2017年12月17日

「日本会議」に見る我が国の保守派の認識不足と軽佻浮華

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 先日、実家に顔を出したら店のテーブルに、実兄も会員でもあり定期購読してる日本会議の冊子「日本の息吹」が置いてあり目を通してみた。

 日本会議は周知の通り保守団体であり、憲法改正や内閣総理大臣の靖国神社参拝や自衛隊を国防軍になどを主張しており、自民党の重要な支援団体の一つでもあり、自民党のシンクタンク的な存在でもある。

 歴史認識や教育改革、行政に入り込んだ男女共同参画社会などの愚策への疑問など共鳴する部分は大いにあるが、本丸ともいえる憲法改正や皇室問題への取り組みは根本的に間違っていると言わざるを得ない。

 今月号は「女性宮家」創設に反対する論文が掲載されている。女性宮家に反対までは別に問題はないが、女性皇族(内親王)が婚姻する場合、旧皇族の男系男子からの婿入り(養子)を容認している。

 論文は格式高く書かれていて一見問題は無さそうに見えるが、要は女性宮家を間接的に容認している様なもので、GHQに臣籍降下させられた旧皇族の皇籍復帰もせずに男系皇族を婿入りさせようとは本末転倒である。

 櫻井よし子や八木秀次などの評論家や学者らの多くが、これと同じ婿入りを主張しているが、男系男子が拒否した場合、或いは一般人が皇室に入る様なことになる可能性もあり、こうした認識不足が反天皇勢力に付け入られるのだ。

「臣下降下された皇籍離脱した旧皇族の皇籍復帰」の実現を図ることこそが皇統を盤石の安きに置く最善最良の策である。

「女性宮家」では祭祀が叶わない。旧皇族の復帰を図り、廃絶になった宮家(秩父宮・高松宮、女性皇族しかいない常陸宮と三笠宮)の祭祀を継承するには、女性宮家ではなく旧宮家を再興する以外にないのだ。

 大体「宮家」とは男系だからこそ宮家なのであって、「女性宮家」とはなんぞや。「女性宮家」とは正に近年の反天皇運動に見られた「生前退位」や、皇太子即位後に創設される「皇嗣殿下」という皇統の歴史にも存在しない意味不明の言葉もまた共産主義者による造語である。

 そうした共産主義者の造語を愛国者を気取る保守系団体が軽々しく使っていることに、我が国保守派の無知と限界を感じる。

「生前退位」という言葉が躍ったのも、高齢もあり憲法で明記されている国事行為が思う様に出来なくなったと吐露したことで、「生前退位」は避けられないという様な世論を形成して行ったことに始まる。

 陛下の御発露を受けて、安倍首相は「国事行為を軽減する有識者会議」を招集するもマスコミは「生前退位を実現する有識者会議」などと作為的に報道し、退位は既定路線であると国民を扇動し同意を得ることに成功した。

 保守派もまた「高齢であるし致し方ない」という様に譲位に与したが、天皇の存在は個人的な意思や政治が介入するべきではなく、国事行為の軽減を図る為に皇太子殿下や秋篠宮殿下が補佐出来る環境を整えれば好かっただけのこと。

 何れにしても譲位は避けられない。残すは皇統を盤石の安きに置くことが保守派としての務めであり、それには昭和天皇が最後まで反対された臣籍降下させられた旧皇族の皇籍復帰を成すこと以外にはない。

 我が国を崩壊に導くのは左翼勢力に非ず、安易な憲法改正を叫び、皇室典範に附帯し、瑞穂の國の崩壊を齎す種子法廃止法案を成立させ、新自由主義を盲信する安倍自民党や日本会議に見られる似非保守が国を亡ぼす最大勢力となる。

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2017年12月16日

尊敬はあくまでも醇乎たるべきものであり

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 幕末の英雄というと坂本龍馬や吉田松陰などを挙げる人は多いが、愚生的には長岡藩家老の河井継之助を置いて他にない。

 継之助を一躍有名にした司馬遼太郎の小説「峠」で、司馬は継之助を武士道倫理に生きた「最後の侍」だとして、その生き様を活き活きと描いている。茶屋遊びの場面を想像しても、人間味に溢れた武士だったと思っている。

 多くの歴史家も、継之助を東西の優れた軍事指揮者の一人に挙げているが、一方で長岡藩を要らぬ戦争へ巻き込んだとの批判があるのも確か。

 河井継之助、名は秋義、号は蒼竜窟。越後長岡藩士。「越(ほくえつ)の蒼竜」と称された継之助は長岡藩の近代化に努力した英雄である。

 継之助は、長岡藩士120石取りの代右衛門秋紀の子として生まれる。幼少の頃から腕白で、人の忠告を素直に聞かない強情張りで、それは大人になってからもその偏屈ぶりは変わらなかった。

 少年時代は、藩校で古義学(こぎがく)を学び、成長するとともに実践重視の「陽明学」へと傾倒。17歳の時に継之助は、鶏を裁いて、王陽明を祭る祭壇に鶏肉を供え、人民と藩是の為に立志し、誓明したという。

 青年期には読書に没頭し、良書を見つけると、その書だけを何度も読み返し、一字一句を書き留め暗記し、我が身の行動の規範と成したという。

 嘉永5(1852)年、継之助は江戸に遊学し、佐久間象山、古賀謹一郎に師事する。だが、象山の尊大さと勿体付けて理屈を捏ねる腹の曲がり具合が気に食わず象山から遠ざかったというが、何となく分かりそうだ(笑)

 継之助が生涯を通じて敬服した人物は、備中松山藩の儒者・山田方谷(ほうこく)。安政6(1859)年には、自ら松山藩まで足を運び、直接、方谷から陽明学を学び、藩政改革の方法を習得している。

 彼は、方谷を唯一「先生」と呼び、「希代の英雄」と讃え、方谷が唱える思想を熱心に学んだ。方谷に入門を乞うも中々承諾されなかった。漸く入門を許可されると「学問の講義は要りませぬ」と断ったという。

 師に学問を教わるより、起居を共にすることだけでも学ぶものが多いのことを継之助は知っていた。師と雑談し、その一挙手一投足を目に焼き付けた。

 書物を読み、暗記したところで意味はない。理論なんぞより、尊敬する人との雑談や所作、何気ないことから学ぶことこそ貴重であり得るものが多い。

 継之助に内弟子らは「何故に貴公は方谷先生と一緒に鍬を持たないのか」と詰られるも、継之助は「嫌いだからだ。今更、百姓の真似が出来るか」と応じた。

 内弟子らが「方谷先生を尊敬していないのか」と詰るも、継之助は「尊敬はあくまでも醇乎(じゅんこ)たるべきものであり、百姓を手伝うというのはおべっかに過ぎない」と開き直ったというから、かなりの削げ者だったのだろう。

「尊敬はあくまでも醇乎たるべきものであり」とは実に好い。愚生の周りを見渡しても、チョッと有名な人と見るや「おべっか」ばかりで、その心情や行動に「醇乎」さは乏しく、単に「ヨイショ」ばかり(苦笑)

 方谷は後に「河井は豪すぎる。豪すぎることが幸福な結果になるか、不幸を呼ぶか」と語ったという。だが、結果は残念ながら後者の方であった。

 1ヶ月半ほどの遊学であったが、別れの朝、継之助は対岸の街道の路上に土下座し、師匠の小さな姿を伏し拝んだ。人を容易に尊敬することのない不器用な男が土下座したのは生涯これが最初で最後だったという。 

 長崎などへも西国遊学を果たし見聞を広めると共に、会津藩の秋月悌次郎などとも交友を深め人脈を広げている。

 愚生も最近は慢性的不如意で放浪の旅に出ていないが、どんな「旅」でも人を大きくしてくれるものだと思っている。人との出会いに感動し、酒を酌み交わせば言葉は要らない。正に功名なんぞに意味はない。

「刮目して相対す」とか「人生意気に感じる」とはそういうことだ。

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2017年12月15日

赤穂浪士の仇討ちも、泉岳寺で腹を切らなかったのが落度と言うべきだ

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 赤穂浪士が吉良邸に討ち入りしたのは元禄15年12月14日とされているが、実際は旧暦の元禄16年1月30日だった。

 討ち入りの日は満月とされ、雪もあり明るい夜だったとさているが、元禄15年12月14日だと新月に近かったので暗かったのではと推測する。翌年1月30日だと粗満月で、映画などで語られてる情景に近い。

 赤穂浪士の精神的支柱となったのが、陸奥国会津若松城下生まれの山鹿素行(やまがそこう)と言われている。

「山鹿流軍学の祖」として知られているが、実は江戸時代に於ける武士道の理論を確立した人であり、山鹿の門人達が素行の談話を筆記した「山鹿語類」は日本人必読の著でもある。

 また、尊皇愛国の書として有名な「中朝事実」で山鹿は、世の学者の外国(主として漢土)崇拝を批判し、皇統の一貫を根拠に、「日本こそ万国に卓越した中華・中国と呼ぶに相応しい国である」と主張した儒学者でもある。

 これは「日本主義」と言われるもので、易姓革命で度々王朝が変わった漢土に対し「我が国は、天子の地位を侵す様な不義不道の者がいなかった為に皇統が一貫している」と、我が国の卓越性を強調した思想である。

 江戸時代267年の歴史の中で赤穂藩の様な理不尽な御家断絶や御家騒動は他にもあったが、唯一、赤穂藩の四十七士だけが「義士」と呼ばれ「武士道の華」と評価されたのは、山鹿素行の「正義の遂行」の本義に基づく教えが在ったからだろう。

 だが一方で、忠臣蔵の討ち入りに「大義」などではなく、単なる「打算」だと断じる批評家もいるのも事実。

 大石内蔵助は討ち入りで忠義心を示さなければ山科で帰農しそのまま埋もれただろうが、吉良を討ち取った結果、子孫は本家の浅野家に千五百石の高録で召し抱えられている。

 この事実をして「忠義ばかりでなく、子孫の将来まで考えて討ち入った」と断じているが、これもまた一理あり。「葉隠」でも、赤穂浪士の討ち入りに触れた部分があり、やはり批判的に書かれてある。

「赤穂浪士の仇討ちも、泉岳寺で腹を切らなかったのが落度と言うべきだ。それに主君が死んで、敵を討つまでの間が長過ぎる。もしもその間に、吉良殿が病死でもなされた時にはどうにもならないではないか」

 仇討ちというのは緻密な計画でやるものではなく、武士とは「即刻やられたらやり返す」というのが本道で、事の「成否」は問題ではない。成否よりも行為自体に意味が在るという。

 その上で赤穂の武士を「上方の人間は小利口だから世間から褒められる様にするのは上手である」と嘲笑している。

 赤穂浪士の討ち入りを打算的と見るか否かは夫々だろうが、「仮名手本忠臣蔵」が日本人の美学を現し、多くの国民から愛されているのは確かだろう。

 幕末から維新期の派閥、政論の対立による暗殺とその報復という面があったところから、この種の紛争を断ち切るのを目的に、明治6年(1873)2月、司法卿・江藤新平が「復讐禁止令(仇討ち禁止令。太政官布告第37号)」を発令。明治22年には「決闘罪ニ関スル法令」も発布され、敵討ちや復讐は禁じられた。

 仇討ちや報復を否定する風潮が浸透した結果、相手と刺し違えるくらいの仕返しをすれば好いものを、泣き寝入りした挙句に被害者側が自殺なんてことも日常茶飯事。学校でのいじめがその最たるものだ。

 自殺するくらいなら相手と刺し違えて遺恨を晴らすべし。呵々大笑。

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2017年12月14日

大和国は丈夫の国にて、古は、おみなもますらおに、習えり。故、万葉集の歌は、凡丈夫のてぶり也

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「万葉集の歌は、外国の思想的な影響を受ける前の純粋な日本の心で詠まれた歌である。だから万葉集こそが純粋な国意を伝える日本の聖典である」と説いたのは昨日も登場した賀茂真淵。

 真淵が、国学・歌論について記した書「にひまなび(新学とも表記される)」には「大和国は丈夫(ますらお)の国にて、古は、おみなもますらおに、習えり。故、万葉集の歌は、凡丈夫のてぶり也」と在る。

 多くの日本人は「万葉集」も「古今和歌集」も同じ文学的価値のものだと思っているが、真淵は「両者は大きく違う」という。

 前出の「にひまなび」の続きは「山背国はたをやめの国にして、丈夫もたをやめを習いぬ。かれ、古今和歌集の歌は、専ら手弱女(たおやめ)のすがた也」

 真淵は「古今和歌集」の歌は、儒教や仏教に毒され、技巧を弄した作品であり、「万葉集」の単純な写実から、素直ではない形式的な技巧と断じる。

「万葉集」の素直でな風景描写や率直な感情表現を「高く直き心」と説き、これこそが素朴で雄渾な日本人の魂であると評し、これを「ますらおぶり」と現した。

 対して平安時代(山背国)に成立した「古今和歌集」は、外国(とつくに)の影響を受けた歌風であると評し、これを「たをやめぶり」と呼んだ。

「手弱女(たおやめ)」とは、優しいとか、淑やかな、という意味もあるが、浮かれ女、遊び女、という意味もあり、要は大和国の「丈夫(ますらお)」ぶりを詠った万葉集に比べて、古今和歌集は女々しいと感じたのだろう。

 現代風に言えば万葉集は男性的であり、古今和歌集は女性的。つまり真淵の思想は男性優位であり、男女共同参画社会の現代に於ては、ジェンダーフリーを叫ぶ性的変質者らからは非難の対象だろう(笑)

 況してや古今和歌集に集録されている約1100首の歌は天皇の勅撰和歌集でもあり、今なら自称愛国者らからも糾弾されるに違いない(笑)

 真淵は「和歌は政治の根本であり、経世・経国に役立つもの」と教える。何故なら歌には人心を和らげ、世の中を和やかにする力があるからだという。

 真淵が「万葉集」研究に打ち込んだのは、趣味や文化研究でもなく、日本を佳い方向へ導く為の教えを模索していたのだろう。

 では、万葉集から何を学ぶか。それは万葉集で使われている古語を習得することだという。これが凡人の愚生には容易なことではない。ならばどうするか、要は万葉集を見様見真似で詠んでみることに尽きる。

「今、右翼にとっての真なる敵は右翼自身である。フィクサーを気取ったただの金権右翼、思想も信念も持たないゴロツキ右翼、詩心を持たない乞食右翼等等、我が内なる敵は多岐にわたる」と喝破したのは野村秋介。

 愚生は金権右翼団体に所属はしていたがカネに縁が無いゴロツキ右翼か、詩を詠もうにもどうも語彙に乏しく上手く詠めないから乞食右翼の両方か(笑)

「人真似上手は個性を想像する」という様に、何事も真似てみるというのはその道を極める上では重要なことでもある。尊敬する人の考えや所作などを真似することは悪いことではないし、後々己の個性にもなる。

「稽古」とは、技芸などを師から習い身に付けることをいうが学問も同じこと。稽古とは「古(いにしえ)の道を考える」ということであり、師や先達に学ぶこともなく、また古の教えも知らないで修業は出来ない。

 稽古の「稽」とは「考える」という意味があり、「古書を紐解いて古人の教えを学ぶ」というのが「稽古」の本来の意味だ。

 真淵は、古代の純粋な日本人の心を会得し復元する為に、万葉集で使われていた言葉を紐解いて蘇らせる。これは「心と言葉は直結した存在である」との考えで、古の人の心や思想、人倫が言葉に現れていると確信したからだろう。

 そのことによって「国意」を形成しようとしたのだ。この発想こそが国学の基本であり日本こそが世界で唯一正しい国であるとの確信に行き着くのだ。

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2017年12月13日

儒教などの外国の思想が輸入され「国意」に悪影響を及ぼしたからだ(賀茂真淵)

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「万葉集」の研究家でもあり、江戸中期、国学の基礎を確立した賀茂真淵は、支那の歴史と日本の歴史を比較した。

 易姓革命を見るまでもなく様々な王朝が権力抗争を繰り返して来た支那に対し、我が国の古の時代には大きな諍いもなく、大らかで自然な皇位の継承が成されて来たことに着目し、それを真淵は高く評価した。

 何故に古代の日本はそれ程までに平和であったのか。それは元々、日本人が道徳的に立派な人種であったからで、支那の思想は「中華思想」であり、「中国こそが世界の中心で、周りの国や人種というのは野蛮人である」と考える。

 支那人は自己主張が烈しく、本性は劣悪。他人への思い遣りに乏しく、規則を厳しくしないと統制出来ない。現在の中華人民共和国も共産主義を最高原理として崇め、人民に信仰の自由や言論、結社、出版等々の自由を認めないのはその為だ。

 方や日本人はどうだろう。謙遜や謙譲を知り、それが身に付いていたから細かい規則など無くても人倫の道が行なわれていた。

 真淵は古代の日本に理想郷を見る。そして古の日本人の美しい心を「国意」と表した。つまり国意とは儒教や仏教伝来以前の、日本の中だけで育まれた日本独自の倫理であると考えたのだ。

 政治にしても人為的で論理的な規則は必要なく、人々の心の中で国意が自然に働けば、それで平和になると訓えた。然し、実際の日本の歴史というのは平安時代後半からの権力抗争、鎌倉期以降の戦乱の時代と幾つのも乱が起きている。

 この歴史的事実を真淵は、「儒教などの外国の思想が輸入され、国意に悪影響を及ぼしたからだ」と説明する。つまり、日本人本来の心の美しさが歪んだのではなく、外からの邪悪な思想に染まってしまったから日本が悪くなったというのだ。

 真淵は、仏教や儒教を安易に享け入れた過去を反省し、国意を取り戻すべきだと訴えた。その具体的な方法とは「万葉集を知ること」だと説いた。

 現在の我が国を顧みれば、仏の教えもなく、儒教の教えもなく、単に米国の新自由主義を妄信し、頭にあるのは私利私欲。迷えるものはつまらぬ宗教に奔り、日本人は心の中の高貴さを失い、高邁な知性の磨きを忘れてしまった。

 右翼陣営を見渡せば、戦前の右翼と戦後の右翼は全く違う存在となってしまった。戦前の右翼というのは「国粋主義」的要素が強く、外国思想は全て悪と捉えるという考えであり、それは共産主義であろうが、資本主義であろうが、民主主義であろうが批判されるべき対象だった。

 右翼もそうした「大義」を忘れ、資本主義に溺れて金儲けなどに興じていれば、ヤクザが「仁侠道」を忘却し暴力団化した様に、国民からの信頼は失せ、必要価値のないものに成り下がって行くのは必然であろう。

 右翼の使命とは、日本の純粋性を曇らすもの、つまりは「共産主義」であろうが、「資本主義」であろうが、「民主主義」であろうが、我が国の国柄や国體を損ねる主義、思想に断固として対峙して行かねばならない。

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2017年12月12日

「この世は、あるがままで悟りの世界」と教えた「本覚思想」

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 愚生の場合、極楽浄土とは現世に在ると思っている。自分より劣る者に惜しみなく教え与え、難渋している者の相談に乗り、自分なりに如何にして助けてあげるか、少しでも安堵させるか、極楽浄土とは単にそういうものだと考えている。

「死後に極楽浄土(天国)がある」というのは、釈迦牟尼やキリストが、人の抱く死への恐怖を取り除く為に吐いた優しい嘘だと思っているし、死んだら「無」、地獄も天国も救いの為の教えでしかない。

「この世は、あるがままで悟りの世界」と教えたのが「本覚思想」。平安時代から鎌倉~室町時代にかけて仏教信者に人気のあった思想でもある。

「本覚」とは、悟りに至る為の清らかな知恵といった意味で、仏教では「その清らかな知恵は全ての者に備わっており、誰でも悟れる可能性がある」と教える。だが、可能性は可能性に過ぎず、現実に悟れるかどうかは分からない。

 これを「本覚思想」では、可能性ではなく、抑々人間の心に100%備わっていて、目の前の現実が「悟り」であり、仏の道だと教えている。

 元々、仏教は「全てのものは互いに関係があって、何かが別の何かの原因であり、結果である」という教えであり、所謂「縁起」という思想であり、「悪因悪果」や「因果応報」などというのがその一つ。

「悟り」とは本来、こうした縁起を理解することで、つまり「現実の意味を知る」とは「現実を受け入れる」ということでもある訳で、現実を見た儘で納得することそのものが「悟り」でもあるのだ。

 我が国は古来より随神(かんながら)の道、即ち神道という教えが根付いており、自然崇拝は当然のことで、我が身を包む自然の営みを「悟り」と認めた本覚思想は実に魅力的な仏教思想だったのだと思う。

 本覚思想には「死後に極楽浄土がある」という浄土思想とは相容れない。現実が浄土であり、愚生の極楽浄土への感覚に近い。

 この本覚思想の現実の肯定は「修行の軽視と否定」という問題もあり、どうしても堕落的になる。江戸時代になるとこの点が批判されて本覚思想は廃れて行ったのは、修行に重きを置く仏教が広まったからだろう。

 正に宗教とは流行(ブーム)に流されて来た歴史でもあるが、当世の新興宗教も仏や神の道というより単なる流行でしかない。本来「流行」という意味は「病気」の意味で使われた言葉で、信者はその熱に冒されているだけ。

 斯くいう愚生も、別に本覚思想の代表的な文献である「三十四箇事書」を読んだ訳でもないのだが、極楽浄土感や堕落的生活ぶりを肯定してしまってる生き方は、正に本覚思想からのものでは?と最近何となく気付いた(笑)

 ということで、皆さんも、葬式坊主から戒名さえ貰えば都合好く極楽浄土の世界に行けるなんてことは無いと思いますよ。呵呵大笑。

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2017年12月11日

爾俸爾禄 民膏民脂 下民易虐 上天難欺(戒石銘)

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 愚生の故郷・二本松市の霞ヶ城址に「戒石銘」という碑が在る。

 爾俸爾禄(なんじのほう なんじのろくは)
 民膏民脂(たみのこう たみのしなり)
 下民易虐(かみんはしいたげやすきも)
 上天難欺(じょうてんはあざむきがたし)

 その意味を要約すれば「貴達の俸給というのは人々の汗と脂の結晶である。だから人々を労わらなければならない。もし、人々を苦しめたりする様なことがあれば、必ず天の怒りに触れるであろう」

 これは二本松藩第七代藩主・丹羽高寛が、藩の学者・岩井田昨非の献策によって藩庁前の自然石に藩政改革と綱紀粛正の指針として建てたものだ。

 右翼現役の頃、団体(防共挺身隊)のビラにこの「戒石銘」を記し「政財官界粛正」を訴えたこともあった。

 中々いいビラだったと我ながら思ったが、最後の「難欺」が「欺難」になってると公安から指摘されるも、どうせ見る奴も少ないし読んでる奴は分からないだろうからそのままにしといた(笑)

「戒石銘」は、先日の市長選挙で返り咲いた三保が好きで、以前の現職時代にはこの碑を拓本したものを恵贈しており、愚生も貰ったことがある。

 三保というのは言葉が上手く、先日も市長としての心構えを問われると、上杉鷹山公の「受け継ぎて国の司の身となれば忘れまじきは民の父母」と応えた。だが、言ってることとやってることは程遠い。まあ自戒だろう(笑)

 三保もそうだが口々に「市民目線の政治を行う」などという。国会議員も同じく「国民目線」などと頻りに語るが、政治で大事なのは国民目線の平均的政治ではないし、国民目線が必要なのは政治家自身と官僚(役人)共の方だろう。

 我が国は官僚(役人)亡国というか官僚暴国。官僚や役人のやりたい放題。そういう意味でも官僚や役人を上手に操れる政治家が出なければならないのだが、政治家はそんなことより次の選挙のことばかり。

 その昔、「政治は三流、経済一流、官僚機構は超一流」と揶揄された。政治が三流なのは今も変りはない。それどころか益々悪くなる一方。

 一流だった経済も崩壊した。国益なんぞお構いなしで金さえ儲かりゃ御の字。商業道徳そっちのけで営利至上主義に狂奔したツケが出た。

 昔は政治が如何に混迷しても、超一流の官僚機構が「日本丸」の舵取りを巧くやってくれるという「神話」があったのも事実だが、今やその官僚が国を滅ぼす一大勢力になってしまっている。

 今は山賊はいないが「三賊」というのが蔓延って人々を苦しめる。「三賊」とは「官賊」「政賊」「労働賊」のことだ。

 昔でいうところの悪代官やそれに阿る輩のことをいう。「士農工商」の階級の名残りで「農工商」の上に胡坐をかいている士階級、特権階級といわれる連中だ。

 強大な国家権力を背景にした高級官僚共の堕落と腐敗は目に余る。モリカケ問題にしろ、安倍首相の責任というより、官僚の立場を勘違いした事勿れ主義と既得権益を巡る悪しき姿が露呈しただけだろう。

 高級官僚らは特定の政治家の手下になって諂屈したフリをしてアホ政治家を操縦し、定年後の安定を求めて特殊法人を手中に収め、天下り先の大企業とべったりくっ付いて私腹を肥やし、目線は国民を向いてはいない。

 正に「下民易虐 上天難欺」、国民を蔑にする政財官界を糺さねばならない。

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2017年12月10日

日本国憲法も教育委員会も労働三法(労働組合法、労働基準法、労働調整法)も米国製

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 米国は「戦前の日本の軍国主義が日本の中央集権的教育制度を齎し、それが結果戦争に繋がった」と結論付け、教育改革を実行する。

 それまでの我が国の学校教育を内務省の中央集権的統制から解き放ち、その管理を地域住民の代表により構成される合議制の委員会の下に置こうと画策し、それを実行したのが「教育委員会制度」である。

 教育委員会のモデルは米国の教育委員会制度。これは、米国の開拓時代の占領統治の思惑から生まれたもので、日本の統治もこれと同様に、占領によって米国の意のままに置こうというのが狙いだった。

 米国の実行した「戦後民主主義教育」と日本国憲法を始めとした様々な法律や制度の押し付けは、米国の思惑以上に大きな成果を齎し続けている。

 米国の押し付けというと現憲法ばかりが論われるが、教育委員会制度も、労働三法(労働組合法、労働基準法、労働調整法)も米国製。

 これらの悉く失敗した米国の策謀を当たり前だと錯覚し、それを変えることすら躊躇しているとは政治の怠慢以外の何物でもない。

「労働三法」は、憲法 28条の労働基本権の理念に基き制定されたもので、企業などの労使関係を規定し、対等的労使関係の基礎となっているが、これも米国の学者らが日本を実験台に謀られたものだ。

「理想的な労働関係の法律を作る」「労働者の保護」という目的で作られたのだが、真意は労働者によるストライキによって勤労意欲を削ぎ、日本企業の生産力低下を狙ったものだった。

 結果は米国の大失策。労働組合が乱立し労働人を蔓延らせ、嗤えることに反米闘争の闘士を育ててしまうという皮肉な結果となった。

 米国のそうした日本弱体化の意図は失敗に終わり、揚句に米国が作った法律で守られた労働者が、あろうことか「反米」を唱える始末で、正に「飼い犬に手を咬まれる」とはこのことだろう(笑)

 我が国は相も変わらず労働者天国というか労働貴族が、労働者らから掠めた組合費でこの世の春を謳歌している。

 労働者にとって中共や北朝鮮の様な社会主義国や共産主義国が理想の国とされたりもするが、どっこい、資本主義であり民主主義の我が国ほど労働貴族といわれるプロ組合員共が優遇されてる国はない。

 米国は「日本国憲法」で国民を骨抜きにし、「労働三法」で労働者を優遇し、「教育委員会」制度の導入によって教育を荒廃させたという事実を冷静に見れば、憲法を見直し、改革を図るのは当然だと考える。

 米国製のクソ憲法を護り、米国製の労働三法に守られ、米国製の教育委員会を信奉しているのは「反米」を叫んでいる珍左翼ばかりか、保守を標榜する自民党にも多く存在しているマヌケさである。

 政治の混乱と矛盾、経済の停滞と低迷、社会の沈滞と退廃、戦後体制の諸矛盾は、大日本帝国憲法の改悪を始めとした米国の断行した戦後占領政策が元凶である。戦後ヤルタポツダム体制の検証は待ったなし。

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2017年12月09日

「ともさん(三笠宮寛仁親王殿下)のひとり言」

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 世論というのは国民の声ではなくマスコミの作為的な報道で形成されていく。キチンと突き詰めた議論が成されない儘、安っぽいムードだけで、実に曖昧な次元で賛同者が殖えて行く。最近の「女性宮家」論はその最たるものだ。

「女性宮家」論は「天皇制廃止運動」の枢要な柱として、昭和40年(1970年)代半ば頃に純然たる共産主義者が発案したもので、1932年にソ連共産党から日本共産党へ出された「命令書(コミュンテルンテーゼ)」の命令遂行である。

 あろうことか安倍政権下で「天皇退位」が謀られ「女性宮家」も既定路線となった。皇室会議には沖縄訪問時に両陛下(当時・皇太子両殿下)に火炎瓶を投擲した社会党の同士であった赤松広隆が入り、予備議員には菅直人が名を連ねる。

 天皇制廃止論者の辻本清美や極左の枝野幸男らが、天皇退位を歓迎していることでも如何にも胡散臭げ。岡田克也に至っては「女性宮家創設は急ぐべきテーマだ」と安定的継承策に反発する。正に皇統の危機であるにも拘らず国民レベルでは支持者が多いことに驚く他はない。

「女系天皇問題」が活発に論議されていた平成17年、女系天皇容認論に対して、故三笠宮寛仁親王殿下が会長を勤める福祉団体「柏朋会」の会報「ざ・とど」で、公なものではない私的な見解と前置きした上で、女系天皇に明確に反対し、旧皇族の皇籍復帰などを求めている。

「世間では『女帝問題』がかまびすしいので私の意見を『ともさんのひとり言』として聞いて頂きます」から始まる論文の論点は二つ。

 一つは「2665年(当時)年間の世界に類の見ない我が国固有の歴史と伝統を平成の御世でいとも簡単に変更して良いのか」と疑問を呈す。

「万世一系、125代の天子様の皇統が貴重な理由は、神話の時代の初代神武天皇から連綿として一度の例外も無く、『男系』で続いて来ているという厳然たる事実です」と、歴史的な正統性を重んじる。

 二つ目は、男系継承を維持する為の方法として、皇室典範を改正して、歴史上の幾つかの方法論を提起している。

1.臣下降下された皇籍離脱した旧皇族の皇籍復帰。

2.現在の女性皇族(内親王)に旧皇族(男系)から養子を取れる様にし、その方に皇位継承権を与える。(差当たり内廷皇族と直宮のみに留める)

3.元皇族に廃絶になった宮家(秩父宮・高松宮)の祭祀を継承して戴き、宮家を再興する。(将来の常陸宮家・三笠宮家もこの範疇に入る)

4・として、嘗ての様に「側室」を置くという手も有りますが、国内外共に今の世相からは少々難しいかと思うと述べられ、余談として明治・大正両天皇共に側室との間に出来た子供であることも記している。

 最後に寛仁親王殿下は「陛下や皇太子様は、御自分達の家系の事ですから御自身で、発言される事はお出来になりませんから、民主主義の世であるならば、国民一人一人が、我が国を形成する『民草』の一員として、2665年(当時)歴史と伝統に対しきちんと意見を持ち発言をして戴かなければ、いつの日か、『天皇』はいらないという議論にまで発展するでしょう」と結んでいる。

 正に殿下の意見は隻眼を有するもので、「臣下降下された皇籍離脱した旧皇族の皇籍復帰」の実現を図るべきで、「女性皇族(内親王)に旧皇族(男系)から養子」は好いが、それには旧皇族の皇籍復帰を成すことが求められる。

「女性宮家」では祭祀が叶わない。旧皇族の復帰を図り、廃絶になった宮家(秩父宮・高松宮、女性皇族しかいない常陸宮と三笠宮)の祭祀を継承して戴き、宮家を再興することこそ皇統を盤石の安きに置く最善最良の策である。

 何れにしても「女性宮家」論は反天皇運動の一環であり、国民はマスコミ主導の実に怪しげな世論誘導に騙されてはならない。

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2017年12月08日

東亞永遠ノ平和ヲ確立シ以テ帝國ノ光榮ヲ保全セムコトヲ期ス

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 昭和16(1941)年12月8日、「宣戦の詔書」が渙発せられ、大日本帝国海軍はハワイの真珠湾を攻撃、東アジアに永遠の平和を確立し、我が国の光栄の保全を期す戦いの火蓋が切られた。

 米国では12月7日(現地時間)を「汚名の日・リメンバー・パールハーバー」とし、戦没者追悼式が行われている。我が国を「騙し討ち」をした卑怯な国として糾弾し、日本蔑視は止むことはない。

 未だに我が国がこうした汚名を着せられ続けるのは、あろうことか前の晩に酒を飲み過ぎて「宣戦布告の覚書」を指定時間に渡せず、真珠湾攻撃から1時間後に持参した駐米大使の大失態に他ならない。

 我が国の外交史上歴史に残る大失態なのに誰一人として咎められず、責任も取っていない。然も、彼らは外務次官や駐英大使、その他第一級ポストに昇進し、叙勲までされている事実には驚く他はない。

 彼らが、職務を遂行していれば我が国も日本国民も「嘘吐き」「卑怯者」といった汚名を着せられずに済んだろう。だが、抑々、大東亜戦争に至ったのは「騙し討ち」と言われる真珠湾攻撃そのものが原因ではない。

 我が国が何故に米英との開戦を決意し、何故に真珠湾攻撃に至ったかは1953年のペリーの黒船来航時代まで遡り、アジアの近代史と世界史を学ばなければ到底理解することは出来まい。

 我が国は西洋列強に追い着くべく、強力な中央集権国家を形成しようと明治維新という大業をたった数年で成し遂げた。

 15世紀の大航海時代以来、白人による世界制覇の波がアジアにも押し寄せ、当時、アジアは次々と列強に蚕食され植民地となった。

 その間に勃発した日清・日露戦争に至ったのも、或いは日韓併合も歴史の必然であり、大東亜戦争もまた支那事変に端を発した日本軍の一方的な侵略戦争ではない、避けては通ることの出来ない歴史の一齣だったのだ。

 その日清戦争に勝利し、その後の日露戦争での「日本大勝利」の報は、固唾を呑んで見守っていた世界の人々を驚嘆させ、特に植民地国や有色人種に与えた影響は強烈なものだった。

 日露戦争勝利から15年後、パリ講和会議で我が国は「人種平等の原則」を国際連盟規約に載せることを提案するも、議長を務める米国大統領・ウイルソンは「有色人種に人権など必要無い」と拒絶し否決した。米国人ら白人による人種差別が横溢していたのは明らかだった。

 その後世界は第二次世界大戦に突入し、米国、英国、中華民国、和蘭から我が国へ所謂「ABCD包囲網」が敷かれ、そして無理難題を強いる最後通牒「ハルノート」が突き付けられることとなった。

 降伏は即ち植民地の道しかなく、最早、我が国の生き残る道は連合国との戦争しかないとの決断、開戦の詔勅を賜り、「宣戦布告」をした上でハワイの米艦隊が停泊する真珠湾攻撃へと至ったのだ。

 今も糾弾して止まない「リメンバー・パールハーバー」も、我が国と日本人への偏見と差別であり、先の大戦を猛省すべきは我が国に非ず、米国自身である。

 抑抑、何故に我が国が大東亜戦争の開戦を決意し、真珠湾攻撃に至ったかが問題であって、現代の幼稚な倫理観や道徳観で一部分の歴史を見て断じることに何の意味が在るというのか。

 歴史の検証をする際には、自国の罪を論うことは大事なことであるが、日本という国に生を享けた者として、先人の苦難を知り、大東亜戦争の真の歴史と意義を知ることは国民としての義務でもある。

 歴史の検証をする上で大切なのは古今東西、世界に蔓延る覇権主義の克服を主張すべきであって、他国の覇権主義には目を瞑り、一方的に我が国だけが自虐の淵に止め処なく漬かり込むことではないのだ。

 我が国にとって先の大戦は結果的に敗れはしたが、日露戦争以降の懸案だったアジア諸民族の独立と復権を齎し、「開戦の詔勅」で示された大義と、アジアの「希望の星」としての役割は見事に果たしたと言えよう。

 大東亜戦争の開戦日に当たり、先の大戦で戦陣に散った英霊に対し感謝の誠を捧げると共に、畏くも陛下の弥栄を祈念する。すめらぎいやさか。

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2017年12月07日

歪曲、偽造、捏造、虚構のでっち上げ、我が国を貶め続けるNHK

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「受信設備を設置した者はNHKと受信契約を結ばなければならない」と定められた放送法64条1項のNHKの強制的受信料制度が憲法に違反するかどうかが争われた上告審判決で、最高裁は「合憲」と結論付けた。

 大法廷は「NHKに国家機関等からの影響が及ばない様にし、広く公平に負担を求める仕組み」だと判断している。

 だが、NHKは国民から強制的に受信料を貰っている特殊法人でありながら、幾多の株式会社の持ち株会社となり、その収益を視聴者(受信契約者)へ還元しないのは公共性とは大きくかけ離れるものだろう。

 この訴えられた男性は、愚生の考えと同じく「放送内容が偏っている」ということで支払いを拒否しているが、こうした認識を共有する国民は多い。偏向内容が正されずに受信料のみを合憲とする事に違和感は更に募る。

 偏向報道で有名なのは、日本の台湾統治を描いた「アジアの一等国」だろう。これは田辺雅泰というNHK幹部が作成した番組だった。

 冒頭から「台湾は漢民族のもの」と如何にも台湾は中華人民共和国の一部であるとの認識を示して、「差別された。だから名前を日本名に変えた」と台湾一中卒の老人にインタビューを流す。

 更にこの老人は「台湾は実は親日的ではない。今迄口に出せなかっただけで、今やっとNHKにホンネを吐露出来た」と語るシーンが流された。

 この番組を見た台湾一中の同窓生らが驚き、この老人に問い質したところ「そんなことは言っていない」と相成った。 何のことはない、NHKお得意の意図的な切り貼り行為だったことがその後に明らかになった。

 朝鮮人の届出制とは違い台湾人の創始改名は許可制であり、その殆んどは「不可」。冒頭での「差別され日本名に変えた」というのが嘘だと分かる。

 番組制作者の田辺雅泰はそうした事実を捻じ曲げ、老人に語らせた言葉を切り貼りし、虚構をでっち上げた。

 NHKのETV特集シリーズ「戦争をどう裁くか」第2夜「問われる戦時性暴力」では、「第二次世界大戦中において旧日本軍が組織的に行った強姦、性奴隷制、人身売買、拷問、その他性暴力等の戦争犯罪を、裕仁(昭和天皇)を初めとする9名の者を被告人として市民の手で裁く民衆法廷」が放映された。

 この「女性国際戦犯法廷」では、天皇を呼び捨てにし「裕仁は有罪、日本政府には国家責任がある」との判決を下しているが、余りにも侮蔑に満ちた偏った内容は公共放送局が取り上げるべきものではなかった。

 この「法廷」では慰安婦問題を扱っており、現在の慰安婦問題を焚き付けた責任は重い。こうした番組を垂れ流しながら謝罪もしていない。

 国家機関からの影響というより、戦後民主主義に拘泥してるNHK幹部やNHK御用達の制作会社の政治思想や価値観の押し付けが目立ち、根拠のない偏向番組が垂れ流され、それが大きく国益を損ねているのも事実だろう。

 公共放送の役割は事実を淡々と報じることに他ならず、多数の視聴者の常識から逸脱してはならない。だが、NHKは公共放送局として存続に値しない特殊法人で、民営圧迫の最たるもの。早急に解散させるべき団体である。

 歪曲、偽造、捏造、の常習犯。虚構をでっち上げ、我が国を貶め続けるNHKは受信料を払ってまで見る様な類のものではなく、視聴者が「受信料拒否」で抗議することはそれこそ憲法で認められるべき国民の表現の自由であり手段でもある。

 国民の多くは最高裁判所とは「最高の判決を下す裁判所」だと思っているが、最高裁は現憲法との整合性を判断しているだけに過ぎず、最高裁で「違憲」判決が下されたならば現憲法を見直せば好いだけのこと。

 放送法第1条第2項は「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること」と謳われ、第4条第2項には「政治的に公平であること」と、同条第4項には「意見が対立している問題についてはできるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」と記されている。

 だが、公共放送である筈のNHKの報道はどう見ても真実及び自律を保障を遵守しているとは思えない。なのに最高裁は「表現の自由を確保するという放送法の目的を達成する為に必要で合憲」との判断を示した。

 我が国の品格を貶め、国民の倫理意識を低下させ続けている元凶でもあるが、最高裁はそれらを正さずNHKの我田引水的認識に与した。

 マスコミは口々に「知る権利」を振り翳すが、それはマスコミの知る「権利」ではなく、国民が真実を知る「権利」でなくてはならず、マスコミは知り得た情報を公平公正に国民に伝える役目を担っているに過ぎない。

 そう考えると、NHKが知り得た情報を公平公正に報道しているとは到底思えない。NHKも最高裁も何か勘違いしているが、親方日の丸に胡坐をかいてやりたい放題のNHKのこうした諸問題を放置し続けた政治家の不作為は赦し難い。

 護憲派の集まりとも言うべき最高裁は正義は二の次。国の基本法として機能してはいない日本国憲法下では「違憲」判決は次々と下されるだろう。だが、「違憲」判決が下されたならば時代や世情に鑑みて現憲法を見直せば好いだけのこと。

 安倍も憲法9条への附加とか解釈とかまどろっこしいことをやってないで、とっととクソ憲法を放棄しろっての。序に民営圧迫のNHKを解体すれば、アベノミクスにも博が付くというものだろう。呵呵大笑。

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2017年12月06日

今、孝行を尽くさなければ後悔しても間に合わない(中江藤樹)

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 徳川幕府は儒教の「朱子学」を盛んにしたが、朱子学が形式や礼儀を重んじたのに対し、明の学者・王陽明が唱えた「陽明学」は心の持ち方を大切にする教えであり、日本最初の陽明学者は画像の中江藤樹である。

 陽明学は主体的実践を重視した新儒教と言われるもので、「心即理」「致良知」「知行合一」「無善無悪」などを主要な学説としている。

 王陽明は若い頃は生活もだらしなく、無頼の徒で、仁侠道にも溺れたり、武道に凝り過ぎたり、詩や仏法に惑溺したりしたという。終いに儒教に辿り着き、独自の学派を拓く。

「知識」は「行動」と一つであるという心理は、人を狂人にし、常に人を行動へと駆り立てる。この陽明学でいう「狂」とは、単に「狂った」という意味ではなく、陽明学の教える「理想を高く持ち、何の虚飾も隠し立てもなく、心のままに率直に行動すること」である。

 幕末の英雄・河井継之助にしろ、三島由紀夫にしろ、陽明学を重んじている人物というのは生き様は共通してどことなく破天荒でもある。

 河井継之助が、当時流行していた衒学臭げな尊皇の徒輩とどこか違うのは、陽明学の「実践的理想主義」故のものだったからではなかろうか。

 行動する上で大事なのは、時代を見つめる「冷静な目」であり、この時代を見抜く俯瞰した目と「狂」の精神こそが、明治維新への道と切り開く転換点となったと言っても過言ではない。

 中江藤樹は母親を養う為に「今、孝行を尽くさなければ後悔しても間に合わない」と武士を辞め故郷へ帰る。

 武士の魂と言われた刀を売り、生活資金を作り、貧しいながら老母に仕え、そして村人に学問を教えた。噂を聞いて遠近から藤樹の人柄を慕って来る者は絶えなかったという。

 講義を受けていた中の一人の馬方が、客が馬の鞍に結びつけたまま忘れた二百両入りの財布を、藤樹は八里も離れた宿場まで届けるも礼金を享けなかったという。偶々この評判を聞いたのが、熊沢蕃山だった。

「貴男の様な立派な御武家にお教えする様な学も徳もない」と、藤樹は師となることを固く断るも、蕃山は門前に二日間座り込み、漸く入門が叶った。

 後に蕃山は岡山藩主・池田光政に仕えることとなり、藤樹から教わった学問を政治の上に大きく活かした。「大学惑問(だいがくわくもん)」で政治を批判、幕府に咎められ禁錮中に病死した。

 41歳の若さで没した藤樹だったが、多くの門人に熱心に、真面目に、丁寧に教えた故に、今なお「近江聖人」と讃えられ尊敬され続けている。

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2017年12月05日

陛下の御公務の御負担を「女性宮家創設で軽減する」というウソ

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 共同通信社の世論調査に拠れば「女性宮家」創設に賛成する意見が61.3%に上り、皇統断絶を謀る左翼政党よりも自民党支持層が熱心だということが分かる。流石に退位特例法案に女性宮家創設を明記した自民党だけのことはある。

 自民党は表立っては女性宮家創設に難色を示していたのは、単なる保守層を意識してのパフォーマンスに過ぎず、皇統断絶への序章に繋がる「女性宮家」創設に与する自民党は保守を騙った売国政党である。

 皇位継承順位は今上天皇→皇太子殿下→秋篠宮殿下→悠仁親王殿下までは事実上決まっている。「女性宮家」創設を急ぐのはこの流れを阻止し、今上陛下→皇太子殿下→愛子内親王、つまり女系天皇への布石である。

 今上陛下の譲位遊ばされ、皇太子殿下が即位なされるが、秋篠宮殿下は皇太子となるべきものを、皇統の歴史に無い「皇嗣(こうし)殿下」などと称されるのも、自民党主導に因る策謀の一環と見るべきであろう。

 女性宮家の創設となれば対象は愛子内親王と秋篠宮真子内親王と佳子内親王だが、何れも祭祀を重んずる皇位継承者には成り得ない。

 真子内親王の御相手の方は大学時代の同級生であり一般人。女性宮家の創設により一般人男性が皇族になることに違和感を覚える国民は少なくない。御成婚は事実上の女性宮家創設反対の意思表示でもある。

「皇族数の減少」というなら何故に旧皇族方の皇籍復帰を成さないのか。皇統断絶を目論む反天皇勢力は「旧皇族の皇籍復帰は現代にはそぐわない」とか「男系男子を増やす目的だけで」だと反対している。

 然し乍ら、皇籍離脱をされた旧宮家は、北朝第3代崇光天皇の皇子、栄仁親王から始まる伏見宮の系統に属し、今上天皇との関係は、室町時代の伏見宮貞成親王を共通の祖先とされる正当な皇統に属する方々である。

 多くの国民は陛下の御公務の御負担を「女性宮家創設で軽減する」と思っているが、天皇が重んずべき「祭祀」の代行は名代として掌典長のみが許され、「国事行為」の代行は憲法第4条の第2項よる委任か摂政のみ可能であり、つまりは「公務」の代行は皇太子殿下しか成し得ない。

 要は、女性皇族は国事行為も公務も代行出来ることはなく、公務の御負担を「女性宮家創設で軽減する」というのは国民を誑かす詭弁である。胡散臭げな世論調査によって「女性宮家創設」という実に怪しげな世論が醸成されて行く。

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2017年12月04日

畏れ多くも天皇とは憲法以前の御存在であらされる

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 地元紙の一面トップに「即位の礼 2019年秋に」との見出しが躍っている。相変わらずの西暦表示、一見不思議ではないと思われるが、即位の礼とは「大嘗祭」のことであり、大嘗祭とは陛下として初めて行う新嘗祭のことである。

 悲しい哉、日本国憲法にはこの「大嘗祭」の規定がない。占領下、現憲法を押しつけたGHQは、日本弱体化政策の一つとして、神社と国民を離そうと「神道指令」を謀った。以降、皇室行事は天皇の私事となってしまった。

 然しながら、昭和天皇が崩御なされ、今上陛下が即位遊ばされる際は、世界から国賓を招き即位の礼である「大嘗祭」が斯くも盛大に執り行われ、我が国の悠久の歴史を内外に示したことは記憶に新しい。

 現憲法下での前例を無視し、「生前退位」だからとの言い分で、天皇の政治的利用などという付けたりに過ぎない理由を振り翳して、歴代の譲位式で行われている「宣命」を取り止め、然も「退位の礼」とは不敬過ぎるだろう。

 宮内庁幹部は「政府内では過去の例は採用出来ない」との見解が広がっているというが、確かに全会一致で退位法案成立を謀った安倍政権下でこうした認識が広まってても不思議なことではないが、宮内庁が強く申し立てれば好いだけのこと。

 要は、陛下を御守りするべき立場の宮内庁ではるが、平成24年から陛下の負担軽減の一環という尤もらしい理由で「暁の儀」の拝礼を取り止め、次々と祭祀の簡略化を謀った宮内庁主導の策謀だろう。

「日本書紀」の中で、皇極天皇が皇極元年(642年)11月に初めて「新嘗祭」を執り行ったと記されている。永永と受け継がれてきた重要な祭事が脈々と続いていることに、改めて伝統を受け継ぐ大切さを自覚する。

 歴代天皇が採り行ってきた「暁の儀」の取り止めは、今後、歴史の中での祭事に様々な影響を及ぼすだろうとは思っていたが、早速、「宣命」の取り止めや、簡素化した「退位の礼」と「即位の礼」というカタチで現れた。

 いきなり出だした「生前退位」の報も、共産主義者らによる反天皇運動の謀だったが、その共産主義者は内閣府を始め宮内庁をも蚕食している。

 現憲法第4条には天皇の政治的な関与を禁じた項目があるが、儀式の簡略化は違反に問われかねない為だと説明しているが詭弁である。大嘗祭も現憲法違反を免れる為に簡素化し「即位の礼」としているだけだ。それ程までに憲法が大事か。

「天皇の政治的関与」とはどういうことか。国会の開会式への御臨席、国会の解散と国会の召集、大臣への認証、その他、の御公務や各種式典、民間行事等への御臨席など全てが政治的関与でははないか。

 現憲法は歴史的な国家としての継続された「祭祀」に関する天皇の役割を否定し、天皇の「国事行為」のみで「公的行為」は明文化されていない。

 皇太子殿下の即位の礼を「大嘗祭」とすれば、天皇は憲法違反の存在だとする反天皇運動を謀る共産主義者らは、現憲法を無視した違法行為として騒ぎ立てるだろう。何故にクソ共の顔色を窺う必要があるのか。

 畏れ多くも、天皇は憲法以前の御存在であらされるのだ。クソ憲法を護って歴史や伝統文化を否定するとは本末転倒。堂々と伝統に則った祭典を採り行い、我が国の悠久の歴史と文化を世界に発信せよ。

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2017年12月02日

「退位 2019年4月30日」という見出しに見る反天皇運動

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 地元紙の一面は「退位 2019年4月30日」との見出しが付けられ、恰も女性皇族ばかりだと言わんばかりに「皇室の構成」が敬称略で載せられている。隣には御丁寧に「安定的な皇位継承課題」との論説まで添えられている。

 先月30日の誕生日に際し、記者会見に臨んだ秋篠宮殿下は、記者からの「退位を実現する特例法が成立、公布され、陛下が退位することが決まったが」という不敬な質問に対して、「譲位」という言葉で返答されている。

 諸外国でも皇帝や国王が退位させられ処刑されているが、抑々「退位」という言葉は「共産党用語」だった事を知っているだろうか。

 戦後、昭和天皇の「戦争責任論」を叫び強制的に退位させて、A級戦犯として絞首刑に処すという願望から使用されていた言葉でもある。

 今やその中身も分からずに「敬称・敬語不使用」や「開かれた皇室論」の姿勢は国内に蔓延し、それと比例するかの様に天皇陛下への尊崇や皇室に対する敬愛の念を薄れさせてしまった。

 1932年、ソ連共産党から日本共産党へ「コミュンテルンテーゼ(命令書)」という指令が出されたのは歴史的事実である。

 その中で、天皇を制度として捉える共産党は「天皇制廃止運動」として、昭和天皇への「戦争責任・退位論」に始まり「開かれた皇室論」と「敬称・敬語不使用運動」の実行を謀った。女性週刊誌やテレビに登場はその最たるものだ。

 そして平成に入り「生前退位」や「女性宮家創設論」「女性天皇論」として、反天皇運動は巧妙に継続されている。

 敬称ではなく「さま」付けの呼称は、親しみ易さと言うよりも、国民が気付かない儘に共産党の命令書を忠実に遂行していることと同じ言っても過言ではなく、国民自身が皇室の尊厳と敬愛を棄損し続ける。

「譲位」ではなく「退位」を使い、敬称を略して、元号ではなく西暦表示。更には女性宮家の創設は皇位安定への重要課題だとは、正に今日の新聞は、戦後のマスコミや共産主義者による反皇室運動の全てが満載されている。

 何故にデカデカと西暦で明記するのか。皇室に関する行事は「皇紀」を使用すべきとは言わないまでも「元号」で表記すべきだ。

「元号」は、節季の習俗を時代の流れに応用する先人の智慧であり、これこそが我が国文化を象徴する代表的なものである。

 645年の「大化の改新」を果たした聖徳太子の時代より、歴代の天皇は数年から十年を目途に改元して巧みに時代転換をして来た。

 我が国はいつの世も、その時の陛下の御代である。いつの世にもそこには「君が代」の世界が存在し、その御代を端的に表現するものが「元号」であり、これ正に我が国體の精華であり、世界に誇る美風である。

 江戸幕末の混乱期に御即位遊ばされた孝明天皇は、御在位21年の間に「嘉永」「安政」「万延」「文久」「元治」「慶応」と実に6回も改元為されたが、これは幕末という混乱の時代を如何に転換させるかの苦衷の表れでもあった。

 我が国には「元号法」が存在してる訳だが、日頃、法治国家を叫ぶ連中は何故か元号法や国旗国歌法は無視し続ける。

 今回の報に接しても尚、憲法に明記されている国事行為を全うすることが困難になったとの御発露を御汲みするなら、現憲法を改めるなり、皇太子殿下と秋篠宮殿下が輔佐出来る環境を整えれば好かっただけのこと。

 何故に「退位法案」だったのか。保守を気取りながら次々と国體に係わる施策の実行を謀った安倍は正に国賊の誹りを受けても致し方あるまい。

 こうした国體破壊行為は左翼の策謀も然ることながら、歴代自民党政府の無能と政治家自身が我が国の成り立ちと国柄を理解していないことに他ならない。

 皇太子殿下が即位すれば皇太子の名称は消え、長い皇室の歴史の中でも使われていない「皇嗣殿下」という言葉が使われ、秋篠宮殿下がその位に就く。

 皇太子が消えることで「東宮」職も解任となるのだろうが、陛下の祭祀の軽減など、国體破壊を謀る宮内庁は正に獅子身中の虫と断じる他はない。

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2017年12月01日

連日、相撲ネタばかりですみません(笑)

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 今日は師走朔日ということで、朝まだきから身を清め、神饌を替え、畏くも陛下の弥栄を奉り、併せて心願成就を祈念した。

 米朝戦争が勃発し、我が国が巻き込まれなければ政治家も国民も眼前の危機に気付くことはない。ということで、今日も相撲ネタ(笑)

 新聞に日本相撲協会危機管理委員会による今回の問題の経緯が載っている。これを読めば、事の始まりは白鵬の貴ノ岩への説教だということが分かる。

 鳥取城北高校の関係者が主催した食事会で、白鵬は先場所後に発言した言動を問い質す。これは恐らく「もうあの人らの時代ではない」という内容だろう。

 白鵬の説教に対し、日馬富士が間に入り事を収めた。白鵬も説教するなら貴ノ岩個人を別室に呼ぶなりして諫めれば好いものを、周りに人がいる中での説教となれば単なる見せしめであり、貴ノ岩のメンツも潰す。

 その後、棚を変え二次会へ。酒も入り、盛り上がっている中で白鵬は同校を卒業してる照ノ富士と貴ノ岩に「高校の恩を忘れるなよ!」と説諭する。

 その時、貴ノ岩のスマートフォンが鳴り、白鵬の話の途中でスマートフォンを弄った。メールなんぞほったらかしにするなり、メールの着信音なんぞ消しておくべきだが、白鵬の説諭より彼女からのメールを優先した(笑)

 これに反応したのが日馬富士、「さっき庇ってやったのにまたかよ」ってな感じで、白鵬に変わり貴ノ岩をビンタを食らわす。

 貴ノ岩は謝るどころか睨み返し、日馬富士は言っても分からないならと身体に教え込む。白鵬が止めに入り、日馬富士も暴行を止めたが、本来は白鵬が叱るべきものを日馬富士が身代わりになることで貴ノ岩への責めを躱そうとしたのだろう。

 抑々、白鵬が貴ノ岩への説教こそが問題で、「人に意見してその人の欠点を直す」ということは大切なことであり慈悲の心とも言える。ただ、意見の仕方は難しく、骨を折る必要があると「葉隠」でも教えている。

「大方の人は、人に好まれない言い難い事を言ってやるのが親切の様に思い、それが受け入れられなければ、自分の力が足りなかったとしている様だが、こうしたやり方は何ら役に立たない。ただ悪戯に人に恥をかかせ、悪口を言うだけの事と同じ結果になってしまう」というのだ。その上でこう説く。

「意見というものは先ず、その人がそれを受け入れられるかどうかを見極め、相手と親しくなり、何時も信用する様な状態で仕向ける処から始めなければならない。言い方なども工夫し、自分の失敗談等を話しながら、余計な事を言わなくても思い当たる様に仕向けるのが良い。先ずは良い処を褒めて気分を引き立てる様に心を砕き、そうした上で欠点を直していくというのが意見というものである」

 白鵬にはこういう気遣いや後輩への思いやりに欠けていたのだ。やはりそこには己自身が大横綱だという慢心はなかったか。

 相撲は国技の前に武士道だろう。「葉隠」には赤穂浪士の討ち入りに触れた部分があるが、そこでは打算的討ち入りを否定している。

 武士とは即刻「やられたらやり返す」というのが本道で、主君の仇討ちは地道に計画を立てて行うものではなく、事の「成否」は問題ではなく「成否」よりも、行為自体に意味が在ると訓えている。

 つまり、日馬富士の後先を考えずに身体が反応したことは武士道そのもの。やられた貴ノ岩も中途半端に不貞腐れるなら、喩え格上とはいえ酒席だった訳で、徹底して反抗し反撃に転じれば好かったのだ(笑)

 白鵬には事の起こりが何だったか理解しておらず、横綱という立場を勘違いした自身の軽挙妄動こそ猛省すべきで、万歳三唱をやってる場合ではないし、日馬富士が引退する前に「私の不徳の致すところ」と申し出るべきだったと思う。

 それにしても貴ノ岩の礼節の無さは親方の貴乃花譲りだろう。八角理事長や先輩親方に対する接し方を見てると礼節も長幼の序の欠片もない。

 他人の意見や声には耳を貸さず、己の意見や考えこそ正義であるかの様な対応は見ていて醜いし、厳しさは分かるが、人間的に余裕が無くて息苦しい。

 現役時代には爽やかなイメージだったが、人相風体も激変し、身内や関係者だけに見せる笑顔は実に胡散臭げ。相撲界の革新に熱心だが、今回の問題の対応を見る限りやってることは「角を矯めて牛を殺す」そのもの。

 少々の欠点を直そうとして、反ってそのもの自体を駄目にすることも無きにしも非ず。こんな騒ぎは相撲ファンを落胆させ、大相撲も廃れてしまうだろう。

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2017年11月30日

先輩として、後輩力士の礼儀を正すことは義務と思っている(日馬富士)

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 日馬富士は貴ノ岩への暴行の理由はどうあれ、潔く引退した方が好いと思っていたが、昨日、日本相撲協会に引退届を提出し受理された。

「先輩として、後輩力士の礼儀を正すことは義務と思っている。弟弟子を思って叱ったことが、彼を傷付け、世間を騒がすことになってしまった」

 この言葉に尽きるだろう。貴ノ岩を思って、相撲会の風習でいう「可愛がり」を、つい飲み会の席でやってしまったことが問題になってしまった。

 指導や教えるというのは実に難しく、言って聞かせて本人が理解出来れば問題ないが、言っても分からない奴に幾ら言って聞かせてもは効果はない。

 そういう奴には体罰やシゴキによって、理性ではなく本能を鍛え上げることは教育の大事な要素の一つでもある。

 教える立場の者は周りから常に尊敬される様な言動や立ち居振る舞いを求められる。尊敬されていなければ、単に傲慢な態度としか思われない。

「愛のムチ」と暴力は紙一重で、要は貴ノ岩に日馬富士への敬いが乏しい中で日馬富士が一方的に正そうと思ったことが間違い。

 人を育て上げるというのは日本刀が出来上がる過程と似ている。

 日本刀は先ず卸し鉄を「積み重ねる」ことから始まる。そして「鍛錬」し、更に「下鍛え」し、何回も何回も鍛え上げ、「芯鉄」を鍛え造り込む。叩いて叩いて鍛えることで強靭で立派な刀が出来上がるのだ。

 国士舘の創設者・柴田徳次郎先生もこう訓示している。

「刀というのはトンテンカン、トンテンカンと叩いて叩いて鍛え上げなければ五郎入道政宗とか村正といった立派な刀は出来ません。国士舘の生徒も先生だけの指導だけではダメで、学校も親も一緒になってお子さん方を鍛え上げて行かなければ立派な日本人に育てることは出来ません」

 日本刀を作る上で最も大事なのが「焼き入れ」で、焼き入れを行うことで刀に命を吹き込む。焼き入れ一つで刀の出来も価値も変わってしまう。

 教育者も指導者も刀鍛冶と同じく、ヤキという鍛え込みと、更なる磨き上げで立派な人材が出来上がることを知るべきだが、如何せん、ヤキの後に磨き上げることが無いから単に体罰や暴力だと断じられてしまうのだ。

 日馬富士のヤキの在り方に全く問題が無いということではないが、礼儀を正そうとした慈愛の一面を否定し、暴力で片付けてしまうという風潮が事の本質を違う方向へ導いてしまったのではあるまいか。

 今日の地元紙の一面は、昨日のICBMの発射で北朝鮮のミサイルが米国本土を射程圏内に入ったという記事が躍っている。

 我が国は米国と足並みを揃え、対北朝鮮への経済封鎖と圧力を強めている訳で、これはつまり戦争状態であると認識すべし。

 国会でのモリカケ問題の再燃を観る限り、我が国はいつ北朝鮮からミサイル攻撃を受けても即時に対戦出来る状態であるという余裕の現れなのだろう。我が国の為政者らは実に頼もしい。呵呵大笑。

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2017年11月29日

「ボタニカル」という聞きなれない言葉を耳にした(笑)

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 先日、クルマで移動中にラジオから「ボタニカル」という聞きなれない言葉を耳にした。その後はこのボタニカルが気になって気になって。

 この妄想状態は、テレビ番組「世にも奇妙な物語」のアノ伝説の「ズンドコベロンチョ」の草刈正雄が演じた主人公の状態(笑)

 ネットで調べれば「ボタニカル」は今年話題の言葉らしく、「植物の。植物性の。植物学の」という意味らしい。

 美術評論家であり思想家の岡倉天心は、自著「日本の覚醒(目覚め)」の中で、西洋文明に浮かれる軽佻浮薄な洋学紳士を痛烈に批判した。

「ああ、西洋開花は利欲の開花なり。利欲の開花は道徳の心を損じ、人身をして唯一個の射利器械たらしむ。貧者は益々貧しく、富者は益々富み、一般の幸福を増加さする能はざるなり」

 これは正に現代に通じる教えでもあろう。

 天心は、我が国の伝統文化に目を向け、日本文化を鼓吹した紛れもないナショナリストであり、奔放に生き、世界を放浪し、大勢の知己友人を持つ本物のインターナショナリストだった。

 海外に住み外国人との交流を深めたいならば、天心の如く自国の言葉を重んじ、自国の歴史や伝統、文化を確り学んで欲しいものだ。

 自国の言葉や伝統文化を軽んじ、自国の歴史を忘却し、英語だけを勉強したところで西洋気触(かぶ)れになるだけ。

 英語という田舎言葉が世界語になったのは、武力で世界を支配し、富を独占したからに他ならないが、その昔はバチカンでも英語は「穢れた言葉」として忌み嫌われたという。

 英語とは喋られれば便利という唯それだけのこと。今、世界では、多くの外国人が日本語を学び始めている。日本語文化を世界に普及することは、即ち我が国の美徳でもある「和の心」を伝えることでもあるのだ。

 岡倉天心を始め、明治の先覚者らは、外来語をそのまま使うのではなく、全て新漢字に翻訳して西洋文化を学んだ。現代人の様に外来語をそのまま羅列し、それが恰もインテリと勘違いしているが、これ正に軽薄な舶来趣味でしかない。

 そんな現代人と比べれば、自国の伝統文化に誇りを持ち、あくまでも日本語で貫き通そうとした明治人の気骨と気概、高い見識を伺い知ることが出来よう。

 日本人として日本語に自信を持ち、何事も日本語で主張し、日本文化を重んじ貫いたからこそ世界に誇れる我が国独自の発展が得られたのだ。

 何が「ボタニカルカラー」か。だったら植物柄とか言えば好いだろうに、ホント流行に流され易い日本人らしい。本来「流行」とは「病気」の意味だったということを知ってるだろうか(笑)

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2017年11月28日

優勝回数40回は確かに数字では立派だが名横綱には程遠い

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 大相撲九州場所は白鵬が優勝。張り差しか、かち上げばかりで勝負よりも勝ち星に拘った取り口で、優勝40回は立派だが相撲自体がホントつまらない。

 嘉風との一番なんぞ自分から物言い。土俵下で不満げに抗議する姿は横綱としての品格はどうなのだろう。

 立行司・木村庄之助の軍配が返り「待ったなし!」、立ち合い後には「残った!」との声が相撲が成立したことを示している。

 張り差しからまわしを取りに行くももろ差しを許す。その態勢が自分に不利だからと「待った!」をアピール。

 立行司というのは軍配も然ることながら、短刀を差して、軍配差し違えの場合は切腹する覚悟で臨んでいるのだ。そうしたことを知ってか知らずか、立行司への抗議は、立行司への尊敬すら持ち合わせてはいない証左だろう。

 勝利者インタビューにしろ万歳三唱にしろ、白鵬は何か勘違いしてはいないか。横綱がこれだけ軽々しいのでは相撲人気は凋落の一途を辿るだろう。

 相撲ファンの一人として、騒がれてる日馬富士問題にしろ、国技とは程遠くスポーツイベント化する相撲界に対して隔靴掻痒の感は拭えない。

 優勝回数や勝利数の記録では確かに白鵬は立派だが、名横綱かといえば未だ未だ未熟。不世出の名横綱といえばやはり「双葉山」だろう。

 双葉山は強さに加え、美しさがあったと誰もが言って憚らない。土俵に上がったら無駄な動きはせず、どんな力士にも必ず受けて立った。所作そのものが美しく、見るからに横綱の威厳があった。

 一度負けた相手には決して負けることがなかったことからも、相手力士への研究は怠らず、その強烈な努力を垣間見ることが出来る。

 双葉山は、こうした受けて立つ相撲をきかれると「目が悪かったので、自分から突っかけるのは不利だと思った」と述べたことで、国民は初めて双葉山が隻眼(せきがん)だったことが分かった。

 双葉山は明治45年生まれ、大分県宇佐郡天津村布津部出身。四股名は「栴檀(せんだん)は双葉より芳(かんば)し」から命名。

「大成する人物というのは、往往にして幼い頃から人並み外れて優れたところがある」という喩えである。

 6歳の時に友達と吹き矢で遊んでいる際に、その矢が右目に刺さり失明してしまう。少年時代には、父親の海運業の手伝いをしていた際には、錨の巻き上げ作業中に右手小指を潰してしまう。

 父の海運業が失敗し、知人の警察官の勧めで立浪部屋に入門することとなる。右目は失明、右手小指も動かないというハンデを克服し、前頭二枚目から破竹の69連勝で一気に横綱に昇進した。

 連勝が止まった双葉山はその後、福岡県の山中で滝に打たれ修業し再び連勝を重ねるものの、昭和20年8月15日、大東亜戦争の敗戦に大きな衝撃を受け引退を決意する。どれほど国を愛していたかが分かるというものだ。

 勝星に拘り、横綱の名を穢しながらも横綱の地位にしがみ続ける今の横綱らは、双葉山の様な潔さというのが決定的に欠けている。

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2017年11月27日

「無条件降伏が無ければ朝鮮半島の悲劇の様に日本は東西に分断されていただろう」との妄想(笑)

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 地元紙(福島民報新聞)のコラム「日曜論壇」は、国立歴史民俗博物館名誉教授という偉そうな肩書だが、その実は左翼闘士の小島美子。地元紙お抱えのコラムニストの中でも、その思想と偏向ぶりは群を抜く(苦笑)

 今日も主張は対北朝鮮への制裁や圧力への疑問と、トランプ大統領と安倍首相の批判。制裁や圧力ではなく、対話の道こそ選ぶべきだという。

 今迄、対話の窓口を開け、人道的立場や様々な理由を付けてはコメ支援や経済制裁を緩和などを続けるも一向に解決されず、それどころかその陰で北朝鮮が核開発とミサイル開発に奔ってしまったことはどう捉えるのか。

 北朝鮮の暴力的な軍隊の様子を記し、まるで「戦前の軍隊そっくりだ」と詰り、当時の政府のやり方は今の北朝鮮と同じだと批判する。

 この方、大東亜戦争が起こったのは軍隊の暴力と政府が悪いとの見解だが、正に、左翼特有の戦後民主主義にどっぷりハマった自虐史観そのもの。米国に洗脳されながら、米国を否定する矛盾にも気付いてもいない。

「それでふと考えた」のが終戦間際のソ連参戦で「無条件降伏が無ければ朝鮮半島の悲劇の様に日本は東西に分断されていただろう」と、北朝鮮と韓国と同じ様に現在の民族同士が相塗れて戦っているだろうとの妄想に耽る。

 そのソ連の参戦こそが国際条約の蹂躙だとの批判も無く、日本分断工作は米英ソのヤルタ会談で密約されたもので、そっちを批判するべきではないのか。それこそ、この婆さんの妄想こそ国民世論の分断工作だろう(笑)

 朝鮮半島の南北分断は別に我が国の責任ではない。それこそ昭和20年(1945年)8月9日未明のソ連軍の参戦に因るもので、参戦3日後の12日にはソ連軍は朝鮮半島北部にまで侵攻した。

 朝鮮への侵攻準備が出来ていなかった米国はこれに慌て、急遽、朝鮮占領の協議が行われ「38度線」で分割することで合意した。

 要は、想像力豊かなこの婆さんがいう「無条件降伏しなければ」というのは、歴史を知らない読者を誑かす妄言である。

 朝鮮戦争の勃発も朝鮮の南北分断も我が国に責任は無いが、若しその責任が在るのだとすれば、大東亜戦争に敗北して以降、こうした左翼の婆さんらが国内外に蔓延ってるのも敗戦の悪しき結果だとすれば駆逐するしかない(笑)

 歴史に「もし」ということはないが、日米が戦わず、蒋介石との和平が実現していれば満州国は保全され、中華民国は中国共産党を圧倒していただろう。

 そうすれば中国共産党の大躍進や文化大革命や天安門事件も起きなかったし、北朝鮮の独裁政治も拉致事件も起きなかったのだ。

 大東亜戦争とは、ソ連コミンテルンと中国共産党、そして日本の共産主義者が仕組んだ、共産革命の実現の為に、マルクス・レーニン主義者の策謀にまんまと嵌ってしまった戦争とも言えるのだ。その視点に立った時、我々は何を成すべきか。

 大東亜戦争自体、恥ずべきものではない。左翼どもは「侵略戦争」と宣い「アジアの人々に多大の迷惑を掛けた」と罵るが、日本はアジアを侵略したのではなく、アジアを侵略していた連合国と戦ったのだ。

 それでも尚、我が国がアジアの人々に謝罪をする必要があるというなら、その最大の過ちは、戦後、共産主義の跋扈と驕逸を許したことであり、最大の償いはその共産主義を失くすことに尽きる。

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2017年11月26日

恭倹己を持することもなく、若手活動家らを一向に育てる気もない右翼の大先生方(苦笑)

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 愚生の場合、食べ物の好き嫌いや女性の好き嫌いは無いが、男性への好き嫌いは烈しい。右翼の先生と呼ばれる中で文士を気取り学者然としているヤツがいる。愚生も顔はデカいがこの大先生には敵わない。ってか、バランスが悪過ぎ(笑)

 以前、大手右翼団体の相談役でもあるこの大先生の安倍晋三愛が異常さが目に留まり、Facebookで苦言を呈したことがある。

 この方、偉そうに「安倍さんに代わる人物が居るとも思えない」などとの応えていたが、右翼らしからぬ反論に厭きれたが、要は、己の売文の為に体制側に就いてる営業保守と同じく、反動右翼というのが正しい。

 その後、安倍亡国内閣は不敬極まる退位法案を可決し、我が国農業を崩壊に導く種子法を可決し古来の種子が廃止されることになったが、これらの国體に関わる悪法に対して、この右翼相談役が抗議したとは聞いていない。

 大手組織の相談役なら、こうした安倍の謀った亡国法案の売国性を幹部に伝え、撤回させる為に行動指針を明示するべきではなかったか。

 安倍を支持するのは勝手だが、右翼として支持していた安倍が国柄を損ね国益を害するのなら、それこそ安倍を熱烈に支持した責任を取って断固として抗議し阻止すべきだと思うが、所詮は営業保守と同じく都合が悪くなると知らん顔(苦笑)

 Facebookはそういう人士との繋がりは仕方ないのだろうが、以前、500名程のFBFを全員削除したのも、そういう嫌いなヤツの記事も然ることながら、上っ面のキレイゴトだらけの交流に嫌気が差したからだ。

 数日前、あるFBFとの縁を絶った。というのもFBFがいいね!を押した記事は否応なしに目に留まる。そういう記事は削除するが一応目を通してはいるが、そういうのも面倒臭いし、FBFの中に大嫌いなこの右翼人いるのを知った。

 この方から最後に丁重なメッセージを貰ったが、その内容でも中々の好漢で人の好さはよく分かる。在野の保守派として誰でも彼でも友達になって知識を広めたいと思っているのだろうが、それは人の好さというより優柔不断の成せる業。結果、得る知識も中途半端となるということも思い知るべし。

 FBFだからという理由で、誰でも彼でも「いいね!」を押してるが、現代の価値観や歴史観で、然も歴史の一面だけを以て、結果論で正否を語ることに意味はないし、それこそ歴史と先人への冒涜だということに気付くべきだ。

 愚生は、上っ面だけを取り繕ってる輩が苦手で、愚生の大嫌いなその右翼の大先生も陽明学や四書五経を売りにしているが、自ら範を示して後輩を導けば好いが、上っ面の衒学臭い学問故に此方には全く響くものがない。

 この大嫌いな右翼人だが、言ってることとやってることが甚だ疑問。例えば、右翼一巨顔のこの大先生、その昔、右翼の仲間らとフィリピンを訪問。歴史探訪や慰霊というのは大義名分で、夜な夜なフィリピンの夜を愉しんだ。

 この某先生の名誉の為に詳細は避けるが、覚えた学問をひけらかし学者然と偉そうにしていても下半身は俗物そのものだったという。

 己の立派さをアピールするのも好いが、もっとざっくばらんに自分の弱さやスケベさ、否、人間らしさをもっと曝け出せば好いと思う(笑)

 そういや、陽明学者で思想家の安岡正篤も晩年は細木数子の手練手管に翻弄されて晩節を穢したが、安岡に限らず上っ面の勉学だけで、実践の伴わない言葉は確かに綺麗ではあるが重みを感じない(笑)

 教育勅語を諳んじれたとしても、夫婦や兄弟、友人との仲が悪かったり、道徳の授業が満点でも実践の伴わない道徳なんぞに意味はない。

 安岡の言葉にしても、陽明学や四書五経にしても覚えたら如何に実践するか、身に着けるかという努力が大事で、それが無ければ単なる請売りの上っ面の学問でしかなく、そこから脱し自分のものにすることは出来まい。

 大陸浪人を気取り詩を詠み、四書五経の上っ面だけを模倣して大者感を醸し出してるが、所詮は支那被れに過ぎず、それを浪漫派だとは勘違いも甚だしい。

 現在の右翼陣営の為体は、居の安きを求め、固定資産税に汲汲しながら、一方で異常な上昇志向から文士や文化人を気取る大先生方が元凶でもある。

 恭倹己を持することもなく、若手活動家らを一向に育てる気もないなら、早々に愚生を見倣って引退し蟄居でもしてなさいな。呵呵大笑。

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2017年11月25日

益荒男が たばさむ太刀の 鞘鳴りに 幾とせ耐へて 今日の初霜

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 昭和45(1970)年11月25日午後0時15分、三島由紀夫は同行した楯の会メンバーの森田必勝、古賀浩靖、小川正洋、小賀正義と共に陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地・東部方面総監室を占拠し、現憲法の矛盾と戦後の不条理と欺瞞を訴えて壮絶な割腹自決を遂げた。当時、愚生は10歳。この衝撃的な事件を鮮明に記憶している。

 携行した「檄」には「もっとも名誉を重んずるべき軍が、もっとも悪質な欺瞞の中に放置され・・・自衛隊は国軍たりえず、建軍の本義を与えられず、警察の物理的に巨大なものとしての地位しか与えられず」と三島は喝破した。※檄文(全文)http://www.geocities.jp/kyoketu/61052.html

 自衛隊は現行憲法下では明らかに憲法違反の存在であり、未だ「警察予備隊」時代のまま「集団的自衛権の憲法解釈」などという目先の誤魔化しによってかろうじて存在し、あやふやな中途半端な存在のまま放置され続けている。

 だが、自らの国家の防衛をも否定する矛盾だらけの現憲法を見直し、違憲状態の自衛隊を「国軍」とすることに、何を躊躇し、誰に憚るというのか。

 あろうことか安倍政権下で、正に健軍の本義もなき物理的な巨大な警察機構としての地位を取り払うべく憲法改正ではなく、九条に附帯するという形で自衛隊を明記しようという愚行が成され様としている。

 日夜、国の防衛の為に努力する自衛官の姿は心強いし、災害に立向かう自衛隊の存在は実に頼もしい。自衛官は我が国の誇りである。にも拘らず憲法論議を避け、自衛隊の存在意義を無視し、国防を論ずることなどあってはならないし、政治家のこれ以上の怠慢は赦されるものではない。 

 決行当日、同行した小賀正義に命令書が渡された。その一文にはこう記されてあった。渡す側もそれを受け取る側もその心中察するに余りある。

【小賀正義君。君は予の慫慂により、死を決して今回の行動に参加し、
 参加に際しては、予の命令に絶対服従を誓った。
 依ってここに命令する。
 君の任務は同志古賀浩靖君と共に人質を護送して
 これを安全に引渡したるのちいさぎよく縛につき、楯の会の精神を堂々と、
 法廷に於て陳述することである。
 今回の事件は、楯の会隊長たる三島が、計画立案、命令し
 学生長森田必勝が参画したるものである。
 三島の自刃は隊長としての責任上、当然のことなるも、森田必勝の自刃は、
 自ら進んで楯の会全会員及び現下日本の憂国の志を抱く青年層を代表して、
 身自ら範を垂れて、
 青年の心意気を示さんとする鬼神を哭かしむ凛冽の行為である。
 三島はともあれ、森田の精神を後世に向って恢弘せよ。
 しかしひとたび同志たる上は、
 たとひ生死相隔たるとも、その志に於て変りはない。
 むしろ死は易く、生は難い。
 敢て命じて君を艱苦の生に残すは予としても忍び難いが、
 今や楯の会の精神が正しく伝わるか否かは君らの双肩にある。
 あらゆる困難に耐え、忍び難きを忍び、決して挫けることなく、
 初一念を貫いて、皇国日本の再建に邁進せよ。
 楯の会隊長 三島由紀夫】

 【益荒男が たばさむ太刀の 鞘鳴りに 幾とせ耐へて 今日の初霜】(三島由紀夫辞世)

 【今日にかけて かねて誓ひし 我が胸の 思ひを知るは 野分のみかは】(森田必勝辞世)

 旧来の思想や社会構造を打破しようとする時、常軌を逸した行動が生まれる。三島由紀夫と森田必勝らの行動こそが正気の狂気であり、この狂気こそが我が国に圧し掛かる重苦しい閉塞感を打破する力に成り得るのだ。

「あらゆる困難に耐え、忍び難きを忍び、決して挫けることなく、初一念を貫いて、皇国日本の再建に邁進せよ」という、三島・森田の精神を想起し、祖国日本の恢復を図らねばならない。すめらぎいやさか。

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2017年11月24日

相撲は古来より五穀豊穣を祈り、その恵みに感謝する神事でもある

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 日馬富士の暴行事件は、協会内の権力闘争なのか、貴乃花親方の対応もあって世間の好奇の目に晒されている。

 大相撲を目の仇にするのは左翼陣営に留まらず、保守派や自称・愛国者らも外国人力士の席捲を苦々しく思い批判する。

 大相撲は、巡業や国技館どころか、テレビ観戦もせずに「相撲なんて大嫌い」といって憚らない右翼人を何人か知っている(笑)

 だが、大相撲は「断髪令」が出ても丁髷の伝統を貫き、戦後も表彰式で国歌「君が代」を斉唱し続けてきた保守の牙城ともいうべき存在でもある。

 相撲は千五百年以上の歴史を有し、古来より、五穀豊穣を祈り、その恵みに感謝する神事でもあり、現在の大相撲は、平安時代に天覧相撲である「相撲節会(すまいのせちえ)」が行われたことが始まりとされている。

 本場所初日の前日には「鎮め物」として、萱(かや)の実、勝栗、スルメ、昆布、塩、洗米といった神饌が土俵中央に納められ、立行事が祭主を務め「土俵入り」が行われる。使用した御幣は、神の降臨の証しとして四色の房に飾られる。

 力士が「四股」を踏むが、これは地面に潜む邪悪なものを封じ込める為の所作であり、「塩撒き」も土俵の邪気を祓い、神への祈りである。

「力水」や「力紙」は清めの作法。清めを終えた力士は、「蹲踞(そんきょ)」から「揉み手」「柏手(かしわで)」し、両腕を開く「塵手水(ちりちょうず)」と一連の動作が続く。「塵手水」は、手に武器を持たないことを表すものだ。

「揉み手」は、古来は雑草の露で手を清めていた所作の名残りで、「柏手」は神に拝する際に打つ動作である

 力士が勝ち名乗りを受ける際に「手刀(てがたな)」を斬るが、これは左が「神産巣日神(カミムスヒノカミ、カムムスビノカミ)」、右が「高御産巣日神(タカミムスビノカミ)」、真ん中が「天御中主神(アメノミナカヌシノカミ)」三神への感謝である。

 白鵬の懸賞金の取り方は、最後に毟り取る様な仕草をするが、アレは間違いというより、天御中主神への冒涜とも言えなくもない。

 力士は神の遣いであり、横綱とはその中の最高峰の存在である。勝敗に拘る以前にその所作や風格が大事であるというのは言うまでもない。

 千秋楽の終了後「神送りの儀式」が行われる。御幣を抱えた新弟子力士らが胴上げすることで相撲の神々は昇天する。

 こうした所作や儀式を理解した上で大相撲を観戦すれば相撲もまた楽しいのだが、相撲も他の競技と同じ様に勝敗ばかりが優先され、スポーツ化し、営利主義に奔る相撲協会に危機感を抱いてるのは相撲ファンは少なくない。

 実力世界の相撲界ではあるのが、「国技」を自任するならば、そうした大相撲の歴史や謂れを内外に発信し啓蒙して行くことも大事なこと。

 日馬富士の暴行事件を機に相撲協会がやるべきは、関係者を厳罰に処すことは当然だが、暴行事件に関与していない圧倒的多数の力士や相撲ファンの為に何を成すべきなのかを熟考し、改革を断行すべきであろう。

「角を矯(た)めて牛を殺す」譬えの様に、少々の欠点を直そうとして、反ってそのもの自体を駄目にすることも無きにしも非ず。相撲は神事ということを自覚すれば、協会も力士も自ずと襟を正すだろう。

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2017年11月23日

すめらぎの千代万代の御代なれや花の都に言の葉もなし

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 本日は新嘗祭、誠におめでとうございます♪

 戦後、「神道指令」を発令したGHQに因り「新嘗祭(にいなめさい、しんじょうさい)」という呼称は廃止され、占領統治下だった昭和23年に「勤労感謝の日」と改められ現在に至っている。

「勤労感謝の日」というと、何か、労働していること、働ける喜びに感謝する日の様に思ってしまうが、本当の意味は「人々の勤労によって生み出される万物の生産を祝う」という趣旨である。

 神の加護による農作物を始めとした恵に、我々国民が互いに感謝し合う日なのだが、残念ながらその意味を取り違えている国民が殆どだ。

 誤った祝祭日の名称を糺し、本来の祝祭日の趣旨を啓蒙すべき神社庁は恥しげもなく「祝祭日には国旗を掲揚しよう!」などという広告宣伝を行ってるが、ハッピーマンデーをも容認する姿勢は神道を司る資格があるとも思えない。

 旧くは新嘗祭は、霜月下旬の卯の日に斎行されたが、明治6年以降は11月23日に執り行われることとなった。

 宮中祭祀で特に重要なものは元旦に執り行われる「四方拝」と、本日の「新嘗祭」である。だが、現在は「祭日」ではなく、単なる「祝日」になってしまっているのは残念至極と言わざるを得ない。

 本日は県内でも「山ノ神講」として、全国各地でも山々の神に感謝し収穫を祝う行事が各地で行われるが、これは新嘗祭の風習や伝統を重んじ伝えて来た名残りでもあり、こうしたことでも天皇と国民の繋がりを知る。

 新嘗祭は「日本書紀」の中で、皇極天皇が皇極元年(642年)11月に執り行ったのが初めてで、永永と受け継がれてきた重要な祭事の一つである。

 こうした祭事が脈々と続いていることに、改めて伝統を受け継ぐ大切さを自覚する。だが、宮内庁は陛下の負担軽減の一環として平成24年から、未明に執り行われる「暁の儀」の拝礼を取り止められた。

 歴代天皇が採り行ってきた「暁の儀」の取り止めは、今後、歴史の中での祭事に様々な影響を及ぼすだろう。

 安倍亡国内閣は、畏れ多くも天皇陛下の退位法案を成立させた。正しい「譲位」を使用せず敢えて「退位」を使い続ける裏の意味を知るべきだ。

「退位」という言葉は、戦後、共産主義者が昭和天皇の戦争責任論を叫び強制的に退位させて、A級戦犯として絞首刑に処すという願望から使用されていた「共産党用語」だった事を知っているだろうか。

 現憲法下では、歴代天皇が古来より司って来た「祭事」は、天皇家の「私事」となってしまい、歴史的な国家としての継続された「祭祀」に関する天皇の役割を否定している。

 これつまり、未だ占領政策の「神道指令」の呪縛が解除されずにいる証左であるが、更に「勤労感謝」という言葉に因ってその祭日の意義を薄れさせ、「ハッピーマンデー」の愚策によって国體が破壊され続けている。

「神々の加護と人々の勤労によって可能になる万物の生産を祝い、国民が互いに感謝し合う日」であるなら、勤労感謝の日より新嘗祭が相応しい。

 本日の新嘗祭に当り、豊穣の秋に感謝すると共に、併せて皇室の安穏と陛下の弥栄を祈念する。

 すめらぎの千代万代の御代なれや花の都に言の葉もなし。

 すめらぎいやさか

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2017年11月22日

最近の貴乃花を見てると顔も体型もアノ輪島にソックリになってきたな(笑)

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 日馬富士の暴行問題は、新聞やテレビで連日報道されてることもありのあらましが見えて来た。要は、貴ノ岩の日頃の振る舞いに眉を顰めていた白鵬や日馬富士が、貴ノ岩を諫めようとしたことが事の始まり。

 マスコミの報道に拠れば、都内錦糸町で開かれたモンゴル人力士の飲み会の席で、先場所、横綱白鵬に勝った貴ノ岩は酒の勢いもあり、調子に乗って「あの人の時代ではない」という様な発言をしたという。

 酒の席では気持ちが大きくなり、調子に乗って大言壮語を吐くなんてのはよくあることで気にするものではないが、恐らくはこうした発言以外にも何か引っかかるものがあったのだろう。それが単にきっかけとなっただけ。

 巡業先の鳥取での飲み会の席で白鵬が問い質す。貴ノ岩も神妙に聞くが、そこに携帯が鳴った。携帯を消すか、その儘にしとけば好いものを貴ノ岩は話も聞かずに携帯を操作する。

 それを見ていた日馬富士が「大横綱が話しているんだぞ!・・・」言うのが先か、殴るのが先か、あっという間にマウントを取ってボコボコに。

 正義感旺盛な日馬富士は、白鵬に対する尊敬も然ることながら、後輩である貴ノ岩の将来を慮ってのものだったと言えなくもない。

 先輩や上司が話してる時に、こういう対応をしたり不貞腐れた態度を取れば殴られるのは当たり前で、愚生もこんなシーンにはよく出くわしたし、先輩や上司に代わり後輩をボコボコにしたこともある。

 ヤキを入れるなら中途半端はダメ。身体に徹底的に教え込む。言っても分からない相手には、ヤキによって理性や本能を正しく鍛え揚げることも時には必要だと思っているし、愛情表現の一つでもあると思っている。

 巡業先では、暴行があった翌日には日馬富士と貴ノ岩は握手を交わし、貴ノ岩は取り組みにも出ていたとも聞く。

 巡業先では単なる内輪の揉め事として問題なかったことが、何故か九州場所が始まってからこの問題が騒がれ始め、中でも貴ノ岩の師匠である貴乃花親方の怒りは収まらず、日馬富士を場所中に刑事告発した。

 オイオイ、巡業先での問題は巡業部長である貴乃花親方の責任だろう。それを被害者面した物言いはチョッとどうなのよ。

 この裏には巷で囁かれている様な理事長選への遺恨や、次期理事長選挙への駆け引きだとしたら、余りにも相撲ファンを嘗めてはいないか。

 最近の貴乃花を見てると顔も体型も、アノ輪島にソックリになってきた気がする。前々から囁かれていた「若乃花は初代若乃花の子供で、貴乃花は輪島の子供」という噂の真実味が増すというものだ。

 プロ野球解説者だった佐々木信也が講演で「若乃花と貴乃花の二人は異父兄弟で、貴乃花の父親が輪島だ」と語ったことで、それをアサヒ芸能がスクープとして記事に掲載。その後、佐々木信也は謝罪するもテレビ業界から干された。

 ワイドショーに出演した母親の藤田典子が「全くのデマです」と、若乃花のDNAをやると話すも鑑定したとも聞いてはいない。ってか、初代の若乃花も初代の貴乃花も兄弟だものどうやって判定するの(笑)

 相撲愛に溢れる貴乃花は、旧態依然の大相撲界の陋習を変えようという意気込みは認めるが、ややもすればその改革は国技としての相撲という伝統文化を否定し、相撲の歴史をも変えてしまう危険を伴う。

 そういや輪島も、相撲界の仕来りや風習を否定し、巡業先ではホテルに宿泊したり、豪遊しまくったりと自分本位のやり方を貫いてたっけ。結果は、カネに忙しくなり、自分の年寄株を担保に借財し相撲界を追われた。

 相撲人気は相撲ファンあっての物種。協会にも問題があるが、貴乃花親方は被害者意識が余りにも強過ぎないか。

 確かに日馬富士の軽挙妄動には問題が在るし、その責任を取って潔く引退すれば、事の原因を作った貴ノ岩は猛省するだろう。

 日馬富士が引退なら、不様な稀勢の里も鶴竜も引退した方が好い。序に審判部に不服申し立てという前代未聞の醜態を曝した白鵬も引退し、四横綱時代から横綱不在という異常事態になった方が協会全体が目が覚めるのではあるまいか(笑)

※何か己を勘違いして、一部を論ってくだらんコメントを入れて来る輩がいるが、主義主張があるのなら自分のブログやSNSで発信し啓蒙すれば好いだけ。コメントの受付は今後は会員限定にさせていただきます。呵呵。

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2017年11月21日

米国の核の持ち込みで騒いでないで核保有国を目指すべし!

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 昭和44(1969)年の沖縄返還交渉の過程で、米政府は核兵器の本土持ち込みや基地使用の拡大を要望していたことが米公文書で分かった。

 我が国は敗戦以降、自国の防衛という国家百年の大計を放棄し、米国に依存している歪な体制を取っている訳で何を今更という感じだ。

 我が国は「非核三原則」を掲げてはいたが、余程のバカではない限り、日本の安全は米国の核の傘が守ってくれているということは暗黙の了解。

 有事の際に米軍が事前協議を行わないで在日米軍基地を使用するのは当然で、「核だけは持ち込ませない。でも、日本を守って下さい」などというのは余りにも都合が好過ぎるだろう。

 昭和35年の日米安全保障条約改定に際して、当時の藤山外務大臣は核兵器を搭載した艦船や航空機の寄港、通過は事前協議の対象にしないことを申し合わせており、その「討議録」は既に米国で公開され明らかになっている。

 既に明らかになっていることを「密約説」として、以前、岡田克也が「非核三原則」に反するとして大騒ぎしたのは記憶に新しい。

 今回のこの記事もその密約説と同じ類の与太記事だが、米国の日本駐留米国にとっての国益に適うものであり、自国の防衛を放棄してる我が国にとっても悲しい哉、それらを受け容れるしかないのだ。

 我が国の近隣諸国は中共や韓国、北朝鮮と危険な国ばかりで、これらの脅威に対抗する安全保障措置として、米国の核の傘以外の何に頼るのか。

 冷戦時代、平和を維持する為に米国やNATO諸国が莫大な防衛予算を投じ軍事バランスを保って来た中で、防衛費がGNP1%以内と極僅かな我が国の平和が続いたのは米国の「核」の力に拠るものと、単なる偶然でしかない。

 現在でも、米国の核が我が国の防衛の後ろ盾になってるのは否定出来ない悲しい現実であり、その米国の核の持込みや駐留米軍をも暴いて糾弾しようというのは、我が国の国益に適うものだとは到底思えない。

「核兵器は外交で大きな発言力を持つ」「核兵器は最強の外交官」「核兵器は最大の戦争抑止力」という認識のは世界の常識。核兵器こそが外交交渉をする上での最高且つ最大の武器になり、周辺諸国に睨みを利かせることが出来るのだ。

 インドやパキスタンの紛争が治まったのも、イスラエルや北朝鮮が核武装に奔ったのもそうした認識からであり、何百万人もの餓死者が出ても歯牙にも掛けず核保有に固執するのは、核武装こそが国益だと確信しているからだ。

 我が国も世界で唯一の戦争被爆国として、「世界で核兵器が無くなるまで、世界が核兵器使用という愚かな行為が成されない様に監視し、世界平和を構築する為に我が国は核保有国も選択肢の一つ」と宣言して然り。

 心の呵責無しに核兵器を有する資格があるのは戦争被爆国である我が国だけだ。にも拘らず原爆投下した米国の「核の傘」に甘んじ、国家の大本を米国に依存しているこの歪な体制をいつまで続けるつもりなのか。

 米国の「核の傘」に甘んじ続ければ主権国家足り得ず。米国の核の本土持ち込みを騒いでいる様では先が思い遣られる。

 日米安保を解消し対米自立を図ることは理想だが、それには先ずは国民の「一身独立」が大事。そう考えた時、我が国が自らの手で「平和」を創り出すという主権国家としての当たり前の国になる日は未だ未だ先の様だ。

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2017年11月19日

マスコミも「放送禁止用語」なんて止めて「キンタマ~!」とでも叫んでみたら如何か(笑)

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 地元紙専属の風刺画家(朝倉悠三)の今日の絵は、「フ~、いろいろ手間取ったが予定通りの仕上がりだ」と、画家に扮した安倍首相が加計学園の絵を描いている姿が載っている。

 風刺というのはそこに「クスッ」という笑いがなければならないが、加計学園が恰も安倍の忖度で出来上がったかの様な表現は笑いというより、この画家への嘲笑と軽蔑しか感じない。

 マスコミにしろ、表現者というのは世情を腐し、政権を批判する。そういう冷笑的な態度を執ることが真のジャーナリストや文化人だと錯覚しているが、何か勘違いしてはいないだろうか。

 この本人も風刺画の出来栄えに満足しているのだろうが、風刺するにも、相手に対する尊重と配慮を忘れてはならないと思う。

 読者からの投稿の多くも安倍憎しからの安倍批判が殆ど。加計学園問題は、どう見ても批判する側の方が真実を見ようともせず、思い込みからの批判ばかりで、そこに公平さは微塵もない。

 節度が欠如した批判や風刺というのはそれは単に相手への罵詈雑言や侮辱でしかなく、差別と偏見に満ちた嘲りは、怨みや怒りを増大させるだけ。

 数年前、フランス週刊紙シャルリエブド襲撃事件が起きた。襲撃した犯人はイスラム過激派と関係のある3人だった。

 彼らは、シャルリエブド社が載せる皮肉交じりの下品極まる風刺を真に受けて犯行に及んだ。差別と偏見が赦せなかったのだ。

 フランス人にとって風刺はエスプリ(精神・知性)を表す表現の一つ。風刺画によって相手を嘲笑するのはフランスの伝統・文化なのかも知れないが、あんなレベルの低い笑いが知性と精神だとしたら嗤うしかない。

 風刺画を掲載し続けたのは覚悟あってのことだろうが、襲撃を受けてから表現の自由を振り翳し「言論への弾圧」だとか騒いでいたが、風刺画というのはそれこそペンの暴力ではないのか。

 過去には愛国団体が中心となり「風の会」が設立され参議院選挙に出馬した。だが、選挙中に週刊誌上で「風」の「ノ」を飛ばされ「虱の党」と揶揄された風刺画が載せられたことは記憶に新しい。

 これに憤った風の会代表の野村秋介は、週刊誌と描いた漫画家に抗議し、その親会社である朝日新聞の猛省を促し、最後は本社で壮絶な自裁を遂げた。右翼民族派にとって野村の死の代償は余りにも大きかった。

 あの風刺画も「表現の自由」には違いないが、漫画家だから何を書いても好いというものでもないし、ああしたものを許可した出版社の常識を疑う。

 地元紙も、原発事故以来「反原発」や「反安倍」の読者に阿る記事が多くなった。そこには公平さや公正さも社会の木鐸という矜持もなく、生業として売上を伸ばしたい為の営利至上主義が優先されている。

「表現の自由」がそれこそ何でもかんでも赦されるなら、マスコミも「放送禁止用語」なんて止めて「キンタマ~!」とでも叫んで、それこそ言論の自由の模範を自ら示せばいいだろう。呵呵大笑。

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2017年11月18日

「皇室会議」に反天皇運動に与する菅直人が選出される異常さ

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 衆議院運営委員会は、皇位継承順位の変更などを審議する「皇室会議」の予備議員の一人に、先の大戦を侵略戦争と断じ、「天皇は逮捕されるべきだった」と言って憚らない菅直人が選出された。

 極左でもあり、反天皇論者である菅直人の皇室会議へ参加は不適格と断じざるを得ず、菅を選任した衆院議会運営委員会の国民意識と乖離した非常識は赦されるものではなく、国民感情も許さない。

 運営委員会には「反天皇」の急先鋒でもある辻元清美も入っており、菅直人が推薦されても不思議ではないが、皇統に関わる問題までも悪しき議院の慣例で決められることに違和感というより怒りを覚える。

 菅直人に留まらず、戦後、昭和天皇の戦争責任論は止むことはなく、「陛下は、所謂戦争責任についてどの様なお考えであるか」などと、記者の立場を利用した「吊し上げ」は日常茶飯事だった。

 欽定明治憲法下に於いては国務は国務大臣、統帥は参謀総長及び軍令部長が陛下を輔弼し、その責に任ずることになっており、陛下には法的に責任はない。

 しかし、道義的に最も責任を痛感された昭和天皇は、終戦の勅諭で「五内為ニ裂ク」と仰せられた通り、自ら身を苛まれたのは陛下御自身なのである。

 戦後、天皇廃止運動は昭和天皇への「戦争責任・退位論」に始まった。左翼マスコミは「開かれた皇室論」の急先鋒となり、週刊誌などで陛下や皇族方を登場させては、不敬なスキャンダラスな記事で尊崇の念を薄れさせることに成功した。

 そして平成に入り「女系天皇論」や「女性宮家論」として、所謂「反天皇制運動」は今も尚、巧妙に継続されている。

 菅は戦争責任を「少なくとも歴史的に言えば負ける戦争をやった将軍は例えば戦国時代でいえば腹を切るんです」と偉そうに語っているが、菅は福島原発事故での「人災」の責任を取ることはなく、頬っ被りしてトンズラした(苦笑)

 昭和22年、GHQはこの皇室典範を改悪し、畏れ多くも陛下を法律の配下に置いたのは歴史が証明するところ。だが、天皇とは憲法や法律制定以前の御存在であり、法治国家を取り違え、皇統を法律で論ずることがあってはならない。

 現在の「皇室会議」は皇族2名と衆参両院正副議長、最高裁長官、宮内庁長官ら非皇族8名の10人で構成されている。

 明治皇室典範に於ける「皇族会議」は、成年男子皇族20名によって組織された機関であり、非皇族は内大臣、枢密院議長、宮内大臣、司法大臣、大審院長の5名となっていた。

 現在は男子皇族が皇太子殿下と秋篠宮殿下、悠仁親王殿下の3名。成年皇族が少ないのは戦後、GHQに強制的に11宮家が臣籍降下させられたことが原因であり、皇統を盤石の安きに置くなら旧皇族の復帰を成すべきなのだ。

 旧11宮家の方々は北朝第3代崇光天皇の皇子、栄仁親王から始まる伏見宮の系統に属し今上天皇との関係は、室町時代の伏見宮貞成親王を共通の祖先とされている。旧宮家が復帰すれば男子成年皇族は15名になる。

 旧ソ連のコミュンテルンテーゼを信奉し、反天皇と国體破壊を目指す勢力は旧皇族の復帰は認めず「女性宮家」論で世論を誑かしているが、旧・皇族の皇籍復帰こそは真の主権国家としての精神の再生でもある。

 現皇室典範下での「皇室会議」に正統性はない。GHQが改悪を謀った現皇室典範を奉還し、現在の皇室会議を廃止すると共に、旧皇族の男系男子を中心とした「皇族会議」に戻すことは国民の義務でもある。

「皇室典範」とは、明治22年の紀元節にて大日本帝国憲法発布の勅語と同時に発布された皇室典範制定の勅語に由来する「皇家の憲法」である。

【天佑ヲ享有シタルし我ガ日本帝国ノ寶祚ハ万世一系歴代継承シ以テ朕ガ躬ニ至ル 惟フニ祖宗肇國ノ初大憲一タヒ定マリ昭ナルコト日星ノ如シ 今ノ時ニ當リ宜ク遺訓ヲ明徴シ皇家ノ成典ヲ制立シ以テ丕基ヲ永遠ニ鞏固ニスヘシ 此処ニ枢密顧問ノ諮詢ヲ経 皇室典範ヲ裁定シ朕ガ後嗣及ビ子孫ヲシテ遵守スル所アラシム】

 即ち、皇室典範とは、神武肇国以来明らかに定まっている皇家の遺訓を成典にしたものであり、「法律」ではなく、「天皇家の家訓」であるというのが正しく、それを臣民である政治家やインチキ有識者如きが論ずることが不敬の極み。

「天皇」は天皇であって制度ではない。また「天皇制」とは共産党の造語である。「譲位」ではなく「退位」も同じく共産主義の言葉であり、そういう共産主義の反天皇運動に与する菅直人が皇室会議に入るとは何事か。

 安倍亡国内閣は、退位法案が可決され皇室典範にその旨を付帯した。種子法廃止法案の成立然り、保守を標榜する安倍が就任して以降、神武肇国から続く万世一系の皇統や国柄が破壊されつつあることは決して杞憂ではあるまい。

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2017年11月17日

社会的欠陥を是正することに勇敢であらねばならない

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 GHQに因る占領統治が終わり、我が国が主権回復した約3年後の昭和30年11月15日、日本民主党と自由党が合併し「自由民主党」が誕生した。

 党是は「自主憲法制定」何故に自主憲法制定を目指したのかといえば、占領下にまで遡る。現憲法の公布は昭和21(1946)年11月3日。

 我が国が占領下だった昭和25(1950)年6月25日、北朝鮮が突如として南朝鮮(韓国)に侵攻する。

 これを機に同じ民族同士が相討つ戦争となり、1953年7月27日の休戦に至るまで数百万人が犠牲となる大惨事となった。

 朝鮮戦争が勃発するとマッカーサーは吉田茂首相に、国内警察力と海上警備力の強化を促す書簡を送る。所謂「マッカーサー書簡(文書)」というものである。

 これはマッカーサーが実質、日本国憲法の破棄を促したものだが、吉田は日本国憲法の改正は行わないことを明言した。

 当時の吉田の判断により、我が国が米国に利用され、朝鮮戦争やベトナム戦争に駆り出されなかったのは事実だろう。

 だが、朝鮮戦争を機に憲法を破棄し旧帝国憲法に戻していれば、安保関連法案など未だに続く不毛空論の議論が繰り返されることはなかっただろう。

 我が国の主権回復は昭和27年4月28日。だが朝鮮戦争はその翌年まで続いていたことで、憲法改正の機を失った。

 昭和30年になって、国内では日本国憲法の見直しなどの機運が高まり、鳩山一郎の「日本民主党」と吉田茂の「自由党」が合併し「自由民主党」が誕生する。

 現自民党が掲げる新綱領では「自主憲法の制定」ではなく「新憲法の制定」を謳い、そして「高い志をもった日本人を育む」として次の様に明記されている。

【私たちは、国民一人ひとりが、人間としての普遍的規範を身につけ、社会の基本となる家族の絆を大切に、国を愛し地域を愛し、共に支え合うという強い自覚が共有できるよう努めます。そのために教育基本法を改正するとともに、教育に対して惜しみなく資源を配分し、日本人に生まれたことに誇りがもてる、国際感覚豊かな志高い日本人を育む教育をめざします】

 安倍首相がやるべきことは、教育の無償化などという代物ではなく、「日本人に生まれたことに誇りが持てる、国際感覚豊かな志高い日本人を育む教育を目指す」ことであり、「世界一安心・安全な社会を創る」という党綱領の実行である。

 また自民党の「立党宣言」にはこう綴られてある。

【社会的欠陥を是正することに勇敢であらねばならない。われらは暴力と破壊、革命と独裁を政治手段とするすべての勢力又は思想をあくまで排撃し祖国再建の大業に邁進せんとするものである】

 自民党よ、そして自民党員よ、保守政党や保守派を自任するならば今こそ立党精神に立ち返り、過去の容共的愚策の実行という過ちを糺すと共に、共産主義を行政権と連結せしめようとするあらゆる企画、あらゆる行動とすべからく対峙すべし。

 ってか、無理だわな(苦笑)

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2017年11月16日

横綱・日馬富士、平幕力士をビール瓶で殴打!?

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 横綱・日馬富士が先月下旬、巡業先の鳥取県内で開かれたモンゴル人力士らの酒席で、後輩力士の貴ノ岩にビール瓶で殴るなどの傷害事件を起こしてたことが発覚した。大相撲ファンの一人として非常に残念なことだと思う。

 日馬富士の傷害事件が十月下旬なのに相撲協会のこの対応の遅れは何なのだろう。過去の力士へのしごきに因る暴行致死事件や、朝青龍の暴行事件などの教訓が活かされていないのは危機管理の無さの現れでもある。

 それにしても、酒が入ってる時にビール瓶で殴られたら普段より血が流れる。愚生の場合、所属していた団体の事務所で支部長にオールドパーの角で頭を殴られた先輩の出血が尋常ではなかったことを思い出した(笑)

 テレビや新聞では、日馬富士の酒癖の悪さばかりが報じられているが、事件の発端は長幼の序や礼節に欠けていた貴ノ岩や、そうした相撲界の昔からの仕来りを指導する親方や協会にも責任は在ると感じる。

 最近の相撲協会は営利優先からチケットの販売や相撲人気を高めようと、日本の国技というよりも単なるスポーツイベントの様相を呈していて、稽古も然ることながら角界の常識を教える場が足らないのではなかろうか。

 下積みが長ければそうした事は自然と覚えるだろうが、入門して直ぐに頭角を現す力士というのは親方や周りもチヤホヤして甘やかしがちになる。

 力士も勝てさえすれば好いという感じで、横綱が張り差しや、変化なども平気でやる様な不様な取り組みも目に付く。上に立つ者がこういう相撲を取っていれば、下位の者も先輩や上位力士への尊敬も薄れるのは確かだろう。

 日馬富士が怒るのは組織に居た人間なら分かるし、愚生も態度の悪い後輩に苦言を呈し、言っても分からないヤツには実力行使して本能に教えた。

 上の者が話してる途中でスマホを弄れば怒られるのは当然だし、貴ノ岩が日馬富士ら横綱に向かって「もうあなたちの時代は終わった」と言ったということも報じられてるし、諫めようとした日馬富士の気持ちも理解出来る。

 だが、意見するにしても、尊敬されていなければ聞く耳は持たないということを日馬富士には理解出来ず、身体が先に反応してしまったのだろう。

 今どきの若者といえばそれまでだが、要は、貴ノ岩の礼節の無さ、長幼の序の欠落というより、日馬富士の人徳の無さに尽きる。

 人に意見してその人の欠点を直す』ということは大切なことであり、慈悲の心とも言える。ただ、それが受け入れられなければ悪戯に人に恥をかかせ、悪口を言うだけの事と同じ結果になってしまうのだ。

「意見というものは先ず、その人がそれを受け入れられるかどうかを見極め、相手と親しくなり、何時も信用する様な状態で仕向ける処から始めなければならない。言い方なども工夫し、時節を考え、自分の失敗談等を話しながら、余計な事を言わなくても思い当たる様に仕向けるのが良い。先ずは良い処を褒めて気分を引き立てる様に心を砕き、そうした上で欠点を直すというのが意見というものである」とは「葉隠」の教えである。

 大相撲は歌舞伎と同様、閉じられた社会で磨き上げられ、鍛えられた伝統文化である。明治維新で「断髪令」が発せられても丁髷の伝統を貫き、戦後もずっと表彰式で国歌「君が代」を斉唱し国技を自称して来た。

 この「保守の牙城」でもある大相撲を潰したい勢力は存在してる訳で、日馬富士も相撲という仕事への敬意があれば酒に呑まれることは無かっただろう。

 横綱としての自覚に欠けていたことは事実で、正に不徳の致すところ。横綱という前に一人の男の誇りと名誉の為に即刻引退した方が好い。

 マスコミや国民は横綱に、力士の最高の地位としての品格や礼節を求めるが、ならば政治とは最高の倫理であり、最高の道徳であるならば、即刻引退しなきゃならない政治家はわんさといるな。呵呵大笑。

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2017年11月15日

安倍亡国政府、現憲法を理由に譲位儀式の簡素化を検討!

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 安倍亡国政府は、畏れ多くも天皇譲位を謀った上に、現憲法に抵触する恐れがあると譲位の儀式を簡素な形式で執り行う方向で検討に入った。

 簡素化する理由を、譲位の際に陛下の命令でもある「宣命(せんみょう)」が、天皇の政治的な関与を禁じた憲法第4条違反に問われかねないからだと説明しているが、畏れ多くも天皇は憲法以前の御存在である。

「天皇の政治的関与」とはどういうことか。陛下の国会の開会式への御臨席、国会の解散と国会の召集、大臣への認証、その他、の御公務や各種式典、民間行事等への御臨席も全てが政治的関与の一貫ではないか。

 譲位儀式の簡素化は、恰も陛下の御意向であるかの様に謀っているが、陛下が重要視されている「祭祀」の簡素化や取止めなどを講じて来た宮内庁幹部の反天皇運動の一環であり、正に国賊の所業である。

 現憲法や現皇室典範に瑕疵があることが明白な中で、皇位継承や国事行為を語ることに違和感を覚える国民は少なくない。

 GHQは国體破壊の目論みで現憲法を与え、皇室典範の改悪を謀った。そうした中で宮内庁は「譲位は一代限り」「一部分の改正に留める」などとの詭弁を弄しているが、その実は現皇室典範を現憲法同様に正当化するものである。

「譲位」ではなく「退位」という言葉を使用してることをしても、政府中枢や宮内庁に入り込んだ共産主義者による反天皇運動は根深い。

 歴代天皇が古来より司って来た祭事は、現憲法によって天皇家の「私事」になってしまい、現皇室典範には「大嘗祭」の規定は存在しない。つまり、皇太子殿下が即位する際に行われる即位の儀式である大嘗祭も憲法違反に問われかねない。

 現憲法は歴史的な国家としての継続された「祭祀」に関する天皇の役割を否定し、天皇の「国事行為」のみで「公的行為」は明文化されていない。

 大嘗祭も皇室の公的行事であり、政府がこれを主催することは現憲法を無視した違法行為として、反天皇運動を謀る共産主義者らが騒ぎ立てるだろう。

 どちらにせよ、反天皇運動を謀る連中が納得する訳はなく、こういう雑音を排し、伝統に則った儀式を採り行い、陛下の大御心に報いよ。

 現憲法を有り難がり、GHQが謀った占領政策の一つである「神道指令」に怯え、「皇室典範に退位の儀式に関する規定はない」として、大化の改新から伝承された「宣命」の儀式を採り止めるとは何事か。

 皇統断絶勢力に与する宮内庁幹部らは、陛下の国事行為の御負担の軽減というまやかしの大義名分を振り翳し、重要な祭事である「暁の儀」の取り止めや代拝や拝礼のみという簡素化を謀って来た。

 如何にも陛下の高齢や体調を慮った様な世論誘導による「退位」こそ反天皇運動の極みであり、神武肇国から続く万世一系の皇統が平成の世の共産主義者らの策謀に因って断絶の危機の序章になる可能性は少なくない。

 明治憲法並びに明治皇室典範こそが我が国の正統な国法である。安易な憲法改正は明治憲法への復元・改正を限りなく不可能にするものであり、現皇室典範下で行われる儀式は我が国の正統性を限りなく損なうものだ。

 皇室の家訓である皇室典範は直ちに陛下へ奉還せよ。

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2017年11月14日

ステーキなんぞより茶屋で芸者遊びに興じた方がトランプもさぞかし喜んだだろう(笑)

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 安倍首相はトランプ大統領とゴルフを愉しみ、昼にハンバーガーを、夜は銀座の高級鉄板焼きを振る舞ったというが、そんなステーキなんぞより高級料亭や茶屋で芸者遊びに興じた方がトランプもさぞかし喜んだだろう(笑)

 今どきの政治家が接待で料亭を使うものなら「料亭政治」などと批判されるのがオチだろうが、政治家が小者になったのは、ゴルフやキャバクラ、SMバーだとか小者の遊びしか知らなくなった所為でもある(笑)

 同じタマころがしでも夜のタマころがしの方が好い。いつの時代でも重要な決め事というのは、夜の会合や座敷で決められることの方が断然多い。

 芸者遊びというが、単に酒を呑んで芸者と遊ぶというものではなく、極上の酒と料理、持て成す方も一流なら客も粋さが無ければダメだ。

 この花柳界(かりゅうかい)を「はなやぎかい」と読んだりする時代だもの、花柳界の用語なんて知らなければ、興味もないか。でも日本の伝統でもあり、文化でもあり知ってて損はないだろう。

 例えば「花街(かがい)」とは芸者町のこと。 置屋と料亭の営業を許可された地域で、「はなまち」ではなく「かがい」と読むのが正しい。

「(お)出先き」は芸者の入る待合、料理屋のことをいう。京都で「(お)茶屋」と呼ばれる場所がそうだ。

 格式のある茶屋とか銀座の高級クラブというのは「一見(いちげん)」さんお断り。つまり、初めての客は入れない。馴染みの芸者や担当のホステスを持つというのは一流を目指すなら必要不可欠なことでもある。

 芸者には「自前」といって「看板」(営業権)を持って独立している妓と、「抱っ子」と呼ばれる使用人の妓がいる。

 東京では「芸者」、関西では「芸子(げいこ)」。因みに「芸妓(げいぎ)」は、明治以降の法令文書等に使われていた書き言葉。

「半玉(はんぎょく)」とは芸子(芸妓)の見習いで修行段階の者を指し、東京や関東地域での年少芸妓の呼称。京都では「舞妓(まいこ)」と呼ぶ。

「お座つき(おざつき)」「お座敷をつける」とは宴席に入っている芸者衆が、お座敷の途中で披露する季節の踊りや小唄振りなどの踊りのこと。 演目の予約を受けて特別に見せる出し物は「余興」と言われる。

 芸者が寝泊まりしている家を「芸者屋」といい、芸者が寝泊まりしないで、そこに籍を置いて通って来る店を「置屋(おきや)」とされている。

 京都などの確りした土地には「見番(けんばん)」という組合事務所が在り、芸者も出先きも、その進退や「玉代」の精算などはこの見番を通す仕組みになっていて、芸者が出先きでトラブルがあると「籍止め」される。

「玉代(ぎょくだい)」とは芸者を呼ぶのにかかる料金で「花代(はなだい)」ともいう。 江戸時代に「線香何本分」と、線香の燃える時間を目安にした名残から、年配の芸者は今でも「線香代」と言うこともある様だ。

「出」の着物というのは芸者の正装で裾を引いてるものがそうだ。その裾を広げて上に載せての性行為が「孔雀の舞い」といい、帯を締めたまま行為に及ぶのが「コブ巻き」など色々な隠語がある。

 座敷で直ぐに「転ぶ(寝る)」芸者は「不見転(みずてん)芸者」といって、いい玉ではない。銀座でも「特攻隊」などと呼ばれているホステスがいるが、まぁ愚生的には嫌いじゃない(笑)

「お茶っ挽(ぴ)き」とはよく飲み屋で聞くが、暇な芸者がお茶の葉を臼で挽かされたことが語源で、暇な事を意味する。

「幇間(ほうかん)」とは宴席で主や客の機嫌を取り、自ら芸を見せ、更に芸者(半玉、舞妓)を助けて場を盛り上げる専門職。所謂、太鼓持ちのこと。

 最近は政治家の世界でも相手の顔色を窺って機嫌を取るのに必死なのがいるが、安倍のトランプへの諂いぶりは正に幇間そのものだった。呵呵大笑。

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2017年11月13日

終身保険に入ってて「一日一生」ってのもどうなのよ(笑)

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「覆水盆に返らず」という言葉がある。原義は「一度別れた夫婦は元には戻らない」という意味。なってしまったことは悔やんでも仕方ない。くよくよしてみたところでどうにもならないということだ。

 イエス・キリストは「一日のことは一日にて足れり」と言う。つまりは「一日主義」、カッコいい言葉でいうと「一日一生」。右翼人には「一日一生」とカッコつけながら終身保険に入ってるなんてのも多いですが(笑)

 今日のことは今日、全力を挙げてやり通す。昨日のことは過ぎたことと諦めて今日一日に全力を尽くす。明日からのことを思い煩ってる場合でもない。

「杞人の憂い」という言葉がある。意味は「昔、杞の国の人が年中心配ばかりしていた。天が落ちて来たらどうしよう。地が裂けたらどうしようという具合に、大袈裟な心配ばかりして暮らしていた」ということから「杞憂(きゆう)」という。

 現実に有り得ないことを大袈裟に心配していることを「杞憂」という。要は「取り越し苦労」ということだ。

 失敗や体験したことを思索したり考えを廻らすことは好いが「馬鹿の考え休みに似たり」とか「案ずるより産むが易し」ともいう様に、考えたところで好い案が浮かばないなら時間の無駄でしかない。

 悩みなんぞ自分が考えてるよりも重いものでもなく、意外とどうにかなるものだ。悩みも「不幸は幸福の源泉」と思えば道は必ず拓ける。

 難問題が山積みで、幾ら考えても打開策が見出せないのならば、パ~っと酒でも呑んで寝てしまうのが好い。陽気に飲んで騒いで寝てしまえば、翌朝には案外と好い案が浮かんで来るというのはよくあることだ。

「何かやらなければ」「何か考えなければ」と焦っていると、余計に解決策が浮かばないものだ。便所や風呂で一息ついてる時やふとした時に、「何か閃いた」なんてことはよくあることだ。

 悩みや壁にぶち当たったと思ったら慌てないこと。失敗してもくよくよしないことが大事。こうしたことは試練というより、人生の好い勉強だと思えばいい。悪いことなどそうは続かないものなのだから。

「これを転機に、俺の人生もいい方向へ向かうのだ」と言い聞かせて努力前進することこそが大事なことでもある。

「男はつらいよ」の歌に「男というもの辛いもの、顔で笑って、顔で笑って腹で泣く、腹で泣く」という一節があるが、アレは好い。

 辛い時、泣きたい時には笑うに限る。その笑いは、クスッとニヤケたものではなく、高笑い。この高笑いに男の甲斐性を垣間見る。

 因みに「ニヤケ」とは「若男」と書く。本来の意味は、男が艶めかしい様子をすること。男色の相手をいう。または肛門を指す。そう、ニヤケるというのはゲイやホモがその笑顔を見て勘違いしてるかもよ。呵呵大笑。

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2017年11月12日

情けは人の為ならず 巡り巡って己が為

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「情けは人の為ならず」という格言を「情けをかけることは、結局その人の為にならない」という意味だと思っている者が多い。だが「情けは人の為ならず」には「巡り巡って己が為」と続く。ここまで教えれば間違えることはない。

「借りたカネは忘れるな!貸したカネは忘れろ!」とは田中角栄。角さんはカネを借りに来た人にはその貸すカネにプラスして渡したという。

「くれたと思ったらそれは死に金。余分に渡すことでそのカネが生きたカネとなる」という信念を持っていた。田中角栄の政治家としての正否はどうあれ、あれだけの気遣いを出来る男というのはそうはいない。

 料亭政治の先駆けともいうべき政治家だが、飲む際には女将や料理人は勿論のこと、仲居や下足番にまで「心づけ」を渡した。その際には必ず「ありがとう」の言葉を添えたという。

 その昔、池波正太郎の「男の作法」を読んで、鮨屋や食事の作法、書かれてる一挙手一投足を真似したいと思ったもので、都内の老舗を始め池波正太郎が通ったという店にも随分と通ったものだ。銀座数寄屋通りのクラブにも行ったなぁ(笑)

「男の作法」は、今の時代には合わない個所もあるが、三十代までには読んでおくべき名著だと思う。

 池波正太郎の書生だった佐藤隆介も池波直伝の「男の心得」を著しているが、アレも中々面白い。何事も尊敬する人や好きな人の仕草、立ち居振る舞いを真似てみるというのも大事なことだと思う。

 心づけでいうと、鬼平犯科帳の長谷川平蔵の何気ない渡し方が完璧で、アレは池波正太郎の普段の姿をダブらせたものだろう。

 鬼平犯科帳の処世術は実に参考になる。例えば、礼金にしても「相手が恐縮する程の金を渡さなければ意味はない」というのには刮目した。

 愚生の周りには、世話になりながらボランティアだと思っている人や、僅かな礼金で事を済ませ様とする輩が多いが、過分な礼金を払うことで相手への感謝と敬う気持ちが伝わるのだと思うが如何だろう(笑)

 愚生も長谷川平蔵や角さんほどの真似は出来ないが、慢性的不如意でも財布にはポチ袋を3個ほどは持ち歩く様にはしている。

 何処の店でも渡す訳ではないが、雰囲気が好い店や、接客などが丁寧な店では勘定した後にコソっと渡す様にはしている。

 心づけを渡したくもない店もあるし、渡しても何も感じ入ることのない感謝に乏しい店も在るのも確かで、そんな店には足が遠退き、店も寂れる。

 高が「心づけ」だが、意外に渡すのは難しいもので、これを偉そうにではなく、何気に渡すことが出来ればもう男としても飲兵衛としても一丁前だ。

「お釣りは要らないよ!」とか、これ見よがしにチップを渡している社長さんなどを見かけるが、アレは野暮、不粋というもの。

 釣り銭は有難く貰った後で、別に準備しておいたポチ袋に入れた心づけを手渡す、これが好い。喩え千円、二千円の僅かな心づけでも悪い気はしない。

 心づけは相手に対しての感謝の記しと気遣いでもあるが、後々自分に戻ってくるものなのだ。一見で行った店でも、裏を返した(次に行った)際には此方を覚えていてくれるし、つまみの一品二品、気を遣ってくれたりもする。

「情けは人の為ならず」ではないが、その心づけという気遣いや気配り、感謝の気持ちが「巡り巡って己が為」となって返ってくる。

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2017年11月11日

昭和19年11月8日、神風特別攻撃隊に続いて回天特攻が実戦に投入された

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 昭和19年11月8日、神風特別攻撃隊に続いて回天特攻が実戦に投入された。祖国を守る為に死を決意して志願した特攻精神は正に祖国愛の極致である。

「菊水隊」の12基が、山口県の大津島基地から敵主力基地が在る西カロリン諸島のウルシー泊地とパラオに停泊中の敵艦隊を目指して出撃した。

 回天は搭乗員1名が魚雷を操縦して必中を期す、所謂「人間魚雷」で、出撃すれば生きて還ることはない。特攻艇の搭乗員は、航空隊員であった学徒兵や予科練習生などが中心だった。

 特攻艇には、小型の合板製高速モーターボートの船内艇首部に炸薬を搭載し、目標艦艇に体当たり攻撃を敢行する特攻艇「震洋」というものもあった。

 特攻作戦では神風特別攻撃隊を始めとして、様々な作戦に因り3972名もの若者が尊い命を捧げた。現在の我が国の平和や繁栄は、あの時代に生きた純真無垢な若者の尊い犠牲の上にあることを我々は決して忘れてはならない。

 昭和20年4月1日、米軍はついに沖縄に上陸。それを迎え撃つ牛島満中将指揮下の師団と旅団、及び大田実海軍少将指揮下の海軍部隊、棚町整海軍大佐が指揮する約7千人の航空関係員、更には、「鉄血勤皇隊」や「ひめゆり学徒隊」に代表される少年少女など、軍官民は決死の防衛戦を展開した。

 本土からは、戦艦大和を始めとする第二艦隊の出撃「菊水一号作戦」や、桜花隊や敷島隊等の航空特攻「菊水二号作戦」を発動、更には「回天」等の特攻作戦を展開するも決死の戦闘空しく、同年6月23日組織的沖縄戦は終結した。

 沖縄戦では特殊潜航艇、回天魚雷、空挺特攻、対戦車特攻、震洋特攻艇、陸軍海上特攻などの特攻部隊が重要な役割を果たし、鹿屋基地(海軍航空)からの特攻で1981名、知覧基地(陸軍航空)からの特攻で実に1036名が散華された。この数は特攻戦死者3972名の実に76%に当たる。

 沖縄では未だに「日本は沖縄を見捨てた」だとか「日本は沖縄を捨石にした」「日本軍は沖縄の敵」などというプロパガンダが蔓延っているが、いい加減県民も被害者意識を捨て歴史の事実に目を向けたらどうだろう。

 回天を四基搭載した「伊三七潜」が爆雷により悲惨な最期を遂げ、日本軍約1万1千人が玉砕したパラオに二年前、天皇皇后両陛下が行幸啓遊ばされ御霊を鎮められた。特攻作戦を始め、南洋のパラオで草生す屍となった英霊と遺族にとっての感激と光栄これに優るものはなかった。

 数年前、戦跡慰霊を兼ね九州を放浪した。長崎県佐世保の上田崇仁先輩の車で諫早へ向かう途中、南方からの引き揚げ者が降り立ったという川棚町南風港に立ち寄り、この地から出撃した回天特攻の慰霊碑に首を垂れた。

 その後は、鹿児島県の万世、知覧の二つの特攻平和記念館を訪れて英霊に感謝の誠を捧げ、宮崎では、畏友に回天特攻の訓練地だった南郷湾内に建つ慰霊碑に案内された。慰霊碑から望む湾の光景を忘れることはない。

 この涙悲しく 留まりて零るることなし。合掌。

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