2021年02月10日

本日2月10日は「日露戦争」の開戦記念日である

 15世紀に始まる「大航海時代」以降、白人による世界制覇(植民地支配)の滔々たる流れがアジアにも押し寄せると、危機感を募らせた我が国は、国内統一に向けて明治維新を成し遂げると、近代国家の建設を急いだ。

 そんな極東アジアが危機的情勢であるのに隣国の李氏朝鮮はその意味も分からず、相変わらず我が国を蔑視し続け、清の属国から独立を果たすことはなかった。

 当時、我が国ではロシアに対する安全保障上の理由から、朝鮮半島を勢力下に納める必要との意見が大勢を占めていた。そんな中、朝鮮を属国としていた清と、朝鮮に独立を促す我が国との間で諍いが起き、終に「日清戦争」が勃発する。

 大国・清との戦いで我が国が勝利するも、朝鮮は独立を果たさすことはなく、敗戦した清も崩壊し、その広大な領土は世界の国々に次々と蚕食されて行った。

 日清戦争での勝利に因って「台湾」「澎湖諸島」「遼東半島」が我が国に割譲されることとなった。だが、これをロシア、フランス、ドイツの介入によって、遼東半島は清に返還されることとなった。これが所謂「三国干渉」である。

 因みに、三国干渉での遼東半島のみ返還が成された。つまり「台湾と澎湖諸島は国際法上は未だ我が国の領土である」という意見があるのを紹介しておこう。

 三国干渉で遼東半島が返還されると、清と「露清密約」を結んでいたロシアは、我が国が手放した遼東半島の南端に位置する旅順・大連を租借すると、直ちに旅順に太平洋艦隊の基地を造るなど、満洲への進出を謀ろうとする。

 清で発生した「義和団の乱(義和団事変、義和団事件)」の混乱収拾を理由にロシアは満洲へ侵攻し、全土を占領下に置くこととなって行った。

 当時、国内では、伊藤博文を始め「日露戦争回避派」が大勢を占めていたが、徐々に「ロシアとの開戦已む無し」の声は大きくなり、明治37年2月8日、旅順港に停泊していたロシア旅順艦隊に日本海軍駆逐艦が奇襲攻撃に至った。

 同日、日本陸軍先遣部隊が朝鮮の仁川に上陸。翌9日、仁川港外にて同地に派遣されていたロシアの巡洋艦ヴァリャーグと砲艦コレーエツを攻撃し自沈に追い込んだ。この「仁川沖海戦」でロシアとの火蓋が切られ、翌10日、ロシアに宣戦布告。

 その後の戦いも熾烈を極め、「黄海海戦」「遼陽会戦」「旅順攻略」「奉天会戦」と、生死を分ける戦いが行われ、明治38年5月27日から28日にかけて繰り広げられた「日本海海戦」で我が国が起死回生の劇的大勝利を収めることになる。

「樺太攻略」も日露戦争の延長であり、樺太を全占領した我が国はその後の「ポーツマス条約」の講和によって南樺太の主権を有することとなる。この事実からも「北方四島」返還運動が如何に欺瞞に満ちたものであるかが分かるというものだろう。

「開戦記念日」というと、真珠湾攻撃に至る12月8日を思い浮かべる人が殆どだろうが、今日、2月10日は日露戦争の宣戦布告が成された「開戦記念日」である。

 明治人は国家主権快復の為に気概と誇りを以て爽やかに戦った。現代を生きる我々は、道徳に優れ教養と武士道精神に長けていた明治人の覇気に学ばねばならない。

※コメントは煩わしいので会員のみにさせて頂いております。コメント入力希望の方や御意見、メッセージは mr.cordial@live.jp へ御気軽にどうぞ。

〈会費&御支援〉みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ

cordial8317 at 07:04|PermalinkComments(0)

2021年02月09日

明治37年2月9日「仁川沖海戦」を以て日露戦争が勃発

 明治37(1904)年2月8日、旅順港に停泊中のロシア旅順艦隊に日本海軍駆逐艦が奇襲攻撃。日本陸軍先遣部隊が朝鮮仁川に上陸。翌9日、仁川港外に派遣されていたロシアの巡洋艦ヴァリャーグと砲艦コレーエツを攻撃し自沈に追い込んだ。

 この「仁川沖海戦(じんせんおきかいせん)」を以て日露戦争の火蓋が切られることとなり、翌10日、我が国政府はロシアに宣戦布告する。

 極東の小国であった我が国と、世界最大の軍事大国ロシアとの民族の生死を賭けた戦いは1年半にも及び、我が国が奇跡的大勝利を成し遂げた。

 固唾を呑んで見守っていた世界の人々の誰もがロシアの勝利を疑わず、そんな中での「日本大勝利」の報は極東小国日本の存在を世界に知らしめ、驚嘆させた。

 戦前、ロシアに占領や弾圧されていたフィンランド、トルコ、ポーランドの国々や、有色人種として差別されていた国家や民族にとっての日露戦争とは、国家と民族の存在を根本且つ決定的に変える程の影響を齎したのである。

 15世紀に始まったヨーロッパ人に因るアフリカ・アジア・アメリカ大陸への大規模な航海が行われた「大航海時代」以来、白人による世界制覇の滔々たる流れがアジアにも押し寄せ、江戸幕府も対応に苦慮したことは想像するに難い。

 我が国は危機感を以て迅速に明治維新の大業を成し遂げた。その後に起きた日清戦争、そして国家の存亡を賭けた日露戦争で我が国が勝利したことによって世界は大きく変化し、全世界の有色人種に強烈な影響を与えることなった。

 インドのガンジー、ネール、ビルマのオッタマ・ミール、フィリピンのリカルテ、ベトナムのファン・ボイ・チャウ、エジプトのムスタファ・カミール、トルコのケマル・パシャ等等、多くの英雄が日露戦争で日本の戦いの影響を受けた。

 大国ロシアに日本が勝利すると世界各地で「日本大勝利」に狂喜し、有色人種が白人に劣らないことに確信を持ち、各地で独立運動が湧き上がり、米国内でも黒人に人種平等の自信を与え、黒人解放運動の支えとなったのだった。

 黒人誌の「インディアナポリス・フリーマン」は当時、次の様な社説を掲げた。

「東洋のリングで黄色い男達のパンチが白人を打ちのめし続けている。事実ロシアは繰り返し何度も日本人にこっぴどくやられて、セコンドは今にもタオルを投げ入れ様としている。有色人種がこの試合をものにするには、もう時間の問題だ。長く続いた白人優位の神話が、遂に今突き崩され様としている」

 日露戦争勝利から15年後、パリ講和会議に於いて日本の全権使節団は、国際連盟規約に「人種平等の原則」を入れる提案を行う為にパリに向かう。

 途中、ニューヨークに立ち寄った折に、黒人指導者四人から「世界のあらゆる人種差別と偏見を無くす事に尽力して欲しい」という嘆願書を全権団が受け取った。

 だが、我が国の全世界の人種平等の願いは、議長を務める米国大統領ウイルソンに、「全会一致」との詭弁を弄されて、この要請は虚しくも拒絶されてしまう。

 結局、日露戦争が齎した歴史的課題である「人種平等の原則」の本格的実現は、その後に起こる大東亜戦争後に実現し、その歴史的大使命が果たされるのだった。

 こうした歴史的現実を顧みれば、我が国は先の大東亜戦争に敗れはしたが、その戦いには人種平等という大義があり、正に聖戦だったことが理解出来よう。

 世界史にとっても日本史にとっても重要な「日清戦争」や「日露戦争」の意義と大勝利という輝かしい出来事が、何故か余りにも軽く扱われているのは、未だ我が国がGHQが謀った戦後民主主義教育から脱却出来ていない証左でもある。

 嘗てアジアと欧米列強に呻吟していた国にとって希望の星であった日本が、国家の大本と歴史を忘却し、いつまでも米国の配下に甘んじてて好い筈がなかろう。

 日露戦争勃発の記念日に当たり、先人が決然たる態度で一戦を決した日清・日露の大英断を、そして大東亜戦争の大義を「民族の魂の記憶」として誇り高く、永く後世に継承して往かねばならないとの決意を新たにする。すめらぎいやさか。

※コメントは煩わしいので会員のみにさせて頂いております。コメント入力希望の方や御意見、メッセージは mr.cordial@live.jp へ御気軽にどうぞ。

〈会費&御支援〉みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ

cordial8317 at 06:15|PermalinkComments(0)

2021年02月08日

森バッシングに味を占めた連中が次に謀るのは「女性天皇論」だろう

 森喜朗東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長への総バッシングは左翼が謀った男女共同参画社会や男女雇用均等法の弊害である。森の発言が曲解や歪曲されて世界に発信されたことは我が国の汚点には違いない。

 そういう意味では森の発言は不徳の至りでもあるが、単なる女性への揶揄的発言を「女性差別」の大問題として煽り立てて批判してる連中こそ怪しからんことだ。

 以前にも「女性が土俵に上がれない」ことをして、相撲協会や日本全体が女性差別をしているかの如くに大騒ぎし、国内外の反日メディアが取り上げて、「女性差別は日本の風習である」かのような報道を世界にバラ撒いたことがあった。

 相撲協会は伝統や風習を継承しているだけのことで女性差別ではない。女性への差別や蔑視という次元で批判していることこそ日本差別そのものではないか。

 大相撲というのは、明治維新後に「断髪令」が発せられても丁髷の伝統を貫き、国歌「君が代」を斉唱し、「天覧相撲」を行い、「国技」を自称して来た保守の牙城とも言うべき存在である。それが気に入らない勢力が存在するのも事実。

 我が国の歴史・伝統・文化を否定している左翼陣営がそうで、そうした連中が大相撲批判を繰り返している。反天皇運動も同じで、森バッシングも似たり。森バッシングが悪質なのは、批判してる側が反日勢力に利用されてる自覚が無いことだ。

「女性差別」や「女性蔑視」を振り翳すことで成果を上げた勢力は、今後は「日本という国は女性差別や女性蔑視が罷り通る国だ」として、男系男子に限られている皇位継承に繋げて「女性天皇」や「女系天皇」論を謀って行くだろうことは必至。

 左翼と反日の巣窟である「国連女子差別撤廃委員会」が男系男子に限られている皇位継承に関して、皇室典範の改正を女性天皇を強要したことは記憶に新しい。

 国連というのは別名「戦勝国」。その主たる目的は日本バッシングであり、敗戦国なのに目障りな日本の国力を、悉く削ぎ落そうという策謀が見え隠れする。

 所謂「従軍慰安婦問題」でもそうだったが、我が国が女性を差別し、恰も日常茶飯事的に女性の人権を侵害しているかの様な国連のクソどものらの反日且つ一方的な物言いに、違和感と怒りを覚えるのは愚生だけではあるまい。

 皇室の神事の一つ「皇霊祭」では、生理中の女性皇族は参加出来ない。神事では生理は「穢れ」の一つと考えられているからだ。左翼や反天皇勢力からは「生理は汚らわしいものではなく、女性差別、女性蔑視だ」との抗議の声が上がる。

 生理中、女性というのは情緒不安定になるというし、そうした女性の体調を気遣うのは当たり前のことで、差別という次元で語ることが不思議でしょうがない。

 生理中の女性への対応は何も皇室だけの例外ではない。イスラム教では生理中にはモスクには入れないし、ユダヤ教でも生理中の女性との握手を禁じている。こうした対応は別に女性差別というものではなく伝統の中で培った教えである。

「女系天皇論」も女性差別を理由に論じられているのだが、左翼や反天皇勢力というのは考えが偏向してるのもそうだが物事の見方が実に薄っぺらいものばかり。

 それでは聞くが、126代続く天皇の歴史の中で8代10人の女性天皇がいる何処が女性差別なのか。歴代ローマ法王に女性はいないし、ローマ法王を選ぶ枢機卿にさえ女性はいない。「女性差別撤廃」というならこれも女性差別ではないのか?

 日頃「レディーファースト」と自慢し、女性を持ち上げている国でも伝統とはそういうものである。ローマ法王や枢機卿に抗議もしない国連女子差別撤廃委員会が、我が国の皇統に口出しするのは、要は「日本差別」と「日本人差別」である。

 自民党幹事長の二階俊博が、常々「女性尊重の時代に天皇陛下だけはそうはならんというのは可笑しい。時代遅れだ」との認識を披歴してるが、二階の発言は「国連女子差別撤廃委員会」が皇室典範の改正を強要したのと同じ流れである。

 皇統を女性差別で語るマヌケさを自覚せずに、日本差別著しい国連の御先棒を担ぐとは、政権与党幹事長としての資格に乏しく、己の短慮を恥じるべきだ。

 政府や皇統断絶を目指すインチキ有識者らは、皇室典範第12条の「皇族女子は、天皇及び皇族以外の者と婚姻したときは、皇族の身分を離れる」との条項改正を理由に、「女性宮家」創設と「女系天皇」誕生を謀っていることは周知の通り。

 また、日本国憲法第2条には「皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」と、皇位は「世襲」であると記されているが、二階はこの条項を知った上で敬宮愛子内親王の即位を謀る。

 現憲法下で女性天皇・女系天皇を容認する勢力は現憲法第2条を楯に、皇室典範の改悪と敬宮愛子内親王こそ世襲の筆頭であるとし、国連女性差別撤廃委員会と足並みを揃え女性天皇誕生を謀るだろうが、断固として阻止せねばならない。

※コメントは会員のみにさせて頂いておりますが、コメント入力希望の方はパスワードを教えますのでmr.cordial@live.jpへ御気軽にメールを寄せられたい。

《会費&御支援》みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ

cordial8317 at 18:32|PermalinkComments(0)

2021年02月07日

「北方領土の日」は2月7日ではなく5月7日にすべし!

 本日は「北方領土の日」。己の土地を他人に奪われて黙っている者はいないだろう。況してや父祖伝来の国土が強奪されて泣き寝入りする民族が何処にあろうか。

「北方領土奪還」は正に日本民族の悲願である。ところが、戦後65年以上経った今日でも、北方領土問題は未だ解決の糸口すら見えて来ないのは一体何故なのか。

 思うに、領土主権の重要性に対する認識不足と、如何に不法に占拠されたかの真相把握が欠如していること、更には、ロシアへ(ソビエト共産党)の認識の甘さと対応の甘さ等が綯い交ぜとなった結果が、未解決の根源であろう。

 北方領土は「日露和親条約」並び「樺太・千島交換条約」「日露講和条約」締結により、歯舞、色丹、国後、択捉の4島を含む、北は占守(シュムシュ)島から得撫(ウルップ)島の全千島列島と南樺太が固有の領土となった。

 領土問題では、共産党が「全千島、南樺太の主権」を訴えているが、この認識が正しく「4島返還決議」の返還要求こそ軟弱土下座外交の極みである。

 先人達の外交努力を無視し、全千島と南樺太の主権が在るにも拘らず、4島のみの領有権主張を明記し、見す見す権利を放棄するとは理解に苦しむ。領土問題などの外交での譲歩は「更なる譲歩を生むだけである」ということを自覚すべし。

 安政元年(1855年)2月7日、下田で「日露和親条約」が締結され、歯舞・色丹・国後・択捉4島と千島列島の間に境界線が引かれ、樺太を混住の地と決めた。

 その後、明治8年(1875年)5月7日には「樺太・千島交換条約」が交わされ、樺太の北側を千島列島と交換し、南樺太と全千島が日本に帰属した。

「北方領土の日」は、江戸幕府時代に締結した「日露和親条約」を論拠とする2月7日より、日本国として「樺太・千島交換条約」を締結した5月7日が相応しく、2月7日にしていることは国民への目晦まし且つ弱腰外交と断じざるを得ない。

 右翼民族派は、国際法規である「日ソ不可侵条約」が蹂躪された8月9日を「民族痛恨の日・反ロシアデー」として「北方領土奪還」を訴えている。

「北方領土の日」を8月9日にせよとは言わない迄も、南樺太・全千島が日本に帰属した5月7日に訂正し、北方領土の歴史の事実と悲劇の現実を啓蒙すべきだ。

 1945年(昭和20年)2月、米国のルーズベルト、ソ連のスターリン、英国のチャーチルがクリミア諸島のヤルタで密談。ルーズベルトは千島列島をソ連に引き渡すことを条件に、日ソ中立条約の一方的破棄を進言し、ソ連の対日参戦を促した。

「ヤルタ協定」では、ソ連が日本との戦争に参戦すること、南樺太をソ連に返還すること、千島列島をソ連に引き渡すことなどが決められたという。

 この密約に従ってソ連は、ドイツが無条件降伏した約3ヵ月後の8月9日未明に「日ソ不可侵条約」を一方的に破棄し対日宣戦を布告、ソ満国境を越えて侵略。

 日本人を虐殺、婦女子を強姦、鬼畜の如き行為を繰り返し、軍人、軍属、一般人を含め80万人以上の人間をシベリアへ抑留し、半数以上を凍死、餓死させ現在に至っている。日本人はこうした悲劇を決して忘れてはならない。

 ロシアは「ヤルタ秘密協定」を楯に北方領土の主権を主張しているが、「ヤルタ秘密協定」こそが国際法的にも意味を成さない協定なのだ。

 日本は「樺太・千島交換条約」並びに「ポーツマス条約」を論拠に領土の主権を主張をすべきで、4島返還要求など言語道断と断じる他はない。

 ロシアに対し毅然と4島を含む南樺太、全千島列島の即時返還と国際法規の蹂躙と蛮行の謝罪要求すべきである。韓国に不法占拠されている「竹島」も然り。

 最近では沖縄県尖閣諸島の領有権を、支那や台湾が自国領だと主張しているが、これは戦後、歴代の政府や国会が、領土主張を疎かにしてきた結果だ。

 世界の各地で民族争いの中で国境紛争が頻繁に起きている。世界では寸土たりとも主権確立には戦いをしてまで死守しているのが世界の常識。奪われたものは奪い返す以外に解決手段は無い。北の島々に眠る御霊と共に還れ北方領土!

※コメントは会員のみにさせて頂いておりますが、コメント入力希望の方はパスワードを教えますのでmr.cordial@live.jpへ御気軽にメールを寄せられたい。

《会費&御支援》みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ

cordial8317 at 07:20|Permalink

2021年02月06日

森喜朗バッシングは男女共同参画社会や男女雇用均等法の弊害

「女性が沢山入っている理事会の会議は時間がかかります」との森喜朗東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長へのバッシングが止まらない。女性への揶揄や冷やかし程度の発言を赦さない風潮や不寛容さにはうんざりする。

「井戸端会議」という言葉がある。井戸の側で女性が水汲みや洗濯をしながら世間話をすること。暇を見つけて集まってする他愛のない御喋りのこと。

 女性というのは多く集まると余計な話に及んで長くなるというのは別によくあること。幼稚園に子供を送って行ったのは好いが親同士の会話が弾み、子供が帰ってくる時間になっても同じ場所で話し込んでたなんていう笑い話もある。

 話の途中で帰宅したものなら他の主婦らからどんな悪口を言われるか分からないから、つい長居をしてしまうなんていうのも女性ならではの性だろう。「女性っていうのは競争意識が強い」という森の発言には一理あると思う。

 女性というのは融通が利かない。この発言で注目するのは、冒頭の「女性理事を選ぶというのは、日本は文科省が五月蠅く言うんですよね」との発言だ。

 この発言こそが「男女雇用均等法」や「男女共同参画社会」への疑義と捉えられ、これらの企画を謀った左翼勢力の逆鱗に触れたことで左翼マスコミが国民世論を煽り、ネット民やインチキ人権派が尤もらしく批判しているだけのこと。

「男女共同参画社会」は「共産(共参)社会の実現」が目的。これらの企画は、総理府や国立婦人教育会館に巣食っていた元全共闘系と共産党系の女革命家や、ジェンダーフリーを叫ぶ性的変質者ら革新的左翼が共同謀議的に考案したものである。

「男女雇用均等法」も同じ様なもの。男女雇用均等法は、女性の地位向上を謳って改正されているが、能力主義や実力主義ではなく、管理職や理事などの特別職の男女の比率を均等にしようというのは日本社会にそぐわない規則だ。

 森が文科省からの「女性理事」選定の要請に疑義を呈したのも、男女という性差ではなく「能力主義」にすべきだとの意識が強かったのではあるまいか。

 国體破壊に繋がる愚策が、保守政党を自任している自民党政権下で疑いも無く導入し、今では男女共同参画担当大臣までいるという御粗末さは厭きれるばかり。

 こうした愚策を続けることは国體護持の上からも問題が有り過ぎる。男女共同参画社会や男女雇用均等法は「国連女子差別撤廃委員会」の提言が元凶である。

 女性差別や女性蔑視を理由に「国連女子差別撤廃委員会」が、男系男子に限られている皇位継承に関して皇室典範の改正を強要したことは記憶に新しい。

 126代続く天皇の歴史の中で8代10人の女性天皇が存在してるが、我が国の皇位継承を男系男子に限られていることの何処が女性差別なのか。国の伝統に口出しするのは如何なものか。ならば、ローマ教皇(法王)の歴史はどうなのか。

 歴代ローマ法王に女性はいないし、ローマ法王を選ぶ枢機卿にさえ女性はいない。「女性差別撤廃」というならバチカンにも抗議したら如何か。

 日頃「レディーファースト」と自慢してる国でも伝統というのはそういうもので、我が国の皇統まで口出しするなら、ローマ法王の選出方法や枢機卿にも抗議すべきだと思うが、抗議したとしたところでけんもほろろに拒否されるだろう。

 伝統を守るというのはそういうことでもある。抑々、我が国の最高神である天照大御神は女性の神だ。我が国こそがレディーファーストを身を以て実践している。

 女房(かみさん)とは「神さん」であり、女房を「山の神」とも言って崇めてもいる。女性の神に仕えるのは、やはり女より男の方が好ましい(笑)

 そういやその昔、森政権が誕生して間もなく「日本は天皇を中心とした神の国」と発言したことでバッシングを受けて首相を辞めさせられたのは記憶に新しい。

 米国の教科書でも「日本はアマテラスの神の国」と教えているのに、日本の総理大臣が「日本は天皇を中心とした神の国」と発言し批判され辞任とは摩訶不思議な出来事だった。そういう意味では、森というのは批判され易いのだろう(笑)

 相手が謝罪したらそれを諒とするのが日本人の美徳だが、謝罪しても赦さないというのは日本人の美意識の欠落甚だしい現象でもある。大病を患いながらも頑張っている老人の失言を論い、正義面してバッシングしてさぞや満足に違いない。

 森の女性への揶揄に噛付いて大騒ぎしながら中共のウイグルへの人権蹂躙には口を噤む不思議。中共が自国に有利な法案を制定し尖閣列島や周辺諸国への恫喝と併呑を謀っていることに危機感を持つべきだし、チョッとは滅私奉公しなさいな。

 昨今、国家観を持たないインチキ保守政治家が席巻してる中で、森喜朗というのは人情味に溢れた自民党政治を代表する様な政治家はいないのではなかろうか。それ故に、左翼マスコミやアホ野党から忌み嫌われてしまうのだろう。

 森喜朗はその昔、愚生が所属していた防共挺身隊にとある一件で石川県の自宅に押しかけられ抗議されたことがある。さぞや恨んでると思いきや、都内で流し街宣をしていると宣伝車の前に突然、黒塗りのセンチュリーが停まった。

「いや~防挺さん」と出て来たのは、当時自民党の幹事長だった森喜朗だった。言論の自由を振り翳すマスコミが言論の自由を奪う不条理。ガンバレ、森(笑)

※コメントは会員のみにさせて頂いておりますが、コメント入力希望の方はパスワードを教えますのでmr.cordial@live.jpへ御気軽にメールを寄せられたい。

《会費&御支援》みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ

cordial8317 at 08:44|PermalinkComments(0)

2021年02月05日

1945年(昭和20年)2月4日から11日にかけて行われた「ヤルタ密約」

 第二次世界大戦中の1945年(昭和20年)2月4日から11日にかけて、米国のルーズベルト、ソビエト連邦(ソ連)のスターリン、英国のチャーチルらがクリミア諸島のヤルタに集い会談が催された。所謂「ヤルタ会談」である。

 この時、ルーズベルトは「南樺太のソ連への返還」と「千島列島のソ連への引き渡し」を提示して唆し、「日ソ中立条約」の破棄を進言し対日参戦を促した。

 ソ連は、このヤルタでの密約に従ってドイツが無条件降伏した約三ヵ月後の昭和20年8月9日未明に、我が国と締結していた国際法規を蹂躙し参戦し、ソ満国境を越え鬼畜の如き蛮行を繰り返し、南樺太並びに全千島列島を強奪した。

 現在も、ロシア側は「ヤルタ密約(ヤルタ協定のうち極東密約)」を根拠に北方領土の主権を主張しているが、ヤルタ密約の有効性について英国政府は、ヤルタ会談翌年の1946年2月に疑義を呈していたことが明らかになっている。

 英国立公文書館所蔵の英外交電報では、対日参戦後のロシアの四島占拠は「根拠なし」として、米英ソがヤルタ密約を公表する2日前に、英外務省から全世界の在外英公館54ヶ所に「緊急且つ極秘」として一斉に送られている。

「ルーズベルト大統領が権限を越えて署名したことや、米上院の批准もない状況下での有効性について米国内で論議が起こるかもしれない」として、「(英国は)その議論に巻き込まれないよう注意すべきだ」とも警告している。

 チャーチル首相が1941年8月、ルーズベルト大統領と領土不拡大の原則を謳う「大西洋憲章」に署名しており、ヤルタ密約がこの大西洋憲章に反するとの英政府の認識が示された形だ。「露の四島占拠根拠なし」は米英の共通した認識でもある。

 一方、米国では1953年に就任した共和党のアイゼンハワー大統領が、年頭教書演説で「あらゆる秘密協定を破棄する」と宣言していることに括目したい。

 宣言から3年後の1956年には、アイゼンハワー政権が「ヤルタ協定はルーズベルト個人の文書であり、米政府の公式文書でなく無効である」との国務省声明を発表し、ソ連の北方領土の占有に法的根拠がないとの立場を鮮明にしている。

 ヤルタ協定に参加した米英が、ロシアの北方領土の主権に疑義を呈している中で、何故に当事国の我が国がロシアの主張を認め、北方領土や南樺太での鬼畜の如き蛮行を赦すが如くに「二島先行返還」を主張するのか理解に苦しむ。

 ロシアは第二次大戦の戦勝国として、米英首脳との「ヤルタ協定」を楯に北方領土の主権を主張しているが、ヤルタ協定こそ国際法的にも意味を成さない協定である。サンフランシスコ平和条約の千島関連の条項もまた然り。

 ロシア側の主張は、「カイロ宣言」などに明記されている「領土不拡大」という戦後処理の大原則を蹂躙するもので、北方領土への侵略行為はスターリンの主張を踏襲しているが、カイロ宣言にはスターリン自身も署名しているではないか。

 こうしたリシア側の矛盾と不当性を糾した上で、我が国の領土主権の正当性を内外にアピールすべきである。我が国の弱腰軟弱土下座外交から返還要求こそが、未だに領土問題が解決しない元凶である。「二島先行返還論」を撤回せよ!

※コメントは会員のみにさせて頂いておりますが、コメント入力希望の方はパスワードを教えますのでmr.cordial@live.jpへ御気軽にメールを寄せられたい。

《会費&御支援》みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ

cordial8317 at 05:38|PermalinkComments(0)

2021年02月04日

全国の小中学校から二宮尊徳像が次々と撤去されたマヌケな理由

 その昔は全国の小中学校には二宮尊徳(金次郎)像が置かれていた。だが、戦後になると次々と撤去され始め、昨今では像が残っている学校は珍しくなった。

 二宮尊徳像が撤去された理由というのが、「児童の教育方針にそぐわない」「歩いて本を読むのは危険だ」「努力を尊ぶ姿勢は受け継ぎたいが、子供が親の命令で働く姿を勧めることは出来ない」という愚にも付かないものばかり。

 教育委員会も「戦時教育の名残」「歩いて本を読むのは危険」とのアホ左翼の意見を優先しているが、教育委員会とは日教組や全教と同じく教育崩壊の元凶となっている。教育こそ国の大本であり、教育の再生こそ我が国の急務である。

 二宮尊徳ほど、戦前と戦後の評価が二分された人物も稀だろう。今や「尊徳」の教えは忘れさられ「損得」ばかり勘定する日本人が多くなったことは実にさもしい。

 戦前の道徳教育である「修身」では、尊徳の唱えた「勤倹・分度・推譲」の思想が教えられ、模範的な日本人の倫理観とされた。だが、戦後のGHQの徹底した戦後民主主義教育の実行により尊徳の教えは「危険である」と一掃されてしまった。

 倫理観が欠落し教育の荒廃が叫ばれて久しい今こそ、尊徳の教えを子供達に伝えて行くべきだろう。尊徳の生立ちや業績を書いた「報徳記」や、尊徳の言葉を記した「二宮翁夜話」が有名だが、二宮翁夜話の中から幾つか摘記してみよう。

【積小為大】「大事をなそうと思ったら、小さな事でも怠らず努力することだ。全ての物事は小が積もって大になる。ところが、小人物に限って最初から大きな事を欲し、小さな事を怠るものだから、結局は何も出来ないで終わっている」(十四条)

 元参院議員でタレントの西川きよしじゃないが「小さなことからコツコツと」と同じだが、この哲理を見出したのが金次郎17歳というから驚く。

【心田開発】「土地の荒廃の本は人間の心が荒れているから起こるのである。私の道では先ず心の荒れを耕すこと。心の荒廃を耕したら、次は田畑の荒地を開き、水を引き、苗を植えて、熟田にしていけば、自ずから国が富強になることは間違いないのだ」(続二十四話)

 尊徳が再建に取り組もうとした領地は荒れ果て、農民たちは惰眠を貪り誰も働こうとしない。そこで尊徳は、その前に農民たちの心を耕すことを試みたという。

 目先の難問を解決したところで、同じ事が起こるのは目に見えている。尊徳の荒地とは違うが、 財政再建で有名な歴史上の人物と言えば、米沢藩第九代藩士の上杉鷹山だろう。鷹山が先ず手を付けようとしたのが領民の心の改革であった。

「単に帳簿上の赤字を克服すれば財政再建が出来るという訳ではない。今は困窮の余り、この国の人々は目先の利益のことしか考えず、他人のことを思い遣れなくなっている。人々の心にも赤字が生じてしまったのだ。これを克服しなければ、喩え帳簿上の赤字を克服したとしても、また同じことを繰り返すだろう」

 二宮尊徳も鷹山のこの教えに学んだのではあるまいか。そうした経験から尊徳は「経済なき道徳は戯言であり、道徳なき経済は犯罪である」と訓えている。財政再建は、帳簿上の克服と同時に道徳教育の徹底を図らねばならないということだ。

 道徳教育で大事なものは何より幼年期の「躾」であり、親の躾は勿論のこと保育園や幼稚園、そして小学校低学年での教えがその子の将来を決定付けると言っても過言ではない。道​徳教育の根本は「教育勅語」に示されている通りである。

【至誠実行】「私のやり方は至誠と実行有るのみである。私は才知とか弁舌など尊ばない。才知弁舌は人には効き目が有るかも知れないが、鳥獣、草木を騙すことは出来ない。そこへいくと私の方法は至誠と実行だけだから、米麦でも野菜でも、蘭でも菊でも、皆に通じてこれらを繁栄させることが出来る。凡そ世の中のものは、知識や学問が有っても、至誠と実行が無かったら何事も成就しないことを知らなければならない」(百三十九話)

 至誠の実行こそ尊徳の実践哲学の根本とも言えよう。道徳教育を学び、教育勅語を諳んじられたとしても意味は無い。学んだことを実行することこそ肝要である。

【勤・倹・譲】「私の報徳の道は、勤・倹。譲の三つである。勤とは、衣食住に利用出来るあらゆるものを骨身惜しまず生産すること。倹とは、その作り出したものを有効に活用し無駄にしないこと。そして譲とは、衣食住の三つを他に譲り及ぼすことである。但し、この譲には色々有って、今年のものを来年の為に蓄えるのも譲、子孫に譲ったり、親戚、朋友、郷土、国家の為に譲るのも譲である。その人の分限に於いて出来るだけ多くを譲る様にしなければならない。勤・倹・譲の三つは、鼎の三本足の様なもので、一本でも欠けたら報徳の道は立たないことになる」(続四十三話)

 報徳実践の三大哲学で、一般には「勤労」「分度」「推譲」の実行として教えられている。 こうした尊徳の教えは、明治資本主義の創成期に活躍した渋沢栄一や安田善次郎、御木本幸吉、松下幸之助など多くの実業家に影響を与えた。

 金次郎少年は賢人の名言集から学び、それを全力を実践した。我が国の将来を担う子供達にこそ、二宮尊徳(金次郎)の精神を教えて行かねばならない。

※コメントは会員のみにさせて頂いておりますが、コメント入力希望の方はパスワードを教えますのでmr.cordial@live.jpへ御気軽にメールを寄せられたい。

《会費&御支援》みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ

cordial8317 at 06:26|Permalink

2021年02月03日

文章の極意は難解なものは易しく、易しいものは格調高く(伊藤仁斎)

 儒学である「論語」「孟子」は、浅学な愚生には哲学的過ぎて理解し難いものがある。儒学を「日本の儒学」に確立した人物が伊藤仁斎。仁斎の儒学は、同じ儒学の朱子学とは一線を画し、庶民でも理解出来る様にと易しく説いている。

「読書百編義自(おのずか)ら見(あらわ)る」として「論語」「孟子」を読むのも好いが、儒学の入門書として仁斎の「童子門(どうじもん)」に優るものはない。

 真理の道は「仁・義・礼・智」であり、聖人(孔孟)は善を成し、悪を遠ざけ、徳を磨く様に勧め「忠・信、敬・恕」も人間の本性の善を維持する拠り所となる。「童子門」では、「仁」とは、徳のうちでもっとも最大最高のものであると説く。

「仁」について、「これを一言でいうなれば、愛そのものである。それは君臣の関係に於いては義といわれ、父子では親といわれ、夫婦では別といわれ、兄弟では序といわれ、朋友では信といわれるが、みんな愛から発したものである(三十九条)」
 
 仁斎は、寛永四(1627)年、京都の材木商の子として生まれた。石田梅岩と同じ町人出身ということが影響し、その教えは実に分かり易いものが多い。

 仁斎が登場するまで、日本の儒学は朱子学の独壇場であったが、仁斎はこれを孔孟説を歪曲するものとして「論語」「孟子」に戻ることを提唱したのである。朱子学が全盛の時代に「論語」「孟子」以外は無用というのも勇気ある提唱だろう。

「論語」も「孟子」は各章薀蓄のある名句が並ぶが、理解し難いものが少なくない。だが、仁斎の「童子問」を読むと孔孟の言葉が理解した気になるのは不思議だ。仁斎こそ、大陸の儒学を「日本の儒学」として確立したというのを理会する。

 今日でも大学教授や売文屋らが書いた儒学の書物に目を通すと、やたら難しい言葉を羅列し自分に酔っているが、結局何を言いたいのか分からないものばかり。右翼人の中でも四書五経を然も自分の思想であるかの様にひけらかす輩がいる。

 請売りばかりで自分の言葉になっていないから相手に響かない。武士道で一番嫌われるのが「衒学」だが、真に学問を積んでいれば衒学臭くはないものだ。 

 仁斎はこういうものを「邪説」を振りまく輩と喝破し、「難解なものは易しく、易しいものは格調高くというのが文章の極意」と説いている。弟子に「先生の説は余りにも卑近過ぎて平俗過ぎるのではないですか」と問われ、こう答えている。

「卑近で平俗ということは常識ということである。常識こそ真理なのだ。難しくて高邁なものは空理空論である。学問とは世の為人の為に役立つものでなければならないのだから、卑近であるのが当然である。日常生活を軽視する者は、道を究めることは出来ない。(二十四章)」。蓋し正論である。

「童子問」を読むと、解り難かった儒学というのが親しみ易くなるのは、これこそ仁斎の趣意であり、日本独自の儒教と謂われる所以なのである。

 本来、学問とは他人を説得したり、論破したりするものではなく、自分自身がどう生きて行くかといったことに答えを見出すものでなくてはならないという。

「石門心学」の祖といわれている石田梅岩は、学問とは「人倫を明らかにし、身を敬み、義を以て君を尊び、仁愛を以て父母に事え、信を以て友に交わり、広く人を愛し、貧窮の人を憐み、功あれども伐(ほこ)らず、万事約を守り、家業に疎からず、入るを量って出すことを知り、法を守って家を治めること」だと訓えている。

 吉田松陰は、「学問をする眼目は 自己を磨き自己を確立することにある」と訓え、頭山満も「沈勇を心掛けよ」と訓えている。学ぶことで自分自身を鍛え上げることが、自然に相手や周りまでも好い影響を与えるものとなるという。

 右翼のカリスマと言われた野村秋介は、「人を動かすものは決して理論などではなく、自分の謙虚な反省に基づく人間性以外にあり得ない」と教えていたが、学問や理論よりも何をするにもやはり人柄が大事なのは言うまでもない。

 右翼というのは愚生も含め、日本人としての正論を語っていながら世間から忌み嫌われるのは、人となりに問題があるのだろう。先ずは人格形成の向上を図り、一維新者として斯く生きるべきだということを学ばねばならないのだと痛感する。

※コメントは会員のみにさせて頂いておりますが、コメント入力希望の方はパスワードを教えますのでmr.cordial@live.jpへ御気軽にメールを寄せられたい。

《会費&御支援》みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ

cordial8317 at 05:55|Permalink

2021年02月02日

ミャンマー国軍がクーデターを実行しスー・チーら政権幹部を拘束

 ミャンマー国軍がクーデターを実行。ウィン・ミン大統領と国家顧問兼外相のアウンサン・スー・チーら政権幹部を拘束した。スー・チーを民主化の象徴と讃えて発足したミャンマーの民主化は10年足らずで軍事政権に逆戻り。

 米英やマスコミはミャンマー軍事政権を非難し、スー・チーを民主化運動指導者と持ち上げ、「スー・チーこそがミャンマーを救う」かの様な報道が目立つが、ミャンマー(旧ビルマ)の歴史はそんな簡単なものでは語れない。

 十五世紀の大航海時代以来、白人による世界制覇の滔々たる流れがアジア諸国にも押し寄せ、次々と欧米帝国主義の植民地として蚕食される。

 国王が支配し、歴史を有するビルマも英国の植民地となった。英国は非情にも国王をインドに流し、王子を殺し、王女はインド兵に与え王家を絶やした。

 国王が住んだ城を監獄に造り替え、インド人や華僑を入れ、ビルマを多民族多宗教国家に変えた。改変されたビルマはインド人が金融を仕切り、華僑が商売を担い、山岳民族が軍と警察を握り、ビルマ人は最下層の農奴にされた。

 英国にズタズタにされたビルマは、第二次大戦後戦後独立を快復すると英国的なものを全てを排除した。アウンサンの暗殺もその一つだった。犯行は元首相のウ・ソーとされているが、英国が仕組んだものだということは歴史的事実である。

 奴隷制度や残虐行為が明るみに出れば、アジアで残虐行為をやったのは日本ではなく、白人国家だった事がバレると危惧した欧米は口を揃えてビルマ非難を始めた。

 その工作に利用されたのがアウンサンの娘スー・チーだった。英国人に父親を殺されたスー・チーは反英国の象徴になると思われていたが、当時15歳のスー・チーを英国に連れ出し、英国人として教育、洗脳し、英国人の男性と結婚させ手懐けた。

 スー・チーは祖国のビルマではなく宿敵の英国に忠誠を誓い、英国に背く祖国を非難し、「植民地支配の糾弾事業」を潰し、ビルマ政府を軍事政権と非難し続けた。そんなスー・チーの功績が認められノーベル平和賞を受賞するに至った。

 90年代、極貧に喘ぐビルマは中共に支援を求めた。議長のタンシュエは反対する良識派を追放し実権を握ることとなるのだが、これを機にビルマに雪崩の様に入り込んだ支那人が金融も商売も独占し、政治も共産化して行った。

 民生移管に向けた総選挙では中共に国を売ったタンシュエ一派全員が予想通り全員当選。選挙自体、民主化とは程遠いものだというのは誰の目にも予想出来る。

 昨年11月に行われた選挙では、スー・チー率いる国民民主連盟(NLD)が政権を維持する結果となるも、「結果は不正だ」としてクーデターが実行された。

 スー・チーは軍事政権を批判し、反政府活動をしたところでミャンマーとミャンマー国民は救われることはない。ビルマは既に中国共産党の支配下の様なもの。役目を終えたスー・チーが、中共に擦り寄り、それを軍部が警戒し拘束した。

 明治19年、ビルマを視察した情報将校の福島安正は、人々が英国の支配下で奴隷の如く酷使され、理由もなく鞭打ちされ、無闇矢鱈にビルマ人が射殺されている光景を目の当りにし「同じアジア人として義憤に駆られた」と語っている。

 明治19年といえば日清戦争が起きる10年程前のこと。欧米列強がアジアを侵略し、我らと同じアジア人の悲劇を眼前にして危機感を抱いてたことが想像出来る。正しく、日清・日露・大東亜戦争は避けて通れぬ歴史的必然だったと痛感する。

 我が国もそろそろ、米国依存のまやかしの平和を貪るのは止め、日清・日露・大東亜戦争の大偉業を想起し、真の独立を目指すべきである。中共が跳梁跋扈する現代に於いて、我が国こそアジアの希望の星であらねばならないのだ。

※コメントは会員のみにさせて頂いておりますが、コメント入力希望の方はパスワードを教えますのでmr.cordial@live.jpへ御気軽にメールを寄せられたい。

《会費&御支援》みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ

cordial8317 at 06:06|Permalink

2021年02月01日

最終処分場の候補地が決まらず頓挫しているのは政治の怠慢に他ならない

 地元紙の一面に原発から出る高レベル廃棄物(核のゴミ)の最終処分場の受け入れに関するアンケート調査の結果が出ている。県内の自治体で「受け入れることがあり得る」と答えた市町村はゼロ。更なる風評を懸念するのは当然でもある。

 だがどうだろう。「国が責任を持って解決を図る」と言いながら、核のゴミの処分場が風評を招くとして受け入れを反対してたらエネルギー政策すら前に進めないし、原発設置であらゆる恩恵を享けた我々が責任を持って解決すべきだ。

 反原発派らは「自然災害が多い日本での最終処分は安全性への懸念も大きい」と批判的で、マスコミもそうした感情的世論に与して恐怖を煽る。そうしたことが風評の元凶になっている。だが、専門家に拠れば処理技術には何ら問題はないという。

 福島第一原発事故で現場の飲料水を飲んで「セシウムの半減期は100日」と証明した物理学者の高田純教授は、反原発派からは「御用学者」と断じられてるが、核のゴミの地下埋設で「放射線の漏洩などが起こる危険性は無い」と断言している。

 その科学的根拠は「ガラス固化体となった核のゴミから出される放射能は頑丈な金属製の鎧オーバーパックの中で水を通しにくい粘土で囲み300m以下の地層で眠り続ける。その間、物理法則に従い放射能は徐々に減衰し消滅する」と説明する。

 最終処分場の候補地に名乗りを上げると電源三法交付金が出る。選定が決まれば莫大な補助金が交付される。処分場の建設に伴い道路、港湾整備などで雇用が増え人口も増える。住民が増えれば学校が造られ医療を施す病院も建つだろう。

 最終処分場選定に向け文献調査に名乗りを上げてる北海道寿都(すっつ)町や神恵内(かもえない)村商工会が誘致を目指す請願を村議会に出した。

 高レベル放射性廃棄物の最終処分場建設が実現されるまでには文献調査で約2年、ボーリングなどの地下概要調査で約4年、更に精密調査に約14年を要する。

 文献調査だけで最大20億円、その後の地質調査では最大70億円が交付される。最終処分場の精密調査になれば更に高額な交付金となる。過疎化などで人口減少に伴う財政が減少して行く中で、最終処分場建設に関する交付金は魅力だろう。

 セシウムの被害が無い中でセシウムより弱いトリチウムに大騒ぎして処理水の海洋放出を先延ばししてるが、除染で出たゴミの最終処分にしろ、核のゴミの最終処分場の候補地が決まらず頓挫しているのは政治の怠慢に他ならない。

 核のゴミの廃棄物処分地探しを公募したのは小泉政権下だった。今や脱原発の急先鋒である小泉は、当事者なのに他人事の様に「放射性廃棄物の最処分場が確保されていない」と語った。こんな御粗末な政治家が総理だったというのが国民の不幸。

 使用済み燃料を再処理するとプルトニウムやウランなどの酸化物が精製されるが、この再処理の過程で出るのが高レベル放射性廃棄物という核のゴミだ。最終処分場に埋設されずに原発構内で保管してる方が危険だとは思わないのだろうか。

 余剰プルトニウムを持つことは国際的に許されない。再処理に拠って精製されたプルトニウムやウランを「プルサーマル」や、混合酸性物(MOX)燃料を利用した「フルMOX」として使わなければ国際公約違反に問われることとなる。

 そういう意味では、高速増殖炉「もんじゅ」は、生成されたプルトニウムや燃え残りのウランをMOX燃料に加工し、高速炉サイクル技術に因って電力を確保しようという夢のエネルギー政策でもあったのだが、その意義を知る国民は少ない。

「もんじゅ」は単にエネルギー確保だけでなく、安全保障などの視点からも重要だった。高速増殖炉に成功させ世界のエネルギーの平準化を達成出来れば、我が国は経済大国としても技術立国としても世界から尊敬されただろうに廃炉が決定した。

 高速増殖炉を使用するサイクルが完成すれば、8千年間もの発電が可能になると推計されていたが、反原発に煽られた世論に屈し廃炉されたことは残念なことだ。

 高レベル放射性廃棄物処分について、政府はその重要性を認識しつつも反原発の流れから傍観を極め込んでいる。世界が注目する高レベル放射性廃棄物の深地層技術は、今後のエネルギー政策を左右するものとなろう。

 候補地として福島県が名乗りを上げれば好いものを、無自覚左翼の内堀政雄福島県知事は「高レベル放射性廃棄物の最終処分は国の責任で適切に行われるべきもので、本県が最終処分場になることはあり得ない」との認識を示している。

 経産省も福島県に気兼ねして「福島県は現在、政府として原発事故の収束と復興に全力で取り組んでおり、相応の配慮が必要。高レベル放射性廃棄物について、福島県に何か負担をお願いする考えはない」と強調し、その方向で進んでいる。

 原発事故に由る県民感情は重々理解するが、原発設置県の責任として原発事故の責任を東電や国に押し付けるのではなく、現実に起こってしまった事実を鑑みれば、福島第一原発周辺以外に最終処分場の候補地は無いのではあるまいか。

 原発事故の犠牲になった上に最終処分場を建設し、また事故が起きたらどうするのかという不安を語っていては事が進まない。我ら福島県民が犠牲になる事で我が国の発展が得られるのであれば、喜んで受け容れる覚悟は出来ている。

 福島の復興無くして日本の未来は無いと言うのならば、感情論で停止されている東京電力福島第二原発の再稼働を急ぎ、原発エネルギー政策の象徴でもある電柱を全て地中化し、道路などのインフラを整備し日本一の街創りを奨めよう。

※コメントは会員のみにさせて頂いておりますが、コメント入力希望の方はパスワードを教えますのでmr.cordial@live.jpへ御気軽にメールを寄せられたい。

《会費&御支援》みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ

cordial8317 at 06:03|PermalinkComments(0)

2021年01月31日

「#池上彰のニュースうそだったのか」がトレンド入り(笑)

 他人の記事や主張の登用や引用の常習犯で、テレビ朝日御用達のインチキジャーナリストの池上彰が、昨日放送されたテレビ朝日の「池上彰そうだったのか2021日本や世界はどうなる?」で、次の様なデマを垂れ流したという。

「バイデン大統領は、中国の人権問題に関心がある。新疆ウイグル自治区で強制収容所に入れられているとか、香港民主化運動による逮捕とか、トランプ大統領はこれまで何にも言ってこなかった。全然、人権問題に関心が無かった」

 バイデンを持ち上げてるが、米国大統領の中でトランプ程「人権問題」を提起した大統領はいない。拉致問題にも熱心で国連で演説したことは日本人として感謝しかない。それなのに「人権問題に関心が無かった」とはデマ以外の何ものでもない。

Es_8vHLUYAAZePS
 この放送後「#池上彰のニュースうそだったのか」がトレンド入り。こんな画像を見付けたが、作った人は大手広告代理店のコピーライターより上手いな(笑)

 テレビ朝日とか朝日新聞なんてのは所詮は株式会社だから視聴者に媚びた放送をするのは当然で騒いでる人も反日マスコミの営利至上主義に踊らされてるだけ。

 アホタレを前に池上が自説を垂れ流し、それを聞き入ったアホタレが何の疑いも無く肯く。そうした光景を目にした視聴者は池上の意見が正しいと判断する。

 大多数の有権者は、マスコミの提供する偏った報道に毎日接することで意思行動を方向付けられる。声の大きい者や頻繁に接する物に、人は「正しいもの」「魅力のあるもの」として誘導される。「凡そ大衆の逆が正論」とは蓋し正論。

「テレビショッピング」というのは、視聴者に都合の良い部分だけを繰り返し何度も見せて、タレントや有名人らに感想を聞いたり、実体験を語って貰ったりすることで、視聴者は大して欲しくないものをついつい勢いで買ってしまう。

 テレビ朝日などの売国マスコミにとって執拗に報道するものが見せたいものであり、誘導したいものである。報道しないものこそが国民には知らせたくないものなのだ。未だ知らせないだけなら赦せるが、池上の自説はデマそのもの。

 巨大な洗脳装置がマスコミであり、くだらない芸能ニュースやお笑い番組などにどっぷり浸かっている人達こそが愚民政策の体現者であることを自覚すべきだ。

「放送法」の第1条第2項には「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること」と謳われている。

 第4条第2項には「政治的に公平であること」。同条第4項には「意見が対立している問題についてはできるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」と記されている。池上彰の番組は歪曲しており放送法に違反してることは明らか。

 池上の番組は真実を報道しておらず情弱への洗脳番組に他ならない。番組終了間際に池上は我が国が発行する国債を「国民の借金」との認識を示したという。

「日本の国債は借金だから返済は当然」と言わんばかりに、「新型コロナの10万円給付も国の借金だから、皆さんが将来働いて返さないといけない」とか言って番組が終わったらしいが、要はこうした問題も政府批判に利用する強かさが見える。

 多くの国民はマスコミの報道を鵜呑みにし「投資がそれ以上の税収を生む」ということを知らないから、「公共投資はダメ」とか「赤字国債の発行もダメ」といった妄言やインチキ経済評論家の「似非経済危機論」を信じきっている。

 池上のサブリミナル効果紛いの番組終了間近のコメントは耳に残るもの。10万円の給付金を言うなら、財政危機なら政治家の報酬や政党交付金の廃止などを訴えるべきで、そうしたことも言わずに借金返済の不安を煽るとは悪害そのものだ。

 元社青同(社会主義青年同盟)の活動家だったという池上彰は確信的左翼活家だろう。極左どものこうしたプロパガンダやデマを許してはならない。

※コメントは会員のみにさせて頂いておりますが、コメント入力希望の方はパスワードを教えますのでmr.cordial@live.jpへ御気軽にメールを寄せられたい。

《会費&御支援》みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ


cordial8317 at 08:36|PermalinkComments(0)

2021年01月27日

国旗「日の丸」と国歌「君が代」は我が国體の精華を見事に現している

 本日は「国旗制定記念日」。当たり前のことだが、何処の国に生まれようが自国の国旗・国歌に親しみを感じているし、誇りを持っている。まともな日本人ならば「日の丸」「君が代」に愛着を抱いているのが普通だろう。

 ところが、未だ日の丸や君が代に公然と異議を唱え、反対している勢力が存在するのもまた事実。「日教組」や「全教」「共産党」といった反日アホ勢力だ。

 世界の多くの共産主義者は全て愛国者だが、日本の左翼は自国を貶して恥じない売国奴ばかり。売国奴の左翼というのは世界広しと雖も日本だけの珍現象だ。

 連中は「日の丸は軍国主義の象徴だ」「日の丸は侵略の旗だ」また「君が代は天皇賛美だ」との妄言を垂れ流し、左翼教師どもは純真無垢な子供達を洗脳する。

 ならば、米国の旗はどうだ。英国やオランダ、フランスはどうなのだ。周辺国を弾圧し続ける中華人民共和国の旗はそれこそ侵略の旗ではないのか。天皇国日本に生まれた日本国民が天皇を賛美したとして何が怪しからんというのだ。

 自民党保守系有志議員の「保守団結の会」は、日章旗を傷つける行為を罰する「国旗損壊罪」の新設を盛り込んだ刑法改正案を国会に再提出するよう申し入れた。

 改正案を纏めた保守の会顧問の高市早苗元政調会長は、「日本の名誉を守るという国家の使命を果たすには、外国国旗と日本国旗の損壊に関して同等の刑罰で対応することが重要だ」と語ったが当然の認識だろう。

 左翼というのは物事の見方が実に薄っぺらで、こうした認識は健全な世論に逆行するばかりか、教育現場での混乱を生むばかりか国益を損ねるばかり。

 教育とは正しく国家の大本であり、国の根幹を成すものだ。公務員でありながら法律を遵守もしない不良反日教師どもの一掃を図らねばならない。左翼どもが反対する国旗「日の丸」と国歌「君が代」とは如何なるものか。

 607(推古15)年、聖徳太子は隋へ「日出づる所の天子、書を日没する所の天子にいたす、恙無きや」の文書を小野妹子に託す。これを読んだ隋は激怒するのだが、小国日本の存在を堂々と主張して見事にその気概を示した逸話であろう。

 我が国はユーラシア大陸で最初に朝日を迎える国であり、豊葦原瑞穂の国に生を享けた稲作民族である先人が日の神である天照大御神を崇め太陽信仰を持つのは自然で、そうした国のシンボルに「日の丸」を執ったのも極めて自然なことだ。

 国の成り立ちや理想が「日の丸」の旗ほど一致する国は世界広しと雖も日本だけだ。日の丸の赤丸は、太陽を意味し、熟誠、活気、博愛、誠心誠意を現し、白地は清浄無垢を示し、神聖、正義、純潔、平和、鎮静を現している。

 これほどシンプルで美しい旗が何処に在ろうか。日の丸と同じく「君が代」も実に我が国體の精華を格調高く歌い上げたものであり、その曲と相俟って厳粛にして荘重な調べは正しく世界に冠たる誇るべき国歌である。

 歌詞は古今和歌集巻七「賀の部」の「わが君は千代に八千代にさざれ石の巖となりて苔のむすまで」の一首からの出典であることは学界の定説である。この詠の本意は、大君の御代が栄えることを願い祈ったものだ。

 この詠が有名な歌人ではなく「讀人知らず」という草莽の民というところに、我が偉大なる民族性を認識し、無限の感激を禁じ得ないのである。

 我が国は天皇を族長と仰ぐ君民一体の家族国家であり、「天皇即日本」「日本即天皇」の天皇国家である。この国體の精華は万邦類を見ないところであり、陛下の御代が栄えることは即日本が栄えることでもある。これの何が不都合なのか。

 皇国臣民として、畏くも万世一系の天皇を我が国元首として仰ぎ奉り、陛下の御稜威(みいつ)を国民生活の隅々にまで行き亘らせることこそが理想であり、それは瑞穂の国に生を享けた日本民族として当然の願望である。

 我が国はいつの世も、時の陛下の御代であり、いつの世にもそこには「君が代」の世界が存在し、それは存在し続けなければならないものなのだ。そうした祖国日本の国柄と国體の精華を「日の丸」と「君が代」は見事に現している。

 反天皇勢力の左翼にとっては天皇に関わること全てが我慢ならないのだ。表現の自由や思想信条の自由は我田引水的憲法解釈に過ぎない。国家を侮辱する行為を防ぐ意味でも粛々と「国旗損壊罪」の成立を図るべし。

※コメントは会員のみにさせて頂いておりますが、コメント入力希望の方はパスワードを教えますのでmr.cordial@live.jpへ御気軽にメールを寄せられたい。

《会費&御支援》みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ


cordial8317 at 07:20|PermalinkComments(0)

2021年01月23日

国士とは「歩」が成った様な者である(國士舘初代館長・柴田徳次郎)

 國士舘初代館長・柴田徳次郎先生は「国士とは『歩』が成った様な者である」と喩えた。将棋では金や銀、飛車や角が大事にされるが、軽く見られる「歩」こそ大事に扱わなければならない駒で、学生を「歩」に喩えて育成の大事さを教えた。

「ヘボ将棋、王より飛車を可愛がり」だとか「桂馬の高飛び歩の餌食」など、将棋には面白い川柳や諺が多くある。中でも「歩の無い将棋は負け将棋」という格言は、教師や会社経営者に人を育てる上での大切さを考えさせる言葉だろう。

「歩」というのは生徒であり、企業でいえば若い社員であり、この社員を活かすも殺すも上司の腕の見せ所。この歩の人材を如何に育てるか、そしていつかはその歩が「金」と成って、会社は言うに及ばず、延いては国の宝となるのである。

 将棋では駒を動かすことを「効かす」とか「働かす」という言葉を使う。つまりは、上司は部下を無闇やたらに「動かす」のではなく、動くに「人偏(にんべん)」をプラスして如何に上手に「働かす」かが大事であるということだ。

 駒の欠点を周りの駒で補いながら、その駒の長所を伸ばし、折角の駒を死に駒にしないで働かせることで勝ちに繋がるもので、会社の経営なんかも同じこと。

 まぁ、愚生は「歩」というより「香車」だろうか。不器用に真っ直ぐにしか進めない。それでも未だ「成れる」可能性もあるが未だに「成る」手前で留まっている。大器晩成と言われたこともあるが、このまま終わる可能性は限りなく大きい(笑)

「一年で育てようと思うなら花を育てるべし。十年で育てようと思うなら木を育てるべし。百年かけて育てようと思うなら人を育てるべし」という言葉がある。

「人材育成というのはインスタントに出来るものではない」というのは、誰もが自覚していることだろう。ならば、普段から学校は勿論のこと、家庭でも、地域でも、周りで子供や若者を育もうという意識がなければダメだ。

 花を育てたり、木を育てるにしても臭い飼料もたまには与える様に、人もまた甘やかすだけでは立派には育たない。温室で育った野菜や果物は見かけだけで味に深みはない。やはり自然の風雪に耐えてこそ味に深みが出るというものだろう。

 人間だって同じ。たまには愛情ある鉄拳も必要だし、厳しく突き放すことも必要だ。「個性を磨く」というのは本来そういうものでもあるのだ。

 人を育てるというのは、日本刀が出来上がる過程と実に似ていると思う。日本刀は先ず卸し鉄を「積み重ねる」ことから始まる。人生も積み重ねから始まる。

 そして「鍛錬」し、更に「下鍛え」し、何回も何回も鍛え上げ「芯鉄」を鍛え造り込む。叩いて叩いて鍛えることで強靭で立派な刀が出来上がるのだ。

 柴田徳次郎先生も「刀というのはトンテンカン、トンテンカンと叩いて叩いて鍛え上げなければ五郎入道政宗とか村正といった立派な刀は出来ません。国士舘の生徒も先生だけの指導だけではダメで、学校も親も一緒になってお子さん方を鍛え上げて行かなければ立派な日本人に育てることは出来ません」と訓示している。

 日本刀を作る上で最も大事なのが「焼き入れ」。この「焼き入れ」を行うことで刀に命を吹き込むのだが焼き入れ一つで刀の出来も価値も変わってしまう。

 本来「ヤキを入れる」とは鍛錬の一つなのだが、最近では行為を正そうとしたビンタでさえも単なる「暴力」として扱われてしまっているのは残念なことだ。

 ヤキとは鍛錬であり、愛情を以て鍛錬しなくてはダメだ。そのヤキ(指導)の在り方を間違うから問題とされる。人を育てるというのは実に難しく「鍛錬」の仕方が悪かったのか、それとも「ヤキの入れ方」が足りなかったのか。

 何れにしても「人創り」というのは一朝一夕に出来上がるものではなく、上に立つ者の力量(指導力)に係っていると言っても過言ではない。つまりは、鍛錬されてない上司や指導者(先生)に仕える生徒や部下は気の毒でもある。

※コメントは会員のみにさせて頂いておりますが、コメント入力希望の方はパスワードを教えますのでmr.cordial@live.jpへ御気軽にメールを寄せられたい。

《会費&御支援》みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ

cordial8317 at 07:50|PermalinkComments(0)

2021年01月22日

日本には「愛国心」などという言葉はそぐはないのではないか(三島由紀夫)

 日本では何故か「愛国」だとか「愛国心」などと口に出すものなら「右翼」や「反動」と非難される。「右翼」という言葉には悪意が感じられ、愛国者を「右翼」と蔑むことに由って国家と国民の離反を目論んだマスコミの成果でもある。

「愛国」の由来は「日本書記・第三十三巻」に在る「朕嘉厥尊朝愛国売己顕忠」という勅語で、「我(朕)は、貴男が廷を尊び、天皇国を思い、己を売ってまで忠誠を示したことを(顕・あきらかにした)嬉しく思う(嘉・よろこぶ)」と詠む。

 一般個人に与えたられた勅語はこれ以外にない。また、この勅語にある「愛国」の文字は、持統天皇が初めて用いた「国を思う」との意味が込められている。

 天智2年(663年)、唐・新羅連合軍に攻撃され危機に瀕した百済は日本に救援を求めると、日本軍はその要請に応じる。中大兄皇子(天智天皇)を中心とするヤマト朝廷は全国から傭兵を募り、凡そ5万の援軍を朝鮮半島に送った。

 だが、救援虚しく百済日本軍は「白村江(はくすきのえ)の海戦」で大敗を喫し、生き残った者は捕虜となった。 その捕虜の一人、大伴部博麻は「唐が日本を攻める」という情報を得るも、日本に知らせる術はなかった。

 それから26年の歳月が過ぎた持統4年(689年)、博麻は自らを奴隷になって資金を捻出し、仲間を帰国させて日本に唐からの侵略の危機を知らせる。その報を受けて侵攻に備えた。そうした甲斐があって日本は侵略の危機を逃れた。

 奴隷となった博麻が帰国したのは何とその30年後だった。帰国後、持統天皇が博麻を表彰した際に送ったその言葉が前出の「愛国」の勅語だったのである。

 日本人が失った徳目を呼び返そうという標語として「愛国心」は最も相応しい言葉だと思うが、アドルフ・ヒトラーは「国家という概念は今日、明白な内容を持っていない。だから軽薄な愛国教育しかできないのだ」と訓えていることに括目する。

 現在の「保守ブーム」の氾濫や「ネット右翼」の過熱ぶりを目の当たりにし、ややもすればその「愛国心」が軽薄なものになってしまっているのではなかろうか。

 国旗や旭日旗を仰々しく掲げ、意見を異にする連中「天誅」だとか「テロ」といった勇ましい言葉が乱舞するが、そこには日本的気風は感じることはなく、折角の「愛国心」が、ややもすれば贔屓の引き倒しになってしまってる感は拭えない。

「日本の様な国には、愛国心などという言葉はそぐはないのではないか。『大和魂』で十分ではないか」と三島由紀夫は語っていたが、激しく同意する。

 日本人は祖国日本を誰から教わる訳でもなく「穏やかな平和の国」と無意識に思っている。一方「漢心(からごころ)」の大陸では、古代から日本を「倭(ヤマト)」という字を充てて「倭人」や「倭国」などと蔑視してきた。

「倭」とは「醜い」「卑しい」といった軽蔑の意味で、ヤマトの国を「邪馬台国」だとか、日の皇子の女皇を「卑弥呼」というのは明らかに蔑んだ呼称だ。

 日本人が持つべき「大和の心(大和魂)」とは、つまり、花鳥風月、山川草木、春夏秋冬の恵まれた自然に逆らわず調和して暮す従順な心であり、「敷島の大和心を人問わば、朝日に匂う山桜花」、これに極まれり。

 昨今の偏狭な愛国心は、韓国や他の国と同じ「祖国愛」「民族愛」に似てる。本来、我が国の愛国というのは「報国」でなければならないのだ。福澤諭吉も「国を支えて国に頼らず」と訓えているが、国を支えて行くことこそ大事である。

 まぁ、勤労の義務も納税の義務も果たしていない愚生が講釈しても重みは無いが、先ずは軽軽しい愛国心よりも日本人が享受すべき大和の心を涵養しよう。

※コメントは会員のみにさせて頂いておりますが、コメント入力希望の方はパスワードを教えますのでmr.cordial@live.jpへ御気軽にメールを寄せられたい。

《会費&御支援》みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ

cordial8317 at 06:51|PermalinkComments(1)

2021年01月21日

世の中コロナコロナと騒ぎ立て自粛やらで分からん方向に行ってるなぁ

 新型コロナで亡くなった方は昨日(1月20日)現在で4687名。県内では34人が亡くなっている。尤もこの数値は原発関連死と同じく、死亡原因が心筋梗塞だろうが脳梗塞だろうが新型コロナの陽性ならコロナ死とされるから仰々しい数値になる。

 新型コロナによる死亡者数は10万人当たり3.5人、死因1位の癌の100分の1だという。インフルエンザも2020年8月20日時点で3571人に対し、新型コロナの死者数は1148人。こうした数字を見ても最近のコロナ騒動は異常としか思えない。

 新型コロナに怯えて、マスクやら手洗いやら嗽やらを徹底した成果か、インフルエンザの感染者や死亡者が激減したのは怪我の巧妙とも言えなくもない(笑)

 世界の死亡原因の第1位は微生物感染症で1500万人。続いて心疾患、癌、脳疾患と続く。だが、飢餓での死者は年間で8億2100万人(2017年の統計)で、毎日2万5000人が亡くなってるという。コロナより飢餓問題に危機感を持つべきでは?

 コロナ対策でここまで規制するなら、年間にコロナ以上の犠牲者が出てるクルマも減らさないとダメだし、品川郡山市長もタバコが悪いからと禁煙を徹底するなら、ラーメンが高血圧症に悪いだろうから「禁ラーメン」宣言したら如何か(笑)

 飲食店なんてのは水商売なのだから何があるか分からんし、収入も充てにならないから水商売。それなのに「補償しろ」だとか「補償しますので営業自粛して」だとか、その場しのぎの対策は屋上屋を架すばかりで悪循環は治まる気配無し。

 新型コロナで飲食店が夜の休業を余儀なくされてる。地元の陣屋や朝日のスナック街は軒並み来月7日まで臨時休業。こうした状況を大変だと思うのは勘違いで、コロナでなくても客が来なくて営業困難な店にとっては自粛休業は天佑神助。

 働かなくても休業補償が貰えるとあってウキウキしてる経営者は多い。飲食店に補償するなら従業員やホステスらにも補償すべきで、そうなれば「飲食店だけ優遇するのは不公平」という声も出るだろうから全国民に給付金を交付すべきだが無視。

 新型コロナワクチンが出回れば騒ぎも沈静化するだろう。だがその前に「新型コロナに治療効果の見られるアビガンを承認する」の一言で多くの国民の不安が払拭されるのに、何故か承認しないアホ官僚と責任問題を警戒するマヌケな政治家ども。

 菅総理が批判の矢面に立たされているが、前任の安倍政権下では新型コロナが国内に蔓延しているのに与野党ともに党利党略を優先した。コロナ対策の不作為や不手際を猛省することなく国民の自粛頼みとは本末転倒と言う他はない。

 後手後手の感は否めず屋上屋を架す菅政権。「特措法改正」で自粛に応じない店に罰金だとか言う前に、新型コロナ発症元が武漢ということで中共政府に阿て対策を講じることなく、アビガンの認可すらして来なかった政治家を罰するべきだわな。

 新型コロナウイルスに罹患し、重篤な状況から生還した芸能人や著名人らが口を揃えてアビガンの有効性や特効性を訴えていたのは何だったのか。

 アビガンの有効成分「ファビピラビル」に関するライセンス契約を、富士フイルムと結んだ中共の製薬大手・浙江海正薬業が後発医薬品を増産し絶大な効果を発揮してるというのに、「日本人には有効性が無い」とはどういうことか。

 ワクチンとは、ウイルスの生体から作られ、弱毒化・無毒化された抗原のこと。抗原を体の中に入れることにより、ウイルスをやっつける抗体が出来る。その抗体によってウイルスから守られるのだが、アビガンはワクチンではなく有効な治療薬。

 ウイルスに勘違いを起こさせて、取り込ませることによって、ウイルスの増幅を止めてしまう化学物質であり、効果的なワクチンが開発されるまでの治療薬としてアビガンを認可し使用することに何を躊躇する必要があるというのか。

 専門家らは「安全性」「副作用」という尤もらしい理由を吐けて反対してるが、多くの国民がアビガンに抱くイメージは新型コロナウイルスへの不安解消や罹った際の安心感であり、批判的意見は国民の期待に水を差すものでしかない。

 新型コロナ対策として現在の「二類感染症」指定から「五類」に指定すべきという声がある。確かに、新型コロナは年間数千人から1万人以上が死亡するインフルエンザと比べても死者数は少ないし、単なる新規のインフルエンザだろう。

 連日、新型コロナの感染者数と死者数を報じているが、この数値に意味があるとも思えない。「異変種」だとか騒いでるが、どんなコロナも変異して行くもの。異変種という別なウイルスではなく株の変異であり「異変株」と言うべきだ。

 変異株は自然の摂理でもある。ウイルスは宿主を殺すことではない。宿主の中で殖え生き長らえること。ウイルスを無くすことは無理なのに「感染者ゼロ」を目指すというのは、反原発派の非科学的な大騒動から始められた除染作業と似ている。

 ワクチン接種も始まるし、罹患者急増で病院の収容人数がパンク寸前なことも考慮してアビガンを早期に承認して民間医療機関で対処出来る様にするべきだ。

「五類指定となったら医療費は全額自己負担となってしまう」との声も聞こえる。抗ウイルス薬「レムデシビル」は1回分(5日間、6本)で25万円。最高で2回投与で合計50万円。保険適用により3割負担になっても15万円だと煽る。

 アビガンを認可し「特例」を設けて無料にすれば済むことだろう。要は、政治家の決断力だ。アビガンとワクチン投与で沈静化すれば特例を解除すれば好いだけ。初動対応のミスが現在に降りかかってることを率直に受け止めて対応すべきだ。

 コロナ禍が落ち着いたら新たな冷戦時代として世界の枠組みが変わるのは必至。我が国が今やるべきは、コロナの蔓延を防ぎ経済成長を成す台湾の対応や施策に学ぶことだ。日台関係の絆を深め、新時代の平和を創造して行かねばならない。

※コメントは会員のみにさせて頂いておりますが、コメント入力希望の方はパスワードを教えますのでmr.cordial@live.jpへ御気軽にメールを寄せられたい。

《会費&御支援》みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ

cordial8317 at 06:42|PermalinkComments(0)

2021年01月20日

任侠道を忘却したヤクザが暴力団と誹られるのも当然

 全国の右翼団体の殆どがヤクザと関わりがあり、組織が大きければ大きいほどヤクザの傘下団体に成り下がっているのが現状。斯くいう愚生もヤクザの友人はいるし、所属していた団体(防共挺身隊)は山口組のケツ持ちだった。

 任侠精神や反権力、反骨精神では与するものはあるが、資本主義の落とし子の様なヤクザに、反資本主義の右翼が配下になるというのも可笑しなことだ。

 況してや昨今のヤクザに任侠精神は無く全てがカネの世界に成り下がった。「任侠とは、弱い者を助け、強い者を挫き、義の為には命を惜しまない気風」のこと。ならば、そういう意味では昨今のヤクザより愚生の方がその気風は高い(笑)

「ヤクザ」というのは、「おいちょかぶ(花札)」の八九三の札の意味で、八(おいちょ)と九(かぶ)と三(さんた)を足すと二十でゼロとなり「ブタ(どぼん)」となる。つまりは「役に立たない」「つまらないこと」という意味だ。

「暴力団」という呼称は戦後に警察やマスコミが命名した言葉だが、「任侠道」を謳っていながら、やってることは覚醒剤や振り込め詐欺やら違法行為と弱い者イジメ。そういう意味ではヤクザより「暴力団」という名前はピッタリだ(苦笑)

 そういう意味では役に立たなくなったヤクザに対し、「暴力団対策法」や「暴排条例」が施行されたのも悪因悪果であり自業自得。それなのに「人権がどうたらこうたら」などと暴力団側に立って訴えてる右翼ってのも嗤うしかない。。

 山口組竹中正久四代目組長は「わしらにも人権はある。人殺ししたとしてもやなあ、裁判受けとるやないか、ええッ。わしが犬か豚か虎か狼やったら、人殺しても裁判受けさすか。せえへんやろ。人間やから裁判受けさせるんや」と語っている。

 ヤクザでは山口組四代目の竹中正久という人物が好きだ。如何にも武闘派という面構えだが、驚くことに刺青はしていなかったというのも大したものだ。

 警察に媚び諂うヘタレヤクザが多い中であの反骨精神は尊敬にも値する。元検事の三井環は竹中組長の取り調べの様子をこう振り返っている。

「捜査や取り調べというのは戦争なんですよ。戦争とは荒いことをやります。相手をやるかこちらがやられるかが戦争なんです。私は29年検事をやりましたが自白をしなかったのは3人しかいなかった。一人は竹中正久で後の二人は中核派です」

 ヤクザは完全な資本主義。反共は基より反民主主義で反資本主義であるべき右翼もやってることはヤクザと変わりない。ヤクザブルの右翼が暴力団の傘下に納まるのも当然で、頭の中はヤクザと同じ金儲けと所帯染みたマイホーム主義(苦笑)

 そんな拝金主義のヤクザや右翼が当たり前になったのは平成に入ってからのこと。昔のヤクザというのは任侠道を重んじていたし、右翼も反骨精神があった。堅気を苛めず、カネは追うものではなく後から結果として付いてくると信じた。

 昭和時代の高倉健や勝新太郎の任侠映画がそうだが、悪を懲らしめ正義が勝つといった勧善懲悪に国民は興じた。その後、菅原文太の「仁義なき戦い」の頃になると抗争事件が主題となり、最近のVシネマに至っては完全な暴力団と化した(笑)

 誰が言ったのか知らないが、「ヤクザはカネも器量の内」だとか「ヤクザはイイオンナ連れてイイ車に乗らなきゃ」というのが当たり前となり虚勢を張る。愚生も付き合いから何百人、何千人と色んなヤクザを見て来たが、ホンモノは極僅かしかおらず、ヤクザの空ツッパリと根性無しはホント嗤うしかない。

 ヤクザの傘下団体に納まった右翼に魅力はもう無くなった。今は右翼団体を辞めてヤクザとの柵もなくなってお蔭で清清したというのが正直なところ(笑)

「仁義なき戦い」の舞台にもなった広島県呉市の商店主の「ヤクザなんぞなんにもかっこええもんじゃありゃせんわ。ほんまに強えやつは決してヤクザにゃならん。一対一じゃ勝てんから群れる。好き勝手暴れて怖いから殺す。人の横車を押して無理難題を押しつけて、あいつらはただそれだけのことじゃ」との言葉が過る。

 ヤクザとは本来は町奴(まちやっこ)であり、強きを挫き弱きを助ける気風が無くてはならない。任侠道を忘却した暴力団を排除し、ヤクザに任侠精神を涵養させたいと思うが、任侠道とは程遠いヤクザにその声が届くことは無い。

※コメントは煩わしいので会員のみにさせて頂いております。コメント入力希望の方や御意見、メッセージは mr.cordial@live.jp へ御気軽にどうぞ。

〈会費&御支援〉みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ

cordial8317 at 06:24|PermalinkComments(0)

2021年01月19日

憲法第一条を理由に天皇を否定する日本共産党

 第二百四通常国会が召集された。陛下は開会式に於いて「本日、第二百四回国会の開会式に臨み、全国民を代表する皆さんと一堂に会することは私の深く喜びとするところであります。国会が国民生活の安定と向上、世界の平和と繁栄の為、長年に亘り弛みない努力を続けていることを嬉しく思います。国会が、当面する内外の諸問題に対処するに当たり、国権の最高機関としてその使命を十分に果たし、国民の信託に応えることを切に希望します」との御言葉を述べられた。

20130429195038916s

 画像は憲法第一条。日本共産党はこの第一条を曲解し「主権の存する我々が反対しているのだから国民の総意ではない。由って天皇は憲法違反の存在だ」として天皇を否定し、陛下が御臨席遊ばされる国会の開会式には出席しない不敬を続けている。

 だが、国会の召集も解散も、憲法七条による天皇の国事行為であり、第一条のみを理由に開会式出席を拒むことは護憲を標榜する政党としては如何なものか。

 憲法は何も第一条と第九条で成り立っている訳ではない。第一条を理由に「反天皇制」を叫ぶなら堂々と憲法改正の狼煙を上げるべきではないのか。抑々、我が国には「天皇制」という制度はない。天皇は制度ではなく天皇なのである。

 天皇制と断じるならば第一条だけではなく第八条までの「天皇」条項を議論すべきで、第一条を理由に天皇を否定するなら全ての国事行為や公的行事はどうなのか。

 こうした「国民の総意」を理由に反天皇を叫ぶ無礼にも、衆参議長も総理大臣も咎めたこともなく、拱手傍観を極め込んで看過しているのはどういうことか。

 共産党の行為を苦々しく思い怒りを覚える国民が殆どだろうが、残念ながらこの共産党の屁理屈は法治国家日本である我が国に於いては憲法上の解釈は正論なのだ。

 憲法改正というと第九条ばかりが問題にされるが、第九条よりもこの第一条の共産党の天皇否定の理由を国民世論に訴えれば、改憲への理解が深まり反対する声は少なくなるだろう。尤も改憲派の第九条改正こそ究極の護憲運動である。

 国の最高法規である現憲法は実に矛盾だらけのクソ憲法。第九条を論拠に誤憲派は「平和憲法」とホザくが、これこそ無知と平和ボケ。平和な時代でしか通用しない憲法であり、九条改正派も九条が大事だと思ってる時点で九条の会と同レベル。

 第九条には「日本国民は正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と武力による威嚇または行使は国際紛争を解決する手段としては永久に放棄する」と在る。だが第二項で「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」とは理解に苦しむ。

 この九条のどこが「平和憲法」なのだろう。憲法の矛盾点はこれだけではない。例えば、歴代首相の靖國神社への参拝は、第二十条第三項の「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」違反である。

 A級戦犯分祀論や国立追悼施設建立も宗教法人・靖國神社への圧迫干渉であり、「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない」との憲法二十条条違反。

 私学助成金制度は第八十九条「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない」に抵触する。

 田中角栄が日中国交条約を締結した際に「日華国交条約」を破棄した。第九十八条第二項には「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」と在り、国際条約を蹂躙した田中の行為は明らかな憲法違反であり、「日華国交条約」破棄は日本国憲法に照らし合わせて無効である。

 第九十六条は「この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする」と改正条項は確かに在るのが確認出来る。

 九十六条に基づき憲法改正の発議を行えば「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」との九十九条違反に問われる。国会に於いて不毛空論の改憲議論が成されて来たのは九十六条と九十九条の関係が大きく、憲法改正で国家の主権が護られることは無い。

 成文憲法のある国の中で最も古いのは1789年の米国。次いでノルーウェー、ルクセンブルグ、スイスと続く。昭和22年発布の日本は15番目だが、一字一句改正されていない日本国憲法は今や世界で最古の憲法ということになる。

 何処の国でも時代の流れに応じて憲法を変えるのが常識。環境問題、情報公開、プライバシー保護、国家の安全等々日本国憲法を施行した時代からは想像もしなかった程社会は変化している。現憲法を無効とし、我が国の正統な国法である大日本帝国憲法(欽定憲法)を復元改正することこそ我が国の採るべき道である。

 天皇陛下の名の下に召集された全国民の代表である国会議員は、危機管理も国防も領土保全も教育も防災も平和の創造も一線上に在るということを自覚せよ!

※コメントは煩わしいので会員のみにさせて頂いております。コメント入力希望の方や御意見、メッセージは mr.cordial@live.jp へ御気軽にどうぞ。

〈会費&御支援〉みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ

cordial8317 at 10:43|PermalinkComments(0)

2021年01月15日

韓国歴代大統領の不正は道徳的価値観に乏しい民族性に起因する

 収賄容疑など逮捕され、歴代大統領の中で最長となる3年6ヶ月という長期拘留された朴槿恵前大統領の懲役20年が確定した。韓国大統領の不祥事は別に驚きもしないが、判決を受ける側と下す側のその民族性には厭きれるばかり。

 男尊女卑が未だ色濃く残り、儒教の国でもある韓国で女性大統領に誕生し、時代は変わったのかと思いきや、その民族性は変わるどころか益々酷くなるばかり。

 韓国歴代大統領の末路というのは実に不幸なものばかり。政絶対的権力が集中する大統領制ということよりも人品に劣る民族性からか利権に奔り、加えて朝鮮人特有の異常な金銭欲と権力欲が不正に奔らせるとしか思えない。

 大韓民国が建国され米国の傀儡として初代大統領に就任した李承晩は、絶大な権力を握り「反日」と「反共」を徹底したが、独裁色が度を越して反感を買い、大統領選の不正で学生らのデモで退陣に追い込まれ、ハワイに亡命した後に病死した。

 韓国の国是である「反共」も「反日」も竹島の不法占拠は李承晩の影響​であり、これこそが悪害となって未だ治まることはない。その後に就任した朴正煕大統領は北朝鮮による「暗殺計画」によって夫人を失い、その五年後自らも暗殺された。

 全斗換大統領は、国際法に違反する事後法の反乱首謀容疑で「死刑判決」を受けた。その後に恩赦を受け無期懲役に処せられたが法の不遡及こそ問題だろう。

 その後の盧泰愚大統領も不正献金事件で逮捕され、反乱と内乱の罪などで懲役17年に処せられるもその後に特赦された。二人の大統領の逮捕後に就任した金永三大統領も、不正融資事件で次男や側近などが逮捕され退陣を余儀なくされた。

 日本国内から拉致され波乱の人生を送りながら大統領にまで上り詰め、韓国初のノーベル賞を受けた金大中も不正資金事件で次男と三男が逮捕され退陣した。

 その後に就任した盧武鉉も不正資金供与の疑いで身内が逮捕されると、自らの逮捕を恐れて自殺した。韓国史上この盧武鉉の実行した反日政策は酷いものだった。

 近年の異常な「反日」世論を形成したのは金大中より廬武鉉に因る処が大きく、中でも廬武鉉が謀った「親日分子取締法」は親日派を一掃する悪法となった。

 歴代大統領の中でも廬武鉉ほど反日を徹底した大統領はいない。親日分子の対象者には朴正煕もいる。朴槿恵は父親の汚名返上の為にも「親日分子取締法」を廃止すべきだったのに、父親の名誉回復より反日の世論に迎合し、最後は逮捕された。

 韓国国民は、こうした事後法という国際的にも恥ずべき幼稚な法律を「愛国的」なものだと信じ、反日こそが愛国心だと信じているのだから始末が悪い。

 廬武鉉の後に就任した李明博は、不資金事件で実兄が逮捕され四面楚歌に陥ると反日のパフォーマンスで竹島へ上陸し、陛下への雑言を浴びせるも退陣した。

 ここまで酷いと大統領に権限が集中し過ぎることの反作用というより、道徳的価値観に乏しい民族性の問題だと断じられても仕方なかろう。

 不祥事が発覚し支持率が下がると「歴史認識」や「靖國問題」「慰安婦問題」などを持ち出し反日のポーズで矛先を逸らす韓国政府とそれらに迎合する韓国人。

 先日も、職業としての売春婦(慰安婦)を「従軍慰安婦」と騙る韓国は、性懲りもなく又候蠢きだし我が国政府に対して賠償という名の無心を強要。更には「反日」のポーズなのだろう我が国の排他的水域に侵入し日本漁船の追い出しを強行した。

 何れにせよ、韓国民こそが自らの責任と歴史的事実を真正面から見詰め直すべきだが、五百年も前の豊臣秀吉の朝鮮征伐を責める国に、人間としての高貴で雅量在る偉大な言葉や行動を期待する方が間違い。関わらないのが一番。呵呵。

※コメントは煩わしいので会員のみにさせて頂いております。コメント入力希望の方や御意見、メッセージは mr.cordial@live.jp へ御気軽にどうぞ。

〈会費&御支援〉みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ

cordial8317 at 05:57|PermalinkComments(0)

2021年01月14日

本日1月14日は「尖閣諸島開拓の日 (尖閣の日)」

 今日1月14日は、尖閣諸島の主権の正当性を定めた「尖閣諸島開拓の日」。沖縄県石垣市が条例により定めた記念日で「尖閣諸島の日」や「尖閣の日」とも呼ばれる。尖閣諸島とは「魚釣島」「南小島」「北小島」「久場島」「大正島」をいう。

 尖閣諸島は、国際法上、無主地先占(持ち主のいない土地を占有した国にその領有権を与えるという考え方)に基いて、10年に及ぶ現地調査の結果、明治28年1月14日に沖縄県に編入され、世界でも日本の領土として公式に認められている。

 尖閣諸島は日本固有の領土であることは紛れもない事実。大正8年冬、中華民国(当時)福建省の漁民が暴風難で遭難し和洋島(魚釣島の別称)に漂着し地元住民に助けられた。中華民国は翌9年5月20日、魚釣島の四氏に感謝状を贈っている。

kansha

〈感謝状〉「中華民国八年冬福建省恵安縣漁民郭合順等三十一人遭風遇難飄泊至日本帝国沖縄県八重山郡尖閣列島内和洋島承 日本帝国八重山郡石垣島雇玉代勢孫伴君熱心救護使得生還故国洵矚救災恤鄰當仁不譲深堪佩特贈斯状以表謝忱 中華民国駐長崎領事馮冕 中華民国九年五月二十日」

〈解説〉「中華民国八年の冬に、福建省・恵安県の漁民郭合順ら三十一人が、海上で暴風の難に遭って漂流し、日本帝国沖縄県八重山郡尖閣列島内の和洋島(魚釣島の別称)に漂着した。その際、八重山郡石垣村役所の玉代勢孫伴君らが、熱心に救護に当ってくれて、遭難漁民らを故国に生還せしめるまで世話をしてくれた事に深く感謝し、ここにこの感謝状を贈る。中華民国長崎領事馮冕 中華民国九年五月二十日」

 明確に尖閣諸島が中華民国附属の島では無く、日本領の沖縄県八重山郡の行政区域の中に位置付けている。沖縄県領域の日本領であることを当時の中華民国政府が認識していたことの証拠資料の一つだ。中華民国が中共に替わろうが同じこと。

 1960年(昭和35年)に中華人民共和国で出版された「世界地図集」(北京市地図出版社)の中でも沖縄周辺の地図には「魚釣島」と記され、国境線も国連海洋法に従って与那国島と台湾本島の中間に引かれていることに括目したい。

 1960年といえば中華人民共和国が建国された後だ。共産党一党独裁の中共で、一出版会社が中共の許可も無く自らの解釈で国境を定めることは有り得ない。つまり、この地図(世界地図集)からも尖閣諸島が日本の領土であることが読み取れる。

 台湾も同様で、1965年(昭和40年)に国防研究院と中国地学研究所が共同で出版した「世界地図集・第一冊・東亜諸国」の国境線は、与那国島と台湾本島の中間よりも台湾側に寄り、「魚釣島」「尖閣(群島)」と記されている。

 そんな中で、昭和43(1968)年6月、国連アジア極東委員会が尖閣諸島周辺の東シナ海大陸棚に石油・天然ガスが埋没している可能性を報告する。この国連の報告以降、中共と台湾は唐突に尖閣諸島の領有権を主張し始めたのが真相である。

 昭和47(1972)年、日中国交回復に向けて日中正常化交渉が行われると、田中角栄首相は明治政府の決定を無視し、尖閣諸島の領有権を「棚上げ合意」。その後、中共は国際法上の手続きも無しに地図を書き換え、1992年に自国領に組み入れた。

 中共との利権を独占したいが為に領土主権を譲歩した田中政権の容共姿勢が、我が国の国益を損なう結果となっている。我が国の歴史認識や対中外交は、日中国交条約締結時の田中の謝罪と中共への媚び諂いが踏襲され続けている。

 領土は国の主権である。田中角栄を見るまでもなく我が国は領土主権に対する認識が乏しい。ロシアに不法占拠されている北方領土や、韓国に実効支配されている竹島奪還することなど到底無理で尖閣列島も中共に併呑される危険性を孕んでいる。

 反中共を叫ぶ営業右翼らの営業で尖閣諸島問題への危機感を共有してはいるが、悲しい哉、国民の領土主権の防衛意識は乏しく、北方領土がロシア(旧ソ連)に強奪され、韓国に竹島を乗っ取られた歴史的経緯を知る国民は少ない。

 寸土たりとも主権確立には戦いをしてまで死守しているのが世界の常識であり、歴史的にも強奪された領土は奪い返すことでしか解決しない。領土問題が未解決なのは国家主権の甘さと弱腰外交が招いた悪因悪果である。

 我が国の歴代政府は「荒立てる動きはしない方が好い」とか「冷静に対処すべき」だとか、カタチばかりの「遺憾の意」を表明し穏便に遣り過して来た。断固たる抗議の声を上げて来なかった不作為が周辺諸国からの冒涜的挑発行為を許している。

 国際環境が激変する際に動くものが領土問題であり、つまりそれは北方領土や竹島を取り戻す好機であると同時に、尖閣列島や対馬が奪われる危機でもあり、沖縄本島でさえも併呑される可能性が迫っているということを自覚せよ。

 中共なんぞ恐れるに足らないチンピラ国家。尖閣列島で紛争が勃発することは共産主義体制を崩壊させる千載一遇のチャンスでもある。中共軍の敗退は習近平体制の終焉であり、そうなれば我が国は世界から称賛されることだろう。

※コメントは煩わしいので会員のみにさせて頂いております。コメント入力希望の方や御意見、メッセージは mr.cordial@live.jp へ御気軽にどうぞ。

〈会費&御支援〉みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ

cordial8317 at 06:37|PermalinkComments(0)

2021年01月11日

この身あるは親があり家があるからであり 親があり家があるは国があるからであり

 哲学者・西晋一郎は「この身あるは親があり家があるからであり 親があり家があるは国があるからであり 国があるは国の歴史があり国の精神があるからである」と訓える。実に分かり易いが奥深い言葉だと思う。

 今の自分が存在しているのは、親がいてその親がいて、また沢山の御先祖様の御蔭で存在している。それ以前に国家が在り、国の歴史の下で成り立っている。

 我が国は歴史上、人口移動の殆どない稀有な国である。日本列島に存在していた人は皆、我々の御先祖様なのだ。その共通の御先祖様からの流れの中に今日の我々が存在している。我が国の歴史は、正に御先祖様の歩みそのものなのだ。

 一方で、その我が国の歴史を悪し様に罵る連中がいる。左翼や捻くれ者らだが、そういう輩というのは御先祖様の歩みを否定していることと同じであり、つまりそれは自分の存在自体を否定していることと同じ。日本人として恥ずべきことだ。

「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」という。自分の人生の中での高が知れてる経験よりも、先人の多くの経験から学ぶことが懸命で、御先祖様の営為を学ぶことが歴史を学ぶことであり、今の自分の生き方が、追追、子孫の歴史となって行く。

 相田みつをの詩に「自分の番 いのちのバトン」というものがある。

 父と母で二人
 父と母の両親で四人
 そのまた両親で八人
 こうしてかぞえてゆくと十代前で
 千二十四人
 二十代前では?
 なんと百万人を越すんです
 過去無量の
 いのちのバトンを受けついで
 いまここに
 自分の番を生きている
 それが
 あなたのいのちです
 それがわたしのいのちです

 今を生きる我々は「今は自分の番」という意識を持って、先人が脈々と紡いで来た長い歴史に思いを馳せて子や孫に繋げて行くという立場でしかないのだ。

 命を繋ぎたくても繋げなかった時代がある。時代に翻弄され、国の為に、家族や故郷の為に、愛する者の為に尊い命を投げ出された英霊の方々の命である。

 靖國神社の「英霊の言の葉」の一つに20歳の青年の次の様な遺書があった。

 お父様お母様。
 ただいま出撃命令がでました。
 私は立派にやって参ります。
 本当はその前に最後のお礼とお別れを申し上げたかったのですが
 その暇もなく行かなければならないことをお詫び申し上げます。
 私の鞄には、缶詰やお酒が入っています。
 軍から支給されたものを皆様とご一緒に食べようと残しておいたものですが
 それも叶わぬ夢となりました。
 どうか皆様で召し上がってください
 それでは行って参ります。
 長い間お世話になりありがとうございました。
 お体お大事になさってください。
 ごきげんよう。
 さようなら。

 日本という国に生を享けた国民全てに英霊の方々の遺書でも読ませたいものだが、祖国に殉じた英霊の方々からすれば、まやかしの平和を謳歌する現代人のだらしない生き方を嘆きながらも、命を賭して護った祖国を見て微笑んでいるに違いない。

 今日は「成人の日」。国民の祝日に関する法律(祝日法)第2条には「おとなになったことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝いはげます」との趣旨が明記されている。本来、成人式は「小正月」の1月15日に行われていた。

 平成10年の「国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律」及び、平成13年の「国民の祝日に関する法律及び老人福祉法の一部を改正する法律」の所謂「ハッピーマンデー」の施行に伴い夫夫の月曜日に行うこととなった。

 ハッピーマンデーとは国體破壊を謀る左翼陣営の策謀であり、左翼陣営の最終目的は、我が国の重要な祝日である「勤労感謝の日(新嘗祭)」と「建国記念日(紀元節)」をハッピーマンデーに組み込み意味の無い休日にすることである。

 諸外国に比べ、我が国の祝祭日ほど「国柄」の分かる伝統文化はない。何故なら祝祭日の殆どが皇室行事に由来しているからだ。我が国の祝祭日は単なる休日ではないのだ。祝日の意味と意義を教えて行かねばならない。

534877_360615974043496_1774456896_n
 愚生の成人の日は、実家から送って貰った紋付き羽織袴を下宿の三畳一間の部屋で着替えて靖國神社に詣でたのを昨日のことの様に思い出す。玄関を出る際に下宿屋の婆さんが驚いてたっけ。あれからもう40年かぁ。人生とは正に光陰矢の如し。

 成人になった記念に「正論」の懸賞論文に応募したが佳作にも入らなかったなぁ。うろ覚えではあるが「イランイラク戦争に思う」ってなタイトルで「GNP1%以内という防衛費を撤廃し国防の充実を図るべき」という内容だったと思う。

 成人のモラルの低下は「七五三現象」とも呼ばれ、成人式での乱痴気騒ぎが恒例行事となっているが、こうしたことでも「大人になったことを自覚し自ら生き抜こう」という覚悟や自覚に乏しい20歳の成人式に意味があるとも思えない。

 今日「成人の日」を迎える若者よ、大人になった証しとして、両親に感謝を込めて花束に「ありがとう」の一言を添えて贈ってみては如何だろう。

※コメントは煩わしいので会員のみにさせて頂いております。コメント入力希望の方や御意見、メッセージは mr.cordial@live.jp へ御気軽にどうぞ。

〈会費&御支援〉みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ

cordial8317 at 07:09|PermalinkComments(1)

2021年01月10日

「ライダイハン」問題を抱える韓国に我が国を責める資格など無い

 職業としての売春婦(慰安婦)を「従軍慰安婦」と騙る韓国は、厭きもせずに又候蠢きだし我が国政府に賠償という名の無心を強要して来た。

 対韓外交は無視してるのが最良だが、韓国側がこうした強請り、タカリに奔るのは、朝鮮人の人品の低さも然ること乍ら、歴代日本政府の無知と事勿れ主義と弱腰軟弱外交が要因になっていることは間違いない。

 朝日新聞が捏造した慰安婦問題を、自民党の宮沢内閣下で、河野洋平官房長官が談話を発表し、これが韓国人慰安婦をツケ上がらせる原因を作り、村山談話で火に油を注ぎ、その後の自民党政権下でもこれらを撤回せずした。

 自民党が政権から陥落し民主党政権誕生すると鳩山由紀夫が訪韓して「国家補償」を約束し、前原誠司外相が「戦後賠償支援」を言及したことは記憶に新しい。

 慰安婦問題は、韓国側の裏切りもあるが日本側が国家として「謝罪」も「約束」もしている訳だから、韓国みしてみりゃ要求するのは当然で、単なる強請り、タカリと言ってもいられない現実が厳然と存在してしまったのだ。

 文在寅韓国大統領は、慰安婦問題に関する日韓合意に難色を示し、「国民の大多数が情緒的に受け入れることが出来ない」との立場を取っている。

 そこまで言うなら日本国内の反韓感情も同じく、国際的な約束事を反故にし、事ある毎に難癖を吐ける韓国への日本国民の大多数の怒りでもある。また、ベトナム国民の多くはベトナム戦争での韓国軍の蛮行を決して許すことはない。

 我が国が幾ら丁寧に説明をしたところで、事大思想が根底にある韓国側は理解しない。性悪な韓国は相手にせず、国際社会に訴えて行くことが肝要で、過去に見るまでもなく譲歩や謝罪は却って益々怒りを露わにしツケ上がるのが関の山。

 文大統領は、日本大使館前の慰安婦像に続いて、強制連行されたという朝鮮人労働者像の建立も示唆して実行を謀ったが、こうした御粗末な国と未来志向の関係を築くことは北朝鮮の金一族体制が崩壊することより困難なことだ(笑)

 抑々「慰安婦問題」など存在しない単なるフィクション。 韓国側が慰安婦問題を叫べば叫ぶほど、韓国側がひた隠す「ライダイハン(韓国人とベトナム人の混血児)」問題が世界に発信されて行くし、発信しなければならない大問題だろう。

「ライ」とはベトナム語で「雑種」の意味で、「ダイハン」は「大韓」のベトナム語読み。つまり、韓国人男性とベトナム人女性の間に生まれた子供のこと。

 1964年、ベトナム戦争が激化すると韓国は、米国への忠誠と資金援助を得る為にベトナムに韓国軍を派兵。韓国軍兵士は十万人単位のベトナム人女性を凌辱し強姦、その一部を虐殺、結果、約3万人のライダイハンが生まれ放置された。

「戦争」とは相手を征服することであり、「征服」とは掠奪である。7世紀に興ったイスラムでは「略奪」は正しいと教え、中でも最高の戦利品は「女」だった。

 女を奪い犯すことは、その国家、民族の純粋性を奪い、征服者の血を入れることで征服が完結する。征服の定義とは、正に「掠奪」と「強姦」の歴史だった。

 斯くて世界中の民族、国家は万古不偏、この定義に従って戦争して来たし、ベトナムでの韓国軍もこの定義に従った卑劣なものだった。だが、こうした世界とは違った国が存在した。それが日本である。我が国は日清戦争の昔から「掠奪」と「強姦」を軍律で厳しく規定し、規定を破った者は厳しく処罰された。

 然し、生きるか死ぬかの戦場で、若い兵士に生理的なものにまで我慢を強いるのは逆に統率を失うし、強姦事件も起きるだろうと、街に在る「遊郭」で息抜きをさせた。その遊郭で働いていたのが慰安婦であり売春婦である。

 戦場に遊郭を建て兵士に息抜きをさせるのは肝心で、これはまた当地での性犯罪を防ぎ、相手民族の尊厳を最低限保つことでもあったのだ。

 こうした日本軍の配慮を知らずして、高給に集った売春婦を「従軍慰安婦」と称し、恰も日本軍が関与し、朝鮮人の女性を銃で脅して強制連行し、名誉を傷付け「性奴隷」にしたとは言語道断という他は無い。

 売春婦が戦場迄出張ることは当時は当り前の時代であり、売春が悪で、凌辱の限りを尽くし強姦し、相手国の女性に子供を産ませることは赦されることなのか。

 日本軍が朝鮮人女性を強制的に連行したのなら集団で強姦しただろう。だが、そうした混血児が生まれたなどということはない。ライダイハン問題には沈黙し、我が国の慰安婦問題だけを騒ぎ立てることに矛盾と羞恥心は感じないのか。

 統一後のベトナムでは、ライダイハンは「敵国の子」とされ、迫害の対象となった。1987年に米国政府は戦争責任からか混血児とその家族の移住を受け入れ始めた。だが、韓国側は謝罪もせず沈黙を続けた儘だ。

 ベトナム人の韓国人憎悪は激しく、ベトナムのクァンアイソン・ビンホア村には「韓国軍憎悪碑」というものが建っており、次の様に刻まれている。

「天をつく罪悪、万代に記憶するだろう!この虐殺で犠牲になった者の数は合計430人、そのうち268人は女性、109人は50才から80才まで老人、82人は子供、7人は妊婦だった。2人は生きたまま火に投げこまれ、1人は首を切られ、1人は腹を割かれ、2人は強姦された。2世帯は一人残らず抹殺された」

 当時の朴正煕政権は「反共」を国是とし、驚くことにベトナムでの強姦という蛮行も犯罪ではなく英雄的行為とされた。共産主義者との戦いと弾圧は熾烈さを増した厳しいもので、女性子供であろうが情けは無用との認識だった。

「ライダイハン問題」を抱えながら、ベトナムに対して謝罪も補償もしない韓国に、慰安婦問題で我が国を責める資格など無い。共産主義者である文在寅は、反日より「反共」の名の下に実行された自国の汚辱の歴史を顧みて謝罪するべきだ。

※コメントは煩わしいので会員のみにさせて頂いております。コメント入力希望の方や御意見、メッセージは mr.cordial@live.jp へ御気軽にどうぞ。

〈会費&御支援〉みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ

cordial8317 at 08:06|PermalinkComments(0)

2021年01月09日

徒然なるまゝにその日ぐらし。あなたにプロ意識はありますか?

 ブログの他にSNSなどもやってるが、政治批評や右翼思想のブログより、食べ歩きのブログや地元ネタの記事の方が好評なのはチョッと複雑でもある(笑)

 まぁ、政治批評や政治に関することというのは余り興味もないし、しょっちゅうアップしてると当り前の様に思われてしまうし、近くの神社が有難く感じないのと同じで、軽く思われるのは当然。もう少し勿体付けた方が好いのかもなぁ(笑)

 そういう愚生といえば相変わらず算段に余念がないが、講演依頼もなく、支援者や協力者も見つからず、暇を持て余してるから精精ブログの更新が関の山。今月の収入予定は2万円だけ。ヤフオクで凌いでるが他の品が目に留まり購入してしまうから何にもならない、というより出品数より余計買ってるし(笑)

「赤字国債はケシカラン」という。我が国の収入(歳入)を分かり易く説明すれば、年収が500万円(歳入約50兆円)ほどだが生活費が年に1000万(歳出100兆円)ほどかかる。借り入れ金(国債)は1億円(1000兆円)余り。

 愚生の場合、年収が100万円も満たない。付き合いは最小限にしているが、現役時代の借金と重なり年間約500万円の赤字になる。このまま行けばギリシャの二の舞だが、そんなギリシャにも支援されるのだから愚生も悲観はしていない(笑)

 震災前には結構あった借金も減り、どうにか返済に目途が立ったと思いきや、震災で先行きが怪しくなった。 また暴排条例などもあってヤクザも元気が無くなって、今日勝つネタも、仲を取り持つ人物もいなくなったのが大きい(笑)

 そんな状況ではあるが、僅かだが支援者がいるから未だ救われている。困窮しているのは右翼人としても本気でやっていないからだ。どんなインチキ宗教でも信者がいるのに支援者が乏しいのは「強烈な努力」が足らないからだろう。

 まぁ、借金はマジメに働いて返すのが一番だし、働いてた方が余計なことを考えないで済むのでいいのだが、都合の好い右翼人には成りたくないと思っているし、浪人なら浪人で中途半端な生き方ではなくホンモノで在りたいと思っている。

 今の時代、ヤクザでも右翼でもどんな職業でもそうだが、「らしい」人やプロ意識や職人気質が乏しくなってしまった様に感じる。 サラリーマンでも教師でも、ダンプの運ちゃんでもパートのおばちゃんでも議員でも報酬を貰えばプロだ。

 どんな生き方でもプロとしての自覚が無ければダメだ。議員なんぞ頭にあるのは如何に次の選挙に当選するかだけで、議員を生業と考えている様ではプロ失格。

 給料とは昔でいう俸禄であり、侍(さぶら)うという自覚もない。「侍う」とは「仕える」という意味。 給料を貰ってるならその会社に仕え、公務員や議員は国家や自治体、国民に仕えるということなのだがそうした意識は乏しい。

 自分の夢がありながら目先の生活に困窮し、或いは分不相応な生活を望んで目先の「食える」職業を選択してしまうが、そんなんでプロに成れる筈もない。

 また生活出来ないからと乞食根性丸出しで、弱者を装い自治体へ無心し生活保護を受給する。勤労の義務を果たさず生活保護が国民の汗した税金という意識は毛頭無く、頂くものは頂きながら国家を批判し更なる無心は止まることは無い。

「好きなことをやり、それで食えるようになりたい」と思うのならば、それに向かい懸命に努力し、我慢し、試練に耐えながら必死に生きれば好いが、現代では手頃なアルバイトで食えてしまうから夢なんぞ二の次、ホント始末が悪い。 これではプロや本物(ホンモノ)は育たないし、ホンモノに成ることは絶対に無い。

「本物(ホンモノ)」になる為の道というのがあるという。「長い囹圄(刑務所)」「長い闘病生活」「長い浪人暮らし」の三つだというが、これらに要求されることは「我慢」以外にはない。我慢こそがホンモノになる近道ということだ。

「使える人物」というのもやはり同じで、これには三つの他に「長い放蕩生活」というのが入る。愚生も右翼浪人と気取ってはいるが放蕩と似た様なものか(笑)

 プロの世界は一見華やかに見える世界だが、そこに至る努力と我慢、精神力を鍛え上げることで開花し一流となる。 己の求める生き方から逃げ、目先の仕事にあり付いて、食えることを優先するというのは、それは単なる自分自身への誤魔化しであり夢への挫折であり、何よりプロやホンモノへの侮辱でもある。

 愚生が右翼の世界に入った昭和50年代は「第一次右翼ブーム」と言われた時代で、取り分けヤクザにも成れない中途半端な暴走族らが興味本位で右翼団体に入隊した。マスコミはそれらを「インスタント右翼」と揶揄したりした。

 愚生も街宣右翼のパイオニアであり、総会屋右翼と呼ばれた「防共挺身隊」に所属し、何百何千の右翼らを見て来たが、殆ど残ることはなく、熱が醒めると去って行き残ったのはホンの僅か。その残った者がホンモノかというとそうでもない。

 最近も過去のインスタント右翼時代よりも気軽に日の丸を掲げて愛国者を標榜出来る様になった。これが好いことなのか、違うのかは未だ分からない。右翼と自称愛国者とのボーダーラインが無くなったのは確かだろう。

 自称愛国者やネット右翼が席巻するのと比例して右翼は聞き分けが好くなり牙も無くなった。今の保守ブームが去れば、自称愛国者も去って行くのは時間の問題だろうし、そういう勢力と与することは右翼陣営にとって好ましいとは思わない。

 政治の世界とはホンモノとホンモノのぶつかり合い。大衆はどちらにも動く。大衆というのはそういうものだ。だが、政治家にホンモノがいるかというとそうでもない。何より、ホンモノが育たない政治システムなのだからしょうがない。

 その政治をダメにしてるシステムの最たるものが小選挙区制度である。物事を白黒で判断することもなく中庸を重んじる日本人には小選挙区制度はそぐわない。

 中選挙区は総選挙ごとに4分の1が一新される。例えば、エネルギー問題に関して反原発議員だけではなく原発推進の無所属候補者も当選する機会が出来る。

 憲法論も同じで、自民党が謀ろうとするインチキ憲法九条改正ではなく、「現憲法の無効」を訴え、大日本帝国憲法復元改正などを訴える候補者が当選する可能性も出てくる。自民党か野党かの二者択一の小選挙区制度は廃止すべきだ。

 営業保守らは尖閣列島の危機を叫び「九条改正」を訴える。アホの政治家が保守票欲しさに迎合する。尖閣の危機は眼前に迫ってる問題なのに九条改正を実現しようとは悠長なことだ。ホンモノの政治家が「現憲法無効」を宣言し、正統な国法である大日本帝国憲法の復元改正こそが我が国が採るべき道である。

 悲しい哉、我が国の政治家にホンモノはいない。我が国の不幸は、日本国家の芯でもある天皇国日本の国體と国益を理解している政治家がいないことに尽きる。

 右翼浪人の先輩であり盟友であった九州天草出身の横山武彦という削げ者がいた。 その横山は常々「乞食でもホンモノは信用出来る」と訓えたのを思い出す。

 乞食のホンモノとは生活保護に頼らず極貧に喘ぎながらも生きている者であり、精神的乞食というのは弱者を標榜して生活保護を無心してるあさましい連中だ。

 思想に限らずどんな業界でも、その道に努力し、財力に諂わず懸命に生きてる人は好感が持てる。あなたにプロ意識がありますか?あなたはホンモノですか?

※コメントは煩わしいので会員のみにさせて頂いております。コメント入力希望の方や御意見、メッセージは mr.cordial@live.jp へ御気軽にどうぞ。

〈会費&御支援〉みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ

cordial8317 at 08:49|PermalinkComments(0)

2021年01月04日

気になった時局や雑感を徒然なるまゝに綴ってみる(笑)

 正月三箇日も過ぎ徐々に普段の生活に戻ると言いたいが、新型コロナウイルスへの異常な警戒感もあって以前の様な生活に戻ることはないのだろう。

 新型コロナワクチンが出回れば騒ぎも沈静化するだろうが、「新型コロナに治療効果の見られるアビガンを承認する」の一言で多くの国民の不安が払拭されるのに何故に承認しないのだろう。厚労省官僚と新型コロナが日本を崩壊に導く。

 国民に安心安全を尽くすべき政治家が官僚に操られて手を拱き、マスコミが便乗してコロナへの不安を煽っていることは摩訶不思議な現象でもある。警戒するのは別に好いが、殊更に新型コロナに怯えることは中国共産党の思う壺だ。

 第一次世界大戦時に流行したスペイン風邪では、当時の人口の3分の1の5億人が罹患し5000万人~1億人が死亡。日本では約2300万人が罹患し約40万人が死亡。福島県内でも6993人が罹り148人が死亡した。それと比べても驚く数値ではない。

 閑話休題。昨日の地元紙のコラム「あぶくま抄」に「帰省の意味には郷里に帰って父母を見舞う」「『省』」とは(父母を)と顧みるという意味がある」いうのが載っていた。「日曜論壇」は左翼文士らの発言の場だが、このコラムは中々秀逸。

 なるほど、帰省とは「郷里に帰って父母を見舞う」とは妙に納得。そういえば、父母が亡くなってなって帰省する機会が減ったのはやはりそういうことなんだろう。

 菅総理がラジオの放送番組で、皇位継承問題について「現状に於いては男系継承は最優先にすべきだ」と述べたことで、インチキ保守派や自称愛国者らが安堵しているみたいだが、男系は秋篠宮悠仁親王だけではなく敬宮愛子内親王も含まれる。

「男系継承」ではなく、「男系男子の継承」と敢えて言わないところに皇統断絶に与する菅の強かさが見える。安定的皇位継承というなら旧皇族の皇籍復帰を成す以外には無いが、皇籍復帰に「私の立場で発言は控える」とは全く以て意味不明。

 昨年、「日本の尊厳と国益を護る会(代表・青山繁晴参院議員)」のメンバーが菅首相と面会し、皇位継承に関し菅首相が「男系男子が絶えることなく続いて来た重みを踏まえる」との認識を確認したと言ってたが、舌も乾かぬうちに(苦笑)

 菅首相は官房長官時代に安倍と共に退位法案を成立させ、「将来の天皇が退位する際の先例に成り得る」と退位法案を強行させた逆賊の一人でもある。隠れ女系天皇推進派でもある菅がそう簡単に「男系男子」や「皇籍復帰」は成さないだろう。

 皇位継承で大事なのは神武天皇以来の「男系」の血筋であり、「今上陛下とは血筋が違う」という理由は反天皇勢力に拠って創られた現代の価値観に過ぎない。

 宮家を再興するということは男系男子の皇位継承の安定を図るだけではなく、皇室の本分である祭祀を継承して戴くということにある。

 旧宮家とは「伏見(ふしみ)宮」「閑院(かんいん)宮」「山階(やましな)宮」「北白川宮」「梨本宮」「久邇(くに)宮」「賀陽(かや)宮」「東伏見(ひがしふしみ)宮」「竹田宮」「朝香(あさか)宮」「東久邇(ひがしくに)宮」。

 旧11宮家の方々は北朝第3代崇光天皇の皇子、栄仁親王から始まる伏見宮の系統に属し今上天皇との関係は、室町時代の伏見宮貞成親王を共通の祖先とされている。

 東久邇宮盛厚王(明治天皇の孫)の妻は昭和天皇の長女である茂子内親王であり、上皇后陛下が民間から嫁がれていることをしても男系男子の正統性を有する。

 秋篠宮皇太弟~悠仁親王殿下の継承は決めっているが、東久邇家以外にも男系男子がおられ、皇位継承は旧宮家の皇籍復帰を成すことで盤石となる。

 占領下、旧宮家の皇籍離脱に最後まで反対した昭和天皇の意を汲み、旧皇族を皇籍復帰させることこそが皇統断絶を救う唯一の道である。「養子論」で世論を誑かす営業保守に騙されること勿れ。ということで、徒然なるまゝに綴ってみました。

※コメントは煩わしいので会員のみにさせて頂いております。コメント入力希望の方や御意見、メッセージは mr.cordial@live.jp へ御気軽にどうぞ。

〈会費&御支援〉みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ

cordial8317 at 08:41|PermalinkComments(0)

2021年01月03日

父上様、母上様、三日とろろ美味しゆうございました(円谷幸吉)

 愚生の住む福島県内を始めとする東北地方や北関東の一部の地域では、正月の3日にはとろろメシ(汁)を食べる風習がある。ということで、朝は三日とろろ。

「三日とろろ」を食べるとその年は風邪をひかないと言われている。まぁ、風邪をひかない様にというより「七草粥」の様に、年末年始で飲み過ぎて疲れた胃腸を労わり滋養を付けるという意味からとろろを食べる様になったのだと思う。

「三日とろろ」でいつも思い出すのは、福島県須賀川市出身で東京五輪マラソン銅メダリストの円谷幸吉選手を思い出す。遺書の最初に「父上様、母上様、三日とろろ美味しゆうございました」と認められ、家族皆への感謝が綴られている。

 遺書の最後には「幸吉は父母上様の側で暮らしとうございました」で結ばれ、中でも「幸吉は、もうすっかり疲れ切ってしまって走れません。何卒お許し下さい」の言葉は、マラソントップ選手故の苦悩の現れであり、衝撃的でもある。

 円谷選手が遺書は、世話になった方々から頂いた美味しい食べ物への感謝の言葉で綴られ、彼の人となりが十分伝わってくる内容だ。(以下、遺書の全文)

「父上様、母上様、三日とろろ美味しうございました。干し柿、もちも美味しうございました。敏雄兄姉上様、おすし美味しうございました。勝美兄姉上様、ブドウ酒 リンゴ美味しうございました。巌兄姉上様、しそめし南ばんづけ美味しうございました。喜久造兄姉上様 ブドウ液養命酒美味しうございました。又いつも洗濯ありがとうございました。幸造兄姉上様、往復車に便乗さして戴き有難とうございました。モンゴいか美味しうございました。正男兄姉上様、お気を煩わして大変申し訳ありませんでした。幸雄君、秀雄君、幹雄君、敏子ちゃん、ひで子ちゃん、良介君、敬久君、みよ子ちゃん、ゆき江ちゃん、光江ちゃん、彰君、芳幸君、恵子ちゃん、幸栄君、裕ちゃん、キーちゃん、正嗣君、立派な人になってください。父上様母上様、幸吉は、もうすっかり疲れ切ってしまって走れません。何卒お許し下さい。気が休まる事なく御苦労、御心配をお掛け致し申し訳ありません。幸吉は父母上様の側で暮しとうございました」

 アジアで初であり、有色人種国として初めて開催された東京オリンピックで銅メダル獲得という快挙を成し遂げた幸吉は、レース後の会見でこう語った。

「私一人が走っているのではなく、日本国民全部の人が後ろから私を押していてくれるという感じを受けました」。この言葉は正しく幸吉が国士だった証しだろう。

 遺書というのはその人の人物像が現れる。中でも、特攻隊員や靖國に眠る英霊の遺書は正しく「神」そのものの渾身の叫びであり、その言葉には言霊が宿り、その精神は日本人の心の奥に響き、時空を超えて明らかに現代に感応している。

 右翼人の愚生には左翼という生き方はどんなものかは知らないが、二十八歳で自裁した連合赤軍中央委員会委員長・森恒夫の遺書には「自己の責任の重さに絶望し、自らに死刑を下す」と綴られている。その内容は次の様なものだった。

「御遺族のみなさん、十二名の同志はぼくのブルジョア的反マルクス的専制と戦い、階級性、革命性を守ろうとした革命的同志であった。責任はひとえにぼくにある。同志のみなさん、常に心から励まして下さってありがとう。お元気で。父上、ぼくはあなたの強い意志を学びとるべきだった。強い意志のない正義感は薄っぺらなものとなり、変質したのである。お元気で。愛する人へ、希望をもって生きて下さい。さようなら。荷物は坂東君に」

 森は逮捕されてからはキリスト教に関心を示していたという。革命に向けて自ら行った虐殺の罪を悔い改めてはいるが、それはその手法であって遺族への謝罪は全くないことをしても左翼思想云々以前に人間的な幼稚さが露われている。

 一方で、浅沼稲次郎社会党委員長を刺殺した山口二矢は供述調書を取り終えると移送された練馬鑑別所で自裁。その調書の中で遺族に対して心境を吐露している。

「浅沼委員長を倒すことは日本の為と堅く信じ殺害したのですから、行為については法に触れることではありますが今何も悔いる処はありません。しかし、浅沼委員長は最早故人となった人ですから、生前の罪悪を追及する考えは毛頭なく唯故人の冥福を祈る気持ちであります。又浅沼委員長の家族に対しては、如何なる父、夫であっても情愛に変わりなく、殺害されたことによって悲しい想いで生活をし迷惑を掛けたことは事実ですので、心から家族の方に申し訳ないと思っています」

 二矢は練馬鑑別所に於いて、「國のため 神洲男児晴れやかに ほほえみ行かん 死出の旅へ」「大君に 仕えまつれる 若人は 今も昔も 心かわらじ」の辞世を遺し、「天皇陛下万歳」と従容として死に就いた。享年十七歳。

 二矢は、「私には日本人の血が流れており唯物論では到底割り切れない。持って生まれた日本精神という唯心論的なものが滾っており、天性からこういう人生観、思想などが形成されたと思っています。尚、本当の日本人であれば、私の様な人生観、思想というものが心の奥底には必ず在ると思います」と述べている。

 十七歳の二矢と二十八歳の森恒夫との人生観の違いは歴然だろう。二矢と円谷幸吉の遺書に日本人としての惻隠の情を犇々と感じ、人というのはどれだけ長く生きたかではなく、どう生きたか、どう生きるかが大事だと痛感する。合掌再拝。

※コメントは煩わしいので会員のみにさせて頂いておりますが、コメント入力希望の方やメッセージは mr.cordial@live.jpへ御気軽にメールを寄せられたい。

《会費&御支援》みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ

cordial8317 at 08:02|PermalinkComments(0)

2021年01月02日

祭祀が軽んじられて天皇は憲法下で政府の傀儡と化している

 新型コロナの影響で一般参賀が中止となり、代わりに天皇陛下のビデオメッセージが発表された。詔勅ではなく、天皇が御自らの意志をこうした形で吐露遊ばされることは天皇が現憲法下で宮内庁や政府の傀儡と化している様に感じてならない。

 天皇は現憲法では国民統合の象徴とされているが、天皇とはどの様な存在であるかを知らぬ国民が多過ぎる。畏くも陛下の一年は、元旦未明に斎行される「四方拝」で始まる。四方拝は「新嘗祭」に並ぶ宮中祭祀中でも重要な祭事である。

 元旦未明から陛下は潔斎し身を清め、古式に則った黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)の装束を身に纏い、伊勢神宮や陵墓、四方の神々に拝し、国の安寧や豊作を祈る。これこそが歴代天皇が行ってきた努めであり秘儀である。

 近年は天皇の祭祀は軽んじられ、正装である黄櫨染御袍正装ではなく、憲法で明記されている国事行為の「新年祝賀の儀」が優先されてモーニング(礼服)を着ての拝礼で済まし、年始の祭典である「歳旦祭」も掌典職が代拝している。

 元旦の四方拝に続き、正月三日には国と国民の繁栄を祈る「元始祭」、四日は「奏事始め」、七日は「昭和天皇祭」等等、宮中祭祀は年に二十件前後斎行されるのだが、近年は公務の軽減という理由から代拝や短縮などの簡略化が謀られている。

 宮中祭祀でも最も重要な祭事が十一月二十三日に執り行われる「新嘗祭」である。 新嘗祭は、天皇がその年に収穫された新穀などを天神地祇に供えて感謝の奉告を行い、これらの供え物を神からの賜りものとして自らも食する儀式である 。

 因みに、天皇が即位し始めて行う新嘗祭を「大嘗祭」と言う。正しく天皇とは祭主であり、祈る存在であらされるのだが、現憲法にはそうした天皇の祭祀の条項はなく、GHQが改悪を謀った現皇室典範には大嘗祭の規定すらない。

 新嘗祭は、当日の「夕の儀」に始まり、夜半に「暁の儀」が斎行される。だが、平成24年から負担軽減を理由に暁の儀が中止されている。暁の儀の取り止めは、皇極元年より受け継いできた祭祀に、今後少なからず影響を齎すのは明らか。

 本来ならば、歴代天皇が司ってきた祭事を最優先して国事行為こそ軽減すべき。上皇陛下が御高齢を理由に譲位遊ばされたが、負担軽減というなら国事行為や公的行事を当時の皇太子殿下や秋篠宮親王殿下が輔佐する環境こそ整えるべきであった。

 だが、あろうことか当時の安倍亡国内閣は、皇室典範に退位を附帯して実質的な皇室典範の改悪を謀り、畏れ多くも陛下の譲位(退位)を強行し、更には天皇の大権である元号制定権をも剥奪したことは我が国の歴史の汚辱であった。

 現憲法は、実に御粗末なことに歴史的な国家としての継続された「祭祀」に関する天皇の役割を否定し、天皇の「国事行為」のみで「公的行為」は明文化されていない。然し乍ら天皇は憲法以前の御存在であらせられるのだ。

 インチキ愛国者らへの目晦ましと保守票欲しさから憲法九条を改正し自衛隊の憲法明記に躍起だが、陛下の象徴としての御立場や国事行為が列記される憲法第一条から第八条に及ぶ「第一章・天皇」条項こそ議論し見直さなくてはならない。

 神武肇国から続く万世一系の皇統が、平成の世を境に断絶の方向に進み、憲法以前の御存在であらされ、祈る存在であるべき天皇が現憲法下で傀儡と化し、都合好く利用されてしまっている現状は皇国臣民の一人として忝く思う。

 天皇の祭祀を軽んじてるのは皇統断絶を謀る獅子身中の虫である宮内庁か、反天皇勢力でもある左翼どもなのか。それとも保守を標榜しながらそれらに与する自民党が元凶か、自公政権か。祖国日本を破壊する国賊どもを剔抉粛正せねばならない。

※コメントは煩わしいので会員のみにさせて頂いておりますが、コメント入力希望の方やメッセージは mr.cordial@live.jpへ御気軽にメールを寄せられたい。

《会費&御支援》みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ

cordial8317 at 07:25|PermalinkComments(0)

2021年01月01日

全愛国者よ、天皇国日本の真姿開顕に奮励前進、捨身奉公せよ!

 皇紀2681年、令和3年の年頭に当り、謹んで天皇陛下と皇室の弥栄を寿ぎ奉り、併而、御支援御厚情を賜る皆々様方の御隆昌と御健康を祈念申し上げます。

 拙ブログのサブタイトルに「わが民族の将来と国家の前途を思うは人間の最も真剣なる感情であり、君国に忠、親に孝なるは最も現実なる道徳である。之を離れては人類愛も世界的正義も空想に過ぎない(西晋一郎)」との言葉を記している。

 心ある日本人は祖国日本に生を享けた者としてその日本の将来を憂い、心中密かに期するものがあるだろう。それは一体何か、何であらねばならないのか。

 この心中に在る想いを一言にして表現するならば、世界に比類なき天皇国日本の真姿開顕に奮励前進、捨身奉公するということに尽きよう。

 是つまり、皇祖天照大御神が垂示し給うところの、「葦原千五百秋之瑞穂國、是吾子孫可王之地也。宜爾皇孫、就而治焉。行矣。寶祚之降、當與天壤無窮者矣」との天孫降臨の御神勅を、心魂に刻んで日々奉拝することである。

 この御神勅は、皇祖・天照大神が、皇孫である瓊瓊杵尊に対して下した勅にて、日本列島統治に於ける皇室の正統性、皇室及び国の永続性を祝福したものである。

 読み下し文は「豊葦原の千五百秋の瑞穂の國は、是れ吾が子孫(うみのこ)の王(きみ)たるべき地(くに)也。宜しく爾皇孫(いましすめみま)、就(ゆ)きて治(しら)せ。行矣(さきくませ)、寶祚(あまつひつぎ)の隆(さか)えまさむこと、当(まさ)に天壤(あめつち)と窮(きわま)り無かるべし」と読む。

 大日本帝国憲法(欽定憲法)が施行された明治22年2月11日の紀元節に於いて、明治天皇は国民に下し給える憲法発布勅語の中でこう思召し遊ばされた。

「惟フニ我カ祖我カ宗ハ我カ臣民祖先ノ協力輔翼ニ倚リ我カ帝国ヲ肇造シ以テ無窮ニ垂レタリ此レ我カ神聖ナル祖宗ノ威徳ト並ニ臣民ノ忠実勇武ニシテ国ヲ愛シ公ニ殉ヒ以テ此ノ光輝アル国史ノ成跡ヲ貽シタルナリ」

 この勅語こそ正に天孫降臨の御神勅の精神の継承である。大日本帝国憲法こそが不磨の大典であり我が国の正統な国法であることの証明でもある。

 第一条に「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」と記されている通り、我が国は「天皇国日本」なのである。これこそが日本国民たるものとして肝に銘じ、忘れてはならない万古不磨の大原理大原則である。

 南北朝時代の公卿・北畠親房卿は「皇統正統記」の序論で「大日本者神国也、天祖ハジメテ基ヲヒラキ、日神ナガク統ヲ伝給フ。我国ノミ此事アリ。異朝ニハ其タグヒナシ。此故ニ神国ト云也」と記している。

(大日本国は神の国なり。天祖(あまつみおや)が初めて国の基礎を築き、日神(天照大神)が長らく国を統括してきた歴史を持っています。他の国々にはこのような例はありません。故に我が国は神国である)との意味だ。

 この北畠親房卿の「皇統正統記」もまた日本国民が矜持すべき信念であり、日本人としての信仰であらねばならないと断言して憚らない。

 この古より伝えられた日本民族の精神と、道統を受け継ぎ、これを護持し、これを宣布し、そして子孫に伝えるところの責任と使命を有する者は、今を生きる我々日本人であることは言うを俟たないところであろう。

 然るに、この万邦無比の国體、尊厳崇高なる祖国日本の歴史と道統に目を覆い、或いは西洋物質文明に被れ、或いは共産主義反逆思想に随喜して、日本人の本質を自ら喪失し、無機質な人種が増殖する傾向は由々しき一大事と言わざるを得ない。

 江戸時代の国学者である本居宣長は、自著「うひ山ふみ」の中で、「やまと魂だによく堅固(かた)まりて、動くことなければ、昼夜からぶみをのみよむといへども、かれに惑はされるうれひはなきなり」と教示している。

「からぶみ」とは「西洋かぶれ」ということだが、現代人もまた「やまと魂だによく堅固まりて」どころではなく、高邁な日本精神を忘却してしまった。

 国内には未だ米国の占領政策の洗脳から目覚めることなく、米国や中共の走狗となった不逞の徒輩により大和魂の基盤そのものが逐次掘削され、国家の大本を忘却し経済至上主義に現を抜かし祖国日本は消滅寸前の様相を呈している。

 この迫り来る祖国の危機に対処し、天皇国日本を盤石の安きに置く使命を有するものは我ら日本人である。正にその存在の意義を示す神機は近付きつつあるのだ。さあ、全愛国者よ、その一旦緩急に備え遺憾無きを期そうではないか。

 念頭に当り、正統右翼浪人として、貧すと雖も志士の覚悟を忘却することなく一維新者として草莽の道を歩んで往こうと思っておりますれば、本年も引き続き拙ブログに御付き合いの程宜しく御願い申し上げます。すめらぎいやさか。

 皇紀2681年歳旦 佐久間五郎拝

※コメントは煩わしいので会員のみにさせて頂いております。コメント入力希望の方やメッセージはmr.cordial@live.jpへ御気軽にメールを寄せられたい。

《会費&御支援》みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ

cordial8317 at 07:42|PermalinkComments(0)

2020年12月30日

「今日は無礼講だから遠慮しないでどんどん呑め!」とか言われて調子に乗って杯盤狼籍(笑)

 忘新年会のシーズンだが、新型コロナの影響で例年とは事情が違う。忘年会などで「今日は無礼講だから遠慮しないでどんどん呑め」とか言われてその気になって泥酔して杯盤狼籍。翌日には記憶もカネも無いなんてのはよくあるだろう。

 先輩や上司から「無礼講だ」と言われてもやはり酒席では礼節は失ってはいけません。大体、会社や先輩での酒席は修行の一環。気を遣って飲む酒なんぞ旨くもないし楽しくもない。やはり酒は身銭を切って飲むのが旨いし愉しい。

 毘沙門天を信仰し、生涯質素な生活を送った質実剛健の戦国武将の上杉謙信は、東北山形を勢力にしたということもあって敬愛している。謙信は酒には目が無くて、お気に入りの大ぶりの盃を持って部下と一献するのが楽しみだったという。

 部下に大いに酒を勧めながら酔っ払った姿を観察し、酒に呑まれて我を忘れる部下を酷く嫌い、また、酔った勢いでここぞとばかりに進言したりする部下も信用しなかったという。普段も酒席でも同じ態度で接してる者を重用したという。

 そんな謙信も、酒の飲み過ぎでが原因で脳卒中で死んだ。何か親近感が沸くというものだが、脳卒中というのはの脳梗塞を経験してる愚生も他人事ではない。

 酒席を同じくした鼻に付く先輩などには、愚生は敢えて苦言を呈す時もある。ただ、翌日には「昨日は酔っぱらってついつい言い過ぎました」と謝ることにしているが、酒の所為にすれば大概赦される。でも、酔って発した言葉は本音です(笑)

 吉田松陰は「常に直諫なくば」と訓えている。謙信の「酔った勢いで」も同じで、先輩や上司への諫言とはシラフの時に言った方が好い。ただ、そんな諫言を赦してくれる度量の大きな先輩や上司は限りなく少ないので御注意を(笑)

「今日は無礼講だ」と勧める一方で、酒席の様子や酔っ払いぶりを謙信の様に冷静に観察している上司や先輩方がいることを忘れてはいけません。酒席というのは箸の使い方や所作というのも目に付くし、相手の人となりがよく分かるものなのです。

 酒を飲まない人には分からないだろうが、酒っていうのは失敗も多いが失敗で得る方が断然多い。正しく失敗は成功の基。「酒が人間をダメにするんじゃなく、酒は如何に人間がダメなものかを教えてくれる」とは立川談志だが、蓋し正論。

「酒は飲むべし 酒は飲むべし 人生唯酒ありて肝を開く 酔中の快楽人知るなし」とは坂本龍馬。酒は男を磨く道具の一つである。肴は特に拘らなくても好いが、飲む酒にはチョッとは拘りたいものだ。ということで呑み過ぎには御注意を。呵呵。

 この拙文を以て今年最後のブログと致します。今年も「爆ちゃん吼える」に御付き合い頂き感謝申し上げると共に、謹んで陛下と皇室の弥栄を寿ぎ奉り、併而、来る年が皆様にとって実りある年と成ります様に御祈念申し上げます。

※コメントは煩わしいので会員のみにさせて頂いております。コメント入力希望の方や御意見、メッセージは mr.cordial@live.jp へ御気軽にどうぞ。

〈会費&御支援〉みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ

cordial8317 at 05:55|PermalinkComments(0)

2020年12月24日

袴田事件の再審を急ぎ「無罪」判決を言い渡せ!

 東京高裁は一昨年6月、昭和41(1966)年6月30日、「王こがね味噌橋本藤作商店」の専務宅が放火され、焼跡から専務と妻、次女、長男の計4人の他殺死体が発見された所謂「袴田事件」で、静岡地裁が認めた再審開始を取り消す決定。

 この高裁決定を不服として最高裁に申し立てていた裁判で、最高裁第3小法廷(林道晴裁判長)は、裁判をやり直す「再審」を認めないとした東京高裁決定を取り消し、審理を高裁に差し戻した。一応は妥当な判断だろう。 

 再審決定から徒に4年も費やした上に、検察や警察のメンツを慮った決定は正に不条理そのもので、司法の正義は無きに等しい。今回の最高裁の決定も、再審開始の可否の方向性を示さず賛否が拮抗してたというのだから厭きれてしまう。

 事件発覚から5日後の7月4日、清水警察署は工場及び二階の従業員寮を捜索し、当時、従業員で元プロボクサーの袴田巖の部屋から極微量の血痕が付着したパジャマを押収。8月18日、警察は袴田を強盗殺人、放火、窃盗容疑で逮捕した。

 自供は得られず、事件の証拠品は微量の血痕が付着したパジャマのみ。物的証拠が乏しい中で一審の公判中の昭和42年8月31日、何故か不可思議なことに言い渡せ工場内の味噌タンクの中から麻袋に入っていた血痕の付着した衣類が発見された。

 証拠品はパジャマから一転し、この衣類が決定的な証拠となった。 パジャマの血痕、発酵する味噌タンクから発見された「5点の衣服」、そして犯行時に使用したとする切り出しナイフなど、誰が見ても不可思議な物的証拠だった。

 犯行着衣とされた「5点の衣類」に弁護側は、「サイズから見て被告人の着用は不可能」と疑問を呈すも、検察は「1年間近く、味噌漬けになってサイズが縮んだ」と主張しているが、味噌タンクに漬けてて縮むことはあり得ない。

 袴田被告の実家を家宅捜査した際に犯行着衣と同じ共布を発見。これが犯行を裏付ける証拠として採用された。2010年9月に検察が一部開示した証拠品を弁護側が検証したところ、共布発見の8日前と6日後の2度に渡り、捜査員がズボン製造元から同じ生地のサンプルを入手していたことが判明している。

 事件を担当した紅林麻雄刑事は拷問による尋問、自白の強要、懐柔、供述調書の捏造、自己の先入観による違法捜査、違法な取調べは夙に有名で、袴田さんも紅林刑事の過酷な取り調べによって自白を強要されたのは想像に難い。

「二俣事件」「幸浦事件」「小島事件」など、紅林が過去に主導した数多くの捜査でもその取調べの行き過ぎが指摘されていることでも理解出来るだろう。

 袴田事件の自白調書である全45通の内、44通を「強制的・威圧的な影響下での取調べによるもの」等の理由で任意性を認めず証拠から排除していることでも、紅林に因る自白の強要や違法捜査や証拠品の捏造は明らか。

 高裁で衣類のDNA鑑定や証拠といった地裁判決を悉く覆しながらも、警察に因る捏造を裏付ける為の元警察官の証人申請を認めず、証拠品発見の不可解な経緯については一切言及もせずに「捏造は論理の飛躍」と一蹴している御粗末さ。

 再審決定に至る地裁判決の疑問点を精査することこそ大事なのに、DNA鑑定に関する有効性の否定と証人申請却下は、単に検察のメンツに与しただけ。

 DNAの鑑定を疑問視し「科学的に信用出来ない」と主張するが、この事件に疑問を抱いてる国民は当時の警察による違法捜査と捏造を問題視している。先ずは違法捜査を認めた上で、DNAの鑑定の有効性を検証すべきではなかったか。

 今の時代は科学捜査が当たり前になっているが、一昔前には信じられない様な驚く鑑定が相次いだのも事実。例を挙げれば、昭和24年、弘前大学の松永藤雄教授宅で妻が何者かに咽を斬られ殺された事件が起きた。

 近所に住む那須隆という男が逮捕され、彼の着衣から血痕が見つかり、それを証拠に犯人と断定した。彼は犯行を全面的に否認するも起訴される。

 自白すれば情状酌量が認められる、こうした自白の強要が冤罪を生む要因となっているのも確か。やってもいないのだから自白のしようがないないが、これを「反省も無い」と判断され情状は認められず15年の刑を務めることになった。 

 那須さんが刑期を終え釈放されて間もなく、滝谷福松という男が「弘前大学教授夫人殺害は自分だ」と名乗り出た。証言に因れば、教授宅はミシン修理に行って面識もあり、犯行時の詳細を供述し、紛れもなく滝谷の犯行だった。

 真犯人が那須氏は早速仙台高裁に再審請求するが、摩訶不思議なことに高裁はそれを棄却した。更に2年後、那須さんが再審請求すると今度はあっさり受理されて、直ぐに無罪判決が出た。真犯人が名乗り出ているのだから当たり前。当時証拠とされた着衣の血痕は鑑定で「別の人物のものだった」といけしゃあしゃあと発表した。

 証拠の信憑性の無さは誰もが判りきっていたが、何故に2年前には再審請求が却下されたのかと言えば何のことはない、捜査で血液鑑定を行った古畑種基東大教授が生きてたから。古畑教授が亡くなると再審がすんなり受理された(笑)

 要は、事件の事実解明よりも、科学捜査研究所所長も務め、文化勲章を授与された古畑教授の名誉とメンツが優先されたのだが、「袴田事件」も同じで、死刑判決という重い判断をした裁判官を庇う為だけのもので、そこに正義は無い。

 冤罪を生む元凶は捜査に携わる警察や検事の驕りや傲慢さ、過ちを文(かざ)り、屋上屋を重ねることの結果だが、こうした冤罪によって真犯人を取り逃がすことになることこそ最悪の結果となるということを忘れてはならない。

 過ちを素直に認め改めることこそ、法の正義を守る上で最も大事なこと。司法の世界は未だにメンツを重んじる風潮があるのも確か。最高裁判決で賛否が拮抗したというのが、未だに陋習が蔓延っていることを示唆している。

「過ちて改めざるこれを過ちという」「過ちては即ち改むるに憚ること勿れ」というが、くだらんメンツを重んじて正義を失うことがあってはならない。

 冤罪は不当逮捕された当人にしても最悪だが、被害者遺族にとってもその無念が晴れることは無く、断腸の思いであることは言うまでもない。

 警察の訃報逮捕で人生を翻弄された袴田巌さんも84歳と高齢となった。過去の過ちを改め再審開始を急ぎ、無罪判決を下して袴田さんに謝罪することを望む。

※コメントは煩わしいので会員のみにさせて頂いております。コメント入力希望の方や御意見、メッセージは mr.cordial@live.jp へ御気軽にどうぞ。

〈会費&御支援〉みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ

cordial8317 at 06:43|PermalinkComments(0)

2020年12月23日

我が国には「A級戦犯」「B・C級戦犯」「戦争犯罪人」はいない

 本日は上皇陛下の御生誕日。謹んで陛下の弥栄と長久を祈念申し上げます。また、12月23日は所謂「A級戦犯」として処刑された方々の命日でもある。

 GHQは当時の皇太子生誕の日を選び処刑を行った。日本人には未来永劫に亘り、戦争犯罪という贖罪意識を持たせる為に敢えてこの日を選んだのだ。こうしたことでも米英を始めとした連合国が如何に非情かが解るだろう。

 我が国には「A級戦犯」「B・C級戦犯」「戦争犯罪人」はいない。第十六国会の議決により「戦傷病者戦没者遺族援護法」が改正され、それを以て法的に復権されている。由って国民が「戦犯」と呼称することは愚かなことだ。

 連合国側が定めたA(class-A war criminal)、B、C級の区分に関係なく、刑死、獄中死された方々は「法務死」、靖國神社では「昭和殉難者」としている。

 所謂「A級戦犯」として処刑された方は東条英機、土肥原賢二、板垣征四郎、木村兵太郎、松井石根、武藤章、広田弘毅の7名。所謂「B・C級戦犯」は1068名。凄惨なリンチに等しいもので亡くなった方など約100名いる。

 戦勝国に因る見せしめとして行われた極東軍事裁判に於いて、弁護する機会も碌々与えられず、一審即結審という復讐という名の茶番劇で、或いは外国の地で不当に処刑されたこの方々の命は決して軽いものではない。

 敢えて反論もせず、その運命を諒とし、命を以て日本への罪を償ってくれたのだ。今を生きる我々は、英霊の方々への恩とその悲劇を決して忘れてはならない。

 極東軍事裁判で、パル判事は「裁判の方向性が予め決定づけられており、判決ありきの茶番劇である」との主旨でこの裁判そのものを批判した。

「国際法の原理に基づきこの法廷で日本を裁く権利は無い」
「日本の戦争を一方的な侵略戦争とは断定できない」
「真珠湾攻撃以前の案件を扱うことは事後法となり、管轄権を侵害している」
「非戦闘員の生命財産の侵害が戦争犯罪となるならば、日本への原子爆弾投下を決定した者こそを裁くべきであろう」
「各被告は全ての起訴状中の各起訴事実部につき無罪とされなければならない」

 パル判事のこうした公正な意見は連合国側に忙殺された。だが、判決から2年半後、米国軍事委員会でマッカーサーが「彼ら(日本)が戦争に入った目的は、主として自衛の為に余儀なくされたものだ」と証言したのだ。

 極東軍事裁判は連合国最高司令官の権限に基づいて行われたものだが、その責任者であるマッカーサーが公的な場で日本の正当性を認めたことは重い。

 大東亜戦争を「侵略戦争」であるとか、「アジアの人々に多大の迷惑を掛けた」と罵り、戦争の原因を天皇や軍部、そしてA級戦犯であるなどと喧伝しているのは無知に加え、大戦の原因や犯人を隠し続けたいからに他ならない。

 我が国の政治家は安倍首相を筆頭に「歴史は歴史家に任せる」という。だが、歴史の問題は一国の存亡に係わる大事である。その歴史家が偏狭な歴史認識の持ち主ならどうするのか。歴史が捏造された儘で国家が存続出来るのか。

 戦後、東京裁判史観に侵され、近代史や大東亜戦争に至る経緯とその後の検証を怠ったのは、経済復興や景気対策と社会保障といった目先のことばかりが優先され、中韓からの要らぬ抗議を避ける為に謝罪や譲歩を続けたのが大きな要因である。

 世界の如何なる国も国民も、その国家の為に殉じた人々に対して敬意を払う権利と義務があるのは言うまでもない。国家の危機の要請に応じ、敢然と戦場に赴いて戦い散って逝った英霊に対し、感謝の誠を捧げることは当然のこと。

 悲しい哉、靖國神社の在り様を思う時、我が国の政治家らが国家に殉じた英霊に敬意を示さない姿は情けなく恥ずかしい。政治家のこうした姿が、どれだけ国民精神の頽廃を招いていることか政治家どもは省みたこともあるまい。

 愛国心の欠落と国防意識の低下。高邁な精神は欠落し、日本国民としての誇りや自信の喪失。子殺しや親殺しなどの自己本位の犯罪等々、現在の我が国の社会に蔓延する諸問題の全ては国家に殉じた方々への感謝の欠落に起因する。

 何度も言うが、我国には「戦犯」など存在しない。マスコミや政治家、国民までもが「戦犯」という蔑称を使っていることに違和感どころか怒りを覚える。

 上皇陛下の弥栄と長久を祈念すると共に、英霊への戦犯との汚名を雪ぐと共に御霊の安らかならんことを祈る。すめらぎいやさか すめらみこといやさか

「東条英機の遺言書」http://cordial8317.livedoor.blog/archives/52044601.html

※コメントは煩わしいので会員のみにさせて頂いております。コメント入力希望の方やメッセージは mr.cordial@live.jpへ御気軽にメールで御連絡を!

cordial8317 at 03:23|PermalinkComments(0)

2020年12月22日

その昔は「冬至」からが一年の始まりだった

 昨日は二十四節季の一つである「冬至」。その昔は、冬至からが一年の始まりとされた。古代、冬至は一年の始まりであり、運が巡って来るとされるとされる「一陽来復(いちようらいふく)」とも呼ばれて、実にめでたい日でもあった。

 因みに「めでたい」とは、「愛(めづ)」「甚(いたし)」の「めでいたし(褒め称える程度が甚だしい)」の転で、「目出度い」や「芽出度い」は単なる当て字です。冬至に月を見上げ祈ると金運もアップするらしい(笑)

 冬至の中でも十九年に一度、冬至と新月が重なるのが「朔旦(さくたん)冬至」。「朔」とは「新月(三日月)」のこと。月初めを「朔日(ついたち)」という様に「始まり」という意味で、「旦」には太陽が昇るという意味がある。

「元旦」というのも「一年の初めの日の出」という意味合いがある。冬至に「柚子湯に入ると風邪をひかない」と言われるが、本来は柚子湯に浸かり、その香りと薬効で身を清める「禊(みそぎ)」を意味したからだ。

 冬至に「かぼちゃ」を食べるのは、「ん」の付く食べ物を食べで「運」を呼び込むという縁起担ぎ。かぼちゃに「ん」が付かないというひねくれ者がいるが、かぼちゃを漢字にすると「南瓜(なんきん)」と「ん」が二つも付く。

 この「ん」の付く食べ物は沢山ある。にんじん、だいこん、れんこん、ぎんなん、きんかん、インゲン・・・。ラーメン、タンメン、うどん、天丼、天津丼、アンパン、あんまんなどなど色々と考えるのも楽しいかも(笑)

 落語などでもそうだが、昔の江戸っ子は「牛蒡(ごぼう)」のことを「ごんぼう」と呼んだ。こうした言葉も「ん」を付けて縁起の良い食べ物としたからだ。福島県内でも牛蒡を「ごんぼ」というが、単に訛っただけではないと思う。

 最近は江戸弁なんて殆ど聞かなくなった。都会で使われてるのは標準語。標準語というのは、明治維新後に士族らの蝦夷開拓事業もあって創られた言葉だ。

 愚生の周りに都会っ子ぶってる連中というのは、自分達が使ってる言葉は矯正させられた「標準語」であり、「均一化」された言葉という自覚も無い。標準語が使われ出したと並行して個性の無い同一化された日本人が多くなったのは気の所為か。

「いなかっぺ大将」の影響からか、いなかっぺは「田舎の人」の様に思われてしまっているが、本来は「井の中の蛙大海を知らず」の意味だ。井戸の中からは塀が高くて外は見えないから、江戸っ子らが世間知らずの人を揶揄した言葉だった。

 因みに、田舎や山里で育った人は「田舎っぺ」ではなく、「山家(やまが)育ち」という。尤も、こうした言葉は古典落語や時代劇でしか聞かない(笑)

 古き良き時代には、正月を迎える準備を始める「正月事始め」というものがあった。嘗ては、旧暦の12月13日に行われた。現在は新暦12月13日に行われるが、こうした風習を守ってるのは山口組や芸妓の世界くらいではなかろうか。

 ということで、昨日の朝飯は天津丼を食べ、昼は鴨つけめん。晩酌のつまみに「ん」の付く料理は無かったが、それでも日本酒は「純米大吟醸」、焼酎は「れんと」、ウイスキーの「タンサン」割りを飲んだか別に好いか(笑)

 晩酌のつまみに「イカにんじん」か「みそかんぷら」でも作れば好かったな。因みに「かんぷら」とは、福島県の方言で「ジャガイモ」のことです。呵呵。

※コメントは煩わしいので会員のみにさせて頂いております。コメント入力希望の方や御意見、メッセージは mr.cordial@live.jp へ御気軽にどうぞ。

〈会費&御支援〉みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ

cordial8317 at 05:26|PermalinkComments(0)

2020年12月21日

汝、ゆめ晴天の友となる勿れ、雨天の友となれ!

「汝、ゆめ晴天の友となる勿れ、雨天の友となれ」という言葉がある。天気の良い時、つまり順調な時にだけは付き合うが、少し具合が悪くなると、いつの間にか遠ざかって寄り付かなくなる。こういうのを「晴天の友」という。

「晴天(人生が順調)の人と友達になろうとはするな。寧ろ雨天(苦難に直面)の人に心を寄り添える様な人間になろう」という意味だが、人間落ち目になったりすると遠ざかって行く。人というのは多くは権威主義だから当然と言えば当然。

「人の痛みの分かる人間になれ」というが、人の痛みなんぞ分かるものではなく所詮は他人事。人の痛みを分かる人間なんぞそう滅多にはいない。

 相手の悩みや苦しみを聞いて、如何にも同情しているフリをしているに過ぎない。そういうヤツに悩みや弱みを見せれば、単に恥を曝すことにもなり兼ねない。「人の不幸は蜜の味」ではないが、それが人間の性でもある(笑)

 会社で出世出来ないのも、設立した会社が倒産したりするのも、要は実力が無いからだが、そんな弱者に寄り添ってくれる人などいないと思え。

 逆境やピンチになると、人というのは潜在能力を発揮するものなのだが、その逆境やピンチを避けて悩み事を直ぐに吐露するというのは如何なものか。

 人間というのはそれだけ精神が弱いのだろうが、眼前の悩みなんぞ死に逝く特攻隊員の渾身の悩みに比べればどうってことは無いではないか。

 苦難とは危険を教える慈悲の鞭でもある。幸福と苦難は表裏一体であり苦難の本質を弁えれば、人生の苦難や悩みとはやはり天の与えた試練と考えるべきだ。

 未だ起きてもいないことに、また将来のことを気に病んでいるよりも、今日一日を本気で真剣に生きることに心血を注げ。「一日一生」とはそういうこと。

 人というのはどうしても自分よりも強い者には媚び諂うが、自分より弱い者や自分の能力より劣る者には強気に出るし、外見や肩書などで見下したりする。

「弱きを助け、強きを挫く」のが仁侠道だが、今やそうしたヤクザはおらず単なる暴力団と化してるが、社会全体も弱い者が淘汰される「仁義なき戦い」そのもので、社会構造そのものが自己中心的で金銭欲逞しい暴力団とどっこいどっこい。

 ヤクザというのはそうしたことを理解しているから見栄を張る。高級車を乗り回し、仕立物の背広を着て、高給時計を身に着けては偉くなったと勘違い。

 組織の名刺ひとつでも貫目が違えば見下し、上の者には諂屈する。漢(おとこ)の世界などとカッコつけたところで、所詮は見かけ倒しの世界でしかない。今や右翼団体もその暴力団傘下に甘んじているのだから何かを況んや。

 要するに、現代に生きる人というのは外見や肩書でしか判断しないし、そうした者にとっての価値感というのはその程度のものなので気にする必要もない。

 愚生の嫌いな輩は「貧銭を以ってこれを軽蔑する者は 富貴を以ってこれに諂屈する(吉田松陰)」という手合い。こういう手合いが暴力団や右翼の世界にはうじゃうじゃいる。こういう輩は何事も掌返しが御上手で晴天の友ばかり(笑)

 そんな友というのはチョッとでも雨天になるといなくなるものだ。良い時も悪い時も同じ様に接してくれる友人が一人でもいてくれたら人生捨てたものでもない。そういう意味では同級生や故郷の幼馴染の友人というのは有難い存在なのだと思う。

※コメントは煩わしいので会員のみにさせて頂いております。コメント入力希望の方や御意見、メッセージは mr.cordial@live.jp へ御気軽にどうぞ。

〈会費&御支援〉みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ

cordial8317 at 06:42|PermalinkComments(0)

2020年12月17日

「進め社」や「日本労農党」代表・福田狂二の「狂」とは陽明学の「狂」

tumblr_kto9dlYQTq1qz797to1_500

 愚生が所属していた団体「防共挺身隊」の創設者は福田進。その父親は「進め社」や「日本労農党」代表の福田狂二。画像を拝しても好い面構えだ。

 極左・中核派の「前進社」も「進め社」のパクリだろうが、狂二は国権から弾圧を受け支那に亡命するなど伝説の革命家で左翼にも信奉者は少なくない。

 日本に帰国すると名を「素顕」と改め、国家社会主義者に転向し、「防共新聞」を創設し主幹となる。防共新聞の行動部隊が長男・進の防共挺身隊である。

 破天荒な父から生まれた息子もその血は争えない。福田進を一躍有名にしたのが、国会議事堂の玄関前での「人糞事件」だろう。一斗缶にクソを詰め、共産党員と共産党被れの国会議員ども5、60人にクソをぶっかけた。

 クソをぶっかけられた連中の屈辱を思えば気の毒としか言い様がない。刺されたり、撃たれたり、殴られたりなら「男子の本懐」ってな具合で納得もするかも知れないが、なんせクソ塗れなんだから恥ずかしかっただったろうよ(爆笑)

 この事件で懲役3年を喰らう。出所すると福田はツキまくり、次から次と活動資金が舞い込んだ。「ウンコ撒いたら運が付いた」という福田は「右翼総会屋」として企業防衛に一役買い、高度成長を陰で支えたのは言うまでもない。 

 この福田進の父の名の狂二の「狂」という字を、単に「気が狂った」という意味に捉える人が殆どだろうが、本来この「狂」は、陽明学の「狂」の教えであり、「狂」の思想とは、王陽明が「伝習録」で訓えたものと言われているものだ。

 陽明学は「知行合一の教え」ということを知ってる人は多いだろう。言葉にしたことは必ず実行するという「知行合一」は極めて陽明学的思考だ。陽明学は「志を立てる」ところから始まり「行動に昇華する」ことで終結する。

 逆を言えば「実行できるかどうか分からないことは言葉にしない」ということでもあり、己の発言に責任を課していることを意味する。最近の政治家の言葉が軽いのは、この陽明学を学ぶことがない故に行動に責任も持てない輩が多い。

 つまり、例えば政治家や起業家を志すにしても、自分の言葉に責任を持ち、自らが率先垂範して国民や社員の模範となることが大事で、そして何よりその志は「親に対する孝」と「国に対する忠」が源でなければならないのだ。

 陽明学は人間の格位を「聖賢」「狂」「狷(けん)」「卿愿(きょうげん)」の四つに分けており、孟子はこれを注釈し「聖賢」とは、知識・人格に優れた人物。「狂」は理想主義。「狷」は不潔を潔しとしない者。「郷愿」は世俗と歩調をあわせた風俗とし、徳の賊(道徳家を装って郷里の評判を得ようとする俗物)だとした。

 要するに、陽明学派の「狂」とは「気が狂う」というのではなく、理想を高く持ち、何の虚飾も隠し立てもなく、一途に率直に行動することであり、「狂」とは、一つの信念に向かって脇目もふらずに突進する仁侠の精神とも言える。

 福田狂二の生き方もその名の通り、理想を高く、心の赴くままの正義感からの行動だったのだろう。因みに福田進の実弟は「狂介」という名だ。第三代、第九代内閣総理大臣に就いた山県有朋も自らを「狂介」と号している。

 また「狂」は、キリストの「悔い改めよ」ではないが、「もし過失があれば改めさえすれば好い」とする臨機応変的なものでもあり、世俗社会の常識に対し果敢に挑戦する「実践的理想主義」とも言える思想だとも言えよう。

 自らの行動を「狂挙」と敢えて言える為には、歴史を見つめる「冷静な目」が必要であり、この陽明学的「狂」の精神こそが、幕末の混乱期を凌ぎ、明治維新への道と切り開く転換点となったと言っても過言ではない。

 旧来の思想や社会構造を打破しようとする時に生まれる常軌を逸した行動こそが「正気」の「狂気」であり「狂挙」である。山口二矢や三島由紀夫、森田必勝、野村秋介などのこの狂気の狂挙こそが混沌たる現状打破の大きな力となり得るのだ。

 愚生的には「狂」といえば無頼の徒「眠狂四郎」を思い浮かべる。高い理想と率直な行動力は無理でも、狂四郎のあのドSぶりは見倣いたいものだ。呵呵。

※コメントは煩わしいので会員のみにさせて頂いております。コメント入力希望の方や御意見、メッセージは mr.cordial@live.jp へ御気軽にどうぞ。

〈会費&御支援〉みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ

cordial8317 at 08:41|PermalinkComments(1)

2020年12月15日

「喪中につき年末年始の挨拶はご辞退させて頂きます」というが

 年末になると喪中葉書が届き、「喪中につき年頭の挨拶はご辞退させて頂きます」だとか、「喪中なので初詣には行かない」いう様な声を聞く。こうしたことも古くからの習慣であり、大した意味はなく受け継がれている。

「初詣」も、神道ならば50日を過ぎていれば問題はない。仏教でも浄土真宗などは「死」は「穢(ケガ)れ」ではなく、故人を阿弥陀如来の智慧の光明に縁り極楽浄土へと導くという真理であるという教なのだから別に問題はない。

 日本人というのは天皇陛下の御生誕を祝わないのにキリスト誕生を祝い、大晦日には除夜の鐘を撞き、初詣には神社に参拝する。結婚式を教会や神社で挙げ、葬式は仏教と実に好い加減な民族ともいえるが、何故か「喪中葉書」だけはマメ(笑)

 先祖の宗派も分からず、神仏などを軽んじていながら身内の死に対してだけは信心深くなる。「喪中」という言葉にしても都合好く利用してるとしか思えない。

 近親者が亡くなった場合、一定の期間はその死を悼み、身を慎むことを「忌服」、或いは「服喪」という。 古くは、門戸を閉じ、酒肉を断ち、弔せず、賀せず、音曲をなさず、嫁取りをせず、財を分かたずという仕来りがあった。

 今日では、それらの一部分が慣例として受け継がれているだけ。 ここまで喪に服することはないし、そこまでした人を見たことも聞いたこともない。一週間も仕事を休んだものなら「もう、君は会社に来なくてイイよ」と誹られるだろう。

 日本での喪中の規定に関する法律は、奈良時代の「養老律令」が出された頃には既に見られ、江戸時代になると「服忌令」という法律に喪中の規定が記された。これらの法令に由ると父母の喪は12ヶ月~13ヶ月であると制定されている。

 明治7年に出された太政官布告「忌服令」では、「父母、夫、50日、13ヶ月。妻、兄弟姉妹、20日、90日」などと「忌(忌中)」と「服(喪中)」の期間をこと細かく定めている。 この法令は昭和22年に廃止されている。

「忌」と「服」は、謹慎度の深さによって分けられるが、大まかには「忌」は自宅に謹慎する期間で、法要(四十九日)が終わる期間をいう。「服」は、喪服を着用する期間で、死者を偲ぶ期間と考えて好いだろう。

「忌中」とは、神道の「穢れである死を忌む期間」という考え方から、忌中時(五十日)は「出仕(仕事)を控え、殺生をせず、髭や髪を剃らず、神社に参拝しない」としている。 浄土真宗では死は穢れで無いので忌中は意味を成さない。

 現在ではこうした法令は全て撤廃され、仏事の慣例としては今もこの太政官布告が一つの目安にされていて、喩えば父母の死亡に際しては七七忌(四十九日)までが忌中、一周忌(一年間)までが喪中とされることが多いが、今では意味を成さない。

「喪」とは、儒教から生じているもので、父母の死については13ヶ月間喪に服するということになっている。昔は「0」という観念がないので、その月が終われば1ヶ月と数え、翌月は2ヶ月目になる。二年目の法要が三回忌となるのと同じ。

 服喪期間という個人の故人への思いはそれはそれで好い。「喪中葉書」も信心深さの表れなのだろうが、実際に喪に服している訳でもないのに変な風習だ。

 年賀状のやり取りにしても、喪中の相手を気遣うという意味では年賀状を送るというのは思慮不足なのかも知れないが、悪気が在って送る訳でもないだろう。年末年始の挨拶如き亡くなった人まで巻き込んで一喜一憂などする必要はない。

 尤も「喪中だから」と門戸を閉じ、酒肉を断ち、弔せず、賀せず、音曲を成さず、嫁取りをせず、財を分かたず、出仕(仕事)を控え、殺生をせず、髭や髪を剃らずと自らを厳しく律している方なら別だが、そんな人は見たことも無い(笑)

 仏教徒の多くは、死んで戒名さえ貰えば極楽浄土に往けると思ってるが、戒名を頂くということは釈迦牟尼の弟子になるということ。要は、仏教徒というのは生きている間も、死んでからも修行は続くのだ。ホント、御苦労様です。呵呵。

※コメントは煩わしいので会員のみにさせて頂いております。コメント入力希望の方や御意見、メッセージは mr.cordial@live.jp へ御気軽にどうぞ。

〈会費&御支援〉みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ


cordial8317 at 05:29|PermalinkComments(0)

2020年12月14日

時に元禄十五年十二月十四日、江戸の夜風をふるわせて響くは山鹿流儀の陣太鼓・・・

 実兄の十八番に「俵星玄播」がある。子供の頃から幾度となく聞かされた。その御蔭で門前の小僧ではないが、その歌詞(台詞)をよく覚えている(笑)

「時に元禄十五年十二月十四日、 江戸の夜風をふるわせて、 響くは山鹿流儀の陣太鼓、 しかも一打ち二打ち三流れ、思わずハッと立ち上がり、 耳を澄ませて太鼓を数え、おう、 正しく赤穂浪士の討ち入りじゃ、 助太刀するはこの時ぞ、 もしやその中に、昼間別れたあの蕎麦屋が居りわせぬか、名前はなんと今一度・・・」

 赤穂浪士が吉良邸に討ち入りしたのは元禄15年12月14日夜から翌朝にかけてとされているが、本来は旧暦であって、事実は、元禄16年1月30日。

 映画やテレビドラマでの討ち入りの日は満月とされ、雪もあり明るい夜だったとさているが、旧暦30日だと新月、三日月なので暗かったのではと推測する。

 旧暦は1年が13ヶ月、月の満ち欠けで「1ヶ月」を現した。月の周期は15日で太陽と同じ方向にある場合を新月(朔)、反対方向にある場合を満月(望)となる。

 古の日本人というのは、月の満ち引きで月日を数え、そして生活に生かし、実に自然と共に活き活きとしたロマンチックな生活を営んでいた様に思う。

 因みに、赤穂浪士が討ち入った30日は満月ということになるが、新暦表記の14日では新月となり暗かったのではあるまいか、と勝手に解釈している(笑)

 赤穂浪士の精神的支柱となったのが、陸奥国会津若松城下(現・福島県会津若松市)生まれの山鹿素行(やまがそこう)。素行というと「山鹿流軍学の祖」として知られているが、江戸時代に於ける武士道の理論を確立した人物でもある。

 山鹿の門人達が素行の談話を筆記した「山鹿語類」や、尊皇愛国の書として有名な「中朝事実(ちゅうちょうじじつ)」は日本人必読の著である。

「中朝事実」で素行は、当時の学者の外国(主として漢土)崇拝を批判し、皇統の一貫を根拠にして、「日本こそ万国に卓越した『中華・中国』と呼ぶに相応しい国である」との日本主義を主張した人物としても有名である。

 王朝の度々変わった漢土に対し、「日本は天子の地位を侵すような不義不道の者がいなかった為に皇統が一貫している」と、日本の卓越性を強調している。

 江戸時代の267年の中で、理不尽な御家断絶や御家騒動は他にもあったが、唯一、赤穂藩の四十七士だけが「義士」と呼ばれ「武士道の華」と評価されたのは、素行の「正義の遂行」の本義に基づく教えが在ったからだと言っても好いだろう。

  一方で、忠臣蔵の討ち入りに主君の敵討ちなどという「大義」ではなく、単なる「打算」だと断じる批評家もいるのも確かで、先日、週刊誌で「赤穂浪士の討ち入りは『単なる逆恨み』である」との自説を唱える人の主張に括目した。

 その意見とは「大石内蔵助は忠義心によって討ち入らなければ大石家は山科で帰農し、そのまま埋もれただろうが、けれど吉良を討ち取った結果、子孫は本家の浅野家に千五百石の高録で召し抱えられた」というもの。

 この事実をして「忠義ばかりでなく、子孫の将来まで考えて討ち入った」「吉良からすれば逆恨みと言う他なく、幕府の裁定は妥当」とか意見は様々だが、こういう批評は武士の美学というものを理解していない軽々しい戯言でしかない。

 愚生は別に赤穂浪士の行為を否定するものでもないし、殊更に賛美するものでもない。「葉隠」では、赤穂浪士の討ち入りに触れた部分がある。

「赤穂浪士の仇討ちも、泉岳寺で腹を切らなかったのが落度と言うべきだ。それに主君が死んで、敵を討つまでの間が長過ぎる。もしもその間に、吉良殿が病死でもなされた時にはどうにもならないではないか」とは蓋し正論であろう。

  仇討ちというのは緻密な計画でやるものではなく、武士とは即刻「やられたらやり返す」というのが本道で、事の「成否」は問題ではなく「成否」よりも行為自体に意味が在るという。そういう意味では内蔵助は「打算的」と言える。

 葉隠では、仇討ち計画性に疑問を呈した上で、赤穂武士を「上方の人間は小利口だから、世間から褒められる様にするのは上手である」と嘲笑している。

 愚生は、こうした「葉隠」の批評に賛同しているが、赤穂浪士の討ち入りを日本人の美意識の表れと見るか打算的と見るか否かは夫々だろう。だが「仮名手本忠臣蔵」が日本人の美学を現し、多くの国民から愛されているのは確かだ。

 我が故郷の二本松藩主の丹羽光重と赤穂藩の浅野内匠頭との逸話が遺されている。丹羽公は、吉良上野介を討ち損じたとの報に接し、「何故、浅野公は斬りつけたのか、斬りつけずに突けば好かったものを!」と、酷く悔しがったという。

 以来、二本松に於いては「斬らずに突け」が伝統となった。二本松少年隊の成田才次郎が出陣の際に父から訓されたのも、この「斬らずに突け」だった。

 才次郎、「必ず敵将を斃してやる」との一心で、一の丁の物陰に潜んでいたところ、馬上豊かに立派な武士が一隊を率いてやって来るのが見えた。

 長州藩士・白井小四郎が率いる部隊だった。才次郎、隊列が目前に来るまで充分に引き付け、大刀を真っ直ぐに構えるや、一気に白井に向って突進した。

 歴戦の長州兵は、この遮二無二突進する小さな刺客に即座に反応する。白井隊長を護るべく馬前に出た兵に、白井は「子供じゃ、手を出すでない」と一喝。

 白井は、突っ込んで来るのが子供だと瞬時に見抜き兵を制した。だが、それが徒となった。才次郎の剣は、狙い違わずこの敵将の脇の下から胸部を突き刺した。

 白井が落馬する。驚愕した長州兵らは慌てて才次郎を捕えようとするが、才次郎に近寄ることも出来ず、手古摺った長州兵は已む無く鉄砲を使い、この小さな勇士を仕留めたという。白井が30歳、才次郎14歳だった。

 白井は地元の寺に懇ろに葬られた。少年への一瞬の憐憫が自らの死を招いたこの長州の将の墓前には、今でも参詣者からの香華が絶えることはない。

 会津武士道の昇華を白虎隊に喩えるが、白虎隊よりも更に年少だった二本松少年隊は、正しく二本松武士道の昇華そのものであり、我が故郷の誇りである。

 浅野公と吉良公にしろ、幕末期の東軍と西軍にしろ、それは喩え敵味方と雖も、その生き様は今を生きる我々に何かを示唆しているのではなかろうか。今こそ先人の覇気と生き様に学ばねばならないと痛感する。合掌。

※コメントは煩わしいので会員のみにさせて頂いております。コメント入力希望の方や御意見、メッセージは mr.cordial@live.jp へ御気軽にどうぞ。

〈会費&御支援〉みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ

cordial8317 at 07:38|PermalinkComments(0)

2020年12月13日

儒教などの外国の思想が輸入され「国意」に悪影響を及ぼした

「万葉集」の研究家でもあり、江戸中期に「国学」の基礎を確立し、支那の歴史と日本の歴史を比較した賀茂真淵。国学とは古事記や日本書記、万葉集など、儒教や仏教伝来以前の日本文化や日本精神を重んずる学問であり教えである。

 支那大陸の「易姓革命」を見るまでもなく、様々な王朝が権力抗争を繰り返して来た支那に対し、我が国の古の時代には大きな諍いもなく、大らかで自然な皇位の継承が成されて来たことに着目した真淵は、その「和」の精神を高く評価した。

 何故に古代の日本はそれ程までに平和であったのか。それは元々、日本人が道徳的に立派な人種であったからで、支那の思想は所謂「中華思想」であり、「中国こそが世界の中心で、周りの国や人種というのは野蛮人である」と考える思想である。

 支那人というのは自己主張が烈しく本性は劣悪で、他人への思い遣りに乏しく、規則を厳しくしないと統制出来ない。中華人民共和国が共産主義を最高原理として崇め、人民に信仰の自由や言論、結社、出版等々の自由を認めないのはその為だ。

 方や日本人はどうだろう。現代人は兎も角として「謙遜」や「謙譲」を知り、それが身に付いていたから細かい規則など無くても人倫の道が行なわれていた。

 真淵は、古代の日本に理想郷を見る。そして古の日本人の美しい心を「国意」と表した。つまり、国意とは儒教や仏教伝来以前の、日本の中だけで育まれた日本独自の倫理であると考えたのだ。それが古事記や万葉集、日本書記に在ると教える。

 政治にしても、人為的で論理的な規則は必要なく人々の心の中で国意が自然に働けば、それで「平和」になるという。然し、実際の日本の歴史というのは平安時代後半からの権力抗争、鎌倉期以降の戦乱の時代と幾つのも乱が起きている。

 この歴史的事実を、真淵は「儒教などの外国の思想が輸入され、国意に悪影響を及ぼしたからだ」と説明する。つまり、日本人本来の心の美しさが歪んだのではなく、外からの邪悪な思想に染まってしまったから日本が悪くなったと考える。

 真淵は、仏教や儒教を安易に享け入れた過去を反省し、国意を取り戻すべきだと訴えた。その具体的な方法とは「万葉集を知ること」だと説いた。

 現在の我が国を顧みれば、仏の教えもなく、儒教の教えもなく、単に米国の新自由主義を妄信し、頭にあるのは私利私欲のみ。迷えるものはつまらぬ宗教に奔り、日本人は心の中の高貴さを失い、高邁な知性の磨きを忘れてしまった。

 右翼陣営も例外ではなく、戦前の右翼と戦後の右翼は全く違う存在となってしまった。戦前の右翼というのは「国粋主義」的要素が強く、外国思想は全て悪と捉えるという考えであり、それは共産主義だけではなく、営利至上主義の資本主義であろうが、大衆迎合の民主主義であろうが批判されるべき対象だった。

 右翼がそうした「大義」を忘れ、居の安きを求め、資本主義に溺れて金儲けなどに興じていれば、ヤクザが「仁侠道」を忘却し暴力団化した様に、国民からの信頼は失せ、必要価値のないものに成り下がって行くのは必然であろう。

 右翼の使命とは、日本の純粋性を曇らすもの、つまりは我が国の国體と皇統を損ねる主義思想に断固として対峙して行かねばならない。

※コメントは煩わしいので会員のみにさせて頂いております。コメント入力希望の方や御意見、メッセージは mr.cordial@live.jp へ御気軽にどうぞ。

〈会費&御支援〉みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ

cordial8317 at 08:09|PermalinkComments(0)