・地中海クロマグロ取引禁止提案」を大方の予想に反して否決された。今回の結果は、日本外交史上貴重な事例であり、米国がクロマグロや鯨やトヨタ問題を政治問題化させようと必死な米国にとっても大差での否決はショックは隠せない。この勢いで、捕鯨問題も解決をして欲しいものだが、無理無体、理不尽なことを平気でやる米国との同盟強化など笑止千万と言われても仕方あるまい。

 我が国の食料自給率は39%で、この数値は食料安保の視点からも大変問題のある状況で、食料自給率の改善に繋がる問題としても「捕鯨問題」は重要なのである。日本が調査捕鯨を継続している背景には、「鯨は将来の人類の重要なタンパク源になる」という考えもあり、小さなミンク鯨1頭で牛7頭分のタンパク質が採れるといい、鯨を家庭の食卓に戻すことが、食料自給率の改善に繋がるのだ。地球上の鯨類が年間に捕食する魚類の総量は2億5千万トン~4億トンだという。一方、地球上の漁師の漁獲量は約1億トン。「鯨飲馬食」と言われるほどに食欲旺盛な鯨類が増え過ぎれば、人間が食料にしている水産資源も脅かされる事となろう。

 日本で商業捕鯨が本格的に始まったのは江戸時代の初期の1606年の頃である。紀州の太地で開始された商業捕鯨はやがて全国に広まり、それと共に鯨を食する習慣も全国に広まった。松尾芭蕉の句に「水無月や 鯛はあれども 塩鯨」というものがあるが、塩付けされた鯨の肉は江戸庶民の大切なタンパク源で、大衆食として愛された。19世紀初頭には「鯨肉調理方」という本が出版されているが、鯨食というのはそれだけ普及していたのである。今でも、北海道や東北では正月に「鯨汁」を食しているし、「ハリハリ鍋」にしている地域もあるし、大阪のおでんにはコロ、サエズリ、オノミといった具がある。反捕鯨の連中は、鯨食を「ゲテモノ」扱いしたり、「戦中戦後の食糧難時代に止むを得ず広まったもの」だとか、或いは遠洋漁業は「鯨油を採る目的だ」などと愚にも付かない反論をしているが、それは欧米の捕鯨が皮だけ剥いで鯨油のみを採るやり方だから、それと勘違いしているものが多いのだ。日本は単に食するだけではなく、鯨の髭は文楽の人形に使い、骨は櫛などの工芸品となっている。漁師達は鯨塚を作り供養も行っていたし、捕鯨問題の背景には、こういった日本の伝統的鯨文化の問題も有るのである。

 多少波風が立とうが、日本の主張はするべきで、何でも「強調」しようとか「友愛」だとかの軟弱な姿勢は日本の将来を危うくするものである。捕鯨問題は、日本にとって重要な問題であり、地道な科学調査が実を結ぶことを願って止まない。

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2010年03月18日

現憲法は矛盾だらけのクソ憲法だ!

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 国の最高法規である現憲法は実に矛盾だらけのクソ憲法である。

 最たるものが「第9条」だ。此れを論拠に誤憲派は「平和憲法」とホザくが、第9条第1項で「日本国民は正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と武力による威嚇または行使は国際紛争を解決する手段としては永久に放棄する」としながら、第2項で「前項の目的を達成する上で陸、海、空の戦力は保持しない。

 また国の交戦権これを認めない」とは理解に苦しむ。歴代首相の靖國神社への参拝が第20条違反なら、私学助成金制度は第89条違反だ。田中角栄が日中国交条約を締結した際「日華国交条約」を破棄したが、第98条には「いかなる理由があろうとも、日本が締結した条約は破棄してならない」とあり、明らかな憲法違反だ。

 改正要綱が第96条にあり「国会議員の3分の2以上が発議し国民の過半数の同意」で憲法改正出来るとあるが、これに基づき発議すれば「天皇及び摂政、国務大臣、全ての公務員は憲法を遵守しなければならない」とあり、改憲発議自体、憲法を遵守していないことに問われ、第99条違反になる。

 成文憲法のある世界の国の中で最も古いのは1789年の米国。次いでノルーウェー、ルクセンブルグ、スイスと続く。昭和22年の日本は15番目だ。ところが米国18回、ノルーウェー139回、スイス109回、ドイツ43回、イタリア6回改正しており、一字一句改正されていない日本国憲法は、今や世界で最も古い憲法なのだ。

 何処の国でも時代の流れに応じて憲法を変えていくものだ。環境問題、情報公開、プライバシー保護、国家の安全等々憲法を施行した時代からは想像もしなかった程社会は変化している。一刻も早く現憲法を破棄し、日本国民の手による日本国民の為の憲法制定を急がなくてはならないが、未だ頓挫した儘だ。

 改正議論が進まない理由の一つに「護憲派」の抵抗がある。憲法第9条の「戦争放棄に関する条項」は世界大戦後、国連が勧めた「不戦条約」がその源であり、日本や米国、英国、仏国、伊国など多くの国が締結している。しかし、戦争放棄の国際条約を結んで世界から戦争が無くなったかというと、皮肉な事に条約とは全く正反対の道を歩んで往ったのである。

 平和主義を憲法で謳っている国は80ヶ国以上在り、イタリア、スペイン、ハンガリー、エクアドル、フィリピンは日本と同じ規定が有る。護憲派は「世界で唯一の平和憲法」と賛美している様だが、これこそ日本人の奢り以外の何ものでもない。

 護憲派は『誤憲!』であることに気付くべきなのだが、「平和?」に拘泥するあまり全く聞く耳を持たないが、人権・平和団体の連中に共通するものは「物事の見方が実に薄っぺら」で、実に腹立たしい。最早、現憲法は改正などというレベルの話ではなく、早急に破棄し「自主憲法の制定」以外に無い。

※当ブログで『日本国憲法は無効であり、欽定憲法を復元・改正しよう!』というアンケートを実施していますので御協力をお願いします。

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2010年03月17日

将棋も無くそうとしたGHQ

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 戦後GHQは日本弱体化の為にあらゆる物を監視し規制した。日本の「将棋」も軍国主義と結びつけ、こんな危ないゲームは無くすに限ると日本将棋連盟に連絡し呼び出した。

 当時は未だ「日本将棋連盟」ではなく「将棋大成会」という組織で、会長の木村義雄は升田幸三をGHQに送り出す。

 将棋を知らない人でも大山康晴は知ってるだろうが、地味で派手さがなくつまらぬ将棋で強すぎる大山とは対照的に、大山の兄弟子で当時、升田幸三実力制第四代名人は将棋ファンには大人気であった。

 升田の全盛期は短かったが、棋風も言動も兎に角豪快で、大山の前の名人である木村を相手に「名人なんてのはゴミみたいなもんだ」と発言し「名人がゴミなら君はなんだ」と反問され「ゴミに集るハエよ」と言い返したのは有名な話だ。

 この升田を木村は「将棋の危機を救うのは升田しかない」と使者とした。

 升田は兵隊の時に、ポナペ島で星空を見上げては宿敵木村名人を倒すことばかり考えていたという。そんな彼の目の前から将棋が指せなくなる危機が生じたのだ。

 升田は将棋を指すが如く熟慮し、作戦を練ってGHQの牙城である皇居前の第一生命ビルに向かった。

 升田、開口一番「酒を飲ませろ」

 将校は驚きながらも缶ビールを差し出した。

 缶ビールを知らない升田は「不味いなぁ、これは本物のビールか」

 これには将校も呆気に取られた。

 酒を出させたのは強がりではない、ビールを飲めば小便が近くなり、難しい質問なら便所に駆け込んで考えようという、升田の緻密な作戦である。

 将校は升田に「我々のチェスと違って、日本将棋は取った相手の駒を自分の兵隊として使う。これは捕虜の虐待であり人道に反するではないか」と吹っ掛けて来た。

 升田は、すかさず切り返す。

 「貴方方は頻りに民主主義を振り回すが、チェスなんてなんだ。王様が危うくなると女王を盾にして逃げるじゃないか。レデイーファーストとは聞いて呆れる。古来から日本の武将は落城にあたっては女や子供を間道から逃し、然る後に潔く切腹したもんだ。敵の駒も自分のものとするのは、駒の能力を尊重してのことだ。適材適所だ。これが本当の民主主義なのだ。民主主義をバカの一つ覚えみたいに唱えるより、日本の将棋を勉強して政治に生かしたらどうだ」

 酔った勢いで喋り倒し敵を圧倒、斯くして将棋は生き残った。

 懐の深さと、弁が立ち頭の良い升田の価値を理解し、将棋を救うのは升田しかいないと確信していた木村の人を見る価値こそ、将棋で培われた「適材適所」であろう。

 愚人、賢人、使い道の異なる人間を適所に生かす世界観こそ「各々其の所を得る」ということである。

 人は適所さえ与えれば自ずと輝き出す!

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2010年03月16日

「通名禁止法案」をつくろう!

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 大正15年、普通選挙法が施行され25歳以上の全ての男子日本国民に選挙権が与えられるようになり、当然、日本本土に在住する朝鮮人にも、日本国民として平等に与えられた。

 昭和7年の衆議院選挙には、東京4区から朝鮮出身の朴春琴が立候補し当選した。選挙区には、朝鮮から出稼ぎに来ていた人達が多かったとはいえ、有権者数の1.5%にも満たない数で、多くの日本人が投票したことが分かる。投票の表記に、ハングルで書かれたものも有効と認められていたが、「植民地」の文字が、宗主国の選挙で使用を認められたのは、当時世界で唯一日本だけだった。この事でも、戦前の朝鮮人に対する偏見、差別はよく言われている様なものではなかったことが理解出来る。朴春琴は、昭和12年の選挙でも再び当選している。尚、貴族院は華族と勅撰議員(天皇陛下から指名された議員)で構成されていたが、朝鮮人の華族、勅撰議員が何人もおり、「創始改名」が行われてからも、彼等は日本名に改名していない。この事実を見ても、創始改名が強制ではなかったことが理解出来よう。

 最近問題となっている「外国人参政権」だが、これを推進する在日韓国居留民団は「あの日帝の支配下においてすら参政権が認められていたのに、現在認められないのは時代錯誤だ」とホザいているが、二重に意味で見当外れである。
 
一つは、彼等が非難して止まない差別と弾圧の日帝支配なるものは、寧ろその逆であり、世界に例を見ない、極めて公平で平等な制度であったということである。何しろ、日韓併合時に100校程しかなかった小学校を昭和17年には4945校に、中学以上の学校を470校に迄増やしているが、これが差別であり弾圧で有る筈がない。

二つ目は、何故戦前に在日朝鮮人に選挙権が与えられていたのか。理由は明白で、彼等は「日本人」だったからである。

 現在も執拗に参政権を求めるなら、日本に帰化をして日本人になれば良いだけの話でので、そうすれば、何の制限差別もなく、100%の参政権が与えられる。それが出来ないのであれば、日本人に成り済ます「通名」を止め、堂々と朝鮮人の本名を名乗るべきである。日本は戦後、余りにも朝鮮人に対し寛容過ぎた様で、彼らは外国人であるということを自覚すべきだろう。

 当ブログで『外参権法案に反対し、通名禁止法案をつくろう!』というアンケートを実施していますので、是非とも御協力お願い致します。

 http://blog.with2.net/vote/?m=v&id=29906

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cordial8317 at 05:47|Permalink

2010年03月15日

花粉症はつらいよ

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 今日は趣を変え、個人情報を少々。今年の「花粉症」はそんなでもないと高を括ってたら、昨日と一昨日と用事が有って出掛けたら、酷いの何の。やっぱり例年通りで、目は充血して痒いし、鼻水は垂れ流し状態で、咽喉はいがらっぽいし、耳まで痒いし、頭はボーっとしてくるし参った参った。症状が軽かったのは、何のことはない、ずっと家に引篭もってたからだ

 一昨年の末に、コジマ電気でIPOD付き100円のパソコン購入して以来パソコン三昧の日々で、ミクシィやらグリーやらのコミュニテイサイトにも出没し始めたものだから、今までの生活サイクルが随分変った。小生、朝は4時前後には起床する。新聞に目を通し、朝食を作る時間まで本を読んだり、用事を済ませたり。何事も、朝の静かな時間にやるのが効果的だと思っている。読書は「速読3級」なので結構読むのは早い方だが、最近ドライアイに罹って、瞬きしないといられなくなり、集中力がめっきり低下した。用足しが一段落したら、朝食とパートに出る愚妻の弁当を作って、8時から暫しのリラックスタイム。9時頃から2時間程筋トレ。昼飯食って、バタバタしてると3時近くになり、4時近くに愚妻帰宅。それから晩酌の準備に取り掛かり、5時前には一献始まり6~7時には終了。8~9時には寝る。

 そうした生活を基本としていたが、しかし此処1年程で、生活サイクルがビミョーに変った。朝の時間がパソコン操作に没頭する時間が多くなり、読書の時間が大幅に減った。2時間程やっていた筋トレも1時間程度に減り、最近は筋トレをサボってパソコンをやってることが間々有る。パソコンは便利だし、調べモノするのにも楽で、非常に参考には成るが、あまり身に付かない様な気がする。古いかも知れないが、パソコンよりも、やはり本が良い。「学問」や「知識」といったものは、本から学ぶものが多く、自分自身の向上にも役に立つと感じる。 

 『言いたがり屋は、聞き齧(かじ)り屋』という言葉がある。

 「学問」とは本来自分自身の向上にするもので、他人を説得したり、論破したりするものではなく、「自分自身がどう生きていくか」「或いはどう在るべきか」といったことに答えを見出すものでなくてはならないのだが、しかし、小人は耳から聞き齧った事をそのまま口にするので、少しも身に付かないという。自分の中に真の学問を積んでいる者は、決してひけらかすことなく、衒学臭くはないものなのだ。

 『言いたがり屋は、聞き齧り屋』という言葉が有るが、実に耳の痛い言葉だ。今は亡き右翼浪人・横山武彦翁は「右翼人はよく(本を)読み、よく(文章を)書き、よく喋る(演説)の三拍子が揃ってなければならない」と言っていたが、「言いたがりやは、聞き齧り屋」とは、右翼人には必要不可欠な要素かも知れない。

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cordial8317 at 08:51|Permalink

2010年03月14日

「命を守る」最重要課題は国防である

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 鳩山政権が発足し6ヶ月。政権交代で日本が変ると期待した国民は、小沢や鳩山らの相次ぐ「政治とカネ」問題に失望し、政治不信は益々膨らむばかりだ。鳩山は「友愛精神」や「命を守る」という抽象的な言葉を羅列するが、真剣に国家・国民を護るという気概が全く感じられない。

 「子供手当て」や「高校無償化」「高速道路一部無料化」などの政策の垂れ流しで、人気を回復させようと必死な様だが、バラ撒き政策は愚民を増やすだけだ。バラ撒きさえすれば国民の支持を得られるだろうとする、鳩山や小沢らの感覚は国民を愚弄するもので、決して国民の支持は得られまい。

 「命を守る」最重要政策は『国防』と『教育』である。普天間問題の迷走でも感じるのだが、国家・国民の平和・安全よりも、自分さえ善ければという風潮が蔓延して、国民の『国防』に対する意識は益々薄れるばかりだ。政治家も、憲法論議を避けその場を誤魔化し、頭の中に有るものは自己保身と権力欲と党利党略の偽善だけである。

 「命を守る」と景気対策や社会保障を見直し、バラ撒き政策をしたところで、北朝鮮のミサイル一発でそんなものは吹っ飛んでしまうだろう。

 「国防」と「教育」、この二つに不可欠なものは「愛国心」であり、日本を愛するという心情は理屈ではなく極めて自然な感情である。ところが戦後、戦前の狂信的ともいえる鼓吹された愛国心の反動から「愛国」という言葉自体が、政治家からもマスコミからも教育の世界からも消えて久しい。

 愛国心無き「国防」も「教育」も在り得ず、国防を米国に依存したまま「命を守る」と宣い、将来を担う子供達への教育の中身を議論することなく「子供手当て」や「授業料無償化」に拘り、国民の支持を得ようとは実に姑息で痴がましい。

 我が国は、今や愛国心の希薄と国防意識の欠落では恥ずかしいことに、世界に冠たる国となってしまった。今後、民主党政権下では「国を愛する心」や「国を護る」という言葉はタブーとなり、国民の国防意識など無くなって行くだろう。政治で大事なのものは、国家観を持って外交を行い、国防を怠らず、将来を担う子供達に誇りの持てる教育を如何に施して行くかということである。

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2010年03月13日

国旗「日の丸」と国歌「君が代」

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 卒業・入学シーズンのこの時期、毎度のことながら「国旗」「国歌」の問題が持ち上がるが、改めて「国旗・日の丸」「国歌・君が代」の意味を考えてみる。

 『国旗・日の丸』

 聖徳太子が小野妹子を隋に遣わす時「日出づる所の天子、書を日没する所の天子にいたす、つつがなきや」の文書を渡し、小国日本の存在を堂々と主張して見事に気概を示した。事実我が国は、ユーラシア大陸で最初に朝日を迎える国だ。稲作民族が日の神、天照大御神を崇め太陽信仰を持つのは自然で、国のシンボルに「日の丸」を執ったのも極めて自然である。国の成り立ちや理想が、日の丸の旗ほど一致する国は無い。日の丸の赤丸は、太陽を意味し熟誠、活気、博愛、誠心誠意を現し、白地は清浄無垢を示し神聖、正義、純潔、平和、鎮静を現している実に美しい旗である。

 『国歌・君が代』

 「君が代」は「古今和歌集」巻七「賀の部」の「わが君は千代に八千代にさざれ石の巖となりて苔のむすまで」の一首からの出典である。この歌の本意は、大君の御代が栄えることを願ったものである。我が国は、天皇を族長と仰ぐ君民一体の家族国家であり天皇即日本、日本即天皇の天皇国家である。この国体の精華は万邦類を見ないところである。従って陛下の御代が栄えることは、即日本が栄えることなのである。実に「君が代」は、我が国体の精華を格調高く歌い上げたものであり、その曲と相俟って厳粛にして荘重、世界に冠たる誇るべき「国歌」なのである。

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2010年03月12日

3月10日は「陸軍記念日」です

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 明治38年(1905年)3月1日から、日露戦争最後の陸上戦「奉天会戦」が大山巌陸軍大将指揮の下行われ、同月10日勝利を収めた。翌明治39年政府は3月10日を「陸軍記念日」として制定し、以後、国民挙ってお祝いしていた記念日であり、「日本海海戦」で、バルッチック艦隊を撃破し、勝利した5月27日は「海軍記念日」だ。

 昭和20年3月10日の東京大空襲は、国民が「陸軍記念日」で起死回生の戦いを祈念して御祝いしている日を狙っての攻撃で、連合軍の非情さが窺える。こうしたことは東京裁判でも発揮され、所謂A級戦犯が「死刑」の判決日が、「天長節」、処刑日は12月23日、つまり現在の「天長節」に合わせて執行され、国民に贖罪意識を持たせることに成功した。

 明治37年2月10日、日本は当時世界最大の軍事大国ロシアに対し、敢然と宣戦布告した。開戦前、世界の軍事専門家の中で日本の勝利を予想した者が一人もいなかった程厳しい戦いだったが、1年半に及ぶ大戦に奇跡とも言える勝利を収めた。国民が決死の覚悟をもって開戦に踏み切った日露戦争の勝利は、結果として欧米列強に我国の地位を認めさせることとなり、幕末以来の懸案事項であった不平等条約の改正に繋がって行く。

 即ち、明治維新の真の目的であった「治外法権」と「関税自主権」という二つの不平等条約の改正が、この日露戦争の勝利によって実現された。二つの不平等条約の内の「治外法権」は、既に日清戦争後の明治32年に克服したが、「関税自主権」の回復を実現することで明治維新は成就し、我国は真に独立を回復することが出来たのである。

 日露戦争の勝利は、世界の植民地政策で搾取や弾圧を受けている民族の独立心を駆り立て、後の大東亜戦争後の植民地の解放に繋がって行く。日露戦争の世界史に於ける歴史的意義は、有色人種の日本人が白人に勝利することによって、当時、欧米列強に植民地にされていた世界中の被抑圧民族を感動させ、独立への夢を駆り立てた大きな意義を持つものだったのである。

 日露戦争が齎した歴史的課題の本格的な実現は大東亜戦争を待たなければならないが、こうした先人の努力と苦労に想いを馳せれば、先人に対して感謝と尊敬の念は益々深まり、日本人として生まれた事に感激せずにはいられない。

 「陸軍記念日万歳!天皇陛下万歳!」

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2010年03月11日

昭和20年3月10日、東京大空襲

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 先の大戦で米国が犯した「国際法違反」は枚挙に暇がない。

 3月10日は東京大空襲が行われた日であり、この大空襲やドイツのドレスデン爆撃は「国際法違反」の代表的例であろう。日本の家屋が木造であることに着目し、敢えて火炎の強い「焼夷弾」を使用したのだ。 この残虐行為によって、多くの一般市民が犠牲となったが、広島、長崎への原爆投下同様、一般市民への攻撃は断じて許されるものではない。東京裁判で連合軍は、東京への爆撃は「重慶、南京の日本軍のよる爆撃への報復」と宣ったが、未だにこうした米国のプロバカンダを信じ、東京裁判史観から脱却も出来ず「戦争さえしなければ」といった自虐史観には困ったものだ。

 マッカーサーの右腕の一人、ボナ・エラーズは日本への空襲を「史上最も冷酷野蛮な殺戮」と記している。がしかし、有ろう事か日本政府は昭和39年12月、東京大空襲の指揮官カールス・ルメイに対し、国防への貢献が大であるとして「勲一等旭日大綬章」を与えているのだ。  叙勲の際、東京大空襲の非を問われたルメイは「民間人を殺したのではない、軍需工場を消滅させただけ」と詭弁を弄した。当時の総理は佐藤栄作だが、日本の米国への隷属ぶりを示す出来事で、「非核三原則」によって国民を煙に巻くのは朝飯前だろう。

 政府は今、日米密約説を暴くのに必死だが、「日米安保条約」の見直しは必要だが、その為には国家の防衛を否定しているクソ憲法を破棄し、明治憲法を復元・改正し国軍を創設し、国防を充実させ、更にアジアの平和安定に寄与するべきであるが、民主党政権下では「憲法」や「日米安保」を見直ししても、所詮は支那の属国に成り下がるのがオチだ。

 「米国が日本を守ってやっている」「米国が日本の防衛を肩代わりしている」との理由には一理有るが、米国は世界戦略上、日本の国土が必要なだけなのだ。「密約説」を云々騒ぐより、日米安保を見直し、法整備を急ぎ、「国防」という国家の大本を、日本国民自ら考える時期に来ているのである。何時までも、米国に従属させられている場合ではない。

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cordial8317 at 06:26|Permalink

2010年03月10日

日米密約説を暴いたところで

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 我が国は自らの国家の防衛という国家百年の大計を放棄し、米国に依存している歪な体制を取っている訳で、それが嫌なら憲法を見直し、日米安保を破棄しGNP1%以内という防衛費を増大し、自らの国は自ら守るという普通の国になれば良い事である。

 日本政府は「非核三原則」を掲げてはいたが、余程のバカではない限り、日本の安全は米国の核の傘が守ってくれているものだということは暗黙の了解で、これを「持ち込ませない」「寄航もダメ」、しかし日本を守って下さいなどというのは、余りにも都合が好過ぎるというものだ。

 昭和35年の日米安全保障条約改定に際して、当時の藤山外務大臣は核兵器を搭載した艦船や航空機の寄港、通過は事前協議の対象にしないことを申し合わせており、その「討議録」は既に米国で公開され明らかになっている。

 既に明らかになっている極めて当然のことを「密約説」として「非核三原則」に反するとして大騒ぎし、これを公表し、大騒ぎしているのだから呆れ果てる。

 我が国の近隣諸国は、支那や韓国、北朝鮮と危険な国ばかりで、これらの脅威に対抗する安全保障措置として、米国の核の傘以外の何か存在するというのだろうか。この非常識な発言や行動を、支那を始めとした腹黒い国は、ほくそ笑んでいるに違いない。

 冷戦時代、日本の平和が続いたのは米国の「核」の力に拠るものと、単なる偶然だったのだが、平和に貢献した米国の核の持込まで暴いて糾弾しようとは正気の沙汰とは思えない。

 この密約説に狂奔する連中の一連の行動は、日本の国益に適う物だとは到底思えないし、正に危機感が自覚皆無な「平和ボケ」の象徴である。

「平和ボケ」という言葉は高度成長からバブル時代にかけて、金儲けや飽食に狂奔してきた世相や、空想的平和論を弄び、米国の核には反対しても、支那やロシアの書くには反対したことも無い左翼運動家を揶揄したものだが、鳩山由紀夫や岡田克也も同じく「平和ボケ」そのものだ。

 自らの国の「平和」を自ら創り出すという、当たり前の国になる日は来るのだろうか。

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2010年03月09日

福島民報新聞「みんなのひろば」

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 先日、友人の父親の葬儀があり参列したが、余りにも過剰な演出が目に付いたので、「福島民報新聞」に「過剰演出は故人への冒涜」として投稿したら採用された。昨年9月に政治批評を中心に投稿を始めて、今回で7度目の採用だ。タイトルと内容は校正されていたが、原文はこうだ。

 「過剰な演出は故人への冒涜」→「過剰演出やめて・葬祭場の告別式」

 先週、立て続けに葬式があった。一人は同級生で、もう一方は友人の父親である。同級生は、日頃から明るい性格で、まさか自殺で亡くなるとは夢にも思わなかったが、死のうとするまでの悩みや苦痛に同級生として少しでも力になれなかったのが、返す返すも残念でならない。告別式は同級生の営む葬祭場で行われ他の同級生と共に参列した。残された娘さんが「お母さんへの手紙は、てっきり私は結婚式で読むものと思っていた」との別れの手紙を読み上げると、参列者の涙を誘っていた。派手な演出もなく、しめやかに行われた。その数日後に、友人の父親が郡山で倒れ、処置の甲斐なく幽冥境を異にした。告別式は二本松の葬祭場で行われたが、開式前から葬祭場の社長らしき人の説明が入り、故人の思い出話や来賓の挨拶と見間違うばかりの講釈を延々と聞かされたのには驚いた。
 
 今、どの家庭も手狭になり、便利さもあって葬祭場を利用する家庭が多くなった。葬祭場の関係者は、連日繰り返される葬儀に慣れっこになり過ぎているのではないだろうか。過剰な演出をして、泣かせるために美辞麗句を並べて悦に入ってる様だが、辟易している参列者も少なくない。参列者は下手な演出を見に来たわけではなく、しめやかに故人を見送ろうとしているのであって、こうした過剰演出に参列者や遺族が利用されるのはまっぴらだ。こうした過剰に演出された葬式は、故人を冒涜しているように感じる。

                           合掌

 福島県内在住で民報新聞を購入されている方は、ヒマが有ったらこの原文と今朝の朝刊の記事を見比べて下さい。

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2010年03月08日

日教組は日本に巣食う「癌」である。

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 北海道教職員組合から、小林千代美代議士への不正資金提供事件で、民主党と日教組の関係が改めて問題になっているが、これまでも日教組と民主党に絡んだ事件は少なくない。

 日教組の代表的議員と言えば輿石東参議院議員であるが、輿石の地元の山梨でも、先の参議院選挙で「教育公務員特例法」と「政治資金規制法」で関係者が逮捕され、有罪判決を受けている。この一件でも、輿石は関係を否認し、責任を取ってはいないことを見ても、小林が辞任するとも思えない。

 神奈川県と山梨県の小学校教諭や山梨県教組執行委員長を歴任した輿石東は「永遠に日教組の組合員であるという自負を持って、日教組と共に戦って行く」と、日頃から度々宣っている様に、自他共に認める「日教組政治家」である。 教育基本法第14条では、学校の政治的中立性を定めているが、輿石は「教育の政治的中立は有り得ない」と改正教育基本法を再び改正しようと目論んでいる。

 今迄にも輿石は日教組の反日思想を政治の場に持ち込んでいる。例えば日教組は入学式や卒業式などの式典に於ける「国旗掲揚」「国歌斉唱」を否定しているが、民主党も日教組の影響が強い為に、今まで党大会に国旗掲揚と国歌斉唱はしたことは一度もなかった。国民からの抗議で先の党大会で始めて掲げた様だが、未だ国旗掲揚は徹底されてはいないことでも、輿石ら売国奴が幅を利かせている証左である。

 民主党政権下で、国家行事に日の丸と君が代が消える異常な事態が、其処彼処で行われるだろうことは必至だ。更に恐ろしいのは、所謂従軍慰安婦と称する売春婦に「戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する法案」を早期に成立させ、国家賠償をしようと企んでいることだ。それによって、日本の戦争犯罪を正当化させ、子供達へ自虐史観に基づく教育を徹底する魂胆で、何処までも姑息な連中である。

 また「内外に多くの犠牲を齎した先の大戦を国策として立案・指導した人の責任は非常に大きい」として、所謂A級戦犯が合祀されている靖国神社に代わる「国立追悼施設の設置」を訴え、それが実現を帯びて来たことは看過出来るものではない。

 民主党政権誕生で国のカタチが大きく変り、国家の大本である教育が大きく転換されつつある。日教組の「反日」「自虐」史観に基づく学校教育が大っぴらに行われ、益々教育が荒廃していくであろうことは火を見るより明らかで、これを唯々傍観している訳には行かないのである。日教組は日本国内に巣食う「癌」であり、これを抉り出し粛正しない限り、教育の正常化など在り得ない。

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2010年03月07日

「開かれた皇室論」という名の所謂「天皇制廃止運動」

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 日本国憲法第一条には「天皇は日本国の象徴であり日本国民の統合の象徴であって、この地位は主権の存する日本国民の総意に基づく」と在る。

 蛆虫、共産党の様に「我々は天皇制に反対しているのだから、国民の総意ではなく、天皇は違憲である」というのは論外として、日頃「平和憲法を守れ」だとか「改憲反対」を主張する売国マスゴミの朝日、毎日、NHKは、皇室用語に敬語は使わない。

 この事実だけ見ても連中が、現憲法を守っているとは思えず「平和憲法を守れ」などと言う資格は無く、如何に護憲派が「誤憲」で有るかが理解出来よう。

 売国マスゴミの「敬称・敬語不使用」や「開かれた皇室論」の姿勢は、今や国内に蔓延し、天皇陛下や皇室に対する敬愛の念を薄れさせている。今回の、敬宮殿下の一連の報道を見ても、無礼極まる報道は目に余る。

 1932年、ソ連共産党から日本共産党へ「コミュンテルンテーゼ(命令書)」という指令が出され、その中では天皇を制度として捉え、「天皇制廃止運動」として、昭和の「戦争責任・退位論」に始まり「開かれた皇室論」と「敬称・敬語不使用運動」、そして平成に入り「女性天皇論」として、その「反天皇制運動」は継続されている。

 「愛子さま」「美智子さま」「雅子さま」「紀子さま」という呼称は、国民が殆ど知らぬまに、共産党の命令書を忠実に遂行していると言っても良いだろう。

 本来の日本人ならば、敬宮殿下、皇后陛下、皇太子妃殿下、秋篠宮妃殿下と呼ぶべきで、こうした「開かれた皇室論」から、日本の伝統文化や美徳が喪失して行くということを自覚すべきだろう。

 我が国は天皇陛下を族長と仰ぐ家族国家であり、この国体は万邦無比である。戦前の様に「畏れ多くも畏くも」とは言わないまでも、節度ある敬意を表するべきである。

 今回の報道を契機に、国内に蔓延する日本語の乱れを直すことこそ急務であろう。日本人が日本語を正しく使わずして、国際化社会などとは痴ましい。

 明治の先覚者は、外来語を全て新漢字に翻訳し、日本語のまま西洋文化を学ぶことが出来たことは偉大なことだ。現代人の様に外来語をそのまま羅列し、軽薄な舶来趣味と比べれば、明治人の気骨と気概、高い見識を伺い知ることが出来る。

 日本語に自信を持ち、何処までも日本語で主張し、日本文化を貫いたからこそ発展が得られたのだ。英語という田舎言葉が世界語になったのは、武力で世界を支配し、富を独占したからに他ならない。

 世界で今、1000万人以上の人が日本語を学び始めている。日本語文化を世界に普及し、日本の和の心を伝え、世界平和の実現を図ることは大事で、その為にも先ずは、日本人自身が乱れた日本語を正すことこそ大事である。

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cordial8317 at 06:17|Permalink

2010年03月06日

カネのばら撒きより、教育の内容が大事である

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 「子ども手当て」に加え、今度は高校の授業料まで無償化するというが、大事なものはカネのバラ撒きより、将来の日本を担う子供達に如何なる教育を施すかということである。「子ども手当て」や「授業料無償化」より、教育の内容が大切で、先人の営為に学び、日本という国に生まれたことの自覚や誇り、悦びを教えることが大切であり、政治家がこうした教育論を疎かにして、党利党略、党勢拡大の目論見だけで、金の分配だけに狂奔していることは本末転倒である。

 北教組事件が明るみに出たが、今までも民主党と日教組との異常な関係は指摘されていた。民主党のマニュフェストには「子ども手当て」のことを明記しても、どの様な教育を施して行くかということは一切書かれていない。「愛国心」も「道徳心」も「学力向上」も明記せず、国民から負託されたという驕りから、教育が日教組主導に逆戻りになり、偏向教育が施されるのを手を拱いて傍観している訳には行かない。

 唯でさえ、現在の学校教育は「学級崩壊」という言葉が飛び交う程破滅的な状況で、この教育荒廃を生んだ元凶は日教組主導の教育が蔓延ることがあってはならないなである。日教組、全教祖の解体なくして教育の正常化など有り得ない。嘗て日本は、教育立国として明期の試練と昭和の国難を乗り越えた。極貧の中から多くの偉人が輩出したのは立派な教育の故である。

 しかし、現在はどうだろう。国民の勤勉性、家族愛、愛国心、信義誠実の原則は失われ、心の中の高貴なものを失い、高邁さを忘れてしまった。有識者という名のインチキ臭い連中やマスコミが取り上げる胡散臭い問題に一喜一憂し、問題が出れば、その萌芽は日本に有ると貶し貶め、それをマスコミ御用達の言論人が煽り大騒ぎする。政治家は平身低頭し謝罪を続け、頭に有るのは保身と次の選挙だけ。頽廃したマスコミは国益を擁護する気配など皆無で、国民の愛国心を蝕みマスゴミと揶揄される始末だ。迷えるものはつまらぬ宗教に走り、私利私欲の欲望に塗れている。

 「子ども手当て」「授業料無償化」「高速道無料化」「年金」「医療費」「社会保障」・・・ 国民は民主党のばら撒き政策に便乗し、「カネをくれ」の大合唱は見苦しい。一体幾ら貰えれば満足するのだろう。生活が楽になったところで、国が崩壊したら元も子もない。 高邁な魂を喪失した現在の日本に、最も大事なものは「子ども手当て」や「授業料の無償化」よりも、将来を担う子供達への教育内容の充実である。

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cordial8317 at 07:24|Permalink

2010年03月05日

朝鮮高級学校と国士舘

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 その昔、チョンコーと我が国士舘は切っても切れない縁が有った。遭遇すれば喧嘩三昧に明け暮れ、思えば懐かしく、良い時代だった。そのチョンコーへの無償化などとんでもない話しだが、授業料を無償化したところで、その浮いた金は北朝鮮に流れるだけだ。支那からの留学生への手厚い高額補助や、憲法違反の私学助成金制度に比べれば屁の様な金額だろうが、拉致問題の解決するのが先決だろう。

 チョンコーでは「朝鮮史は教えているが、その他の授業は日本と凡そ変らない」と宣うが、その「朝鮮史」こそ反日教育なのだ。国内に巣食う総連関係者は事有る毎に「差別だ!」「強制連行された!」などと御得意の決め台詞を吐くが、くだらん嘘ばかり抜かしてないでこういう時にこそ、本国に苦言を呈し拉致問題解決に奔走すべきではないのか。「差別」という名の「逆差別」にはいい加減うんざりする。

 北朝鮮が異常且つ極めて危険な国家であることは、誰もが認めるところだ。正式名称は「朝鮮民主主義人民共和国」。しかし民主主義でも人民の国でもなく「金一族」の個人独裁の世襲全体主義国家である。日本人や外国人を拉致監禁し、ニセドル紙幣を偽造しばら撒き、覚醒剤を製造密売し、ミサイル等の武器を輸出し資金調達しているが、北朝鮮は中共同様共産主義に内在し悪の本質が体制化したヤクザ国家である。何十万の餓死者が出ても歯牙にもかけず弾道ミサイルを開発し、核開発に狂奔しているが、こんなヤクザ国家と付き合おうとは狂気の沙汰と言う他はない。

 北朝鮮のミサイルにも核開発にも金一族の成金趣味にも、日本のパチンコ屋からの金が流れているということは今や公然の事実。パチンコ屋からの送金が止れば北朝鮮は困窮し、体制崩壊に繋がるかも知れない。日本経済や治安に悪影響を垂れ流すパチンコは諸悪の根源で、この不良産業を非合法化すれば拉致問題に曙光が射し全てが丸く治まる。先ずは換金制度を廃止すべし。

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cordial8317 at 07:37|Permalink

2010年03月04日

創価学会の国家支配の始まり

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 昨日の参議院予算委員会で、外国人参政権(外参権)付与問題に関連し、亀井大臣が「国会提出を優先するなら連立は一挙に解消になる」と明言した。しかし、小沢の今迄の言動から見ても、外参権法案の国会提出を諦めることはない。普天間問題で、社民党とも連立解消になるのも時間の問題で、今後は、利害の一致する公明党との連立が一挙に進むだろう。

 「創価学会」は、宗教団体というより学会員の現世利益を追求する社会運動体であり「公明党」は、それを政治的に実現する為の出先機関であり、民主党と公明党の連立は、創価学会による国家支配の始まりと言っても過言ではなく、池田太作による恐怖の宗教支配の始まりである。

 池田太作の究極の目的は、日本を「池田王国」にして国主になることである。政治、経済、文化、教育、司法等に至るまで、あらゆる分野に自分の力が及び、国民に「池田先生マンセー」を叫ばせる事を夢見ているのだ。学会の支援を受けて当選した議員は「学会員の為に政治をやれ」と指導を受けるが、つまり、その頂点に君臨する「池田太作名誉会長の為」に他ならないのだ。

 創価学会は、学会批判や池田太作への誹謗中傷や揶揄には、徹底的に監視し弾圧するのは常套手段で、今迄も学会員による嫌がらせや事件は少なくない。1年前、タレントの北野誠が「カネを出して勲章を貰って・・・」と名前を出さなかったものの、これが池田太作個人の揶揄だったから、執拗な抗議が相次いだという。学会員にしてみれば看過することは絶対出来ないのだろう。

 今や、マスコミにとって創価学会とパチンコ屋は大スポンサーである。創価学会への批判は勿論、公明党への批判も許されない。批判する勢力は徹底して排除されるが、不景気で広告代が思うように集めれないからと、カルトや犯罪の元凶であるパチンコ業界からの広告料を貰うことは企業倫理にも悖るし、ジャーナリズムとしての矜持の欠片も感じない。

 国民新聞によれば、池田名誉会長は東京大森海岸出身で、子供の頃は、日本語の下手糞な無口な少年だったという。父親の名前は「田太作」、母親の姓は「池」。日本への帰化の際に、親の名前の「池田大作」となったという。日頃から、べらんめぇ調で江戸っ子を気取っているが、池波正太郎曰く「池田大作あたりが度々『俺は江戸っ子でぇ』と気取ってるが、あんなのをピント外れといってねぇ、江戸ってぇのは本来、品川迄で、大森ってのは江戸じゃねぇよ。」

 臆面も無い小沢一郎の欲望民主主義の跋扈と、帰化人・池田大作の国家支配という野望は早急に食い止め、潰すしかあるまい。

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cordial8317 at 05:57|Permalink

2010年03月03日

公明党との連立への布石

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 政府は、国民新党の反対により難航している「外国人参政権(外参権)付与法案」の今国会での提出を見送る様だが、一方で、小沢が創価学会の秋谷議長と会談し、今後の政権運営で公明党に協力を要請した模様だ。公明党にしてみれば「外参権付与法案」成立を目指している民主党との連立は願ったり叶ったりだろう。先ずは「企業・団体献金の禁止」で公明党へ恩を着せ、その後は一気に外国人参政権付与法案成立を強行して来るだろうことは必至だ。

 「外参権」は、日本に居候する朝鮮人が「我々は強制連行された可愛そうな朝鮮人なのだ」と詐称し、「我々を日本人と同等に扱え」と要求したのが最初だ。被害者を装う彼らは所得税は不払いを決め込み、「住民税は半額にしろ」「固定資産税は免除しろ」と税務担当を脅して認めさせ、まともに納税などすることはない。

 日本国民の為のものである生活保護費の支給も、「差別だ!」と支給を求め、まんまとせしめている。この生活保護費の受給率は日本人の4倍以上もある。在日への生活保護費の出費で、大阪市財政が逼迫しているのは周知の事実だ。

 大阪府には、国内の3分の1の約20万人の在日朝鮮人が巣食っており、内12万人が大阪市に集中している。参政権付与によって、大阪市長の勝敗が左右しかねない恐ろしい数である。在日らには創価学会々員が多く、韓国国内にはSGI(創価学会インターナショナル)会員が40万人以上いるが、その為に公明党が、外参権付与法案成立に躍起なるのは言わずもがなだろう。

 「創価学会」は、宗教団体というより学会員の現世利益を追求する社会運動体であり「公明党」は、それを政治的に実現する為の出先機関でしかない。

 学会の支援を受け当選した議員は「学会員の為に政治をやれ」と指導を受けるが、畢竟、その頂点に君臨する「池田太作」センセイの為に他ならないのだ。創価学会は、極めて戦後民主主義であり、反国家的な団体であり、天皇陛下を族長と仰ぐ日本国家の正統にとっても悉く異質な存在なのだ。

 「外参権付与」「自虐史観」「反天皇」挙げれば限が無いが、政治、経済、文化、教育と小沢と池田の利害が見事に一致する。此れは正に、この国の政治が売国奴に乗っ取られる危険が日に日に高まって来ているということでもあり、益々警戒を疎かにしてはならない。

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cordial8317 at 07:28|Permalink

2010年03月01日

「蛍の光」は四番まで在るのを知ってますか

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 今日から弥生三月、進学や就職、或いは異動や退職で別れの季節でもある。卒業式で、日教組の反対で歌われなくなった「仰げば尊し」だが、「蛍の光」は歌われているのだろうか。この「蛍の光」が四番まで在ることを知っている人は少ない。

一、蛍の光 窓の雪
  書(ふみ)読む月日 重ねつゝ 
  何時しか年も すぎの戸を
  開けてぞ今は 別れ行く
  (蛍を集めた光や雪の明かりを頼りにして、貧しくとも共に苦労して勉学に励んで来た友よ、愈々お別れの時が来ましたね。)

二、止まるも行くも 限りとて
  互(かた)みに思う 千萬(ちよろず)の
  心の端を 一言に
  幸(さき)くと許(ばか)り 歌うなり
  
 (学舎に留まる人も、また学を修めて卒業し、旅立って行く人も、今日を限りにと思ってお互いに交わした心の架け橋、永遠の絆を、無事に有れとばかりを念じ、この歌の一言に想いを託して歌います。)

三、筑紫の極み 陸(みち)の奥
  海山遠く 隔つとも
  その真心は 隔て無く
  一つに尽くせ 国の為
  
 (九州の端や東北の奥まで、海や山々によって遠く離れていても、真心は唯一つにして互いに国の発展の為に尽くそう。)

四、千島の奥も 沖縄も
  八州(やしま)の内の 守りなり
  至らん国に 勲しく
  努めよ我が背 恙無く
  
 (千島列島の奥も沖縄も、日本の国土の守りだ。学を修め職を得て、どの地に赴こうとも、日本各地夫々の地域で、我が友よ、我が夫よ、我が兄弟よ、どうか無事にお元気で、勇気を持って任に当たり、努めを果たして頂きたい。)

 「蛍の光」を知れば、日本の歴史や先人の営為が見えて来る。

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cordial8317 at 05:42|Permalink