2010年04月18日

日本語力の向上を目指せ

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 東京都は、日本語の力が足らずコミニュケーションが取れなかった為に交渉が失敗することが有ったとして日本語力の向上を計るとして勉強会を行っている様だが、石原都知事でなくても乱れた日本語の蔓延に危機感を持っている人は少なくない。日本語の乱れを正すことは急務であろう。

 今日の生半可な言葉の洪水や片言のカタカナ外国語の氾濫にはうんざりだ。日本語が創って来た素晴らしい日本文化に国民は回帰すべきで、単なる流行で安易に横文字を使用しているが「流行」とは元々「病気」を意味している言葉なのである。

 外国人が日本人に感じるものは気品であり、洗練された礼儀正しさであり、寛大さである。世界の何処を探しても日本人の洗練された美を追求する高い創造性や質素な上品さに比肩するものは他にはない。この様な日本の生活文化を支えているものが日本語なのだ。

 安易な横文字の使用は先人達が長い歳月に亘り言葉に宿らせて来た重い意味を失わせてしまう。明治の先覚者は、外来語を全て新漢字に翻訳した。日本語のまま西洋文化を学ぶことが出来たことは偉大なことだ。

 現代人の様に外来語をそのまま羅列し、軽薄な舶来趣味と比べれば、明治人の気骨と気概、高い見識を伺い知ることが出来る。日本語に自信を持ち、何処までも日本語で主張し、日本文化を貫いたからこそ発展が得られたのだ。

 世界で今、1000万人以上の人が日本語を学び始めている。日本語文化を世界に普及し、日本の和の心を伝え、世界平和の実現を図ることは大事だが、先ずは日本人自身が乱れた日本語を正すことこそ大事である。

 余談だが『聞きは七分、話すは三分、聞き上手は人の心を掴み易いし、数多くのことを人から学ぶ』

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cordial8317 at 10:43|Permalink

2010年04月17日

英霊の囁きに耳を傾ければ

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 来週21日から靖国神社の春季例大祭が行われる。国家の危機の要請に応じ、敢然と戦場に赴いて戦い散って逝った英霊に対し感謝の誠を捧げる事は何処の国でも当然のことだ。

 中共や韓国、バカ左翼やエセ宗教団体からの謂れ無きイチャモンや「分祀論」等のアホ臭い議論はもう終わりにして貰いたい。不当な内政干渉に何時まで屈するつもりか。首相の公式参拝は当然であり、陛下が御親拝なされて初めて英霊は安らかに眠れるのだ。

 政教分離や軍国主義の復活などを訴える輩のそれは、妄想の押し付けであり、もし本気でそう思うのなら、政治家が葬儀や法事に参加する事にも異議を唱えるべきだろう。

 世界のどんな国も「英霊」には最大の名誉が与えられている。オバマ大統領は度々、アーリントン国立墓地の囁きに触れ、「負けた戦争」であるベトナム戦争も取り上げてその英雄的な精神を賞賛する。

 米国に比べ、日本は悠久の歴史と民族の一体性に恵まれている。ところが皮肉なことに、国の礎となった英霊の方々は国家から顧みられることが少ない。このことがどれだけ国民精神の頽廃を招いているのか、日本の政治指導者は考えたことがあるだろうか。

 愛国心の欠落、その結果としての国防意識の低下、日本人としての誇りや自信の喪失、子殺しや親殺し、等々、日本の社会に蔓延する問題の全てはそこに起因していると言っても過言ではない。

 自分達の先祖にきちんと向き合うことが出来なくて、どうしてまともな国家を築くことが出来るのだろうか。大切なのはこの国を守る気概と信念と勇気なのである。

 日本再生に取り組むに当り最も重要なことは、靖國神社に眠る神霊の時代を超えた囁きに耳を傾けることだ。靖国に眠る神々は、単に日本の独立を守るために戦ってくれただけではなく、我々が忘れがちな公の精神の体現者だ。

 自分の欲望を追求するだけの身勝手が蔓延りがちな社会で、その対極にあって国家の為に、我々の為に命を捧げた方々が神となって鎮まり給うのである。

 この靖國神社を国家の責任で護持することは当然のことで議論の余地などない筈なのだが、未だ総理の参拝は愚か天皇陛下の御親拝もせられていないのは悲しい限りである。

 我が国は独立国である。何者の拘束を受ける理由はなく、遠慮する必要もないのだ。直ちに抑圧していた障害を排除し、真姿の復元を計るとともに靖國神社の国家護持に立ち上がれ。

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2010年04月16日

哀れなハトヤマ

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 ワシントンポストがコラムで、核安全保障サミットでの各国首脳外交を総括し「哀れなハトヤマが最大の敗者」と扱下ろした。普天間問題での迷走で、鳩山は最早四面楚歌状態。平野官房長官が助け舟を出すも認識の違いが浮き彫りになるだけで、5月末迄に米国と地元沖縄の合意を得られることは困難だろう。

 抑抑、米国側の冷たい反応は、鳩山がオバマに「トラスト・ミー」などと安請け合いしたことに起因する。自分で撒いた種は自分で刈り取るしかないのだろうが、米国のこうした外交姿勢は今に始まったことではない。

 米国という国は何事も自分の利益だけを考える国であり、今日の夕刻までは友人であっても明日の朝にはもう敵となって、それを少しも不条理とも不道徳とも思わぬ国である。米国が友人であるという事は、それが米国の為に有利であるからであり、そのほかの如何なる理由も大義名分もつけたりに過ぎない。

 一旦その利益が失われたならば、何ら躊躇することなく180度転換して敵側に立つことを少しも不思議と思わぬ国であるから、決して心を許すことは出来ない。

 鳩山はオバマが自分と同じ匂いのする政治家だと勘違いした様だが、オバマに有るのは自国の「国益」だけで、鳩山にはその肝心な「国益」も「国家観」も無いから言行全てに重みが無いのである。

 尤も、米国との交渉に一役買った寺島実郎の入れ智恵を信じた結果だろうが、寺島らの様な支那信奉者を信じ対米交渉を行う民主党には困ったものだ。

 これとは逆に、親米保守派にも困ったもので、親米保守派は度々「反中国」を口にし国益を守るぞというポーズを執るが、その実は米国の国益を優先し日本の国益を毀損している場合が多い。

 「南京事件」「従軍慰安婦問題」がそうだが、この問題の背後にいるのは米国だ。所謂「南京大虐殺」は東京大空襲や広島・長崎への原爆投下を敢行した米国の論理の摩り替えであり、日本も30万人も大量虐殺をしていたぞと言いたいが為にでっち上げたものなのだ。

 所謂「従軍慰安婦問題」然り「捕鯨問題」然り。「捕鯨問題」が騒がれる様になったのは、ベトナム戦争で米国の使用した枯葉剤エージェント・オレンジが、環境に及ぼす影響が国連人間環境会議で討議されることになってからだ。

 当時のキッシンジャー国務長官等が、米国の国益を守る為、環境保護団体を利用し無理矢理「捕鯨問題」をこの会議に持ち出したというのが真相で、その後、グリンピースやシーシェパードの様な似非環境保護団体の増殖と理不尽な行為が続いているのは言うまでも無い。

 無理無体、理不尽な事を平気でやる米国との外交交渉は強かに、同盟強化は慎重に、且つ警戒は疎かにしてはいけない。

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2010年04月15日

弱腰・軟弱・全方位・土下座外交

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 オバマ大統領の呼掛けで「核安全保障サミット」が開かれ、鳩山が各国首脳と会談を行ったが、オバマにはシカトされ、胡錦濤には「死刑執行」も、中共軍の沖縄南方海域での軍事行動にも抗議することなく、メドベージェフにも軽く遇われた。国益を賭けた熾烈な駆引きが要求される外交や安全保障に、こうした論争を避けるかの様な腰抜で軟弱な姿勢は隣国を逆上せ上がらせるだけだ。

 「東アジア新時代」という馬鹿げた妄想は、益々支那や韓国、北朝鮮を付け上がらせ、日本の立場は困難を余儀なくされるだろう。事実、支那にはガス田問題で出抜かれ、尖閣諸島の問題でイチャモンを吐けられ、韓国には竹島を不法に占拠され、「日本海」を「東海」に変更しろとホザかれ、北朝鮮には同胞を拉致されながら手出しも出来ず、挙句にテボドンで脅かされる始末だ。北方領土もロシアに不法占拠されたまま一向に解決出来ずにいるのも、全て日本政府の国家主権に対する甘さが招いた結果であり、要は隣国にナメラレっ放しなのだ。

 邦人の死刑執行も、本来ならば譬え犯罪者とはいえ邦人救出に努力するのが独立国として当然の姿ではなかったのか。そうした努力もせずに、毒餃子事件での支那当局の「捜査努力を評価する」などとは本末転倒だ。

 未だ共産主義を最高原理として崇め、神や仏という共産主義を超える最高の存在を許さず、人民には信仰の自由は認めない。集会、結社、出版、言論等々基本的人権が無く、満州、内蒙古、チベット、新疆の異民族を虐殺し土地を奪い、共産主義と漢民族化を強制し、清朝時代の最大版図を「歴史的領土」と主張する中国共産党こそ最大の「帝国主義国」であり、「友愛」を掲げ「東アジア新時代」を標榜する日本が、その支那に併呑され様としている今、日本の取るべき道は悲しいかな「日米同盟」しかないのである。

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2010年04月14日

「支持率など関係ない」と居直る小沢一郎

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 「内閣支持率など関係ない」と居直る小沢一郎は、今や右翼ならずとも市井の臣により天誅を下されても然りの国賊であろう。昨年末の特例会見問題で、小沢が馬脚を露し、ヤクザ紛いの恫喝会見で国民の顰蹙と怒りを買ったことは記憶に新しいが、あの倣岸不遜で姑息な態度を決して忘れてはならない。胡錦濤と会ってからの小沢は、支那の走狗と化し、「外国人参政権付与」に並々ならぬ執念を燃やしているが、国賊には「天網恢恢疎にして漏らさず」必ずその報いが下るだろう。

 陛下と中共副主席との特例特例は、日本が各国に対して平等の適用を無視し、決して手を出してはいけない皇室の政治利用の領域に踏み込んだ。支那詣で胡錦濤に拝謁した小沢が、交換条件として陛下と副主席の会見を画策し安請け合いし、自分が日本の最高権力者としての力量を誇示したいが為の暴挙だった。畏れ多くも天皇陛下が利用されるという屈辱的な事態は、断じて看過出来るものではなく、万死に値する行為である。

 訪中の際、小沢は日本では見せたことの無い笑顔と饒舌さで「政権交代を実現したが、こちらの国に喩えれば解放の戦いは未だ終わっていない。来夏に最終決戦がある。兵を募り、鍛え、勝利を目指している。野戦軍の総司令官として解放戦が終わるまで徹したい」と、自分の立場をチベットやウイグル自治区や支那各地で虐殺行為を行った人民解放軍に准えていたが、今回の会見でも「内閣支持率は関係ない」と居直り、「国民からの理解と支持を得る為に先兵となって戦う」と宣い、言葉は違えども野戦軍の総司令官に准えた立場は変らない。

 何たる傲慢、何たる驕気だろう。最早、国内最大の国賊と化したこのクソ野郎の野望は潰すしかない。

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2010年04月13日

井上ひさしは平和主義者ではなく単なるDV男

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 井上ひさしといえば、大江健三郎や故小田実と並ぶ戦後民主主義者の代表だろう。「平和主義」を掲げ、6年前に大江、小田らと「9条の会」を設立している。ペンクラブ会長も務め、言論による平和運動を理想としていた様だが、口では「平和主義」を掲げ、「軍事力(暴力)よりは話し合いによる解決」としながら、家庭では話し合いによる解決を図ることなど一切無く、度重なるDV(家庭内暴力)は尋常ではなかったという。前妻の内館好子さんは、離婚後「修羅の棲む家」を出版し、井上のDVを曝露している。三女の井上真矢さんも「激突家族」を出版、井上の家庭内暴力の凄惨さを披瀝していることでも、如何に井上が言行不一致の最低の輩だったかが理解出来る。先の大戦を殊更煽り「昭和天皇の戦争責任」を信条としながらも、文化功労賞の表彰では陛下から畏まって授与されていたが、これもまた信念の無さが窺えるものだった。

 日本に共産主義が入って約90年。ソ連東欧崩壊後、左翼団体はイデオロギーを流石に言えなくなり、その「カタチ」は実に陰湿になっている。「カタチ」を変えた左翼勢力は、「9条の会」「外国人参政権付与問題」「夫婦別姓」「歴史教科書問題」「従軍慰安婦」「男女共同参画社会」「人権擁護法案」「協働・共生社会」「ジェンダフリー」「無防備都市宣言」「子ども権利条例」「戸籍法改正」「外国人住民基本法案」と枚挙に遑なし。   

 唯物論やマルクス・レーニン主義に冒された精神異常者や、ジェンダフリーを叫ぶ性的変質者が巷には蔓延しているが、似非平和団体や偽善人権団体の連中に共通するのは、井上ひさしや大江健三郎、小田実、加藤周一同様、物事の見方が実に薄っぺらで腹立たしいものばかり。こういう連中を『懲りない人々』というのだ。

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2010年04月12日

「国家戦略室」という名前は立派だが

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 「国家戦略室」と名前だけは如何にも立派だが、とても国家戦略という代物ではない。連中の目指すものは国家戦略ではなく、如何に次の選挙に勝つかという選挙戦略だけである。国家戦略と名乗ってはいるが、国家観無き愚作ばかりで、「東アジア共同体構想」「永住外国人への参政権」「外国人住民基本法」「夫婦別姓」「国立戦没者追悼施設の建立」「戦時性的強制被害者法」「人権救済機関の設置」「日教組主導の教育関連政策」と、よくもまぁこれだけ国柄を無視した政策を掲げられるものだと呆れるばかり。此れら民主党の基本政策は殆どが国民に知らされることはない。敢えて知らせないというのが本音だろう。
 
 国民に知らされるものは「子ども手当て」や「高速道路の無料化」「揮発油税廃止」など羊頭狗肉と言うものばかりで、その作戦に国民がまんまと騙された。しかもその目玉政策だった「高速道路の無料化」も「揮発油税の廃止」も看板倒れで、国民との約束を反古にし、国防費よりも多額な「子供手当て」も財源が確保されないままばら撒こうとしているが、教育で大事なものはばら撒きより、将来を担う子供達に如何に誇りの持てる教育を施して行くかである。
 
 普天間問題での迷走ぶりを見ても、民主党政権に国家戦略など皆無である。民主党の戦略その総てが、小沢幹事長の意の儘であり、鳩山政権は正に小沢傀儡と言っても過言ではないが、今や小沢の求心力も低下する一方だ。小沢は研修会で新人議員に、「君達の仕事は如何に次の選挙で勝利するかだ」と檄を飛ばしたというが、国会議員は如何に国民の声を聞き、国家国民の為に滅私奉公出来るかで選挙が仕事ではない。小沢は選挙後間もなく「陳情の一元化」を決め、これによって益々民主党への集票力強化がを謀ったが、身内からも批判が多い。小沢は「明治以来の中央集権のカタチを全く変えようという革命だ」と強調し、陳情を透明化することで政官業の癒着を打破出来ると宣っていたが、要は全国からの陳情を幹事長室で一括管理し、美味しい物は小沢が頂く魂胆だったのだろうが、そうは問屋が卸さない。

 鳩山政権の支持率が3割を切り危険水域に入ったというが、漸く国民も民主党の胡散臭さに気付き始めた様である。

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2010年04月11日

冤罪を生む元凶

  
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 グリーンマイルという映画が有る。無実の罪を被って死刑にされる囚人の周りに起こる奇跡を描いたもので、何度見ても切なくなる。このマイケル・クラーク・ダンカン演じる、ジョン・コーフィは無実の罪で処刑されるが、有ってはならないことだ。

 冤罪を生む理由には、捜査のいい加減さや証拠品の不確かな鑑定など様々だろうが、今、科学捜査が当たり前になっているが、信じられない様な驚く鑑定が相次いだのも事実。

 昭和24年、弘前大学の松永藤雄教授宅で妻が何者かに咽を斬られ殺された事件がある。近所に住む那須隆という男が逮捕され、彼の着衣から血痕が見つかり、それを証拠に犯人と断定された。

 彼は犯行を否認したまま起訴され、「反省も無い」との理由から15年の刑を丸々務めることになった。釈放されて間もなく、「弘前大学教授夫人殺害は自分だ」と滝谷福松という男が名乗り出る。

 彼の証言によれば、教授宅はミシン修理に行って面識もあり、犯行時の詳細を供述し、紛れもなく滝谷福松の犯行だったことが明らかになった。

 那須氏は早速仙台高裁に再審請求するが、何故か高裁は棄却。2年後、那須氏が再審請求すると今度はあっさり受理され、無罪判決が出た。

 鑑定の結果、当時証拠とされた着衣の血痕は別のものだったという。そんな事は始めから判りきっているのに、何故2年前は再審請求が却下されたのかと言えば、血液鑑定を行った古畑種基東大教授が生きていたからだ。

 要は事実の解明よりも、科学捜査研究所所長も務め、文化勲章を授与された古畑教授の名誉が優先されたのである。

 2年の間に古畑が鬼籍に入り、漸く無罪判決を得るが、こんないい加減な鑑定や判決が当たり前の様に行われていたという事実に驚きは隠せない。

 「名張毒ぶどう酒事件」も冤罪だというが、冤罪を生む元凶は、捜査に携わる人間の驕りや傲慢さから来るものであると思う。

 「過ちて改めざる、これを過ちという」とか「過ちては即ち改むるに憚ること勿れ」というが、警察も検事も裁判官も、司法に携わる者は、この言葉を肝に銘ぜよ!

 
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2010年04月10日

「観光立国」より「技術立国」

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人気アイドルグループの嵐を『観光立国ナビゲーター』にボランティアとして就任させ、「観光立国」を目指すとしているが、要は支那人や朝鮮人を多く呼び込もうとするもので、「東アジア大交流時代」などという妄想は、日本社会の安全を無視した無責任極まりない愚策であり、到底容認出来るものではない。

今更、何を血迷って「支那本土からの観光客誘致を強化する」などと考えるのだろう。
ここ数年、外国人の旅行者の入国は増えているし、今更、犯罪者予備軍ともいうべき不法滞在者や不法就労者が多発している支那人らに来て貰う必要はない。
支那人犯罪者による凶悪犯罪の増加という現実を無視した上で、治安を一層悪化させることが確実な「査証の簡素化」を既に強行しているが、「東アジア大交流時代」という妄想は国民感情に反するだけでなく、日本人に今迄以上の犠牲者を出す極めて危険、且つ無責任な愚策である。
嘗ては世界一安全といわれた日本が、外国人の急増、それも支那人の増加によって安全が脅かされていることは、幾ら不精な人でも気付いている。
生命の保証、財産の安全こそ国民の願望であり、これに優る国益はない。
支那人や朝鮮人の落とす小銭目当てに「観光立国を目指す」とは笑止千万で、「観光政策は国家戦略というのが世界の共通の認識」などとして詭弁を弄しているが、「観光立国」は本来、発展途上国の政策というべきもので、日本の目指すべきものは、今迄の様に「技術立国」で良いのである。

「ビザの簡素化」「観光立国」「東アジア大交流時代」「外国人参政権付与」の一連の流れは、中共政府の謀略であり騙されてはいけない。

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2010年04月09日

流石はノーベル賞受賞者

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 オバマ大統領が「核兵器を持たない国に核攻撃せず!」との新戦略を発表したが、流石はノーベル平和賞受賞者だけあって言う事が違う。余程プラハが好きな様で、メドベージェフ・ロシア大統領と新たな核軍縮条約を、そのプラハで調印したが、両国とも核保有国としての影響力を維持し続けたいという「大国のエゴ」そのものである。

 昨年、オバマ大統領が北朝鮮のミサイル発射を受けて、プラハで「米国は、核兵器を使ったことがある核兵器保有国として、核軍縮に向かって行動する義務がある。」との演説と、先の国連常任理事会で提言した「核兵器の無い世界」に向けた決議が採択された事への褒美としてノーベル平和賞を受賞したが、「核兵器を持たない国に核攻撃せず!」とは、あの演説が出任せだったことが露呈したということだろう。

 オバマ大統領は何のことはない「我々も核兵器を減らして廃絶に向かうから、日本の皆さんは核兵器を作らないで下さいね!」と言っただけで、本当に核兵器を無くすなど出来るものではないし、するつもりも毛頭ない。対話路線を掲げながらも、アフガニスタンへの派兵を続けていることを見ても 『平和』というものは自ら創り出さねばならない時代だということを痛感する。

 方や日本国内を見れば「核を持つと日本が孤立する」だとか「非核三原則が有れば大丈夫」と言う妄言が未だに罷り通り、挙げ句に岡田らが「日米密約説」を暴こうと躍起になっている有様で、それに何の意味が有るというのだろう。

 冷戦時代、日本の平和が続いたのは米国の「核」の力に拠るものと、単なる偶然だったのだが、平和に貢献した米国の核の持込まで暴いて糾弾しようとは正気の沙汰とは思えないし、「平和ボケ」の象徴にしか見えない。

 「平和ボケ」という言葉は高度成長からバブル時代にかけて、金儲けや飽食に狂奔してきた世相や、空想的平和論を弄び、米国の核には反対しても、支那やロシアの書くには反対したことも無い左翼運動家を揶揄したものだが、今の日本も全く同じで、未だ「平和ボケ」から脱却出来ずにいる連中が国を治めているのは困ったものだ。

 我が国が、自主憲法を制定し、国軍を整備し、安保条約を解消し、自らの国の「平和」を自ら創り出すという、当たり前の国になるのは何時のことだろう。

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2010年04月08日

支那製「チャイナホワイト」という麻薬

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 支那で麻薬密輸の罪で「死刑」判決を受けていた日本人受刑者が処刑された。明日にも、3人が処刑されるというが、犯罪者とはいえ同朋を救出しようと努力するのは独立国として当然だと思うが、情けないことに日本政府は傍観者を決込んだ儘で、こんな外交姿勢で「拉致問題」を解決することは到底無理な話しだ。

 支那が麻薬に敏感なのは、やはり「阿片戦争」の苦い経験から来るものだろうが、その国に「死刑制度」があり、それに触れるならば粛々と刑の執行をするのは当然である。昨年、英国籍の男が新疆ヘロイン4kgを持ち込み逮捕され、法律に則り「死刑」判決を受け年末に処刑された。

 今、支那には「チャイナホワイト」という麻薬が生産されており、欧州系のヘロインをも凌ぐ純度の高さだという。今時の麻薬の密売人にとって、支那に麻薬を買いに行くのは、「銚子に干物を買いに行く様なもの」だそうだ。

 そんな汚名を返上すべく、「死刑」執行を急いでいる感も否めない。「死刑制度」に異常な反応を見せる人権派は、今回の死刑執行には何故か沈黙しているが、如何にも連中らしい。

 日本では大騒ぎになる問題も、支那や朝鮮絡みの問題は、何故か人権派や自称・平和団体はダンマリを決め込む。やっても、国内向けにチョこっと申し訳程度にアピールするだけだ。

 こういう事態の時こそ、支那に出向いてお得意の『話し合い』で解決したらどうだろうと思うが、尤も偽善の「人権団体」似非「平和団体」なのだから出来る訳もなく、やる積もりもない。

 日本の刑事訴訟法は、「死刑」確定から6カ月以内の執行を定めており、いずれも6カ月以内に検察庁が法相に「死刑執行上申書」を提出し、規定通り、法相の命令から5日以内に執行されなければならない。

 最近続いている「冤罪事件」を理由に「死刑廃止」を止めろとするのは本末転倒で、今現時点で「死刑」という制度が有る以上、粛々と刑の執行をすべきである。  

 法務大臣は、死刑執行も在日の強制送還も、あらゆる犯罪に対して毅然とした態度で『公正』に処理しなければならないのだが、順法精神皆無の売国奴・千葉景子だものそりゃ無理だわな。

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2010年04月07日

宇宙ステーション「きぼう」に翻る「日の丸」

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 山崎直子さんら7人が搭乗した、米シャトル「ディスカバリー」の打ち上げが成功し、今日夕方には国際宇宙ステーションにドッキングし作業を行うが、日本実験棟「きぼう」で生活を送っている野口聡一さん然り、日本人宇宙飛行士の活躍は、同じ日本人として誇りに思う。

 「きぼう」の船体には「日の丸」が標されている。国旗「日の丸」が宇宙に在るかと思うと、感激も一入だ。宇宙で正月を迎えた野口さんが「是非、船内に日本文化を持ち込みたい、きぼうの中で和の心を忘れずに夢を追いたい」と、日の丸を掲げ、書初めをし、門松を飾っていたが、こうした和の心を矜持し、国際社会に恥じることなき資質を備えているのが真の国際人であり、日本人であると思う。

 「敷島の大和心を人問わば朝日に匂う山桜花」正に桜花咲き匂うこの時期、各地で卒業式、入学式が行われるが、それに合わせ、国旗「日の丸」、国歌「君が代」に反対する勢力も蠢き出すが、日本に住んで、日本の恩恵を享けながら、日本に誇りも持てず卑下する輩は醜く見苦しい。

 バンクーバーで繰り広げられた冬季オリンピック、パラリンピックが閉幕したが、今大会での日本選手は、各国選手と比べて一際大きな日の丸がユニホームや帽子などに翻っていたが、参加選手の直向な姿勢や、高橋大輔選手や浅田真央選手の涙と相俟って感動すること頻りだった。まともな日本人ならそんな気持ちになるのは当然だろう。こうしたオリンピックなどの国際大会で、愛国心の高揚や、国旗・国歌に対する敬愛の念が増すことは、日本国民として極めて健全な発露であろう。

 多くの日本人は国旗・国歌に親しみを感じている。ところが未だ、「国旗及び国歌に関する法律」が制定されて以降も、これに公然と異議を唱え、反対している勢力が存在する。

 「日教組」や「全教」といった反日教育を施している連中で、「日の丸は軍国主義の象徴だ」「君が世は天皇賛美だ」との偏狭な言説を垂れ流し、将来の日本を担う子供達を洗脳している状況は、健全な世論に逆行するばかりか、教育現場での混乱は国益を損ねるもので、公務員で有りながら法律を遵守もしない不良教師の一掃を図るべきだ。しかし、民主党政権の支持母体こそが、日教組や自治労といった名うての反日勢力なのだから世も末である。

 日本の青少年が、宇宙で活躍する野口、山崎さんの様な和の心を矜持し、国際社会に恥じることなき資質を備え、未来に大きな夢を繋げることの出来る健全な学校教育を熱望するものである。

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2010年04月06日

支那人による蚕食を阻止しよう!

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 今、世界で、支那人の俄か成金による不動産購入が増加し、世界が蚕食されているという。欧米諸国の多くが、ゴキブリ並に繁殖力のある支那人や朝鮮人に自国民の生活環境を脅かされる程に成長した「移民問題」に悩まさているが、日本は暢気なもので、世界各国から忌み嫌われているこの支那・朝鮮系の移民を、率先して招き入れ様としているのだから恐れ入る。

 民主党は「査証の簡素化」「外国人参政権付与法案」「外国人住民基本法案」の実行を謀っているが、これは中共政府の一連の謀略であり、国民感情に反するだけでなく、日本社会の安全を無視した無責任極まりない愚策であり、決して騙されてはならない。

 数年前「チャイナタウン構想」が持ち上がった仙台で、市長が「中国(支那)は日本を極東の片隅に抑え込み、日米同盟関係を分断する戦略を持っている。これを前提に政府も自治体も国民も付き合って行くべきだ。」と述べ、チャイナタウン構想を頓挫させたが、実に正鵠を射た見解且つ行動だった。

 「外国人参政権付与問題」についても、在日の「特別永住者」のことばかりが持ち上がるが、近い将来必ず支那人「一般永住者問題」になる非常に深刻且つ危険な問題を孕んでいるにも拘らず、殆ど議論されてはいない。

 「在日」が大半を占める「特別永住者」は、在日韓国人の多くが日本人と結婚し、その子供は総て日本国籍になるなどして減少傾向が止まらないのに対して、支那人「一般永住者」の方は、留学生の増加などによって更に増加し、永住外国人の前提となる一般の在留外国人の登録者数は、今や韓国・朝鮮人の数を上回っている状況なのだ。

 支那人が「一般永住者」として大量に移民して来れば、ゴキブリの如く繁殖する支那人に、日本などあっという間に呑み込まれ、チベットやウイグル化してしまうだろう。「池袋チャイナタウン問題」もそうだが、自治体、警察はこうした支那人の動きを徹底監視し、逸早く対策を講じ、違法行為には厳正に対処し、国土の蚕食を阻止せねばならない。

 支那人の蚕食を許すまじ!

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2010年04月05日

靖國神社の桜の花の下で「同期の桜」を歌う会

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 一昨日、知人らと桜満開の靖國神社に詣で「桜の花の下で『同期の桜』を歌う会」に参加して来た。

 境内の「迅雷桜」が咲き出すと「開花宣言」が出され、約1週間後には満開になる。昨年暮れに気象庁が「開花予想」を取り止めると発表したが、「開花宣言」は従来通り、靖國神社の標準木を基準に行われている。昨年は、開花宣言から一週間後に参詣したが、満開どころか1,2分咲き程度でガッカリした記憶が有るが、今年は前日吹き荒れた強風にも何のその、桜満開でしかも最高の日和、人出も大賑わいでごった返していた。こうして自然発生的に靖国に集う日本人の多さを見れば、未だ未だ日本も大丈夫だと感じる。

 本殿参拝に続いて、本殿左手に在る「鎮霊社」に詣でるのが恒例で、「鎮霊社」には、賊軍とされた会津藩や我が故郷の二本松藩、西郷隆盛などの悲運の運命を辿った方々が小さな社に祀られている。所謂A級戦犯の分祀論が出る度、賊軍とされた先人の名誉回復こそが先ではないかとの思いになるが、靖国神社の創立に長州藩が大きく係っていたことが要因であろうが、靖国神社とはそういう社でもある。靖国神社の真ん中に「大村益次郎」の銅像が建っているが、大村さんは上野の西郷どんの銅像を睨んで建っていることを御存知だろうか、それを以て見ても靖國神社の成り立ちが分かるだろう。

 その「大村益次郎」の銅像前特設ステージで「靖國神社の桜の花の下で『同期の桜』を歌う会」が行われた。
「海ゆかば」が流れる中、英霊に対し黙祷を捧げ、主催者代表の国学院大学の大原康男先生の挨拶に続き、献杯、女性コーラス隊が登壇し愈々「歌う会」という名の大軍歌大会が始まった。間髪を容れず次々と歌われて行くが、大声で、立ちっぱなしで歌っていると結構疲れる。喉も渇いたので、途中で退席し、銀座ライオンで「直会」という名の一献を挙げることにした。今回、サプライズゲストとして畏友のN氏も同道してくれて、大いに盛り上がり、上野のコリアンタウンの焼肉屋「板門店」で二次会、強かに呑み過ぎて、フラフラになりながらも最終の新幹線で帰還した。N氏の言葉を借りれば、大破・轟沈で、毎度の事ながら猛省。

 民主党政権は靖国神社に代わる追悼施設の建立を企んでいるが、言語道断であり、「日本は日本人の為のものではない」ではなく「日本の国は今生きてる我々のものではない」のだ。国家の為に尊い命を捧げた方々の御魂を奉斎する靖國神社を、国家の責任で護ることは余りにも当然のことで論議の余地などない。国民挙って護国の英霊に感謝し崇敬の誠を捧げる姿は、靖國神社に代わる追悼施設が造られ様とも未来永劫絶えることはない。

 追悼施設より、靖國神社の大祭に天皇陛下が御親拝せられることを目指すべきで、聖恩無辺、英霊並びに遺族にとっての感激と光栄、これに優るものは無いのである。我が国は独立国であり、何者の拘束を受ける理由は無く、遠慮する必要もない。直ちに抑圧していた障害を排除し、真姿の復元を計り、靖國神社国家護持に立ち上がろうではないか。

 散華の心と鎮魂の誠という、この分かつ事の出来ない「誠心」こそ、民族の魂の記憶として、誇り高く永く後世に継承して往かねばならないのだ。心静かに眼を閉じれば英霊の声が聞こえて来る。

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2010年04月02日

谷垣禎一と、舛添要一

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 今朝の福島民報の「あぶくま抄」に谷垣氏の人となりが窺えるコラムが載っている。

 自民党の谷垣禎一総裁は「人柄はいいのだが・・・」と揶揄される。ただ一昨日の31日の党首討論は少し違った。

 「政治とカネ」や普天間基地移設問題で迷走する鳩山由紀夫首相を厳しく追及した。この2日前、谷垣総裁は会津若松市の伊藤正義文庫を訪ねた。

 一枚の写真に釘付けになる。約30年前の第二次大平内閣の施政方針演説のパネルだった。

 官房長官の伊藤氏の隣に文相の谷垣専一氏がいる。「伊藤先生とおやじだ」思わず声を上げた。

 二人は大学の同期で、同じ農林省に入省する。

 「(軍隊に)入営につき、会津まで見送る」「結婚式に出席」専一氏の日記には伊藤氏の名前があったという。専一氏は文相を終えた3年後に急死、谷垣総裁が地盤を継ぐ。その後、代議士として教えを受けたのは同じ派閥・宏池会の伊藤氏だった。

 写真に並んだ本当の父と政治の父は、野党党首の息子に何を語り掛けたのだろう。

 「嘘をつかず、変なカネを使わない誠実な政治をする。果たさないと伊藤先生に叱られる」文庫での誓いが党首討論で現れたのか。

 支持率が低迷し、自民党総裁の道のりは厳しい。確りした野党がない国も情けない。

 方やポスト谷垣として名前が挙がっている舛添要一氏だが、度々メディアに登場しては執行部批判を繰り返しているが、実に見苦しい。

 民主党の連中にしてみれば「敵の敵は味方」で、恐らく自民党内のゴタゴタをほくそ笑んで見てるに違いない。

 穿った見方をすれば、外国人参政権付与など小沢や鳩山と共通するものも多々有り、秋波を送り政権与党に就きたいというのが本音で、やはり権力への固執は半島のDNAの成せる業なのだろうか。

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正統の保守主義とは

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 平沼赳夫が今月中に新党を立ち上げるという。自民党や民主党に触手を伸ばしてる様だが、烏合の衆の弱小政党になる位なら、少数でも真の保守主義者のみで、迫り来る亡国の波と対峙し奮励努力して戴きたいものだ。

 正統の保守主義者に於いて時間を体験する仕方は、過去の意味を直視し、その中に価値を見出す発見によって未来を創造して行くものであるが、今の自民党も、民主党も未来が全てであり、完全な自由主義者ばかりで、国民もまた、魂亡き繁栄に現を抜かし、国の大本を忘れ日本精神を失い、政治は自己保身、権力欲、偽善のみに狂奔している。

 三島由紀夫は『文化防衛論』の「反革命宣言」で「もし革命勢力、ないし容共政権が成立した場合に、例えたった一人の容共的な閣僚が入って、もしこれが警察権力に手を及ぼすことが出来れば、忽ち警察署長以下の中堅下級幹部の首の挿げ替えを徐々に始め、或いは若い警官の中に細胞を潜ませ、警察を内部から崩壊させるであろう」と述べ、更に『我々はあらゆる革命に反対するものではない。暴力的手段たると非暴力的手段たるとを問わず、共産主義を行政権と連結せしめようとするあらゆる企画、あらゆる行動に反対するものである。この連結の企画とは、所謂民主連合政権(容共政権)の成立及びその企画を含むことを言うまでもない。名目的たると実質的たるとを問わず、共産主義が行政権と連結するあらゆる態様に我々は反対するものである』と述べているが、正に今、民主党政権下で、マニュフェストにも載せず直隠しした『基本政策』である『外国人地方参政権』や、元慰安婦に対し国家賠償する『戦時性的強制被害者法案』、靖国神社の英霊を冒涜する『国立戦没者施設の建立』、日本の家族制度を崩壊に導く『夫婦別姓』、または言論の自由を侵害する『人権救済機関の設置』や『外国人住民基本法案』『日教組主導の教育関連政策』などの反日的且つ亡国的な政策を、次々と行政権と連結しようとしている暴挙を、我々は手を拱いて傍観している訳には行かない。

 安政の大獄で牢につながれた吉田松陰が一時的に恭順した時期でも草莽の民の崛起を信じて、やがてそれが明治維新に至った例に倣い、志のある国民で『真正保守』の流れを作ることこそ肝要である。

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2010年04月01日

鳩山兄弟の「平成維新」と「平成の坂本竜馬」を嗤う

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 渡部恒三が、鳩山と谷垣を「どっちも一番トップのポストに在りながら存在感と決定権が無い」と揶揄していたが、昨日の党首討論を見ても隔靴掻痒の感は拭えない。

 鳩山は就任後の所信表明演で、恰も自分が維新の志士にでもなった積もりで「無血の平成維新」などと、ナルシストぶりを発揮し、軽々しく「維新」などと口走っていたが、あの台詞や気概は一体何処へやら。今や、小沢の傀儡として操られ放題で何ら施策を実行出来ず、相も変らずその場凌ぎの詭弁を弄しているだけで、維新者とは程遠く厚顔無恥を曝すばかりだ。

 兄の「平成維新」に触発されたのは唯一弟の邦夫だけで、邦夫も「平成の坂本竜馬になる」などと訳も解らない理屈を述べて悦に入っていたが、気概も思想も無い輩に付いて行くバカはいない。政治の世界など「金の切れ目が縁の切れ目」で、母親からの手当てが途絶えた今、誰も付いては行かないだろう。

 「維新」という重みを理解すれば、気安く口に出来るものではない。日本の維新には「大化の改新」「建武の中興」「明治維新」の三つがあるが、総て天皇中心の政治を目指したもので、況してや皇室を軽んじ、日本の社会主義国化を目指す鳩山如きが「平成維新」などと軽々しく使う言葉ではない。

 明治維新の立役者は多く存在するが、吉田松陰先生殉節150年の今、その思想「一君万民論」「飛耳長目」「 草莽掘起」「対外思想」の四つを紐解いてみよう。

 【一君万民論】
「天下は一人の天下」と主張して、藩校明倫館の元学頭・山県太華と論争を行っている。「一人の天下」という事は、国家は天皇が支配するものという意味であり、天皇の下に万民は平等になる。一種の擬似平等主義であり、幕府(ひいては藩)の権威を否定する過激な思想であった。

 【飛耳長目】
 塾生に何時も、情報を収集し将来の判断材料にせよと説いた、これが松陰の「飛耳長目(ひじちょうもく)」である。自身東北から九州まで脚を伸ばし各地の動静を探った。萩の野山獄に監禁後は弟子たちに触覚の役割をさせていた。長州藩に対しても主要藩へ情報探索者を送り込むことを進言し、また江戸や長崎に遊学中の者に「報知賞」を特別に支給せよと主張した。松陰の時代に対する優れた予見は「飛耳長目」に負う所が大きい。

 【草莽崛起】
 「草莽」は『孟子』においては草木の間に潜む隠者を指し、転じて一般大衆を指す。「崛起」は一斉に立ち上がることを指す。『在野の人よ、立ち上がれ』の意。安政の大獄で収監される直前、友人北山安世に宛てて書いた書状の中で「今の幕府も諸侯も最早酔人なれば扶持の術なし。草莽崛起の人を望む外頼なし。されど本藩の恩と天朝の徳とは如何にして忘るゝに方なし。草莽崛起の力を以て、近くは本藩を維持し、遠くは天朝の中興を補佐し奉れば、匹夫の諒に負くが如くなれど、神州の大功ある人と云ふべし」と記した。

 【対外思想】
 『幽囚録』で「今急武備を修め、艦略具はり〓略足らば、則ち宜しく蝦夷を開拓して諸侯を封建し、間に乗じて加摸察加(カムチャッカ)・〓都加(オホーツク)を奪ひ、琉球に諭し、朝覲会同すること内諸侯と比しからめ朝鮮を責めて質を納れ貢を奉じ、古の盛時の如くにし、北は満州の地を割き、南は台湾、呂宋(ルソン)諸島を収め、進取の勢を漸示すべし」と記し、北海道の開拓、沖縄(当時は独立した国家であった)の日本領化、朝鮮の日本への属国化、満州・台湾・フィリピンの領有を主張した。松下村塾出身者の多くが明治維新後に政府の中心で活躍した為、松陰の思想は日本の対外政策に大きな影響を与えることとなった。

 松陰先生の遺したもので「士規七則」が有る。甥の元服式に贈った「武士の心得7ヶ条」を記したものだが、今回は割愛するが是非読んで頂きたいものだ。心有る国民は今こそ松陰先生の「草莽掘起論」を想起し、日本の為に立ち上がろうではないか。

 『留めおきし大和魂時を得てたぎる血しほか匂うもみじば』(國士舘創立者・柴田徳次郎先生)

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2010年03月31日

教科書修正要求を繰り返す韓国

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 文科省が来年度の教科書の検定結果を発表し、早速韓国政府は小学5年の社会科の「竹島」記述に対し難癖を付けてる様だが、連中の歴史教科書に対する修正要求は、歴史解釈という範疇ではなく我が国の歴史そのものを否定するもので、憤激に堪えない。

 数年前、国際的な通信社「チルドレン・エキスプレス東京支社」の子供達が在日韓国大使館の政務事務官を訪ね「もし日本が、韓国に教科書を修正して欲しいと言ったらどうですか?」と素直に聞いた。

 参事官は「近代史の歴史に於いて加害者の立場と被害者の立場があり、誤った歴史を反省した上で友好関係を築いて行くことが大事で、先ずは加害者側への努力を求めることが筋だ」と述べた。

 要するに日本は韓国に被害を与えた国だから同等の権利など無く、修正要求に応じるつもりは毛頭無いということなのだ。歴史問題に対する修正要求は明らかな内政干渉で、「日韓平和条約」にも違反するものであり、毅然と抗議すると共に、竹島問題の歴史的事実を啓蒙すべきである。

 韓国は竹島を独島と称し固有の領土と主張するが、この根拠は、三国史記という古代朝鮮の歴史書に鬱陵島の隣にある干山島が新羅の領土と書かれていることに帰着する。4~5世紀から韓国領だったというが、古地図では干山島は鬱陵島の西に接近している。

 竹島は、鬱陵島の東南92キロに在るのだから、干山島が竹島である筈もなく、こんな判りきった事実が有るのに、何故韓国は干山島は竹島だから固有の領土だと主張するのか。

 それは、竹島と鬱陵島の周辺の小島の呼称が、竹島は以前、松島と呼ばれた時代も有るし、リャンコ島と呼ばれたこともある様に、色々変遷して来た為の錯覚でしかない。

 李氏朝鮮時代の地図には、鬱陵島より90キロも先に在る島のことなど唯の一度も登場したことはなく、鬱陵島とその近くの干山島などの小島以外は全く出て来ない。

 考えてみれば当然のことで、李氏朝鮮時代には鬱陵島すら空島政策によって居住が禁止されており、それより遥か先の島のことなど関心の外、認識すらなかったのである。

 この領土問題を紛らわしくしているのは、日本では当時、鬱陵島を竹島と呼んでいたということくらいだろうが、歴史的に見ても竹島は我が国固有の領土であり、韓国の主張は全く根拠がないのである。

 昭和29年9月25日に日本政府は、この問題を国際司法裁判所に付託することを提議し、国際司法裁判所が介入し「調停に拠り解決を図る」との合意に至っているが、韓国政府は未だに一度も応じていない。応じていないというより、応じられないというのが本音だろう。

 また、昭和26年に韓国がアメリカ政府に対し、ポツダム宣言の解釈として「日本が放棄した領土には竹島(独島)が含まれるべきである」と要求したが、次の様に回答されている。

 「独島、又は竹島ないしリアンクール岩として知られる島に関しては、この通常無人島である岩島は、我々の情報によれば朝鮮の一部として取り扱われたことは決してなく、1905年頃から日本の島根県隠岐支庁の管轄下にあります。この島はかつて朝鮮によって領土主張がなされたとは思いません」(ラスク国務次官補より梁韓国大使宛書簡、1951年8月10日付)

 歴史的に見ても、竹島は我が国固有の領土であり毅然と領有権を主張すべきで、領土問題での譲歩は更なる譲歩を生むだけで何の解決にもならないばかりか、国家主権に対する認識不足や対応の甘さは、韓国を始めロシア、中共、北朝鮮といった連中になめられるだけだ。

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2010年03月30日

靖國神社の「迅雷桜」

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 先週、靖國神社の基準木「迅雷桜」が咲き始め「開花宣言」が出された。開花宣言から、1週間後が満開になる。毎年この時期に合わせ、知人と靖國神社に詣でるのが恒例となっていて、彼此20年以上続いている。

 靖國神社には年に何度も参拝するが、この時期の桜が満開の時に参拝するのが一番好きだ。今年は、今週末の3日に参拝し、初めて「同期の桜を歌う会」に参加する予定でいる。英霊の遺書には「桜満開の時期に靖国で再会しましょう」というものが多く、「同期の桜」に「花の都の靖國神社、春の梢に咲いて会おう」ともある。

 やはり靖國神社には、桜満開の時期に詣でるのが良いと思う。所謂「終戦記念日」の8月15日は遺族の方々や関係者が静謐な環境の中、心静かに参拝すべきと思っている。散華された英霊の鎮魂を祈るなら近くの神社で十分だし、或いは家や出先で黙祷を捧げるだけでも良いだろう。態態敗戦の日に、遺族其方のけで軍服や隊服を着て参拝している人を多く見掛けるが歓心はしない。 

 桜満開の九段は最高に綺麗で、一句詠みたいと思うが如何せん歌心が乏しくもどかしい。桜は古代から日本人に最も愛され親しんだ花で、それだけに桜への憧れの詩も多く詠まれている。

 世の中にたえて桜のなかりせば春の心ものどけからまし(在原業平)
 敷島の大和心を人問わば朝日に匂う山桜花(本居宣長)
 願わくば花の下にて春死なんその如月の望月の頃(西行法師)
 風誘う春よりもなお我はまた春の名残りをいかんとはせん(浅野内匠頭)
 散る桜残る桜も散る桜(大愚良寛)

 また桜は死に際の潔さで昔から武人、軍人精神に最も合う花でもある。九段の桜、同期の桜、愛国の桜。
陸軍の徽章は桜、海軍は桜に錨。靖国神社の紋は菊に一重桜。

 「桜」は日本人の心の文化と美意識の真髄なのである。

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2010年03月29日

「アジア新時代」なんてクソ喰らえ!

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 日中韓両政府の合意に基いて「歴史共同研究」という茶番が行われているが、支那、韓国側の歴史に対する修正要求は歴史解釈という様な範疇ではなく、我が国の歴史そのものを否定するものであり断じて看過出来るものではない。

 歴史問題に対する支那、韓国の異常な程の難癖は今に始まったことではないが、これらの修正要求やイチャモン難癖は明らかな内政干渉で「平和条約」違反である。「平和条約」には「両締結国は善隣友好の精神に基づき且つ平和及び互恵並びに内政に対する相互不干渉の原則に従い両国民の交流促進のため努力する」と踏襲されている。

 支那、韓国は度々「近隣諸国条項に基いて対応すべき」と宣うが、「近隣諸国条項」は国際法でも正式な法令でもなく、優先すべきは「近隣諸国条項」よりも「平和条約」であり、支那、韓国こそ「平和条約」に違反しているということを認識させるべきだろう。

 福沢諭吉は「脱亜論」で「ただ隣国だからという理由だけで特別な感情を持って接してはならない。国際的な常識に従い、国際法に則って接すればよい。」と支那人や支那人との接し方を教えているが、蓋し正論である。

 連中の対日批判の多くは、民族性の「虚言癖」から来る歪曲と捏造であるが、その中でも「南京大虐殺」や「慰安婦問題」はその典型だろう。南京での虐殺など存在せず、ジョン・ラーベの嘘を歪曲し喧伝してるだけだ。

 慰安婦問題でも、元慰安婦だと称する老婆が「日本兵に銃を突きつけられ、殺して釜茹でにして喰ってやると言われた」と証言し、朝日や毎日を始めとする蛆虫らがここぞとばかり大騒ぎしたことが有るが、残念ながら日本には老婆の言う様なそういった風習はない。

 この証言は、大陸支那の影響を受けた朝鮮人が、悪病治療の迷信から人間の肝や指などを食べていた「人肉食習慣」を、日本人も同じ様に行っていると思って仮託した「同一化虚言」のひとつであり、日本軍がやったとされる所謂「三光作戦」もその類の嘘である。支那人や朝鮮人の、こうした歪曲や虚言は枚挙に遑がない。

 倣岸無礼な支那、韓国には、西郷隆盛の「征韓論」に倣い、正式な責任ある問罪使を派遣し、正理公道を以って猛省を促すべきだろうが、今、西郷隆盛の様な気骨ある政治家もおらず、福沢諭吉の様な思想家もいないのが日本の不幸である。

※福沢諭吉「脱亜論」全文 
http://www.jca.apc.org/kyoukasyo_saiban/datua2.html

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2010年03月28日

親父の小言

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 福島県相馬市の大聖寺の住職、暁仙が昭和3年に書き残したとされる「親父の小言」という物が在る。中々含蓄の有る言葉が多く、県内では珠玉の言葉として額に入れ飾っている家庭も多い。

  『親父の小言』

 火は粗末にするな
 神仏をよく拝ませ
 人には腹を立てるな
 人には馬鹿にされていよ
 恩は遠くからかくせ
 女房のいうこと半分
 家業は精を出せ
 たんと設けてつかえ
 人には貸してやれ
 女房は早く持て
 生物を殺すな
 義理は必ず欠くな
 大酒は呑むな
 判事はきつく断れ
 貧乏を苦にするな
 塩もたやすな
 怪我と災は恥と思え
 小商ものを値切るな
 産前産後を大切に
 泣き言は必ず云うな
 人の苦労を助けてやれ
 家内は笑ふて暮らせ
 朝きげんをよくしろ
 不浄を見るな
 身の出世を願え
 年寄りをいたわれ
 万事油断するな
 子のいうこと八九きくな
 何事もかまわずしろ
 借りては使うな
 女郎を買うな
 難渋の人にほどこせ
 年忌法事をしろ
 ばくちは決して打つな
 大めしを喰うな
 世話焼になるな
 火事の覚悟をしておけ
 水はたやさぬようにしろ
 戸締りに気をつけろ
 物を拾わば身につけるな
 何事も身分相応にしろ
 小便は小便所へしろ
 病気は仰山しろ
 不吉は云うべからず

( 福島県相馬市 大聖寺 暁仙 昭和3年)

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2010年03月26日

誰だ、こんな民主党を支持したバカは・・・

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 政府の普天間問題は解決の兆しすら見えないが、此処に来て亀井大臣が固執する郵政改革法案を巡り閣内でまたもや意見が対立、政権の新たな火種になる模様だ。こんな中で、中井国家公安委員長が30歳も年下の知人女性を議員宿舎に招き入れ、溌剌さをアピールした様だが、危機管理上問題の残る行動には違いない。

 民主党政権下での政治の混乱、機能不全は惨憺たる現況で、経済の停滞、低迷、国民不在の政争は一体何時まで続くのやら。

 大多数の有権者は、マスコミの提供する偏った報道に毎日接することで意思行動を方向付けられる。声の大きい者、頻繁に接する物に、人は正しい者、魅力のある物として誘導される。例えば、テレビショッピングは一種の洗脳番組だが、視聴者に都合の良い部分だけを繰り返し何度も見せて、その後、有名人らに感想を聞いたり、実体験を語って貰ったりする。此れを見た視聴者は、大して欲しくないものをついつい勢いで買ってしまうが、マスコミはこうした人間の心理を全て理解した上で垂れ流す。此れが『バンドワゴン効果』というものだ。

 報道するものが、見せたいものであり、誘導したいもので、報道しないものが国民に知らせたくないものだ。巨大な洗脳装置がマスコミであり、くだらない芸能ニュースやお笑い番組などにどっぷり浸かっている人達こそが愚民政策の体現者なのである。テレビばかり見ているとバカになるってのも満更嘘ではない。マスコミが報じない重要な問題を、自分自身で紐解き、判断出来る公正、無私無偏な目を持ちたいものだ。

 先の総選挙での民主党勝利の要因は、連日マスコミが垂れ流す『政権交代』という「バンドワゴン効果」で無党派層と言われる連中が投票したことと、自民党支持者の実に3割近くが民主党を支持したことにある。

 何故、本来自民党である筈の支持者が民主党に投票出来るのかと言えば、自民党に巣食う無自覚左翼と民主党の政策が見事に一致するからで、自民党より民主党に魅力を感じた結果だろう。 選挙前頻りに『自民党への不満、民主党への不安』と揶揄されてた様に、自民党に対して積もり積もっていた不満や不信、失望が「逆風」となり、「自民党にお灸を据える」といった意味合いで「民主党に(でも)入れてやるか」「或いは民主党(しか)ないのか」という『でもしか政党』が誕生しただけのことである。

 自民党は5年前の衆院選で圧勝しながらも保守政党として何ら、保守的な政策を実行出来なかった事に、国民は見切りを付け『政権交代』で日本を変えて貰いたいという単純な図式で、民主党を支持しただけで、民主党のマニュフェストや「基本政策」を理解して投票したとは到底思えない。

 民主党は結党以来の「基本政策」としている、『外国人地方参政権』『国立追悼施設の建立』元慰安婦に対して国家賠償する『戦時性的強制被害者法案』といった反日政策、また日本の家族制度を破壊する 『夫婦別姓』や、言論の自由を侵害する『人権救済機関の設置』『日教組主導の教育関連政策』といったことは国民の殆どは知らない。敢えて国民に知らせないというのが本音だったのだろうが、この様な国益を害する政策を実行に移すことが有れば、断じて看過することはない。

 民主党政権への不安は日毎募るばかりだが、一体誰なんだ、こんな民主党を支持したバカは。

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2010年03月25日

前田日明よ、無所属で戦ったらどうだ!

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 民主党から次期参院選挙に出馬予定だった前田日明が、「民主党から選挙支援を受けられない」との理由で出馬を辞退するという。

 前田は、一水会の木村三浩著『右翼はおわってねぇぞ』で、木村氏と対談し『在日コリアンというのはおかしな連中で、当の本人でも自分が何人かわからない。なかには、日本人より日本人的な人間もいます。日々の生活で、まったく日本人の感覚でしゃべっている自分もありますし、韓国人でもある。では何人だと。自分が韓国人、また朝鮮人なのか日本人なのかわからない」とした上で『自分は在日朝鮮人といわれるんですけれど、自分でいうとしたら在日「李氏朝鮮人」です。精神的に自分たちにとっての祖国は李氏朝鮮(李朝)としかいえないかもしれない』と表現している。

 非常に勉強家で、日本の現況を憂いている気概を感じる部分も多々有り、「永住外国人地方参政権付与法案」問題に対しても、「これはおかしいと思うんです。永住外国人、はっきりいって対象は在日台湾、韓国、朝鮮人ですよ。参政権うんぬん以前の問題で、戦前から日本に来ている人たちには是非もなく、まず日本国籍を与えて選択させる。国籍を取れば選挙権は当然で、国籍はいらないという人には選挙権は必要ないですよ。」と述べている。

 今回の件で、小沢が「選挙を進めるに当っての互いの認識が若干違っていた」と語っていたが、恐らく外国人参政権付与に対する認識の違いが出馬辞退に至った最大要因ではなかろうか。

 前田は「戦後の断絶とともにこの国の精神文化が破壊されました。とくに破壊されたのは、歴史の破壊による精神的断絶。歴史教育というのは、経験という生きた道徳教育につながりますからね。そのために、この国独自の礼節や言葉が乱れてきたように思われてなりません。」と歴史教育の見直しと道徳教育の必要性を訴えているが、これもまた道徳教育廃止を謀る民主党との政策とは懸け離れたものだ。

 何れにせよ、出馬辞退の理由が「民主党から選挙活動の支援を十分に受けられないから」とは情けない。いっそのこと、元格闘家らしく無所属で「外参権付与反対」「道徳教育推進」の公約を掲げて、小沢傀儡民主党と戦ったら如何。

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歴史の共同研究なんぞ止めてしまえ

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 日韓両政府の合意に基いて「日韓歴史共同研究」という茶番が行われているが、抑抑日中歴史共同研究同様、歴史の共同認識など共有出来るものではない。韓国側の歴史に対する修正要求は、歴史解釈という様な範疇ではなく、我が国の歴史そのものを否定するもので、無意味且つ労力の無駄で即刻止めるべきだ。

 韓国の学者は、韓国併合は西洋列強のアジアの植民地支配とは違うという。今回の研究でも古代史について、日本書紀の「在安羅諸倭臣」にイチャモンを付け「倭人は安羅の臣下で、安羅倭臣館という用語が妥当」との主張をしているが、これも韓国併合の認識同様「事大思想」に拠るものだ。進んだ文化を持つ国が、遅れた国を支配することは至極当然であり、先進国が後進国を支配することを批判は出来ないが、後進国の日本の韓国併合は赦されるものではないという「事大思想」故の認識には呆れるばかりだ。

 韓国は度々日韓併合を「日帝36年」とホザく。しかし、果たしてそうだろうか。当時、韓国国民独自の力による近代独立国家建設の道など在り得ない。彼らに、あの巨大ロシア勢力の排除など到底無理だったことは、日清・日露戦争時代の近代史を学べば解ることだ。

 日清戦争後、ロシアが南下政策を開始し、日本が戦利品として割譲された、遼東半島に攻め入り、韓国までも触手を伸ばしている時に韓国独自でロシアと対峙することなど出来る筈もなかった。その意味では、寧ろ日本による韓国保護の必要性を認め、日本と一体となった上で、民族の自立発展の道を模索しようとした「日韓合邦派」の主張の方が現実的だったのだ。

 その合邦派を「日帝の手先」として糾弾し、その子孫をも「親日分子取締法」によって弾圧する韓国に、歴史の共同研究など語る資格もなく、実に痴がましい。尤も、500年も前の豊臣秀吉の朝鮮征伐をも責める国に、人間としての高貴で雅量の有る言葉を期待するのが間違いだ。

 歴史の問題は、一国の存亡に係わる大事であり、安易に譲歩するべからず。

 「君、国売り給う事勿れ!」

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2010年03月24日

本人にしてみりゃ辞めたくても・・・

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 小林千代美代議員に、不正に資金提供した北海道教職員組合の幹部二人が政治資金規正法で起訴されながら、当人は離党も議員辞職も考えていない意向を示したが、小沢や鳩山、石川らが一切責任を取っておらず、党内事情を優先すれば小林だけが責任を取る訳にも行かないだろうが、国民をナメた話しだ。輿石東も、先の参議院選挙で日教組関係者が「教育公務員特例法」と「政治資金規制法」で逮捕され、有罪判決を受けているが、輿石は関係を否認し、何ら責任を取ってはいないことを見ても小林が議員を辞するとも思えない。小林の政治資金規正法違反は、小沢の問題に比べれば屁の様な問題だが、 政治資金規正法は議会制民主主義の根幹を成す法律であり、政治資金の実態を偽ることは、国民を欺いて政治判断を歪めることに他ならないのである。

 小沢の、西松、水谷建設の「裏献金疑惑」や世田谷の土地購入問題、「都内の高級マンション購入疑惑」「岩手めんこいテレビ株主問題」群を抜く「個人資産」、これらの不動産取得や蓄財に、新生、自由党の解党時の政治資金約23億円余りが使われているが「政党交付金」は国民の血税であり、法律を作る側の政治家が法の網を巧妙に抜け、これを返納せずに不動産購入や蓄財に充てることは、国民に対する背任、横領、詐欺行為である。

 石川議員の問題に対しても、民主党は「小沢の秘書時代の事件だから」と開き直ったが、野党時代「秘書の罪は議員の罪」と厳しく追求して来たのは鳩山ら民主党の連中だ。鳩山なんぞは、一連の問題に対し『私服を肥やしたり不正な利得を受けたりした訳ではない』などと言い訳していたが、実に見苦しい。民主党議員は、どいつもこいつも他人には厳しいが自分自身には相当甘い様で、「自浄能力の無さ」「政権担当能力の無さ」を露呈するばかりだ。

 鳩山や小沢らクサレ議員らが、政治的、道義的責任も一切取らず、政治家の椅子に固執すればするほど、国民の政治不信は増大し、益々民主党離れは進むだろう。

 『天網恢恢疎にして漏らさず!』

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2010年03月21日

厚顔無恥な外務省OB

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 日米「密約」の参考人質疑を行った衆院外務委員会で、東郷和彦ら元外務官僚が証言し、勝ち誇った様に「密約説」を暴いているが、昭和35年の日米安全保障条約改定に際して、当時の藤山外務大臣は、核兵器を搭載した艦船や航空機の寄港、通過は事前協議の対象にしないことを申し合わせており、その「討議録」は既に米国で公開され明らかになっている。

 既に明らかになっている極めて当然のことを「密約説」として「非核三原則」に反するとして大騒ぎし、これを公表し、大騒ぎしているのだから呆れ果てる。

 日本政府が「非核三原則」を掲げてはいたが、余程のバカではない限り、日本の安全は米国の核の傘が守ってくれているものだということは暗黙の了解で、これを「持ち込ませない」「寄航もダメ」、しかし日本を守って下さいなどというのは、余りにも都合が好過ぎるというものだ。

 「密約説」を大騒ぎするなら、昭和16年12月7日、米国と戦争を始めようかという前の晩に仲間と飲み過ぎて指定時間に宣戦布告の覚書を米国に渡せず、何と真珠湾攻撃の1時間後に持って行き、日本国に永遠に泥を塗ったことも公表し国民に詫びるべきだ。

 日本の外交史上歴史に残るだ大失態なのに、誰一人として咎められず、責任も取っていない。しかも戦後、彼らは外務次官や駐英大使、その他第一級ポストに昇進し、叙勲までされているのには驚く。彼らが、職務を遂行していれば日本人は「嘘吐き」「騙まし討ち」「卑怯者」といった汚名を着せられずに済んだのだ。

 外務省OBらが、過去の数々の失態を猛省もせず、岡田らの尻馬に乗って恥も外聞も無く言説に同調しているが、バカじゃなかろうか。我が国の近隣諸国は、支那や韓国、北朝鮮と危険な国ばかりで、これらの脅威に対抗する安全保障措置として、米国の核の傘以外の何が存在するというのだろうか。

 冷戦時代、日本の平和が続いたのは米国の「核」の力に拠るものと、単なる偶然であり、平和に貢献した米国の核の持込まで暴いて糾弾しようとは正気の沙汰とは思えない。「密約説」に狂奔する連中の一連の行動は、日本の国益に適う物だとは到底思えないし、正に危機感が自覚皆無な「平和ボケ」の象徴である。

 我が国は自らの国家の防衛という国家百年の大計を放棄し、米国に依存している歪な体制を取っている訳で、それが嫌なら憲法を見直し、日米安保を破棄し、防衛費を増大し、自らの国は自ら守るという普通の国になれば良いだけである。

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2010年03月20日

「自由が無いのが民主党」

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 民主党、生方幸夫副幹事長が執行部を批判し更迭されるという。自民党、小泉進次郎が過日「自由が有るのが自由民主党。自由が無いのが民主党」と巧いことを言っていたが、今の民主党は、北朝鮮や中共政府の如く言論の自由は存在せず、健全な政党とは思えない。

 「国民の納得が得られなければ幹事長を辞任すべきだというのが党内のマジョリティー(大多数)だ」と語り、小沢一郎の党運営を「中央集権的だ。権限と財源を何方か一人が握っている」と記者団に指摘したことを執行部批判だというが、生方氏の発言は至極当然の認識で、間違いだとすれば「党内のマジョリティー」ではなく「国民のマジョリティー」だろう。副幹事長の解任は民主党と国民感情とのズレを改めて感じさせるもので、野田佳彦が「耳に痛い話しをした人が辞表を迫られるのは宜しくない」、枝野幸夫も「直ちに辞める類のことが何処に在るのかと首を傾げたくなる」などと苦言を呈してはいるが、何ら反映されてはいないことを見ても、如何に民主的でないことが理解出来る。生方氏が「党内には三人も秘書が逮捕され、何の処分もされてはいないのに、辞任要求するなら倫理委員会にかけて欲しい」と反論していたが、執行部は聞く耳を持たず、即、副幹事長解任を決めた。正に今の民主党には言論の自由は存在せず、民主的でもない。

 吉田松陰は「平時直諌(ちょっかん)なくんば、戦に臨みて先登なし」と、日頃(殿を)直接諌めるということが出来なければ、いざ戦の際に、真っ先を駆けて敵陣を斬り込むことなど出来はしないと教えている。また「幽窓随筆」には「天子に争臣七人在らば、無道と雖も天下を失わず」と、遠慮せずに自分の信ずるところを述べて、天子と論争する家来が七人いれば、政治が一時的に道理に外れた状態になっても、国家を失う様なことは無いと説いている。こういう時に苦言を呈する者こそ大事にすべきで、山岡賢次や輿石東ら腰巾着が、小沢に擦寄って媚び諂う態度は醜いとしか喩えようがない。

 今の小沢独裁政治は、北朝鮮や中共政府、或いは戦時中の特高警察の如く言論を封殺し、自己保身や権力欲や金銭欲に塗れ、現を抜かしている姿は、国民の政治不信を増長するばかりだ。小沢は支那訪問時に、自らを人民解放軍の司令官と喩え、悦に入ってバカをひけらかしていたが、ヤツには上に立つ器量など皆無で、こういう独裁者の結末は、反乱分子や市井の徒によって粛正される運命を辿るであろうことは歴史が証明している。

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2010年03月19日

クロマグロ禁輸否決

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 カタール・ドーハで開かれているワシントン条約国会議で、「大西洋・地中海クロマグロ取引禁止提案」を大方の予想に反して否決された。今回の結果は、日本外交史上貴重な事例であり、米国がクロマグロや鯨やトヨタ問題を政治問題化させようと必死な米国にとっても大差での否決はショックは隠せない。この勢いで、捕鯨問題も解決をして欲しいものだが、無理無体、理不尽なことを平気でやる米国との同盟強化など笑止千万と言われても仕方あるまい。

 我が国の食料自給率は39%で、この数値は食料安保の視点からも大変問題のある状況で、食料自給率の改善に繋がる問題としても「捕鯨問題」は重要なのである。日本が調査捕鯨を継続している背景には、「鯨は将来の人類の重要なタンパク源になる」という考えもあり、小さなミンク鯨1頭で牛7頭分のタンパク質が採れるといい、鯨を家庭の食卓に戻すことが、食料自給率の改善に繋がるのだ。地球上の鯨類が年間に捕食する魚類の総量は2億5千万トン~4億トンだという。一方、地球上の漁師の漁獲量は約1億トン。「鯨飲馬食」と言われるほどに食欲旺盛な鯨類が増え過ぎれば、人間が食料にしている水産資源も脅かされる事となろう。

 日本で商業捕鯨が本格的に始まったのは江戸時代の初期の1606年の頃である。紀州の太地で開始された商業捕鯨はやがて全国に広まり、それと共に鯨を食する習慣も全国に広まった。松尾芭蕉の句に「水無月や 鯛はあれども 塩鯨」というものがあるが、塩付けされた鯨の肉は江戸庶民の大切なタンパク源で、大衆食として愛された。19世紀初頭には「鯨肉調理方」という本が出版されているが、鯨食というのはそれだけ普及していたのである。今でも、北海道や東北では正月に「鯨汁」を食しているし、「ハリハリ鍋」にしている地域もあるし、大阪のおでんにはコロ、サエズリ、オノミといった具がある。反捕鯨の連中は、鯨食を「ゲテモノ」扱いしたり、「戦中戦後の食糧難時代に止むを得ず広まったもの」だとか、或いは遠洋漁業は「鯨油を採る目的だ」などと愚にも付かない反論をしているが、それは欧米の捕鯨が皮だけ剥いで鯨油のみを採るやり方だから、それと勘違いしているものが多いのだ。日本は単に食するだけではなく、鯨の髭は文楽の人形に使い、骨は櫛などの工芸品となっている。漁師達は鯨塚を作り供養も行っていたし、捕鯨問題の背景には、こういった日本の伝統的鯨文化の問題も有るのである。

 多少波風が立とうが、日本の主張はするべきで、何でも「強調」しようとか「友愛」だとかの軟弱な姿勢は日本の将来を危うくするものである。捕鯨問題は、日本にとって重要な問題であり、地道な科学調査が実を結ぶことを願って止まない。

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2010年03月18日

現憲法は矛盾だらけのクソ憲法だ!

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 国の最高法規である現憲法は実に矛盾だらけのクソ憲法である。

 最たるものが「第9条」だ。此れを論拠に誤憲派は「平和憲法」とホザくが、第9条第1項で「日本国民は正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と武力による威嚇または行使は国際紛争を解決する手段としては永久に放棄する」としながら、第2項で「前項の目的を達成する上で陸、海、空の戦力は保持しない。

 また国の交戦権これを認めない」とは理解に苦しむ。歴代首相の靖國神社への参拝が第20条違反なら、私学助成金制度は第89条違反だ。田中角栄が日中国交条約を締結した際「日華国交条約」を破棄したが、第98条には「いかなる理由があろうとも、日本が締結した条約は破棄してならない」とあり、明らかな憲法違反だ。

 改正要綱が第96条にあり「国会議員の3分の2以上が発議し国民の過半数の同意」で憲法改正出来るとあるが、これに基づき発議すれば「天皇及び摂政、国務大臣、全ての公務員は憲法を遵守しなければならない」とあり、改憲発議自体、憲法を遵守していないことに問われ、第99条違反になる。

 成文憲法のある世界の国の中で最も古いのは1789年の米国。次いでノルーウェー、ルクセンブルグ、スイスと続く。昭和22年の日本は15番目だ。ところが米国18回、ノルーウェー139回、スイス109回、ドイツ43回、イタリア6回改正しており、一字一句改正されていない日本国憲法は、今や世界で最も古い憲法なのだ。

 何処の国でも時代の流れに応じて憲法を変えていくものだ。環境問題、情報公開、プライバシー保護、国家の安全等々憲法を施行した時代からは想像もしなかった程社会は変化している。一刻も早く現憲法を破棄し、日本国民の手による日本国民の為の憲法制定を急がなくてはならないが、未だ頓挫した儘だ。

 改正議論が進まない理由の一つに「護憲派」の抵抗がある。憲法第9条の「戦争放棄に関する条項」は世界大戦後、国連が勧めた「不戦条約」がその源であり、日本や米国、英国、仏国、伊国など多くの国が締結している。しかし、戦争放棄の国際条約を結んで世界から戦争が無くなったかというと、皮肉な事に条約とは全く正反対の道を歩んで往ったのである。

 平和主義を憲法で謳っている国は80ヶ国以上在り、イタリア、スペイン、ハンガリー、エクアドル、フィリピンは日本と同じ規定が有る。護憲派は「世界で唯一の平和憲法」と賛美している様だが、これこそ日本人の奢り以外の何ものでもない。

 護憲派は『誤憲!』であることに気付くべきなのだが、「平和?」に拘泥するあまり全く聞く耳を持たないが、人権・平和団体の連中に共通するものは「物事の見方が実に薄っぺら」で、実に腹立たしい。最早、現憲法は改正などというレベルの話ではなく、早急に破棄し「自主憲法の制定」以外に無い。

※当ブログで『日本国憲法は無効であり、欽定憲法を復元・改正しよう!』というアンケートを実施していますので御協力をお願いします。

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2010年03月17日

将棋も無くそうとしたGHQ

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 戦後GHQは日本弱体化の為にあらゆる物を監視し規制した。日本の「将棋」も軍国主義と結びつけ、こんな危ないゲームは無くすに限ると日本将棋連盟に連絡し呼び出した。

 当時は未だ「日本将棋連盟」ではなく「将棋大成会」という組織で、会長の木村義雄は升田幸三をGHQに送り出す。

 将棋を知らない人でも大山康晴は知ってるだろうが、地味で派手さがなくつまらぬ将棋で強すぎる大山とは対照的に、大山の兄弟子で当時、升田幸三実力制第四代名人は将棋ファンには大人気であった。

 升田の全盛期は短かったが、棋風も言動も兎に角豪快で、大山の前の名人である木村を相手に「名人なんてのはゴミみたいなもんだ」と発言し「名人がゴミなら君はなんだ」と反問され「ゴミに集るハエよ」と言い返したのは有名な話だ。

 この升田を木村は「将棋の危機を救うのは升田しかない」と使者とした。

 升田は兵隊の時に、ポナペ島で星空を見上げては宿敵木村名人を倒すことばかり考えていたという。そんな彼の目の前から将棋が指せなくなる危機が生じたのだ。

 升田は将棋を指すが如く熟慮し、作戦を練ってGHQの牙城である皇居前の第一生命ビルに向かった。

 升田、開口一番「酒を飲ませろ」

 将校は驚きながらも缶ビールを差し出した。

 缶ビールを知らない升田は「不味いなぁ、これは本物のビールか」

 これには将校も呆気に取られた。

 酒を出させたのは強がりではない、ビールを飲めば小便が近くなり、難しい質問なら便所に駆け込んで考えようという、升田の緻密な作戦である。

 将校は升田に「我々のチェスと違って、日本将棋は取った相手の駒を自分の兵隊として使う。これは捕虜の虐待であり人道に反するではないか」と吹っ掛けて来た。

 升田は、すかさず切り返す。

 「貴方方は頻りに民主主義を振り回すが、チェスなんてなんだ。王様が危うくなると女王を盾にして逃げるじゃないか。レデイーファーストとは聞いて呆れる。古来から日本の武将は落城にあたっては女や子供を間道から逃し、然る後に潔く切腹したもんだ。敵の駒も自分のものとするのは、駒の能力を尊重してのことだ。適材適所だ。これが本当の民主主義なのだ。民主主義をバカの一つ覚えみたいに唱えるより、日本の将棋を勉強して政治に生かしたらどうだ」

 酔った勢いで喋り倒し敵を圧倒、斯くして将棋は生き残った。

 懐の深さと、弁が立ち頭の良い升田の価値を理解し、将棋を救うのは升田しかいないと確信していた木村の人を見る価値こそ、将棋で培われた「適材適所」であろう。

 愚人、賢人、使い道の異なる人間を適所に生かす世界観こそ「各々其の所を得る」ということである。

 人は適所さえ与えれば自ずと輝き出す!

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2010年03月16日

「通名禁止法案」をつくろう!

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 大正15年、普通選挙法が施行され25歳以上の全ての男子日本国民に選挙権が与えられるようになり、当然、日本本土に在住する朝鮮人にも、日本国民として平等に与えられた。

 昭和7年の衆議院選挙には、東京4区から朝鮮出身の朴春琴が立候補し当選した。選挙区には、朝鮮から出稼ぎに来ていた人達が多かったとはいえ、有権者数の1.5%にも満たない数で、多くの日本人が投票したことが分かる。投票の表記に、ハングルで書かれたものも有効と認められていたが、「植民地」の文字が、宗主国の選挙で使用を認められたのは、当時世界で唯一日本だけだった。この事でも、戦前の朝鮮人に対する偏見、差別はよく言われている様なものではなかったことが理解出来る。朴春琴は、昭和12年の選挙でも再び当選している。尚、貴族院は華族と勅撰議員(天皇陛下から指名された議員)で構成されていたが、朝鮮人の華族、勅撰議員が何人もおり、「創始改名」が行われてからも、彼等は日本名に改名していない。この事実を見ても、創始改名が強制ではなかったことが理解出来よう。

 最近問題となっている「外国人参政権」だが、これを推進する在日韓国居留民団は「あの日帝の支配下においてすら参政権が認められていたのに、現在認められないのは時代錯誤だ」とホザいているが、二重に意味で見当外れである。
 
一つは、彼等が非難して止まない差別と弾圧の日帝支配なるものは、寧ろその逆であり、世界に例を見ない、極めて公平で平等な制度であったということである。何しろ、日韓併合時に100校程しかなかった小学校を昭和17年には4945校に、中学以上の学校を470校に迄増やしているが、これが差別であり弾圧で有る筈がない。

二つ目は、何故戦前に在日朝鮮人に選挙権が与えられていたのか。理由は明白で、彼等は「日本人」だったからである。

 現在も執拗に参政権を求めるなら、日本に帰化をして日本人になれば良いだけの話でので、そうすれば、何の制限差別もなく、100%の参政権が与えられる。それが出来ないのであれば、日本人に成り済ます「通名」を止め、堂々と朝鮮人の本名を名乗るべきである。日本は戦後、余りにも朝鮮人に対し寛容過ぎた様で、彼らは外国人であるということを自覚すべきだろう。

 当ブログで『外参権法案に反対し、通名禁止法案をつくろう!』というアンケートを実施していますので、是非とも御協力お願い致します。

 http://blog.with2.net/vote/?m=v&id=29906

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2010年03月15日

花粉症はつらいよ

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 今日は趣を変え、個人情報を少々。今年の「花粉症」はそんなでもないと高を括ってたら、昨日と一昨日と用事が有って出掛けたら、酷いの何の。やっぱり例年通りで、目は充血して痒いし、鼻水は垂れ流し状態で、咽喉はいがらっぽいし、耳まで痒いし、頭はボーっとしてくるし参った参った。症状が軽かったのは、何のことはない、ずっと家に引篭もってたからだ

 一昨年の末に、コジマ電気でIPOD付き100円のパソコン購入して以来パソコン三昧の日々で、ミクシィやらグリーやらのコミュニテイサイトにも出没し始めたものだから、今までの生活サイクルが随分変った。小生、朝は4時前後には起床する。新聞に目を通し、朝食を作る時間まで本を読んだり、用事を済ませたり。何事も、朝の静かな時間にやるのが効果的だと思っている。読書は「速読3級」なので結構読むのは早い方だが、最近ドライアイに罹って、瞬きしないといられなくなり、集中力がめっきり低下した。用足しが一段落したら、朝食とパートに出る愚妻の弁当を作って、8時から暫しのリラックスタイム。9時頃から2時間程筋トレ。昼飯食って、バタバタしてると3時近くになり、4時近くに愚妻帰宅。それから晩酌の準備に取り掛かり、5時前には一献始まり6~7時には終了。8~9時には寝る。

 そうした生活を基本としていたが、しかし此処1年程で、生活サイクルがビミョーに変った。朝の時間がパソコン操作に没頭する時間が多くなり、読書の時間が大幅に減った。2時間程やっていた筋トレも1時間程度に減り、最近は筋トレをサボってパソコンをやってることが間々有る。パソコンは便利だし、調べモノするのにも楽で、非常に参考には成るが、あまり身に付かない様な気がする。古いかも知れないが、パソコンよりも、やはり本が良い。「学問」や「知識」といったものは、本から学ぶものが多く、自分自身の向上にも役に立つと感じる。 

 『言いたがり屋は、聞き齧(かじ)り屋』という言葉がある。

 「学問」とは本来自分自身の向上にするもので、他人を説得したり、論破したりするものではなく、「自分自身がどう生きていくか」「或いはどう在るべきか」といったことに答えを見出すものでなくてはならないのだが、しかし、小人は耳から聞き齧った事をそのまま口にするので、少しも身に付かないという。自分の中に真の学問を積んでいる者は、決してひけらかすことなく、衒学臭くはないものなのだ。

 『言いたがり屋は、聞き齧り屋』という言葉が有るが、実に耳の痛い言葉だ。今は亡き右翼浪人・横山武彦翁は「右翼人はよく(本を)読み、よく(文章を)書き、よく喋る(演説)の三拍子が揃ってなければならない」と言っていたが、「言いたがりやは、聞き齧り屋」とは、右翼人には必要不可欠な要素かも知れない。

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2010年03月14日

「命を守る」最重要課題は国防である

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 鳩山政権が発足し6ヶ月。政権交代で日本が変ると期待した国民は、小沢や鳩山らの相次ぐ「政治とカネ」問題に失望し、政治不信は益々膨らむばかりだ。鳩山は「友愛精神」や「命を守る」という抽象的な言葉を羅列するが、真剣に国家・国民を護るという気概が全く感じられない。

 「子供手当て」や「高校無償化」「高速道路一部無料化」などの政策の垂れ流しで、人気を回復させようと必死な様だが、バラ撒き政策は愚民を増やすだけだ。バラ撒きさえすれば国民の支持を得られるだろうとする、鳩山や小沢らの感覚は国民を愚弄するもので、決して国民の支持は得られまい。

 「命を守る」最重要政策は『国防』と『教育』である。普天間問題の迷走でも感じるのだが、国家・国民の平和・安全よりも、自分さえ善ければという風潮が蔓延して、国民の『国防』に対する意識は益々薄れるばかりだ。政治家も、憲法論議を避けその場を誤魔化し、頭の中に有るものは自己保身と権力欲と党利党略の偽善だけである。

 「命を守る」と景気対策や社会保障を見直し、バラ撒き政策をしたところで、北朝鮮のミサイル一発でそんなものは吹っ飛んでしまうだろう。

 「国防」と「教育」、この二つに不可欠なものは「愛国心」であり、日本を愛するという心情は理屈ではなく極めて自然な感情である。ところが戦後、戦前の狂信的ともいえる鼓吹された愛国心の反動から「愛国」という言葉自体が、政治家からもマスコミからも教育の世界からも消えて久しい。

 愛国心無き「国防」も「教育」も在り得ず、国防を米国に依存したまま「命を守る」と宣い、将来を担う子供達への教育の中身を議論することなく「子供手当て」や「授業料無償化」に拘り、国民の支持を得ようとは実に姑息で痴がましい。

 我が国は、今や愛国心の希薄と国防意識の欠落では恥ずかしいことに、世界に冠たる国となってしまった。今後、民主党政権下では「国を愛する心」や「国を護る」という言葉はタブーとなり、国民の国防意識など無くなって行くだろう。政治で大事なのものは、国家観を持って外交を行い、国防を怠らず、将来を担う子供達に誇りの持てる教育を如何に施して行くかということである。

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2010年03月13日

国旗「日の丸」と国歌「君が代」

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 卒業・入学シーズンのこの時期、毎度のことながら「国旗」「国歌」の問題が持ち上がるが、改めて「国旗・日の丸」「国歌・君が代」の意味を考えてみる。

 『国旗・日の丸』

 聖徳太子が小野妹子を隋に遣わす時「日出づる所の天子、書を日没する所の天子にいたす、つつがなきや」の文書を渡し、小国日本の存在を堂々と主張して見事に気概を示した。事実我が国は、ユーラシア大陸で最初に朝日を迎える国だ。稲作民族が日の神、天照大御神を崇め太陽信仰を持つのは自然で、国のシンボルに「日の丸」を執ったのも極めて自然である。国の成り立ちや理想が、日の丸の旗ほど一致する国は無い。日の丸の赤丸は、太陽を意味し熟誠、活気、博愛、誠心誠意を現し、白地は清浄無垢を示し神聖、正義、純潔、平和、鎮静を現している実に美しい旗である。

 『国歌・君が代』

 「君が代」は「古今和歌集」巻七「賀の部」の「わが君は千代に八千代にさざれ石の巖となりて苔のむすまで」の一首からの出典である。この歌の本意は、大君の御代が栄えることを願ったものである。我が国は、天皇を族長と仰ぐ君民一体の家族国家であり天皇即日本、日本即天皇の天皇国家である。この国体の精華は万邦類を見ないところである。従って陛下の御代が栄えることは、即日本が栄えることなのである。実に「君が代」は、我が国体の精華を格調高く歌い上げたものであり、その曲と相俟って厳粛にして荘重、世界に冠たる誇るべき「国歌」なのである。

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2010年03月12日

3月10日は「陸軍記念日」です

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 明治38年(1905年)3月1日から、日露戦争最後の陸上戦「奉天会戦」が大山巌陸軍大将指揮の下行われ、同月10日勝利を収めた。翌明治39年政府は3月10日を「陸軍記念日」として制定し、以後、国民挙ってお祝いしていた記念日であり、「日本海海戦」で、バルッチック艦隊を撃破し、勝利した5月27日は「海軍記念日」だ。

 昭和20年3月10日の東京大空襲は、国民が「陸軍記念日」で起死回生の戦いを祈念して御祝いしている日を狙っての攻撃で、連合軍の非情さが窺える。こうしたことは東京裁判でも発揮され、所謂A級戦犯が「死刑」の判決日が、「天長節」、処刑日は12月23日、つまり現在の「天長節」に合わせて執行され、国民に贖罪意識を持たせることに成功した。

 明治37年2月10日、日本は当時世界最大の軍事大国ロシアに対し、敢然と宣戦布告した。開戦前、世界の軍事専門家の中で日本の勝利を予想した者が一人もいなかった程厳しい戦いだったが、1年半に及ぶ大戦に奇跡とも言える勝利を収めた。国民が決死の覚悟をもって開戦に踏み切った日露戦争の勝利は、結果として欧米列強に我国の地位を認めさせることとなり、幕末以来の懸案事項であった不平等条約の改正に繋がって行く。

 即ち、明治維新の真の目的であった「治外法権」と「関税自主権」という二つの不平等条約の改正が、この日露戦争の勝利によって実現された。二つの不平等条約の内の「治外法権」は、既に日清戦争後の明治32年に克服したが、「関税自主権」の回復を実現することで明治維新は成就し、我国は真に独立を回復することが出来たのである。

 日露戦争の勝利は、世界の植民地政策で搾取や弾圧を受けている民族の独立心を駆り立て、後の大東亜戦争後の植民地の解放に繋がって行く。日露戦争の世界史に於ける歴史的意義は、有色人種の日本人が白人に勝利することによって、当時、欧米列強に植民地にされていた世界中の被抑圧民族を感動させ、独立への夢を駆り立てた大きな意義を持つものだったのである。

 日露戦争が齎した歴史的課題の本格的な実現は大東亜戦争を待たなければならないが、こうした先人の努力と苦労に想いを馳せれば、先人に対して感謝と尊敬の念は益々深まり、日本人として生まれた事に感激せずにはいられない。

 「陸軍記念日万歳!天皇陛下万歳!」

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