2018年08月13日

靖國神社は追悼の施設ではなく英霊の顕彰を重んじている社である

 今年もまた右翼団体を筆頭に靖國神社での自称愛国者やインチキ保守派らのパフォーマンスを目にするのかと思うと憂鬱でもある。

 8月15日の参拝が右翼や保守派、自称・愛国者らの踏絵の様になってるが、正に贔屓の引き倒しであり、靖國神社と英霊への冒涜でもある。

 況してや靖國神社は英霊を追悼する施設ではなく、英霊の功績を顕彰する神社である。にも拘らず、自称愛国者や右翼人までもが恥しいことに「英霊に哀悼の誠を捧げて来た」と言って憚らない。

「哀悼」とか「追悼」とは、死者の生前を偲び、その死を悼み悲しむことであるが、靖國神社は追悼の施設ではなく英霊の顕彰を重んじている社であるということを理解していないからこんなことが罷り通る。

「顕彰」とは、隠れた功績、善行などを称えて広く世間に知らせることである。顕彰ということを重んじるなら、8月15日に靖國に赴くことが重要ではなく、あの左右入り乱れての喧騒は逆効果の方が大きい。

「終戦記念日」というが、正式には「戦没者を追悼し平和を祈念する日」。右翼団体までもが未だ東京裁判史観に冒されて「終戦」の意味を穿違えて靖國神社に詣でるなど笑止千万。右翼の指導者不足は顕著である。

 こうしたことでも、我が国は「終戦」とは名ばかりの未だ主権快復も出来ていない幼冲国家だと痛感する。米国依存からの脱却なんぞ夢のまた夢。

 昭和天皇の御聖断によりポツダム宣言受諾が決定されたのが8月14日。15日は終戦の詔勅(玉音放送)が発布された日というだけのこと。

 8月15日を「終戦記念日」と称し、この日に初めて参拝したのは容共の三木武夫であり、中曽根康弘と続く。またその後、8月15日をの靖國参拝を利用したのが小泉純一郎。安倍も似た様な者だが何れも国賊ばかりなり。

 過去には、総理大臣は春秋の例大祭に参拝するのが恒例だった。三木の後に首相に就いた田中角栄も大平正芳も8月15日ではなく春秋の例大祭に参拝している。

 昭和60年の中曽根康弘が公式参拝のパフォーマンスを謀るも直ぐに撤回。未だに続く「公人か私人か」の論争は、三木の8月15日の参拝がきっかけで始まった。三木の後にアホな福田赳夫が「私的参拝だ」と真似た。

 三木、中曽根の参拝以降、靖國神社が政治利用される様になって行く。小泉純一郎は「如何なる批判があろうとも8月15日に靖國神社へ参拝する」と保守陣営を喜ばせるも、靖國の政治利用は混乱を招いただけのものだった。

 8月15日の参拝に違和感を覚えず「我こそは愛国者なるぞ!」と靖國に集まって来る連中を見るとホント情けなく滑稽にしか見えない。

 我が国がポツダム宣言による降伏文書に調印した日は9月2日であり、連合国はその翌日3日を「対日戦勝記念日」としている。戦争状態が終結したのは昭和27年4月28日であるなら、真の終戦記念日は主権快復した4月28日だろう。

 右翼にしろ、なんちゃって保守派にしろ「終戦記念日」という呼称こそがGHQによる戦後民主主義教育による洗脳であることに気付くべきだ。

 8月15日は戦陣に斃れた英霊の遺族の日であり、遺族が心静かに詣でる環境を整え、そして陛下の御親拝を仰ぎ奉ることこそ願うべきである。

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2018年08月11日

日露戦争も大東亜戦争も目指した大義は「人種平等の原則」である

 夏になると戦争に纏わる番組が多くなる。多くは「戦争が終結した」「日本が負けた」というのは知ってるが、何故に我が国が大東亜戦争に突入して行ったのかという理由を知ることはない。否、知ろうとしない。

「日本は満州事変以降、大陸への侵略を拡大し無謀な戦争でアジアを中心とする諸国に多くの被害を与えた」というのが我が国政府の基本認識である。だが、今やこれが間違いだと分かりながら修正しようともしない。

 何故に我が国が大東亜戦争を決意し、何故に真珠湾攻撃に至ったかが重要であって、それには1953年のペリー来航時代まで遡って当時の世界の情勢とアジアの近代史を学ばなければ到底その大義は理解は出来まい。

 我が国は西洋列強に追い着くべく、強力な中央集権国家を形成しようと明治維新の大業をたった数年で成し遂げ、富国強兵の道を辿って行く。

 15世紀の大航海時代以来、白人による世界制覇の波がアジアにも押し寄せアジアは次々と列強に蚕食され植民地となって行った。

 その間に勃発した、日清、日露戦争も、また日韓併合もアジアや我が国にとっても避けては通れない宿命的な歴史だったのである。

 極東の小国である我が国が日清戦争に勝利し、更には日露戦争でも我が国が起死回生の勝利を収めた。「日本大勝利」の報は、固唾を呑んで見守っていた世界の人々を驚嘆させ、特に有色人種に与えた影響は強烈だった。

 日露戦争勝利から15年後、パリ講和会議で我が国は「人種平等の原則」を国際連盟規約に載せることを提案する。だが、議長を務める米国大統領・ウイルソンは「有色人種に人権など必要無い」と拒絶し否決した。

 米国人ら白人による人種差別、日本人蔑視が横溢していたのは明らかだった。そして日本人を目の敵にする「黄禍論」が広がりを見せる。

「黄禍論」とは黄色人種の進出によって白色人種に災禍が加えられるであろうという人種主義的感情論であり、また昨今持て囃されている歴史学者である朝河貫一も「日本の禍期」を出して日露戦争後の日本を批判し始めた。

 日露戦争が齎した歴史的課題であった「人種平等の原則」の本格的実現は、大東亜戦争を待たなければならないのである。

 その後、世界は第二次世界大戦に突入し、米国(America)英国(Britain)支那(China)和欄(Dutch)から所謂「ABCD包囲網」が敷かれ、そして最後通牒「ハルノート」が突き付けられることとなる。

 戦わずしての降伏は即ち植民地になることを意味する。最早、我が国の生き残る道は連合国との戦争しかないとの決断し、畏れ多くも陛下から開戦の詔勅を賜り、宣戦布告、真珠湾攻撃に至ったのだ。

 我が国は敗れはしたが、大東亜戦争終結後、アジアの国々は独立し、アジア諸民族の復権を齎し、日露戦争の念願であった「人種平等の原則」は成立した。その事実をしても、アジアの希望の星としての役割を見事に果たしたと言えよう。

 米国内では毎年12月7日(現地時間)を「汚名の日・リメンバー・パールハーバー」として、我が国を卑怯な国として糾弾して止まず、日本人蔑視は未だ止むことはないが、我が国は断じて「騙し討ち」はしていない。

「日本のお蔭でアジア諸国は全て独立した。日本というお母さんは難産して母体を害なったが、生まれた子供はスクスク育っている。今日、東南アジアの諸国民が、米・英と対等に話が出来るのは一体誰のお蔭であるのか。それは身を殺して仁を為した日本というお母さんが在った為である。12月8日は、一身を賭して重大な決心をされた日であり、我々は決して忘れてはならない」

 このタイ国のククリットプラモード元首相の言葉は余りにも有名だ。アジアでは中朝韓三国は例外として、我が国を植民地から解放させた救世主であり、希望の星であると称え、12月8日の開戦記念日を忘れることは無い。

 今も糾弾して止まない「リメンバー・パールハーバー」も、我が国と日本人への偏見と差別であり、先の大戦を猛省すべきは我が国に非ず米国である。

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2018年08月10日

広島はウラン型。長崎はプルトニウム型。米国が2つの原爆を投下した理由。

 6日のブログで「原爆投下は人種偏見や日本人蔑視以外に合理的根拠は見つからない」と論じた。http://cordial8317.livedoor.blog/archives/52083479.html

 6日の広島への原爆投下に続き、米国は9日にも原爆投下を実行する。目的地は小倉。だが天気が悪く小倉から長崎に場所を変更する。

「天気が悪い」との理由から投下場所を変更したのは、雨天では放射線のデータが正確に測れないとの理由から、急遽、天候の良い長崎を選んだ。

 ポツダム宣言受諾に難色を示す我が国に対して、戦争を終わらせるだけなら広島だけで十分だったが、米国は二発目の原爆をどうしても実行しなければならない理由があったのだ。

 何故なら広島と長崎に落とした原爆の種類が違う為だ。広島はウラン型。長崎はプルトニウム型。「マンハッタン計画」で莫大な研究費を注ぎ込んだ米国は、議会でその成果を証明する義務があった。

 原爆投下後の米軍の広島・長崎で執った「放射能治療方法交流禁止」や「被爆者カルテ没収」など、目に余る人権蹂躪行為を見ると「人体実験」否「動物実験」としての原爆投下だったということだ。

 実験データ収集の為には荒天では撮影も儘ならず、天気の好かった近郊の長崎に変更した。原爆投下からその後の経緯を一部始終撮影し、実験データを収集していることでもその真意は明らかだろう。

 人体実験の為に原爆を投下した米国に対して憎悪の感情を持たせない為に米国は日本人に贖罪意識を植え付け、戦後民主主義教育とハリウッド・エンターテイメントを模倣して芸能に興じる様に日本人を洗脳し、愚民を生むことに成功した。

 米国の押し付けというと現憲法ばかりが論われるが「教育委員会制度」も「労働三法(労働組合法、労働基準法、労働調整法)」も米国製である。

 米国は「戦前の日本の軍国主義が日本の中央集権的教育制度を齎し、それが結果戦争に繋がった」と結論付け、教育改革を実行する。

 それまでの我が国の学校教育を内務省の中央集権的統制から解き放ち、その管理を地域住民の代表により構成される合議制の委員会の下に置こうと画策し、それを実行したのが「教育委員会制度」である。

「労働三法」は、憲法28条の労働基本権の理念に基き制定されたもので、企業などの労使関係を規定し、対等的労使関係の基礎となっているが、これも米国の学者らが日本を実験台に謀られたものだ。

 米国は「日本国憲法」で国民を骨抜きにし、「労働三法」で労働者を優遇し、「教育委員会」制度の導入によって教育を荒廃させたという事実を冷静に見れば、憲法を見直し、占領下に謀られた愚策を検証し改革を図るのは当然だろう。

 米国製のクソ憲法を護り、米国製の労働三法に守られ、米国製の教育委員会を信奉しているのは「反米」を叫んでいる珍左翼に止まらず、保守を標榜する自民党内にも多く存在しているのは嗤うしかない。

 第二次世界大戦後、世界の帝国主義が崩壊した御蔭で敗戦した我が国は米国の51番目の州にならずに済んだ。米国が謀った日本人の矯正は見事に成功を果たし、国民は米国の価値観の下でまやかしの平和と繁栄を謳歌している。

 親米保守の安倍を始め、自称保守派に尊皇精神は無い。尊皇無き保守では欧米の保守と何ら変わらない。左翼もまた米国製の憲法を有難がり、「反米」を叫べども米国の実行した戦後民主主義教育がその論拠となっている(苦笑)

 因みに原発事故に見舞われた東京電力福島第一原発の1号機と2号機はウラン型、3号機と4号機はプルトニウム型。然も1号機と2号機は米国製。これらの悉く失敗した米国の策謀を見直そうとしないのは正に政治の怠慢である。

 政治の混乱と矛盾、経済の停滞と低迷、社会の沈滞と退廃、戦後体制の諸矛盾は戦後占領政策が元凶である。戦後ヤルタポツダム体制の検証を急げ。

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2018年08月09日

米国の原爆投下と旧ソ連の蛮行こそ「平和に対する罪」及び「人道に対する罪」で裁かれるべき

 昭和31(1956)年、日本共産党中央委員会宣伝教育調査部編集の「日本共産党の政策」の中で次の様な一文が掲げられている。

「ソヴエトは終戦間際に参戦して火事ドロ式にうまいことをやったという人がいますが、ソヴエトが参戦したため、平和が回復され、日本が焦土とならずにすんだのです・・・」

 この思想的次元、この発想が日本共産党の本質を露呈しているが、国際条約を蹂躙して参戦したことこそ大問題ではないか。

 平和団体というのは米国の原爆投下を執拗に糾弾する。原爆投下を直ちに是認出来るものではないが、米国と我が国とは国の威信と生死を賭けて戦っていたのであり、新しい兵器の開発と使用に三分の理を認めざるを得ない。

 然るにソ連はどうか。我が国との間には厳然とした「日ソ中立条約」があり、領土の保全と不可侵、そして中立が固く約束されていたにも拘らず、長崎に原爆投下された昭和20年8月9日(8日未明)、ソ連はヤルタ秘密協定を忠実に守り、日ソ中立条約を一方的に破棄し満州や南樺太に侵略を開始したのだ。

 日本人同胞の虐殺、強姦、略奪がこの日を以て開始され、我が国固有の領土である南樺太、全千島列島、北方四島が強奪された。

 こうしたソ連の蛮行に対し、政府もマスコミも平和屋も未だ旧ソ連の蛮行を責めたことはない。彼奴らに「平和」を口にする資格はない。

 6日の広島、9日の長崎の原爆投下に合わせ「原水爆禁止世界大会」という仰々しい名前の大会を主宰する「原水協」や「原水禁」ら似非「平和屋」は、原爆投下は執拗に糾弾すれども、ソ連の蛮行には沈黙を続ける。

 連中は、原爆を投下したのが米国だから、執拗にこの古傷を暴き、反米感情を煽り日米離間を謀り、党勢拡大に利用しているだけに過ぎない。

 それでも彼らが厚顔にも「平和団体」を自任し「核放棄」を訴えるのならば、米国や日本国内だけではなく、ロシアや中国共産党に対しても、或いは北朝鮮を始めとする世界の核保有国にも物申すべきではないのか。  

 鬼畜の如き蛮行で亡くなった同胞は、広島・長崎の原爆投下で亡くなった方々を遥かに超える。ソ連軍の残虐非道、鬼畜の行為は終戦後も収まることはなく、樺太では約5700名の軍人や民間人が犠牲となり、生存者はシベリアへ抑留された。

 シベリアに抑留された日本人は約60万人と言われているが、これは軍属だけの数字であって、民間人を含めると更に多く、ロシアの資料に拠れば約70万人、米国の資料では約90万人とも言われている。

 だが、未だ我が国政府は情けないことに、こうした歴史的事実を世界の国々に訴え、問題提起し、その真相を明らかにしようともしない。

 大東亜戦争を戦った英霊は東京裁判を始め、外国の地に於いては弁護する機会も与えられず、一審即結審という復讐という名の茶番劇で不当に処刑された。だが、米国に因る原爆投下と無差別爆撃、ソ連の卑劣極まる蛮行こそ「平和に対する罪」であり「人道に対する罪」ではないのか。

 正に8月9日とは、平和な今を生きる我々にとって決して忘れてはならない悲憤慟哭民族痛恨の日なのである。本日ここに、長崎の原爆投下とソ連の蛮行の犠牲になられた方々へ衷心より哀悼の意を表します。合掌再拝。

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2018年08月08日

「沖縄の非武装地域化こそ東アジアの平和のために必要です」という宮崎駿の妄想

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 画像は映画監督・宮崎駿の言葉。「沖縄の非武装地域化こそ、東アジアの平和のために必要です」とは一見正論に感じるが、宮崎は米軍を撤退させ中国共産党に併呑されることが東アジアの平和だと思っている。

 沖縄を「非武装地域化」することは理想論に過ぎず、我が国が米国依存体制から脱却を図り自らの手で沖縄を死守することこそ東アジアに平和を齎す。非武装化は単なる画餅であって、正に宮崎の描く漫画の空想の世界と同じ。

 支那大陸から日本を見ればよく分かるが、我が国が支那や朝鮮の防波堤の様に横に延びているのが分かる。中国共産党が尖閣列島や東・南シナ海に固執しまたロシアが樺太や千島列島を侵略しているのかが理解出来よう。

 横に連なる日本列島の横っ腹に朝鮮半島が匕首の様に存在している。これが「朝鮮半島匕首(あいくち)論」というもので、朝鮮半島は古来より、我が国の脇腹に突きつけられた匕首の様なもので、過去にも多くの禍が起っている。

 百済の白村江の敗戦で唐の侵攻に怯えた古代。二度に亘る蒙古襲来に見舞われた中世。日清・日露の宿命的な戦争を戦った近代。北朝鮮の暴発と中共の横暴を恐れる現代と、古来より朝鮮半島は地政学的に我が国の弱点だった。

 我が国の地理的状況と安全保障を考えたとき、様々な脅威に対抗しうる万全の防衛システムと法整備を急がなければならないのは言うまでもない。その要衝となっているのが沖縄であり、沖縄は我が国防衛の要でもあるのだ。

 沖縄が非武装地帯になることは願ってもないことだが、近隣に我が国を敵国と見做し反日国家が存在する限りそれは夢物語であり不可能なことなのだ。

 江戸時代末期、我が国にも欧米列強の植民地の波が侵略の意図を持って押し寄せて来た。当時、有色人種としての完全な主権国家は日本、トルコ、タイ、エチオピアの4ヵ国だけしか存在していなかった。

 世界は軍事力や経済力で他国や異文明を捩じ伏せ、有色人種を弾圧し、土地を強奪し搾取し、植民地することが当り前の帝国主義の時代だったのだ。

 260年の鎖国から半ば無理矢理開国させられた我が国が行く道は、欧米の白人の植民地となるか、有色人種初の帝国主義国家に生まれ変わるかのどちらの道しかなく、我が国が選択したのは後者であった。

 欧米列強に付け入る隙を与えることなく数年の短い間に維新を成し遂げ、開国した明治政府は「富国強兵策」を展開し、「封建的農業国家」を一気に「帝国主義的近代工業国家」に改造したのである。

 不平等ながら欧米列強と開国条約を締結し、国際法的整備を終えた我が国が直面したのが「朝鮮半島匕首論」だった。

 極東から遠い欧米列強よりも、朝鮮半島に地続きの支那かロシアが半島を征すれば、我が国の安全保障が危うくなる。だが、悲しい哉、半島の主人公たる朝鮮の実情は支那の属国であり、朝鮮半島の安定を託す相手ではなかった。

 鎖国時代でも支那と朝鮮は交易を通じて分かっていたが、新しい帝国であったロシアの強引な拡張主義は、江戸時代を通じて我が国の恐怖の的であり、その象徴的な事件は1861(文久元年)年の「ロシア軍艦対馬占領事件」である。

 不凍港を求めて南下したロシアが、対馬をロシア領土にしようとした日本侵略であった。半年に亘る我が国の抗議は聞き入れられず、最後はイギリス艦隊が圧力を掛けてこのロシア軍艦を排除した。

 この事件で「力こそ正義」であることを思い知った我が国は、以後、自らの安全保障の為に、宿命的な日清・日露戦争に向かって直(ひた)走ることになるのは歴史の必然でもあったのだ。

 過去の問題を現代の価値感や道徳観で論うことに意味はない。況してや宮崎駿の様な幼稚な正義感や妄想で我が国の平和や国民の安全は守れない。

 我々は、先人の苦難と歴史の必然の上で成り立っていることを忘れてはならないし、国防を怠ってはならない。反米や反基地も勝手だが、それよりも自分の国さえも護れない、国家の主権を米国に依存する歪な体制こそ恥じ入るべきだ。

 芸能界には津川雅彦や伊東四朗、藤岡弘、つのだひろなど保守的な芸能人も多くいるが、宮崎駿や吉永小百合、沢田研二、渡辺謙、石田純一らなど共産党シンパや戦後民主主義に冒された無自覚左翼も少なくない。

 芸能人やタレントなどのテレビに露出する機会の多い有名人の「言葉」というのは社会的影響が大きいだけに、政治活動をしたり、政治的発言をするのは慎重であらねばならないが、我の意見こそが正論であると信じてるから始末に負えない。

 俳優やタレントなどの芸能人というのは本来は政治的には不偏不党、中立の立場を守るべきだが、閉ざされた世界で育つ故にどうしても関わりの持った先輩芸能人や周辺者に感化されてる場合が多く、共産党シンパにそういう輩が多い。

 彼らは米国の実行した日本人矯正の為の戦後民主主義教育の自虐史観にどっぷりと漬かりながら、それらを疑うこともせず、「戦後民主主義」に拘泥する余り自分の考えこそ絶対として全く聞く耳を持とうとはしない。

 革新的左翼にしろ誤憲派や人権派、平和団体などに与する無自覚左翼に共通するものは、物事の見方が薄っぺらで幼稚な正義感の押し付けばかり。

 こうした無自覚左翼の芸能人を、共産党を始めとして「九条の会」や反原発派、売国マスコミが利用して情報弱者を誑かし党勢拡大を謀る。

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2018年08月07日

保守を自任する自民党内に於いて保守票目当てに行動する保守系議員

 古屋圭司ら保守系を自任する自民党議員が菅官房長官と会談し、新元号の制定と発表は来年5月1日の皇太子殿下の即位後とするように要請した。

 自民党内でもタカ派だという彼らは、皇室典範への譲位附帯に反対し、大嘗祭についても、現憲法に明記していないことを理由に国事行為ではなく公的な皇室行事とするとの閣議口頭了解に異を唱えたとは聞いてはいない。

 男子皇族減少との理由から女性宮家論に反対もせず、GHQに強制的に臣籍降下させられた旧皇族方の皇籍復帰を進言したということもない。皇統断絶の謀(はかりごと)に対峙せずして何が保守か、何が愛国者か。

 自民党内で彼らは保守派を気取ってはいるが、保守を自任する自民党内に於いて保守票目当てにそのバランスを保つ行動をしてるだけに過ぎない。

 古屋らも保守派を自任するならば施行日時云々より、元号の必要性と我が国の歴史に果たした重要性を啓蒙すべきである。

 陛下や皇室に対する尊崇の念が薄れつつある現在、悲しい哉、西暦こそが「国際暦」であり世界で一般化しているとして元号を否定し、国民は「皇紀」という我が国の年号さえも忘れてしまっている。

 元号が「古臭く時代遅れ」であるかの様な認識は、田舎言葉の「英語」が国際語だから日本語を廃止して英語だけにしろという暴論と同じ様なものだろう。

 我が国は645年、第36代孝徳天皇時代に「大化の改新」を果たして。この御代に建てた「大化」が元号の始まりである。孝徳天皇の崩御後には新たな元号は定められなかったが、後に「白雉」「朱鳥」が建てられた。

 斉明、天智、弘文天皇の御代には定かでないとされているが、文武天皇の御代に「大宝」という号が建てられ、今日の「平成」に至るまで約1300年もの間途切れることなく続いている正に我が国文化の象徴である。

 元号の数は、所謂「南北朝時代」に並行した元号を合わせると実に248に及ぶ。これもまた、我が国の歴史が天皇を中心に織りなされて来たという厳然たる事実の証明でもあり、正しく我が国は天皇の国であると痛感する。

 元号の改定は、徳川時代でも朝廷の大権だった。江戸時代中期の学者・新井白石も「折焚く柴の記」で、「元号だけは朝廷の御定めになることである。武家の関することではない」と綴っていることでも明らか。

「一世一元」となったのは、明治21年の紀元節(2月11日)に制定された旧皇室典範第12条の「践祚ノ後元号ヲ建テ一世ノ間ニ再ヒ改メサルコト明治元年ノ定制ニ従フ」が基となっている。現皇室典範には元号に関する規定はない。

 昭和54年に要約「元号法」が成立する。この時、左翼陣営は「元号は天皇主権の旧憲法への逆戻り」「元号は天皇元首化の動きと直結」「元号によって天皇の権威を国民の隅々にまで行き亘らせる狙い」だと騒ぎ立てた。

 正に「元号」は共産党らが指摘した通りである。明治欽定憲法を復元し、万世一系の天皇を我が国元首として仰ぎ奉り、陛下の御稜威を国民生活の隅々にまで行き亘らせることにあるのは当然で、それは日本国民として当然の願望である。

 歴代天皇は数年から10年を目途に、節季の習俗を時代の流れとして「改元」し、巧みに時代転換をして来た。だが、明治の皇室典範制定で「一世一元」となり、その後も暗黙にこの一世一元が守られてきた。

 幕末の混乱期に御即位した孝明天皇は、御在位21年の間に「嘉永」「安政」「万延」「文久」「元治」「慶応」と実に6回も改元為された。これ即ち幕末という混乱の時代を如何に転換させるかの苦衷の表れであろう。

 であるならば、今上陛下に於かせられては平成の激動の時代に区切りを付ける為に改元することが望ましいものであると思ったが、不敬にも「生前退位」なるものが実行され平成の御代の終焉を謀られてしまった。

 我が国はいつの世も時の陛下の御代である。そこには「君が代」の世界が厳然と存在する。その御代を端的に表現するものが「元号」である。これこそが我が国の国體の精華であり、世界に誇る我が国の美風でもある。

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2018年08月06日

原爆投下は人種偏見や日本人蔑視以外に合理的根拠は見つからない

 8月6日、午前8時15分、米軍は広島市に核兵器「リトルボーイ」を投下し、一瞬にして14万人以上の無辜の民を虐殺した。米国はそれでも厭き足らず、3日後の9日午前11時02分、長崎に「ファットマン」を投下した。

「原爆投下が大東亜戦争の終結を早めた」という人がいるが事実はそうではない。 我が国は終戦の機を窺っていたのは間違いない。

 ポツダム宣言の原案には「天皇」存続の保証が盛り込まれていた。米国は日本政府が「日ソ中立条約」を拠り所に和平を模索していることを知っており「天皇存続」を保障する案なら受け入れる可能性が極めて高いと考えていた。

 ところが反日的なスチムソン陸軍長官やハル元国務長官から助言されたバーンズ国務長官はこの項目をポツダム会議直前で削除してしまう。

 即ちポツダム宣言は、天皇存続の当初の原案とは違い、我が国が極めて受け容れ難い内容に変更されていたのである。

 そうした事情をよく認識していたトルーマン大統領は、ポツダム宣言発表前日(7月25日)に自らの日記に「この兵器(原爆)は、今から8月10日迄の間に使用されることになる」と綴っている。つまり、ポツダム宣言を日本側が受け入れることを知りながら敢えて懲らしめ的に原爆を投下したということだ。

 未だ国内に蔓延する「日本政府がポツダム宣言を黙殺したから原爆が投下された」との理由が真っ赤な嘘であることはこの日記が明瞭に証明している。

 抑々、原爆を日本に投下することになった背景には黄禍論に見られる様に日本人への偏見と差別が根強く在ったからに他ならない。

 米国が原爆投下を決定したのは1943(昭和18)年5月のことで、原爆搭載機を対日戦用のB-29を選んだ。翌年9月の米英間の秘密覚書「ハイド・パーク協定」にも「原爆は日本に対して使用されるであろう」と明記されている。

 こんな不可思議な決定は人種偏見や日本人蔑視以外に合理的根拠は見つからない。更には、原爆投下後の米軍の広島・長崎で執った「放射能治療方法交流禁止」や「被爆者カルテ没収」など、目に余る人権蹂躪行為を見ると「人体実験」否「動物実験」としての原爆投下だったのではとすら思えてくる。

 トルーマンの日記には「ジャップどもは野蛮人で、冷酷、無慈悲且つ狂信的な連中だ」との差別表記も羅列されている。だが、野蛮で冷酷非道なのは米国であり、未だに米国の歪な正義感を世界にバラ撒き続けている。

 昭和34(1959)年、来日中だったキューバのエルネスト・チェ・ゲバラは広島視察を強行し、原爆資料館で「君たち日本人は、アメリカにこれほど残虐な目に遭わされて、腹が立たないのか!?」と述べている。これが素直な感情だろう。

 悲しい哉、自虐史観から覚醒しない日本人は、GHQの統治下に押し付けられた米国製の憲法を有り難がり、憲法九条が平和を齎したと勘違いし、或いは米国が実験的に謀った様々な弱体化政策に疑問を抱くことなく、未だ日本人蔑視が蔓延る米国に領土防衛という国家の大本を委ねてまやかしの平和を謳歌している。

 そんな日本人が「真の平和は、自らが創り出さなくてはならない」という主権国家として当たり前の事に気付くのはいつのことだろう。本日ここに、原爆投下で犠牲になられた全ての方々に対し衷心より哀悼の意を表します。合掌。

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2018年08月05日

地元紙・福島民報新聞のコラム「日曜論壇」に登場するのは左翼人士ばかりなり(嗤)

 地元紙の日曜日のコラム「日曜論壇」、毎週、左翼人士らに私見を垂れ流させて世論誘導を謀る。今日は国立歴史民俗博物館名誉教授という仰々しい肩書の小島美子。何のことはない左翼活動家のおばあちゃんである。

 全学連時代に育った輩というのは、学生運動や安保闘争の憧れを捨て切れず、反国家・反体制を採ることが進歩的であると今でも思っている。

 記事では相変わらず森友学園に拘り、麻生大臣も誰も責任を取らなかったと詰り、更には加計学園の問題まで持ち出して「道徳的な問題」であると意味不明な言辞で読者を誑かすが、抑々森友も加計の責任は政府には無い。

「安倍内閣は多くの国民が気が付かないうちに独裁体制を創り上げている」と妄想し、「特定秘密保護法など私たちの行動を縛る法律も出来ている。愈々、憲法改正(悪)に向かって行くだろう」と述べている。

 特定秘密保護法が国民を縛る法律であると本気で思っているとしたら救い様がないが、こうした内容は確信的な世論誘導であり、憲法改正に態々「悪」と入れてることをしても末期的左翼的痴呆が現れている(苦笑)

 極め付けは「沖縄を軍事基地にする為に米国へ巨費を投じ、必要とは思えないミサイルシステム『イージス・ショア』を米国から買う」との批判。

 沖縄の米軍基地が嫌なら自衛隊が代わらなければならないが、左翼というのはそうした対案を示すことはない。

 イージス艦を米国から購入するのがダメなら日本製イージス艦や空母を造るべきだ。米軍もダメなら自衛隊もダメ、要は無防備で「日本なんぞ侵略されて無くなってしまえ」という中国共産党の第五列に過ぎない。

 嗤えるのは「野党が弱体化したのは、実は小池百合子東京都知事が野党を解体させたから」と断じ、その結果、「安倍一強体制創りに決定的に大きい影響を与えた」と述べていることだ。

 当時、自民党党員ながら自民党公認を受けられず都知事選に立候補し、自民党の陋習を批判して世論を味方に付けて圧倒的勝利を捥ぎ取った。

 東京都知事は石原慎太郎が禅譲した猪瀬直樹、そして後任の舛添要一と二人続けて任期途中で辞任するに至った。

 都議会と自民党東京都連は、猪瀬のスキャンダルを取り上げて辞任に追い込みながらも、その後に就任した舛添知事の公私混同疑惑問題に対しては何ら追求することなく他人事を極め込んだ。

 小池は、こうした自浄能力皆無の都議会と旧態依然の自民党東京都連を都政改革の元凶(抵抗勢力)と捉え、都政改革を訴えると共に、世論を味方に「都政を(都民に)取り戻す」をスローガンに選挙戦を戦い、結果、自民党候補に圧勝した。

 都政最大のガンは既得権益を仕切るボス(内田茂)政治だった。小池が自民党政治を「忖度政治」と揶揄したが、内田茂自民党都連幹事長は、既得権益の権化として都議会に10数年君臨してきた正しく都議会のドンである。

 都知事選の結果を受け内田は引退を表明。自民党もこれを機に小池との和解を図れば好いものを、驕れる自民党はくだらんメンツを優先し小池批判を滔滔と繰り返した。都民や国民にも小池批判は醜く映った。

 小池は新党「希望の党」を立ち上げ、自民党政権の受け皿になる政党結成を模索する。そこに新進党代表の前原誠司らが勝ち馬に乗ろうと軽挙に奔った。

 自民党の石破も小池に秋波を送るも小池の候補者選別発言で元の木阿弥に。安倍一強体制を決定的にしたのは、そうした一時期の盛り上がりに便乗した野党第一党代表だった前原らの大衆迎合主義であり、これこそ批判されるべきだろう。

 そんな石破といえば、未だに自民党に所属していながら安倍批判を繰り返している。理屈っぽい話しぶりは一見正論に見えるが、どれもこれも大衆迎合主義から来る御得意の思い付きの改革論ばかり。

「防災省を創る」という発想がその最たるもの。災害派遣する自衛隊、中でも陸上自衛隊の一部を防衛省から切り離して防災省に組み入れるのか。

 現場で汗する消防士や警察官の所属はどうするのか。万が一に備え災害が起こらない様にインフラ整備や安全確保を講じるのが政治家の務めであり、災害が起こることを想定している防災省新設という発想は実に軽々しく感じる。

 流石は過去に自民党を離党し「改革の会」に参加し、「新党みらい」「自由党」「自由改革連合」を渡り歩き「新進党」結成に参画。結局は古巣の自民党に復党した人物で、小沢一郎との確執も囁かれているが小沢の子分には変わりない。

 石破は「国防」が得意分野ということで「タカ派」のイメージが強い、その実は戦後民主主義にどっぷり浸かった無自覚左翼というのが正しく、中国共産党に阿ることに於いては小沢を凌ぐのではなかろうか。

 そんな石破を自民党竹下派は自民党総裁選で石破を支持するという。竹下派というと旧田中派であり、旧田中派だった石破を支持するのも然もありなん。

 だが、突然、石破支持になったのは政界引退後も竹下派に影響力を持つ青木幹雄の影響だというのは時代錯誤も甚だしい。

 老害著しい青木や竹下亘にしろ、吉田博美党参院幹事長にしろ、参議院選挙で島根と鳥取が合区となり、鳥取では絶大な支持を得る石破を選挙目当てに支持しようということであれば、これほど有権者や国民を愚弄した話はない。

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2018年08月03日

イベント化しつつある平和運動と右翼陣営の靖国参拝

 毎年8月になると戦争に纏わる話も多くなり、6日の広島、9日の長崎と原爆投下に合わせて平和屋が蠢き出し、原爆投下に抗議する反米愛国を叫ぶ新右翼や旧ソ連の蛮行に抗議する右翼団体の活動も活発化してくる。

 何故にこうした戦争が起こってしまったのかという検証が成されることは少ない。昨今の平和運動にしろ、反天連の活動にしろ、右翼陣営や保守派の8月15日靖國参拝にしろ、先の大戦を利用した単なるイベントでしかない。

 明らかな国際法違反である広島・長崎への原爆投下、日本の各都市への無差別絨毯爆撃の罪を糾弾することを忘れてはならないし、また、中立条約を一方的に破棄して参戦し、鬼畜の如く振舞った旧ソ連の蛮行もまた然り。

 ロシアは火事場泥棒的蛮行を猛省することなく「対日戦勝記念日」として祝勝しているが、悲しい哉、我が国政府が抗議し謝罪を要求したことはない。

 中共は軍事力を増強し続け、我が国の排他的経済水域に於いて不当な活動を繰り返し、加えて尖閣諸島の領有権を主張しているが、武力を以て国土の拡張を実行しているのは今世紀地球上で中華人民共和国一国である。

 韓国も竹島を不法占拠し続け、北方領土海域に於ける漁業権確保をロシアとの間で契約し、慰安婦問題を始め悉く我が国を侮辱し続けている。

 つまり、中韓両国は我が国に敵対行為を採っているのであって、そうしたことに目を瞑り、相手を刺激する事のみを心配する論理は正に弱腰軟弱外交そのものであり、東京裁判史観に毒された自虐の思想である。

 他国を刺激しないなどという外交戦略があるだろうか。国家は自存の為に国益を主張し、国益は往々にして対立することを免れない。

 然らば、他国を刺激しないという理由は、自国の国益を放棄することに他ならない。近隣諸国を刺激しないという戦後日本の国是は誤りである。

 皮肉なことに、過去に於いて被害者であったと声高に主張する国が、現代では日本の主権を侵し続けている。連中に被害を口にする資格はない。

 百歩も千歩も譲って、東京裁判がでっち上げた様に、我が国が過去のある時代に悪逆非道の犯罪者であったらどうだというのか。

 それでも我等は生きて行かねばならぬ。同胞を拉致されて涼しい顔をしている訳にはいかないのだ。固有の領土を略奪され、主権を侵害され、先人の名誉を傷付けられて黙っている訳には参らないのだ。

 歴史の検証をする際に我が国の罪を論うことは当然だが、大事なのは古今東西、世界に蔓延る覇権主義の克服を主張する事であって、他国の覇権主義に目を瞑り、一方的に自虐の淵に止め処なく漬かり込むことではない。

 今こそ、戦後の歴史認識の基となった東京裁判の不当性と占領下で実行されたGHQに因る策謀と不条理を徹底して検証しなければならない。

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2018年08月01日

「日中戦争」ではなく「支那事変」「日華事変(日支事変)」。「太平洋戦争」ではなく「大東亜戦争」

 今日は葉月朔日。身を清め、神饌を替え、畏れ多くも陛下の安穏と皇室の弥栄を祈念する。今月は生誕月でもあり、果報を期待している(笑)

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 昨日、二本松の銘菓「玉嶋屋の玉羊羹」を頂戴した。愚生は左党だが甘いものにも目がない。箱には玉羊羹の歴史が書かれた栞が同封してあった。読めば「日中戦争」とか「太平洋戦争」との表記に違和感を覚える。

 やはり日本人なら「日中戦争」ではなく「支那事変」とか「日華事変(日支事変)」、「太平洋戦争」ではなく「大東亜戦争」と呼称すべきで、老舗ならば尚更。こうした何気ないことでもGHQの言論統制の名残を感じる。

 閑話休題。毎年、暑い時期になると6日の広島、9日の長崎と原爆が投下された日に焦点を合わせ、所謂「平和屋」、似非平和団体の主催の「原水爆禁止世界大会」が開催され、原発事後、フクシマも利用されている。

 世界から核兵器が無くなることに越したことはないが、現実的には不可能なことであって、況してや核兵器も保持していない日本国内で「核兵器反対!」なんぞ訴えても何の意味もない。

 この原水爆禁止運動は「世界から核兵器を無くそう」という思う純然たる市民の街頭での署名活動から始まったものだった。

 その署名活動の輪が急速に全国に広がって行くのに目を付けた旧日本社会党と日本共産党がその活動に割り込みを図り、イデオロギーに汚染させ、終には主導権争いを演じて分裂させてしまう。

 それが旧社会党系の「原水禁」と、共産党系の「原水協」である。こうした分裂は教職員組合が「日教組」と「全教」に分断した構図と同じで、こうしたことだけでも連中に「平和」など口にする資格はない。

 連中の目的は「平和」とは名ばかりで、原爆を投下したのが米国だから騒いでるだけの「反米活動」であり、彼らは平和主義によって平和という現実や効果を求めているのではなく、その目的は別に在る。

 彼らのその目的とは言うまでもなく革命であり、我が国柄の破壊である。その目的を達成する上で「平和」という言葉こそが最も効果的な武器なのだ。

 左翼や平和団体の「反米」とは、米軍の実行した戦後民主主義(自虐史観)による洗脳であるが、未だその洗脳から目覚めようともせず、いけしゃあしゃあと「反米」を口にするとは滑稽極まりない。

 原爆投下による被害は甚大ではあったが、原爆投下によって戦後こういう「反米」「反基地」の珍種が殖えてしまったのは皮肉な結果でもある。

 戦後民主主義とは、自国の歴史を汚辱に塗れた過去と捉える自虐史観であるが、たった7年の統治で日本は全く別な国になってしまった。

 その教育で育った者は、国家から恩恵を享けながら、個人と国家を常に対立させ、恰も国家は、人間を抑圧する組織と見做し、反国家反体制のポーズを採ることが進歩的で文化的だと錯覚し、幼稚な正義感を押し付けている。

 戦後GHQの統治下で実行された戦後民主主義教育に因って、日本人の中に別なニホンジンを創り上げた。我が国を実験台にした様々な弱体化政策は米国が予想した以上の成果(悪害)を齎し、我が国を蝕み続けている。

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2018年07月31日

池田太作の地元紙への投稿記事に反創価学会の愚生でさえ感心したのだから信者は感涙に咽び泣いたに違いない(笑)

 地元紙の教養欄に「特別寄稿」として創価学会インターナショナル(SGI)会長で創価学会名誉会長でもある池田太作の投稿が出ている。

「うつくしまルネサンス 福幸を未来へ」と題された記事は、県内の伝統工芸品や福島県民の人柄、戊辰戦争での会津藩の苦労や詩人の草野心平が母親の死で書き留めた「美」の意味など幅広く論じている。

「福島には如何なる艱難にも、共に励まし合って乗り越え、勝ち越え、偉大な創造を成し遂げ往く人間の絆がある」と会津藩を例に、敢えて原発事故という表現を使わずに喩えているが、こそばゆい感じもするが中々好い表現だ。

 所所に宗教家らしい語彙を使い分かり易くも重厚な文章となっている。反創価学会の愚生でさえ感心したのだから信者は感涙に咽び泣いたに違いない(笑)

 投稿の半ばには日本刀の出来上がる様子を表し、人もまた厳しい試練や圧迫に耐え抜いてこそ、刀剣の如く光彩を放つのだと、「美」と「鍛錬(強さ)」の重要性を説いてるが、これは愚生も常々訴えていることだ。

 人を育てるというのは日本刀が出来上がる過程と似ている。日本刀は先ず卸し鉄を「積み重ねる」ことから始まる。そして「鍛錬」し、更に「下鍛え」し、何回も何回も鍛え上げ、「芯鉄」を鍛え、造り込んで行く。叩いて叩いて叩いて鍛え上げることで強靭で且つ美しい立派な刀が出来上がるのだ。

 国士舘の創設者・柴田徳次郎先生もこう訓示している。

「刀というのはトンテンカン、トンテンカンと叩いて叩いて鍛え上げなければ五郎入道政宗とか村正といった立派な刀は出来ません。国士舘の生徒も先生だけの指導だけではダメであります。学校も親も一緒になって、預かったお子さん方を鍛え上げて行かなければ立派な日本人に育てることは出来ません」

 この「トンテンカン」というのは、刀を鍛え上げる刀匠と「向こう槌(つじ)」と言われる相方との遣り取り。刀匠と向こう槌との呼吸が大事で、「相槌を打つ」というのはこの刀を鍛え上げる工程に由来する言葉でもある。

 日本刀を作る上で最も大事なのが「焼き入れ」。鍛錬した刀に焼き入れを行うことで刀に命を吹き込むのだが、鍛錬が少ないと不純物が混じり、また焼き入れが甘いと美しい刀にはならず、出来映えも価値も変わってしまう。

「反りが合わない」という言葉がある。これも刀剣に関する言葉で、「鞘(さや)は一本一本その刀に合わせて作られているオーダーメイドで、違う刀を入れようとしても「反り方が合わない」ので納められない。

 刀身に彫られた溝のことを「樋(ひ)」というが、その役目は「刀の重量を軽くする」「曲がり難くする」「衝撃を緩和する」などの働きがある。単なる溝かも知れないが、溝にはそれなりに意味が在るのだ。

 反りが合わない人や、溝が出来てしまった人間関係は修復することは出来ないかも知れないが、反りや溝になった要因を考えることも大事なことでもある。

 話を戻すが、池田太作は東京大森海岸出身。子供の頃は、日本語の下手糞な無口な少年だったという。父親の名前は「田太作」、母親の姓は「池」。日本への帰化の際に、親の名前の「池田大(太)作」となったという。

 池田太作は、日本を「池田王国」にして国主になることを夢見る。政治、経済、文化、教育、司法等に至るまで自分の力が及び、国民に「池田先生マンセー」を叫ばせるのが夢見。正に国内最大の国賊でもある。

「創価学会」は宗教団体というより、学会員の現世利益を追求する社会運動体であり「公明党」は、それを政治的に実現する為の出先機関である。

 学会の支援を受けて当選した議員は「学会員の為に政治をやれ」と指導を受ける。つまりその学会員の頂点に君臨する「池田太作の為」に行動する。

 創価学会も公明党も極めて戦後民主主義であり、反国家的な団体であり、天皇陛下を族長と仰ぐ日本国家の正統にとっても悉く異質な存在である。

「外参権付与」「自虐史観」「反天皇」「反靖國」と挙げれば限が無いが、今や政治、経済、文化、教育と創価学会は巷に蔓延し我が国を蝕んでいるが、その学会票を当てにして連立を組む自民党というのは正しく似非保守である。

 そんな学会の頂点に君臨する池田だが「福島の天地に脈々と受け継がれ、鍛え上げられてきた『美の心』には幾多の難題に挑む人類に生きる希望と勇気を贈る光が宿っている」と未曽有の困難と闘う福島にエールを送っている。敵ながら天晴!

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2018年07月30日

放射線は100mSvを超えないとホルミシス効果は無い

 原発事故以来、「放射線から子ども守ろう!」といった活動を始め、放射線への恐怖だけが蔓延し、「鼻血が止まらない」とか「奇形が生まれた」などといった荒唐無稽な妄言や流言蜚語が飛び交った。

 放射線は100mSvを超えないとホルミシス効果が無いと言われており、低放射線は生命体が生きて行く上で必要不可欠な要素でもある。

 ホルミシスとは、何らかの有害性を持つ要因について、有害となる量に達しない量を用いることで有益な刺激が齎されることをいう。例えば、毒蛇の血清が毒蛇から作られている様なものだ。

 放射線は多少の損傷を修復したり、異常を起こした細胞を死滅させたりする効果がある。放射線治療が正にそう。

 人類は放射線を利用しながら進歩して来たと言っても過言ではなく、逆を言えばホルミシスにも役に立たない程度の放射線は科学者にとって研究対象にもならない。科学や工学は、役に立って初めて意味あるものとなる。

 放射線以外で例えば「塩分」も生きる上では必要な栄養素。摂り過ぎると高血圧や脳卒中の原因になると言われているが、摂取しなけりゃ死に至る。

 我が国の基準値は本来、最高血圧が160~最低血圧が95mmHgだったのだが、20平成12(2000)年に、最高血圧140~最低血圧90に引き下げた。

 昨日まで血圧が150~92という正常値だった健康な人が、いきなり高血圧患者されることとなり、病人にされてしまった。

 この基準値を下げたことで新たに2100万人の高血圧の患者が増え、これまでと合わせ3700万人が高血圧となり、これに比例して癌患者が殖えた。

 面白い統計がある。80歳の人の5年生存率を最高血圧から調査した研究によれば、最高血圧が180以上の人達の生存率が最も高くなり、最高血圧が120~140のグループの生存率が一番低いという。

 抑々、高齢になると血圧が高くなるのは正常な生理作用でもある。それを薬で無理無理下げてしまうことでリスクが発生するのは当然といえば当然のことだ。だが、何故か是正されることはなく薬が処方されている。

 放射線も同じで浴び過ぎると「癌」になり易くなるという単純な理屈だけだ。福島の放射線はホルミシスにもならない微量な線量を怖がって避難指示が出され、科学的根拠もない除染に莫大な血税が費やされている。

 人は必ず死ぬし、日本では今や国民の三分の一が癌で亡くなると言われている。癌は別に放射線だけによるものでもないし、怖いものでもない。

「患者よ、がんと闘うな」を上梓し「癌は切るな」「癌検診、百害あって一利なし」という独自の理論を展開する慶応大学の近藤誠はこう語る。

「癌治療が苦しいのは、手術や抗癌剤治療を受けるからで、これらをなるべく避けて治療すれば、治るものは治るし、治らない場合にも、そう苦しまないで済む対処法も進んでいるから末期癌でも最後まで意識清明でいられる」

 放射線や受動喫煙の発癌性をとやかく言うが、降圧剤は発癌性も然ることながら感染症のリスクも増すことも報告されている。福島原発事故に因る放射線やタバコより降圧剤に因る弊害の方が遥かに高いが、何故か騒がれることはない。

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2018年07月29日

朝河貫一博士は米国にとって都合の好い日本人だった

 地元紙に朝河貫一博士の第3回目の特集記事が出てた。これを読むと、尋常中学(現安積高)や学生時代の多感な時期に英語教師とキリスト教との出会いが、その後の朝河の人生を決定付けた様に思う。

 東京専門学校(現早稲田大)に入学して間もなく、中学時代の英語教師の月々の給料120円(現在で240万円)が高過ぎるとの理由で解任されるに当たって福島県議会に建白書を送っているが、月々240万円は幾ら何でも高いだろう(苦笑)

 こういう疑問より議会に抗議するというのも、若い頃の特権と言えばそれまでだが、何か若い時分から正義を履き違えている様にも見える。

 この英語教師だが、通信技師として来日する前は、インドや米国、支那などへの渡航歴があり、そうした海外の現状を朝河に話したであろうことが想像出来る。朝河の思想形成はこの英語教師に拠るところが大きい。

「上京翌年にはキリスト教の洗礼を受けてキリスト教徒になった」とある。やはり朝河の正義感や行動の裏にはキリスト教徒の教えがあることが窺える。

 アジアの動乱の原因は昔から米国と共産主義だった。大東亜戦争にしても米国とソ連コミンテルン、中国共産党、そして日本の共産主義者が仕組んだ共産革命実現の為の愚かな戦争であったというのは歴史的に明らか。

 19世紀末から20世紀前半にかけアジアの動乱に米国人宣教師の果たした役割は大きく、日露戦争後の動乱全てにキリスト教徒と天道教徒が係っている。

 日露戦争後の朝河の行動も正にこれと同じで、キリスト教徒としての策謀が見え隠れする。日露戦争勝利後、国内では「ロシアから賠償金を貰え」とか「朝鮮半島の権益を分捕るべきだ」という強硬な世論が席巻していた。

 日露戦争そのものを批判していた朝河は、まさかの日本勝利に驚くも「日本は金や領土の為ではなく、アジア解放という大義の為に戦ったのだから、そんなものを要求してはならない」と説いて回った。

 ロシアとの講和では満州に於ける権益を得るも、朝河の目論見通りロシアから賠償金を取れず、財政も窮地に立たされる。国民世論は激高し、日比谷焼打事件など各地で暴動が起こった。朝河のしてやったりの顔が浮かぶ。

 だが、日露戦争で我が国が勝利したことで、15世紀の大航海時代以来、白人による世界制覇の滔々たる流れが大きく変化し、全世界の有色人種に強烈な影響を与えることなった。こうしたことも米国の怒りを買った。

 日露戦争勝利から15年後、パリ講和会議に於いて我が国は、国際連盟規約に「人種平等の原則」を入れる提案を行うも、米国大統領ウイルソン議長に「全会一致が原則」との詭弁を弄され拒絶されてしまう。

 米国の人種差別、日本人蔑視は已むことなく、結局、日露戦争が齎した歴史的課題である「人種平等の原則」の本格的実現は、我が国は敗れはしたが大東亜戦争後に漸く実現し、その歴史的大使命が果たされることとなるのである。

 大東亜戦争を戦わなければ米国の人種差別、日本人蔑視は留まるところを知らず、傲岸不遜な世界支配、アジア支配が続いていただろう。

 朝河が、戦争回避の為に陛下へ親書を認めたというのも詭弁であり、米国内の日本人蔑視である「黄禍論」には傍観を極め込んで何が戦争回避か。

 朝河は平和主義者などではなく、米国の意の下に行動していたスパイであり、米国にとって利用価値のある都合の好い日本人だっただけだ。

 キリスト教徒の工作は枚挙に遑なし。ハーグの国際会議後の動乱は、安重根に代表される様にキリスト教徒が主体で、明治43年(1910年)8月に発覚した「寺内総督暗殺未遂事件」で122人が逮捕されているが、その殆どがキリスト教徒だ。

 米国に本部が在る朝鮮独立の為の秘密結社「新民会」が「五賊」「七賊」所謂「親日派」の大臣暗殺計画を行っているが、これも米国とキリスト教が暗躍している。3.1独立運動。支那での5.4運動然り。

 反日テロを繰り返し、支那事変から大東亜戦争へ進んで行くのも、キリスト教徒と共産主義の巧妙な活動が最大の原因だったのは今や歴史的事実である。

 20世紀とは、自由と平等の名の下にプロレタリア独裁を標榜する共産主義が猛威を振るった時代であり、今正に、キリスト教徒の望んだ中国共産党が世界の脅威となっているのは米国の悪因悪果、因果応報でもある。

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2018年07月27日

「敗戦は必定なれど三春に倣うべからず」(二本松藩家老・丹羽一学)

 戊辰戦争から今年で150年を迎える。会津武士道の昇華を白虎隊に例えるのなら、二本松少年隊は正しく二本松武士道の昇華そのものだろう。

 慶応4(1868)年、西軍の会津征伐に於いて二本松藩の家老・丹羽一学は「敗戦は必定なれど三春に倣うべからず。二本松は城が灰燼に帰し、一族屍を野に曝すとも武士道と信義に殉ずべきである」と、藩論を徹底抗戦に纏め上げた。

 同年7月27日、木村銃太郎隊長(22)に率いられた少年隊士23名が蹶起する。会津白虎隊士の構成年齢が16~17歳だったことに対し、二本松少年隊の最年少隊士の年齢は僅か12歳だった。少年隊は、城下西口の要衝である大壇口に布陣。

 7月29日午前9時頃、少年隊は隊伍を組んで進軍してくる西軍に向かい、銃太郎の号令一下、轟然と火を吹いた少年隊の大砲によって、終に戦史に残る激戦が開始される。だが、奮闘空しくその日のうちに落城してしまう。

 これを以て、「二本松藩との戦いは易易だった」と罵詈を浴びせる歴史家もいるが、事実はそんな簡単なものではない。

 幕末の薩摩藩士で、後に陸軍元帥となった野津道貫は、戊辰戦争の回顧談(近世国民史)で「兵数不詳の敵兵は、砲列を布いて我軍を邀撃するのであった。我軍は早速之に応戦したが、敵は地物を利用して、おまけに射撃は頗(すこぶ)る正確で、一時我軍は全く前進を阻害された。我軍は正面攻撃では奏功せざる事を覚り、軍を迂回させて敵の両側面を脅威し、辛うじて撃退することを得たが、怨恐らく戊辰戦中第一の激戦であったろう」と語っている。

「射撃は頗る正確で」というのは、スペンサー(元締め)銃を手に奮闘した二本松少年隊の小澤幾弥のことだろう。幾弥この時、弱冠17歳。戊辰戦争前まで江戸で育った幾弥は、新式のスペンサー銃を二本松藩に持ち込んだ。

 二本松の戦いでは、阿武隈川を超え霞ヶ城(二本松城)に殺到する西軍を丘の上から次々と撃ち倒した。だが「最早これまで」と師・朝河八太夫と討ち死にする。砲術師範の八太夫は昨今持て囃されている朝河貫一博士の祖父である。

 二本松藩には、代々「必殺を期すには、斬らずに突くべし」という刀法が伝わっている。これは、浅野内匠頭が江戸城内での一件を聞いた二本松藩初代藩主・丹羽光重が、「何故、浅野公は斬り付けたのか。斬り付けずに突けば好かったものを」と、酷く悔しがったという由来から「斬らずに突け」が伝統となった。

 少年隊士・成田才次郎が、出陣の際に父から訓されたのも、この「斬らずに突け」だった。大壇口から敗走中の混乱で隊士はバラバラになってしまい、才次郎は単独で二本松城下の郭内まで戻るも戦意は尚も旺盛だった。

 才次郎は「必ず敵将を斃してやる」と一の丁の物陰に潜んでいたところ、馬上豊かな武士が一隊を率いてやってくるのが見えた。長州藩士・白井小四郎が率いる長州藩の部隊だった。才次郎、隊列が目前に来るまで充分に引き付る。

「此処ぞ」と大刀を真っ直ぐに構えるや、一気に先頭の白井に向って突進した。しかし、歴戦の長州兵はこの遮二無二突進する小さな刺客に即座に反応し隊長を護るべく馬前に出る。白井は「子供じゃ、手を出すでない」と声を掛ける。

 白井は、突っ込んで来るのが子供だと瞬時に見抜き、兵を制した。だが、それが徒となり、才次郎の剣は狙い違わずこの敵将の脇の下から胸部を突き刺した。

 白井、どうっと落馬する。驚愕した長州兵らは慌てて才次郎を捕えようとするが、刀を振り回す才次郎に近寄ることも出来ない。已む無く鉄砲を使い、漸くこの小さな勇士を倒すことが出来た。このとき才次郎、14歳。

 現在、長州藩士・白井小四郎の墓が市内の真行寺に残っている。維新後の明治3年には、長州藩から香華料として金二両が納められた。少年への一瞬の憐憫が自らの死を招いたこの将の墓前には、今でも多くの参詣者からの香華が絶えない。

 西軍が城に迫ると、大城代・内藤四郎兵衛は「我は城の主将たり、虚しく内に在って死すべきにあらず」と城門を開いて討って出る。敵軍との奮戦激闘の中、見事な最期を遂げた。四郎兵衛の最期、潔さは、二本松藩士の鑑と称されている。

 丹羽和左衛門は床机に腰掛けて割腹し、膝上に広げた軍扇の上に自らの内臓を引き出して立亡していたという。正に鬼神となりし。

 徹底抗戦を唱えた家老・丹羽一学は、城の土蔵奉行宅で郡代見習・丹羽新十郎、城代・服部久左衛門と共に壮絶な割腹自刃を遂げた。一学の辞世は「風に散る 露の我が身はいとはねど 心にかかる 君が行末」である。

 少年隊を始め、多くの二本松藩士や先人らは藩と己の名誉を守る為に堂々と戦い、そして潔く散った。こうした純真無垢な殉国精神は、大東亜戦争で散って行った特攻隊の英霊の精神とと通ずるものが在るだろう。

 祖国を守る為に尊い命を捧げた特攻精神は祖国愛の極致であり、「神風精神」こそ大東亜戦争が自存の為の祖国防衛戦争であったことの証である。

 二本松少年隊然り。人というのはどれだけ生きたかではなく、どう生きたかが大事であり、特攻隊員や二本松少年隊の覇気に学ぶものは多い。

 二本松に生まれ育った者として、また二本松剣友会の末席を汚した者として、二本松少年隊や先人らの生き様に感謝せずにはいられない。合掌。

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2018年07月24日

朝河貫一博士が持て囃されているが

 二本松出身の朝河貫一博士が持て囃されている。別に同郷の学聖を貶す訳ではないが、朝河博士が唱えた平和主義は米国の国益を優先した平和主義であり、敗戦後の日本における蔓延してる戦後民主主義と同じ価値観である。

 県立図書館では「海を渡ったサムライ‐朝河貫一没後70年記念展」が開かれており、昨日も郡山市で「朝河貫一博士からのメッセージ」が催された。

 幼少期から勉学に励み、早稲田大学を経て米国の大学に学んだ向学心は認めるが、その正義感は多感な時期に形成される幼稚な正義感でもある。

 朝河博士の歴史認識、取り分け明治維新後の近代史に着目すれば、日露戦争から大東亜戦争に至るまで当時の日本の外交や軍国主義の台頭を批判している。

 これをしても、朝河博士の平和主義は日本人としての思いというより、米国の国益に適った米国の戦いを正当化するものでしかない。

 米国内では日本人を好戦的人種であるとして「黄禍論」を煽り、軍閥の独断専行であると批判しているが、朝河博士の主張もこれと同類である。

「日米開戦回避に奔走した」というが、朝河博士の主張は我が民族の精神と恒久的平和主義を根底から否定することから始まっており、要は、戦争回避が不可能というのを見越した上での在米日本人の言い訳でしかない。

 天皇陛下への親書が戦争回避に繋がると思っていたとしたら実に御粗末な話だ。欽定明治憲法下に於いては、国務は国務大臣、統帥は参謀総長及び軍令部長が陛下を輔弼し、その責に任ずることになっている。

 陛下には、法的な責任も戦争回避を決断する御立場にはあらせられない。だが、逆の見方をすれば、戦争を実行したのは昭和天皇という考えているのだろう。戦後の共産主義者らが謀った「昭和天皇戦争責任論」と同じである。

 戦争回避を実現したかったというのが朝河博士の真意ならば、昭和天皇ではなく、当時のルーズベルト大統領を筆頭に米国名に横溢していた日本と日本人への偏見を糺すことこそすべきだったのではあるまいか。

 大東亜戦争前、国会に於いて戦争回避の演説を行い、対米戦争は間違いであると批判したのは大日本愛国党総裁の赤尾敏唯一人だった。

 右翼は好戦家だと言われるが、その実は共産主義者こそが好戦家なのである。先の大戦も戦争犯罪人は大日本帝国憲法でもなく、統帥権でもなく、況して軍部でもなければ日本の軍国主義でもない。

 先の大戦に於ける真の戦争犯罪人は近衛文麿と尾崎秀美らそのブレーン達、即ち日本国内で蠢いていた共産主義者らであり、マルクス・レーニン主義という悪魔の思想が昭和の悲劇を生んだということは今や歴史的事実である。

 多くの戦死者、戦災者を出し、日本の資産の大部分を失った大東亜戦争とは、ソ連コミンテルンと中国共産党、そして日本国内の共産主義者が仕組んだ共産革命の実現の為の争いであったが、支那事変や満州事変を断じた朝河博士も同列である。

 朝河博士が平和主義者なら、批判すべきだったのは十五世紀の大航海時代以来の、白人による世界制覇と人種差別と植民地支配であり、開戦の決断に至る「ハル・ノート」であり、敗戦後の米国が行った様々な不正義と不条理であった。

 朝河博士の理念は我が国の歴史の否定あり、戦後の米国が押し付けた戦後民主主義教育と同じである。ここに来て朝河博士が持て囃されるのも、未だ我が国が米国の価値観とまやかしの平和主義から目醒めていない証左でもある。

 米国の平和主義は傲岸不遜な不正義でもある。そうした米国の国益を重んじた朝河博士が、平和主義者というのはチト持ち上げ過ぎだろう。朝河博士も余りの持ち上げぶりに草葉の陰で赤面してるのではあるまいか。呵呵大笑。

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2018年07月23日

「大聖寺盆施餓鬼並びに新盆供養会のご案内」という胡散臭げな新聞広告

 今日の新聞には共同通信社の定例の世論調査が出ている。この数字に意味はないが、要は、世論調査での質問はマスコミが誘導したい作り上げたい世論であり、反対意見の多くはマスコミやの新聞記事を鵜吞みにしてる情報弱者に拠るものだ。

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 閑話休題。新聞の社会面に「大聖寺盆施餓鬼並びに新盆供養会のご案内」という広告が出ていた。説明文を読むと何か胡散臭さがプンプン。考えた本人はさぞや御満悦な様子がイタイほど伝わってくる(苦笑)

「毎年八月恒例のお盆の法要は、現在本堂修復工事中であり、猪やアライグマ等の『森の友だち』跋扈する境内では安全保障されないと判断し、大聖寺本堂では再稼働が出来ない為、友情と思いやり溢れるノンフィクション学園ドラマ「(仮称)いい土地&いいね!アッキー登場熱望と妄言忘却の実践活用編」の放送を待ち焦がれる大聖寺住職から、美しい国の外遊過多で蚊帳の外化と賭博化を危惧しつつ、真夏日猛暑日(再来年如何に)をお過ごしの檀信徒様にご参会下さるよう『憲法二十一条』言論表現の自由と丁寧な説明を以て案内申し上げます」

 非常に意味有りげな言葉で、原発と森友学園問題への揶揄、安倍の外交を「外遊過多」腐し、「蚊帳の外」と拉致問題は他人事、IR法案を暗に批判する。ここまで来れば最早ビョーキ。檀信徒が可哀想にも感じる。

 最近の坊主というのは世襲というか家業の様なもので、ロクに修行もせずとも後継者になれる。収入は檀信徒からの御布施と葬式。開祖の坊さんらよりも立派で煌びやかな衣装を身に付けて御経を唱え、それを遺族らが有り難がる。

 修行不足も然ることながら、世間とは隔たった環境に居る為に考えも軽軽しく、幼稚な正義感をひけらかし、偏狭な倫理観を押し付けてる坊主も少なくない。

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 大聖寺といえば「親父の小言」が有名で、考えされる文言が多いが、それと比べると同じ寺の住職とは思えない軽佻浮華ぶり。

「親父の小言」とは、相馬藩大聖寺暁仙僧上が昭和3年に書き残したとされるもので、中々含蓄のある言葉が多く、県内では額に入れ飾っている家庭も多い。「親父の小言」がラベルになった日本酒もあり贈答に喜ばれている。

 【親父の小言】

 火は粗末にするな
 朝きげんよくしろ
 神仏をよく拝ませ
 不浄を見るな
 人には腹を立てるな
 身の出世を願へ
 人に馬鹿にされていよ
 年寄りをいたわれ
 恩は遠くから隠せ
 万事油断するな
 女房のいうこと半分
 子のいうこと八九はきくな
 家業は精を出せ
 何事もかまわずしろ
 たんと儲けてつかへ
 借りては使うな
 人には貸してやれ
 女郎を買うな
 女房を早く持て
 難渋な人にほどこせ
 生き物を殺すな
 年忌法事をしろ
 義理は必ず欠くな
 ばくちは決して打つな
 大酒は呑むな
 大めしを喰うな
 判事はきつく断れ
 世話焼になるな
 貧乏を苦にするな
 火事の覚悟をしておけ
 風吹きに遠出するな
 水はたやさぬようにしろ
 塩もたやすな
 戸締まりに気をつけろ
 怪我と災は恥と思へ
 物を拾わば身につけるな
 小商ものを値切るな
 何事も身分相応にしろ
 産前産後を大切に
 小便は小便所へしろ
 泣きごとは必ず云うな
 病気は仰山にしろ
 人の苦労を助けてやれ
 不吉は云うべからず
 家内は笑ふて暮らせ

(福島県相馬市 大聖寺 暁仙 昭和三年)

 確かに小言には「ばくちは決して打つな」とある。IR法成立が賭博化と言いたいのだろうが、一回6000円も入場料を取られる博打に一般人が行けるとは思えない。賭博化云々ならば毎日やれるパチンコを危惧し批判するべきだろう。

「火事は覚悟しておけ」とある。先の大震災は火事ではないが、災難はいつあるか分からないから用心し、また起きてしまった事は災いと思って受け入れるべしという戒めだろうが、いつまで原発事故を利用するのか。

 況してや「泣き言はいうな」「怪我と災は恥と思え」とか「自らに過信するな」とあるが、この案内状はそうした訓えと逆行してはいないか。

 何より「小便は小便所でしろ」と言ってる様に、何事も決められた場所で行えということ。仏門にいる者が何を勘違いしているのか。大聖寺というと真言宗だが、まるで共産党に牛耳られた浄土真宗大谷派と似たり。

 詩文にも秀でた開祖の空海(弘法大師)と比べるのも痴がましいが、こんな仏の道の訓えとは程遠い御粗末な文面を書いて悦に入ってるようじゃホント情けない。相馬藩主とも縁のある由緒正しき寺にしてはその浅識甚だしい。

 浪江の被災者として、もう十分な補償は戴いたのだろうし、その過分な金の一部を使って修行し直しなさいな。南無大師遍照金剛。Ω\ζ゜)チーン 合掌。

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2018年07月21日

福島を貶め続けてる山本太郎が「カジノより被災者を助けて」だってよ(苦笑)

 統合型リゾート施設(IR)整備法が成立した。野党は「災害よりギャンブル」だと、被災者を利用してまで政権批判とは飽きれるばかり。

 立憲民主党の枝野は「被災者よりギャンブル」と言いながら、被災者対策の法案を阻止するかの如く、内閣不信任案を提出し、その趣旨説明を延々と話し続け、実に2時間43分の国会演説最長記録を樹立した(苦笑)

 山本太郎が垂れ幕を掲げて「カジノより被災者を助けて」と己のパフォーマンスを自画自賛しているが、何かの間違いではないのか。

 福島原発事故後、山本は「福島県内の農家は汚染物を作りバラ撒き続けている」「福島県産を買うくらいなら中国産を買う」などと福島県を貶め、福島県人への差別を助長したことは絶対に忘れない。

 山本を筆頭に反原発派というのはフクシマを利用し、原発事故にもめげずに福島に留まり頑張ってる県民に対しても「福島から一刻も早く避難したいと思っている多くの人の邪魔をしているだけだ」と口外して憚らない。

 そんな輩らが「良識の府」と呼ばれる参議院で、ああした被災者に寄り添ってるかの様なパフォーマンスに興じていることに嫌悪感を覚える。

 抑々、参議院とは「良識の府」。その良識とは「政治的良識」であり、更にはその行動や言論にも政治的良心が備わっていなければならない。

 党利党略、パフォーマンスを優先し憲政史上例がない国会本会議で、ああいう御粗末な垂れ幕を掲げて悦に入る彼奴らに、政治的良識どころか一般的な日本人的良心も備わっているとはとても思えない。

 IR法案(カジノ法案)に反対する勢力は、ギャンブル依存症を論い、「賭博で負けた人の金を巻き上げて経済成長しようというのか」と批判する。

 それを言うなら、何故に競馬や競輪、競艇やオートレースなどの公営ギャンブルを廃止するなどの対策は講じたのか。何より「健全な娯楽」とは程遠いパチンコの規制や廃止は何故に声を上げないというのは整合性に欠けてはいないか。

 恥ずべきことに日本の基幹産業となってしまった感のあるパチンコ産業だが、パチンコを「健全な娯楽」などと思ってる人などいないだろう。

 パチンコの営業形態は「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(風適法)の第二条第一項第七号」に基づいて運営される。

 風俗営業として、客が遊技の結果得た鋼球をパチンコ店が指定する特殊景品と交換し、景品買取業者(古物商)が運営する景品交換所がそれを買い取る形で現金と交換するシステムだが、これが射幸心を煽りギャンブル性を高めている。

 風適法により形的には一見合法となってはいるが、実態は完全な賭博。然し、何故か規制されずに許可され続け、その結果、犯罪の元凶となり、自殺や家族離散、自己破産などなど不幸を量産している。

 諸悪の根源でもあるパチンコが何故に規制されないのかといえば、規制すべき警察の天下り先となり、今やパチンコ産業はテレビ新聞の大スポンサー。

 マスコミは、ギャンブル性の強いパチンコやパチスロの違法性や警察官僚や県警幹部の天下りを糾弾すべき立場にいながら、スポンサーの御機嫌を伺い、拱手傍観を極め込んでいるというのが実態なのだ。

 カジノ利権もパチンコの利権や原発事故を利用した再生可能エネルギー同様、誰かが美味しい汁を啜るのだろうが、パチンコや再生可能エネルギーと同じく、意外と自民党より野党を支持してる勢力だったりして(笑)

 愚生の場合カジノというのは行ったことは無いが、競馬や競輪の様に誰でもサンダル履き、ステテコ姿で入場出来るのか?

 カジノへの入場料が6000円、然も日本人は多くて週に3回、月に10回までと決められており、ドレスコードなどもあるだろうし、毎日行けるパチンコと違ってギャンブル依存症になる人が出るとも思えない。

 大手製紙会社のボンボンがバカラ賭博で大損したり、地元郡山市でもヨークベニマルの故大高善兵衛が破産したり、湖南交通のバカ息子が大負けして親にケツを拭いて貰ったりした例があるが、そんなのは稀だ。

「ギャンブルはダメ」「タバコもダメ」といった規制ばかりを強化することで、融通の利かない堅苦しい社会に変質して行くのと比例して、無秩序を溜め込んで精神を病む人が殖えるだろう。何事も程好い「遊び」というのは大事なことだ。

 競馬や競輪もパチンコも息抜きだが、パチンコは公営ギャンブルではなく民間企業が経営しており、それ故に経済の波及効果は無く、ハマればハマるほど不幸が量産されて行く。IR法案に続いてパチンコを規制すべし。

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2018年07月20日

福島県内で中日新聞主催の講演会が行われる不思議

 地元紙に先月28日、三春町で政治学者の姜尚中と三春町在住の玄侑宗久が「こころの好縁(こうえん)」と題した講演内容が載っている。

 主催は何故か朝日新聞よりも悪質な中日新聞。この2人に中日新聞の主筆小出宣昭が加わり「東日本大震災と東京電力福島第一原発事故からの真の復興と日本の行方について考える」との内容から、その胡散臭さが分かるというもの。

 姜尚中は本名は「長野鉄男」。熊本県出身だが、朝鮮名の方が何かと便利なので朝鮮名を名乗っている。東大名誉教授の肩書と物静かな物言いが尤もらしく聞こえるが、その内容は実に薄っぺらなオナニー的主張ばかり。

 姜は、東日本大震災での犠牲者を数字の大小で表した「定量化」に強い違和感があったという。暗に、原発事故での避難者に限らず、数字で表せない放射線被害者はそれ以上にいると言いたいのだろう。

「死者は第二次世界大戦より少ない」という戦争経験者もいたという。そんなことを言った戦争経験者がいたとは思えないが、こういう如何にもといった例を出して聴衆を誑かすのは姜の得意とするところ。

 エネルギー政策を考えるのは好い。だが「軍艦島からエネルギーの明治150年を追い掛けてきた」と腐し、「日本列島のどこで震災が起きてもおかしくない。南海トラフ巨大地震が発生したら犠牲者は天文学的数値になる」と危険を煽る。

 要は、南海トラフ上に在る静岡県の浜岡原発と四国愛媛県の伊方原発のことを示唆してるのだろう。その上で熊本地震の例を挙げて「被害状況をお金に換算した」ことを批判する。これも被害額と実際の犠牲者数は違うと言いたいのだろう。

「情を持ち、筋道を立てる理(ことわり)を尽くすのが政治」というのに異論は無い。だが、姜はこう続ける。「情もなく理もない現在の政治に大きな疑問を感じる」と暗に安倍政権を批判する。要はコレを言いたいのだろうな(笑)

 玄侑宗久は三春町の臨済宗福聚寺住職で「中陰の花」で芥川賞を受賞した人物。地元紙のコラム「日曜論壇」にも登場する無自覚左翼。否、左翼活動家といっても好いくらいその考えは偏狭的且つ左翼的だ。

「知識の分断を懸念する」とは何のこっちゃと思えば、空間(室内)放射線線量「毎時0.23μ㏜(マイクロシーベルト)」について、国の放射線審議会が「市民が混乱するから基準の数値は変えない」という方針に苦言を呈す。

 愚生も毎時0.23μ㏜には違和感を覚えている。この数値は年間被曝線量を1m㏜(ミリシーベルト)とした場合の数値だが、国際基準は年間被曝線量は20m㏜であり、除染作業にしろ復旧復興の遅れもこの数値が元凶でもある。

 年間被曝線量1m㏜は原発事故が起きた際の民主党政権下で、大の嫌煙家で健康オタクの小桧山洋子を中心に国民議論もなく実行されたものに過ぎない。

 玄侑はこの数値を更に厳しくするべきだとの認識から批判する。その上で「再び原発事故が起きたら知識の分断が起こるだろう」と妄想を逞しくする。

「知識の分断」とは哲学的ではあるが全く以て意味不明。そういうことを聴衆が聞いて理解したとは思えない。分かったフリをしているだけだろう(笑)

 原発事故は民主党政権下で菅直人が引き起こした「人災」である。大事なのは二度と人災を繰り返さない為にはどうすべきかであり、またこの事故での教訓を将来どう活かすかだ。「再び原発事故が起きたら」とは他人事にしか聞こえない。

 国内原発に限らずいつか起こるであろう韓国や中共、或いは世界に在る原発事故に対して、福島原発事故の収束技術と正確な科学的データが活かされることこそ大事であって、被曝線量を見直して基準を高くすることではない。

 玄侑は「市町村の自治体がしっかりしていれば災害にも素早く対応できる」と述べている。ならば、西日本での豪雨災害も同じだろう。自治体の問題点は沈黙し、「赤坂自民亭」と揶揄し安倍政権のみを断じるのは整合性に欠ける。

 この二人に共通するものは安っぽい正義感と偏狭な主義主張の押売り。抑揚を抑えて如何にも正論ぶるが中身は全く無い薄っぺらい倫理観でしかない。

 鼎談の目的は「フクシマ」を利用した反原発運動と安倍政権批判であり、鼎談の中身も上っ面のキレイゴトを滔々と語っているに過ぎない。

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2018年07月18日

「癌見落としで死亡」郡山市の太田西ノ内病院でも同じケースが

 東京杉並区の医療機関が4年前、胸部X線検査をした女性患者の肺癌を見落としていたことが発覚。女性が死亡したことで陳謝し経緯を説明した。

 これと似たケースが郡山市でも起きている。高齢男性が胸に違和感を覚えて太田西ノ内病院循環器科で見て貰うも「異常なし」との診断を受けた。

 だが、一向に好くならない。それどころか悪くなる一方で、不信に思った男性は市内の別の循環器内科専門のクリニックにセカンドオピニオンに行ったところ「末期の肺癌」と診断された。

 その後、男性親族が太田西ノ内病院の副理事長らと話し合うと、担当医は「忙しかったので画像を見てなかった」と易易と医療ミスを認めたという。

 医療ミスが起きてしまった場合、当事者間の話し合いも大事だが、医療の安全管理を徹底する上でも市民に情報の公開をするのは当然だ。然し乍ら、太田西ノ内病院は情報公開どころか沈黙を続けている。

 市に対しても、医療ミスの再発を防止する上でも情報公開を徹底するべきではないのかと考え、品川市長宛に質問並びに要望書を送付したが保健センターから意味不明の返答が返って来ただけ。

「医療法人」「公益財団法人」「社会福祉法人」などには公的資金、補助金という血税が投入されている。医療法人や医療に携わる者に求められるものは高い倫理性や道徳性であり、公正、公平な中立性である。

 太田西ノ内病院や郡山市にはその高い倫理性や道徳性が欠落しているのではあるまいか。報道機関もまた地元の医療ミスは見逃しながら、東京都の医療機関の医療ミスを報じることも中立性からはかけ離れている様に感じる。

 太田西ノ内病院の医療ミスは枚挙に暇なし。以前、郡山の有名なバーのマスターが膵臓癌で亡くなったが、この時も医療ミスの疑いは濃厚だった。

 マスターが検査入院をするという2日前、店に顔を出すと「手術をしないと余命8ヶ月だと言われたよ」とポツリ。

「遣り残したことがあるし・・・手術することに同意した」と自嘲の笑いを浮かべて話していたマスターの顔を思い出す。

 それを聞いて愚生は、冷たい様だが「膵臓癌は治りませんよ。手術は止めた方がいい。喩え8ヶ月でもイイじゃないですか」と説得してみた。

「五郎ちゃんは冷たいねぇ」と言って笑っていたが、マスターは医者の言うことを信じた。だが、検査入院し、手術は失敗。マスターの弟子から「手術後意識不明になりそのまま亡くなりました」との連絡を貰った時には絶句した。

「余命8ヶ月」どころか、たった1日で亡くなってしまった。執刀医は太田西の内病院理事長(当時・副院長)だった堀江孝至だった。

 マスターの死に疑問を感じた愚生は、当時院長であり理事長だった太田保世に「余命8ヶ月との診断ということだが、手術によって翌日死亡する可能性もあるとのリスクは本人や家族に伝えたのか」との質問状を送付した。

 太田理事長は「手術前に十分に説明した」と繰り返したが、まさか翌日死ぬこともあるというリスクを家族も弟子も誰も聞いていない。

 外科医による実験的手術に因る医療ミスだが、未だに公表されずに隠蔽された。これ以外にも太田西ノ内病院での医療ミスや黒い噂は絶えない。

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2018年07月17日

戊辰戦争開戦150年、「領民が東西両軍を問わず戦死者を手厚く葬った」という美談

 白河市で戊辰戦争開戦150年を記念してた「甦る仁のこころ合同慰霊祭」が14、15日に催された。「領民が東西両軍を問わず戦死者を手厚く葬った」と称え、安倍首相からも先人の行為を讃えるビデオメッセージが届いた。

 別に西軍が東軍死者の埋葬を許した訳ではない。西軍の非情さは周知に知れ渡っており、領民は味方の戦死者そのまま放置しておくのは忍びないと、西軍戦死者の埋葬の陰に隠れて葬ったのではあるまいか。

 長州だった山口県や大垣藩の岐阜では盆踊りには白河発祥の「白河踊り」が舞われているという。これは盆に戻って来る精霊を迎え、送るという風習に、白河の戦いでの犠牲者を重ね合わせたことに由来する。

 この「白河踊り」を持ち上げて、また敵味方関係なく戦死者を葬ったという美談には些か違和感を覚える。慰霊碑にしろ維新後や近年に整備されたもので、その昔は西軍の慰霊碑と比べると東軍の墓は粗末なものという記憶しかない。

 賊軍(西軍)の戦死者は勝手に葬ることが許されなかった時代に、果たしてそれが許され敵味方関係なく葬ることが出来たのだろうか。尤も、死者を放置すれば疫病が蔓延するし、それを知りながら放置させたとも思えない。

 戊辰戦争では、江戸上野に於いて彰義隊ら旧幕府軍と薩摩藩、長州藩を中心とする新政府軍の間で「上野戦争」が起きた。この戦いでの戦死者を懇ろに葬ったのは、領民でもあった新門辰五郎などの侠客だったと聞く。

 戊辰戦争の激戦地となった郡山の母成峠の奥地では、昭和50年の頃だったか、東軍戦没者の山積みにされた遺体が見つかっている。今でこそ整地され、知事揮毫の慰霊碑が建立されているが、発見されるまでは困難を極めた。

 戦死者の墓標も立てずにひっそりと埋葬せざるを得なかったのは、領民にとってはやはり西軍からの「賊軍の死者の埋葬禁止」との厳しい通達があったことが事実であったことを窺わせるものだろう。

 最近は歴史家の中でも、そうした「西軍に因る埋葬禁止の通達は嘘だ」ということを論じている人がいるが、母成峠の戦いでは何故に人目に付かない山奥に埋葬せざるを得なかったのか、詳しく聞いてみたいものだ。

 長州藩士の宇佐川熊乃助が白河市内の寺に埋葬されてるのは、西軍の死者は過分な香華料が支払われたからで、二本松の戦いでも同じく長州藩士・白井小四郎が真行寺に埋葬され、金2両が納められている。

 戊辰戦争以来、新政府軍を率いる薩長土肥連合は東北地方を卑下し「白河以北一山百文(しらかわいほくひとやまひゃくもん)」と揶揄した。「白河の関所より北の土地は、一山で百文にしかならない荒れ地ばかり」という意味だ。

 この一言でも如何に西軍が傲岸不遜にも東北と東北人を見下していたかが分かる。そうした東北を蔑む空気が横溢している中で、東北人が死のうが別に気にすることはなく、季節柄、盆ということもあって踊りに興じただけのこと。

「白河以北一山百文」という蔑視は、東北人にとって屈辱的な言葉ではあるが、東北人はそれにめげずにそうした侮蔑を奮起する糧とした。「白河踊り」も、そうした東北人の優しさが西軍の兵士の心に響いたのだと思う。

 参加した山口県萩市の藤道市長や鹿児島市の森市長、二本松市の三保らが「戊辰戦争の悲劇を伝え、白河領民の仁の心を学び次世代に伝える」と悦に入ってるが、戊辰戦争の悲劇を言うなら江戸城開城後にも何故に東軍征伐を謀ったのか。

 会津戦争や函館戦争に意味があるとは思えない。「蛤御門の変」に見られる様に単なる恨み辛み、個人的な遺恨からの開国であり、西軍の傲岸不遜と明治新政府の歪な正義と不条理こそ検証しなくてはならない。

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2018年07月16日

「海の日」が7月20日でなければならない理由

「海の日」の趣旨は「国民が海の恩恵に感謝し、海洋国家の繁栄を祝う日」であるが、本来の意味は全く違うものだ。

 戊辰戦争で「朝敵」「逆賊」に仕立てられた会津藩は、不毛の領地「斗南藩」に移されることで終結する。開拓は艱難辛苦を極めたが、その開拓がその後の津軽、青森の発展に寄与したことは言うまでもない。  

 会津藩に限らず戊辰戦争で幕府に恩義を感じ、抗戦し、敗れた多くの東日本の雄藩は、新政府に参政することなく辛苦の日々を送っていた。

「賊軍」の汚名を着せられた方々は新政府に対して言いたいことは山ほどあっただろう。だが彼らは臥薪嘗胆、耐えることで国全体が保たれるのならばそれを諒として己の悲運を甘受し、その抗し難い天命を潔しとした。

 明治9年、畏れ多くも明治天皇は、東北地方へ約50日間に及ぶ巡幸に臨まれた。この巡幸の目的が戊辰戦争に敗れて以降、艱難辛苦の日々を送っていた会津藩を始めとした人々を明治天皇が慰撫し、激励する為に他ならない。

 出発は6月2日、馬車で福島から仙台、岩手、青森と北上、次いで明治丸で津軽海峡を渡り、函館を経て三陸沖を海路戻るというコースを辿っている。

 この間、東北の人々は巡幸の先々で奉迎した。明治天皇もこれに応え、各地で開墾や産業の振興に尽くした功労者を労らわれている。

 愚生の住む郡山(安積)では、荒野を拓いて出来たばかりの桑野村まで分け入り、開拓者の苦労話に耳を傾けられ、金五万円を下賜された。

 因みに、巡幸の下見に来た大久保利通は、福島県と「開成社」が進めてきた疎水事業に感銘しその実行を決断する。つまり、昨日のブログの続きになるが安積疎水事業は大久保の夢ではなかったということがこれでも分かる。

 青森県弘前の「東奥義塾」では外国人教師による英語教育が行われていて、生徒10名が英語を披露。天皇はその進取の気象に感心され、「ウェブスター辞書を買う代金に」と一人につき金五円を下賜された。

 或る地方では、小学生が献上した蛍一籠を嘉納され、岩手では太布半纏(ふとのばんてん)と呼ばれる農民の仕事着をお買い上げ遊ばされている。

 巡幸先でのどの逸話も明治天皇の慈愛が満ち溢れたもので、天皇と国民は正に君民一体であることを痛感する。

 戊辰戦争で「朝敵」や「賊軍」とされ、辛苦を極めた東北の人々との間に親しく絆を結ぼうと努める明治天皇の大御心とその面影が偲ばれる。

 この東北・北海道の巡幸を以て、逆賊も朝敵もなく、一切の蟠りも無くなったのだ。だが、明治新政府は東軍の死者を靖國神社に祀ることなく、幕末から明治新政府樹立後の不正義と不条理を糺すことはしなかった。

 青森港から「明治丸」に御乗船遊ばされた明治天皇は函館を経由し、太平洋沿岸を通り、横浜に帰港された。その日が7月20日であり、この7月20日以外の「海の日」に何の意味が在るというのか。

「海の日」が左翼らの企てによりハッピーマンデーに組み込まれてしまった。自民党は以前、「海の日」を従来の7月20日に変更する祝日法改正案の提出を計画したことがある。保守政党として当然の認識だろう。

 だが、情けないことに「三連休が減る」ことで観光産業への打撃を懸念する党内の慎重派に配慮して、祝日法改正案提出さえも断念した。

 何たることか。これが本当に保守政党なのか。何が「観光産業への打撃」か。「祝日」は単なる「休日」ではないのだ。

「海の日」に対して「山の日」という意味不明の休日がある。「八」の文字が山の形に見えるので「8」、木が立ち並ぶイメージから「11」ということで、8月11日を「山の日」に制定したそうだ(笑)

「海の日」をハッピーマンデーにしときながら、「山の日」は8月11日に固定。これも観光産業へ配慮して強制的に盆休みにさせる為のものでしかない。

「山の日」とは違い、「海の日」には我が国の君民一体の国柄、天皇と国民を繋ぐ深い謂われがあったということを我々は知らねばならない。

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2018年07月15日

安積疏水事業は大久保利通の夢だったのか

 地元紙の投稿欄に、安積国造神社の安藤智重宮司の記事が載っていた。「安積疏水事業 大久保の夢?」と疑問符が入っていることでも分かる様に、現在、郡山市が取り組んでいる日本遺産・安積疏水への疑問でもあり、一石を投じている。

 愚生も郡山市のパンフレットを見て大久保利通ばかりを持ち上げ、疎水事業を提案した渡邊閑哉が全く出ていない内容に疑問を抱いていた。

 支那の諺に「井戸を掘った人を忘れるな」というものがある。毛沢東を称える言葉ではあるが、安積疏水という井戸を掘ったのは大久保利通ではなく、安積原野の開拓には猪苗代湖からの水を引き入れることを提案した人達である。

 投稿では「疎水の夢を実際に描いたのは渡邊閑哉(岩代)と小林久敬(須賀川)である」と述べているが、安積疏水事業は大久保の夢ではない。

 投稿に拠れば、当時の国家予算は7000万円で疎水事業の予算は62万円。これが事実であれば「国家予算の三分の一を要した大事業」というのは嘘だ。況してやその事業予算も10年返済の起業公債だったというではないか。

 大久保は「士族授産と殖産興業を結び付けた開拓事業を安積原野で展開することで、この地の発展に国の未来を見ていた」という。

 だが、大久保や明治新政府が目指したものは「殖産興業」を実現させた上での「富国強兵」であり、安積原野開拓はその魁となっただけだ。

 明治11年、大久保は不平士族6名によって暗殺される。斬奸状には「不要な土木事業・建築により、国費を無駄使いしている」という理由が挙げられている。

 明治11年に着工された安積疏水事業は国費の無駄だとは思わないが、大久保の身から出た錆でもある。

 疎水事業を提案した渡邊閑哉(義右衛門)は二本松藩の思想家。旧岩代町(現二本松市)、愚生の故郷の偉人である。

 布沢村や鈴石村の名主(村長)に就くと、荒地には馬鈴薯を作らせ川に竹(かんさい竹)を植えさせ洪水を防ぐなどして開墾を勧め、村を立て直した。

 因みに、今でも二本松界隈ではジャガイモを「かんぷら(かんさい)イモ」と呼ぶが、こうしたことでも閑哉が親しまれていたことがよく分かる。

 閑哉の偉業は、村の財政立て直しや安積疎水だけではなく多岐に及ぶ。伊勢、京都、奈良、四国、九州を遍歴。国学を重んじ、歴史に造詣が深く、財政再建や防災なども先人に学んだ所が多く、勤倹力行や率先垂範は偉人に共通するものだ。

 因みに「国学」とは、日本の古典を有りの儘に吟味して、古事記や日本書記といった古典に込められている純日本的精神を追求しようとした学問であり、中世以来の儒教、仏教等を拠り所とする日本古典の研究に反対する思想でもある。

 安積の地(郡山)は元々は二本松藩の管轄で、明治新政府によって、士族を入植させての安積開拓の案が浮上する。それには不毛の地であった安積平野に猪苗代湖の水を運ぶことは必要十分条件でもあった。

 閑哉は、これに先駆け明治3年、安積疎水開拓の建白書を県令に提出。自らに現場に赴き「山潟案(やまがたあん)」を提唱した。だが、その3年後に閑哉は幽冥境を異にして、安積疏水の完成を見ることはなかった。

 明治9年、明治天皇の東北巡幸の下見に来た大久保は、福島県と開拓団の「開成社」が進めてきた疎水事業に感銘しそれを決断する。予算などの実行は大久保の力添えは当然ながら、それをして安積開拓の夢だとするのは如何なものか。

 疎水が着工されたのは、閑哉が建白書を提出してから8年後だった。工事には3年の年月を要し、明治15年に漸く完成した。安積疏水の水路は閑哉や小林久敬らの三つのルートが提案され、閑哉の提案した「山縣案」が採用された。

 郡山市のパンフレットには発案者である閑哉が登場することなく、恰も大久保利通が国家予算の三分の一を投じて完成させた大事業だったとしているが、余りにも明治政府や時の権力者だった大久保に阿る歴史認識ではあるまいか。

 尤も、郡山市の明治以降の歴史を見ると明治新政府の歴史認識が目立ち、西軍が民衆を助ける側で、会津藩を始めとする東軍は大槻村などに火を放ち大衆を路頭に迷わせたなどと賊軍として扱われている。安藤宮司の新聞投稿での指摘を機に、郡山市は明治新政府寄りの歴史認識を見直してみたら如何か。

 話は逸れるが、郡山市が安積疎水事業と安積開拓の大功労者と称える大久保利通は、日本で初めて栽培された薩摩の指宿煙草を愛用していた大のヘビースモーカーだったことは有名。品川萬里郡山市長は愛煙家を薬物中毒に準えているが、愛煙家の大久保は草葉の陰でこれを聞いて呆れているに違いない(笑)

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2018年07月10日

西郷隆盛は語られている様に傑物だったのだろうか・・・

 大河ドラマ「西郷どん」に興味は無いが、鈴木亮平ファンの愚妻は毎週ビデオに録画して楽しみに観てる様だ。愚生は最近、西郷隆盛という人物像は語られてる様な傑物ではなかったのではなかろうかと疑っている。

 二度の遠島処分、自殺未遂、三人の女性との結婚、波瀾と華やかさが相交じる生涯の裏では常に死の影が付き纏っていた。西郷は「いつ死んだって好い」という処生観を持ち、人生を開き直って生きている様なところがあったという。

 私利私欲や保身とは無縁で、清濁併せ呑む器用さもなく、その大人格故に多くの信望を集め、また自分の死に際でさえ実に潔い人物だったのは確かだろう。

 一方で意外に繊細な面もあり、桜田門外の変での水戸藩士との起請の反故という狡猾さを備え、慶喜公や会津藩糾弾に見られる執拗さも垣間見れる。

「南洲翁遺訓」などを読めば、西郷の指導者としての度量の深さと無上の高潔さを感じ取れるが、歴史的偉人の言葉というのはその多くが自戒であり、西郷が好んだ「敬天愛人」の思想もまたそういった生き様の裏返しの様にも思える。

 西郷隆盛を評する書籍は多くあるが、キリスト教思想家の内村鑑三は「代表的日本人」の中で西郷についてこう述べている。

「西郷ほど生活上の欲望が無かった人は他にいなかったように思えます。月収が数百万円であった頃、必要とする分は15円で足り、残りは困っている友人に分け与えられました。普段着は薩摩絣で木綿帯、履き物は下駄で過ごした」

 質素な生活ぶりは窺い知れるが「月収が数百万」とは驚く他はない。新政権樹立後、参議とはいえ何の役にも就かず居た者に月々数百万円の手当とは。

 その出所は何処なのか。巷間言われていた様に東軍征伐の過程で各藩から強奪し、恭順させる証しとして上納させ蓄えてた金ではなかったか。

 明治新政府の歴歴は皆高給だったのか。とすれば明治維新とは「尊皇攘夷」を騙った一部特権階級の為の利権独占が目的だったのではあるまいか。

 歴史に「もし」は無いが、もし、勝海舟が西郷隆盛との会談で江戸城の無血開城を諒としたことを以て徳川幕府が崩壊したのなら、その後の東北や会津、函館での戦いに大義があったとは思えないのだ。

 慶喜公の恭順と江戸城の無血開城に満足せず、代わりに会津を攻め落とすことで徳川時代終焉の象徴にした訳だが、大西郷たるもの会津戦争をどうにか回避出来なかったものか。河合継之助との新潟小千谷の慈眼寺での会談然り。

 継之助は、長岡藩の中立を保ち和平交渉を進めようと、山縣狂介(有朋)か黒田清隆との会談を希望するも登場したのは弱冠23歳の岩村精一郎。西郷、否、山縣や黒田らに武士道精神が残っていたら後の歴史は変わっていただろう。

 日本文学と日本文化研究の第一人者であるナルド・キーンは、岩村の人物像をして「無能で横柄な岩村の抜擢は、最悪の選択だったと言える」と厳しく評しているが、こういう木っ端を送り込んだ西軍の傲岸不遜さは維新後も続くこととなる。

 その岩村は、後に自伝で「途中で従う様になった信州各藩の家老は平凡な人材ばかりで、河井についても経歴や人物を知らなかった為に、時間稼ぎをしているだけだと思った」と述懐しているが、何という愚かさか。

 この岩村を始めとした西軍の無知と熟慮を欠いた判断が、長岡藩を奥羽列藩同盟側へ追い込むこととなり、歴史に汚点を残すこととなった。

「もし」河井と山縣や黒田、或いは西郷との直接会談が実現していれば「北越戦争」を避けられただろうし、その後の「会津戦争」も避けられただろう。何より、長州閥で固められた維新後の我が国の姿も違っていたかも知れない。

 そこまで執拗に徳川や会津を責めた西郷だったが、その後、自らの信念であった「征韓論」で大久保利通らと対立し、薩摩へ帰郷することとなった。

「佐賀の乱」「神風連の乱」「秋月の乱」「萩の乱」など士族の反乱が続く中で、明治10年(1877年)に西郷が主宰する私学校生徒の暴動から「西南戦争」が勃発。その指導者となるが、敗れて城山で自刃した。

 西郷の自裁は、歴史というのは正義が常に正義ではなく、正義が敗れることもあるという一例だろう。「勝てば官軍負ければ賊軍」と騙って勝利に酔った西郷が賊軍に落ちた瞬間である。歴史とは実に実に異なものである。

 我が国の戦後体制の諸矛盾や不条理の元凶は「ヤルタポツダム体制」は然ることながら、西郷隆盛や勝海舟ら士風を損ねた幕閣共と、何より遺恨の末の明治開国という大義無き尊皇攘夷を謀った長州閥の明治新政府に在る。

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2018年07月08日

テロリスト集団への死刑執行に抗議の声が挙がる不思議

 30人を殺害(他に行方不明者多数)、負傷者数6000名という未曾有の犯罪行為を実行し、皇居などへ炭疽菌やボツリヌス菌を散布するなど国家転覆を謀ったオウム真理教の凶賊らの死刑執行に対し抗議の声が上がっているという。

 オウム真理教は明らかなテロ集団であるが、何故かそれを庇い「麻原彰晃の供述が無いままに死刑執行したことは人権無視の暴挙だ」「狂っている」と騒ぎ立てている。狂ってるのは自分達の方だという認識もない。

 別に麻原が卑怯にも黙秘しようが、オウム真理教に因る様々な事件の真相は裁判で解明されている。因みに、麻原の精神障害らしき症状は「詐病」とされており、麻原の三文芝居に過ぎない。役者やの~(苦笑)

 抗議の声を挙げているのは御決まりのアホ左翼らだが、中でもオウム真理教の取材で一躍有名になった有田芳生は、御丁寧にも前日の安倍首相や上川法務大臣らの会合の写真をアップしてその「宴」を批判し、死刑執行に疑問を呈す。

 過去最大の死刑執行を認可した法務大臣は鳩山邦夫の13人。上川陽子大臣は今回の7名を入れて10人。残りのオウム真理教の死刑囚を執行すれば鳩山を抜き歴代最多となる。女性ながら大したものだと思うが、反対派はオウム真理教の凶悪な犯罪には沈黙して、上川大臣に批判の矛先を向けて晒し者にする。

 1歳の子供を含む30人を殺害しても尚も庇う理由を教えて欲しいが、明確に答えている反対派は皆無。その殆どが「死刑制度廃止は国際的流れ」だとか「麻原本人が供述していないのに」という御粗末な請け売りばかり。

 死刑廃止を訴える胡散臭げな国際団体のアムネスティなども上川大臣への批判の声を挙げる。この連中が、北朝鮮の公開処刑や中共の人権弾圧や人民虐殺に抗議の声を挙げたことがあったか。要は単なる日本バッシングでしかない。

 昨年、ここ10年の法務大臣と死刑執行の数が発表された。10年で18人という大臣が就任している。民主党政権下の柳田稔、仙谷由人、江田五月、平岡秀夫、田中慶秋、滝実。安倍政権下では松島みどりの死刑執行人数は0。

 刑事訴訟法では、死刑確定から6ヵ月以内の執行を定めており、何れも6ヶ月以内に検察庁が法務大臣に「死刑執行上申書」を提出し、規定通り押印し、「法相の命令から5日以内に執行されなければならない」と定められている。

 法務大臣の心情なんぞ関係なし、法務大臣の任を享けたのならば覚悟を以て大臣としての職務を遂行するべきでだ。それも出来ないのなら法務大臣の就任は拒否するべきで、大臣なら何でも頂いておこうとという気持ちが情けない。

 我が国の死刑制度は、「仇討ち禁止令」や「決闘禁止」に代わるものとして明治6(1873)年2月、司法卿であった江藤新平が「復讐禁止令(仇討ち禁止令。太政官布告第37号)」を発令したことに始まる。

 幕末から維新期の派閥、政論の対立による暗殺とその報復という面があったことから、「この種の紛争を断ち切る」という目的だった。明治22年には「決闘罪ニ関スル法令」も発布され、敵討ちや復讐は全面的に禁じられた。

 主君や親兄弟などを殺した者を討ち取って恨みを晴らすことは、日本人の美意識の顕れともいえる。江戸時代には武士階級の慣習として公認され「敵討ち」と認められれば罪に問われなかったばかりか、それは美化され大衆の支持を得た。

「赤穂浪士」が未だ日本人の美学とされているのもそういうことだ。現代でも「死刑制度」を容認する国民が80%以上もいるのは、国が遺族に代わって遺恨を晴らして欲しいという気持ちの顕れに他ならない。

 死刑廃止論者は、その理由を「国際人権基準」がどうのだとか「非人道的」とか「生きる権利の侵害」だとか「死刑囚の資料を精査する十分な時間があったとは思えない」とか、被害者側に立った意見は殆ど聞かない。

「死刑廃止は今や世界の大勢で日本もそうすべきだ」という意見は少なくない。だが、いつも思うことだが、この「世界では」とか「どこそこの国では」という都合の好い屁理屈は、実に胡散臭げなものばかり。

「世界ではこうだ」というが、世界で美的感受性や道徳の圧倒的高さを有する国家は我が国を措いて他はない。都合の好い部分を模倣しようなどというのは、祖国日本や日本人としてのコンプレックスの裏返しでもある。

 世界中が嘘八百並べても日本だけは絶対にしない。絶対に世界の真似をしないという、そういう自信や誇りというものを失ってはならないのだ。そういう意味では孤高の日本で良いし、死刑制度も日本独自で維持するべきだ。

 死刑廃止の理由を列挙すれば「法により国が人を殺す事は罪悪で人道に反する」「死刑には期待する程犯罪防止効果は無い」「冤罪の場合に取り返しが付かない」「人間は善を行うべき道徳的本性を先天的に具有しているのだ」など様々。

「冤罪」というのは、袴田事件を見るまでもなく確かに有り得なくはないが、それは警察捜査の傲慢さと科学捜査の正確さが乏しい時代のものが殆どで、そういう疑いのある事件は再審対象にすれば好いだけの話し。

「人道に反する」とは、「人を裁けるのは神のみだ」というキリスト教的欧州思考に冒されている典型だが、そんなものに与する方が間違いだ。

 左翼人士や自称・人権派弁護士などにこうした主張をする人を見かけるが、日頃、反米を唱えながら、また無神論者でありながら、都合の好い部分は米国でもキリスト教でも利用してやろうという精神はホント逞しい(笑)

 残虐な犯行をした者が、死刑廃止で国法により生命を保証されるというのも如何なものか。況してや麻原を始め再審請求を利用して執行停止を謀るなど笑止千万。「生」に拘るより「死」を以て償うべきだと思うのは愚生だけではあるまい。

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2018年07月07日

国家転覆を謀ったオウム真理教の凶賊らの遅過ぎる死刑執行

 松本サリン事件7名、地下鉄サリン事件12名、坂本弁護士一家殺人事件など計30人を殺害(他に行方不明者多数)、負傷者数6000名という未曾有の犯罪行為を実行し、更には皇居や皇太子殿下御成婚パレードを狙った炭疽菌やボツリヌス菌の散布など、国家転覆を謀ったオウム真理教の凶賊らの死刑が執行された。

 設立当初はヨガ好きの集まりだったのだろうが、在日朝鮮人説が絶えない麻原彰晃(松本智津夫)の欲望は逞しく、信者はそれに応えようと「グルを日本の国主に」との妄想を描き、組織の精鋭化を謀る。仏教の魂を救う教えから隔絶し、徐々に麻原個人の欲望を満たす為だけのものとなり、信者も麻原の言葉を盲信した。

 そんな中、信者の殺害を機に教団内では麻原に対する不信感が募る。脱会する信者や信者の家族からの相談が相次ぎ、社会問題化して行く。中でも、坂本堤弁護士は反カルト教団、反オウム真理教の急先鋒として対峙していた。

 当時、オウム真理教を日本の救世主の如く好意的な報道を垂れ流していたTBSは、坂本弁護士を取材し事情を聞いた。それをあろうことかオウム真理教幹部らにリーク。御丁寧にも取材費という御布施まで支払ったというから呆れ甚し。

 TBSがオウム側へリークしてから9日後、今回死刑執行された早川紀代秀や新見智光、中川智正らは妻子の前で坂本弁護士を襲撃し殺害する。事件発覚を恐れて妻と1歳の子供まで惨殺した正に鬼畜の所業だった。

 松本サリン事件では第一通報者だった河野義行さんを犯人と断定し、執拗に取材して糾弾していたのはTBSであり、中でも当時キャスターだった現参議院議員で立憲民政党の杉尾秀哉は河野犯人説を報じ、オウム真理教へのリークも否定した。

 TBSは当初、取材テープをオウム側に見せたことを否定していたが、捜査の過程で事実が露呈して謝罪会見を行った。オウム真理教が精鋭化していくのはこの坂本弁護士殺人事件以降であり、そういう意味でもTBSの行為は万死に値する。

 メディアは相変わらず「死刑により真相究明が遠退いた」「何故に今の時期なのか」「天皇の代替わりの為にこの日を選んだ」などと具にも付かない自説を垂れ流しているが、裁判で全容が解明されてることをも否定するのか。

 麻原本人から事件の真相が語られてないだけで、別に麻原が卑怯にも黙秘しようが精神障害を偽装しようが事件の真相は裁判で解明されているではないか。

「天皇の代替わりの為に」などとは、何でもかんでも「アベガー」とする連中と同レベル。「真相が明らかにされてない中で、何故に死刑執行なのか」「闇が残った」というが、犯行動機も経緯も調書や裁判で明らかになってるし、その「闇」とはどんな闇か。何か、こうした批判はモリカケ問題のソレとダブる(苦笑)

 今回の麻原らの死刑執行は「刑事訴訟法」に照らし合わせても遅きに失した感は否めない。「刑事訴訟法」では、死刑確定から6ヶ月以内の執行を定めており、何れも6ヶ月以内に検察庁が法務大臣に「死刑執行上申書」を提出し、規定通り押印し「法相の命令から5日以内に執行されなければならない」と定められている。

 現在、国内には100名以上の死刑囚が居るが、これこそ刑事訴訟法を順守していない結果であり、職務放棄、職責怠慢以外の何ものでもない。

 今回のオウム真理教に因る犯罪とは、身体的コンプレックスの塊だった松本智津夫が麻原彰晃というインチキ宗教家を演じ、その止む無き物欲と性欲、金銭欲が生んだ異常な犯罪であり、麻原の麻原に因る麻原の独壇場だった。死刑執行もまた朝原の悪因悪果、自業自得である。

 事件の真相解明は成されている。それよりも何故に国家転覆を謀り、30人を殺害し13名が死刑判決、189名の信者が起訴されたテロリスト集団への破防法適用を止めた理由は何だったのか、その闇こそ明らかにして欲しいものだ。

 思うに、事件前年の平成6(1994)年「自社さ連立政権」が誕生することとなった。自民党は神輿として日本社会党の村山富市を内閣総理大臣に祭り上げた。

 政権誕生翌年の1月には阪神淡路大震災が発生。「自衛隊違憲論」を唱える村山は、自衛隊出動を躊躇して多くの犠牲者を出すこととなった。そしてその阪神淡路大震災の2ヶ月後に発生したのが地下鉄サリン事件である。

 オウム真理教への破防法適用を見送ったのは、やはり党利党略と政争から誕生した国賊・村山富市の意向が強く影響していたのは否定出来ない。

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2018年07月06日

公職選挙法を改正するなら選挙制度そのものを変えるべきだ

 最高裁での一票の格差を巡って与党は、参議院選挙制度改革として「定数6増」の公選法改正案を提出。野党はこれを「党利党略だ」「時代に逆行する」と批判しているが、参議院そのものが時代に逆行し、党利党略の道具に使われている。

 参議院は「良識の府」。その良識とは政治的良識であり、日本国民としての良心が備わっていなければならないが、福島瑞穂や有田芳生、小西洋行、日本共産党の面々に政治的良識の欠片も日本人としての良心も備わってるとは思えない。

 参議院とは「貴族院」の名残りであり、言い換えれば「勅選議員」でもある訳だが、現在の参議院議員には「天皇に選ばれし者」という意識は皆無で、衆議院のカーボンペーパーに成り下がり、税金を無駄に費やすばかり。

 最高裁で違憲判決が出る度に公職選挙法を弄んで数合わせをするつもりか。いい加減、国費然り、議論の無駄を省く為に参議院を廃止して一院制にするべきだ。

 イタリアでは「上院」は選挙で315人の議員を選出していたが、憲法改正の是非を問う国民投票が成立し、上院議員は100人の首長ら地域代表者で構成され、法案の審議や内閣の承認は「下院」のみが担うこととなり事実上の一院制となった。

 一院制が無理ならこれに倣い、参議院は定数を100名程度とし、勅選議員として全国の首長代表や地域代表者などで構成し、内閣の承認は天皇、法案審議は衆議院のみとすれば予算も軽減出来るし、何より法案審議の迅速化を図れる。

 だが、議員というのは国民の生活よりも己の生業が大事であり、身を削ることは夢のまた夢。公職選挙法を改正したところで抜本的な改革は出来ない。

 明治22年「衆議院選挙法」が制定され、翌年日本で初めて国会議員の選挙が行われた。選挙権は直接国税15円以上で満25歳以上の男性に与えられた。

 大正15年には納税額は関係なく25歳以上の男性に与えられ、敗戦後、占領下だった昭和25年に「公職選挙法」が制定され、20歳以上の女性にも選挙権が与えられることとなった。平成27年には満18歳以上の男女となった。

 男女平等から戦後の公職選挙法は誕生したが、女性への選挙権付与で世の中が大きく変わって行く。男女同権は兎も角、納税額は大事なのではあるまいか。況してや高校生に選挙権は要らない、18歳以上の働いてる男女に与えるべきだ。

 愚生の場合、酒税は一般人より支払ってるが、所得税や市県民税は支払ってはいない。そんな無職の右翼風情に選挙権を与える必要も無し(笑)

「政治家は隗より始めよ」という言葉がある。言い出した政治家が先ず国民に率先垂範しろということだが、そんな奇特な政治家など見たこともない。

「滅私奉公」など今や死語だ。政治家は今や地方議員を含めて政治家自身の報酬が大きな負担となっていることを自覚すべきだろう。

 そんな中で地方議員の年金復活の声が聞こえて来る。嗾けてるのは小泉進次郎。議員年金という人参をぶら下げて勢力拡大を狙う。

 公職選挙法が改正される度に有権者である国民ではなく、議員が優遇されて行く。インターネットでの選挙活動が解禁され、ビラ配布も容認された。だが、何故か電子メール送信禁止事項があるなど、ホント御役所仕事そのもの。

 公職選挙法を改正するなら、先ずくだらん選挙カーによる選挙方法を見直しては如何か。移動中は名前の連呼しか叫べず、立会演説会には粗末な許可証を立て掛ける。正に現在の選挙カーに拠る選挙運動は昭和25年制定当時の儘なのだ。

 かといって、選挙カーのレンタル代やらポスター代、文書交通費、光熱費やその他諸諸、昔は選挙にはカネが掛かったものだが、今やその支払いは役所が払う。つまり、国民が納めた血税が議員に成りたがる輩に垂れ流されてるのだ。

 地区対抗戦の様な意味の無い選挙カーでの選挙を止めて、候補者が各地区を一緒に回り(候補者を何グループかに分ける)、公民館や体育館、集会所などで立会演説会をすれば好いではないか。何故、そんな簡単なことが出来ないのか。

 国民不在の政争を繰り返す国会と行政のチェックと提案機構という本分を忘れた地方議会。国会議員は国民から詐取している政党交付金を返納し、地方議員は議員報酬は返上し、福島県矢祭町の議員と同じく「日当制」を諒とすべきだ。

 議会の改革は公職選挙法改正に非ず、先ずは議員自ら身を削ることだ。「政治家は出たい人より出したい人を」とは蓋し名言であるが、いっそのこと政治家なんぞ、裁判員と同じく抽選で決めてしまえば好いかもよ。呵呵大笑。

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2018年07月05日

金大中拉致事件を容認し金銭まで授受していた田中角栄

 金大中の拉致事件は時の権力者であった田中角栄が拉致を容認していたということもあって沈静化は早かった。横田めぐみさんが拉致されたのはこの「金大中拉致事件」から4年後の昭和52(1977)年11月15日未明のことだった。

 その後、田口八重子さん昭和53(1978)年6月。地村保志さん、濱本富貴惠さん同年7月。蓮池薫さん、奥土祐木子同年7月。市川修一さん、増元るみ子さん同年8月と、日本人が北朝鮮工作員に次々と拉致されることとなった。

 こうした日本人拉致の背景には、韓国要人である金大中が日本国内から拉致されたという主権侵害及び犯罪行為にも拘らず、日本政府が拱手傍観を極め込むどころか、首相であった角栄が拉致そのものを容認し、その見返りとして金銭を授受していたことも見逃せない。これが要因になったと考えられる。

 横田めぐみさんが、角栄の故郷の新潟から拉致されたことは偶然だとは思えない。北朝鮮の実行犯らは、拉致が国家に対する主権侵害でありながら政治的決着を謀った事の推移を知った上で敢えて日本人を狙ったのではあるまいか。

 金大中拉致事件後の1973年11月2日、田中角栄首相と金鍾泌首相(当時)との会談で、日韓両政府が両国関係に配慮した政治決着で穏便に事を済ませようとしていたことが、近年の機密文書の公開で明らかになっている。

 あろうことか、角栄は朴大統領側から政治決着の見返りとして金銭を授受している。現金授受の場に同席した木村博保元新潟県議が「少なくとも現金4億円を受け取っていた」と証言していることでも、金銭授受があったのは明らかだろう。

 バカ娘の真紀子は、事前に角栄は「殺人をしないことを条件に、金大中を拉致することを了承済であった」と驚くべき証言をしている。KCIAは在日ヤクザに金の暗殺を依頼していたが、田中の意向を汲んで暗殺を取り止め拉致を実行した。

 真紀子は、故土井たか子や福島瑞穂、辻本清美らと同じく日本人拉致事件を否定し続けていた一人だが、父親が金大中拉致を容認したことを知っていた真紀子が頭脳明晰ならば日本人拉致が工作員に因るものだと気付くだろう。

 尤も、真紀子は「拉致の問題を解決しなければならないなんて、そんなこと、余計なこと言えるか、森友問題、加計問題やったらいいじゃないですか」と、拉致問題に取り組む安倍を批判していることでも頭脳明晰どころかキチガイそのもの。

 抑々、真紀子が外相だった時、北朝鮮の金正男が日本に密入国した際に、拉致問題なんぞ眼中にない真紀子は直ぐに送還してしまった。

 送還せず、拉致交渉の駆け引きとして密入国で逮捕した上で、毅然と対処していたら拉致問題は今とは違う展開が図られていただろう。

 真紀子を始めとした拉致否定派というのは、拉致事件は国家に対する主権侵害であるという認識が決定的に欠落してるからに他ならない。

 拉致問題が未だ解決の糸口さえも見つからないのは一体何故なのか。

 思うに、拉致が国家に対する主権侵害であるという重要性に対する認識不足と、何故に拉致されたのか、事件に至るまでの真相把握の欠如。つまり、日本人同胞が外国人工作員に因って拉致されたという認識が決定的に欠如しているからだ。

 愚生の身内にも行方不明者がいる。佐久間則房という従兄弟だが、上京し北千住に住んでいた際に消息が分からなくなっている。

 以前、公安に調べて貰ったことがある。免許の更新もせず、建造物侵入罪で検挙されたことがあるがその後の足取りは掴めなかった。建造物侵入罪で検挙されたのは、左翼に傾倒していた時期もありそれと関係しているのか。

 行方不明になる前、故郷に戻った従兄弟は、愚生の母親と会って「北朝鮮でカネになる仕事が見つかったから行ってくる」と語ったという。母が訝しく「何の仕事なの?」と聞くと「死体を洗う仕事」と答えたそうだ。

 従兄弟の場合は拉致とは違うが、拉致実行犯の辛光洙は職業斡旋という名目でも日本人を騙して北朝鮮へ送り込んでおり、従兄弟もその手口に乗ってしまったのではないだろうか。こうしたケースと同じ被害者は他にもいると思う。

 従兄弟も生きていれば70歳を超す。米朝首脳会談から日朝首脳会談を成功に導き、急転直下拉致問題が解決されることを切に望んでいる。

 従兄弟が、拉致認定されていなかった曽我ひとみさんと同じく帰国を果たし、唯一の姉弟である姉と逢わせてやりたいと願うばかり。

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2018年07月04日

金大中拉致事件後 日本人が次々と拉致されることとなって行く

 昭和48(1973)年8月8日、大韓民国の民主活動家で、後に大統領となる金大中が、韓国中央情報部 (KCIA)により東京のホテルグランドパレス2212号室から拉致される事件が起きた。「金大中(拉致)事件」である。

 金大中は1971年、大韓民国大統領選挙で新民党(当時)の候補として立候補。民主共和党(当時)の候補・朴正熙大統領に惜敗。政権崩壊の危機感を抱いた朴大統領やKCIAは、金大中の海外での反政府活動を抑制する計画を立てる。

 在日ヤクザである柳川次郎(梁元鍚)三代目山口組若中・柳川組初代組長や町井久之(鄭建永)東声会会長らに、民主化の名の下に国家転覆を企む共産主義者・金大中の暗殺を依頼したことも明らかになっている。

「民主主義活動家」として高い名声を得た金大中は1973年(昭和48年)7月、自民党内左翼の宇都宮徳馬らに招待され東京を訪問する。金大中の殺害は事が進まず、切迫した中でKCIA関係者で拉致を実行することを覚悟した。

 8月8日午前11時頃、東京のホテルグランドパレス2212号室に宿泊中の梁一東民主統一党(当時)党首との会談後に襲撃され、ホテルの一室に監禁。目隠しをされ船で韓国に移送されるも、事件発生から5日後に自宅近くで解放された。

 同事件について、日本政府は主権侵害に対する韓国政府の謝罪と日本捜査当局による調査を要求していたが、これはあくまでも表向きのものだった。

 1973年11月2日に行われた田中角栄首相(当時)と金鍾泌首相(当時)との会談で、日韓両政府が両国関係に配慮した政治決着で穏便に事を済ませようとしていたことが、後の機密文書の公開で明らかになっている。

 田中真紀子は、事前に田中角栄は「殺人をしないこと」を条件に、金大中を拉致することを了承済であったと驚くべき証言をしている。在日ヤクザらによる金大中殺害が急遽中止されたのは田中の発言を与してのものだったのだろう。

 また「文藝春秋」2001年2月号の記事には「田中角栄首相が、政治決着で解決を探る朴大統領側から少なくとも現金4億円を受け取っていた」と、現金授受の場に同席した木村博保元新潟県議が証言している。

 田中角栄といえばロッキード社からの5億円の賄賂が有名だが、4億円の授受で拉致という主権侵害を容認していたことすれば万死に値する。

 横田めぐみさんが拉致されたのは金大中拉致事件から4年後の昭和52(1977)年11月15日未明。田口八重子さん昭和53(1978)年6月。地村保志さん、濱本富貴惠さん同年7月。蓮池薫さん、奥土祐木子同年7月。市川修一さん、増元るみ子さん同年8月と、日本人が北朝鮮工作員に次々と拉致されることとなった。

 こうした背景には、日本のホテルから韓国要人が拉致された事件にも拘らず、日本政府が拱手傍観を極め込むどころか、時の権力者であった田中角栄が金銭を授受し、拉致そのものを容認していたということも大きな要因に挙げられよう。

 横田めぐみさんが、田中角栄の故郷の新潟から拉致されたことは偶然だとは思えない。北朝鮮の実行犯らは、主権侵害でありながら政治的決着を謀った金大中事件の推移を知った上での犯行だったのではあるまいか。

 田中真紀子は「拉致の問題を解決しなければならないなんて、そんなこと、余計なこと言えるか、森友問題、加計問題やったらいいじゃないですか」と、安倍が拉致問題に取り組むことを中傷しているが、こういう気狂いがチヤホヤされる日本という国は果たして主権国家と言えるのだろうか。

 土井たか子や福島瑞穂、辻本清美と同じく拉致事件を否定していた真紀子。真紀子が外相だった時、北朝鮮の金正男が東京ディズニーランドに行く為に密入国した。だが、拉致問題なんぞ眼中にない真紀子は直ぐに送還してしまった。

 あの時、毅然と対処していたら拉致問題は今とは違う展開が図られていただろう。要は、田中真紀子にしろ福島瑞穂や辻本清美ら拉致否定派というのは、拉致事件は主権侵害であるという認識が決定的に欠落してるからに他ならない。

 拉致事件は過去のことの様に思われてるが、友人でもある北朝鮮関係者に聞いたところ、現在は日本在住の在日などが身代金目的で拉致されているという。実行犯の画像も入手したが今回は公開は控えたい。

 関係者が言う様に日本国内で未だに主権侵害が罷り通っているのが事実なら、主権国家としても法治国家としても断じて赦されることではない。

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2018年07月03日

「(籠池夫妻の)拘留中は殺人事件でもないのに接見禁止だった」だとさ(苦笑)

 今日の地元紙の読者の欄には御決まりの情報弱者の投稿が採用されている。麻生大臣が「新聞を読んでない人は自民党支持」、共産党の小池が「新聞を読めば自民党支持にはならない」と言ったが、正しく。

 この元看護師だという御仁、恰も籠池詐欺師夫婦と安倍昭恵婦人の写真が証拠だと言わんばかりに、8億円の値引きされた根拠だとしている。

「拘留中は殺人事件でもないのに接見禁止だった」と、恰も国策捜査であった様なことを述べてるが、籠池が逮捕されたのは偽造された契約書で税金を詐取したことであって、接見禁止は罪を否認していたからだ。

 愚生もその昔、創価学会に抗議した際、学会の施設内で警備する学会員とトラブって「暴等法(暴力行為等処罰ニ関スル法律)」違反でパクられたことがあるが、その際は起訴されるまで接見禁止だった(笑)

「森友学園」は詐欺師・籠池泰典が始めた愛国ビジネス。児童に教育勅語を唱和させ、学園が神道を重んじた学園であるかの様に装い、畏れ多いことに昭和天皇が付属幼稚園を訪問遊ばされたと偽装した。

 昭和天皇をも利用する人種だもの、安倍首相や明恵夫人を始め、マスゴミやアホ野党を手玉に取ることなんざ屁の河童だろう(笑)

 明恵夫人や今回の削除文書に登場した平沼赳夫や鴻池祥肇などの政治家を利用して「安倍晋三小学校(後の瑞穂の國記念小学院)」の設立を目論み、補助金目当ての工事請負契約書を三通も偽造し、夫婦揃って詐欺罪で逮捕された。

 籠池逮捕で一件落着かと思いきや、野党もマスゴミも納得することはなく、作為的な記事を垂れ流して、読者がそれを信じる悪循環(苦笑)

 加計学園の問題にしても別に安倍首相と加計理事長が友達だから獣医学部が新設された訳ではないし、「首相案件ということで認可された」というのは間違い。こういう嘘記事が平然と垂れ流されるというのは実に罪深い。

 マスゴミやこれらの記事を鵜呑みにしてる情報弱者というのは、元文科省事務次官の前川喜平の「極めて薄弱な根拠の下で規制緩和が行われた。認可は不適切だった」との発言こそ正しいものと信じて疑わない。

 過日行われた衆参両院予算委員会の集中審議での安倍首相の発言を、翌日の新聞では「加計学園問題を巡る疑惑に懸命に反論」「感情をあらわにした」「首相が正面から答えない」「遠い真相究明」との反安倍ありきの論説が垂れ流された。

 国家戦略特区として加計学園を選定するのは愛媛県と今治市で、その選定委員の民間議員や作業部会、その関係者全員が「総理の意見が入る余地は無い」と断言しているのだが、反安倍に凝り固まった連中にはそんな声は届かない。

「加計理事長が安倍と友達だから獣医学部の新設が認可された」だとか「加計理事長と安倍が会食したから事が進んだ」というのは単なる妄想に過ぎない。

 こうしたことも「極めて薄弱な根拠の下で規制緩和が行われた。認可は不適切だった」とのロリコン前川の発言が元となっている。

 思想的に左寄りの前川は、文科省の天下り問題で責任を取らされ、自らの天下り出来なくなった恨み辛みから安倍批判を繰り返しているだけだ。

 国に逆らって天下りを斡旋し続けてきた前川の「行政の在り方が歪められた」との言い分は、己が行ってきたことと整合性に欠ける。

 モリカケ問題について「行政が歪められた」というのなら、獣医師会からの猛反対により52年間も新設学部が創られなかったことこそ異常であり、その獣医師会から献金を受けて新学部設立阻止を謀った議員らこそ断じられるべきだ。

 献金を受け取った石破茂を筆頭に玉木雄一郎や福山哲郎らは、未だに獣医師会に忠誠を誓うかの如く安倍を糾弾している姿は痛々しくもあり実に滑稽でもあるが、こうした連中に苦言を呈する様な投稿は採用されることはない。

 マスコミが正義感から安倍を正し、野党も是是非非で正否を問うなら国民から支持を得て然りだが、野党の支持率は上がることなく、マスコミの論評はネットなどでの一般人の論説よりも劣る。正しくジャーナリズムの劣化は顕著である。

「ある週刊誌には安倍首相の虚言、妄言、詭弁が書いてあった」という。ある週刊誌とは、どうせ反安倍を標榜する週刊朝日とかAERAとかだろう(笑)

 ならば、詐欺師の籠池の言い分こそ虚言であり、それを信じるこの御仁の言い分もまた妄言。詭弁とは間違ってることを正しい様に仕向けることだが、ならばマスゴミのインチキ記事こそ詭弁そのものだろう。

「外堀は灰色から黒で埋まってるのに最後まで白だと旗を振っている」と締め括っているが、灰色から黒の証拠が前述したものであるなら実に御粗末な話だ。新聞を信じて疑わないこの御仁こそ現代マスゴミの被害者なのかも知れない。

 インチキ記事で読者を誑かし、読者を巻き込んで政権批判を繰り返す。最近の論説にしろ、共産党と然程変わらない政治関連の記事にストレスは溜まる一方だ。クソ記事ばかりを垂れ流す新聞の購読はそろそろ止めようかな。呵呵。

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2018年07月02日

「人災」の張本人・菅直人が不在の強制起訴裁判に意味があるとは思えない

 東京電力福島第一原発事故の刑事責任を巡り、業務上過失致死傷で強制起訴された東電旧経営陣の刑事責任を追求する裁判が東京地裁で始まった。

 東日本大震災で亡くなられた方は津波が原因。死者数は三県で実に18456名に及ぶ。原発事故での放射線で亡くなった人はいないのに、福島原発周辺の堤防だけが問題にされるのは如何なものか。

 福島原発事故は地震による「天災」ではない。米国製のハリケーン型原発を過信し、大津波の想定をしていなかった為に発電所内の電源が全て失われ、原子炉冷却に関わるバルブが操作不能になったのことが大きな要因だった。

 堤防の嵩上げさえしていれば防げたかといえば疑問で、大津波を予見していたならば堤防決壊に因る予備電源を確保することが大事であり、今回の事故は予備電源を地下に埋設していたという単純ミスから起きてしまった「人災」だった。

 大津波を勝俣元会長ら旧経営陣らが予見出来たと断定するなら、国や地方自治体の避難計画や防災対策に於いて、そうした対策が何故に講じられていなかったのかも責任が問われて然りだろう。

 事故調査委員会は福島原発事故を「人災」と結論付けている。その「人災」を決定付けたのは「コンクリートから人へ」などと宣っていた民主党政権であり、最高責任者だった菅直人首相ではないか。その菅が何故に強制起訴されないのか。

 当時、外国人からの不法献金がバレ、四面楚歌だった菅直人は、原発事故を利用しようと現場視察という起死回生のパフォーマンスに出た。

 東日本大震災当日から炉心溶融という「最悪のシナリオ」を予測していながら、菅自身が強く望んだ現地視察に因って、事故拡大防止の為に採るべき第二第三の矢を放つのが遅れてしまったことは見逃せない。

「首相を被曝させない」ことを優先する余り、1号機の炉圧を低下させる為の「ベント」と呼ばれる応急措置が遅れた事実こそ括目すべきだ。

 この菅の現場視察という軽挙妄動が、原発事故の現場の対応に要らぬ混乱を招き、被害が拡大したことは明らかで、正に菅直人こそ業務上過失致死傷で起訴され、刑務所に送り込まねばならない大悪党であるが、何故かほったらかし。

 強制起訴訴状の中には、強制避難で亡くなられた双葉病院の患者44名の死亡も東電の責任として問われているが、動かしてはいけない重篤な患者を強制的に移動させたのは、東電元幹部らではなく災害対策本部長であった菅直人だ。

「原発周辺20キロ圏内」という根拠のない避難指示は、福島県や県民への風評被害や差別を招き、今も尚、復旧や復興の妨げとなっている。

 これらの全てが民主党政権下でSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)の数値を隠蔽したことに起因している。

 科学的根拠のない除染にしろ、混乱と更なる被害の拡大を生んだ最高責任者である菅が逮捕されないのは我が国司法の歪さの現れであり、そこに正義はない。

 未だに原発事故を論い、安っぽい正義感を振り翳す輩がいる。生き残った我々がいつまでも被害者意識丸出しで、過去ばかりをふり返って、その場に立ち止まってどうしようというのか。我々は前進していかねばならないのだ。

 現実に今も凄惨な事故現場に於いて命懸けで収束しようと頑張っている方々が存在し、また事故の教訓を活かそうと懸命に努力している方々がいる。

 事故責任を問うことは法治国家に於いては当然のことかも知れないが、責任云々よりも大事なことは、二度とこの様な過ち、人災を繰り返さない為にはどうすべきかであり、またこの事故での教訓を将来どう活かすかだ。

 国内での原発事故に限らず、いつか起こるであろう韓国や中共、或いは世界に在る原発事故に対して、福島原発事故の収束技術と正確な科学的データが活かされることこそ、福島のこの地に住み続ける我々の願いでもある。

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2018年07月01日

サッカーW杯ロシア大会 西野朗監督の冷静な判断力と采配を評価する

「好くて2分け1敗」と予選リーグ敗退確実と言われていた日本代表が、大方の予想を裏切ってサッカーW杯ロシア大会のグループステージを突破した。愚生は熱狂的なサッカーファンではないが、西野朗監督の采配を高く評価している。

 グループリーグ最終試合のポーランド戦では日本が0-1で敗れるも、同組のコロンビア×セネガル戦は1-0でコロンビアが勝利。日本とセネガルの勝ち点と得失点差で並ぶも、フェアプレーポイントで上回った日本がラウンド16に進出した。

 ポーランド戦の残り10分、コロンビアがセネガルに1-0でリードしているという情報が入ると、無理な攻撃を控えパス回しに終止した。この行為に会場内ではブーイングが起こり、試合後には非難の声が上がっている。

 確かに、潔さを旨とする日本人が、勝ちに拘っての時間稼ぎのパスワークはもどかしく思ってしまうが、別に反則行為をした訳でもなく、これはこれで勝ち上がる為に残されていた僅かな賭けでもあり、決勝リーグ進出への強い執念を感じた。

 予選敗退確実と言われた日本が、まさかのコロンビアからの勝利。この1勝で欲が出た。負けたらこの1勝に意味はなく、何としてでもラウンド16に進出しなければならなかった試合だったということだ。

 パス回しで思い出すのは「ドーハの悲劇」と言われた、1994年アメリカW杯のアジア地区最終予選のイラクとの最終試合のことだ。

 勝てばW杯初出場が決まる日本は、後半69分、ラモス瑠偉からのスルーパスをオフサイドラインぎりぎりで抜け出した中山雅史が受けゴール右角に決め、2-1で勝ち越しに成功する。その後、両チーム共に膠着状態が続いた。

 後半ロスタイム突入間際、日本は追加点を狙ってカウンターから敵陣深くへ侵入したが、途中出場の武田修宏はそのボールをキープすることなくゴール前へセンタリングを上げた。残り時間が少ないのだから無理に攻める必要はなかった。

 ロスタイム間近の89分50秒、ラモス選手の中途半端なスルーパスにイラク選手がカウンターアタック。イラクはコーナーキックのチャンスを得た。

 ロスタイム、コーナーから放たれたボールはセンタリングではなくショートコーナーを開始。三浦知良が素早く対応するもセンタリングされたボールはイラク選手のヘディングシュートで同点にされてしまう。

 引き分けでも予選は突破出来ると思っていたのだろうが、日本・イラク戦より数分早く終了した、サウジアラビア・イラン戦が4-3、韓国・北朝鮮戦が3-0という結果となり、得失点差で韓国に及ばず3位に転落した日本は出場権を逃した。

 今回の日本チームの行為を元韓国代表で横浜F・マリノスや清水エスパルスにも所属したこともある安貞桓が、嫌味たっぷりに「私たちは美しく脱落したが、日本は醜く進んだ」などと偉そうに語ったという。

 反則数世界一の醜いサッカーをする韓国が、いけしゃあしゃあと「美しく脱落」などとはよく言うわ。日本のことは何でも腐すのが韓国人。ホント、韓国の醜い民族性には厭きれてしまう(苦笑)

 日本チームにとって寸前でW杯初出場を逃したのは、冷静さを失い浮足立っていた結果でもある。こういう状況を見極めるのは監督の冷静な判断しかない。 

 今回の試合が違うのはポーランドの選手がパス回しする日本のボールを奪いに行かなかったこと。日本チームばかりが批判されてるが、ポーランドこそ1勝を確信して試合を諦めてしまっていた。それを西野監督は見逃さなかった。

 中途半端なパス回しは第二の「ドーハの悲劇」を生んだだろう。そういう意味では、勝ちに拘った西野監督の采配は見事、本物の勝負師だと思う。

「ドーハの悲劇」で敗戦を喫した日本チームへの批判は相当のものだった。「攻めて負けた方が好かった」などというのは単なるキレイゴト。こういう俄かファンというのは予選リーグを敗退したらしたで監督采配と選手を批判しただろう。

 試金石となるのは次の試合。次戦は日本らしい試合を期待している。ということで、次戦の試合は3日、開始時刻は愚生の起床時間に合わせたのか午前3時。皆さんも、早起きして日本チームを応援しましょう。呵呵大笑。

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2018年06月29日

我が故郷・二本松出身の朝河貫一博士は平和主義者か米国のスパイか

 地元紙の論説に「朝河博士に学ぶ」として、戦争回避に動いた歴史学者・朝河貫一の平和主義を政治と外交に生かせという内容が綴られていた。「平和を愛する精神を戒めとして心に留めたい」というが、単なるキレイゴトだろう。

 我が故郷でもある二本松出身で、戦前の日本人で初めてイェール大学の教授となった朝河貫一。日米開戦直前、ルーズベルト米大統領から昭和天皇へ親書を送らせ戦争回避をさようと奔走した人物として持て囃されている。

 だが、天皇陛下への親書が戦争回避に繋がると思っていたとしたら実に御粗末な話で、欽定明治憲法下に於いては、国務は国務大臣、統帥は参謀総長及び軍令部長が陛下を輔弼し、その責に任ずることになっている。

 陛下には法的な責任も戦争回避を決断する御立場にはなかった。逆の見方をすれば、戦争を実行したのは昭和天皇という考えているのだろうが、こうした思惑は戦後の所謂「天皇戦争責任論」と同列のものである。

 戦争回避を実現したかったというのが朝河博士の真意ならば、昭和天皇ではなく、当時のルーズベルト大統領を筆頭に米国名に横溢していた日本人と日本への偏見を糺すことこそすべきだったのではあるまいか。

 自ら書いた草案は、友人でもあるハーバード大学美術館のウォーナー東洋部長に託すも、結局、朝河の草案がそのまま採用されることはなかった。

 そんな朝河博士を、朝日新聞では「祖国が平和を諦めた中で朝河は1人闘う。(平成27年4月2日付)」と、戦争回避の為に単身働きかけた英雄として扱っている。だが、朝日新聞は戦前には朝河を「敵国のスパイ」と断じていた(笑)

 米国の意の下に行動する朝河に対して、当時の愛国マスコミの急先鋒だった「大阪朝日新聞」は、次の様に批判した。

「朝河貫一と呼べる人なり、此の人イェール大学を卒業し、目下、米国某学校に於いて東洋政治部の講師として聘せられ居るものなり。名刺にはドクトル及び教諭と記し、日本人に語るにも日本語を用いず、必ず英語を以てす。此の人、ポーツマスに来たり、日々ホテル・ウェントウォースに在りて、多くの白人に接し、頻りに平和條約の條件に就て説明をなしつつあり。英文にて記せる朝河貫一なる文字とその肩書きの立派なるよりほかは知らざる白人は・・・(明治38(1905)年10月30日)」との書き出しで、「学校の講師で安月給のくせに、1日に5ドルのホテル代を払って、ここにいるのは甚だ疑わしい、誰の回し者だ」

 戦前は国民の戦意高揚を煽り、米国の走狗である朝河を批判していながら、戦後は朝河博士を持ち上げる朝日新聞の豹変ぶりには嗤えるが、親書を送ったことが平和主義であるならば、硫黄島で戦死された石丸利之介海軍中将がルーズベルトに宛てた「ルーズベルトに与フル書」こそ括目すべきではあるまいか。http://blog.livedoor.jp/cordial8317/archives/52081252.html

 安穏とした米国内で戦争回避の親書を草案したという朝河博士と、激戦の地で国の行く末を案じて米国の不正義を断じ散華した石丸中将。

 石丸中将のこの書簡にこそ、大東亜戦争を戦わなければなかった日本の渾身の悩みと日本人の高潔さと教養の高さを示すものである。

 朝河博士は、日露戦争から大東亜戦争に至るまで、当時の日本の外交や軍国主義の台頭を批判しているが、これは日本人としての思いというより、米国の国益に沿った米国の戦いを正当化するものでしかない。

 米国内では日本人を好戦的人種であるとして「黄禍論」を煽り、軍閥の独断専行であると批判しているが、朝河博士の主張もこれと同じであり、我が民族の精神と恒久的平和主義を根底から否定することから始まっている。

 地元紙の「論説」では幕末には触れていないが、朝河博士は二本松藩の砲術師範の朝河八太夫の孫である。その祖父の血が流れているのなら、批判するべきは西欧を模倣するばかりの明治新政府の不条理や、十五世紀の大航海時代以来の、白人による世界制覇と人種差別と植民地支配だろう。

 その間に勃発した日清、日露戦争も、また日韓併合も大東亜戦争も、アジアや我が国にとっても避けては通れない宿命的な歴史だったのであるが、そうしたことをも軍国主義の台頭であると断じる朝河は果たして平和主義者なのか。

 我が国の軍国主義の台頭というが、元を糺せば米国の黒船来航が起因する。軍事力を背景に開国を迫る。米国の不条理を糺さず、日本精神の大和心をも理解していない朝河博士を真の平和主義者であるとするのは如何なものか。

 朝河博士の理念は、我が国の歴史の否定と米国の傲慢な平和主義の押し付けでもあり、戦後の米国が押し付けた戦後民主主義教育と同列である。

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2018年06月28日

ルーズベルトニ与フル書(石丸利之介海軍中将)

【原文】

日本海軍、市丸海軍少将、書ヲ「フランクリン ルーズベルト」君ニ致ス。
我今、我ガ戦ヒヲ終ルニ当リ、一言貴下ニ告グル所アラントス。
日本ガ「ペルリー」提督ノ下田入港ヲ機トシ、
広ク世界ト国交ヲ結ブニ至リシヨリ約百年、此ノ間、日本ハ国歩難ヲ極メ、
自ラ慾セザルニ拘ラズ、日清、日露、第一次欧州大戦、
満州事変、支那事変ヲ経テ、不幸貴国ト干戈ヲ交フルニ至レリ。
之ヲ以テ日本ヲ目スルニ、或ハ好戦国民ヲ以テシ、
或ハ黄禍ヲ以テ讒誣シ、或ハ以テ軍閥ノ専断トナス。
思ハザルノ甚キモノト言ハザルベカラズ。
貴下ハ真珠湾ノ不意打ヲ以テ、対日戦争唯一宣伝資料トナスト雖モ、
日本ヲシテ其ノ自滅ヨリ免ルルタメ、
此ノ挙ニ出ヅル外ナキ窮境ニ迄追ヒ詰メタル諸種ノ情勢ハ、
貴下ノ最モヨク熟知シアル所ト思考ス。
畏クモ日本天皇ハ、皇祖皇宗建国ノ大詔ニ明ナル如ク、
養正(正義)、重暉(明智)、積慶(仁慈)ヲ三綱トスル、
八紘一宇ノ文字ニヨリ表現セラルル皇謨ニ基キ、
地球上ノアラユル人類ハ其ノ分ニ従ヒ、其ノ郷土ニ於テ、ソノ生ヲ享有セシメ、
以テ恒久的世界平和ノ確立ヲ唯一念願トセラルルニ外ナラズ。
之、曾テハ「四方の海 皆はらからと思ふ世に など波風の立ちさわぐらむ」
ナル明治天皇ノ御製(日露戦争中御製)ハ、
貴下ノ叔父「テオドル・ルーズベルト」閣下ノ感嘆ヲ惹キタル所ニシテ、
貴下モ亦、熟知ノ事実ナルベシ。
我等日本人ハ各階級アリ。各種ノ職業ニ従事スト雖モ、
畢竟其ノ職業ヲ通ジ、コノ皇謨、即チ天業ヲ翼賛セントスルニ外ナラズ。
我等軍人亦、干戈ヲ以テ、天業恢弘ヲ奉承スルニ外ナラズ。
我等今、物量ヲ恃メル貴下空軍ノ爆撃及艦砲射撃ノ下、
外形的ニハ退嬰ノ己ムナキニ至レルモ、精神的ニハ弥豊富ニシテ、
心地益明朗ヲ覚エ、歓喜ヲ禁ズル能ハザルモノアリ。
之、天業翼賛ノ信念ニ燃ユル日本臣民ノ共通ノ心理ナルモ、
貴下及「チャーチル」君等ノ理解ニ苦ム所ナラン。
今茲ニ、卿等ノ精神的貧弱ヲ憐ミ、以下一言以テ少ク誨ユル所アラントス。
卿等ノナス所ヲ以テ見レバ、
白人殊ニ「アングロ・サクソン」ヲ以テ世界ノ利益ヲ壟断セントシ、
有色人種ヲ以テ、其ノ野望ノ前ニ奴隷化セントスルニ外ナラズ。
之ガ為、奸策ヲ以テ有色人種ヲ瞞着シ、
所謂悪意ノ善政ヲ以テ、彼等ヲ喪心無力化セシメントス。
近世ニ至リ、日本ガ卿等ノ野望ニ抗シ、
有色人種、殊ニ東洋民族ヲシテ、卿等ノ束縛ヨリ解放セント試ミルヤ、
卿等ハ毫モ日本ノ真意ヲ理解セント努ムルコトナク、
只管卿等ノ為ノ有害ナル存在トナシ、
曾テノ友邦ヲ目スルニ仇敵野蛮人ヲ以テシ、
公々然トシテ日本人種ノ絶滅ヲ呼号スルニ至ル。
之、豈神意ニ叶フモノナランヤ。
大東亜戦争ニ依リ、所謂大東亜共栄圏ノ成ルヤ、所在各民族ハ、
我ガ善政ヲ謳歌シ、卿等ガ今之ヲ破壊スルコトナクンバ、
全世界ニ亘ル恒久的平和ノ招来、決シテ遠キニ非ズ。
卿等ハ既ニ充分ナル繁栄ニモ満足スルコトナク、
数百年来ノ卿等ノ搾取ヨリ免レントスル是等憐ムベキ人類ノ希望ノ芽ヲ
何ガ故ニ嫩葉ニ於テ摘ミ取ラントスルヤ。
只東洋ノ物ヲ東洋ニ帰スニ過ギザルニ非ズヤ。
卿等何スレゾ斯クノ如ク貪慾ニシテ且ツ狭量ナル。
大東亜共栄圏ノ存在ハ、毫モ卿等ノ存在ヲ脅威セズ。
却ッテ、世界平和ノ一翼トシテ、世界人類ノ安寧幸福ヲ保障スルモノニシテ、
日本天皇ノ真意全ク此ノ外ニ出ヅルナキヲ理解スルノ雅量アランコトヲ
希望シテ止マザルモノナリ。
飜ッテ欧州ノ事情ヲ観察スルモ、
又相互無理解ニ基ク人類闘争ノ如何ニ悲惨ナルカヲ痛嘆セザルヲ得ズ。
今「ヒットラー」総統ノ行動ノ是非ヲ云為スルヲ慎ムモ、
彼ノ第二次欧州大戦開戦ノ原因ガ第一次大戦終結ニ際シ、
ソノ開戦ノ責任ノ一切ヲ敗戦国独逸ニ帰シ、
ソノ正当ナル存在ヲ極度ニ圧迫セントシタル卿等先輩ノ処置ニ対スル
反撥ニ外ナラザリシヲ観過セザルヲ要ス。
卿等ノ善戦ニヨリ、克ク「ヒットラー」総統ヲ仆スヲ得ルトスルモ、
如何ニシテ「スターリン」ヲ首領トスル
「ソビエットロシヤ」ト協調セントスルヤ。
凡ソ世界ヲ以テ強者ノ独専トナサントセバ、
永久ニ闘争ヲ繰リ返シ、遂ニ世界人類ニ安寧幸福ノ日ナカラン。
卿等今、世界制覇ノ野望一応将ニ成ラントス。卿等ノ得意思フベシ。
然レドモ、君ガ先輩「ウイルソン」大統領ハ、其ノ得意ノ絶頂ニ於テ失脚セリ。
願クバ本職言外ノ意ヲ汲ンデ其ノ轍ヲ踏ム勿レ。

市丸海軍少将

【現代語訳】

日本海軍市丸海軍少将が 「フランクリン ・ルーズベルト」 君に書を宛てる。
私は今、我が戦いを終えるに当たり一言貴方に告げることがある。
日本国が 「ペルリー(ペリー)」提督の下田入港を機とし
、広く世界と国交を結ぶようになった時より約百年の間、
国の歩みは困難を極め、自ら欲しないにも関わらず日清戦争、日露戦争、
第一次欧州大戦、満州事変、支那事変を経て、
不幸にも貴国と交戦することになった。
そして貴方は我々を、あるいは好戦的国民であるとし、
あるいは黄禍論を用い貶め、あるいは軍閥の独断専行であるとする。
思いよらぬもの甚だしいと言わざるを得ない。
貴方は真珠湾攻撃の不意打ちを理由に対日戦争(大東亜戦争)
唯一の宣伝資料とするが、そもそもにおいて日本国が
自滅を免れるためこの行動に出る他ないという程の窮地にまで
追い詰めたような諸種の情勢というのは、
貴方の最も熟知するものであると思う。
畏れ多くも日本天皇は皇祖皇宗建国の大詔に明らかなように、
養正(正義)、重暉(明智)、積慶(仁慈)を三鋼(秩序)とする
八紘一宇(天下を一つの屋根の下に)の文字によって表される皇謨に基づき、
地球上のあらゆる人間はその分に従い、
その郷土においてその生を生まれながらに持たせ、
それによって恒久的平和の確立を唯一の念願になさったのに他ならない。
これは 「 四方の海皆はらからと思ふ世になど波風の立ちさわぐらむ 」
(意訳:人は皆家族であるのに、なにゆえ争わねばならないのか)
という明治天皇の御製(天皇の詩)は貴方の叔父
セオドア・ルーズベルト閣下が感嘆したものであるが故に、
貴方もよく熟知しているのは事実であろう。
私たち日本人はそれぞれ階級を持ち、また各種の職業に従事するけれども、
結局はその職を通じ皇謨、つまりは天業(天皇の事業)を翼賛(補佐)
しようとするのに他ならない。
我ら軍人は交戦を以て天業を広めることを承るに他ならない。
我らは今、物量に頼った貴方の空軍の爆撃、艦隊の射撃の下、
外形的に後ろへ退くもやむなきに至っているが、精神的にはついに豊かになり、
心地ますます明朗になり、歓喜を抑えることができなくもある。
この天業翼賛の信念が燃えるのは、日本国民共通の心理であるが、
貴方やチャーチル君は理解に苦しむところであろう。
今、ここに貴方達の精神的貧弱さを憐れみ、
以下の一言を以て少しでも悔いることがあれば良いと思う。
貴方達のなすことを見れば、白人、
とくにアングロサクソン(アメリカとイギリスの主な民族)が
世界の利益を独占しようとして、有色人種をその野望実現のための
奴隷として扱おうということに他ならない。
この為に邪な政策をとり有色人種を欺き、
所謂悪意の善政を行うことで彼らを喪心無力化しようとしている。
近世に至り日本国が貴方達の野望に抗し有色人種、
特に東洋民族を貴方達の束縛より解放しようと試みたところ、
貴方達は少しも日本の真意を理解しようと努めることなく
ただ貴方達に有害な存在となし、
かつて友邦とみなしていたにも関わらず仇敵野蛮人であるとし、
公然として日本人種の絶滅を叫ぶに至った。
これは決して神意にかなうものではないだろう。
大東亜戦争によって所謂(いわゆる)大東亜共栄圏が成立し、
所在する各民族はわれらの善政を謳歌しているから、
貴方達がこれを破壊することが無ければ、
全世界にわたる恒久的平和の招来は決して遠くは無いだろう。 
貴方達はすでに成した。
十分な繁栄にも満足することはなく数百年来にわたる
あなた方の搾取から免れようとするこれらの憐れむべき人類の希望の芽
をどうして若葉のうちに摘み取ろうとするのか。
ただ東洋のものを東洋に返すに過ぎないではないか。
あなた方はどうしてこのように貪欲で狭量なのか。
大東亜共栄圏の存在は少しも貴方達の存在を脅威するものではない。
むしろ世界平和の一翼として世界人類の安寧幸福を保障するものであって、
日本天皇の真意はまったくこれに他ならない。
このことを理解する雅量(器)があることを希望してやまないものである。
翻って欧州の事情を観察すると、また相互無理解に基づく人類闘争が
いかに悲惨であるかを痛感し嘆かざるをえない。
今ヒトラー総統の行動の是非を云々するのは慎むが、
彼の第二次欧州大戦開戦の原因が第一次欧州大戦の終結の際、
その開戦責任の一切を敗戦国ドイツに押し付け、
その正当な存在を極度に圧迫しようとした貴方達の処置に対する反発
に他ならないということは看過できない。
貴方達の善戦によって力を尽くしてヒトラー総統を倒すことができたとして、
どうやってスターリン率いるソヴィエトと協調するのか。
世界を強者が独専しようとすれば永久に闘争を繰り返し、
ついに世界人類に安寧幸福の日はないだろう。
あなた方は今世界制覇の野望が一応、まさに実現しようとしている。
あなた方は得意げに思っているに違いない。
しかし貴方達の先輩ウィルソン大統領はその得意の絶頂において失脚した。
願わくば私の言外の意を汲んでその轍を踏まないで欲しい。

市丸海軍少将 

【英文】
A Note to Roosevelt
Rear Admiral R. Ichimaru of the Japanese Navy sends this note to Roosevelt.
I have one word to give you upon the termination of this battle.
Approximately a century has elapsed since Nippon, after Commodore Perry’s entry to Shimoda, became widely affiliated with the countries of the world. During this period of intercourse Nippon has met with many national crises as well as the undesired Sino-Japanese War, Russo-Japanese War, the World War, the Manchurian Incident, and the China Incident. Nippon is now, unfortunately, in a state of open conflict with your country.
Judging Nippon from just this side of the screen you may slander our nation as a yellow peril, or a blood thirsty nation or maybe a protoplasm of military clique.
Though you may use the surprise attack on Pearl Harbour as your primary material for propaganda, I believe you, of all persons, know best that you left Nippon no other method in order to save herself from self-destruction.
His Imperial Highness, as clearly shown in the “Rescript of the Founder of the Empire” “Yosei” (Justice), “Choki” (Sagacity) and “Sekkei” (Benevolence), contained in the above three fold doctrine, rules in the realization of “Hakko-ichiu” (the universe under His Sacred Rule) in His Gracious mind. The realization of which means the habitation of their respective fatherlands under their own customs and traditions, thus insuring the everlasting peace of the world.
Emperor Meiji’s “The four seas of the world that are united in brotherhood will know no high waves nor wind” (composed during the Russo-Japanese War) won the appraisal of your uncle, Theodore Roosevelt as you yourself know.
We, the Nippon-jin, though may follow all lines of trade, it is through our each walk of life that we support the Imperial doctrine.
We, the soldiers of the Imperial Fighting Force take up arms to further the above stated “doctrine”.
Though we, at the time, are externally taken by your air raids and shelling backed by your material superiority, spiritually we are burning with delight and enjoying the peace of mind.
This peacefulness of mind, the common universal stigma of the Nippon-jin, burning with fervour in the upholding of the Imperial Doctrine may be impossible for you and Churchill to understand.
I hereupon pitying your spiritual feebleness pen a word or two.
Judging from your actions, white races especially you Anglo-Saxons at the sacrifice of the coloured races are monopolizing the fruits of the world.
In order to attain this end, countless machinations were used to cajole the yellow races, and to finally deprive them of any strength.
Nippon in retaliation to your imperialism tried to free the oriental nations from your punitive bonds, only to be faced by your dogged opposition. You now consider your once friendly Nippon a harmful existence to your luscious plan, a bunch of barbarians that must be exterminated.
The completion of this Greater East Asia War will bring about the birth of the East Asia Co-Prosperity Area, this in turn will in the near future result in the everlasting peace of the world, if, of course, is not hampered upon by your unending imperialism.
Why is it that you, an already flourishing nation, nip in bud the movement for the freedom of the suppressed nations of the East.
It is no other than to return to the East that which belongs to the East.
It is beyond our contemplation when we try to understand your stinted narrowness.
The existence of the East Asia Co-Prosperity sphere does not in anyway encroach upon your safety as a nation, on the contrary, will sit as a pillar of world peace ensuring the happiness of the world. His Imperial Majesty’s true aim is no other than the attainment of this everlasting peace.
Studying the condition of the never ending racial struggle resulting from mutual misunderstanding of the European countries, it is not difficult to feel the need of the everlasting universal peace.
Present Hitler’s crusade of “His Fatherland” is brought about by no other than the stupidity of holding only Germany, the loser of the World War, solely responsible for the 1914-1918 calamity and the deprivation of Germany’s re-establishment.
It is beyond my imagination of how you can slander Hitler’s program and at the same time cooperate with Stalin’s “Soviet Russia” which has as its principle aim the “socialization” of the World at large.
If only the brute force decides the ruler of the world, fighting will everlastingly be repeated, and never will the world know peace nor happiness.
Upon the attainment of your barbaric world monopoly never forget to retain in your mind the failure of your predecessor President Wilson at his heights.

-Rear Admiral Ichimaru

cordial8317 at 13:02|PermalinkComments(0)

「子供を産まない方が幸せじゃないかと勝手なことを考える人がいる」

 自民党の二階俊博幹事長は講演で、少子化問題を巡り「この頃、子供を産まない方が幸せじゃないかと勝手なことを考える人がいる」と述べた。

「みんな食うや食わずの戦中・戦後の時代に『子供を産んだら大変だから、産まないようにしよう!』と言った人はいない。子供を沢山産み、国が栄え、発展して行く方向にしよう」と呼びかけた。

 この二階の発言を「怪しからん!」と感じてるのは、余程のバカか、毎度御馴染みのジェンダーフリーを叫ぶ性的変質者くらいなものだろう(苦笑)

「子供を産まない」「子供を持たない」という選択肢は当然の権利であり、男女共同参画社会に逆行しているということなのだろうが、子供を産むこと、子育てすることというのはとても大事なことだ。

 何より、家庭(家族)とは、未熟な夫婦が結婚し、子供を育て上げる過程で精神的にも肉体的にも共に成長して本物の夫婦となって行くものである。

 今の自分が存在は代々続く御先祖様のお蔭であり、その先祖の誰一人が欠けても自分が存在しないのは言うまでもない。父と母で2人、父と母の両親で4人、そのまた両親で8人。10代前では1024人。20代前ではナント100万人を越す。

 己(個)の存在とは、代々の長い歴史から考えればホンの一瞬の出来事に過ぎず、人生とは御先祖から受け継いでるリレー走者に過ぎない。

 そうした先祖から紡いできた歴史を顧みることも無く、結婚もせず、子供を作らないとなればバトンが受け継がれることはなく、自分の代でその紡いできた永い先祖の歴史が終わるということでもある。

 同じ様に国にも歴史がある。 我が国は歴史上、人口移動の殆どない稀有な国だ。日本列島に存在していた方々は皆、我々の御先祖様なのである。 その共通の御先祖様からの流れの中に今日の我々が存在している。

 我が国の歴史は正に我々の御先祖様の歩みそのものなのであるが、その祖先の創り上げた歴史を貶し罵る連中がいる。これ即ち、御先祖様の歩みを否定していることであり、つまりそれは自分という存在自体を否定していることと同じである。

「子供を産まない」「子供を持たない」ということは、自分の代でその永い歴史が終わるということでもあり、これこそ身勝手極まる選択だ。

 福島瑞穂がその昔「産まない選択、子供を持たない楽しさ」という本を上梓してるが、当の本人に子供がいないかというとそうではない。他人には「子供を産まない選択」と煽っていながら、ホント身勝手だよなぁ(笑)

 2年ほど前に「女性にとって最も大切なことは子供を2人以上産むこと」という言葉だけを論い、バッシングされた大阪市立茨田中学校長・寺井寿男校長が退職させられたのは記憶に新しい。校長の発言はこういうものだった。

「今から日本の将来にとってとても大事な話をします。特に女子の人は先ず顔を上げてよく聴いてください。女性にとって最も大切なことは子供を2人以上産むことです。これは仕事でキャリアを積むこと以上に価値があります。なぜなら、子供が生まれなくなると日本の国がなくなってしまうからです。しかも、女性しか子供を産むことができません。男性には不可能なことです。『女性が子供を2人以上産み、育て上げると、無料で国立大学の望む学部に能力に応じて入学し、卒業できる権利を与えたらよい』と言った人がいますが、私も賛成です。子育てのあと大学で学び、医師や弁護士、学校の先生、看護師などの専門職に就けばよいのです。子育ては、それほど価値のあることなのです。 もし、体の具合で、子供に恵まれない人、結婚しない人も、親に恵まれない子供を里親になって育てることはできます。次に男子の人も特によく聴いてください。子育ては、必ず夫婦で助け合いながらするものです。女性だけの仕事ではありません。 人として育ててもらった以上、何らかの形で子育てをすることが、親に対する恩返しです。子育てをしたらそれで終わりではありません。その後、勉強をいつでも再開できるよう、中学生の間にしっかり勉強しておくことです。少子化を防ぐことは、日本の未来を左右します。やっぱり結論は、『今しっかり勉強しなさい』ということになります。以上です」

 この発言の何処が問題なのか。マスコミや左翼というのは言葉の一部分だけを論い、糾弾するのは常套手段。「言論の自由」にしても左翼や人権派、平和団体の逆鱗に触れると、それこそ批判され、言論弾圧を受ける。

 我が国の「言論の自由」とは、左翼や特定団体にだけ適用される特権だと熟熟感じる。寺田校長の様な立派な教育者の損失は国益の損失でもあった。

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cordial8317 at 06:41|PermalinkComments(0)

2018年06月27日

共産党小池晃の「新聞読めば自民不支持」という正論(爆笑)

 麻生太郎副総理兼財務相は新潟県新発田市での講演で、昨年秋の衆院選に関し「30代前半までの若い有権者層で自民党の得票率が高かった」とした上で「一番新聞を読まない世代だ。読まない人は全部自民党の支持だ」と述べた。

 この発言に敏感に反応した日本共産党の小池晃は「麻生氏の言う通りだ。新聞を読んで真実が伝われば、自民支持にならない」と皮肉った上で、「赤旗電子版を読めば、みんな共産党支持になる状況を創りたい」と妄想している(笑)

 麻生は新聞を読まない世代を揶揄した訳ではなく「インターネットや放送、通信を当たり前の様に使い熟せる若い世代の自民党支持率が高いということが、もの凄く大事だ」と語っており、新聞記事だけを鵜呑みにする世代への警鐘でもある。

 右翼現役時代は情報収集の意味もあって何紙も購読していたこともあるが、今は福島民報新聞を愛読している。民報社は自由民権運動の流れを汲む新聞社で、同じ地元紙の福島民友新聞より硬派な内容で、保守的な論説はお気に入りだった。

 新聞記事が正論だとは限らない。新聞社と雖も所詮は株式会社であり、原発事故以来、民報新聞も県民に寄り添った内容というより、被害者意識からか反原発派に阿る記事が多くなり、その主張も安っぽい反権力と幼稚な正義感が目立つ。

 読者の声(欄)がそれを如実に現す。読者の多くが反安倍に傾倒し、モリカケ問題は未だ納得出来ないと新聞解説と同じ主張を繰り返すばかり。こんな記事ばっか読んでるとホント、イライラしてストレスが溜まる一方だ。

 それでも仕方なく購読し続けてるのは、訃報欄があるから。訃報欄がネット検索で容易になれば新聞なんぞ必要はない(笑)

 親米保守派や自称愛国者らは頻りに朝日新聞やテレビ朝日などの主張に噛付き批判するが、朝日新聞社も同じく株式会社であり、利潤を追求する中で、リベラルの読者らに媚びる記事を書くのは当然のことでもある。

 読者に保守派の多い産経新聞がタカ派的主張をするのもこれと同じことで、会社からの給与頼みのサラリーマンである新聞記者諸侯らに「国家観や国益を重んじた報道を心掛けよ」というのは無理というものだろう。

 本来、新聞記者の彼らには「社会の木鐸」としての矜持が備えてなくてはならないが、所詮はサラリーマン。木鐸の努めとは世人に警告を発し、教え導くことにあるが、サラリーマン故に読者にとって心地好い内容の記事を垂れ流す。

 朝日は未だ自虐史観から目覚めることなく中朝韓に媚び諂い、我が国の国柄や国體を崩壊させんが為にそれらの走狗と化してしまっているのが現状で、一方の保守派御用達の産経はどうかといえば単なる営業保守でしかない。

 嘗て、坂の上の雲を追い続けたあの時代、国民の側に立ち「自由民権」を主張した新聞や言論人は「反骨」を旨とし、矜持と使命を以て権力に対して敢然と闘い、弾圧に怯むことなく、大衆の代弁者を自負して記事に魂を吹き込んだ。
 
 今や正統ジャーナリズムは存在せず、権力への批判は単なるパフォーマンスと化し、民衆に迎合して何でも腐して終わり。悲しい哉、そうした冷笑的な態度こそが真のジャーナリズムだと信じて疑わない。

 我が国を覆う重苦しい閉塞感は政治の不作為も然ることながら、国民を正しく導くことなく、正論をぶち壊して要らぬ方向へ世論誘導して悦に浸っている進歩の無い低能ジャーナリズムこそが元凶でもある。

 福島民報新聞社が実施した安倍政権の内閣支持率の世論調査では、驚くべきことに左翼の巣窟でもある社団法人・共同通信社の約40%に近い数値よりもかなり低い20%そこそこの数値が示されている。これもまた新聞記事の成果でもある。

 新聞購読者に高齢者が多く、その多くが新聞記事を妄信する余り情報弱者となる。新聞購読者こそ売国マスコミの具現者でもある訳だが、小池でなくても、正しく、新聞だけを読んでる人は自民支持にならないわな(笑)

 昨今の若者らが新聞に頼らず、インターネットの記事やSNSを通して情報を読み解いて、自分で判断していることは立派なことだと思う。

 ジャーナリズムには公正さを求められる。公正とは是と非、表と裏だ。公正さに乏しい新聞なんぞ近い将来、国民から敬遠されて行くだろう。

※コメントは会員のみにさせて頂いております。コメント入力希望の方はパスワードを教えますので mr.cordial@live.jpへ御気軽にメールを! 

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