2010年01月

2010年01月31日

ヤルタ協定の無効を訴え、堂々と領土の主権を主張すべし

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 北方領土は「不法占拠」された我が国固有の領土である。北方領土とは歯舞、色丹、国後、択捉の4島を含む、北は占守島までの全千島列島並びに南樺太だ。

 昨年、国会で「北方領土は4島」などとして「北方領土の早期返還」を決議したが、事実に基づかない返還要求であり、弱腰外交そのものである。領土問題に関しては、蛆虫・共産党の「全千島及び南樺太」の主張が正しい認識なのである。

 ロシアは「ヤルタ秘密協定」を楯に北方領土の主権を主張しているが、「ヤルタ秘密協定」こそが国際法的にも意味を成さない協定である。

 この協定は1945年(昭和20年)2月に、ルーズベルト、スターリン、チャーチルがクリミア諸島のヤルタで会談し交わされたもので、ルーズベルトは千島列島をソ連に引き渡すことを条件に、日ソ中立条約の一方的破棄を進言し、ソ連の対日参戦を促したものだ。

 ヤルタ協定では、ソ連が日本との戦争に参戦すること、南樺太をソ連に返還すること、千島列島をソ連に引き渡すことなどが決められ、これに従ってドイツが無条件降伏した約3ヵ月後の昭和20年8月9日、ソ連は「日ソ不可侵条約」を一方的に破棄し参戦した。

 日本人を虐殺、婦女子を強姦、鬼畜の如き行為を繰り返し、軍人、軍属、一般人を含め80万人以上の人間をシベリアへ抑留し、半数以上を凍死、餓死させ現在に至っている。日本人はこうした事実と悲劇を決して忘れてはならない。

 つまり「ヤルタ協定」こそ無効で、日本は『樺太・千島交換条約』並びに『ポーツマス条約』を理由に、「領土の主権は日本に在る」との主張をし、『4島を含む南樺太、全千島列島』の即時返還と謝罪を要求すべきである。


cordial8317 at 05:49|Permalink

2010年01月30日

『葉隠』入門

 『武士道といふは死ぬ事と見付けたり』という一節は有名だが、一般に「武士道」というと「葉隠」を思い出す人は多い。そして、そこから思い出すイメージは右翼的、忠君愛国的というものだ。『葉隠』は親鸞の『歎異抄』とともに、学徒出陣で戦地に赴いた学生達に最も読まれた本でもあり、それは『歎異抄』が「死の平安」を語り、『葉隠』が「死の覚悟」を語ったものであったからであろう。

 冒頭での「武士道といふは死ぬ事と見付けたり」だけが独り歩きし、『葉隠』を読まずに「危険な書」だと思っているのではないだろうか。三島由紀夫は『葉隠入門』で「行動の知恵と決意が自ずと逆説を生んで行く、類の無い不思議な道徳書。如何にも精気に溢れ、如何にも明朗な人間的な書物」と語っている。確かに『葉隠』は「死に狂いの思想」と云われている様に狂信的な処も多いが、一方で現代人にも通用するものも多く非常に役に立つ。

 例えば「意見の仕方」というものが有るが、「人に意見してその人の欠点を直す、ということは大切なことであり、慈悲の心とも言える。 ただ、意見の仕方には骨を折る必要がある。大方の人は、人に好まれない言い難い事を言ってやるのが親切の様に思い、それが受け入れられなければ、自分の力が足りなかったとしている様だ。こうしたやり方は何ら役に立たない。ただ悪戯に人に恥をかかせ、悪口を言うだけの事と同じ結果になってしまう」

 「意見というものは先ず、その人がそれを受け入れられるかどうかを見極め、相手と親しくなり、何時も信用する様な状態で仕向ける処から始めなければならない。言い方なども工夫し、時節を考え、自分の失敗談等を話しながら、余計な事を言わなくても思い当たる様に仕向けるのが良い。先ずは良い処を褒めて気分を引き立てる様に心を砕き、そうした上で欠点を直していくというのが意見というものである」

 なんと細やかな心遣い、これ程の気遣いをする現代人はいないだろう。人間の世界は思いやりの世界である。『葉隠』はそういった「優しさ」も教えている道徳規範の書でもある。

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cordial8317 at 06:59|Permalink

愛国心の希薄と国防意識の欠落

 昨日の鳩山の施政方針演説を聞いては見たが、「命を守る」という抽象的な言葉の羅列ばかりで、真剣に国家・国民を護るという気概が感じられない最低のものだった。「命を守る」最重要政策は『国防』である。

 普天間問題の迷走でも感じるのだが、国家・国民の平和・安全よりも自分さえ善ければという風潮が蔓延して、国民の『国防』に対する意識は益々薄れるばかり。政治家も、憲法論議を避けその場を誤魔化し、頭の中に有るものは自己保身と権力欲と党利党略の偽善だけである。

 「命を守る」と景気対策や社会保障を見直しバラ撒き政策をしたところで、北朝鮮のミサイル一発でそんなものは吹っ飛んでしまうだろう。鳩山は更に「世界の命を守る」とまで宣ったが、自国の防衛を米国に委ねている国が、そこまで言うとは実に痴がましい。

 国の大本は「国防」であり「教育」である。この二つに不可欠なものは「愛国心」であり、日本を愛するという心情は理屈ではなく極めて自然な感情である。ところが、戦後は戦前の狂信的ともいえる鼓吹された愛国心の反動から「愛国」という言葉自体が、政治家からもマスコミからも教育の世界からも消えて久しい。

 愛国心なき国防など有り得ず、だから昨日の様な何方付かずの自己満足の演説を垂れ流すのだ。国民に対し、「国防とは斯く在るべき」ということを訴えるべきだったのに、抽象的な「命を守る」という所信表明で終わったことは残念でならない。

 我が国は、今や愛国心の希薄と国防意識の欠落では恥ずかしいことに、世界に冠たる国となってしまった。今後、民主党政権下では「国を愛する心」や「国を護る」という言葉はタブーとなり、国民の国防意識など無くなって行くだろう。政治で大事なのものは国家観を持って外交を行い、国防を怠らず、将来を担う子供達に誇りの持てる教育を施すことである。







cordial8317 at 06:23|Permalink

2010年01月29日

「農」を考える

 支那製冷凍ギョーザによる「農薬中毒事件」から2年が経つ。未だ、中共政府は「捜査中」を繰り返すばかりで、解決の兆しすら見えないが、支那人に倫理・道徳や罪の意識など問うたところで無駄で、性善説にも程が有るというものだ。

 抑々「反日」を掲げる支那から、安易に農産物の輸入してきたこと自体がとんでもないことで「百害あって一利なし」以ての他である。

 国策としての農業振興と食の安全保障や食料自給率の向上は急務であるが、残念ながら政府や国会議員などは景気対策ばかりで、真剣に「農」を考える様な言葉は発せられない。「農業」とは愛郷心、祖国愛に繋がるもので、愛情がそこには無くてはならないのである。

 現在の日本の食料自給率は約39%で、実に深刻な数字だ。我々は市場原理というものに身を委ねているうちに、大切な基盤を喪失してしまった様に思う。

 自給率39%というのは明らかに危険水域で、日本と同じ島国の英国ですら70%を超える。独国は90%台、仏国と米国は100%を超える。何れの国でも「農業」の保護政策が行われているが「農は国の本」ということを自覚しているからである。

 ところが日本は戦後「農本主義」的国家観は排除され、大輸出国の米国の戦略に嵌ったままなのだ。軍事的安全保障でも自立出来ず、食料安保でも自立出来ず、これで果たして真の独立国家といえるのだろうか。

 国造りと農業の関係を経済論で語ることは、国家や郷土愛というものを放棄したものと誹られても仕方あるまい。我々は「平成の農本主義」を構築する為にも、安易な輸入物の購入を拒否し、国産物を購入し自給率向上を真剣に考えるべきである。

 今、「天佑神助」と言うべき「農」を考える時が廻って来たのである。



cordial8317 at 08:42|Permalink

粛々と刑の執行をすべし

 法制審議会は、殺人や強盗殺人など最高刑が『死刑』の犯罪の時効を廃止する要綱骨子案を答申した。諮問から3ヶ月のスピード審議で、「時間が経過しても処罰感情は薄れない」との遺族感情に配慮したものだが、時効を廃止し、折角『死刑』判決を下しても、死刑執行しないのでは、それこそ遺族の無念は晴れることは無く、憲法の「法の下の平等」に触れるばかりか、刑事訴訟法の意味も問われかねない。いっその事、死刑執行もスピード化して欲しいものである。

 刑事訴訟法は、死刑確定から6カ月以内の執行を定めており、何れも6ヶ月以内に検察庁が法務大臣に「死刑執行上申書」を提出し、規定通り押印し、法相の命令から5日以内に執行されなければならないのだが、そう簡単には執行できないのが現状だ。しかし、現在の法律に『死刑』という制度が有る以上、粛々と刑の執行をすべきである。

 此れとは別に、日本在住の外国人が罪を犯し、1年以上の有期刑に処せられた場合、永住権は剥奪され国外追放になる。しかし特別永住者の「在日」に限っては優遇されていて、7年以上の刑を起こした場合のみ法務大臣が特別永住権を剥奪し国外追放出来るとしている。だが、今迄、在日の懲役7年以上の犯罪で法務大臣が押印し、特別永住権を剥奪され韓国や北朝鮮に送還された者は誰一人いない。昔一度だけ執行しようとしたら、在日らがお決まりの「差別だ!」と騒ぎ出し、結局は頓挫した。死刑には押印するが、在日の犯罪には目を瞑っていては、これも「法の下の平等」に触れるというものだ。

 最近は、不法に入国したり不法に残留した支那人による犯罪が増えている。此れもまた在日同様に強制送還されるケースも少なく、お蔭で日本の刑務所は不良支那人で大入り満員状態である。法務大臣は、死刑執行も強制送還も、またあらゆる犯罪に対して、毅然とした態度で『公正』に処理しなければならないが、就任早々、最高裁の下した決定に従わず、支那人の留学生に特別在留資格を国賊・千葉景子だもの「法の下の平等」なんてのは端から持ち合わせていない。



cordial8317 at 07:54|Permalink

2010年01月28日

月日が流れても忘れない心

 パラオ共和国という国が在る。太平洋の浮かぶ小さな独立国だ。

 歴代大統領には「ナカムラ」という名前の人もいる。面白いことに、「クニオ」とか「マツタロウ」いった日本人風の名前が目立つ。

 これは、近代社会に仲間入りさせてくれた日本への感謝や愛着からだという。

 このパラオ共和国の国旗は「日の丸」と同じ。だが、白地ではなく青地に、やや中心より左にずれた黄色の丸である。

 何故このような国旗になったのだろう。

 ドイツの植民地であったパラオは、第一次世界大戦後に日本の委任統治領となった。

 そこでの日本は厳しくも、産業、教育、文化の発展に大きな功績を残し、パラオの人々に多大な信頼を受けたのである。

 パラオの人々は「日本は厳しかった。しかし我々に農業と真面目に働くこと、そして嘘をつかないことを教えてくれた。」と今でも口々に語る。

 第二次世界戦末期、約4万2000人の米軍が上陸したのは、昭和19年9月15日だった。

 中川州男大佐率いる約1万2000人の日本軍が、迎え撃つ。

 島民は別の島に退避していた。

 アメリカがパラオに迫ると、驚くことにパラオの人々は「我々も日本人と一緒に戦う」と決意したという。

 しかし、民間人に被害が出ることを懸念した我が国は、その申し出を許可することは無かった。

 日本軍はそれまでの戦法を改め、持久戦に持ち込み、圧倒的な戦力を誇る米軍に大打撃を与えた。この戦いは11月25日まで続いた。

 米国太平洋艦隊司令長官ニミッツも驚嘆したその戦いぶりは、約3ヵ月後の「硫黄島の戦い」にも引き継がれて行く。

 因みに「クニオ」とは、この中川大佐の名前であり、如何に慕われていたかが理解出来よう。

 この戦争で命を落した日本人を、パラオの人々は泣きながら丁寧に埋葬した。

 日本人遺族が何時来ても良い様にと墓の掃除は今でも欠かさないという。

 戦後パラオは、1994年の独立まで、アメリカが50年間統治したがパラオの人々の心に残っているのは「日本人」だったのだ。

 数年間の日本の統治が、パラオの人々の心に残したものが、それだけ大きかったということだろうが、「先人の偉業」を感謝せずにはいられない。

cordial8317 at 05:54|Permalink

統治時代の認識の違い

 日本の統治時代について台湾の歴史教育は、実に公正に教えており、台湾の近代化にかなり役に立ったという論調で書かれている。

 鉄道や電気、水道といったインフラのみならず、教育までも日本と全く同じレベルに徹底されている。台湾に『日本精神(リップンチェンシン)』という言葉があるという。

 「勤勉である」「約束は破らない」「人を裏切らない」こういう人を「あいつは、日本精神が有るヤツだ」と言うらしいが、現在の我が国の現状を見た時、恥ずかしくて赤面してしまいそうだ。

 『信義誠実の原則』と言う日本が忘れてしまった日本的価値観の美徳が台湾にはまだ連綿と生きている

 方や、韓国はどうか。韓国は事ある毎に「日帝時代」を批判する。

 ならば問う。当時、韓国国民独自の力による近代独立国家建設の道は果たしてあり得ただろうか。

 彼らにあの巨大ロシア勢力の排除など到底無理で、その意味では、寧ろ日本による韓国保護の必要性を認め、逆に日本と一体となった上で、民族の自立発展の道を模索しようとした『日韓合邦』派の主張の方が現実的であった。

 無論、その合邦派も最後は、韓国併合の現実に一切沈黙せざるを得なかったのだ。

 その悲劇の現実こそが、この日韓関係の日韓関係たる所以であるのだ。

 儒教社会の朝鮮は、当時、女性には名が無く愛称で呼ばれていた。しかし、日本が負けた瞬間、彼等は手のひらを返し「創始改名」までも非難し始めた。

 何処までもフザケタ民族だ。

 彼ら朝鮮人に共通するもの、それは「大中華」の支那同様『虚言癖』で、やはり「小中華」なのだ。 

 何れにせよ、韓国国民は自らの責任を真正面から見つめ直しては如何だろう。





cordial8317 at 05:47|Permalink

2010年01月27日

苦難には意味がある

 浪人暮らしは金銭的には楽ではないが、「乞食の朝謡」というのと一緒で気楽なものである。防挺時代でも、金権右翼と揶揄された時代には未だ新入りで、美味しい思いをしたことが無いから耐えられるのかものかも知れない。最近、漸く「欲なければ足る」というものが、何となしに理解して来た感じがする。

 若いうちの苦労や失敗は大きな財産を生む。苦難というものは醜い顔をし厭な顔をして苦痛の姿を採ってはいるが、実は吾等の敵ではなく味方である。苦難は一番親身に吾が身の為を思って突っ掛けてくる正義の友である。苦難は人を殺す為に有るのではなく、人をより善くし、より一歩を進ませ向上させる為に起こるのである。

 豪傑、山中鹿之助は『願わくば吾が身に七難八苦を与え給え』と月に祈って修行をしたという。苦難は危険を教える慈悲の鞭である。幸福と苦難は表裏一体であり苦難の本質を弁えれば、人生の苦難はやはり「天の与えた試練」と考えるべきなのである。

 西郷隆盛は『艱難は楽しむものなり』と曰く。自殺未遂、2度の遠島処分、そして西南戦争と苦難続きの人生を送った人物だったが、真っ黒な目の巨漢というイメージとは裏腹に、その生涯は常に死の影が付き纏っていた。それでも「死んだっていい。人事を尽くして天命を待つだけだ」という処生観を持ち、開き直って生きている様なところがあった。私利私欲や保身とは無縁で、清濁併せ呑む器用さもなく、その大人格故に多くの信望を集め、また自分の死に際でさえ実に潔い人物だった。

 苦難には意味が有るとともに、常に開き直りの処世観もまた大事なのである。



cordial8317 at 10:59|Permalink

迷走する民主党連立政権

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 先の総選挙で国民の多くは「政権交代で日本が変る」というスローガンの下、マニュフェストで掲げた「一人2万6千円の子供手当て」「農業の戸別所得補償」「暫定税率廃止」「高速道路の無料化」などの実行に大いに期待した。しかし、結果はどの目玉政策は有名無実というもので、一体あの選挙は何だったのだろうと首を傾げたくなる。

 外交でも「対等な日米関係」を主張し「安保条約」の廃棄でも言うのかと思いきや、そんな度胸はなく、普天間基地問題の解決を先延ばししただけで、右往左往の混迷ぶりは見苦しいばかり。バマ大統領との首脳会談での約束を反故にし、「私を信じて欲しい」とまで言ったというが、これでは日本国民の信用まで落ちてしまう。

 民主党の混迷は、やはり結党後、未だに「綱領」が作れないところに原因があるのではないだろうか。基本理念のないままに自民党に勝つためだけの「マニュフェスト」作り、有権者への目先の損得勘定に問いかけることに成功しただけで、政策の整合性の無い結果が、迷走する結果となっている様だ。

 選挙前『自民党への不満、民主党への不安』と言われて来た様に、自民党に対して積もり積もっていた不満や不信、失望が「逆風」となり、「自民党にお灸を据える」意味合いで民主党に一票を投じた国民は少なくない。

 自民党が、4年前の衆院選で圧勝しながらも保守政党として何ら保守的な政策を実行出来なかった事に、国民は見切りを付け『政権交代』で日本を変えて貰いたいという単純な図式で、民主党を支持しただけで、民主党のマニュフェストや「基本政策」を理解して投票したとは到底思えない。

 民主党の勝利の最大の要因は、連日マスコミが垂れ流す『政権交代』というバンドワゴン効果だろうが、所詮は「民主党にでも入れとくか」「民主党しかないか」といった『でもしか政党』が誕生しただけのことだ。

 民主党は結党以来の「基本政策」としている『外国人地方参政権』『国立追悼施設の建立』元慰安婦に対して国家賠償する『戦時性的強制被害者法案』といった反日政策、また日本の家族制度を破壊する『夫婦別姓』や、言論の自由を侵害する『人権救済機関の設置』『日教組主導の教育関連政策』といったことは国民の殆どは知らない。

 敢えて国民に知らせないというのが本音だったのだろうが、政権を取ったとはいえこの様な国益を害する政策を実行に移すことが有れば、多くの国民が看過することは決してない。

 「民主党への不安」「自民党への不満」は一層募るばかりである。



cordial8317 at 07:05|Permalink

特攻と沖縄

 普天間問題の迷走は国益を害するものだろう。国家の防衛という大本を米国に委ねながら、米国と対等の関係などとは開いた口が塞がらない。ならば憲法を見直し、安保を解消し、国防を強化すれば済むことだ。沖縄が歴史的に翻弄されたという事実は理解するが、安全保障上重要な要であるということも認識するべきである。

 先の大戦で、連合軍の沖縄への上陸、本土決戦を阻止しようと神風特別攻撃隊が編成された。昭和19年10月20日、フィリピンのレイテ島に圧倒的勢力で上陸を図ろうとする米軍部隊への起死回生の反撃作戦としたのが最初である。以降終戦に至るまでに、3972名の若者が特攻攻撃に命を捧げたのである。

 祖国を守る為に死を決意して志願した特攻精神は祖国愛の極致と言うべきもので「神風精神」こそは大東亜戦争が、自存の為の祖国防衛戦争であったことの何よりの証である。

 沖縄戦に於いても特攻部隊が重要な役割を果たした。特攻戦死者の実に76%が沖縄戦で亡くなっている。鹿屋基地(海軍航空)からの特攻で1981名、知覧基地(陸軍航空)からの特攻で1036名の合わせて3017名である。

 特攻は航空だけではなく、特殊潜航艇、回天魚雷、空挺特攻、対戦車特攻、震洋特攻艇、陸軍海上特攻なだ様々な工夫により劣勢を覆す為の特攻攻撃が行われた。集団自決が問題となっている座間味、渡嘉敷両島に於ける梅沢、赤松部隊は元々島の防衛隊ではなく、海上特攻の部隊であった。米軍がこれを察知して特攻艇を先制撃破した為、止むを得ず上陸軍と戦闘を行ったのだ。

 戦艦『大和』が沖縄戦の為に出撃したことはよく知られている。此れも特攻攻撃の一つであろう。沖縄に到達した暁には、海岸に乗り上げて全力を挙げて砲撃戦を行う予定であった。しかも『大和』には歯磨き粉、ブラシ50万人分、月経帯15万人分などの民生品を大量に積み込んでいたのである。沖縄と沖縄の人々を必死で護ろうとした何よりの証明と云えよう。

 「日本は沖縄を見捨てた」「日本は沖縄を捨石にした」「日本軍は沖縄の敵であった」などとホザく人々がいる。米軍基地反対や集団自決軍命令説のウソを主張している連中である。「米軍基地反対!」を叫ぶのも良いが、こうした純粋に国の為に尊い命を捧げてくれた特攻の英霊に、一体どんな顔向けが出来るというのか。

cordial8317 at 06:06|Permalink

2010年01月26日

大事なものは教育の中身である

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 先の総選挙で民主党が勝利した一因には「子ども手当て」の政策がある。しかし、少子化対策と称して子育て支援や教育費の無償化よりも、将来の日本を担う子供達に如何なる教育を施すかということが大事である。

 「子ども手当て」より教育の内容が大切で、政治家が教育を疎かにして金の分配だけに狂奔するのは本末転倒だ。

 民主党と日教組との関係は今更指摘するまでもないが、民主党のマニュフェストには「子ども手当て」のことを明記しても、どの様な教育を施して行くかということは一切書かれていない。

 「愛国心」も「道徳心」も「学力向上」も明記せず、国民から負託されたという驕りから、今後、教育はまたもや日教組主導になり偏向教育が施されて行くだろう。

 唯でさえ、現在の学校教育は「学級崩壊」という言葉が飛び交う程破滅的な状況で、この教育荒廃を生んだ元凶は日教組と言っても過言ではない。嘗て日本は教育立国として、明冶の試練と昭和の国難を乗り越えた。

 極貧の中から多くの偉人が輩出したのは立派な教育の故である。しかし、現在はどうだろう。国民の勤勉性、家族愛、愛国心、信義誠実の原則は失われ、心の中の高貴なものを失い、高邁さを忘れてしまった。

 有識者やマスコミが取り上げる胡散臭い問題に一喜一憂し、問題が出れば、その萌芽は日本に有ると貶し貶め、それを煽るマスコミ御用達の言論人が大騒ぎする。政治家は平身低頭し謝罪を続け、頭に有るのは保身と次の選挙だけ。

 頽廃したマスコミは国益を擁護する気配など皆無で、国民の愛国心を蝕みマスゴミと揶揄される始末だ。迷えるものはつまらぬ宗教に走り、私利私欲の欲望に塗れている。

 「子ども手当て」や「年金」「医療費」「社会保障」・・・ 国民は民主党のばら撒き政策に便乗し、「カネをくれ」の大合唱は見苦しいばかり。

 高邁な魂を喪失した日本に最も大事なものは、「子ども手当て」よりも将来を担う子供達への教育である。



cordial8317 at 05:38|Permalink

2010年01月25日

沖縄との歴史的亀裂

 最近の沖縄が変だ。

 地理的に日本と支那の中間に位置する沖縄は、日本から見れば同じ日本人だが、支那や沖縄から見れば寧ろ支那と同族の関係にあった。住民は日本本土から南下した日本人と、ポリネシア系、台湾系、支那華南系がいるとされている。明の時代に支那に入貢して琉球国・中山王として冊封を受け、奄美大島から先の宮古・八重山までの領域を支配する中央集権国家を築いた。

 日本への使者の派遣は室町時代になってからで、徳川幕府の命令で島津藩が琉球に出兵し奄美大島を直轄化したが、琉球はその後に支那に誕生した清朝の冊封も受け両属の立場をとった。2千円の図柄の「守礼の門」は、支那からの冊封使を迎えて行う琉球王の即位式の会場であるが、そのことを以ても沖縄が、日本と支那と両属だったかが解る。

 明治39年に沖縄で初めて文学士となった、伊波普猷(いはふゆう)は、沖縄の歴史・言語・民俗を研究し「沖縄学の父」といわれるが、彼によれば、琉球は日本文化が拒絶した宦官制度を導入し、また日清戦争の際には日本派と清国派が乱闘を演じ、戦争で日本が勝利した結果、清国派は支那に逃避したという。

 彼の代表的著作「古琉球」の中で、「沖縄人の最大欠点」と題して「沖縄人はとかく恩を忘れ易い人民だという評を耳にする事が有るが、これは弁解し切れない大事実だと思う」「久しく日支両帝国の間に介在していたので、自然二股膏薬主義を取らなければならないようになった」「沖縄人にとっては沖縄で何人が君臨しても、支那で何人が君臨しても構わなかったのである。明、清の変わり目に当たって支那に使した使節の如き、清帝と明帝とに捧げる二通りの上表文を持参して行ったとのことである」と書いている。

 伊波普猷の指摘する沖縄人の意識がどう変わったのか判らないが、最近の沖縄を見ていると、左派が蔓延って日本叩きが増して来ている様に思う。米軍を撤退させ、支那から移民を受け容れようなどとは言語道断だが、二股膏薬主義の沖縄人ならやりかねないかも知れない。

 外国人参政権が成立すれば、沖縄には間違いなく支那からの移民が急増するだろう。そうなれば、地方選挙は支那の思惑通りになることは火を見るより明らかで、国の方針に多大な影響が出るだろう。

 沖縄は日本の安全保障上の重要な要であり、対支那の最前線であり、今の沖縄の混迷ぶりを唯々黙って傍観している訳には行かない。


cordial8317 at 07:23|Permalink

「みんなでやろうぜ!」

 自民党大会で「小沢独裁と戦う」と対決姿勢を鮮明にした谷垣総裁だが、どうも迫力不足で、とても悪党小沢に対抗出来るとも思えない。先日の国会での質疑も、消化不良というか、民主党が与党慣れしていない様に、自民党もまた野党慣れていない為に、鳩山や小沢の疑惑に対しても徹底した糾弾に至っておらず、隔靴掻痒の感は否めない。 「みんなでやろうぜ!」というのも実にいい加減で、リーダーシップは小沢の足元にも及ばない。

 自民党の『立党宣言』には「(略)社会的欠陥を是正することに勇敢であらねばならない。われらは暴力と破壊、革命と独裁を政治手段とするすべての勢力又は思想をあくまで排撃する。(略)祖国再建の大業に邁進せんとするものである」と宣言しているが、今、目の前にはカタチを変えた共産主義が蔓延っており、これを排撃すれば良いことである。その「カタチ」は実に陰湿になって、今や自民党までもが洗脳される始末である。

 大東亜戦争の悲惨さを殊更煽り、南京大虐殺、沖縄戦、集団自決、日韓併合、サンフランシスコ講和条約、東京裁判、A級戦犯、靖国神社問題、従軍慰安婦、強制連行、遺棄破壊兵器・・・と枚挙に暇なし。更にカタチを変えた左翼勢力は歴史教科書問題、靖国神社に代わる追悼施設建設、夫婦別姓、男女共同参画社会、ジェンダーフリー、人権擁護法案、協働・共生社会、外国人参政権、移民計画、外国人住民基本法案、派遣村、極め付けは女性天皇容認論である。

 連中は自国である日本を罵り、蔑み、貶め自虐史観の限りを尽くしているが、これらを排撃し自民党内部に巣食う獅子身中の輩を追放し粛正すれば、国民の支持は必ず戻って来るだろうが、今の自民党にその気概も迫力も感じられず、今や民主党と同じ大衆迎合主義に成り下がっている。

 景気対策や日本の社会保障制度は世界で誇れるもので、国民はこれ以上国に何を要求し、何をして貰ったら満足するのだろう。幾ら裕福になったとしても、北朝鮮のミサイル一発で脆くも崩れ去るような繁栄に現を抜かすことが有ってはならないのだ。国の大本は、やはり国防と教育である。自国の憲法を創り、安全保障を確立し、また子供に手当てを出すことよりも、その子供にどういう教育を施すかということが大事なのだ。

 自民党は、堂々と『大義』を翳して民主党と対峙するべきであるのだが・・・

cordial8317 at 06:30|Permalink

2010年01月24日

中国4000年の真っ赤な嘘

 支那は「4000年の歴史」という殺し文句を使って、精神的に優位に立とうとする。しかし、多民族が混在する支那大陸はまさに人種の坩堝であり、統一された国家としての連続した歴史は存在しない。陰謀と策略の権力闘争を繰り返し、契丹族の遼、タングート族の西夏、女真族の金、モンゴル人の元、満州族の清など異民族による征服王朝の時代を含め、易姓改名の原則の下に「族滅」し、王朝が変わるたびに歴史や文化が断ち切られて来たのが実状である。また、日本との関係を「一衣帯水」とか「古くからの隣人」などと言うが、日中間に国交関係が樹立されたのは20世紀に入ってからであり、未だ100年も経っていない。

 遣唐使は約250年間、菅原道真の献策によって廃止されるまで派遣され、唐の文化が奈良時代の平城京を中心とした天平文化に影響を与えた例も有るが、我が国が国書を携えて派遣したのは「倭国」としてであり、「日本」と名乗ってからは、一度足りとも正式な国書を携えなかった。それ以来、日本は正式な国交関係は持たずに経済関係を保ち「政経分離」の方針を貫いた。明治4(1871)年に日清修好条規を結んだ相手は満州人の清朝であり、支那を支配していたが漢民族の国ではなかった為、支那との正式な外交は明治45年の中華民国誕生まで待たなければならない。

 歴史家の岡田英弘氏によれば、そもそも「漢民族」なるものは存在しないと言う。古代支那の都市に、様々な地方から交易を目的として集まった雑多な民族が「漢民族」であるが、後漢末期、紀元184年の「黄巾の乱」によって人口は10分の1の500万人足らずに減少し、その後北方の騎馬民が流れ込んで来た為、漢民族の文化伝統は死に絶えた。「中国4000年の歴史」も「漢民族」も空想的な概念と言わざるを得ず、彼等の言い分に惑わされてはならない。

cordial8317 at 09:42|Permalink

驕れる者久しからずや

 天皇陛下の特例会見問題で、小沢が馬脚を露し、ヤクザ紛いの恫喝会見で国民の顰蹙と怒りを買ったことは記憶に新しい。倣岸不遜で姑息なアノ醜態を、決して忘れてはならない。東京地検の聴取後、詭弁を弄し関与否定の記者会見をしたが、納得した国民は殆どいないだろう。

 今迄も国会議員の秘書が政治資金規正法違反で逮捕されたり、また知事、市長など多くの人間が建設業界から不当な献金を貰い辞任に追いやられている。右翼団体も政治資金規正法違反で摘発されることも屡で、「総て修正で済まされて来た」というのは小沢周辺だけの話しで、それこそ法の下の平等に反するというものだ。

 政府与党の幹事長の事情聴取という前代未聞の恥ずべき事態になったにも拘らず、未だに秘書に責任転嫁したまま幹事長の椅子に固執しようというのだから世も末だ。

 小沢は政治献金に関して自著で「まず、政治資金の出入りを1円に至るまで全面的に公開し、流れを完全に透明にすることである」と書いた。しかし現実には、この時既に小沢は西松建設のダミー会社から献金を受け取っていたというのだからふざけた話だ。

 公設秘書が逮捕されると、「逮捕されただけで起訴されたんですか」と開き直り、「献金してくれるという方について、どういう所から出ているのかという類を聞くのは失礼なことですし詮索しない」と答え、秘書が起訴されると「なんで私が離党し、議員辞職しなければならないんですか」と質問した女性記者を睨み付け、石川議員が逮捕されると、お得意の「民主主義の否定だ!」と左翼闘士を彷彿する口調で、検察との戦いを宣言した。

 北朝鮮系の水谷建設からの1億円の裏献金が、土地購入資金に当てられたのではという疑惑に対しても「全くの出鱈目の報道で、事実は無い」と一蹴していたが、今回の聴取でも「その様な不正なお金は、水谷建設は勿論だが、他の会社からも一切受け取っていない」と啖呵を切った。

 「秘書や秘書だった者も受け取ってないと確信している」とも述べ、万が一立件されても秘書への責任転嫁で逃げる口実だろう。一方で「単純ミスや記載ミスは有ったかと思う」と認めていたが、単純ミスや記載ミスで摘発された政治団体もあり、小沢の言う様に「公平公正に捜査をして頂くなら」是非とも検察には立件して頂き、政界から追放して欲しいものだ。

 小沢が師と仰いだ田中角栄も、ロッキード社から5億円を貰ったとして有罪判決を受けた。しかし、あのロッキード疑獄などホントは小さな問題で、田中がやった最大の過ちは「日中国交条約」を結ぶ際に、支那の圧力に屈し、台湾(中華民国)と締結していた「日華国交条約」を破棄した事なのだ。

 日本国憲法98条には、『我が国が締結した条約は遵守しなければならない』と明記されており、如何なる理由が有ろうとも破棄してはならないのだ。当時の絶対的権力者だった田中角栄が、堂々と憲法違反をしたのである。あの条約締結を「憲法違反である」と指摘したマスコミはおらず、我々右翼団体からの抗議は完全に無視されたのである。

 小沢も同様に外国人への参政権付与法案成立を謀り、田中と同じ轍を踏もうとしているが、ならば先ずは堂々と憲法改正の議論をすべきだろう。

 田中角栄の晩年は実に淋しいものだったが、小沢のこの世の春も間もなく終焉を迎えるだろう。歴史は繰り返されるのだ。慢れるもの久しからずや。



cordial8317 at 07:08|Permalink

「2番じゃダメなんですか!?」

 スパコンは、その国の国力を示す上で重要な分野だ。長らく日本が世界一だったが、IBMに追い越され、今はクレイ社がトップだ。5位には天津スパコンが入っているが、日本は今や30位以下。

 IBMの製品は広島原爆を造ったロスアラモスに置かれている。世界一になったクレイ社製のものは広島原爆の濃縮を行ったオークリッジ研究所に置いてある。

 この様に、スパコンは国の戦略にも大きく関わっているものなのだ。スパコン関連予算折衝の折「何故2番じゃダメなんですか?」との発言をした蓮舫だが、日本が軍事目的で開発しているとでも思ったのだろうか。

 「何故世界一なのか?」と詰問していたが、国民から大顰蹙を買ったのは当然だろう。

 朝日新聞に、慶応大学の添谷という、如何にも朝日が好きそうな教授の論文が度々出る。添谷は「日本は大国を目指すな。二流国家という選択がある」との自説が信条のアホだ。

 蓮舫の「2番じゃダメなんですか」という雄叫びも、このアホ教授と同じ「支那の下僕になっていろ」と言わんばかりのものだったのだろう。

 帰化した国に誇りも何も無い、有るのは支那への忠誠だけでは余りにも無礼だろう。日本への愛着が無いから、ついつい本音が出てしまったのだろうが、あの調子で、小沢に「何故幹事長を続けるんですか」ってな苦言でも浴びせられる様なら褒めても良いが、そんな度胸は到底有る筈もない。

 何故なら、権力者には媚び、自分よりも弱いと見るや偉そうに振る舞う、支那人そっくりだからだ。支那の走狗の日中友好議員連盟にも加わり、支那に媚びる蓮舫は、外省人と言われる父のDNAはやはり隠し様がなく、態度も中身も支那人そのもので、不遜という外、喩え様がない。

 この仕分け作業の茶番を批判した平沼赳夫氏の言葉尻を捉え「差別発言だ!」と騒いでいるキチガイ左翼がいる様だが、どうせ参政権付与法案を成立さたいが為、目障りな平沼氏を叩いているのだろうが、姑息過ぎる。




cordial8317 at 06:07|Permalink

2010年01月23日

脱北詩人の慟哭

 脱北詩人「チャン・ジンソン」の詩

『わたしの娘を100ウォンで売ります』

ーわたしの娘100ウォンで売ります
書かれた紙を首にかけ
幼児を脇に
市場にたつその女

女は唖者であった
売られる娘児と
売る女を眺めては
人々の投げかける呪詛に
地べたに見つめるその女

女は涙も枯れていた
母が死病に罹っている

喚き泣き叫ぶ
娘児は
その母の裾
握りしめ
女はただ唇
振るわせるばかり

女は感謝も知らなかった
あんたの娘ではなく
母性愛を買うと
ひとりの軍人 100ウォン差し出すに
その金持ってどこへやら
駆け出したその女

女は母であった
娘売った100ウォンで
小麦粉パン かかえ
慌て 駆け戻り
別離れ行く娘児の
口へ押入れる
・・・赦しておくれ!
慟哭する その女

『ご飯が残ったよ』

どこからか 貰ってきたのか
冷や飯が ひとにぎり
妻の前に差し出しながら
夫は 嬉しそうに言う
ー僕は 食べてきたから

一日中を 荒地 耕し
裏山からもどった 舅姑へ
妻は その冷や飯を
お腹いっぱいな
そぶりで差し出し

ーこれだけしか残ってませんの

お腹には 胎児
飢えは 生涯の罪か
心に シワ また増えた老夫婦
宝でも 隠すようにして
ーこのご飯は 朝食にしよう

その日とうとう
たべるもののない家に
ご飯が残った

『救済米と言うな』

世界の国々よ
この国に 米なるものを送り
救済米と言うなかれ
その 赤き 赤十字は
我らが血で 血塗られたり

その米で 兵士を増大し
砲身をつくり
残れば その米で
閲兵式 武力示唆
食べたる力を誇示する
先軍

これに なお 力つけさせる
援助だ 支援なのだ
独裁者なるものを救済するだけの
人道主義への 背信
赤十字社の欺瞞

どうか 世界の諸国家よ
送る 米の あるなら
いっそ我らの頭上から
無一物の 我らの頭上から
ああ 砲撃して おくれ!

 チャン氏の署名入りの詩は、かつて労働新聞の紙面を飾り、氏は「間違いなく幸福だった」しかし、「最も貧しい国に、最も富裕な王がいる」現実に目覚めたとき脱北を決意したという。彼を動かした思いはひとつ。
「飢えに死んだ300万人の、飢えに至る過程を必ず世界に暴露する」というものだった。

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cordial8317 at 06:37|Permalink

支那人の蚕食を早めるつもりか

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 外国人に参政権を与えようとする厄介な問題がまたぞろ国会で提出されようとしている。

 「永住外国人に地方参政権を付与する法案」は国会で4度廃案(継続審議22回)になっており、平成7年2月28日の最高裁判決でも「参政権はその性質上日本国民のみがその対象である」と明言され請求が棄却されている。にも拘らず、民主党を始め、公明党、共産、社民、の売国議員、更には自民党員にも参政権の実現に狂奔している輩がいることは恥ずべきことだ。

 中でも民主党は別にして、公明党は特に熱心で、何故なら韓国にはSGI(創価学会インターナショナル)会員が約40万人、国内に巣食う68万人の朝鮮人にも創価学会員が多く、大森出身で日本語の下手な子供だった池田太作先生の野望と言うのが正しいだろう。

 国内の約68万人の朝鮮人の内12万人が大阪市在住で、市長選挙の勝敗を左右しかねない恐ろしい数なのだ。在日が享受している特別永住権の仕組みを著述すれば、在日は日本でも韓国でも不法就労にならない。

 つまり在日はこうした立場を利用し、生活の基盤が韓国であっても在留資格が有る限りは、彼等は兵役の義務を免除されるし、ビザ無しで仕事も生活も出来るのだ。

 日本人にも韓国人にも出来ないことを出来るのが在日なのだ。この様な輩に参政権を与えるなどとは言語道断であり、そこから国家の崩壊を招くことを我々日本人は自覚すべきである

 国や国籍を軽んじて、永住者であれ外国人に参政権を付与することは、取りも直さず現行民主主義の否定であり、我が国に於ける国民固有の権利の破壊である。

 参政権付与に熱心な連中は「過去に強制連行してきた朝鮮半島の人達の子孫であるから」「外国人参政権付与は世界的な潮流であるから」「在日韓国人は殆んど日本人と同じで、日韓友好のためだから」とか、また鳩山由紀夫の様に「日本は日本人の為だけのものではない」などど宣うバカまで出る始末で、どれもこれも理由にならない幼稚なものばかり。こんな理由で些かの譲歩も有ってはならない。

 今回民主党が謀る『外国人への参政権付与法案』は「在日」が大半を占める「特別永住者」だけではなく、一般の永住者も選挙権の対象とされているのがミソだろう。そうなれば「在日」のみならず、支那人永住者にも付与されることとなるが、この点は殆ど議論されておらず、非常に深刻な問題を孕んでいるのだ。

 というのも「在日」が大半をしめる「特別永住者」は年々減少し続け、その減少傾向が止まらないのに対して、支那人「一般永住者」は急増している。

 在日韓国人の殆どが日本国民と結婚し、その子供は総て日本国籍になっているのに比べ、支那人永住者の方は、留学生の増加などによって更に増加し、永住外国人の前提となる一般の在留外国人の登録者数は、今や韓国・朝鮮人の数を上回っている状況なのだ。

 支那人が「一般永住者」として大量に移民して来れば、ゴキブリの如く繁殖する支那人に、日本などあっという間に呑み込まれ、チベットや東トルキスタン(ウイグル)化してしまうだろう。

 外国人参政権付与問題は、現在「在日」の問題になって隠れてしまってはいるが、近い将来必ず支那人問題になる大問題であり、反対するのは至極当然である。


cordial8317 at 06:30|Permalink

2010年01月22日

痴がましい議論



 衆院予算委員会で、天皇陛下の公的行為の範囲について「政府としての統一見解を出す」と表明した。天皇の「国事行為」について、憲法は、首相の任命、憲法改正や法律の公布、外国大使らの接受等を定めているが、「公的行為」は、憲法に明文化されておらず、親善目的の外国要人との謁見が含まれるとの解釈が一般的だ。

 天皇は憲法上の制約から、国事行為として「国会の開会式」「首相や最高裁長官の親任式」「大臣の認証式」など年間約60回、国賓・公賓への接遇や会見、会食などの御公務を約170回お努めになられる。亀井が先達て「京都にお住まいになられた方が良い」との不謹慎な発言にしてもそうだが、こうした国事行為をどの様に対処する積もりなのか決めてもいないのに、軽々しく論ずることに不快感を覚える。御所・離宮の造営はどうするのか。憲法上の制約をどうするのか。

 天皇にとって大事なものは「祭事」である。歴代天皇が古来より司って来た「祭事」は、現憲法によって天皇家の「私事」になってしまい、皇室典範の「大嘗祭」の規定は最早存在しない。

 現憲法は歴史的な国家としての継続された「祭祀」に関する天皇の役割を否定しており、未だ占領政策の「神道指令」の呪縛が解除されずにいるのである。民主党政権は憲法を改正し、陛下の御負担になっている国事行為を無くしてくれるとでも言うのだろうか。

 天皇の祭事は、元旦早々の「四方拝」から始まり「歳旦祭」「元始祭」や毎月の旬祭など、年に50回程に上るが、こうしたものは公的行為ではない。「国安かれ民安かれ」と国家国民の安寧を祈る存在こそが天皇なのであり、本来は国事行為や公的行為よりも優先されるべきものなのである。

 静謐な環境の中で、政治的に利用されることのない中で、尊い存在として「祭祀」を執り行って頂く為には京都への遷宮も一つの選択肢であろうが、先ずは国民が、天皇が日本の歴史の中で果たして来られた役割や、在り方を学ぶべきである。

 自民党にしろ民主党にしろ、祭儀や国事行為などでの陛下の御苦労を理解していない連中が、「政府見解」などという議論をしていること自体、実に痴がましい。

cordial8317 at 09:52|Permalink

千葉法相の売国性



 千葉景子法務大臣は、小沢一郎の問題に関し「指揮権発動」について「一般論としては有る」との見解を示しているが、指揮権発動の重みを理解しておらず、やはりこのオバちゃんは社会正義というものを持ち合わせていないらしい。尤もこのオバちゃん、社会正義はおろか順法精神も欠落している精神異常者だということは誰もが知るところで、有るのは特亜への直向な忠誠心と日本解体の目論見だけだ。

 昨年の就任会見で、記者から不法滞在者の扱いを聞かれ「日本に長年定着し、罪を犯したりすることなく一生懸命働き、家族も日本が故郷のようになっている人に『帰りなさい』というのはねえ。日本社会もそういうみなさんの力で成り立っている。少子化などもあり、日本に寄与して地域の一員になっているみなさんに温かい目を向けていく方向にしていきたい」との驚くべき内容を語っていたが、就任早々に最高裁の決定を無視し、不法残留していた支那人一家の子供に対して行った在留特別許可は「やはり」という感じだった。こうした安易な措置から治安が崩壊し、国民の安全・安心が脅かされて行くということを知るべきだ。

 不法に入国した犯罪者を「長年定着し、罪を犯すことなく」とはどういう意味だろうか。不法入国自体が犯罪なのに、そのことを問題視せず、少子化のせいにしたり、挙句は日本に寄与して地域の一員になっているなどとは開いた口が塞がらない。今、支那人の不法入国や不法滞在は相当数に上る。不法入国、不法滞在という犯罪行為について言及は一切せず、「子供が可哀想」「子供は関係ない」などとお涙頂戴的に出した今回の温情措置は、日本国の威厳を大きく低下させると同時に、国益を害した責任は相当重い。外国人犯罪者は以前から日本をナメきっていて、そこへ加えて今回の様な甘い処遇を見せれば、連中はここぞとばかりに振る舞い、更に状況は悪化して行くことだろう。千葉は「日本が故郷のようになっている人に帰りなさいというのはねえ」と宣うが、連中は日本を故郷などと思ってなどいない。

 千葉は「夫婦別姓」「死刑制度廃止」をライフワークにしているが、それ以外にも「外国人への参政権付与」「外国人住民基本法案」「人権救済機関の設置」「戦時性的強制被害者法案」など売国的政策をを画策しているが、法務大臣としての立場を弁えない愚挙であり、こんな国賊を法務大臣に据えた民主党と民主党を支持した国民の責任は大きい。世論の空気を読めない千葉がいっそのこと指揮権を発動し、国民から総スカンを喰らえば笑えるのだが。

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cordial8317 at 07:14|Permalink

2010年01月21日

日本人であるということ



 嘉永6年(1853年)ペリーの黒船が来襲し、我が国はこれに対抗するため強力な中央集権国家を形成しなければならないと「明治維新」を成し遂げる。危機に直面して僅か15年で体制を整えた。

 フランスやドイツが国家形成に至るまで100年以上の年月がかかったことを考えてみても、僅か15年で維新に成功したことに驚嘆するとともに、自分がこのような賢い国に生まれたことを心から感謝せずにはいられない。

 歴史上最も賢かったのは「聖徳太子」だろう。太子は607年、隋との対等外交に踏み切る。645年「大化の改新」を実現する。この後663年、白村江(はくすきのえ)での敗戦を機に中華圏との正式な外交を絶つ。

 その後1871年の日清修好条規を結ぶまで1200年に亙り日本は日本列島の中で日本文化を熟成させたのである。大陸からの漢字に音と訓をつけ、ひらがな(のちにカタカナ)を付け加え、大和言葉を表現し支那とは全く別の文字体系と文化を創造した。

 一方支那は戦乱に次ぐ戦乱、易姓革命の連続で文字文化の発達は全く止まったままだったのだ。我が国は異文化を吸収し、より善いものを生み出す国民性であり、親中派が「日中は同文同種、一衣帯水である」というのは全く誤った認識である。

 今、日本が直面している全ての問題はこうした先人の努力を無視し、「日本人が日本人であることを見失った」ことが起因していると考えても過言ではない。

 つまり、何処で生き、何の為に働き、何を尊び、何を信じるのか、子供達に何を語り、友人や朋輩と何を分かつのか、そうした生き方を見失ってしまったことから、今の混乱は起きている。

 今一度「日本とは何か」「日本人であるとはどういうことなのか」を考えながら世界と付き合うべき時代なのだ。欧米主導の西欧時代の終焉が叫ばれている今、我々は日本について考え日本人であるという証を示さなければならない。

 本来の日本人なら心の中に「日本人の魂」というものを持っている。この国の歴史伝統や先人達に対する尊敬や愛着の想いである。

 例えば、この日本が戦争に負けたのであれば、その事実を限りなく口惜しいと思い、占領で失われたものが有るなら、それを何としても取り戻したいと思う「心」である。

 そう考えるとき、右翼を標榜する者や「保守」と呼ばれている政治家から、日本人としての魂から発する「思い」を感じることもなく、思想無き右顧左眄型の偽善者ばかり。

 我が国は世界の中で最も優れた精神文化と独自の価値を有する国家であり、「保守」とは我々日本人が未来永劫護り抜かねばならぬ民族、宗教、言語、歴史、価値観、習慣、制度の世界の中で最も優れた精神文化を護り、継承して行くものでなくてはならないのだ。

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cordial8317 at 11:43|Permalink

小沢一郎VS特捜、全面対決



 検察との全面対決を剥き出しにした小沢一郎だが、検察にしてみれば政治資金規正法違反の容疑を解明し、真実を明らかにしたいだけである。検察は『政治資金規正法は議会制民主主義の根幹を成す法律。政治資金の実態を偽ることは、国民を欺いて政治判断を歪めることに他ならない』と強調してい様に、疑惑の解明は当然である。検察が秘書の違反容疑の動機や証拠を調べているのだから、小沢が気色ばんで対決姿勢を露にするより、堂々と事情聴取に応じ、自らの潔白と秘書への不当逮捕の理由を説明すれば良いことで、大事なことは、小沢が事情聴取に応じるかどうかではなく、真実はどうなのかということなのだ。

 文芸春秋二月号の「消えた五箱のダンボール」という記事には、昨年三月に大久保秘書が逮捕された日に側近らで証拠隠滅工作を行ったことが書かれている。今回逮捕された石川議員の元秘書の証言でもあり、具体的に「これを特捜部から隠せて本当に良かった。あと二時間遅れていたら皆逮捕だったな」「なかには鹿島の資料も入っている。西松なんか問題じゃないよな」という『やばいもの』をダンボール五箱に詰め込み持ち去ったという。隠蔽工作には小沢側近の樋高副幹事長も加わっており、「資料が出ていたら、小沢先生も含めて全員逮捕だ」と言ったと証言しているが、検察にすれば、そういった証言が有る以上調べるのは当然で、先日、小沢事務所や鹿島本社、水谷建設、山崎建設、宮本組などに一斉捜査が入ったのもその流れだろう。この家宅捜査の対象は「胆沢ダム」に参入している会社ばかりで、民主党の目玉政策だった「八ッ場ダム」が工事停止になったのは、小沢に献金しなかった為であるとの噂は強ち間違いではあるまい。

 公共工事を利用して「天の声」によって利益を得る手法は、田中角栄や金丸らがやっていたことと同じで、小沢が政治的な力によって独裁的なことをやらかしてるのであれば、それこそ民主主義の根幹を歪める不当な行為であり断じて許されるものではない。共同通信社の世論調査で、小沢の幹事長続投に73%の国民は辞任すべきとして反対おり、小沢の説明には6.3%しか納得出来た国民はいない。しかし、民主党議員の殆どが、党大会での小沢の堅白同異の演説を「納得出来た」「十分だ」と宣っていたが、国民意識とかなり乖離しており、こんな自浄能力の無いアホ政党が政権を続けていくのかと思うと実に情けない。

 田中角栄も疑惑を持たれてから、二ヵ月後に記者会見し「潔白宣言」を出したが、三ヶ月後に逮捕された。小沢もまた、同じ様に鼻息荒く検察との対決姿勢を見せてはいるが、宮内庁長官を罵倒した際の記者会見でもそうだったが、自分が不利だと見ると、認識不足を棚に上げて気色ばんで詭弁を弄する癖は治らない様だ。政治家としての器は田中角栄には及ばないが、政治家としての末路は同じだろう。


cordial8317 at 06:22|Permalink

偏向報道も批判すべき

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 小沢関連の報道に関し、原口総務大臣が「一方的な報道ばかりで、情報源は明確にすべき」と報道批判をしたが、ならば、根拠も無く事実無根の反日的な偏向報道を繰り返すNHKやTV朝日、TBSらの報道姿勢も批判すべきで、特にNHKは公共放送とは程遠い、根拠の無い創作番組ばかり垂れ流していることについて、原口はどう説明するのか。

 国民からの抗議にも耳を貸さず、恬として恥じない大バカ者のNHKに物申し、放送免許の剥奪や民営化を検討すると未だしも、小沢如きを庇う為の批判では呆れる。忘れもしない、NHKに対し国民の怒りが極に達したのは、日本の台湾統治を描いた「アジアの一等国」という、余りにも常軌を逸した強度な反日番組からだ。

 国民から受信料を徴収し「国民がスポンサー」である公共放送で、前代未聞ともいうべき歴史の歪曲番組を垂れ流したのだ。この番組を制作した責任者は、河野伸洋というプロデューサーで、NHK「河野チーム」の濱崎憲一・島田雄介・田辺雅康ら総て名うての売国奴ばかりなのだ。

 「アジアの一等国」では「日台戦争」などというデマを流し、知日派台湾人の証言の都合の良い部分のみを切り貼りして「捏造」し、歴史的事実を歪曲したことは極めて悪質で許し難い。反日的意図から恣意的な編集をして制作されたことは明白で、政治的中立を定めた放送法に違反していることは誰が見ても明らかだ。

 「放送倫理・番組向上機構」(PBO)のいう「公共放送の自主・自立」も、「不偏不党の立場で事実を伝え、意見が対立している問題については多くの視点から論点を明らかにすること」が前提条件であるとされている。公共放送の役割は事実を淡々と報じることに他ならず、多数の視聴者からの常識から逸脱してはならないのである。

 しかし、近年、自分たちの価値観や意見を押し付ける「お説教」が目立ち、極左過激派が作る根拠の無い偏向番組が散見せれるが、NHKが国民から強制的に受信料を徴収して成り立っている、特殊な存在であることを忘れてはならない。河野チームが制作した番組は、先人の名誉を汚したばかりではなく、視聴者の判断を誤った方向へ導こうとする犯罪的行為であり、断じて許してはならないのである。

 未だ極左勢力の跳梁跋扈を許し、猛省どころか恬として恥じることなく、偏向番組を垂れ流しているNHKに抗議する国民大行動が、大きな広がりを見せているが一切報道されたことはない。先日の民主党大会での抗議行動も同じで、「民主党に物申す」として党大会に抗議に集まった国民は数千人に上る。

 バカ左翼が数人集まれば「市民団体」の抗議だとして報道するが、こうした真に国を憂いて抗議行動している方々の姿は報道されたことはない。監督官庁の総務大臣が、小沢を庇いたいが為に「情報源は明確に」などと発言するなら、こうした国民の声を公正に報道する様に報道機関へ進言すべきである。


cordial8317 at 06:20|Permalink

2010年01月20日

北朝鮮系企業、水谷建設



 小沢の疑惑に度々登場する水谷建設は、平成18年(2006年)に発覚した福島県知事の汚職でも暗躍した北朝鮮系の国賊企業だ。福島県内での公共工事も、大手ゼネコンの下請け企業として、福島空港を始め、サッカー施設のJビレッジやダム工事など高額な公共工事を請負い、その見返りとして、佐藤栄佐久知事の弟らに受注した金額の約5%を支払っていた。三重県の会社が、身寄りも何もない地でこれだけの工事を請負い出来た背景には、水谷の元会長の思いが反映されている。元会長が逮捕され「政治家に金さえ渡せば何とでもなる。そういった意味では全国何処でも金儲け出来る」と豪語していたが、小沢への献金もこうしたものと同じだろう。

 福島県汚職で逮捕された際に、小沢らへの証拠も差し押さえられおり、言い逃れられない為に正直に話しているのだろうが、これを事実無根とするのも無理な話で、水谷の供述は相当信用出来るものだ。Jビレッジの工事では、東京電力が寄付した約130億円で水谷建設が受注した。この時は名刺代わりに相当な金が撒かれ、水谷会長らは当時の山〇組の秘書だった、会津の親分に3億円、Jビレッジの地元の親分にも2億円渡したと公判時に供述している。水谷建設は、知事の弟を抱き込み、県内在住の辻政雄というブローカーと逮捕されるまで公共事業を取りまくり、儲けた金はレインボーブルッジという北朝鮮シンパの胡散臭い団体を経由して、北朝鮮に送金していたと言うから驚くというより怒りが込み上げて来る。

 因みに辻は、大〇本愛〇党の相談役の名刺を持っていたが、党員が日頃拉致問題に取り組んでいるのに、北朝鮮系の企業と一緒に血税を騙し取っていたとは恥ずべきことだ。県内の右翼の重鎮だったA議長に、生前会ってこの事実をぶつけたことが有る。〇名議長は憮然としていたが、要は辻に利用されてただけで詳細は知らなかったのだろう。「右翼人として万死に値しますよ」と苦言を呈した数ヵ月後、A議長は幽冥境を異にしたが、これも運命だろう。

 福島県汚職で元知事は「事実無根」として上告しているが、見苦しいばかりで、自分が喩え知らなくても、弟らのやった行為は県民への背信行為で不徳の致すところだ。欲の皮のツッパった小沢も、逮捕される前に潔く政界を引退しては如何だろう。

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cordial8317 at 14:08|Permalink

平沼氏は雑音など気にせず真正保守を目指せ

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 「仕分け作業」は茶番だ。アレだけ騒いで1兆125億円の財源を確保したというが、結局、小沢の鶴の一声で「仕切り直し」した予算も多く、結果は6千億程度とは恐れ入る。

 唯一「優良児童劇巡回等事業」が要求通りとしなったが、その理由は「子供達に夢や希望を与える事業は大切にすべき」と言うものだった。

 しかしその一方で、小中学校の道徳教材「心のノート」の配布を止めるべきとして「3分の1から半額」の削除とされた。最終的には廃止し、道徳教育を止めさせる魂胆なのだが、どう見ても児童劇より道徳教育の普及が大事である。

 戦後、日本は「道徳教育」を廃止し「忠孝」という言葉は死語になり、教育界からも社会からも危険な言葉とされてしまい、その結果が、現在の教育の荒廃と家族崩壊に繋がっている。

 「忠」とは愛国心、「孝」とは親孝行であり、国の教育の基本であり目的であるべきなのだ。

 教育勅語には『我が臣民克く忠に克く孝に億兆心を一にして世々其の美を済せるは此れ我が国体の精華にして教育の淵源亦実に此に存す』と在り、人間にとっての最高の道徳である「忠孝」を教えることは教育にとって最も大切なのだ。

 更に民主党は教育関連に関し、教員免許更新制の廃止も示し、不良教師の一掃と教育の充実を目指し改正した教育基本法と関連3法を再改正を目論んでいる様だが、これを見ても文部行政が、日教組に支配され始まった証左である。

 スパーコンピューター関連予算折衝の折「何故2番じゃダメなんですか?」との発言をした蓮舫が、大顰蹙を買ったことは記憶に新しいが、流石は北京大学に学んだだけのことはある。

 日中友好議員連盟に加わり支那に媚びる蓮舫の態度は、台湾人のハーフというより、態度も中身も支那人を感じさせ、不遜という外、喩えようがない。

 この仕分け作業の茶番を批判した平沼赳夫氏の言葉尻を捉え「差別発言をした」と騒がれているキチガイ左翼がいる様だが、外国人参政権付与法案を成立さたいが為のものだろう。

 今、平沼グループは、平沼氏の他、城内実、小泉龍司氏の3人しかおらず、 政党としての要件を満たしていない。国会での質問や政党助成金など制限があり思う様に活躍出来ない状況だが、「大義」を翳し保守再興を目指せばこの状況から脱却出来るだろう。

 次期参院選で民主党が過半数を取れず、また自民党が惨敗すれば、その時こそ政界再編の波は大きくなり、真保守政党待望論が出てくるであろうことは必至。

 では真正保守として何を成すべきなのか。

 それには姑息な奇策などするべきではなく、日本の歴史、伝統、文化に基づいた政策を堂々と掲げ、民主党が実行しようとする反日的な愚策に理路整然と対抗すれば良いのである。

 安政の大獄で牢につながれた吉田松陰が、長州が一時的に幕府に恭順した時期でも、草莽の民の崛起を信じて、やがてそれが明治維新に至った例に倣い、志のある国民が団結することこそ大事である。

 平沼氏は、外野の騒音など気にせず、堂々と正論を述べ、自民党や民主党にいながら埋没している保守政治家との真正保守再興を目指すべきである。

 『正統の保守主義者に於いて時間を体験する仕方は、過去の意味を直視し、その中に価値を見出す発見によって未来を創造して行くものである』


cordial8317 at 07:05|Permalink

2010年01月19日

御意見番・渡部恒三



 独特の雰囲気を醸し出している渡部恒三は、今民主党内で唯一、小沢一郎に苦言を呈すことの出来る人物で、今回の土地購入問題でも「金が無くて土地を売ったという政治家はいるが、土地を買ったという話は始めて聞いた」と会津弁丸出しで話していたが、単純明快で実に解り易く、非常に愉快だ。

 昨年末の陛下と支那政府副主席の会見を巡る問題でも、小沢幹事長の目に余る言動に対し恒三氏は「政治主導は天皇陛下の問題では全く関係ない。これは日本の国体に関する問題で慎まなければならない」と苦言を呈したが天晴れである。先の衆院本会議での法案の強行採決に関しても「国民に恥ずかしい。これをやらなければ明日の日本がないという様な意味がなければならないが、それ程の意味のある法案ではない」と指摘していたが、正鵠を射た意見であると思う。現在の民主党の総てが小沢一郎の意のままで、この小沢に苦言を呈することの出来る人は少なく、恒三氏の様な存在は貴重で、会津人の「ならぬものはならぬ」という気概を感じる。

 小沢は研修会で新人議員に、「君達の仕事は如何に次の選挙で勝利するかだ」と檄を飛ばしたというが、次の選挙に勝利することとは、実に国民をなめた話で、政治家と言うより政治屋、選挙屋そのものだ。小沢の話を有難がって聞いている小沢チルドレンの新人議員なんぞは正に烏合の衆で、国家国民の為に働けるとは思えない。
国会議員とは、恒三氏の言う様に「国会議員は如何に有権者や国民の声を聞くことも仕事」で、その声に耳を傾け、如何に国家国民の為に滅私奉公出来るかが大事で、次の選挙に勝つことが仕事ではない。

 国会議員の接触を禁じ、「陳情の一元化」を決定したことに関しても、恒三氏は「独裁的だ」と苦言を呈した。「陳情の一元化」は民主党への集票力強化を図る為に小沢が画策したもので、これによって自民党離れが進み、二大政党どころか民主党一党独裁まっしぐらである。そんな中で福島県民の一人として、民主党内に在って異彩を放つ会津人・渡部恒三氏の御意見番としての活躍に期待している。

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cordial8317 at 06:05|Permalink

2010年01月18日

京都遷宮を考える

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 亀井静香が昨年末、陛下との会食の際に「権力の象徴である江戸城にお住まいになるのは相応しくないのではないか」と発言したとの報道が有ったが、実に不謹慎且つ不適切で、小沢同様、皇室の存在を軽々しく論じられることに不快感を覚える。

 天皇は憲法上の制約から、国事行為として「国会の開会式」「首相や最高裁長官の親任式」「大臣の認証式」など年間約60回、国賓・公賓への接遇や会見、会食などのご公務を約170回お努めになられる。亀井の言う様に、京都にお住まいになられるとしても、こうした国事行為をどの様に対処する積もりなのか。御所・離宮の造営はどうするのか。憲法上の制約をどうするのか。

 天皇にとって大事なものは「祭事」であり、本来は国事行為より優先されるべきものでなくてはならないのだ。歴代天皇が古来より司って来た「祭事」は、現憲法によって天皇家の「私事」になってしまい、皇室典範の「大嘗祭」の規定は最早存在しない。現憲法は歴史的な国家としての継続された「祭祀」に関する天皇の役割を否定しており、未だ占領政策の「神道指令」の呪縛が解除されずにいるのである。民主党政権は憲法を改正し、国事行為を無くするとでも言うのだろうか。

 天皇の祭事は、元旦早々の「四方拝」から始まり「歳旦祭」「元始祭」や毎月の旬祭など年に50回程に上る。「国安かれ民安かれ」と国家国民の安寧を祈る存在こそが天皇なのである。静謐な環境の中で、政治的に利用されることのない中で、尊い存在として「祭祀」を執り行って頂く為には京都への遷宮も一つの選択肢であろうが、時期尚早であり、先ずは国民が天皇日本の歴史の中で果たして来られた役割や、天皇の在り方を学ぶべきである。

 祭儀や国事行為など、陛下の激務の御苦労を理解していない故に、亀井の様な不敬な発言や、小沢の様にルールを破り陛下を政治利用しようとする輩は断じて容認出来ない。




cordial8317 at 08:43|Permalink

2010年01月17日

夫婦別姓は共産(共働参画)社会への第一歩

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 日本が明治維新の大業を成し遂げ、西欧に見習い国民全てに「姓」を与え、新しい家族制度を整えた。
国民が家族の理想にしたのは、皇室の姿である。

 「父母に孝に兄弟に友に夫婦相和し朋友相信じ」正に日本の家族制度は尊いものだ。欧米の教育は、個人が生存権に勝つ為のものであり、辺り構わぬ闘争が行われ働く目的は金と享楽の追求のみである。それ故、家族の絆は緩み道徳の深さは生活から離れているのが現実だ。結果、唯物主義の考え方が支配的となり、人々の心を孤独化している。

 日本の個人主義は極めて僅かで、世代に亘る家族の絆は固く、互いの助け合いによって人間本来の善良な姿と優しい心が保たれている。此れは、国民が皇室の家族の在り方を見本にしているからであり、日本が世界に誇れるものは「家族制度」である。この尊い家族制度を破壊しようとするものが「夫婦別姓」であり、良識ある国民は断じて容認出切るものではない。

 「夫婦別姓が男女平等の理想」とか「少子化時代に墓が守れる」という「夫婦別姓推進のキャッチフレーズ」全てが偽りであり、鯔のつまりは「女性宮家」「開かれた皇室論」を叫び「女性天皇論」を画策しているのは火を見るより明らかだ。

 「夫婦別姓」や「男女共同参画社会」などというのは唯物論とマルクス・レーニン主義に冒された精神異常者やジェンダーフリーを叫ぶ性的変質者の、その重症の病が生んだ狂気であり妄想である。

 「夫婦別姓」や「男女共同参画社会」こそ、ソ連崩壊後、日本国内に巣食う極左勢力が考え抜いた「共産(共参)社会」実現の日本崩壊へのシナリオである。

 因みに最近常用されている『共働』という言葉は、共産党の造語で、共同を変えたものだが、共同はコラボレーションという意味だが、共働社会はコミューンであり、共産社会という意味を持つ。今や誰もがそれを知らずに安易に使用しているが、こうした安っぽい風潮に騙されるべからず。






cordial8317 at 09:11|Permalink

捕鯨問題を考える



 シーシェパードの反捕鯨の活動は白豪主義による人種差別で、オーストラリア人がスポーツハンティングと称してアボリジニを虐殺したのと同じ日本人否定の人種差別活動であり、こうした偽善の環境保護団体はテロリストと断定し駆逐するべきである。

 我が国の食料自給率は39%で、これは危機的水準だと言うことは誰もが知るところだ。この数値は食料安保の視点からも大変問題のある状況で、食料自給率の改善に繋がる問題として「捕鯨問題」は重要なのである。

 日本が調査捕鯨を継続している背景には、「鯨は将来の人類の重要なタンパク源になる」という考えもあり、小さなミンク鯨1頭で牛7頭分のタンパク質が採れるといい、鯨を家庭の食卓に戻すことが、食料自給率の改善に繋がるのだ。

 地球上の鯨類が年間に捕食する魚類の総量は2億5千万トン~4億トンだという。一方、地球上の漁師の漁獲量は約1億トン。「鯨飲馬食」と言われるほどに食欲旺盛な鯨類が増え過ぎれば、人間が食料にしている水産資源も脅かされる事となろう。

 日本で商業捕鯨が本格的に始まったのは江戸時代の初期の1606年のことで、紀州の太地で開始された商業捕鯨はやがて全国に広まり、それと共に鯨を食する習慣も全国に広まった。

 松尾芭蕉の句に「水無月や 鯛はあれども 塩鯨」というものがあるが、塩付けされた鯨の肉は江戸庶民の大切なタンパク源で、大衆食として愛された。19世紀初頭には「鯨肉調理方」という本が出版されているが、鯨食というのはそれだけ普及していたのである。

 今でも、北海道や東北では正月に「鯨汁」を食しているし、「ハリハリ鍋」にしている地域もあるし、大阪のおでんにはコロ、サエズリ、オノミといった具がある。

 反捕鯨の連中は、鯨食を「ゲテモノ」扱いしたり、「戦中戦後の食糧難時代に止むを得ず広まったもの」だとか、或いは遠洋漁業は「鯨油を採る目的だ」などと愚にも付かない反論をしているが、それは欧米の捕鯨が皮だけ剥いで鯨油のみを採るやり方だから、それと勘違いしているものが実に多い。

 日本は単に食するだけではなく、鯨の髭は文楽の人形に使い、骨は櫛などの工芸品となっている。漁師達は鯨塚を作り供養も行っていたし、捕鯨問題の背景には、こういった日本の伝統的鯨文化の問題も有り、反捕鯨は日本文化の否定でも有るのだ。

 多少波風が立とうが、日本の主張はするべきで、何でも「協調」しようとか「友愛」だとかの軟弱な姿勢は日本の将来を危うくするもので、捕鯨問題は日本にとって重要な問題なのである。

cordial8317 at 07:45|Permalink

天網恢恢疎にして漏らさず

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 東京地検は「政治資金規正法は議会制民主主義の根幹を成す法律。政治資金の実態を偽ることは、国民を欺いて政治判断を歪めることに他ならない」と強調していただけに今回の逮捕は当然だろう。

 それに対し小沢は検察との全面対決を表明し、党大会で「何ら不正な金は使っていない。積み立ててきた個人の資金だ」と説明した様だが、何故預金を担保に融資を受けなければならなかったのか。預金が有るなら、それで購入すれば良いだけで、何も利息を払ってまで融資を受ける必要はない。やはりそこには「マネーロンダリング」せざるを得ない、怪しい金の存在が有ったのだろう。

 鳩山が小沢に対し「どうぞ戦って下さい」と言ったらしいが、民主党が真剣に政権運営に臨むので有れば、小沢に幹事長辞任を進言すべきであろう。しかし民主党は、自己保身、権力欲、偽善者の烏合の衆ばかりで、苦言を呈する気骨ある議員はおらず、国民には「自浄能力の無さ」「政権担当能力の無さ」を露呈するばかりだ。

 『秘書の罪は議員の罪』と厳しく追求してきた鳩山も先日の処分の際に、『私服を肥やしたり不正な利得を受けたりした訳ではない』などと言い訳していたが、小沢も『私自身が収賄罪等犯罪に手を染めているならどのような捜査でも処罰でも甘んじて受けるが、そういう事実はない』と宣い、両人とも自分自身には相当甘い様だ。鳩山や小沢が政治家の椅子に固執すればするほど、国民の民主党離れは進むだろう。

 政治資金規正法違反は選挙違反の公職選挙法とは違い「連座制」が適用されないが、今回の事件を教訓に政治資金規正法違反にも「連座制」の適用を検討するべきだ。 

 福沢諭吉の『学問のすすめ』には「政治家や役人や大企業の人間が威張るのは、そうさせることによって儲けた人々がいるからであり、これは双方とも高尚な生き方とは反対の生き方をした人が招いたことである」と述べているが、民主党を支持した国民は、責任を持って不正に苦言を呈すべきで、政治家自身も「政治とは最高の倫理であり、最高の道徳ある」と肝に銘じ滅私奉公すべきである。

 小沢は「政治家が隗(カイ)より始めよ!」との言葉が好きで度々使っているが、「隗より始めよ」とは、遠大な事をするには手近なことから始めよ(転じて、事を始めるには先ず自分自身が着手せよ)という「戦国策燕策」にある郭隗の故事である。

 ならば一連の事件に絡み、秘書に総ての責任を押し付け逃げ切れると思ってる高を括っている様だが、政治家として「秘書の責任は私が負う」と一言が言えないのだろう。「隗より始めよ」との言葉が実に白々しく感じる。金銭欲、権力欲への異常な執着を見せる小沢に一国のリーダーたる器量はない。検察は圧力に屈することなく、小沢の宣戦布告に堂々と立ち向かい、不正を断罪し、正義を示して欲しいものだ。

 天網恢恢疎にして漏らさず!



cordial8317 at 07:33|Permalink

2010年01月16日

卑しい思想と狂気の正気



 三島由紀夫曰はす。

『自己放棄に達しない思想は卑しい思想である』。

 つまり、思想を抱くということは、そのまま「死」を覚悟するということなのである。左翼も右翼も社会主義者も国粋主義者も関係なく、常に思想信条の為に命を賭す覚悟が大事である。が、しかし現在の右翼(思想家と言うには痴がましい)を気取る輩にその気概は視られず、唯唯口舌の徒に成り下がっている。思想家とは士(侍)であるべきと考える。

 吉田松陰曰はす。

 人生というものは極めて短いものであり、夢、幻の様なものである。誹りを受けることも、褒められることも一瞬である。栄えることも衰えることも瞬時である。儚い人生で、一つだけでいい、永久に朽ちない事柄を成し遂げられれば十分である。

 三島由紀夫は「檄文」でこう促した。

 『我々は戦後の経済的繁栄に現を抜かし、国の大本を忘れ国民精神を失ひ、本を正さずして末に走りその場凌ぎの偽善に陥り・・・ 政治は自己保身、権力欲、偽善のみに捧げられ、国家百年の大計は外国に委ね、敗戦汚辱は払拭されず誤魔化され、日本人自ら日本の歴史と伝統を潰してゆくのを歯噛みしながら見ていなければならなかった。』

 三島由紀夫の憂いた日本は未だ当時の儘で、国家百年の大計を外国に依存して恬として恥ていない。旧来の思想や社会構造を打破しようとする時、常軌を逸した行動が生まれる。その行動こそ「正気の狂気」であり、この「狂気」こそ閉塞状況を打破する力に成り得るのだ。

 「人は何の為に死ぬのか」
 「人は何の為に死なねばならないのか」

 日々この言葉と対峙しているのだが・・・

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cordial8317 at 18:21|Permalink

変節漢、山岡賢次



 石川議員が逮捕され、小沢の参考人招致は当然行うべきであるが、国対委員長の山岡賢次が「一切応じない」と突っ撥ねている。どうせ、ヤツにしてみりゃ小沢に忠誠心を見せたいが為のパフォーマンだろうが、国民をなめてるとしか言いようがない。

 山岡賢次の旧姓は「金子賢二」。作家の山岡荘八の秘書となり、その娘と結婚し、山岡の本名の「藤野」姓を名乗るが、NHKで山岡荘八原作の大河ドラマ「徳川家康」が人気を博すとそれに便乗し、山岡賢次を名乗り自民党から参議院議員に当選した。名前を変えるのと同じく、政界でもコロコロ変わり、自民党清和会の参院議員から、衆議院に鞍替えし経世会に属した。当選翌年経世会が分裂すると、小沢一郎と共に自民党を離党し、以後、新生党、新進党、自由党、そして民主党と渡り歩いた。旧姓の「金子」が示す様に、帰化人との疑いのある山岡が、ここぞとばかり「永住外国人参政権付与」に躍起になるのは言わずもがなだろう。

 山岡は小沢や鳩山母の「証人喚問なんかで景気回復は望めない」と宣うが、躍起になっている外国人参政権付与なんぞしたところで、景気回復どころか、国民の政治不信が増すだけだ。外国人への参政権付与問題は「在日」が大半を占める「特別永住者」だけではなく、一般の永住者も選挙権の対象とされている。
そうなれば「在日」のみならず、支那人永住者にも付与されることとなるが、この点は殆ど議論されておらず、非常に深刻な問題を孕んでいるのだ。というのも「在日」が大半をしめる「特別永住者」は年々減少し続け、その減少傾向が止まらないのに対して、支那人「一般永住者」は急増している。在日韓国人の殆どが日本国民と結婚し、その子供は総て日本国籍になっているのに比べ、支那人永住者の方は、留学生の増加などによって更に増加し、永住外国人の前提となる一般の在留外国人の登録者数は、今や韓国・朝鮮人の数を上回っている状況で、外国人参政権付与問題は、現在「在日」の問題になってはいるが、近い将来必ず支那人問題になるだろう。

 国民の政治不信を払拭する為にも小沢の証人喚問を招致し、不明な政治資金の流れと、マニュフェストにも明記しなかった参政権付与を何故強硬に提出しようとするのか解明するべきだ。


cordial8317 at 11:33|Permalink

田母神さんは郷土の誇り

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 田母神俊雄さんは郡山生まれで、郡山に住む小生としては誇りである。

 田母神さんが「日本は良い国だ!」と言って解任されたのは記憶に新しい。

 米国を始めとする世界各国も、自分達の都合が悪いので表立って認めはしないが、日本が一方的に世界を侵略したなどということが事実でないことは余程のバカで無い限り認識している。

 ところが本当のことを言ったとたんに、政府は大慌てで田母神さんを解任し、野党は国会で吊るし上げに狂奔し、マスゴミは非難合戦をした。

 今でも、田母神さんへのバッシングはかなりのものだ。

 まぁ田母神さんを目の仇にしている輩がいるが、要するに「日本は侵略国家、犯罪国家であった」という「東京裁判史観」に呪縛されていて、これに反する見解に対しては条件反射的に拒絶反応を示すのだろうが、未だにマインドコントロールされたままで滑稽という他はない。

 田母神論文の冒頭に「米英蘭などとの戦争は、どう見ても日本の自衛戦争であり、またアジア開放の戦争であったと思っている人は多い。しかし、中国との戦争については中国の本土に軍を進めたのだから侵略だ、と思い込んでいる人が意外に多いようだ。しかしこれは完全な間違いである。条約に基づいて他国に軍隊を駐留させることは国際法的に全く合法であり、侵略ではない。日米安保に基づき日本に米軍が駐留しているのは(好き嫌いは別として)侵略ではないのである。逆に合法的に駐留している米軍を自衛隊が攻撃して戦争になった場合、それが日本国内で戦われたとしても、侵略者は日本ということになるのである。日本は「北京議定書」に基づき在留邦人保護のために軍隊を駐屯させていた。盧溝橋でその日本軍を攻撃してきたのが中国軍である。また上海で日本人保護のために合法的に駐留していた海軍陸戦隊に、正規軍10万人で一方的に攻撃を仕掛けてきて、日中戦争は本格化した。何れも中国軍が仕掛けたことであり、侵略者は日本ではなく「中国」なのである。

 「中国」ではなく「支那」と呼ぶべきであろうが、田母神さんはこういう重要なことを教えてくれているのだ。



cordial8317 at 11:16|Permalink

2010年01月15日

『南州翁遺訓』と小沢一郎

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 今の日本に西郷隆盛の様な指導者がいないことが「平成の不幸」であるが、政治家には必携の本に『南洲翁遺訓』が有る。抜粋し現代語で要約すると。

 万民の上に位置するものは、己を慎み、品行を正しくし、贅沢を戒め、倹約に努め、職務に努力して人民の見本とならねばならない。そして民衆がその働きぶりを見て「気の毒だなぁ」と思うようでなければならない。(第4条)

 事を行う場合、どんなことでも正道を踏んで至誠を推し進めよ。決して策謀や不正を用いてはならない。(第7条)

 人間が文明を開発するということは国家や社会の為である。だがそこには「道」がなければならない。何でも外国の真似をして、贅沢な風潮を生じれば人の心も軽薄に流れ、結局は日本そのものが滅びてしまう。(第10条)

 道義心や恥を知る心を失っては、国を維持する方法は有り得ない。上に立つ物が下の者に対して利益だけを求めて正しい道義を忘れてしまうと、下の者も見倣って、人の心は皆金儲けの方ばかりに向いてしまう。上に立つ者は常に下の見本で有らねばならない。(第16条)

 どんなに立派な制度を作り或いは組織を形成したとしても、結局はそれを動かすのは人間である。先ずは人材の育成が最初であって、制度作りや組織変えはその後に来る。人間こそは第一の宝であり、自分自身でそうした立派な人間になることが肝要である。(第20条)

 『道は天地自然の物にして、人は之を行ふものなれば、天を愛するを目的とす。天は人も我も同一に愛し給う故、我を愛するを以て人を愛する也』(第24条)此れは有名な「敬天愛人」の思想である。

 『南洲翁遺訓』本編41ヶ条有るうちのほんの一部であるが、何れも含蓄あるものばかりであり、如何に西郷隆盛が「仁者」だったか知ることが出来る。

 昨今、上に立つ者が、こうした「公の精神」を忘れ、私利私欲に狂奔している状況だが、中でも小沢一郎には是非とも読んで欲しいと思っていた。そんな矢先、先日小沢事務所のホームページを覗いたら、自身の座右の銘が書かれた色紙がアップされていて、そこには白々しく、西郷隆盛の金言が羅列して在ったのには驚いたの何の。何処をどう見てもヤツに、己を慎み、品行を正しくし、贅沢を戒め、倹約に努め、職務に努力して国民の見本となってるとは思えない。

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cordial8317 at 12:23|Permalink

横義横行の勧め

 昨日は新宿まで、物心両面で御支援頂いている方に新年の挨拶に出掛けた。毎回示唆に富んだ話をしてくれるが、何といっても圧倒的な存在感で、パワーを頂けるのが有難い。

 「人間の財産と言うものは、いざと言う時に自分を支えてくれる人で有ると同時に各自が目指す目標実現の為の知恵袋である」という言葉が有るが、そんな人物に出会えたことに感謝している。

 この方に支援頂く様になったのは、その昔、横山武彦という右翼浪人と全国行脚の放浪の旅をしたのがきっかけだ。

 『横議横行』という言葉がある。辞書には「勝手に論ずる」とか「勝手気儘に歩く」という意味が書かれている。

 自由気儘に歩き回ることが禁止されていた幕藩体制下に『横議横行』を勧め「脱藩せよ」と叫んだのが吉田松陰だった。

 「一君万民論」を唱え近代国民国家を志向した魁であり、そこから「草莽屈起論」を導いた。

 つまり、天皇=一君と国民という関係を構築するため封建制度を打破すべく脱藩し、一草莽たれと訴えたのである。結果、意志の高い下級武士等が脱藩し「志士」として維新を実現させたのだ。

 『横議横行』するべし! これを実践した人物として最も有名なのは坂本竜馬だろう。

 時代の寵児として活躍した人物の共通の特徴は「言葉」が違うことである。大衆の心を引き付けたりするのは「言葉」を以て他に無い。

 土佐の町人郷士の次男に生まれた坂本竜馬は正に「言葉の達人」だった。彼が幕閣とも勤王の志士とも通じ、後には薩長連合の仕掛け人として、明治維新を豪腕で引き寄せた立役者足り得たのは、説得の技術、つまりは言葉の豊かさによるものである。

 更にもう一つは、彼が「歩く人」であったことだ。交通の不便だった時代に、実に驚く距離を行き来している。

 放浪の旅や、家を飛び出し、多くの人と顔を突き合わせ『横議横行』することは実に大切なことなのだ。
唯、話をするにも先ずは一献これは更に大事で、腹を割って忌憚無く喋れるには、酒は貴重な存在である。

 坂本竜馬は『酒は呑むべし酒は呑むべし人生唯酒ありて肝を開く酔中の快楽人知るなし』という。
しかし、吉田松陰はこう教える『花柳詩酒に陥る如きは真の道に志す者の必ず暇あらざる所なり』

 『数々の過失は酒と共にあり その酒抱きて今日も堕ちなん』とは、最後の浪人・阿部勉さん詩だが、自分にはこの詩が一番合っている。





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