2010年09月21日

現代中国(中共)こそ己の戦後史を省みよ

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 土日は友人らと一泊で新潟へ渓流釣りに出掛けた。テレビもラジオも無く携帯も繋がらないので世の中がどうなっているのか分からない。帰宅して新聞に目を通し、ニュースを見て驚いた。

 日本固有の領土である尖閣諸島海域での衝突事件以来、支那での反日・侮日行動が日増しに激化しているというのだ。無礼にも、丹羽中日大使を呼び付けた挙句、デモによる反日活動や、日中の青少年交流事業の一環として派遣予定だった「日本青年上海万博訪問団」約千人の受け入れを中共側が拒否。

 更には杭州市の日本人学校に、レンガが投げ込まれる事件も起きている。流石は「愛国無罪」の不良国家、何でも有りだ。

 未だ共産主義を最高原理として崇め、神や仏という共産主義を超える最高の存在を許さず、人民には信仰の自由、集会、結社、出版、言論等々基本的人権が無い国と「日中友好」だとか「東アジア大交流時代」だとか、観光立国として成金趣味の支那人をビザを簡素化してまで来日させる等とは狂気の沙汰と言う外無い。

 満州、内蒙古、チベット、新疆の異民族を虐殺し土地を奪い、共産主義と漢民族化を強制し、清朝時代の最大版図を「歴史的領土」と主張する中国共産党こそ、最大の「帝国主義国」だということを肝に銘じて対中外交を行うべきである。

 中共政府は「尖閣諸島は我が国の固有の領土」と主張するが、1960年(昭和35年)に出版された「世界地図集」(北京市地図出版社)に於ける沖縄周辺の地図には、「魚釣島」と記され、国境線も、国連海洋法に従って与那国島と台湾本島の中間に引かれている。

 共産党独裁の中共で、一出版会社が勝手に自らの解釈で国境を定められる訳はなく、この地図からも尖閣諸島が日本の領土であることは一目瞭然だ。此処数年、日本国内の「世界地図集」が支那工作員により、証拠隠滅を謀られているという。

 国会図書館所有の地図も、何故か「魚釣島」のページが削除され、或いは神田を始めとした全国の古書店で「世界地図集」が高値で買い占められたという。尖閣諸島の問題は、今や中共政府が取り組む最重要課題と言っても過言ではないのだ。

 魚釣島などの五つの島(魚釣島、南小島、北小島、九場島、大正島)と岩礁からなる尖閣諸島は、国際法上「無主地先占」(持ち主のいない土地を占有した国に、その領有権を与えるという考え方)に基いて、10年に及ぶ現地調査の結果、明治28年1月14日の閣議決定に拠って沖縄県に編入され、世界各地の地図の上でも公式に認められている。

 しかし、昭和43年6月、国連アジア極東委員会が、尖閣諸島周辺の東シナ海大陸棚に石油・天然ガスが埋没している可能性を報告したことから、中共と台湾は唐突に尖閣諸島の領有権を主張し始め、国際法上の手続きも無しに、何ら根拠の持たぬ恣意的な捏造や改竄により、地図を書き換え、自国領に組み入れているというのが事実である。

 日本政府は「荒立てる動きはしない方が良い」だとか「冷静に対処すべき」「挑発には乗らない」と穏便に遣り過して来たが、断固たる抗議の声を上げて来なかった不作為が中共、韓国、ロシア、北朝鮮、台湾の冒涜的挑発行為を許したのである。

 国際環境が激変した時にのみ動くもの、それが領土問題であり、北方領土や竹島を取り戻す機会が到来したと同時に、それはまた尖閣諸島を奪われる危険でもあるのだ。

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cordial8317 at 09:11|Permalink

2010年09月18日

売国奴・岡崎トミ子が国家公安委員長とは冗談が過ぎる

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 菅改造亡国内閣が発足した。国賊・千葉景子が退任し安堵したのも束の間、今度は「戦後補償を考える議員連盟」会長で、名うての売国奴・岡崎トミ子が国家公安委員長に就任だというのだから冗談が過ぎる。菅は今回の内閣を「有言実行内閣」と銘打っているが、岡崎が「有言実行」となればシャレにならない。

 岡崎の反日的言行は枚挙に暇無し。平成13年の参院選の際、朝鮮学校を運営する朝鮮籍の理事長と、パチンコ店を経営する韓国籍の会社社長から寄附を受けたことがバレ、政治資金規正法の疑いを持たれたが未だ疑いは晴れてはいない。日本の政治家と言うより、カノ国の走狗と化した売国議員である。日本の戦争責任を検証することを目指す政策勉強会「日本の歴史リスクを乗り越える研究会」の発起人になり、昨年も、支那で起きた平頂山事件について日本政府に公式謝罪を求める議員団に参加している。
 所謂、従軍慰安婦という名の売春婦に対し、謝罪と賠償を求める戦時性的強制被害者問題に狂奔しているキチガイの一人で、平成15年(2003年)韓国で、元慰安婦関係者が毎週水曜日に行う日本大使館へ対する恒例の抗議行動(通称水曜デモ)に、国費を利用しての反日デモ参加し、国民から総スカンを喰らったのは記憶に新しい。永住外国人地方参政権付与の取り組みも熱心で、こうした反日・自虐史観にどっぷり嵌ったバカ左翼の権化を、事もあろうに国家公安委員長に任命するとは言語道断であり、百害有って一利無し、粉砕するしかない。
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 嘗て、三島由紀夫が「文化防衛論」の「反革命宣言」の中で「もし革命勢力ないし容共政権が成立した場合に、例えたった一人の容共的な閣僚が入っても、もしこれが警察権力に手を及ぼすことが出来れば、忽ち警察署長以下の中堅下級幹部の首の挿げ替えを徐々に始め、或いは若い警官の中に細胞を潜ませ、警察を内部から崩壊させるであろう」と揣摩しているが、今、正に三島が憂いた悪夢が現実のものとなろうとしているのだ。三島は更に「我々はあらゆる革命に反対するものではない。暴力的手段たると非暴力的手段たるとを問わず、共産主義を行政権と連結せしめようとするあらゆる企画、あらゆる行動に反対するものである。この連結の企画とは、所謂民主連合政権(容共政権)の成立及びその企画を含むことを言う迄もない。名目的たると実質的たるとを問わず、共産主義が行政権と連結するあらゆる態様に我々は反対するものである」と宣言し、保守派の団結と干戈を訴えたが、保守政党が快復の兆しすら見えない今、国を憂うる真の日本人が亡国政権と対峙して行かねば成らない時に来ていると思う。

 「傍観者効果」というものがある。目撃者が多数いるにも拘らず、誰かがどうせ助けるだろうとの理由から、援助行動が起こり難くなる現象を言うが、政治も同じで、皆、傍観者を決め込むに至らば、最後には祖国を護る者は一人も残らないだろう。祖国日本の情勢、緊迫は世人の想像を超えてあり、此れを思う時、単なる傍観者でいられない。日本を諦める訳には行かないのだ。

 日本国内に巣食う反日・自虐の売国勢力を抉り出し、一掃を図ろう!

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cordial8317 at 08:50|Permalink

2010年09月17日

横議横行するべし

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 昨日は新宿で畏友と待ち合わせて、物心両面で御支援頂いている方に挨拶に出掛けた。毎回示唆に富んだ話をしてくれるが、何といっても圧倒的な存在感で、パワーを頂けるのが有難い。「人間の財産と言うものは、いざと言う時に自分を支えてくれる人で有ると同時に各自が目指す目標実現の為の知恵袋である」という言葉が有るが、正にそういった方で、そんな人物に出会えたことは自分の人生も満更ではないと思っている。

 この方に御支援頂く様になったのは、今は亡き右翼浪人・横山武彦氏と約一ヶ月かけて全国行脚の旅をしたのがきっかけだ。最終目的地は知覧の平和記念館。その後4度程決行した。彼此十年以上も前のことだ。横山氏とは歳が二十も違ったが妙に馬が合った。横山氏と会長が知り合いと言うことも有り、それ以来可愛がって頂いているが、年内一杯で会長職を辞するというので、もう会えないかと思うと寂しさを禁じ得ない。

 一時間程の鼎談を終え、昼間から一献やろうということになり、上野・御徒町界隈に出没と相成った。畏友の知人のO氏も参加しての談論風発となったが、こうした「横議横行」は大好きだ。辞書には「横議横行」とは「勝手に論ずる」とか「勝手気儘に歩く」という意味が書かれている。「人生は邂逅の一語に尽きる」と言う様に、旅をし、知り合った方々と議論を交わすかとくらい愉しいものはない。気の置けない友なら尚更楽しいが、唯、呑み過ぎてしまい、翌日は猛省するのが御決まり。昨日も呑み過ぎたのは言う迄もない。

 自由気儘に歩き回りることが禁止されていた幕藩体制下に「横議横行」を勧め「脱藩せよ」と叫んだのが吉田松陰だ。「一君万民論」を唱え近代国民国家を志向した魁であり、そこから「草莽屈起論」を導いた。つまり、天皇=一君と国民という関係を構築するため封建制度を打破すべく脱藩し、一草莽たれと訴えたのである。結果、意志の高い下級武士等が脱藩し「志士」として維新を実現させたのだ。

 また「横議横行するべし」と、実践した人物として最も有名なのは坂本竜馬だろう。時代の寵児として活躍した人物の共通の特徴は「言葉」が違うことである。大衆の心を引き付けたりするのは「言葉」を以て他に無い。土佐の町人郷士の次男に生まれた坂本竜馬は正に「言葉の達人」だった。彼が幕閣とも勤王の志士とも通じ、後には薩長連合の仕掛け人として、明治維新を豪腕で引き寄せた立役者足り得たのは、説得の技術、つまりは言葉の豊かさによるものである。更にもう一つは、彼が「歩く人」であったことだ。交通の不便だった時代に、実に驚く距離を行き来している。

 放浪の旅や、家を飛び出し、多くの人と顔を突き合わせ「横議横行」することは実に大切なことなのだ。「横議横行するべし!」

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cordial8317 at 13:37|Permalink

2010年09月15日

「命を賭して」から一転「一兵卒として」

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 菅再選が叫ばれてはいたが、予想以上の大差で小沢を下した。大衆迎合主義の民主党らしい代表選で「(総理としての)資質の無い菅と資格の無い小沢の戦い」は国民にとって不幸の一言に尽きる。

 ほんの三ヶ月前、鳩山前首相が「政治とカネ」などの責任を取って小沢を道連れに辞任し、更には円高、デフレ、株安、産業の空洞化、予算編成と政策の停滞が心配される中で、通常ならすんなり「菅続投」で不思議はなかった。この際、政治空白など心配しなくて良いから総選挙で国民の審判を受けたら如何か。 

 菅政権が誕生し、「クリーンさ」と「脱小沢内閣」で国民を煙に巻き参院選を勝利する算段だったが、その目論見は脆くも崩れた。一方の小沢は「一兵卒」になったのも束の間、参院選の敗北は、菅の「消費税増税発言が原因だ」と責め、自ら代表選に打って出たが、世の中そう甘くは無かった。

 参院選と小沢の敗北は、その中に在る危険性を察知した結果だ。菅如きに大差で負けたショックは隠し様が無い。それよりショックは代表選勝利の暁には、中共の李建国副議長と祝杯を挙げたかったろうに、その李建国が来日を延期してしまったことだ。

 表向きは、尖閣諸島での日本政府への抗議だが、小沢総理誕生で御祝いがてら「外参権付与」を念を押しに来る手筈だったが、小沢敗北と読んで来日を延期したとは穿った見方だろうか。

 小沢は選挙中、頻りに経済問題やら政治主導をアピールし、小沢支持派も「今こそ強いリーダーシップ」と詭弁を弄していたが、小沢が目論むものは、支那と韓国に約束した「外国人地方参政権付与」の成立であり、代表就任で民主党の売国政策を政治課題に載せるで有ろうことは火を見るより明らかだった。

 小沢は昨年、国会議員を大挙連れ胡錦濤に拝謁した。満面の笑みを浮かべ「政権交代を実現したが、こちらの国に喩えれば解放の戦いは未だ終わっていない。来夏に最終決戦がある。兵を募り、鍛え、勝利を目指している。野戦軍の総司令官として解放戦が終わるまで徹したい」と述べた。

 国民は、あの時の小沢傲慢さと驕気さを忘れてはいない。その最終決戦で敗北し、更には代表選で完敗したのだ。選挙中小沢は「政治家として政治生命を賭して」「命を賭して」或いは「国家国民の為に最後の御奉公を」と仰仰しく宣っていたが、その舌も渇かぬうちに「一兵卒として」とは笑わせる。晩節を此れ以上汚さない為にも即刻政界から引退しなさい。

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cordial8317 at 11:32|Permalink

日本政府は「尖閣列島」領有権の根拠を主張せよ!

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 沖縄・尖閣諸島周辺で海上保安庁と支那漁船が衝突した事件に対する抗議と、我が国の主権に対する冒涜的な挑発行為なのだろうが、たかが中共政府の木っ端議員如きに態態来て貰う必要もない。

 尖閣諸島を巡っては、此れ迄にも支那や台湾の漁船団が領海侵犯や違法操業を繰り返し、過去には魚釣島に上陸し、中共・香港、台湾の国旗を建てるという事件も起きている。昨日も台湾の「中華保釣(尖閣防衛)協会」の漁船が日本の排他的経済水域(EEZ)を侵犯した。中共政府も台湾政府も「尖閣諸島は我が国の固有の領土」と主張するが、尖閣諸島が日本の領土で有ることは、支那、台湾共に認めて来たことだ。

 魚釣島などの五つの島(魚釣島、南小島、北小島、九場島、大正島)と岩礁からなる尖閣諸島は、国際法上「無主地先占」(持ち主のいない土地を占有した国に、その領有権を与えるという考え方)に基いて、10年に及ぶ現地調査の結果、明治28年1月14日の閣議決定に拠って沖縄県に編入され、世界各地の地図の上でも、支那や台湾の教科書でも日本の領土として公式に認められていた。

 那覇地方法務局石垣支局の土地登記簿に拠ると、魚釣島、南小島、北小島、九場島、大正島の五島は石垣市登野城となっており、夫々の地番を有し、魚釣島、南小島、北小島は古賀善次氏の所有を経て現在は、埼玉県の栗原国起氏が所有し、九場島は那覇市の古賀花子氏、大正島は財務省の所有となっている。

 しかし、昭和43年6月、国連アジア極東委員会が、尖閣諸島周辺の東シナ海大陸棚に石油・天然ガスが埋没している可能性を報告したことから、中共と台湾は唐突に尖閣諸島の領有権を主張し始め、国際法上の手続きも無しに地図を書き換え、自国領に組み入れているというのが実情だ。
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 1960年(昭和35年)に支那で出版された「世界地図集」(北京市地図出版社)に於ける沖縄周辺の地図には、「魚釣島」と記され、国境線も、国連海洋法に従って与那国島と台湾本島の中間に引かれている。共産党独裁の中共で、一出版会社が勝手に自らの解釈で国境を定めて良い筈はなく、この地図からも尖閣諸島が日本の領土であることが読み取れる。

 台湾の地図も同様で、1965年(昭和40年)に、国防研究院と中国地学研究所が共同で出版した「世界地図集・第一冊・東亜諸国」に拠れば、国境線は与那国島と台湾本島の中間よりも台湾側に寄り、「魚釣島」「尖閣(群島)」と記されていることを見ても、尖閣諸島は日本領であるこを認識している証拠だ。

 更に、数日前にも書いたが、中華民国からの感謝状も尖閣列島が明らかに日本の領土であることを示す史料であり、中共や台湾の領有権の主張は何ら根拠の持たぬ恣意的な捏造であり改竄であることは明白である。

 今迄も、日本政府は「荒立てる動きはしない方が良い」だとか「冷静に対処すべき」だとか、カタチばかりの「遺憾の意」を表明し、穏便に遣り過して来たが、断固たる抗議の声を上げて来なかった不作為が、中共、台湾の冒涜的挑発行為を許したのだ。

 領土は国の主権である。度重なる支那、台湾の不当なる領海侵犯行為には毅然とした態度で臨み、単に「領土問題は存在しない」との見解を垂れ流すのではなく、根拠を示して反論すべきであり、国民は勿論、将来を担う子供達にこそ正しい資料に拠って教育し、認識させる義務があると思う。此れ以上国益を損なってはならない。

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cordial8317 at 08:59|Permalink

2010年09月14日

岡田外相、「バターン死の行進」で謝罪

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 「バターン死の行進」とは、第二次大戦中の日本軍によるフィリピン進攻作戦に於いて、バターン半島で日本軍に投降した米軍・フィリピン軍捕虜が、マリベレスからサンフェルナンドの区間約88キロを、将軍も含めた捕虜の半数以上が徒歩で行進することになった。この区間の行軍で多くの犠牲者を出したことから「バターン死の行進」と呼ばれている。「バターン死の行進」は米国のプロバガンダであり、日本が謝罪する類のものではないが、昨年と一昨年に、藤崎駐米大使が、バターン行進の生存者で作る団体「全米バターン・コレヒドール防衛兵の会」に対し日本政府を代表し公式に謝罪している。此れは所謂「村山談話」の一環と言うから厭きれる。昨日、岡田克也外務大臣が元捕虜と外務省で面会し、現職の外務大臣として初めて謝罪したというが、外交は謝罪し、譲歩し、或いはカネをばら撒くことではない。歴史は一国の大事であり、如何なる譲歩も有っては成らず、謝罪するなど以ての外である。
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 昭和十六年12月、日本軍のフィリピン攻略戦が開始され、ルソン島のバターン半島に陣を構えた米比軍と本間雅晴中将率いる第十四軍の間で戦闘が行われた。戦闘は籠城戦となり、米比軍が降伏した翌年4月9日の四ヶ月続いた。降伏時バタアン半島の米比軍と流民の状況は、士気は全く衰え、食料の不足とマラリア、デング熱、赤痢の蔓延により、極度に衰弱し、コレヒドール攻略戦を目前に控えた軍としては、その準備や防諜上の観点、及び米比軍の砲爆撃から避ける為にも、捕虜や住民をマリベレスからサンフェルナンドの区間を移動させる必要が有った。日本軍は捕虜に対する食料、収容施設、輸送などに関し準備を行なう余裕も無く、当時、軍自体が食料及び輸送力の不足に苦慮している状態で、行軍による移動しか無かったというのが悲しい現実だ。捕虜は徒歩でサンフェルナンドへ護送する日本兵と一緒に歩いた。水筒一つ。全行程約88キロ余り、それを四~五日がかりで歩いたのだから如何に疲弊していたかが分かる。南国とはいえ夜になると肌寒く、日本兵が焚火をし、炊き出しをして彼らに食事を与え、それから自分らも食べた。通り掛かった報道班員が見兼ねて食料を与えたことも有るという。トラックで輸送すべきだったと言うが、貧弱な装備の日本軍に余裕は無く、次期作戦のコレヒドール島攻略準備にも事欠く状態だったのである。
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 マラリアに罹った捕虜を歩かせた事を、米軍側は捕虜虐待と言う。 戦後「マニラ軍事法廷」に於いて、本間雅晴中将や捕虜移送の責任者の第14軍兵站監河根良賢少将は責任者として有罪の判決が下り処刑された。一死を以て責任を果たされているのだ。岡田如きの下らん政治家がそんなに謝罪したければ腹を斬って詫びれば良いではないか。一審即結審と言う茶番劇で、不当に処刑された方々の命は決して軽いものではない。国民はこの方々の悲劇を決して忘れてはならない。

 因みに、マニラ軍事裁判では、起訴された212名のうち177名が有罪となった。判決内容は、死刑69名、終身刑33名、有期刑75名。死刑の執行は、ルソン島マニラの南東に位置するラグナ湖周辺、マンダルヨソグ、カンルバン、ロスバニオス南部の3ヵ所で行われた。有期刑・終身刑の判決を受けた戦犯は、モンテンルパ近郊のニュービリビット監獄に収容された。

何時の日か、モンテンルパを旅して見たいものだ。

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cordial8317 at 09:20|Permalink

2010年09月13日

斯くも怪しき世論の動き

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 最近の怪しい世論の動きに不安を感じる国民は少なくない。永住外国人への「地方参政権付与法案」を始め「夫婦別姓法案」や「戸籍制度廃止法案」偽装「人権救済法案」、或いは「二重・三重国籍法案」、極め付けは「女性天皇論」。

 不敬極まる問題等を、キチンと突き詰めた議論がなされないまま、安っぽいムードだけでやれ「友愛」だとか「親善」だとか、「グローバル時代の到来」だとか「世界ではこうだ」とか、実に曖昧な次元で以て賛成者が広がってしまった様な気がしてならない。

 これ等売国法案のの危険性に気付いた国会議員や国民から反対の声が上がっていることも事実で、問題点や危険性を徹底的に指摘し、批判することは大事である。
 
 「夫婦別姓」運動と「女系天皇論」には酷似点も多い。どちらも1932年の「コミュンテルンテーゼ」の命令書を忠実に遂行しているキチガイ左翼が発案したものだ。「女性宮家」論は天皇制廃止運動の枢要な柱として昭和40年台半ばに、「夫婦別姓」運動は平成に入り大キャンペーンされた。

 戦後の天皇制廃止運動の主力は、昭和にあっては「戦争責任・退位論」であり、次に「開かれた皇室論」と「敬称・敬語不使用運動」であり、平成になり「女性天皇論」に転換されている。

 連中は、自国である日本を罵り、蔑み、貶め自虐史観の限りを尽くし国民を煽動し、男系男子に限定する皇位継承や夫婦同姓を「女性差別」だとか「時代遅れだ」と絶叫し吹聴するが、国益を顧みない様な共産主義者は日本だけの珍現象である。

 またこうした大馬鹿者が「男女共同参画社会」を声高に叫んでいるのは周知の事実で、これもまた唯物論とマルクス・レーニン主義に冒された精神異常者やジェンダーグリーを叫ぶ性的変質者の集団である、全共闘系と共産党系の過激な連中が共同謀議的に考案したものだ。

 「共参社会」つまりカタチを変えた「共産社会」実現の謀略なのだが、今や「共同参画社会」や「協働」という名の造語が全国に蔓延していることは憂慮すべき事態である。

 「夫婦別姓」問題然り、此れが実行されれば、結果家族の絆は緩み、道徳の深さは生活から離れ、日本の尊い家族制度は崩壊して行くことは火を見るより明らかだ。教育勅語には「父母に孝に兄弟に友に夫婦相和し」と在るが、日本人としてこの教えが大事である。

 国民よ、怪しい世論の動きに騙されるな!

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cordial8317 at 08:44|Permalink

2010年09月10日

尖閣諸島は日本固有の領土である

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 中共・国家海洋局の海洋調査船という名の軍艦が、東シナ海を沖縄県・尖閣諸島方向に航行している。支那の漁船船長が第11管区海上保安本部に逮捕されたことに対する抗議行動と威圧行為だが、領土問題は国の主権であり、決して譲歩することが有ってはならない。昨年、南シナ海でも領有権を廻りフィリピンと小競り合いが有ったばかりで、改めて中共こそ最大の「帝国主義国」であり、仮想敵国として対中外交を練り直すべきである。

 尖閣諸島は日本固有の領土で有ることは紛れもない事実で、一例を挙げれば、大正8年(中華民国八年)の冬に、支那・福建省の漁民が暴風難で遭難し、尖閣諸島の和洋島(魚釣島の別称)に漂着し地元住民に助けられた。中華民国は翌九年五月二十日、助けた魚釣島の四氏に感謝状を贈っている。スキャナーでアップすれば解り易いが、壗ならないので書き連ねるが

 「感謝状 中華民国八年冬福建省恵安縣漁民郭合順等三十一人遭風遇難飄泊至日本帝国沖縄県八重山郡尖閣列島内和洋島承 日本帝国八重山郡石垣島雇玉代勢孫伴君熱心救護使得生還故国洵矚救災恤鄰當仁不譲深堪佩特贈斯状以表謝忱 中華民国駐長崎領事馮冕 中華民国九年五月二十日」

 解説「感謝状 中華民国八年の冬に、福建省・恵安県の漁民郭合順ら三十一人が、海上で暴風の難に遭って漂流し、日本帝国沖縄県八重山郡尖閣列島内の和洋島(魚釣島の別称)に漂着した。その際、八重山郡石垣村役所の玉代勢孫伴君らが、熱心に救護に当ってくれて、遭難漁民らを故国に生還せしめるまで世話をしてくれた事に深く感謝し、ここにこの感謝状を贈る。 中華民国長崎領事馮冕 中華民国九年五月二十日」

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 明確に尖閣諸島が台湾附属の島では無く、日本領の沖縄県、八重山郡の行政区域の中に位置付けており、沖縄県領域の日本領であることを当時の中華民国政府が認識していたことの証拠資料の一つである。

 当時、この感謝状は、魚釣島の鰹節工場主の古賀善次氏、石垣村長豊川善左氏、通訳・ロブナスト氏、感謝状に書かれている玉代勢孫伴氏(石垣島役場職)の四氏に贈られているが、現存している。詳しく知りたい方は、惠忠久著「尖閣諸島写真・資料集」(尖閣諸島防衛協会)を参照されたし。

 北方領土の返還、竹島の帰属、尖閣諸島の主権問題は、戦後、歴代の政府、国会が事勿れ主義で遣り過し、領土主張を疎かにしてきた結果が侵害の原因で、今回の不法操業問題を契機に領土主権確立の主張を声高に叫ぶと共に、領土は国の主権であるとの認識を啓蒙することが肝要である。

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2010年09月07日

民主党代表選挙なんぞジャンケンで決めてしまえ

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 民主党代表選も中盤に突入し、菅と小沢が鍔迫り合いを展開する中、民主党員や投票権を持つ在日外国人の盛り上がりとは裏腹に、多くの国民は国民不在の権力闘争に辟易している。小沢も菅も画餅を並べて支持を得ようと躍起な様だが、売国性ではどっちもどっち。いっそジャンケンや籤引きで決めたら如何?小沢は「国家国民の為に最後の御奉公を」と仰仰しいが、小沢が目論むものは、支那との蜜月関係の維持と、外国人地方参政権付与の成立であり、代表選後は民主党の売国政策を政治課題に載せるで有ろうことは火を見るより明らかだ。円高、デフレ、株安、産業の空洞化、予算編成と政策の停滞が心配される中、代表選などやっている場合ではない。

 昨年夏、民主党の中身も知らないで「政権交代」という洗脳状態に陥り、多くの国民は民主党を支持した。民主党政権が政権を執る事の意味を理解している支持者は殆ど皆無で、その状況は未だ変わらない。国民が知り得る民主党とは、マニュフェストで掲げた「一人2万6千円の子供手当て」「農業の戸別所得補償」「暫定税率廃止」「高速道路無料化」或いは「仕分け」程度だ。結党以来の「基本政策」としている「外国人地方参政権付与」や「外国人住民基本法案」、靖国神社に眠る英霊を冒涜する「国立追悼施設の建立」、元売春婦に対して国家賠償する「戦時性的強制被害者法案」等の反日政策、更に日本の家族制度を破壊する「夫婦別姓」や「戸籍法改悪」、言論の自由を侵害する「人権救済機関の設置」「日教組主導の教育関連政策」といった売国法案成立に狂奔していることは、国民の多くは知らない。敢えて国民に知らせないというのが本音だろうが、何時迄も姑息な手段は通用しない。 

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 政権を担うということは、政党の持つ国家観や哲学、構想、未来像が政府の政策に反映するということを意味する。その意味で民主党という政党そのものが問われなければならないのだ。民主党が真に、国民から信頼される党に変貌したいのなら、早急に「綱領」を創り、国民に、民主党が描く国家の理想像を明らかにすべきである。

 政治家には、一般国民とは比較にならない様な教養と国家観、歴史観、世界観が必要であり、政治とは最高の倫理であり、最高の道徳でなければならないのだ。そう考える時、左翼風情の菅と、カネと権力の亡者・小沢のどっちが総理になるにしても、国民にとっては最大の不幸である。

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2010年09月06日

東京・横浜B級グルメツアー

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 個人的なことで恐縮だが、土日は友人と3人で東京・横浜方面へ「B級グルメツアー」と銘打って小旅行に出掛けて来た。毎年この季節に旅行している。昨年は大阪・京都、一昨年は四国へ出掛けた。今回は人数も少ないし、時間も無いので近場で済ませることにした。

 早朝郡山を出発。コンビニに立ち寄り缶ビールを購入し、早速グビリ。須賀川で高速バスに乗り込み一路東京へ。新宿へは11時頃到着予定。民主党代表選の演説会が新宿でやるとのことだったので野次ってやろうとも思ったが、どうせ公安やらが彷徨いてるだろうし、連れに迷惑が掛かるのも何だし、王子で下車し、一路浅草へ向かうことにした。

 11時前に浅草到着。先ずは天丼で有名な「まさる」へ。何時もなら既に行列が出来ている時間なのだが、やはり不景気なのだろう、すんなり店に入れた。中には3、4組の客。此処のメニューは「江戸前天丼」のみ。普段は二種類用意されているが、偏屈、否、職人気質なオヤジの仕入れで決まるので、この日は3500円の一品のみ。味噌汁200円。20分程待って天丼が運ばれて来たが、友人らはその美美しさにビックリ。食べて美味しさに感嘆。天然車海老、メゴチ、キス、穴子、だけのシンプルなものなのだが絶品である。

 「まさる」を後にし、次は「韓国風モツ煮込み」を食べに「鈴芳」という店に入る。ビールではなく「かち割りワイン」と言うのを注文したが、何のことはない赤ワインに氷を入れただけだった。モツ煮だけではと「ハチノスの炒め物」を頼んだが、両方とも「B級グルメ」に相応しい珍味佳肴だった。

 浅草をぶらついて、シーバスでお台場へ。お台場に到着したのは良いが、暑さでげんなり。船着場近くの店で「カキ氷」で涼をとった。男同士でお台場見物は様にならないし、予約した五反田のホテルに向かうことにした。

 4時前にホテル到着。シャワーを浴び、今度は蒲田へ向かう。知る人ぞ知る名店「八幸」へ。野村秋介先生の「さらば群青」でこの店の存在を知り、それから何度か通っている。「爆さん、久しぶりですね」「いやぁカネが有ったんで、別な店に通ってましたよ(笑)」

 何時来ても大将と女将の人柄の良さにホッとする。「生ビール」「ガツ刺し」と「漬け物」を注文し、一通り焼いて貰った。連れの一人が「あぶらって何ですか?」と言うので「来れば分かる」と一蹴。その「あぶら」を一口にし「んーあぶらですね」には爆笑。平日は「レバ刺し」が有るのだが、土曜日ということで無し。此処の「つくね」がお気に入りで、追加注文した。

 「かも」というメニューが有るが、鴨ではなく葱なのだが、これを「かも」と言うところが小洒落ている。一時間程で店を出た。次に向かったのは東急池上線の石川台、と雪ヶ谷大塚の間に在る、その名もズバリ「鰻家」。

 入り口には「時間かかるよ」の看板。久闊を叙し、早速「八海山」の冷酒と「茶碗蒸し」「鰻丼」の梅を注文。本来なら「肝焼き」と「う巻き」は予約し、「白焼き(時価)」「焼き鳥」(鰻屋だが、この焼き鳥も秀逸)で一献するところだが、腹くちいので茶碗蒸しと梅にした。

 此処の茶碗蒸しを食べれば、恐らく今迄茶碗蒸しと思っていたのが「卵豆腐」紛いのものだったことを気付くに違いない。友人ら一口食べ「お~」と驚嘆。是非、食べて頂きたい逸品である。鰻丼は松、竹、梅、特上(時価)と有るが、鰻の大きさで決まる。よく、松は鰻ニ匹、竹は一匹半、梅は半身などという店が在るが、本来、鰻はその場で捌き、蒸したりするので一匹じゃなければ無理だろう。大概、そういう鰻屋は注文すると直ぐ出てくる店が多いが、鰻の香りも無ければ、食べた後で胸焼けする。

 「鰻家」の看板に「時間かかるよ」と書いてるのは、確り仕事をしてるという証でもある。その昔、鰻屋のポスターに掛かれてた「待つ喜び」というキャッチコピーが蘇る。

 その後は、昔、現役右翼だった頃に行きつけだったスナックへ。地元の後輩を呼んで、カラオケを熱唱。9時過ぎに御開きにして、ホテルへ戻った。途中、電車の中で偶然、昔の若い連中にも遭遇したが元気そうなので安心した。

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 翌日、朝8時にホテルをチェックアウトし、一路横浜へ。横浜の畏友のN氏お気に入りの「安記」や「中国飯店」で食べたかったが、未だ開店前で、結局朝からやっている「馬さんの店」で「ピータン粥」を食した。横浜も茹だる様な暑さで、来ているシャツは汗でぐっしょり。

 着替が無いので、元町の「FUKUZO]でシャツを購入した。この店に来たのは大学時代に当時の彼女と来て以来、30年近くになる。当時は「ハマトラ」全盛期で、FUKUZOのシャツを着ている女性は御洒落に見えた。遠い昔の思い出だ。

 中華街に戻り、汗もかいたし、序にもっと汗を出させてやろうと、以前畏友のN氏に連れて来て頂いた四川料理の「天外天」へ。その際食べた「麻婆豆腐」と「鶏の唐辛子炒め」と「生ビール」を注文。N氏と「この店は嫌いな奴とか、嫌がらせにはイイね」と話していたが、友人らは、四川料理の辛さなど何のその「辛いけど、旨いねぇ」を連発し、ぺろりと平らげたのにはビックリした。その間に紹興酒二本空け、口直しに「広東風センマイの炒め物」を注文したが、余りの不味さに三人無口になってしまった。〆の「マンゴープリン」は美味しかったので良しとしよう。

 帰りのバス迄時間も有るし、横浜東口に在る「スカイスパ」で休憩しようと横浜へ向かう。マイミクで友人のこまさ氏が、西口で「知ろう、見よう、語ろう演説会」を開催してるというので顔を出した。この酷暑の中、理路整然と演説するこまさ氏に敬意を払わずにはいられない。友人らも甚く感心する。

 スカイスパは、今は亡き盟友の蒼穹社会長の瀬野寿夫と度々利用していた場所で、夕方の一献に体調を整えるのには持って来いの処だ。眺めも良いし、清潔だし、のんびり出来るのが良い。ひとっ風呂浴びて、昼寝をしたらあっと言う間に4時を廻っていた。

 身支度を整え、新宿へ。最終便を予約していたが、7時10分の席が空いているということなので変更して貰った。一時間程時間があるので、近くの居酒屋へ。刺身の三点盛り、とシラス入り出汁巻き玉子で乾杯するも、見栄えと値段ばかりで、味は最低。少々後味の悪い旅行になってしまった気がした。

 10時半須賀川着。小腹が空いたので「幸楽苑」で生ビールと餃子で安着祝い。その後ラーメンを食べたが、此処はB級どころかランク外。近々、美味しい店で反省会をしたいと思っている。

 清清した二日間だった。

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cordial8317 at 10:46|Permalink

2010年09月03日

「支那脅威論」世界に溢れ出る漢族

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 民主党政権下、支那の策謀に嵌り「観光立国」「ビザの簡素化」の愚策を実行し、今や日本は支那人に蚕食されつつある。

 日本の支那属国を推奨する朝日新聞を始めとした売国マスゴミは、支那系住民が巣食い、チャイナタウンと化した池袋北口付近を、日本の新たな観光スポットで有るかの様に紹介している記事を度々見るが、実際は不法滞在、不法就労が罷り通った異常な不法地帯となっているというのが事実である。

 米国やヨーロッパ、ロシア、アジアの国々はゴキブリ並みに繁殖力の有る支那人を警戒し、あらゆる策を講じているが、日本では積極的に支那人を受容れようと言うのだから狂気の沙汰と言う外無い。

 抑抑、清朝は封禁制で漢族の移住を禁じていたから、満州やその北方のロシア領、沿海州に漢族が居ることは無かった。しかし、清朝の衰退に乗じ、漢族は大河沿いに進出し、売掛代金が返済出来ない土着民から「婦人を奪い取り、まるで家財道具か何かの様に、自分ら同士で分け合っていた」という。(同地を探検したアルセールニエフ著「デルスウ・ウザーラ」)

 それを遡ること約100年前、北方の樺太の地で、漢族は既に活動していた証拠が有る。1807年、樺太からアムール河下流地帯を探検した間宮林蔵は、「漢族商人は、借金を払えない樺太・アイヌ人の其子、其兄弟を率い帰て質と成す」と、「東韃靼紀行」で報告している。

 その結果として、今日のロシア極東では合法・非合法を問わず、移住支那人の数は800万人~1000万人に達し、民族別では、今やロシア人に次いで第二位だ。イシャエフ・ハバロフスク州知事は「ロシア領土側に間断無く浸透しつつある支那人は、次第にロシア人をこの地域から追い出す様になる。

 シベリア・極東は最初は支那の影響圏に、やがて支那が事実上保有し、最後には法的に支那の領土になってしまうだろう」と眼前の危機を訴えている。

 南方のインドでも「支那脅威論」が噴出している。産経新聞に拠れば「東北国境地帯での水資源開発に対するアジア開発銀行の融資を中共政府が潰そうとした」「シッキム州ナトゥラ峠で中印両軍が衝突した」等の情報が交錯し、メディアは、インド政府が国境地帯で中共軍の活動を隠蔽していると非難している。

 しかし、問題は日本である。親中派は戦後民主主義に洗脳され、贖罪意識から「日中友好」を推進し、支那とは「同文同種」「一衣帯水」だからと宣うが、これは全く誤った認識だ。

 日本が支那との対等外交に踏み切ったのは607年の遣隋使であり、645年「大化の改新」を実現するも、663年の白村江(はくすきのえ)での敗戦を機に中華圏との外交を絶つ。その後1871年の「日清修好条規」を結ぶまでの約1200年に亙り日本は日本の中で日本文化を熟成させたのである。

 大陸からの漢字に音と訓を付け、ひらがな(後にカタカナ)を付け加え、大和言葉を表現し、支那とは全く別の文字体系と文化を創造したのである。一方の支那は戦乱に次ぐ戦乱、易姓革命の連続で、文字文化の発達は全く止まった儘だったのだ。

 日中友好など幻想に過ぎず、支那と朝鮮とは絶交するに越したことは無い。日本はロシアの轍を踏まぬ様、支那人の内偵と取締りを怠ってはならない。ガンバレ公安・警察諸君!

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cordial8317 at 08:43|Permalink

2010年09月02日

何故支那人は人殺しが好きなのか

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 支那の歴史に造詣の深い石平氏著「中国大虐殺史ー何故中国人は人殺しが好きなのか」(ビジネス社刊)が、支那人の本性である「虚言癖」と「残虐性」を分かり易く解説している。「虐殺」は支那文化の一部であり、秦帝国以来支那の歴史に於いて繰り返されて来た大虐殺がどの様なものであったか、漢、南北朝、明、清での代表的な虐殺事件を詳しく説明されている。タイトルは過激だが、支那を知る上で貴重な書である。

 1937年12月に日本軍が行ったとされる「南京大虐殺」が、中共のプロパガンダで実在していないことは周知の事実。当時、世界で最も権威有る英文中国年鑑「チャイナ・イヤーブック1938年版」には、12月13日、日本軍南京占領、12月17日、日本軍入城としか書かれていない。同年鑑に「南京暴虐事件」として書かれているのは1927年3月13日に北伐中国軍が起こしたものだけだ。

 全く存在しない「南京虐殺」が、中共政府の宣伝によって巷間に出回ったもので、未だにこれを信じる日本人がいるのは悲しい限りだ。自己の虐殺の歴史を覆い隠す目的で有るが故に、自分達がしていることは日本人もやっている筈だという「同一化虚言」によって語られている為に、身の毛もよだつ表現が多い。

 片っ端から殺戮し、目を刳り貫き、腹を抉り、陰部を抉り、等等、惨たらしいものばかりだが、残念なことに日本には支那の様な虐殺文化は存在しない。この無知と虚言癖から日本に虐殺の罪を擦り付けることによって、自己の虐殺事件を隠したいのだろうが、南京陥落半年前に支那保安隊が通州で日本人居民留民300人近くを実際に殺戮したことが露呈した。この時の報告書には、片っ端から日本人を殺戮し、目を刳り貫き、女性の陰部を抉りと身の毛もよだつ残虐行為が記されている。

 この伝統は近代も現代の共産党政権下でも変わることはない。石平氏の著書には、毛沢東が自己の権力奪取とその維持の為に、大々的に虐殺を実行して来たことが詳細に語られている。天安門事件、チベット虐殺、ウイグル虐殺、中共軍が行ってきた虐殺や弾圧は筆舌に尽くし難い。未だ共産主義を最高原理として崇める現代中国こそ最大の「帝国主義」であり、武力を以て国土を拡大している国は今世紀地球上で中共一国のみだということを忘れてはならない。

 「観光立国」「ビザ簡素化」「沖縄ビジョン」そして「外国人地方参政権付与」は中共政府の策謀であり、チベット虐殺、ウイグル虐殺は決して対岸の火事ではない。日中友好などクソ喰らえ!

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cordial8317 at 08:54|Permalink

2010年09月01日

国民不在の権力闘争

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 約3ヶ月前、涙を浮かべ小沢を道連れに代表を辞任し、政界引退を表明した鳩山が「仲介役」としてしゃしゃり出た挙句「トロイカ体制の原点に立ち戻ることが重要だ」とは呆れ返った。多くの国民は民主党の政権担当能力の無さと、自民党時代と何ら代わり映えのしない旧態依然の権力闘争に辟易したに違いない。

 対立を回避し「小沢不出馬か」と思われたりもしたが、兎にも角にも小沢が出馬したことは結構なことで、政界から追放出来る千載一遇のチャンスでもある。小沢を支持するグループは「菅政権では政権維持は難しい」と宣うが、小沢が代表に就いたところでそれは同じだ。

 況してや政治資金規正法で起訴される恐れの有る小沢が総理となれば、国民からの支持を得られるとも思えない。菅が再選されるにしろ、小沢が就くにしろ、「政治空白を作るべきではない」などという詭弁で誤魔化さず、代表選後は速やかに解散総選挙を行い国民に信を問うべきだろう。

 しかし日本のトップは実によく代わる。平成になって既に16人。小沢総理となれば17人目だ。小泉政権が5年5ヶ月間だったのだから、残りは平均一年足らず。此れだけよく代わる国は先進国では日本だけだ。トップがこう頻繁に代わっては外交上も国益を損ねることも多い。北方領土や竹島などの失地領土問題や拉致問題、尖閣諸島問題、普天間問題が頓挫しているのも此れに無関係ではない。

 何故こうも日本の首相がコロコロ代わるのかというと、小泉首相以来、首相はその時の国民的人気で決まってしまっているからだ。人気が有れば就任し、人気が凋落すれば退陣に追い込まれるという構図になってしまっているのだ。此れは、政治が国民の顔色一つで決まるという「大衆迎合主義」に陥ったということでもあり、危険な兆候だろう。

 大衆迎合主義は民主主義には最悪のものと言っても過言ではない。「子ども手当」「授業料無償化」「高速道無料化」などの「ばら撒き」がそれで、民主党マニュフェストこそ大衆迎合主義の最たるものであろう。

 代表選では政策論争するというが、菅にしろ小沢にしろ、所詮、絵に描いた餅を並べるのだけで結果は見えている。そんなものより早々に党の綱領を創り、国民に、民主党が描く国家の理想像を明らかにすべきだろうが、烏合の衆の民主党には到底無理な話だ。

 政治家に求められるのは、一般国民とは比較にならない様な教養と国家観、歴史観、世界観が必要であり、更に、政治とは最高の倫理であり、最高の道徳でなければならないのだ。

 そう考える時、左翼風情の菅と「政治とカネ」が纏わり付く小沢のどっちが総理になるにしても、国民にとっては最大の不幸である。右顧左眄型の政治家ばかりが闊歩する政治の世界で、大所高所から物事を判断し、国家を導いてくれる政治家の出現を待望するのは無理なのだろうか。

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cordial8317 at 08:39|Permalink

2010年08月31日

相撲協会「暴力団等排除宣言」

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 日本相撲協会が暴力団などの反社会勢力との関係を根絶する為に「暴力団等排除宣言」を示した。暴力団が反社会勢力ということは理解出来るが「暴力団等」というのは「右翼団体」も指しているのだろうか。反社会勢力ならば「左翼団体」や蛆虫共産党、外国人地方参政権付与に躍起な民主党も立派な反社会勢力だろう。

 小生も大相撲は大好きで、幾度と無く国技館へ足を運び、地方巡業も毎回楽しみにしている。それがこれからは入場を制限され、テレビ中継でしか観れないとなれば興醒めだ。その中継も先場所は中止された。

 NHK会長の福地成雄は「国民の要望」に応えたと宣ったが、中止、中止と騒いだのはマスコミに煽られた正義を気取った連中で、相撲好きな人はこんなことで中継中止は無いだろうと考えていたのではなかろうか。

 中止決定後NHKには電話が殺到し約4400件中、実に半数近くの47%が「中継すべき」だったというから、福地の「国民からの要望」というのは嘘だったと言うことになるが、説明を請いたいものだ。

 横綱・白鳳が野球賭博に端を発した騒動に、右往左往する相撲協会を見兼ね「自分達の手で相撲を潰す気なのか」と苦言を呈したのは蓋し正論である。

 相撲は歌舞伎と同様、閉じられた社会で磨き上げられ、鍛えられた伝統文化で、大相撲という興行の本質も知らないで、「清く正しく」開かれた公明なスポーツとして、社会の範たれというのは如何なものだろう。白鳳も幕下時代、夜遊びが過ぎて破門されかかったことがあるという。力士は勝負師であり、験を担いだり、賭け事をしたりというのは本性だろう。

 明治維新で「断髪令」が発せられても、丁髷の伝統を貫き、戦後もずっと表彰式で国歌「君が代」を斉唱し、国技を自称して来た大相撲は「保守の牙城」だ。この保守の牙城を潰したいが為に大騒ぎしている「一種の色褪せた革命ノスタルジー」だといった知識人がいるが荒唐無稽な話ではない。

 事件の発端は琴光喜の野球賭博だが、それがあれよあれよと言う間に「賭博」は全て「悪」ということになり、正義面した新聞記者が「旧態依然だ」とか「相撲界の旧弊」と追求し、「相撲は潰してゼロからスタートする位の覚悟がなければ体質を変えることは出来ない」と噛み付く。

 バカ左翼の仙石官房長官も「黒い世界との関係が芸能の世界に付き物だということでは通らない。そのことを完全に払拭出来ないと公益法人という形で行うのは許されない」と恫喝し、相撲協会も右往左往するばかり。日韓基本条約の見直しを口にする仙石が大相撲の改善を訴えれば訴えるほど、穿った見方をしてしまうのも右翼人の悲しい本性だ。

 名古屋場所の前、朝青龍の天敵・内館牧子が週刊誌のコラムで、「賭博とは無関係の圧倒的多数の力士から出世の場を奪い、地方のファンから楽しみを奪う。加えて文科省まで巻き込んで大騒動の挙句中止しては、反社会勢力の勝利に等しい。国技を屈服させた高揚感は彼らの力になるだろう」と断じている。

 「角を矯(た)めて牛を殺す」という諺がある様に、少々の欠点を直そうとして、反ってそのもの自体を駄目にすることも無きにしも非ず。枝葉に係ずらわって、肝心な根本を損なってはならない。

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cordial8317 at 09:16|Permalink

2010年08月27日

代表選後は速やかに衆議院を解散し国民の信を問え

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 鳩山が約3ヶ月前、参院選勝利には自らの辞任は避けて通れないと踏んで、小沢を道連れに辞任したが、この小芝居の脚本・演出は小沢と鳩山自身だったに違いない。「クリーン」さをアピールし「脱小沢」内閣によって国民を煙に巻き、参院選を勝利する算段だったのだろうが、その目論見は脆くも崩れた。小沢にしてみりゃ、参院選の敗因は菅の「消費税増税」発言が原因と思っている様だが、有権者が民主党の売国性に気付いた結果だ。
 その偽装辞任した二人が熱りも冷めないうちに表舞台に登場し、今度は政局を演出した。政局でしか存在価値の示せない小沢にとっては願ったり叶ったりだが、無為無策の菅と金権腐敗の小沢の戦いは国民の最大不幸としか言い様がない。共産党の志位は「深刻な疑惑の有る人が代表選に出るのは国民の理解は得られない」と強調したが、民主党代表を選ぶのは国民ではなく、民主党議員とサポーターであり、国民の認識と掛離れている連中が党代表、つまり総理大臣を選ぶのだから始末に負えない。

 小沢の師は、言わずと知れた田中角栄だが、角さんに政治の帝王学を学んだ割には、角さんの様な人情味も人間的な魅力も無い。人と協力してやるということは苦手で、主張もコロコロ変わる。それを鳩山や菅や腰巾着の山岡らが弁解して歩く姿は滑稽の一言だ。そういった意味では、田中角栄よりも娘の真紀子の方に似てしまった様だ。角さんは「天下を獲るには敵を造るな」と教えたというが、小沢からは離れる側近が多い。47歳で自民党幹事長を務め、51歳で旧竹下派を飛び出し自民党を離党、以後、新生党、新進党、自由党と「創造と破壊」を繰り返し、今度は民主党を分裂させる勢いだ。今、小沢に問われているものは「政治資金規正法違反」や「不法献金」や「個人蓄財」の問題である。更には昨年末、中共要人と陛下の会見を強引に推進め、陛下を政治利用して国民から総スカンされたことは忘れていない。小沢支持派は「今こそ強いリーダーシップ」と宣うが、小沢が目論むものは、支那と韓国に約束した「外国人地方参政権付与」の成立であり、代表選後は政治課題に載せるで有ろうことは火を見るより明らかだ。

 それにしても、未だ民主党の中身も知らないで支持している国民がいるが、民主党政権が続く事の意味を果たして理解しているのだろうか。政権を執るということは、政党の持つ国家観や哲学、構想、未来像が政府の政策に反映するということを意味する。その意味で民主党という政党そのものが問われなければならないのである。多くの国民が知り得るのは、民主党がマニュフェストで掲げた「一人2万6千円の子供手当て」「農業の戸別所得補償」「暫定税率廃止」「高速道路無料化」或いは「仕分け」程度だ。
 民主党が、結党以来の「基本政策」としている「外国人地方参政権付与」や「外国人住民基本法案」、靖国神社に替る「国立追悼施設の建立」、元慰安婦に対して国家賠償する「戦時性的強制被害者法案」といった反日政策、更に日本の家族制度を破壊する「夫婦別姓」、言論の自由を侵害する「人権救済機関の設置」「日教組主導の教育関連政策」といった売国法案成立に狂奔していることは、国民の多くは知らない。敢えて国民に知らせないというのが本音だろう。既に民主党は「東アジア大交流時代」と称し、「観光立国」「査証(ビザ)の簡素化」「沖縄ビジョン」といった支那の策謀を忠実に実行しているが、憂慮すべき事態である。

 民主党が野党時代、コロコロ替る自民党政権に「総理を変えるなら総選挙で国民に信を問え」と宣っていたが、ならば代表選後は速やかに衆院も解散し国民の信を問うべきである。

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2010年08月26日

小沢一郎「反米親中」の思想を披瀝

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 「日本人は劣化している」「米国人は単細胞」「黒人大統領オバマ」「米国人を利口とは思っていない」「日本軍捕虜は無秩序の烏合の衆」よくもまぁ言ったものだ。今迄も、小沢の根拠の無い主張を耳にするが、抽象的なものが多く、これが日本の総理大臣の有力候補だと言うのだから厭きれ返る。セミナーでの講演の中でも、戦前の日本軍について「捕虜のなった途端に無秩序の烏合の衆に化した」「帝国陸軍の軍規は結局、天皇陛下の名を借りて、押え付けられた結果」だとは聞き捨てならない。物事の一面だけ捉え、批判しているが、結局、小沢の主張は戦後民主主義に冒された妄言に過ぎず、自らの「反米親中」の思想を披瀝したものだろう。

 小沢を語る時「不透明な政治資金疑惑」を切り離して考える事は出来ない。民主党は「政治資金の透明化」「政治資金規制の強化」の政策を掲げてはいるが、政治資金による「個人蓄財の禁止」は明記していない。収支報告書の開示や領収書の保存などを挙げながら、小沢が行った政治献金の大きな抜け穴に関しては全く手を打たないということだ。はっきり言えば手を打てないというのが本音で、如何に民主党が小沢の独裁政党であるかが垣間見れる。驚くべきことに、疑惑になった政治資金も未だ自分の懐に仕舞い込んだままなのだ。この小沢資金で当選した議員が「小沢チルドレン」と言われる新人議員で、小沢主義を標榜する「一新会」のクソ議員らが、国会を我が物顔で闊歩する姿を見てるだけで胸糞が悪い。連中こそ無秩序の烏合の衆だ。

 昨年末、訪中した小沢は日本では見せたことの無い笑顔と饒舌さで「政権交代を実現したが、こちらの国に喩えれば解放の戦いは未だ終わっていない。来夏に最終決戦がある。兵を募り、鍛え、勝利を目指している。野戦軍の総司令官として解放戦が終わるまで徹したい」と述べたが、その最終決戦で惨敗したのだから、総司令官ならば潔く政界から身を引くべきだろう。

 最早、国内最大の国賊と化した小沢一郎の横暴に、断固として抗議の声を上げ、政界から追放しよう!

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cordial8317 at 08:09|Permalink

2010年08月25日

「鳩山・小沢偽装辞任劇」から未だ2ヶ月半

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 小沢一郎が9月の代表選に出るのかどうか、自民党時代と何ら代わり映えのしない旧態依然の政争が行われているが、小沢も何時までも院政を続けている時代でもなく、自らの主義主張を国民に訴えるべきで、菅が再選されるにしろ、小沢が就くにしろ、代表選後は速やかに解散総選挙を行い、国民に信を問うべきだろう。

 2ヵ月半前、菅内閣が誕生し「脱小沢内閣」と持て囃されたが、今回の小沢の代表選出馬のドタバタ劇を見ていると、「鳩山・小沢辞任劇」が小沢や輿石らによって画策されていた小芝居だったことがバレバレだ。 民主党が本気で「政治とカネ」に決別するなら、先ずは小沢の疑惑に対し、政倫審や証人喚問を行うべきだったが、菅を始め執行部が否定的だったのは、結局「反小沢」ではなく、小沢の意の儘に菅内閣が誕生したということだったのだろう。

 参院選を勝ちたいが為に「鳩山・小沢辞任劇」を演出したが、国民のバランス感覚は面白いもので、こうした小芝居と民主党の売国性を見抜いた結果が、惨敗に繋がったのだということをお忘れなく。 小沢を支持するグループは「菅政権では政権維持は難しい」と宣うが、小沢が代表に就いたところでそれは同じだろう。況してや政治資金規正法で起訴される恐れの有る小沢が総理となれば、国民からの支持を得られるとも思えない。しかし、小沢も何時までも院政を続けている場合でもなく、代表選に出馬し、結果次第では政界から退くべきだ。菅もこの際、堂々と小沢に戦いを望み、小沢を斬る位の覚悟を見せて欲しいものだが、左翼の菅にその度胸は無い。

 それにしても、日本の総理は実にコロコロ代わる。平成になってから既に16人になる。何故こんなに代わるのかと言えば、国民の支持率に影響されるからだ。日本の首相はその時の国民の人気で決まってしまうのだから始末に負えない。人気によって就任し、人気が落ちると退陣するという構図になってしまっている。様は日本の政治が大衆迎合主義に陥ってしまったということだろう。

 政治には、国民目線と掛離れた歴史観、人間観、世界観、時には高度な権謀術数を必要とする。経済も然り。「日本は深刻な経済危機」というが、純資産残高(債務残高から金融資産を引いた数値)は欧米に比べ然程悪くは無く、日本の国債も95%以上を国民が購入している点を見ても、他国とは違うと言うことを知っている国民は非常に少ない。「投資がそれ以上の税収を生む」と言うことを知らないから「公共投資はダメ」「赤字国債の発行もダメ」と言った妄言が罷り通るのである。

 これらを知ることのない国民の目線とは、ワイドショーに煽られた意見と言っても過言ではない。マスコミは視聴率を伸ばす為だけに、国民の安直な正義感に迎合し、自分達の主張こそが「正義であり民主主義である」との主張を居丈高に振り翳し、国民を煽動しているだけだ。大衆迎合主義は百害有って一利無し。

 国民の軽佻浮薄な流れに苦言を呈し、大局観に立って国家と国民を安寧に導く政治家やマスコミの出現を待望する。

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2010年08月24日

贔屓の引き倒し

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 「贔屓の引き倒し」という言葉が有る。贔屓し過ぎて、反ってその人の迷惑になるという意味だ。
 
 先の参院選・山梨選挙区で、輿石東に無名の元高校教師・宮川典子が挑戦し、僅か3745票の差で惜敗した。輿石は周知の通り「参院のドン」「日教組のボス」と称され、民主党内の左派を束ね、日本労働組合総連合(連合)との関係を深め、民主党の「小沢支配」は、その実は「輿石支配」と言っても過言ではない。

 その輿石が、参院選挙で落選するのではという予想が各報道機関の世論調査で明らかにされた。輿石は、局面打開の為に鳩山・小沢の偽装辞任劇を画策したという。この辞任劇と菅新総理の御祝儀相場で、鳩山政権末期20%そこそこの支持率が60%台に跳ね上がった。これにより落選と目されていた輿石が息を吹返し、一気に当選圏内に入った。

 その後の菅の消費税増税発言で、宮川が追い上げるが、追い上げも此処まで、一歩届かず落選の憂き目に遭った。宮川の票が伸びなかった一因に「贔屓の引き倒し」が有るという。というのも、地盤も看板もカバンもない宮川を応援しようと、自民党が総力を挙げて選挙戦を戦うのは理解出来るが、対抗馬が日教組の輿石ということも有り、「たちあがれ日本」が輿石批判を訴え、更には右翼団体が押しかけ輿石糾弾をしたという。

 宮川の選対幹部は「右翼団体が街宣車で押しかけて来て、盛んに輿石糾弾をしました。彼らにすれば当然の糾弾でしょう。輿石のやっていることも糾弾に値します。だけどそれが宮川に優位に働くかというと、必ずしもそうは言えない。

 そこへ「たちあがれ日本」等がやって来て、輿石批判をやる。何か右と左の対決みたいな様相になって来て、これまた宮川にとって、どうも有利に働かない。有難い応援には違いないんですが、贔屓の引き倒しみたいな感じになっちゃった。こちらは世代交代を訴えたかったんです。向こうは74歳、こちらは31歳ですからね。後半はひたすらその線で行きました。後一週間かそこら有れば勝てたんじゃないかと思います」
 
 小生も右翼人の一人として、輿石糾弾を展開した団体を責める立場には無いが、自分の過去の行動を振り返れば反省すべき点は多い。自分では良かれと思った行動が「贔屓の引き倒し」になっている場合も無きにしも非ず。

 所謂「終戦記念日」に、多くの右翼団体や軍事マニアやネット右翼が大挙して「靖国神社」に集合する。「反天連」等の蛆虫連中も反日活動を展開し、遺族にとっての終戦記念日は喧騒の中で終る。左右入り乱れての御祭り騒ぎで、今年の参拝者は例年の三倍だったというから恐れ入る。

 所属していた団体の初代・福田進総隊長はその昔「8月15日は遺族の日であるから、決して行かない様に」と訓示した。以来、8月15日に靖国神社へは詣でたことはない。春は桜の満開の季節に、夏はみたままつり、秋は例大祭と、時期を見て参じている。

 やはり、8月15日は、陛下が御親拝なされる静謐な環境を作ることが肝要で、御親拝なされることで初めて英霊の御霊は安らかに眠れるのだ。

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2010年08月18日

曲学阿世・安倍元首相と中曽根大勲位の共通点

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 終戦記念日に靖國神社に参拝しなかった菅内閣に対し、安倍晋三が「閣僚の自主的判断ではなく、首相が決めた方針なら『信教の自由』の観点から問題が有るのではないか」と批判したというが、安倍に批判する資格など無い。

 安倍内閣で参拝した閣僚は唯一高市早苗だったが、高市女史は寸前まで安倍から「靖國参拝は自粛する様に」と言われていたという。自ら中共に媚び諂い、靖国問題を避けて通ったのを忘れたとでも言うのだろうか。

 自分の事を棚に上げて、菅を責めるのはお門違いだろう。安倍の様な似非保守が自民党に巣食っている限り、自民党に明日は無い。安倍は正に「曲学阿世」の政治家である。  

 「曲学阿世」の政治家と言えば中曽根康弘であろう。

 中曽根の大罪を列記すれば、先ず、支那人就学生10万人計画に拠って日本を支那人の犯罪天国にし、日本の刑務所を支那人犯罪者で満員にしたこと。

 歴代続いた靖國神社への公式参拝を、支那・韓国のイチャモンに屈し取止め、その後の内閣の前例になったこと。

 藤尾文相の発言が韓国で問題化するや罷免し、これもまた後の内閣で奥野文相や永野法相が対中・対韓発言を理由に辞職する前例を作ったことなど枚挙に遑がない。

 最近でも靖國神社問題で、所謂A級戦犯分祀論をまたぞろ持ち出して世論を攪乱している。

 元来分祀など神道では有り得ない。神道では譬え分霊されても、元の分霊した神霊もそれぞれ全神格を有するという教えである。

 靖國神社は246万6千余柱の神霊を祀っているが、その中から一つの神霊を分霊したとしても元の神霊は存在するというのが神道の神霊観念であり、仏式に於いても本家・分家の仏壇に祀る位牌と遺骨の納めている墓での供養をすることでも理解出来る。

 神道に於ける合祀祭は最も重儀な神事であり、一旦祀った個々の神霊の全神格をお遷しすることは有り得ないのだ。靖国神社の信仰は永劫に不変である。

 靖國神社は国家の為に尊い命を捧げられた神霊を只管お慰めし、顕彰する神社である。もし仮に所謂戦犯の分祀法案が成立したところで、それにより靖国神社が分祀することは絶対無い。「分祀論」が如何に支離滅裂で軽薄で有るか理解出来よう。

 昭和60年の終戦記念日、中曽根は靖国神社を公式参拝した。しかしこの参拝は、手水もせず、御祓いも受けず、玉串奉奠もせず、ニ礼ニ拍手一礼もしない、黙祷だけという神道否定、神社冒涜の異様な光景だった。

 当時の松平宮司は、この時の参拝を「人の家に泥靴で踏み込む様な人」と回想している。「遺族を参道に並ばせ、非常に芝居がかった演出、驚いたのはその横に4人のボディガードを連れて行動したんですね。うちの神様方というのは皆手足四散して戦場で亡くなられた方が大部分です。そこへ参拝するのに自分のみ安全を謀るSPを伴うというのは無礼、非礼の極みという他ありません」

 菅内閣の閣僚など参拝しなくて結構だが、安倍晋三も、中曽根と同じ弱腰軟弱土下座外交の元凶だと言うことをお忘れなく。

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2010年08月16日

真姿の復元を計り、靖國神社国家護持に立ち上がろう!

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 65回目の終戦の日を迎えた昨日、日本武道館に於いて天皇・皇后両陛下の御臨席を仰ぎ「全国戦没者追悼式」が執り行われた。相変わらず、我が国首相の式辞には「心ならずも・・・」だとか「アジアの国々に多大な損害と苦痛を与えた」と空疎な言葉の羅列ばかりが目立った。

 東京裁判史観に冒され、反省の言葉ばかり口にする日本は「終戦」とは名ばかりの、未だ主権快復も出来ていない国家だと痛感した国民は少なくないだろう。

 第二次大戦後、戦勝国が敗戦国を一方的に裁いた「東京裁判」は昭和21年に開廷され、23年の天長節に絞首刑7名を含む全員有罪が言い渡された。未来永劫、犯罪を忘れさせない為に皇太子殿下の生誕(現天長節)に絞首刑が執行されたのである。

 抑抑、戦争犯罪とは、ハーグ陸戦法規やジュネーブ条約に規定される「捕虜に対する人道的取り扱い」や「無防備地域に対する攻撃の禁止」など、戦闘行為に於ける将兵の「国際法違反」を問うものである。

 当時の国際法では、戦争を遂行した国家の主導者が個人的に犯罪者として裁かれることは無かったし、今日でも、国際法の直接的指導・命令者で無い限り同様である。

 然るに、東京裁判では被告の方々は「平和に対する罪」「人道に対する罪」と称する事後法によって裁かれたのである。この様な事後法は、隣の韓国ではよくある事だが、近代法治主義が最も忌み嫌う行為である。

 東京裁判の目的は明らかに、勝者の敗者に対する見せしめであり、復讐であり、日本は「悪」であるという虚構の観念を全ての日本人に植え付ける為のものだったのだ。

 米国人弁護人、ブレイクニーは「広島・長崎への無差別殺戮兵器の原子爆弾の投下を命じた者に被告らを裁く資格は無い」と叫び、同じ米国人弁護人のローガンは「欧米から経済的、軍事的に追い詰められた結果の日本の自衛戦争である」と指摘している。インドのパール判事は被告の「無罪」を主張した。

 今必要なのは、冷静且つ客観的に、そして科学的に大戦の是非を明らかにすることが肝要で、況してや靖国神社には「A級戦犯が祀られている」だとか「戦争犯罪人を祀るべきではない」だとか宣ったところで何になるというのだ。

 世界のどんな国でも「英霊」には最大の名誉が与えられている。それに比べ、我が国では自ら「A級戦犯」「B・C級戦犯」「戦争犯罪人」などと呼称しているのは呆れるばかりで、日本人の精神的貧困さを示すものだろう。

 刑死・獄中死された方は「法務死」、靖国神社では「昭和殉難者」と称し、所謂B・C級戦犯は1068名が御祭神で、それ以外リンチに等しいもので亡くなった方が約100名が祀られている。東京裁判の茶番劇で、或いは外国の地で不当に処刑されたこの方々の命は軽いものではない。

 時の首相や政治家共は度々「深く反省する」と軽々しく反省の弁を口にするが、ならば堂々と腹を切って詫びれば良いではないか。

 「戦犯」の汚名を着せ続けられているこの方々が、敢えて反論もせず諒として罪を償ってくれたのという悲劇の現実を、国民は決して忘れてはならない。

 今こそ抑圧していた障害を排除し、真姿の復元を計ると共に、靖國神社国家護持に立ち上がろう。

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2010年08月14日

玉音放送(現代語訳)

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  玉音放送(現代語訳)

私は、深く世界の大勢と日本の現状を考えて、
特別な方法でこの事態を収拾しようと思い、
ここに忠義の気持ちを持った国民に告げます。

私は政府に、米・英・中国・ソ連の四国に対して
ポツダム共同宣言を受諾することを通告させました。

もともと日本国民の安全と世界の共存を共にすることは、
わが歴代天皇の残した教えで私も大切にしていることです。

アメリカやイギリスと戦争をしたのも、日本の自立とアジアの平和を願うからであり、
もともと他国の主権を侵したり、領土に侵入することは私の気持ちではありません。

開戦以来すでに四年たち、わが陸海軍の将兵が勇ましく戦い、
役人たちが懸命に働き一億の国民が力を尽くし、
それぞれ最善をつくしたにもかかわらず、戦局はかならずしも好転しません。
世界の大勢もまた我々に利がないことを示しています。

その上、敵は新たに残虐な爆弾を使用して、
罪のない人たちを殺傷し、その痛ましい被害ははかりしれません。
このまま戦争を続ければ最後にはわが民族が滅亡するだけでなく、
人類の文明をも破壊するでしょう。

もしそうなれば一億の国民を預かっている私としてどうやって
わが歴代天皇の霊に謝ることができましょう。
このことが私が政府に対し共同宣言に応じさせるに至った理由です。

私は、日本とともにアジアの解放に協力した国々に
申し訳なく思わずにはいられません。
日本国民で、戦地で死んだり職場で命を落とした人々と、
その遺族のことを思うと、悲しみで心が裂ける思いです。

また戦傷を負い、災難で家業を失った人々についても
私はたいへん心配しています。
考えると、これから日本が受けるであろう苦しみは大変なものがあると思います。

国民の悔しい思いは私がよく知っています。
しかし私は時の運に従って、堪え難きを耐え、忍びがたきを忍んで、
後の世のために平和をもたらしたいと思っているのです。

私は日本の国家を譲ることができたので、
忠義で善良な国民の真心に信頼を寄せ、いつも国民と一緒にいます。
感情のままにみだりに事件を起こしたり、国民同士が争って時勢を乱して、そのために道を誤って世界の信用を失うようなことは、私がもっとも戒めるところです。

国を挙げて子孫に伝え、神国の不滅を信じ、
任務は重く道は遠いことを思い、将来の国の再建に向けて総力をあげ、
道義を厚くして志を堅くして、日本のすぐれたところを更にたかめ、
世界の進歩に遅れないよう決意すべきです。

きみたち国民よ、私の気持ちを汲んで身をもって行いなさい。

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cordial8317 at 11:58|Permalink

2010年08月11日

「痛切な御詫び」と「猛省」すべきは韓国である

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 日韓併合百年に関し菅が首相談話を発表した。村山や細川、小泉らと何ら代わり映えにしない自虐史観にどっぷり漬かった談話を発表し悦に入ってたが、自らの夢であった「歴史に名を留めた」のは間違いない。

 1853年ペリーの黒船が来襲し、我が国はこれに対抗するため強力な中央集権国家を形成しなければならないと「明治維新」の大業を成し遂げる。

 危機に直面して僅か15年で体制を整えたのだ。フランスやドイツが国家形成に至るまで100年以上の年月がかかったことを考えてみても、僅か15年で維新に成功したことに驚嘆するとともに、日本人として、この様な賢い国に生まれたことを心から感謝せずにはいられない。
 
 日本が世界に独立を宣言し、隣国の大韓民国にも独立を促す。

 しかし、李氏朝鮮は当時は清国の属国であり、これに怒った清が日本との戦争に至る。日清戦争である。我が国が勝利し、台湾、澎湖諸島、遼東半島を割譲されるが「三国干渉」により頓挫する。

 清が滅び、巨大な空き地と化した支那の領土は世界の国々に蚕食されることとなる。巨大国家ロシアも南下政策を執り、日本に割譲された遼東半島を始め、韓国にも触手を伸ばして来る。

 だが、当時、韓国独自でロシアと対峙することなど到底無理で、その意味では、寧ろ日本による韓国保護の必要性を認め、日本と一体となった上で、民族の自立発展の道を模索しようとした「日韓合邦派」の主張の方が現実的だったと言えよう。

 頑迷固陋な韓国は「合邦派」や日本の意見に耳を貸すことはなく、李王朝はロシアに保護を求めた。日本が勝利すると独立の機は失ったのは当然だろう。

 「万国平和会議」で世界満場一致で「日韓併合」が可決されることとなるが、三等国家の韓国が、独自の力による近代独立国家建設の道など在り得ず、日本の協力が有って初めて文化的生活を得られたのである。

 その悲劇こそがこの日韓関係の日韓関係足る所以であり、韓国国民こそ自らの責任を真正面から見つめ直すべきである。

 韓国は、こうした現実は無視し、相変わらずの「事大思想」「虚言癖」から物事を冷静に判断出来ないでいる。

 「日韓併合」は西洋列強の植民地支配とは違うという。

 要するに西洋の植民地支配は先進国が後進国を支配したのであって「日韓併合」は、後進国の日本が、先進国の韓国を支配したのであって、ナチスドイツのフランス侵略と同じだというのだ。

 韓国人の事大思想にはホトホト呆れるが、事実として米国も英国もオランダもフランスも植民地支配を謝罪したことは無い。

 日本は韓国同様、台湾も統治した。統治時代について台湾の歴史教育は、戦後、手の平を返した韓国とは違い、実に公正に教えられ、台湾の近代化にかなり役に立ったという論調で書かれている。

 鉄道や電気、水道といったインフラのみならず教育までも日本と全く同じレベルに徹底されている。

 台湾には「日本精神(リップンチェンシン)」という言葉があるという。

 「勤勉である」「約束は破らない」「人を裏切らない」こういう人を「あいつは、日本精神が有るヤツだ」というらしいが、現在の我が国の現状を見た時、恥ずかしくて赤面してしまいそうだ。

 大東亜戦争で日本が負けた瞬間、彼等は掌を返し「創始改名」までも非難し始めた。儒教社会の朝鮮は、当時、女性には名が無く愛称で呼ばれていたことを知らない訳がないのに、何処までもフザケタ民族だ。

 韓国が非難して止まない「差別」と「弾圧」の日帝支配なるものは、寧ろその逆であり、世界に例を見ない極めて公平で平等な制度であったのだ。

 昭和7年の衆議院選挙には東京4区から朝鮮出身の朴春琴が立候補し当選した。選挙区には朝鮮から出稼ぎに来ていた人達が多かったとはいえ有権者数の1.5%にも満たない数で、多くの日本人が投票したことが分かる。

 投票の表記にハングルで書かれたものも有効と認められていたが、「植民地」の文字が宗主国の選挙で使用を認められたのは当時世界で唯一であった。

 このように、戦前の朝鮮人に対する偏見、差別はよく言われている様なものではなかったことが理解出来る。

 朴春琴は昭和12年の選挙でも再び当選している。尚、貴族院は華族と勅撰議員(天皇陛下から指名された議員)で構成されていたが、朝鮮人の華族、勅撰議員が何人もいた。

 更に付け加えると、所謂「創始改名」が行われてからも、彼等は日本名に改名していない。洪思翊中将然り、創始改名が強制ではなかったことの証拠である。

 彼等が非難して止まない差別と弾圧の日帝支配なるものは、寧ろその逆であり、世界に例を見ない極めて公平で平等な制度であったということである。

 何しろ、日韓併合時に100校程しかなかった小学校を昭和17年には4945校に、中学以上の学校を470校に迄増やしているが、これが差別であり弾圧で有る筈がない。

 二つ目は何故戦前に在日朝鮮人に選挙権が与えられていたのか。理由は明白で、彼等は「日本人」だったからである。

 ハングルにしてもそうだが、ハングルの使用を禁じていたのは李朝の王らで、彼らは諺文を禁じ、漢語漢字を使用した。

 日韓併合後、福沢諭吉が諺文と認字率を高める学校教育の普及を説き、今のハングルの礎を作ったというのが事実で、細川護煕が「朝鮮半島の方々は母国語教育の機会を奪われた」として無知を曝け出し、謝罪したことは万死に値する。 

 「日本語を強制させられた」との妄言も、朝鮮人特有の虚言で、当時、日本語を学べば世界の事が理解出来たというのが正しく、あの時代、文明に通じる道は日本語だったのだ。

 世界中の古典を一つの言葉に訳された「世界文学全集」は、当時では日本にしか無く、支那人も台湾人も朝鮮人もベトナム人も皆、日本に留学して世界を学んだのだ。

 政治で大事なのものは国家観を持って外交を行い、国防を怠らず、将来を担う子供達に誇りの持てる教育を施すことであり、イチャモン難癖に屈し、謝罪や同調するなど以ての外だ。

 不法占拠されている竹島では、今迄328隻が拿捕され、44名が殺され、実に約4000名近くが抑留されている。

 政府はこうした事実を公表もせず、実効支配され続けているが、竹島は我が国固有の領土であり、日韓友好を願うのならば、こうした不法行為を繰り返す韓国に抗議し、毅然と領有権を主張するべきではないのか。

 譲歩は更なる譲歩を生むばかりか、安易な謝罪は相手を付け上がらせるだけである。日韓併合百年に当たり「痛切な御詫び」と「猛省」をするべきは韓国である。

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2010年08月06日

原爆投下は日本人蔑視の「動物実験」

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 広島は今日、65回目の原爆の日を迎える。昭和20年8月6日の広島、9日の長崎への原爆投下後の14日、日本政府はついにポツダム宣言の受諾を決定した。この結果を見て、原爆投下が大東亜戦争の終結を早めたという人がいるが、事実はそうではない。

 元駐日大使のグルー国務長官代理が中心になって作成されたポツダム宣言の原案には「天皇制」存続の保証が盛り込まれていた。日本政府は和平を模索していることを知っていたので、天皇制存続を保障する案なら受け入れられる可能性が極めて高いと考えたのである。

 ところが反日的なスチムソン陸軍長官やバーンズ国務長官は元国務長官のハルの助言によって、この項目を最後の土壇場、ポツダム会議直前で削除してしまったのである。即ちポツダム宣言は、日本が極めて受け容れにくい物になっていたのである。

 そのことをよく認識していたトルーマン大統領は、ポツダム宣言発表前日(7月25日)の日記に「この兵器(原爆)は、今から8月10日迄の間に使用されることになる」と書いている。日本政府がポツダム宣言を「黙殺」したから原爆が投下されたなどと言うのは真っ赤な嘘であることは、このトルーマンの日記が明瞭に証明している。

 元々原爆を日本に投下することになった背景には、人種偏見が根強くあった。米国が原爆投下を決定したのは1943(昭和18)年5月のことで、原爆搭載機を対日戦用のB-29を選んだ。翌44(昭和19)年9月米英間の秘密覚書「ハイド・パーク協定」に、原爆は日本に対して使用されるであろうと明記されたのである。

 こんな不可思議な決定は、人種偏見、日本人蔑視以外に合理的根拠は見つからない。更に、その後の米軍の広島長崎で執った「放射能治療方法交流禁止」「被爆者カルテ没収」など目に余る人権蹂躪行為を見ると「動物実験」としての原爆投下だったのではとすら見えて来る。

 トルーマン大統領の日記には次の様な一節もある。
「ジャップどもは野蛮人で、冷酷、無慈悲且つ狂信的な連中だ」
 
 未だ日本人蔑視が蔓延る米国に、国防と言う国の大本を委ね、まやかしの平和に現を抜かしている時代ではない。真の「平和」は、日本人自らが創り出さなくてはならない時代なのだ。

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2010年08月05日

「日韓併合」は植民地支配ではない

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 今月29日に日韓併合百年を迎えることに関し、仙石官房長官は日韓併合を植民地支配と宣い「傷付けた方は、傷付けたられた方より忘れ易い」との訳の解らぬ見解を示し「言葉や文化を奪った」と、恰も日本の統治時代が間違っているかの様な認識を垂れ流しているが、母国語を奪ったのは李朝であり日本ではない。

 外交とは謝罪や同調をすることではなく、正理公道を以て対処するべきで、況してや戦後処理が不十分だとして個人補償をするとは言語道断である。外交と友好を混同し、韓国政府の出先機関の如く振舞う売国政治家共には呆れ返るばかりだ。
 
 日本の統治時代を悪逆非道の「日帝36年」と決め付ける韓国の主張の根源は、米国の傀儡・李承晩らによる「反日教育」の影響だ。李承晩は日本統治時代、海外で反日運動をしていた人物で、戦後、米国の威光で初代大統領になった。韓国国民を纏めようと行ったのが「反共」「反日」政策で、これを『国是』としたのである。

 こうした一部の少数派が創り上げた歴史を未だに信じているのだから困ったもので、韓国併合当時、韓国国民独自の力による近代独立国家建設の道など在り得ない。彼らに、あの巨大ロシア勢力の排除など到底無理だったことは、日清・日露戦争時代の近代史を学べば解ることだ。

 日清戦争後、ロシアが南下政策を開始し、日本が戦利品として割譲された、遼東半島に攻め入り、韓国までも触手を伸ばしている時に韓国独自でロシアと対峙することなど出来る筈もなかった。その意味では、寧ろ日本による韓国保護の必要性を認め、日本と一体となった上で、民族の自立発展の道を模索しようとした「日韓合邦派」の主張の方が現実的だったのだ。
 
 韓国が非難して止まない「差別」と「弾圧」の日帝支配なるものは、寧ろその逆であり、世界に例を見ない極めて公平で平等な制度であったのだ。何しろ、日韓併合時に100校程しかなかった小学校を昭和17年には4945校に、中学以上の学校を470校に迄増やしているが、これが差別であり弾圧で有る筈がないではないか。

 ハングルにしてもそうだが、ハングルの使用を禁じていたのは李朝の王らで、彼らは諺文を禁じ、漢語漢字を使用した。日韓併合後、福沢諭吉が諺文と認字率を高める学校教育の普及を説き、今のハングルの礎を作ったというのが事実で、細川護煕が「朝鮮半島の方々は母国語教育の機会を奪われた」として謝罪したことは万死に値する。

 仙石官房長官の認識も細川の謝罪を踏襲したもので、歴史を直視し反省すべきは仙石自身であろう。また韓国人らが「日本語を強制させられた」との妄言を吐くが、これも朝鮮人特有の虚言で、当時、日本語を学べば世界の事が理解出来たというのが正しく、あの時代、文明に通じる道は日本語だったのだ。世界中の古典を一つの言葉に訳された「世界文学全集」は、当時では日本にしか無く、支那人も台湾人も朝鮮人もベトナム人も皆、日本に留学して世界を学んだのだ。

 その昔マレーシアのマハティール首相が「半世紀も前の戦争で謝罪する心理は、私には不可解だ」と語っていたが、100年も前の日韓併合を謝罪し、日韓基本条約を蹂躙し個人補償するなど以ての外である。

 「君、国売り給う事勿れ!」

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2010年08月03日

東京裁判の不当性を検証すべきである

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 歴史の検証をする際、我が国の罪を論うことは大事だが、国際法違反の広島・長崎への原爆投下、日本の各都市への無差別絨毯爆撃の罪を糾弾することを忘れてはならない。また、中立条約を一方的に破棄して参戦し、鬼畜の如く振舞った旧ソ連の蛮行も然り。ロシアは火事場泥棒を「対日戦勝記念日」として祝勝するというが、断固抗議し謝罪要求すべきである。

 更に情けないことに「靖国参拝」は中韓を刺激するから、外交的にマイナスだという声がある。しかし、支那は軍事力を増強し続け、我が国の排他的経済水域に於いて不当な活動を繰り返し、加えて尖閣諸島の領有権を主張している。韓国も、島根県竹島を不法占拠し続け、我が国北方領土海域に於ける漁業権確保をロシアとの間で契約している。つまり、両国は我が国に敵対行為を採っているのである。そのことに目を瞑り、相手を刺激する事のみを心配する論理は、正に東京裁判史観に毒された自虐の思想である。

 凡そ国家が存在するならば、他国を刺激しないなどということが有るだろうか。国家は自存の為に国益を主張し、国益は往々にして対立することを免れないのである。然らば、他国を刺激しないという理由は、自国の国益を放棄することに他ならないのである。近隣諸国を刺激しないという戦後日本の国是は誤りである。

 皮肉なことに、過去に於いて被害者であったと声高に主張する国が、現代では日本の主権を侵し続けている。連中に被害を口にする資格はない。百歩も千歩も譲って、東京裁判がでっち上げた様に、我が国が過去のある時代に悪逆非道の犯罪者であったらどうだというのか。それでも我等は生きて行かねばならぬ。同胞を拉致され涼しい顔をしている訳にはいかない。領土を略奪され、主権を侵害されて黙っている訳にはいかないのだ。大切なのは古今東西、世界に蔓延る覇権主義の克服を主張する事であって、他国の覇権主義に目を瞑り、一方的に自虐の淵に止め処なく漬かり込むことではないのである。
 
 パル判事は、東京裁判の無罪判決の最後をこう結んでいる。

『時が、熱狂と偏見を和らげた暁には、また理性が、虚偽からその仮面を剥ぎ取った暁には、そのときこそ正義の女神はその秤を平衡に保ちながら、過去の賞罰の多くに、そのところを変えることを要求するであろう』

 今こそ、東京裁判の不当性を検証すべきである。

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2010年08月02日

五十にして四十九年の非を知る

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 今日は小生の誕生日。愈愈、不惑の年代も終え、五十代に突入である。「三十にして立つ 四十にして惑わず 「五十に天命を知る」また「五十にして四十九年の非を知る」という言葉もある。過去の自分の人生は恥入ることばかりで、「人生とは失敗の連続である」というが、正しくそうだ。五十になり、これからは人生の終わりを考えて生きたいと思っている。

 この一年はある意味人生の節目になった。昨年、30年所属していた右翼団体「防共挺身隊」を辞め、浪人人生を歩み出した。ミクシイやらブログやら新聞、雑誌の投稿やらで微々たる啓蒙活動をしているが、知らない世界を経験し、視野が広がった気がする。

 哲学者の西晋一郎先生は「教えるとは実に教えられることである」と訓釈しているが、ミクシイ日記やブログでは実に教えられることが多い。自慢気に持論をひけらかし悦に入ってるが、ちょっとでも下手なことを書くと竹箆返しが来る。本人は教えた積もりでも、相手にしたら意味不明。理に敵った意見や反論は有難い。それとは逆に、如何にも安っぽい意見は、諭してやろうと更に調べ物をしたりするのでこれが非常に勉強になる。正に教えることは、実は教わっていることだと痛感する。

 ミクシィを始め一年半。「足あと」は27万人を超えた。最近はグリーやらの日記にも投稿している。足跡を付けた人が自分の政治の日記を見てくれたら、少しは啓蒙活動になると考えてやっているが、27万の1%としてもかなりの数字だと思う。ブログの訪問者は中々伸びないが、地道にやって行くしかないか(笑)

 人生のもう一つの節目は「渓流釣り」を覚えたことだ。餌釣り、テンカラ、フライ、ルアーと一通りやっているが、やればやるほど嵌って行く。「釣り」は実に愉しく奥が深い遊びだ。渓流釣りをやっている時は川の音と鳥の鳴き声しか聞こえず、浮世の小さな悩みなど吹っ飛んでしまう。

 開高健の「1時間楽しみたければ酒を覚えなさい。3日楽しみたければ結婚しなさい。一生楽しみたければ釣りを覚えなさい」とは蓋し名言である。

 渓流釣りは九月末で禁漁になるので、海釣りも覚えた。ヘチ釣り(黒鯛釣り)は未だ未だ修行が足りないが、とても楽しい釣りで、竿も綺麗なものが多く見ているだけでウキウキしてくる。

 昨日は友人らと猪苗代湖へハヤ(ハエ)釣りに出掛けたが、釣れたのはブラックバス。ブラックバスの引きは強烈で楽しいのは分かるが、やはりキャッチアンドリリースは止めるべきだろう。「再放流禁止条例」が出来るという話だが大いに結構なことだ。勿論、釣ったブラックバスは駆除して来た。

 まぁそんなとこで、土用が過ぎたとはいえ酷暑が続きますので皆様も御自愛下さい。

                     爆発五郎拝

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2010年07月30日

辻元清美が社民党に「三行半」 解党は時間の問題

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 与党ボケした辻元清美が、社民党に三行半を突き付け、党内はてんやわんやの大騒ぎ。民主党の幹部も辻元に秋波を送っており、辻元の民主党入りと、社民党の消滅は時間の問題だ。

 辻元は「嘗ては野党で批判の急先鋒に立ったが、それだけで日本を変えることは出来ないという思いが強くなった」と尤もらしい意見を述べてはいるが、要は、短期間では有ったが与党として副大臣を経験し、あの蜜の味が忘れられないと言うのが本音だろう。
  
 一方で民主党が両院議員総会を開き、選挙敗北の結果を「消費税」とし菅直人が袋叩きに遭った。しかし、国民の半数以上が消費税増税には賛成していることを見ても、その総括は間違いだ。

 先の総選挙で「自民党にお灸を据える」程度で民主党を支持した有権者のバランス感覚と、民主党の売国政策に危うさを感じた国民の判断の結果である。

 そうした猛省もせず菅や枝野を批判するとは本末転倒であり、未だ未だ政権担当能力不足は否めない。

 菅直人が総理に就き、漸く国家の在り方や政治の重さに目覚めたのだろう。先の参院選での「消費税増税」発言は、逼迫する財政を思った末のもので、市民運動家が一国の総理大臣に就任し、責任感に目覚めた結果ではないだろうか。

 元内閣安全保障室長の佐々淳行氏は、菅総理の消費税増税発言を「変成」と命名し、オタマジャクシが蛙へと変化・成長して行く過程に準えたが、「君子豹変す」という諺も有るし、国家指導者として国を思って「変成」して行くことは大いに結構な話だ。
 
 辻元も菅同様に政治の在り方に目覚め「政権の中にいて、色々な声を届けた方が効果的じゃないか」と宣った様に、政権の中枢で活動することが如何に効果的で有るか思い知ったのだろう。

 だが、辻元の「変成」は、嘗て60年安保闘争で学生運動を経験した団塊の世代の連中が、国家の中枢に入り、官僚や政治家として戦後民主主義を撒き散らしたのと同じ臭いを感じる。

 辻元の売国活動は枚挙に暇なし、先般もソマリアへの自衛隊派遣に反対し、態態ソマリアまでキチガイ左翼・ピースボートと共に行ったのは良いが、結局自衛隊に助けられたという無様な結果に終わったのは周知の事実。

 離党を受けて、社民党や有権者への謝罪よりも、先ずは国民への釈明と謝罪、そして何より自衛隊へお礼と感謝をするべきだ。

 社民党の前身である「日本社会党」の衰退、消滅を願い、党首・浅沼稲次郎を刺殺した山口ニ矢が没して、今年で50年。漸く山口烈士の念願が果たされそうであるが・・・

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2010年07月29日

民間人で法務大臣が務まるなら、いっそ「死刑執行」も民間委託したら

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  国賊・千葉景子が有権者から「仕分け」されながら未だに民間人として大臣の席に居座っていることは当人も生き恥を曝している様なものだろうが、落選し、国民からあれだけ喜ばれた政治家も珍しい。それに堪え兼ねてか死刑廃止論者の千葉が「死刑執行」に踏み切った。

  刑事訴訟法は、死刑確定から6カ月以内の執行を定めており、何れも6ヶ月以内に検察庁が法務大臣に「死刑執行上申書」を提出し、規定通り押印し、法相の命令から5日以内に執行されなければならない。現在の法律に『死刑』という制度が有る以上、粛々と刑の執行をすべきであるのだが、性善説や冤罪などを唱え「死刑廃止」を執拗に求める輩も多く、簡単に執行出来ないのが現状だ。

 これとは別に、日本在住の外国人が罪を犯し、1年以上の有期刑に処せられた場合、永住権は剥奪され国外追放になる。しかし特別永住者の「在日」に限っては優遇されていて、7年以上の刑を起こした場合のみ法務大臣が特別永住権を剥奪し国外追放出来るとしている。だが、今迄、在日の懲役7年以上の犯罪で法務大臣が押印し、特別永住権を剥奪され韓国や北朝鮮に送還された者は誰一人いない。昔一度だけ執行しようとしたら、在日らがお決まりの「差別だ!」と騒ぎ出し、結局は頓挫した。死刑にも在日の犯罪には目を瞑っていては、これも「法の下の平等」に触れるというものだ。最近は、不法に入国したり、不法に残留した支那人による犯罪が増えているが、これもまた在日同様に強制送還されるケースも少なく、お蔭で日本の刑務所は不良支那人で大入り満員状態である。 

 法務大臣は、死刑執行も強制送還も、またあらゆる犯罪に対して、毅然とした態度で『公正』に処理しなければならない。就任早々、最高裁の下した決定に従わず、支那人の留学生に特別在留資格を許可した国賊・千葉景子だもの「法の下の平等」なんてのは端から持ち合わせていない。今更「法相として法律に沿って適正な判断をしたと認識している」とは笑わせる。

 落選し、弁護士活動を再開すべく「刑事訴訟法」を勉強し、漸く理解出来た様だ。しかし、法務大臣が民間人で務まるんだもの、いっそ「死刑執行」も民間委託したら如何だろう。

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cordial8317 at 06:14|Permalink

2010年07月28日

「防衛白書」日韓併合100年に配慮とは情け無い

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 「防衛白書」の公表を先送りするという。「日韓併合100年」「竹島問題」に配慮するというが、実に情け無い限りだ。我が国は、今や愛国心の希薄と国防意識の欠落では恥ずかしいことに、世界に冠たる国となってしまった。政治で大事なのものは国家観を持って外交を行い、国防を怠らず、将来を担う子供達に誇りの持てる教育を施すことであり、イチャモン難癖に屈し、謝罪や同調するなど以ての外だ。

 不法占拠されている竹島で、今迄328隻が拿捕、44名が殺され、実に4000名近くが抑留されている。政府はこうした事実を公表もせず、実効支配され続けているが、竹島は我が国固有の領土であり、不法行為を繰り返す韓国に抗議し、毅然と領有権を主張するべきであり、国民の国防意識の向上に努めるべきである。

 韓国は、竹島を独島と称し固有の領土と主張するが、この根拠は、三国史記という古代朝鮮の歴史書に鬱陵島の隣にある干山島が新羅の領土と書かれていることに帰着する。4~5世紀から韓国領だったというのだが、古地図では干山島は鬱陵島の西に接近している。

 竹島は、鬱陵島の東南92キロに在るのだから、干山島が竹島である筈がない。こんな判りきった事実が有るのに、何故韓国の連中は干山島は竹島だから固有の領土だと主張するのか。それは、竹島と鬱陵島の周辺の小島の呼称が色々変わって来たためだ。

 竹島は以前、松島と呼ばれた時代も有るし、リャンコ島と呼ばれたこともある。李氏朝鮮時代の地図には、鬱陵島より90キロも先に在る島のことなど唯の一度も登場したことはない。鬱陵島とその近くの干山島などの小島以外は全く出て来ない。

 考えてみれば当然のことで、李氏朝鮮時代には鬱陵島すら空島政策によって居住が禁止されており、それより遥か先の島のことなど関心の外、認識すらなかったのである。日本では徳川時代から魚採が行われ、度々渡航していた事実がある。この領土問題を紛らわしくしているのは、日本では当時鬱陵島を竹島と呼んでいたことであろう。

 歴史的な事実は以上の通りで、韓国の主張は全く根拠がない。

 福沢諭吉は「脱亜論」で、「日本の不幸は中国と朝鮮である。この二国の人々も日本人と同じく漢字文化圏に属し、同じ古典を共有しているが、もともと人種的に異なるのか、教育に差があるのか、日本との精神的隔たりはあまりにも大きい。情報がこれほど早く行き来する時代にあって、近代文明や国際法について知りながら、過去に拘り続ける支那・朝鮮の精神は千年前と違わない。国際的な紛争の場面でも「悪いのはお前の方だ」と開き直って恥じることもない。最早、この二国が国際的な常識を身につけることを期待してはならない。」と警告したが、正に福沢翁の眼力は鋭く、その認識は未だに色褪せることはない。更には「ただ隣国だからという理由だけで特別な感情を持って接してはならない。国際的な常識に従い、国際法に則って接すればよい。」と支那人や支那人との接し方も教えているが、蓋し正論であり、日韓併合などの歴史問題や差別問題は堂々と事例を出して論破すべし。

 倣岸無礼な韓国には、西郷隆盛の「征韓論」に倣い、正式な責任ある問罪使を派遣し、正理公道を以って猛省を促すべきだろうが、今、西郷隆盛の様な気骨ある政治家もおらず、福沢諭吉の様な思想家もいないのが日本の不幸である。

※福沢諭吉「脱亜論」全文 
http://www.jca.apc.org/kyoukasyo_saiban/datua2.html

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2010年07月27日

縁結びの神、出雲大社

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 「神宮」といえば伊勢神宮を指す様に、「大社」と言えば出雲大社を指す。伊勢神宮とはまた違った荘厳さで、「国中第一の霊神」という記述が有る程、崇敬されてきた神社である。

 平安時代の「延喜式」には「杵築大社(きづきのおおやしろ)」と記されており、明治4年に現名に改められるまで、永くこの名が続いていた。その名に相応しく、本殿は遥か昔には高さ32丈(約97メートル)、平安時代では、16丈(約48メートル)の規模だったといわれている。木造建造物では恐らく世界最大だったのではないだろうか。建築様式も日本最古の大社造りで、この意味に於いても伊勢神宮と双璧といえよう。
 寛文7年(1667年)に8丈(約24メートル)の高さになった。出雲地方では、大社を敬い24メートル以上の建築物は建てないことになっている。大きさで圧倒されるのは拝殿の注連縄で、重さ3トン、長さ13メートル、胴回り9メートルで、目の前に立つとあまりの大きさに驚く。此処で、下から小銭を注連縄に向け投げ、上手く挟まると願いが叶うらしい。

 祭神は、一般には大国主命(おおくにぬしのみこと)で、「大国さま」と呼ばれ親しまれており、縁結び、福の神としての深い信仰を集めている。祭典は古式に基づき、5月の例大祭礼、11月の古伝新嘗祭も有名だが、旧暦の10月の神迎祭(かみむかえさい)、神在祭(かみありさい)、神等去出祭(からさでさい)に最も特色がある。この月は普通「神無月」と呼ばれるのだが、出雲では逆に八百万の神が集まるので「神有月」という。
全国から集まった神様達は、国中の縁結びの会議を催すという。昔話を聞くようで、温かい気持ちになる楽しい伝説だ。「国譲り」の神話で有名な稲佐の浜から本殿まで続く祭りの行列も、古の儀式を思わせ優美且つ壮観らしいが、是非とも拝して見たいものだ。

 今迄にニ度参拝したが、駐車場のところに大きな「さざれ石」が在り驚いた記憶がある。小さな花崗岩が永い年月をかけ、大きな巌となる。正に「君が代」の世界がそこには在った。因みに「出雲蕎麦」が名物だが、蕎麦食いの自分としては何度食べても納得行くものはない。

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2010年07月26日

伊勢神宮へ行こう

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 「天下無双の聖地」、若しくは「日本第一の宗廟」と云われるのが『伊勢神宮』で、神道の中心的な存在だ。正式名称は『神宮』。神路山の皇大神宮(内宮)と、高倉山の豊受大神宮(外宮)の両正宮からなる。両宮の間は約5キロ離れており、外宮から先に参拝するのが古来からの習わし。合わせて14の別宮と116の摂社・末社が在り、正しく日本の総氏神が鎮座する神域である。

 内宮は垂仁(すいにん)天皇の時代(3世紀後半)、宮中に祀られていた天照大御神をこの地に移した時を創祀とする。日本の祖神として、あらゆる神徳がある。五十鈴川の清流に架かる宇治橋を渡ると内宮の神苑。参道は深い森に囲まれ静謐且つ荘厳な雰囲気に満ちている。

 外宮は、内宮の創始から約500年後に丹波の国から移された。祭神の豊受大御神は、穀物神で天照大御神の食物を調達するという意味がある。内宮より参道が短いせいか、明るく開放的な雰囲気で親しみ易さを感じさせてくれる。

 内宮、外宮とも、社殿は日本最古の建築様式の一つ「唯一神明造(ゆいいつしんめいづくり)」檜を素材にして清楚な佇まいを見せている。社殿は20年毎に造り替える「式年遷宮」の制度があり、持統天皇の時に第一回の遷宮が行われたが、鎌倉時代に檜を切り尽し用材の確保が困難を極めた時代もある。最近では平成5年に61回目の遷宮が行われている。

 伊勢神宮は当然の事ながら「祭り」も多い。1年365日、祭りの無い日はない。全て合わせると千数百に及ぶという。中でも、祈年(きねん)、神御衣(かんみそ)、月次(つきなみ)、神嘗(かんなめ)、新嘗(にいなめ)は五大祭として盛大に執り行われている。

 日本人なら『お伊勢参り』は一生に一度は詣でたい神社である。

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2010年07月23日

「日韓併合百年」謝罪すべきは韓国である

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「日韓併合百年」に際し、日本政府が植民地支配への謝罪をするというが、歴史問題は国の大事であり、安易に謝罪などするべからず。相変わらず我が国の政治家は、外交とは謝罪と譲歩、そしてカネをばら撒くことと思っている様だが、こうした弱腰軟弱全方位外交は国益を失うばかりで、真の友好など生まれない。

 日本の統治時代を悪逆非道の「日帝36年」と決め付ける韓国の主張の根源は、米国の傀儡・李承晩らによる「反日教育」の影響だ。李承晩は日本統治時代、海外で反日運動をしていた人物で、戦後、米国の威光で初代大統領になった。韓国国民を纏めようと行ったのが「反共」「反日」政策で、これを『国是』としたのである。こうした一部の少数派が創り上げた歴史を未だに信じているのだから困ったものだ。

 韓国併合当時、韓国国民独自の力による近代独立国家建設の道など在り得ない。彼らに、あの巨大ロシア勢力の排除など到底無理だったことは、日清・日露戦争時代の近代史を学べば解ることだ。日清戦争後、ロシアが南下政策を開始し、日本が戦利品として割譲された、遼東半島に攻め入り、韓国までも触手を伸ばしている時に韓国独自でロシアと対峙することなど出来る筈もなかった。その意味では、寧ろ日本による韓国保護の必要性を認め、日本と一体となった上で、民族の自立発展の道を模索しようとした「日韓合邦派」の主張の方が現実的だったのだ。

 韓国が非難して止まない差別と弾圧の日帝支配なるものは、寧ろその逆であり、世界に例を見ない極めて公平で平等な制度であったのだ。何しろ、日韓併合時に100校程しかなかった小学校を昭和17年には4945校に、中学以上の学校を470校に迄増やしているが、これが差別であり弾圧で有る筈がないではないか。

 ハングルにしてもそうだが、ハングルの使用を禁じていたのは李朝の王らで、彼らは諺文を禁じ、漢語漢字を使用した。日韓併合後、福沢諭吉が諺文と認字率を高める学校教育の普及を説き、今のハングルの礎を作ったというのが事実だ。また「日本語を強制させられた」との妄言を聞くが、日本語を学べば全てが理解出来たということだ。あの時代、文明に通じる道は日本語だった。世界中の古典を一つの言葉に訳された「世界文学全集」は当時、日本にしか無く、支那人もベトナム人も皆、日本に留学して世界を学んだのだ。

 歴史を見れば「日韓併合」への謝罪など以ての外で、傲岸不遜な韓国には正理公道を以て猛省を促すべきで、謝罪すべきは韓国である。

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2010年07月17日

神道と日本人

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 「豊葦原(とよあしはら)の千五百(ちいほ)秋の瑞穂の国は、是れ吾が子孫(うみのこ)の王(きみ)たるべき地なり。宜しく爾皇孫(いましすめみま)、就(ゆ)きて治(しら)せ。行(さきく)ませ、宝祖(あまひつぎ)の隆えまさむこと、当に天壌(あめつち)と窮(きわま)り無かるべし」(日本書紀)

 自然は、人智の及ばない大いなる存在だ。雷雨や日照りや嵐を人間は制御することは到底出来るものではない。人々は、自然を征服すべく挑み続けるか、それとも自然と共に生きて行くかなのだが、賢明なことに、多くの日本人は共生することを選んで来た。何故なら自然は一瞬のうちに暴れ回り甚大な被害を出したりもするが、同時に無限の恵みを齎してくれたりもする。

 そこで人々は、自然の織り成す新羅万象を「神」と呼び、豊穣を齎してくれた「神」を称え、荒ぶる「神」を畏れ、鎮め、人々は「神」と共に生きて来たのである。新羅万象の全てが「神」の姿で、山の神、海の神、或いは岬、谷、森、石、水・・・そして人間も、その神の在る景色の一部に過ぎなかったのである。

 日本固有の信仰である「神道」は、こうした世界の中から生まれた。神と共にあるから「カンナガラ(惟神)」といい、神の命を与えられているから、人は「神の子」、生命は神の「ワケミタマ(分霊)」と考えられた。人は、彼等の暮らす土地の神「ウブスナガミ(産土神)」の御陰を被って誕生し、産土神や、その他諸々の神々と正しく付き合っていくことで四季の恵みを享受し、そして最後には、産土神に導かれて祖霊の世界に帰って行ったというものである。

 民衆レベルの神々の世界は、この様な意味付けを必要としないまでも、自然に体現し、「神」を感じとっていたのである。こうした神々の世界に、天上界の別格の神々の世界「高天原」が重ねられたのは、天皇による国家統一以降のことである。
 
 自然信仰の観念に重ねられた神々の天上世界が「高天原」だ。天に固有の住居を持つ神々は、高天原で育てた稲(ユニワのイナホ)をその苗裔に授けるという神話によって、この国の神々の世界に革新を齎した。地上の王権は、高天原の神々の苗裔である天皇の支配するところとなり、地上に住居を持つ国津神(クニツカミ)は高天原に住む天津神(アマツカミ)の支配下に入った。神祇(ジンギ)の世界の誕生である。

 高天原というのは、神道の中に生じた垂直思考の産物であるが、民衆レベルでは、自然と共にある神は、何処まで行っても水平に広がる世界だった。太陽の昇る東の方位には「命の源の世界」が在り、日の沈む西の果てには「死の世界」があったが、この水平に広がる生と死の世界に高天原という垂直の軸が導入されることによって、世界は、その頭上に「高天原」、高天原の下には水平に広がる「中津国」と「海神(ワタツミ)の世界」、そして「黄泉の国」という三層構造が完備されることになった。

 古事記」や「日本書記」は、これらの世界が全て「高天原」の支配下に入るよう神話を整えた。高天原は天照大御神が支配し、中津国は、その苗裔である天皇(スメラミコト)の支配領と定められ、海はスサノオ、ないしキヨミノミコト、或いは神武天皇の兄である稲氷命(イナビノミコト)の支配下に入り、黄泉の国は、やはり天津国であるイザナギないしその息子であるスサノオの世界となった。 

 「高天原」の登場によって、日本の神道はシャーマニズムから固有の神々の世界と信仰が生まれていったのである。

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2010年07月15日

みたままつりを愉しむ

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 昨日は、上京し物心両面で支援して頂いている方に御挨拶してから、靖国神社のみたままつりを愉しんで来た。東京の夏は蒸し暑く何時もながら閉口する。

 大鳥居から参じ、奉納されている大小3万灯を超える提灯と各界著名人揮毫の雪洞を眺めてから、先ず拝殿で参拝。続いて拝殿左手に在る「鎮霊社」に詣でた。鎮霊舎には所謂賊軍とされた会津藩や我が二本松藩、西郷隆盛といった方々が祀られており、靖国参拝時には必ず詣でることにしている。

 所謂、A級戦犯合祀云々よりも先ずは維新の悲運に斃られた方々の名誉回復こそ急務で有ると思うのだが、靖国神社とはそういう処でもある。大村益次郎の銅像が、上野の西郷さんを睨んで建っているが、如何に長州閥が大きかったのが解る。

 参拝を済ませ、涼もうと、遊就館に入り、上映されている「みたまを継ぐもの」を1時間程観て、展示物を足早に眺め、特別展「神風 そのふきゆくかなたへ」ー蒙古襲来と国難に立ち向かった護国の戦士たちーを見学し靖国を後にした。その後、咽喉も渇いたので一人で直会でもと、九段下の「寿司政」に立ち寄った。

 この店は池波正太郎や山口瞳などの文人や有名人も足繁く通った店で、此処のシンコは絶品である。ビールと〆張鶴の純米酒を気の利いた肴でやってから、一通り握って貰った。残念ながらシンコは無かったがコハダと煮蛤、白身の昆布〆、穴子、干瓢巻とどれもが職人の技が光る逸品で久々大満足。勘定は一万チョィ。御心付けを渡し店を出た。また来たいが、不景気の影響か、最近は通し(休憩無し)で営業してる店が少なく、夕方前には呑みたくなる小生には不都合な時代になった。

 我々は普段、神の存在を意識することなく生活をしている。「自分は無宗教だ」という人もいるが、日本人なら、心の深いところで、我々のものの考え方や行動を動かしている「何か」が有るのではないだろうか。その「何か」こそが先人から脈々と受け継いでいる「神々の記憶」であり、「神道」である。

 大自然に宿る日本人の原風景がそこには存在している。寺院で仏像が多く作られ、祀られたのに対して、神社には殆ど神像が存在しない。否、本来は全く存在していなかったのだ。何故なら、日本人は偶像崇拝とは別の次元で「神」の坐すことを感知し、「神」の宿る神木を岩を山を信仰してきたからである。

 姿なき「神」は、自ずと知覚されるものではなく、人間の感性の源である「魂」と直接に響きあう存在なのだ。聖なる山の奥深い処に神社は在ったことでも解る。また「祭り」というのも「神祭り」であり、人々は「神」に触れ熱狂する。これを体験することで日常の日々から開放され、同時に、他の者達と体験を共有することにより「同じ神の子供」即ち「氏子」として絆を再確認するのである。

 豊作を祝い、大漁を寿ぎ、これを「神」に感謝し、来年も再来年も善い年であるよう祈願し、「神」と共に酒を飲み「神」と共に騒ぎ、歓喜を分かち合う。「祭り」は「神」を通じて人間を癒し、地域の共同体を維持させて来た強力な行事なのである。

 みたままつりも、英霊の方々(神)に対する畏敬や欽仰する祭りであり、正に日本は随神(かんながら)の道を歩んで来た世界にも稀有な国であることを実感した一日だった。

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2010年07月14日

公明党連立は願ったり叶ったり(BY池田太作)

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 公明党山口代表が「第三極として存在意義を発揮して行きたい」と是々非々路線を強調している様に、公明党にすれば「永住外国人地方参政権付与」を基本政策にしている民主党との連立は願ったり叶ったり。売国法案が提出されれば蛆虫・共産党やゴキブリ・社民党が同意するのは明らかで、斯かる暴挙は断じて阻止せなばならない。そういう点で参院で「外参権」や「夫婦別姓」に反対する自民党が、僅かの差では有るが第一党になったことは有意義であろう。

 「外参権」は、日本に寄食する朝鮮人が「我々は強制連行された可愛そうな朝鮮人なのだ」と詐称し、「我々を日本人と同等に扱え」と要求したのが最初だ。因みに、強制連行というのは戦争末期、「徴用」されて日本に来た朝鮮人を指すが、彼らはGHQの命令で総て半島に戻っている。被害者を装う彼らは所得税は不払いを決め込み「住民税は半額にしろ」「固定資産税は免除しろ」と税務担当を脅して認めさせ、まともに納税することはない。挙句に「日本国民の為」と明記されている生活保護の支給も、外国人のくせに支給を求め、まんまとせしめている。しかし、在日や支那人などの外国人への生活保護の支給は違法であり、即時停止すべきである。

 この生活保護費の受給率は日本人の4倍以上。生活保護の受給が一番な都道府県は大阪府だが、大阪には国内約68万人の朝鮮人の内の3分の1の約20万人が住んでいる。そのうち12万人が大阪市に集中している。参政権付与によって、大阪市長の勝敗が左右しかねない恐ろしい数だ。この大阪市が在日への生活保護費バラ撒きで財政は逼迫していることは今や周知の事実。在日らには創価学会々員が多く、韓国国内にはSGI(創価学会インターナショナル)会員が40万人以上いると言われ、その為に公明党が、外参権付与法案成立に躍起なるのは言わずもがなだろう。「創価学会」は、宗教団体というより学会員の現世利益を追求する社会運動体であり、「公明党」は、それを政治的に実現する為の出先機関でしかない。学会の支援を受け当選した議員は「学会員の為に政治をやれ」と指導を受けるが、畢竟、その頂点に君臨する池田太作センセイの為に他ならないのだ。

 創価学会=公明党は、極めて戦後民主主義であり、反国家的な団体であり、天皇陛下を族長と仰ぐ日本国家の正統にとっても悉く異質な存在な存在である。「外参権付与」「自虐史観」「反天皇」挙げれば限が無いが、政治、経済、文化、教育、今や創価学会は巷に蔓延し日本を蝕んでいる。この国の政治が売国奴・池田太作に乗っ取られる危険が日に日に高まって来ているということであり、警戒を疎かにしてはならない。

 「企業・団体献金の禁止」「子育て支援」で公明党へ恩を着せ、その後は一気に外国人地方参政権付与法案成立を強行して来るだろうことは必至だ。「創価学会」の布教活動の一環で、在日を擁護し、参政権を与えようなどとは言語道断で、国や国籍を軽んじて外国籍定住者に参政権を与えることは、そこから国家の崩壊を招くことを我々日本人は自覚すべきである。

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