2022年02月07日

2月7日の「北方領土の日」は事勿れ主義及び弱腰軟弱外交の象徴である

 本日2月7日は「北方領土の日」。地元紙には内閣府の政府広報「2月7日は北方領土の日」との小さな広告が載っている。北方領土返還要求全国大会の様子が配信されるらしいが、こんなの意味のない広告に幾らの血税が投入されているのだろう。

 ペリー率いる黒船が浦賀に来航した二年後の安政元年(1855)2月7日、江戸幕府は伊豆下田でロシアと交渉し「日露和親条約(日魯通好条約)」を締結。歯舞、色丹、国後、択捉の四島と千島列島の間に境界線が引かれ樺太を混住の地と決めた。

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 その後、明治維新が勃発し新政府が発足すると、榎本武揚を全権特命大使として派遣する。外交交渉の末、明治8年(1875)5月7日、ロシアとの間で「樺太・千島交換条約(サンクトペテルブルク条約)」の締結に至った。混住の地だった樺太の北側と千島列島を交換し、南樺太と北は占守島までの全千島列島が我が国に帰属した。

 こうした歴史を見ても分かる通り、北方領土とは歯舞、色丹、国後、択捉の四島を含む全千島列島と南樺太である。北方四島は戦前には日本以外に帰属したことはない。全千島と南樺太を放棄する「四島返還要求」こそ弱腰外交の象徴であるのに、安倍政権下で「二島先行返還論」が出たことに怒りと絶望感を禁じ得ない。

 こうした返還論はインチキ保守の安倍が領土主権の重要性を認識していない証左である。先人達の外交努力を無視し、全千島と南樺太の主権が我が国に在るにも拘らず領有権を放棄するとは言語道断であり、譲歩は必ず更なる譲歩を生むだろう。

 本来ならば、明治新政府がロシアと締結した「樺太・千島交換条約」を論拠に、更には日露戦争後にロシアと締結した「日露講和条約(ポーツマス条約)」に則って、四島を含む全千島列島並びに南樺太の即時返還を要求するべきなのだ。

「北方領土の日」は江戸徳川政府が条約締結を行った2月7日ではなく、正式な国家として国際条約締結日の5月7日こそ北方領土の日に相応しいのだが、まやかしの四島返還に固執する故に2月7日に拘らざるを得ないというのが実情である。

 己の土地を強奪されて黙っている者など何処にもいないだろう。況してや父祖伝来の国土が強奪されて泣き寝入りする民族が何処にあろうか。領土問題というのは話し合いでは解決しない。奪われたものは奪い返すことこそ世界の常識である。

 未だ北方領土問題が解決の糸口すら見えて来ないのは一体何故なのか。思うに、領土主権に対する認識不足や、如何に不法に占拠されたかの真相把握の欠如、繰り返される弱腰軟弱外交と事勿れ主義、更にはロシアへの認識の甘さと外交戦略の甘さなどが綯い交ぜとなった結果が未だ解決の兆しすら見えない根源であろう。

 先人達の外交努力を無視し、全千島と南樺太の主権が在るにも拘らず、四島のみの領有権主張を明記し、見す見す権利を放棄した揚句に「四島返還」の国会決議をしたことは記憶に新しい。国会と政治家の無能を示すものであり万死に値する。

 百歩譲って日露和親条約を論拠にするならば北方四島だけではなく、樺太の地がロシア人と日本人の混住の地であったことを認めさせるべきではないか。

 カイロ宣言に明記されている「領土不拡大」という戦後処理の大原則の蹂躙を糾せず、四島や二島先行返還などと言ってるからロシア側に足元を見られるのだ。

 領土問題では日本共産党が、政府が企てる「二島先行返還」に釘を刺し、カイロ宣言の蹂躙を論拠に「全千島列島の主権」を訴えている。北方領土を始め竹島などの領土主権の認識は、日本共産党の主張こそが正しいというのは情けない。

 共産党でも分かりきったことを、何故に自民党を始めとした政党や政治家が理解しようとしないのか不思議でならない。北方領土返還要求は自民党結党当時からのスローガンだが、過去のこうした御座なりな返還論を糺さなければならない。

 過去の領土紛争を知る限り、寸土たりと雖も戦いをしてまで死守しているのが常識でもある。奪われた領土は奪うことでしか解決出来ないというのは歴史が証明している。我が国の政治家に足らないものは奪還しようという気概である。

 国際環境が激変しつつある時に動くものが領土問題であり、つまりそれは北方領土や竹島を取り戻す機会が到来したとも言えるが、見方を変えれば尖閣列島や対馬、或いは沖縄が中共に奪われる危機が孕んでいるというのは言うまでもない。

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2022年02月06日

ヒトラーのベルリンオリンピックと習近平の北京オリンピックの共通点

 北京冬季オリンピックが開幕した。東京2020オリンピックに反対した連中は、人権蹂躙には口を噤みジェノサイドを否定するが実に分かり易い構図でもある。

 ジェノサイドとは、ギリシャ語の「人種・部族」とラテン語の「殺す」を組み合わせた造語で、第二次大戦中のナチス・ドイツに因るユダヤ人虐殺を非難する文脈で使われた。現代に於いても中共(中華人民共和国)はジェノサイドを実行してる。

 中共は、共産主義を最高原理として崇め、神や仏という共産主義を超える最高の存在を許さず、人民には信仰の自由は認めない、現代の帝国主義国である。

 集会、結社、出版、言論等々の自由や基本的人権は無く、満州、内蒙古、チベット、新疆の異民族を虐殺・凌辱し、土地を奪い、共産主義と民族浄化と漢民族化を強制し、厭きれることに清朝時代の最大版図を「歴史的領土である」と主張する。

 第二次世界大戦以降、中共は膨大な軍事力を背景に周辺諸国を弾圧している。現在でも東シナ海や南シナ海でフィリピンやベトナムとの間に主権問題を抱え、更には台湾の併呑を謀り、尖閣列島の領有を主張し、我が国の主権をも侵害している。

 新疆ウイグル自治区の人権状況に関しては「少数民族に対する強制労働」「不妊手術の強制」「子供に対する同化教育」などの報道や告発が次々に出されている。

 中国共産党は、治安対策としてウイグル人らへの監視と取締りを強化し、ウイグル人を中心に100万人以上がシナ国内の収容所に強制収容され矯正させられている。中国共産党幹部は「ジェノサイドは無く再教育をしているだけ」と意に介さない。

 米国のポンペオ元国務長官は、中共が新疆ウイグル自治区で行っている行為を「ジェノサイド」と認定し、「ウイグル人を破壊する為の組織的な企てを目撃している」と断言した。現代のホロコーストであるジェノサイドを黙認してはならない。

 欧米を中心にナチスドイツのホロコーストを批判しているが、ナチスドイツのホロコーストの問題が危惧された時代に沈黙していながら何故に今更という感じだ。

 強者に従いながら時代が変われば何とやら、中国共産党へ諂ってる連中も数年・数十年後には掌を返すのは目に見える。ヒトラーがベルリンオリンピックを開催しプロパガンダが成功裏に終わったが、北京オリンピックでも同じ過ちを繰り返す。

「オリンピックはユダヤの祭典である」とオリンピックを批判し、オリンピック開催に難色を示していたヒトラーだが、オリンピックがプロパガンダに利用出来ることを知ったヒトラーは、ドイツベルリンでのオリンピックを開催を実行する。

 米国や英国は、ヒトラーとナチスドイツの人種差別などを批判しボイコットを示唆していたが、「政治とスポーツは別」だとして最終的には出場を決めた。

 その結果、ベルリンオリンピックは大成功に終わり、ヒトラーの政治的パフォーマンスとプロパガンダも思惑通りに進んだ。「オリンピックを成功裏に終れば、ヒトラーも大人しやかになるだろう」との米英の思惑は脆くも崩れ去ってしまった。

 欧米は、ナチスドイツのホロコーストを批判し続けているが、ベルリンオリンピックをボイコットし、ナチスドイツを外交的に追い込んでれば違った結果になっていた可能性は否定出来ない。ホロコースト批判は後出しジャンケンでしかない。

 オリンピック後、ヒトラーはラインラントへ侵攻しスペインへ大量の爆撃機を送り、その2年後にはオーストリアを併合しズデーデン地方へも侵攻した。その翌年の1939年9月にはポーランドに侵攻し、終に第二次世界大戦が勃発するに至った。

 歴史家の間ではドイツのポーランド侵攻が第二次世界大戦の始まりとされているが、歴史家で元駐日大使のライスシャワーは、ポーランド侵攻の2年前の1937年の上海での中国軍に因る日本海軍への全面攻撃こそが始まりだと主張している。

 条約上の権利の下に上海に駐留していた2500人の日本海軍「上海特別陸戦隊」に対して、1936年8月13日、12万人以上の中国軍は全面攻撃を行なった。この1936年8月13日とは、ベルリンオリンピックが開催されていた時期と重なる。

 ナチスドイツと同じく北京冬季オリンピック後、ウイグルや周辺諸国などへのジェノサイド問題は消えてしまうだろう。そして中共の全体主義は南沙諸島や台湾を侵攻し世界を脅かすのは必至。ホロコーストと同じく後から批判しても意味はない。

「政治とスポーツは別だ」との世論誘導は、オリンピック利権に肖ろうとする企業や関係者、放映権や放送権が欲しいマスコミらの詭弁である。スポーツが政治や企業に利用されてるのが現実で、商業化するオリンピックは見直した方が好い。

 因みに、ベルリンオリンピックの次の開催国は日本だった。支那事変が拡大しオリンピックどころじゃなくなり開催を返上。第二次世界大戦後の1948年、ロンドンオリンピックでは敗戦国の日本とドイツは招待されなかったのは言うまでもない。

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2022年02月05日

ヤルタ秘密協定の無効を訴えると共に堂々と領土主権の正当性を主張すべし

 北方領土は「不法占拠」された我が国固有の領土であり、歯舞、色丹、国後、択捉の四島を含む、北は占守島までの全千島列島並びに南樺太が北方領土である。

 過去に、国会で「北方領土は四島」などとして「北方領土の早期返還」を決議したが、事実に基づかない返還要求であり弱腰軟弱外交そのものである。領土問題に関しては、笑えることに日本共産党の「全千島及び南樺太」との主張が正しい。

 ロシアは、第二次大戦の勝利の結果と「ヤルタ秘密協定」を楯に北方領土の主権の正当性を主張しているが、ヤルタ秘密協定こそが国際法的にも意味を成さない協定であり、更にはサンフランシスコ平和条約の千島関連の条項も無効である。

 第二次世界大戦中の1945年(昭和20年)2月4日から11日にかけて、米国のルーズベルト大統領、ソ連最高指導者のスターリン、英国のチャーチル首相らがクリミア諸島のヤルタに集い密談が行われた。これが所謂「ヤルタ会談」である。

 会談で、ルーズベルトはスターリンに、「南樺太のソ連に返還」と「千島列島のソ連への引き渡し」という条件に日ソ中立条約の破棄を進言し対日参戦を促した。

 ソ連は、この密約に従ってドイツが無条件降伏した約三ヵ月後の昭和20年8月9日、日ソ不可侵条約を一方的に破棄し参戦する。ソ満国境を越えたソ連軍は鬼畜の如き蛮行を繰り返し、南樺太並びに全千島列島を強奪するに至った。

 ロシアは、北方領土の主権の正当性を「ヤルタ密約(ヤルタ協定のうち極東密約)」を論拠としているが、英国政府は、ヤルタ会談翌年の1946年2月にヤルタ密約の有効性について疑義を呈していたことが明らかになっている。

 英国立公文書館所蔵の英外交電報に因ると、「露の四島占拠根拠なし」として、米英ソがヤルタ密約を公表する2日前に、英外務省から全世界の在外英公館54ヶ所に対し、緊急且つ極秘の内容として電報が送付されている。

「ルーズベルト大統領が権限を越えて署名したことや、米上院の批准もない状況下での有効性について米国内で論議が起こるかもしれない」として、「(英国は)その議論に巻き込まれないよう注意すべきだ」との警告をしている。

 密談が行われる約4年前の1941年8月、チャーチル首相はルーズベルト大統領と共に領土不拡大の原則を謳う「大西洋憲章」に署名しており、「ヤルタ密約はこの大西洋憲章に反する」との英政府の認識が示された形である。

 1953年に就任した共和党のアイゼンハワー大統領が、年頭教書演説で「あらゆる秘密協定を破棄する」と宣言し、1956年には「ヤルタ協定はルーズベルト個人の文書であり、米政府の公式文書でなく無効である」との声明を発表している。

 ヤルタ協定に参加した米英が、ロシアの北方領土の主権に疑義を呈している中で、何故に当事国の我が国がロシアの主張を認め、北方領土や南樺太での鬼畜の如き蛮行を赦すかの如く、二島先行返還に拘るのか理解に苦しむ。

 ロシアの主張は、第二次世界大戦中の1943年に定められた「カイロ宣言」に明記されている「領土不拡大」の大原則を蹂躙するもので、スターリンの主張を踏襲しているらしいが、このカイロ宣言にはスターリン自身が署名している。

 米英が「ソ連の北方領土の占有に法的根拠がない」との立場を鮮明にしていることや、ロシア側は明らかな「カイロ宣言違反」と主張すべきではないか。

 対ロ外交では、ヤルタ会談の不当性とロシア側の主張の矛盾を糾した上で、我が国の領土主権の正当性を内外にアピールすることが大事。我が国は摩訶不思議なことに二島先行返還に固執しているが、安易な譲歩が更なる譲歩を生む悪循環。

 日本人同胞の虐殺、婦女子への強姦など鬼畜の如き行為を繰り返し、軍人、軍属、一般人を含め80万人以上の人間をシベリアへ抑留し、半数以上を凍死、餓死させ現在に至っている。日本人はこうした歴史的事実と悲劇を決して忘れてはならない。

「ヤルタ協定」こそ無効であり、我が国は「樺太・千島交換条約」並びに「日露講和条約(ポーツマス条約)」を論拠に、「領土の主権は日本に在る」との主張をし、「四島を含む南樺太、全千島列島」の即時返還と謝罪を要求すべきである。

 己の土地を他人に奪われて黙っている者はいないだろう。況してや父祖伝来の国土が強奪されて泣き寝入りする民族が何処にあろうか。領土問題が解決しない元凶である敗戦コンプレックスから出でる弱腰軟弱外交と事勿れ主義を糺さねばならない。

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2022年02月04日

福島第一原発事故で福島の子供を利用する我田引水的反原発運動を嗤う

 国連放射線影響科学委員会が発表した2020年版の調査報告書では、福島県内で発症した甲状腺癌について「被曝が原因ではない」との見解を示している。

 小泉純一郎、細川護熙、菅直人、鳩山由紀夫、村山富市ら国賊五人組の行動は、福島県の風評被害を招き、福島県民への差別と偏見を助長するだけ。今回の軽挙妄動を猛省を促したいが、確信犯的反原発派の国賊五人組は反省すらしないだろう。

 細川は数年前、デモクラTVに出演して都知事選についてのインタビューに答えた。講釈師ばりに見て来た様なウソを吐いたというのは昨日のブログでも曝した。

「数日前に私は見たんですけども、ロシアの国防軍が出した極秘資料というものが出てきてね。それを見たんですが、福島でこないだ暮れに、12月31日だったかな、爆発があったという小さな記事が出ましたね。その数日前から実は水蒸気が上がっていて『何かおかしい』という話があったのを私も確かに覚えているんですけども。あれは完全にメルトダウンを起こしているということを、いろいろ分析をしていて。それでアメリカはヨウ素を15000袋だったかな、既に2月の始めに配るという手筈を始めたということとかですね、それから、いま北極海とかいろんなところでシロクマ、アザラシ、その他の生物の大量死が続出していると、これはまさにその福島の影響であるということとか。いろんなものが出てきているわけです。これはまあ凄い話だと思いましたね」。バカ殿・細川の頭の中が放射線で壊死したとしか思えない(笑)

 原発事故後、福島市から逸早くトンズラした木村雄一というアホがいる。木村は福島市内でライブハウスを経営していたが、震災後に福島県から佐賀県に逃亡した自称・被災者。木村は避難先から参院選選に「緑の党」の比例代表に出馬した。

 木村の様な自主避難者には「災害救助法」に則り生活費などが保障されている。故郷を見捨て、避難した自治体に世話になっていながら被害者面して福島を貶めてるケースは後を絶たない。木村は公示日、九州電力本店前で第一声を上げた。

 木村は、福島県南相馬市の人から聞いたことだとして、「頭が2つある子、生まれてますよ。後は、無脳症の子どもも生まれてます」と訴えた。単なるデマを鵜呑みにして見て来た様なウソを垂れ流した。細川のシロクマやアザラシのデマと同じ。

 木村の演説を聞いたキチガイ支持者どもが拍手喝采。更に木村は、福島県西郷村では2012年夏以降からも奇形の子が生まれていると断言し、「チェルノブイリの再来」だと煽って、「それを言うために僕は立候補したんです」と悦に入った。

 以前、日本生態系協会会長の池谷奉文なるアホが講演会で、原発事故に便乗して「福島の人とは結婚しない方がイイ」「今後、福島での発がん率が上がり、奇形児が発生する懸念がある」などとの発言してバッシングを受けたがコレと同類。

 原発事故後に福島県や福島県民に浴びせられた差別や偏見の全ては事実無根のデマでしかなかった。デマというより全く根拠の無いで悪質な流言蜚語だったが、彼奴らは謝罪するどころか頬っ被りをして逃亡。小泉ら国賊五人組も卑怯さでは同列。

 福島県の風評被害の全て反原発派によるデマから発生していると言っても過言ではなく、その被害は甚大だ。今までも反原発のヒステリーから殊更に放​射線の恐怖を煽る発言や表現はあったが、アホ元首相五人組の主張はその完結編と言うべきか。

 彼奴らの主張に科学的根拠はなく単なる己の安っぽい知識と軽薄な主張ばかりで、胡散臭げな研究から行き着いた妄想に過ぎない。「子供達を放射線から守れ」と子供をも利用して反原発を叫ぶ放射脳という精神異常者達にはホトホト厭になる。

 民主党政権下で決定した「年間1m㏜(ミリシーベルト)以下」という数値を根拠に、住民の安心と安全の為に進められた除染作業の結果は、反原発派のデマもあり「福島県は除染しなければ住めない危険な土地」とのレッテルを貼られた。

 原子力規制委員会は、放射線防護対策の年間被曝線量は「20m㏜以下」との提言を行ったが、民主党政権下の「1m㏜」の基準が見直されてはいない。この非科学的な「1m㏜以下」という数値が国民の放射線への間違った認識とそれに伴う風評被害を齎し、復興どころか復旧をも阻んで来た元凶と言っても過言ではない。

 民主党政権は原発事故発生時にSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)の数値を隠蔽し「原発周辺20キロ圏内」という避難指示を下した。

 福島第一原発事故の刑事責任を巡り、東電旧経営陣3名が業務上過失致死傷で強制起訴されている。起訴内容では、原発事故で避難を余儀なくされた双葉病院の患者と介護老人施設「ドーヴィル双葉」の入所者44名の死亡責任を問われている。

 双葉病院周辺は放射線量も低く、避難指示を解除し治療を優先すべきだったにも拘らず、動かしてはいけない重篤な患者を強制的に移動させた死亡させた。この責任は東電元幹部らではなく、当時首相で災害対策本部長だった菅直人である。

 双葉病院の患者とドーヴィル双葉の入所者44名の死因は、強制起訴裁判で語られている様な「津波を予見せずに対策を怠ったこと」が原因ではなく、民主党の非科学的な「1m㏜」という基準と「20キロ圏内」という愚策が決定的な原因である。

 摩訶不思議なことに、混乱と被害拡大を生んだ災害対策本部長であり最高責任者であった菅直人は未だ逮捕されてはいない。菅は原発事故を他人事の様に捉えて、福島県内で甲状腺癌が発症してる原因は原発事故であるかの如く喧伝している。

 願わくば、菅を始め、福島県の風評被害と福島県民への差別を助長し続ける小泉、細川、鳩山、村山らクソ共どもを根こそぎ逮捕拘留し刑務所へ送りたいものだ。

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2022年02月03日

「東京原発事故の影響で子供が甲状腺癌に苦しんでいる」ってよ!

 反原発を推進する国賊五人衆は、欧州連合(EU)欧州委員会に、科学的根拠も示さずに「東京電力福島第1原発事故の影響で子供が甲状腺癌に苦しんでいる。この過ちを欧州の皆さんに繰り返して欲しくない」とした書簡を宛てたという。

 細川・小泉反原発連合は見ていて痛々しかったが、菅直人と鳩山由紀夫と村山富市の首相経験者が参画。中でも菅直人は現職の国会議員であり、原発事故当時は最高責任者の立場だったのに福島への風評被害に加担していることは万死に値する。

 我が国の権威であった元バカ首相らの反原発というセンチメンタリズムとキレイゴトが、福島県の復興は愚か復旧を阻害し、福島県民への差別助長に繋がって行く。

 福島原発事故に伴う甲状腺癌の発症は関連性は認められていない。福島県を始め全国から反発が広がっている。国連の専門家で構成される国連放射線影響科学委員会の調査では、福島原発事故と甲状腺癌の発症に因果関係が立証されていない。

 国連放射線影響科学委員会の福島原発事故を受けた住民の健康影響に関する2020年版の調査報告書では、福島県内で発症した甲状腺癌について「被曝が原因ではない」との見解を示している。甲状腺癌には治療必要の「潜在癌」も多く、原発事故と甲状腺癌を結び付ける元アホ首相らの行動は福島への更なる風評被害を招くだけ。

 原発事故後、反原発派らは「福島県内の子供の甲状腺癌の疑いが他の県の子供に比べ異常に高い」などと放射線の恐怖を煽っていたが、診療対象者が増えれば疑われる対象者も比例して増えるのは当たり前のことで原発事故との因果関係は無い。

 福島県内にそれほど多くの被爆者がいるとしたら避難指示を誤った菅直人の責任だろう。東日本大震災発生の際、国会中継では菅直人が外国人からの不法献金がバレ四面楚歌だった。菅は原発事故を利用しようと起死回生のパフォーマンスに出た。

 大震災当日から炉心溶融という「最悪のシナリオ」を予測していながら、菅が現地視察を強行したことで採るべき「ベント」措置や第二第三の矢を放つのが遅れてしまったのだ。菅の軽挙妄動こそが混乱を招き被害が拡大した最大の原因だった。

 菅こそ刑務所に送り込まねばならない大悪党であるが、何故か逮捕されずに現役の国会議員として反原発運動や破壊活動に与してるが、怒りと嫌悪感しかない。

 脱原発を推進する小泉純一郎は、全国を講演して聴衆をオルグする。講演で「原発ゼロでも停電しないことが証明されている。核のごみの処分場も無いのになぜ動かそうとするのか」と政府や電力会社の姿勢を批判し、再生可能エネルギーの導入を強く推し進めるべきとの持論を展開してるが、単なる我田引水の営業活動でしかない。

 小泉が脱原発に傾いたのは、「放射性廃棄物の最処分場が確保されていない」というのが最大の理由だが、放射性廃棄物という重要な問題を放置し続けて来た責任は自民党や小泉ら歴代首相に在るのは明らか。そういう責任論を無視し、他人事の様に「即ゼロがイイ」などと煽動していることこそ無責任の極みと断じる他はない。

 小泉と細川連合は「反原発」を掲げたのはイイが具体的な対案は全く無く、原発の恩恵を最大限に享けた東京で「反原発」を訴え続け、対案を語ったかと思えば「千葉県に大規模のソーラーパネルを設置して・・・」なんてのは痛々しくもあった。

 細川は数年前、デモクラTVに出演して都知事選についてのスペシャルインタビューに答えた。講釈師ばりに、然も見て来た様なウソを吐いたのは記憶に新しい。

「数日前に私は見たんですけども、ロシアの国防軍が出した極秘資料というものが出てきてね。それを見たんですが、福島でこないだ暮れに、12月31日だったかな、爆発があったという小さな記事が出ましたね。その数日前から実は水蒸気が上がっていて『何かおかしい』という話があったのを私も確かに覚えているんですけども。あれは完全にメルトダウンを起こしているということを、いろいろ分析をしていて。それでアメリカはヨウ素を15000袋だったかな、既に2月の始めに配るという手筈を始めたということとかですね、それから、いま北極海とかいろんなところでシロクマ、アザラシ、その他の生物の大量死が続出していると、これはまさにその福島の影響であるということとか。いろんなものが出てきているわけです。これはまあ凄い話だと思いましたね」。厭きれるとはこのこと。頭が放射線で壊死したとしか思えない(笑)

 何なんだ、その「ロシア国防軍の極秘資料」ってのは。誰に見せられたんだよ。そんなもの信じ込むお前はバカか。妄想甚だしいというかこうなると哀れだな。

 県内の動物や国内の生物にも影響が出ていないのに、何で北極海で白熊や海豹が死んだのが福島の影響なんだよ。「いろんなとこ」って何処よ?「その他の生物の大量死」って何だよそれ?中共からの「PM2.5」の影響は思い浮かばなかったのか?

 どっちにしろ、こうした非科学的妄想を理由に「反原発」を叫ぶのは滑稽でしかない。北極海やその他の地域でそうした事実があったと仮定して、何でありもしない大晦日の爆発やメルトダウンなどと、然も自分だけが知っていると言わんばかりに自慢気に語り、何故に「福島」の名を穢すのか。その精神性には厭きれるばかり。

「統合失調症」並びに「広汎性発達障害」というビョーキの疑いが濃厚な鳩山由紀夫の売国性はここで綴ろうとは思わないが、村山政権下で起こった阪神淡路大震災での自衛隊出動が遅れたことで多くの犠牲者が出たことを国民は忘れることはない。

 福島原発事故で放たれた低放射線セシウムで亡くなった人はいないが、原発事故以来殖え続けているのは「反原発」「脱原発」「即廃炉」「子供達を放射線から守れ」というキレイゴトを叫ぶ放射脳という精神異常者達である。ホトホト厭になる。

 今までも反原発の立場から、殊更に放​射線の恐怖を煽る発言や表現はあったが、アホ元首相どもの主張はその完結編と言うべきか。主張に科学的根拠はなく、単なる己の安っぽい知識と軽薄さ、胡散臭げな研究から行き着いた妄想に過ぎない。

 原発廃止を訴えるなら、妄想と非科学的な風評で不安を煽るのは逆効果。建設的な議論をするべきで、基幹エネルギーが太陽光パネルや風力発電というのは愚の骨頂。今や一般家庭への「再エネ発電賦課金」の負担金は2兆円を優に超える。

 国はこうした現実を無視して2030年度には発電全体の22~24%を再生可能エネルギーで賄うことを目標に掲げている。小泉はその急先鋒というか露払い。目指すべきは点検を終了した原発再稼働と小型核融合炉の実用化が現実的な対策だろう。

「流言は知者に止まる」というが、反原発派には知者はおらず愚者ばかり。因みに「流言飛語」とは本来は「流言蜚語」と書く。「世の中で言い触らされる確証のない噂話。根拠のない煽動的な宣伝。デマ」という意味。「蜚」とは悪臭を放つ小さな虫で、忌み嫌われる語彙のひとつだ。ゴキブリは漢字で「蜚蠊」と書く。

 正に反原発派や左翼どもこそ「蜚蠊」。「蜚」という字がこれほど似合う連中はいない。いっそのこと「反原発派」じゃなく「蜚原発派」と呼びたいくらいだ(笑)

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2022年02月02日

「日の丸は好きだけれど君が代って嫌いなんだ」という石原慎太郎が逝ったか

 芥川賞作家でもあり、運輸相や環境庁長官を歴任した元東京都知事の石原慎太郎が死去した。中国では「右翼の政治屋が死去した」と報じ、韓国では「日本の極右妄言製造機が死亡」と報じた。こうした表現は石原にとっては最大の賛辞だわな(笑)

 石原は保守を代表する政治家だという。石原にしろ橋下徹にしろタカ派的言辞で大衆に耳障りの良いことを言ってるだけで本音とも思えない。保守主義を否定しないが、尊皇無き保守では米国や英国の保守政党や保守主義と何等変りは無い。

 石原というのは「保守は票になる」と理解していた政治家だった。営業保守らも同じで、「憲法改正」で第九条を重要視するが、皇統に関する第一章「天皇」条項の見直しは言わない。彼等が保守したいのは、安泰した政治家の椅子と生業である。 

 石原と言えば、平成7年、在職25年の議員表彰での記念講演の際、国会の機能不全と政治家の無能を糾弾し政界引退を表明して周りを驚かせたことは記憶に新しい。

 引退するも前言を翻し都知事選挙に出馬する。政治家の発言は重い。現役右翼だった愚生は、田園調布の自宅に都知事選出馬に反対する抗議文を出したことがある。

 抗議文を出した数日後、右翼団代表で暴力団の某組長から連絡が来た。恐らく石原は「石原プロ」に相談したのだろう。新宿のホテルでの話し合いは終始紳士的な対応で丸く収まった。某組長はタカ派としての石原を高く評価してたっけ(笑)

 都知事時代には記者会見の席で粉塵をばら撒いたパフォーマンスを行い、ディーゼル車の排ガス規制(ディーゼル車規制条例)を徹底し、所謂「自動車NOx・PM法」が成立することとなった。その影響から右翼団体の所有する古い宣伝車の多くが資金難もあって車検を取ることが出来なくなり、右翼団体凋落の契機となった。

 石原は都知事からその後、国政に復帰することとなる。国政復帰は「伸晃が惨敗し期待が持てなくなったからだ」という。伸晃に何を期待していたというのだろう。伸晃なんぞ何の実績も政治的哲学も何もない単なる世襲議員でしかない。

 過激な言葉で国民を煙に巻くが潮流に乗るのが上手なだけ。揶揄する言葉は天下一品だが過激な言葉だけが独り歩きし、田中真紀子や橋下徹と同じタイプだ。

 そういやその昔、特攻隊員が食堂として利用した鹿児島県知覧町の「富や旅館」に泊ったことがある。この旅館は「特攻隊員の母」と言われたトメさんが始めた店。旅館の客間には石原から送られた手紙が大きくコピーされ掲げられていた。

 その文章はトメさんを称えるものであったが、そこにはあろうことか「大東亜戦争」の呼称ではなく、「太平洋戦争」と記されていたのには目を疑った。タカ派を装ってた石原の思想には、所々にこうした戦後民主主義思想が顕れていたり。

 石原は以前には「支那」という発言を連発してた。中共から「差別だ」との謂れなき抗議に、「もう使わない」とあっけなく取り下げたのは驚いたというか嗤えた。

 石原なら「理屈抜きにして先方の嫌がる文字を使わぬ様に」との外務省局長通達に噛付き、撤回させると思っていたがあっさりと抗議に屈した。かといってその後に「シナ」などと呼んでいたのは笑えたが、前言を翻すのは如何にも石原らしい。

 石原はよく三島由紀夫と比べられることがあった。石原には武士なら在るべき「礼節」や「尚武の精神」というものが備わってはいない。そこが武士道に通じる三島との大きな違いだろう。というか、三島と石原を比べることは三島への侮辱だ。

 石原を右翼であり、石原こそ保守だと勘違いしている人も多いが、譬えば天皇観に関して石原は、「天皇が国家の象徴などという言い分は、もう半世紀すれば、彼が現人神だという言い分と同じ程度、笑止千万で理の通らぬ戯言だということになる」と、天皇を「彼」呼ばわりしているが保守というより反天皇論者だろう。

 嘗て三島由紀夫は、石原慎太郎との対談「守るべきものの価値」で、「日本のアイデンティティーとして三種の神器、宮中三殿を守らなくてはならない」との発言に対し、石原は「またそんなことを言うの」と、三島を小馬鹿にした上で国體や皇統を否定している。この発言を以てしても石原は保守とは真逆の輩といえよう。

 三島はこの対談の終わりで「(共産主義者が謀った開かれた皇室論などが原因で)天皇の本質というものが誤られてしまった。だから石原さんみたいな、つまり非常に無垢ではあるけれども、天皇制廃止論者を創っちゃった」と厭きれている。

 そんな石原を三島は、「べ平連の小田実と全然同じ人間だよ、全く一人の人格の表裏ですな」と言い放ち、石原の天皇に対する無理解を痛烈に批判している。

 国旗、国歌についても石原は、「日の丸は好きだけれど、君が代って歌は嫌いなんだ、個人的には。歌詞だってあれは一種の滅私奉公みたいな内容だ。新しい国歌を作ったらいいじゃないか。好きな方、歌いやいいんだよ」と、過去に毎日新聞のインタビューに答えているが、この発言こそが石原の本音であり正体である。

 譬え「滅私奉公」だとして何が悪いのか。今や「滅私奉公」という言葉は死語となってしまった。自己犠牲を中心にした無理な生き方より自分本位の生き方が優先される時代に於いて、滅私奉公を想像させるのであれば結構なことではないか。

 石原慎太郎は、国歌斉唱での起立強制などで如何にもタカ派的言行で国民を誑かした。橋下徹も同じで、この二人こそ究極の「天皇制廃止論者」であり、確信的左翼より始末が悪い。国民はこうした似非保守に騙されていることにさえ気付かない。

 石原慎太郎という男は言葉の過激さ故に多くの国民はその蛮勇を称え「石原なら何かやってくれるのでは」という錯覚に陥る。だが、その期待は大きく裏切られた。掲額議員から都知事の頃が華だった。男の引き際を間違ったのではあるまいか。

 弟・裕次郎の緊急入院で自衛隊機を私的利用して抗議されたことなど思い出す。功罪は別にして石原の生前の蛮勇に敬意を表すると共に哀悼の意を捧げたい。

 ところで、「黒シール事件」というのを知ってるだろうか。あの事件はヘイトどころの差別ではない。ググれば出て来ますので検索してみたら如何でしょう。呵呵。

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2022年02月01日

「涙が止まらない」半藤一利監修のDVD・太平洋戦争のCMがうざい

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 画像は、半藤一利監修の「DVD太平洋戦争」が新聞折込チラシ。特攻隊や学徒出陣など映像は貴重で興味をそそられる。「太平洋戦争」ではなく「大東亜戦争」なら購入するかもな。恐らく、戦勝国の太平洋戦争史観が所々に語られてると推測する。先の大戦を批判しながら、国家に殉じた英霊を利用する商魂には厭きれるばかり。

「歴史探偵」を自任した故半藤一利の論説は研究資料が古いから間違いが多い。いつぞや、地元紙の一面に「平成とは」と題して、半藤のインタビュー記事が載っていた。昭和史を知る人物として新聞や雑誌などに登場しては国民を誑かした。

 半藤といえば自著「ノモンハンの夏」で山本七平賞を受賞してるが、ソ連軍が当時公式発表した「日本軍の損害は52000人」「ソ連軍9284人」との数字を真に受けて書いている。正しくソ連のプロパガンダを信じている大馬鹿者の一人である。

 昭和14年(1939年)5月11日、蒙古(モンゴル)との国境ハルハ河を越えて外蒙古兵(ソ連軍)が満州国側のノモンハン地区に侵入。日本軍はこのソ連軍の侵攻を撃退した。その後、ソ連軍は、駐留ソ連軍と共に再三に亘り侵入を繰り返した。

 日本軍に撃退されたソ連軍だったが、大兵力を動員してハルハ河を越えて再侵入し、ここで大激戦が展開されることとなった。所謂「ノモンハン事件」である。

 同年8月20日にはソ連軍は10万近い軍を動員し、2万人弱の日本軍に対し総攻撃を仕掛けた。この反撃に因って「日本軍は大打撃を被った」というのが、半藤を始めとした戦後民主主義教育逞しい日本人の信じる「ノモンハン事件」の歴史である。

「ノモンハン事件」は、共産主義者に由って、「貧弱な装備で旧式戦法の日本軍が、ソ連の進んだ機会化部隊に完膚無きまで叩きのめされた」という日本軍を貶す虚偽宣伝(プロパガンダ)に使われた。半藤は共産主義者の御先棒を担いだのだ。

 1991年、ソビエト連邦共和国崩壊、情報公開されて判ったことは、ソ連の損害は26000人、日本軍18000人。実はソ連軍の損害は日本軍を大きく上回っており、日本軍はソ連軍の戦車・装甲車800両、航空機1673機を撃退していたという。

 10万近い大兵力を動員し圧倒的武器を備えたソ連側の損害は少ないものだが、結果はその逆だった。つまり、如何に日本軍が強かったかということの証しである。

 だが、インチキ歴史探偵である半藤は日本軍を貶め続け、如何に先の大戦や事変が日本軍の無謀さが招いたものであるかの如く喧伝した。 未だに訂正もせずに頬っ被りしているが、そうして捏造された歴史を多くの国民が信じ切ってしまっている。

 数年前、昭和天皇が昭和天皇85歳の時に侍従に「戦争責任言われ辛い」と吐露されたという記事が地元紙に載った。半藤は「昭和天皇の心の中には、最後まで戦争責任があったのだと伺わせる」と頓珍漢なコメントを発表したことは記憶に新しい。

 欽定明治憲法下では国務は国務大臣、統帥は参謀総長及び軍令部長が陛下を輔弼しその責に任ずることになっており、陛下には法的に責任は無い。然し乍ら、昭和天皇は道義的に最も戦争の責任を痛感されたのは当たり前のことではないか。

 大東亜戦争終結に関する詔勅に於いて「帝国臣民ニシテ戦陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタル者及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ五内為ニ裂ク」と仰せられた通り、自ら身を苛まれたのは陛下御自身なのである。それを軽々しく語るとは言語道断である。

 昭和天皇の在位五十年祝賀会での写真に対して半藤は、昭和天皇が涙を流された跡が見えたとして、「辛い思いをされたのだと思う」と陛下の心情を慮る。

 こうしたこも作家故の妄想でしかない。戦後の昭和史にしろ、昔の資料の儘で書かれてあるのでその真偽は定かではなく、半藤の主観でしかない。況してや天皇の御意志や行動を己の主観で軽々しく語ることこそ天皇軽視であり不敬にも程がある。

 インタビュー記事の最後には「福島も、平和も、象徴天皇像も、国民が本気で考えて欲しい」とのメッセージが込められているとの主観を述べていたが、「福島も」というのは原発事故のことか?要するに、体の好い反原発運動でしかない。

「象徴天皇」や「生前退位」という言葉を使っていることでも無自覚左翼ぶり、否、確信的反天皇勢力ぶりが現れていた。こんなのが昭和の歴史の第一人者とは嗤える。

 陛下(現上皇陛下)の御発露は、現憲法下での国事行為に苦言を呈したものであったが、それが何故か退位させられることとなってしまったのだ。御高齢が理由なら、半藤の様な妄想癖甚だしい老害作家こそ早々に引退しておくべきだったな。

「太平洋戦争」との表記に違和感を覚える。「日中戦争」ではなく「支那事変・日華事変」、「太平洋戦争」ではなく「大東亜戦争」と呼称すべきある。戦後、蔓延する戦後民主主義教育と東京裁判史観を一掃しなくてはならないと痛感する。

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2022年01月31日

「患者よ、がんと闘うな!」(近藤誠元慶應義塾大学医学部専任講師)

 FBFであり、畏友のタイムラインの記事に驚いた。何やら人間ドック検診を受けたら食道に腫瘍が見つかり手術を決断したという。人間ドックやら癌治療に言いたいことは色々あるが、手術が無事に終わり社会復帰することを只々祈るのみ。

 東日本大震災に伴う原発事故以来、放射線への恐怖が叫ばれているが、例えば「塩分」は生き物が生きる上では必要な栄養素だが、摂り過ぎると高血圧や脳卒中の原因になると言われている。 同じ様に「放射線」も生きる上では必要な成分。

 放射線を浴び過ぎると「癌」になり易くなるというのは単純な理屈だ。低放射線は人体に影響することは無い。人は必ず死ぬし、国内では今や国民の3分の1が癌で亡くなる。愚生は癌で死ぬことより、脳卒中で半身不随になる方が辛い。

 いつぞや、女優の樹木希林が全身癌の詳細や死への覚悟を告白したのを思い出す。「2005年に乳癌の切除をしたが、そこから3ヶ所ぐらい皮膚に転移した。その後、治療して2年ぐらいしたら、また5、6ヶ所転移していた」と吐露した。 

 手術して2週間前に「副腎」にも癌が見つかり、担当医に「何癌のなかを聞いたら、『全身がん』と言われた」と淡々と語った。その後、何故か癌が消えた。

 死への覚悟を聞かれると樹木希林は、「常に思ってる。皆さんは果てしなく生きると思っているでしょ? 今はいつ何があっても可笑しくない。畳の上で死ねたら上出来です」と語っていたが、人生を達観するというのはこういうことだろう。

 娘婿でもある俳優の本木雅弘からは、「どういうところで死にたいですか?」と質問されたといい、「病院よりはうちの方が好い。孫の声が聞こえるところで死にたいと伝えた。彼は“おくりびと”ですから」との受け答えは流石に女優、巧過ぎる。

「癌は切るな」「癌検診、百害あって一利なし」と「癌検診は落とし穴ばかりで検診を幾ら受けても寿命は延びない」と断じる医師もいる。癌検診は病院や厚労省が推進しているだけで受診者が「有効」だと思い込まされているだけに過ぎない。

 日本の癌治療もまた世界レベルから見て相当特殊らしく、やらなくてイイことをして必要以上に施して、患者や健康な人を苦しめているのが実態だという。

 元慶應義塾大学医学部専任講師の近藤誠の著書に「患者よ、がんと闘うな」というものがある。「癌は切るな」「癌検診、百害あって一利なし」という近藤理論は旧態依然の医師会からの批判は多いが、日本癌治療にセンセーショナルを起こした。

 近藤の理論は、少しずつではあるがその癌遅漏に対する理論は浸透して来ている。 近藤がこうした理論に至る転機になったのは米国留学からだという。

「米国に行ったら乳癌の治療法が全く違う。既に乳房温存療法というのが主流になっていた。ところが日本では乳房を全部取っていた。今でさえ、乳房を残す治療が勧められる様になったが、当時は外科医が主導で治療を行っているものだからそうなってしまう」というのが、近藤の癌治療に対する根本となっている。

「何でそんな酷い治療を行うのか」と外科医に苦言を呈すると、同時に大学での出世は無くなった。だから、慶応大学の教授に昇進することもなく講師で終えた。

 癌治療は外科手術、放射線治療、抗癌剤治療(科学治療)が三本の柱。外科手術も、広く切除した方が治る率が上がると信じられていたが、実は拡大手術によって生存率は向上するということはなく、温存療法と比較しても違いはない。

 1987年当時1%に過ぎなかった温存療法は今では50%以上に達している。 放射線治療も以前は、進行癌や再発移転癌に対してだけ行われていたが、今は早期癌を対象にしている。放射線治療のメリットは、臓器を残して治療出来ることだ。

 近藤医師曰く、「舌癌」「喉頭癌」「下咽頭癌」「食道癌」「肺癌」「前立腺癌」「膀胱癌」「子宮頸」などは放射線治療を考えるべきだという。

 抗癌剤治療は「悪性リンパ腫」「急性白血病」「子宮の絨毛癌」などの小児癌は効果があるらしいが、「胃癌」「肺癌」「大腸癌」「肝臓癌」「乳癌」「子宮癌」などの成人の癌は抗癌剤治療では治らないというか効果は薄いという。

 現在行われてる癌検診や人間ドックは落とし穴ばかりで、こんな検診を幾ら受けても寿命は延びない。人間というのはある年代になれば誰もが腫瘍(癌)などの欠陥があるのは当たり前。自然治癒力で無くなってしまうこともあるという。

 癌検診は健康を考える上では有効ではないのだが、厚労省や自治体が推奨しているだけで、近藤医師曰く「国民が『癌検診は有効』と思い込まされているだけ」らしい。検診すれば何らかの病気が見つかり、ややもすればその治療が命取りとなる。

 愚生が罹るとしたら脳卒中や心筋梗塞だろうが、コロリと逝くのが理想である。だが、そうは上手くは行かない。脳卒中になって半身不随になってしまうと、自分も周りも苦しむ。 その点、癌で死ぬのはそう苦しくないと近藤医師はいう。

「癌治療が苦しいのは、手術や抗癌剤治療を受けるからで、これらをなるべく避けて治療すれば、治るものは治るし、治らない場合にも、そう苦しまないで済む対処法も進んでいるから末期癌でも最後まで意識清明でいられる」 とは蓋し正論。

 我が国のの癌治療というのは、世界レベルから見て相当特殊らしく、やらなくていいことをして、必要以上に患者や健康な人を苦しめているのが実情だという。

 彼是、10年以上は経つだろうか、贔屓の店でもあり、畏友でもあった郡山市のバー名店「THE・BER WATANABE」の渡辺秀行マスターが膵臓癌で亡くなった。

 検査入院をするという2日前に店を訪れると、マスターは「手術をしないと余命8ヶ月だと言われたよ」と笑いながら愚生に話し始めた。「やり残したことがあるし・・・」と手術することに同意し、検査入院することを訥訥と語ってた。

 この話を聞いて愚生は「手術は止めた方が好い。喩え、8ヶ月でも好いじゃない」と説得してみると、マスターは「五郎ちゃんは冷たいねぇ」と笑っていた。

 愚生の意見を受け入れることなく担当医師の説明を信じて入院した。結局、執刀に失敗しマスターは目を覚まさすことはなく「余命8ヶ月」どころか、たった1日で亡くなってしまった。執刀医は当時大田西の内病院副院長だった堀江孝至。

 この一件で当時の太田西の内病院理事長の太田保世に質問状を出したことがある。質問状の返事は、マスターの哀悼の意と医療ミスではないとの言い訳と、「近藤君はボクの後輩だが、マスコミがチヤホヤし過ぎ」という見苦しい敵愾心だった。

 ショットガンと言われる膵臓癌は治る見込み少ない。何故に「手術をしなければ余命8ヶ月」だったのかという質問には全く回答が成されてはいなかった。マスターの死は、実験的開腹手術が決定的となった医療事故だったのではあるまいか。

 医療ミスが起こると医師同士や病院組織を守ろうとして庇い合うのが常。今や、癌に罹っても恐ろしくないが、こうした患者を蔑ろにする医師が恐ろしいのだ。

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2022年01月30日

「ホロコースト」と「南京大虐殺」の思惑が見事に一致する

 政治家として既に終わった菅直人が橋下徹をヒトラーに準えたことで久しぶりにネットに登場。日本維新の会が立憲民主党に抗議文を提出。このことで菅直人がまた表舞台というかスポットが当たったのは本人にしたら勿怪の幸いだろう(笑)

 橋下をヒトラーに準えた菅直人にしろ、それを怪しからんと抗議文を送った日本維新の会も嗤える。ヒトラーを悪の権化と批判するが、ヒトラーは民主的な方法で選ばれた政治家。ヒトラーはアジテーター(扇動者)だったのは確かだわな。

 我が国の政治家でヒトラーの様な演説家は見当たらない。アジテーターとして長けてるのは山本太郎くらいなものか。「日本第一党」党首 の桜井誠なんてのは典型的なアジテーターだ。橋下はアジテーターというよりテレビ芸者だろうな(笑)

 ナチスは、人間の価値を決めるのは思想や行動、人格などに関係なく「どの人種に属しているか」が重要で、アーリア人種の中核であるドイツ民族のみに生存権を認め、国籍が何処であろうと「劣等民族」として絶滅させることが目的だった。

 この点こそがナチス・ドイツが史上例を見ない犯罪国家とされる理由であり、これは何もヒトラー自身が創り上げたものではなく、ヒトラーが政権を執る以前から存在したものだとヒトラー著書「我が闘争」にはハッキリと述べられている。

 ナチスのホロコーストについて虐殺が行われたという歴史ばかりだが、戦後のこうした歴史的事実とされていることを検証して行く必要があるのではなかろうか。

 ホロコーストで殺害されたユダヤ人は600万人以上、最多で1100万人を超えるとされている。だが、どうしても南京大虐殺と同じ胡散臭さを感じてしまう人がいるのも確かだ。ホロコーストの証拠の一つに有名な「アンネの日記」がある。

「アンネの日記」は第二次世界大戦中にオランダでナチスのユダヤ人迫害から逃れる為に屋根裏に住んだ少女・アンネ・フランク(1929〜1945)が綴った手記。

 ホロコーストの事実を証明するものだとされている誰もが知る世界的なベストセラーだが、この本はノンフィクションではなく想像力豊かなフィクションである。

「アンネの日記」は、従軍慰安婦を綴った吉田清治の「私の戦争犯罪」や、南京大虐殺を綴ったジョン・ラーベの「ラーベ日記」の妄想本と大して変わりはない。

 従軍慰安婦強制連行の証拠とされた吉田清治の本が捏造だったことは誰もが知るところ。「アンネの日記」は「私の戦争犯罪」と同じ妄想から出でる捏造である。

 抑抑「南京大虐殺」など存在しない。戦後、米国の原爆投下が問題となるや「日本軍も30万人も虐殺していたぞ」と言わんとばかりに米国がでっち上げたものだ。

 旧日本軍とナチス・ドイツとがよく比べられるが、我が国とナチスの犯罪は全く異なるものなのだ。それこそ、広島・長崎への原爆投下こそ「人種差別」の人体実験であり、米国の数々の非人道的戦争犯罪はナチス・ドイツと比肩する。

 昭和12年12月、日本軍が南京を占領した際に、南京に残っていた欧米人15人によって組織された「安全区国際委員会」の委員長がジョン・ラーベだった。蒋介石と親密な関係を持つラーベが委員長に選ばれたのは当然の成り行きだった。

 ラーベは、住民保護に当たった「中国のシンドラー」として讃えられてはいるが実際はどうだったか。 ラーベはドイツの電機メーカー・ジーメンス南京支社長。

 当時のドイツは、蒋介石政権に軍事顧問団を送り込み、中国軍の近代化を指導するとともに、ドイツ製の武器を大量に売り込んでいた。産業連盟ぐるみで輸出を行い、中華民国はドイツの第一の御得意様でジーメンス社はその中心メーカー。

 ジーメンス社軍事顧問団のファルケルハウンゼン将軍は、蒋介石に日本に対する先制攻撃を提案していた人物であり、ラーベが反日的だったのは想像するに余りある。従って「ラーベ日記」には日本軍に対する極めて悪意のある描写が多い。

 あの狭い南京の「安全区」に20万人の市民が生活していたが、そこを自由に行き来していたラーベ。それでも日記にはたったの一件も殺害を見たとは書いていない。 全ては「こう言っている」「ああ言っている」という伝聞ばかりなのだ。

 事実、国際委員会の公式記録「南京安全区の記録」には、南京の人口はずっと20万人だったと書いてある。だが、あろうことか、日本を敵視するラーベは、ヒットラーへの上申書で「5~6万人の民間人が日本軍に殺された」と虚偽の報告をした。

 要するに、南京事件とはジョン・ラーベの書いた「ラーべ日記」や、ヒットラーへの上申書を証拠に捏造されたもので、全くの事実無根の言いがかりに過ぎない。

 ホロコーストではナチスやヒトラーを非難しながら、南京事件ではヒトラーを利用していることでも理解出来るだろう。所謂「南京大虐殺」や「従軍慰安婦問題」の背後にいるのは、実は米国であるということを知らねばならない。

 当時の文献の公開などから、ホロコースト自体が捏造されたものだということが明らかになりつつあるが、「アンネの日記」や「ラーベ日記」にしろ、実際にはヒトラーのホロコーストを利用しようとしたユダヤ人の策謀が見え隠れする。

 南京事件や慰安婦問題をホロコーストやヘイト、人種差別や排外主義を結び付け、ヒトラーやナチスドイツと同じと言わんばかりの報道も見受けられる。ヒトラーや日本悪玉論という事実がなくてはならない連中の思惑が見事に一致する。

 ホロコーストを完全に否定する訳ではないが、ヒトラーがホロコーストを考案し、ヒトラーの指示のもとホロコーストがおこなわれたという証拠は存在しない。「日本悪玉論」と同じく、誰かを悪玉に仕立て上げなければならない事情がそこにある。

 米国というか、ユダヤ人にとって目障りなのは日本人なのは今も同じ。未だに日本への偏見はヒトラーへの嫌悪感と似たものがある。ドイツはナチスの犯罪行為について時効を設けずに謝罪と賠償をし続けているから日本もドイツを見倣えという。

 ドイツは確かにナチスについてはその罪は認めているが、ドイツ国家として、或いはドイツ国民全体の罪は認めたことは全く無いのを知っているのか。何故ならそれは、ナチスの犯罪とドイツ国民としての戦争行為は別なものとしているからだ。

 大義の下に大日本帝国の遂行した大東亜戦争とナチス・ドイツの犯罪行為とは全く異なるものである。未だ東京裁判や戦後民主主義教育に毒され、ナチスと日本軍が同一であるかの様な自虐史観が蔓延していることは歴史と英霊に対する冒涜である。

 今こそ、「過去の賞罰の多くにそのところを変えること」に努めるべきであり、東京(極東軍事)裁判の不当性を明らかにし、戦後の歪んだ贖罪意識を払拭しよう!

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2022年01月29日

橋下徹の発信力はヒトラーの扇動と似てるっちゃ似てるわな(笑)

「大阪都構想」が否決され、橋下徹が政界引退を表明したのは7年前だったか。引退してからコメンテーターとしてテレビに出ては持論を垂れ流している。スピーカーとしての橋下の、あの発信力というものは成否は別にして大したものだと思う。

 菅直人が橋下徹を「主張は別として弁舌の巧みさでは第1次大戦後の混乱するドイツで政権を取った当時のヒットラーを思い起こす」などと投稿し話題になってるが、ヒトラーの様な迫力には欠けるが「弁舌の巧みさ」との喩えは言い得て妙。

 大阪維新の会(日本維新の会)を創ったのは自民党大阪府連の議員だった松井一郎。政策の違いから自民党府連との仲違いから脱党し、維新の会の設立に至った。

 華の無い松井は、橋下の弁舌の豊かさとカリスマを欲し維新の会のシャッポに祭り上げた。そういう意味では、菅直人と同じくヒトラーばりの橋下の「弁舌の巧みさ」を承知しており、立憲民主党に対しての抗議文は御粗末と言う他はない。

 ヒトラー発言より、日本維新の会が支持を広げた理由について菅は「自治体の役人が優遇されているという維新の『役人天国』批判に低所得者層の人達が共鳴し支持を広げたとの分析が有力」との投稿での「低所得者層」発言の方が問題だろう。

 橋下というのは問題が起きると敵対する勢力を作って、過激な言辞で注目させ世論を煽るというのがいつものパターン。コメンテーターとして保守派を装ったり、タカ派的言行や相手を揶揄する手法などを駆使しては国民を誑かしている。

 橋下が訴えている政策は「靖國神社参拝反対」「国立戦没者追悼施設建立」「A級戦犯分祀論」「夫婦別姓(選択的夫婦別姓)推進」「戸籍法廃止」「外国人参政権付与」「沖縄独立」などなど、保守思想とは乖離した売国的なものばかり。

 中でも「戸籍法廃止」について「日本の戸籍は差別助長のツール」「戸籍は要らない。マイナンバーで事足りる」「夫婦別姓の実現には戸籍を廃止するしかない」などと国民世論を誑かし「戸籍法廃止」の必要性を訴えている。

「現戸籍における本籍地や出生地の記載は被差別地域を確認すること以外に使い道がありません。本人の本籍地は簡単に変えることができますが、本人の出生地や先祖の本籍地・出生地は延々と付いてきます」との自説を垂れ流しては悦に入る。

「本籍地や出生地の記載は被差別地域を確認すること以外に使い道がない」とは妄想逞しいと言う他はない。「先祖の本籍地・出生地は延々と付いてきます」とは先祖の何が不都合なのか。要は、出自が怪しい先祖の過去を消したいだけだろう。

 夫婦別姓を推進してる橋下徹は、夫婦別姓に代わる「選択的夫婦別姓」について、「反対する理由が分かりません。選択的なんですから同姓にしたいなら同姓にすればいい、別姓にしたいんだったら別姓にすればいい」と語って憚らない。

 更にトーンを上げ、「反対する人は姓が変わる事によって家族の絆が失われるとかなんとかっていうのは、アホか!って言ってやりたい。なんで反対するのかさっぱり分からない」 と語ってるが、これぞ橋下御得意の論理の摩り替えである。

 夫婦別姓(選択的夫婦別姓)推進派の屁理屈は付けたりに過ぎない理由で、最終的な目的は民法改正に止まらず我が国が世界に誇る「戸籍制度の廃止」である。

 橋下は天皇について「日本独特の天皇制は僕は今後も維持すべきだと思う。ところが『日本の国柄の柱は天皇制だ』と強調する保守政治家・保守論客の連中に限って、本気で天皇制を維持しようとしているのか」と疑問を投げ掛けている。

 共産党の造語である「天皇制」という言葉を使っていることでも、反天皇勢力に与していることが感じられる。天皇とは制度ではなく、天皇は天皇である。現憲法下での国事行為を行う制度が天皇制ならそこを正さねければならない。

 弁護士だけに言葉を選んではいるが、橋下こそ究極の天皇制廃止論者であり、こうした似非保守に騙されている国民は少なくない。橋下は大衆迎合主義者であると共に自己顕示欲の塊とも言うべき人種と言った方が分かり易いか。

「大阪維新」や「日本維新」を叫ぶ橋下は、自民党政権時代から続く古い政治体制を打ち破ろうという意気込みは立派にも思えるが、どうしても育ちの悪さから「野心」とか「野望」にしか感じないのは出生の怪しさと人となりの所為だろう。

 陋習を打ち破らんとするのは大いに結構なことだが、日本の国體や国柄が壊れかねない愚策を掲げて「維新」などとは実に痴がましい。恰も惨憺たる現体制を打破し、新たな政治体制を確立するかの様な言動をするが連中に保守思想はない。

 尊皇精神に乏しく、保守したいのは現体制下での政治家の椅子だけだ。 我が国では長い歴史の中で、尊皇を掲げ、陋習を打ち破らんと維新の大業が成し遂げられた。それが「大化の改新」「建武の中興(新政)」「明治維新」である。

 維新とは「維れ新なり」。日本維新の会が軽々しく使い国民を言い拵えているが、右顧左眄の自己保身に狂奔する政治家どもが痴がましくも口に出すものではない。

 維新の精神とは、藤田東湖が訓える、「大義を明にし、人心を正さば、皇道奚(いずく)んぞ興起せざるを憂えん」であり、維新者を自負する者は肝に銘ぜよ。

 陋習を打破し、改革を推し進めようとすると必ず邪魔をする者が現れるものだ。何故なら、既得権者にとって改革を放置すれば、忽ち自分の立つ基盤を失ってしまうから抵抗するのが常。それらを蹴散らして前へ進んでこそ改革者である。

 橋下は菅発言に「ヒットラーへ重ね合わす批判は国際的には御法度。まあ今回は弁舌の巧みさということでお褒めの言葉と受け取っておくが。それよりも強い野党を本気で作る気があるなら、大阪では自民に圧勝している維新政治を謙虚に研究すべき」と反論しているが、菅らにはそうした苦言を受け入れる度量は無い。

「失言や暴言」「政策の矛盾」を正当化するあの橋下の弁舌の豊かさと論理を摩り替える技術は天性のものであり、魑魅魍魎の政治の世界では貴重かもな。呵呵。

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2022年01月28日

「新しい資本主義」とは単純に「新しいカネ主義」ということです(苦笑)

 岸田文雄首相は「新しい資本主義」を掲げている。資本主義とは、言い換えれば「カネ主義」のこと。「新しい」というと新鮮な感じだが、渋沢栄一が提唱した日本的資本主義とは逆行しているカネ主義であり、日本的社会主義を目指している。

 世界は「資本主義」か「社会主義」「共産主義」の体制の中で生活が豊かなのかといえば、その是非は兎も角として、物質的に恵まれてる資本主義国だろう。

「資本」とはただの「カネ」ではない。カネを動かすことで利益としてのカネが増え、その儲かるカネが「資本」である。日本人の多くがいつの頃から業突く張りになったのも、全てがこの米国の価値観の押し付けでもある資本主義の弊害である。

 我が国は戦後、米国型資本主義社会を選択した。その限りのない資本主義という欲望は止まるところを知らず、比例して心の豊かさを失い続けて行くこととなった。天皇を戴く我が国が目指すべきは、天皇を中心とする国家社会主義である。

「世界一貧乏な大統領」と言われたウルグアイの故ホセ・ムヒカ大統領は「貧乏な人とは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」の言葉は、現代日本人の心にどう響いているだろう。

 岸田首相は、国民民主党の前原誠司の「企業の支出のうち配当金の割合が過度に上昇している」との質問に「株主資本主義からの転換」を重視する考えを示した。

「制度の変更や政治の環境整備は大事だ」とも強調し、「だからこそ市場や競争に全て任せるのではなく官民共同でそういった仕組みを作っていこうと繰り返している」と説明した。そういった仕組みとは株主(投資家)への配当金を見直すこと。

 株式会社とは利潤を求め、利益を株主へ還元するのが当たり前だが、儲けたカネを株主への配当ではなく給与に回し、所得税や累進課税で掠め取ろうとしていることのどこが「新しい資本主義」なのか。終局の目的は日本的社会主義の完結だろう。

 米国製の日本国憲法というのは、マルクス、エンゲルスの「共産党宣言」の提言でもある極度の累進課税と相続税に因って私有財産を全部没収し、国有化を図るという政策をそのまま実行している。我が国の正統にとっても歪な基本法である。

 働けど働けど、累進課税や社会保障費を毟り取られ死んだら財産は国に没収される。我が国の税制は社会主義国を凌ぐ、正しく日本社会主義共和国と言えよう。

 中国共産党に靡いてる岸田だが、その根底には共産主義思想が見え隠れする。ジェノサイドを黙認し、対中非難決議や憲法改正に消極的なのも然もありなん。

「赤字国債の発行はケシカラン」「公共投資はダメ」「国民一人当たり約1000万円の借金」と言った如何にも将来を慮ったかの様な意見を耳にする。だが、こうした意見は「資本」の単純な意味も分かっていないから罷り通ってることに気付かない。

 国債という資本を投入することで、それ以上の収入(税収)を生むことを余りにも知らなさ過ぎる。資本主義国の恩恵に甘んじながら、国民の多くがそうした経済の単純な仕組みすらも理解していないのはマスコミによる世論誘導が大きい。

 資本を、人間の欲と努力で段々と大きな資本として発展させるところに、事業としても、国家としても繁栄に繋がると信じているのが資本主義であるのだが、現在の資本家や企業人にそうした国(社稷)を想う心は持ち合わせてはいない。

 青年日本の歌の一節に、「財閥富を誇れども、社稷を想う心なし」とあるが現在は正にそれ。江戸時代にあって、商人は「士農工商」の最下位に置かれたのは、日本人にとって「金儲け」とは「賤しい」ことと同じ意味で軽蔑の対象にあったからだ。

 江戸時代の思想家である石田梅岩(いしだばいがん)は、商人の役割について、「余ったものを足りない所に送り、社会全体を過不足なくすることだ」と教え、倹約の公共的な経済効果を打ち出した。こうした梅岩の教えは現在も通じている。

 現在の景気低迷の一因は、経営者ら梅岩の唱えた商人としての心構えが備わっていないことである。最近の経営者というものは二代目や三代目となり、目先の儲けばかり考えて、儲けたカネは自分の回りだけで使ってしまうから経済が廻らない。

 経営上は経費を削減し倹約した様に取り繕ってはいるが、自分の所に留めてしまい、倹約して浮かせた分を足らない所へ送らないから経済全体が停滞してしまうのだ。要は、現代は吝嗇家の経営者が多過ぎるということに尽きる。

 江戸の大店の商人も明治開国以来の企業家というのは、営利よりも日本の将来や国民の幸福を重んじていた。現代では米国の自由主義経済に毒され、梅岩の唱えた経営論は疎んじられる様になってしまった。企業人は社稷を重んじることこそ大事。

 我が国は戦後、米国型資本主義社会を選択した。その限りのない資本主義という欲望は止まるところを知らず、それに比例して心の豊かさを失い続けて行く。岸田の「新しい資本主義」で、営利至上主義は益々盛んになり国柄さえも変えてしまう。

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2022年01月27日

オミクロン株の重症化リスクというなら他のリスクはどうするの?

 内堀正雄福島県知事が「蔓延防止措置」に福島市と郡山市、会津若松市を追加した。オミクロン株でクラスター発生してるのは飲食店より事業所や学校とかだ。それなのに飲食店を特別扱いし種類の停止ってやり過ぎとしか思えない。

 蔓延防止措置で飲食店だけに補償金が支払われる。個人飲食店経営者はコロナバブル。離婚騒動前から流行ってもいなかった某鮨家の店主は、ボロ車からクラウンの新車に替わった。店主を知る人は「コロナクラウン」って揶揄してたな(笑)

 県内でのクラスターの状況は飲食店で発生したのは1月14日のいわき市のスナック。10日の飲食店は市町村が不明。はっきりと名前を出すべきだろう。そういや、郡山駅前のフィリピンパブでコロナに罹った地元暴力団幹部がいたなぁ。

 このままでは、保健所も指定病院も対応は不可能となるだろう。感染症指定第二類を五類に何故変更しないのか。地元郡山市保健所は、7割が自宅療養を強いている。何のことはない、オミクロン株では重症化しないことを理解しているからだ。

 こんな中で正体不明のワクチン接種に拘る不思議。ワクチンはウイルスに罹らないとかウイルスを移さないというものではなく、重症化を防ぐ手段でしかない。

 作家の門田隆将は「慢性赤字の県立病院に約30億円ものコロナ空床補償が転がり込み、大黒字に転換した例を朝日が報道。ICUベッドなら1日43万6千円、重症中等症用21万1千円、一般病床7万4千円で、病院側も『正直、もらいすぎ』と。これが空床補償1兆1400億円の中身。類別を変えたくない理由が分る」とツイート。

 コロナ狂騒曲の裏側では、こうした巨大な利権が蠢いていることが理解出来る。武漢ウイルスが騒がれて既に2年以上経つのに、国産治療薬どころか効果的な薬さえ開発出来ていない。やはり利権に肖り続けるなら特効薬は必要無いのだ。

 連日のマスコミの煽り報道に騙されてはならない。重症化のリスクの少ない流行性感冒と化したオミクロンを殊更に怖がる必要はない。重症化リスクは「風邪は万病の元」と言われる普通の風邪でもあること。リスクという言葉に騙されるな。

 以前、日本禁煙学会が、2016年5月31日の世界禁煙デーに「受動喫煙が原因で死亡する人が国内では年間約1万5千人に上る」との推計結果を発表して世論を震え上がらせた。だが、受動喫煙に因るものというのは推定と憶測に過ぎなかった。

 この数字は受動喫煙と因果関係があるとされる病気の死亡統計から推計したもの。例年の死者は約130万人程。毎年1.15%が受動喫煙が原因で死亡するとなれば日本禁煙学会の指摘通り約1万5000人ということになるが実際はかなり少ない。

 因みに、毎年の交通事故死者数は約4000人程。交通事故死は多くは運転者の過失であり、運転者への信頼が崩れたら凶器でしかない。交通事故死のリスクを主張するなら「乗らない」「買わない」「売らない」を呼び掛けたら好い(笑)

 愚生の住む郡山市はラーメン激戦区でもあるが、ラーメンなんて常習性の最たるもの。斯くいう愚生も食べずにはいられない。あの塩分過多なラーメンは身体には悪いし成人病へのリスクは高い。だったらラーメン禁止条例でも作れば好い(笑)

 MARSもSARSも有効なワクチンも根治療法は未だ確立されていないが鎮静化した。COVID-19も同じく変異しながら鎮静化に向かっていると見るべきだろう。蔓延防止措置に意味は無い。国民の不安を増長させるだけ。ピークアウトはもう直ぐ。

 感染力が強いステルスオミクロンという変異株が見つかったという。つまり、更に弱毒化したと推測できる。感染者が殖えたとしてもピークアウトは時間の問題。

 蔓延防止措置の効果は期待出来ない。感染に恐れることなく大いに出歩いて集団免疫を付けよう。鼻水や咳が出たら暖かくして寝ていれば好い。五類指定に変更されれば自己負担金は3割負担となる。罹るなら今でしょ、大いに出歩こう(笑)

 そういや、皆さん忘れてませんか。北京冬季オリンピックまで後1週間余り。世界中がオミクロン騒動の中でオリンピックを開催しても大丈夫らしいですよ。

 世界中がピークアウトを迎えつつある今、そろそろ習近平総書記が登場し「武漢ウイルスなどと疑われたコロナ騒動は米国の策謀だったが我々がそれを打ち破った」と安全宣言するかもよ。そうなりゃ、コロナ騒動は一気に治まるだろう。呵呵。

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2022年01月26日

韓国人の「反日」からの妄想癖や虚言症に迎合する岸田売国政権

「佐渡島さどの金山」が文化庁の審議会で国内推薦候補に選ばれた。韓国反日政府は、佐渡金山のユネスコ世界遺産登録推進を「非常に嘆かわしい」として撤回するよう求めている。ユネスコへの推薦の見送りは岸田政権の終わりの始まりか。

 媚中&媚韓派である林芳正外相が「何が最も効果的かという観点から政府内で総合的な検討をしている」と答弁していたが、実質的には韓国の意向に沿うカタチで見送りを示唆している。こうした政府の対応に自民党高市早苗総務会長が噛付いた。

「江戸時代の金山について韓国が当事者ではあり得ない。推薦しないと来年度以降は更に困難になる。来年秋から韓国が立候補する可能性が高く韓国が反対する最悪の状況を招く。その後に中国が立候補する可能性が高く、8年間に亘り韓国・中国による歴史戦に持ち込まれる」と指弾し、岸田政権にユネスコへの推薦を求めた。

 佐渡金山は17世紀には世界最大の金生産地。世界の鉱山で機械化が進む中で伝統的手工業による独自の生産システムを深化させたことが評価され、文化庁は「全体として顕著な普遍的価値が認められ得る。今年度推薦することが適当」と答申した。

 韓国側はこの決定を不服として「朝鮮人約1200人が強制動員したと推定される。朝鮮人463人の名簿も発見され強制性が明らか」だとしてユネスコ世界遺産登録に難色を示す。歴史歪曲だとして「第2の軍艦島」になる可能性を危惧している。

 歴史に正面から向き合わず、いつも乍らの「反日と侮日」一辺倒の韓国にはうんざり。歴史に基かない反日行為は無視するに限るが、こうした嘘が世界に垂れ流されるのもまた迷惑。日本政府はちんとした反論を発信しなくてはならない。

 佐渡鉱山の労働者の給与水準も高く周辺の町は大変栄えたという。江戸時代後期には江戸から約1,800人の無宿人(浮浪者)や罪人が強制連行され過酷な労働を強いられた。韓国政府はこの罪人の多くが朝鮮人だったとでも言うのだろうか(笑)

 2015年、国際記念物遺跡会議で、軍艦島を構成遺産に含む「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」がユネスコの世界文化遺産に登録された。この軍艦島のユネスコ登録でも、朝鮮人への強制連行という妄想から猛反対した。

 軍艦島の正式名称は「端島」。長崎県長崎市(旧高島町)にある島で、石炭産業が盛んな時代に炭鉱夫の家族らが移住した。韓国では軍艦島を、朝鮮人が強制労働を強いられた収容所列島に準えてるが、全てが給与を求めて集まった労働者ばかり。

 昭和35(1960)年代には東京以上の人口密度を有し、日本初の鉄筋コンクリート造の高層集合住宅が建てられた。朝鮮人も当然、労働者として日本人と同じ待遇を受けていたが、軍艦島との名称が弾圧された象徴に見えてしまうのだろう。

 韓国で上映され話題になった「軍艦島」という映画があった。予告しか観てないが、ナレーションでは「ここの出来事を記憶する朝鮮人は一人たりとも残してはいけない」とのセリフも流れ、全てが妄想と反日から出でる被害妄想甚だしい駄作。

「これはフィクションです」との但し書きはなく、「植民地時代、多くの朝鮮人たちが強制徴用された軍艦島の隠された歴史をモチーフ」であるとのテロップが流れ、この映画が史実に基くものであるとして完結している民族的虚言映画である。

 こうした噓が世界中に垂れ流されることは日本人を貶めるばかりか日本の国益を毀損する。若し、強制連行や従軍慰安婦が事実であったというなら、朝鮮民族というのは目の前で同胞が連行されて行く中で何も抵抗せずに傍観していたのか。

 韓国人にすれば日本人というのは極悪非道でなくてはならないのだろうが、逆に朝鮮人とは同胞を助けもしない情けないヘタレ民族だったということを認めている様なものではないか。「恨(ハン)」からの反日に依存し過ぎてはいないだろうか。

 韓国人ら信じて止まない「強制労働」とは、昭和13年の国家総動員法に基く「徴用例」を指している。この法律に基いて、戦中、日本本土では年齢性別を問わず中高年、婦人、学生に至るまで工場他などに動員され軍事などの生産に従事した。

 日本人、朝鮮人、台湾人が一律に負っていた労務提供の国民的な義務であり、朝鮮が日本の統治によって多大な恩恵を受けていた朝鮮人も当時は日本国民であった以上、こうした法令に協力する義務があったことは言う迄もない。

 戦前(昭和14年)に日本内地に住んでいた朝鮮人は約100万人で、終戦直前(昭和20年)には約200万人となった。増加した100万人のうち、70万人は自分から進んで内地に職を求めてきた個別渡航者と、その間の出生によるものである。

 残りの30万人は大部分、工鉱業、土木事業の募集に応じて来た労働者で、戦時中の国民徴用令による徴用労務者は極極少数。歴史資料を見れば分かることだ。関係各省の調査では、戦時中の朝鮮人徴用労務者は僅か245人に過ぎない。

 国民徴用令は日本内地では昭和14年7月に実施されたが、朝鮮への適用は差し控え、昭和19年9月になって初めて実施された。実際には朝鮮人徴用労務者が奉仕した期間は、翌年3月の下関~釜山間の運航が止るまでの僅か7ヶ月間しかない。

 日本人も台湾人も朝鮮人も等しく戦時徴用されていたのであり、韓国人らの主張する「強制連行」とは「徴用令」への無理解と反日からの歴史の捏造でしかない。

 軍艦島の僅か200メートル四方の居住エリアに5千人が暮らしており、当然、朝鮮人家族も同じ様な生活を営んでいたことは、当時この地で働いていた方の証言や写真などで証明されている。軍艦島という名称とは違いユートピアの地だったのだ。

 映画「軍艦島」は1945年の出来事。つまり終戦を迎える年の設定だが、朝鮮人への徴用は昭和19年9月から翌年3月の下関~釜山間の運航が止るまでの僅か7ヶ月間しかないのに、どれだけの朝鮮人がこの島に強制連行され弾圧を受けたというのか。

 軍艦島では戦後も石炭の採掘が続けられるも、昭和49(1974)年に閉山する。住民は島を離れることを余儀なくされるが、戦後も長らく朝鮮半島出身者が家族で韓国人が言うこの「地獄島」で日本人と共に働いていた事をどう説明するのか。

 映画では「ここの出来事を記憶する朝鮮人は一人たりとも残してはいけない」と、然も軍艦島がナチスのアウシュビッツの如くに準えている。こうした映画を観て留飲を下げ、反日で盛り上がる韓国人というのはある意味で幸せだわな(苦笑)

「この島で働いていた朝鮮人は全員殺された」とでも言いたげな内容だが、軍艦島(端島)での生活は、映画の内容とは全く違って、戦前も戦中も戦後も半島出身者は日本人と仲良くこの島で働き続けていたということが歴史的な事実である。

 映画というのは娯楽であるべきで、歴史を自分達の都合好く歪曲し、娯楽どころか怒りや悲しみしか生まないオナニー的フィクション映画を創って一体何になるというのだろう。韓国人の「反日」からの妄想癖や虚言症にはホトホト厭になる。

 歴史とは国家の一大事であり、歴史を忘却したり歪曲するということは国家の存在と先人の営為を冒涜してることと同じである。岸田首相の「歴史に関わる問題は重視している。謂われなき中傷には毅然と対処する」との答弁が虚しく響く。

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2022年01月25日

凡そ軍勝五分を以て「上」となし七分を以て「中」となし十分を以て「下」と為す(武田信玄)

 武田信玄が「風林火山」を旗印に掲げたことは有名だ。この「疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山」の原文は「孫子・軍争篇第七」から引用したものである。

 原文は「故其疾如風、其徐如林、侵掠如火、難知如陰、不動如山、動如雷霆」の一節からの引用である。その読みは、「故に其の疾きこと風の如く、其の徐(しず)かなること林の如く、侵掠(しんりゃく)すること火の如く、知りがたきこと陰の如く、動かざること山の如く、動くこと雷霆(らいてい)の如し」となる。

 この「風林火山」の教えで注目すべきは、作戦行動に於ける「動」と「静」の対比であろう。攻めるときは風の様に疾く、侵攻する時は燃ゆる火の勢いを以てする。

「孫子の兵法」の序文は、「兵は詭道なり」という言葉で始まる。「可能であるなら外交に拠って戦争を回避すべき」という教えである。現代でも戦争とは政治や外交上の延長であり、戦争とは国際法上も認められてる行為である。

 戦争とは最後の手段であり、可能であるなら外交に拠って解決するのが最善。だが、解決しない場合の最悪な事態も考えて自衛軍備を満たしておくことが肝要。

 武田信玄の様な「動」だけの武将というのは歴史上数多く存在する。「孫子の兵法」で肝心なことは「静」の作戦行動であり、攻撃を中断する時は林の様に静かにして次の機会を待ち、山の様に動かないことが大事だと訓えているのだ。

 動いてならぬ時に動いて失敗するというのは往往にして在ることで、「風林火山」とは、動いてならぬ時の軽挙妄動の戒めである。武田軍が無敵と言われたのもこの「静」の為であり、人生に於いても軽挙妄動の戒めは当て嵌まる。

 武田信玄の名言では、「人は城、人は石垣、人は堀。情けは味方、仇は敵なり」というものがある。どれだけ城を堅固にしても、人の心が離れてしまったら世を治めることは出来ない。情けは人を繋ぎ留め、結果として国を栄えさせる。だが、仇を増やせば国は滅びるという意味だ。そういう信条から信玄はこう諭している。

「凡そ軍勝五分を以て上となし、七分を以て中となし、十分を以て下と為す。その故は五分は励を生じ七分は怠を生じ十分は驕を生じるが故。喩へ戦に十分の勝ちを得るとも、驕を生じれば次には必ず敗るるものなり。全て戦に限らず世の中の事この心掛け肝要なり」。十分の勝ちを得る事は驕りを生じると戒めた言葉だ。

 信玄らしい実に説得力のある言葉である。言い換えれば、負けて覚えることもあるし、勝ってばかりいては敵ばかりが増え驕りが生じる。何事も程々が大事。

 色川武大(阿佐田哲也)は、ギャンブルから学んだ人生観を相撲の勝敗に例え、「9勝6敗を狙え。8勝7敗では寂しい。10勝を狙うと無理がでる」と教えた。

 ギャンブルを目の敵にしてるネット民などから「人生をギャンブルに喩えるとは怪しからん」と批判されそうだが、競馬も競輪も競艇もオートレースも、投資だって賭博性の高いギャンブルの様なもの。結婚もギャンブルと言えなくもない(笑)

 パチンコや分不相応なギャンブルは以ての外だが、そうなるのも己の実力を知らないから。要は「場数」が少ないのだ。場数とは失敗した数であり、バカな経験数が後々自分の為にもなってくるし、男としての重みも備わって来るというもの。

 人生とは何事も勉強。ギャンブルなどの悪事(勝負)事も好い経験で、そうした経験も無いヤツというのはハンドルの遊びと同じで大きな過ちを起こすものだ。

 阿佐田は「幸運が続きすぎると危ない」という考えから、ギャンブルに大負けすると「ここで不運を消化しておけば安心だ」と語っていたという。勝負師の教えとしては武田信玄より、阿佐田哲也の方がずっと分かり易いと思うのは愚生だけか(笑)

 美空ひばりの「柔」の「勝つと思うな思えば負けよ」ではないが、勝とうと思うと実力を発揮出来ずに終わるということが多い。「引き分けで好い」と思うと気負わずに出来るもので、そんな精神的余裕が勝ちに結びついたりするものだ。

 という訳で当面やることも無し、氷結した檜原湖にワカサギ釣りに行きたいが、「出れば出銭」だし、軽挙妄動を戒めて家に籠ってるしかないか。呵呵。

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2022年01月24日

日本相撲の始祖とされるのが「野見宿祢神(ノミノスクネノカミ)」である

 大相撲初場所は関脇御嶽海が13勝2敗で3度目の優勝し大関昇進を確実にした。福島の郷土力士である若隆景と若元春も9勝を上げ、若隆景は関脇昇進が決まった。

 長男の若隆元も来場所は幕下上位になる。「大波三兄弟」の関取誕生ももう直ぐか。気になるのは横綱照ノ富士の左膝の具合だ。養生して治療に専念して欲しい。

 大相撲は、明治維新で「断髪令」が発せられても丁髷の伝統を貫き、戦後もずっと表彰式で国歌「君が代」を斉唱し、国技を自称して来た保守の牙城でもある。

 こうした大相撲を、歴史・伝統・文化を否定する左翼や無自覚左翼の連中が目の仇にし、「賭博」やら「八百長」やらを執拗に煽り立て糾弾したのは記憶に新しい。

 自称保守派らは、モンゴル人力士ら外国人力士の席捲を苦々しく思い、批判して止まない。そうした大相撲へのバッシングが相撲離れの要因にもなっているが、愛国者を自任しながら大相撲と神道、天皇と神話の関係を知ってるとも思えない。

 大相撲と神道は関係が深く、横綱は神の使いとも言われる。本場所初日の前日には「鎮め物」として、萱(かや)の実、勝栗、スルメ、昆布、塩、洗米といった神饌が土俵中央に納められ、立行事が祭主を務め、横綱の「土俵入り」が行われる。

 使用した御幣は、神の降臨の証しとして四色の房に飾られる。房の色は天空の四方位をそれぞれ司る 四神に由来しており、緑色の房(青房)は東方を守護する「青龍」 。白い房(白房)は西方を守護する「白虎」 。赤い房(赤房)は南方を守護する「朱雀」 。紫や黒の房(黒房)は北方を守護する「玄武」を表している。

 力士の「四股」は、地面に潜む邪悪なものを封じ込める為のもの。「塩撒き」も土俵の邪気を祓い、神への祈りであり、「力水」や「力紙」は清めの作法である。

 清めを終えた力士は「蹲踞」から「揉み手」「柏手」し、両腕を開く「塵手水」と続く。「揉み手」は、古来は雑草の露で手を清めていた所作で、「柏手」は神に拝する際に打つ動作。「塵手水」は、手に武器を持たないことを表すものだ。

 勝ち名乗りを受ける際に、「手刀」を斬るが、これは左が「神産巣日神(カミムスヒノカミ、カムムスビノカミ)」、右が「高御産巣日神(タカミムスビノカミ)」、真ん中が「天御中主神(アメノミナカヌシノカミ)」三神への感謝である。

 力士は神の遣いであり、中でも横綱の所作や風格は勝敗より大事であるというのは言うまでもない。千秋楽の終了後には、「神送りの儀式」があり、御幣を抱えた新弟子力士らが胴上げすることで、相撲の神々は昇天する。

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 日本相撲の始祖とされるのが「野見宿祢神(ノミノスクネノカミ)」。日本相撲協会発行の「大相撲伝」には、野見宿祢神の絵(画像)が飾られているという。

 中央の野見宿祢神の周りには、「天手力男神(アメノタヂカラヲ)」と、相撲の元祖「建御雷之男神(タケミイカヅキノオノカミ)」、そして勝利の造化三神(ゾウカサンシン)である「天御中主神(アメノミナカヌシノカミ)」「高御産巣日神(タカミムスビ)」「神産巣日神(カミムスヒノカミ)」が並んでいる。

 神の降臨の証しとして四隅には神獣の四神である、「東の青龍(青房)」「南の朱雀神(赤房)」「西の白虎神(白房)」「北の玄武神(黒房)」が描かれている。この四神は我が国の四季である「春夏秋冬」を顕していると言われている。

 相撲は千五百年以上の歴史を有し、古来より五穀豊穣を祈りその恵みに感謝する神事で、それは垂仁天皇七年七月七日、当麻蹶速(とうまけはや)との御前試合が起源とされ、その勝者が「野見宿祢」。宿祢は「埴輪」の発案者といわれている。

 現在の大相撲は、平安時代に天覧相撲である「相撲節会(すまいのせちえ)」が行われたことが始まりとされている。こうしたことを理解した上で大相撲を観戦すれば相撲もまた楽しいのだが、相撲も他の武道などと同じ様に勝敗ばかりが優先され、スポーツ化していることに危機感を抱いてるのは愚生だけではあるまい。

 人生とは「実力社会」である。実力がある者が番付が上がり、心技体が備わっている者が横綱となる。横綱の子供が必ずしも横綱になれる保証はなく、血縁も家柄も門閥もまた学歴も一切関係ない。正しく実力だけがものをいう世界である。

 これに反して政界や役人、学会などでは学歴と経歴がものをいう。幾ら実力があっても高卒じゃ事務次官にはなれない。政治家の世界も今や実力社会ではなく役者の世界と同じ。ジバン・カンバン・カバンがものいう。だから世襲が有利となる。

 歌舞伎の世界でいう団十郎や菊五郎、吉右衛門など襲名出来る者は限られていて、家柄、門閥がないと実力があっても中々襲名は出来ない。政治の世界でも世襲が幅を利かせているが、政治の世界は実力の世界に戻さなければならないと感じる。

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2022年01月23日

日中戦争勃発は中国共産党一党独裁を崩壊させる千載一遇の好機

 兵法三十六計の第六計に「声東撃西(せいとうげきせい)」という戦略がある。「東に声して西を撃つ」の意味で、東の方を撃つぞと見せかけて、陽動作戦で相手の動きを翻弄し、実は西を撃つというのが三国志からの戦史の鉄則だという。

「囲魏救趙(いぎきゅうちょう)」という戦略もある。「三十六計逃げるに如かず」という諺でも知られる前出と同じく兵法三十六計の戦略である。魏が趙を攻撃している最中に魏の都を急襲して趙を救ったという。兵法はこうした謀略が実に多い。

 こうした戦略からすると尖閣問題での東シナ海のトラブルは単なる陽動作戦と見るべきで、中共の真の狙いは尖閣ではなくて、豊富な天然資源が眠るとされる海域で南シナ海であり、その為にも台湾を何が何でも併呑したいと考えている。

 尖閣は東シナ海で資源確保に成功させてからの問題。中共への警戒を怠ってはならないが、大事なのは中共の謀略に騙されることなく国防体制を強化することだ。

 中国共産党が東シナ海での「防空識別圏」を設定したことで、米軍機が東シナ海上空を飛行してみたり、自衛隊も追随してみたり、尖閣列島の九場島と大正島の沖合を中共海軍のフリゲート艦が航行したりと中共側との駆け引きが続いている。

 尖閣諸島の領有権を巡って「日中間で戦争となるだろう」と予測してる専門家も多いが、中共が本気で干戈を交える覚悟があるとも思えない。中共が戦争で勝った試しはなく、チベットやウイグルは武力弾圧。日本へは精精、恫喝するのが関の山。

 中共軍より自衛隊の方が個人の資質も士気も遥かに高い。中共軍が尖閣上陸を強行し、日中戦争に突入した場合には自衛隊の能力の高さと優秀性を世界に誇示することになるし、我が国にとってそれは、まとまな主権国家となる好機となるだろう。

 尖閣での紛争に米国が参戦となれば、中共側は短期間で重大な被害を受けるのは必至。それを承知でやるとも思えないし、そこまでの覚悟があるとも思えない。

 米国が日米安保を履行せず日中介入に躊躇し、自衛隊が中共軍を追い払うことが出来なかったとしても、国民が領土主権の重要性に目覚め、現憲法や国防力を見直す契機になるとしたならそれはそれで御の字だ。 だが、中共の場合はそうはいかない。

 紛争での失態は、習近平体制の威厳を失墜させることとなり、巨大な軍事力を背景に弾圧されている周辺の国々は独立に向けて自信を深めることになるだろう。

 中共なんぞ単なるチンピラ国家。いっそ尖閣列島で紛争が勃発してくれれば一気に共産主義体制を崩壊させる千載一遇の好機となり世界から称賛されるに違いない。

 未だに、GHQの謀った戦後民主主義教育の洗脳に目覚めることなく、日本軍悪玉論から大東亜戦争の大義も理解しようともせずに、日本のアジア侵略を糾弾し「日本は過去の過ちを反省しアジアの方々へ謝罪すべし!」との愚論を散見する。

 我が国が謝罪する必要があるというなら、その最大の過ちは中国共産党の跳梁跋扈を許したことであり、最大の償いはその共産主義という「癌」を取除くことだ。

 尖閣諸島での戦争が勃発し、自衛隊が中共軍を追い払えれば、西沙諸島、南沙諸島、或いはインドやカシミール地方た台湾、香港など中共の無法、虐政に呻吟している国々にとって希望の灯りとなり、世界の平和に大きく貢献することとなるだろう。

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2022年01月22日

日越友好と殖え続けるベトナム人犯罪者

 警視庁組織犯罪対策課は、自分名義の在留カードを他人に提供したなどとして入管難民法違反容疑で、ベトナム人二人を逮捕した。内一人は防衛大生だというから驚いた。衛大3年のドー・トゥアン・ギア容疑者はベトナム陸軍に所属している。

 ギア容疑者は「報酬を出す」とのSNS上の広告に応じ、同じくベトナム人の職業不詳ダン・クオック・ナムに在留カードの他にパスポートや学生証も送ったという。だがドー容疑者は「報酬はもらえなかった」と話しているというから嗤えない。

 ダン容疑者は受け取ったカードなどを詐欺関連グループに売却。カードやパスポートが銀行口座や携帯電話などの不正な契約に使われた可能性があるとみている。日本国内での外国人犯罪は今や支那人を抜いてベトナム人がトップに躍り出た。

 近年、ベトナム人犯罪者が殖え続けている現状はとても看過出来るものではない。国籍別ではベトナム人犯罪者が殖え続け留まるところを知らない。

 外国人犯罪の特徴というのは民族の団結が強く、団地などでコミュニテイを形成し仲間同士で犯罪を繰り返すのが特徴。以前は支那人やフィリピン人、ブラジル人などが暗躍していたが、今では不良ベトナム人の勢力が拡大しているという。

 ベトナム人らも我が国とベトナムの歴史や深い関係を知っていれば安易に犯罪を起こすこともないのだろうが、こうした現実は営利至上主義に奔る企業の外国人労働者の受け入れや、観光立国という愚策の弊害であるのは言うまでもない。

 ベトナムは中華人民共和国に接する国で元々は清の朝貢国だった。そういう関係もあり、日清戦争で清が我が国に敗れると、ベトナムをフランスに割譲してしまう。

 フランスの植民地となる事態を危惧したベトナムの愛国者・ファン・ボー・チャウはこの窮地をどうにかしようと我が国を訪れる。ファンは当時の首相だった犬養毅に拝謁し「助けてくれたら朝貢するので助けて欲しい」と申し出た。

 当時の日本というのは、日清戦争に勝利すると、続いて帝国ロシアとの日露戦争の真っ最中だったからベトナムなんぞにに介入するそんな余裕もない。

 犬養はファンの申し出に「自分達で何もせずに『助けてくれ』などとは都合が好過ぎるのではないのか。自分の国はどんなに犠牲を払おうとも自分達の手で守るものだ。自分達でどうにかするというのであれば協力は惜しまない」と諭した。

 ファンはこの犬養の言葉に恥じ入り、自身の軽挙を戒め思い直す。その後、我が国はベトナムから多くの若者らを受け容れ、世界の歴史や情勢を教え、そして戦い方を教えた。結果、ベトナムはフランスを追い出すことに成功する。

 だが、歴史というのは非常であり、その後、米国がベトナムに侵攻する。所謂「ベトナム戦争」でも屈せず、その米国も追い払うことに成功した。

 ベトナム戦争で米国軍撤退を好機と見た鄧小平は、中国人民軍をベトナムに侵略させる。だが、ベトナムはこの「中越戦争」にも勝利を収めた。

 軍事力に乏しいベトナムは戦争で負けたことがない。こうした要因は、ベトナム人の気高い民族性やベトナム軍の士気の高さに在るのは当然乍ら、何より、我が国の留学生への教育と先人の寛容さの賜であったと言っても過言ではない。

「中越戦争」で敗戦した中共の最高指導者・鄧小平は、その後、敗戦を教訓に軍事大国化の道を選ぶ。その後の中共は、武力を背景に「帝国主義国」として、チベットやウイグルなどでの弾圧や尖閣や南沙諸島への侵略・威圧行為を行っている。

 こうした中共の傲慢さを招いた要因は、見方に由っては、ベトナムへ「戦い方」を教えなければその後のアジアの勢力地図も変わっていたかも知れない。

 今や我が国は国の大本である国防を米国に丸投げ。「自分達で何もせずに助けてくれなどとは都合が好過ぎるのではないのか。自分の国はどんなに犠牲を払おうとも自分達の手で守るものだ」との、ファンを諭した犬養の言葉が虚しく響く。

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2022年01月21日

「酒」は食卓の左に「醤(酒肴)」は右手に置くべし

「酒を飲まない人は人生の3分の2を損してる」といったのは山口瞳だったか誰だったか忘れたが、まぁ、人生の3分の2を損してるかどうかは知らないが、酒を飲まない人と飲む人じゃ懐具合は3分の2は失ってるのは確かだわな(笑)

 坂本龍馬が「酒は飲むべし酒は飲むべし 人生唯酒ありて肝を開く 酔中の快楽人知るなし」と訓えたが、酒というのは飲む人じゃないとその愉しさは分からない。腹を割って忌憚無く喋れるには酒は貴重な存在で、本音を曝け出してくれる。

 吉田松陰は「花柳詩酒に陥る如きは真の道に志す者の必ず暇あらざる所なり」と、道を志したのなら、飲食街で遊んだり、詩や酒に狂うというような暇は絶対にないと訓えてるてるのだが、松陰先生というのはチョッと堅物過ぎるな(笑)

 水戸光圀の教えの一つに「欲と色と酒を敵と知るべし」というのがある。これは吉田松陰の訓えとはチョッと違う。酒を飲まない人や欲の無い人が、態態、こういうことは記さない。若い時分に女と酒に溺れ、失敗した戒めだろう

「数々の過失は酒と共にあり その酒抱きて今日も堕ちなん」とは、最後の浪人と言われた阿部勉の詩だが、愚生には松陰や光圀よりこの詩が一番合っている。

 どうせ飲むなら上等の酒が好い。愚生は日本酒なら純米酒が好きだが、その中でも酒蔵自慢の純米対吟醸や純米吟醸が好い。酒肴には拘らないが酒器は錫の御猪口とちろりでやる。そこに気の置けない酒敵や酒友がいれば言うことはない。 

 酒好きのことを「左党(さとう)」といい「ひだりきき」ともいう。「左」が付く言葉で「左団扇」とか「左党」とか好ましい意味もあるが、知能が足りない者などを「左巻き」というし、正しい道に反することを「左様」という。

「左」という言葉は悪い意味で捉えられることが多い。正しい道に反する「左様」という「さようでござるか」を「左翼でござるか」と当て嵌めると分かり易いだろう。要は、左党というのも酒飲みを揶揄してる言葉にも思えるな(笑)

 その点、「右」はというと「右肩上がり」とか「右腕」だとか「右」という字は好ましい意味で捉えられる。「右倣え」とは言うが「左倣え」とは言わない。

 左に倣うとロクなことにはならない。日本では何故か愛国者は右翼勢力と断じられるが愛国者でない左翼は日本だけの珍現象。やっぱ「左」はイケません(笑)

「正しい」を英語で言うと「right」。「オーライ(all right)」は「よろしい」とか「差し支えはない」とか「任せなさい」という意味になる。要は、全ての日本人が右に倣え(all right)ば、正しくて好ましい国になるということだろう(笑)

 儒教の経典である「経書」の一つである「三礼(さんらい)」に「周礼(しゅらい)」「儀礼(ぎらい)」「礼記(らいき」と称される礼儀に関する書物がある。

 その中の「礼記(らいき」に、「酒在東 醤在西 所謂左酒右醤是也」という下りがある。つまりは、「酒は食卓の左に、醤(酒肴)は右手に置くべし」ということから、専ら左手を利かせる人を酒好きな「左党」となったという。

 左手で呑んでる人を見ると、どことなく酒を極めている様に思えるのは確かだ。酒飲みを哲学的に教えたところでどうでも好いが、まぁ、愚生に言わせりゃ、本当の酒好きってのは右手や左手よりも口から先に行っている様にも思う(笑)

 酒飲みとは単に酔っ払えばイイというものでもないし、酒道となると存外難しく奥が深い。まぁ、酒は明るく楽しく呑むのが一番だが、安酒やタダ酒飲んで酔っ払えばイイというものでもなく、毎日飲む酒なのだから少しは拘った方が好い。

 山口瞳の小説「居酒屋兆治」だったか、呑み屋の極意は「一・人」「二・酒」「三・肴」と訓えたが、居合わせた隣りの客にしろ、一緒に飲む友人にしろ、これがイマイチだと酒が不味い。この三拍子と酒敵が揃うというのは幾度もない。

 酒敵や酒友と飲む酒は大いに盛り上がる。酒での過失は数え切れず、それでもそのバカな数(失敗)は場数(経験数)となって、その人間味も益して行く。

 大らかに誘いを受け無心に酒を飲み、飲む程に、酔う程に、周りの人までも愉しくさせる。左党とは実に厄介ではあるが、酒道とは奥が深いのである。呵呵。

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2022年01月19日

高齢化社会の弊害は貯めに貯め込んだカネを使わないことに尽きる(笑)

「朋あり遠方より来たる。また楽しからずや」。親しい友とはかけがえのないものであり、「人生は邂逅の一言に尽きる」というが、人生の中で得た多生の縁を意気に感じつつ、気の置けない友人と一献しながらの語らいほど愉しいものはない。

 昨日は、某友人と駅前の「天ちゃん」で待ち合わせ。開店4時に飲み始めたが焼鳥はデカいしモツ煮やコブクロ刺しで腹がパンパン。友人が来たのは5時には既に酔っ払い状態。それでも、時局やら他愛もない話で盛り上がる。

 この店は一人2時間が原則。他の店に移動しようと思ったら、故郷の小浜から同級生と後輩二人が到着。座敷に移動し、2時間の原則もなんのその、何を話したのかも忘れたが大いに盛り上がった。その後、カラオケをしにスナックへ。

 店はコロナなんぞ関係なしに大入り満員。ママも頑張ってるよなぁ。店を開いて40年だとか。その後はカレー南蛮を食べに「辰美」へ。郡山市で飲んだ〆はやっぱりここ。カレー南蛮を食べる前にレバニラでサッポロラガーを飲むのが愚生流。

 次回は「爆ちゃんの車座会議兼森伊蔵を飲む会」を小浜でやることを約束し別れた。その後は一人で「バー八百甚」へ。マスターも元気そうだ。ジンリッキーとマスターおススメの笹の川酒造の「YAMAZAKURA安積」をロックを呷って帰宅した。

 閑話休題。己の努力の無さもあるが、支援者がめっきり減って慢性的不如意からの脱却も儘成らない。一献の誘いも不如意を理由に断ってたら誘ってくれる人もとんと少なくなってしまったが、声掛けに応じてくれる友人がいるのは有難い。

 寒いし、家でチョッと呑んで、早めに寝るのが好いが、こういうことを皆がやってると景気にも影響する。歳を取ると「足るを知り」別に今あるもので足りてしまう。また戦後を知る人は極貧の日本を知ってるのでいざという時の為に蓄えたがる。

 歳を重ねるほど物欲や食欲が減退していくが、こうしたことが積み重なると経済の波及効果も乏しくなる。日本の高齢化社会の弊害はこうした構造にも一因が。

 例えば、外食しようにも「勿体ないから家で済まそう」とか「クルマを買い替えようと思ったが今回は車検で好いか」とか、洋服にしろ何にしろ「別に今買わなくても」となる。こうしたことこそが高齢化社会の弊害でもある。

 年寄りというか、歳を重ねた人やカネを持ってる人が率先して景気対策に貢献しようとと散財すれ好いのだが、如何せん、歳を取ると先のことが心配になって貯蓄に回してしまう。況してや「コロナだから外出するな」じゃ景気は好くならない。

 歳を重ねた者こそが大いに遊び、大いに散財することで景気対策にも繋がって来るのだが、ケチな老人が多く、貯めに貯めたカネを「還付金があります」などと言われて詐欺師にまんまと取られたり、ホント間抜けとしか言い様がない。詐欺師らを庇う訳ではないが、騙し取ったカネで豪遊してるなら景気にも一役買っている(笑)

 財を成したところで使わなければ単なる「モノ持ち」。人間死んだら終わり。残した遺産の相続で揉めるだけ。愚生の座右の書「徒然草」にはこう書かれてる。

「財多ければ、身を守るにまどし。害を買い、累を招く媒なり。身の後には、金をして北斗をささふとも、人のためにぞわづらはさるべき」(第三十八段)

 子供の為にと苦労して遺したカネがとんだ災いとなることも多く、だったら、生きている内に稼いだカネはパーっと使った方が自分の為にも、残された子供達にも、況してや日本経済にとっても好い事尽くめなのである(笑)

 第三十八段の意味は、「財産が多いとそれだけ身を守らねばならず、面倒な煩いを招く元となる。例え死んだ後でも残された遺族たちは財産分与で揉めるだけだ」

「三年間、酒を飲んでみよ。恐らく金がなくなるだろう。では、三年間、酒を飲まずにいてみよ。それでも金はなくなる」という諺がある。カネなんてのはそんなもの。

 酒でも煙草でも博打でも欲しい物があったら買えば好い。酒や博打を止めたから、買うのを我慢したからといってその分貯蓄が増えるかというとそうでもない。

 結局のところ、酒飲みにしろ、競輪、競馬、競艇などの公営ギャンブルにしろ、パーッと飲んで、パーっと遊んだ方が本人も国も活気が出るし、波及効果によって自分自身にも巡って来るというものなのだ。コロナ蔓延防止なんぞ天下の愚策。

 カネはモノじゃないから使うことで価値が上がるし経済も回る。昨今の成金というのは「カネ持ち」というより「モノ持ち」というのが正しく、カネのある奴はパーっと使ってナンボ。何なら愚生がその使い方を教えてあげましょうか(笑)

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2022年01月18日

「死後の幸せ」を意味する「冥福」は宗派によっては使用してはならない

 地元紙に実兄が出てた。先日死去した漫画家・水島新司の追悼記事。大学時代、草野球で水島新司とバッテリーを組んだこと。また、漫画「ドカベン」の甲子園決勝で明訓高校の対戦相手の「いわき東高」の2番打者で「佐久間」選手のモデルになったことなどを語ってる。愚生もこの自慢話をよく聞かされてたっけ(笑)

 ただ、記事の中での「ご冥福を祈る」との表現はチョッと違和感を覚えるなぁ。純粋なお悔やみを否定する訳ではないが、「冥福」というのは「死後の幸福をお祈りします」意味。浄土真宗では「死というのは穢れではない」と教えているから、「死後の幸せ」を意味する「冥福」は使ってはならない言葉でもある。

 浄土真宗は、「故人を阿弥陀如来の智慧の光明によって極楽浄土へと導く」という真理であり、死後の幸せより、阿弥陀如来への信心を重視している宗派である。「ご冥福」というとそれらしく聞こえるからつい使いたがるが間違っている。

 浄土真宗やキリスト教など宗派に拠っては故人への冒涜となることもあるから易易と使ってはいけません。故人の宗派が分からない場合は、「お悔やみ申し上げます」「ご愁傷様です」「哀悼の意を表します」などと言い換えた方が好い。

 政治家の選挙活動の一環である弔電も、故人の宗派に関係なく「ご冥福」のオンパレード。恐らくは宗教の訓えなんぞ知らないバカな秘書がやってるのだろうが、こういう一票欲しさの選挙運動である弔電披露なら送らないない方が好い。

 人間というのは、誰しも健康であれば明日があると思って生きている。自分だけは「直ぐには死ぬことはない」と思って生きている人が殆どだろう。「死」というものは貧乏だろうが金持ちだろうが、誰にでも平等に与えられた道でもある。

 人間というのは死に向かっているのに必死に生きる。「死と生」というこの二つは矛盾してる。生き続けるというのは、死に近付いているということでもある。

 日本人の多くは仏教徒だろうが、その宗派も分からない人が多い。死んだ時だけ坊主のお経を有り難がり、死後に戒名を頂く意味すらも分かっていない(苦笑)

 抑々、自分の家や先祖の宗派を知ってる人は少ない。宗派や仏教の教えを理解していないから「ご冥福を」などという言葉が簡単に口から出てしまうのだ。

 そういう人に限って、墓参りにしても宗派関係なく「南無阿弥陀仏」や「南無妙法蓮華経」で済ませていないか。まぁ、墓参りしてるだけ好い方か(笑)

 愚生の実家は真言宗だから「南無大師遍照金剛」と唱える。愚妻の実家は曹洞宗だから「南無釈迦牟尼仏」。然し乍ら、身内でもきちんと唱えている人は少ない。

 大半の人は、墓参りや先祖供養は仏教の習慣であり、お釈迦様の教えであると信じているが、先祖供養や墓参りは天皇の詔(みことのり)として始められた行事だった。春と秋に行われる皇霊祭が、国民が祖先を供養する行事として定着した。

 仏教とは、釈迦牟尼の悟りから出発した釈迦牟尼の教えであり、その仏教は「輪廻思想」を大前提としている。釈迦牟尼は「生・老・病・死」という“四苦は人間の宿命であり、この世に生まれて生きること自体を苦しみとしました。

 釈迦牟尼は現世を苦しみの世界と捉えた。仏教の目的は、悟りを得て輪廻から抜け出す。輪廻とは、衆生が三界六道の中で死と再生を繰り返し続けることである。この輪廻から抜け出たとき、本当の幸せが訪れると考えている。

 仏教での修行は、輪廻から抜け出すことを目的としたものである。俗に彼岸の中日には先祖に感謝し、前後の6日間は悟りの境地に達するのに必要な6つの徳目である「六波羅蜜(ろくはらみ)」を1日に1つずつ修める日とされている。

 六波羅蜜の修行とは、施しという徳の「布施波羅蜜」、戒律を守る徳の「持戒波羅蜜」、忍耐という徳の「忍辱波羅蜜」、努力という徳の「精進波羅蜜」、精神統一という徳の「禅定波羅蜜」、智慧という徳の「般若波羅蜜」をいう。

 六つの徳目の中で「持戒」「忍辱」「精進」「禅定」「智慧」という教えは言葉では理解出来るが、これらを修め身にするのは容易なことではない。

 死んでも「戒名さえ貰えば極楽浄土に往ける」と思ってる仏教徒ばっかだが、戒名を頂くということは「お釈迦様の弟子になる」ということであり、要は、仏教徒というのは生きている間も修行、死後もその修行は延々と続くのである。

 訃報に接すると軽々しく「ご冥福を」などと書き込んで悲しんでるそこの貴方、これを機に親や先祖の宗派や「死」について考えてみては如何でしょう。呵呵。

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2022年01月17日

天の怒りか地の声か そもただならぬ響きあり 民永劫の眠りより 醒めよ日本の朝ぼらけ(青年日本の歌・昭和維新の歌)

 一昨日、南太平洋トンガ沖の海底火山で大規模噴火が発生し、太平洋沿岸や奄美群島などに津波が押し寄せた。幸い我が国の被害は小規模だったが、トンガでの被害状況が不明なのが気になる。我が国も世界に先駆けて支援を表明するべきだ。

 平成7年1月17日午前5時46分、淡路島北部沖の明石海峡を震源として、マグニチュード7.3の兵庫県南部地震(後に阪神淡路大震災)が発生した。自衛隊に批判的な日本社会党の村山富市政権だったこともあり、多くの犠牲者を出してしまった。

 大都市の直下型地震は我が国では初めてのことで、村山政権の対応など多くの教訓を残した。だが、残念ながらその後に起こった東日本大震災を始めとした災害を見る限り、危機管理や災害対策で万全な体制を執って来たとは思えない。

 何故に我が国は眼前の危機に対して、三島由紀夫が指摘した通り、敗戦の汚辱を払拭せずに戦後の経済的繁栄だけに現を抜かし、国の大本を忘れ国民精神を失ひ、本を正さずして末に奔り、国家百年の大計を米国に依存することが当然と考えている。

 大東亜戦争の大義も知ることなく、敗戦という教訓を活かすことなく、唯々「反省と謝罪」を繰り返してきたことで、国家としての大義を忘却してしまったことこそが抑々の間違いであり、我が国が未だ主権国家として体を成さない元凶である。

 阪神淡路大震災、そして東日本大震災等で被災された多くの方々の犠牲を無駄にすることなく、今後の我が国に押し寄せるであろう災害や危機に対し、万全なものとなる様に更なる高度な対策を構築しなければならないのは言うまでもない。

 阪神淡路大震災が起こった際の首相は、史上最低・最悪の村山富市だった。党利党略を優先する余り、国防や国益を死守しようなどとは毛頭にも無い、こうした無能な左翼のアホを持ち上げ連立を組み、首班指名した自民党にも責任が在る。

 村山が首相指名を受ける前年、羽田内閣が少数与党内閣となり総辞職。政権復帰を目指した自由民主党は、日本社会党(村山富市)・新党さきがけ(武村正義)と連立政権を組むことに合意するが、その自民党総裁も最低・最悪の河野洋平だった。

「自衛隊違憲合法論」を標榜する社会党の委員長だった村山は、被害が拡大していく中で、自衛隊違憲合法論に拘る余り自衛隊の出動に難色を示し、結果、その対応の遅れと拙さから数千人もの助かる命が失われたことは断じて赦されるものではない。

 自衛隊への出動命令の遅れを批判された村山は、驚くことに「なんせ、初めてのことじゃけ~」と他人事の様に語った。こんなのが総理大臣だったのが恥ずかしい。

「言い訳は見苦しいばかりではなく同じ過ちを繰り返す」とは徳富蘇峰。その後、村山は、日韓併合の植民地支配と大東亜戦争を「侵略」と断じて「村山談話」を発表し、慰安婦問題で火に油を注いだ。国民を救えず歴史を改竄し国益も害した。

 東日本大震災時の首相であった菅直人も、現場視察強行やSPEDDIによる数値隠蔽で、要らぬ被曝を招いたこともまた然り。最低・最悪の政権の時に何故に史上最悪といえる天災が起こるのだろうか。これはやはり、天譴だったのではなかろうか。

 青年日本の歌(昭和維新の歌)に「天の怒りか地の声か、そもただならぬ響きあり、民永劫の眠りより、醒めよ日本の朝ぼらけ」との一節がある。我々は歴代政府の不作為を剔抉粛清し、国内に蔓延るあらゆる不条理を糺さなくてはならない。

 不条理の代表的な存在といえるのが自衛隊だろう。昭和25年8月9日の警察予備隊発足以来、昨年末までで実に2019名の自衛官が殉職されており、昨年も18柱が合祀された。詳細は、陸自1086柱、海自470柱、空自432柱、機関31柱に上る。

 阪神淡路大震災や東日本大震災を始め、災害派遣や我が国の平和と独立、国民の生命財産を守る為の活動や日夜行われている厳しく危険な訓練などで、2019名以上の自衛官が殉職されていることを果たして国民の何人が知っているのだろうか。

 国家の防衛と国民の生命・財産を守るべき自衛隊が、災害派遣という都合の好い便利屋的な任務で殉職していることも知らされないというのはどうしたものか。

 こうした殉職自衛官に対し、国家や国民が感謝するのは当然だが、悲しい哉、日本共産党や日本社会党を始めとしたクソ左翼どもは自衛隊を否定し、訓練さえも批判する。況してや殉職された隊員に対し感謝する気持ちさえ持ち合わせていない。

 殉職された隊員に対しては如何に慰霊・顕彰すべきなのか。殉職自衛隊員の慰霊と顕彰の処し方や現役自衛官の処遇は、財政再建や社会保障よりも優先されるべき喫緊の課題であると考えるが、未だ自衛隊は違憲の存在の儘に放置され続けている。

 自衛隊殉職者追悼式は市ヶ谷駐屯地内の慰霊碑の前で政府関係者と自衛隊関係者のみで行われる。殉職された自衛官は、靖國神社に祀り、国民が感謝の誠を捧げるべき存在であるとだと思う。然し、如何せん自衛隊の存在があやふや故に儘ならない。

 三島由紀夫は嘗て檄文の中で、「自衛隊は国軍たりえず、建軍の本義を与えられず、警察の物理的に巨大なものとしての地位しか与えられず・・・」こう喝破した。自衛隊は三島が憂いた様に、未だ違憲状態の儘、放置され続けている。

 日本国憲法第九条第一項で「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と宣言している。

 第二項では「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」と明記されていることでも分かる通り。悲しい哉、好き嫌いは別にして自衛隊は明らかな憲法違反の存在なのだ。

 こんな不条理がいつまでも赦されて好いとは思えない。阪神大震災や東日本大震災など毎年起こる災害で救援活動や民生支援など正に命を賭して活動し、日夜訓練に励む自衛隊員と自衛隊の存在を、まともな日本人ならば誰も否定はしまい。

 安倍元首相は「集団的自衛権」に対し、憲法解釈などという姑息な手段でその場を凌ぎ、安保関連法案の際にも同じ轍を踏んだ。何故に堂々と現憲法の矛盾点を指摘し、自衛隊を名誉ある軍にしようとしないのだ。現憲法の矛盾や不条理を解消することに、誰に何を慮るというのか。これ以上の政治の怠慢は断じて赦されない。

 我が国の危機管理と防災と国防が万全盤石なものとなり、より高度な対策が構築されて行くことが、阪神淡路大震災や東日本大震災等の災害で犠牲になられた方々の無念さに応える唯一無二のものであると信じて止まない。合掌。

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2022年01月16日

第七十六代内閣総理大臣の海部俊樹の死去に思う

 第七十六代内閣総理大臣の海部俊樹が死去した。享年91歳。「海部の前に海部なし。海部の後に海部なし」と早稲田大学雄弁会で語られたという逸話は記憶してる。確かに舌鋒鋭く演説は上手だが如何せん人相同様イマイチ迫力が乏しかった。

 首相に就任出来たのも、リクルート事件や女性スキャンダルに縁遠く、クリーンなイメージだけで無難なところが買われたのだろう。当時最大派閥の竹下派が支援したことで総理総裁となるも、自民党幹事長に就いた小沢の傀儡政権だった。

 自民党幹事長に就いた小沢は「海部首相の無能」との評判に関し「海部首相の無能」との評判に関し、「シャッポ(帽子)は軽い方が好い」と発言。更に「担ぐ神輿は有能でない方が使い易い」との発言が新聞紙上を通じ一気に有名になった。

 この発言は小沢一郎の性格を良く現した話として小沢がカリスマ性を浴び党内実力者として持ち上げられて行くが、後に小沢側近で秘書の平野貞夫(後に参院議員)の発言だったと判明する。平野が記者の前で、オフレコで話した言葉だった。

 記者らはそうした経緯を知っていながら「平野秘書」と書かずに「小沢幹事長が」という主語で記載した。秘書の発言よりも小沢の発言とした方が、よりニュース性が高いと判断したからだ。マスコミはこうして印象操作し国民を誘導する。

 マスコミは「周辺のエピソード」を、全て小沢の功績であるかの様に報道し、このマスコミに因る印象操作に因って、何でもない事や日常茶飯事でさえも、全て国民の持つイメージを増幅する形でデフォルメ(誇張された表現)されてしまった。

 小沢一郎について国民はどんなイメージを持っているかと言えば「剛腕」「壊し屋」というイメージが一般的であり、もう少し政策などを見ている人は、政治家の中でも熱烈な「親中派」であり、逞しい「親韓」というイメージだろう。

「真実の小沢一郎」とはどのような人物なのだろうか。実際に小沢に会った殆どの人が同じ様な感想を話す。そこには政界を牛耳る「剛腕政治家」の姿は何処にも見えない。どちらかというと「普通のおじさん」というイメージしかないという。

 逆に「何処から見ても弱弱しい、気の小さい、そして、酒好き・女好きな何処にでもいる初老の男でしかない(宇田川敬介)」という。(※初老とは四十歳をいうが勘違いだろう) 。その「普通のおじさん」が「剛腕政治家」に化けるのは何故か。

 決定的になったのは前出の「シャッポは軽い方が良い」という発言に関するエピソードだ。その後の日本新党ブームに肖った細川護熙内閣成立、自民党の下野の立役者として活躍した小沢一郎の、正に代名詞になったかの如き発言である。

 海部の話に戻るが、自衛隊派遣など当時では難しい外交政策を乗り切ったと評価されてるが、要は追米に加え、憲法議論議論さえも出来なかったことは無能故のことだ。そういや、在日韓国人の指紋押捺の廃止を実行したのは海部だったな。

「内閣の命運を賭けた」という小選挙区制度導入が頓挫すると退陣する。その後、小沢一郎も派閥抗争に敗れて自民党を脱党し、何故か海部も小沢に付いていった。小沢は海部を新進党の初代党首に持ち上げるも蜜月はそうは続かなかった。

「政治改革」の名の下に謀られた小選挙区制度は派閥抗争で敗れ自民党から脱党した小沢らが自民党派閥解体が目的だった。今や国会議員の8割以上が官僚上がりと世襲議員しかいなくなったのも海部のマヌケな政治改革の置き土産でしかない。

 斯くして小沢らの策謀に嵌り我が国は二大政党の道を選択した。然し、小選挙区では「赤か白」的に一人しか選べない、小選挙区制度は中庸を旨とする日本人にはそぐわない。自民党か共産党かではなく選択肢が多い制度にするべきだ。

「10増10減」にするというが、投票を義務化し「該当者なし」の項目を創れば好いし、例えば、福島県は以前は中選挙区(5区)に分けられていたが、これを「浜通り」「中通り」「会津地方」の三つに分け、夫夫当選者を4人~5人とすることで、巨大政党に所属しなくても当選出来る制度に替えるべきだと思う。

 現在の選挙制度では、幹事長を始めとした党幹部に気に入られ、主張も政党の意向を優先させられる。つまり、憲法改正にしても「自民党がやろうとしている憲法改正は現憲法を護持することになるから反対」と主張したら党公認は無理だろう。元官僚や世襲ばかりでは国会がつまらなくなる一方だしに新しい風が吹くことは無い。

 死んだ人を批判するのは本意ではないが、自民党政治の劣化が顕われ出したのも海部の無能も少なからずある。今や小選挙区制度比例並立制が政治が生業となってる元凶である。更には細川護熙が謀った政党助成法が政治劣化に拍車を掛けている。

 いけしゃあしゃあと自民党に復党した海部だが、過去の愚策と己の無能を猛省することはなかった。小選挙区比例並立制にしろ、国民への詐欺行為である政党交付金制度にしろ、海部らが遺した悪しき政治システムを終わらせるべきだと痛感する。

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2022年01月15日

売春を「悪」とか「不潔なもの」と考えているのならどっちもどっち

 団体も辞し上京する機会も減り好きな寄席にも行けなくなった。落語というのは話術も勉強になるが、日本人として学ぶべき歴史や蘊蓄などが沢山詰まってて参考になる。街頭宣伝をする活動家は本より寄席で人間模様を学んだ方が好い。

 ほろりと来る人情噺も好いがやはり笑える滑稽なネタが好きだ。落語には吉原に纏わる一席は多い。愚生の好きなネタの一つに吉原を舞台にした「錦の袈裟(にしきのけさ)」というのがある。上方落語では「袈裟茶屋」と呼ばれる古典落語である。

 昔は、江戸っ子が遊びに行くといえば吉原と相場が決まってて、そんな男衆が何人か集まると必ずこの吉原での遊びの話になったという前説から始まる。

 扨て、祭りも終わり、打ち上げを吉原でということになるも、何やら「隣町の連中が吉原で緋縮緬(ひぢりめん)の揃いの長襦袢で遊んで盛り上がったらしい」という話を耳にし、「ならばこっちはもっと派手に」と、全員で錦の褌(ふんどし)を着けて総踊りという案を出す。だが、褌がどうしても一人分足らない。

 そこで与太がかみさんに相談。かみさんは、褌を作るにしても緋縮緬布など無いし、そこでかみさんが一考。「あそこの住職の袈裟を借りてこい。それで褌をこさえてやるから」と相成り、どうにか男衆全員で吉原へ繰り出すこととなった。

 吉原に着くなり男衆らは座敷でどんちゃん騒ぎ。仲間が芸者に相手にされない中で、錦の褌をした与太が茶屋ナンバーワンの花魁に惚れられるというオチ。

 住職の派手な袈裟を褌にしてしまうとは色んな意味で快哉なネタだ。で、与太とかみさんの遣り取りが面白い。しゃあしゃあとかみさんに「吉原に行くから」と相談する方もする与太も与太だが、それを聞いたかみさんの台詞がまた好い。

「必ずそういった話になるから、祭りってのは嫌いなんだよ。でも、行かせないってのも、後後、色々言われるし。あんた、帰って来る時は塩でしっかり洗って来るんだよ!」と、おかみさんは与太に袈裟の褌を着けさせ送り出した(笑)

 昔の吉原遊郭というのは、男が遊ぶ場所で社交場でもあった。女房にしても商売女(芸者)との遊びは遊びとして気に留めず、大らかさがあったのは確かだろう。

 昭和31年、売春防止法が施行されて以降、売春という行為そのものが「如何わしい行為」「不潔なもの」とされてしまったことで性への認識が変わって行く。

 売春が人としての尊厳を害し、性道徳に反し、社会の善良の風俗を乱すものであると施行されたが、所謂従軍慰安婦問題などの根底にはこうした売春婦への嫌悪感や差別があるのは確かだろう。だが、売春防止法は戦後11年後に施行されている。

 つまり、それまでは売春は合法だったのだ。売春婦に成らざるを得なかったことは憐憫の情は隠せない。未だに韓国では、慰安婦という名の売春婦だった婆さんが被害者ぶって大騒ぎしてるが、いつまで経っても強欲さは消えることは無い。

 大正から昭和初期の日本は利益は財閥が独占し、政治の不作為甚だしく、多くの国民が貧困に喘いでいた。中でも、冷害に襲われた東北の農家の貧しさは酷いものだった。口減らしや、家族や幼い妹や弟を救おうと姉が身を売らざるを得なかった。

 韓国人慰安婦より東北や九州の農家の女性が多かった。昭和維新を惹起した五一五事件や二二六事件の背景にはこうした不条理があったことを忘れてはならない。

 金儲けとしか考えない現在の違法な売春行為と、昔の吉原の遊びを一緒くたにするのは無理があるが、ある一時代には、悲しい哉、職業として娼婦に成らざるを得なかったことを、現代の安っぽい倫理観や道徳観で語るのは如何なものか。

 政治の不作為から極貧に喘ぎ、故に吉原に売られた幼い子らも自分の意志ではないにしても、身体を張って家族を守り、そして貢献したことは立派なことだと思う。

「慰安婦は職業としての売春婦」と発言し、騒ぎになると直ぐに発言を撤回したアホな国会議員がいたが、この発言を鬼の首を獲ったかの様に断じている連中は売春そのものを「悪」であり「不潔なもの」と考えているのならどっちもどっちだ。

 売春行為が絶対悪ならば売春婦を摘発し、彼女らが身体を売らないで生きられる具体的な施策を打ち出すべきだがそれも到底無理なこと。性は自然の摂理であり、特に男性の生理現象は愛情が無くても十分。ソープランドは必要なのだ(笑)

 いっそのこと、売春防止法を廃止し、遊郭や赤線を復活し、世の男性に夢を与えた方が好い。非合法だから料金もそれなりに高くなってるだけで、赤線復活となれば売春相場も激減し、売春しようという女性も少なくなるのではなかろうか。

 街の彼方此方に立ってる外国人女性の売春や非合法の売春は否定するが、ソープランド嬢は菩薩であり、慰安婦というのは立派な職業だったのです。浅草演芸場の寄席も好いが、菩薩に会いに錦の褌を締めて吉原へ繰り出したい気分だ。呵呵。

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2022年01月14日

本日1月14日は尖閣諸島の主権の正当性を認めた「尖閣諸島開拓の日」



 今日1月14日は、尖閣諸島の主権の正当性を定めた「尖閣諸島開拓の日」。明治28年1月14日の閣議決定を受けて、沖縄県石垣市が条例により定めた記念日で、「尖閣諸島の日」や「尖閣の日」とも呼ばれるが、こうした歴史を知る国民は少ない。

 領土は国の主権というが、こうした認識ではロシアに不法占拠されている北方領土や、韓国に実効支配されている竹島を奪還することなど夢のまた夢。それどころかこの儘では尖閣列島も中共の支配下になる危険性を孕んでいる。 

 魚釣島などの五つの島(魚釣島、南小島、北小島、久場島、大正島)と岩礁からなる尖閣諸島は、国際法上の「無主地先占」(持ち主のいない土地を占有した国に、その領有権を与えるという考え方)に基いて、10年に及ぶ現地調査の結果を経て、明治28年1月14日の閣議決定に拠って沖縄県に編入された。

 世界各地の地図の上でも、中共や台湾の教科書でも日本の領土として公式に認められている。那覇地方法務局石垣支局の土地登記簿に拠ると、魚釣島、南小島、北小島、久場島、大正島の五島は石垣市登野城となっている。

 夫々の地番を有し、魚釣島、南小島、北小島は古賀善次氏の所有を経て現在は、埼玉県の栗原国起氏が所有し、九場島は那覇市の古賀花子氏、大正島は財務省の所有となっている。 南小島は現在、国が年間190万円で借り上げている。

 問題の多い尖閣列島を国が管理し上陸を規制する事で中共との関係悪化を防いでいるのだろうが、こうした弱腰、事勿れ、全方位外交で国土や国民の安全を護る事は出来まい。抑抑、憲法論議もせずに国家の安全保障を語っている事が空空しい。

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 画像は中華民国が石垣村に贈った感謝状。〈感謝状〉「中華民国八年冬福建省恵安縣漁民郭合順等三十一人遭風遇難飄泊至日本帝国沖縄県八重山郡尖閣列島内和洋島承 日本帝国八重山郡石垣島雇玉代勢孫伴君熱心救護使得生還故国洵矚救災恤鄰當仁不譲深堪佩特贈斯状以表謝忱 中華民国駐長崎領事馮冕 中華民国九年五月二十日」

〈解説〉「中華民国八年の冬に、福建省・恵安県の漁民郭合順ら三十一人が、海上で暴風の難に遭って漂流し、日本帝国沖縄県八重山郡尖閣列島内の和洋島(魚釣島の別称)に漂着した。その際、八重山郡石垣村役所の玉代勢孫伴君らが、熱心に救護に当ってくれて、遭難漁民らを故国に生還せしめるまで世話をしてくれた事に深く感謝し、ここにこの感謝状を贈る。中華民国長崎領事馮冕 中華民国九年五月二十日」

 明確に尖閣諸島が中華民国附属の島では無く、日本領の沖縄県八重山郡の行政区域の中に位置付けている。沖縄県領域の日本領であることを当時の中華民国政府が認識していたことの証拠資料の一つだ。中華民国が中共に替わろうが同じこと。

 1960年(昭和35年)に中華人民共和国で出版された「世界地図集」(北京市地図出版社)の中でも沖縄周辺の地図には「魚釣島」と記され、国境線も国連海洋法に従って与那国島と台湾本島の中間に引かれていることに括目したい。

 1960年といえば中華人民共和国が建国された後だ。共産党一党独裁の中共で、一出版会社が中共の許可も無く自らの解釈で国境を定めることは有り得ない。つまり、この地図(世界地図集)からも尖閣諸島が日本の領土であることが読み取れる。

 台湾も同様で、1965年(昭和40年)に国防研究院と中国地学研究所が共同で出版した「世界地図集・第一冊・東亜諸国」の国境線は、与那国島と台湾本島の中間よりも台湾側に寄り、「魚釣島」「尖閣(群島)」と記されている。

 そんな中で、昭和43(1968)年6月、国連アジア極東委員会が尖閣諸島周辺の東シナ海大陸棚に石油・天然ガスが埋没している可能性を報告する。この国連の報告以降、中共と台湾は唐突に尖閣諸島の領有権を主張し始めたのが真相である。

「反中国」を叫ぶ営業保守らの効果もあって尖閣諸島問題への危機感を共有してはいるが、悲しい哉、国民の領土主権の防衛意識は乏しく、北方領土がロシア(旧ソ連)に強奪され、韓国に竹島を乗っ取られた歴史的経緯を知る国民は少ない。

 寸土たりとも雖も、主権確立には戦いをしてまで死守しているのが世界の常識であり、歴史的にも「強奪された領土は奪い返すこと」でしか解決しない。領土問題が未解決なのは国家主権の甘さと弱腰外交が招いた悪因悪果である。

 領土は国の主権であり、尖閣諸島が中共に軍事占領される前に自衛隊の駐留や住民への上陸を許可し、実効支配は勿論のこと安全保障の確立を急がねばならない。

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2022年01月13日

「まだ分からないことが多いオミクロン株ですが」としながら12歳未満にもワクチン接種するという異常さ

 そういや4年前、東京から帰ってきたら体調が悪く、体温が39℃を超え「インフルエンザに罹ったな」と休日当番医に行った。隔離部屋に入ると他の患者がゲホゲホと咳込んでた。治療の結果「インフルエンザA型」となりタミフルを処方された。

 過去に何回かインフルエンザには罹ってるから慣れたもの。高熱に魘され、食欲も低下するもタミフルを飲めば数日で快方に向かう。だが、5日分のタミフルを飲んでも一向に治らない。ということで、かかりつけのクリニックに行くことに。

 検査をすると「五郎ちゃん、インフルエンザのB型だよ」。「インフルエンザAに罹ったばっかなのに」。何やら隔離された部屋で別の患者からうつったらしい。「AとBじゃウイルスが違うからねぇ」と笑われた。約10日で5キロ程痩せたっけ。

 コロナウイルスの中で、重症化傾向のある中東呼吸器症候群(MERS)と重症急性呼吸器症候群(SARS)に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が加わった。MARSもSARSも有効なワクチンも根治療法は未だ確立されていないが鎮静化した。

 COVID-19も同じく変異しながら鎮静化に向かっていると見るべきだろう。手洗いや嗽などの一般的な感染予防策は必要だと思うが、感染症対策分科会の尾身茂が「ワクチン接種こそ急ぐべきだ」との相変わらずの強要には違和感しかない。「狂気の沙汰も金次第」とかいうし、やっぱりワクチン利権絡みなんだろうな(苦笑)

 弱毒化しつつある流行性感冒に、緊急事態宣言まで出したって感染自体は防げない。ウイルスは変異して人間との共存を図ってるのだから感染力は高いが威力は無くなっている。感染者数の高さに比べ死者が少ないのがオミクロン株の特徴。何やら世界でこれだけ蔓延してるのに死者は35人程(1月10日現在)だという。

 twitterでこんなツイートが目に留まった「発熱やのどの痛みのある『軽症』であったのが約59%、酸素投与などが必要な『中等症』が約5%、『重症』が約1%。また、この入院患者のうち約8割がワクチンの2回もしくは3回の接種歴があった人でした」というもの。こんな状況なのにワクチン接種を強要するのは如何なものか。

 COVID-19やSARS-CoV-2がヒトに感染することによって発症する気道感染症(ウイルス性の広義の感冒の一種)を防ぐ為にワクチンが作られたが、既に気道感染症でもSARSでもない感冒症程度の症状に既存のワクチンを接種しようとは狂気の沙汰だし、怪しげなワクチンより治療を優先しないのが不思議でならない。

 大橋眞徳島大学名誉教授(免疫生物学)は、「病原体も遺伝子も証明されていないのにワクチンは作れない。接種されてるのはワクチンではない」「PCR検査も、遺伝子や病原体が証明されていないのにやってるが、現在のPCR検査は中国のグループが発表した想像の遺伝子で、それが正しいものとは証明されていない」と、ワクチンへの正当性やPCR検査に疑問を投げかけていることは全くマスコミ報道されない。

 12月8日現在でワクチン接種後に1387人が亡くなっている。オミクロン株が話題になってからは、オミクロン株での死者よりワクチン接種に因る死者の方が多い。年末に厚労省の新型コロナ対策の担当だった職員が「実際には10倍~100倍の死者がいる」と告発した後に自殺している。ワクチン利権の闇はかなり深い。

 毎年、風邪や通常のインフルエンザで死ぬ人はかなりの数に上る。新型コロナも早期に治療薬を投与することで重症化はしないし死者は防げる。なのに「3回目のワクチン接種」とか「オミクロン株が~」と感染者の多さだけを騒ぎ立てる。

 マスコミは感染者数だけを流すのは国民の不安を煽るだけ。感染者数より、重症者の数や死者数を知らせるべきだ。オミクロン株での死者より、他の病気や事故などでの死者が多いのに死者数の少ないオミクロン株だけを何故だか特別扱い。

 感染力の一番強いのは通常の風邪(流行性感冒)。風邪に行動制限したって意味は無い。そんなことより治療薬やワクチンの「国内生産体制」を確立し、国内で生産している他の病気の治療薬の中で、新型コロナウイルスの治療に有効であると製薬会社から承認申請されている薬については承認手続きを急ぐべきだ。

 左翼マスコミや尾身らが謀るコロナウイルスで恐怖の植え付けは、原発事故での放射線の恐怖を煽った反原発派と似たり。やってることは全てが破壊活動である。ワクチン接種も原発事故後に科学的根拠も無しに進められた除染作業と同じ。そんな煽りに便乗してマヌケな対策をしてる岸田首相の無能が顕わになる。

 感染症第二類指定を第五類に改め、自己責任にした方が国民の意識は高まるだろう。「まだ分からないことが多いオミクロン株ですが」としながら12歳未満にもワクチン接種するという。子供に怪しげなワクチンは接種してはならない。

 変異して気道感染症でもSARSでも無くなりつつある感冒症に既存のコロナワクチンが効くとも思えないし、接種後の死者数は尋常な数値ではないのに何故に3回目の接種を急ぐのか理解不能。新型コロナワクチン在庫一掃セールに因って、数年後、最大の薬害になる可能性は大きい。そうなったら誰が責任を負うのだろう。

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は中国武漢発症のウイルス。ジェノサイドを理由に北京オリンピック反対の声を上げてるが、ウイルスを発症させた中共の不誠実な対応を見ればオリンピックを開催する資格は無い。岸田首相は「オミクロン株蔓延」を理由にオリンピック不参加を表明したら株が上がるのにな。呵呵。

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2022年01月12日

北朝鮮の弾道ミサイル発射に「遺憾砲」で対抗する日本政府(苦笑)

 北朝鮮が凝りもせずにミサイル発射実験を行った。今回発射されたミサイルは、迎撃を防ぐ為に目標に向けて変則的に飛行をする極超音速ミサイルだという。

 北朝鮮のミサイル性能は日増しに向上し、「単なる脅しだ」と笑ってられない状況だが、我が国政府は国連安全保障理事会の名を出し「極めて遺憾」とか抜かしてる、取って付けた様ないつものコメントといつもの対応には溜息しか出ない。

 米韓はマッハ6の速度で飛行したと分析しているが、マッハ10との報道もある。そんな状況にいつもの「遺憾砲」でしか対抗出来ない我が国政府は情けない(苦笑)

 極超音速ミサイルの特徴である上下左右への変則的な動きについては、「技術レベルが到達していない」と判断しているというが、レベル向上は時間の問題だろう。

 北朝鮮のミサイル技術が日々進歩しているのは間違いないが、それに対し我が国の対応や防衛体制は相変わらず進歩が見られない。我が国上空を通りながらそれに拱手傍観し、右往左往の大騒ぎは我が国の安全保障の未熟さと醜態を曝すばかり。

 北朝鮮のミサイルなどの軍事技術には「日本の技術が盗用されている」という指摘されている。また、軍事予算にはパチンコ業界など在日行からの不正な送金も考えられる。スパイ防止法などの法整備や対策を急がなければならない。

 北朝鮮の恫喝は止むことは無い。衛星などに拠る情報収集と敵基地攻撃用爆撃機などと共に、発射自体を無効にする電磁パルス技術などの構築を急がなくてはならないが、防衛費はGNP1%だとかGDP2%とか言ってる様じゃ先が思い遣られる。

 国家の防衛は、他の国がどうあれ一喜一憂することなく淡々と万全の対策を講じるべきものである。敵基地攻撃が可能とする法整備を急がなくてはならないが、「敵基地攻撃能力は古めかしい議論」とする公明党が賛成することはないだろう。

 こうした防衛問題を考えても自公連立は百害あって一利なし。一刻も早く解消すべし。北朝鮮が弾道ミサイルを我が国に向けて発射するなら「毅然と対処する」との声明を出し、ミサイルが我が国の領域を通ったならば毅然と迎撃すれば好いだけ。

 数年前、北朝鮮が発射したミサイルの軌道は日本上空の高度550キロに達していたと報道された。現在の軍事技術では地上からの迎撃は不可能だが、海上自衛隊が保有するイージス艦からの迎撃は技術的にもそれほど難しいものではないという。

「破壊措置命令」は常時発令中であり、北朝鮮のミサイルの軌道如何では粛々と命令を遂行するべきである。北朝鮮に因るミサイル発射という眼前の危機に対処することで、我が国の防衛力の高さと自衛隊の優秀さを世界に示すことになろう。
 
「ミサイルを迎撃することで北朝鮮と戦争になる」という大馬鹿者がいるが、迎撃に因り戦争になったら金一族の独裁体制を崩壊させる絶好の機会でもある。

 北朝鮮が「異常且つ極めて危険な国である」と言うことは誰もが認めるところだろう。正式名称は「朝鮮民主主義人民共和国」と称しているが、民主主義でも人民の国でもなく、「金一族」の個人独裁の世襲全体主義国家というのが正しい。

 日本人を拉致し、ニセ紙幣を偽造し、覚醒剤を密売し、ミサイルを製造し輸出し、旧社会主義に内在した悪の本質が体制化したチンピラ国家である。何百万の餓死者が出ても歯牙にもかけず弾道ミサイルを開発し、核開発に狂奔している。

 現体制を崩壊させれば拉致問題の解決を図れるだろうし、朝鮮半島の民主化に大きく貢献することにもなるだろう。金正恩体制を崩壊させれば、中共も尖閣問題で沈黙せざるを得ないだろうし我が国の国益を考える上でも一石三鳥とも言える。

 我が国は拉致問題もあり、ミサイル発射や核実験などに対抗する措置として対北朝鮮への経済制裁を実行しているが「経済制裁」とは「宣戦布告」と同じある。

 つまり、北朝鮮と我が国は戦争状態でもあるのだが、そんな状態なのに拉致問題を話し合いで解決出来ると考えているなら御花畑そのものだ。拉致問題が解決しないのは「日本人同胞を奪還する」との気概が政治家に足らないということに尽きる。

 我が国が国家の命運を賭けた大東亜戦争直前、我が国は米国、英国、中華民国、オランダから所謂「ABCD包囲網」によって経済封鎖に追い込まれ、これが我が国が自存自衛の為に大東亜戦争に突入する大きな要因になったのを知っているか。

 北朝鮮への経済制裁は米国への忠誠からのものであるが、先の大戦直前の我が国への包囲網を敷いた状況と同じことを北朝鮮に対してもやっているのだ。

「政治とは血を流さない戦争であり、戦争とは血を流す政治である」とは毛沢東。アジア情勢や国内の現況は「血を流さない戦争」は始まっている。政治家が国益を死守するという気概を持たなければ山積する外交上の諸問題の解決は図れまい。

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2022年01月10日

主権恢復への道は祝祭日を本来の在るべき姿に戻すことから始めよう!

 本日は「成人式」。平成11年、「男子の元服」というのが性差だとして、ジェンダーフリーを叫ぶキチガイや左翼らの策謀である、所謂「ハッピーマンデー」に因って第二月曜日に移動させられ摩訶不思議な祝日が誕生するに至った。

 その年の初めての満月を祝う小正月(15日)に、一家の行く末を託す男子の「元服」を行っていたというのが成人式の由来。我が国の祝祭日の約半分が神道の祭日である。戦前は殆どが神道の祭日。如何に我が国が天皇国日本というのが理解出来る。

 平成30(2018)年、民法改正案が可決成立し、今年4月1日より成人は20歳ではなく18歳となる。来年の成人式は、18~20歳が合同開催となる。

 国民の祝日に関する法律(祝日法)第2条には「おとなになったことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝いはげます」との趣旨が明記されている。

 成人のモラルの低下は「七五三現象」とも呼ばれ、成人式での乱痴気騒ぎが恒例行事となっているが、こうしたニュースを見ると「大人になったことを自覚し自ら生き抜こう」という覚悟や自覚に乏しい成人を励ます理由もないと感じる。

 愚生の成人の日は、実家から送って貰った紋付き羽織袴を下宿の三畳一間の部屋で着替えて靖國神社に詣でたのを昨日のことの様に思い出す。玄関を出る際に下宿屋の婆さんが驚いてたっけ。あれからもう40年かぁ。人生とは正に光陰矢の如し。

「成人の日」や「体育の日」「敬老の日」「海の日」を「ハッピーマンデー」としたのは、国體破壊を謀る左翼陣営の悪知恵だが、保守を標榜する自民党や似非保守政治家らがこれに同調し施行されたことは御粗末の極みである断じる他はない。

 戊辰戦争に敗れて以降、異国の地で艱難辛苦の日々を送っていた会津藩を始めとした人々を明治天皇が慰撫し、激励する為に明治天皇が東北各地を巡行し、その旅を終え帰港した7月20日が「海の日」であり、歴史的意味があることを忘れるな。

「海の日」は単なる休日ではない。ハッピーマンデーから簡択しなくてはならない。「体育の日」は、アジアで且つ有色人種国で初のオリンピックを開催したという歴史的偉業である。10月10日というこの日以外に何の意味があるというのか。

「ハッピーマンデー」とは、天皇と繋がる祝祭日の意味を薄れさせ国柄を見失わせることで国體破壊を目指していることは明らか。最終的には11月23日の「勤労感謝の日」と、2月11日の「建国記念日」をハッピーマンデーにすることが狙いである。

 祝祭日が単なる休日となってることをして何が「ハッピー」なのかさっぱり分からんが、左翼陣営の狙いは、伝統と文化の否定であり、「宮中祭祀」の妨害にあることは明らかある。正に「ハッピーマンデー」なんぞ百害有って一利無し。

 宮中祭祀で特に重要なものは元旦に執り行われる「四方拝」と、11月の2回目の「卯の月」に行われる「新嘗祭」である。何故か「勤労感謝の日」に摩り替えられ、歴代天皇にとって最も大事なものは代々受け継がれてきた祭事が軽んじられる。

 祭主としての天皇が重んじる祭祀こそ、決められた日の、決められた時間に斎行するべきものであり、国民が共に祝うべき祝日は単なる休日ではないのだ。

 諸外国に比べ、我が国は統一国家としての歴史は長く、祝祭日ほど「国柄」の分かる素晴らしい伝統、文化はない。だが、悲しい哉、多くの日本人が、祝祭日を単なる休みとしか考えていないのは昨今の日本人の精神的貧困を顕している。

 祝祭日を本来の在るべき姿に見直すことは喫緊の課題である。建国記念の日を「紀元節」とし、春分の日を「春季皇霊祭」、秋分の日を「秋季皇霊祭」に名称を替え、勤労感謝の日を「新嘗祭」とするなど本来の名称に戻さねばならない。

 同時に屈辱の日である「憲法記念日」や「山の日」など意味の無い祝日を廃止し、4月3日を「神武天皇祭」。10月17日を「神嘗祭」として復活させることは、戦後体制(ヤルタポツダム体制)からの脱却と主権恢復の意味からも重要である。

 末尾に当たり、本日「成人の日」を迎える若者よ、大人になった証しとして、両親に感謝を込めて花束に「ありがとう」の一言を添えて贈ってみては如何だろう。

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2022年01月08日

昭和天皇の大喪の礼には193ヶ国が参列し服喪国は34ヵ国に及んだ

 昭和63年9月19日、「天皇陛下御不例」という衝撃的なニュースが飛び込んで来た。この日以来、禁酒し御快癒を祈るも翌年1月7日、崩御遊ばされた。大喪の礼は2月24日。小雨交じりの寒い日だった。寂然として見送ったのを思い出す。

 悲しい哉、未だ国内には先帝陛下に対して、「戦争責任」などとの戯言を抜かす日本人らしからぬ輩が存在する。こうした動きは、GHQの「神道指令」や「戦後民主主義教育」「日本弱体化政策」というより、1932年にソ連共産党から日本共産党へ通達された「コミュンテルンテーゼ(命令書)」の指令による影響が大きい。

 命令書には、先ず「天皇制廃止運動」として天皇を制度と捉え、昭和時代の「戦争責任・退位論」に始まり、次いで「開かれた皇室論」と「敬称・敬語不使用運動」が記されてある。天皇戦争責任論はそれを忠実に実行しているに過ぎない。

 事在る毎に昭和天皇に対して「陛下は、所謂戦争責任についてどの様なお考えであるか」などと質問するのは日常茶飯事のことだった。こうしたことは記者の立場を利用した「吊し上げ」であり、記者の傲岸不遜ここに極まれりというものだった。

 欽定明治憲法下に於いて、国務は国務大臣が、統帥は参謀総長及び軍令部長が陛下を輔弼しその責に任ずることになっており、つまり陛下には法的に責任はない。

 然し、道義的に最も責任を痛感されたのは昭和天皇御自身であり、終戦の勅諭で「五内為ニ裂ク」と仰せられた通り、自ら身を苛まれたのは陛下御自身なのである。

 戦後、マスコミは、週刊誌などで陛下や皇族方を登場させ、不敬なスキャンダラスな記事で尊崇の念を薄れさせることに成功した。そして平成~令和に入り、「女性宮家」や「女系天皇」など反天皇制運動は更に巧妙になり今尚継続されている。

 大東亜の開放を掲げて戦われた先の大戦を、世界の国々は自存自衛の戦いと理解し評価しているのにも関わらず、国内で「侵略戦争」と断じることは如何なものか。では、世界では先の大戦をどの様に受け止め、如何に評価しているのか。

 一例を挙げてみる。イギリスの歴史学者であるアーノルド・J・トインビー「第二次世界大戦で、日本人は日本の為というよりも、寧ろ戦争によって利益を得た国々の為に偉大な歴史を残したと云わねばならない」と評価している。

「日本の敗戦、それは勿論東南アジア全域の独立運動には決定的な意味を持っていた」(ジョイス・C・レブラ(歴史学者)著書、東南アジアの開放と日本の遺産)

 歴史学者に止まらず政治学博士のジョージ・S・カナヘレは、「日本占領軍が、インドネシア民族主義の為に行った種々の仕事の中で最も重要なものの一つは、正規軍や軍事組織を創設してそれに訓練を与えたことである」と語っている。

「本当に悪いのは侵略して権力を振るっていた西欧人で、日本は敗戦はしたがその東亜の開放は実現した。日本の功績は偉大である」(アムステルダム市長)

 タイ元首相・ククリットプラモードの「日本のお蔭でアジア諸国は全て独立した。日本というお母さんは難産して母体を損なったが、生まれた子供はすくすくと育っている。今日、東南アジア諸国民が米英と対等に話せるのは誰のお蔭か。それは身を殺して仁を成した日本というお母さんがあった為である」と訓えている。

 マレーシア上院議員のラジャー・ダト・ノンチックやインドのラダ・クリシュナン大統領、スリランカのジャヤワンルデ大統領、ビルマのバー・モウ首相、シンガポールのゴーチョクトン首相。キューバのカストロ首相やチェ・ゲバラなど、結果的には我が国は敗れはしたが大国との戦いの大義と意義を理解し評価している。

 我が国を讃えた外国人も数多く、「大日本」「日本精神」の著者モラエスや、本当の日本の姿を世界に伝えた小泉八雲(アフカディオ・ハーン)もその一人である。

 アーノルド・J・トインビーは伊勢神宮を参拝した際に「この聖なる地域で、私は全ての宗教の根源的な統一を感じた」と喫驚したことを語り、 熱心な平和主義者であったアインシュタイン博士は、日本への思いを次の様に述べたという。

「世界の将来は進むだけ進み、その間幾度か争いは繰り返され、最後には戦いに疲れて必ず真の平和を求めて世界的盟主を挙げねばならぬ時が来る。(略)世界の文化はアジアに始まりアジアに帰り、それはアジアの高峰『日本』に立ち戻らねばならぬ。我々は神に感謝する。天が我等の為に日本という尊い国を創ってくれたことを」

 東京裁判で「侵略戦争」と断じたウエップ裁判長も後に「天皇は神だ。あれだけの試練を受けても帝位を維持しているのは神でなければ出来ない」と驚嘆している。やはり我が国は神の国であり、昭和天皇は国民にとって現人神であらせられたのだ。

 昭和天皇崩御での服喪国は34ヵ国に及んだ。大喪の礼には193ヶ国国の元首や代表が集まったことは歴史上空前の出来事だった。正に、昭和天皇はアジア及び世界の救世主であらされたのである。すめらみこといやさか。すめらぎいやさか。

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2022年01月07日

神社参拝で最後の一礼の際に手を合わせて祈るのは間違い

 右翼現役時代には正月や紀元節などは靖國神社に参拝し、団体を辞してからは地元の開成山大神宮に参拝し、年始には恭しく聖寿の万歳を寿ぎ奉り、紀元節には神武肇国の精神を偲ぶと共に畏くも陛下の弥栄、併而心願成就を祈念している。 

 開成山大神宮の御祭神は「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」「豊受大神(とようけのおおかみ)」「神倭伊波禮彦命(かむやまといわれひこのみこと:神武天皇)」。伊勢神宮や橿原神宮と同じ神々を祀る実に有難い社である。

 安積開拓民の精神的な拠り所にと、福島県の典事・中條政恒が伊勢神宮の分霊の奉遷を神宮司庁へ働きかけた創建された神社である。本来は、福島県が「岩代の国」と呼ばれていたということもあり「岩代大神宮」を希望したが「伊勢神宮」と同じく、旧国名を冠することに明治新政府が難色を示し「開成山大神宮」となった。

 こうした経緯があることは余り知られてはいないが、若しも開成山という名称ではなく「岩代大神宮」だったらと思うと旧岩代町出身者の愚生としては惜しい哉。

 不毛の地であった安積(郡山)の大地というのは、明治以降、地元の二本松藩を始め、会津藩や棚倉藩。近県からは米沢藩。四国からは土佐藩と松山藩。山陰からは岡山藩と鳥取藩。九州から久留米藩の方々が入植して開拓した地でもある。

 一番多かったのは九州久留米藩で、郡山弁には「んだばい」とか言葉尻に「ばい」が使われるのはそうした名残だ。今の様に交通の便が無い時代、九州や中国・四国地方から徒歩で数百、千数百キロを歩いて来たことを思うと実に感慨深い。

 正月には国民の多くが神社に詣でる。テレビ番組などでも神社からの中継も増えた。昔は「二礼二拍手一礼」という神社の作法がGHQが謀った「神道指令」の報道規制に引っ掛かるのか冒頭の礼で終わり映像が別のシーン替えられたりしていたと記憶する。そういう意味では参拝のシーンが映されるのは結構なことだ。

 だが、多くの参拝の作法が二礼二拍手までは好いのだが、最後の一礼の際に何故か手を合わせて祈っている人が殆ど。寺じゃないのだから手を合わせるのではなく頭を下げるのが正しい。拍手も神を呼ぶもので大きな音を出すのが好い。

 神様を拝むには先ず心身を清めることが大事で、仏教にしろ宗教も同じ。神道では清浄という「禊(みそぎ)」を尊ぶ。伊勢神宮に未だ橋が無かった時代には本殿に参拝するには五十鈴川を渡らねばならず、自然に禊が出来る様になっていた。

 神社には参道や本殿近くにに「手水舎(てみずや)」が置かれているので、ここで身を清める。手水舎は「禊」の場所であり、神社では重要な場所なのである。手や口も清めずに本殿に参じることはイケません。 手水を取る作法は次と通り。

1 先ず、右手で柄杓を取り、清水を汲み左手に掛け清める。
2 次に柄杓を持ち替え、同じ様に右手を清める
3 再び柄杓を右手に戻し、左手に清水を注ぎ口を漱ぐ
4 最後に柄杓を立てながら残った清水で柄杓を清め、伏せて置く

 そうして参道を通り神前へ向かうのだが、参道の中央は神様の通る道なので、真ん中を避けて歩くことが礼儀。堂々と真ん中を歩いている人が多いが間違いだ。

 神前に立ち、賽銭を入れ、鈴(ある場合)を鳴らし、「二礼二拍手一礼」で参拝する。礼が終わったら頭を垂れ、「祓え給え、清め給え、守り給え、幸え給え」と唱え、感謝の言葉や願懸けをする。最後の一礼の際に両手を合わせ祈っている人がいるが、寺院ではないので頭を垂れるのが社頭での正しい参拝の作法である。

 全国に神社は沢山在るが「神様とは何か」「神道とは何か」を知る人は少ない。当り前に存在しているものとだけしか受け止めてはいない。その神道の祭祀を斎行する天皇という存在も同じで、「現神(あきつかみ)としての天皇とは何か」「祭祀とは何故に重要か」ということを教わることも、知ろうともしない。

 神社というのは近所に当り前に在って、祭りがあるから愉しもうというだけで、神への感謝の気持ちは持ち合わせてはいない。当たり前の様に存在している神社に何が祀られて、どんな歴史があるということを理解してる住民は少なく、また教えるべき者もいない。神道を学べとは言わないまでもせめて参拝の作法を覚えて欲しい。

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2022年01月06日

坂本龍馬の行動の源である「遊魚動緑荷(ゆうぎょりょっかを動かす)」とは

 今シーズンは未だワカサギ釣りに行ってない。ワカサギ釣りというのはやった人じゃないとその楽しさは分からないだろうな。単純な釣りなのだが実に奥が深く、入れ食いなら楽しいだけだが、釣れないとなると修行の様な時間が延々と続く。

 そういや5年程前のこと、檜原湖のいつもの定宿のドーム船でワカサギ釣りを楽しんでたら、高価な電動リール(わかさぎの蔵)と穂先が檜原湖の底に沈んだ。そのショックは大きく、その日の夢にまでリールが落ちるシーンが出てきたっけ(笑)

 左右のリールにワカサギがヒットし、先ずは左のリールを引き上げる。ワカサギを外すと餌が無くなってたので交換していると、右のリールに釣られたワカサギが暴れたとたんにリールが横になったかと思ったらあっという間に湖面へドボン。

 テーブル席だったので手が届かず、スローモーションの様に沈んで行った。釣り上げられたワカサギも何が起こったのか分からないままリールと共に水中へ。

 小さなワカサギをナメて、落下防止対策を怠った愚生の凡ミス。まあ、35000円ほどの損害だったが、ワカサギの抵抗力には驚いたと共に敬意を表した(笑)

「遊魚動緑荷」という言葉がある。「遊魚(ゆうぎょ)緑荷(りょっか)を動かす」と読む。「池で遊んでいる小さな魚でさえ、蓮の葉を自由に動かしているではないか。況して人間が、天下国家を動かそうとして何が悪い」という意味である。

 この言葉を京都「寺田屋」の主人から聞かさた坂本龍馬が痛く感動し、その後の龍馬の行動の支えとなったことは有名である。人としてやれることは極々限られてはいるが、夫夫が今立つ処で懸命にもがいて行くことも大事なことだ。小さなワカサギに釣り具を強奪されたのを思い出し、龍馬の金言「遊魚動緑荷」と重ね合わせた。

 電動リールを落としたショックが癒えない翌日、新聞を見たらミニロトが当たってた。5個の数字のうち4個が当たってたので二等かと思ったが、ボーナス数字が違ってたので三等。損害を多少は取り戻した運の好さには我ながら驚いたっけ(笑)

「人間最後の最後まで諦めちゃイケない」という様な教訓だった。釣られたワカサギの様に追い込められると必死に抵抗して危機を脱することが出来る。人間も同じく、壁にぶち当たったり、逆境を経験しないと潜在能力が発揮されることはない。斯くいう愚生と言えば、強烈な努力が乏しく潜在能力は発揮されず終いか(笑)

 どうにもならない運命などない。「どうにもならない」と自分で思ってる自己暗示。逆境を避け、危険を回避しようとして悪果を招いたりすることの方が多い。

「一休さん」で有名な一休宗純は、死ぬ間際、弟子達に「自分が死んだ後、どうにもならないことがあったら、これを開けなさい」と遺言状を託したという。

 やがて、彼の死後、弟子の中で大変困ったことが起こった。弟子達は師に救いを求めようとその遺言状を開けてみることにしたという。その遺言状には一言、「大丈夫 心配するな 何とかなる」と認(したた)めてあっただけだった。

 本人は悩みや苦難と思っているが、実はそれほど大した悩みではなく何とかなるものなのだ。「案ずるより産むが易し」。昔の人は上手いことを言ったと思う。

 現世の悩みなんぞ生きてるからこそのもの。余人の想像を絶する悲しみや苦しみを抱えて散華した特攻隊員や英霊の渾身の悩みに比べればちっぽけなものだ。

 苦難とは危険を教える慈悲の鞭でもある。幸福と苦難は表裏一体であり、苦難の本質を弁えれば、人生の苦難や悩みとはやはり天の与えた試練と考えるべきである。

 未だ起きてもいないことに一喜一憂したり、将来のことを気に病んでいるよりも、今日という一日を本気で真剣に生きる。「一日一生」とはそういうことだ。

「憂きことの なほこの上に積もれかし 限りある身の力為さん」とは豪傑・山中鹿之助。斯くいう愚生といえば、右翼浪人を気取ってはいるが単なる無職のオッサン。

 人生というのはなるようにしかならないものだが、その結果がどうであれそれまでの努力は決して無駄なことではない。「人事を尽くして天命を待つ」という。天命が好い結末を生むとも限らない。だが、その結果が悪くても諒とすべし。

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2022年01月05日

右翼浪人とカッコつけてるが乞食の様なものだわな(笑)

 所属していた防共挺身隊(防挺)は、三菱重工でのべ平連との乱闘や日露漁業での糞闘事件等活躍は凄まじく「総会屋右翼」としても業界では有名だった。学生時代には株主総会に借り出されては「議事進行!」の掛け声を叫んでた。日当1万円。

 右翼活動の運動費は企業からの寄付金(購読料)などで賄えると踏んで、国士舘大学在学中も就職活動もせず右翼運動に専念していた。だが、大学4年の秋、思いもよらぬ「商法改正」で右翼活動そのものが岐路に立たされることとなった。

 防挺の福田進総隊長(初代)より「各支部は独立し独立採算でやること」の通達があり、防共挺身隊の各支部は「防共グループ」として単独団体になり、愚生の所属していた羽田支部も「報国社」に名称変更し、間もなく支部長らが引退した。

 隊員らは就職したり働き出したが、土木工学科を卒業しながら「何で今更土方」との忸怩たる思いもあり、一念発起し24歳で帰省し右翼団体を設立。爾来、働きもせず、呻吟しながらも微々たる活動を続けているが未だ明るい兆しすらない。

 30歳過ぎ、早坂光夫二代目総隊長体制下で行動隊長を任せられ、毎週上京しては新橋駅頭や都内などでの活動を活発に展開した。その後、三代目総隊長の對馬則政が引退し四代目総隊長に就くも何故か除籍に。その後は正統右翼浪人を自任する。

 カネというのは「持ってれば何かと便利」「無いよりは有った方が好い」という代物でしかないし、使わなきゃ意味は無い。カネがあれば生活するには困らないし、低迷する右翼活動の立て直しも出来るし、頑張ってる右翼後進らへの支援も出来る。

 右翼の先生方を見れば、企業献金などもあり資金が潤沢だった頃に活動費ではなく蓄財。そんな金で自宅を購入し、居の安きに甘んじて右翼を志した純粋な気持ちなんぞ疾うの昔に忘れ去り、「武士は相見互い」なんてのは死語となってしまった。

 野村秋介の師であり、昭和維新を夢見た三上卓は、台湾からの密輸事件(海烈号事件)で逮捕されているが、これも革命(昭和維新)資金の調達が目的だった。活動資金獲得に合法も違法も無い。右翼陣営の立て直しは資金確保の成否にある。

 愚生が、右翼活動に興味を持ち右翼団体入隊に至る要因は、中学時代の担任の高橋寅彦と副担任の遠藤四郎が当時バリバリの日教組の活動家で、その影響が大きく、副担任の遠藤は退職後に共産党の市会議員になったことでも理解出来るだろう。

 それを今になって、「右翼難民を生んだのは学校時代の教育の責任であり、国の教育政策が悪かったから」と責任転嫁し、自分の境遇や生活費の少なさを嘆き、国や行政に生活支援を求めるようなことは恥ずかしくて出来るものではない。

 弱者を気取りさえすれば救済される今の風潮に違和感を覚える。「乞食に氏無し」という言葉があるが、何事も、その者の心がけの悪さからなるものである。

 ワーキングプア(働く貧困層)という連中に小遣いを与え、住居を提供し、生活保護の大盤振る舞いしている。働く気もない連中を国の政策の被害者扱いし、またそれを「可哀想」といって支援するボランティアなんぞ偽善以外の何物でもない。

 安易な生活支援が愚民を生む原因である。弱者を標榜する人々を嘗て曽野綾子は「老人業」や「難民業」と揶揄したが正論だろう。弱者を標榜する連中は「私達は優遇されるのが当然だ」という態度で権利ばかりを主張するが、実に甘えた話だ。

 買って欲しくて駄々を捏ねる子供と同じで、何でも無暗に貰いたがることを「乞食根性」と言う。右翼浪人ではあるがここまで賤しい人間にはなりたくないものだ。

「乞食の朝謡(あさうたい)」という諺もある。サラリーマンなら忙しい朝の時間にも暢気に謡ってられる様に、難民業や老人業も右翼浪人も気楽な境遇でもある。

「乞食も三日すれば忘れられぬ」とも言うし、不如意と雖も気楽なもので、三日もすればそれが忘れられなくなる。実に悪習は染まり易く、これを改めるのは困難であり、働く意欲の無い連中への生活支援なんぞ根本的な解決にはならない。

 その昔、横山武彦という破天荒な右翼浪人がいた。歳は二回り程違うが、妙に馬が合った。その横山曰く「乞食でも本物は信用出来る」と語っていたのを思い出す。インチキばかりが幅を利かす昨今、ホンモノの右翼浪人で在りたいものだ。呵呵。

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2022年01月03日

「ワクチン接種だ」とか「オミクロン株が~」と騒ぎ過ぎだわな(苦笑)

 正月早々連絡をくれた友人が「コロナもあるしホント何処にも行けない」と嘆いてた。マスコミに煽られて、交通事故より低い死亡原因に怯えてどうするの(笑)

 連日の新型コロナ感染者数に意味なんぞ無い。ウイルスは変異して人間との共存を図ってるのだから威力は無くなっている。感染者数の高さに比べ死者は激減してるのに、感染者を過去の月日と比べて不安を煽ってどうしたいというのか。

 新型コロナに対するワクチン接種やPCR検査、マスクの強制などに対して徳島大学の大橋眞名誉教授(免疫生物学)が「病原体も遺伝子も証明されていないのにワクチンは作れない。由ってワクチンではない」と述べていることに刮目したい。

「PCR検査も、遺伝子や病原体が証明されていないのにやってるが、現在のPCR検査は中国のグループが発表した想像の遺伝子で、それが正しいものとは証明されていない」として、「本当にワクチンなのか?」と接種に疑問を投げかけている。

 オミクロン株が急速に蔓延してるが死者は至って少ない。つまり、例年起こる流行性感冒(風邪症候群)になってるということでもある。コロナワクチンが一般クリニックで接種出来るのに、治療が出来ないという矛盾こそ是正すべきだ。

 毎年、風邪や通常のインフルエンザで死ぬ。新型コロナも早期に抗体カクテルや治療薬を投与することで重症化はしない。なのに未だに「ワクチン接種だ」とか、「オミクロン株だ」と騒ぎ過ぎだわな。マスコミは一体何をしたいのか。

 オミクロンの感染が急速に広がってると注意喚起してるが、限りなく死者数が少なくなった感染症に国民全員にワクチン接種を奨励していることは馬鹿げているし、ワクチン接種証明書で経済波及効果を期待してるのならマヌケ過ぎる。

 例年のインフルエンザでは約1万人程が亡くなる。風邪で死ぬ人もいる。新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂らナンチャッテ専門家らが、頻りに「医療逼迫」を理由に、ワクチン接種の必要性を訴えているのは実に胡散臭い。

 ワクチン担当大臣だった河野太郎は、「アメリカで2億回ほどワクチンを打って死者はゼロだった」と発言したのは記憶に新しい。だが、現実には死者は出ていた。

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 12月8日現在で1387人が亡くなっている。オミクロン株が話題になってからは、オミクロン株での死者よりワクチン接種に因る死者の方が多い。ワクチンより、治療薬の投与を進めるべきだが、何故か頑なにワクチン接種に拘っている。

「急速に感染拡大は明らか」と煽ってるが、オミクロン株が蔓延することでコロナは弱毒化して人類との共生を図ってるということ。尾身クロンに恐れる必要はない。

 感染拡大の危機を煽るより保健所介入を止めさせ、一般クリニックでの治療を可能にした方が国民は安心すると思うがなぁ。流行性感冒なのだから、現在の「二類感染症」を「五類」指定するなどの措置を講じれば医療逼迫は起こらない。

 第二類指定の為に保健所が介入し、助かる命が失われたという現実を重く受け止めるべきだ。第五類にすると医療費がかかるという。無条件の無料ワクチン接種は期限を決めるべきで、無料接種という血税の垂れ流しをいつまで続けるつもりか。

 分科会も、感染症指定第二類よりも強硬な行動制限を抑制するよりも、「今後(第六波以降)は、五類指定にしたい。医療費は3割負担になる可能性もあるので責任ある行動をお願いしたい」と注意喚起した方が蔓延防止効果が上がるだろう。

「感染することを恐れて国民全員にワクチンを接種するより、感染者に対して特効薬を投与する方が遥かに効率的である」という医療専門家の意見の方が理に適っているが、分科会を批判し、国民の命を優先する医師の声が軽んじられている不思議。

「風邪うつすなよ」と同じで緊急事態宣言まで出したって防げない。それより「これからは五類指定となるので自己責任が伴います。ワクチンも治療も無料ではなく三割負担となります」と注意喚起を促した方が防止効果は上がると思うがなぁ(笑)

 因みに、抗ウイルス薬「レムデシビル」は1回分(5日間、6本)で25万円。最高で2回投与で合計50万円。保険適用で3割負担になっても15万円。今回のワクチン接種も入院費も無料だが、有料となれば行動制限するし率先して自粛するだろうよ。

 医療逼迫と言いながらアビガンを未だに承認しない不思議。承認しないことで尾身ら医療機関や医師会にメリットでもあるのか。効果的な日本製ワクチンが開発されるまでの治療薬としてアビガンを認可することを誰に憚り、何を躊躇しているのか。

 新型コロナに罹患し、重篤な状況から生還した芸能人や著名人らが口を揃えてアビガンの有効性や特効性を訴えていたのは何だったのか。コロナに感染し入院した地元暴力団幹部も「死ぬかと思ったがアビガンが効いた」と言ってるし(笑)

 アビガンの有効成分「ファビピラビル」に関するライセンス契約を、富士フイルムと結んだ中共の製薬大手・浙江海正薬業が後発医薬品を増産し絶大な効果を発揮してるというのに、「日本人には有効性が無い」とはどういうことか。

 ワクチンとはウイルスの生体から作られ、弱毒化・無毒化された抗原のこと。抗原を体の中に入れることにより、ウイルスをやっつける抗体が出来る。その抗体によってウイルスから守られるのだが、アビガンはワクチンではなく有効な治療薬。

 専門家らは「安全性」「副作用」という理由を吐けて反対してるが、アビガンを製造した会社が製薬会社じゃなく富士フィルムというのが理由だろう。アビガン承認を遅らせ、製薬会社からの論功行賞を狙いってるというのが正しい(苦笑)

 行動制限に意味は無い、治療薬やワクチンの「国内生産体制」を確立し、国内で生産している他の病気の治療薬の中で、新型コロナウイルスの治療に有効であると製薬会社から承認申請されている薬については承認に向けた手続きを急ぐべきだ。

 それにしても「オミクロンだ」「デルタだ」と騒いでるが、本を糺せば中国武漢発症のウイルス。ジェノサイドを理由に北京オリンピックに異を唱えてるが、ウイルスを発症させた中共の不誠実な対応を見ればオリンピックを開催する資格は無い。

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2022年01月02日

天皇にとって最も大事な祭事の簡略化が謀られている

 畏くも陛下の一年は「四方拝」で始まる。年初の未明から、陛下は潔斎し、古式に則った黄櫨染御袍の装束を身に纏い、伊勢神宮や陵墓、四方の神々に拝し、国の安寧や豊作を祈る。これこそが歴代天皇が行ってきた秘儀である。

 平成の御代の後半から、陛下の負担軽減を理由に黄櫨染御袍正装ではなく、元旦の新年祝賀の儀を優先してモーニングを着ての拝礼で済まし、年始の祭典である「歳旦祭」もまた同じ負担軽減という理由から掌典職が代拝している。

 こうしたことは、天皇にとって最も重んじるべき祭祀や祭事は現憲法下で「天皇の私事」とされてしまい、元旦に行われる「新年祝賀の儀」が憲法で規定されている「国事行為」である為にそれらを最優先しているからに他ならない。

「陛下の負担軽減」とは単なる屁理屈に過ぎないのだが、あろうことか、陛下の高齢を理由にして祭事の簡素化が謀られ不敬極まる退位法案までもが可決されてしまった。令和の御代になっても祭事の簡素化が続いていることに違和感を禁じ得ない。

 正月三日は、国と国民の繁栄を祈る「元始祭」。四日は「奏事始め」。七日は「昭和天皇祭」など、宮中祭祀は年に二十件前後斎行されるが、現在は国事行為や公的行事が優先され掌典職に拠る代拝や短縮など更なる簡略化が謀られている。

 皇極元年(六百四十二年)より受継いできた重要祭祀の「暁の儀」が取り止めとなっている。今後何らかの影響を齎すのは避けられない。天皇にとって大事なものは国事行為に非ず「祭事」であり、国事行為より優先されなければならない。

 天皇の祭事の必要性を訴えず、祭事の簡素化を実行した宮内庁は正に獅子身中の虫であり、皇統断絶を謀る国賊と断じて好かろう。天皇が現憲法下の傀儡と化す。

 天皇は国王ではないし、皇族は王室ではない。天皇とは祭主であり祈る存在である。国民の多くが天皇とはどの様な存在であるかを知らず、開かれた皇室論からタレントの如く扱われていることは日本国民の精神的未熟さを露呈している。

 歴代天皇が司ってきた祭事を最優先し、国事行為や公的行為こそ軽減すべきである。また、女性皇族では天皇が重んじる神事を執り行うことが憚れるのだ。

 こうしたことは別に女性差別ではなく、これが伝統というもの。女性皇族が行えるのは国賓・公賓への接遇や会食とイベントに華を添えることくらいなもの。

「女性宮家」の創設議論あ「女性天皇論」に見られる様に、宮内庁や共産主義者、無自覚左翼に因って皇統断絶が謀られていることに危機感を抱いている保守派や愛国者というのは限りなく少ない。そんなんだから左翼の策謀に嵌るのだ。

 以前、高松宮寛仁親王殿下が会長を務める福祉団体「柏朋会」の会報「ざ・とど」で、「国民一人一人が、我が国を形成する『民草』の一員として、二千六百六十五年(当時)歴史と伝統に対しきちんと意見を持ち発言をして戴かなければ、いつの日か『天皇』はいらないという議論にまで発展するでしょう」との言葉を思い出す。

 殿下が「ともさんのひとり言」として提言したの論点は二つ。一つは「二千六百六十五年(当時)年間の世界に類の見ない我が国固有の歴史と伝統を平成の御世でいとも簡単に変更して良いのか」と疑問。二つ目は、男系継承を維持する為の方法として、皇室典範を改正して、歴史上の幾つかの方法論を提起している。 

1.臣下降下された皇籍離脱した旧皇族の皇籍復帰。

2.現在の女性皇族(内親王)に旧皇族(男系)から養子を取れる様にし、その方に皇位継承権を与える。(差当たり内廷皇族と直宮のみに留める)

3.元皇族に廃絶になった宮家(秩父宮・高松宮)の祭祀を継承して戴き、宮家を再興する。(将来の常陸宮家・三笠宮家もこの範疇に入る)

4・として、嘗ての様に「側室」を置くという手も有りますが、国内外共に今の世相からは少々難しいかと思うと述べられ、余談として明治・大正両天皇共に側室との間に出来た子供であることも記している。

 殿下は「万世一系、百二十五代の天子様の皇統が貴重な理由は、神話の時代の初代神武天皇から連綿として一度の例外も無く『男系』で続いて来ているという厳然たる事実です」とし「歴史と伝統に対しきちんと意見を持ち発言をして戴かなければ、いつの日か『天皇』はいらないという議論にまで発展するでしょう」と結んでいる。

 年末、安定的な皇位継承策を検討する政府の有識者会議(清家篤座長)は、国会が求めた女性・女系天皇の是非など皇位継承に関する方策に関し「将来議論を深めていくべきである」として結論を先延ばしする報告書を岸田首相に提出した。

 この報告書には「臣下降下された皇籍離脱した旧皇族の皇籍復帰」は記されていないばかりか、「養子縁組を可能にする」としながら「皇位継承権を持たない」としている摩訶不思議な内容を、マヌケな保守派が苦言を呈さずに迎合する始末。

 賢くも天皇は憲法以前の御存在であらされる。現憲法は歴史的な国家としての継続された「祭祀」に関する天皇の役割を否定し、天皇を憲法下での都合の好い傀儡として利用しているのだ。こうした逆臣どもらに因る不敬をいつまで赦すのか。

 神武肇国から続く万世一系の皇統が、平成と令和の御代を境に崩れて行くのを拱手傍観してる訳には参らない。皇統断絶を謀ってる元凶は獅子身中の虫である宮内庁か、それとも皇統を軽んじる政治家どもなのか。剔抉粛正せねばならない。

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2022年01月01日

昭和天皇戦争責任論は日本人としての精神的幼稚さを示す典型的な戯言

 皇紀2682年、令和4年を迎へ、恭しく聖寿の万歳を寿ぎ奉り、愈々肇国の精神を顕揚し、本年が光輝ある年宰たらしめんことを堅く誓い、併而、御厚情を賜る皆様方の御隆昌を祈念申し上げます。今年も拙ブログに御付き合い頂ければ幸甚の極み。

 年末、昭和天皇の侍従長だった百武三郎の日記が公開された。側近の内大臣木戸幸一の言葉として、天皇の開戦への決意(海戦の詔勅)が「行き過ぎの如く見ゆ」と記された言葉をして、開戦か非戦か時勢の中で揺れ動いた昭和天皇の姿を思索する。

 百武侍従長は元海軍大将。二・二六事件で襲撃され重傷を負った鈴木貫太郎の後任として終戦の一年前まで侍従長を務めた。百武日記の一部を読むと、開戦への苦悩を感じるが、「米大統領は妥結を熱望している」との文言に疑問を感じる。

 昭和天皇の侍従の日記を基に、昭和天皇85歳の時に「戦争責任言われ辛い」という心情を吐露したという記事が載った。こうした昭和天皇の言葉や発言を取り上げて「反戦」と「戦争責任」に繋げるのはマスコミの恒例となった。

 申す迄もなく、天皇陛下の御言葉というものはその影響するところは極めて大であり、正に「綸言汗の如し」。政治家とは違い一度発せられた言葉は取り消し難い。

 侍従長らの日記を引用し、過去の昭和天皇の言葉を論って政治問題化しようという魂胆が見え隠れする。陛下と侍従の関係に於いて互いの信頼に於いて心情を吐露することもあるだろう。それを今になって公表することに違和感を覚える。

 陛下の御立場上、反論することは不可能であり、一方的に発せられる言葉が陛下の心情の吐露とされるのは如何なものだろう。昭和天皇が非戦論者で、開戦を決めた東条英機らを批判したいのだろうが、肝心なのは開戦を決断した大義である。

 過去にも、歴史探偵を自任するインチキ歴史家であり歴史作家の半藤一利が「昭和天皇の心の中には、最後まで戦争責任があったのだと伺わせる」と頓珍漢なコメントを発表しているが、今後、この侍従の日記が政治利用されて行くだろう。

 未だ国内では、昭和天皇に対して「戦争責任」などとの戯言を垂れ流す日本人らしからぬ輩が存在するのは確かだが、之は大東亜戦争の歴史を知らない故のこと。

 昭和50年、当時の宇佐美宮内庁長官は内外の記者団と陛下の公式記者会見を取り計らった。案の定、記者から所謂戦争責任についての質問が発せられた。

 陛下は戦没者追悼式に於いて「私は胸が痛むのを覚える」と述べられているが、何故に戦争責任をこういう記者会見の席で問うとは不敬も甚だしい。更に、海千山千の記者らは広島・長崎への原爆投下に対する御認識を問う質問を続けた。

 陛下は「(広島・長崎への原爆投下は)遺憾だが、戦争中でもあり已む得なかった」と御答えになったが、極めて適切妥当な御判断と考えられる。当時、日米は国家の命運を賭けて戦ってた。新しい武器の使用は止むを得ない行為だった。

 前代未聞のこうした記者会見はテレビを前にした吊し上げであり、言葉尻を捉えて戦争責任を取らせようという魂胆が見え見えであり、こうした会見が未だ継続されているが宮内庁長官らこそ天皇廃止運動に与する獅子身中の虫である。

 欽定明治憲法下では国務は国務大臣、統帥は参謀総長及び軍令部長が陛下を輔弼し、その責に任ずることになっており、陛下(昭和天皇)に法的に責任は無い。

 然し乍ら、道義的に最も責任を痛感されたのは昭和天皇御自身であり、昭和天皇は天皇陛下という御地位、御立場と崇高な御人格がそれを許すことはなかった。

 大東亜戦争終結に関する詔勅に於いて、昭和天皇は「帝国臣民ニシテ戦陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタル者及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ五内為ニ裂ク且戦傷ヲ負ヒ災禍ヲ蒙リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深ク軫念スル所ナリ」と仰せられた言葉の通り、自ら身を苛まれたのは陛下御自身なのである。

「天皇戦争責任論」は、1932年にソ連共産党から日本共産党へ通達された「コミュンテルンテーゼ(命令書)」の指令による影響が大きい。命令書は、所謂「天皇制廃止運動」として昭和時代の「戦争責任・退位論」に始まっている。

 国内では未だ昭和天皇の戦争責任を問う声があるというのは反天皇勢力に因る天皇廃止運動が継続されているという証左であるが、自らの国の歴史を知らない故にこういう戯言が罷り通る。日本人の精神的幼稚さを示す一例であろう。

 戦争犯罪人は昭和天皇でもなければ大日本帝国憲法や統帥権でもなく、況して軍部でもなければ当時の軍国主義でもない。真の戦争犯罪人は近衛文麿と尾崎秀美らそのブレーン達、即ち日本国内で蠢いていた共産主義者らであり、マルクス・レーニン主義思想が昭和の悲劇を生んだということは今や歴史的事実である。

 大東亜戦争とは、ソ連コミンテルンと中国共産党、そして日本国内の共産主義者が仕組んだ共産革命の実現の為の争いであり、そのマルクス・レーニン主義者の策謀に当時の日本全体がまんまと嵌ってしまった愚かな戦争とも言えるのだ。

 天皇陛下の退位特例法案を成立させたのを皮切りに、女性宮家問題や女性天皇など共産主義者が謀る天皇廃止運動は国民が気付かない儘に巧妙に実行されている。マスコミに因る我田引水的天皇利用は断じて赦されることではない。

 昭和天皇の御言葉を重んじるなら、最後まで反対なされた旧皇族の皇籍離脱には何故に沈黙するのか。戦前を現代の道徳観や価値観で論うことに意味は無い。大事なのは敗戦後、GHQが謀り実行した多くの策謀と不条理を如何に糺すかである。

 本年も右翼人として、また一維新者として一旦緩急に備え、遺憾無きを期し、貧すと雖も志士の覚悟を忘れることなく、草莽の道を歩んで往こうと思っておりますれば、何卒御付き合いのほど宜しく御願い申し上げます。

 往く道は精進して 忍びて終わり悔いなし(高倉健)。扨て、今年もどうなるものぞ。すめらぎいやさか、すめらみこといやさか。天皇陛下万歳、万歳、万々歳!

 平成4年 皇紀2682年 歳旦 佐久間五郎拝

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2021年12月31日

今年も拙ブログに御付き合い頂き有難うございました。感謝・合掌。

「徒然草」の書き出しは「つれづれなるままに 日ぐらしすずりにむかひて 心にうつりゆくよしなしごとを そこはかとなく書きつくれば あやしうこそものぐるほしけれ」と綴られている。ブログやSNSも似た様なもので、毎日起こる意味もない由無し事を綴っては、もの狂おしく一喜一憂しているというのも空しいものだ。

 吉田兼好の様に、職を辞し精神の自由を求めれば生活は困窮するし、暮らしを楽にしようとすれば心が拘束される。愚生も右翼浪人という生き方に限界を感じつつも、この身在る限りせめてその精神だけは一維新者として自由で強く在りたいと思う。

 右翼の世界も御多分に漏れず玉石混交。数ある団体の中には街宣車に日の丸を立てて、軍歌を流すだけだったり、街宣車を強請り、集りの道具として使用してる自称右翼もいたが、今や資金難でそれさえ無くなった。まぁ、宣伝車を所有してるだけ立派だが、宝の持ち腐れ。況してやオナニー的街頭演説だけでは啓蒙とは程遠い。

 最近の右翼は、教育勅語の徳目である「恭倹己を持し」の精神に乏しく、安っぽい愛国心からの反中と反韓運動と時代が止まったかの様なノスタルジーな反米活動。そんな中で、世間の嘲笑や侮蔑に耐えつつも御皇室の弥栄を祈り、国の行く末を憂う右翼人が極僅かではあるがいるのは救いだが、右翼陣営の指導者不足は顕著である。

 元防共挺身隊の最高幹部だった者として言わせて貰えれば、右翼・民族派の指導者は過去の栄華を振り返るばかりではなく、先ずは活動資金を確保し、右翼革新を指揮し、また右翼活動家を自任する者は右翼活動の原点に戻り、研鑽を積み、テロを担保しつつ、新たな活動を模索し、天皇国日本を盤石の安きに導いて欲しいものだ。

 斯くいう愚生はどうかというと、ヤクザ傘下になった三代目防挺の変わり様に追いて行けず四代目総隊長に就いて間もなく脱落した。現在は田舎で蟄居し、「一日一生」などと気取ってはいるが、財政的に厳しい日々は変わりなく、そんな生き方に限界を感じ、心が折れそうになる今日この頃。これも老化だろうか(笑)

 愚生の近況は「右翼絶望派」といえば聞こえは好いが、日々の暮らしは浪人の如く、慢性的不如意が続く。人を批判するほど己は峻烈に生きているのかといえばそうでもない。敬天新聞の白倉先輩に倣い「今日勝つ」ことで精一杯(笑)

 還暦となり老いを痛感する今日この頃。高齢化の弊害はヤクザや右翼陣営も例外ではなさそうだ。まぁ、それでも「乞食に氏(うじ)無し」という様に日頃の心掛けが悪いからそうなってるだけで、慢性的不如意を気にしなければ「乞食の朝謡(あさうたい)」宜しく気楽な境遇だ。まぁ、悪習は染まり易く改めるのは困難を極める。

「乞食も三日すれば忘れられぬ」という言葉があるが、昔の人は巧く喩えたものだと熟熟感心する。つ~か、「乞食に貧乏無し」ってのもあるし、まぁ今より悪くなることはあるまい。「乞食」序でに言わせて貰えれば、「ハゲに癌無し乞食なし」ってのもあるらしいから、物事というのは考え様でどうにでもなるものだろう(笑)

 野村秋介の「自問自答の訓」というものがある。

 常に世俗にありてその一隅を照らし
 常に在野にありて権力悪と闘い
 常に人々を愛し共に涙を流し
 常に海を愛し空を愛して神々を敬い
 常に友情と信義を胸中にして熱く燃え
 常に名利を求めず正義を追い
 常に月を愛し酒を愛し女を愛し
 常に自由にして奔放であり
 常に一剣を懐中にして平天下を願う

 これほどカッコいい生き方は出来ないまでも、酒を愛し女を愛し、常に自由にして奔放な無頼派右翼で在りたいとは思う。伝説のヤクザが遺した言葉がある。

 生ある人生がいつかは必ず来るべき死を
 約束づけているならば
 俺は法律がどう変ろうが
 社会の常識がどう変ろうが
 財力に諂わず
 権力に屈することなく
 正しいものを 正しいものとして
 どこまでも俺の信念を
 押し進めて行きたい

 愚生は野村烈士の訓えよりも伝説のヤクザの台詞の方が性に合う。草莽の右翼浪人として残り少ない人生ではあるが、こんな生き方を全う出来れば悔いはない。

 顧みれば今年も怠惰な一年があっという間に過ぎようとしている。右翼活動が岐路を迎えているが、今後も組織に与せず、新たな運動形態を模索しながら、微力ながらも天皇国日本を盤石の安きに置くべく獅子吼して行く覚悟であります。

 今年一年、拙ブログを閲覧して頂いた方々と御支援を賜った皆様方に心より感謝を申し上げると共に、謹んで陛下と皇室の弥栄を寿ぎ奉り、併而、来る年が皆様にとって実りある一年と成ります様に御祈念申し上げます。すめらぎいやさか。

 令和三年 皇紀二千六百八十一年 師走臘日 佐久間五郎拝

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