2020年02月27日

波瀾万丈の天才ボクサー・辰吉丈一郎に見るプロとしての生き様

 波瀾万丈の天才ボクサー・辰吉丈一郎を20年間追いかけた「ジョーのあした-辰吉丈一郎との20年」というドキュメンタリー映画がある。

 現役であり続ける辰吉丈一郎のボクシング論や、父子の関係、家族への思いが、辰吉自身の言葉によって語られていく。

 原則的に日本人ボクサーの「定年」は37歳だそうだ。現役に拘る辰吉の思いと魅力が、インタビューによって引き出されていく。

 この映画について、以前、辰吉が雑誌のインタビューに応えていた。

 -現在の収入は?-

「まったくない。無収入」

 -無収入? 生活は?-

「いうても僕、3回も世界チャンピオンになってますから(笑)」

「ファイトマネーを無駄遣いしてこなかったし、リングに立って稼いでいる訳ではない以上は貯金を下ろして生活するしかないでしょ?」

 -過去には、数千万単位のCM出演を断ったとの伝説もありますが-

「うん。だって僕、タレントじゃなくてボクサーなんで」
「ボクサーがCMって違うと思うんで。小銭ならいいですよ、でも、何千万というお金を稼いではダメだと思った」

 -後悔は?-

「一切ない」

 テレビのバラエティー番組には、プロスポーツ選手や人気力士らが然もタレントの如くに出演し、CMにも登場するのは当たり前の時代にあって、「だって僕、タレントじゃなくてボクサーなんで」とは中々言えた言葉ではない。

 これぞプロ中のプロだと思う。

 自分の生き方がありながら、目先のカネに飛び付いて、本業ではない仕事で食えることを優先するというのはプロとしての覚悟が乏しい証拠。

 インタビューは続く。

 -世間からは『もう十分だろ』との声も届いていると思うのですが?-

「紛いものというのか、捻くれているというのか。デビューの頃から僕は、普通が嫌やったんですよ」と応えている。

 これぞホンモノ、プロ中のプロだ。「普通が嫌だった」という反骨精神と男の痩せ我慢は、愚生も大いに共感出来る。

 ボクサーだろうが、サラリーマンだろうが、右翼だろうが、乞食だろうが、どんな仕事に就いて様が、あっちにコロコロ、こっちにコロコロと要領好く生きているヤツよりも、愚生はこうした自分の生き方に信念のある削げ者が好きだ。

 自分のやりたい夢がありながら、目先の生活に困窮し、或いは分不相応な生活を望んで、結果、目先の「食える」職業を選択してしまう。

「好きなことをやり、それで食えるようになりたい」と思うのならば、それに向かい懸命に努力し、我慢し、試練に耐えながら必死に生きればいいが、今の時代、夢なんぞ二の次で、アルバイト程度で食えてしまうから始末が悪い。

 これではプロやホンモノは育たない。

 目先の仕事にあり付いて、食えることを優先するというのは、それは単なる自分自身への誤魔化しであり、畢竟、プロやホンモノへの侮辱でもある。

 愚生が右翼に入った昭和50年代というのは「右翼ブーム」の時代でもあった。愚生も30年活動して来た中で何百何千の右翼を見て来たが、殆ど残ることはなく、若い頃の熱が醒めると去って行き、残ったのはホンの僅か。

 その残った者がホンモノかというとそうでもない。

 最近は「愛国ブーム」というか保守派やネット右翼と称される連中が多くなり、在特会や主権回復を目指す会などが過激に行動し、日本第一党が保守政党に名乗りを上げる。これが好いことなのか、悪いのかは分からない。

 右翼と自称・愛国者とのボーダーラインが無くなったのは確かだろう。それと比例して右翼は怖さが無くなったし、何より牙がなくなった。

 今の保守ブームが去れば、自称・愛国者らも去って行くのは明らか。

 結局はどの世界もホンモノとホンモノのぶつかり合い。大衆はどちらにも動くし、大衆の意見というのはそういうもの。

 ホンモノのリーダーの出現を待望する。

 その昔、横山武彦という破天荒な右翼人がいた。歳は二回りも上だったが妙に馬が合った。その横山曰く「乞食でもホンモノは信用できる」と語ったのを思い出す。何事に於いても中途半端がダメだということだ。

 道は山あり谷あり、挫折を繰り返しながら前進せよ!

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2020年02月26日

青年将校が総勢1483名を率いて惹起した「二二六事件」

 昭和11年2月26日未明、安藤輝三、野中四郎、香田清貞、栗原安秀、中橋基明、丹生誠忠、磯部浅一、村中孝次ら青年将校は、第1師団歩兵第1連隊、歩兵第3連隊、近衛師団の歩兵第3連隊など総勢1483名を率いて維新を惹起した。

 当時の情勢は東北の農家は疲弊し、中央の官界や財閥の跋扈と政治の怠慢など多くの問題が山積していた。掲げられた「君側の奸」「昭和維新」「尊皇討奸」との幟の惹句を見れば、如何に憂国の至情から出でる行動だったかが窺い知れる。

「皇道派」といわれた彼らのその行動の柱となったのが、国家社会主義者・北一輝の「日本改造法案大綱」と言われているが、この二・二六事件の伏線になったものが、前年8月に起きた「相沢事件」とも言われている。

「相沢事件」とは、陸軍中佐だった相沢三郎が陸軍省内で軍務局長・永田鉄山を刺殺した事件である。相沢は福島県白河町(現白河市)生まれ。大正7年、歩兵第4連隊から台湾歩兵第1連隊付に移り大尉に進級する。

 同年9月陸軍戸山学校教官に就任。その後、陸軍士官学校付歩兵第13連隊中隊長を経て、昭和2年少佐進級と共に歩兵第1連隊付として日本体育会体操学校(後の日本体育大学)に配属され学校教練を担当した剣の達人でもある。

 昭和8年には陸軍中佐となるも、昭和10年の永田軍務局長刺殺で翌軍法会議で死刑判決が下され、代々木衛戍刑務所内で銃殺刑に処された。

 陸軍内は当時、高度国防国家を目指す「統制派」と天皇親政を理想とする「皇道派」の対立が激化していた。皇道派だった相沢は、同派の教育総監・真崎甚三郎が更迭されたことに不満を持ち、統制派の中心人物だった永田刺殺に至る。

「相沢事件」が二・二六事件」の伏線になったということは紛れもない事実だろう。相沢事件の半年後に所謂「二・二六事件」が決行される。

 我が国の歴史を遡れば「大化の改新」に始まり、「建武の中興(新政)」「明治維新」と、陋習を打ち破らんと維新の大業が成し遂げられた。

「維新」とは、幕末の思想家・藤田東湖が示した「大義を明にし、人心を正さば、皇道奚(いずく)んぞ興起せざるを憂えん」こそが神髄である。

 彼らは「反乱軍」と断じられ、陛下の命により処刑されはしたが、彼らの維新の大義と憂国の至情は決して消えることはない。

 二・二六事件に唯一の民間人として加わり「群衆指揮等」として死刑に処せられた渋川善助という思想家がいる。渋川もまた相沢と同じ福島県人である。

 渋川は福島県会津若松市七日町出身。会津中学校、仙台陸軍地方幼年学校を経て陸軍士官学校予科に進み、御前講演を行うほど成績優秀で、杉田省吾、西田税らと「維新同志会」を結成し、国家主義運動に参画した。

 渋川が少年時代に過ごした部屋は、三島由紀夫が訪れた際に「憂国の間」と名付け、会津若松市の「渋川問屋」内に現在でも保存されている。

 渋川問屋は料理旅館としても有名なのだが、福島県に住んでいながら未だ訪れたことは無い。いつの日か憂国ならぬ夕刻の士らと宿泊し、会津料理と地酒を呷り乍ら談論風発、杯盤狼籍、大破轟沈するのが細やかな夢でもある。呵々。

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2020年02月24日

「支那(シナ)は差別用語だから使用するのはダメ」というが

 Facebookの検閲が止まない。「シナ(支那)は差別用語だから使用するのはダメ」という。シナがダメならば「インドシナ半島」や「東シナ海」もダメだわな。そんなこともあってか最近は「支那そば」と言わなくなった。

「支那(China)」とは、最初の統一王朝「秦」に由来している名称で、新井白石が「支那」と翻訳した。岡倉天心の説では「新」に由来しているという。

 我が国と中華圏の交流は長い歴史があると思っているが、日中関係が樹立されたのは20世紀に入ってからであり、未だ100年ほどしか経っていない。

 607年、聖徳太子は小野妹子を隋に派遣し対等外交に踏み切ると、後に蘇我氏を滅ぼした中大兄皇子らが、645年に「大化の改新」という維新を実現する。

 天智2(663)年、唐・新羅連合軍に攻撃された百済は日本に救援を求めると、我が国はこれに応じて出兵した。これが世にいう「白村江の戦い」である。

 応援に出た日本軍はこの海戦で大敗を喫し、多くの日本人が捕虜として捕らえられた。我が国はこの敗戦を機に中華圏との正式な外交を絶つこととなった。

 それから約1200年後の明治4(1871)年、日中と外交を結ぶも「日清修好条規」を結んだ相手は満州人の清朝であった。

 当時、支那大陸を支配していたが漢民族の国ではなかった為に、中華圏との正式な外交は「中華民国」の誕生まで待たなければならなかった。

 中華人民共和国は日清戦争での敗戦もあって、我が国にだけは自分達を世界の真ん中にある「中国」と呼ばせることで「北京が世界の中心だ」ということを暗に認めさせ、朝貢国に仕立て上げようと躍起になった。

 中共から「中国」強要の理不尽な言い掛かりが始まったのは、占領下だった昭和21年6月に遡る。形式上、連合国の一員で戦勝国であった中国共産党は、その力関係を盾に敗戦国である我が国に「中国」と呼ぶことを強要した。

 外務省はそれに何ら反論も出来ず従順に受け容れた。そして「外務省次官・局長通達」として、「理屈抜きにして先方の嫌がる文字を使わぬこと」と言論機関などにこれを強制し、国民に「中国」との呼称を浸透させた。

「中国」という言葉の一番古い意味は「首都」という意味で、「国民国家」を意味するものではない。日本でいう「中国」とは中国地方のことで、中国銀行なども在る様に別に「世界の中心」という意味でもない。

 英語圏では「チャイナ」。フランスは「シーヌ」。イタリアは「チーナ」。ペルシャでは「チーン」。インドでは「シナスタレ」などと呼ぶ。

 尊皇愛国の書として有名な山鹿素行の「中朝事実」では、世の学者の外国(主として漢土)崇拝を批判し、皇統の一貫を根拠に「日本こそ万国に卓越した中華・中国と呼ぶに相応しい国である」との日本主義を主張している。

 愚生は常々「中国」と呼ぶのは国際的にも間違いで、「支那」と呼ぶことが正しいと考えていた。だが、「支那」とは中国二千年の歴史のある言葉であり、その国名には浪漫や憧憬を感じる素晴らしい言葉でもある。

「支那」とは、易姓革命で政権や王朝が代わっても、その基底にある自然・民族・文化を意味する名称として使われてきた国名であり、共産党一党独裁の近代国家如きを「支那」と呼ぶには差別どころか分不相応だと感じている。

 浪漫が欠落してる共産主義国である「中華人民共和国」や「中国共産党」は、やはり「中共」や欧米に倣い「チャイナ」と呼ぶのが相応しい。

 親中派という媚中派らは「日中関係は同文同種」とか「一衣帯水」という認識で「四書五経」のイメージで支那への憧れを膨らませる。国民の多くが疑いもせずに「中国」と呼称しているが、これは敗戦コンプレックスの裏返しでもある。

 世界では日本を「ジャパン」と呼び国民もそれを疑わない。ジャパンから「ジャップ」などど差別されたりするのだが、本来は「ニッポン」と呼ぶべきだ。

 国際会議やオリンピックなどの国際大会などでは日本は「JAPAN」と表示されるが、日本は「NIPPON」と表記させるべきではなかろうか。

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 ということで、画像は愚生的ナンバーワンの福島市の「支那そば佐川」の支那そば&半ライス&糠漬け。あ~、食べたくなって来たな(笑)

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2020年02月23日

奉祝・天長節 万歳、万歳、万々歳!

 本日は天長節(天皇誕生日)、誠におめでとうございます。皇国臣民の一人として謹んで陛下の弥栄と長久を御祈念申し上げ奉ります。

 我が国は、神武肇国の昔より、歴史の中から数々の伝統及び制度が生み出されてきた国家である。そんな中で、永遠に無くなってはならぬものが天皇を戴く国家の在り方であることは言うを俟たない。

 2680年の永きに亙り、万世一系の天皇を戴き、常に国民や世界の平和を祈り続けておられる天皇を、善き至高の存在として暮らして来た。

 天皇を族長と仰ぐ君民一体の家族国家が日本国であり、「天皇即日本」「日本即天皇」の天皇国家こそが我が国の国柄であり、皇統の歴史こそが象徴である。

 天皇の御代が栄えることは、即国民の代が栄えることでもあり、この国體の精華は万邦類を見ないところである。正に、世界に冠絶した「君が代」の世界が厳然と存在する国こそが、我が国祖国日本なのだ。

 陛下は天皇誕生日を前に記者会見に応じた。豪雨に見舞われた被災地への思いや、60年の歩みでの思い出として、東京オリンピックで銅メダルを獲得した円谷幸吉選手のゴールシーンを挙げた。同県人として実に嬉しいことだ。

 一方で、憲法下での象徴天皇としての御立場を強調されているが、こうしたことは宮内庁や記者らによる護憲への誘導尋問でもある。「公務の重み」を語ることで益々現憲法が絶対化し、その呪縛から逃れることは出来なくなるだろう。

 天皇とは祈る存在であり、祭祀が軽減、簡素化される中で国事行為や公務が最優先されるのは、祭主としての天皇の存在を軽んじている証左である。国事行為や公務なんぞ、それこそ女性皇族が補佐すれば好い。祭祀を重んじよ。

 抑々、天皇というのは憲法以前の存在であり、憲法が在って存在せられるものではない。明治憲法第一条の「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」こそが歴史的事実であり、本来在るべき天皇の姿を明示されたものと勤解する。

 陛下や皇太子殿下の御言葉はその影響するところは大であり、正に「綸言汗の如し」。飛び出した汗は体内に戻らないと同じく、御言葉の影響は大きい。

 政治家の様に口先で誤魔化すことは、その御地位、御立場と崇高な御人格がそれを許さない。ところが、質問する記者団といえば海千山千の強か者ばかり。恰も皇室を理解している様に取り繕ってはいるが多くは皇室に批判的な輩である。

 少なくとも尊皇絶対の大義を弁えている記者はいない。ノスタルジアな左翼思想に被れ、反天皇、皇統断絶に与する記者らは、陛下との一問一答形式によって、御言葉を引き出し、言葉尻を捉えて政治問題し、世論誘導を企てる。

 開かれた皇室論に基く陛下や皇族への定例会見は一切拒絶するのが妥当であり、宮内庁は別な形での国民への御発露の方法を考えるべきだと思う。

 日本という奇跡の国に生を享けながら、反天皇の不遜不敬、不届至極の不逞の輩がいるのは、戦後の日本人の精神的幼稚さの現れでもある。

「天皇制打倒」を目指す日本共産党や立憲民主党ら左翼陣営が「女性天皇」や「女性宮家」の創設や「女系天皇」容認に狂奔していることこそ何かを況や。皇統破壊の一里塚であった天皇退位法案を強行した安倍政権もまた然り。

 これらの奸賊を排し、迫る来る祖国の危機に対処し、天皇国日本を盤石の安きに置く使命を有するのは民族派陣営である。正にその存在の意義を示す神機は近付きつつあると確信する。諸君、一旦緩急に備え遺憾無きを期そうではないか。

 すめらぎいやさか、すめらみこといやさか。すめらみくにいやさか。

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2020年02月22日

浅沼稲次郎を刺殺した山口二矢烈士の狂気と正気

 今日、2月22日は「竹島の日」だが「222は、にゃんにゃんにゃん」で「猫(にゃんこ)の日」らしい。愚生の場合は、憂国の至情から浅沼稲次郎を刺殺し、練馬鑑別所で自裁した山口二矢のことを思い出さずにはいられない。

 昭和18年2月22日生まれ。山口家の二男、二月二十二日生まれと「二」の字が重なったことから「二矢(おとや)」と命名したという。

 昭和34年、大日本愛国党に16歳で入党。だが、赤尾総裁の運動に懐疑的だった二矢は翌年5月、同党の吉村法俊、中堂利夫(後に両名は防共挺身隊に身を寄せるも脱退し共に人気作家に)と共に愛国党を脱党する。

 3人は防共挺身隊の福田進総隊長の世話になり、「全アジア反共青年連盟」を結成。福田の支援で銀座鳩居堂の二階に事務所を構える。

 福田は以前、大日本愛国党の城南支部長も兼任していたが、「赤尾は完全な資本主義者だ」として袂を分かった活動家でもある。

 2月22日生まれ。浅沼を刺殺したのが10月12日。練馬鑑別所で自裁したのが11月2日。「二」という数字は烈士にとって運命だったのか。

 当時、17歳の二矢は大東文化大学の学生でもあった。「日本を救うには左翼の煽動者や阿る連中に天誅を加えなければ」と、第一の候補に日教組委員長の小林武を選ぶ。続いて、日本共産党の野坂参三、浅沼稲次郎は三番目だった。

 更に、自民党・鳩山一郎、石橋湛山、社会党・松本治一郎の6人を狙う。また「紀元節反対」を論じている三笠宮殿下に対しても御反省を求めている。

 今や日本社会党は消え去り、残党である社民党も風前の灯火。二矢が警鐘を鳴らさねば当時の勢いは止むことなく、多くの国民が社会主義の犠牲者になってただろう。浅沼ではなく、野坂参三だったらどうだっただろう。

 昭和35年10月12日、ニ矢は日比谷公会堂で演説中の浅沼稲次郎を刺殺、現行犯逮捕された。二矢が携行した檄文にはこう認めてあった。

「汝、浅沼稲次郎は日本赤化を謀っている。自分は、汝個人に恨みはないが、社会党の指導的立場にいる者としての責任と、訪中に際しての暴言と、国会乱入の直接の煽動者としての責任からして、汝を許しておくことは出来ない。此処に於て我、汝に対し天誅を下す。皇紀二千六百二十年十月十二日 山口二矢」

 逮捕された二矢は供述録取書にも素直に応じた。

「私の人生観は大義に生きることです。人間必ずや死というものが訪れるものであります。その時、富や権力を信義に恥ずるような方法で得たよりも、たとえ富や権力を得なくても、自己の信念に基づいて生きてきた人生である方が、より有意義であると信じています」

「浅沼委員長を倒すことは日本の為と堅く信じ殺害したのですから、行為については法に触れることではありますが今何も悔いる処はありません。しかし、浅沼委員長は最早故人となった人ですから生前の罪悪を追及する考えは毛頭なく、唯故人の冥福を祈る気持ちであります。又浅沼委員長の家族に対しては、如何なる父、夫であっても情愛に変わりなく、殺害されたことによって悲しい想いで生活をし迷惑を掛けたことは事実ですので、心から家族の方に申し訳ないと思っています」 

 供述調書を取り終えた11月2日未明、東京少年鑑別所の個室で、支給された歯磨き粉で壁に「七生報国 天皇陛下万才」と記し、従容として死に就いた。

 旧来の思想や社会構造を打破しようとする時に常軌を逸した行動が生まれる。テロと断じるのは容易いが、この行動こそが正に正気の狂気であるのだ。

 生きていれば未だ77歳で、麻生財務大臣より若い。右翼民族派陣営の現況は先細り、淘汰されつつある感は拭えない。二矢烈士が生きていれば、右翼民族派陣営をどう導いてくれただろうか。すめらぎいやさか。すめらみこといやさか。

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2020年02月19日

厚労省が定める「体罰の定義」を学校教育に当て嵌めるな!

 厚労省は、四月に施行される児童虐待防止法の体罰禁止規定に関し、具体的に「注意をしたが言うことを聞かないので頬をたたく」「宿題をしなかったので夕飯を与えない」「悪戯をしたので長時間正座させる」などの事例を示した。

 親権者や内縁の夫などに由る暴力が後を絶たない。虐待する大人というのは甘やかされて育ったりと精神的に幼稚なのが多い。こんな精神が歪んでる大人を、役人と有識者が決める体罰定義で虐待を無くそうなどは嗤うしかない。

 学校での先生に因る体罰が問題にされる度にこれと同じ様なことが議論されて来たが、文科省や教育委員会が解決させた験しはない。家庭での虐待にしても同じで、厚労省が登場しても余計ややこしくなるし、まともな親も迷惑千万。

 戦後、我が国ではGHQが謀った教育もあり、子供を褒めなければダメ、叱ったり殴ったりすることはケシカラン、体罰はダメという考えが支配的になった。

「褒める教育」というものは、日教組が「生徒の自主性・自由の尊重」などと謳ったところから始まったもので、非行を繰り返す不良生徒やその親を批判せず、その生徒に体罰をした教師だけが吊し上げられ、現場から排除されてきた。

「褒める教育」を推進する連中は「体罰は暴力」と決め付けるが、「体罰」と「暴力」とは異質のもので、「体罰」とは子供に善悪を躾けることが目的であって「暴力」とは言わない。「暴力」とは私的感情が伴う行為をいうのだ。

 言って分かるなら苦労はしないが、言っても分からない子供は一定数いるのは確か。善悪を躾ける「体罰」という「愛」が、子供の理性や本能を正しく鍛えるということを親や教師、教育委員会、役人、何より政治家は知るべきだ。

 昨今、学校や家庭、地域全体が子供らをどう導けば善いのか解らなくなっているのが実情で、その子供らもまた厳しく躾けられていないから善悪の判断が乏しく、痛みも知らなければ、チョットしたことで挫折してしまうのが多い。

「体罰」の意味も知らず、本物の愛情に触れることなく軟弱に育てられた子供達こそが現代社会の犠牲者であり、そんな環境で育った大人もまた然り。

「愛のムチ(体罰)」と暴力は紙一重。ビンタなどの体罰には親として子供を思いやる気持ちがあり、子供もまた親を敬う気持ちが無くてはならない。

 人を育て上げるというのは、日本刀が出来上がる過程と似ている。日本刀は先ず、卸し鉄を何重にも積み重ねることから始まる。そして「鍛錬」し「下鍛え」し、何回も何回も鍛え上げて「芯鉄」を鍛え、造り込んで行く。

 日本刀を作る上で最も大事なのが「焼き入れ」である。焼き入れを行うことで刀に命を吹き込む。焼き入れ一つで刀の出来も価値も変わってしまう。

 体罰の本来の目的は立派な人間を創り上げる「ヤキ入れ」であり、そして出来上がった刀を磨き上げるのが最終工程。刀をそのまま持ち歩くことは出来ない。

 そこで、刀を納める鞘が必要となる。鞘というのは要は、先生であり、同級生や仲間であり、上司であり、同僚だろうか。結婚すれば妻が鞘の役目となる。

 ヤキという鍛え込みと磨き上げで立派な人材が出来上がるのだが、如何せん、ヤキの後に磨き上げないから折角の愛のムチが暴力だと断じられてしまうのだ。

 卸し鉄を叩いて叩いて鍛錬し、鍛え上げることで強靭で立派な刀が出来上がるのだ。我が母校の国士舘の創設者・柴田徳次郎先生も次の様に訓示している。

「刀というのはトンテンカン、トンテンカンと叩いて叩いて鍛え上げなければ『五郎入道政宗』とか『村正』といった立派な刀は出来ません。国士舘の生徒も先生だけの指導だけではダメで、学校も親も一緒になってお子さん方を鍛え上げて行かなければ立派な日本人に育てることは出来ません」

 正しく教育とはこれに尽きる。親だけではなく、教師や社会全体が我が国の将来を担う子供達を育てるのだという意識こそが大事で、文科省や教育委員会、厚労省などの役人や有識者などがしゃしゃり出るからややこしくなる。

 詰め込み教育の弊害がここに来て露わになっている。「知育」も結構だが、それよりも先ず「理性」を創ることが大事。それも欧米型の理性ではなく、日本的理性、つまりは「人間性」であり「正しい精神論」である。

 誰の子供もどんな子でも日本の宝なのです。我が国が抱える問題を解決するには、幼少期の親の愛情と、保育所や幼稚園や小学校低学年の段階で正しい人間性の基礎を創り上げ、地域や周りの人らが温かく見守り育んで行くことだ。

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2020年02月14日

Facebookで規約違反の申告を受けて只今アカウント停止中(笑)

 Facebookで規約違反申告を受けてアカウント停止中なのでタイムラインに記事も出せなければメッセンジャーも使用出来ない。「小人閑居して不善を成す」とはよく言ったもので、暇を持て余してヤフオクでプチッとしまくってる(笑)

 過去にも橋下徹関連の記事で「穢多・非人」のことを書いたら、何処の何方かに「差別的表現」として通報されたことがある。「穢多(えた)」や「非人(ひにん)」というのは広辞苑にも出ている様に別に歴史的な事実だ。

「穢多(えた)」「非人(ひにん)」とは、江戸時代の幕藩体制で「士農工商」の更に下の最下位層に位置付けられた人々で、明治以降は「新平民」と呼ばれている所謂「同和」や「部落解放同盟」などの「自称・差別されてる」連中のこと。

 江戸時代、同心を手伝った岡っ引きや十手持ち、罪人の世話や処刑、牛馬処理などを担ったという。明治以降には屠殺に関わり、精肉店や革製品製造などに従事してる人に多いと言われ、芸人も非人の起源と言われている。

「差別はいけない」と批判するが、そうした存在を黙(もだ)し、現代の幼稚な価値観を優先する余り、歴史から消してしまうことが好いことだとは思わない。

 我が国の歴史にそういう負の時代が存在していたのであれば、その成否はどうあれその事実を教えなければ「差別」の意味さえも理解することは出来ない。

 愚生の敬愛する、現代の思想家であり評論家の新崎智こと呉智英(くれともふさ、ご・ちえい)は、差別というものを逆説的にこう述べている。

「差別は正しい、差別と闘うのが正しいのと同じぐらい正しい。人類が目指すべきは『差別もある明るい社会』である。差別さえない暗黒社会にしてはならない」。哲学的ではあるが「差別もある明るい社会」とは実に示唆に富んでいる。

 幼稚な倫理観やキレイゴトによって、何でもかんでも「差別はいけない」と規制されてるのは逆差別の様にも感じてしまう。そうした風潮が、同和や部落解放同盟の差別ビジネスやアイヌ利権に繋がっていると言っても過言ではない。

 今回、アカウント停止になった原因はどうやら、山口敬之と伊藤詩織の「ゲロを吐きまくった女とやっちまった山口敬之が悪い(笑)」との記事だったらしい。でも、この文章のどこが不適切な表現なのかさっぱり分からない。

「ホテルに連れて行くなら、自分の部屋に連れ込むのではなく別な部屋を取ってやるべきだったわな。目が覚めた伊藤は、昨夜の自分の醜態に恥じ入ったのは想像するに難い。そんな申し訳なさからセックスに及んだのだろう」

「ホテルのトイレでゲロをそこいらじゅうに撒き散らし、それを健気に掃除する山口。愚生も経験はあるが、よく貰いゲロをしなかったものだ。まぁ、山口の下心なのか、優しさなのか。愚生ならそのまま放置プレイ必至(笑)」

 こうした愚生の経験から基く表現を不適切だということが不適切ではないか。まぁこうした措置でも経験の一つとして受け容れたら、またしても山口敬之と伊藤詩織の記事で3日間だった停止期間が更に延長されていた(笑)

「『据え膳食わぬは男の恥』とばかりにやっちゃった、たった一発の中田氏で330万円の賠償命令。外国人記者クラブで会見に応じ、裁判への不満と自分の正当性を訴えた。驚くのはその場に伊藤詩織が参加していたことだ」

「伊藤ってのはレイプされてその怖さからPTSD(心的外傷後ストレス障害)になったんじゃなかったっけ。そんな精神的に滅入ってる女が乱入してくるというのも何だかなぁ。PTSDの患者が、加害者と同じ空気を吸っている不思議(笑)」

 山口というより伊藤詩織の関係者らの検閲に引っかかったのだろう。これに続いて次は「ライダイハン」や「議政府米軍装甲車女子中学生轢死事件」「従軍慰安婦」などの韓国関連の記事もヘイトや不適切な内容として通報された。

 何となく、検閲してる輩というのが分かりそう。愚生の記事はフォロワーが500人以上いるし、啓蒙活動でもあるので「公開」にしてるが、また通報されると面倒だし、これからは16人しかいないが「友人限定」にしようかな(笑)

 ということで、Facebookの再登場は週明けになりそうです。呵呵大笑。

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「共産党は過去に各地で殺人などの暴力主義的破壊活動を行った疑いがある」との安倍首相の答弁

 衆院予算委員会の集中審議で、立憲民主党の辻元清美が質問とは程遠い安倍首相を扱き下ろした自説に対し、安倍首相が「意味のない質問だ」とボヤいたことが、立憲などから「議会制民主主義を否定するヤジ」だと大騒ぎされている。

「鯛は頭から腐る」を引用して安倍首相を腐した。辻元は「組織は頭から腐る」と言いたかったらしいが、「組織=日本」だとすれば「腐ったみかんの方程式」で言う腐った存在こそ辻本であり立憲民主党らクソ野党だろう(苦笑)

 マスコミは反安倍の流れから野党の大騒ぎに便乗してこんな記事ばかり垂れ流している御蔭で、他の議員の質問内容は殆ど聞こえて来ない。

 日本維新の会の足立康史は「野党の政権構想は『共産党含む連合政権』と志位和夫が主張してたが、共産党の破防法調査対象の理由は?」と質問。

 これに対し安倍首相は「共産党は過去に各地で殺人などの暴力主義的破壊活動を行った疑いがある。現在も方針変更がないと認識し調査対象」と答えた。

 これに激怒したのが日本共産党。小池晃は「破防法の調査対象団体はデマだ」と強弁したが、政府は、日本共産党について「現在でも破壊活動防止法(破防法)に基付く調査対象団体である」とする答弁書を閣議決定している。

 こうした事態に当の共産党はそれに真っ向から反論し、安倍政権を批判しているが、監視対象では生温い、破防法を適用し共産党を非合法化するべきだ。

 日本共産党は、大正11(1922)年7月15日に、「コミンテルン(共産党インターナショナル)」の日本支部として誕生したことは歴史的にも明らか。

 コミンテルンは、ロシア革命の指導者・レーニンが創設した共産主義の国際組織であり、レーニンの死後はスターリンが実権を掌握した。ソ連崩壊後も共産主義を内在とした悪の本質は現在も受け継がれている。

 日本共産党はコミンテルンによって創られ、財政的援助を受けて維持され、壊滅する度に再建されたが、その歴史は暴力革命を標榜する売国政党に他ならない。

 ソビエト連邦崩壊後、東欧では「マルクスレーニン主義」を捨て去り党名も変更したが、未だに自由主義国の中でマルクス・レーニン主義を信奉し、堂々と「共産党」を名乗っているのは日本共産党だけだ。

 こうした政党が存在していること自体が不可思議で、況してや世界の共産主義者というのは愛国者だが、自国を貶し、自国の歴史と伝統と文化を否定する売国奴は世界広しと雖も日本共産党だけ。正しく珍現象とも言える。

 日本共産党は、テロ、リンチ、スパイ、陰謀等々の本質を覆い隠す為に、中国共産党を批判して「国民の自由を守る」かの様なソフト路線を展開しているが、これこそが欺瞞でありインチキ政党と断じて好かろう。

 国民は想起すべし、ソ連共産党崩壊後の暗黒一党独裁を。中共の文化大革命の粛清やチベット・ウイグルなどでの人民殺戮や金日成やポルポトの粛正の嵐を。国内に於いても、宮本顕治らによるリンチ殺人事件は夙に有名だ。

 昭和8年12月23日、党内のスパイと疑って小畑達夫と大泉兼蔵を渋谷区幡ヶ谷のアジトに呼び出しリンチ。スパイと自白しなかった小畑を殺した。犯行は宮本の他、袴田里見、逸見重雄、秋笹政之輔らの犯行だった。

 治安維持法違反・不法監禁致傷・不法監禁・傷害致死・死体遺棄・銃砲火薬類取締法施行規則違反で無期懲役に処された宮本顕治が日本共産党の委員長だったというのだからその特異性が解るというものだろう。

 また、武装闘争として「中核自衛隊」を組織し、警察や米軍を襲撃した。交番や警察官の襲撃も相次ぎ、「伊藤巡査殺害事件」や、札幌警察署警備課長白鳥一雄警部が狙撃され死亡した「白鳥事件」などを実行している。

 白鳥事件の実行犯2名は、事件後、中国共産党を頼り逃亡した。皇居前広場での「血のメーデー事件」「曙事件」「あさま山荘事件」「三菱重工ビル爆破事件」「テルアビブ空港乱射事件」等等、その暴力性は挙げたら限が無い。 

 共産党の歴史を遡れば、昭和47年の総選挙で日本共産党は、14議席から40議席に躍進し、日本社会党に次いで第二野党となった。

 自民党政府はこれに危機感を抱き、「社会主義(共産主義)には自由がない」とし、「自由社会を守れ」キャンペーンを行った。安倍も「破防法適用団体」とか「公安調査庁の監視対象」に更なる具体的暴力行為を曝した方が好い。

 これを受けて共産党は、昭和48年の党大会で綱領の一部を改訂し、労働者階級の権力、即ち「プロレタリアート独裁の確立」という文言の「独裁」を「執権」に変更し、党員や支持者らを納得させた。

 昭和51年の臨時党大会では、綱領の「プロレタリアートの執権」の文言を削除し、「労働者階級の権力」のみにし、「マルクス・レーニン主義」という用語も、「科学的社会主義」に置き換えた。どこが「科学的」なのか(苦笑)

 だが、幾ら取り繕うとも日本共産党の実態は、マルクス・レーニン主義の教義に基く「暴力革命」と「プロレタリアート独裁」の思想は変わってはいない。

 共産党は、昔の様な赤旗スタイルを止めて、頻りに「民主主義」を宣うが、共産党政権下では、「自由」が保障されることが無いことは歴史が証明する処であり、共産党政権下では「民主主義」なんぞ存在しない。

 共産党のいう「民主主義」とは、あくまでも組織原則は「中央集権制」が主であって、「民主主義」は単なる飾りに過ぎない。

「日本共産党の誇るべき組織原則である民主主義的中央集権制(民主集中制)」と、自らが記してある通り、「反主流派」は存在してはならず、党員同士の横の繋がりは「分派活動」として禁止されているのだ。

 田村智子という参議院議員が「日本共産党員に暴力革命を目指す人など一人もいない絶対に」などと否定してるが、中核も革マルも革労協もSEALDsも関西生コンなどなどの下っ端どもは全員暴力革命集団ではないか(苦笑)

 今や安倍憎しから野党勢力は共産党と手を組み安倍政権打倒を謀る。御先棒を担いでいるのは小沢一郎。これじゃ益々安倍の支持率は下がらないわな。呵呵。

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2020年02月10日

2月10日は民族の生死を賭けた日露戦争の開戦記念日

 明治37(1904)年2月8日、旅順港に停泊中のロシア旅順艦隊に日本海軍駆逐艦が奇襲攻撃。日本陸軍先遣部隊が朝鮮仁川に上陸。翌9日、仁川港外に派遣されていたロシアの巡洋艦ヴァリャーグと砲艦コレーエツを攻撃し自沈に追い込んだ。

 この「仁川沖海戦(じんせんおきかいせん)」を以て、民族の生死を賭けた日露戦争の火蓋が切られ、翌10日、我が国政府はロシアに宣戦布告する。

 極東の小国であった我が国と、当時、世界最大の軍事大国と言われていたロシアとの戦いは一年半にも及び、我が国が奇跡的大勝利を成し遂げた。

 固唾を呑んで見守っていた世界の人々の誰もがロシアの勝利を疑わず、「日本大勝利」の報は極東小国日本の存在を世界に知らしめ、人々を驚嘆させた。

 日露戦争前、ロシアに占領・弾圧されていたフィンランド、トルコ、ポーランドの国々や、有色人種として差別されていた民族にとって日露戦争の結果は、国家と民族の存在を決定的に変える程の影響を齎したのである。

 15世紀の大航海時代以来、白人による世界制覇の滔々たる流れがアジアにも押し寄せ、次々と植民地となって行った。こうした世界の流れに江戸幕府も対応に苦慮する。そんな中で民衆は「国家」というカタチを意識する様になる。

 そこで起きた明治維新。我が国は中央集権国家を目指す。その後に起きた日清戦争、そして国家の存亡を賭けた日露戦争で我が国が勝利したことによって世界は大きく変化し、全世界の有色人種に強烈な影響を与えることなった。

 インドのガンジー、ネール、ビルマのオッタマ・ミール、フィリピンのリカルテ、ベトナムのファン・ボイ・チャウ、エジプトのムスタファ・カミール、トルコのケマル・パシャ等等、日本勝利が及ぼした影響は計り知れない。

 世界の各地で「日本大勝利」に狂喜し、白人に抑圧されていた民衆は有色人種が白人に劣らないことに確信を持ち、各地で独立運動が湧き上がり、米国内でも黒人に人種平等の自信を与え、黒人解放運動の支えとなったのだった。

 黒人誌の「インディアナポリス・フリーマン」は当時、次の様な社説を掲げた。

「東洋のリングで黄色い男達のパンチが白人を打ちのめし続けている。事実ロシアは繰り返し何度も日本人にこっぴどくやられて、セコンドは今にもタオルを投げ入れ様としている。有色人種がこの試合をものにするには、もう時間の問題だ。長く続いた白人優位の神話が、遂に今突き崩され様としている」

 日露戦争勝利から15年後、パリ講和会議に出席す日本の全権使節団は、国際連盟規約に「人種平等の原則」を入れる提案を行う為にパリへ向かう。

 途中、ニューヨークに立ち寄った折に、黒人指導者四人が「世界のあらゆる人種差別と偏見を無くす事に尽力して欲しい」という嘆願書を日本全権団に提出。

 だが、その願い空しく、議長を務める米国大統領ウイルソンに、「採択は全会一致」との詭弁を弄され、この人種平等の要請は拒絶されてしまう。

 結局、日露戦争が齎した歴史的課題であった「人種平等の原則」の本格的実現は、大東亜戦争後に実現し、その歴史的大使命が果たされるのだった。

 こうした現実をみれば、我が国は先の大東亜戦争に敗れはしたが、その戦いは大義があり、正に聖戦だったことが理解出来よう。

 世界史にとっても日本史にとっても重要な日清戦争や日露戦争の意義と大勝利という輝かしい出来事が、何故か余りにも軽く扱われているのは未だ我が国がGHQが謀った戦後教育から脱却出来ていない証左でもあろう。

 安倍首相は度度、総裁選や総選挙に於いて「誇りの持てる日本人を育てる」と訴えているが、未だそうした我が国が誇る教育に着手しているとは思えない。

 嘗てアジアの、また世界の希望の星であった我が国が、国家の大本と歴史を忘却し、いつまでも米国の配下に甘んじてて好い筈がなかろう。

 本日、日露戦争開戦記念日に当たり、先人が決然たる態度で一戦を決した日清・日露の大英断を、そして大東亜戦争の大義を「民族の魂の記憶」として誇り高く、永く後世に継承して往かねばならないと痛感する。すめらぎいやさか。

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2020年02月07日

更なる譲歩を生む安倍政権の「北方領土二島返還論」を糺す!

 本日2月7日は「北方領土の日」。地元紙にはの内閣府の政府広報の御座成りな「2月7日は北方領土の比」の広告が載っている。然も地図は四島のみ。

 安倍首相は、北方四島の色丹島と歯舞群島の二島先行返還案を軸にロシアとの交渉を続ける方針らしいが、これを弱腰軟弱外交と言わずして何と言う。譲歩は更なる譲歩を生むだけで、何ら解決されることはないだろう。

 北方領土は「樺太・千島交換条約(サンクトペテルブルク条約)」及び「日露講和条約(ポーツマス条約)」により、南樺太と歯舞、色丹、国後、択捉の四島を含む、北は占守島から得撫島までの全千島列島が固有の領土となった。

 領土問題では、日本共産党でさえ「全千島の主権」を訴えているが、国会では北方領土の正当性も論じられることなく、まやかしの「四島返還決議」が可決され、そして安倍政権下で二島返還で妥協しようとしている。

 これ正に、領土主権の重要性を認識していない証左である。先人達の外交努力を無視し、全千島と南樺太の主権が我が国に在るにも拘らず、四島のみの領有権主張を明記し、見す見す権利を放棄するとは言語道断と言わざるを得ない。

 安政元年(1855年)2月7日、下田で「日露和親条約」が締結され、四島と千島列島の間に境界線が引かれ、樺太を混住の地と決めた。だが、これは日本政府としてではなく、明治維新前の江戸徳川幕府時代のことである。

 明治維新を成し遂げ新政府を発足させた我が国は、ロシア人と日本人の混住の地であった樺太を明治8年(1875年)5月7日に「樺太・千島交換条約」を交わし、樺太の北側を千島列島と交換したことに由り南樺太が我が国に帰属した。

 日露戦争に勝利した我が国は「日露講和条約」を締結し、千島列島を日本領とした。つまり「北方領土の日」を2月7日というのは単なるこじつけ。何故に日本政府の「日露講和条約」ではなく、江戸幕府時代の「日露和親条約」なのか。

 北方領土問題を解決するには、領土に関する歴史的経緯と事実と領土主権の重要性を国民に分かり易く説明すべきだが、そうした啓蒙運動はしない。

「日露和親条約」を論拠とする2月7日を北方領土の日にしたこと自体、政府や国会の領土主権に対する認識不足とやる気の無さの現れである。

 徳川幕府時代の「日露和親条約」より、日本政府として締結した「サンクトペテルブルク条約」並びに「ロシアは樺太の北緯50度以南の領土を永久に日本へ譲渡する」とした「ポーツマス条約」を論拠に領土主権を主張をすべきだ。

 ロシアは第二次大戦の勝利と「ヤルタ秘密協定」を楯に北方領土の主権を主張している。だが、ヤルタ秘密協定こそが国際法的にも意味を成さない協定であり、サンフランシスコ平和条約の千島関連の条項もまた然り。

 ロシアの主張は「カイロ宣言」に明記されている「領土不拡大」という戦後処理の大原則を蹂躙するもので、これを糾し、我が国の領土主権の正当性を内外に主張せずして四島や二島先行返還などと言ってるから足元を見られるのだ。

 因みに「北方領土の日」が制定されたのは昭和56(1981)年のこと。北方領土問題に対する国民の関心と理解を更に深め、全国的な北方領土返還運動の一層の推進を図るという理由で、2月7日を「北方領土の日」と制定した。

 昭和56(1981)年といえば国士館大学在学中であり、防共挺身隊の一員として2月7日の「北方領土の日」を粉砕すべく霞ヶ関の式典会場に向かった。

 会場手前から隊列を組み押し入ろうとするも機動隊と揉み合いになった。竹竿を振り回すと機動隊員に当る。数人が公務執行妨害の現行犯で機動隊員に連れ去られるも乱闘の末に奪還。そうしたことも今では懐かしい想い出だ(笑)

 世界各地で民族争いの中で国境紛争が頻繁に起きている。寸土たりとも主権確立には戦いをしてまで死守しているのが世界の常識でもある。

 己の土地を他人に奪われ泣き寝入りする人はいないだろう。北方領土然り、竹島然り、拉致被害者然り、話し合いでは解決しない。奪われたものは奪い返すことでしか解決を見ない。領土奪還、同胞奪還の気概を持たねばならない。

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2020年02月06日

悪名高い枯葉剤「エージェント・オレンジ」を開発したモンサント社

 1967年2月6日、米軍はベトナム戦争で悪名高い枯葉剤「エージェント・オレンジ」を散布。枯葉剤の散布で環境が破壊され、ベトナム人に多くの奇形が生まれた。「ベトちゃん」「ドクちゃん」がその被害者の象徴だった。

 その後、この枯葉剤が環境や人体に及ぼした悪影響が社会問題になり、国連人間環境会議で討議されることとなる。キッシンジャー国務長官(当時)は、何故か、唐突に「日本の捕鯨問題」をこの会議に持ち出した。

 その後、枯葉剤の散布は有耶無耶にされ、環境保護を標榜する団体から「捕鯨論争」が起き、我が国に対する糾弾と反捕鯨活動が始まった。

 現在に至る捕鯨問題というのは、枯葉剤の散布から始まった米国の論理のすり替えというのが真相であり、日本蔑視、日本人差別のシーシェパードやグリンピースなどの似非環境保護団体が増殖するのもこの頃からである。

 シーシェパードを筆頭に、彼らの反捕鯨活動というのは、オーストラリア人がスポーツハンティングと称して原住民であるアボリジニを虐殺したのと同じ人種差別活動であり、その真意は白豪主義に因る日本人への人種差別だ。

 枯葉剤エージェント・オレンジを開発し、ダイオキシンを撒き散らした会社というのが、TPPで話題となった「モンサント社」。今ではモンサント社の遺伝子組み換えによる農産物の支配や環境破壊は世界から批判されている。

 平成29年3月23日、国会では「モリカケ問題」が大騒ぎされた。その陰で「主要農産物種子法廃止法案(種子法廃止法案)」が成立。この法案は、別名「モンサント法案」とも言われていることでもその危険性が分かるだろう。

 種子法廃止法案成立に由り、我が国の農業はモンサントに食料を依存することになる。つまり、種子を輸出する国(米国)が不作になった場合や種子の売り控えということになれば、輸入国(日本)の農業が崩壊する危険を孕む。

 我が国は「豊葦原瑞穂の国」と言われるが、瑞穂の国の誇りも何処へやら。農耕民族としての自覚を喪失し、恥ずかしいことに「農」を営利至上主義で勘定し、日本の思想でもある「農本主義」なんぞ国民の殆どが理解していない。

 戦後、我が国はGHQの策謀に拠り農本主義的国家観は排除され、大輸出国の米国の戦略に嵌り、米国の価値観が我が国の価値感なのだと錯覚してしまった。

「種子法廃止」は日本古来の種子の廃止であり、食の安全と食料安全保障を廃止すると同じ。畢竟、国柄の崩壊の序章であるといえるものだったが、何故か日本国中が「モリカケ問題」ばかりだった。そして今は「桜」で大騒ぎ(苦笑)

 種子法廃止の追加法案として「農業競争力強化支援法」という法案も成立している。これも種苗メーカーであるアグリバイオビジネス企業が、容易に日本農業に参画可能になるものであるが、驚くことに外資等の規制はしていない。

 つまり、公的研究機関が戦後何十年も費やして培ったデータが外国資本に提供され、盗用され、特許などが取得される危険を伴うことにも成り兼ねない。

 軍事的安全保障でも自立出来ず、食料安保でも自立出来ず、我が国の農業をも他国に委ねる御粗末さで果たして真の独立国家といえるのだろうか。

 政府は減反制度を見直し、米生産拡大によって競争力を強化する方向だという。その上で「消費者のニーズに対応した農協を創り、所得倍増を目指したい」と表明してる。だが、消費者のニーズとは一体何なのか。

 スーパーで安かろう不味かろう米や値段が安い輸入物を買い漁る姿が、消費者のニーズとはとても思えない。安倍の謀る「グローバル経済」とか「農業改革」とは、自国の文化や歴史を置き去りする軽々しいものでしかない。

 悪徳企業のモンサントと提携してたのは元経団連会長で住友化学工業の米倉弘昌だったが、悪徳商人らの営利至上主義の御先棒を担いだのが安倍晋三である。

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2020年02月05日

「ヤルタ協定」は国際法的にも意味を成さない協定である

 第二次世界大戦中の1945年(昭和20年)2月4日から11日にかけて、米国のルーズベルト大統領、ソ連最高指導者のスターリン、英国のチャーチル首相らがクリミア諸島のヤルタに集い密談が行われた。所謂「ヤルタ会談」である。

 この会談で、ルーズベルトは「南樺太のソ連に返還」と「千島列島のソ連への引き渡し」を条件に日ソ中立条約の破棄を進言し、対日参戦を促した。

 ソ連は、この密約に従ってドイツが無条件降伏した約三ヵ月後の昭和20年8月9日、日ソ不可侵条約を一方的に破棄し参戦する。ソ満国境を越えたソ連軍は鬼畜の如き蛮行を繰り返し、南樺太並びに全千島列島を強奪するに至った。

 ロシアは、北方領土の主権の正当性を「ヤルタ密約(ヤルタ協定のうち極東密約)」を論拠としているが、英国政府は、ヤルタ会談翌年の1946年2月にヤルタ密約の有効性について疑義を呈していたことが明らかになっている。

 英国立公文書館所蔵の英外交電報に因ると、「露の四島占拠根拠なし」として、米英ソがヤルタ密約を公表する2日前に、英外務省から全世界の在外英公館54ヶ所に対し、緊急且つ極秘の内容として電報が送付された。

「ルーズベルト大統領が権限を越えて署名したことや、米上院の批准もない状況下での有効性について米国内で論議が起こるかもしれない」として、「(英国は)その議論に巻き込まれないよう注意すべきだ」と警告している。

 密談が行われる約4年前の1941年8月、チャーチル首相はルーズベルト大統領と共に領土不拡大の原則を謳う「大西洋憲章」に署名しており、ヤルタ密約はこの大西洋憲章に反するとの英政府の認識が示された形である。

 1953年に就任した共和党のアイゼンハワー大統領が、年頭教書演説で「あらゆる秘密協定を破棄する」と宣言し、1956年には「ヤルタ協定はルーズベルト個人の文書であり、米政府の公式文書でなく無効である」との声明を発表している。

 ヤルタ協定に参加した米英が、ロシアの北方領土の主権に疑義を呈している中で、何故に当事国の我が国がロシアの主張を認め、北方領土や南樺太での鬼畜の如き蛮行を赦すかの如く、二島先行返還に拘るのか理解に苦しむ。

 ロシアは第二次大戦の勝利と「ヤルタ秘密協定」を楯に北方領土の主権の正当性を主張しているが、ヤルタ秘密協定こそが国際法的にも意味を成さない協定であり、更にはサンフランシスコ平和条約の千島関連の条項も無効である。

 ロシアの主張は、第二次世界大戦中の1943年に定められた「カイロ宣言」に明記されている「領土不拡大」の大原則を蹂躙するもので、スターリンの主張を踏襲しているらしいが、このカイロ宣言にはスターリン自身が署名している。

 米英がソ連の北方領土の占有に法的根拠がないとの立場を鮮明にし、ロシア側は明らかな「カイロ宣言」違反。こうしたヤルタ会談の不当性とロシア側の主張の矛盾を糾した上で、我が国の領土主権の正当性を内外にアピールすべきだ。

 だが、我が国は摩訶不思議なことに二島に固執し、ロシアに譲歩するばかり。己の土地を他人に奪われて黙っている者はいないだろう。況してや、父祖伝来の国土が強奪されて泣き寝入りする民族が何処にあろうか。

 戦後に放棄させられた領土を取り戻すことは正に日本民族の悲願であるが、失地領土の恢復が未だ解決の糸口すら見えて来ないのは一体何故なのか。

 思うに、北方領土や竹島など領土の重要性に対する認識不足と、如何に敵国に不法に占拠されたかの真相把握が欠如していること、更には、ロシアや韓国への認識の甘さと対応の甘さ等が綯い交ぜとなった結果が未解決の根源であろう。

 つまり、敗戦コンプレックスでもある弱腰軟弱土下座外交と事勿れ主義こそが、未だに領土問題が解決しない元凶であるのは言うまでもない。世界の常識通り、奪われた領土は奪うことでしか解決出来ないという覚悟こそ大事である。

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2020年02月04日

自衛隊の中東派遣に「万が一の事があったらどうするのか?」と批判する枝野幸男

 中東海域の日本関係船舶の安全確保に向け、海上自衛隊の護衛艦「たかなみ」と哨戒機の派遣に続き、護衛艦「たかなみ」が昨日、現地に出航した。

 安倍首相は出航式典で「任務は国民の生活に直結する極めて大きな意義を持つものだ」と訓示し、隊員の士気を高めると共に、「日本国民の生活を支える大動脈と言える海域」での任務の重要性と理解を求めた。

 シーレーン防衛は我が国にとって命綱であり、自衛隊が率先して安全を確保するのは当たり前のこと。この自衛隊の中東派遣に、立憲民主党代表の枝野は「万が一の事があったらどう責任を取るのか?」と批判する。

 この場合の「万が一の事態があったら」とは、「自衛隊員に若しもの事があったらどうするのか」ということだろうが、常々自衛隊を批判し、憲法への自衛隊明記に反対しておきながら、自衛隊員を心配する様子は余りにも御粗末だ。

 軽々しく「平和」を口にする政党に限って、平和を創造する具体策は言わない。そんな政党が「自衛隊員の命が」と云々言ったところで誰が信じるか。祖国日本と国民の命を守る為に自衛隊員は日々懸命に訓練に励んでいるのだ。

 万が一に自衛隊員が殉職する事態に陥ったらその御霊を慰霊する為にどうすれば好いか、殉職自衛官の崇高な使命をどう顕彰するか、政治家ならそういったことを考えるべきだが、「万が一の事態があったら」とは既に他人事なのだ。

 数年前、枝野は衆院予算委員会で「ホルムズ海峡が封鎖され石油が入らなくなっても快適な生活が送れなくなる程度だ」と語ったことは記憶に新しい。

 不測の事態が起きればオイルショックの二の舞になる可能性は少なくない。シーレーンを封鎖された場合、我が国の電力供給は数ヶ月程度しか持たない。電力不足に拠るパニックは、福島原発事故どころの比ではない。

 枝野は知ってか知らずか、いけしゃあしゃあと「我が国には備蓄があるではないか」と語っていたが、こんなのが野党第一党の党首というのだから嗤えない。

 万が一にシーレーンが封鎖されるという事態になれば、我が国の経済は壊滅的な打撃を受ける。国民の生命にも甚大な影響を及ぼすことは必至。それは「間接的に人命が失われる」国家的危機でもある。シーレーン防衛は我が国の命綱だ。

 シーレーンの大本でもあるホルムズ海峡の封鎖は我が国の死活問題である。枝野ら野党も反対ばかりじゃなく、「原発再稼働を検討すべき」とでも言うなら立派だが、反原発派というのは全く以てその論理は支離滅裂で破綻している。

 マラッカ海峡から日本までのシーレーンの安全確保が如何に大事かは、反原発派や余程のバカじゃない限り理解出来る。 太平洋~インド洋地域、南シナ海、東シナ海のシーレーンの防衛体制を確立することが大事である。

 我が国の千海里防衛構想は、中東での紛争や非常事態に対する抑止力となる一方で、中共の覇権主義阻止にも繋がる。枝野らクソ野党が執拗に自衛隊の中東派遣やシーレーンの防衛に反対するのは、要は中共への忠誠というのが正しい。

 極左の枝野にしてみりゃ、派遣海域で武力衝突となり、自衛隊員が殉職すれば安倍の責任を追及し、石油不足に因って生活に耐え切れなくなった国民が暴徒化し、その矛先が安倍政権に向けられることになれば幸いということだ(苦笑)

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2020年02月03日

「国士舘大学新聞」三笠宮彬子女王殿下による特別講義の記事に思う

 国士舘大学新聞が届いた。一面の理事長と学長の記事は相変わらずパッとしない。秘書か誰かに書かせているだろう、読んでる方に響かない。一方で、同窓生ら、特にオリンピックを目指す体育学部の活躍は実に素晴らしいものがある。

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 国士舘大学大学院人文学科客員教授である三笠宮彬子女王殿下の特別講義の記事は括目する内容だった。我が国の祝日の約半分が「神道の祭日である」として、先人の智慧でもある「二十四節季」を分かり易く解説している。

 二十四節季が我が国の稲作文化と深い繋がりがあり、「二十四節季の暦に沿ってきちんと稲作を進めると、11月23日頃に収穫できる」と語っている。正しく二十四節季とは「新嘗祭への道程」でもあるのだ。

 11月23日は今では「勤労感謝の日」となってしまったが、11月23日に斎行される宮中の重要祭祀である「新嘗祭」こそ、我が国の国柄を知る祭祀なのだ。

「勤労感謝」というと、労働していることに感謝する「労働者の日」かと思ってしまうが、本来は「人々の勤労によって生み出される万物の生産を祝う」こと。つまり、農作物を始めとした恵(実り)に感謝する日である。

「人々の勤労によって生み出される万物の生産を祝う」ならば、国策としての農業振興と食の安全保障や食料自給率向上は急務であるが、政府の実行した減反政策一つ見ても経済理論が優先され真剣に「農」を考える言葉は発せられない。

「農業」とは愛郷心に繋がるもので、別に功しい愛国心を教えなくても「農」を理解することで祖国愛を育む。世界の国々では「農業」の保護政策が行われているのは、「農は国の本」ということを自覚しているからに他ならない。

 占領下、GHQの弱体化政策に因り「農本主義」的国家観は排除された。大輸出国の米国の戦略に嵌り、国家の大本である軍事的安全保障でも自立出来ず、食料安保でも自立出来ず、これで果たして真の独立国家といえるのだろうか。

 国造りと農業の関係を経済論で語ることは、郷土愛を放棄したと謗られても仕方ない。豊葦原の瑞穂の国に生を享けた者として、農本主義を構築する為にも輸入農産物より国産物を購入し、食糧自給率向上を真剣に考えなくてはならない。

 我が国の祝日の半分が神道の祭日であることが我慢ならない左翼陣営は「ハッピーマンデー」という愚策でその祭日を葬ろうとしていることは明らか。皇室の元服の儀に基く「成人の日」がハッピーマンデーに組み込まれたのはその一例。

 国體破壊を目指す左翼陣営の最終目標は「建国記念日」と「勤労感謝の日」をハッピーマンデーに組み込むことだ。それに対抗するには国の成り立ちや歴史を学ぶことだが、先ずは「紀元節」並びに「新嘗祭」と名称を戻すことが大事。

 現在の祝日の半分が神道の祭日ということだが、戦前は殆どが神道の祭日。悲しい哉、現代日本人は「祭日」を、単なる「休日(祝日)」だと思ってしまっている。ハッピーマンデーや「憲法記念日」や「山の日」などの祝日は要らない。

 建国記念の日を「紀元節」とし、春分・秋分の日を夫夫「春季・秋季皇霊祭」、勤労感謝の日を「新嘗祭」と名称を戻し、4月3日の「神武天皇祭」と10月17日の「神嘗祭」を復活させることは我が国の国體の精華を取り戻すことでもある。

 話を戻すが、国士舘新聞では「彬子さま」ではなく「彬子女王殿下」と尊称を付けていることは好いが、相変わらず講義内容の中の「子供」とすべきところを「子ども」と表記してる。折角の講義内容が台無しだ。

 昨年も同じことを指摘してるが改善されてはいない。「子ども」表記は、「子供」の「供」が「お供え物」「お供する」などを連想させるというのが理由。共産党は「子供」とは「大人の付属物や人身御供を意味する」と主張している。

 こうした左翼らのマヌケな企みに天下の国士舘が与してどうすんの。呵呵。

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2020年02月02日

科学的データに基いた処理水の海洋放出に反対する漁業関係者って何なんだ?

 政府の小委員会は、東京電力福島第一原発周辺に貯まり続ける処理水の海洋放出を「現実的な選択肢」として大筋で了承した。これに対し、地元の漁業関係者は「これまでの努力が台無しになる」と海洋放出に猛反発している。

 漁業関係者の「これまでの努力の積み重ね」とは何なのだろう。福島への風評は、反原発派らの執拗な福島差別と放射線や放射能への無理解から生まれたもので、地元漁業関係者も反原発派の活動に与していたではないか。

 原発事故後、漁師が漁にも出られなかったのは気の毒に思うが、原発事故に因って漁業関係者に支払われた賠償金は莫大な金額だった。漁師の中には働くより、経費丸ごと補償してくれる賠償金を貰った方が得だと思っている人は少なくない。

 民主党政権下、年間被曝の科学的根拠を示さず、原子力規制委員会からの「放射線防護対策の年間被曝線量は20ミリシーベルト以下」との提言を無視し、住民の不安を払拭する目的で始められたのが「除染」というマヌケな作業だった。

 未だに続けられる約25兆円とも言われる除染関連事業で儲かったのは、請け負った大手ゼネコンと一部の業者だけ。下請けや孫請けなら未だしも、それより下の業者の儲けは少なく、親会社に裏切られた下請け業者は相当数に上る。

 県内各地の空き地や田畑には除染土入りのフレコンバッグが山積みにされたが、田畑一反に付き15万円の利用料が支払われる。例年の農業収入は一反に付き約5万円。つまり汗して農業をしてるより儲かるのだ。漁師も似た様なもの。

 漁業関係者の多くが、海洋放出以外の全ての処分方法にも反対してることでも分かる様に、反原発派と同じく福島を貶めている勢力であり、単なる感情論で科学的根拠さえも信じない姿勢こそが風評被害を拡大させる要因になっている。

 福島第一原発周辺の処理水タンクは約680基に及びその水量は92万トンに上る。2020年には137万トンになる。このまま放置し、またタンクが増設されれば環境破壊にも繋がり、それこそ福島への風評被害が止むことはないだろう。

 トリチウムは放射線エネルギーは弱く、人体の影響はセシウムの700分の1程度だという。原発事故に因る放射線セシウムが人体に影響も及ぼしてない中で、トリチウムを含んだ処理水の処分に反対するのは感情論でしかない。

 福島原発周辺に貯蔵されてる処理水のトリチウム総量は2016年3月時点で760テラベクレル。諸外国の再処理施設から海洋へ放出されている処理水に比べても100分の1程度で、専門家は「人体に影響を及ぼす数値ではない」と語る。

 1979年のスリーマイル島原発事故では93000テラベクレル、1986年のチェルノブイリ原発事故では520万テラベクレルと推定されている。1テラベクレルとは1ベクレルの1兆倍。「兆」という単位は余りにも大きい数値に感じるだけ。

 カナダのブルース原発からは年間1280兆ベクレル排出。フランスのラ・アーグ再処理施設からは年間1京1600兆ベクレルが排出されている。「京」とは「兆」の更に上の桁。かなりの数値だがこれらの数値は国際基準値の範囲内である。

 因みに、福島の漁業関係者よりも強力に処理水の海洋放出に難癖を吐けてる韓国だが、韓国は月城原子力発電所で4基のCANDU炉を運転しているが、月城原発が4基体制に入った1999年以降の累積では6000テラベクレルを超える。

 韓国の抗議は、科学的データを無視し風評を煽る山本太郎ら反原発派と同じで、地元漁師が福島への風評を阻止したいなら率先して科学的データを内外に広めることであり、地元漁師が立ち上がることで福島への風評が鎮まるだろう。

 科学的根拠も示さず、低放射線への無理解から始められた除染作業は、住民の不安を払拭するどころか「福島県は除染をしないと住めない土地」という風評被害を齎した。海洋放出は世界の常識である。除染と同じ轍を踏んではならない。

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2020年01月31日

「観光立国」というマヌケな国策が新型コロナウイルス対策の徒になる

 中国湖北省武漢で発生した新型コロナウイルスの世界への拡散は留まるところを知らない。世界保健機関(WHO)は公平さに乏しく中共の言いなり。今更ながら「緊急事態宣言」を出した様だが遅きに失した感は否めない。

 世界各国が支那人旅行客の入国を規制している中で、政府が進める「観光立国」というマヌケな国策もあって、まともな対策を講じられずにいる。

 こうした日本政府の対応を見透かすように支那人観光客は日本を目指す。医療技術や医療制度が充実している日本で感染が発覚しても保険が適用となるし、帰国後に万が一の事があっても日本政府が面倒を見てくれるとの安心からだ。

 国会を見れば党利党略の「桜」やら「IR」やら、終わった筈の「森友」や「加計」まで出る始末で、新型コロナウイルスの対策は論じられることも無い。尤も、発生源が中共とあってはクソ野党も沈黙するのは当たり前か(苦笑)

 出入国在留管理庁は、封鎖状態にある武漢周辺に帰国出来ない支那人観光客に、人道的措置として訪日に必要な短期滞在ビザの更新を認めたが、次から次と押し寄せる観光客という逃亡者らも、同庁に「柔軟な対応」を求めて来るだろう。

 日本政府が武漢にチャーター機を送れるなら、中共政府も日本へチャーター機を送り救出すべきだが、そんな面倒なカネのかかることはするとは思えない。

 国保加入者が海外滞在中に病気やケガで治療を受けた場合に「海外療養費支給制度」というものがあり、治療費の一部が返還される。外国人でも3ヶ月以上の滞在で日本の国民健康保険制度が利用出来る様になった。

 今では日本を訪れる外国人観光客も適用となり、そうしたツアーもあるという。こうしたこともあって入国した外国人がこれを悪用し、「帰国して治療を受けた」と書類を偽造すれば、簡単に受給出来るのが日本の医療制度なのだ。

 日本の社会保障制度は手厚くて抜け道が多く、不良支那人の格好のシノギになっており、窃盗や強盗などのリスクの高い犯罪を犯さなくても簡単に稼げることを知った連中にとって「海外療養費支給制度」は打ち出の小槌でもある。

 数年前、大阪府で虚偽申請を繰り返していた不良支那人グループが逮捕された。この事件は氷山の一角だが、未だに改められることはなく手を拱いている。

 彼らは「中国で治療を受けたことにして日本で手続きするだけで金が返ってくる。知り合いに頼んで偽造書類を作って貰うから簡単に出来る。分け前を払えば幾らでも協力してくれた」と、不正受給という認識はない。

 こうした犯罪が急増したのは「住民基本台帳法」が改正されたことが原因。その医療制度を受ける為に来日する外国人が殖え不正請求が後を絶たない。

 マスコミは中共へのキンピカ報道ばかりで、支那人の落とす幾許かのカネを「爆買い」などと持ち上げているが、その一方で経済成長の目玉である筈の「観光立国」が徒となり、不良外国人へ血税が垂れ流されている現状には沈黙する。

 生活保護費の外国人の受給条件についても、厚労省の社会・援護局保護課は「永住者とそれに準ずる定住者。更に、難民認定されている人や、日本人の配偶者がいる人が対象」と説明するが、これらの規定は守られていないのが現状だ。

 在日を始めとした外国人への生活保護費支給は「日本国憲法第25条」及び「生活保護法」違反であり、国民健康保険の不正請求は詐欺罪である。

 我が国の「事勿れ主義」と「人道的措置」という大甘な措置が、不良外国人の増殖を招いているのだが、犯罪者は断固として逮捕拘留し、罰金と賠償金を科すと共に本国へ強制送還及び再入国禁止の毅然たる対応をするべきである。

 東京オリンピックを控え新型コロナウイルスの事態が終息せずに、また対策が後手後手になることでオリンピックを観に来る観光客が減っては元も子もない。喫緊にやるべきことは「観光立国」というマヌケな国策を改めることだ。

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2020年01月30日

相撲道の美学を貫いた大関豪栄道の引退

 大関豪栄道が引退した。豪栄道ファンの一人として一抹の寂しさがある。現役に拘る白鵬や鶴竜の両横綱や、大関から陥落した栃ノ心や琴奨菊を見てるとまだやれそうな気もするが、この潔さこそが相撲道の美学というものだろう。

 平成26年7月場所後に大関昇進。口上では「武士道を貫く所存です」と決意を述べた。昇進するも負け越しやカド番が続いた平成28年9月場所、全勝優勝するもまたケガに泣いた。それでも投げやりにならずに意地で大関の地位を守り続けた。

 引退会見では、清々しい表情で「数年前から大関から落ちたら引退しようと心に決めてやっていた」と引退決断に至った理由を吶吶と語った。

 力士としての信念について聞かれ、「痩せ我慢というのが心の中にあって、苦しいときにそのことを人に見せないように努めてきた」と話した。

「痩せ我慢の気風」というのは、「優遇されるのが当たり前」と権利ばかりを主張するが現代人には忘れ去られてしまった日本人の美徳でもある。

 福沢諭吉は「痩せ我慢の記」の中で、「一片の痩せ我慢こそ百千年後に至るまで、国の独立を維持する上で大切である」と説いている。

 福沢翁は、徳川の幕臣だった勝海舟と榎本武揚が、敵方である薩摩・長州中心の新政府から優遇を受け、大臣に昇りつめた出世を厳しく批判している。

「勝海舟は只管講和を主張し、官軍と一戦も交えず開城したのは、要素たる士風を損なった。例え、内乱が国家にとって無益大害の極みであっても、抵抗するのが武士の意気地ではないか」と批判してるが蓋し正論。

 言い訳をせず、弱音を吐かず、苦境の中でも置かれた己の地位を守る為に全力を尽くした豪栄道は、正しく痩せ我慢を貫いた勝負師そのものだった。

 引退し年寄武隈を襲名した豪栄道は今後の夢を、指導者として「自分は横綱に上がれなかったので横綱を育ててみたい」と目標を掲げた。

 福沢翁は、「樹木を植えて、三十年経たなければ材木とはならない。だからこそ後世の為に木を植えるべきである」「今日用いる材木は昔の人が植えたものだ。とすれば、どうして後世の人の為に植えないで良いだろうか」と教える。

 豪栄道の師匠の境川親方は、常々弟子達に特攻隊員が出撃前に家族に宛てた手紙の朗読を聞かせるという。先人の犠牲の上で相撲が取れる有り難さを教えることで、自分を奮い立たせて貰いたいという願いだろう。

 豪栄道は境川親方を「義理と人情を大事にされる方。そういうところを学んだ。親方の下で相撲を取れて良かった」と語る。境川親方も「弱音を吐かない。男のど根性は誰よりも持っていた」と愛弟子を褒めた。師弟の絆の深さを知る。

 この親方にしてこの弟子在り。義理人情と英霊への感謝を忘れない師匠の教えとを忠実に受け継ぎ、武士道精神を重んじている豪栄道は、親方として「後世の為に弟子という木を植え、相撲道の発展に尽くして貰いたい。

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2020年01月29日

選択的夫婦別姓を推進する勢力の真の目的は「戸籍法」の廃止

 衆院代表質問で選択的夫婦別姓導入を訴えた野党議員に、自民党の杉田水脈が「だったら結婚しなくていい」と野次を飛ばしたことが問題にされた。

 夫婦別姓を推進してる橋下徹は「選択的夫婦別姓」について、「反対する理由が分かりません。選択的なんですから、同姓にしたいなら同姓にすればいい、別姓にしたいんだったら別姓にすればいい」と尤もらしく語る。

 更に「反対する人は姓が変わる事によって家族の絆が失われるとかなんとかっていうのは、アホか!って言ってやりたいんですよ。なんで反対するのかさっぱり分からない」 と語ってるが、これぞ橋下御得意の論理の摩り替えだ。

 橋下は、敵対する勢力を作っては過激な言辞で注目させ、マスコミを使い世論を煽るというのが橋下の手口。保守を気取ってはいるがその正体は怪しげ。

 訴えている政策も「国立戦没者追悼施設建立」「A級戦犯分祀論」「夫婦別姓推進」「戸籍法廃止」「外国人参政権付与」「沖縄独立」など売国的なものばかり。

 中でも「戸籍法廃止」について、「日本の戸籍は差別助長のツール」「戸籍は要らない。マイナンバーで事足りる」「夫婦別姓の実現には戸籍を廃止するしかない」などと国民世論を誑かし、戸籍法廃止の必要性を訴えている。

 その理由は「現戸籍における本籍地や出生地の記載は被差別地域を確認すること以外に使い道がありません。本人の本籍地は簡単に変えることができますが、本人の出生地や先祖の本籍地・出生地は延々と付いてきます」という。

「本籍地や出生地の記載は被差別地域を確認すること以外に使い道がない」とは妄想逞しい。「先祖の本籍地・出生地は延々と付いてきます」とは何が不都合なのか。要は、穢多非人や密入国者との疑いのある先祖の過去を消したいだけ。

「現代社会において不用な、本人の出生地、先祖の本籍地・出生地情報を戸籍に記載することはもう止めようよという政治的な動きは全くありません。この不要な戸籍記載こそが、悲惨な差別問題を引き起こしている」という。

 部落差別は大阪や京都などの特異な地域での問題でしかない。また「差別」というが、その差別されてるという意識が被害妄想そのもの。「差別」を利用して戸籍法廃止を目論むこと自体が、同和やアイヌなどと同じ差別利用に他ならない。

 家族の一体感を維持しその絆を支えているのが「戸籍」である。国民の出生・結婚・死亡などの身分の変動を「夫婦と未婚の子」を単位として登録する戸籍制度は、結婚や相続など家族生活を営む上で極めて重要な役割を担っている。

 橋下を始め夫婦別姓推進派のあれやこれやの屁理屈は付けたりに過ぎない理由で、最終的な目的は我が国が世界に誇る「戸籍制度の廃止」であり、日本的家族制度を瓦解させ、究極は日本民族の族長であらされる天皇の廃止である。

 野次を飛ばした杉田水脈議員じゃなくても、「別姓するくらいなら結婚などしなきゃいい」と思うのが普通の日本人の感覚だが、橋下や野党らの執拗な別姓推進の目的が「戸籍法廃止」に在るのだとすれば合点が行くというものだろう。

 別姓推進派は、現在の戸籍制度が家族単位である点を「戦前の家父長制度の残滓」と捉え、戸籍を個人単位の「個籍」や「個人登録制」に改めることを求めている。こうした考えは家族制度の解体を意図していることは明らか。

 現在は民法と戸籍法によって婚姻のときの氏(姓)の決め方が定められている。 民法第750条には「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」と明記されており、夫婦何れかの「氏」を夫婦の氏とする。

 この規定を大半の人は「片方が氏を変える」と理解しているが、「氏は個人の名前の一部」という誤解と勘違いが混乱を招いているのも確かだろう。

 戸籍でいう「氏」というものは個人を表す名称ではない。明治維新以前には武士や大店の商人以外の民には氏などない。明治維新に拠り、戸籍を整える為に全ての国民に「氏」を与え、国民は皇室の家族の在り方を理想とした。

 戸籍には筆頭者のみが氏と名で書かれており、その他の家族は続柄と名しか書かれていない。つまり、氏は個人の名前ではなく家族を表す名称なのだ。

 日本人の日本人らしさの根幹を成すものが「戸籍制度」であり、個人だけでなく、親兄弟や子供といった歴史の縦軸の中に生きるという制度であり、正に我が国の戸籍制度は世界に誇る制度であると言えるのだ。

 こうした問題が出ると必ず「世界ではこうだ」とか「何処何処の国では」という意見を散見する。だが、他所の国なんぞどうでもいいではないか。

「選択的夫婦別姓制度」を導入したイタリア、オーストリア、ドイツ、デンマーク、スウェーデン、ハンガリー、フランス、スペインなど欧州の国々では婚姻率が4割以上も減り、離婚率が2倍となり、婚外子の割合が5割も増加した。

 北欧、フランスでも婚外子が5割を超え、従来の家族制度が崩壊している。何故にこうなったのかは「選択的夫婦別姓制度」の導入が最大の理由だ。

 抑々、婚姻に際し氏を変える者で職業上不都合が生じる人にとって、通称名で旧姓を使用することが現在では一般化しており、婚姻に際し氏を変更するのも、関係者知人に告知することにより何の問題も生じない。

 また「氏を変えることにより自己喪失感を覚える」という様な意見もある。だが、結婚に際し夫婦が同じ姓となり、これから新たな家庭を築くという喜びを持つ方が圧倒的多数であり、それが極めて一般的な日本人の感覚だろう。

 別姓が導入され、別姓世代が続けば家系は確実に混乱して、我が国の戸籍制度や家族制度は瓦解し、祖先と家族・親と子を結ぶ連帯意識や地域の一体感、延いては日本人の倫理道徳観にまで悪影響を及ぼすのは必至である。

 我が国は天皇を族長と仰ぐ家族国家である。この国體の精華は万邦無比であるが、反天皇思想の橋下はこうした日本的家族制度が我慢ならないのだ。

 我が国は「一夫一婦制」だが、夫婦別姓になれば「一夫多妻(一婦多夫)制」が可能となる。今や婚外子が実子と同じ相続権を得られるし、別姓が罷り通りれば不倫なんぞ当たり前で倫理観や道徳観も低下して行くことだろう。呵呵。

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2020年01月28日

国民の生命の安全と保証より景気低迷を危惧するアホ議員と守銭奴ども

 中国湖北省武漢で発生した新型コロナウイルスの世界への拡散を受け、武漢在住の日本人を帰国させる為に安倍首相はチャーター機の派遣を決定した。早急且つ万全な救出を急がねばならないし、訪日外国人の入国も規制するべきだ。

 そんな中で、地元紙の社会面には日本政府に拠る邦人救出のチャーター機派遣の記事よりも大きく、新型コロナウイルスの影響で観光客が減ることで景気減退へ繋がるとの不安を煽る。ウイルス拡大より中国観光客が大事というのか。

 自民党の稲田朋美幹事長代行は、新型コロナウイルスの肺炎患者が増えていることについて、「世界保健機関(WHO)の判断を注視しつつ、水際対策に万全を期し、国民に情報をしっかり流す」ことを政府に求めたが当然のこと。

 だが、中国共産党と習近平の下僕に成り下がったWHOに公正な判断を求めるのは間違い。我が国独自で真相を究明し対策を講じることこそが肝要。

 立憲民主党幹事長の福山哲郎は、中国政府が海外旅行を禁止したことに対して、「日本の観光産業に相当大きな打撃が出る。その点も政府は注意して欲しい」と語った。福山が言う政府というのは日本政府か、中共政府か?

「観光立国」という間抜けな国策を未だに続け、外国人観光客、中でも俄か成金のシナ人の落とす幾許かのカネ欲しさに、入国規制に拠って観光産業への悪影響を危惧してることに違和感というよりも怒りさえ込み上げる。

 記事には「訪日客が10%減ればGDPが0.1%減る」と、景気低迷と収益の不安を煽る。0.1%約5000億円の金欲しさに新型コロナウイルスの対策も講じずに流行が拡大したらそれこそ来日する他の外国人が減るだろう。

 況してや、このまま終息せずに病気が拡大したら東京オリンピックの開催も危ぶまれることに成り兼ねない。そういう意味でも初動の対策が悔やまれる。

 営利至上主義から経済論を語っているのは、野村証券やみずほ総合研究所ら大手企業の守銭奴ばかり。それをアホな記者が煽って報じアホな野党議員が便乗する。万全の対策を講じることで景気が停滞しようが別に好いではないか。

 世界広しと雖も、美的感受性や道徳の圧倒的高さを有する国家は我が国を措いて他はなかった。だが、今や道徳心は乏しくなり、営利主義が幅を利かせる。

 世界中が嘘八百並べても日本だけは絶対にしない。それによって経済成長が鈍ろうとも絶対に世界の真似をしないという、そういう日本人としての自信や誇りというものを失ってはならないのだが、安易に目先の私利私欲に奔る。

 二宮尊徳は「経済無き道徳は戯言であり、道徳無き経済は犯罪である」と諭したが、今や道徳無き経済が当たり前になった。魂無き繁栄に現を抜かしている現代日本人に道徳的経済論を涵養しなければならないと痛感する。

「観光立国」の下、 外国人の急増に因って国民の安全・安心が脅かされていることは、幾ら不精な人でも気付いているだろう。生命の安全と保証、財産の保全こそ国民の願望であり、これに優る国益はない。景気対策は二の次で好い。

 外国人の凶悪犯やら犯罪者予備軍ともいうべき不法滞在者や不法就労者が多発している中で、観光産業への影響を理由について、武漢発の新型コロナウイルスに感染してる疑いのある支那人を何故に呼び込む必要があるのか。

「観光立国」とは発展途上国が行う国策であり、我が国が目指すべきは「技術立国」「技術大国」である。技術立国として科学技術やそれに伴う産業が発展すれば、日本や日本人に学ぼうと多くの外国人が訪れることだろう。

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2020年01月25日

俗物根性丸出しで上っ面だけを取り繕ってる輩が苦手(笑)

 最近はどうも気合が入らない。色々と考えることがあると精神的に悪く、身が入らず、真剣さにも欠けてくる。要は、老化したということか(笑)

 政治の現状を憂い、若手活動家らに少しでも示唆に富んだ蘊蓄を綴ろうと徒然なるまゝに筆代わりにキーボードを敲いてはいるが、そんなことよりも眼前に在る危機的不如意こそどうにかせねばならないと痛感する日々です(笑)

 閑話休題。思想家や哲学者と言われる人物の中では西晋一郎が好い。西の西田幾多郎、東の西晋一郎と共に「両西」と言われた重鎮で、昭和天皇に論語の「漢籍」の進講をされたこともある、戦前の日本を代表する哲学者である。

 拙ブログの冒頭には西晋一郎の「我が民族の将来と国家の前途を思うは人間の最も真剣なる感情であり、君国に忠、親に孝なるは最も現実なる道徳である。之を離れては人類愛も世界的正義も空想に過ぎない」との言葉を記している。

 西晋一郎の言葉は単純故に心を打つ言葉に溢れている。「教えるとは実に教えられることである」という言葉があるが、子育てで知る親の思いや、生徒を教え乍ら実は教わっていることを悟る先生の思いを明快に表している。

 愚生は、俗物根性丸出しで上っ面だけを取り繕ってる輩が大嫌い。右翼にも陽明学や四書五経をひけらかしている先生方がいるがどうも苦手だ(笑)

 そこから発せられる言葉は請売りの衒学臭いものばかりで、故に全く響くものがない。本人らは浪漫派と思ってるらしいが勘違いも甚だしい。

 実践の伴わない言葉は確かに綺麗ではあるが重みを感じない。例えば、教育勅語を諳んじれたとしても、夫婦や兄弟や友人との仲が悪かったり、「恭倹己を持し」と言いながらオレがオレがとしゃしゃり出て来るナンチャッテ右翼ばかり。

 道徳の授業が満点でも実践しないなら意味はない。困ってる人がいたら手を差し伸べるというのは頭では理解しても、行動が伴うのは容易ではない。

 愚生もブログやSNSに衒学臭げな蘊蓄を綴ってはいるが、啓蒙というには烏滸がましい。ブログやSNSは備忘録というより、日々書く綴るということで、また反論することで自分自身の思想や理論が高まるならそれに越したことはなし。

 哲学者というか、陽明学者であり、思想家としても夙に有名なのは「昭和最大の黒幕」と評された安岡正篤だろう。だが、安岡の言葉というのは確かに立派なものが多いが、どうも愚生には伝わってないというか、余り心に響かない。

 というのも、知行合一を身上とする陽明学者が、晩年は銀座のママの色に溺れ、糟糠の妻を裏切ったということがどうも気にかかる。晩年、安岡は認知症だったという話も聞くが、認知症患者が銀座に足繁く通う訳もない。

 要は、若い頃に遊んでいないから、年老いて安っぽい女に狂ったのだろう。そういう意味では、至宝ともいうべき安岡と雖も、愚生と変わらないスケベなおっさんだったということだ。そう考えれば親近感が湧かないでもない(笑)

 安岡を手練手管で陥れたの女性こそ、銀座のクラブのママだった細木数子。ヤクザの情婦だった細木は政財界に顔が利く安岡を利用し、裏社会だけではなく、表舞台で伸上がり、インチキ占い師としても大成功を収めることとなった。

 偉人の含蓄のある言葉にしても、陽明学や四書五経にしても、感じ入ったら如何に身に着けて実践するかという努力が大事。実践が伴なわければ、単なる請売りの上っ面の学問でしかない。実践して失敗しそこから何を学ぶか、そこが問題。

 国士舘の「読書」「体験」「反省」「思索」の四徳目は実に理に適っている。

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2020年01月24日

代表質問での野党の為体に安倍は内心ほくそ笑んでるに違いない(笑)

 衆議院代表質問で立憲民主党代表の枝野が「桜を見る会」を安倍首相の私物化だと批判し、安倍首相の辞任を要求した。党の方針だから仕方がないが、こうした質問しか出来ない野党第一党ってのは情けないというか哀れだな。

 国民民主党代表の玉木も安倍の謀る改憲四項目を否定するのは好として、「自衛隊の中東派遣での武力行使が憲法九条に該当する恐れはないのか」などと質問していたが、こうした認識自体が根っからの野党体質を現している。

 安倍政権の支持率の高さは野党に因るオウンゴールなのだが、肝心な野党はそんな自覚は全くない。全てが「アベガ~」「アベガ~」「アベガ~」なのだ。

 そんな中で注目されてるのがアホタレの山本太郎。左翼マスコミも薄薄野党の限界を察しているのだろう、山本を救世主に見立ててヨイショが目立つ。

 右翼陣営や自称愛国者の中にも山本に好意的な輩がいるが、有名人好きな権威主義から来るオタクばかり。愚生は原発事故後の福島県民差別や蔑視を続ける山本は断じて赦さない。まぁ、猛省し土下座すれば翻意しないでもないが(笑)

 山本に好意的な有権者の声だけを集めて「何かやってくれそう」「日本を変えてくれそう」「庶民目線が素晴らしい」という意見を垂れ流しては、山本太郎こそが日本の救世主の如くに怪しい雰囲気を創り上げている。

「何かやってくれそう」というのは、その昔に小沢一郎に抱いた幻想と同じ。マスコミは「細川内閣樹立」「自民党政権下野」など全てが小沢の功績かの様に報道し印象操作をし、国民は小沢に「剛腕」とのイメージを抱いた。

 そうしたマスコミの創り上げたイメージに対し、小沢自身もそれを否定しない。否定しないというより、否定し説明出来るほどの「口」もない。

 小沢は口下手で元来気が小さく、人前で話すのが苦手だから真意が伝わらない。普通なら政治家としては致命傷となるが小沢の場合はチト違う。

 マスコミが誇張した「剛腕」「壊し屋」というイメージからか、沈黙していたりすると「恐らく裏があるのではないか」「話せない事情があるに違いない」と、小沢のイメージを増幅するカタチになってしまう不思議さ。

「小沢一郎ならやってくれるに違いない」との期待はマスコミの作った幻想でしかなかったが、「山本太郎ならやってくれそう」というソレも全く同じ(苦笑)

「日本を変えてくれそう」というのは民主党政権誕生前と同じで、山本ら左翼勢力が政権を担えばそれこそ日本を別なカタチに変えてくれるに違いない(笑)

「庶民目線」というが、政治の本質は国民目線に立つことでなければ平均的な国民を創ることではない。政治とは国益と国家観を重んじながら、国民目線とかけ離れた人間観、世界観、時には高度な権謀術数を必要とするものである。

 政治が国民目線に立った時、必ず国は滅ぶというのは世の常。何故なら、国民の判断力は古今東西常に低く、その意見もマスコミの創り上げた声に流され、時代に流され、大衆に流され、実に幼稚で気紛れなものだからだ。

 安倍政権に批判的な勢力は日本新党ブームや新進党や民主党政権誕生の再来を期待しているのだろうが、旧態依然の左翼マスコミの全盛期なら未だしも、ネット時代の今はああした中身の無い政党が政権を担うことは不可能だろう。

 衆愚政治はこれからも続く、否、もっと酷くなるに違いない。そして行き着く処まで行かなけりゃ国民が目覚めることも無い。そしてその時に「維新」という革命が起こるのだ。そう、歴史は常に繰り返されるものであるから。

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2020年01月23日

小さな約束事を守れもしないで大きな志を果たせるとも思えない

 愚生は食べ物の好き嫌いは無いが人の好き嫌いは烈しい方だ。相手の拙い点があれば諭しはするが、本人が理解することなく治らないならさようなら。

 若い頃なら未だしも、もう直ぐ還暦になろうというおっさんが自分を誤魔化したり、諂っったり、愛想を振りまいて気に入られようという気は毛頭ない。

 蟠りを解消したり、仲違いした関係を戻すには一献するのが好いが、どうも嫌いな奴というのは酒飲みの作法も悪けりゃ、味の好みも違うからなぁ(笑)

 ほんの些細な件や相手が放った何気ない言葉の一つにしても心に留めることも無く、小さな約束事さえも守れない者が、大きな志を果たせるとも思えない。例えば何気に言った「そのうち酒でも」という社交辞令でさえも実行すべし(笑)

 Facebookなどでの友達申請は互いの「約束事」だと思っている。高が知れてる約束事かも知れないが、そういう小さな約束事を守れない方というのは人として信用されないし、仕事もロクに出来ないのではと危惧する。

 夥しい数のFBFやフォロワーがいながら「いいね!」の数が1割も満たなかったり、逆に「いいね!」を押さなかったり。こういう輩というのは正直余り信用しない。FBFという小さな約束事を守れないでどうするの(笑)

 数年前まで500人以上いたFBFには、右翼を気取りながら居の安きを求めたり、思想信条が合わなかったり、人としての生き方や性格が合わない人がかなりいた。そういう友達関係に嫌気が差して全員削除した。そして現在FBFは16名(笑)

 友達申請は現在約60名程いるが全員保留。記事だけ読みたいならフォローで十分だろう。態態FBFになって「いいね!」を押す煩わしさから解放されるし、こっちもくだらん記事を読まずに済むし。御蔭でフォロアーは500人超。

「くだらないと思われる事でも、全力を傾注して、最良の効果を収めるように努力する精神が偉いのである」とは、我が母校でもある国士舘の創設者・柴田徳次郎先生の金言である。一旦始めた由なし事は全力投球が好い。

 SNSやブログなんてのは他人から見ればくだらないことの一つだろう。ブログは街宣活動に替わる啓蒙活動の一つとして始めたものだが、面白いもので教えてるつもりが綴りながら勉強になるし、反論などから教わることの方が多い。

 今では政治・時局批評と右翼ジャーナル、食べ歩きに地元ネタと4つのブログを書いている。政治批評はマニアしか読まないが、食べ歩きブログの閲覧者は政治批評の約10倍。右翼ジャーナルは後進や愛国マニア向け&R15+か(笑)

 以前、フジテレビの番組で企画会社から「ブログの内容を使いたい」という連絡を貰ったので許可したら、朝の生番組だったがブログのタイトルがアップでチラッと0コンマ何秒映っただけ。サブリミナルかっての(笑)

 地元の話題を配信してる「いいね!郡山」から「郡山の話題の店なども出てるのでブログを掲載したい」との連絡あり。そのサイトの「人気ブロガー一覧」をクリックすると拙ブログが共有されている。掲載料0円。

 先日は「Trip-Partner」なる旅行会社から原稿依頼が来た。「食べ歩きや土産など観光客向けに、画像入りの記事を書いて貰えないか」とのこと。

 暇潰しに悪くないなと思って連絡してみたものの、文章の送信などが「Chatwork」なるサイトを使わないとイケないらしく、これが愚生にはチョッと使い難く面倒臭いので止めた。2000字で2000円らしい(笑)

 2000文字で2000円なら10件書いて2万円、100件で20万か。まぁ地元のネタの「汚れた顔の紳士達」で、たま~に頂く原稿料で十分。つ~か、最近は右翼活動家じゃなく単なる引篭りのブロガーになってしまったな。呵呵。

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2020年01月22日

安倍の所信表明を腐して悦に入るクソ野党と誉め立てる自称愛国者

 昨日、天皇陛下御臨席の下、第二百一通常国会が召集され、安倍首相が所信表明を行った。オリンピックに始まり、台風災害を教訓に更なる強靭化、成長戦略と一億総活躍社会、そして外交と憲法など無難な演説内容だった。

 野党は「(所信表明で)桜を見る会やカジノ(IR事業)を巡る汚職事件に言及しないとは怪しからん」とばかり、いつもの如くカメラ目線で腐して悦に入る。

 マスコミもそんな野党に呼応するかの如く、作為的な報道を垂れ流す。地元紙の社会面には、共同通信社の記事だろう、有権者に香典を渡した菅原一秀と選挙運動員に報酬を過分に支払った河井夫婦の画像がデカデカと載っている。

「国会論戦の焦点となる主な疑惑」として一覧表を載せ、その最下位部分には「安倍晋三」の名前を記載し有権者を惑わす。これは「国会論戦の焦点となる」というより、野党と共に国会を停滞させんが為の手段としか思えない。

 愚生は別に安倍信者でもないが、首相が具体的に述べた案件を与野党が是々非々として論戦を挑み、国家国民の為に汗することが為政者の努めではないのか。

 首相が述べた所信にも無い、また国会の主たる議題でもないスキャンダルを国権の最高機関である国会で論じて何の為になるのか。そんなのは週刊誌に任せておけば好いし、事件性があるなら検察庁が出張れば好いだけのこと。

 まぁ、妄想甚だしい野党の面々はカルロス・ゴーンと同じく、検察も警察も安倍の言いなりと信じて疑わないからマスコミを通じて騒ぎ立てるのが関の山。

 大多数の有権者は、マスコミの報道に毎日接することで意思行動を方向付けられる。人は毎日頻繁に接することで、それが正しいもの、魅力のある商品として誘導される。例えば「テレビショッピング」がその好い例だろう。

 視聴者に繰り返し何度も見せて、その後にタレントや有名人らに感想を聞いたり、実体験を語って貰ったりすることで、視聴者は大して欲しくないものをついつい勢いで買ってしまう。テレビショッピングは一種の洗脳番組でもある。

 マスコミはこうした人間の心理を全て理解した上で繰り返し何度も垂れ流す。これが「バンドワゴン効果」そのもののであり、例の「森友学園」や「加計学園」がそうだった。「桜を見る会」も、そして「女性天皇」然り。

 マスコミが頻りに報道するものが見せたいものであり、誘導したいもの。マスコミが沈黙してるものの中にこそ、国民には知られたくない真実が隠されている。

 新聞の論調に与するのは新聞購読世代の高齢者ばかり。団塊の世代がいる限り営利主義の株式会社としては営業的には成り立つ。公正・公平な記事より、広告を貰えて部数が売れれば好いし、国家転覆を謀れれば尚更好しか(苦笑)

 一方で、所信表明で「台湾」とが出たと喜んでる自称愛国者やなんちゃって保守らは、こんなんで安倍を赦しちゃうのだから嗤える。春先には今世紀最大の首領である習近平が国賓で来日するぞ。「台湾」と言ったと喜んでいる場合かよ。

 我が国が主権回復した昭和27年4月28日に締結した日華国交条約を、昭和47年、自民党田中角栄政権下で国際法規破棄という蛮行は実質的憲法蹂躙。未だに謝罪するどころか、日台国交をも結んでいない状況を諒とするのか?

 ホント、野党やクソ左翼がアホなら、安倍に何度も誑かされながら「やっぱり安倍がイイ」って赦してしまう、自称愛国者や保守派って何なんだ???

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2020年01月18日

原子力規制委員会が東電に核のゴミの処分検討を求めているが

 原子力規制委員会の更田豊志委員長は東京電力社長に、使用済み核燃料や放射性廃棄物(核のゴミ)の処分に関する検討に着手する様に求めた。

 廃炉作業中の原発から核燃料や核のゴミを搬出や処分を東電に促す前に、最終処分場の候補地が決まらず頓挫している状況を政府に糺すべきだろう。

 高レベル放射性廃棄物処分について政府は、その重要性を認識しつつも反原発の流れから傍観を極め込み、恣意的に福島県外の搬出を明文化している。

 世耕弘成前経産相は「福島県は現在、政府として原発事故の収束と復興に全力で取り組んでおり、相応の配慮が必要。高レベル放射性廃棄物について、福島県に何か負担をお願いする考えはない」と強調し、それが引き継がれている。

 内堀政雄福島県知事も「高レベル放射性廃棄物の最終処分は国の責任で適切に行われるべきもので、本県が最終処分場になることはあり得ない」と応える。

 県民感情は重々理解するが、原発設置県の責任として原発事故の責任を東電や国に押し付けるのではなく、現実に起こってしまった事実を鑑みれば、福島第一原発周辺以外に最終処分場の候補地は無いのではあるまいか。

 使用済み燃料を再処理するとプルトニウムやウランなどの酸化物が精製される。それと共にこの再処理の過程で出るのが高レベル放射性廃棄物という核のゴミ。

 余剰プルトニウムを持つことは国際的に許されない。再処理に拠って精製されたプルトニウムやウランを「プルサーマル」や、混合酸性物(MOX)燃料を利用した「フルMOX」として使わなければ国際公約違反に問われることとなる。

 そういう意味では、廃止が決まった高速増殖炉「もんじゅ」は、生成されたプルトニウムや燃え残りのウランをMOX燃料に加工し、高速炉サイクル技術に因って電力を確保しようという夢のエネルギー政策でもあったのだ。

「もんじゅ」は単にエネルギー確保だけでなく安全保障などの視点からも重要な問題だった。高速増殖炉に成功させ世界のエネルギーの平準化を達成出来れば、我が国は経済大国としても技術立国としても世界から尊敬されただろう。

 高速増殖炉を使用するサイクルが完成すれば、8千年間もの発電が可能になると推計されていたが、反原発に煽られた世論に屈し廃炉を決定した。

 再処理過程で出る核のゴミ(高レベル放射性廃棄物)は、最終処分場の候補地が決まらず頓挫しているが、専門家に拠れば処理技術には何ら問題はないという。

 反原発派が「御用学者」と批判して止まない物理学者の高田純教授に由れば、核のゴミの地下埋設で起こる危険性は無いと断言している。

 その科学的根拠は「ガラス固化体となった核のゴミから出される放射能は頑丈な金属製の鎧オーバーパックの中で水を通しにくい粘土で囲み300m以下の地層で眠り続ける。その間、物理法則に従い放射能は徐々に減衰し消滅する」という。

 候補地が決まらないのは政治の怠慢に他ならない。高レベル放射性廃棄物の処分地探しを公募したのは小泉政権下だった。今や脱原発の急先鋒である小泉は「放射性廃棄物の最処分場が確保されていない」と他人事の様に語る(苦笑)

 候補地に名乗りを上げただけで電源三法交付金が出る。最終処分地選定が決まれば莫大な補助金が交付される。処分場の建設に伴い道路、港湾整備などで雇用が増え人口も増える。住民が増えれば学校が造られ医療を施す病院も建つだろう。

 世界が注目する深地層技術は今後のエネルギー政策を左右するものとなろう。候補地として何処の自治体も手を挙げないのなら福島県が名乗りを上げよ。我が国の発展が得られるのなら、喜んで受け容れるだけの覚悟は疾うに出来ている。

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2020年01月17日

政党交付金(政党助成金)の使途明記と解党時の返納を義務付けよ!

 団体を辞して以来、啓蒙活動の一環として地元紙への投稿を続けている。約10年で100回ほど採用されただろうか。産経新聞にも採用されたこともある(笑)

 昨年10月後半の地元議員の軽挙妄動を批判した投稿採用後に「憲法第一章の天皇条項の見直し」と「桜を見る会への雑感」を投稿してみたが不採用。今年最初の投稿も10日経つしボツかと思ってたら、16日付の新聞に掲載されていた。

 内容は「政党交付金について」。以下参照。

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「立憲民主党と国民民主党の合併して野党再編を目指すという。そんな話の裏で、立憲民主党が狙ってるのは国民民主党の約80億円の政党交付金だという。政党交付金(政党助成金)は、リクルート事件やゼネコン汚職事件が相次いだことから、企業、労働組合、団体からの政治献金を禁止する代償として政党助成法を成立させた。未だ企業などからの政治献金が無くならない現状は国民への裏切りではないのか。政治活動の自由という観点から、政党交付金の使い道には制限も無ければ、立法事務費も使途報告の必要も、解散時の返納する義務もない。法を作るべ国会議員が「合法的なら」とか「法律の範囲内なら」と法を巧妙に抜け、不動産購入や蓄財をした議員がいたが、交付金が血税であるなら使途を明記するのは当たり前で、また解党した場合には返納を義務付けるべきだ。日本共産党は政党交付金は受け取っていない。憲法には「法の下の平等」が明記されている。ならば、受け取る政党と受け取らない政党があるのは不平等ではないか」

 多少、校正されてるがこんなものだろう(笑)

 国民に消費税増税を押し付けながら、国会議員や政党には「政党交付金(政党助成金)」が垂れ流され議員特権と優遇措置が講じられている。

 抑々、議員には歳費として年間2300万円、文書交通費1200万円、他にも公設秘書の給料や議員会館、議員宿舎など年間合わせて1億円以上の国費が計上されている。十分な金額だと思うが、我が国のさもしい政治家共の無心は留まらない。

「政党交付金」は、企業・労働組合・団体から政党・政治団体への政治献金を制限する代償として、平成6年の細川政権時に導入されたものだ。

 細川は夜中に会見し、ドイツの事例を挙げて「ドイツでは国民がカネを出し合って政党を援助している。政治家がカネ集めに奔走しなくて済むし、何よりクリーンな政治を実現出来る」と説明し、政党助成法を成立させた。

「政党助成法」の成立で、企業献金や政治資金パーティーは無くなり、政治家は国家国民の為に汗してくれるものと国民の誰もが思った。だが現実は、政治資金パーティーは無くなるどころか、カネに賤しい政治家ばかりが殖えた。

 IR事業をネタに中国企業に集った秋元議員なんてのはそのカネに賤しい政治家の最たるもので、1億円の生活をたった数百万円の賄賂で棒に振った(苦笑)

 政党交付金をネコババしたといえば小沢一郎だろう。小沢は「新生党」と「自由党」解党時の交付金23億円を着服し不動産を購入したことは記憶に新しい。

 その小沢が立憲民主党と国民民主党の合併に躍起になっているのは、やはり国民民主党の約80億円と言われる政党交付金目当てと誹られても致し方ない。

 正に「政党助成法」は国民をバカにした法律であり、小沢一郎の政治とカネの問題は本を糺せばこの政党交付金の在り方を論じなければならない問題だったのだが、与野党の誰もが己に降り懸かることから拱手傍観を決め込んだ。

 相変わらず国会議員らは企業献金やら個人献金、政経パーティーと、国政そっちのけで金策に狂奔しているが、これ即ち「クリーンな政治を実現する」という趣旨からも逸脱しており、国民に対する裏切りであり政党交付金を騙った詐欺だ。

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2020年01月15日

「双方向交流」というのなら親日国でもある台湾こそが適している

 福田政権下で企画され民主党政権下で推進された「観光立国」などという国策は、安倍政権下で「クールジャパン」だとか「グローバル化」などカタカナ外国語が氾濫し、問題点を検証することなく実に曖昧な次元で継承されている。

 観光庁設置当初、600万人ほどだった訪日外国人は、今や3500万人を超える。訪日客第一位は中共、第二位が台湾、そして香港、韓国と続く。オリンピックイヤーの今年は、4000万人を超える旅行客が押し寄せるだろう。

 発展途上国並みの「観光立国」という愚策を推進する政府並びに観光庁は、あろうことか高校生の修学旅行を中共本土へ行かせようと企んでいる。「双方向交流」ならば、台湾や香港なども含めるべきで何故に中共なのか。

 訪日外国人の第一位は確かに中共だが、それを以て中共に修学旅行に行かせようとは正しく双方向交流というより高校生を人質にした朝貢外交そのもの。

 中共の訪日客が増加したのは、ビザ(観光査証)の発給条件の緩和が功を奏したとことと円安、そして、格安航空会社(LCC:ローコストキャリア)の普及。

 こうした訪日客の増加は別に観光庁の功績ではない。態態、支那語やハングルの看板を設置せずとも時代という波が訪日する観光客を増やしただろう。

 訪日客は別に支那人や朝鮮人だけではない。にも拘らず、何故か観光地だけではなく全国の役所内や施設に設置されている支那語やハングルの看板や案内板、アナウンスなどに違和感、拒否感を覚える日本人は少なくない。

「観光立国」の名の下に実行されてる支那語やハングルの表記は血税の無駄という他は無く、日本語と英語表記に統一するべきではあるまいか。

 外国人観光客が殖える一方で、京都などでは名勝地などが悲惨な状況となっている。日本社会の安全を無視した無責任極まりない愚策の弊害でもある。

 外国人観光客の落とす幾許かのカネ欲しさに「観光立国」を掲げ続けることは国益を大きく損ねていることを自覚するべき。況してや中共は共産主義国家であり、反日国家であるという根本を忘れてはいないか。

 中共観光客の「爆買い」などと持ち上げ、観光庁のホームページなどで中共からの訪日客を持ち上げてるが、比例して犯罪も殖えたことを忘れてはならない。

 嘗ては世界一安全といわれた日本が、外国人の急増に因って国民の安全・安心が脅かされていることは幾ら不精な人でも気付いているだろう。

 生命の保証、財産の安全こそ国民の願望であり、これに優る国益はない。外国人の凶悪犯やら犯罪者予備軍ともいうべき不法滞在者や不法就労者が多発している中で、何故に不良外国人を呼び込む必要があるのか。

 ラグビーワールドカップが終わり、東京オリンピックをピークに訪日する外国人は減って行くだろう。そんな中で中共からの観光客に拘ることは、習近平の謀る無血侵略を忠実に遂行していると言っても過言ではない。

 日韓関係が悪化し韓国人観光客が減ったのは喜ばしいことだ。「双方向交流」というのなら、反日国家より親日国でもある台湾こそが適しており、観光庁は日台関係改善に率先して努めるべきで、中共に諂い続ける観光庁は猛省せよ。

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2020年01月14日

本日1月14日は「尖閣諸島開拓の日」及び「尖閣の日」

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 本日1月14日は、沖縄県石垣市が尖閣諸島の主権の正当性を定めた「尖閣諸島開拓の日」「尖閣の日」。だが、尖閣諸島の歴史的経緯を知る国民は少ない。

 中東情勢然り、東アジアの混乱然り、国際環境が激変する際に動くものが領土問題である。つまりそれは北方領土や竹島を取り戻す好機であると同時に、尖閣列島や対馬、或いは沖縄本土をも奪われる危機も孕んでいることを知るべし。

 領土問題が解決の兆しすら見えないのは、国家主権の甘さと事勿れ主義が招いた結果で、領土主権への重要さが啓蒙されていないことも要因に挙げられる。

 現在も、世界の各地で民族争いの中で国境紛争が頻繁に起きているが、世界では寸土たりとも主権確立には戦いをしてまで死守しているのが世界の常識。「奪われた領土は奪い返す」ことでしか解決を見ないことを知るべし。

 尖閣諸島とは「魚釣島」「南小島」「北小島」「久場島」「大正島」と岩礁からなる領土をいう。国際法上、「無主地先占(持ち主のいない土地を占有した国に、その領有権を与えるという考え方)」に基いて、10年に及ぶ現地調査の結果、明治28年1月14日の閣議決定に拠って沖縄県に編入された。

 尖閣諸島は世界各地の地図でも中共や台湾の教科書でも日本の領土として公式に認められている。だが、昭和43(1968)年6月、国連アジア極東委員会が、尖閣諸島周辺の東シナ海大陸棚に石油・天然ガスが埋没している可能性を報告した。

 国連の報告後、中共や台湾は唐突に尖閣諸島の領有権を主張し、国際法上の手続きも無しに地図を書き換え、1992年に自国領に組み入れたというのが真相。

 そんな中で、昭和47(1972)年に日中正常化交渉が行われ、当時の首相だった田中角栄が、こともあろうに尖閣諸島の領有権に関して「棚上げ合意」した。

 明治政府の閣議決定を無視した、田中のこうした容共姿勢と腰抜け外交が、我が国の国益を大きく損なう結果となっているのはいうまでもない。 

 我が国を取り巻く環境は決して好ましいものではなく、南シナ海の西沙諸島(英語名パラセル)を中共は1974年以降、実効支配すると共に人工島を建設、フィリピンやベトナムとの間でも緊張が高まっているのは周知の通り。

 我が国では尖閣諸島の問題はそれ相応に報道し、国民の認識も広がってはいるが、南シナ海の紛争となるとマスコミは中共に気遣って作為的な記事を垂れ流し、国民も所詮は対岸の火事の如く拱手傍観を極め込んでいる。

 そんな中で、安倍総理は、アジアに於ける最も古い海洋民主国家たる我が国は、両地域の共通利益を維持する上でより大きな役割を果たすべきであると、所謂「セキュリティダイヤモンド構想」を提唱した。

 安倍は演説で、「南シナ海は北京の湖となって行くかの様に見える。アナリスト達が、オホーツク海がソ連の内海となったと同じく南シナ海も中国の内海となるだろうと言う様に」と、南シナ海の現状を嘆いている。

 更に安倍は「南シナ海は、核弾頭搭載ミサイルを発射可能な中国海軍の原潜が基地とするに十分な深さがあり、隣国を恐れさせるに十分である」と危惧した。

 この認識こそが重要であり、東シナ海や南シナ海での中共の覇権主義に我が国が屈してはならない最大の理由がそこに在る。

 我が国が中共に屈することになれば、南シナ海は更に要塞化され、周辺諸国に脅威となるばかりか、我が国へ運ぶ石油ルートも中共の思いのまま、石油ルートの閉鎖は我が国の運命すら握っていると言っても過言ではない。

 東シナ海の浙江省・南麂列島(南キ列島)は、尖閣諸島奪還を狙って着々と軍事基地が整えられいる。習近平はこの島を「宝島」と評しているが、この「宝」とは何を意味するのか。想像するに難い。

 この島から尖閣諸島まで約300キロ。「釣魚島奪還」を狙う人民軍にとって格好の立地であり、習近平にとっては正しく「宝の島」なのだ。

 因みに、この南麂島は先の大戦では日本軍が上陸した島であり、支那での国共戦争に於いては、劣勢になった国民党軍が「反共」の拠点を構えた島でもある。

 南麂列島は、碧く澄んだ海に囲まれ、海の幸のも恵まれている。ユネスコ(国連教育科学文化機関)はこの島をエコパーク(生物圏保存地域)に登録している。

 ここの観光開発を進め指示したのは習近平だった。主席に上り詰めた習は、新たな野望を果すべく、この島を領土防衛の最前線として要塞化を進めている。

 こうしたことを看過してるユネスコもユネスコだが、エコパークさえも利用する習近平の精神性の異常さは共産主義者ならではのものだろう。

 領土は国の主権であり、尖閣に於いては奪われる前に自衛隊の駐留や住民への上陸を許可し、実効支配は勿論のこと、オスプレイなどの最新の島嶼防衛設備を充実させ、想定される様々な安全保障上の対策を講じるべし!

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2020年01月13日

台湾総統選は民主進歩党の蔡英文総統が総統選史上最多得票で再選を果たす!

 台湾総統選は民主進歩党の蔡英文総統が総統選史上最多得票で再選を果たした。同日行われた国会議員選挙でも与党民進党が過半数を獲得した。香港のデモに台湾国民が危機感を共有し「一国二制度」を拒否した結果でもある。

「一国二制度」を目論む中共は、この結果に「民進党は不正行為や抑圧、脅迫等の汚い小細工で得票し、身勝手で強欲、邪悪な本性を完全に露呈した」と批判。

 共産党一党独裁で民主的な選挙もやらない中共のこの慌てぶりは焦りの現われでもあり、「不正行為や抑圧、脅迫等、邪悪な本性」とは、自分のやっていることは相手もやってるに違いないという同一化虚言の典型的な症状だ(笑)

 米台関係が深まっている中で、日米同盟や日中関係を重視する我が国は二股外交を続ける中で、日台関係をどうするのか難しい選択を迫られるのは必至。

 我が国が占領統治から解放され主権回復した昭和28(1953)年4月28日、報恩感謝として中華民国と「日華国交条約」を締結した。

 道義国家としては当然である。然し、昭和47(1972)年9月29日、当時の田中角栄首相は中国共産党と「日中共同声明」に調印。「中国共産党を唯一の政府」と認め、日華国交条約を一方的に破棄するに至る。 

 日華国交条約を破棄された中華民国は直ちに我が国との国交を断絶する。日華国交条約破棄は、終戦間際に「日ソ中立条約」を一方的に蹂躙したロシアの蛮行と同じであり、道義国家日本が失墜した象徴でもある。

 我が国が未だに台湾を国家として認めていないのは、田中の国際条約の蹂躙が原因であり、主権国家として実に恥ずべきことでだ。

 日華国交条約という国際法規の破棄は明らかな憲法98条違反。だが、公然の憲法蹂躙に対し護憲派やマスコミから糾弾されたことはない。

 田中は日中共同声明の場で、「先の大戦で中国国民に重大な損害を与えたことに責任を痛感し深く反省する」と詭弁を弄した。

 我が国の土下座外交と自虐的歴史認識は、この日中共同声明での田中の謝罪が元凶であり、「河野談話」や「村山談話」より悪質だ。

 先の大戦で我が国が戦ったのは「中華民国」であり、戦後4年も経って建国した「中華人民共和国(中国共産党)」ではない。

 日韓基本条約を無視する韓国や日ソ中立条約を蹂躙したロシアを断じる前に、我が国も日華国交条約破棄という蛮行を猛省すべきだろう。

 台湾というのは日清戦争で勝利した我が国が清国から割譲された領土である。以前、中国共産党機関紙「人民日報」で「琉球は明清両朝の時期、中国の属国だった」とし、日本が武力で併合したと主張したことがある。

 更には、尖閣諸島を日本領土に編入したことを批判し、「下関条約の調印の際に(敗北した)清政府に琉球を再び問題にする力はなく、台湾とその付属諸島(尖閣諸島など)、澎湖諸島、琉球は日本に奪い去られた」と指摘している。

 これに倣えば、日清戦争の戦利品として割譲された澎湖諸島も遼東半島も台湾も未だ我が国の主権は続いていると言うことでもあろう。

 台湾は先住民族はいたが、国家として続いた歴史は無い。戦後に起きた蒋介石の国民党と毛沢東の共産党の間に勃発した国共戦争で敗走した国民党軍が台湾に渡り、新たに中華民国を建国し現在に至っている。

「国共内戦」の事実上の最終戦「金門島・古寧頭(こねいとう)の戦い」で、共産党軍を壊滅させる策を授けたのは、郷土の英雄でもある根本博元中将である。

「この命・義に捧ぐ」の著者・門田隆将は、「根本元中将の根底にあるのはヒューマニズム。戊辰戦争で敗れ賊軍となった福島出身であることが影響しているのだろう。毅然とした生き方に学ぶべきだ」と評している。

 正に、会津士魂の教え「譬え義に死するとも不義を以て生きず」の生き方を実践した武将だった。日台関係強化には第二の根本中将の再来を期待する。

 今回の蔡総統再選に、門田氏や櫻井よしこら保守派は好意的に捉えているが、果たして安倍が過去の台湾に行った不条理を謝罪し、日台関係を深め、新たに日台軍事同盟を構築出来るだろうか。習近平を国賓招待している場合ではないぞ。

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2020年01月11日

中東・ホルムズ海峡へ海上自衛隊を派遣するのは当たり前だ!

 河野太郎防衛相は昨日、中東・ホルムズ海峡の航行の安全確保を目指し、海上自衛隊の護衛艦「たかなみ」と哨戒機の派遣命令を出した。

 シーレーン防衛は我が国にとって命綱であり、自衛隊が率先して安全を確保するのは当たり前だ。野党はイランと米国の緊張を理由に「生半可な根拠で行くべきではない」と反対してるが、航行安全確保は昨年には決まってた事項だ。

 更には「自衛隊員が犠牲になる危険性が高い」というが、日頃から自衛隊を批判し、憲法への自衛隊明記にも反対してる野党議員が、ここぞとばかりに自衛隊員を慮る様子は滑稽どころか侮辱そのものと言っても可笑しくない。

 軽々しく「平和」を口にする政党に限って、平和を創造する具体策は言わない。そんな政党が「自衛隊員の命が」と云々言ったところで誰が信じるか。祖国日本と国民の命を守る為に自衛隊員は日々懸命に訓練に励んでいるのだ。

 三島由紀夫は「戦争を誘発する大きな原因の一つは、アンディフェンデッド・ウェルス(無防備の害)だ」と訓えたが、軽々しく「平和」や「自衛隊反対」を訴えている政治家こそが、戦争を誘発する最大要因となること肝に銘じよ。

 憲法を守り、安保法案に反対し、自衛隊(軍事力)が無くなることことで平和が訪れると疑って止まないが、そういうのを平和ボケとか思考停止という(笑)

 ホルムズ海峡でタンカーへの攻撃や機雷爆破が続けば、原油の輸入会社は航行を躊躇するし、それに伴う原油価格高騰は避けられない。我が国の原油依存度は高く、原発事故の影響から原発再稼働が儘ならないなら安全確保は当たり前。

 シーレーンで不測の事態が起きればオイルショックの二の舞になる可能性は少なくない。シーレーンを封鎖された場合、我が国の電力供給は数ヶ月程度しか持たない。電力不足に拠るパニックは、福島原発事故どころではない。

 シーレーンの封鎖は、我が国の経済が破綻し、国民の生命にも甚大な影響を及ぼすことは必至。つまり「間接的に人命が失われる」国家的危機でもある。

 四辺を海に囲まれた島国である我が国は、昭和50年代に起きたオイルショックの経験から、産油国との外交関係の重要性を認識した。緊張の増す中での安倍首相の中東訪問は世界も注目しており、日本の外交努力の成果が求められる。

 我が国は石油や石炭、天然ガス(LNG)などを海上交易に依存していることから、シーレーンの安定化が不可欠と感じた政府は「シーレーン防衛」を最重要課題とし、外洋に伸びる「シーレーン千海里防衛構想」を策定した。

「反原発」の流れで原発が停止され、化石燃料に移行した現在なら千海里防衛構想は重要性を増す。だが、反原発派からシーレーンの防衛の声は聞こえない。それどころか「自衛隊を送るな」とは、正しく革命運動の一環としか思えない。

 反原発運動にしろ、中東への自衛隊派遣反対にしろ、左翼勢力の狙いは基幹エネルギーである原発を停止に追い込んだ流れを更に勢い付かせ、化石燃料の輸入停止を謀って我が国を破綻させる無血革命と断じて好かろう。

 シーレーンの防衛はホルムズ海峡だけではない。インド洋から南シナ海を通るが、南シナ海は今や中共に因って島嶼が占領され軍事要塞化が進む。この周辺が封鎖された場合にも我が国は決定的な打撃を被るだろうことは明らか。

 ホルムズ海峡や尖閣諸島の問題は国民の関心も高まってはいるが、南シナ海での紛争となるとマスコミは中共に慮って作為的な記事を垂れ流している。そんなこともあって、南シナ海の問題は対岸の火事の如くに考えている。

 中共の覇権主義は南シナ海や東シナ海、尖閣列島に及んでいる。そんな中で適切な海上権益を確保し、マラッカ海峡から日本までのシーレーンの安全確保が如何に大事かは、反原発派や余程のバカじゃない限り理解出来よう。

 千海里防衛は当然ながら、太平洋~インド洋地域、南シナ海、東シナ海のシーレーンの防衛体制を確立することが大事であり、それが結果的には中東等での紛争や非常事態に対する抑止力となり、畢竟、中共の覇権主義阻止にも繋がる。

 海上自衛隊は、シーレーン防衛として対潜水艦戦や対機雷戦に重点を置き訓練を行っている。つまりは自衛隊こそが航行安全のプロである。率先して中東に赴き、実績を上げることで我が国の国際的な立場と信用は向上することだろう。

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2020年01月10日

カルロス・ゴーンの会見での饒舌さは焦りの裏返し!

 カルロス・ゴーンの会見を見た。誰かが「プレゼンテーションを見ている様だった」と語っていたが、饒舌さというのは焦りの裏返し。

「言い訳は見苦しいばかりではなく同じ過ちを繰り返す」とは徳富蘇峰の金言だが、多弁を弄し、自己弁護に終始しするゴーンの姿は、潔さや謙虚を旨とする多くの日本人には見苦しい言い訳にしか見えなかっただろう。

「8時間取り調べられた」とか「クリスマスや年末年始を独りで過ごし人権と尊厳を奪われた」とか「6週間も家族と会えなかった」とか、逮捕されればそんなのは当たり前というか、反論がクソ過ぎて嗤うしかない。

「クリスマスや年末年始を独りで過ごし人権と尊厳を奪われた」とか言ってるが、クリスマスや年末年始を独りで過ごしてる人はうじゃうじゃいるぞ(笑)

 日本政府を腐し、有罪律99%という日本の司法制度を批判する。これをゴーンは「推定有罪」と断じたが、起訴されるというのは検察が決定的な証拠があるからで、起訴されるまでは「推定無罪」の原則が守られている。

「疑わしきは罰せず」という様に、証拠が無く罪に問えない場合、不起訴や起訴猶予となる。逮捕されれば99%が有罪になる訳ではない。そういう意味でも、ゴーンの日本司法への批判が海外に垂れ流されたことは有害だ。

 日本人や日本政府までを扱き下ろす姿は、先の大戦で捕虜となり、牛蒡を分からず「木の根っこを食べさせられた」とか、一方的な被害申告により謂れのない罪で処刑されたBC級戦犯のソレと同じに映る。

 逮捕を「パールハーバー」に準えたり、結局は日産再建という以前に、日本を蔑み日本人を見下していたんだろうな。カルロス・ゴーンの言い訳がましい会見を見ながら、ホントふざけたオッサンだなと怒りが込み上げる。

 だが、よくよく考えてみたら日本の刑法では、本人に罪の意識が無い場合は罪には問えない。ゴーンは自分で罪を犯した意識が無いのだから、「推定無罪」とか「完全無罪」と思ってても不思議ではないわな(苦笑)

 刑事訴訟法では、在住の外国人が罪を犯し1年以上の有期刑に処せられた場合、永住権は剥奪され国外追放になると決められている。だが、国外退去処分になった者は少なく、今や全国の刑務所は外国人犯罪者で大入り満員(笑)

「在日朝鮮人」に限っては特例があり、1年以上ではなく7年以上の刑を起こした場合のみ特別永住権を剥奪され送還されることとなる。正しく在日特権。

 だが、実際には7年以上の刑でも適用されたケースはない。殖え続ける外国人犯罪者を厳罰に処せられないのは、在日朝鮮人への優遇措置の弊害でもある。

 生命の保証、財産の安全こそ国民の願望であり、これに優る国益はない。外国人犯罪者による凶悪犯罪の増加という現実を無視した上で、「観光立国」などという愚策を推進していることは、極めて無責任であると断じざるを得ない。

 ゴーン逃亡事件を機に、国内で犯罪を犯した不良外国人に関しては、国内での裁判なんぞやらないで逮捕して直ぐ即刻本国へ送還すべきだ。

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2020年01月09日

正しい道に反することを「左様(さよう)」というが「左翼」に当て嵌めると分かり易い(笑)

 正統右翼浪人を気取り、時局という由無し事を徒然なるままに偉そうに綴ってはいるが、大学卒業以来、就職もせずにいる単なるプータローに過ぎない。

 中学時代、町会議員で自民党員だった親父が持ってくる自民党の機関誌を読み政治に目覚め、また担任・副担任が熱烈な日教組ということもあり、徐々に右翼に傾倒して行く。左翼に対する抵抗というか幼い正義感だったのだろう。

 自民党の主張と現実の矛盾、担任は究極の反面教師。そんなこともあり、ぼんやりとだが政治にのめり込んでいく。高校三年、福島県警の採用試験に落ち、進路を決めかねているそんな時に、当時の大平正芳首相を襲撃する事件が起きた。

 犯人は、国士舘大学三年生で国防青年隊の廣瀬某という学生だった。翌日の新聞には「元暴走族」「インスタント右翼」などと揶揄した記事が載った。

 この事件にある種の感動を覚え、国士舘大学~右翼団体に入ろうと決意。当時は、右翼の他に総会屋にも興味があり、出来ることなら、当時、愚連隊右翼で総会屋右翼としても名を馳せていた防共挺身隊に入隊したいとも思っていた。

「縁は異なもの味なもの」とはよく言ったもので、いつも一年生の授業に出席してるフケてるおっさんがいた。名前は上田TH。皇族の様なインチキ臭い名前だが、工学部の四年生で防共挺身隊羽田支部の隊員だった。

 愚生も国士舘大学の工学部ではなく、他の学部に入っていればこの上田先輩と会わなかっただろうし、違った人生を歩んでいたかも知れない(笑)

 まあ、いざ右翼団体に入ってみたら、それこそヤクザにもなれないハンパものばかり。総会屋になる夢も大学四年生の時に商法が改正され頓挫した。運命といえばそれまでだが、金運の無さは生まれもってのものだろう(笑)

 それでも人生なんぞ短いもの。一旦決めたことは何があろうが遣り抜こうと決心し、団体は辞したが正統右翼浪人を自任し現在に至る。

 現在の右翼の世界は頭でっかちというか、志士を気取りながら安定した生活を追う様になって面白味が無くなった。昔の愚連隊時代に戻って欲しいものだと思っているが、このままじゃ右翼そのものが淘汰されて行くだろう。

「右翼」というと、日本では「=ヤクザ」だとか「バカ」と捉えられる。ネット右翼や自称愛国者らは自分達こそ真の愛国者だと勘違いし、既成右翼や街宣右翼を「朝鮮右翼」と詰るが、右翼というものを理解していないからそうなる。 

「筋の通ったことを言えば、みな右翼と言われる。大体『右』というのは、ヨーロッパの言葉では『正しい』という意味なんだから」と言ったのは三島由紀夫。

 三島でなくても「right」は「正しい」、「オーライ(all right)」は「よろしい」「差し支えはない」とか「任せなさい」という意味になる。

 他にも「右肩上がり」とか「右腕」だとか「右」という字は好ましい意味で捉えられる。「右倣え」とは言うが、「左倣え」とは言わない。要は、全ての日本人が右に倣え(all right)ば、正しくて好ましい国になるということか(笑)

 一方で「左」というと「左団扇」とか「左党」とか好ましい意味もあるが、知能が足りない者などを「左巻き」というし、正しい道に反することを「左様」という。「さようでござるか」を「左翼」に当て嵌めると分かり易い(笑)

 右翼と左翼の語源をよくフランス革命に準えて、左に座った勢力を革新派としているが、日本の漢字の語源の方が「左」の意味をよく表している。

 世界の左翼は愛国者だが、日本の左翼というのは売国奴ばかり。現在の右翼陣営の為体は著しいが、日本の珍左翼の劣化に比べれば可愛いものだ(笑)

 まあ、右翼というのは生き様であり、維新者や革命家として散るのが理想ではあるが、だらしない右翼も任侠右翼もゴロツキ右翼も含めて右翼なのだ。

 そんな現在の右翼の状況に悲観はしていない。人生、好い時もあれば悪い時もあるもので、女に惚れて騙されたり、金儲けに奔ったりする時期もあるだろう。その方が人間味があって右翼らしい。どんな生き様をしてようが本物は残る。

 日々を怠惰に生きながらも、日々の生活に流されながらも、一維新者として志しさえ忘れなければいつかはその熱意は届くだろう。そんな愚生も慢性的不如意は続く。コレつまり、日々是精神的鍛錬を実践している様なものか。呵呵大笑。

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2020年01月07日

IR事業を巡る汚職事件の核心はIR事業ではなく外国企業からの献金こそが大問題

 IR事業(統合型リゾート施設)を巡る汚職事件で、日本維新の会の下地幹郎議員が中国企業側から現金100万円を受け取ったことを認めた。この事件では秋元司議員が収賄容疑で逮捕されているが容疑を否認している。

 この事件をきっかけにIR事業への批判の声が大きくなり、世論調査では64%の人が「ギャンブル依存症」を理由に反対しているという。

 この事件の核心はIR事業の是非ではない。政治資金規正法では外国人からの寄付を禁止しており、中国企業からの献金こそが大問題なのだ。

 政治資金規正法で外国企業からの献金を認めないのは、外国からの政治的圧力を排除する為であり、外国からの政治介入や主権侵害を防ぐ目的である。国益を鑑み、日本国民の為に滅私奉公しなければならないのだから当然のこと。

 秋元や下地や疑いを持たれている議員というのは、金銭に卑しいのも然ることながら日本の議員であるという自覚が決定的に欠落している。

 抑々、企業団体からの献金廃止する代償として「政党助成法」を成立させた。国民の血税である政党交付金を受け取っていながら、未だに企業からの献金が無くならないのは交付金詐欺であり、国民への裏切り行為ではないか。

 企業、団体、労働組合からの献金を続けるならば、政党交付金は返納し、また政党助成法を廃止するのが当たり前だが、そうした声が上がることはない。

 この外国企業からの贈賄事件を歪曲して報じ、単なるカジノや公営ギャンブル批判に躍起になってるマスコミや野党には厭きれるばかり。

 野党は被災者を利用し「災害よりギャンブルか」と自民党を批判。福島原発事故後「福島県内の農家は汚染物を作りバラ撒き続けている」などと福島県を貶めた山本太郎は「カジノより被災者を助けて」と叫んで悦に入る。

 野党を始め、IR事業に反対する勢力は、ギャンブル依存症を利用し「賭博で負けた人の金を巻き上げて経済成長しようというのか」と批判する。

 ならば、競馬や競輪、競艇やオートレースなどの公営ギャンブルへの対策は講じたのか。何より「健全な娯楽」とは程遠い、射幸心をあおるパチンコの規制や廃止の声を上げないというのは整合性に欠けてはいないか。

 恥ずべきことに日本の基幹産業となってしまった感のあるパチンコ産業だが、パチンコを「健全な娯楽」などと思ってる人などいないだろう。カジノなんてのは庶民には縁遠いもので、パチンコこそが諸悪の根源である。

「ギャンブルは怪しからん」という。パチンコや競馬などの公営ギャンブルだけではなく、株などの投機もギャンブルだし、結婚もギャンブルだろう(笑)

 ギャンブル依存症になる人というのは、政党交付金を詐取し、性懲りもなく収賄罪で捕まる政治家と同じく金銭欲が逞しい人が多く、「ギャンブルは負ける」ということを理解してない上に根がだらしない人ばかり。

 パチンコや競輪競馬に限らず、投資や投機にしても同じで「もっと儲けたい」との欲望や「負けを取り返したい」との思いからついのめり込んでしまう。

 ギャンブルに嫌悪感を抱き、或いは「受動喫煙が~」とタバコに敵意を剥き出しにする人というのは、往々にして堅苦しく鷹揚さが足らない人ばかり。

「ギャンブルはダメ」「タバコもダメ」と規制ばかりを強化することで、融通の利かない堅苦しい社会に変質して行く。そうした社会に比例して、無秩序を溜め込んで精神を病む人が殖えるだろう。何事も程好い「遊び」というのは大事です。

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2020年01月06日

皇統断絶を謀る「女性宮家」「女性天皇」「女系天皇」論に騙されるな!

 皇統断絶を目指す勢力の「女性天皇」や「女系天皇」の啓蒙が功を奏し、共同通信社の世論調査では実に国民の70%が賛成しているという。だが、アンケートに答えた人が女系天皇の意味を知っているとは思えない。

 今日の地元紙には「皇位継承の議論を先送り」とのタイトルが躍る。今上陛下が即位し、秋篠宮皇嗣殿下と秋篠宮悠仁親王殿下の皇位継承が確実なのに何を急ぐ必要があるのか。要は、敬宮愛子内親王を即位させる為の姦策に過ぎない。

 日本国憲法第二条には「皇位は世襲のものである」と明記されている。皇統断絶を謀る勢力は護憲派であり、今後はこの条項を理由に「秋篠宮殿下への皇位継承は憲法違反である」と騒ぎ立てて来るのは明らか。

 安倍首相やその周辺の営業保守派やインチキ右翼が憲法九条改正に躍起だが、国防とは領土主権だけではない。三島由紀夫は「国防とは、それを失えば日本では無くなってしまうことを護ること」と訓えた。

 畢竟、国防の中でも皇統を死守することこそ肝要であり、ならば、憲法九条より、第一章「天皇」の条項、特に第二条こそ議論すべきである。

 女性が天皇に就くというのは普通の生活は送れないということを意味する。女性天皇論者は、天皇としての国事行為や祭事の重要性を理解していないから安易に語れる訳で、天皇を軽んじてる証左でもある。

 過去に八人の女性天皇が存在したがその全ては男系の「女性天皇」であり、愛子内親王が天皇に即位されてもそれは男系の女性天皇となる。愛子天皇が御成婚となり、第一子を生んだ場合それは男系ではなく「女系」となる。

「旧皇族と結婚すれば問題ない」という声もあるが、ならば皇籍復帰を先に行うべきであり、本末転倒とはこのこと。若し、愛子天皇の御相手が元皇族でなかったらどうなるのか。女性天皇が嫡子を産まなかった重い意味を知るべし。

 女性皇族が結婚することで皇籍を離れるのは、一般人としての生活を重んじよとの天皇の大御心でもある。そうしたことを理解せず、女性が天皇に成れないのは女性差別であるかの様に語ることこそ女性差別だろう。

 多くの国民は陛下の御負担を「女性宮家創設で軽減する」と思っている。だが、天皇が重んずべき「祭祀」の代行は名代として掌典長のみが許され、国事行為の代行は憲法第四条の第二項よる委任か摂政のみが可能である。

「摂政」を置くにしても皇室典範と憲法に基づかねばならず、若し女性宮家を創設し国事行為を担わせるのならば憲法第四条を改正しなければならない。

 だが、安倍の改憲論を始め、それらに与する営業保守派や自称・愛国者らの改憲論は第九条ばかりで「第一章・天皇」の条項が議論されることはない。

 新聞記事には「政府の対応に有識者からは怠慢との批判が出る」と書かれてるが、その有識者とは一体誰か。所詮は女性天皇を推す学匪ばかり。上皇陛下が退位させられたのも所謂「生前退位を考える有識者会議」だったではないか。

 皇統のことは皇族の意見を尊重するべきだが、昭和22年、GHQはこの皇室典範を改悪し、憲法や法律以前の御存在であらされる天皇を法律の配下に置いた。

 現在の「皇室会議」は、皇族2名と衆参両院正副議長、最高裁長官、宮内庁長官ら非皇族8名の10人で構成されている。皇室会議の予備議員には「天皇は逮捕されるべきだ」と断じて憚らない反天皇活動家でもある菅直人がいた。

 明治皇室典範下の「皇族会議」は、成年男子皇族20名によって組織された機関だった。非皇族は内大臣、枢密院議長、宮内大臣、司法大臣、大審院長の5名で、皇族の意見が重んじられたが、今は有識者なる連中の意見が優先される。

 現在の「皇室会議」や胡散臭げな有識者が諸悪の根源でもある。成年皇族が少ないのは戦後、GHQに強制的に11宮家が臣籍降下させられたことが原因であり、皇統を盤石の安きに置くなら旧皇族の復帰を成す以外には無い。

 旧11宮家の方々は北朝第3代崇光天皇の皇子、栄仁親王から始まる伏見宮の系統に属し今上天皇との関係は、室町時代の伏見宮貞成親王を共通の祖先とされている。旧宮家が皇籍復帰すれば男子成年皇族は15名になり安泰だ。

 旧皇族の皇籍復帰に難色を示す勢力と「女性宮家」「女性天皇」「女系天皇」を推進している連中は同じ穴の狢。如何にも皇室の将来を案じているかの様に装ってるが、こうした奸賊共の策謀に騙されてはならない。

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2020年01月03日

畏くも陛下の一年は元旦未明に斎行される「四方拝」で始まる

 昨日行われた一般参賀で天皇陛下は、被災地を案じられると共に「本年が災害の無い、安らかで佳い年となるように」と御挨拶なされた。有り難し。

 畏くも陛下の一年は、元旦未明に斎行される「四方拝」で始まる。四方拝は新嘗祭に並び宮中祭祀でも最も重要な祭事である。

 年初の未明から陛下は潔斎し、古式に則った黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)の装束を身に纏い、伊勢神宮や陵墓、四方の神々に拝し、国の安寧や豊作を祈る。これこそが歴代天皇が行ってきた秘儀である。

 近年は正装である黄櫨染御袍正装ではなく、憲法で明記されている国事行為である「新年祝賀の儀」を優先してモーニングを着ての拝礼で済まし、年始の祭典である「歳旦祭」も掌典職が代拝している。

 正月三日には、国と国民の繁栄を祈る「元始祭」、四日は「奏事始め」、七日は「昭和天皇祭」等等、宮中祭祀は年に二十件前後斎行されるが、代拝や短縮など更なる簡略化が謀られている。

 四方拝に並び宮中祭祀でも最も重要な祭事が「新嘗祭」である。天皇が即位し始めて行う新嘗祭を「大嘗祭」と言うが、先の大嘗祭を見るまでもなく、正しく天皇とは祭主であり、祈る存在であらされるのだ。

 新嘗祭当日の「夕の儀」に始まり、夜半に「暁の儀」が斎行されるのだが、平成24年から負担軽減を理由に中止されている。暁の儀の取り止めは、皇極元年より受け継いできた祭祀に、今後何らかの結果と影響を齎すのは明らか。

 本来ならば、歴代天皇が司ってきた祭事を最優先し、国事行為や公的行為こそ軽減すべきであり、上皇陛下の負担軽減というのであれば、国事行為や公的行事は皇太子殿下や秋篠宮親王殿下が輔佐する環境こそ整えるべきであった。

 だが、あろうことか安倍亡国内閣は、皇室典範に退位を附帯して実質的な皇室典範の改悪を謀り、畏れ多くも陛下の譲位(退位)を強行した。

 現憲法は、歴史的な国家としての継続された「祭祀」に関する天皇の役割を否定し、天皇の「国事行為」のみで「公的行為」は明文化されていない。然し乍ら天皇は憲法以前の御存在であらせられるのだ。

 安倍は保守派やインチキ愛国者らへの目晦ましと保守票欲しさに自衛隊の憲法明記に躍起だが、陛下の象徴としての御立場や国事行為が列記される憲法第一条から第八条に及ぶ「第一章・天皇」条項こそ議論し見直すべきだ。

 神武肇国から続く万世一系の皇統が、平成の世を境に断絶の方向に進み、祈る存在であるべき天皇が、現憲法下での傀儡となってしまっていることは皇国臣民の一人として隔靴掻痒の思いである。

 皇統断絶を謀る元凶は獅子身中の虫である宮内庁か、左翼勢力か、それとも皇統を軽んじる安倍晋三なのか。国賊共を剔抉粛正せねばならない。

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2020年01月02日

カルロス・ゴーンを見るまでもなく経済人に社稷を想う心なし

 年末にカルロス・ゴーンがレバノンへ逃亡とのニュースが飛び込んで来た。大量リストラして浮いた金を懐に仕舞い、海外などで贅沢な生活をしながら報酬約50億円を過少申告し、金融取引法違反容疑で逮捕されたがめついオッサン。

 やはり、生まれ持った金銭欲や腐った性格は救いようがないということか。ゴーンは逃亡した理由を「自身の責任から逃げようとしているのではなく、不公正な日本の制度から逃れようとしてるのだ」と詭弁を弄した。

「有罪が予想される日本の差別された司法制度の下での囚われの身ではなくなった」と主張してるが、「差別された司法制度」というのは具体的に何を指すのか。恰も日本が差別国家であるとの主張には違和感を覚える。

 抑々、金融取締法違反容疑を全面否認していた被告を保釈した理由は何だったのか。要は、犯罪を人権問題化したゴーン側の作戦勝ち。

 再収監となれば無罪放免は不可能ということを察したゴーンの必死の逃亡劇ということか。諸国民の公正と信義を重んじた裁判所の失態は免れない。

「資本主義」とは簡単に言えば「カネ主義」ということ。資本(カネ)を、人間の欲と努力で殖やしつつ大きな資本として発展させるところに、事業としても、国家としても繁栄に繋がるという目的を持つことが資本主義の使命でもある。

 だが、現在の資本家、事業家にそうした国家(社稷)を想う心は皆無と言える。カルロス・ゴーンなどはその象徴だろう。自分の利益になれさえすれば良いというのは吝嗇家の考えであり、資本主義の最たる弊害と言える。

 経済界を見れば社稷どころか営利至上主義が蔓延している。我が国の景気低迷の一因は、現代経済人の心の乏しさに起因していると言っても過言ではない。

 江戸時代、商人は「士農工商」の最下位に置かれ、「金儲け=賤しい」と軽蔑の対象にあった。だからこそ商人は襟を正し、藩や民衆の為に尽くした。

 江戸時代の思想家である石田梅岩は、そんな商人の役割について「余ったものを足りない所に送り、社会全体を過不足なくすることだ」と教え、商人の倹約の重要性と、倹約によって生まれる公共的な経済効果を打ち出した。

 現代資本主義ではなく、梅岩が唱えた経済理論が日本の採るべき資本主義である。それが会社にはリストラや倹約を強要させて、その上前を撥ね自分で贅沢三昧というのでは経済人の資格どころか、人としても尊敬されることはない。

 青年日本の歌に「財閥富を誇れども社稷を想う心なし」との一節がある。昭和時代よりもその営利主義は露わになっているが、正しく、景気の低迷は社稷を重んじる経済人(商人)を育むことこそ日本再建の鍵となろう。

 そんな中で、右翼の使命とは一体何か。それは日本の純粋性を曇らすもの、つまり「共産主義」だろうが、「資本主義」や「民主主義」であろうが、日本という国柄や国體を損ねる主義・思想に断固として対峙して行くことである。

 戦前の右翼は、国家主義や民族主義という「ナショナリズム」や、反体制という「反骨主義(精神)」や、反資本主義という「国粋主義」を自覚しそれらを保持していた。何故ならこの三つは右翼の矜持に他ならないからだ。

 だが、悲しい哉、今やそれらは右翼陣営ではなく、左翼陣営がかろうじて保持している。今こそ、右翼としての矜持を取り戻さなければならないが、現在の右翼や自称・愛国者に諭したところで心に響くことはないだろう。

 保守派や愛国者を気取って、日本を貶め続ける共産党や左翼らを批判するのは容易いが、批判する側もまた自らが自由主義や民主主義、資本主義という米国の価値観でもある現代の病魔に侵されている自覚はない。

 天皇国日本を盤石の安きに置く歴史的使命を有するものは正統保守派や民族陣営である。ならば、右翼民族陣営は何を為すべきなのか。

「大義」を取戻しテロを担保しつつ、更なる愛国的活動の奮励に邁進する以外に道は無い。右翼陣営の捲土重来が日本再生に繋がることと信じて止まない。

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