2019年05月27日

明治人の気概に倣い祖国日本の独立と再建を果たさなければならない

 5月27日は「海軍記念日」。明治38(1905)年5月27日、日露戦争に於ける海上での戦いである「日本海海戦」が行われ、東郷平八郎元帥率いる連合艦隊がロシヤのバルチック艦隊を撃滅し、終に勝利を収めた。

 この戦いを勝利することで、欧米列強に日本の地位を認めさせることとなり、幕末以来からの懸案事項であった不平等条約、つまり「治外法権」「関税自主権」という二つの不平等条約の克服を達成することになる。

「治外法権」は日清戦争後に克服したが、懸案であった「関税自主権」の回復を実現することで明治維新は成就し、真に独立を回復することが出来たのある。

 また、この戦争の勝利は、植民地にされていた民族の独立心を掻き立て、後の大東亜戦争後の植民地の解放に繋がったのは言うまでもない。

 日露戦争の世界史に於ける歴史的意義は、有色人種である日本人が白人に勝利することに因って、当時、白人欧米列強に植民地にされていた世界中の被抑圧民族を感動させ、独立への夢を駆り立てたことだろう。

 日露戦争での勝利は、世界の有色民族にとってもこの戦争での勝利は誠に大きな意義を持つものだった。そうした先人の努力と苦労の上に、現在のこの日本国が成り立っていることを現代を生きる我々は決して忘れてはならない。

 大東亜戦争後、占領政策によって訳の解らぬ「平和主義」が蔓延り、戦争=悪といった短絡的思考が常識化しているが、戦争というのは政治の延長であり、国際法上、紛争を解決する手段としては認められているのである。

 単純に「戦争か平和かを選べ」と問われれば、誰でも「平和」を選べに決まっている。だが、戦争の反対が平和ではない。

 国家間の紛争が、武力の行使なしに話し合いだけで解決されるのならばそれに越したことはないが、国際社会に於いては、平和的解決が話し合いだけで解決されることは殆んど無いのは歴史が証明している。

 戦争を放棄し平和的解決や非軍事的措置を採った方が遥かに犠牲者も多く、非人道的な解決になってしまう場合が多く、「戦争=悪」であるという短絡的な思考こそが、寧ろ暴走を招き戦争を招き寄せることに為り兼ねないのだ。

「日本国憲法」の前文に書かれている「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」というのは「念仏平和教」そのもので、第九条の武力に因る国際紛争の解決放棄を絶対的に信仰する状態こそが異常なことなのだ。

 戦後の日本人は「基本的人権の尊重」などと、国内に於いては権利を過剰に主張し続けているが、国際社会において、国家の権利を主張せずに黙り込むというのは、余りにも論理の整合性に欠けていると言わざるを得ない。

 北朝鮮の国家意思による日本人同胞の拉致に対しても何ら奪還する手立てを打たず、我が国の領土や領域をロシアや韓国に不法に占拠されている状況から脱ししきれない元凶は平和主義と基本的人権を謳う日本国憲法に在る。

 尖閣諸島や沖縄を併呑しようとする国が存在している中で、ただ指を銜えて傍観していることが果たして独立主権国家と言えるのだろうか。今こそ、明治人の気概に倣い祖国日本の独立と再建を果たさなければならない。

 今日は亡き親父の命日でもある。父は昭和3年生まれ、成績優秀ながら家庭は赤貧で進学叶わず、尋常高等小学校を卒業すると15歳で海軍に入隊、横須賀海軍工廠で海軍軍人としての人生が始まった。その後、土浦の予科練を経て終戦。

 終戦後、想い出の地である神奈川県相模原の地で土木作業員として従事し資金を貯め、数年後、帰郷し、古着屋の「相模屋衣料店」を起業した。

 その後、政治に興味が湧き町会議員などに関わったのが悪いのか、それとも親父の放蕩のせいか、多額の借金を背負い倒産の憂き目に遭う。

 昭和40年代に拵えた数千万という負債にもめげず、どこから聞き齧って来たのか「これからはカ(カレー)・ソ(ソバ)・ラ(ラーメン)時代だよ」と、当時は珍しかったラーメンを提供しようと「相模屋食堂」を開店する。

 因みに親父はラーメン修行はしていない。二本松市の製麺所の社長にラーメンの作り方を聞いて、道具を揃え、仕込みの練習もそこそこに一週間後には店を始めたという。親父のこの度胸とセンスは驚くしかない(笑)

 仕込みや仕事が丁寧だったのでホントに美味しかった。福島市の人気ラーメン店「佐川食堂」のスープを啜ると父と母の作ったラーメンを思い出す。今ではラーメンより煮込みカツ丼が人気だが、これも両親の遺産でもある。

 屋号の「相模屋」という名前を見れば、横須賀や相模原への思い入れが深かったことが分かるというもの。郷土に帰還後は4人の子供を育て、また町会議員を5期務めるなど地方自治や郷土の発展にも寄与した。

 ホント破天荒なオヤジだった。今思えば、20代での起業のことや軍隊時代の思い出を詳しく聞かなかったのが返す返すも悔やまれる。

 海軍軍人であり、何事にも厳しかったその父の命日が「海軍記念日」というのも不思議な縁を感じ、決して忘れることはない。南無大師遍照金剛。

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2019年05月25日

「差別は正しい」賤民史観の歴史にこそ現代日本の潮流が存在している

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 歴史の授業で「士農工商」という身分制度は習うが、その下の人間以下の存在とされた「穢多(えた)非人(ひにん)」のことは教わることはない。

 その理由は「差別はいけない」という単純なものだが、そうした存在を黙(もだ)し、歴史から消してしまうことが果たして好いことだろうか。

 歴史にそういう負の時代が存在していたのであれば、その成否はどうあれその事実を教えなければ「差別」の意味さえも理解することは出来ない。

「穢多非人」とは、江戸時代の幕藩体制で「士農工商」の下の最下位層に位置付けられた人々で「賤民(せんみん)」とも呼ばれる。

 大辞林には「皮革の製造、死んだ牛馬の処理、罪人の処刑・見張りなど末端の警察業務に従事させられ、城下外れの特定の地域に共住させられた」とある。

 明治以降は、穢多非人の称が廃止されたが「新平民」と呼ばれ「同和」や「部落解放同盟」などが現代に存在する不当な差別を訴えている。

 江戸時代、同心を手伝った岡っ引きや十手持ち、罪人の世話や処刑、牛馬処理などを担ったという。明治以降にも屠殺に関わり、精肉店や革製品製造などに従事してる人に多いと言われ、歌舞伎や芸能なども非人の起源と言われている。

 清掃業や建築業、獣医や葬儀などの職にも従事したという。現代ではそうした過去に忌み嫌われた職業も勝ち組となり、その利益もかなりなものだ。やっぱり、商売というのは人がやらないことをやるのが儲かる近道であり秘訣だな(笑)

 愚生の敬愛する、現代の思想家で評論家の新崎智こと呉智英(くれ ともふさ、ご・ちえい)は、差別を逆説的にこう述べている。

「差別は正しい、差別と闘うのが正しいのと同じぐらい正しい。人類が目指すべきは『差別もある明るい社会』である。差別さえない暗黒社会にしてはならない」。哲学的ではあるが「差別もある明るい社会」とは実に示唆に富んでいる。

 幼稚な倫理観やキレイゴトによって、何でもかんでも「差別はいけない」と規制されてるのは逆差別の様にも感じてしまう。そうした風潮が、同和や部落解放同盟の差別ビジネスやアイヌ利権に繋がっていると言っても過言ではない。

 保守派の中では日本人の倫理観の低下を憂い道徳教育を推進し、また戦前の「修身」を復活するべしという声も聞く。だがどうだろう。

 修身には、例えば「おたけがめくらのてをひいて」という頁があり、幼少のおたけが障碍者の手を引いて助ける絵が描かれてある。障碍者への労りや優しさを教えている。だが「めくら」は現代では差別用語だからダメ。

 昔の日本映画や古典落語などには、盲(めくら)、唖(おし)、吃(ども)り、跛(びっこ)、聾(つんぼ)などの放送禁止用語がバンバン飛び交ってて実に面白く、使われている日本語そのものが実に興味深いものばかり。

 そこには懐かしくも美しい日本語が処処に溢れていて、こうしたことを気にしながら観たり聴いたりすることこそ生きた耳学問であり実践した教育でもある。また、そうした語彙を知らないと意味不明で愉しさも半減してしまう。

 悲しい哉、現代に於いては差別用語は厳禁。更には、男女共同参画社会が主流の中で差別用語どころか変な日本語や左翼造語が彼方此方に氾濫している。

 日本語教育や歴史教育は国家の大本でもある。歴史を学ぶ上で、戦国時代や武将や偉人の生き様を学ぶのも好いが、江戸時代から明治にかけて旺んだった穢多非人の賤民史観の負の歴史にこそ現代日本の潮流が存在している様に思う。

 米国が謀った戦後民主主義教育や長州閥の明治新政府の不条理を検証することも大事だが、賤民史観の歴史を公平公正に教えることで差別が解消される。

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2019年05月23日

「穢多(えた)」「非人(ひにん)」とは江戸時代の幕藩体制で「士農工商」の最下位層に位置付けられた人々

 大阪ダブルクロス選挙で勝利し、大阪都構想という利権の寡占化に邁進する維新の会が揺れている。「北方領土返還は戦争は不可避」と言った丸山が、酔った勢いで「ロシア女を買う」と言ったとか言わないとか(笑)

 その土地のことを知るには場末の飲み屋に行くのも好いし、女と遊ぶのは悪くはない。まあ、この記事は丸山の政治生命を絶ちたい連中の陰謀か。

 更には、維新の会の参院議員候補者で元フジテレビアナウンサーでの長谷川豊が「日本には江戸時代にあまり良くない歴史がありました。士農工商の下に穢多非人、人間以下の存在がいる」とやって、部落解放同盟から抗議を受けた。

 それにしても、未だに部落解放同盟なんて存在してたんだね。存在価値が無く自然消滅したかと思ったが、同和利権は簡単には手放さないわな。

「差別表現」で思い出されるのは、現地取材も無しに関係者のみの風聞を基に書き上げた大江健三郎のなんちゃってフィクション本「沖縄ノート」だろう。

 文中には「25年ぶりの屠殺者と生き残りの再会」との表現があり、沖縄での戦死者を犬や豚の如く「屠殺者」に準えているが明らかな差別表記。

 これは歴史の陰の部分を語った長谷川の発言どころではないが部落解放同盟は沈黙。正しく部落解放こそ相手に拠ってコロコロ変わる差別主義者。

 岩波書店が昭和62(1987)年に発刊した「報道写真家」というのがある。この中で「戦場という異常な状況下では牛や豚などの家畜の虐殺と同じになる」という記述が問題にされ、部落解放同盟の抗議もあって直ぐに回収処分となっている。

 岩波書店は同じ差別表記の「沖縄ノート」も絶版にすべきだが、何故かマスコミからも部落解放同盟からも糾弾もされず、それどころかアホな裁判官がこのインチキ本を「沖縄集団自決軍命令」の証拠として採用し、摩訶不思議な判決を出した。

 大江健三郎のみ神格化される理由は果たして何なのか。大江の差別表記に、岩波書店に連絡し「部落解放同盟からの抗議や絶版の申請は無かったか」と聞いたが、担当者は「ありません」と憮然と答えた。

 大江健三郎が糾弾されない理由は何なのか。過去に部落解放同盟が出した「神格化したものの考え方を一掃したい」という声明は嘘。要は、差別という権力が忌み嫌う言葉を都合好く利用して反日工作をしているだけに過ぎない。

「穢多(えた)」「非人(ひにん)」とは、江戸時代の幕藩体制で「士農工商」の更に下の最下位層に位置付けられた人々で、明治以降は「新平民」と呼ばれている所謂「同和」や「部落解放同盟」などの「自称・差別されてる」連中のこと。

 江戸時代、同心を手伝った岡っ引きや十手持ち、罪人の世話や処刑、牛馬処理などを担ったという。明治以降には屠殺に関わり、精肉店や革製品製造などに従事してる人に多いと言われ、芸人も非人の起源と言われている。

 そういや、郡山市の某水道屋の大越会長と呑んでた時に「古文書に先祖のことが書いてある」と見せられたことがあった。そこには「十手を授かった」「苗字を貰った」と書いてあったが、やっぱりそうだよな(笑)

 維新の会は丸山の失言に続いて長谷川の差別発言で大きなダメージを負う。維新の会創設者で今も院政を敷くインチキ保守の橋下にすれば、保守派の丸山が目障りで仕方なかっただろうが、長谷川の穢多非人発言は断じて赦せないだろう。

 何故なら橋下の先祖こそ、同和や部落解放蠢くあいりん地区出身の穢多非人だからだ。その昔、朝日新聞に橋下の出自が曝されたことがあった。

「ヤクザだった父親は自殺し、従兄弟には殺人犯がいる」という。シリーズは1回で終わってしまったが、なるほど、育った環境というのは隠し様がなく、橋下の他人を見下し自分を正当化するあの業は見事としか言い様がない(笑)

 橋下は週刊朝日の騒動後「やはり人権擁護法案や人権救済法は必要ではないか」と発言しているのをみても、保守派とは程遠い単なる人権屋であり、大衆を扇動し、そのポピュリズムを利用して権力の掌握を謀るさもしい人種。

 葬儀屋、清掃業、建築業、傘職人や下駄屋なんかも穢多非人だったという。城下から離れた集落や川沿いや特定の地域などに居住させられたというが、愚生の母の実家は川沿いだし下駄屋だったというから他人事ではないな。呵々大笑。

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2019年05月21日

保守政党のメッキが剥がれた維新の会への支持離れは必至

 北方領土は戦争で取り返すなどと発言で維新の会を除名された丸山穂高に対し、維新の会などの野党が非難決議を提出。更には片山虎之助共同代表と馬場伸幸幹事長がマヌケなことにロシア大使館に出向いて謝罪した。

 元島民への謝罪なら未だしも、日ソ不可侵中立条約を一方的に破棄し鬼畜の如く蛮行を繰り返し、その結果として領土侵略を成した敵国に、一議員の酔っ払っての発言を論って謝罪するとは丸山でなくても「意味不明」だ。

 その昔、ロシアの極右政党党首のジリノフスキーは「日本が北方領土を奪いというなら北海道を占領してやる」「日本人が北方領土を返せというなら、我々は第二第三のヒロシマ・ナガサキを作り出す」などと発言している。

 東日本大震災後には「大震災は我が国の固有の領土たる南クリルを盗もうしている日本人への天罰である」とも発言してるが、丸山の発言どころではない。

 元島民に対する気遣いに欠けていたというのは事実だろうが、至って普通の「北方領土奪還」発言を論い批判するのは如何なものか。若しやジリノフスキーの原爆投下発言を真に受けて恐れているのではと思ってしまう(笑)

「北方領土を奪還するというのなら原爆を落とす」というなら「やるならやってみろ」という気構えが大事で、我が国の様な土下座外交や同じテーブルには着かないという大甘な対応が相手国からの更なる威圧や無心が続くのだ。

 以前、維新の会代表の橋下徹が従軍慰安婦問題に関する発言が問題になると、西村眞吾が「売春婦は未だ日本にうようよいる。韓国人。大阪の繁華街で『お前韓国人、慰安婦』と言ってやったらよろしい」と擁護したのは記憶に新しい。

 発言内容に品はないが、西村らしい表現であり、発言内容は強ち間違いでもない。後先を考えず蛮勇ある発言をすることが西村の真骨頂だと思ってたが、腹が座ってない西村は同僚議員からの指摘を受けその場で発言を撤回した。

 一方の橋下は、西村を庇うどころか「大変申し訳なく思う。候補者を見る目がなかった」「(自分の慰安婦発言と)全く違う。僕は韓国の方や元慰安婦の方を侮辱するつもりは全くない」と西村を非難し自己弁護に終始した。

 地方選挙や参議院選挙を控え、橋下は「大変申し訳なく思う。候補者を見る目がなかった」と、衆院選で西村を擁立したことをも謝罪し、松井幹事長(当時)は「発言は人権侵害であり言葉の暴力だ」などと批判し西村を除名した。

 今回の丸山の発言と除名処分も同じで、丸山の発言を擁護する同志はおらず、目先の選挙に向けて松井や橋下の顔色を伺って保身に奔ってるだけ。

 維新の会というネーミングや憲法改正のスタンスから保守政党であるかの様に感じられるが、その実は「女性宮家創設」「永住外国人参政権付与」「竹島日韓共同管理」「沖縄・北海道独立」など保守とは程遠い政策が並んでいる。

 軽々しく「維新」を口にし、惨憺たる現体制を打破し、恰も新たな政治体制を確立するかの様な言動をしているが、橋下の教えに沿って敵対する勢力を作って過激な言辞で注目させ、マスコミを使い世論を煽るというのがいつものパターン。

 大阪ダブルクロス選挙で勝利し、今は公明党と対峙している様に見えるが、外国人参政権では足並みを揃える。尊皇精神は皆無な維新の会の連中に真の保守主義はなく、大阪維新構想なんぞ単なる利権の独占、寡占化が目的である。

 女性宮家の創設に反対する丸山はここの所、アイヌ新法反対を始めタカ派的且つ先鋭的発言や野党との対決姿勢が際立っていた。 橋下との軋轢も大きく、維新の会も野党もタカ派の丸山が目障りで仕方なく政治生命の抹殺を謀りたいだけ。

 保守政党のメッキが剥がれた維新の会への支持は激減するのは必至。松井代表も橋下も次の選挙結果を見て臍(ほぞ)を噬(か)むことだろう。自民党の劣化甚だしく、国家皇統を重んじる正統保守政党の出現はいつになることやら。

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2019年05月16日

「戦争でこの島を取り返すのは賛成ですか?反対ですか?」

 北方領土へのビザなし交流訪問団に同行した丸山穂高。国後島の宿舎での酒席で「戦争でこの島を取り返すのは賛成ですか?反対ですか?」と質問したという。発言を撤回し、謝罪するも維新の会から除名処分を受けた。

 この丸山の発言に、国会議員などからは「相当悪質だ」とか「撤回して謝罪すれば済むと問題ではない。議員辞職に値する」などと批判の下に曝されているが、「戦争で奪い返す」のどこが問題なのか、正に平和ボケの極みとも言える。

 故大橋巨泉の子分で無自覚左翼の小ヅラ智昭は番組「とくダネ!」内で「戦争で北方領土取り返すなんて思ってる人いますか?一般論でありますか?辞めて貰わないとしょうがないでしょ。ほんと腹立ちました」と激怒したという。

 我が国は先の大戦で負けてしまったから「戦争=悪」となってしまっているが、戦争とは国際法上認められてる行為であり「悪」ではない。

 米英は「戦争とは政治の継続である」と教え、ドイツでは「戦争とは別の調停手段を伴う政治的な取り引きの継続である」と教える。

「戦争を誘発する大きな原因の一つはアンディフェンデッド・ウェルス(無防備の害)だ」とは三島由紀夫。「平和」を口にし、軽々しく「戦争反対」を訴えている連中こそが戦争を誘発する最大要因となることを知るべし。

 右翼団体のスローガンに「北方領土奪還」というのがある。奪還とは正しく奪い返すことだ。世界では寸土と雖も武力に因って奪い返し解決を図っている。話し合いで領土問題が解決出来た例は無い。

 沖縄や小笠原諸島などが返還されたのは相手が米国だったからで、北方領土や竹島を見れば言わずもがな。況してや中共は尖閣諸島や沖縄を虎視眈々と狙っている。日本に奪う気が無くても周辺諸国は奪い返そうと思っているのだ。

 己の土地を他人に奪われて黙っている者はいないだろう。況してや、父祖伝来の国土が強奪されて泣き寝入りする民族が何処にあろうか。

「北方領土奪還」は正に日本民族の悲願であることは言うまでもない。戦後70年以上も経った今日でも、北方領土問題は未だ解決の糸口すら見えて来ないのは一体何故なのかと言えば、政治家の怠慢と弱腰外交が大きな要因でもある。

 北方領土そのものの重要性に対する認識不足と、北方領土や南樺太がロシア(旧ソ連)如何に不法に略奪され占拠されたかの真相把握の欠如。つまり、第二次大戦下でロシアに強奪されたという認識が決定的に欠如しているのだ。

 抑々、南樺太及び全千島列島は我が国固有の領土だが、日露戦争勝利によってカムチャッカ半島をも我が国奪い治めたのを知っているだろうか。

 ロシアは「北方領土の帰属は第二次大戦での結果である」とし日本にその事実を認める様に求めているが、要は、ロシアにしてみれば奪われた領土を奪い返し、更には領土拡大の為に我が国の領土を強奪しただけのこと。

 こうした歴史的事実を忘却し「四島は過去に我が国以外どの国にも属したことがない」などと弱腰軟弱的四島返還論を展開していることが間違いなのだ。

 思い起こせば1982(昭和58)年4月2日、アルゼンチン軍事政権が南大西洋上のフォークランド諸島に侵攻。サッチャー英政権(当時)は直ちに空母2隻を主力とする部隊を7000マイルも離れたフォークランド諸島海域に派遣し応戦した。

 約2ヶ月後の6月14日、アルゼンチンが降伏。この紛争での死者は約900人、負傷者は約1800人に及んだ。サッチャーの強硬な姿勢によるフォークランド奪還は、今でも英国国民からの評価が極めて高い。

 サッチャーは演説で「人命に代えてでも我が英国領土を守らなければならない」として、領土とは国家そのものであり、その国家なくして国民の生命・財産の存在する根拠が失われると述べ、不退転の決意を示した。

 日本の政治家が足らないのはこういう気概と認識だ。 丸山も元島民に聞くより「戦争を手段としてでも奪い返す」という決意を述べれば一目置かれただろうが、所詮は酔っ払いの戯言としか受け入れられなかった不徳を恥じるべきだ。

 奪われたものは奪い返すことでしか解決を見ない。それは領土問題然り、拉致問題然り。大事なのは「戦いをしてでも絶対に奪い返す」という気概である。

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2019年05月14日

「仁徳天皇陵を世界遺産に」という戯言に騙されるな!

 国連教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関は、日本最大の前方後円墳「仁徳天皇陵」を含む「百舌鳥・古市古墳群」を世界遺産に登録するよう勧告した。マスコミを始め、無知な国民が歓迎している様だが陵墓を世界遺産にとは赦し難い。

 宮内庁は全国で約900の陵墓を非公開で管理しているが、平成19年に内規を改め、研究者と称する学匪どもからの要望に応じ、畏れ多いことに天皇の陵墓の立ち入りを認めるに至り、既に計14件が許可されている。

 これ即ち、宮内庁が我が国の国柄と不可分の天皇陵の尊厳ということを全く理解しない証左であるが、陵墓への立ち入りは、明らかに刑法で定められている「礼拝所及び墳墓に関する罪 」に抵触する犯罪行為である。

 学匪らは天皇陵の発掘調査を「史跡」だとして、然もその研究が研究者として当然の権利の如く主張している。今回の世界遺産登録も同じ流れである。

 だが、御陵や墳墓発掘の真の狙いは、皇室の否定と解体そのものに在る。退位の礼に見るまでもなく、今や宮内庁こそが皇室解体を目指す最大勢力と化す。

 ピラミッドや兵馬俑などの王の墓と同様に、天皇陵も発掘の対象にすべきだというが、御陵や墳丘の発掘までもが許される事態となれば、尊厳は完全に損ねられることは必至であり、断じて許してはならない。

 エジプトや支那の場合は既に滅亡した王朝の墓だが、天皇陵は現存する皇室が守るべきものであり、況してや神聖な祭祀の場でもある。その背景はピラミッドや兵馬俑などとは全く異なるものであることは明らかだろう。

 学匪らは「御陵の周辺部が史跡に指定されてない為に、宅地造成で埋め立てられたり、破壊されたり危機的状況であり、国が直接保護するべきだ」と、如何にも御陵の荒廃を嘆くかの様な意見を振り翳してはいるが彼奴らの狙いは外に在る。

 そのトリックが「史跡」という言葉にあり、「史跡になれば発掘は可能になる」のを承知しての確信犯であり、学匪どものあれやこれやの尤もらしい屁理屈も単なる天皇廃止に向けての奸智奸策に過ぎない。

 彼奴らの目的は、立ち入り調査という「権利」を確保し、発掘という権利の実行を目論むことは火を見るより明らかで、そしてその結果を「科学的証拠」として巧みに利用し、我が皇室の歴史を批判、誹謗するかが目的である。

 御陵や墳墓などの発掘の真の狙いは、皇室の否定と解体そのものに在り、左翼が目指す所謂「天皇制廃止運動」の一環と断じても過言ではない。

 朝鮮や支那では、墓を掘り起し、死者に恥辱を与えるというのは珍しくもないが、「墓を発く」「死屍に鞭打つ」という発想は、我が国では死者への最大の非礼であり、日本人の死生観からの忌み嫌う蛮行である。

 御陵は断じて文化財や史跡として考えるべきものではなく、民間調査や発掘などという対象になるべきものでもない。御陵の存在の意味も分からず、世界遺産などと喜んでるのは日本人としての精神的貧困を示すものだ。

 御陵とは日本国民挙って崇拝し、伏し拝むべき神聖にして侵すべからざる聖域である。世界文化遺産登録という戯言を抜かし皇室解体を謀る学匪共と、それに与する奸賊共を一掃しなければならない。

 それにしても何時も思うのは、この陵墓の問題は愚生が右翼に入る前から浅沼美智雄など良識派の右翼人からは疑問の声が上がっていたが、現在の右翼陣営を始め保守派から問題提起されることは殆ど無い。

 強行された退位特例法案問題を見るまでもなく、右翼の先生方や自称保守派や自称愛国者らは対中共の領土防衛や目先のインチキ改憲ばかりで、こうした国體に係わる問題には興味を示さない。右翼の存在価値は益々薄れるばかりなり。

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2019年05月11日

「ノモンハン事件」に限らず未だに捏造された歴史を鵜呑みにしている

 昭和14年(1939年)5月11日、蒙古との国境ハルハ河を越えて蒙古兵が満州国側のノモンハン地区に侵入する。所謂「ノモンハン事件」である。日本軍はこれを撃退したが、蒙古軍は駐留ソ連軍と共に再三に亘り侵入を繰り返した。

「ソ連軍は大量の戦車を含む大兵力を動員してハルハ河を越えて侵入し、ここで大激戦が展開されることとなった。8月20日には、ソ連軍は10万近い軍を動員し、2万人弱の日本軍に対し総攻撃を仕掛け、日本軍は大打撃を被った」

 これが日本人の信じるノモンハン事件概要だ。歴史探偵を自任する半藤一利や司馬遼太郎もそうだし、五味川純平なんぞはその最たるもの。何しろソ連の公式発表した日本軍の損害は52000人、ソ連軍9284人との数字を真に受けている。

 昭和12年に始まった「日支事変(支那事変)」から2年後に、何故に満州と蒙古の国境で突如この様なソ連軍との激戦が発生したのだろうか。

 実はこの1年程前にソ連は、ソ満国境の張鼓峰で侵入事件を起こしていて、この時には日本軍はソ連側に5500人の大打撃を与えて撃退した。だが、この時、日本軍がソ連領に侵入して来ないことをスターリンは見逃さなかった。

 ソ連がナチスドイツに勝利出来たのは、このスターリンの判断に拠るところが大きい。歴史に「もし」は無いが、あの時、日本軍がソ連に更なる猛攻を仕掛けていれば、ドイツと共にソ連共産党を打ちのめしていただろう。

 希代の悪党で戦略家のスターリンはヒトラーのソ連攻撃を予測し、東側からの脅威を除く為に日本と中華民国とを戦争に引き込むことに残力を挙げそれに成功した。第二次世界大戦が共産主義による策謀だった証左の一つであろう。

 盧溝橋事件や上海事件ではそれに成功したが、予想外に日本が強い。そこで日本がどう出るか偵察したのが「鼓張峰事件」と「ノモンハン事件」だった。

 ノモンハン事件で日本との「停戦合意」が成立した翌日の9月17日、スターリンはポーランド侵攻を命じ、ソ連軍はポーランドに侵入を謀り、また「ノモンハン事件」は共産主義者によって悪宣伝に使われた。

「貧弱な装備で旧式戦法の日本軍が、ソ連の進んだ機会化部隊に完膚無きまで叩きのめされた」という日本軍を貶し自国の軍隊の勇ましさを喧伝するものだが、悲しい哉、日本人の多くは未だそうした捏造された歴史を鵜呑みにしている。

 ソ連が崩壊し情報公開されて判ったことは、ソ連の損害は26000人、日本軍18000人と、実はソ連の損害は日本を大きく上回っており、然も日本軍は、ソ連の戦車・装甲車800両と航空機1673機を撃退している。

 10万近い大兵力を動員した側は損害は少ないものだが、結果はその逆だったということは、如何に日本軍が強かったかということの証しである。

 抑々、歴史と言うものは為政者に都合の好い様に作られるもの。歴史は国の大事である。明治開国以来の様々な歴史を再検証し日本再建の一歩とせよ!

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2019年05月04日

「後継者(皇位継承者)不足、深刻に」というタイトルが躍っているが

 憲法九条に自衛隊明記を目指す安倍首相は憲法記念日の昨日、改憲派の集会にビデオメッセージを寄せ改めて改憲の意欲を示した。

 憲法九条の改正は領土防衛上重要なものではあるが、領土防衛以上に大事なものは「国防」であり、つまり皇統を死守する為の憲法を創ることである。

 安倍の改憲は、第九条のみの改正に拠って現憲法を絶対的なものとなってしまう危険を孕んでいる。安倍の改憲のパフォーマンスに騙されてはならない。

 閑話休題。新聞には仰々しく「後継者不足、深刻に」というタイトルが躍り、女性宮家や女性天皇は必至であるかの様な作為的な内容となっている。

 抑々、後継者不足の問題が出始めたのは、今や国力低下を謀り反原発運動で国民を誑かしてる天下一品の売国奴・小泉純一郎政権の時だった。

 この4年前、皇太子殿下・妃殿下に第一子である愛子内親王殿下が誕生された。要は、現憲法第二条「皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」との条項を念頭に置いた策謀だった。

「皇位継承を安定的なものにする」というのは詭弁であり、その裏には女性天皇や女性宮家、更には女系天皇を可能にし皇統断絶を謀る為の一里塚である。

 現代人の驕りから、皇統の問題を現代の価値観や法令で語ることに違和感というか怒りを覚えていたが、翌年、秋篠宮家に長男が誕生し、小泉は皇位継承順位を性別に関係なく長子優先とする法案の提出を断念した。

 その後、皇位継承問題は落ち着いたと思いきや、民主党政権下、インチキ保守の野田佳彦が「安定的な皇室活動」として女性宮家問題を提起した。

 悠仁親王が成人となられ、御成婚し、嫡子が誕生するまで約20年はかかるだろうことを、何故に現代で法令を作って迄も変えいうとするのか。

 万世一系百二十六代の皇統が貴重である理由は、神武天皇から連綿として一度の例外も無く「男系」で繋がっているという厳然たる事実である。

 安定的な皇位継承を図るならば、占領下に臣籍降下させられた旧宮家の方々の皇籍復帰を成し、更には堂上公家を元に復せば解決する問題だ。

 堂上公家とは「摂家」と言われる「近衛、鷹司、一条、二条、九条」の五家、及び「清華家」である「三条、菊亭(今出川)、徳大寺、西園寺、花山院、大炊御門、久我、醍醐、広幡」の九家をいう。

「旧宮家の復帰が皇位継承安定策の選択肢になり得るとの認識を表明していた」安倍だが、先日「皇籍を離脱された方々は民間人として生活を営んでいる。私自身が(離脱の)決定を覆していくことは全く考えていない」と述べた。

 また「旧皇族は今上陛下と血筋が違う」という意見があるという。だが、皇位継承で大事なのは神武天皇以来の「男系」の血筋であるということ。

 長く民間人であったとしても別に王室に入る訳ではなく、宮家の再興は皇室の本分である祭祀を継承して戴くということである。

「女性宮家」を創ったところで祭祀を継承するのは無理で、精々、女性皇族として国賓・公賓への接遇や会見、会食などの御公務のみ。要は、女性宮家というのは、女性皇族を都合好く政治に利用しようという謀である。

 目先の改憲で保守派を懐柔している安倍だが、皇位継承問題でもインチキ保守の正体が露わになった。真の保守政治家であるなら、占領下に廃絶させられた明治欽定憲法を復元し、旧皇室典範を天皇に奉還する為に心血を注げ。

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2019年05月03日

何故に米国製の日本国憲法の施行を記念しなければならないのか

 本日は「日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する日」だが、何故か現憲法を頂戴した有難い日となっている。「憲法記念日」との名称は「終戦記念日」と同じく、米国が謀った戦後民主主義教育に因る洗脳である。

 国の成長を期する日であれば、国の成長を阻害する元凶でもある現憲法を見直しは必至であり、名称も「新憲法の制定を祈念する日」こそが相応しい。

 現憲法否定の理由を聞けば「米国から押し付けられた憲法だから」という声が少なくないが、米国から押し付けられたものは憲法だけではない。

 戦後民主主義や新自由主義、現皇室典範や労働三法もそうだろう。戦後の平和や繁栄にしろ、ファッションや価値観に至るまで米国製だ。

「押しつけ」がダメなら、米国から押し付けられている全てのもの、我が国に蔓延る米国製の価値観も否定すべきであろう。

 我が国の重苦しい閉塞感や欠落している国家の大本を取り戻す上で、隘路(あいろ)を切り開くには米国製の現憲法を見直す以外には手は無い。

 現憲法で得たものは、成否は別として「自由主義」「民主主義」「人権尊重」「平和主義」等であり、今日の基を築いたと言ってもいいだろう。

 だが逆に「礼節」「長幼の序」「忍耐」「我慢」「滅私奉公」「信義」「忠義」「孝養」「恥」等等、失ったものはそれ以上に多い。

 失ってしまったものが現憲法の所為かどうかは分からないが、日本人はいつの間にか利己的なことを恥じない人間ばかりが殖え、自己犠牲の精神など皆無に等しくなったのは、敗戦後の占領政策以降であるのは明らか。 

 己を犠牲にして他人に尽くすことこそ日本人たる所以であり、美徳美風といえうものなのだが、今や心の中の高貴さを失い、高邁な知性の磨きを様を忘れ、目先の価値観と目先の欲望に溺れてしまってそれに気付くこともない。

 現憲法を「米国の押し付け憲法」と言うのは容易い。だが、現実は大日本帝国(明治欽定)憲法第七十三条による改正によって施行されたのだ。昭和20年11月3日の公布式に於いて、昭和天皇はこう裁可なされた。

「朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる」

 当時、我が国は連合国の占領下に在り、政府にしてみれば不本意ではあるが、米国の様々な条件を呑まざるを得なかったというのが真相である。

 現憲法が帝国憲法73条に拠る改正であるなら、安易な憲法改正は逆効果。旧帝国憲法の復元・改正こそ我が国の執るべき道である。

 安倍政権では自民党憲法草案ではなく、憲法9条に自衛隊を明記しようとしているがこれは公明党と同じ「加憲」であり、目先の改憲で現憲法を絶対的なものにしようとしていることからも究極の護憲派であるというのが正しい。

 安倍は自民党総裁として新憲法の草案の是非を国民に問うべきだが、何故か第九条のみに拘る。安倍の改憲案は保守票欲しさの目晦ましである。

 自民党憲法草案には第一条には「天皇は日本国の元首である」と明記している。だが、現憲法と同じく「日本国及び日本国民統合の象徴であって、その地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」としている。

 令和の御代となり、国民が御祝いムードの中で共産党が「即位の礼に国費を投じることは憲法違反」だとか、「我々は天皇制に反対。因って国民の総意ではなく天皇の存在は違憲である」という屁理屈を垂れ流している。

 共産党を始めとした反天皇勢力にとって、第一条の「総意」こそが違憲の論拠を与えてしまっていることに刮目するべし。

 第二条も然り。「皇位は、世襲のものであって、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」とある。つまりは「皇弟の秋篠宮殿下ではなく愛子内親王陛下こそ正統な継承者である」という妄言に繋がる。

 憲法以前の御存在である天皇を、憲法との整合性や配慮などと語ることがあってはならない。天皇条項は削除し、旧皇室典範を復元し天皇に奉還すべきであり、皇統は現皇室典範や政権が関わるべき問題ではない。

 5月3日は現憲法を「記念」する日ではなく、新憲法の制定や大日本帝国憲法の復元・改正を心から「祈念」する日であらねばならない。

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2019年05月01日

令和元年を迎えるに当り謹んで皇室の弥栄を寿ぎ奉ります

 令和元年を迎えるに当り、謹んで皇室の弥栄を寿ぎ奉ります。

 心ある国民ならば日本に生まれた者としてその祖国日本を憂い、心中密かに期するものがあるだろう。今回の一連の儀式を共産主義者の謀とはとは知らずに喜ぶ姿は、軽々しいものではあるが現代日本人らしくも感じる。

 憲法以前の御存在であらされる天皇をクソ憲法の範囲内で語り、天皇の大権である元号制定権を簒奪した安倍政権の安倍の意向を汲んだ元号を有難がるかの様な世間の盛り上がりに興覚めしながら昨日一日の動向を見ていた。

 明治22年2月11日の紀元節、畏くも明治天皇は、大日本帝国憲法施行の際に下し給える憲法発布勅語の中で、次の様に思召し遊ばされた。

「惟フニ我カ祖我カ宗ハ 我カ臣民祖先ノ協力輔翼ニ倚リ 我カ帝国ヲ肇造シ以テ無窮ニ垂レタリ 此レ我カ神聖ナル祖宗ノ威徳ト並ニ臣民ノ忠実勇武ニシテ 国ヲ愛シ 公ニ殉ヒ 以テ此ノ光輝アル国史ノ成跡ヲ貽シタルナリ」

 正しく天孫降臨の御神勅の精神の継承であり「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」と示す様に、正しく我が国は「天皇国日本」であり、忘れてはならない万古不磨の大原理大原則であることを我らは肝に銘じなければならない。

 悲しい哉、現憲法はGHQの「神道指令」に拠り歴史的に継続された祭祀に関する天皇の役割を否定し、大義が消し去られ、天皇を象徴として国事行為をさせる政治のロボットの如く扱き使うだけの条項が並んでいる。

 天皇にとって大事なものは「祭事」であり、国事行為より優先されるべきものだ。歴代天皇が古来より司って来た祭事は、現憲法に因って天皇家の私事になり、天皇の最重要儀式である「大嘗祭」の規定は最早存在しない。

 天皇は憲法上の制約から、国事行為として「国会の開会式」「首相や最高裁長官の親任式」「大臣の認証式」など年間約60回、国賓・公賓への接遇や会見、会食などの御公務が約170回という激務を熟している。

 今回の譲位と即位式が「先例に成り得る」という。つまりは現憲法を保持し、国事行為を見直すことなく天皇を利用し続けるということだ。

 令和の御代も政権に弄ばれる運命なのは火を見るより明らか。陛下は愚生と同年代、20年もすればまた退位か。皇嗣である秋篠宮殿下が即位するのを待たず、今後は、女性・女系天皇論が席巻して行くだろう。

 過去に亀井静香が陛下との会食の際に「権力の象徴である江戸城にお住まいになるのは相応しくないのではないか」と発言したことがあった。国事行為を語らずに遷宮を語ることは軽々しいものであるが、今となればこの発言は一理ある。

 天皇の祭事は、元旦未明に斎行される「四方拝」に始まり「歳旦祭」「元始祭」や毎月の旬祭など年に50回程に上る。高齢を理由に祭祀の簡略化が謀られたが「国安かれ民安かれ」と国家国民の安寧を祈る存在こそが天皇なのである。

「豊葦原の千五百秋の瑞穂国は是れ吾が子孫の王たるべき地なり、宜しく爾皇孫就いて治せ、行矣。宝祚の隆えまさむこと当に天壌と窮り無けむ」

 天皇が政治に利用されることのない尊い存在として祭祀を執り行って頂く為に、京都御所への遷宮ということも考えて行かねばならない時期に来ている。

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2019年04月30日

平成のよしなしごとをそこはかとなく書き綴ってみる(笑)

 平成の御代も今日で終わる。天皇皇后両陛下の思い出といえば、東日本大震災の御見舞いで福島県を幾度となく御行幸遊ばされた。以前、川内村への視察で自宅近くを通るという情報を耳にし、夫婦で奉迎したのを思い出す。

 近所の住民も集まり、日の丸の小旗を振って待ってると、警察車両を先導に両陛下の乗るセンチュリーが通り過ぎて行った。そしてその夕方、そろそろ帰ってくるのではと思い薄暗い路地で待ってると車列が来るのが見えた。

 帰りは見送る住民も殆どおらす、小旗を振って見送ると皇后陛下が此方に気付くと、陛下に耳打ちされたのか陛下も此方を見てに和かに手を振ってくれた。あの時の何ともいえない感動と嬉しさを決して忘れることはない。

 昭和63年9月、活動家としての本分を忘れ遊び惚けていた愚生に「昭和天皇御不例」の報が飛び込んで来た。これではイカン、何かしなければと思い立ち、烏滸がましいことではあるが御快癒を祈り、好きな酒を断つことにした。

 翌年1月7日、願い空しく昭和天皇崩御。即日御代が「平成」と改められた。陛下は会見で「日本国憲法の遵守」を宣言し、右翼の活動も大きく変わる気配を感じた。所属していた防共挺身隊の福田進が引退し早坂光夫が総隊長に就いた。

 昭和58年の商法改正で活動費の捻出が困難になった本部は各支部を独立させることとなった。所属していた羽田支部は「報国社」に改名し、活動費どころか生活費も儘ならなくなった支部長らは土方の仕事で生活を凌ぐ生活に甘んじた。

 愚生も生まれて間もない子供を養う為に建築関係のバイトをしていたが、右翼活動捨て難く、帰郷を決意し、郡山市で大学時代から主宰していた「日本論壇倶楽部」を立ち上げた。活動費は企業を回って支援金を捻出する計画だった。

 青雲の志は高く、名刺一枚と領収書を持って会社に乗り込み、社長や役員相手に口角泡を飛ばして天下国家、時局などを熱く語っって協力を促す。

 思いの他、支援金は集まるものの計画性に乏しい愚生は頂いたカネをその日にパーッと使い切ってはまた会社に顔を出すという悪循環。

 それも長続きせず、結局は簡単に借り入れ出来るサラ金と信販会社巡りがシノギとなり、それも限界になり、間もなくブラックリスト入り(笑)

 そうこうしていると本部から連絡が入る。二代目となった早坂総隊長が昔の支部を復帰させ組織を再編成し街宣活動を再開することになった。愚生は街宣などの運動の責任者としてその責を担い毎週上京することとなった。

 爾来、毎週木金の新橋駅頭での定例街宣を始めた。交通費などは本部から支給されたので別に苦にはならなかったし、水を得た魚の如く街宣右翼のパイオニアとしての昔の活動に回帰し、街頭演説と都内一円にビラ貼りなども敢行した。

 昔は、ビラ貼りも捕まっても3000円程の過料。最高裁でビラ貼りが右翼団体の表現の自由の一つという判例が示されると、警察は軽犯罪法ではなく屋外広告物条例を適用な。逮捕されると罰金が数万円となる為にビラ貼りも困難となった。

 こうしたことでも、今や日本国憲法というのは国の最高法規どころか法令や条例以下の代物だということが分かるだろう(苦笑)

 総会屋右翼時代に商法改正されて特殊株主の優遇を受けられなくなるも、団体が発行する冊子やミニコミ誌などが活動費に充てられた。だが、商法改正と同じく暴力団排除などを理由に僅かな購読料の収入さえも無くなってしまう。

 活動資金が絶えたのを機に早坂光夫総隊長が引退し、對馬則政を総隊長に指名した。幹部の半数が早坂引退を機に独立し袂を分かち、早坂は防共挺身隊元大阪支部長だった兄弟分の誘いもあって大阪の広域暴力団の盃を受けるも後に破門。

 三代目総隊長となった對馬は、活動費を会費制にして組織の存続を図った。運動面は今まで通り愚生が担い、他団体やヤクザ関係の義理事は對馬が担った。

「早坂より1年だけ長く総隊長をやったら佐久間へ渡す」という約束もあり、上京する新幹線代や食費交際費などが嵩むも苦にはならなかった。家の家賃は滞納しつつも上納金と若手活動家の育成や活動費などの捻出をどうにか遣り繰りした。

 そんな中で、對馬が大阪に本部を置く広域暴力団幹部と縁を持つ。この頃から雲行きが怪しくなる。幹部が内部抗争が勃発し処分されると直ぐに、元幹部は名古屋の某総長と對馬の縁組を果たすと「三代目防共挺身隊」と名称を改めた。

 間もなく四代目総隊長に愚生を指名するも、20人程いた隊員の3分の1が對馬と共に家業入り、残った10数名の半数が引退、数名での再結成となった。

 だが、袂を分かったにも関わらず定例会に對馬も元隊員らも同席し、名古屋との縁を持つ様に強いる。更には名古屋本家への定期連絡を強要。

 当時覚えた渓流釣りで山に入るので前日にその旨を連絡した。すると山から下りた翌日の昼、元隊員から連絡があり「オヤジと代わります」となった。

 對馬からいきなり「なんだお前、定期連絡も入れないで」と強い口調で詰られる。「昨日、釣りで山に入ると連絡してますが」「何~コラッ、お前、総隊長と釣りとどっちが大事なんだ」と来たから「釣りです」と答えた(笑)

「おい、〇〇会、なめてるのか、追い込みかけるぞ」とエライ剣幕で捲し立てられた。周りに誰かいたのだろう、今までとは違う雰囲気に戸惑う。

 国士舘時代からの付き合いで、先輩後輩、兄舎弟、親子関係でもあった對馬の口調に興覚め。嫌気が差して「ああそうですか、別になめてはいないが来るなら受けて立ちます」と電話を切った。それが對馬との最後の会話になった。

 その後、對馬は地元郡山のヤクザに「佐久間を復帰させて貰えませんか?」と相談したらしく、そのヤクザから呼び出され、寿司屋でその経緯を聞くも「申し訳ないがヤクザの傘下になってまで右翼をやるつもりはない」と断った。

「だらしない右翼の世界にどっぷり漬かった者がヤクザになれるとも思えないし、況してやシノギなんて簡単なもんじゃないでしょ(笑)」。對馬は、C型肝炎から肝臓癌を併発、愚生との遣り取りの半年後、多臓器不全で幽冥境を異にした。 

 右翼活動家として恥じることは一切無いが、現在のSNSや新聞投稿での啓蒙活動に隔靴掻痒の感は拭えない。令和の御代となり、願わくは維新回天の動乱の際にはその末席に名を連ね、逆賊ら諸共に自爆したいと思っている。呵々大笑。

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2019年04月29日

皇位継承順位第二位となる悠仁親王殿下を狙った愚劣な犯行

 平成から令和に御代が変わろうとする中、皇位継承順位第二位となる悠仁親王殿下が通うお茶の水女子大付属中学校に不法侵入し、殿下やクラスメイトを傷付ける目的で刃物を設置するという怪しからん事件が起きた。

 この事件を受けて警視庁幹部は「何が目的だったのかも分からない、正直気持ち悪い事件だ」と語ったという。何が目的なのは明らかだろう、アホか。

 世間の御代替わりの盛り上がりに水を差すと共に、皇位継承者に対する嫌がらせをおこなうことに因って後々の皇位継承に不安を抱かせることが目的である。

 今後、悠仁親王殿下に対する執拗な嫌がらせはエスカレートし、殿下を狙った暴力行為なども起こる可能性は比例出来ない。また、こうした不敬な犯罪に共鳴する頭が狂った模倣犯が出てくる可能性もあるだろう。

 過去には天皇暗殺を謀った桜田門事件という大逆事件や不敬罪などが起きている。平成への改元の際にも革マルなどの極左過激派が迫撃砲を使ったゲリラ事件を起きたことでも分かる様に、世の中には反天皇勢力というクソ共が存在する。

 共産党や社民党、立憲民主党や反天連、極左や過激派とその仲間達、そして今回の退位特例法案を謀った連中などなど多岐に亘る。「反天皇制」を標榜する反天連は連日、都内で公然とデモや集会を行い、それを右翼団体が取り囲む。

 だが、集会の自由にしても言論や表現や結社の自由にしても、今や最高法規の日本国憲法より、条例や刑法が優先される中で憲法の都合のいい部分だけを都合よく解釈し、警視庁がその権利を認め許可してることに違和感を覚える。

 国会周辺2キロは「静穏保持法(国会議事堂等周辺地域及び外国公館等周辺地域の静穏の保持に関する法律)」の対象地域である。

 警視庁は「静穏保持法」に則り、集会やデモの申請は却下するべきで、不敬と冒涜を許してはならない。だが、前出の警視庁幹部を見るまでもなく頼りない。

 明後日の退位礼には共産党や辻本清美ら錚々たる反天皇に与する連中が参列する。かと言って翌日の即位式は拒否する。こうしたことでも如何に今回の退位特例法に因る御代替りが胡散臭げなものか理解出来るだろう。

 辻本清美は過去に自著の中で「生理的に嫌だと思わない?ああいう人たちというか、ああいうシステム、ああいう一族、近くで同じ空気を吸いたくない」と書いている名うての反天皇制活動家であり、左翼過激派のシンパでもある。

 辻本や共産党らの思想信条に賛同する日本人らしからぬ輩や売国蛆虫勢力から皇族方を護るのは、警備関係者も然ることながら、大事なことは我々国民一人一人の皇室への思いである。つまり「親しみ」より「敬愛」を持つべし。

 今回の事件は反天皇制活動家が起こしたテロ準備罪であるが、マスコミが誘導する「開かれた皇室論」の中、プライベートや肖像権などを無視して垂れ流された情報が犯人が利用したのは明らかで、節操のない皇室報道は規制すべきだ。

 反天皇運動の一つである「開かれた皇室論」なんぞクソ喰らえ。天皇は神聖にして冒すべからず。皇族方もまた然り。不敬罪を復活させなくてはならない。

 今や、皇室を守る九重の護りは失われた儘だ。皇宮警察はいれど近衛兵はおらず陛下直属の宮内省はない。旧宮家の復帰も成らず堂上公家もおらず、皇族会議や宮務法体系もない。宮内省は陛下の味方に非ず天皇を貶める勢力と化す。

 現憲法第一条から第八条の条項は最早意味を持たない。天皇と皇統を紡ぐ為にも明治憲法の復元改正と旧皇室典範の復元奉還を成さねばならない。

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2019年04月28日

新潟と福島を結ぶ八十里峠(国道289号線)の開通が待ち遠しい

「八十里こしぬけ武士の越す峠」とは、長岡藩家老・河井継之助が戦に敗れ捲土重来を期し会津に遁走する際に県境の峠で詠んだ句だ。

 新潟と福島を結ぶ峠は、実際の距離は八里(約31km)程だが、急峻が激しく一里が十里にも感じられるということから「八十里峠」と呼ばれる。

 愚生も数年前、継之助の生き様を偲びながら、終焉の地・只見町に在る記念館から長岡へ戻る逆のコースを辿る旅を企画し縦走に挑むも失敗した。いつの日か八十里峠を踏破し、河井の足跡を辿るのが細やかな夢でもある。

 越後長岡藩の家老・河井継之助は、その評価は賛否両論あるが愚生的には幕末の武士の中でも最も尊敬する英雄である。

 長岡藩は継之助の下、藩内を統一し「非武装中立」を貫こうとするも、西軍の無能で無礼な軍艦・岩村精一郎との小地谷会談が決裂、継之助は奥羽列藩同盟に加わることを決断し、東軍勢力として「北越戦争」へと突入して行く。

 北越戊辰戦争に於いて、長岡藩兵は近代的な訓練と最新兵器の武装を施されており、継之助の巧みな用兵により、開戦当初では新政府軍の大軍と互角に戦った。

 然し、圧倒的物量を有する西軍に比べ、絶対的な兵力に劣る長岡軍は徐々に押され始め、5月19日(同7月8日)、終に長岡城を奪われる。

 だが、その後の6月2日(同7月21日)、今町の戦いを制して逆襲に転じると、7月24日(同9月10日)夕刻には敵の意表を突く「八丁沖渡沼作戦」を実施し、翌日に長岡城を再び奪還することに成功する。

 これは軍事史に残る快挙であり、関東軍参謀で陸軍中将・石原莞爾の陸軍大学校に於ける卒業論文は、継之助の「八丁沖渡沼作戦」を研究したものだ。

 だが、この奪還の代償は大きく、奪還を果たすものの継之助は左膝下に被弾し重傷を負った。これにより長岡藩の士気が下がり戦線は次第に後退して行く。

 継之助は、家臣や同士から「会津藩を頼り、会津で再起を図ろう」という進言を受けるも、故郷で死にたいとの思いから拒否。だが、戦局は益々不利となり、継之助も破傷風に罹り、已む無く会津での捲土重来を期すこととなった。

 その峠越えの時に詠んだ句が「八十里こしぬけ武士の越す峠」。こしぬけとは「腰抜け」と「越後を抜ける」との継之助の洒落と悲しみが表れている。

 その八十里峠の国道289号線の工事が進んでいる。工事が着工した平成元年から30年で区間に在るトンネル11本の内の7本が完成し、2本が既成。そして残る2本が完成すれば長岡と只見がより身近になる。

「八十里越道路暫定的活用検討懇談会」の9回目の懇談会が諸橋轍次記念館で開催された。河井記念館で好いものを何故に諸橋轍次記念館なのよ(苦笑)

 諸橋轍次とは「婦人とは箒(ほうき)を持って掃除をする女のこと」との論説を垂れ流した漢字研究者で、これに男女共同参画の実行を謀るジェンダーフリーのアホどもが「女性差別」だと叫んで「婦人」という言葉を抹殺した。

 その後、「婦人警官」が「女性警察官」となり「看護婦」が「看護師」と呼ばれる様になったのも諸橋の影響だ。その後、甲骨文字、それに続く金文の研究から諸橋轍次の「箒を持って掃除をする女」の説は全くのウソだとバレた(笑)

「婦人」の「婦」とは、抑々「宗廟に酒を捧げ清める高貴な女性の意味」だということが判明したが、未だに男女共同参画社会の実行を謀ったアホどもらは「掃除婦」であると信じ込み、その間違いを改めることなく使い続けている。

 それに「看護師」の「師」や、師団、軍師、派遣、元帥、追撃などに含まれる「追」の旁(つくり)とは、軍隊で肉(食料)を分けることが原義である。

 普段「平和」「平和」と叫んでいるインチキ平和主義者の左翼どもが、その意味を知ることなく無意識のうちに軍隊に起因する漢字を使用している。マスコミや共産党どもが常用する「子ども」表記にしろ滑稽と言う他はない(笑)

 ってか、折角の八十里峠の開通先が三条市だからというのは分かるが、八十里越は河井継之助お措いて語れない。長岡市には河井記念館や山本五十六記念館が在るのに、諸橋轍次記念館というのもチョッと興覚め(苦笑)

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2019年04月26日

即位後は「女性宮家」や「女性天皇」へ向けて世論誘導して行くだろう

 愈々、今月末で平成の御代が終わり令和の御代がやってくる。今は御祝いムードだが、即位後は反天皇勢力らが蠢き出し、マスコミを使って「女性宮家」や「女性天皇」へ向けて、国民世論を誘導して行くだろう。

「開かれた皇室論」と「敬称・敬語不使用運動」を実行して来た女性週刊誌の広告に「愛子皇太子が動き出した」「秋篠宮さま突如の即位拒否の乱」「美智子上皇后の悲願」「新皇后雅子さまが切り開く新しい皇室」というタイトルが躍る。

 1932年に、ソビエト共産党から日本共産党へ「コミュンテルンテーゼ(命令書)」という指令が出されていることは歴史的事実である。その命令書には、天皇を制度として捉えた「天皇制廃止運動」というものが明記されてある。

 天皇とは天皇であって制度ではないが、天皇制廃止運動とは、敗戦後に活発になった昭和天皇への「戦争責任・退位論」に始まり、マスコミが実践した「開かれた皇室論」と「敬称・敬語不使用運動」というのがそうである。

 マスコミが謀った「敬称・敬語不使用運動」と「開かれた皇室論」の姿勢は今や国内に蔓延し、皇族への敬称を略し「親しみ易さ」をアピールすればするほど、天皇陛下や皇室に対する「敬愛の念」を薄れさせた。

 平成に入り反天皇運動は「生前退位」「女性天皇論」「女性宮家」などというカタチで継続されている。ここに来て秋篠宮殿下の即位拒否を御自身の御気持ちだと誑かし、悠仁親王殿下の皇位継承を阻止し愛子内親王殿下への即位を謀る。

 女性は天皇になれる。だが、女性が天皇に就くというのは普通の生活は送れないということを意味する。女性天皇論あ、天皇としての国事行為や祭事の重要性を理解していないから安易に語れる訳で、これは逆に天皇を軽んじてる証左だ。

 女性皇族が結婚することで皇籍を離れるのは、「今後は一般国民としての生活を重んじよ」との天皇の大御心でもある。そういう御気持ちも理解せず、安易に女性差別であるかの様に女性天皇論を語ることは不敬極まりないことだ。

 左翼の巣窟でもある「国連女子差別撤廃委員会」が、男系男子に限られている皇位継承に関して女性差別を理由に皇室典範の改正を強要したが、これこそ「女性差別」という名を利用した日本差別であり、こうしたものに与してはならない。

 過去に8人の女性天皇が存在した。その全ては男系の「女性天皇」であり、敬宮愛子内親王が天皇に即位されてもそれは男系の女性天皇となる。

 そこに旧皇族との御縁談が進み御成婚となり第一子を儲けてもそれは男系ではなくなる。後は悠仁親王殿下が継がない限り皇統は潰える。

 世間では「英国など世界の王室と同様、日本も第一子が皇位継承する様な流れになるのではないか。女性天皇に前向きな国民は多い」という。女性週刊誌が「愛子皇太子」をタイトルに挙げるのはこうした流れと同じである。

「愛子皇太子」というが、抑々、秋篠宮殿下に「皇嗣殿下」などいう皇統の歴史に存在しない敬称を付け、皇太子の尊称と東宮の解体を謀り乍ら、愛子内親王殿下には「皇太子」と呼ぶのも左翼らしいダブルスタンダード。

 神道の祭祀を重んずる神官の最高の御地位でもある天皇を、英国王室などに準えてるのは嗤うしかないが、「第一子が皇位継承する流れ」「女性天皇に前向き」とは、日本国憲法第2条を念頭に置いているのは明らかだろう。

 現憲法第2条は「皇位は世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところによりこれを継承する」と記されている。

 皇太子殿下から秋篠宮殿下の皇位継承は世襲に非ず。つまり憲法2条違反となり、因って護憲派でもある共産主義者らはこの条項を理由に、愛子内親王殿下を即位させることで皇統断絶の完遂を目指すことは火を見るより明らかだ。

 皇太子殿下の御即位に当たり、マスコミの皇太子妃や秋篠宮家のネガティブキャンペーンが露わになり、共産主義者らがあらゆる手段で次々と天皇の在り方を論じて来るだろうが、決して騙されてはならない。

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2019年04月25日

たった70人足らずで「みんなで靖國神社へ参拝する国会議員の会」だってさ(苦笑)

 靖國神社春季例大祭当日祭に恒例となった超党派の議員連盟「みんなで靖國神社へ参拝する国会議員の会」のメンバーが靖國神社へ集団参拝した。国会議員約720人いる中でたった70人足らず。恥ずかしくもなく何が「みんなで」だ(苦笑)

 靖國参拝は保守派の取り込みを狙ったパフォーマンスでしかないが、こんなことでは靖國神社の国家護持は愚か、陛下の御親拝などは夢のまた夢。「みんなで靖國神社へ参拝する国会議員の会」なんぞ解散してしまえ!

 世間では首相の参拝を熱望する声が絶えないが、インチキ保守の安倍は中韓に配慮し今では恒例となった真榊奉納で事を濁した。

 現憲法20条第3項には「国及びその機関は宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」と明記されている。つまり総理や国務大臣の靖國参拝は第20条違反であり、それを認識してるからこそ「個人」としての参拝を強調する。

 また、最高裁が示した憲法の禁止する「宗教的活動」の定義は、当該行為の目的が宗教的意義を持ち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進または圧迫等も含まれる。つまりは「A級分祀論」なども第20条違反に問われる行為でもある。

 抑々、我が国には「A級戦犯」を始め「B・C級戦犯」「戦争犯罪人」という呼称はない。「戦犯」という名称は戦勝国である連合国側が定めた蔑称である。

 講和条約発効翌年の昭和28年に召集された第16国会に於いて、全会一致の議決により「戦傷病者戦没者遺族援護法」が改正された。この議決を以て全ての戦没者は法的に復権されているのであって「戦犯」と呼ぶことは国会軽視である。

 A、B、C級の区分に関係なく、刑死・獄中死された方は「法務死」と称され、靖國神社では「昭和殉難者」として御祀りしている。それにも係わらず国会議決を無視し「戦犯」と言い続けることは、東京裁判史観を妄信してる証左だ。

「分祀論」こそ非常識且つ無責任な愚論であるが、こうした主張が左翼ではなく、自民党など保守を標榜する議員から発せられること自体が恥ずかしい。

 石破茂ら分祀論者らは「A級戦犯分祀が実現すれば天皇陛下が御親拝出来る環境が整う」などと、畏れ多くも陛下を利用し国民を誑かす。

 御親拝せられなくなった理由はA級戦犯合祀が理由ではない。陛下の御親拝を妨害しているのは、石破ら不逞の政治家も然ることながら、国體破壊を目指す官僚どもと宮内庁に因る妨害工作である。今回の退位特例法案も同じ流れだ。

 国家の為に尊い命を捧げた人々の御霊を奉斎する靖國神社を、国家の責任で護持することは余りにも当然のことで論議の余地などない。

 戦前はそれが厳守され、国民挙って護国の英霊に感謝し崇敬の誠を捧げた。殊に特筆すべきは靖國神社の大祭に限り、天皇陛下が御親拝せられたことだ。聖恩無辺、英霊並びに遺族にとっての感激と光栄、これに優るものはなかった。

 こうした問題を解決するには靖國神社の「宗教法人格」を見直せば済むこと。憲法改正は別に第9条ばかりではなく、こうした問題も提起するべきなのだ。

 靖國神社は現在「宗教法人」となっているが、これは占領下、国家と神道の分離を謀ったGHQの「神道指令」に因って、靖國神社の存続に苦慮した当時の政府や神社関係当局の緊急避難行為というべき措置であって実態は宗教ではない。

 宗教とは「教祖・経典・布教活動」の三要素を必須不可欠とするが、靖國神社にはその一つも無い。唯、祀りの様式を神道に則って行っているに過ぎない。

 自民党は過去に選挙公約の一つとして「身を挺して国に殉じた英霊を祀る靖國神社の公式参拝と国家護持の実現を図る」という政策を幾度となく掲げて来た。政権政党として至極当然の認識と政策であろう。

 だが、自民党は過去に幾度も安定多数の議席を確保しながらもその公約は実現せず、昭和49年の参議院での審議終了による廃案以来「靖國神社法案」は提出されることは無くなった。安倍がインチキ保守と詰られる一つの要因でもある。

 尤も、共産主義者に与し「退位特例法」の成立を謀り、天皇の大権である元号制定権を簒奪し、践祚改元奉告祭を無視し新元号公布に悦に入って安倍だもの、靖國神社の英霊の顕彰することも、靖國法案を成立させるなど眼中に無い。

 真に英霊の顕彰を図るなら「靖國神社法案」を再提出し、靖國神社国家護持と陛下の御親拝に向けての道筋を付ける為に政治生命を賭けるべきだが、超党派で70名ほどでは心許ない。尤も、此奴らも保守とは言い難いが(苦笑)

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2019年04月23日

「日の丸」と「旭日旗」ほど美しく国柄を顕してる旗は無い

 中国海軍創設70周年を記念した国際観艦式に参加する海上自衛隊が青島に到着した。「旭日旗を揚げて入港した」だとか「韓国側が抗議した」だとか騒がれているが、日本のマスコミというのは何を訴えたいのかさっぱり分からん。

 韓国が旭日旗を「軍国主義の象徴」として批判し、海上自衛隊の韓国への入港を拒否したのは記憶に新しい。日韓併合以降、韓国人は日本人となりあらゆる恩恵に預かりながら、戦後は戦勝国を気取り、旭日旗を「戦犯旗」呼ばわり。

 韓国に限らず、日本人でありながら旭日旗や日の丸までも「軍国主義の象徴だ」とか「侵略の旗だ」とか「君が代は天皇賛美で怪しからん」などと騒いでいる勢力がある。共産党や社会党、日教組や全教などの左翼の懲りない面々である。

 ならば米国の旗はどうだ、星の数を見ても分かる様に侵略の旗だろう。英国やオランダ、フランスはどうなのだ。中華人民共和国の旗然り、侵略の旗ではないのか。また、国歌・君が代が天皇を賛美したとして何が怪しからんというのだ。

 我が国は天皇を族長と仰ぐ君民一体の家族国家であり、天皇即日本、日本即天皇の天皇国家である。この国體の精華は正に万邦類を見ないところであり、従って陛下の御代が栄えることは即日本が栄えることでもあるのだ。

 反対するバカ左翼というのは物事の見方が実に薄っぺらで、こうした日本人らしからぬ認識は健全な世論に逆行するばかり。勿論、アホな韓国然り。

 我が国は、ユーラシア大陸で最初に朝日を迎える国である。稲作民族として日の神である天照大御神を崇め、太陽信仰を持つのは自然なことで、そうした国家のシンボルに「日の丸」を執ったというのも極めて自然なことであろう。

 国の成り立ちや理想が「日の丸」の旗ほど一致する国は我が国を措いて他には無い。赤丸は、太陽を意味し熟誠、活気、博愛、誠心誠意を現し、白地は清浄無垢を示し神聖、正義、純潔、平和、鎮静を意味する。

 旭日旗は、日章の位置が日の丸と同じく中央に位置し、皇室の紋章である菊花16紋章と同じ16条の光線を放つ。煌々と照らされる紅白の日の光が国中に行渡り、実に喜ばしく、美しく荘厳な旗である。

 また「君が代」は、我が国體の精華を格調高く歌い上げたもので、その曲と相俟って厳粛にして荘重、世界に冠たる誇るべき国歌である。

「古今和歌集」巻七「賀の部」の「わが君は千代に八千代にさざれ石の巖となりて苔のむすまで」の一首からの出典であることは学界の定説である。この詠の本意は、大君の御代が栄えることを願い、祈ったものだ。

 この詠が「讀人知らず」という草莽の民が詠んだというところに、我が偉大なる民族性を認識し、無限の感激を禁じ得ないのである。

 皇国臣民として万世一系の天皇を我が国元首として仰ぎ奉り、陛下の御稜威を国民生活の隅々にまで行き亘らせることこそが神武肇国以来の大理想であり、それはまともな日本人であれば当然の願望であろう。

 敗戦コンプレックスからそうした国の成り立ちさえも忘却し自虐史観を妄信して疑わないが、日本人としての国家の素晴らしさを再認識しては如何か。

 我が国はいつの世も、時の陛下の御代であり、いつの世にもそこには「君が代」の世界が存在し、それは存在し続けなければならないものなのだ。そうした我が国の国柄を「日の丸」「君が代」「旭日旗」は見事に表している。

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2019年04月22日

「兄が80歳のとき私は70代半ば。それからは即位できない」という作為的な記事

「兄が80歳のとき、私は70代半ば。それからは即位できない」という、朝日新聞デジタルの秋篠宮殿下に対する作為的な記事がネットに躍っていた。

 記事では「『天皇になることを強く意識している』という皇室研究者の見方が報じられると『そんなこと思ったことがない』と打ち消す発言もあったという」と書かれてあるが、皇室研究者は誰で、秋篠宮殿下は誰に語ったのか。

 憶測らしき伝聞を然も真実の様に語ってるが、これは天皇廃止論者であろう売国記者の願望を込めた妄言というのが正しく、こういうインチキ記事を垂れ流しては、恰も秋篠宮殿下は即位辞退をするかの様に世論の撹乱を謀る。

 秋篠宮殿下が高齢を理由にこうしたことを若し述べたとしたなら、陛下と同じく憲法で明記されてる象徴としての国事行為に対する苦言ではあるまいか。

 国事行為を最優先する余り、祭主である天皇が重んじるべき祭祀が軽視され簡素化され続けている現状こそ見直さなければならない。

 売国マスコミは畏くも陛下は「生前退位」を示されたと報じ、無能な政治家らは憲法に明記されてる国事行為や天皇条項の見直しを図ることなく、こうした風潮に便乗し、陛下の御苦労を慮ったフリをして退位特例法を成立させた。

 国民へ向けた御発露は、「生前退位」の報が一人歩きしていることを危惧された陛下が、天皇としての想いを語られたものと理会すべきもので、高齢に因り国事行為が困難ならば皇太子殿下や秋篠宮殿下が輔佐すれば好い事だった。

 歴代天皇の中で在位期間が62年宝算87年という長寿であらされた昭和天皇は、敗戦・占領という亡国の縁にあっても御譲位遊ばされなく、御不例の中では国事行為や祭祀を皇太子殿下であった今上陛下が代行なされたではないか。

 陛下が摂政を置くことに否定的なのは昭和天皇を輔佐した御自らの経験上のものであり、「昭和天皇のこころをこころとされる」とその決意を国民に語られたことでも「喩え臥しても天皇は天皇で在る」との御覚悟の顕れでもあったのだ。

 マスコミは陛下が「生前退位を示された」と捻じ曲げて報じ、無能な政治家がこれに便乗して陛下の御苦労を慮って退位させるというのが事実で、皇統の歴史より、現憲法を重んじる安倍こそ究極の護憲派である。

 憲法9条への自衛隊明記は保守票欲しさの目晦ましであり、安倍が真の保守派なら第1条からなる天皇条項の矛盾と不作為を理由に憲法改正の狼煙を揚げるべきだが、あろうことか「譲位」ではなく「退位」の実行を謀った。

 安倍政権や反天皇勢力が「皇太子」を空位にし、共産主義者らの造語である「皇嗣殿下」と呼ぶ意味は後の秋篠宮悠仁親王殿下即位阻止が目的で、この裏には秋篠宮家の内親王殿下を女性宮家とする目的が透いて見える。

 天皇陛下の御意向により天皇位を退位が可能なら、同時に、皇位継承者の御意向により即位を辞退出来ることも可能になるということでもある。恰も、秋篠宮殿下が即位を否定したかの様な記事に違和感を覚えるのはそういうことだ。

 皇族を脅迫し退位させ、即位を辞退させ天皇位を廃止させることは天皇制廃止論者らが謀る反天皇運動の一つであることを忘れてはならない。

 近年、ネット上などで見られた皇太子妃殿下への誹謗中傷や秋篠宮真子内親王のスキャンダラスな報道は即位辞退への布石であり、「生前退位」で味を占めたマスコミはまたしてもインチキ記事で国民世論を誘導する。

 今回の秋篠宮殿下に関する朝日新聞デジタルの記事然り、今後は恰も「女性天皇」や「女系天皇」が国民に容認されているという作為的な記事を垂れ流し、「女性宮家創設は国民が求めているもの」との世論形成を謀って行くだろう。

 天皇の御地位というものは、天皇御自身の意志や国家権力によって左右されることがあってはならないが、正に退位特例法は天皇の政治利用であり後の世に禍根を遺すのは必然。マスコミの垂れ流す皇室関連の記事に騙されてはなりませぬ。

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2019年04月15日

玄侑宗久の「使わせてもらってます」という地元紙のコラムを嗤う

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 今日の地元紙・福島民報新聞のコラム「日曜論壇」は作家であり無自覚左翼の玄侑宗久が執筆してる。このコラムは左翼人士ばかりが登場するので内容に驚くものではないが、現在使われてる漢字は支那が本筋家という妄想は頂けない。

 日本の漢字用語は支那の漢字とは全く違う。日本の漢字は西洋の語彙を日本語に置き換えたもので、こうした「漢字」こそが日本の文化と言っても過言ではない。現代の支那人に日本人の様な芸当は出来ないし智慧もない。

 先人達は、大陸からの漢字に「音」と「訓」を付け、平仮名(後にカタカナ)を付け加え、大和言葉を表現し支那とは全く別の文字体系と文化を創造した。

 抑々、現在、中共国内で使用されている漢字の、例えば「人民、共和国、共産主義、共産党、革命、共和、左翼、唯物論、社会主義、右翼、演説、警察、芸術、自然、自由、新聞、鉄道、文学、歴史・・・」等等、こうした日常用語は実は総て日本で作られた漢字だということを知ってるだろうか。

 現在、中共国内外で使用されている社会・人文分野の用語の実に約70%が日本から導入された外来語(日本語)であるが、玄侑曰く全てが「アレンジ」らしい。

「真言宗は今や日本にしかない」という。宗教や言論の自由を認めず、共産主義を最高の指導原理と成す中共にどんな仏教が遺っているというのだろう。況してや真言宗の開祖は日本人の空海であり、真言宗と言うより真言密教のことだろう。

 仏教の教えより、戦後民主主義を信奉する無自覚左翼の坊さん故に「シナ愛」は分からないでもないが、奈良時代の平城京を中心とした天平文化に影響を与えた例を唐の文化の御蔭と持ち上げるのは、我田引水的解釈と誹られても致し方ない。

 清朝末期、日清戦争に敗北した支那では、庚有為が中心となって「維新変法」(自主的な近代化の試み)を進めたが保守派の抵抗で挫折した。

 その後、支那人らは日本に注目し始め、近代化を目指す多くの留学生が西欧の文物を間接的に学ぶ為に日本に渡り始めた。

 その結果、和製漢字語が本格的に流入し始めることになったというのが真相で、支那人の「アレンジが加わって熟成した」のではない。我が国は実に1200年に及び、日本列島の中で独自の文化を熟成させたのだ。

 大陸からの漢字に「音」と「訓」を付け、平仮名(後にカタカナ)を付け加え大和言葉を表現し、支那の漢字とは全く別の文字体系と文化を創造した。

 こうした歴史を無視して「漢字は支那が本筋家」「仮名というアレンジ作品を産み出した」というのも、日本という国を軽視し過ぎてはいないか。

 近代支那の代表的知識人として知られている梁啓超も、和製漢字語の普及に大きな影響を与えた一人だ。彼は日本に亡命しながら日本の小説などを翻訳し、自らが創刊した「清議報」に連載するなどした。

 支那に於ける和製漢字語研究の第一人者・王彬彬は「我々が使っている西洋の概念は、基本的に日本人が我々に代わって翻訳してくれたものであり、中国と西洋の間には永遠に日本が介在している」と述べている。

 玄侑さん、態々元号を持ち出して「漢字の本家には『使わせてもらってます』とか、愛嬌を示してみてはどうだろう」と言ってるが、現代の和製漢字をいけしゃあしゃあと使ってるのは中共の方ですよ。

 元号の出典が漢藉だろうが万葉集の古典だろうが、そうした論争に意味はない。抑々、愛嬌を示すべきは中共の方で、嫌なら「人民」も「共和国」も「共産党」も日本製なのだから国名も党名も変えなきゃならないわな。呵々大笑。

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2019年04月14日

糞便に汚染された食品を口にしてる韓国に「消費者の保護」を訴えてもなぁ(苦笑)

 原発事故以来、青森、岩手、宮城、福島、茨城、千葉、栃木、群馬8県の水産物禁輸措置を継続してる韓国に対し、世界貿易機関(WTO)に禁輸不当を訴えた裁判で、WTO上級委員会は「禁輸措置は妥当」との判断を示した。

 ここで思うのは、外交の失敗云々というより、何故に韓国への輸出に拘ったのかということ。別に福島を始めとした水産物の安全は科学的に証明されている訳で、拒否してる国を提訴までして復興に繋げようとは理解に苦しむ。

 8県の内、栃木と群馬は海に面していない。獲れるものとと言ったら、ニジマスやアユ、岩魚、山女、鯉くらいなもので、これを態々禁輸県にしてること自体が、無知か単なる感情論的から出でた拒否だと言わざるを得ない。

 以前、韓国産キムチや辛ラーメンの危険性が語られたことは記憶に新しい。国産貝類の缶詰は、糞便に汚染された水域で採捕された貝類を含んでいる。

 韓国の魚介類、生鮮、冷凍、及び加工製品などにはノロウイルス汚染のリスクがあり、アメリカ食品医薬品局(FDA)は禁輸措置を実行している。

 韓国は1988年から、汚泥や家畜糞尿、浚渫土砂などを日本海と黄海へ海洋投入を開始した。既に1000万トンを越している。その後、投棄が国内で問題にされると「廃棄物海洋投棄禁止総合対策」を発表。だが、海洋投棄は継続されている。

 ソウルで、農水産物市場の生ゴミを安く購入し食材料として使用してきた飲食店が警察に摘発されている。 同じソウルのある農水産物市場では、腐敗した貝やタコ、ジャガイモ、マンゴーなどが飲食店経営者らに安値で売られている。

 韓国警察によると、流通業者は賞味期限が切れて廃棄しなければならない食品や腐りかけた水産物を再利用して販売したり、レストランなどに供給してきた。農水産物だけでなく、賞味期限が過ぎた加工品の流通は日常茶飯事。

 要は、自分の国の水産物を始めとした食料の危険性を十分承知しているから、福島県周辺の県も放射線で汚染されているに違いないと疑って止まない。

 これは「自分達もやってることは、相手も絶対にやっている」と思って仮託した同一化虚言の一例で、朝鮮人に多い症例でもある。

 例えば、慰安婦問題が騒がれ出すと、ある老婆が登場し「慰安婦にならなければ殺して釜茹でにして食ってやるぞと言われた」というのがその典型だ。

 李朝下、韓国内では悪病治療の迷信から人間の肝や指を食べていたのは歴史書などでも明らかになっているが、残念ながら日本には人肉食習慣はない(笑)

「復興」の名の下に、水産物を買って貰いたくて韓国なんぞ相手にしたのが間違い。食品の安全性なんぞ韓国にしたらどうでも好いことなのだ。

 危険というのであれば、福島原発の低放射線より中共から届くPM2.5の方が余っぽど危険だと思うが、中共に抗議したという話は聞いたこともない(苦笑)

 復興を目指す日本の足をどうやって引っ張ったら好いか、日本に恩を売るのはどうしたら好いかというのが韓国の目指すところであり全てが「反日」なのだ。

 WTOの判断を韓国側は外交に利用するだろう。間違っても8県の輸入制限解除を日韓関係の改善を図る駆け引きの道具することがあってはならない。

 韓国政府は尤もらしく「消費者の保護」を訴えている。ならば日本政府も見倣って「食の安全」と抗議の意味を込めて、韓国産キムチなどの危険食品と小泉進次郎が謀った韓国産肥料の輸入禁輸を実行しら如何だろう。呵々。

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2019年04月12日

桜田義孝と山本太郎らに見る政治家の質の低下(苦笑)

 桜田義孝五輪相がまたやってもうた。水泳の池江璃花子選手の白血病の公表について「がっかりしている」「盛り上がりが若干、下火にならないか心配している」と発言してバッシングされたのはつい先日のこと。

 この発言に対し「早く治療に専念して頑張って貰いたい。また、元気な姿を見たい」と述べてたことで、桜田を擁護する人も出てたが、「金メダル候補で、日本が本当に期待している選手なのでがっかりしている」というのは余計だ。

 あの時に潔く辞めた方が好かったと思うが、過去の桜田の発言を見る限り議員としては日本語が下手過ぎる。こういう人相風体、人品に劣る桜田の様な輩が、拉致バッチを付けて保守派を気取れば気取るほど保守派が軽く見られる。

 石巻市を「いしまきし」、「パラリンピック」という言葉もロクに言えず、蓮舫を「レンポウ」。蓮舫なんぞ本名の「村田議員」と呼べば好いだけだろう。

 桜田の語彙の乏しさは目に余る。自民党比例東北から出馬予定候補者高橋比奈子の政経パーティーで「復興以上に大事なことは高橋候補を当選させること」と挨拶したというから厭きれるばかり。これでは安倍も庇いきれないわな(笑)

 何も「復興を今以上に進める為にも高橋候補には絶対当選して頂きたい」と言えば済むこと。池江選手のコメントの失敗に学ばなかったのだろうか。

 以前、慰安婦問題で桜田は「慰安婦は職業としての売春婦」と発言した。政治家として軽々しい発言ではあるが正論であり、騒ぎになって発言を撤回したことこそが問題。こうした安易な謝罪や撤回が同じ過ちを繰り返す要因になっている。

 また、反原発活動家で極左と繋がりがある山本太郎が、あろうことか改元前の新元号を新党名付けるという。然も京都守護職の会津藩主・松平容保の庇護の下に発足した新選組を捩って「れいわ新選組」とするというのだから厭きれ甚し。

 反原発運動家として福島を咎め続け「福島県内の農家は汚染物を作り、ばら撒き続けている」「福島県産を買うくらいなら中国産を買う」と口外して憚らない輩が、福島会津に所縁のある新選組を使うことに怒りを覚える。

 以前、参議院議員として園遊会に招かれた山本は、あろうことか陛下に直接要望書を手渡した。「天皇に対する請願書は、内閣にこれを提出しなければならない」とあり、山本の行為は請願法という法律に抵触するものだった。

 陛下にしてみれば、山本の様な出来の悪い子も我が子と同じ。請願自体を煩わしいとは思わないだろうが、山本の行為は天皇の政治利用そのもの。

 おの軽挙妄動を批判された山本は神妙な面持ちで「御宸襟を煩わせた」と謝罪したが、日頃、天皇や皇室を軽んじてるからこうした行為に奔るのだ。

 天皇の御代を端的に表現するものが「元号」であり、我が国體の精華である。我が国の歴史が天皇を中心に織りなされて来たという厳然たる事実の証明でもある「元号」を軽々しく、然も改元前に党名に利用するとは赦されることではない。

 元号に拠って、万世一系の天皇を我が国元首として仰ぎ奉り、陛下の御稜威を国民生活の隅々にまで行き亘らせることは多くの国民の願いでもある。反天皇の極左勢力と繋がる山本が、敢えて元号を使うのは天皇を貶めるのが狙いだろう。

 こういう山本太郎を始めとしたクソ政治家どもが淘汰されないのは、政治に無関心な有権者の責任だが、要は有権者をナメ腐っているのだ。

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2019年04月11日

「令和」公布に見る左翼の劣化と右翼・民族派陣営の凋落

 新元号「令和」について多くの国民には好意的に受け入れられている。愚生的には、天皇の大権では無くなり、政府による公布過程や元号法の在り方に違和感を覚えるが「令和」自体に反論も無いし言える立場もない。

 元号の改定は権力を縦(ほしいまま)にした徳川時代でさえも朝廷の大権だった。江戸時代中期の学者である新井白石も「元号だけは朝廷の御定めになることである。武家の関することではない」と綴っている。

 我が国はいつの世も時の陛下の御代である。いつの世にもそこには「君が代」の世界が存在し、それは存在し続けなければならないものである。

 その天皇の御代を端的に表現するものが「元号」であり「一世一元」制である。これこそが我が国の国體の精華であり、世界に誇る美風である。

 我が国の歴史が天皇を中心に織りなされて来たという厳然たる事実の証明でもある「元号」の意味を教えることなく、典拠が万葉集だとか、「令和」という言葉の意味のみが騒がれ、皇族への崇敬の希薄さに皇統の危機感を覚える。

「令和」に反対する左翼らは「令和の令の下部分は『刀』。和の『口』部分はまさに盾。つまり、令和という元号は刀と盾で武装し再びアジア諸国を侵略する軍国主義の意図である」などと、薄気味悪い意味不明の自説を披歴する。

「また令の冠は『兜』を意味する。のぎへんは兵糧、つまり戦争をやるために作った元号である」というが、左翼の頭の構造が常人とは何処か違う様だ。

 世界には多くの左翼人士がいるがその全てはその国の愛国者だ。我が国の共産党や左翼の​様に売国奴というのは世界でも稀で世界の珍現象の一つとも言える。

「元号法」が制定された昭和54年当時、共産党や左翼陣営は「元号は戦前からの慣習であり、天皇の元首化を狙うものだ」「元号は旧憲法下の天皇制に付随したものである」「元号は天皇主権の旧憲法への逆戻り」との論陣を張った。

「元号は天皇元首化の動きと直結」「元号によって天皇の権威を国民の隅々にまで行き亘らせる狙い」だと騒ぎ立てた。当時の左翼には元号や国體の意味を理解した上で反対していたが、今は単なる「安倍憎し」で批判する。

 社民党党首の又吉征治を始め、元社会党の赤松広隆衆院副議長などは「令は命令の令だからありえない」という。何でも腐す実に薄っぺらなマヌケな意見は左翼陣営の御家芸とも言えるが、左翼政党を始め、昨今の左翼陣営の劣化は著しい。

 一方、民族派や右翼陣営を見れば、対中共や対北朝鮮を見据え、国防強化や自衛隊の存在を理由に憲法改正を訴える安倍を好意的に捉えている。

 以前、Facebookで大手右翼団体相談役の四宮某は、愚生との遣り取りで「今日唯今、安倍政権を打倒して一体どういう政権をつくるのか、誰を総理にするのか、どの政党の政権を任せるのか・・・」と反論していたのを思い出す。

 安倍が憲法改正を訴えるのは保守票目当てのパフォーマンスに過ぎず、また安倍の謀る憲法改正は公明党の加憲と同じ粗末なものであり、第九条を弄ることで国の基本法として機能していない日本国憲法が絶対的な存在となる危険を孕む。

 安倍は先月、参院で女性宮家問題に絡む質問に於いて「旧宮家の皇籍復帰も含めたさまざまな議論があることは承知している」と皇籍離脱した旧宮家の復帰に含みを持たせるも「国民のコンセンサスを得ることも必要だ」と述べた。

 しかし「皇籍を離脱した方々は今は民間人としての生活を営んでいる。私自身がGHQの決定を覆すことは全く考えていない」と皇籍復帰に難色を示した。

「GHQの決定を覆すことは全く考えていない」とは何事か。ならばGHQ製の日本国憲法を見直すことと矛盾してはいないか。左翼や戦後民主主義者より、安倍の様な保守を騙る政治家こそが国柄を破壊する一大勢力となる。 

 右翼・民族派陣営を見れば、退位法案を強行し皇統断絶に与し、元号制定権の簒奪を謀り践祚改元奉告祭を無視して新元号を公布した逆賊の所業に対し拱手傍観を極め込む。右翼・民族派陣営の凋落も著しく、指導者不足は顕著である。

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2019年04月10日

原発技術で世界を制することが世界を制することだ

 経団連の中西宏明会長は、原子力発電の安全性確保や国民の理解を大前提に、原発の再稼働や新増設を真剣に推進すべきとの政策提言を発表した。

 提言では、東日本大震災以降、火力発電への依存度が8割を超え、再エネの導入拡大や原発の再稼働も難しい状況にあると指摘。電気事業者が投資回収の見通しを立て難く投資の抑制に繋がっていることに危機感を示した。

 この提言に対し、旧皇族の家柄であり古事記や古典の権威でもある竹田恒泰はTwitterで「経団連はまだこんなこと言っているのか。時代錯誤も甚だしい。事実、原発はもはや世界の斜陽産業」と批判していた。

 竹田君の古事記や皇統の意見は隻眼を有するもので得るものが多いが、原発問題に関しては小泉純一郎らと同列の安っぽいセンチメンタリズム。

 再生エネルギーの賦課金という名の負担金は大きな問題で、原発を「原発はもはや世界の斜陽産業」などと銭の損得で考えるべきことではない。

 中共は、2030年迄に原発を300基に増設するという。80年代、鄧小平は電力不足を克服する為に「原発の先進技術を学べ」と訴えた。原発技術で世界を制することが世界を制することだとの確信を得たのだ。

 今では日本が撤退した英国での原発事業を中共が引き継ぐという。原発を「斜陽産業」と考えてることは中共への利敵行為ということを理解していない。

 原発の使用済み燃料を再処理するとプルトニウムを含む酸化物が精製されるが、これを「プルサーマル」や「フルMOX」として使わなければ、国際公約に違反していることになってしまう。余剰プルトニウムを持つことは国際的に許されない。

 また使用済み核燃料を再処理してしまうと原発を動かし続けなければならないということになる。だが、現在は再稼働も新増設も出来ないし、核燃料サイクルの施設「もんじゅ」が予算の都合で頓挫し、プルサーマルも先行き不透明。

「もんじゅ」は、生成されたプルトニウムや燃え残りのウランを混合酸性物(MOX)燃料に加工し、再利用しようという国のエネルギー政策であり、我が国が目指した高速炉開発という夢の方向性は決して間違ってはいない。

 高速増殖炉に成功させることで、世界のエネルギーの平準化を達成出来れば、我が国が世界から尊敬されるだろうに、「予算的に」という理由で廃炉される様なことになれば経済大国としても技術立国としても実に情けないことだ。

原発利用が普及することを考えれば原子力システムを構築する必要があり、高速炉サイクル技術がこれを満足させる唯一の技術でもあるのだ。

 我が国はこうした分野でも世界をリードして来た。「もんじゅ」は単にエネルギー確保だけでなく安全保障などの視点からも重要な問題だったのだ。

 また、再処理過程で出る「核のゴミ(高レベル放射性廃棄物)」は、最終処分場の候補地が決まらず頓挫しているが処理技術には何ら問題はない。

 候補地が決まらないのはこれこそ政治の怠慢に他ならない。それこそ高レベル放射性廃棄物の処分地探しを公募したのは小泉政権下だった。

 所謂「小泉改革」として特殊法人の合併・合理化が進められたのは周知の事実。プルトニウム保持の問題などから歴代政府は「原子力研究所(原研)」と「動力炉核燃料開発事業団(動燃)」を分離させていたが、小泉はこれらを合併させた。

 将来像も描かずに、御得意のパフォーマンス優先の目先の改革である「合理化」を進めた結果、原研内で政治的活動が活発化し、左翼特有の主導権争いが行われ、乗っ取りされているという状況にあることが明らかになっている。

 原発停止を叫ぶのは容易だが、原発行政の表と裏、原発導入に拠る功罪も知らずして、感情論だけで原発や原発事故を論ってはならない。

 反原発の急先鋒となった小泉だが、今や小泉政権下で立案された「観光立国」という愚策が国策となってる。だが、我が国が目指すべきは「技術立国」である。

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2019年04月09日

大阪Wクロス選挙での大阪維新の会の圧勝は自公連立崩壊の序章か

 統一地方選挙前半戦の結果が出た。安倍が実行した政策の成否はどうあれ、野党色の強い北海道での勝利を見る限り安倍政権の安泰は間違いない様だ。

 大阪でのダブルクロス選挙は予想通り、大阪都構想に執念を燃やす大阪維新の会の圧勝に終わり、今後は公明党との関係が注視される。

 大阪都構想が持ち上がると維新の会は公明党との関係を深めた。公明党も乗り気だったが、昨年末、公明党の支持母体である創価学会の原田稔会長が大阪に乗り込むや否や、維新の会との決裂が決まった。

 これに頭に来た松井知事は大阪市とのダブルクロス選挙を示唆し「公明党を叩き潰す」などと大見栄を切り、結果、今回の結果となった。

 新聞報道では安倍政権の今後を占うかの様な報道だが、与野党対決というより、大阪での公明党の凋落を見る限り、今後の自公連立に大きな与え兼ねない結果であり、自公連立崩壊の序章になる可能性、否、崩壊して欲しいものだ。

 創価学会=公明党とは、極めて戦後民主主義的且つ反国家的な団体であり、天皇陛下を族長と仰ぐ日本国家の正統にとっても悉く異質な存在である。

 創価学会は宗教団体というより、学会員の現世利益を追求する社会運動体であり、公明党はそれを政治的に実現する為の組織でしかなく、究極の目的は、日本を「池田王国」にして、池田を日本の国主にすることだ。

 創価学会の支援を受けて当選した議員は「学会員の為に政治をやれ」と指導を受ける。つまりは、「創価学会員の頂点に君臨する池田太作名誉会長の現世利益の為だけに命がけでやれ」という命令ということだ。

 公明党の売国性は「外参権付与」「自虐史観」「反靖國」「反天皇」と挙げれば限が無い。創価学会に在日が多いのは周知の通りだが、生活保護費の受給率は日本人の4倍以上もあるとされ、生活保護の受給が一番な都道府県は大阪府だ。

 大阪には国内約60万人の朝鮮人の内の3分の1が住んでおり、そのうち10万人以上が大阪市に集中しているという。選挙結果を左右しかねない恐ろしい数だ。

 彼らは、所得税は不払いを決め込み「住民税は半額にしろ」「固定資産税は免除しろ」と税務担当を脅し、まともに納税などすることはない。「日本国民の為」と明記されている生活保護の支給も、まんまとせしめている。

 生活保護を在日ら外国人へ支給することは明らかな法律違反でもあるが、在日らへの生活保護費支給で大阪の財政逼迫は看過出来ない状況だ。「大阪都構想」より、こうした在日らの不法行為を政府と共に正すべきだおう。

「外国人参政権付与」問題にしても、日本に居候する朝鮮人らが「我々は強制連行された可愛そうな朝鮮人なのだ。」と詐称し、「我々を日本人と同等に扱え!」と要求し始めた。だが、その裏には公明党=創価学会の存在が大きい。

 池田太作が会長となっているSGI(創価学会インターナショナル)は、韓国国内会員が40万人以上いると言われている。公明党が外参権付与法案成立に躍起なるのは言わずもがな。池田こそ日本国内最大の国賊と言っても過言ではない。

 池田太作を崇め奉るこうした連中と、保守を標榜する自民党がいつまでも連立を続けること自体、国益を大きく損なっていることに気付くべきだ。

  創価学会は今や巷に蔓延し、立法・行政・司法に入り込み日本を蝕み続け、公明党が政権与党の一翼を担っているという歪さを糾さなければならない。

 大阪維新の会と安倍自民党のポピュリズム政治に未来はなく、大阪都構想なんぞにも興味は無いが、国益を害し続ける自公連立解消を願うばかり。

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2019年04月05日

「親日派の名残の清算は長く先送りされてきた宿題(文在寅)」だとさ(苦笑)

 韓国内で日韓併合などに協力した「親日派」と言われる方々が作曲した校歌や関連施設や看板などが撤去されるなど、清算が進んでいる。

 文在寅大統領も「親日派の名残の清算は長く先送りされてきた宿題」と語る。身内の不正により自殺し、志半ばで断念せざるを得なかった故廬武鉉への忠誠を示す為か、反日での支持率アップを狙ってか「親日派の一掃」の完遂を目指す。

 歴史問題に対する韓国の異常な難癖は今に始まったことではないが、これらの修正要求やイチャモンは明らかな内政干渉であり「平和条約」違反である。

 戦後、両国が締結した日韓基本条約には「両締結国は善隣友好の精神に基づき且つ平和及び互恵並びに内政に対する相互不干渉の原則に従い両国民の交流促進のため努力する」と踏襲されている。

 だが、両国民の交流促進に努力しているのは我が国だけであり、内政干渉を続け、事ある毎に難癖を吐ける韓国は国際条約違反である自覚さえ無い。

 文在寅は、韓国歴代大統領の中でも徹底した「反日」政策を実行した故廬武鉉の側近中の側近で、当選後に「親日派の粛清」を公言したことでも、その反日ぶりと左翼特有の精神的異常さが目立つ。

 文在寅は親日派と言われた朴正熙政権に反対する学生運動の首謀者的存在で投獄されたこともある確信的左翼闘士であり、反日活動家である。

 2002年、文在寅は廬武鉉と共に法律事務所を開設。同年、大統領選出馬に向けて盧武鉉は歴史の見直しに強い意欲を示し、約100年前の日韓併合や日本統治時代の親日派の一掃と真相究明を主張した。

 翌年、代16代大統領に就いた廬武鉉は、盟友の文在寅を大統領首席秘書官に据え、親日派一掃の為にこれらの主張を実行に移す。

 国会では過去清算の立法を進め、真相究明や責任の追及。補償を行う為に「過去史整理基本法」を成立させ、更には日本統治時代の親日派の子孫を排斥する為に「親日分子取締法」を成立させ施行した。

 この法律施行により「親日派」とする李完用元首相ら9人の子孫が所有する財産36億ウォンと、相続した土地を没収した。2006年には、親日派と断じられた全斗煥元大統領ら170人の叙勲を取り消す暴挙も行っている。

 その後、「親日・反民族行為者の財産の国家帰属に関する特別法」に基き発足した「親日・反民族行為者真相究明委員会」は、406名を「親日派・反民族分子」と断定し追加公表したが、民主国家がやることではない。

 廬武鉉の舎弟である文在寅が初当選すると、日本のマスコミは「9年ぶりの革新政権誕生」と報じていたが、革新政権ではなく反日左翼政権というのが正しく、文は北朝鮮と足並みを揃え、中国共産党に諂う共産主義者である。

 文は勝利宣言に於いて「常識が常識として通じる国を創る」と語った。だが、過去清算の立法を進め「過去史整理基本法」「親日分子取締法」という事後法はまともな国際社会では許されるものではない。

 恥ずかしくもなく「常識が常識として通じる国を創る」と語るのだから、共産主義者の精神構造というのは理解し難い。

 徴用工問題にしても、その裏側には文大統領の度の過ぎる反日政策が働いているのは間違いない。「親日派の一掃」の総仕上げを謀り、反日を徹底する韓国との外交戦略は国交断絶を含めて見直す時期に来ている。

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2019年04月03日

チョッと安倍晋三がしゃしゃり出過ぎじゃないか(笑)

 新元号「令和」が公布された。過去の元号は四書五経など支那の古典から引用されたものが多く、安倍の意向もあり、日本の古典である万葉集の「于時初春令月 氣淑風和 梅披鏡前之粉 蘭薫珮後之香」が典拠となった。

 元号は支那が起源ではあるが全く別な道を歩んで来た。唯一、元号制度が残っているのは我が国を措いて他には無い。正しく日本の独自文化でもある。

 安倍は保守派に配慮して日本の古典からの出典に拘り、自称・保守派らは日本の古典からの出典を喜ぶ。別に支那の古典で何が不都合なのか。万葉集で詠まれている「梅花」は、実は支那からの外来種だということを知ってるのか(笑)

 抑々、我が国が四書五経などを始め漢詩や漢文に好意的なのは、秦の始皇帝時代には正統な王朝があり、我が祖先らはその支那から多くを学んだ。元号に漢籍が多いのはそういうことで、今の中国共産党とダブらせるのは間違いだ。

 日本の漢字用語は、西洋の語彙を日本語に置き換えたもので、この「漢字」こそが日本の文化と言っても過言ではない。

 先人らは大陸からの漢字に「音」と「訓」を付け、平仮名(後にカタカナ)を付け加え、大和言葉を表現し支那とは全く別の文字体系と文化を創造した。

 現代の中共に日本人の様な芸当は出来ないし智慧もない。元号の出典が漢籍だろうが、我が国は既に支那を凌駕しているのだ。国書に拘ることこそ安っぽい愛国主義であり、支那への対抗意識というよりコンプレックスの裏返しだ(笑)

 日本人は異文化を吸収し、より善いものを生み出す国民性であり、世界の中で最も優れた精神文化と独自の価値を有する国家であり、民族、宗教、言語、歴史、価値観、習慣、制度は日本独自のものである。

 元号の典拠となった「于時初春令月 氣淑風和 梅披鏡前之粉 蘭薫珮後之香」は、和歌を詠んだことを述べる序文であり漢文で「初春の令月(れいげつ)にして、気淑(よ)く風和ぐ。蘭は珮後(はいご)の香を薫(かお)らす」と読む。

 意味は「初春の好い月で気は良く風は穏やかである。梅は鏡の前の白粉(おしろい)の様に白くほころび、蘭は匂い袋の様に香っている」となる。

 社民党党首の又吉や赤松広隆衆院副議長など「令は命令の令だからありえない」などという左翼人士らしい実に薄っぺらな意見も散見する。石破茂は「違和感を覚える」などといつもの様に腐しているが「令和」全体を見れば好い響きだ。

「令月」とは、何事をするにも好い月、めでたい月という意味があり、即位遊ばされる皇太子殿下の御生誕の月である陰暦二月の異名でもある。

「令」は令兄とか令姉、令息とか令嬢など敬う言葉であり「好い」「素晴らしい」という意味を持つが、「命令」しか浮かばいというのも嗤うしかない。

 それにしても新元号の狂騒には驚く他はない。改元は来月の即位後に執り行われる践祚改元奉告祭の後だが、安倍主導の元号制定は、天皇の大権である元号制定権が政治に奪われたことをまざまざと見せつけられた。

 安倍は会見で「1400年近くに亘る我が国の歴史を紡いできた」と述べ神武肇国から続く2679年の皇紀を否定した。元号だけを考えれば飛鳥時代の孝徳天皇の「大化」に始まるが、語るに落ちるとはこういうことだろう。

 反天皇勢力の辻元清美が新元号の発表方法について「チョッと安倍晋三首相がしゃしゃり出過ぎじゃないか。ぺらぺらとテレビで(新元号の)解釈や自分の思いを言うのは政治家として慎むべきだ。首相が思いを述べるほど元号が軽くなる」と批判したが、この発言に至っては正鵠を射てる(笑)

 元号への思いを安倍が滔滔と語ってたが、元号は天皇が崩御されると諡(おくりな)が付けられない間は大行(たいこう)天皇となり、後に元号が諡となる。そういう意味でも即位遊ばされる皇太子殿下の想いこそが大事であると考える。

 元号こそ、我が国文化を象徴する一つである。元号とは、節季の習俗を時代の流れに応用する先人の智慧でもあり、我が国の歴史が天皇を中心に織りなされて来たという厳然たる事実の証明でもある。

 昭和54年に制定された「元号法」では「政令が定める」と規定されているが、元号の法的根拠の無い現在の皇室典範を廃止し、旧皇室典範を復元して天皇の大権を奉還させることは、愛国保守派の喫緊の課題であろう。

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2019年04月02日

プロ野球開幕。先の大戦で亡くなられたプロ野球は69名もいることを知ってますか。

 世間では「平成最後の」という謳い文句が付けられ、世間の新元号の盛り上がりに興覚め。恰も4月1日から改元されるかの騒ぎっぷりだが、改元は来月1日の即位の日に、践祚改元奉告祭を執り行った後に改元となる。

 天皇の大権である元号制定権を簒奪した安倍が、新元号制定に当たって談話を発表するというが、何か勘違いしてはいないか。

 元号は、主として吉凶禍福とか瑞祥などによって行われ、歴代の天皇は数年から10年を目途に「改元」して巧みに時代転換をして来た。

 元号こそ、節季の習俗を時代の流れに応用する先人の智慧でもあり、我が国の歴史が天皇を中心に織りなされて来たという厳然たる事実の証明でもあるが、安倍は元号制定に於いても天皇を排除し、政治的介入を謀った。

 皇統断絶に与し、国柄を大きく変える愚策を強行しながら、何が「戦後レジームから脱却」か。保守を自任するなら、現憲法の天皇条項の矛盾を糺し、旧皇室典範の復元を果たし、元号制定権と共に天皇に奉還すべきである。

 閑話休題。プロ野球が開幕した。愚生の住む東北地方というと昔はジャイアンツ戦しか中継しなかったし、熱烈的な長嶋茂雄ファンということもあって、どうしてもジャイアンツが気になってしまう。

 広島との開幕3試合はジャイアンツの2勝1敗とまずまずのスタートを切った。広島からジャイアンツに移籍した丸選手は昨日、ヒットが出て10打数1安打と低調だが実力が現れるのはこれからだろう。

 開幕前にプロ野球選手団は、靖國神社に参拝し、犠牲となられた先輩方に首を垂れ、顕彰することを熱望している。平和の尊さと、当たり前に野球がやれる有難さを実感して欲しいと思っているからだ。

 ジャイアンツは昨年、草創期から58年間も続けてきたキャンプイン前日の恒例行事である宮崎神宮への必勝祈願参拝を取り止めたのは記憶に新しいが、広島は開幕に当たって地元広島の護国神社に参拝した。

 先の大戦で亡くなられたプロ野球選手は、東京巨人軍(読売ジャイアンツ)澤村栄治投手を始め、試合の途中で出征した方や、幾度かの戦火を潜り抜けるも再び出征して終には戦場に斃れた方など実に69名もいるのを知っているだろうか。

 澤村投手がどんなに凄い選手かは説明するまでもないが、年間最優秀投手に与えられる「沢村賞」はプロ野球選手の最高の名誉である。

 澤村投手は野球だけではなく、普段の何事に対しても真摯な態度で挑む人で、実に立派な方だったという。「巨人軍の選手たるもの紳士たれ」というのは、澤村選手のこうした行動を見習ってのことだろうと思っている。

 ジャイアンツの背番号「14」は永久欠番となっているが、ベーブルースを三振にしたくらいで永久欠番になる訳はなく、プロ野球選手として志し半ばで出征し、異国の地で散華されたその崇高な精神を忘れない為のものである。

 名古屋軍(現・中日ドラゴンズ)の石丸進一投手と朝日軍(現・横浜DeNA)の渡邉静内野手は、特攻作戦で散華されている。

 石丸投手は鹿児島県の海軍鹿屋基地から出撃の直前、最後のキャッチボールをして飛び立っていったという。どんな思いでキャッチボールをされたのか、これこそが渾身の悩みであり、その心中を察するに余りある。

 渡邉静選手も鹿屋基地から沖縄へ出撃した。夢見て憧れて入団したプロ野球人生での打席はたった二度しかない。戦争が悲しい現実を彼に与えてしまった。さぞ心残りだったろうが、未来を後輩に託して散華されたのだ。

 彼らは野球への情熱を戦争という悲劇の中でその尊い命を捧げ、愛する人を、故郷を、沖縄を、そして祖国日本を死守すべく散華されたのだ。

 自らの命を犠牲にすることで、国や家族、愛するものを守るという彼らの至高の精神を、今を生きる我々は決して忘れてはならない。

 広島の強さの一因は、そういう先人や先輩方への思いを受け継ごうと護国神社に詣で、野球がやれる幸せと感謝を捧げるその姿勢にあるのではなかろうか。ジャイアンツを始め、他の球団も見習って欲しいものだ。

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2019年04月01日

未だに「子ども」表記を改めない自民党議員ども(苦笑)

 地元紙の折込に入っていた自民党県議団の公報を見てたら、相変わらず子育て支援や人づくりの政策に「子ども」表記をしていた。「子供」の漢字を使いたくないなら、平仮名で「こども」と書けば好いだけのこと(苦笑)

 平成26年6月、文科省は国会での議論を経て、マスコミや左翼どもが常用してる「子ども」表記を、漢字表記の「子供」に統一する通達を出している。

 現代の国語を書き表す場合の漢字使用の目安として用いられる「常用漢字表(内閣告示)」というのがある。これを基にした「新公用文用字用語例集(内閣総理大臣官房総務課監修)」には、明確に「子供」と表記する様に示されている。

 マスコミを中心に未だ確信的に「子ども」表記を続けているが、自民党県議までもが「子ども」表記を使ってることはマヌケとしか言い様がない。

「子ども」表記というのは「子供」の「供」という字が「お供え物」「お供する」などを連想させ「差別的な印象を与える」というのがその最たる理由だ。共産党は「子供」とは「大人の付属物や人身御供を意味する」と主張している。

 誰が子供を「お供え物」「人身御供」と連想するというのだろう。確かに遜った「私ども」の様な接尾語の場合は「原則、仮名で書く」とされているが、「大人」に対する「子供」を意味する場合には、漢字二字で表記するのが正しい。

「大人のお供(とも)」を表しているというが、その場合の漢字は「お供」ではなく「お伴」だ。仏壇に供える物と同じく、「子供とはお供え物」とは正にキチガイの不当な言いがかりであり、つまりは子供への敬意が足らない証左だろう。

 悪党や政治家らを悪意的に「悪党ども」とか「政治家ども」とか詰ったりするし、「野郎ども」「若造ども」などと言ったりするが、「ども」とは敬意が低く、目下の者や見下した意味合いに用いられる場合が殆どだ。

 この場合の「ども」は漢字だと「共」だが、子供の「供」を「子ども」と表記することは、子供を侮蔑し見下していると捉えられても致し方ない。

「子供」と同じく「婦人」というのも、アホンダラ左翼どもやジェンダーフリーの性的変質者どもらの企てによって公文書から消されてしまった漢字の一つ。

 これは、インチキ漢字研究者が、後漢時代の「説文解字」を紐解いて、「婦人」とは「箒を持って掃除をする女のこと」と紹介したことに始まる。

 この自説に、前出の性的変質者どもとキチガイどもが飛び付いて「婦人は差別だ」と叫んで抹殺した。しかし、間もなくこの説は全く誤りだと判明する。

 甲骨文字、それに続く金文の研究から「婦人」の「婦」は、「宗廟に酒を捧げ清める高貴な女性の意味」だということが判明する。だが、男女共同参画社会でのこうした言葉遊びや造語が改められることなく常用されている。

 また、男女共同参画社会の今では「看護婦」ではなく「看護師」と呼ぶ様になった。この「師」というのは、師団、軍師、派遣、元帥、追撃などに含まれる「追」のツクリは、軍隊を派遣する時に食料である肉を分けることが原義だ。

 普段、「平和」「平和」と叫んでいるアホンダラ左翼どもらは「師」の意味も分からずに「看護婦」を「看護師」と呼び換えて満足してるが、無意識のうちに軍隊に起因する漢字を使用しているとは夢にも思っていないだろう(苦笑)

「男女共同参画社会」というのは、こうした言葉遊びから始まった左翼陣営の共同謀議的愚策であり、こうした愚策に保守派であるべき自民党議員どもが違和感を覚えることなく、それらに与し、率先して実践していることは滑稽極まりない。

「子ども」表記を使ってるのは共産党を始めとした左翼どもか、単なる無自覚左翼のアホどもと見て間違いないだろう。つまりマスコミは左翼勢力であり、疑うことなく使ってる自民党議員どもは余程のバカと見て好いだろう。呵々大笑。

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2019年03月30日

「女性天皇を容認」とのタイトルが躍っているが・・・

 地元紙の一面には「女性天皇を容認」とのタイトルが躍っている。これは今や反原発運動家としてその名を轟かす小泉純一郎政権時代の話だが、皇室典範改正に乗り出そうとしていたことでも小泉のその売国性が窺える。

 当時、男子皇族には皇太子殿下と秋篠宮殿下の御二人しかおらず、秋篠宮家の真子内親王を即位可能にさせる為に検討会が発足したが、これは政府に巣食う共産主義者や男女共同参画局で検討していた陰謀というのが正しい。

 そして今、恰も過去に「政府が容認した」という作為的な情報を垂れ流し、安倍政権下で「女性宮家」や「女性天皇」の実現を謀る。

 皇太子殿下が第1位で再来月には即位するが、その後の皇位継承順位第1位は秋篠宮殿下となり、第2位が悠仁親王殿下となるが、男系男子は悠仁親王殿下唯一人であることで「皇統の危機」を理由に女性宮家の実現を企てている。

 男子皇族の危機的現状は、GHQに強制的に臣籍降下させられた元皇族の皇籍復帰を実現させれば、男系男子皇族が増えて皇統は盤石なものとなるが、女性差別を理由に男女共同参画局などの共産主義勢力がそれを許さない。

 過去には8人10代の女性天皇がおり女性が天皇になることは理解出来る。だが、天皇に就くというのは普通の生活は送れないという意味でもある。

 女性皇族が結婚することで皇籍を離れるのは「今後は一般国民としての生活を重んじよ」との天皇の思し召しでもある。そうした大御心も理解せず、恰も女性差別であるかの様に女性天皇論を語ることは皇室への逆差別でもある。

 不逞の輩らは「旧皇族の皇籍復帰は現代にはそぐわない」とか「男系男子を増やす目的だけで」だとか、彼是と理由を吐けては反対しているが、皇籍復帰実現の暁には若年皇族や幼年皇族には皇族としての帝王学を学ばせれば好いだけのこと。

 喩え、女性天皇が誕生したとして、その女性天皇と結婚出来る資格のある人がいるとも思えない。相手と言えば元皇族男子となるのだろうが、ならば早々に元皇族の皇籍を復活させ、天皇を盤石の安きに置くべきであろう。

 まさか、一般の男子が皇族となることを容認するのか。旧皇族の皇籍復帰をさせずに、旧皇族の男子との婚姻を認めるというのは本末伝統の愚論である。

 昭和22(1947)年10月、昭和天皇の反対も空しく、GHQによって11宮家の臣籍降下が強制された。未だに、旧皇族の皇籍復帰を決断しないことは占領下のGHQの非理非道を認めることであり、真の主権回復をも阻むものだ。

 皇籍離脱をされた旧宮家の方々は、北朝第3代崇光天皇の皇子、栄仁親王から始まる伏見宮の系統に属し、今上天皇との関係は、室町時代の伏見宮貞成親王を共通の祖先とされる。皇籍復帰に何の抵抗や違和感があるというのか。

 臣籍降下を命じたのはGHQだが、それを忠実に実行したのが政府であり大蔵省(当時)である。戦後の内閣というのは正しく米国の傀儡だった。中でも大蔵省は11宮家に予算を計上せず、実に皇室財産の90%以上を没収した。

 また、戦後は皇室典範に関する最終決定権を「皇族会議」から「国会」に移し、畏れ多いことに憲法や法律以前の御存在である天皇を法の下に置いた。

 明治皇室典範に於ける皇族会議は、成年男子皇族20名によって組織された機関であった。非皇族である内大臣、枢密院議長、宮内大臣、司法大臣、大審院長の5名は、会議全体の構成員的には4分の1でしかなかった。

 現典範は皇族会議ではなく「皇室会議」となり皇族は2名のみで、非皇族が8名という構成下で皇統や天皇の在り方が論じられている異常事態である。

 最近では「皇室会議」ではなく「有識者会議」なるものが、女性宮家や女性天皇を論じているが、この有識者会議には反天皇勢力に与する胡散臭げなメンバーも少なくない。抑々、臣下である国民が皇統を論じることに何の意味があろうか。

 検討会や有識者会議などの進言により、万世一系の皇統の危機が眼前に迫る今、拱手傍観を極め込んでいる訳には参らない。旧皇族の皇籍復帰を実現し、成年男子皇族を中心とした「皇族会議」に戻すことこそ肝要である。

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2019年03月29日

実践の伴わない道徳教育より、神道の「随神の道」を教えよ!

 神様とは何か、神道とは何か、元号とは何か。神道の祭祀を斎行する天皇とは何か。現神(あきつかみ)としての天皇の存在とは何か。現代に於いては、天皇の存在や祭祀は如何に重要かということを教わることはない。

 神社というのは近所に当り前に在って、祭りも愉しもうというだけで神への感謝はない。天皇の存在も同じで当たり前に在るものと考えている。

 天皇とは何か、そこの神社には御祭神には何が祀られて、どんな歴史があるということを理解してる住民は少なく、また教えるべき者もいない。

 神道とは新羅万象の全てが「神」の姿であるという考え方だ。山の神、海の神、森、川、泉、石ころや水、全てのカタチある物やそして人までも、その神の在る景色の一部に過ぎず、これこそが八百万(やおよろず)の神である。

 日本固有の信仰である神道は、こうした世界観の中から生まれた道である。神と共にあるから「惟神(かんながら)」といい、神の命を与えられているから人は「神の子」、生命は神の「分霊(わけみたま)」と考えられた。

 人は、彼等の暮らす土地の神である「産土神」の御陰を被って誕生し、産土神やその他諸々の神々と正しく付き合っていくことで四季の恵みを享受し、そして最後には産土神に導かれて祖霊の世界に帰って行ったという教えである。

 古の人々は神々の世界に対し、この様な確かな意味付けを必要としないまでも、それらを自然に体現し「神」を感じとっていたのだろうと推測する。

 戦後、神道指令の下、住民と神社(神道)との分断を謀ろうと各地に集会所が建設された。戦前は住民の会合などは神社の境内で行われることが多かったが、戦後は神社ではなく集会所で行われることとなった。

 未だにGHQの謀った神道指令に怯え、天皇の存在と皇位継承をGHQ製の現憲法で語り、元号制定の過程ばかりが優先され、興味本位で新しい元号名を予想しているが、肝心な天皇と元号の重要さを教えることはない。

 元号とは、節季の習俗を時代の流れに応用する先人の智慧でもあり、我が国の歴史が天皇を中心に織りなされて来たという厳然たる事実の証明でもある。

 天皇とは別に国事行為をする日本政府の都合の好い存在ではない。現在の天皇は現憲法下で政府の配下に置かれた傀儡の様な存在となってしまった。だが、天皇とは憲法以前の御存在であり、現憲法で語ること自体が意味を成さない。

 天皇とは分かり易く言えば神主(神官)の最高の地位者であり、ローマ法王と同じく祈りを重んずる祭主である。諸外国の様な王室や国王ではない。天皇は国王という考えだから「退位」させ様などという戯言が罷り通る。

 悲しい哉、戦後の日本人は、日本に生を享けながらも国柄でもあり国教とも言うべき神道の教えというものを知らなさ過ぎるのではなかろうか。実践の伴わない道徳教育より、神道の「随神(かんながら)の道」を教えるべきだ。

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2019年03月27日

万歳三唱で厳重注意処分を受けた白鵬がまたやらかした(笑)

 大相撲春場所は白鵬の全勝優勝で終わった。久しぶりに白鵬の全盛期を思わせる堂々とした取り口で、大関陣が好調な中での優勝は価値がある。

 ただ、頂けないのはインタービューで白鵬が三本締めを求めて観客がそれに応じる。以前、万歳三唱で厳重注意処分を受けていながらまたやらかした(笑)

 万歳や手締めは相撲の仕来りではないが、場違いも甚だしい。学習能力に欠けてるのかバカなのか。日馬富士の引退も貴ノ岩がああなったのも本を正せば白鵬が原因だし、本人だけが浮かれていることに違和感を覚える。

「三本締め」とは、全ての人に礼を尽くすという意味で使われる。三本締めは「三方礼」に由来する。1回目はその回の主催者、2回目は来賓や来客、3回目はその会自体や出席出来なかった人に向けたものだとも言われている。

 ただし、来賓などに手締めを求めるのは失礼に当たる。来賓も手締めを求められたら断るのもまたマナーでもある。観客も平成最後の場所での全勝優勝を称える意味で応じたのだろうが、白鵬も三本締めの意味も分かっていないのは確かだ。

 大相撲は「断髪令」が出ても丁髷の伝統を貫き、戦後も表彰式で国歌「君が代」を斉唱し続けてきた保守の牙城ともいうべき存在でもあるが、最近の大相撲は横綱も軽々しくなり、単なるスポーツイベントに成り下がった感は拭えない。

 相撲は千五百年以上の歴史を有し、古来より、五穀豊穣を祈り、その恵みに感謝する神事でもあり、現在の大相撲は、平安時代に天覧相撲である「相撲節会(すまいのせちえ)」が行われたことが始まりとされている。

 本場所初日の前日には「鎮め物」として、萱(かや)の実、勝栗、スルメ、昆布、塩、洗米といった神饌が土俵中央に納められ、立行事が祭主を務め「土俵入り」が行われる。使用した御幣は、神の降臨の証しとして四色の房に飾られる。

 力士が「四股」を踏むが、これは地面に潜む邪悪なものを封じ込める為の所作であり、「塩撒き」も土俵の邪気を祓い、神への祈りである。

「力水」や「力紙」は清めの作法。清めを終えた力士は、「蹲踞」から「揉み手」「柏手」し、両腕を開く「塵手水(ちりちょうず)」と一連の動作が続く。

「塵手水」は、手に武器を持たないことを表すものだ。「揉み手」は、古来は雑草の露で手を清めていた所作の名残りで、「柏手」は神に拝する際に打つ動き。

 力士が勝ち名乗りを受ける際に「手刀」を斬る。これは左が「神産巣日神」、右が「高御産巣日神」、真ん中が「天御中主神」三神への感謝である。

 白鵬の懸賞金の受け取り方は、以前より好くはなったが毟り取る様な仕草は治らない。アレは間違いというより、三神への冒涜とも言えなくもない。要は、白鵬はスモウレスリングには強いが日本文化としての相撲道の精神に欠けている。

 力士は神の遣いであり、横綱とはその中の最高峰の存在である。勝敗に拘る以前にその所作や風格が大事であるというのは言うまでもない。

 千秋楽の終了後「神送りの儀式」が行われる。御幣を抱えた新弟子力士らが胴上げすることで相撲の神々は昇天し、そうして場所を終える。

 白鵬もつい調子に乗ってしまったのだろうが、手締めをするなら儀式終了後、或いは後援会だけでやれば好い。優勝回数が増えて軽々しさも増している(笑)

 大相撲も他の競技と同じ様に勝敗ばかりが優先され、スポーツ化し、営利主義に奔る相撲協会に危機感を抱いてるのは相撲ファンは少なくない。そんな中で、小柄ながらも突き押し一本で大関の座を仕留めた貴景勝の活躍に期待したい。

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2019年03月26日

天皇の大権である「元号」が国民の知る権利の中で軽々しく論じられている

 政府は省庁の御都合主義から4月1日に前倒しすると表明しているが、公表まで1週間となり元号に関するニュースが多くなった。

 元号は四書五経など支那の古典から引用されたものが多い。今回は安倍首相の意向もあり日本の古典を基にした案が選ばれる可能性があるということだったが、日本と支那双方の古典に由来する名前になるという。

「平成」の元号は、「史記・五帝本紀」の「内平外成(内平かに外成る)」や「書経」の「地平天成(地平かに天成る)」に由来し、「内外、天地とも平和が達成される」という意味は、「昭和」の元号の想いに通じている。

「昭和」は「書経尭典」の「九族既睦平章百姓百姓昭明協和萬邦(九族⦅きゅうぞく⦆既に睦まじくし て百姓⦅ひゃくせい⦆を平章す。 百姓昭明にして萬邦を協和す)」に由来し、国民の平和と世界の共存繁栄を願う意味が込められている。

 然し乍ら、元号のその願いとは裏腹に、昭和時代には国難とも言うべき事変や戦争が続き、平成では天譴とも言うべき未曾有の災害や事件が繰り返された。

 元号は、主として吉凶禍福とか瑞祥などによって行われ、歴代の天皇は数年から10年を目途に「改元」して巧みに時代転換をして来た。

 そういう意味では、平成の御代に陛下が「国事行為を全うすることが困難」というなら、退位よりも改元して解決を図るべきではなかったかとも思う。

 元号こそ節季の習俗を時代の流れに応用する先人の智慧でもあり、我が国の歴史が天皇を中心に織りなされて来たという厳然たる事実の証明でもあるが、行政システムなどを優先した元号を国民が有難がるとも思えない。

 多くの日本人は「四書五経」を好意的に捉え、支那への憧れを膨らませている中で、安倍が「日本の古典」からの固執してるのは保守派への目晦ましに過ぎず、結果、こうして軽々しく論じられる元号を意味のないものにしている。 

 元号の改定は、織田信長や豊臣秀吉らの戦国時代や権力を独占した徳川時代でさえ朝廷の大権だった。だが、安倍政権は、行政のシステム改修の問題を理由に改元詔書渙発を廃止し、天皇の大権である元号制定権を簒奪した。

 天皇は今や政府の言いなりで単なる都合の好いロボットでしかなく、祭主としての立場は軽んじられ、天皇の在り方が語られることはなく、また元号にしても名前ばかりが興味本位に語られ、元号の意味や意義を教えることはない。

 明治欽定憲法下に於いては、元号に関する規定は旧皇室典範第12条に明記されていたが、敗戦後の統治下でGHQ製の日本国憲法が制定されると旧皇室典範までも改悪され元号に関する条文が消失し法的明文が無くなった。

 安倍は「戦後レジームからの脱却」や、自衛隊を利用した「憲法改正」を口にするが、元号制定の過程は憲法第4条を理由に天皇の関与を否定する。

 因みに、第4条とは「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。天皇は、法律の定めるところにより、その国事に関する行為を委任することができる」というものだが、これこそ見直すべき条項だ。

 安倍が真に「戦後レジームから脱却」を図るなら、こうした現憲法の天皇条項の矛盾を糺し、旧皇室典範の復元を果たし元号制定権を奉還すべきである。

 国民の総意であるべき象徴としての天皇が、共産党を始めとした左翼らに蹂躙されているのなら、それを理由にして憲法改正の狼煙を揚げ現憲法の是非を国民に問うべきであり、また総意を無視する共産党も違憲の存在であると断じるべきだ。

 元号制定の過程が「国民の知る権利」という理由で軽々しく論じられていることは憂慮せざるを得ない。このままでは、後々「元号は要らない」とか「天皇は要らない」という不敬極まる意見が幅を利かせて来るのではあるまいか。

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2019年03月24日

「蛍の光」には3番・4番があったことを知ってますか?

「敷島の大和心を人問わば 朝日に匂う山桜花(本居宣長)」。東京九段の靖國神社境内の標準木「迅雷桜」の蕾が咲き開花し、月末には見頃を迎える。

 正に桜のシーズン到来で気持ちもどこかウキウキしてくる。この時期というのは卒業式、入学式、また退職や新社会人の別れや門出の季節でもある。

 昔は卒業式や別れの定番曲といえば「蛍の光」だったが、いつの頃からか歌われなくなった。この歌が拒否された理由は、国歌斉唱拒否と同じで、我が国の歴史を否定する所から始まったものであろう。

 蛍の光の原曲は、スコットランド民謡の「オールド・ラング・ザイン」で、その曲に詩を書いたのはは国学者の稲垣千頴(チカイ)と言われている。千頴は、陸奥国棚倉(現・福島県東白川郡棚倉町)出身。

 棚倉藩を治めていた松井松平家の家臣・稲垣半太夫の次男として生まれ、幼少期から学問に頭角を現し、日光の寺院へ留学する。棚倉藩主・松平康英の川越転封に伴い、川越藩藩校長善館の教員となる。

 その後、京都遊学を経て東京に移り、明治2年(1869)23歳で平田篤胤死後の国学塾「気吹舎(いぶきのや)主宰・平田銕胤」に入塾する。

 直ぐに頭角を現し、塾頭に就任するも、塾則で禁じられていた遊郭登楼が発覚し、千頴をやっかむ塾生らから意見書が提出され退塾処分となったという。

 遊郭通いとは中々洒落てるじゃないか。それを高が遊郭遊び如きを非難してチンコロするなんぞ、これから国学を習おうとする塾生としての心構えがなってはおらん。国学が廃れた一因はこうした融通の利かない窮屈さだろうか(笑)

「蛍の光」は、GHQ統治下だった昭和24年、教科書検定制度最初の小学5年生の音楽教科書に掲載されたが、GHQは「国家主義的な色合いが強い」という理由で「3番」「4番」の歌詞は削除した。その詩と意味は次の通り。

 3、筑紫(つくし)の極み 陸(みち)の奥 海山遠く 隔つとも その真心は 隔て無く 一つに尽くせ 国の為

(九州の端や東北の奥まで、海や山々によって遠く離れていても、真心は唯一つにして互いに国の発展の為に尽くそうではないか)

 4、千島の奥も 沖縄も 八州(やしま)の内の 守りなり 至らん国に 勲しく 努めよ我が背 恙無(つつがな)く

(千島列島の奥も沖縄も、日本の国土の守りだ。学を修め職を得て、どの地に赴こうとも、日本各地夫々の地域で、我が友よ、我が夫よ、我が兄弟よ、どうか無事にお元気で、勇気を持って任に当たり、努めを果たして頂きたい)

 因みに、4番の歌詞の前半部分は、領土拡張により何度か改変されている。

 千島の奥も 沖縄も 八洲の外の 守りなり(明治初期の案)

 千島の奥も 沖縄も 八洲の内の 守りなり(千島樺太交換条約・琉球処分)

 千島の奥も 台湾も 八洲の内の 守りなり(日清戦争による台湾割譲)

 台湾の果ても 樺太も 八洲の内の 守りなり(日露戦争後)

 この詩に我が国の歴史や先人の営為が見える。蛍の光の「3番」「4番」の削除を見るまでも無く、米国はこうした細部に至るまで検閲し修正を謀った。

 今や米国主導の戦後民主教育という悪しき教育制度や価値観は今や日本の隅々にまで浸透し、日本の尊い価値観を見失ってしまっている。

 大東亜戦争に敗れ無条件降伏した日本は米国の51番目の州になっても不思議ではなかったが、米国はその代りに徹底的に行ったのが教育改革という名の日本人の矯正だった。その戦後民主主義教育は、米国が意図した以上の効果を上げた。

 戦後民主主義とは、自国の歴史を汚辱に塗れた過去と捉える自虐史観である。その教育で育った者は、国家から恩恵を享けながらも個人と国家を常に対立させ、恰も国家は人間を抑圧する組織と見做すことで己を正当化する。

 我が国の珍左翼らが正にそうで、反国家反体制のポーズを採ることが進歩的で文化的だと錯覚している。米国は日本人の中に別なニホンジンを創り上げた。「反米」を掲げる左翼こそ、米国製の矯正されたニホンジンである。呵々。

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2019年03月22日

祝祭日の意味と意義を国民に教えて行かねばならないと痛感する

 昨日は「春分の日」。仏教では春彼岸の中日として墓参りに出向く。祝日法では「自然をたたえ、生物をいつくしむ」ことを趣旨としている。

 戦前は、春分の日ではなく「春季皇霊祭」と称した。明治11年(1878年)、歴代天皇や主たる皇族の忌日を春と秋に纏め奉祀した。一般の彼岸の先祖供養に相当する祭儀であるが、占領下、GHQの神道指令などにより廃止された。

 皇居内の宮中三殿の「皇霊殿」には歴代天皇、皇族の霊が祀られている。皇霊祭では天皇陛下が御告文を読み上げ、皇后陛下、皇太殿下、皇太子妃殿下が順に拝礼なされる。また全国の神々の神恩に感謝する「春季神殿祭」も斎行される。

「春彼岸」と呼ぶなら未だ好いが、「春分の日」「秋分の日」という名称は如何なものか。この日は別に冬と春の境の日でも夏と秋の分かれ目でもない。また「自然をたたえ、生物をいつくしむ」とは実に意味不明な趣旨だ。

 諸外国に比べ、日本の祝祭日ほど「国柄」の分かる素晴らしい伝統、文化はない。だが、多くの日本人が、祝祭日をただの休みとしか考えなくなったのは、政治家の不作為も然ることながら日本人の精神的貧困を顕している。

 祝日法の改正により導入された、所謂「ハッピーマンデー」は、左翼陣営が国體破壊を目的として休日の意義を薄れさせる為に施行された策謀である。

 1月15日の小正月に行われる「成人の日」や明治天皇東北御巡幸帰還日の7月20日の「海の日」、アジアでまた有色人種国で初めての東京オリンピック開催日の10月10日の「体育の日」もハッピーマンデーに組み込まれた。

 国體破壊を目指す左翼陣営の最終目的は、重要な祭日である11月23日の「新嘗祭(勤労感謝の日)」と2月11日の「紀元節(建国記念日)」をハーッピーマンデーに組み入れ、祭日を意味のない休日にすることである。

 自民党内でも、観光立国の国策や景気優先から「ハッピーマンデー」に同調する意見もあるというが、最早保守政党として体を成していない証左だ。

「日本を取り戻す」「戦後レジームからの脱却」というなら、景気対策以前にGHQの謀った様々な策謀と相対するべきではないのか。

 安倍は「日本を取り戻す」「戦後レジームからの脱却」を叫べども、皇室典範に皇統破壊に繋がり兼ねない退位特例法を附帯し、祝日法の改正どころか発展途上国並みの観光立国を国策とし、外国人労働者という移民政策を強行する。

 春分の日を「春季皇霊祭」、秋分の日を「秋季皇霊祭」として復活させることは、我が国の国體の精華を取り戻すことでもあり、それが「日本を取り戻す」ことであり、「戦後レジームからの脱却」に繋がって行くのだ。

 同時に、建国記念の日を「紀元節」、勤労感謝の日を「新嘗祭」と本来の名称に戻し、「憲法記念日」や「山の日」など意味の無い休日を廃止し、4月3日の「神武天皇祭」と10月17日の「神嘗祭」を復活させることが求められる。

 GHQが我が国の歴史や伝統、文化を否定することから始まった「祝日法」を再改正し、天下の愚策である「ハッピーマンデー」を廃止すると共に、祝祭日の意味と意義を国民に教えて行かねばならないと痛感する。

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2019年03月21日

現憲法との整合性で退位を謀った安倍晋三こそ究極の護憲派である

 皇統断絶に与する安倍政権は「式典委員会」を開き、来月末に行われる「退位礼正伝の儀」の細目を決定した。現憲法との整合性を優先し、2679年続く皇統の歴史や天皇の祭祀を軽んじて現憲法下で象徴天皇を固定化する企てが見える。

 安倍は保守票欲しさに憲法改正を訴え自衛隊を憲法に明記しようとしているが、天皇条項に対しては現憲法との整合性を優先するというのは矛盾してないか。

 譲位礼や即位礼、大嘗祭等等が憲法に抵触し、左翼から「違憲だ」と訴えられるなら正々堂々と受けて立ち、憲法改正の狼煙を上げれば好いではないか。

 今回の退位礼正殿の儀は、皇太子殿下への譲位の宣命を発することなく「天皇を御辞めになる」という意思を国内外に知らせるものでしかない。

 天皇が崩御されると、その瞬間に今上天皇が践祚(せんそ)される。践祚とは皇位の継承そのものをいう。今回の退位礼正殿の儀は、あくまでも「譲位ではない」との理由から、皇太子への「宣命」はなく「剣璽等承継の儀」は行われない。

 歴代の天皇の譲位は「宣命」された瞬間に皇位が移る。皇太子は拝礼をされ「受禅(じゅぜん)」すると、前天皇から剣璽等承継の儀が行われる。

 剣璽とは「三種の神器」の天叢雲剣と八尺瓊勾玉を併せた呼称で、三種の神器の一つである神鏡は宮中三殿の賢所の神体である為に「剣璽等」となる。

 今回の退位礼では皇太子への宣命はせず、この日の「剣璽等承継の儀」を行わない。草薙剣と勾玉を政府が取り上げ、翌日に政府から侍従を通し渡される。

「剣璽等承継の儀」には男性皇族のみが加わるというのが習わし。「男性皇族のみ」というのが、男女共同参画社会や女性宮家論者らの逆鱗に触れる恐れがあるということが、剣璽等承継の儀を行わない最たる理由だろう。

 女性宮家論に与する連中は「時代の変化に即した対応」などと女性皇族の参加を求めているが、臣下降下され皇籍離脱した旧皇族の皇籍復帰の実現を図り祭祀を復活させることこそが皇統を盤石の安きに置く最善最良の策である。

 儀式では、陛下より先に安倍が「退位特例法に基づき退位する」と表明し、陛下が最後の御言葉を述べるという流れらしいが、安倍は何様のつもりなのだろう。

 何やら、安倍より先に陛下が御言葉を述べると「自らの御意志で退位する」と解釈されれば「天皇の政治利用」として現憲法に抵触するからだという。

 陛下が「高齢になり象徴として国事行為が全う出来なくなった」との御発露を利用して退位を謀っておきながら、今更、何が天皇の政治利用か。

 退位礼翌日に「剣璽等承継の儀」を行うことが、宣命も受禅も無い形だけの皇位継承が、今後の皇統の歴史に大きく影響を及ぼすのは火を見るより明らか。

 現憲法の整合性を優先するばかりのこんな儀式に意味があるとも思えない。畏れ多くも天皇とは憲法以前の御存在であり、GHQが国體と皇統破壊を目指して創られた現憲法で語ること自体が間違いである。

 天皇の祭祀は皇室典範に基いて行うべきだが、現皇室典範もまたGHQにより改悪された。今回の特例法案に基づく退位礼正殿の儀は、我が国の長久の歴史の改竄と皇統断絶の一里塚であり、安倍こそ天皇廃止論者に与する究極の護憲派である。

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2019年03月12日

「秋篠宮皇嗣殿下」という呼称に見る宮内庁と安倍政権の売国性

 皇統断絶を謀る宮内庁並びに政府は、譲位後に皇位継承第一位となる秋篠宮殿下の尊称を「秋篠宮皇嗣(こうし)殿下」と呼称すると発表した。

 新聞記事には「天皇代替わり後、皇位継承第一位となられる秋篠宮さまの呼称・・・」などと、譲位や即位ではなく、ヤクザの組長と同じく「代替わり」と報じ、また日頃から敬称を略し「さま」呼ばわりしながら敬称を論じる矛盾。

「代替わり」や「退位」「新天皇」「女性宮家」というのは共産党が好んで使う言葉であり、「皇嗣殿下」は「天皇制」と同じく共産党の造語である。

 宮内庁は「皇位継承第一位であること、秋篠宮家の当主であることが広く対外的に明確となる呼称が望ましい」と説明し、更には「新天皇陛下の弟君であり、日本語では皇太子とは違う」と、英語表記を並べて詭弁を弄している。

 今上陛下は譲位後、「上皇」と「上皇后」と呼ばれるが、皇統の歴史に倣えば「太上天皇」であり、皇嗣殿下ではなく「皇太子」や「皇大弟」である。

 共産主義者ら狙いは「皇太子」を空位とし、東宮職を消滅させることだ。秋篠宮家の存続は内親王殿下の女性宮家の布石であり、皇太子を空位にさせる意味は、後の秋篠宮悠仁親王殿下即位阻止への一里塚である。

 女性皇族は結婚に因り皇籍を離れるが、要は「秋篠宮家」を残して内親王を女性宮家にしようという宮内庁や反天皇活動家らの策謀に他ならない。

 女性宮家というが、宮家は男性皇族だから宮家なのであり、女性皇族とが婚姻するのは旧皇族の男系男子からの婿入り(養子)とは如何なものか。

 女性皇族が、天皇としての一部の国事行為や公的行為は継承出来ても、女性宮家を創設したところで出来るのは皇室外交くらいなもの。皇本来の御勤めである祭祀を継承したり代行することは不可能ということを理解していない。

 保守派の論客である櫻井よし子や八木秀次、保守評論家や学者らの多くが、旧皇族の婿入りを主張しているが、臣籍降下させられた旧皇族の皇籍復帰もせずに男系皇族を婿入りさせようなどとは本末転倒と断じる他はない。

 旧皇族の男系男子が拒否した場合にはどうするのか。一般人が皇族となる可能性もあり、こうした認識不足が反天皇勢力に付け入られる。

「女性宮家」では祭祀が叶わない。臣下降下された皇籍離脱した旧皇族の皇籍復帰の実現を図ることこそが皇統を盤石の安きに置く最善最良の策である。

 旧皇族の復帰を図り、廃絶になった宮家(秩父宮・高松宮、女性皇族しかいない常陸宮と三笠宮)を再興し、祭祀を継承して戴かなければならない。

 共産主義者らが何故に女性宮家創設を急ぐかは、男系男子の皇統の歴史に楔を打ち込み、現憲法第二条に拠る世襲を強行し、愛子内親王殿下を即位させ皇統断絶を完遂しようという反天皇運動、皇統断絶への実行である。

「戦後レジームからの脱却」を標榜する安倍政権下、ヤルタポツダム体制からの脱却どころか、共産主義者らに与し、我が国の皇統の歴史が改竄され皇統断絶に邁進していながら、よくもいけしゃあしゃあと言えるものだ。

 譲位後は「皇族減少」を理由に女性宮家創設の動きが活発になるだろう。占領下、GHQの謀る皇籍離脱に最後まで反対した昭和天皇の意を汲み、旧皇族を皇籍復帰させることこそが皇統断絶を救う唯一の道である。愛国者よ、団結せよ!

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