2010年02月

2010年02月28日

世界で溢れ返る支那人

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 現在、米国に限らず、アフリカ大陸、ヨーロッパ、全ての都市が支那人で溢れ返っている。支那大陸を出て、他国に根を下ろす支那人「華僑」「華人」は全世界で4800万にも上るという。支那の人口は約13億4千万人、地球上の全人口の5分の1を占め、国土は日本の26倍だが、不毛な土地も多く、昔から移民となって海外に出て行くものが後を絶たない。この移民が「華僑」「華人」で、華僑は海外に移住する支那公民で、華人は居住国の国籍を取得した華僑と、その子孫を指す。

 中華人民共和国(中共)が建国されたのが昭和24(1949)年10月1日で、その頃の華僑、華人は1200万人というから、約60年で4倍に膨れ上がった計算だが、ここ数年での増え方が目立つ。

 昨年、米国で永住権(グリーンカード)を得た外国人は約100万人で、その内支那人は約8万人で、半数の4万人が米国国籍を取得したという。この数字を発表したのは、テロ攻撃や自然災害から国土を守ることを目的に設立された国土安全保障省で、如何に米国が国家の安全という観点から、支那人「華僑」「華人」の急増に目を光らせているかが窺い知れる。

 中共政府は、移住者や留学生らを使って諜報活動をするのは常套手段で、海外でスパイ活動を活発化させており、米国政府はこれらの動きを未然に防ぐ為に「中共が米国の機密を盗み、軍事力や経済力を強化しようとしている」との報告書を纏め、各方面に警告すると共に警戒、監視を徹底している。

 米国に限らず、世界では、機密情報の漏洩には神経を尖らせ、スパイ活動で逮捕されれば極刑は免れない。「007」「ミッションインポッシブル」などのスパイ映画が面白いのは、捕まれば殺されるというスリルがあるからで、日本の様に、逮捕されても罰金刑と国外追放ではシャレにもならない。

 未だに日本は「スパイ天国」と侮られながらも、一向に諜報活動が無くなる気配も、対策を講じる気配もない。諜報活動が後を絶たないのは、諸外国に比べ量刑が軽すぎるのが原因で、「機密保護法(スパイ防止法)」の強化は喫緊の課題であろう。

 今や、日本の永住者の数は「在日」を抜き「支那人」がトップの約65万人。此れに、日本国籍取得者や不法滞在者を加えると100万人を超えるのではなかろうか。世界が支那人移住者に警戒している今、日本ではその支那人に「参政権」を与えようとしているが、狂気の沙汰だ。

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cordial8317 at 08:17|Permalink

2010年02月27日

口下手な日本人

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 米国議会下院でトヨタ自動車へのリコール問題に関する公聴会が開かれた。米国人らが挙って、「米国らしい正義」を振り翳して豊田章男社長を吊し上げているが、こうした茶番劇は哂うしかない。米国では、米国製車へのリコールが毎年1600万台も有るという。そんな国が、自分のことは差し置いて必死にトヨタ叩いたところで、お笑い種だ。豊田社長へ容赦ない追求が繰り返され、「イエスかノーか」と感情的に迫られながらも真摯に答えていた様に感ずる。所詮は、普天間問題に見る民主党政権への報復の意味合いが強いのだろうが、日本も米国の議員も次の選挙のことばかりで、政治家の程度の低さばかりが目立った。

 日本語では「イエス」「ノー」で答えられないものも有る。豊田社長は「誠に残念(DEEPLY SORRY)」と謝罪を口にしたが、口下手な日本人は、論争するのも面倒なので安易に相手に同意してしまうことも間々有るが、外国や外国人へは「言わなくても分かってくれるだろう」という様な、言葉足らずの日本的美風は通じないということも知るべきだろう。

 米国では過去にも、三菱自動車が「セクハラ集団訴訟」を起こされた事が有る。米政府機関のEEOCが、三菱で働く女性従業員が執拗且つ陰湿なセクハラ被害を受けたというものだった。常識で考えても嘘だと解る証言なのだが、三菱は「不徳の致すところ」と受身の形でしか反論出来ず、結局3400万ドル支払わされた。また、フォード・エクスプローラーの横転死傷事故訴訟では、原因がフォード社に有るのは明らかなのに、議会公聴会で、フォード社の会長が謝罪もせず「原因はタイヤだ」と非難し、それに対し、ファイヤーストーンの日本人社長が「不徳の致すところ」と謝罪した為に「自白」と見做され有罪となった。

 文化の違いも有るが、外国では日本的美風は通じるものではなく、「口先」も大事で、安易に謝罪などするべきではないのである。

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2010年02月26日

平田篤胤(続き)

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 出羽国秋田から江戸へ向かう途中、雪の山中で遭難しかかった平田篤胤だが、この時異人に何やら特殊な霊法を伝えられた。

 というのも、江戸へ出てからの篤胤は、以前の彼とは打って変わった様に古今東西のあらゆる本を読み解き、それを記憶し、時には著述に入ると1週間位は不眠でそれを成し遂げるという、通常の人には考えられない様な能力を発揮し始めたからだ。

 江戸では備中国松山藩士平田篤隠(あつやす)に認められ養子となり、松山城主板倉侯に仕えた。その後、本居宣長の著書に接し、深く感激しその門に入った。

 篤胤は宣長没後の門人として、その学問を受け継ぎ、古を明らかにし、皇道を遍く天下に広めることをもって自分の使命とした。以来着々と著述を進め、且つ門人を集め古道を唱道した。全国神社会は平田篤胤の「復古神道」を以て統一されたのである。

 平田篤胤は68歳で没するが、その一生に著した書物は驚くべき数に達している。

 その中で神道の中心をなすものが「霊能真柱(たまのはしら)」と「古史伝」である。「霊能真柱」では、人が神の道を実践する為には、先ず大和心を固めなければならず、死後の霊魂の行方が解明されなければならないとする。

 その為には天地の形成過程を知り、神の功徳を認識し、日本が万国の本源の国であり、全てに於いて優れた国であり、天皇が最高の存在であることを十分に知らなければならないとする。

 「古史伝」は自らの古伝を纏めた「古史成分」の注釈書であるが、「霊能真柱」の考えをより発展させたものである。

 篤胤の著述の中に一貫する日本本源論や皇国尊厳論は大いに注目すべきもので、また学問の範囲は非常に広く深く、独創的だ。

 篤胤は幽冥界についても深く研究し、神界と現界の関連、霊魂、神仙の存在に関する書物を多く書き著して、その後霊や神仙などを研究や修行する者に多大な影響を与えた。

 篤胤は、近代日本のオカルティズムの創設者とも言えよう。

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2010年02月25日

本居宣長と平田篤胤

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 徳川幕府を倒し、明治維新の指導原理となり、また今日の民俗学や霊学、心霊研究などのオカルト的なものまでに大きな影響を与えたものが「復古神道」だ。

 「復古神道」とは、江戸時代の国学者の起った神道説で、中でも荷田春満(かだのあずままろ)、賀茂真淵(かものまぶち)、本居宣長(もとおりのりなが)、平田篤胤(ひらたあつたね)の国学の四大人(うし)が本流である。

 彼等の主張は、両部、伊勢、吉田、吉川、垂加神道に雑じっている、インドや支那の教えや説を取り除き、神道の純粋性を保とうとするところにあった。

 「国学」というのは、日本の古典を有りの儘に吟味して、古典に込められている純日本的精神を追求しようとした学問であり、つまり中世以来の、儒教、仏教等を拠り所とするこじ付け的な日本古典の研究に反対するものである。

 復古神道の成立に決定的な役割を果たしたのが、本居宣長と平田篤胤である。

 宣長は僧・契沖(けいちゅう)の書物に出会って古道を学び、後に賀茂真淵の著述に触れる。真淵は宣長を自らの志を引き継ぐ人物として入門を許し激励した。この時真淵67歳、宣長34歳。

 宣長は真淵の期待に応えようと只管「古事記」の研究に没頭し、ついに57歳の時「古事記伝」を完成する。実に宣長の一生は「古事記」の注釈に注がれたといっても過言ではない。

 宣長は72歳で没するが、宣長の没後に宣長の古道思想を継承し、これを神学的に発展させたのが平田篤胤である。

 博学多識で知られた篤胤であるが、幼少の頃は才能には恵まれて無かったらしい。

 18歳になっても未だ「四書五経」、つまり「論語」や「易経」などという当時の武士の基本的教養書を理解することもなく、親からも「武士失格」の烙印を押され、袴を着け、帯刀することを禁じられてしまったという。

 そこで篤胤は一念発起し、出羽国秋田から江戸に出て行くのだが途中遭難しかかり謎の異人に助けられ一命を得るのである。(次回へ続く)

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cordial8317 at 18:30|Permalink

2010年02月24日

「南京大虐殺」や「慰安婦問題」に見る米国の正体

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 「南京大虐殺」や「慰安婦問題」など存在しない。この問題の背後にいるものは実は米国なのである。

 米国という国は何事も自分の利益だけを考える国であり、今日の夕刻までは友人であっても明日の朝にはもう敵となって、それを少しも不条理とも不道徳とも思わぬ国である。

 米国が友人であるという事は、それが米国の為に有利であるからであり、そのほかの如何なる理由も大義名分もつけたりに過ぎない。一旦その利益が失われたならば、何ら躊躇することなく180度転換して敵側に立つことを少しも不思議と思わぬ国であるから、決して心を許すことは出来ない。

 親米保守派は「反中国」を口にし国益を守るぞというポーズを執るが、実は米国の国益を優先し日本の国益を毀損していることに気付くべきである。

 所謂「南京大虐殺」は東京大空襲や広島・長崎への原爆投下を敢行した米国の論理の摩り替えであり、日本も30万人も大量虐殺をしていたぞと言いたいが為にでっち上げたものである。

 この論理の摩り替えは「捕鯨問題」でも行っている。ベトナム戦争で米国の使用した枯葉剤エージェント・オレンジが、環境に及ぼす影響が国連人間環境会議で討議されると、当時のキッシンジャー国務長官等が、米国の国益を守る為、環境保護団体を利用し無理矢理「捕鯨問題」をこの会議に持ち出したというのが真相だ。

 その後の環境保護団体の増殖と理不尽な行為が続いているのは言うまでも無い。 無理無体、理不尽な事を平気でやる米国との同盟強化は慎重に、且つ警戒は疎かにしてはいけない。

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2010年02月23日

宮本武蔵の処世術に学ぶ

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 『葉隠』は「武士道とは死ぬことと見つけたり」というが、宮本武蔵の「五輪書」はもっとクールで合理的な武士道である。

 「死ぬということ位なら、僧侶でも女でも百姓その他でも弁えている、武士に限ったことではない」と言い放つ。

 「武士が兵法を実行する場合は、何事に於いても他人より優れている事が第一の条件である。個人対個人の戦いに勝ち、数人の戦いに勝つのは、主君の為、我が身の為、名を上げて身を立てる為である。万事に役立つ様に心掛けてこそ兵法の徳というのである」

 要するに武蔵は、武士が死ぬことを覚悟しているのは当然で、その本質は「常に勝つこと」であり、それによって名を上げる事が目的だという。

 これは「葉隠」の武士道が主従関係に重きを置いているのに対して、武蔵の武士道は戦国の世を如何に勝ち抜き、如何に生きていくかの兵法であったかが理解出来る。

 宮本武蔵は、死の直前、弟子に『独行道』という21ヶ条の置文を残した。一部を列記すれば

 一、世々の道に背くことなし
 一、身を浅く思い、世を深く思う
 一、一生の間欲心思はず
 一、我事に於いて後悔をせず
 一、善悪に他を妬む心なし
 一、何れの道にも別れを悲しまず
 一、神仏は貴し、神仏を恃まず

 この中に「何れの道にも別れを悲しまず」というものが記されてある。それでは、宮本武蔵という人物は血も涙も無い冷血漢だったのだろうか。

 例えば、酒を嫌いな人が「我、酒を絶つ」或いはタバコを吸わない者が「タバコを絶つ」などと書かない。飲みたいが、或いは吸いたいが止めようと自分に誓願した者が「絶つ」と言ってこそ、人に訴えるものがあるのではないか。

 武蔵は寧ろ、人一倍感情豊かで熱血漢だったのではないだろうか。別離に人並み以上の涙を流しながら、涙を見せまいと努力した人間に違いない。

 一昨日、中学時代の同級生が自ら命を絶った。理由は解らぬが、死なねばならない悩みや苦痛が有ったのだろう。

 同級生として、少しでも力になれなかった事を悔やむばかりだが、その苦痛や悩みが「渾身の悩み」なのかは調べる術も無い。

 「渾身の悩み」とは、明日は死に逝く特攻隊の方々の悩みである。この英霊の方々の悩みに比べれば、我々の悩みなどちっぽけなものだと思うのだが・・・

 「何れの道にも別れを悲しまず」 斯くありたいものだ。合掌。

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2010年02月20日

「七生報国」楠木兄弟と英霊

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 楠木正成は討死の直前、弟の正季(まさすえ)にこう尋ねる。

「人は死ぬ直前の思いによって生まれ代わる先が違ってくるという。人が生まれ代わる先には九つの世界が在るらしいが、お前はどの世界に生まれ代わりたいか」

 その時、正季はカラカラカラと打ち笑いて、「七生までも同じく人間の世界に生れ代わり、朝敵を滅ぼしたいものです」と応える。

 これが「七生報国」の原意である。

 それを聞いた正成は、よに嬉しげなる気色でこう応える。

「罪深き悪念では有るが、私もそう思ってたところだ。さあ、共に人間の世界に生まれ代わって、その願いを果たそうではないか」

 こうして二人は討死するのである。

 この世を超え、生き代わり死に代わりつつ「永遠」に生き続ける魂がある。その事を楠木兄弟は確信していたからこそ「笑って逝く」ことが出来たのであろう。

 歴史上、その様な生き方をし、死に方をした人々は無数に存在する。

 何より、先の大東亜戦争で見事な最後を遂げた英霊もその「義」を貫いた方々である。あの若者達の最後は、余人の想像を絶する悲しみや苦しみの世界を潜り抜けたに違いない。

 しかし、出撃直前の様様な記録から感じるのは、正に「カラカラカラと打ち笑って」とでも「よに嬉しげな気色」とでも言いたげな不思議な透明感である。

 山口二矢、三島由紀夫、野村秋介の見事な自裁も同様で、楠木兄弟と英霊の方々のその精神は、時空を超えて明らかに感応している。

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2010年02月19日

胡散臭げな湯浅誠

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 湯浅誠の胡散臭さは尋常ではない、と思うのは小生だけでは有るまい。その湯浅が、内閣府・国家戦略局参与を辞するという。民主党が政権獲得をした要因に、「貧困」をキーワードにして世論を抱き込んだ湯浅の「派遣村」の活動が有ったことは間違いないだろう。その活躍の見返りが内閣府・国家戦略局参与という待遇であり、菅直人が同じ市民活動家としての湯浅に如何に期待していたことが理解出来る。しかし、連中に共通するのは「国家」「国民」という言葉を殊の外嫌い、変わりに「市民」という言葉を常用するが、これを見ても判る様に、連中に「日本」や「日本人」としての国家観という概念は無い。

 日本に共産主義が入って約90年。ソ連東欧崩壊後、左翼団体はイデオロギーを流石に言えなくなり、その「カタチ」は実に陰湿になっている。「カタチ」を変えた左翼勢力は歴史教科書問題、従軍慰安婦、夫婦別姓、外国人参政権付与、男女共同参画社会、人権擁護法案、協働・共生、ジェンダフリー、無防備都市宣言に子ども権利条例と枚挙に遑なし。「年越し派遣村」もその中の一つだろう。

 湯浅の著書に「岩盤を穿つ」という物がある。自衛隊の隊員募集の話で、18歳から25歳迄が応募出来る任期制のコースで、2年間で532万円プラス退職金60万円、3年間で1047万円プラス退職金90万円が支給されるという話をした上で、「同等のサービスが社会全体に拡充されれば、日本のワーキングプア問題は解決されるだろうと感じていた。しかしそれは行われない。サービスを受けるためには自衛隊に志願しなければならない。そして、労働市場を含めた社会全体の地盤沈下が進行していけばいくほど、自衛隊の待遇は、相対的にその魅力を増していく。自衛隊の積極的宣伝活動は、そうした社会全体の地盤沈下を見据えたものと思われる」と、湯浅の思想信条が十分理解出来る文章で、ヤツには自衛官諸君が日頃真剣に国家の防衛を考え、訓練し、また災害時には人命救助に当たる自衛隊諸君に敬意を払うことはない。自衛官募集の宣伝活動が、恰も人の不幸や社会全体の沈滞を期待した不埒な行為であるかの如く言い放つこの男が、内閣府・国家戦略室の参与だったのだから恐れ入る。

 自分のスタイルに拘り、政府の会合にもセンスのない私服で出ているが実に見苦しい。大人には最低限の常識が必要だと思うが、この胡散臭げな市民活動家に苦言を呈したところで、どうせ馬の耳に念仏、馬耳東風、犬に論語、兎に祭文だろう。

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cordial8317 at 06:29|Permalink

2010年02月18日

アントニオ猪木と拉致問題

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 毎日垂れ流されるパチンコのCMと新聞の折込広告広告には辟易するが、今やパチンコは「健全な娯楽」とは程遠く、ギャンブルそのもので、犯罪の元凶、諸悪の根源にも拘らず一向に規制される気配は無い。

 マスコミが、風適法違反の疑いのあるパチンコ業者からCM料を頂戴するのは営利至上主義そのもので、商業倫理に悖る行為だ。また、取り締まるべき警察がパチンコ業者と癒着し、天下り先の確保をしているが、恥を知るべきだろう。

 業界最大手「マルハン」のCMにアントニオ猪木が出てる。先般、このアントニオ猪木が、横田夫妻を「北朝鮮」へ招待すると発言した。

 「世論があるのは分かるけど、一国の総理(当時・小泉純一郎氏)が約束(一時帰国者の帰国)を反古にしたわけだから。それで次に向けて発展させていくという外交のチャンネルがプツッと切れてしまった。要するに、外交を優先せずして拉致問題が最優先事項の国なんてどこにあるんですかと。俺も早く解決してほしいと思うけど、反面、対話の場所がなくてどうやって解決するのって」と尤もらしい発言をしているが、抑抑、拉致問題の解決なくして、北朝鮮との友好など有り得ない。

 ハッキリ言えば、北朝鮮や韓国、支那となど付き合う必要もない。アントニオ猪木の言う外交とは何なのだろう。北朝鮮如きに媚びる必要は全くなく、また一国の総理が反故にしたと言うが田中均の言ったか言わないか判らないものを「約束」と言っているだけで、正に北朝鮮のプロバカンダそのもので恥を知るべきだ。

 拉致問題を、戦前日本が行った「徴用」を「強制連行」とし同一視し、「拉致なんぞ日本のやった行為に比べれば大したことではない」と宣う輩がいるが、アントニオ猪木もその類だろう。

 此処で言う「強制連行」は昭和13年の「国家総動員法」に基づく「徴用令」を指しているが、戦時中、日本本土では中高年、婦人は勿論のこと、学生に至るまで工場他に動員され従事した。当然、当時日本人だった朝鮮人も徴用されることになるが、実際は18年末期から19年になってからで、しかもその人員は僅かだ。

 国家の方針として国際テロを実行し、麻薬や覚醒剤を生産して密輸し、ニセ札をばら撒く犯罪国家の北朝鮮を擁護する輩が存在するのには驚くばかりだが、その無知蒙昧は嗤うしかない。

 公安調査庁の調べでは、パチンコ業界から北朝鮮に渡るカネは実に年間1.5~2兆円という。北朝鮮の国家予算に匹敵する莫大な資金が日本から流れ、有ろうことかミサイル開発などに使われている。拉致問題解決には、先ずパチンコの換金制度を廃止するのが一番の得策で、マスコミ各社は広告掲載を拒否せよ。

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2010年02月17日

確定申告と健康保険税と年金問題

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 確定申告が始まった。支援者から、原稿料や講演料という形で浄財を戴いているので真面目に申告している。因みに昨年の所得140万チョィで経費を引くと約80万円也。それしか収入が無いのに、国民健康保険税は「後期高齢者支金」「介護保険料」を含め約19万円徴収される。共産党、社民党が声を張り上げ「年寄りに死ねというような制度で許さない!」などと叫んで党勢拡大を謀っているが、現実は、現役世代が高齢者の4倍の負担をしてるのだ。本来ならば若い世代が怒らなければならない問題なのに、何故か高齢者負担だけが騒がれるのは可笑しな話だ。  
 
 国の医療費は年間約33兆円で、内の3分の1の11兆円が75歳以上の高齢者の医療費だ。この11兆円のうちの1兆円を高齢者が負担し、もう1兆円は病院で高齢者が窓口で払う金額で、残り9兆円のうち5兆円を国が負担し、4兆円を我々現役世代が負担している。過日、共産党のオバちゃん達がこの問題で下手クソな演説をやってたので、からかって質問してみた。誰も理解していない様で「皆、歳をとって往くんですから・・・」と、訳の分からぬ答ばかり。マイクで説明してやるから「自分に演説させろ」と言ってみたが、拒否された。年寄りだから可愛そうだというのは間違いで 老いて尚、若い者に世話に成りっ放しでは、若者に「長幼の序」などという気持ちは生まれまい。 

 国民年金未納率は最悪の37.9%という。国民年金は月々14000円を40年間払い続け、約700万円納付し、受給年齢が来たら月々約7万円貰える制度だが、そもそも国民年金制度など昔から有った制度ではない。ドイツのビスマルクが「社会主義者鎮圧法」という法律を作る代わりに、労働者の不満を解消する為『年金制度』作り出した。日本はこれを真似て年金制度を導入し、『国民年金』『厚生年金』『共済年金』の3つに分けられ現在に至っている。憲法では『勤労の義務』が有り『厚生年金』だけで良い筈なのだが、自営業者や無職の為の『国民年金』が有り、公務員の為の『共済年金』制度まで出来ている始末だ。厚生年金は理解出来るが、共済年金が国民年金の実に4倍もの年金を受給していることは納得出来ない。公務員の友人らに聞くと「我々も高い共済保険を積み立てている」と言い訳するが、その積立金も税金である。今の時代、公務員が「全体の奉仕者」などとは真っ赤な嘘で、公務員になってしまえば、死ぬまで、否、死んでも優遇されるのである。

 この儘では、年金制度など破綻するであろうことは誰にでも理解出来る。国民年金を支払わないのは、生活困難な人もいるだろうが『どうせろくに貰えない』と思っている国民が少なくないからだ。年金制度を有り難がっているのは、ろくに積み立てもせずに貰っている高齢者が殆どで、これを素晴らしい制度というのは偽善そのものだ。政府のやるべきことは、国民年金と共済年金の廃止の検討に入るべきで、今まで積み立てした分を返還し、老後は「自己責任にすべき」と教える事が大事なのだ。日本の社会保障制度は世界でも優れたもので、生活が困難な家庭には国や自治体で支援すれば良いだけだ。働きもせず、「年金が貰えないのは差別だ!」とホザく在日への「生活保護」支給は違法で、これを中止し日本人困窮者の支援を拡充すべきなのである。

 今必要なのは『年金手帳』などという誤魔化しよりも、将来的には『年金を廃止せざるを得ない』と、何事にも「本音」を言える政治家の出現であろう。

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2010年02月16日

隠れ共産党員、寺島実郎

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 民主党の政策ブレーンに、反日、自虐、嫌日の評論活動を続ける寺島実郎がいる。寺島は、三井物産戦略研究所会長であり日本総合研究所理事長という偉そうな肩書きが有るが、要は三井物産お抱えの支那礼讃の大中華圏信奉者だ。

 寺島実郎のトンデモ本に「脅威のアメリカ 希望のアメリカーこの国とどう向き合うか」(岩波書店)というものが有る。この中で「日本が関る基本姿勢とすべき4原則」を箇条書きにしている。

1、地域紛争不介入の原則ー極東の潜在的要素としての北朝鮮問題、台湾問題は地域に住んでる人が責任を持って解決すべきで、第三者は介入してはならない。つまり北朝鮮問題にアメリカは介入してはならず、また台湾有事に日本は台湾への軍事支援をすべきでない。

2、非核平和主義ー被爆国である日本は、中国が450発の核弾頭を保有しようが、北朝鮮が秘密にこれを開発しようが、絶対核兵器を持ってはならず、これが「日本外交の発信基盤」となる。

3、過去の清算ー空虚な言葉だけの謝罪外交から脱却し、日本が「力の論理」を斥け「平和主義」の理念の確認と実践によって「歴史問題の精算」の柱とする。

4、中国の国際社会の参画を支援してきたごとく、北朝鮮に付いても「関与政策」、すなわち韓国の「太陽政策」を支援すべきだ。

 社民党の福島瑞穂が泣いて喜びそうな外交政策ばかり列挙してあるが、これを鵜呑みにした鳩山らが対米政策を実行に移し、日米の軋轢を生んでいるのは間違いない。

 最後の部分で「テロとの戦いという新しい事態に幻惑され、間違っても戦後蓄積してきた平和主義の基軸を踏外してはならない。米国の『力の論理』に引き込まれ、『結局、武力が国際社会を決する』という卑しい世界観に後退することを避けなければならない。超大国のエゴが通用しない全員参加型秩序に向けて歴史は動く。求められるのは筋道の通った理念であり、多国間外交の時代には理念なき力は意味を持たない』と、全くの現実無視、アベコベ、頓珍漢の極みと言うべき愚論を垂れ流している。

 細かい反論は割愛するが、この寺島実郎の様なアホな書生論、現実を無視した亡国必至の理論を有り難がって聞いてる民主党のバカさ加減が解ると言うものだ。

 文章の終わり近くに、毛沢東の「ゲリラは人民の海に泳ぐ魚である」という言葉を、「赤旗」常連の加藤周一が引用するとして書いているが、岩波書店への配慮か、何も加藤にオベンチャラを言う必要はない。要は、何のことはない、寺島実郎は「隠れ共産党員」なのだ。

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2010年02月15日

教えるとは実に教えられることである

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 昨年、防挺を辞めて以来、福島の自宅に蟄居状態である。啓蒙活動の一環として、今年からブログを始めたが、昨年からミクシィやらグリーやらのコミュニティサイトに書き込んだり、新聞(福島民報)、雑誌にも投稿したりしている。新聞への投稿は昨年の9月からだが、昨日も採用され、今回で6回目になる。内容は割愛するが、第一回目「公約だけではなく民主党の根を知って」(9月24日)
以後「亀井発言の真意、家庭崩壊の警鐘」(10月15日)
「選挙公約より国益を第一に」(11月16日)
「政治とカネ問題、説明責任果たせ」(12月2日)
「特例会見問題おごり明らか」(12月23日)
「鳩山、小沢両氏見苦しい言い訳」(今年2月14日)
題名と内容はチョッとソフトに校正されてはいるが、まぁこんなものだろう。他にも仄々としたものや、ローカルなネタも投稿しているが、全部ボツな様で未だ採用されてはいない。地方紙ではあるが、右翼の街頭演説やトータルサイトの書き込みよりは反響よりは大きく、各方面から連絡を頂く。ネット社会とはいえ未だ未だその影響力は小さなもので、改めてマスコミの力の大きさを痛感している。

 学問とは、本来自分自身の向上の為にするもので、こうした衒学臭げなことは好きではないが、「教えるとは実に教えられることである(西晋一郎)」の言葉を教訓にやっている。

 『小人の学は、耳より入りて口より入ず。君子打たねば響かぬなり、打てば響くなり』

 坂本竜馬は、西郷隆盛を「西郷という男は大きな太鼓だ。小さく敲けば小さく響き、大きく敲けば大きく響く」と評した。人というのは敲き様で、返って来るものが違うというのだ。小人は学問を売り物にし、耳から聞き齧った事をそのまま口にするので、少しも身に付かないし、自分の中に真の学問を積んでいる人は決してひけらかすことなく、衒学臭くはないものなのだ。

 また武士道では、衒学が嫌われ、学問は他人を説得したり、論破したりするものではなく、自分自身がどう生きて行くかのか、或いはどう在るべきか、といったことに答えを見出すものでなくてはならないと説く。仲間にしか通用しない理論や付け焼き刃の知識を熱く語り、自分自身に酔っている輩を度々見掛けるが、そんなことでは、世の中ところか他人さえも動かすことが出来ないのである。

 吉田松陰は「学問をする眼目は 自己を磨き自己を確立することにある」と訓える。野村秋介大人は「人を動かすものは決して理論などではなく、自分の謙虚な反省に基づく人間性以外に有り得ない」と教えていたが、その言葉を噛み締めながら、自問自答の日々は続くのである。

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2010年02月14日

続・萬歳考

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 「萬歳三唱令」は贋物であるから、万歳三唱はする必要がないかの様な無礼な意見が有るが、「万歳三唱」は陛下の弥栄を臣下が祈念するものであり、国民が行うのは当然である。

 『天皇陛下万歳』は「軍国主義復活」「好戦的な象徴」だとして捉え、万歳三唱を拒む勢力が存在する。「日本に巣食うあらゆる天皇制を打倒しよう!」とのスローガンを掲げる、蛆虫・共産党や社民党、日教組といった反日左翼の連中である。

 戦後の天皇制廃止運動の主力は、昭和にあっては「戦争責任・退位論」であり、次に「開かれた皇室論」と「敬称・敬語不使用運動」であり、平成になり「女性天皇論」に転換されている。「萬歳三唱反対」も、天皇制廃止運動の一環だろうが、連中は、1932年のソ連共産党「コミュンテルンテーゼ」の命令書を忠実に遂行しているだけなのだ。保守を標榜する真保守やネット右翼の中にも「萬歳三唱令は贋物で根拠が無く、行う必要はない」と主張し、反日左翼に与する輩が居るが、こういう輩を似非保守というのだ。尊皇なくして何が保守か。

 「萬歳三唱令」が何時の時代に出回ったのかは定かでないが、施行日は明治12年4月1日と記されている。
明治初期、明治天皇御臨席の下、訓練観閲が千葉の軍事錬兵場で挙行され、全軍の兵全員で「天皇陛下萬歳」を三唱した。この時の篠原国幹近衛長官の指揮能力に、陛下は甚く歓心した。しかし、万歳の指揮を執った篠原長官は、明治6年に「征韓論」が破裂して西郷隆盛が下野すると、明治天皇の引き留めの命にも従わず、近衛長官の職を投げうって鹿児島へ帰国することとなる。

 「陸軍士官、相去るもの此の如きに於ては、慮なき能はず。但だ篠原少将の在るあり、桐野等去るも、猶未だ憂ふるに足らず」と存在自体が高く評価されていたので、この帰国は政府・軍関係者に大きな衝撃を与えたという。陛下の薫陶を享けた西郷も篠原も西南戦争で敗れ、賊軍とされた。名誉は回復したとはいえ、靖国神社には祀られることはなかった。この事実を以ても、新政府が如何に非情だったか察するに余りある。

 賊軍の将の「天皇陛下万歳」を称えるが如くの「萬歳令」を、新政府は認める訳には行かなかったのだろう。「萬歳三唱令」は篠原亡き後、意を汲んだ草莽の臣により作成され公布されたのではなかろうか。真贋は兎も角、実に良く出来ており、皇国臣民としての気概、誇りを感じるものだ。「御名御璽」と標のあるものを「贋物」と一笑に付すのは簡単だが、先人の智慧を無駄にしてはならない。

 ※【萬歳三唱令】

 別紙ノ通相定来明治十二年四月一日ヨリ之ヲ施行ス
 右奉 勅旨布告候事
 施行 明治十二年四月一日太政官布告第百六十八号

 第一条 萬歳三唱ハ大日本帝國及ヒ帝國臣民ノ天壤無窮ノ發展ヲ祈念シ發聲スルモノナリ
 第二条 發聲ニ當リ音頭ヲ爲ス者氣力充實態度嚴正ヲ心掛クルヘシ
    亦唱和スル者全員其心ヲ一ニシテ聲高ラカニ唱和スルモノトス
 第三条 唱和要領細部ニ附テハ別ニ之ヲ定ム

 朕萬歳三唱ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム
 此布告ハ明治十二年四月一日ヨリ施行スヘキコトヲ命ス

 御名御璽

 [萬歳三唱ノ細部實施要領]

 一 萬歳三唱ノ基本姿勢ハ之直立不動ナリ
  而シテ兩手指ヲ真直下方ニ伸ハシ身体兩側面ニ完全ニ附著セシメルモノトス
 二 萬歳ノ發聲ト共ニ右足ヲ半歩踏出シ同時ニ兩腕ヲ垂直ニ高々ト擧クルヘシ
  此際兩手指カ真直ニ伸ヒ且兩掌過チ無ク内側ニ向ク事肝要ナリ
 三 萬歳ノ發聲終了ト同時ニ素早ク直立不動ノ姿勢ニ戻ルヘシ
 四 以上ノ動作ヲ兩三度繰返シテ行フヘシ
  何レノ動作ヲ爲スニモ節度持テ氣迫ヲ込メテ行フ事肝要ナリ

 要旨 [本文]  発声は、大日本帝国と帝国臣民の永遠の発展を祈って行うこと。
 音頭を取る者は、気力充実・態度厳正を心掛けること。
 唱和の際には、全員心を一つにして声高らかに行うこと。

 実施要領

 基本姿勢は直立不動で、両手は指をまっすぐ下方に伸ばし体の側面にしっかり付ける。
 万歳の発声とともに右足を半歩踏み出し、同時に両腕を垂直に高々と挙げる。その際、両手の指をまっすぐに伸ばし両掌を内側に向けておく。
 万歳の発声終了と同時に素早く元の直立不動の姿勢に戻す。
 以上の動作を三度、節度を持ちかつ気迫を込めて行う。

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2010年02月13日

明治12年「萬歳三唱令」公布

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 昨日の閣議で、政府は「萬歳三唱」の所作について、「萬歳三唱は公式に定められた法令はないと承知している」との答弁書を決定した。祝い事や当選議員らが行う「萬歳三唱」だが、この萬歳の殆どが掌を正面にして「降参」した形で行っていることが多いが、この所作は間違いで、万歳本来の「壽を祝す」意味ではなくなってしまう。『萬歳』というのは漢語で、唐の末期からは専ら「天子の壽を祝するに用いた語」として用いられた。

 日本で「萬歳三唱」の逸話が有る。

 明治初期、千葉県の軍事錬兵場に於いて、天皇陛下をお迎えして訓練観閲を行うこととなり、時の指揮官の篠原近衛長官は、全軍の将兵と共に「天皇陛下萬歳」を三唱した。この卓越した篠原の指揮能力と将兵の錬度の高さに感動された明治天皇は、お言葉の中で「諸官等も篠原(志野原)に習え」と述べられ、このお言葉からこの地を「習志野」と名付けられたという。

 その後明治12年4月1日、萬歳三唱令「太政官布告第168号」が公布された。この布告は贋物との疑いも有る様だが、この太政官布告が広く国民に知れ渡ったという事実は消えるものではなく、現在もこの「萬歳三唱令」は一見の価値はあろう。

 この実施要綱には「両腕は垂直に、指は真っ直ぐ、両手は内側を向ける」と書かれており、多くの国民が、両手を正面に、腕は開いて萬歳をしているが、明らかに公布違反で、掌を相手に向け腕を上げる行為は、国際的には「降参」を意味するものであり、萬歳の持つ「壽を祝する」意味とは正反対になってしまうのだ。

 御目出度い時に「萬歳」を唱えることは、古くから支那でも行われていた。日本でも8世紀末、長いこと雨が降らず、桓武天皇が庭に出て祈ると雨が降り出して、群臣が萬歳を唱えたという記述が「続日本記」に見られる。但し、当時は「バンザイ」ではなく「バンセイ」だった。

 萬歳の高唱は、明治22年2月11日の「紀元節」に於いて、東京帝大の学生達が大日本帝国憲法(欽定憲法)の発布を祝ってしたのが始まりと云われ、首相の発声による萬歳三唱は、やはり登極令に基づき大正天皇の即位礼から行われる様になった。日本の伝統、文化、風習は守り継承することが大事で、間違って広まっている万歳を正す意味でも「萬歳三唱令」を正式なものにすべきである。

 余談ではあるが、野村秋介大人は「萬歳」という言葉は漢語であるから、「萬歳三唱」ではなく「すめらみこといやさか」と唱えていたと言うが、人となりが分かる逸話である。皆さん、「萬歳三唱」は姿勢を整え、大きな声で正しくやりましょう!

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「竹島」は我が国固有の領土である

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 民主党政権の弱腰外交というか、朝貢外交の実態が露呈しているが、「北方領土」や「竹島問題」「尖閣諸島」の領土問題は主権であり、如何なる譲歩も有ってはならない。

 韓国は竹島を独島と称し固有の領土と主張するが、この根拠は、三国史記という古代朝鮮の歴史書に鬱陵島の隣にある干山島が新羅の領土と書かれていることに帰着する。

 4~5世紀から韓国領だったというのだが、古地図では干山島は鬱陵島の西に接近している。竹島は、鬱陵島の東南92キロに在るのだから、干山島が竹島である筈がない。

 こんな判りきった事実が有るのに、何故韓国の連中は干山島は竹島だから固有の領土だと主張するのか。それは、竹島と鬱陵島の周辺の小島の呼称が色々変わって来たためだ。竹島は以前、松島と呼ばれた時代もあるし、リャンコ島と呼ばれたこともある。李氏朝鮮時代の地図には、鬱陵島より90キロも先に在る島のことなど唯の一度も登場したことはない。鬱陵島とその近くの干山島などの小島以外は全く出て来ない。

 考えてみれば当然のことで、李氏朝鮮時代には鬱陵島すら空島政策によって居住が禁止されており、それより遥か先の島のことなど関心の外、認識すらなかったのである。

 日本では徳川時代から魚採が行われ、度々渡航していた事実がある。この領土問題を紛らわしくしているのは、日本では当時鬱陵島を竹島と呼んでいたことであろう。

 歴史的な事実は以上の通りで、韓国の主張は全く根拠がない。

 昭和29年9月25日に日本政府は、この問題を「国際司法裁判所」に付託することを提議したが、韓国政府は未だに応じていない。

 応じていないというより、応じられないというのが本音だろう。また、昭和26年に韓国がアメリカ政府に対し、ポツダム宣言の解釈として「日本が放棄した領土には竹島(独島)が含まれるべきである」と要求したが、次の様に回答されている。

 「独島、又は竹島ないしリアンクール岩として知られる島に関しては、この通常無人島である岩島は、我々の情報によれば朝鮮の一部として取り扱われたことは決してなく、1905年頃から日本の島根県隠岐支庁の管轄下にあります。この島はかつて朝鮮によって領土主張がなされたとは思いません」(ラスク国務次官補より梁韓国大使宛書簡、1951年8月10日付)

 歴史的に見ても竹島は我が国固有の領土であり毅然と領有権を主張すべきで、領土問題での譲歩は更なる譲歩を生むだけで何の解決にもならない。国家主権に対する認識不足や対応の甘さは、韓国を始めロシア、中共、北朝鮮といった国になめられるだけだ。

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2010年02月12日

韓国併合から100年

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 昨日ソウルで岡田外相と韓国李明博大統領との会談が行われた。「民族の誇りを傷つけた」との訳の解らぬ見解を示し「私たちは過去の歴史を前向きに直視する勇気を持っている」と、恰も日本の歴史認識が間違っているかのように媚び諂ってたが、外交とは謝罪や同調をすることではない。

 今年は日韓併合から100年の節目で、それに合わせ天皇陛下の御訪韓を画策している様だが、日韓併合を批判する勢力は依然として日帝支配を糾弾しており、その様な中での御訪韓は、不祥事が起こる可能性は大であり、不快なものになるであろうことは火を見るより明らかで、断固阻止せねばならない。要するに韓国は、天皇陛下を御訪韓させ、改めて謝罪させたいのであろうが、無礼千万極まりないことである。

 日本の統治時代を悪逆非道の「日帝36年」と決め付ける韓国の主張の根源は、日本が米国の「戦後民主主義教育」の『洗脳』により自虐史観に陥っている様に、米国の傀儡・李承晩らによる「反日教育」によって影響を受けているのである。

 李承晩は日本統治時代、海外で反日運動をしていた人物で、戦後米国の威光で初代大統領になった人物だ。韓国国民を纏めようと行ったのが「反共」「反日」政策で、これを『国是』としたのである。こうした一部の少数派が創り上げた歴史を未だに信じているのだが、韓国も我が国同様、米国の術中に嵌っているだけなのだ。

 韓国を併合するに至る歴史はアジアの近代史を知る必要があろう。韓国独自での巨大ロシアの排除など到底無理で、況してや近代国家建設の道は日本の助力なしでは在り得ず、寧ろ、日本による韓国保護の必要性を認め、日本と一体となった上で民族の自立発展の道を模索しようとした「日韓合邦派」の主張が現実的だった。

 無論、その合邦派も最後は韓国併合の現実に一切沈黙せざるを得なかったのだ。この悲劇の現実こそが、日韓関係の日韓関係たる所以なのである。韓国人は、こういう事実は一切無視し、「事大思想」から物事を冷静に判断出来ない連中ばかりで、「韓国併合」は西洋列強の植民地支配とは違うとホザく。

 要するに西洋の植民地支配は先進国が後進国を支配したのであって「韓国併合」は後進国の日本が、先進国の韓国を支配したのであって、ナチスドイツのフランス侵略と同じだという発想なのだ。進んだ文化を持つ国が、遅れた国を支配することは至極当然であり、非難など出来る筈もないということなのだが、韓国人の事大思想にはホトホト呆れるばかりだ。

 岡田や小沢、鳩山らの藪蛇外交はこれが初めてではない。小沢は昨年末訪中の帰りに立ち寄った韓国のソウルの国民大学で講演し、「天皇家の祖先は朝鮮南部の権力者だ」「韓国が望めば天皇を訪韓させられる」との妄言を垂れ流し、歴史問題では土下座し、挙げ句に在日への「参政権付与」を約束した。

 過去にも、扶桑社の歴史教科書が問題になった時、「採用されることがあってはならない」と口走り、「慰安婦問題」では国家補償をも打ち出している。

 日本で「自虐史観」が、韓国では「反日史観」が徹底されている状況では、健全な日韓関係の発展は望めないし、国是である「反日」を止め、「親日分子取締り法」などというふざけた法律は廃止すべき、と訴えてくるならいざ知らず、「民族の誇りを傷つけた」とは開いた口が塞がらない。

 コイツらの外交は国益などそっちのけで謝罪や同調をすることだと思っているらしいが、こういう連中は所詮どの国も信用してはいないだろう。日本人も『己を正当化する強固な意志』を持つべきであろう。

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2010年02月11日

奉祝・紀元節

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 本日は建国記念日である。戦前は四方節(元旦)、天長節、明治節、紀元節は四大節として、宮中皇霊殿で天皇親祭の祭儀が行われ、各地で神武天皇陵の遙拝式も行われた。現在、紀元節の祭祀だけが行われていないが、戦後占領政策の「神道指令」の名残りであり、早急に見直すべきであろう。

 明治22年2月11日の紀元節の日に『大日本帝国憲法(欽定憲法)』が発布され、憲法発布を記念する日でもある。以来、全国の神社で紀元節祭を行うこととなり、青年団や在郷軍人会などを中心とした建国祭の式典が、各地で盛大に開催されることになった。第二次世界大戦後の昭和22年、日本国憲法にふさわしい祝日の法案に紀元節が「建国の日」として盛り込まれていたが、連合国軍最高司令官総司令部により削除された。日本が国家主権を回復した昭和27年に漸く復活運動が起き、昭和33年に国会への議案を提出、昭和41年に祝日法が改正され「建国記念の日」となる日を定める政令として再制定され、昭和42年2月11日「建国記念の日」として実施され、今日に至っている。

 本日は全国各地で、神武天皇陵の遙拝式や奉祝パレードが行われる。しかし、この日は「科学的根拠がない」「軍国主義復活反対」などとして、蛆虫・共産党を始めとした売国団体が「奉祝反対」の催しも行うが、連中に日本人としての誇りなど微塵も無く、早々に日本から出て行って欲しいものだ。連中の主張する「科学的根拠が無い」とする論拠が、歴史学者としての三笠宮崇仁殿下が「紀元節祭復活は科学的根拠に欠ける」として、皇居皇霊殿での祭祀に反対している意見を利用していることは困ったもので、左翼はこういったものを利用して国民世論や大衆を煽動するということを知るべきだろう。

 誰もが誕生日を祝うように、国の誕生を祝うのは当然であり、今此処に神武肇国の精神に想いを馳せ、改めて日本という国の素晴らしさ、日本人として生まれたことに感謝せずにはいられない。

 歌曲「紀元節」

伊沢修二作曲、高崎正風作詞

一、雲に聳ゆる高千穂ねおろしに艸も木も
  靡きふしけん大御世を仰ぐけふこそ樂しけれ

二、海原なせるはにやすの池のおもよりなほひろき
  恵みの波にあみし世を仰ぐけふこそたのしけれ

三、天つひつぎの高みくら千代萬づに動きなき
  もとゐ定めしそのかみを仰ぐ今日こそたのしけれ

四、空にかがやく日の本の萬の國にたぐひなき
  國のみはしらたてし世を仰ぐけふこそ樂しけれ

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天意とは何か

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 「天に口なし、人を以って言わしむ」という。天は何も言わない。天は人々の頭上高くあって、黙って見ているだけである。だが、人間が天の意想によって生まれたものなら、人が見ると同じ様に天も見ているであろうという思いに至る。

 「天の観るは、我が民の観るに従う。天の聴くは我が民の聴くに従う」となり、また逆に「民の欲するところは、天必ず之に従う」ことにもなる。権力の横暴、閣僚の腐敗、官僚の傲慢、政商の暴利など、大衆の利益を顧みない人民の敵は、天が民の意を汲んでこれに天誅を加えるのである。江戸時代、止むに止まれず起こした百姓一揆、フランス革命で見せた民衆の怒り、東欧諸国の崩壊時に見られた市民蜂起がこれである。殺人などの凶悪犯、贈収賄、詐欺、など「免れて恥なし」という者が、世間を見くびっていると「天網恢恢疎にして漏らさず」となって悪事がばれる。小沢の傲慢且つ横暴も同じ様に天罰が下るであろう。天は公正無比、その正気が邪気を許さないのである。とすれば、天は善に適う。
 
 「積善の家には必ず余慶あり、積不善の家には必ず災いあり」となる。正大な天は不義、不正、不善を厳しく罰するが、しかしその寛容さに於いては実に懐が深い。悪を許すというものではなく、悔い改めさせるのである。「悔い改むるべし、遅ければ悔ゆることあらん」

 天の命によって生を受けた人である。天は不幸な人間を放置しておく訳がない。つまり、天は「自らを助くる者を助ける」のである。

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2010年02月10日

国籍を軽んじる外国人参政権付与法案

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 「外国人参政権付与」問題は、日本に居候する朝鮮人が「我々は強制連行された可愛そうな朝鮮人なのだ。」と詐称し、「我々を日本人と同等に扱え!」と要求したのが最初だ。因みに、強制連行というのは戦争末期、「徴用」されて日本に来た朝鮮人を指すが、彼らはGHQの命令で総て半島に戻っている。被害者を装う彼らの殆どが、日本での職を求めて来たか、不法に入国した連中なのである。彼らは、所得税は不払いを決め込み、「住民税は半額にしろ!」「固定資産税は免除しろ!」と税務担当を脅して認めさせ、まともに納税などすることはない。挙げ句に「日本国民の為」と明記されている生活保護の支給も、外国人のくせに支給を求め、まんまとせしめている。生活保護を在日ら外国人へ支給することは明らかな法律違反だ。

 この生活保護費の受給率は、なんと日本人の4倍以上もある。生活保護の受給が一番な都道府県は大阪府だが、大阪には国内68万人の朝鮮人の内の3分の1の約20万人が住んでおり、そのうち12万人が大阪市に集中している。 この在日らへの地方参政権付与によって、大阪市長の勝敗が左右しかねない恐ろしい数なのだ。この大阪市、在日への生活保護費支給で財政は逼迫しているのは周知の通りだ。「違法」な生活保護費の受給以外にも在日は特権を受けている。例えば、在留外国人は懲役1年以上の罪で国外追放になるが、在日は7年以上の罪でなければ国外追放にはならない。実際は殺人や強盗、強姦なと散々やっているのだが、過去に1人も国外追放になっていない。この謂われ無い横暴が少しずつ明らかにされ、危機感を感じた彼らが持ち出してきたのが「参政権を寄越せ」というフザケタ要求なのだ。こんな不当要求など論ずるまでもなく即時却下なのに、「日本は日本人だけの物ではない」だとか、公明党の様に「創価学会」の布教活動の一環で、在日を擁護し参政権を与えようなどとは言語道断である。

 非合法な生活保護費を集り、住民税も不払い、固定資産税も惚けながら参政権をクレなどとは呆れるが、「参政権」云々よりも、彼らの「永住権」や「通名」こそ、今、再吟味する時なのではないか。国や国籍を軽んじて在日や支那人などの外国籍定住者に参政権を与えることは、そこから国家の崩壊を招くことを我々日本人は自覚すべきである。

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世界的大偉業だった日露戦争勝利

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 今から106年前の明治37年(1904)2月10日、日本は当時世界最大の軍事大国だったロシアと民族の生死を賭けた戦いを開始した。

 1年半にも及ぶ強国との大戦に我が国は奇跡的とも言える勝利を収め、極東小国日本の存在を世界に知らしめた。日本大勝利の報は、固唾を呑んで見守っていた世界の人々を驚嘆させた。

 日露戦争の勝利は、ロシアから占領・弾圧されていたフンランド、トルコ、ポーランドといった国々や、有色人種と差別されていた民族に、国と民族の存在を決定的に変える影響を齎したのである。

 15世紀の大航海時代以来、白人による世界制覇の滔々たる流れが、日露戦争の勝利によって大きく変化し、全世界の有色人種に与えた影響は強烈なものであった。

 印度のガンジー、ビルマのオマッタ、フィリピンのリカルテ、ベトナムのファン・ボイ・チャウ、エジプトのムスタファ・カミール、トルコのケマル・パシャなど挙げれば限が無いが、世界の各地で日本の勝利に狂喜し、有色人種が白人に劣らないことに確信を持ち、各地で独立運動が湧き上がった。

 米国でも、日露戦争後に黒人に人種平等の自信を与え、黒人解放運動の支えとなった。黒人誌「インディアナポリス・フリーマン」は当時、次の様な社説を掲げた。

「東洋のリングで黄色い男達のパンチが白人を打ちのめし続けている。事実ロシアは繰り返し何度も日本人にこっぴどくやられて、セコンドは今にもタオルを投げ入れ様としている。有色人種がこの試合をものにするには、もう時間の問題だ。長く続いた白人優位の神話が、遂に今突き崩され様としている」

 それから15年後、パリ講和会議に於いて日本は国際連盟規約に「人種平等の原則」を入れる提案を行った。

 日本の全権使節団が、パリに向かう途中、ニューヨークに立ち寄った折に、黒人指導者4人が「世界のあらゆる人種差別と偏見を無くす事に尽力して欲しい」という嘆願書を全権団に提出した。

 しかし乍ら、こうした黒人の願いも、米国大統領ウイルソンが議長を務めるパリ講和会議で拒絶されていまうのである。

 日露戦争が齎した歴史的課題の本格的実現は、大東亜戦争を待たなければならないのであるが、日本は敗れはしたが、大東亜戦争後「人種平等の原則」という歴史的使命は果たされるのである。

 世界史にとっても日本史にとっても重要な出来事が、何故か日本では余りにも軽く扱われているが、先人の「誠心」こそ、民族の魂の記憶として、誇り高く永く後世に継承して往かなければならない。



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2010年02月09日

大江健三郎「沖縄ノート」の差別表現

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 「沖縄集団自決・軍命令説」の証拠とされたものの中に、大江健三郎の『沖縄ノート』という本が有る。これを大江は現地取材もせずに、沖縄タイムズの「沖縄戦記・鉄の暴風」というデマを基に書き上げた。このことでも、如何にヤツが作家としての矜持が皆無で、日本を貶める為には手段は選ばない売国奴だということが理解出来る。

 『沖縄ノート』で大江は、沖縄での『自殺者』を虐殺だとし『屠殺者』に准えている。

 マスコミや部落解放同盟は、ほんの些細な差別表記にも異常な反応を見せるが、大江健三郎の『沖縄ノート』に書かれてある「25年ぶりの屠殺者と生き残りの再会・・・」という差別表現には依然として沈黙し、黙殺を決込んでいるが、実に不思議な現象である。

 普段のクダらん差別表現を大騒ぎするのなら、沖縄での集団自決の大きな証拠となっている『沖縄ノート』こそ、差別表現の最たるものとして糾弾すべきではないのか。

 評論家の呉智英は、この『沖縄ノート』の表記に驚き「これ、いつから解禁になったのか。虐殺を屠殺になぞらえようものなら許すべからざる差別表現として、部落解放同盟と屠場労組の苛烈な糾弾が展開されたことは、言論人なら誰知らぬものはいない。」と語っている。


 更に、例えて1982年、俳優座のブレヒト原作「屠殺場の聖ヨハンナ」は、改題してもなお激しい糾弾に合い上演は困難を極めた。

 これについても部落解放同盟などは「誰々の作品だから差別はないと、神格化したものの考え方を一掃したい」と言明したことまでも振り返っている。

 また1987年には「沖縄ノート」と同じ岩波書店の「報道写真家」の中の「戦場という異常な状況下では、牛や豚などの家畜の虐殺と同じになる」という記述が問題にされ、回収処分となっていることも紹介している。

 『沖縄ノート』は一度も糾弾もされず、回収されるどころかアホな裁判官が、これを「軍による集団自決命令はあった」証拠として採用し、摩訶不思議な判決を出した。

 大江健三郎のみ「神格化」される理由は何か? 「反日」「自虐史観」では、バカ左翼の連中は共闘するという事を証明している様なもので、朝日新聞、岩波書店、部落解放同盟らの所感を聞きたいものだ。



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小沢は今や国賊のトップ!

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 今や小沢は、我が国最大の国賊であろう。

 天皇陛下の特例会見問題で、小沢が馬脚を露し、ヤクザ紛いの恫喝会見で国民の顰蹙と怒りを買ったことは記憶に新しいが、昨日の会見も倣岸不遜な態度も同じ様に見苦しいものだった。 「検察当局の公平公正な捜査の結論として、潔白が証明された」と宣っているが、証拠が足らず嫌疑不十分で不起訴になっただけで、無実な訳ではない。
 
 法の網をまんまと抜けたとほくそ笑んでいるが、依然、政治的道義的責任は残る。 世論調査の結果についても「小沢は不正な金を受け取り、けしからん人物だという報道が続いたからだ」と自分の不徳の致すところを恥じることのなく、マスコミの所為にする姿は何処までも姑息な男という印象だ。しかし見方を変えれば、今最高権力者としての幹事長職を辞める訳には行かないという悲壮感も感じる。

 昨年、胡錦濤と会ってからの小沢は「外国人参政権付与」も支那詣から急に法案成立に躍起になっているが、走狗に成り下がった証左だろう。昨年末の小沢が仕組んだ陛下と中共副主席との特例特例は、日本が各国に対して平等の適用を無視し、決して手を出してはいけない皇室の政治利用の領域に踏み込んだ暴挙だった。

 支那詣で国家主席に拝謁した小沢が、交換条件として陛下と副主席の会見を画策し安請け合いしたのは明らかで、日本の最高権力者としての力量を誇示したいが為のものだったことは誰もが知るところだ。この悪しき前例は、日本がしてきた平等の原則の立場を失う事になり、世界からの皇室への尊崇の念や威厳は薄れて行く可能性を秘めている。

 臣下の礼を取り胡錦濤と記念撮影に納まる小沢訪中団の連中の態度には呆れ返ったが、この様な支那への走狗と化し忠誠を誓うが如くの媚び諂いに、畏れ多くも天皇陛下が利用されるという屈辱的な事態は断じて看過出来るものではない。この一件は、不正疑惑問題など比べ物にならない、万死に値する問題である。

 訪中の際、小沢は日本では見せたことの無い饒舌さで「政権交代を実現したが、こちらの国に喩えれば解放の戦いは未だ終わっていない。来夏に最終決戦がある。兵を募り、鍛え、勝利を目指している。野戦軍の総司令官として解放戦が終わるまで徹したい」と、自分の立場をチベットやウイグル自治区や支那各地で虐殺行為を行った人民解放軍の総司令に准えていたが、何たる傲慢、何たる驕気だろう。

 最早、国内最大の国賊と化した小沢一郎が「選挙屋」として参議院選挙をするつもりだろうが、国民もナメられたもので、このクソ野郎の野望は潰すしかない。

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2010年02月08日

佐藤一斎「言志四禄」

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 少(わか)くして学べば、即ち壮にして為すことあり
    壮にして学べば、即ち老いて衰えず
    老にして学べば、即ち死して朽ちず。(言志晩録六十条)

 佐藤一斎の『言志四録』の一節「三学戒」である。生涯、学ぶことの重要性を説いたものだ。


 『言志四録』とは「言志録」「言志後録」「言志晩録」「言志てつ(老の下に至る)録」の四書の総称。

 佐藤一斎を知らない人でも、門下生を聞くと驚く。

 一斎は朱子学と陽明学を教えたのでその門下生は数千人に及び、朱子学としては、小生の地元郡山が生んだ偉人、安積艮斎(あさかごんさい)始め、大橋訥庵、中村敬宇(正直)などがいる。

 陽明学者としては佐久間象山、山田方谷、横井小楠、渡辺崋山。


 その佐久間象山門下から勝海舟、吉田松陰、小林虎三郎、坂本竜馬が輩出し、吉田松陰門下生には高杉晋作、伊藤博文以下錚々たる面々が連なっている。

 また一方で、維新の立役者西郷隆盛は直接の弟子ではなかったが、この『言志四録』を座右の銘としていた。

 『言志四録』の魅力は何といっても箴言が多いところだ。

 例えば人が学問をするに当たって師とすべきものは、天、人、経の三つがある。その中で最上は天を師とすることであり、次いで立派な人を師として習い、その次は賢人の書を師として学ぶことである。(言志録・二条)

 全て事業を為すには、天の意に従う敬虔な心を持つ事が必要である。
功績を人に誇示し、自分の存在をひけらかす気持ちが有ってはならない。(同三条)

 人は生まれつき仁、義、礼、智、信を備えているのだから、この五常を極め尽くすべきである。また、孝、悌、忠といった職分が有るのだから、これらを当然の義務として実践すべきである。これが人としての正しい道である。(同八条)

 自分の過失を責めることに厳しい人は、他人の過失を責める場合も厳格であり、他人を思いやることの寛容な人は、自分にも寛容であるが、これは何れも偏っている。教養の有る出来た人は、自分を責める時は厳しく、他人を責める場合は寛容である。(同三十条)

 千三百三十条もあり限がないので、最後に政治に携わる人が知っておくべき五つの事項を記す。
 第一は軽量で、財政上の軽量を計ること。
 第二は時勢で、時代の動向を見抜いて事を行うこと。
 第三は寛容で、人に接するに心が広く温厚なこと。
 第四は鎮定で、争乱を鎮めて平和を保つこと。
 第五は寧耐で、心を平静にして、よく忍耐すること。
 そして、賢明な人を採用し、心の曲がった人を遠ざけ、農業を奨励し、税金を軽くし、贅沢を戒め、倹約を重んじ、老人を大切にし、幼児を慈しむなど、何れも必要なことで誰もが知っていることである。(言志後録・七九条)

 それぞれの年代に合わせ、悩んだ時、人生に疲れた時などに読むと元気を与えて貰えるに違いない。

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「沖縄集団自決・軍命令」というデマゴギー

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 嘘に嘘を重ねたデマ宣伝が史実をでっち上げるというものの中に『沖縄集団自決軍命令説』がある。恰も事実であるかのように罷り通って来た集団自決軍命令説だが、その初出は昭和25年に沖縄タイムスから出版された『沖縄戦記・鉄の暴風』である。

 売国作家・大江健三郎の『沖縄ノート』など幾つかの集団自決の記録や本が存在するが、これが原資料になっていることを、曽野綾子の『集団自決の真相』で明らかにしている。

 この本は沖縄タイムス社の記者2人が3ヶ月で書き上げたものだが、たった3ヶ月で膨大な『鉄の暴風』を書き上げられたのは、関係者を那覇の旅館に集めて取材したからであるが、その関係者の中には誰一人として渡嘉敷・座間味の集団自決現場に居たものはいなかったのだ。

 それはそうと、何故米軍占領下の昭和25年に全島から証言者を1箇所に集めることが出来たのかという疑問である。理由ははっきりしている。

 『沖縄タイムス』は創刊の辞に「我々はアメリカの暖かい援助の下に生活している。この現実を正しく認識することは取りも直さずアメリカ軍政に対する誠実な協力であり云々」が示す通り米軍の御用新聞として出発した新聞社なのだ。

 戦後沖縄の人々が「日本軍を加害者、米軍を解放軍」などと思ってはいなかったが、米軍は徹底的な検閲を行い、米軍は「解放軍」であると大々的な宣伝を行い、その有力な協力者が「沖縄タイムス」であった。『鉄の暴風』は日本軍加害者論を宣伝するための出版物として米軍支援の下に発行されたのである。

 『鉄の暴風』の中に次の様な件がある「なお、この動乱(沖縄戦)を通じて、おそらく終生忘れることのできないことは、米軍の高いヒューマニズムであった。・・・戦いの暗たんたる記録の中に珠玉のごとき光を放つ米軍のヒューマニズム・・・」この一説を読んでも『鉄の暴風』の正体を雄弁に語っているのではないだろうか。

 体験者の証言もなしに日本軍自決命令を書いた本書は、本当は米軍宣伝書に過ぎないものなのだが、その後、遺族年金の為の根拠とされ、事実であるかの様に見做されて来た。

 反米左派集団が、米軍宣伝のデマを今では金科玉条の如く死守しようとしていることは滑稽極まりないが、こんな流言蜚語を何時までも許して置く訳にはいかない。




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2010年02月07日

北方領土の日

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 己の土地を他人に奪われて黙っている者はいないだろう。況してや、父祖伝来の国土が強奪されて泣き寝入りする民族が何処にあろうか。「北方領土奪還」は、これは正に日本民族の悲願である。ところが、戦後60年以上も経った今日、北方領土問題は未だ解決の糸口すら見えて来ないのは一体何故なのか。思うに、領土そのものの重要性に対する認識不足と、如何に不法に占拠されたかの真相把握が欠如していること、更には、ロシアへの認識の甘さと対応の甘さ等が綯い交ぜとなった結果が、未解決の根源であろう。

 北方領土は『日露和親条約』並び『樺太・千島交換条約』の締結により、歯舞、色丹、国後、択捉の4島を含む、北は占守(シュムシュ)島から得撫(ウルップ)島の全千島列島と南樺太が、我が国固有の領土となったのである。領土問題では、共産党が「全千島、南樺太の主権」を訴えているが、この認識が正しく、昨年国会に於いて「4島返還決議」を採択したが、この返還要求こそ、事勿れ主義の軟弱土下座外交そのものなのである。先人達の外交努力を無視し、全千島と南樺太の主権が在るにも拘らず4島のみの主張を明記し、見す見す権利を放棄するとは理解に苦しむ。

 安政元年12月21日(1855年2月7日)下田で「日露和親条約」が締結され、4島と千島の間に境界線が引かれ、樺太を混住の地と決めた。その後、明治8年5月7日に「樺太・千島交換条約」が交わされ、樺太の北側を千島列島と交換、南樺太と全千島が日本に帰属したことこそ教えるべきで、如何に2月7日の『北方領土の日』がいい加減な根拠に基づくものであるかが解るだろう。右翼民族派は民族痛恨の日として、日ソ不可侵条約が蹂躪された昭和20年8月9日を「反ロシアデー」として「北方領土奪還」を訴えているが、8月9日とは言わないまでも、南樺太・全千島が日本に帰属した5月7日の方が2月7日よりは相応しい。

 今こそ、国内世論を統一し領土奪還に立ち上がるべきである。「竹島」の問題も然り。最近では沖縄県尖閣諸島の領有権を支那や台湾までもが主張している現況だが、これは戦後、歴代の政府や国会が、領土主張を疎かにしてきた結果である。現在、世界の各地で民族争いの中で国境紛争が頻繁に起きているが、世界では寸土たりとも主権確立には戦いをしてまで死守しているのが世界の常識なのである。「領土問題」は事勿れ主義では解決など出来ないばかりか、譲歩は更なる譲歩を生むだけである。

 領土問題は国家の主権である。

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政党交付金を廃止せよ!

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 政治家というのは一体幾ら貰ったら真面目に滅私奉公してくれるのだろうか?

 小沢の疑惑は、西松、水谷建設の「裏献金疑惑」や世田谷の土地購入問題以外にも、「都内の高級マンション購入疑惑」「岩手めんこいテレビ株主問題」群を抜く「個人資産」は周知の事実。此れらの不動産取得や蓄財に、新生、自由党の解党時の政治資金約23億円余りが使われている。

 新生党解党時の9億2000万円と、自由党解党時の13億6000万円が小沢の政治団体に寄付され、内10億円余りで12件の不動産購入を購入している。「政党交付金」は全て国民の血税であり、これを返納せずに不動産購入や蓄財に充てることは、国民に対する背任、横領、詐欺行為である。

 「政党交付金(政党助成金)」は、企業・労働組合・団体から政党・政治団体への政治献金を制限(禁止としないところがミソ)する代償として、細川政権時に導入されたものだ。

 細川はドイツの事例を挙げ「ドイツでは国民がカネを出し合って政党を援助している。政治家がカネ集めに奔走しなくて済むし、何よりクリーンな政治を実現出来る」と国民を騙し、この制度を導入した。政党助成法成立で、企業献金や政治資金パーティーは無くなり、政治家は国家国民の為に汗してくれるものと国民の誰もが思った。

 この政党助成金、国民一人当たり250円。総額約320億円。国会議員一人当たり約5000万円。議員には歳費として年間2300万円、文書交通費1200万円、公設秘書の給料や議員会館、議員宿舎など年間合わせて1億円以上の国費が掛かる。

 誰が見ても十分な金額だと思うが、欲の皮のツッパッた連中は違う。相変わらず、企業献金、個人献金、政経パーティーと、国政そっちのけで金策に狂奔しているが、これではまるで国民に対する『政党交付金詐欺』ではないか。小沢の疑惑は、この政党交付金の在り方を問うべき大問題なのである。

 政治活動の自由という観点から、政党交付金の使い道には制限が無ければ立法事務費も使途報告の必要もなく、解散時の返納する義務もない。しかし、法を作るべ国会議員が「合法的なら」「法律の範囲内なら」と法を巧妙に抜け、不動産購入や蓄財をするなど以ての外だ。

 共産党が唯一「政党助成金は止めるべきだ」としているが、至極当然の話しで、政党交付金の趣旨は企業、労働組合、団体からの政治献金禁止の代償であり、未だ企業団体献金が無くならない現状を見れば、即刻廃止すべきものである。蛆虫・共産党でも解りきってることが、今の欲集りの政治屋どもには全く理解出来ていない。

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2010年02月06日

朝青龍と小沢に見る、男の引き際

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 現役に拘っていた朝青龍が、横綱審議委員会から「引退勧告」を出され、苦渋の選択の上で引退を決意したことは妥当な選択だろう。引退前まで朝青龍を批判していた人も、会見での涙を見たら今迄の怒りの矛先も収めてしまったのではないだろうか。

 この件で内館牧子が「今後日本であれ他の外国であれ、何処かで仕事をなさるでしょうが、その際、その国とその業界、及びその仕事に対し敬意を払うことを忘れないで欲しいと思います。朝青龍は日本に、角界に、そして相撲という仕事に敬意が欠けていた。それを持てば彼の良さがもっと表れ、そして評価されると考えています。」とコメントを出している。正鵠を射た言葉で、今後の人生に役立てて欲しいものだ。

 朝青龍の礼節や品格の無さは、その指導を怠った高砂親方の責任が大だが、二場所連続優勝で昇進の条件は満たしたとはいえ、品格に大きな疑問の残る朝青龍を簡単に昇進させた横綱審議委員会の責任も大きい。やはり、間違いが有れば、諭して厳しく教えることは大事である。

 高校を卒業し入門したての未だ純粋な時期に、きちんと教えてやっていれば違う人生を歩んだだろうし、誰からも愛される横綱になっただろう。高砂親方は、自分流で大らかに育てたつもりなのだろうが、それは優しさというより単なる甘やかしだ。日教組の連中が、自分たちは単なる労働者で、生徒との関係は師弟関係ではなく、同等の立場なんだと友達の様に接する。家庭でも、親子というより友達感覚で生活している親子も少なくない。

 しかし、上下の礼節や長幼の序といったものは、そんな環境では絶対に知ることはない。朝青龍の引退も「これも人生」と言ってしまえばそれまでだが、実力が有っただけに、こんな辞め方は返す返すも残念である。

 朝青龍が自ら引退表明した同じ日に、小沢一郎に不起訴の判断が出た。待ってましたとばかり、小沢は幹事長続投を表明した。しかし、嫌疑不十分で罪に問うには証拠が少ないだけで、無実となった訳でもないし、依然、政治的、道義的責任は存在する。

 秘書の責任は政治家本人の責任ではなかったのか。小沢はその昔、政治資金の在り方に関し、自著『日本改造計画』で「まず、政治資金の出入りを1円に至るまで全面的に公開し流れを完全に透明にすることである」と提唱し、同時に罰則の強化も主張し、違反の言い逃れを封じる為に「連座制」を導入すべきとも訴えている。

 政治資金規正法は議会制民主主義の根幹を成す法律であり、政治資金の実態を偽ることは、国民を欺いて政治判断を歪めることに他ならないのである。

 政治家に横綱の様な品格や礼節を求めるのは無理な話かも知れないが、政治とは最高の倫理であり、最高の道徳でなくてはならないのである。そう考える時、小沢も朝青龍に見習って政界から引退して欲しいものだが、恬として恥じることなく居座り続ける小沢には、国民挙って「引退勧告」を突き付けるしかない。



cordial8317 at 08:27|Permalink

在日李氏朝鮮人・前田日明

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 前田日明が次期参院選に民主党から出馬する予定という。出馬が決まった為か、最近は小沢擁護の発言が目に付く。勝谷誠彦や鳥越俊太郎らの露骨な小沢擁護ほどではないにしろ、小沢に御為倒しをする輩はどうも信用ならない。中々の勉強家で、日本の歴史にも詳しく、日本の現況を憂いている気概を感じる部分も多かっただけに残念な気がする。

 前田日明は一水会の木村三浩著『右翼はおわってねぇぞ』で、木村氏と対談し『在日コリアンというのはおかしな連中で、当の本人でも自分が何人かわからない。なかには、日本人より日本人的な人間もいます。日々の生活で、まったく日本人の感覚でしゃべっている自分もありますし、韓国人でもある。では何人だと。自分が韓国人、また朝鮮人なのか日本人なのかわからない」とした上で『自分は在日朝鮮人といわれるんですけれど、自分でいうとしたら在日「李氏朝鮮人」です。精神的に自分たちにとっての祖国は李氏朝鮮(李朝)としかいえないかもしれない』と表現している。

 自分を在日李氏朝鮮人とし、祖国を李朝という彼は「永住外国人地方参政権付与法案」問題について、「これはおかしいと思うんです。永住外国人、はっきりいって対象は在日台湾、韓国、朝鮮人ですよ。参政権うんぬん以前の問題で、戦前から日本に来ている人たちには是非もなく、まず日本国籍を与えて選択させる。国籍を取れば選挙権は当然で、国籍はいらないという人には選挙権は必要ないですよ。」と述べている。

 更に「戦後の断絶とともにこの国の精神文化が破壊されました。とくに破壊されたのは、歴史の破壊による精神的断絶。歴史教育というのは、経験という生きた道徳教育につながりますからね。そのために、この国独自の礼節や言葉が乱れてきたように思われてなりません。」と歴史教育の見直しと道徳教育の必要性も訴えている。

 「外国人参政権付与反対」「道徳教育の必要性」を主張はしていたが、どうせ右翼との対談で阿諛追従しただけで、これらの主張が本当なら、道徳教育の廃止や外国人参政権付与成立を謀る民主党から出馬しようなどとは夢にも考えないだろう。

 衆議院のカーボンペーパーと言われて久しい参議院だが、プロレスラーやら朝鮮日報の支社長やら「2番じゃダメなんですか」の帰化人やら薬物使用の前科者の沖縄歌手だとか、最早良識の府などとは縁遠い連中ばかりで、こんな無用の長物・参議院なんぞ、早急に廃止に向けて「仕分け」して欲しいものだ。

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2010年02月05日

二宮尊徳「二宮翁夜話」

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 二宮尊徳ほど、戦前と戦後の評価が二分された人物も稀である。戦前までの「修身」では二宮尊徳の唱えた「勤倹・分度・推譲」の思想が教えられ、模範的な倫理観とされた。今の時代「尊徳」の教えは忘れさられ、自分の「損得」ばかり勘定する日本人が多くなったことは情けない話しだ。

 『二宮翁夜話』は全部で233話有るが、その中から幾つか記述してみる。

 【積小為大】「大事をなそうと思ったら、小さな事でも怠らず努力することだ。全ての物事は小が積もって大になる。ところが、小人物に限って最初から大きな事を欲し、小さな事を怠るものだから、結局は何も出来ないで終わっている」(十四条)西川きよしじゃないが「小さなことからコツコツと・・・」と言うものだが、この哲理を見出したのが17歳というから驚く。

 【心田開発】「土地の荒廃の本は人間の心が荒れているから起こるのである。私の道では先ず心の荒れを耕すこと。心の荒廃を耕したら、次は田畑の荒地を開き、水を引き、苗を植えて、熟田にしていけば、自ずから国が富強になることは間違いないのだ」(続二十四話)尊徳が再建に取り組もうとした領地は荒れ果て、農民たちは惰眠を貪り誰も働こうとしない。そこで尊徳は、その前に農民たちの心を耕すことを試みたという。

 【至誠実行】「私のやり方は至誠と実行有るのみである。私は才知とか弁舌など尊ばない。才知弁舌は人には効き目が有るかも知れないが、鳥獣、草木を騙すことは出来ない。そこへいくと私の方法は至誠と実行だけだから、米麦でも野菜でも、蘭でも菊でも、皆に通じてこれらを繁栄させることが出来る。凡そ世の中のものは、知識や学問が有っても、至誠と実行が無かったら何事も成就しないことを知らなければならない」(百三十九話)尊徳の実践哲学の根本ともいえる教えである。

 【勤・倹・譲】「私の報徳の道は、勤・倹。譲の三つである。勤とは、衣食住に利用出来るあらゆるものを骨身惜しまず生産すること。倹とは、その作り出したものを有効に活用し無駄にしないこと。そして譲とは、衣食住の三つを他に譲り及ぼすことである。但し、この譲には色々有って、今年のものを来年の為に蓄えるのも譲、子孫に譲ったり、親戚、朋友、郷土、国家の為に譲るのも譲である。その人の分限に於いて出来るだけ多くを譲る様にしなければならない。勤・倹・譲の三つは、鼎の三本足の様なもので、一本でも欠けたら報徳の道は立たないことになる」(続四十三話)報徳実践の三大哲学で、一般には「勤労」「分度」「推譲」の実行として教えられている。

 こうした尊徳の教えは、明治資本主義の創成期に活躍した渋沢栄一や安田善次郎を始め、昭和の松下幸之助など多くの実業家に影響を与えて行くのである。

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小沢一郎著「日本改造計画」との矛盾

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 小沢が不起訴になったが、別に嫌疑不十分ということで無罪になった訳でもない。国民の良識で覆される可能性も残されており、是非とも検察審議会に審査を申し立て「強制起訴」して欲しいものだ。

 小沢はその昔、政治資金の在り方に関し、自著『日本改造計画』で「まず、政治資金の出入りを1円に至るまで全面的に公開し流れを完全に透明にすることである」と提唱していた。更に、同時に罰則の強化も主張し違反の言い逃れを封じる為に「連座制」を導入すべきとも訴えている。しかし現実には、この時、既に小沢は西松建設のダミー会社から献金を受け取っていたと言うのだからフザけた話だ。

 献金問題で公設秘書が逮捕されると、「逮捕されただけで起訴されたんですか」と開き直り、「献金してくれるという方について、どういう所から出ているのかという類を聞くのは失礼なことですし詮索しない」と答え、秘書が起訴されると「なんで私が離党し、議員辞職しなければならないんですか」と気色ばんで、質問した女性記者を睨み付けた。今回の事件で不起訴処分となったところで、政治家としての道義的責任は免れない。

 平成13年、加藤紘一の事務所代表が所得税法違反に問われた際、鳩山は「秘書の責任は政治家の責任である」と執拗に追及し、結果加藤は自民党を離党し、議員も辞職しケジメを付けた。小沢も鳩山も「担当秘書を信頼し、実務は一切任せていた」「私自身帳簿や報告書を見たことはない」挙句鳩山は「私自身私腹を肥やした訳ではない」と宣った。しかし、加藤紘一も全く同じで、事務所代表を信頼し実務を任せ、また私腹を肥やした訳でもないだろう。小沢鳩山両人とも自分自身には相当甘いようだ。

 政治資金規正法は議会制民主主義の根幹を成す法律であり、政治資金の実態を偽ることは、国民を欺いて政治判断を歪めることに他ならない。民主党は真剣に政権運営に臨むので有れば、小沢に幹事長辞任を進言すべきであろうが、自己保身、権力欲、偽善者の烏合の衆ばかりで、国民には「自浄能力の無さ」「政権担当能力の無さ」を露呈している様に思える。鳩山や小沢が政治家の椅子に固執すればするほど、国民の民主党離れは進み、政治不信は益々募るばかりだ。

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2010年02月04日

困った時の亀頼み

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 亀井静香が外国人参政権に関し「参政権を望む方は帰化で対応して頂きたい」と反対を表明した。法案提出は閣内一致が基本であり、今国会での法案提出は微妙であろうが、法案の強行突破を謀る小沢らが今後どの様な行動に出るのか、未だ未だ予断は許されない。今や外国人参政権付与が世界の流れの様な雰囲気が蔓延しているが、この法案の目的は日本解体であり、断じて成立させてはならない売国法案である。

 今回提出が予定されている外国人への参政権付与法案は「在日」が大半を占める「特別永住者」だけではなく、一般の永住者も選挙権の対象となっており「在日」のみならず、支那人永住者にも付与され、非常に深刻な問題を孕んでいるのだが、これについて一切議論されたことがない。在日韓国人の殆どが日本国民と結婚し、その子供は総て日本国籍になっていて「特別永住者」の減少傾向が止まらないのに対して、支那人永住者は、留学生の増加などによって更に増加し、永住外国人の前提となる一般の在留外国人の登録者数は今や韓国・朝鮮人の数を上回っている状況なのだ。外国人参政権付与問題は、現在「在日」の問題になって隠れてしまってはいるが、近い将来必ずや支那人の移民問題にも繋がり、これを万が一可決する様なことにれば、日本がチベットやウイグル化する可能性のある非常に危険を孕んだ法案なのだ。

 参政権推進派は「EUや米国でも導入している」「韓国もやっているのだから」という主張するが、ドイツ、フランス、イギリス、イタリアでは選挙権、被選挙権はEU市民のみで、安全保障、通貨、移民問題を規定している「マーストリヒ条約」の下で厳格に実施している。米国はメリーランド州タコマパーク市だけだ。韓国は既に永住外国人の地方参政権を付与しているが、永住権を取得すること自体が厳しく定められている。その条件として
①韓国人と結婚して2年以上在留した外国人
②200万米ドル以上を投資した外国人
③滞在期間が3年以上の技術資格取得者、教授、駐在員、語学教師などのホワイトカラー層の外国人
となっており、韓国の参政権付与は投資目的と富裕層の獲得を主としているのだ。

 日本に住んで、日本人に成り済まし、日本人にしか与えてはならない生活保護を「差別するのか」とゴネ得で受給しながら、今度は「参政権を寄越せ」とは呆れる。外国人への参政権付与は、民主党(民団が主人公の党)が公明党を抱き込み、数の論理で強行突破を謀るだろが、断じて阻止せねばならない大問題であり、全国の愛国者は挙って反対の意思行動を示そうではないか。

 『参政権付与に反対し、通名使用禁止法案をつくろう!』通名を禁止し、彼らは外国人であるということを認識させよう)というアンケートを当ブログでやっておりますので是非ともご協力お願いします。





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2010年02月03日

強制連行という嘘

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 韓国や北朝鮮側が度々「在日朝鮮人の大半は戦時中に日本政府が強制労働をさせる為に連れて来た人だ」との趣旨の中傷を行っているが、これに対し外務省は昭和34年「在日朝鮮人の引揚に関する経緯」について正式に発表している。

 これによれば在日朝鮮人の総数は約61万人だが、このうち戦時中に徴用労務者として日本に来た者は245人に過ぎないとされている。主な内容は次の通り。

 一、戦前(昭和14年に日本内地に住んでいた朝鮮人は約100万人で、終戦直前(昭和20年)には約200万人となった。増加した100万人のうち、70万人は自分から進んで内地に職を求めてきた個別渡航者と、その間の出生によるものである。残りの30万人は大部分、工鉱業、土木事業の募集に応じてきたもので、戦時中の国民徴用令による徴用労務者はごく少数である。また、国民徴用令は日本内地では昭和14年7月に実施されたが、朝鮮への適用はさしひかえ、昭和19年9月に実施されており、朝鮮人徴用労務者が導入されたのは、翌年3月の下関-釜山間の運航が止るまでの僅か7ヶ月間だった。

 一、終戦後、昭和20年8月から翌年3月まで、希望者が政府の配給、個別引揚げで合計140万人が帰還したほか、北朝鮮へは昭和21年3月、連合国の指令に基づく北朝鮮引揚計画で350人が帰還するなど、終戦時までに在日していたもののうち75%が帰還している。戦時中に来日した労務者、復員軍人、軍属などは日本内地になじみが薄いため終戦後、残留した者はごく少数である。現在、登録されている在日朝鮮人は総計約61万人で、関係各省で来日の事情を調査した結果、戦時中に徴用労務者としてきた者は245人に過ぎず、 現在、日本に居住している者は犯罪者を除き、自由意思によって在留したものである。

 「昭和34(1959)年7月13日 朝日新聞」

 戦時徴用は、昭和13年の国家総動員法に基づく「徴用例」を指しているが、戦中日本本土では中高年、婦人、学生に至るまで工場他に動員され生産に従事した。日本人、朝鮮人、台湾人が一律に負っていた労務提供の国民的な義務であり、日本の統治によって多大な恩恵を受けていた朝鮮人も当時は日本国民であった以上、これに協力する義務があったことは言う迄もない。

 日本人も台湾人も等しく戦時徴用されていたのであり、韓国や北朝鮮が主張する強制連行とは全く異なるものである。また「徴用」を「強制連行」とし、北朝鮮の「拉致」と同一視し批判しているバカがいるのには驚くが、無知蒙昧の徒には憤りを感じる。抑抑「強制連行」自体存在せず、しかも戦時徴用で来日した朝鮮人は、昭和34年の時点ではわずかに245人だけだったのだ。「強制連行された」との嘘を並べ日本に居座っている在日、若しくは祖先の殆どが戦前、戦中に職を求めて勝手に来日したか、戦後に密航して来たかのどちらかなのである。

 在日らの「強制連行!」「差別!」との詭弁には、堂々と論拠を示し大声で論破するべし。

 転載元:強制連行はなかった

http://specific-asian-flash.web.infoseek.co.jp/kyouseirenkouuso.html


cordial8317 at 08:40|Permalink

右翼浪漫派

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 小生の故郷、二本松出身の大山忠作画伯が死去して一周忌になる。「五百羅漢」を是非見たいと、地元に建設された「大山忠作記念館」に行って来た。日本画家では一番好きな画家だ。因みに大山画伯の長女の采子さんは、女優の一色彩子。

 右翼と蔑視されてはいるが、美術館巡りやクラッシックやオペラも好きで、自分では「右翼浪漫派」を気取っている。クラッシックはショパンも好きだが、サティの「ジムノペティ第1番」は春に聴くには最高の曲で、聴いてると気持ちが落ち着く。オペラは、パバッロティも良いが、サラブライトマンが好きでipodでよく聴いている。

 浪漫と云えば、その昔、防挺の初代福田進総隊長の著書「日本と油虫」という本のあとがきに「男のロマン」を感じさせるこんな一節があった。 

 俺はまだアラブを知らない。「夜空に輝く星が今にも落ちて来るのじゃないかと・・・」 連合赤軍の兵士てえ自称する、共産主義の三匹の油虫のアンチャンは、イスラエルの空港で好き勝手に暴れ回ってユダ公をぶっ殺した。生き残った一匹は「我々三人は死んだ後オリオンの三つの星になろうと考えていた」 その言葉は稚拙ではあるが荒廃した日本にはないロマンを感じさせるんだなあ。アラブという国が、日本青年をして死を覚悟するまで革命に駆り立てる何かがあるとすれば、俺も夢多き一人として一度アラブへ行って見たい衝動に駆られる。きっとアラブの夜空に燦然と輝くオリオンの星が、油虫の俺を魅きつけるのかも知れない・・・

 学生時代この本に出会い、何時の日か満天の星を見にアラブに行きたいと思ってはいるが、未だ実現出来ないでいる。

 今日の朝刊に「平山郁夫お別れ会」の記事が載っていた。その昔、日中友好協会、各会員に質問状を送ったことがあるが、その時の会長が平山郁夫だった。

 平成17年に送付した「日中友好協会各会員に質問す」という内容は

 1、尖閣諸島は歴史的にも我が国の固有の領土であるが、1968年の海底調査で石油資源の可能性が報告されてから、支那は領有権を主張しているが、1972年前の北京政府の地図では日本の領土となっていたのは知っているか。

 2、日本最南端沖の鳥島を岩礁だと言い張り、我が国の排他的経済水域への侵犯を繰り返しているが、この支那の海賊行為について言及したことはあるのか。

 3、盧溝橋の中国人民抗日記念館など反日的宣伝施設にある出鱈目な展示物は著しく友好を損ねるものであると思うが如何か。

 4、経済の発展には真の自由と民主主義が不可欠であると思うが、中国共産党による一党独裁を廃し複数政党を認めるよう提言したか。

 5、我が国は支那に莫大なODAを支援しているが、無償有償の多大な経済援助を人民に教えないのは何故だと思うか。

 6、日本国内の外国人犯罪は年々増えるばかりだが、そのうちの半分以上が支那人によるものだが、こうした支那人犯罪者による凶悪犯罪や不法入国をどう思うか。

 7、靖國神社への参拝を批判しているが、靖國神社に祀られている多くの英霊の犠牲の上に今日の日本の平和や繁栄があると思うが、貴殿らは靖國神社に参拝したことがあるのか。

 他にも列記した質問は割愛するが、これらの質問を会長である平山郁夫ほか全国の会員に送付したが、一通も回答が無かった。

 交流は結構だが、支那の本質は共産党による一党独裁であり、「中国と一衣帯水だ」とか「歴史的に特別な関係がある」だとか「同種同文だ」という幻想を捨てて掛からなければならないのだが、平山らは聞く耳を持たず、中共政府の走狗に成り下がった。

 平山郁夫は、晩年を汚した日本人のひとりだ。平山の「シルクロード」なんぞ大山忠作の「五百羅漢」の足元にも及ばない。

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cordial8317 at 07:49|Permalink

2010年02月02日

小沢傀儡政権

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 小沢一郎のアノ作り笑顔が嫌いである。小沢に限らず、菅も貧乏神の様な岡田のニヤケ顔も大嫌いだ。
小沢は人と協力してやるということは苦手で、主張もコロコロ変わる。それを鳩山や菅が弁解して歩く姿は滑稽の一言だ。田中角栄に政治の帝王学を学んだ割には、小沢一郎には角さんの様な人情味も人間的な魅力も無い。
そういった意味では、田中角栄よりも娘の真紀子の方に似てしまった様だ。角さんは「天下を獲るには敵を造るな」と教えたというが、小沢氏からは離れる側近が多い。

 47歳で自民党幹事長を務め、51歳で旧竹下派を飛び出し自民党を離党、以後、新生党、新進党、自由党と「創造と破壊」を繰り返し、民主党代表となるも西松事件で引責辞任した。辞任したのも束の間、幹事長に就任し「選挙屋」の本領を発揮、総選挙を圧勝、今や民主党内には小沢に物申す者は存在せず、鳩山政権は小沢独裁の傀儡政権と言っても過言ではない。

 小沢を語る時「不透明な政治資金疑惑」を切り離して考える事は出来ない。小沢は白々しく「私は陸山会所有の全ての不動産について如何なる権利も持っていない」と詭弁を弄している。

 民主党は「政治資金の透明化」「政治資金規制の強化」の政策を掲げてはいるが、『政治資金による個人蓄財の禁止』は明記していない。収支報告書の開示や領収書の保存などを挙げながら、小沢が行った政治献金の大きな抜け穴に関しては全く手を打たないということだ。はっきり言えば手を打てないというのが本音で、如何に民主党が小沢の独裁政党であるかが垣間見れる。

 注目すべきは、疑惑になった政治資金も未だ自分の懐に仕舞い込んだままなのだ。この小沢資金で当選した議員が「小沢チルドレン」と言われる新人議員や、小沢の腰巾着・山岡賢次や小沢主義を標榜する「一新会」の連中が、国会を我が物顔で闊歩する姿を見てるだけで胸糞が悪い。

 一新会には、民主党内の保守と言われている松原仁がいる。「永住外国人への参政権付与」に躍起になっている小沢と同調すること自体不可思議だが、こうした似非保守が世の中を撹乱していることを知るべきだ。

 民主党は「無駄遣いの見直し」「新たな治水対策考える」という理由を掲げ、公共事業を見直すとして群馬県の八ッ場ダムをその象徴として大々的に取り上げた。この民主党の目玉であり、一丁目一番地とも言うべき政策も、熊本県の川辺川ダム、或いは長崎県の諫早湾干拓の中止も、西松建設が関与していない、つまり小沢に献金しなかった企業の工事ばかりだというのだから呆れる。

 小沢の地元の岩手県の胆沢ダムを中止をしない理由として「既に本体工事に入っているから」というのは、余りにも説得力がない。今世間を賑わせている不正献金問題は、この胆沢ダム工事を請け負った関係企業ばかりで、事件がはっきりするまで工事は中止すべきで、また小沢らの関与が明らかになった場合は請負い業者を一新すべきだろう。

 小沢一郎には数々の疑惑が有りながら、そこを避けて政策を立てる辺りが、今の民主党の恣意的な政治姿勢を如実に表している。正に民主党は小沢独裁の『傀儡鳩内閣』であり、百害有って一利無し。

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cordial8317 at 08:05|Permalink

2010年02月01日

沈黙は最大の抵抗である

 昨日、DVDに録画していて見そびれていた『落日燃ゆ』を観た。その昔、城山三郎の本は読んだ事は有るが、内容は所謂A級戦犯として処刑された広田弘毅を題材にしたものだ。

 『極東国際軍事裁判』で我が国は「平和に対する罪」「通例の戦争犯罪」「人道に対する罪」の三つの罪で裁かれた事は誰もが知るところだ。この裁判で戦犯として絞首刑に処された広田弘毅は、公判中一言の抗弁もせず沈黙を守ったまま、従容として死についた。その沈黙は、自己弁護に懸命な人々の中に在って異彩を放った。

 『言いて当たるは知なり、黙して当たるも知なり』発言によって核心を突くのは「知」といえるが、沈黙にいよって核心を突くのも、やはり「知」である。雄弁も沈黙も時には同列なのである。表情・眼差し・物腰で核心に触れる何事かを伝えることは出来るのだ。広田弘毅の「沈黙」は、最大にして最高の「抵抗」ではなかったのだろうか。

 パール判事は極東軍事裁判で、日本が裁かれた三つ罪は、国際法上の根拠を欠くとして全員の無罪を主張した。「時が熱狂と偏見を和らげた暁には また理性が虚偽からその仮面を剥ぎ取った暁には その時こそ正義の女神は その秤を平行に保ちながら 過去の賞罰の多くに その所を変えることを要求するであろう」一体何時になれば、英霊の方々の名誉が回復できるのだろうか。日本人自ら平気で「戦犯」という言葉を使うが、せめて極東軍事裁判で使われた「戦犯」という蔑称を止めるべきではないか。何故なら我が国には「戦犯」はいないのだから。

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cordial8317 at 07:20|Permalink