2010年03月11日

昭和20年3月10日、東京大空襲

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 先の大戦で米国が犯した「国際法違反」は枚挙に暇がない。

 3月10日は東京大空襲が行われた日であり、この大空襲やドイツのドレスデン爆撃は「国際法違反」の代表的例であろう。日本の家屋が木造であることに着目し、敢えて火炎の強い「焼夷弾」を使用したのだ。 この残虐行為によって、多くの一般市民が犠牲となったが、広島、長崎への原爆投下同様、一般市民への攻撃は断じて許されるものではない。東京裁判で連合軍は、東京への爆撃は「重慶、南京の日本軍のよる爆撃への報復」と宣ったが、未だにこうした米国のプロバカンダを信じ、東京裁判史観から脱却も出来ず「戦争さえしなければ」といった自虐史観には困ったものだ。

 マッカーサーの右腕の一人、ボナ・エラーズは日本への空襲を「史上最も冷酷野蛮な殺戮」と記している。がしかし、有ろう事か日本政府は昭和39年12月、東京大空襲の指揮官カールス・ルメイに対し、国防への貢献が大であるとして「勲一等旭日大綬章」を与えているのだ。  叙勲の際、東京大空襲の非を問われたルメイは「民間人を殺したのではない、軍需工場を消滅させただけ」と詭弁を弄した。当時の総理は佐藤栄作だが、日本の米国への隷属ぶりを示す出来事で、「非核三原則」によって国民を煙に巻くのは朝飯前だろう。

 政府は今、日米密約説を暴くのに必死だが、「日米安保条約」の見直しは必要だが、その為には国家の防衛を否定しているクソ憲法を破棄し、明治憲法を復元・改正し国軍を創設し、国防を充実させ、更にアジアの平和安定に寄与するべきであるが、民主党政権下では「憲法」や「日米安保」を見直ししても、所詮は支那の属国に成り下がるのがオチだ。

 「米国が日本を守ってやっている」「米国が日本の防衛を肩代わりしている」との理由には一理有るが、米国は世界戦略上、日本の国土が必要なだけなのだ。「密約説」を云々騒ぐより、日米安保を見直し、法整備を急ぎ、「国防」という国家の大本を、日本国民自ら考える時期に来ているのである。何時までも、米国に従属させられている場合ではない。

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cordial8317 at 06:26|Permalink

2010年03月10日

日米密約説を暴いたところで

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 我が国は自らの国家の防衛という国家百年の大計を放棄し、米国に依存している歪な体制を取っている訳で、それが嫌なら憲法を見直し、日米安保を破棄しGNP1%以内という防衛費を増大し、自らの国は自ら守るという普通の国になれば良い事である。

 日本政府は「非核三原則」を掲げてはいたが、余程のバカではない限り、日本の安全は米国の核の傘が守ってくれているものだということは暗黙の了解で、これを「持ち込ませない」「寄航もダメ」、しかし日本を守って下さいなどというのは、余りにも都合が好過ぎるというものだ。

 昭和35年の日米安全保障条約改定に際して、当時の藤山外務大臣は核兵器を搭載した艦船や航空機の寄港、通過は事前協議の対象にしないことを申し合わせており、その「討議録」は既に米国で公開され明らかになっている。

 既に明らかになっている極めて当然のことを「密約説」として「非核三原則」に反するとして大騒ぎし、これを公表し、大騒ぎしているのだから呆れ果てる。

 我が国の近隣諸国は、支那や韓国、北朝鮮と危険な国ばかりで、これらの脅威に対抗する安全保障措置として、米国の核の傘以外の何か存在するというのだろうか。この非常識な発言や行動を、支那を始めとした腹黒い国は、ほくそ笑んでいるに違いない。

 冷戦時代、日本の平和が続いたのは米国の「核」の力に拠るものと、単なる偶然だったのだが、平和に貢献した米国の核の持込まで暴いて糾弾しようとは正気の沙汰とは思えない。

 この密約説に狂奔する連中の一連の行動は、日本の国益に適う物だとは到底思えないし、正に危機感が自覚皆無な「平和ボケ」の象徴である。

「平和ボケ」という言葉は高度成長からバブル時代にかけて、金儲けや飽食に狂奔してきた世相や、空想的平和論を弄び、米国の核には反対しても、支那やロシアの書くには反対したことも無い左翼運動家を揶揄したものだが、鳩山由紀夫や岡田克也も同じく「平和ボケ」そのものだ。

 自らの国の「平和」を自ら創り出すという、当たり前の国になる日は来るのだろうか。

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cordial8317 at 07:32|Permalink

2010年03月09日

福島民報新聞「みんなのひろば」

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 先日、友人の父親の葬儀があり参列したが、余りにも過剰な演出が目に付いたので、「福島民報新聞」に「過剰演出は故人への冒涜」として投稿したら採用された。昨年9月に政治批評を中心に投稿を始めて、今回で7度目の採用だ。タイトルと内容は校正されていたが、原文はこうだ。

 「過剰な演出は故人への冒涜」→「過剰演出やめて・葬祭場の告別式」

 先週、立て続けに葬式があった。一人は同級生で、もう一方は友人の父親である。同級生は、日頃から明るい性格で、まさか自殺で亡くなるとは夢にも思わなかったが、死のうとするまでの悩みや苦痛に同級生として少しでも力になれなかったのが、返す返すも残念でならない。告別式は同級生の営む葬祭場で行われ他の同級生と共に参列した。残された娘さんが「お母さんへの手紙は、てっきり私は結婚式で読むものと思っていた」との別れの手紙を読み上げると、参列者の涙を誘っていた。派手な演出もなく、しめやかに行われた。その数日後に、友人の父親が郡山で倒れ、処置の甲斐なく幽冥境を異にした。告別式は二本松の葬祭場で行われたが、開式前から葬祭場の社長らしき人の説明が入り、故人の思い出話や来賓の挨拶と見間違うばかりの講釈を延々と聞かされたのには驚いた。
 
 今、どの家庭も手狭になり、便利さもあって葬祭場を利用する家庭が多くなった。葬祭場の関係者は、連日繰り返される葬儀に慣れっこになり過ぎているのではないだろうか。過剰な演出をして、泣かせるために美辞麗句を並べて悦に入ってる様だが、辟易している参列者も少なくない。参列者は下手な演出を見に来たわけではなく、しめやかに故人を見送ろうとしているのであって、こうした過剰演出に参列者や遺族が利用されるのはまっぴらだ。こうした過剰に演出された葬式は、故人を冒涜しているように感じる。

                           合掌

 福島県内在住で民報新聞を購入されている方は、ヒマが有ったらこの原文と今朝の朝刊の記事を見比べて下さい。

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cordial8317 at 12:41|Permalink

2010年03月08日

日教組は日本に巣食う「癌」である。

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 北海道教職員組合から、小林千代美代議士への不正資金提供事件で、民主党と日教組の関係が改めて問題になっているが、これまでも日教組と民主党に絡んだ事件は少なくない。

 日教組の代表的議員と言えば輿石東参議院議員であるが、輿石の地元の山梨でも、先の参議院選挙で「教育公務員特例法」と「政治資金規制法」で関係者が逮捕され、有罪判決を受けている。この一件でも、輿石は関係を否認し、責任を取ってはいないことを見ても、小林が辞任するとも思えない。

 神奈川県と山梨県の小学校教諭や山梨県教組執行委員長を歴任した輿石東は「永遠に日教組の組合員であるという自負を持って、日教組と共に戦って行く」と、日頃から度々宣っている様に、自他共に認める「日教組政治家」である。 教育基本法第14条では、学校の政治的中立性を定めているが、輿石は「教育の政治的中立は有り得ない」と改正教育基本法を再び改正しようと目論んでいる。

 今迄にも輿石は日教組の反日思想を政治の場に持ち込んでいる。例えば日教組は入学式や卒業式などの式典に於ける「国旗掲揚」「国歌斉唱」を否定しているが、民主党も日教組の影響が強い為に、今まで党大会に国旗掲揚と国歌斉唱はしたことは一度もなかった。国民からの抗議で先の党大会で始めて掲げた様だが、未だ国旗掲揚は徹底されてはいないことでも、輿石ら売国奴が幅を利かせている証左である。

 民主党政権下で、国家行事に日の丸と君が代が消える異常な事態が、其処彼処で行われるだろうことは必至だ。更に恐ろしいのは、所謂従軍慰安婦と称する売春婦に「戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する法案」を早期に成立させ、国家賠償をしようと企んでいることだ。それによって、日本の戦争犯罪を正当化させ、子供達へ自虐史観に基づく教育を徹底する魂胆で、何処までも姑息な連中である。

 また「内外に多くの犠牲を齎した先の大戦を国策として立案・指導した人の責任は非常に大きい」として、所謂A級戦犯が合祀されている靖国神社に代わる「国立追悼施設の設置」を訴え、それが実現を帯びて来たことは看過出来るものではない。

 民主党政権誕生で国のカタチが大きく変り、国家の大本である教育が大きく転換されつつある。日教組の「反日」「自虐」史観に基づく学校教育が大っぴらに行われ、益々教育が荒廃していくであろうことは火を見るより明らかで、これを唯々傍観している訳には行かないのである。日教組は日本国内に巣食う「癌」であり、これを抉り出し粛正しない限り、教育の正常化など在り得ない。

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cordial8317 at 08:22|Permalink

2010年03月07日

「開かれた皇室論」という名の所謂「天皇制廃止運動」

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 日本国憲法第一条には「天皇は日本国の象徴であり日本国民の統合の象徴であって、この地位は主権の存する日本国民の総意に基づく」と在る。

 蛆虫、共産党の様に「我々は天皇制に反対しているのだから、国民の総意ではなく、天皇は違憲である」というのは論外として、日頃「平和憲法を守れ」だとか「改憲反対」を主張する売国マスゴミの朝日、毎日、NHKは、皇室用語に敬語は使わない。

 この事実だけ見ても連中が、現憲法を守っているとは思えず「平和憲法を守れ」などと言う資格は無く、如何に護憲派が「誤憲」で有るかが理解出来よう。

 売国マスゴミの「敬称・敬語不使用」や「開かれた皇室論」の姿勢は、今や国内に蔓延し、天皇陛下や皇室に対する敬愛の念を薄れさせている。今回の、敬宮殿下の一連の報道を見ても、無礼極まる報道は目に余る。

 1932年、ソ連共産党から日本共産党へ「コミュンテルンテーゼ(命令書)」という指令が出され、その中では天皇を制度として捉え、「天皇制廃止運動」として、昭和の「戦争責任・退位論」に始まり「開かれた皇室論」と「敬称・敬語不使用運動」、そして平成に入り「女性天皇論」として、その「反天皇制運動」は継続されている。

 「愛子さま」「美智子さま」「雅子さま」「紀子さま」という呼称は、国民が殆ど知らぬまに、共産党の命令書を忠実に遂行していると言っても良いだろう。

 本来の日本人ならば、敬宮殿下、皇后陛下、皇太子妃殿下、秋篠宮妃殿下と呼ぶべきで、こうした「開かれた皇室論」から、日本の伝統文化や美徳が喪失して行くということを自覚すべきだろう。

 我が国は天皇陛下を族長と仰ぐ家族国家であり、この国体は万邦無比である。戦前の様に「畏れ多くも畏くも」とは言わないまでも、節度ある敬意を表するべきである。

 今回の報道を契機に、国内に蔓延する日本語の乱れを直すことこそ急務であろう。日本人が日本語を正しく使わずして、国際化社会などとは痴ましい。

 明治の先覚者は、外来語を全て新漢字に翻訳し、日本語のまま西洋文化を学ぶことが出来たことは偉大なことだ。現代人の様に外来語をそのまま羅列し、軽薄な舶来趣味と比べれば、明治人の気骨と気概、高い見識を伺い知ることが出来る。

 日本語に自信を持ち、何処までも日本語で主張し、日本文化を貫いたからこそ発展が得られたのだ。英語という田舎言葉が世界語になったのは、武力で世界を支配し、富を独占したからに他ならない。

 世界で今、1000万人以上の人が日本語を学び始めている。日本語文化を世界に普及し、日本の和の心を伝え、世界平和の実現を図ることは大事で、その為にも先ずは、日本人自身が乱れた日本語を正すことこそ大事である。

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2010年03月06日

カネのばら撒きより、教育の内容が大事である

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 「子ども手当て」に加え、今度は高校の授業料まで無償化するというが、大事なものはカネのバラ撒きより、将来の日本を担う子供達に如何なる教育を施すかということである。「子ども手当て」や「授業料無償化」より、教育の内容が大切で、先人の営為に学び、日本という国に生まれたことの自覚や誇り、悦びを教えることが大切であり、政治家がこうした教育論を疎かにして、党利党略、党勢拡大の目論見だけで、金の分配だけに狂奔していることは本末転倒である。

 北教組事件が明るみに出たが、今までも民主党と日教組との異常な関係は指摘されていた。民主党のマニュフェストには「子ども手当て」のことを明記しても、どの様な教育を施して行くかということは一切書かれていない。「愛国心」も「道徳心」も「学力向上」も明記せず、国民から負託されたという驕りから、教育が日教組主導に逆戻りになり、偏向教育が施されるのを手を拱いて傍観している訳には行かない。

 唯でさえ、現在の学校教育は「学級崩壊」という言葉が飛び交う程破滅的な状況で、この教育荒廃を生んだ元凶は日教組主導の教育が蔓延ることがあってはならないなである。日教組、全教祖の解体なくして教育の正常化など有り得ない。嘗て日本は、教育立国として明期の試練と昭和の国難を乗り越えた。極貧の中から多くの偉人が輩出したのは立派な教育の故である。

 しかし、現在はどうだろう。国民の勤勉性、家族愛、愛国心、信義誠実の原則は失われ、心の中の高貴なものを失い、高邁さを忘れてしまった。有識者という名のインチキ臭い連中やマスコミが取り上げる胡散臭い問題に一喜一憂し、問題が出れば、その萌芽は日本に有ると貶し貶め、それをマスコミ御用達の言論人が煽り大騒ぎする。政治家は平身低頭し謝罪を続け、頭に有るのは保身と次の選挙だけ。頽廃したマスコミは国益を擁護する気配など皆無で、国民の愛国心を蝕みマスゴミと揶揄される始末だ。迷えるものはつまらぬ宗教に走り、私利私欲の欲望に塗れている。

 「子ども手当て」「授業料無償化」「高速道無料化」「年金」「医療費」「社会保障」・・・ 国民は民主党のばら撒き政策に便乗し、「カネをくれ」の大合唱は見苦しい。一体幾ら貰えれば満足するのだろう。生活が楽になったところで、国が崩壊したら元も子もない。 高邁な魂を喪失した現在の日本に、最も大事なものは「子ども手当て」や「授業料の無償化」よりも、将来を担う子供達への教育内容の充実である。

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cordial8317 at 07:24|Permalink

2010年03月05日

朝鮮高級学校と国士舘

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 その昔、チョンコーと我が国士舘は切っても切れない縁が有った。遭遇すれば喧嘩三昧に明け暮れ、思えば懐かしく、良い時代だった。そのチョンコーへの無償化などとんでもない話しだが、授業料を無償化したところで、その浮いた金は北朝鮮に流れるだけだ。支那からの留学生への手厚い高額補助や、憲法違反の私学助成金制度に比べれば屁の様な金額だろうが、拉致問題の解決するのが先決だろう。

 チョンコーでは「朝鮮史は教えているが、その他の授業は日本と凡そ変らない」と宣うが、その「朝鮮史」こそ反日教育なのだ。国内に巣食う総連関係者は事有る毎に「差別だ!」「強制連行された!」などと御得意の決め台詞を吐くが、くだらん嘘ばかり抜かしてないでこういう時にこそ、本国に苦言を呈し拉致問題解決に奔走すべきではないのか。「差別」という名の「逆差別」にはいい加減うんざりする。

 北朝鮮が異常且つ極めて危険な国家であることは、誰もが認めるところだ。正式名称は「朝鮮民主主義人民共和国」。しかし民主主義でも人民の国でもなく「金一族」の個人独裁の世襲全体主義国家である。日本人や外国人を拉致監禁し、ニセドル紙幣を偽造しばら撒き、覚醒剤を製造密売し、ミサイル等の武器を輸出し資金調達しているが、北朝鮮は中共同様共産主義に内在し悪の本質が体制化したヤクザ国家である。何十万の餓死者が出ても歯牙にもかけず弾道ミサイルを開発し、核開発に狂奔しているが、こんなヤクザ国家と付き合おうとは狂気の沙汰と言う他はない。

 北朝鮮のミサイルにも核開発にも金一族の成金趣味にも、日本のパチンコ屋からの金が流れているということは今や公然の事実。パチンコ屋からの送金が止れば北朝鮮は困窮し、体制崩壊に繋がるかも知れない。日本経済や治安に悪影響を垂れ流すパチンコは諸悪の根源で、この不良産業を非合法化すれば拉致問題に曙光が射し全てが丸く治まる。先ずは換金制度を廃止すべし。

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cordial8317 at 07:37|Permalink

2010年03月04日

創価学会の国家支配の始まり

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 昨日の参議院予算委員会で、外国人参政権(外参権)付与問題に関連し、亀井大臣が「国会提出を優先するなら連立は一挙に解消になる」と明言した。しかし、小沢の今迄の言動から見ても、外参権法案の国会提出を諦めることはない。普天間問題で、社民党とも連立解消になるのも時間の問題で、今後は、利害の一致する公明党との連立が一挙に進むだろう。

 「創価学会」は、宗教団体というより学会員の現世利益を追求する社会運動体であり「公明党」は、それを政治的に実現する為の出先機関であり、民主党と公明党の連立は、創価学会による国家支配の始まりと言っても過言ではなく、池田太作による恐怖の宗教支配の始まりである。

 池田太作の究極の目的は、日本を「池田王国」にして国主になることである。政治、経済、文化、教育、司法等に至るまで、あらゆる分野に自分の力が及び、国民に「池田先生マンセー」を叫ばせる事を夢見ているのだ。学会の支援を受けて当選した議員は「学会員の為に政治をやれ」と指導を受けるが、つまり、その頂点に君臨する「池田太作名誉会長の為」に他ならないのだ。

 創価学会は、学会批判や池田太作への誹謗中傷や揶揄には、徹底的に監視し弾圧するのは常套手段で、今迄も学会員による嫌がらせや事件は少なくない。1年前、タレントの北野誠が「カネを出して勲章を貰って・・・」と名前を出さなかったものの、これが池田太作個人の揶揄だったから、執拗な抗議が相次いだという。学会員にしてみれば看過することは絶対出来ないのだろう。

 今や、マスコミにとって創価学会とパチンコ屋は大スポンサーである。創価学会への批判は勿論、公明党への批判も許されない。批判する勢力は徹底して排除されるが、不景気で広告代が思うように集めれないからと、カルトや犯罪の元凶であるパチンコ業界からの広告料を貰うことは企業倫理にも悖るし、ジャーナリズムとしての矜持の欠片も感じない。

 国民新聞によれば、池田名誉会長は東京大森海岸出身で、子供の頃は、日本語の下手糞な無口な少年だったという。父親の名前は「田太作」、母親の姓は「池」。日本への帰化の際に、親の名前の「池田大作」となったという。日頃から、べらんめぇ調で江戸っ子を気取っているが、池波正太郎曰く「池田大作あたりが度々『俺は江戸っ子でぇ』と気取ってるが、あんなのをピント外れといってねぇ、江戸ってぇのは本来、品川迄で、大森ってのは江戸じゃねぇよ。」

 臆面も無い小沢一郎の欲望民主主義の跋扈と、帰化人・池田大作の国家支配という野望は早急に食い止め、潰すしかあるまい。

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cordial8317 at 05:57|Permalink

2010年03月03日

公明党との連立への布石

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 政府は、国民新党の反対により難航している「外国人参政権(外参権)付与法案」の今国会での提出を見送る様だが、一方で、小沢が創価学会の秋谷議長と会談し、今後の政権運営で公明党に協力を要請した模様だ。公明党にしてみれば「外参権付与法案」成立を目指している民主党との連立は願ったり叶ったりだろう。先ずは「企業・団体献金の禁止」で公明党へ恩を着せ、その後は一気に外国人参政権付与法案成立を強行して来るだろうことは必至だ。

 「外参権」は、日本に居候する朝鮮人が「我々は強制連行された可愛そうな朝鮮人なのだ」と詐称し、「我々を日本人と同等に扱え」と要求したのが最初だ。被害者を装う彼らは所得税は不払いを決め込み、「住民税は半額にしろ」「固定資産税は免除しろ」と税務担当を脅して認めさせ、まともに納税などすることはない。

 日本国民の為のものである生活保護費の支給も、「差別だ!」と支給を求め、まんまとせしめている。この生活保護費の受給率は日本人の4倍以上もある。在日への生活保護費の出費で、大阪市財政が逼迫しているのは周知の事実だ。

 大阪府には、国内の3分の1の約20万人の在日朝鮮人が巣食っており、内12万人が大阪市に集中している。参政権付与によって、大阪市長の勝敗が左右しかねない恐ろしい数である。在日らには創価学会々員が多く、韓国国内にはSGI(創価学会インターナショナル)会員が40万人以上いるが、その為に公明党が、外参権付与法案成立に躍起なるのは言わずもがなだろう。

 「創価学会」は、宗教団体というより学会員の現世利益を追求する社会運動体であり「公明党」は、それを政治的に実現する為の出先機関でしかない。

 学会の支援を受け当選した議員は「学会員の為に政治をやれ」と指導を受けるが、畢竟、その頂点に君臨する「池田太作」センセイの為に他ならないのだ。創価学会は、極めて戦後民主主義であり、反国家的な団体であり、天皇陛下を族長と仰ぐ日本国家の正統にとっても悉く異質な存在なのだ。

 「外参権付与」「自虐史観」「反天皇」挙げれば限が無いが、政治、経済、文化、教育と小沢と池田の利害が見事に一致する。此れは正に、この国の政治が売国奴に乗っ取られる危険が日に日に高まって来ているということでもあり、益々警戒を疎かにしてはならない。

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cordial8317 at 07:28|Permalink

2010年03月01日

「蛍の光」は四番まで在るのを知ってますか

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 今日から弥生三月、進学や就職、或いは異動や退職で別れの季節でもある。卒業式で、日教組の反対で歌われなくなった「仰げば尊し」だが、「蛍の光」は歌われているのだろうか。この「蛍の光」が四番まで在ることを知っている人は少ない。

一、蛍の光 窓の雪
  書(ふみ)読む月日 重ねつゝ 
  何時しか年も すぎの戸を
  開けてぞ今は 別れ行く
  (蛍を集めた光や雪の明かりを頼りにして、貧しくとも共に苦労して勉学に励んで来た友よ、愈々お別れの時が来ましたね。)

二、止まるも行くも 限りとて
  互(かた)みに思う 千萬(ちよろず)の
  心の端を 一言に
  幸(さき)くと許(ばか)り 歌うなり
  
 (学舎に留まる人も、また学を修めて卒業し、旅立って行く人も、今日を限りにと思ってお互いに交わした心の架け橋、永遠の絆を、無事に有れとばかりを念じ、この歌の一言に想いを託して歌います。)

三、筑紫の極み 陸(みち)の奥
  海山遠く 隔つとも
  その真心は 隔て無く
  一つに尽くせ 国の為
  
 (九州の端や東北の奥まで、海や山々によって遠く離れていても、真心は唯一つにして互いに国の発展の為に尽くそう。)

四、千島の奥も 沖縄も
  八州(やしま)の内の 守りなり
  至らん国に 勲しく
  努めよ我が背 恙無く
  
 (千島列島の奥も沖縄も、日本の国土の守りだ。学を修め職を得て、どの地に赴こうとも、日本各地夫々の地域で、我が友よ、我が夫よ、我が兄弟よ、どうか無事にお元気で、勇気を持って任に当たり、努めを果たして頂きたい。)

 「蛍の光」を知れば、日本の歴史や先人の営為が見えて来る。

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cordial8317 at 05:42|Permalink

2010年02月28日

世界で溢れ返る支那人

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 現在、米国に限らず、アフリカ大陸、ヨーロッパ、全ての都市が支那人で溢れ返っている。支那大陸を出て、他国に根を下ろす支那人「華僑」「華人」は全世界で4800万にも上るという。支那の人口は約13億4千万人、地球上の全人口の5分の1を占め、国土は日本の26倍だが、不毛な土地も多く、昔から移民となって海外に出て行くものが後を絶たない。この移民が「華僑」「華人」で、華僑は海外に移住する支那公民で、華人は居住国の国籍を取得した華僑と、その子孫を指す。

 中華人民共和国(中共)が建国されたのが昭和24(1949)年10月1日で、その頃の華僑、華人は1200万人というから、約60年で4倍に膨れ上がった計算だが、ここ数年での増え方が目立つ。

 昨年、米国で永住権(グリーンカード)を得た外国人は約100万人で、その内支那人は約8万人で、半数の4万人が米国国籍を取得したという。この数字を発表したのは、テロ攻撃や自然災害から国土を守ることを目的に設立された国土安全保障省で、如何に米国が国家の安全という観点から、支那人「華僑」「華人」の急増に目を光らせているかが窺い知れる。

 中共政府は、移住者や留学生らを使って諜報活動をするのは常套手段で、海外でスパイ活動を活発化させており、米国政府はこれらの動きを未然に防ぐ為に「中共が米国の機密を盗み、軍事力や経済力を強化しようとしている」との報告書を纏め、各方面に警告すると共に警戒、監視を徹底している。

 米国に限らず、世界では、機密情報の漏洩には神経を尖らせ、スパイ活動で逮捕されれば極刑は免れない。「007」「ミッションインポッシブル」などのスパイ映画が面白いのは、捕まれば殺されるというスリルがあるからで、日本の様に、逮捕されても罰金刑と国外追放ではシャレにもならない。

 未だに日本は「スパイ天国」と侮られながらも、一向に諜報活動が無くなる気配も、対策を講じる気配もない。諜報活動が後を絶たないのは、諸外国に比べ量刑が軽すぎるのが原因で、「機密保護法(スパイ防止法)」の強化は喫緊の課題であろう。

 今や、日本の永住者の数は「在日」を抜き「支那人」がトップの約65万人。此れに、日本国籍取得者や不法滞在者を加えると100万人を超えるのではなかろうか。世界が支那人移住者に警戒している今、日本ではその支那人に「参政権」を与えようとしているが、狂気の沙汰だ。

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2010年02月27日

口下手な日本人

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 米国議会下院でトヨタ自動車へのリコール問題に関する公聴会が開かれた。米国人らが挙って、「米国らしい正義」を振り翳して豊田章男社長を吊し上げているが、こうした茶番劇は哂うしかない。米国では、米国製車へのリコールが毎年1600万台も有るという。そんな国が、自分のことは差し置いて必死にトヨタ叩いたところで、お笑い種だ。豊田社長へ容赦ない追求が繰り返され、「イエスかノーか」と感情的に迫られながらも真摯に答えていた様に感ずる。所詮は、普天間問題に見る民主党政権への報復の意味合いが強いのだろうが、日本も米国の議員も次の選挙のことばかりで、政治家の程度の低さばかりが目立った。

 日本語では「イエス」「ノー」で答えられないものも有る。豊田社長は「誠に残念(DEEPLY SORRY)」と謝罪を口にしたが、口下手な日本人は、論争するのも面倒なので安易に相手に同意してしまうことも間々有るが、外国や外国人へは「言わなくても分かってくれるだろう」という様な、言葉足らずの日本的美風は通じないということも知るべきだろう。

 米国では過去にも、三菱自動車が「セクハラ集団訴訟」を起こされた事が有る。米政府機関のEEOCが、三菱で働く女性従業員が執拗且つ陰湿なセクハラ被害を受けたというものだった。常識で考えても嘘だと解る証言なのだが、三菱は「不徳の致すところ」と受身の形でしか反論出来ず、結局3400万ドル支払わされた。また、フォード・エクスプローラーの横転死傷事故訴訟では、原因がフォード社に有るのは明らかなのに、議会公聴会で、フォード社の会長が謝罪もせず「原因はタイヤだ」と非難し、それに対し、ファイヤーストーンの日本人社長が「不徳の致すところ」と謝罪した為に「自白」と見做され有罪となった。

 文化の違いも有るが、外国では日本的美風は通じるものではなく、「口先」も大事で、安易に謝罪などするべきではないのである。

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2010年02月26日

平田篤胤(続き)

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 出羽国秋田から江戸へ向かう途中、雪の山中で遭難しかかった平田篤胤だが、この時異人に何やら特殊な霊法を伝えられた。

 というのも、江戸へ出てからの篤胤は、以前の彼とは打って変わった様に古今東西のあらゆる本を読み解き、それを記憶し、時には著述に入ると1週間位は不眠でそれを成し遂げるという、通常の人には考えられない様な能力を発揮し始めたからだ。

 江戸では備中国松山藩士平田篤隠(あつやす)に認められ養子となり、松山城主板倉侯に仕えた。その後、本居宣長の著書に接し、深く感激しその門に入った。

 篤胤は宣長没後の門人として、その学問を受け継ぎ、古を明らかにし、皇道を遍く天下に広めることをもって自分の使命とした。以来着々と著述を進め、且つ門人を集め古道を唱道した。全国神社会は平田篤胤の「復古神道」を以て統一されたのである。

 平田篤胤は68歳で没するが、その一生に著した書物は驚くべき数に達している。

 その中で神道の中心をなすものが「霊能真柱(たまのはしら)」と「古史伝」である。「霊能真柱」では、人が神の道を実践する為には、先ず大和心を固めなければならず、死後の霊魂の行方が解明されなければならないとする。

 その為には天地の形成過程を知り、神の功徳を認識し、日本が万国の本源の国であり、全てに於いて優れた国であり、天皇が最高の存在であることを十分に知らなければならないとする。

 「古史伝」は自らの古伝を纏めた「古史成分」の注釈書であるが、「霊能真柱」の考えをより発展させたものである。

 篤胤の著述の中に一貫する日本本源論や皇国尊厳論は大いに注目すべきもので、また学問の範囲は非常に広く深く、独創的だ。

 篤胤は幽冥界についても深く研究し、神界と現界の関連、霊魂、神仙の存在に関する書物を多く書き著して、その後霊や神仙などを研究や修行する者に多大な影響を与えた。

 篤胤は、近代日本のオカルティズムの創設者とも言えよう。

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2010年02月25日

本居宣長と平田篤胤

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 徳川幕府を倒し、明治維新の指導原理となり、また今日の民俗学や霊学、心霊研究などのオカルト的なものまでに大きな影響を与えたものが「復古神道」だ。

 「復古神道」とは、江戸時代の国学者の起った神道説で、中でも荷田春満(かだのあずままろ)、賀茂真淵(かものまぶち)、本居宣長(もとおりのりなが)、平田篤胤(ひらたあつたね)の国学の四大人(うし)が本流である。

 彼等の主張は、両部、伊勢、吉田、吉川、垂加神道に雑じっている、インドや支那の教えや説を取り除き、神道の純粋性を保とうとするところにあった。

 「国学」というのは、日本の古典を有りの儘に吟味して、古典に込められている純日本的精神を追求しようとした学問であり、つまり中世以来の、儒教、仏教等を拠り所とするこじ付け的な日本古典の研究に反対するものである。

 復古神道の成立に決定的な役割を果たしたのが、本居宣長と平田篤胤である。

 宣長は僧・契沖(けいちゅう)の書物に出会って古道を学び、後に賀茂真淵の著述に触れる。真淵は宣長を自らの志を引き継ぐ人物として入門を許し激励した。この時真淵67歳、宣長34歳。

 宣長は真淵の期待に応えようと只管「古事記」の研究に没頭し、ついに57歳の時「古事記伝」を完成する。実に宣長の一生は「古事記」の注釈に注がれたといっても過言ではない。

 宣長は72歳で没するが、宣長の没後に宣長の古道思想を継承し、これを神学的に発展させたのが平田篤胤である。

 博学多識で知られた篤胤であるが、幼少の頃は才能には恵まれて無かったらしい。

 18歳になっても未だ「四書五経」、つまり「論語」や「易経」などという当時の武士の基本的教養書を理解することもなく、親からも「武士失格」の烙印を押され、袴を着け、帯刀することを禁じられてしまったという。

 そこで篤胤は一念発起し、出羽国秋田から江戸に出て行くのだが途中遭難しかかり謎の異人に助けられ一命を得るのである。(次回へ続く)

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2010年02月24日

「南京大虐殺」や「慰安婦問題」に見る米国の正体

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 「南京大虐殺」や「慰安婦問題」など存在しない。この問題の背後にいるものは実は米国なのである。

 米国という国は何事も自分の利益だけを考える国であり、今日の夕刻までは友人であっても明日の朝にはもう敵となって、それを少しも不条理とも不道徳とも思わぬ国である。

 米国が友人であるという事は、それが米国の為に有利であるからであり、そのほかの如何なる理由も大義名分もつけたりに過ぎない。一旦その利益が失われたならば、何ら躊躇することなく180度転換して敵側に立つことを少しも不思議と思わぬ国であるから、決して心を許すことは出来ない。

 親米保守派は「反中国」を口にし国益を守るぞというポーズを執るが、実は米国の国益を優先し日本の国益を毀損していることに気付くべきである。

 所謂「南京大虐殺」は東京大空襲や広島・長崎への原爆投下を敢行した米国の論理の摩り替えであり、日本も30万人も大量虐殺をしていたぞと言いたいが為にでっち上げたものである。

 この論理の摩り替えは「捕鯨問題」でも行っている。ベトナム戦争で米国の使用した枯葉剤エージェント・オレンジが、環境に及ぼす影響が国連人間環境会議で討議されると、当時のキッシンジャー国務長官等が、米国の国益を守る為、環境保護団体を利用し無理矢理「捕鯨問題」をこの会議に持ち出したというのが真相だ。

 その後の環境保護団体の増殖と理不尽な行為が続いているのは言うまでも無い。 無理無体、理不尽な事を平気でやる米国との同盟強化は慎重に、且つ警戒は疎かにしてはいけない。

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2010年02月23日

宮本武蔵の処世術に学ぶ

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 『葉隠』は「武士道とは死ぬことと見つけたり」というが、宮本武蔵の「五輪書」はもっとクールで合理的な武士道である。

 「死ぬということ位なら、僧侶でも女でも百姓その他でも弁えている、武士に限ったことではない」と言い放つ。

 「武士が兵法を実行する場合は、何事に於いても他人より優れている事が第一の条件である。個人対個人の戦いに勝ち、数人の戦いに勝つのは、主君の為、我が身の為、名を上げて身を立てる為である。万事に役立つ様に心掛けてこそ兵法の徳というのである」

 要するに武蔵は、武士が死ぬことを覚悟しているのは当然で、その本質は「常に勝つこと」であり、それによって名を上げる事が目的だという。

 これは「葉隠」の武士道が主従関係に重きを置いているのに対して、武蔵の武士道は戦国の世を如何に勝ち抜き、如何に生きていくかの兵法であったかが理解出来る。

 宮本武蔵は、死の直前、弟子に『独行道』という21ヶ条の置文を残した。一部を列記すれば

 一、世々の道に背くことなし
 一、身を浅く思い、世を深く思う
 一、一生の間欲心思はず
 一、我事に於いて後悔をせず
 一、善悪に他を妬む心なし
 一、何れの道にも別れを悲しまず
 一、神仏は貴し、神仏を恃まず

 この中に「何れの道にも別れを悲しまず」というものが記されてある。それでは、宮本武蔵という人物は血も涙も無い冷血漢だったのだろうか。

 例えば、酒を嫌いな人が「我、酒を絶つ」或いはタバコを吸わない者が「タバコを絶つ」などと書かない。飲みたいが、或いは吸いたいが止めようと自分に誓願した者が「絶つ」と言ってこそ、人に訴えるものがあるのではないか。

 武蔵は寧ろ、人一倍感情豊かで熱血漢だったのではないだろうか。別離に人並み以上の涙を流しながら、涙を見せまいと努力した人間に違いない。

 一昨日、中学時代の同級生が自ら命を絶った。理由は解らぬが、死なねばならない悩みや苦痛が有ったのだろう。

 同級生として、少しでも力になれなかった事を悔やむばかりだが、その苦痛や悩みが「渾身の悩み」なのかは調べる術も無い。

 「渾身の悩み」とは、明日は死に逝く特攻隊の方々の悩みである。この英霊の方々の悩みに比べれば、我々の悩みなどちっぽけなものだと思うのだが・・・

 「何れの道にも別れを悲しまず」 斯くありたいものだ。合掌。

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2010年02月20日

「七生報国」楠木兄弟と英霊

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 楠木正成は討死の直前、弟の正季(まさすえ)にこう尋ねる。

「人は死ぬ直前の思いによって生まれ代わる先が違ってくるという。人が生まれ代わる先には九つの世界が在るらしいが、お前はどの世界に生まれ代わりたいか」

 その時、正季はカラカラカラと打ち笑いて、「七生までも同じく人間の世界に生れ代わり、朝敵を滅ぼしたいものです」と応える。

 これが「七生報国」の原意である。

 それを聞いた正成は、よに嬉しげなる気色でこう応える。

「罪深き悪念では有るが、私もそう思ってたところだ。さあ、共に人間の世界に生まれ代わって、その願いを果たそうではないか」

 こうして二人は討死するのである。

 この世を超え、生き代わり死に代わりつつ「永遠」に生き続ける魂がある。その事を楠木兄弟は確信していたからこそ「笑って逝く」ことが出来たのであろう。

 歴史上、その様な生き方をし、死に方をした人々は無数に存在する。

 何より、先の大東亜戦争で見事な最後を遂げた英霊もその「義」を貫いた方々である。あの若者達の最後は、余人の想像を絶する悲しみや苦しみの世界を潜り抜けたに違いない。

 しかし、出撃直前の様様な記録から感じるのは、正に「カラカラカラと打ち笑って」とでも「よに嬉しげな気色」とでも言いたげな不思議な透明感である。

 山口二矢、三島由紀夫、野村秋介の見事な自裁も同様で、楠木兄弟と英霊の方々のその精神は、時空を超えて明らかに感応している。

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2010年02月19日

胡散臭げな湯浅誠

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 湯浅誠の胡散臭さは尋常ではない、と思うのは小生だけでは有るまい。その湯浅が、内閣府・国家戦略局参与を辞するという。民主党が政権獲得をした要因に、「貧困」をキーワードにして世論を抱き込んだ湯浅の「派遣村」の活動が有ったことは間違いないだろう。その活躍の見返りが内閣府・国家戦略局参与という待遇であり、菅直人が同じ市民活動家としての湯浅に如何に期待していたことが理解出来る。しかし、連中に共通するのは「国家」「国民」という言葉を殊の外嫌い、変わりに「市民」という言葉を常用するが、これを見ても判る様に、連中に「日本」や「日本人」としての国家観という概念は無い。

 日本に共産主義が入って約90年。ソ連東欧崩壊後、左翼団体はイデオロギーを流石に言えなくなり、その「カタチ」は実に陰湿になっている。「カタチ」を変えた左翼勢力は歴史教科書問題、従軍慰安婦、夫婦別姓、外国人参政権付与、男女共同参画社会、人権擁護法案、協働・共生、ジェンダフリー、無防備都市宣言に子ども権利条例と枚挙に遑なし。「年越し派遣村」もその中の一つだろう。

 湯浅の著書に「岩盤を穿つ」という物がある。自衛隊の隊員募集の話で、18歳から25歳迄が応募出来る任期制のコースで、2年間で532万円プラス退職金60万円、3年間で1047万円プラス退職金90万円が支給されるという話をした上で、「同等のサービスが社会全体に拡充されれば、日本のワーキングプア問題は解決されるだろうと感じていた。しかしそれは行われない。サービスを受けるためには自衛隊に志願しなければならない。そして、労働市場を含めた社会全体の地盤沈下が進行していけばいくほど、自衛隊の待遇は、相対的にその魅力を増していく。自衛隊の積極的宣伝活動は、そうした社会全体の地盤沈下を見据えたものと思われる」と、湯浅の思想信条が十分理解出来る文章で、ヤツには自衛官諸君が日頃真剣に国家の防衛を考え、訓練し、また災害時には人命救助に当たる自衛隊諸君に敬意を払うことはない。自衛官募集の宣伝活動が、恰も人の不幸や社会全体の沈滞を期待した不埒な行為であるかの如く言い放つこの男が、内閣府・国家戦略室の参与だったのだから恐れ入る。

 自分のスタイルに拘り、政府の会合にもセンスのない私服で出ているが実に見苦しい。大人には最低限の常識が必要だと思うが、この胡散臭げな市民活動家に苦言を呈したところで、どうせ馬の耳に念仏、馬耳東風、犬に論語、兎に祭文だろう。

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2010年02月18日

アントニオ猪木と拉致問題

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 毎日垂れ流されるパチンコのCMと新聞の折込広告広告には辟易するが、今やパチンコは「健全な娯楽」とは程遠く、ギャンブルそのもので、犯罪の元凶、諸悪の根源にも拘らず一向に規制される気配は無い。

 マスコミが、風適法違反の疑いのあるパチンコ業者からCM料を頂戴するのは営利至上主義そのもので、商業倫理に悖る行為だ。また、取り締まるべき警察がパチンコ業者と癒着し、天下り先の確保をしているが、恥を知るべきだろう。

 業界最大手「マルハン」のCMにアントニオ猪木が出てる。先般、このアントニオ猪木が、横田夫妻を「北朝鮮」へ招待すると発言した。

 「世論があるのは分かるけど、一国の総理(当時・小泉純一郎氏)が約束(一時帰国者の帰国)を反古にしたわけだから。それで次に向けて発展させていくという外交のチャンネルがプツッと切れてしまった。要するに、外交を優先せずして拉致問題が最優先事項の国なんてどこにあるんですかと。俺も早く解決してほしいと思うけど、反面、対話の場所がなくてどうやって解決するのって」と尤もらしい発言をしているが、抑抑、拉致問題の解決なくして、北朝鮮との友好など有り得ない。

 ハッキリ言えば、北朝鮮や韓国、支那となど付き合う必要もない。アントニオ猪木の言う外交とは何なのだろう。北朝鮮如きに媚びる必要は全くなく、また一国の総理が反故にしたと言うが田中均の言ったか言わないか判らないものを「約束」と言っているだけで、正に北朝鮮のプロバカンダそのもので恥を知るべきだ。

 拉致問題を、戦前日本が行った「徴用」を「強制連行」とし同一視し、「拉致なんぞ日本のやった行為に比べれば大したことではない」と宣う輩がいるが、アントニオ猪木もその類だろう。

 此処で言う「強制連行」は昭和13年の「国家総動員法」に基づく「徴用令」を指しているが、戦時中、日本本土では中高年、婦人は勿論のこと、学生に至るまで工場他に動員され従事した。当然、当時日本人だった朝鮮人も徴用されることになるが、実際は18年末期から19年になってからで、しかもその人員は僅かだ。

 国家の方針として国際テロを実行し、麻薬や覚醒剤を生産して密輸し、ニセ札をばら撒く犯罪国家の北朝鮮を擁護する輩が存在するのには驚くばかりだが、その無知蒙昧は嗤うしかない。

 公安調査庁の調べでは、パチンコ業界から北朝鮮に渡るカネは実に年間1.5~2兆円という。北朝鮮の国家予算に匹敵する莫大な資金が日本から流れ、有ろうことかミサイル開発などに使われている。拉致問題解決には、先ずパチンコの換金制度を廃止するのが一番の得策で、マスコミ各社は広告掲載を拒否せよ。

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2010年02月17日

確定申告と健康保険税と年金問題

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 確定申告が始まった。支援者から、原稿料や講演料という形で浄財を戴いているので真面目に申告している。因みに昨年の所得140万チョィで経費を引くと約80万円也。それしか収入が無いのに、国民健康保険税は「後期高齢者支金」「介護保険料」を含め約19万円徴収される。共産党、社民党が声を張り上げ「年寄りに死ねというような制度で許さない!」などと叫んで党勢拡大を謀っているが、現実は、現役世代が高齢者の4倍の負担をしてるのだ。本来ならば若い世代が怒らなければならない問題なのに、何故か高齢者負担だけが騒がれるのは可笑しな話だ。  
 
 国の医療費は年間約33兆円で、内の3分の1の11兆円が75歳以上の高齢者の医療費だ。この11兆円のうちの1兆円を高齢者が負担し、もう1兆円は病院で高齢者が窓口で払う金額で、残り9兆円のうち5兆円を国が負担し、4兆円を我々現役世代が負担している。過日、共産党のオバちゃん達がこの問題で下手クソな演説をやってたので、からかって質問してみた。誰も理解していない様で「皆、歳をとって往くんですから・・・」と、訳の分からぬ答ばかり。マイクで説明してやるから「自分に演説させろ」と言ってみたが、拒否された。年寄りだから可愛そうだというのは間違いで 老いて尚、若い者に世話に成りっ放しでは、若者に「長幼の序」などという気持ちは生まれまい。 

 国民年金未納率は最悪の37.9%という。国民年金は月々14000円を40年間払い続け、約700万円納付し、受給年齢が来たら月々約7万円貰える制度だが、そもそも国民年金制度など昔から有った制度ではない。ドイツのビスマルクが「社会主義者鎮圧法」という法律を作る代わりに、労働者の不満を解消する為『年金制度』作り出した。日本はこれを真似て年金制度を導入し、『国民年金』『厚生年金』『共済年金』の3つに分けられ現在に至っている。憲法では『勤労の義務』が有り『厚生年金』だけで良い筈なのだが、自営業者や無職の為の『国民年金』が有り、公務員の為の『共済年金』制度まで出来ている始末だ。厚生年金は理解出来るが、共済年金が国民年金の実に4倍もの年金を受給していることは納得出来ない。公務員の友人らに聞くと「我々も高い共済保険を積み立てている」と言い訳するが、その積立金も税金である。今の時代、公務員が「全体の奉仕者」などとは真っ赤な嘘で、公務員になってしまえば、死ぬまで、否、死んでも優遇されるのである。

 この儘では、年金制度など破綻するであろうことは誰にでも理解出来る。国民年金を支払わないのは、生活困難な人もいるだろうが『どうせろくに貰えない』と思っている国民が少なくないからだ。年金制度を有り難がっているのは、ろくに積み立てもせずに貰っている高齢者が殆どで、これを素晴らしい制度というのは偽善そのものだ。政府のやるべきことは、国民年金と共済年金の廃止の検討に入るべきで、今まで積み立てした分を返還し、老後は「自己責任にすべき」と教える事が大事なのだ。日本の社会保障制度は世界でも優れたもので、生活が困難な家庭には国や自治体で支援すれば良いだけだ。働きもせず、「年金が貰えないのは差別だ!」とホザく在日への「生活保護」支給は違法で、これを中止し日本人困窮者の支援を拡充すべきなのである。

 今必要なのは『年金手帳』などという誤魔化しよりも、将来的には『年金を廃止せざるを得ない』と、何事にも「本音」を言える政治家の出現であろう。

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2010年02月16日

隠れ共産党員、寺島実郎

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 民主党の政策ブレーンに、反日、自虐、嫌日の評論活動を続ける寺島実郎がいる。寺島は、三井物産戦略研究所会長であり日本総合研究所理事長という偉そうな肩書きが有るが、要は三井物産お抱えの支那礼讃の大中華圏信奉者だ。

 寺島実郎のトンデモ本に「脅威のアメリカ 希望のアメリカーこの国とどう向き合うか」(岩波書店)というものが有る。この中で「日本が関る基本姿勢とすべき4原則」を箇条書きにしている。

1、地域紛争不介入の原則ー極東の潜在的要素としての北朝鮮問題、台湾問題は地域に住んでる人が責任を持って解決すべきで、第三者は介入してはならない。つまり北朝鮮問題にアメリカは介入してはならず、また台湾有事に日本は台湾への軍事支援をすべきでない。

2、非核平和主義ー被爆国である日本は、中国が450発の核弾頭を保有しようが、北朝鮮が秘密にこれを開発しようが、絶対核兵器を持ってはならず、これが「日本外交の発信基盤」となる。

3、過去の清算ー空虚な言葉だけの謝罪外交から脱却し、日本が「力の論理」を斥け「平和主義」の理念の確認と実践によって「歴史問題の精算」の柱とする。

4、中国の国際社会の参画を支援してきたごとく、北朝鮮に付いても「関与政策」、すなわち韓国の「太陽政策」を支援すべきだ。

 社民党の福島瑞穂が泣いて喜びそうな外交政策ばかり列挙してあるが、これを鵜呑みにした鳩山らが対米政策を実行に移し、日米の軋轢を生んでいるのは間違いない。

 最後の部分で「テロとの戦いという新しい事態に幻惑され、間違っても戦後蓄積してきた平和主義の基軸を踏外してはならない。米国の『力の論理』に引き込まれ、『結局、武力が国際社会を決する』という卑しい世界観に後退することを避けなければならない。超大国のエゴが通用しない全員参加型秩序に向けて歴史は動く。求められるのは筋道の通った理念であり、多国間外交の時代には理念なき力は意味を持たない』と、全くの現実無視、アベコベ、頓珍漢の極みと言うべき愚論を垂れ流している。

 細かい反論は割愛するが、この寺島実郎の様なアホな書生論、現実を無視した亡国必至の理論を有り難がって聞いてる民主党のバカさ加減が解ると言うものだ。

 文章の終わり近くに、毛沢東の「ゲリラは人民の海に泳ぐ魚である」という言葉を、「赤旗」常連の加藤周一が引用するとして書いているが、岩波書店への配慮か、何も加藤にオベンチャラを言う必要はない。要は、何のことはない、寺島実郎は「隠れ共産党員」なのだ。

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2010年02月15日

教えるとは実に教えられることである

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 昨年、防挺を辞めて以来、福島の自宅に蟄居状態である。啓蒙活動の一環として、今年からブログを始めたが、昨年からミクシィやらグリーやらのコミュニティサイトに書き込んだり、新聞(福島民報)、雑誌にも投稿したりしている。新聞への投稿は昨年の9月からだが、昨日も採用され、今回で6回目になる。内容は割愛するが、第一回目「公約だけではなく民主党の根を知って」(9月24日)
以後「亀井発言の真意、家庭崩壊の警鐘」(10月15日)
「選挙公約より国益を第一に」(11月16日)
「政治とカネ問題、説明責任果たせ」(12月2日)
「特例会見問題おごり明らか」(12月23日)
「鳩山、小沢両氏見苦しい言い訳」(今年2月14日)
題名と内容はチョッとソフトに校正されてはいるが、まぁこんなものだろう。他にも仄々としたものや、ローカルなネタも投稿しているが、全部ボツな様で未だ採用されてはいない。地方紙ではあるが、右翼の街頭演説やトータルサイトの書き込みよりは反響よりは大きく、各方面から連絡を頂く。ネット社会とはいえ未だ未だその影響力は小さなもので、改めてマスコミの力の大きさを痛感している。

 学問とは、本来自分自身の向上の為にするもので、こうした衒学臭げなことは好きではないが、「教えるとは実に教えられることである(西晋一郎)」の言葉を教訓にやっている。

 『小人の学は、耳より入りて口より入ず。君子打たねば響かぬなり、打てば響くなり』

 坂本竜馬は、西郷隆盛を「西郷という男は大きな太鼓だ。小さく敲けば小さく響き、大きく敲けば大きく響く」と評した。人というのは敲き様で、返って来るものが違うというのだ。小人は学問を売り物にし、耳から聞き齧った事をそのまま口にするので、少しも身に付かないし、自分の中に真の学問を積んでいる人は決してひけらかすことなく、衒学臭くはないものなのだ。

 また武士道では、衒学が嫌われ、学問は他人を説得したり、論破したりするものではなく、自分自身がどう生きて行くかのか、或いはどう在るべきか、といったことに答えを見出すものでなくてはならないと説く。仲間にしか通用しない理論や付け焼き刃の知識を熱く語り、自分自身に酔っている輩を度々見掛けるが、そんなことでは、世の中ところか他人さえも動かすことが出来ないのである。

 吉田松陰は「学問をする眼目は 自己を磨き自己を確立することにある」と訓える。野村秋介大人は「人を動かすものは決して理論などではなく、自分の謙虚な反省に基づく人間性以外に有り得ない」と教えていたが、その言葉を噛み締めながら、自問自答の日々は続くのである。

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2010年02月14日

続・萬歳考

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 「萬歳三唱令」は贋物であるから、万歳三唱はする必要がないかの様な無礼な意見が有るが、「万歳三唱」は陛下の弥栄を臣下が祈念するものであり、国民が行うのは当然である。

 『天皇陛下万歳』は「軍国主義復活」「好戦的な象徴」だとして捉え、万歳三唱を拒む勢力が存在する。「日本に巣食うあらゆる天皇制を打倒しよう!」とのスローガンを掲げる、蛆虫・共産党や社民党、日教組といった反日左翼の連中である。

 戦後の天皇制廃止運動の主力は、昭和にあっては「戦争責任・退位論」であり、次に「開かれた皇室論」と「敬称・敬語不使用運動」であり、平成になり「女性天皇論」に転換されている。「萬歳三唱反対」も、天皇制廃止運動の一環だろうが、連中は、1932年のソ連共産党「コミュンテルンテーゼ」の命令書を忠実に遂行しているだけなのだ。保守を標榜する真保守やネット右翼の中にも「萬歳三唱令は贋物で根拠が無く、行う必要はない」と主張し、反日左翼に与する輩が居るが、こういう輩を似非保守というのだ。尊皇なくして何が保守か。

 「萬歳三唱令」が何時の時代に出回ったのかは定かでないが、施行日は明治12年4月1日と記されている。
明治初期、明治天皇御臨席の下、訓練観閲が千葉の軍事錬兵場で挙行され、全軍の兵全員で「天皇陛下萬歳」を三唱した。この時の篠原国幹近衛長官の指揮能力に、陛下は甚く歓心した。しかし、万歳の指揮を執った篠原長官は、明治6年に「征韓論」が破裂して西郷隆盛が下野すると、明治天皇の引き留めの命にも従わず、近衛長官の職を投げうって鹿児島へ帰国することとなる。

 「陸軍士官、相去るもの此の如きに於ては、慮なき能はず。但だ篠原少将の在るあり、桐野等去るも、猶未だ憂ふるに足らず」と存在自体が高く評価されていたので、この帰国は政府・軍関係者に大きな衝撃を与えたという。陛下の薫陶を享けた西郷も篠原も西南戦争で敗れ、賊軍とされた。名誉は回復したとはいえ、靖国神社には祀られることはなかった。この事実を以ても、新政府が如何に非情だったか察するに余りある。

 賊軍の将の「天皇陛下万歳」を称えるが如くの「萬歳令」を、新政府は認める訳には行かなかったのだろう。「萬歳三唱令」は篠原亡き後、意を汲んだ草莽の臣により作成され公布されたのではなかろうか。真贋は兎も角、実に良く出来ており、皇国臣民としての気概、誇りを感じるものだ。「御名御璽」と標のあるものを「贋物」と一笑に付すのは簡単だが、先人の智慧を無駄にしてはならない。

 ※【萬歳三唱令】

 別紙ノ通相定来明治十二年四月一日ヨリ之ヲ施行ス
 右奉 勅旨布告候事
 施行 明治十二年四月一日太政官布告第百六十八号

 第一条 萬歳三唱ハ大日本帝國及ヒ帝國臣民ノ天壤無窮ノ發展ヲ祈念シ發聲スルモノナリ
 第二条 發聲ニ當リ音頭ヲ爲ス者氣力充實態度嚴正ヲ心掛クルヘシ
    亦唱和スル者全員其心ヲ一ニシテ聲高ラカニ唱和スルモノトス
 第三条 唱和要領細部ニ附テハ別ニ之ヲ定ム

 朕萬歳三唱ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム
 此布告ハ明治十二年四月一日ヨリ施行スヘキコトヲ命ス

 御名御璽

 [萬歳三唱ノ細部實施要領]

 一 萬歳三唱ノ基本姿勢ハ之直立不動ナリ
  而シテ兩手指ヲ真直下方ニ伸ハシ身体兩側面ニ完全ニ附著セシメルモノトス
 二 萬歳ノ發聲ト共ニ右足ヲ半歩踏出シ同時ニ兩腕ヲ垂直ニ高々ト擧クルヘシ
  此際兩手指カ真直ニ伸ヒ且兩掌過チ無ク内側ニ向ク事肝要ナリ
 三 萬歳ノ發聲終了ト同時ニ素早ク直立不動ノ姿勢ニ戻ルヘシ
 四 以上ノ動作ヲ兩三度繰返シテ行フヘシ
  何レノ動作ヲ爲スニモ節度持テ氣迫ヲ込メテ行フ事肝要ナリ

 要旨 [本文]  発声は、大日本帝国と帝国臣民の永遠の発展を祈って行うこと。
 音頭を取る者は、気力充実・態度厳正を心掛けること。
 唱和の際には、全員心を一つにして声高らかに行うこと。

 実施要領

 基本姿勢は直立不動で、両手は指をまっすぐ下方に伸ばし体の側面にしっかり付ける。
 万歳の発声とともに右足を半歩踏み出し、同時に両腕を垂直に高々と挙げる。その際、両手の指をまっすぐに伸ばし両掌を内側に向けておく。
 万歳の発声終了と同時に素早く元の直立不動の姿勢に戻す。
 以上の動作を三度、節度を持ちかつ気迫を込めて行う。

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2010年02月13日

明治12年「萬歳三唱令」公布

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 昨日の閣議で、政府は「萬歳三唱」の所作について、「萬歳三唱は公式に定められた法令はないと承知している」との答弁書を決定した。祝い事や当選議員らが行う「萬歳三唱」だが、この萬歳の殆どが掌を正面にして「降参」した形で行っていることが多いが、この所作は間違いで、万歳本来の「壽を祝す」意味ではなくなってしまう。『萬歳』というのは漢語で、唐の末期からは専ら「天子の壽を祝するに用いた語」として用いられた。

 日本で「萬歳三唱」の逸話が有る。

 明治初期、千葉県の軍事錬兵場に於いて、天皇陛下をお迎えして訓練観閲を行うこととなり、時の指揮官の篠原近衛長官は、全軍の将兵と共に「天皇陛下萬歳」を三唱した。この卓越した篠原の指揮能力と将兵の錬度の高さに感動された明治天皇は、お言葉の中で「諸官等も篠原(志野原)に習え」と述べられ、このお言葉からこの地を「習志野」と名付けられたという。

 その後明治12年4月1日、萬歳三唱令「太政官布告第168号」が公布された。この布告は贋物との疑いも有る様だが、この太政官布告が広く国民に知れ渡ったという事実は消えるものではなく、現在もこの「萬歳三唱令」は一見の価値はあろう。

 この実施要綱には「両腕は垂直に、指は真っ直ぐ、両手は内側を向ける」と書かれており、多くの国民が、両手を正面に、腕は開いて萬歳をしているが、明らかに公布違反で、掌を相手に向け腕を上げる行為は、国際的には「降参」を意味するものであり、萬歳の持つ「壽を祝する」意味とは正反対になってしまうのだ。

 御目出度い時に「萬歳」を唱えることは、古くから支那でも行われていた。日本でも8世紀末、長いこと雨が降らず、桓武天皇が庭に出て祈ると雨が降り出して、群臣が萬歳を唱えたという記述が「続日本記」に見られる。但し、当時は「バンザイ」ではなく「バンセイ」だった。

 萬歳の高唱は、明治22年2月11日の「紀元節」に於いて、東京帝大の学生達が大日本帝国憲法(欽定憲法)の発布を祝ってしたのが始まりと云われ、首相の発声による萬歳三唱は、やはり登極令に基づき大正天皇の即位礼から行われる様になった。日本の伝統、文化、風習は守り継承することが大事で、間違って広まっている万歳を正す意味でも「萬歳三唱令」を正式なものにすべきである。

 余談ではあるが、野村秋介大人は「萬歳」という言葉は漢語であるから、「萬歳三唱」ではなく「すめらみこといやさか」と唱えていたと言うが、人となりが分かる逸話である。皆さん、「萬歳三唱」は姿勢を整え、大きな声で正しくやりましょう!

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「竹島」は我が国固有の領土である

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 民主党政権の弱腰外交というか、朝貢外交の実態が露呈しているが、「北方領土」や「竹島問題」「尖閣諸島」の領土問題は主権であり、如何なる譲歩も有ってはならない。

 韓国は竹島を独島と称し固有の領土と主張するが、この根拠は、三国史記という古代朝鮮の歴史書に鬱陵島の隣にある干山島が新羅の領土と書かれていることに帰着する。

 4~5世紀から韓国領だったというのだが、古地図では干山島は鬱陵島の西に接近している。竹島は、鬱陵島の東南92キロに在るのだから、干山島が竹島である筈がない。

 こんな判りきった事実が有るのに、何故韓国の連中は干山島は竹島だから固有の領土だと主張するのか。それは、竹島と鬱陵島の周辺の小島の呼称が色々変わって来たためだ。竹島は以前、松島と呼ばれた時代もあるし、リャンコ島と呼ばれたこともある。李氏朝鮮時代の地図には、鬱陵島より90キロも先に在る島のことなど唯の一度も登場したことはない。鬱陵島とその近くの干山島などの小島以外は全く出て来ない。

 考えてみれば当然のことで、李氏朝鮮時代には鬱陵島すら空島政策によって居住が禁止されており、それより遥か先の島のことなど関心の外、認識すらなかったのである。

 日本では徳川時代から魚採が行われ、度々渡航していた事実がある。この領土問題を紛らわしくしているのは、日本では当時鬱陵島を竹島と呼んでいたことであろう。

 歴史的な事実は以上の通りで、韓国の主張は全く根拠がない。

 昭和29年9月25日に日本政府は、この問題を「国際司法裁判所」に付託することを提議したが、韓国政府は未だに応じていない。

 応じていないというより、応じられないというのが本音だろう。また、昭和26年に韓国がアメリカ政府に対し、ポツダム宣言の解釈として「日本が放棄した領土には竹島(独島)が含まれるべきである」と要求したが、次の様に回答されている。

 「独島、又は竹島ないしリアンクール岩として知られる島に関しては、この通常無人島である岩島は、我々の情報によれば朝鮮の一部として取り扱われたことは決してなく、1905年頃から日本の島根県隠岐支庁の管轄下にあります。この島はかつて朝鮮によって領土主張がなされたとは思いません」(ラスク国務次官補より梁韓国大使宛書簡、1951年8月10日付)

 歴史的に見ても竹島は我が国固有の領土であり毅然と領有権を主張すべきで、領土問題での譲歩は更なる譲歩を生むだけで何の解決にもならない。国家主権に対する認識不足や対応の甘さは、韓国を始めロシア、中共、北朝鮮といった国になめられるだけだ。

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cordial8317 at 07:43|Permalink

2010年02月12日

韓国併合から100年

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 昨日ソウルで岡田外相と韓国李明博大統領との会談が行われた。「民族の誇りを傷つけた」との訳の解らぬ見解を示し「私たちは過去の歴史を前向きに直視する勇気を持っている」と、恰も日本の歴史認識が間違っているかのように媚び諂ってたが、外交とは謝罪や同調をすることではない。

 今年は日韓併合から100年の節目で、それに合わせ天皇陛下の御訪韓を画策している様だが、日韓併合を批判する勢力は依然として日帝支配を糾弾しており、その様な中での御訪韓は、不祥事が起こる可能性は大であり、不快なものになるであろうことは火を見るより明らかで、断固阻止せねばならない。要するに韓国は、天皇陛下を御訪韓させ、改めて謝罪させたいのであろうが、無礼千万極まりないことである。

 日本の統治時代を悪逆非道の「日帝36年」と決め付ける韓国の主張の根源は、日本が米国の「戦後民主主義教育」の『洗脳』により自虐史観に陥っている様に、米国の傀儡・李承晩らによる「反日教育」によって影響を受けているのである。

 李承晩は日本統治時代、海外で反日運動をしていた人物で、戦後米国の威光で初代大統領になった人物だ。韓国国民を纏めようと行ったのが「反共」「反日」政策で、これを『国是』としたのである。こうした一部の少数派が創り上げた歴史を未だに信じているのだが、韓国も我が国同様、米国の術中に嵌っているだけなのだ。

 韓国を併合するに至る歴史はアジアの近代史を知る必要があろう。韓国独自での巨大ロシアの排除など到底無理で、況してや近代国家建設の道は日本の助力なしでは在り得ず、寧ろ、日本による韓国保護の必要性を認め、日本と一体となった上で民族の自立発展の道を模索しようとした「日韓合邦派」の主張が現実的だった。

 無論、その合邦派も最後は韓国併合の現実に一切沈黙せざるを得なかったのだ。この悲劇の現実こそが、日韓関係の日韓関係たる所以なのである。韓国人は、こういう事実は一切無視し、「事大思想」から物事を冷静に判断出来ない連中ばかりで、「韓国併合」は西洋列強の植民地支配とは違うとホザく。

 要するに西洋の植民地支配は先進国が後進国を支配したのであって「韓国併合」は後進国の日本が、先進国の韓国を支配したのであって、ナチスドイツのフランス侵略と同じだという発想なのだ。進んだ文化を持つ国が、遅れた国を支配することは至極当然であり、非難など出来る筈もないということなのだが、韓国人の事大思想にはホトホト呆れるばかりだ。

 岡田や小沢、鳩山らの藪蛇外交はこれが初めてではない。小沢は昨年末訪中の帰りに立ち寄った韓国のソウルの国民大学で講演し、「天皇家の祖先は朝鮮南部の権力者だ」「韓国が望めば天皇を訪韓させられる」との妄言を垂れ流し、歴史問題では土下座し、挙げ句に在日への「参政権付与」を約束した。

 過去にも、扶桑社の歴史教科書が問題になった時、「採用されることがあってはならない」と口走り、「慰安婦問題」では国家補償をも打ち出している。

 日本で「自虐史観」が、韓国では「反日史観」が徹底されている状況では、健全な日韓関係の発展は望めないし、国是である「反日」を止め、「親日分子取締り法」などというふざけた法律は廃止すべき、と訴えてくるならいざ知らず、「民族の誇りを傷つけた」とは開いた口が塞がらない。

 コイツらの外交は国益などそっちのけで謝罪や同調をすることだと思っているらしいが、こういう連中は所詮どの国も信用してはいないだろう。日本人も『己を正当化する強固な意志』を持つべきであろう。

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2010年02月11日

奉祝・紀元節

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 本日は建国記念日である。戦前は四方節(元旦)、天長節、明治節、紀元節は四大節として、宮中皇霊殿で天皇親祭の祭儀が行われ、各地で神武天皇陵の遙拝式も行われた。現在、紀元節の祭祀だけが行われていないが、戦後占領政策の「神道指令」の名残りであり、早急に見直すべきであろう。

 明治22年2月11日の紀元節の日に『大日本帝国憲法(欽定憲法)』が発布され、憲法発布を記念する日でもある。以来、全国の神社で紀元節祭を行うこととなり、青年団や在郷軍人会などを中心とした建国祭の式典が、各地で盛大に開催されることになった。第二次世界大戦後の昭和22年、日本国憲法にふさわしい祝日の法案に紀元節が「建国の日」として盛り込まれていたが、連合国軍最高司令官総司令部により削除された。日本が国家主権を回復した昭和27年に漸く復活運動が起き、昭和33年に国会への議案を提出、昭和41年に祝日法が改正され「建国記念の日」となる日を定める政令として再制定され、昭和42年2月11日「建国記念の日」として実施され、今日に至っている。

 本日は全国各地で、神武天皇陵の遙拝式や奉祝パレードが行われる。しかし、この日は「科学的根拠がない」「軍国主義復活反対」などとして、蛆虫・共産党を始めとした売国団体が「奉祝反対」の催しも行うが、連中に日本人としての誇りなど微塵も無く、早々に日本から出て行って欲しいものだ。連中の主張する「科学的根拠が無い」とする論拠が、歴史学者としての三笠宮崇仁殿下が「紀元節祭復活は科学的根拠に欠ける」として、皇居皇霊殿での祭祀に反対している意見を利用していることは困ったもので、左翼はこういったものを利用して国民世論や大衆を煽動するということを知るべきだろう。

 誰もが誕生日を祝うように、国の誕生を祝うのは当然であり、今此処に神武肇国の精神に想いを馳せ、改めて日本という国の素晴らしさ、日本人として生まれたことに感謝せずにはいられない。

 歌曲「紀元節」

伊沢修二作曲、高崎正風作詞

一、雲に聳ゆる高千穂ねおろしに艸も木も
  靡きふしけん大御世を仰ぐけふこそ樂しけれ

二、海原なせるはにやすの池のおもよりなほひろき
  恵みの波にあみし世を仰ぐけふこそたのしけれ

三、天つひつぎの高みくら千代萬づに動きなき
  もとゐ定めしそのかみを仰ぐ今日こそたのしけれ

四、空にかがやく日の本の萬の國にたぐひなき
  國のみはしらたてし世を仰ぐけふこそ樂しけれ

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cordial8317 at 08:31|Permalink

天意とは何か

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 「天に口なし、人を以って言わしむ」という。天は何も言わない。天は人々の頭上高くあって、黙って見ているだけである。だが、人間が天の意想によって生まれたものなら、人が見ると同じ様に天も見ているであろうという思いに至る。

 「天の観るは、我が民の観るに従う。天の聴くは我が民の聴くに従う」となり、また逆に「民の欲するところは、天必ず之に従う」ことにもなる。権力の横暴、閣僚の腐敗、官僚の傲慢、政商の暴利など、大衆の利益を顧みない人民の敵は、天が民の意を汲んでこれに天誅を加えるのである。江戸時代、止むに止まれず起こした百姓一揆、フランス革命で見せた民衆の怒り、東欧諸国の崩壊時に見られた市民蜂起がこれである。殺人などの凶悪犯、贈収賄、詐欺、など「免れて恥なし」という者が、世間を見くびっていると「天網恢恢疎にして漏らさず」となって悪事がばれる。小沢の傲慢且つ横暴も同じ様に天罰が下るであろう。天は公正無比、その正気が邪気を許さないのである。とすれば、天は善に適う。
 
 「積善の家には必ず余慶あり、積不善の家には必ず災いあり」となる。正大な天は不義、不正、不善を厳しく罰するが、しかしその寛容さに於いては実に懐が深い。悪を許すというものではなく、悔い改めさせるのである。「悔い改むるべし、遅ければ悔ゆることあらん」

 天の命によって生を受けた人である。天は不幸な人間を放置しておく訳がない。つまり、天は「自らを助くる者を助ける」のである。

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2010年02月10日

国籍を軽んじる外国人参政権付与法案

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 「外国人参政権付与」問題は、日本に居候する朝鮮人が「我々は強制連行された可愛そうな朝鮮人なのだ。」と詐称し、「我々を日本人と同等に扱え!」と要求したのが最初だ。因みに、強制連行というのは戦争末期、「徴用」されて日本に来た朝鮮人を指すが、彼らはGHQの命令で総て半島に戻っている。被害者を装う彼らの殆どが、日本での職を求めて来たか、不法に入国した連中なのである。彼らは、所得税は不払いを決め込み、「住民税は半額にしろ!」「固定資産税は免除しろ!」と税務担当を脅して認めさせ、まともに納税などすることはない。挙げ句に「日本国民の為」と明記されている生活保護の支給も、外国人のくせに支給を求め、まんまとせしめている。生活保護を在日ら外国人へ支給することは明らかな法律違反だ。

 この生活保護費の受給率は、なんと日本人の4倍以上もある。生活保護の受給が一番な都道府県は大阪府だが、大阪には国内68万人の朝鮮人の内の3分の1の約20万人が住んでおり、そのうち12万人が大阪市に集中している。 この在日らへの地方参政権付与によって、大阪市長の勝敗が左右しかねない恐ろしい数なのだ。この大阪市、在日への生活保護費支給で財政は逼迫しているのは周知の通りだ。「違法」な生活保護費の受給以外にも在日は特権を受けている。例えば、在留外国人は懲役1年以上の罪で国外追放になるが、在日は7年以上の罪でなければ国外追放にはならない。実際は殺人や強盗、強姦なと散々やっているのだが、過去に1人も国外追放になっていない。この謂われ無い横暴が少しずつ明らかにされ、危機感を感じた彼らが持ち出してきたのが「参政権を寄越せ」というフザケタ要求なのだ。こんな不当要求など論ずるまでもなく即時却下なのに、「日本は日本人だけの物ではない」だとか、公明党の様に「創価学会」の布教活動の一環で、在日を擁護し参政権を与えようなどとは言語道断である。

 非合法な生活保護費を集り、住民税も不払い、固定資産税も惚けながら参政権をクレなどとは呆れるが、「参政権」云々よりも、彼らの「永住権」や「通名」こそ、今、再吟味する時なのではないか。国や国籍を軽んじて在日や支那人などの外国籍定住者に参政権を与えることは、そこから国家の崩壊を招くことを我々日本人は自覚すべきである。

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世界的大偉業だった日露戦争勝利

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 今から106年前の明治37年(1904)2月10日、日本は当時世界最大の軍事大国だったロシアと民族の生死を賭けた戦いを開始した。

 1年半にも及ぶ強国との大戦に我が国は奇跡的とも言える勝利を収め、極東小国日本の存在を世界に知らしめた。日本大勝利の報は、固唾を呑んで見守っていた世界の人々を驚嘆させた。

 日露戦争の勝利は、ロシアから占領・弾圧されていたフンランド、トルコ、ポーランドといった国々や、有色人種と差別されていた民族に、国と民族の存在を決定的に変える影響を齎したのである。

 15世紀の大航海時代以来、白人による世界制覇の滔々たる流れが、日露戦争の勝利によって大きく変化し、全世界の有色人種に与えた影響は強烈なものであった。

 印度のガンジー、ビルマのオマッタ、フィリピンのリカルテ、ベトナムのファン・ボイ・チャウ、エジプトのムスタファ・カミール、トルコのケマル・パシャなど挙げれば限が無いが、世界の各地で日本の勝利に狂喜し、有色人種が白人に劣らないことに確信を持ち、各地で独立運動が湧き上がった。

 米国でも、日露戦争後に黒人に人種平等の自信を与え、黒人解放運動の支えとなった。黒人誌「インディアナポリス・フリーマン」は当時、次の様な社説を掲げた。

「東洋のリングで黄色い男達のパンチが白人を打ちのめし続けている。事実ロシアは繰り返し何度も日本人にこっぴどくやられて、セコンドは今にもタオルを投げ入れ様としている。有色人種がこの試合をものにするには、もう時間の問題だ。長く続いた白人優位の神話が、遂に今突き崩され様としている」

 それから15年後、パリ講和会議に於いて日本は国際連盟規約に「人種平等の原則」を入れる提案を行った。

 日本の全権使節団が、パリに向かう途中、ニューヨークに立ち寄った折に、黒人指導者4人が「世界のあらゆる人種差別と偏見を無くす事に尽力して欲しい」という嘆願書を全権団に提出した。

 しかし乍ら、こうした黒人の願いも、米国大統領ウイルソンが議長を務めるパリ講和会議で拒絶されていまうのである。

 日露戦争が齎した歴史的課題の本格的実現は、大東亜戦争を待たなければならないのであるが、日本は敗れはしたが、大東亜戦争後「人種平等の原則」という歴史的使命は果たされるのである。

 世界史にとっても日本史にとっても重要な出来事が、何故か日本では余りにも軽く扱われているが、先人の「誠心」こそ、民族の魂の記憶として、誇り高く永く後世に継承して往かなければならない。



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2010年02月09日

大江健三郎「沖縄ノート」の差別表現

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 「沖縄集団自決・軍命令説」の証拠とされたものの中に、大江健三郎の『沖縄ノート』という本が有る。これを大江は現地取材もせずに、沖縄タイムズの「沖縄戦記・鉄の暴風」というデマを基に書き上げた。このことでも、如何にヤツが作家としての矜持が皆無で、日本を貶める為には手段は選ばない売国奴だということが理解出来る。

 『沖縄ノート』で大江は、沖縄での『自殺者』を虐殺だとし『屠殺者』に准えている。

 マスコミや部落解放同盟は、ほんの些細な差別表記にも異常な反応を見せるが、大江健三郎の『沖縄ノート』に書かれてある「25年ぶりの屠殺者と生き残りの再会・・・」という差別表現には依然として沈黙し、黙殺を決込んでいるが、実に不思議な現象である。

 普段のクダらん差別表現を大騒ぎするのなら、沖縄での集団自決の大きな証拠となっている『沖縄ノート』こそ、差別表現の最たるものとして糾弾すべきではないのか。

 評論家の呉智英は、この『沖縄ノート』の表記に驚き「これ、いつから解禁になったのか。虐殺を屠殺になぞらえようものなら許すべからざる差別表現として、部落解放同盟と屠場労組の苛烈な糾弾が展開されたことは、言論人なら誰知らぬものはいない。」と語っている。


 更に、例えて1982年、俳優座のブレヒト原作「屠殺場の聖ヨハンナ」は、改題してもなお激しい糾弾に合い上演は困難を極めた。

 これについても部落解放同盟などは「誰々の作品だから差別はないと、神格化したものの考え方を一掃したい」と言明したことまでも振り返っている。

 また1987年には「沖縄ノート」と同じ岩波書店の「報道写真家」の中の「戦場という異常な状況下では、牛や豚などの家畜の虐殺と同じになる」という記述が問題にされ、回収処分となっていることも紹介している。

 『沖縄ノート』は一度も糾弾もされず、回収されるどころかアホな裁判官が、これを「軍による集団自決命令はあった」証拠として採用し、摩訶不思議な判決を出した。

 大江健三郎のみ「神格化」される理由は何か? 「反日」「自虐史観」では、バカ左翼の連中は共闘するという事を証明している様なもので、朝日新聞、岩波書店、部落解放同盟らの所感を聞きたいものだ。



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小沢は今や国賊のトップ!

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 今や小沢は、我が国最大の国賊であろう。

 天皇陛下の特例会見問題で、小沢が馬脚を露し、ヤクザ紛いの恫喝会見で国民の顰蹙と怒りを買ったことは記憶に新しいが、昨日の会見も倣岸不遜な態度も同じ様に見苦しいものだった。 「検察当局の公平公正な捜査の結論として、潔白が証明された」と宣っているが、証拠が足らず嫌疑不十分で不起訴になっただけで、無実な訳ではない。
 
 法の網をまんまと抜けたとほくそ笑んでいるが、依然、政治的道義的責任は残る。 世論調査の結果についても「小沢は不正な金を受け取り、けしからん人物だという報道が続いたからだ」と自分の不徳の致すところを恥じることのなく、マスコミの所為にする姿は何処までも姑息な男という印象だ。しかし見方を変えれば、今最高権力者としての幹事長職を辞める訳には行かないという悲壮感も感じる。

 昨年、胡錦濤と会ってからの小沢は「外国人参政権付与」も支那詣から急に法案成立に躍起になっているが、走狗に成り下がった証左だろう。昨年末の小沢が仕組んだ陛下と中共副主席との特例特例は、日本が各国に対して平等の適用を無視し、決して手を出してはいけない皇室の政治利用の領域に踏み込んだ暴挙だった。

 支那詣で国家主席に拝謁した小沢が、交換条件として陛下と副主席の会見を画策し安請け合いしたのは明らかで、日本の最高権力者としての力量を誇示したいが為のものだったことは誰もが知るところだ。この悪しき前例は、日本がしてきた平等の原則の立場を失う事になり、世界からの皇室への尊崇の念や威厳は薄れて行く可能性を秘めている。

 臣下の礼を取り胡錦濤と記念撮影に納まる小沢訪中団の連中の態度には呆れ返ったが、この様な支那への走狗と化し忠誠を誓うが如くの媚び諂いに、畏れ多くも天皇陛下が利用されるという屈辱的な事態は断じて看過出来るものではない。この一件は、不正疑惑問題など比べ物にならない、万死に値する問題である。

 訪中の際、小沢は日本では見せたことの無い饒舌さで「政権交代を実現したが、こちらの国に喩えれば解放の戦いは未だ終わっていない。来夏に最終決戦がある。兵を募り、鍛え、勝利を目指している。野戦軍の総司令官として解放戦が終わるまで徹したい」と、自分の立場をチベットやウイグル自治区や支那各地で虐殺行為を行った人民解放軍の総司令に准えていたが、何たる傲慢、何たる驕気だろう。

 最早、国内最大の国賊と化した小沢一郎が「選挙屋」として参議院選挙をするつもりだろうが、国民もナメられたもので、このクソ野郎の野望は潰すしかない。

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2010年02月08日

佐藤一斎「言志四禄」

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 少(わか)くして学べば、即ち壮にして為すことあり
    壮にして学べば、即ち老いて衰えず
    老にして学べば、即ち死して朽ちず。(言志晩録六十条)

 佐藤一斎の『言志四録』の一節「三学戒」である。生涯、学ぶことの重要性を説いたものだ。


 『言志四録』とは「言志録」「言志後録」「言志晩録」「言志てつ(老の下に至る)録」の四書の総称。

 佐藤一斎を知らない人でも、門下生を聞くと驚く。

 一斎は朱子学と陽明学を教えたのでその門下生は数千人に及び、朱子学としては、小生の地元郡山が生んだ偉人、安積艮斎(あさかごんさい)始め、大橋訥庵、中村敬宇(正直)などがいる。

 陽明学者としては佐久間象山、山田方谷、横井小楠、渡辺崋山。


 その佐久間象山門下から勝海舟、吉田松陰、小林虎三郎、坂本竜馬が輩出し、吉田松陰門下生には高杉晋作、伊藤博文以下錚々たる面々が連なっている。

 また一方で、維新の立役者西郷隆盛は直接の弟子ではなかったが、この『言志四録』を座右の銘としていた。

 『言志四録』の魅力は何といっても箴言が多いところだ。

 例えば人が学問をするに当たって師とすべきものは、天、人、経の三つがある。その中で最上は天を師とすることであり、次いで立派な人を師として習い、その次は賢人の書を師として学ぶことである。(言志録・二条)

 全て事業を為すには、天の意に従う敬虔な心を持つ事が必要である。
功績を人に誇示し、自分の存在をひけらかす気持ちが有ってはならない。(同三条)

 人は生まれつき仁、義、礼、智、信を備えているのだから、この五常を極め尽くすべきである。また、孝、悌、忠といった職分が有るのだから、これらを当然の義務として実践すべきである。これが人としての正しい道である。(同八条)

 自分の過失を責めることに厳しい人は、他人の過失を責める場合も厳格であり、他人を思いやることの寛容な人は、自分にも寛容であるが、これは何れも偏っている。教養の有る出来た人は、自分を責める時は厳しく、他人を責める場合は寛容である。(同三十条)

 千三百三十条もあり限がないので、最後に政治に携わる人が知っておくべき五つの事項を記す。
 第一は軽量で、財政上の軽量を計ること。
 第二は時勢で、時代の動向を見抜いて事を行うこと。
 第三は寛容で、人に接するに心が広く温厚なこと。
 第四は鎮定で、争乱を鎮めて平和を保つこと。
 第五は寧耐で、心を平静にして、よく忍耐すること。
 そして、賢明な人を採用し、心の曲がった人を遠ざけ、農業を奨励し、税金を軽くし、贅沢を戒め、倹約を重んじ、老人を大切にし、幼児を慈しむなど、何れも必要なことで誰もが知っていることである。(言志後録・七九条)

 それぞれの年代に合わせ、悩んだ時、人生に疲れた時などに読むと元気を与えて貰えるに違いない。

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「沖縄集団自決・軍命令」というデマゴギー

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 嘘に嘘を重ねたデマ宣伝が史実をでっち上げるというものの中に『沖縄集団自決軍命令説』がある。恰も事実であるかのように罷り通って来た集団自決軍命令説だが、その初出は昭和25年に沖縄タイムスから出版された『沖縄戦記・鉄の暴風』である。

 売国作家・大江健三郎の『沖縄ノート』など幾つかの集団自決の記録や本が存在するが、これが原資料になっていることを、曽野綾子の『集団自決の真相』で明らかにしている。

 この本は沖縄タイムス社の記者2人が3ヶ月で書き上げたものだが、たった3ヶ月で膨大な『鉄の暴風』を書き上げられたのは、関係者を那覇の旅館に集めて取材したからであるが、その関係者の中には誰一人として渡嘉敷・座間味の集団自決現場に居たものはいなかったのだ。

 それはそうと、何故米軍占領下の昭和25年に全島から証言者を1箇所に集めることが出来たのかという疑問である。理由ははっきりしている。

 『沖縄タイムス』は創刊の辞に「我々はアメリカの暖かい援助の下に生活している。この現実を正しく認識することは取りも直さずアメリカ軍政に対する誠実な協力であり云々」が示す通り米軍の御用新聞として出発した新聞社なのだ。

 戦後沖縄の人々が「日本軍を加害者、米軍を解放軍」などと思ってはいなかったが、米軍は徹底的な検閲を行い、米軍は「解放軍」であると大々的な宣伝を行い、その有力な協力者が「沖縄タイムス」であった。『鉄の暴風』は日本軍加害者論を宣伝するための出版物として米軍支援の下に発行されたのである。

 『鉄の暴風』の中に次の様な件がある「なお、この動乱(沖縄戦)を通じて、おそらく終生忘れることのできないことは、米軍の高いヒューマニズムであった。・・・戦いの暗たんたる記録の中に珠玉のごとき光を放つ米軍のヒューマニズム・・・」この一説を読んでも『鉄の暴風』の正体を雄弁に語っているのではないだろうか。

 体験者の証言もなしに日本軍自決命令を書いた本書は、本当は米軍宣伝書に過ぎないものなのだが、その後、遺族年金の為の根拠とされ、事実であるかの様に見做されて来た。

 反米左派集団が、米軍宣伝のデマを今では金科玉条の如く死守しようとしていることは滑稽極まりないが、こんな流言蜚語を何時までも許して置く訳にはいかない。




cordial8317 at 07:17|Permalink

2010年02月07日

北方領土の日

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 己の土地を他人に奪われて黙っている者はいないだろう。況してや、父祖伝来の国土が強奪されて泣き寝入りする民族が何処にあろうか。「北方領土奪還」は、これは正に日本民族の悲願である。ところが、戦後60年以上も経った今日、北方領土問題は未だ解決の糸口すら見えて来ないのは一体何故なのか。思うに、領土そのものの重要性に対する認識不足と、如何に不法に占拠されたかの真相把握が欠如していること、更には、ロシアへの認識の甘さと対応の甘さ等が綯い交ぜとなった結果が、未解決の根源であろう。

 北方領土は『日露和親条約』並び『樺太・千島交換条約』の締結により、歯舞、色丹、国後、択捉の4島を含む、北は占守(シュムシュ)島から得撫(ウルップ)島の全千島列島と南樺太が、我が国固有の領土となったのである。領土問題では、共産党が「全千島、南樺太の主権」を訴えているが、この認識が正しく、昨年国会に於いて「4島返還決議」を採択したが、この返還要求こそ、事勿れ主義の軟弱土下座外交そのものなのである。先人達の外交努力を無視し、全千島と南樺太の主権が在るにも拘らず4島のみの主張を明記し、見す見す権利を放棄するとは理解に苦しむ。

 安政元年12月21日(1855年2月7日)下田で「日露和親条約」が締結され、4島と千島の間に境界線が引かれ、樺太を混住の地と決めた。その後、明治8年5月7日に「樺太・千島交換条約」が交わされ、樺太の北側を千島列島と交換、南樺太と全千島が日本に帰属したことこそ教えるべきで、如何に2月7日の『北方領土の日』がいい加減な根拠に基づくものであるかが解るだろう。右翼民族派は民族痛恨の日として、日ソ不可侵条約が蹂躪された昭和20年8月9日を「反ロシアデー」として「北方領土奪還」を訴えているが、8月9日とは言わないまでも、南樺太・全千島が日本に帰属した5月7日の方が2月7日よりは相応しい。

 今こそ、国内世論を統一し領土奪還に立ち上がるべきである。「竹島」の問題も然り。最近では沖縄県尖閣諸島の領有権を支那や台湾までもが主張している現況だが、これは戦後、歴代の政府や国会が、領土主張を疎かにしてきた結果である。現在、世界の各地で民族争いの中で国境紛争が頻繁に起きているが、世界では寸土たりとも主権確立には戦いをしてまで死守しているのが世界の常識なのである。「領土問題」は事勿れ主義では解決など出来ないばかりか、譲歩は更なる譲歩を生むだけである。

 領土問題は国家の主権である。

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