2019年01月19日

天皇陛下の譲位に向けて在位30年記念式典を始めイベントが盛り沢山

 天皇陛下の譲位に向けて在位30年記念式典を始めイベントが盛り沢山だが、肝心な皇位継承に伴う儀式は実に御粗末と言わざるを得ない。

 無礼極まる摩訶不思議な退位法案に拠って4月30日に「退位礼正殿の儀」が行われるが、皇太子殿下への譲位の宣命を発することなく、天皇の地位を自ら御辞めになるという意思を内外に知らせるものでしかない。

 歴代の天皇の譲位は、宣命があるとその瞬間に皇位が移る。皇太子は拝礼をされ「受禅(じゅぜん)」すると、前天皇から剣璽等承継の儀が行われる。

 剣璽とは「三種の神器」の天叢雲剣と八尺瓊勾玉を併せた呼称で、三種の神器の一つである神鏡は宮中三殿の賢所の神体である為に「剣璽等」となる。

 天皇が崩御されると、その瞬間に今上天皇が践祚(せんそ)されるが、皇位の継承そのものを践祚という。「受禅」も「践祚」と同じ意味を持つが、今回の退位礼では皇太子への宣命はなく、この日の剣璽等承継の儀は行われない。

 翌日に剣璽等承継の儀を行うのだが、宣命も受禅も無い中での皇位継承という前例が今後の皇統の歴史に大きく影響を及ぼすのではあるまいか。

 昨日、Twitterでアイヌ問題に詳しい保守派の一人は「天皇が存在しない断絶の24時間」について、過去の践祚が混迷した例を挙げ「何の問題もない」と語っていたが、崩御に拠る践祚と譲位に拠る受禅の意味を知らないのではあるまいか。

 女性宮家問題に対してもそうだが、保守派論客である櫻井よし子や八木秀次ら保守派は反対していることは承知してる。だが、女性皇族が婚姻する場合、旧皇族の男系男子からの婿入り(養子)を何故か容認している。

 櫻井に限らず保守派らの多くが婿入りを主張しているが、旧皇族の男系男子が婿入りを拒否した場合はどうするのか。一般人が皇族になることに違和感を覚えないのか。こうした認識不足が反天皇勢力に付け入られるのだ。

 臣籍降下させられた旧皇族の皇籍復帰もせずに、男系皇族を婿入りさせようとは本末転倒であり、要は女性宮家を間接的に容認している様なものだ。我が国の保守派というのは対中共や対韓国には勇ましいが尊皇精神は実に軽々しい。

 剣璽等承継の儀には男性皇族のみが加わる。これに対し女性宮家に与する連中は、男子皇族の少なさを理由に「時代の変化に即した対応」などと女性皇族の参加を求めているが本末転倒とはこのこと。

 儀式への男子皇族の少なさを皇族減少の理由とするなら、GHQの策謀に因って臣下降下され皇籍離脱した旧皇族の皇籍復帰の実現を図り祭祀を復活させることこそが皇統を盤石の安きに置く最善最良の策である。

 旧皇族の復帰を図り、廃絶になった宮家(秩父宮・高松宮、女性皇族しかいない常陸宮と三笠宮)の祭祀を継承するには旧宮家を再興する以外にない。

 抑々「宮家」とは男系だからこそ宮家なのであって、女性皇族が「女性宮家」になることはあり得ない。女性が祭祀が執り行うのは無理なこと。

 恰も「女性宮家」が、国事行為を輔佐し皇室を救うが如くの論法が展開されているが、女性宮家論とは正に天皇廃止運動の最たるものだ。

「生前退位」や皇太子の敬称廃止は共産主義者の策謀であり、また天皇は制度ではなく「天皇制」という言葉は共産主義者による造語だ。

 国體破壊を目論む共産主義者らに対峙もせずに、共産党の造語を訝しがることなく保守政党であるべき自民党議員や保守系団体が軽々しく使っていることに、我が国保守派の無知と限界を感じる。

 神武天皇以来続いて来た皇位継承が、今上天皇の退位礼と翌日の剣璽等承継の儀に拠って、反天皇勢力は「廃帝」を証明する論拠とするだろう。

 平成の御代というのは皇統の歴史、つまり我が国柄が変わる転換期となったことが後の歴史で明らかになるのではあるまいか。

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2019年01月16日

福島県内の公立小中学校の給食の4割が県産食材

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 地元紙一面トップは県内の公立小中学校などの給食で40.8%の県産食材が使われ、原発事故前の36.1%を上回ったという内容。

 反原発派が読んだら卒倒しそうな記事で、これを論拠に「福島県内の子どもの甲状腺がんが殖えている」などと騒ぎ立てるのだろうな。

 原発事故後、反原発派らは「福島県内の子供の甲状腺癌の疑いが他の県の子供に比べ異常に高い」などと煽っていたが、診療対象者が増えれば疑われる対象者も比例して増えるのは当たり前のこと。

 反原発派らが「御用学者」と罵って止まない高田純教授は、チェルノブイリを現地調査し「チェルノブイリの事例(最大50シーベルト)と比べても福島県民が甲状腺がんになるリスクは年間で1千万人あたり1人以下。といっても福島県の人口は約200万人。つまり、誰も甲状腺癌にはなりません」と結論付けた。

 チェルノブイリ原発事故の現地調査で、高田教授自らセシウムに汚染したキノコを食べ、その結果が、セシウム137(半減期30年)は人体に入った場合、体外に半分が排出される生物半減期は100日であることを実証して得た数値である。

 反原発派らが「御用学者」と罵るならば「セシウムは危険」と煽る学者や反原発派の連中も、高田教授に倣って人体実験を買って出れば好いのに(笑)

 原発事故当時、原子力安全・保安院は、福島原発から放出されたセシウムの量が広島原爆の168倍とする試算を公表し、これをマスコミが大きく報じた。

 後に「広島原爆の168倍」という数字が全く意味のないものだったことが分かったが、放射線への恐怖や不安を植え付けるのには十分に効果的だった。

 山本太郎ら反原発派は未だに「福島県内の農家は汚染物を作り、ばら撒き続けている」「福島県産を買うくらいなら中国産を買う」と口外して憚らない。尤も、此方も頭を下げてまで、或いは御情けで福島県産を買って欲しいとも思わない。

 チェルノブイリより酷かったは中華人民共和国が行った地上核実験で、この核実験で放出された放射線量はチェルノブイリ原発事故の実に800万倍に及んだ。

 山本らは知らないのか、敢えてだんまりを極め込んでいるのか。中共から飛来するPM2.5の発癌性はセシウムの比ではないがそれにもだんまり(苦笑)

 中共の核実験は、昭和39(1964)年、アジア初、有色人種国で初めて開催される東京オリンピックの年から始まった。以来、黄砂と一緒に放射性物質が日本全国に降って来た。中でもストロンチウムは福島原発事故の1万倍の量と言われた。

 ストロンチウムの生物半減期は15年にも及ぶ。中共の核実験で飛来したストロンチウムに因る日本人の体内被曝量は1~7ミリシーベルトに及んだ。

 だがどうだろう、そのストロンチウムに因ってどんな影響があったというのか。東京オリンピックに働き盛りだった多くの人は長寿を謳歌した。中でも、団塊の世代と言われる高齢者は健康そのもの(笑)

 団塊の世代というのは如何せん思想が芳しくない。あの自己中心の無自覚左翼ぶりは戦後民主主義教育の影響というよりストロンチウムの被爆の所為か(笑)

 福島第一原発に保存されている汚染水にはストロンチウムが確認されている。これを海に放出する予定だったが反原発派に煽られた住民の反対に拠り中断されている。だが、中共の核実験の前例に比べても人体的影響が出ることは無い。

 要は放射線の恐怖は無くては都合の悪い連中の流言蜚語と言うのが正しく、「子どもたちを放射線から守れ!」という反原発派のキレイゴトが福島県と県民差別を助長し、復興は愚か復旧をも阻害する。

 そういや原発事故があった年の農作物の成長は尋常じゃなかった。義理の姉から貰った白菜なんか普通の3倍くらいの大きさに驚いたっけ(笑)

 美味しく頂いたが、別に低放射線は福島名物のラジウム玉子と同じで人体に影響はなく、却って調子が好くなったっけ。呵々大笑。

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2019年01月14日

本日は「成人の日」であり「尖閣諸島開拓の日 (尖閣の日)」であるが

 今日1月14日は「成人の日」であるが、尖閣諸島の主権の正当性を定めた「尖閣諸島開拓の日(尖閣の日)」でもある。尖閣諸島とは「魚釣島」「南小島」「北小島」「久場島」「大正島」と岩礁からなる領土をいう。

 国際法上、無主地先占(持ち主のいない土地を占有した国にその領有権を与えるという考え方)に基いて、10年に及ぶ現地調査の結果、明治28年1月14日に沖縄県に編入され、世界でも日本の領土として公式に認められている。

 だが、昭和43(1968)年6月、国連アジア極東委員会が、尖閣諸島周辺の東シナ海大陸棚に石油・天然ガスが埋没している可能性を報告する。

 そんな状況下、昭和47(1972)年、日中正常化交渉が行われると、田中角栄は明治政府の決定を無視し、尖閣諸島の領有権に関して「棚上げ合意」した。

 国連の報告以降、中共並びに台湾は唐突に尖閣諸島の領有権を主張し、中共は国際法上の手続きも無しに地図を書き換え、1992年に自国領に組み入れた。

 領土主権をも譲歩する田中政権の容共姿勢が我が国の国益を損なう結果となっているのだが、歴史認識もまた田中の安易な謝罪が未だに踏襲されている。

 悲しい哉、尖閣諸島問題に限らず、国民の領土主権の意識は乏しく、北方領土や竹島が強奪された歴史的経緯を知る国民は少ない。

 国際環境が激変する際に動くものが領土問題であり、つまりそれは北方領土や竹島を取り戻す好機であると同時に、尖閣列島や対馬、或いは沖縄本土をも奪われる危機が迫っているということでもある。

 領土問題が未解決なのは国家主権の甘さと弱腰外交が招いた結果で、領土主権への重要さが国民に啓蒙されていないことも要因に挙げられる。

 世界各地で民族争いの中で国境紛争が頻繁に起きているが、世界では寸土たりとも主権確立には戦いをしてまで死守しているのが世界の常識であり、つまり「奪われた領土は奪い返す」ことでしか解決を見ない。

 また今日は「成人の日」。祝日法第2条によれば「大人になったことを自覚し、自ら生き抜こうとする青年を祝い励ます」ことを趣旨としている。

 成人式の始まりは、昭和21年11月22日、埼玉県北足立郡蕨町(現:蕨市)で実施された「青年祭」とされている。敗戦により虚脱の状態にあった当時、次代を担う青年達に明るい希望を持たせ励ます意味だった。

 日本国政府は「青年祭」に刮目し、昭和23年に公布・施行された祝日法により、成人の日を1月15日と決めた。何故に1月15日なのかは、その年の初めての満月の日である小正月に行われる皇室行事の「元服の儀」に由来する。

 だが「男子の元服」というのが性差だとして、ジェンダーフリーを叫ぶキチガイどもの怒りに触れ、平成11年、成人式は1月の第2月曜日に行うとして、祝日法が改悪され、所謂「ハッピーマンデー」が施行されるに至った。

 ハッピーマンデーは宮中祭祀の妨害と国體破壊がその目的であるが、最近は、ハッピーマンデーといいながら、成人式を前日の日曜日に執り行う自治体は少なくない。これ即ち、祝日法の意義が失われている証左でもある。

 成人のモラルの低下は「七五三現象」とも呼ばれ、成人式での乱痴気騒ぎが恒例行事となっているが、こうしたことでも「大人になったことを自覚し自ら生き抜こう」という覚悟や自覚に乏しい20歳の成人式に意味があるとも思えない。

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2019年01月11日

韓国に三権分立が在ったとは知らなんだ(苦笑)

 文在寅大統領は年頭会見で国民向けに反日姿勢をアピールし、徴用工問題を巡り「三権分立」の立場を理由に日本政府の対応を批判した。ってか、韓国に三権分立が在ったとは知らなんだ(苦笑)

 韓国は、未だ共産主義を最高原理として崇め、神や仏という共産主義を超える最高の存在を許さず、人民には信仰の自由は認めない中華人民共和国や金一族の北朝鮮の如く、三権分立よりも「反日」が優先される性悪な国だ。

 我が国は、何故にこうも韓国に侮蔑されねばならないのか。宗主国然としての傲岸無礼な振る舞いにも、駄々っ子が騒ぐが如く慈愛を以て対応してきたが、その我慢も限界に達している。徴用工問題は日韓関係を見直す好機でもある。

「日韓基本条約」には「主権・領土の相互尊重」「相互不可侵」「相互内政不干渉」も記述されているが、現実を見れば竹島への主権侵犯然り、靖國神社への内政干渉然り、公然と条約を蹂躙しているのは歴然たる事実ではないのか。

 日中平和友好条約にも「両締結国は善隣友好の精神に基づき、且つ平和及び互恵並びに内政に対する相互不干渉の原則に従い、両国民の交流促進のため努力する」と踏襲されているが、交流促進も我が国からの一方的なものに過ぎない。

 抑々、大東亜戦争当時、韓国人は日本人だった。それを「植民地支配に抵抗して来た朝鮮民族」というのも単なる妄想でしかない。

 それでも我が国は戦後、人道的立場から韓国を支援し様々な補償や賠償をした。事勿れ主義から安易な謝罪を繰り返し、諂えば諂うほどその無心は留まるところを知らず、粗末な民族性も加わって逆上せ上らせてしまった。

 韓国では国是であった「反共」は忘れ去られ、その愛国心は安っぽい「反日」のみで正義や正論は二の次。これは日本の左翼や戦後民主主義者にも言えることで、未だに​そうした洗脳から覚める気配は全くない。

 韓国人は、米国の傀儡・李承晩初代大統領らが創り上げたウソの歴史を鵜呑みにし、愛国者​気取りで日本に憎悪を剥き出しにするが、そろそろ過去の植民地支配などと言​う前に韓国こそ冷静に公正な歴史を学ぶべきだろう。

 韓国のウソの原点は「大韓民国臨時政府」のウソに在る。​国定教科書でも「対日宣戦布告」を過度に強調する余り、今更、その間違いや嘘八百を認める訳にはいかなくなってしまっているというのが真相だ。

 日清戦争も朝鮮を巡る戦いだったが、日露戦争後、朝鮮の独立は叶わず、その日韓関係の悲劇の現実が「日韓併合」であり、大東亜戦争​もまた然り。「日本人として共にアジア解放の聖戦に立ち上がった」というのが歴史の真実である。

 そうした歴史の真実を伝えないで「臨時政府として対日宣戦に​参加した」などというウソを教えるからややこしくなるのだ。

 韓国は憲法前文で「大韓民国は三・一独立運動により建てられた大韓民​国臨時政府の法統を受け継ぐ」と規定している。だが「大韓民国臨時政​府」は国際的にも認められておらず、サンフランシスコ講和条約への​署名も認められなかった。

 こうした国際的な常識を無視し「独立を我々の手で勝ち取った」と​いう神話を捏造してしまったところに韓国の現在の悲劇が在る。

 何か問題が起こる度に被害者意識丸出しで「全ての責任は日本に在る」という対応は国際社会の一員としての資格は無い。自らの責任を真正面から見つめ直すことが出来ない韓国との交流や支援は打ち切るべきだ。

 尤も、500年以上も前の豊臣秀吉の挑戦征伐をも責め立てる韓国に、人間としての高貴で雅量のある対応を求めるのは酷というもの。国交断絶と言わないまでも一線を画し、相手にしない、関わらないのが韓国の為でもある。呵々大笑。

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2019年01月05日

「新元号」省庁の御都合主義から4月1日に発表

 天皇退位法案を謀った安倍首相は、5月1日の即位に伴う新元号について、省庁の御都合主義から4月1日に前倒しすると表明した。

 行政のシステム改修の問題を理由に改元詔書渙発を廃止し、天皇の大権である元号制定権を簒奪する必要があったとは思えない。

 昭和天皇が崩御し平成へと元号が変わった1月中は、政府関連文書では「昭和」を使用してた。その事実に倣えば5月中は「平成」でも不都合は生じない。

 江戸時代の学者・新井白石は「折焚く柴の記」の中で「元号だけは朝廷の御定めになることである。武家の関することではない」と綴っている。元号の改定は権力を独占した徳川時代でさえ朝廷の大権だった。

 改元は明治以前は、主として吉凶禍福とか瑞祥などによって行われ、歴代の天皇は数年から10年を目途に「改元」して巧みに時代転換をして来た。「元号」こそ節季の習俗を時代の流れに応用する先人の智慧でもある。

 暦とは宗教と歴史が関連する。イスラムでは「太陰暦」。タイでは「仏暦」、ユダヤ教では「ユダヤ暦」。北朝鮮は「主体(チュチュ)暦」を使用している。我が国にも神武天皇御即位の年を紀元とされる「皇紀」がある。

 我が国の「元号」は第36代孝徳天皇の御代に建てた「大化」に始まる。孝徳天皇後、新たな元号は定められず、その後「白雉」「朱鳥」が続く。

 斉明、天智、弘文天皇の御代の元号は定かでないとされているが、文武天皇の御代に「大宝」という元号が建てられ、今日の「平成」に至るまで約1300年間途切れることなく続いている、正に我が国文化を象徴するものである。

 元号の数は、南北朝時代に並行した元号が使われたというが、それらを合わせると実に248に及ぶ。これもまた、我が国の歴史が天皇を中心に織りなされて来たという厳然たる事実の証明でもあろう。

 我が国はいつの世も時の陛下の御代である。いつの世にもそこには「君が代」の世界が存在し、それは存在し続けなければならないものだ。

 その御代を端的に表現するものが「元号」であり「一世一元」制である。天皇の御代こそが我が国の国體の精華であり、世界に誇る美風である。

 大日本帝国憲法下(欽定憲法)に於いては、元号に関する規定は旧皇室典範第12条に明記されていたが、GHQの統治下で日本国憲法が制定されると、旧皇室典範が改悪され元号に関する条文が消失し、法的明文が無くなった。

 明治元年9月8日に「太政官布告」が発令され、「一世一元」となったのは、明治21年の紀元節(2月11日)に制定された「皇室典範」第12条「践祚ノ後元号ヲ建テ一世ノ間ニ再ヒ改メサルコト明治元年ノ定制ニ従フ」に基づく。

 昭和22年5月3日、旧皇室典範が廃止され現皇室典範が施行されるも、条文に「元号」に関する規定が設けられておらず、それらを危惧した自民党議員や保守派は「元号法」の成立を模索する。

 国会・政府・裁判所の公的文書等で慣例的に「元号」が用いられたことに鑑み、紆余曲折、賛否両論の喧々諤々の末、昭和54(1979)年6月6日に「元号法」が成立し、同月12日に公布・即日施行された。

「元号法」という法律があるのだから元号を用いるべきであるが、順法精神に乏しい左翼勢力や新聞、マスコミは敢えて元号を使わず西暦を常用する。

 無神論者である共産主義者が、キリスト生誕を起源とする西暦を使用するというのも可笑しくないか。天皇がダメでキリストは好いのか(笑)

 元号使用に反対する左翼勢力は「反米」を自任しながら、西暦使用にしても「護憲」にしても、自虐史観にしても、これほど米国に忠実なヤツは居ない。左翼こそ究極の「親米派」だろう(苦笑)

 今や「西暦が国際暦であり、世界で一般化している」として使用され、恰も元号が「古臭く、時代遅れだ」の認識は、例えば「英語が国際語だから日本語を廃止してしまえ」という暴論と同じ様なものだろう。

 元号反対の理由を問えば「元号は戦前からの慣習であり、天皇の元首化を狙うものだ」とか「元号は旧憲法下の天皇制に付随したものである」とか、皇室に対する怨念を込め、我が国體否定を顕した愚にも付かないものばかり。

 元号法成立時、左翼陣営は「元号は天皇主権の旧憲法への逆戻り」「元号は天皇元首化の動きと直結」「元号によって天皇の権威を国民の隅々にまで行き亘らせる狙い」だと騒ぎ立てたが、皮肉にも共産党らが指摘した通りである(笑)

 明治欽定憲法を復元し、万世一系の天皇を我が国元首として仰ぎ奉り、陛下の御稜威を国民生活の隅々にまで行き亘らせることにあるのは当然であり、またそれは日本国民としての願望ではないか。

 陛下や皇室に対する尊崇の念が薄れつつある現代に於いて、悲しい哉、元号への認識もまた同じ様に軽々しいものになってしまっている。

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2019年01月02日

天皇にとって最も大事な祭事の簡略化が謀られている

 平成31年を迎へ恭しく聖寿の万歳を寿ぎ奉り、愈々肇国の精神を顕揚し、以て皇紀2679年を光輝ある年たらしめんことを堅く御誓い申す。

 畏くも陛下の一年は「四方拝」で始まる。年初の未明から、陛下は潔斎し、古式に則った黄櫨染御袍の装束を身に纏い、伊勢神宮や陵墓、四方の神々に拝し、国の安寧や豊作を祈る。これこそが歴代天皇が行ってきた秘儀である。

 近年は陛下の負担軽減を理由に黄櫨染御袍正装ではなく、元旦の新年祝賀の儀を優先してモーニングを着ての拝礼で済まし、年始の祭典である「歳旦祭」もまた同じ負担軽減という理由から掌典職が代拝している。

 これは、天皇にとって最も大事な祭事は現憲法下で天皇の私事とされてしまい、元旦に行われる「新年祝賀の儀」が憲法で規定されている「国事行為」である為にそれを最優先しているからに他ならない。

 負担軽減とは単なる屁理屈に過ぎないのだが、あろうことか、陛下の高齢を理由に祭事の簡素化が謀られ、不敬極まる退位法案が可決されてしまった。

 正月三日には、国と国民の繁栄を祈る「元始祭」、四日は「奏事始め」、七日は「昭和天皇祭」など、宮中祭祀は年に二十件前後斎行されるが、現在は代拝や短縮など更なる簡略化が謀られている。

 11月23日は、その年に収穫した穀物を神嘉殿に供え神に感謝する「新嘗祭」が行われるが、新嘗祭は四方拝に並び宮中祭祀でも最も重要な祭事である。

 新嘗祭当日午後6時「夕(よい)の儀」に始まり、午後11時からは「暁の儀」が斎行されるのだが、平成24年からはこれも負担軽減を理由に中止されている。

「暁の儀」の取り止めは、皇極元年(642年)より受け継いできた祭祀に今後何らかの結果と影響を齎すのは明らか。天皇にとって大事なものは国事行為に非ず「祭事」であり、国事行為より優先されるべきものでなくてはならないのだ。

 陛下の負担軽減とは聞こえはいいが、こうした祭事の簡素化を実行した宮内庁は正に獅子身中の虫であり、皇統断絶を謀る国賊と断じて好かろう。

 歴代天皇が司ってきた祭事を最優先し、国事行為や公的行為こそ軽減すべきであり、陛下の負担軽減というのであれば、祭事は本より、国事行為や公的行事も皇太子殿下や秋篠宮親王殿下が輔佐する環境こそ整えるべきであった。

 だが、あろうことか安倍亡国内閣は皇室典範に退位を附帯して実質的な皇室典範の改悪を謀り、畏れ多くも陛下の譲位を強行した。

「女性宮家」の創設議論に見られる様に、平成の御世で宮内庁や共産主義者、無自覚左翼によって過去に例のない高等断絶が謀られていることに危機感を抱いている保守派や愛国者というのは限りなく少ない。

 以前、高松宮寛仁親王殿下が「国民一人一人が、我が国を形成する『民草』の一員として、2665年(当時)歴史と伝統に対しきちんと意見を持ち発言をして戴かなければ、いつの日か『天皇』はいらないという議論にまで発展するでしょう」と憂いていたが、正に「開かれた皇室」の名の下に陛下の尊厳が軽んじられ、天皇廃止運動は着々と進められている。

 確かに天皇には憲法遵守の規定はあるが、余りにも憲法に拘り過ぎてはいまいか。賢くも天皇は憲法以前の御存在であらされる。

 現憲法は歴史的な国家としての継続された「祭祀」に関する天皇の役割を否定し、天皇の「国事行為」のみで「公的行為」は明文化されていない。

 神武肇国から続く万世一系の皇統が、平成の世を境に崩れて行くのを我ら臣民が拱手傍観してる訳には参らない。

 皇統断絶を謀ってる元凶は獅子身中の虫である宮内庁か、それとも皇統を軽んじる安倍晋三なのか。剔抉粛正せねばならない。

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2018年12月29日

「喪中につき年末年始の挨拶はご辞退させて頂きます」という慣習

 年末年始になると「喪中につき年末年始の挨拶はご辞退させて頂きます」だとか「喪中なので初詣には行かない」いう様な声を聞く。

 要は、故人に対する思いや信心深いさを訴えたいのだろうが、こうした挨拶は古くからの慣習であり、そこに大した意味はない。

 まあ、日本人は大らかだし、死んだ人を思うのは結構だが、喪中を理由に普段の付き合いまで控える必要があるとは思えない。

 喪中の規定に関する法律は、奈良時代の「養老律令」には既に見られ、江戸時代になると「服忌令」という法律によって喪中の規定が記されている。

 明治7年に出された太政官布告では「父母、夫、50日、13ヶ月。妻、兄弟姉妹、20日、90日」などと「忌(忌中)」と「服(喪中)」の期間をこと細かく定めていたが、太政官布告は戦後の昭和22年に廃止された。

「忌中」とは、神道の「穢れである死を忌む期間」という考え方からのもので、忌中時(50日間)は「出仕(仕事)を控え、殺生をせず、髭や髪を剃らず、神社に参拝しない」としているが、そこまで喪に服している人など見たこともない。

 現在ではこうした法令は全て撤廃され、仏事の慣例としては江戸時代の忌服令が一つの目安にされていて、父母の死亡に際しては七七忌(49日)までが忌中、一周忌(1年間)までが「喪中」とされるているに過ぎない。

 年賀状は、明治6年に「葉書郵便配達」が始まったのを機に、遠方以外の人にも挨拶状を送る習慣が徐々に全国に広まって行った。

「年賀郵便」制度は明治39年に始まり、昭和24年には「お年玉付き年賀はがき」が発売されると、年賀状が次第に普及し慣例となった。

 最近は年賀状離れが顕著となっているという。通信手段が無い時代に遠くの友人に年頭に挨拶する為に生まれたのが年賀状であり、ネットや通信網が普及された現代に於いては実に面倒な習慣でもあり、やはり時代の流れでもある。

「喪中につき年末年始の挨拶はご辞退させて頂きます」という、遺族としての個人の故人への思いはそれはそれで好い。

 喪中の相手に年賀状を送るというのは思慮不足なのかも知れないが、相手も悪気があって送る訳でもなし、そんなことで一喜一憂する必要もない。

「喪中なので初詣には行かない」というのも同じで、初詣は神道なら50日を過ぎていれば問題はない。亡くなった人まで巻き込んで意味もない言い伝えを信じて、そうしたことが喪に服することだと勘違いしてはいないか。

 尤も「喪中だから」と門戸を閉じ、酒肉を断ち、弔せず、賀せず、音曲を成さず、嫁取りをせず、財を分かたず、出仕(仕事)を控え、殺生をせず、髭や髪を剃らず、自らを厳しく律している方なら別だが。呵呵大笑。

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2018年12月27日

東電旧経営幹部に責任を問うなら菅直人も逮捕せよ!

 東京電力福島原発事故を巡り、業務上過失致死傷罪で強制起訴された東電旧経営陣幹部3人の論告求刑で指定弁護士は禁錮5年を求刑した。

 未だに原発事故を論い、安っぽい正義感から反原発を訴えてる輩がいる。生き残った我々がいつまでも被害者意識丸出しで、過去ばかりをふり返ってどうしようというのか。それでも我々は前進していかねばならないのだ。

 大震災から既に7年が経過し、事故調査委員会から「人災」と判断された原発事故を巡って旧経営陣のみに責任を負わせることに何の意味があるのだろう。

 起訴内容では、原発事故で避難を余儀なくされた双葉病院の入所者44名の死亡の責任を問われているが、動かしてはいけない重篤な患者を強制的に移動させたのは東電元幹部らではなく当時の首相であり災害対策本部長だった菅直人だ。

 当時の民主党政権は原発事後、原発事故などの放射線の流れを分析出来る「SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)」の数値を隠蔽し、科学的根拠の無い「原発周辺20キロ圏内」という避難指示を下した。

 だが、双葉病院の場所は放射線量も低く、治療を優先すべきだったにも拘らず、強制的に避難させてしまったことで患者を死亡させた。つまり、死亡した双葉病院の44名は、津波を予見せずに対策を怠ったことが原因ではない。

 未だに「原発周辺20キロ圏内」という科学的根拠に乏しい、行き当たりばったりの間抜けな対策が、除染という無駄な作業に莫大な血税が垂れ流され、福島県や県民への風評被害や差別を招き、今も復旧や復興の妨げとなっている。

 混乱と更なる被害の拡大を生んだ最高責任者である菅直人が逮捕されずに、東電の旧経営陣のみに責任を負わせようとするのは我が国司法の歪さの現れであり、強制起訴という制度に正義があるとは思えない。

 東日本大震災で亡くなられた方は津波が原因。死者数は福島、宮城、岩手の東北三県で実に18456名に及ぶ。原発事故での放射線で亡くなった人はいないのに、福島原発周辺の堤防だけが問題にされるのは如何なものか。

 福島原発事故は地震による「天災」ではない。米国製のハリケーン型原発を過信し、大津波の想定をしていなかった為に発電所内の電源が全て失われ、原子炉冷却に関わるバルブが操作不能になったのことが大きな要因だった。

 堤防の嵩上げさえしていれば防げたかといえば疑問で、大津波を予見していたならば堤防決壊に伴う予備電源の確保が大事であり、福島第一原発は予備電源を地下に埋設していたという単純ミスから起きてしまった事故だった。

 更に言えば、大津波の対策を勝俣元会長ら旧経営陣らが予見出来たと断定するなら、国や地方自治体の避難計画や防災対策に於いて、そうした対策が何故に講じられていなかったのか、その責任も問われて然りだろう。

 菅直人が逮捕も強制起訴もされない裁判は正に茶番劇そのもの。事故の責任云々より大事なことは、二度と菅や民主党政権の様な人災を繰り返さない為にはどうすべきかであり、福島第一原発事故での教訓を将来どう活かすかだ。

 国内での原発事故に限らず、韓国や中共を始めとした世界の原発でまさかの事故が起きてしまった場合に、福島原発事故の収束技術と正確な科学的データが活かされることこそ福島のこの地に住み続ける我々の願いでもある。

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2018年12月24日

韓国海軍が海上自衛隊のP1哨戒機に対して火器管制レーダーを照射

 韓国海軍の駆逐艦が海上自衛隊のP1哨戒機に対して意図的に火器管制レーダーを照射したことが大きな問題となっている。

 政府は、有事にも成り兼ねない極めて危険且つ挑発的行為に強く抗議し、反省の見えない韓国側に再度遺憾の意を伝えた。

 韓国側は「遭難した北朝鮮船籍捜索の為のもの」と見苦しい言い訳に終始しているが、遭難船の捜索は火器管制レーダーではなく、水上捜索レーダーを使用するのが適当であり、韓国海軍の確信犯的敵対行動である。

 新聞報道では真相が見えて来ない。軍事、外交問題に詳しい知人はTwitterのツイートで、今回の問題をこう述べている。

「韓国海軍艦船の目的は、フリゲート艦(駆逐艦)の下のSLBM搭載可能な潜水艦が能登沖で訓練していた為に海上自衛隊のP−1対潜哨戒機に浴びせたという事。韓国フリゲート艦は潜水艦の航行を探知されたく無かっただけ。根は深い」

 単なるレーダー照射ではなく軍事力の機密漏洩の発覚を恐れ、また我が国を敵国視した訓練だったとすれば、元FBFの言う様に根が深い問題だ。

 ややもすれば敵対行為と見做しP1哨戒機からの攻撃も想定された訳で、日本の抗議に対し「行き過ぎた反応」とは反省していない証拠でもある。

 盧溝橋事件に端を発した支那事変が中国共産党が大きく関わっていた様に、一部の軍人の軽挙妄動が大事件や戦争に発展する。

「日中戦争は日本の侵略戦争だ」という認識が蔓延しているが、我が国は「北京議定書」に基づき在留邦人保護の為に軍隊を駐屯させていただけで駐留が違法ではない。況してや盧溝橋でその日本軍に攻撃してきたのは中国共産党の方だった。

 上海でも日本人保護の為に合法的に駐留していた海軍陸戦隊に、正規軍10万人で一方的に攻撃を仕掛けてきて戦争は本格化したが、何れも中国共産党が仕掛けた戦争であり、つまり侵略者は我が国ではなく中国共産党なのである。

 実は共産党にとって当時の状況は実に深刻で、西安事件により蒋介石は共産党攻撃を中止し、共産党と協力関係を作ることを約束した。しかし、その後、蒋介石は共産党に対し次々に厳しい条件を突き付けた。

 盧溝橋での発砲事件は、毛沢東に拠る窮地打開の為の大博打であり謀略だった。中国共産党が盧溝橋事件を起こしたことは今や100%明らかな歴史的事実なのだが、何故か未だに日本軍が仕掛けたことにされている。

 今回の火器管制レーダーの照射は盧溝橋での中国共産党と同じ愚劣な行為であり、対抗して応戦していれば盧溝橋事件と同じく日本が悪者とされただろう。

 国際状況が激変する中での今回の問題を教訓に、我が国も一旦緩急、まさかの事態に万全を期しておかなければならない。

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2018年12月23日

12月23日は天長節であると共に所謂A級戦犯として処刑された7名の命日でもある

 我が国は永い歴史の中から数々の伝統及び制度が生み出されてきた国家である。そんな中で永遠に無くなってはならぬものが天皇を戴く国家の在り方であることは言うを俟たない。

 これこそが我が国のあらゆる制度の基盤であり核心である。日本即天皇、天皇即日本の天皇国家であり、この国體の精華は万邦類を見ない。

 2676年の永きに亙り「万世一系」の天皇を戴き、常に国民や世界の平和を祈り続けておられる天皇を、善き至高の存在として暮らして来た。

 天皇を族長と仰ぐ君民一体の家族国家が日本であり、「天皇即日本」「日本即天皇」の天皇国家が「日本」という国柄なのである。

 天皇の御代が栄えることは、即国民の代が栄えることでもあり、この国體の精華は万邦類を見ないところである。

 正に、世界に冠絶した「君が代」そのものの世界が厳然と存在する国こそが我が祖国「日本」なのだ。

 だが、日本に生を享けながらこうした国柄を否定し、天皇や皇室を批判する誠に以て不遜不敬、不届至極の不逞の輩がいるのも確か。

 これらの奸賊を排し、迫る来る祖国の危機に対処し、天皇国日本を盤石の安きに置く使命を有するのは民族派陣営である。

 正にその存在の意義を示す神機は近付きつつあると確信するも、一旦緩急に備え、遺憾無きを期そうという維新者も悲しい哉、極僅か。

 また本日は、所謂A級戦犯として処刑された7名の命日でもある。

 GHQは、当時の皇太子御生誕の日を選び処刑を行ったのは、未来永劫、日本人に贖罪意識を持たせる為のものであるが、こうした事実をしても米英を始めとした連合国が如何に非情かが解るというものだろう。

 我国には「A級戦犯」「B・C級戦犯」「戦争犯罪人」などという呼称はない。刑死、獄中死された方々は国会に於いては「法務死」と称されており、靖國神社では「昭和殉難者」として御祀りしている。

 極東軍事裁判に於いて弁護する機会も与えられず、一審即結審という復讐という名の茶番劇で、或いは外国の地で不当に処刑されたこの英霊の方々の命は決して軽いものではない。

 彼らは敢えて反論もせず命を捧げて罪を償ってくれたのだ。今を生きる我々は、この英霊の悲劇を決して忘れてはならない。

 日本人でありながら未だに「戦犯」という蔑称を平気で使っているのは、我が民族の精神性の乏しさを象徴する最たるものである。

 本日の天長節に当たり、皇国臣民として謹んで陛下の弥栄と長久を祈念申し上げると共に、未だ戦犯との汚名を着せられ続けている英霊の名誉恢復と御霊の安らかならんことを祈らずにはいられない。

 天皇陛下万歳 すめらみこといやさか すめらぎいやさか。

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2018年12月21日

IWC(国際捕鯨委員会)からの脱退と商業捕鯨再開を歓迎する

 今年9月にブラジルで開催された国際捕鯨委員会(IWC)総会で、日本が求めてる商業捕鯨が反対国の理解が得られず再開は困難になった。こうした状況に政府は30年ぶりの商業捕鯨再開に向けて、IWCからの脱退を決断した。

 捕鯨に関してはIWCで、我が国の地道な調査と科学的データを明らかにしたことで孤立無援だった我が国への賛同国も徐々に増えていた。捕鯨問題は我が国外交史上、貴重な勝利事例になる可能性が見えていた。

 だが2年前、オランダ・ハーグの国際司法裁判所が「日本の現在の調査捕鯨は商業捕鯨であり条約に違反する」として調査捕鯨すら認められず、捕鯨停止を命令したことで調査捕鯨による科学データの開示という地道な活動が水泡に帰した。

 科学的データを無視し感情的に反捕鯨を叫び、己らの倫理観と偏狭な正義感を強要する反捕鯨国家と妥協点を見出すことは不可能なこと。

 常々、ノルウェーやアイスランドを見倣ってIWCから脱退し商業捕鯨を再開すべきだと訴えていたが、IWC脱退と商業捕鯨再開は正しい決断だと思う。

 IWCを脱退した場合「国際ルールを軽視したとの批判が避けられない」というが、日本が脱退すればIWCの存在価値は無くなるだろう。

「南極海域での調査捕鯨が出来なくなる」というが、排他的経済水域での商業捕鯨再開で調査捕鯨をする意味もなくなる。

「クジラは絶滅危惧種」というが、実際にはクジラは品種にも拠るが絶滅どころか殖えている。昨今は、調査捕鯨でのデータを無視し「クジラやイルカは人間に近く可哀そう」などと安っぽい感情論に訴えているが、要は日本バッシング。

 調査捕鯨によってクジラが殖え、資源回復が明らかになっているにも拘らず、こうした逆行する行為こそが、大きく環境を損ねることになるだろう。

 地球上の鯨類が年間に捕食する魚類の総量は2億5000万トン~4億トンと言われる一方、世界の漁師の漁獲量はその半分以下の約1億トンに及ばない。

「鯨飲馬食」と言われるほどに食欲旺盛な鯨類が増え過ぎれば、人間が食料にしている水産資源も脅かされることとなるのは明らかで、食料自給率の乏しい我が国にとって捕鯨こそ推進すべき国策でもある。

 我が国が商業捕鯨を停止して30年になるが、日本で商業捕鯨が本格的に始まったのは江戸時代初期の1606年に遡る。紀州(和歌山)の太地で開始された商業捕鯨はやがて全国に広まり、それと共に鯨を食する習慣も全国に広まった。

 松尾芭蕉の句にも「水無月や鯛はあれども塩鯨」と詠まれている。塩付けされた鯨の肉は江戸庶民の大切なタンパク源で大衆食として愛された。

 19世紀初頭には「鯨肉調理方」という本が出版されているが、鯨食というのはそれだけ民衆に普及していた食文化だったのだ。

 北海道や東北では正月に「鯨汁」を食し「ハリハリ鍋」にしている地域もあるし、大阪のおでんにはコロ、サエズリ、オノミといった具が入る。

 反捕鯨の連中は鯨食を「ゲテモノ」扱いしたり「戦中戦後の食糧難時代に止むを得ず広まったもの」だとか、遠洋漁業は「鯨油を採る目的だ」などと愚にも付かない反論をしている者までいる。

 だが、それはペリーの黒船に見られる様に過去に行われていた欧米の捕鯨は皮だけ剥いで鯨油のみを採るやり方だから、それと錯覚し勘違いしているだけ。

 日本人はクジラを食するだけではなく髭は文楽の人形に使い、骨は櫛などの工芸品となり、漁師達は鯨塚を立て供養する、正に日本文化そのものなのだ。

 反捕鯨は我が国の伝統的鯨文化や日本文化の否定でもあり、日本人差別でもあるのだ。IWC脱退と商業捕鯨再開を歓迎する。

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2018年12月20日

安倍がやるべきことは改憲ではなく現憲法の無効宣言である

 外務省が外交文書22冊を公開した。その中には岸信介が日米平和条約を改定し、米国統治下にあった沖縄や小笠原諸島の返還などの解決後に米国製の日本国憲法を改正しようとしていたことが明らかになった。

 昭和27(1952)年4月28日、サンフランシスコ講和条約が発効し、我が国の主権が回復。主権回復に伴い「日米平和条約」が発効した。

 岸は戦後の米国に拠る植民地的な支配を解除し、対等な日米関係を築こうとしていたことが理解できる。平和条約は昭和35年、新たに「日米の相互協力及び安全保障条約(日米安保条約)」が発効することで失効した。

 敗戦後の「日米平和条約」や、その後の「日米安保条約」という戦後の歴史的事実こそが、日米関係の日米関係たる所以である。

 安保闘争時の昭和35年頃は、共産主義が席巻し「マルクス・レーニン主義」という麻疹に罹った若者が巷に溢れていた。

 だが、これは左翼思想や単なる流行りというより、米国に負けたという悔しさの方が大きかったとのではないかと思っている。

 その勝者である米国と対等の関係ではなく、更なる米国追随、米国依存体制を危惧した若者らの反乱だった気がしてならない。

 国会前で樺美智子が暴殺された4日後に日米安保条約が成立し若者らの熱も沈静化したが、同時に政治家らはこのデモ以降、改憲の意識も薄れ、安全保障という国家の大本を米国に委ねた儘、拱手傍観を極め込んで恥じることは無い。

 GHQの統治下、朝鮮戦争が勃発するとマッカーサーは吉田茂首相に、国内警察力と海上警備力の強化を促す為に所謂「マッカーサー書簡(文書)」を送る。これはマッカーサーが実質的に日本国憲法の破棄を促したものだった。

 マッカーサー書簡から1ヶ月後には「警察予備隊令」が決定、翌日公布、即日施行という異例のスピードで準備が整えられ、自衛隊の前身である警察予備隊が誕生。その後、警察予備隊と海上警備隊を統合し「保安庁」が設置される。

 だが、吉田は朝鮮半島への出兵要請を日本国憲法第9条を理由に拒否する。吉田が現憲法を遵守したことを現在の価値観で是非を論じるものではないが、我が国が朝鮮戦争やベトナム戦争に駆り出されなかったのは事実だろう。

「マッカーサー書簡」が届いたのを機に、日本国憲法を破棄していれば我が国はまともな国になって、日米関係もまた違ったものになっていただろう。

 朝鮮戦争の勃発で日本経済は特需に沸いた。軍事を米国に依存し、戦後復興の名の下に経済政策を優先して行った。

 こうした限りない営利至上主義は日本国民の精神を蝕み続け、未だに目覚めることなく経済的繁栄のみに現を抜かし、国の大本を忘れ国民精神を失ひ、本を正さずして末に走り、その場凌ぎの偽善が罷り通っている。

 主権回復後の欽定憲法復元は叶わず、自由党と民主党が合併し自由民主党が結党され自主憲法制定を掲げるも何ら実行出来ずに徒に時が過ぎた。

 岸はそんな日本をどうにかして立て直そうと思ったに違いない。だが新たな日米安保条約が決定するも、国内では激しい反対運動が起こり、岸内閣は憲法改正を実行することなく退陣に追い込まれた。

 その後の自民党政権は自主憲法制定という党是を忘却し、朝鮮戦争特需時代を忘れられないのかその場凌ぐの政策と景気対策ばかりを優先した。

 そして岸の孫でもある安倍が改憲を成そうとしているが、当時とは全く違う時代となった今、やるべきことは改憲ではなく現憲法の無効宣言である。

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2018年12月19日

防衛力とは日進月歩で限界は無し

 来年度予算の概要が判明した。一般会計予算は過去最高の101兆4567億円が計上された。予算案の内歳入が68兆7969億円。民主党政権下で40兆円にも満たなかった時代に比べればかなりの税収アップだ。

 新聞には「社会保障と防衛費が最大」との見出しが躍る。社会保障費と防衛費を同列にし、恰も防衛費が国家予算の大半を占めてるかの物言いだが、社会保障費約34兆600億円に比べて防衛費は約5兆2600億円しかない。

 防衛を疎かにすれば社会保障も何もない。然も、安倍政権が進める防衛計画と中期防衛力整備計画の下での護衛艦「いずも」や「かが」の空母化は、憲法の専守防衛に抵触するかの意見に何の意味があるのだろう。

 一体何処にGDPやGNP比1%以内という閣議決定を行い、自国の防衛力の限界を設定している国家が存在するのか。恥かしながら日本だけだ。

 予算額を発表するのは良いとしても、何故に護衛艦の空母化や最新鋭ステルス戦闘機の購入数や迎撃システムの配備という中身まで具体的に公表する必要があるのか。正にスパイ行為に類する報道ではないのか。

 防衛力とは戦略上の重大な機密事項である。況してや装備や兵器に関して国内から批判が怒ること自体が利敵行為そのものだ。

 岩屋防衛相は「格段に速いスピードで安全保障環境が変化している」と述べているが、近隣国、中でも中共が軍拡路線の益々の拡充を謀る中で、それに見合って自衛力を整備するのは理の当然ではないのか。

 野党や評論家らは挙って「米国追随の兵器調達だ」と批判する。確かに米国への忠誠だが、それが戦後の我が国の歪な体制でもあるのだ。

 反対派というのは国家の防衛を否定した憲法を有難がり、安保条約の下で国家の大本を米国に依存しておきながら何を言うか。

 否なら、現憲法を破棄し、自国で戦闘機や迎撃システムを造れる様な法整備を急ぎ、米国依存から脱却し、中共軍とも対峙出来る体制を整えるべきだろう。安倍が米国追随なら、反対派は中共への諂いでしかない。

 自衛隊は言うまでもなく、現憲法下で「自衛力は認めている」という前提に立ち「自衛隊法」が成立し、また近年では安保関連法案成立などに拠り自衛隊の存在を明確にしてきた。安倍政権下では更に第九条の見直しを目論む。

 我が国は今や世界に冠たる経済大国である。政治家らは票欲しさに福祉や社会保障の充実を掲げてはいるが、真の国民福祉は国家民族の平和と安全の保障を措いて他に何があると言うのか。防衛力の整備に限界は無し。

 自衛力は自衛を完うするに足る装備の充足と自衛官の士気の向上を不可避とする。これは防衛に対する至上命令である。

 従って此方が望む望まないに拘らず、近隣に共産党一党独裁の国家や反日国家が存在し、日米韓の防衛体制が体を成していない以上、我が国は国際情勢を睨みつつ粛々と防衛力の充実を期すべし。

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2018年12月18日

県内建設会社大手の佐藤工業の社長に八巻恵一副社長が昇格

 県内大手の建設会社である佐藤工業が準大手ゼネコンの戸田建設の傘下に入り、佐藤達也が創業してから70年、佐藤一族である勝也社長が来年3月で退任することで佐藤一族支配が終焉する。

 戸田建設が全株式を取得したことに伴い八巻恵一副社長が社長に就任。光用薫戸田建設常務執行役員大阪支店長が代表権を持つ取締役会長となる。

 これを機にゼネコンに因る建設業界の寡占化が進んでいくのではあるまいか。だが、公共事業の先細りは必至で、利用価値が無くなれば戸田建設の単なる福島支店となってしまうのではあるまいか。

 公共事業の削減で大手ゼネコンを始め、福島県内の建設会社は生き残りをかけた経営を余儀なくされていた。そんな時に東日本大震災が起きた。

 誰も口にはしないが、疲弊する建設業界にとって東日本大震災は正に天佑神助ともいうべきものだった。

 道路などのインフラの修復に始まり、次々と仕事が舞い込んだ。国は莫大な復興予算を投じて復旧を急ぐ。そんな時に始められたのが除染だった。

 大手ゼネコンは挙って除染に参入し莫大な利益を得て、震災前に汲汲だった経営を立て直し、更なる復興事業への参入を営利を目論んだ。

 今は復興途中であり建設業界にとっては未だオイシイことが多いが、2020年の東京オリンピックが終わればその先の見通しは真っ暗。安倍政権下、国土の強靭化対策を講じて莫大な予算を計上しているが果たしてどうなるものやら。

 公共投資以外に税収を生むものはなく強靭化対策は大いに結構なことではあるが、その裏で、ゼネコン主導の談合が繰り返され、一部の業者だけが利益を得て、景気に跳ね返ることなく国民の利益にならない様では意味が無い。

 社長に就く八巻恵一といえば福島県知事汚職事件のきっかけとなった談合事件で、佐藤栄佐久元知事の盟友であり、事件の黒幕でもあったブローカーの辻政雄と共に「入札妨害(談合)罪」で逮捕された人物でもある。

 当時は営業本部長。その後は会社への論功行賞もあって常務を歴任し、5年前からは副社長に就いているという。中々の実力者の様だ。

 建設業法第8章、第八条七項の罰則規程には「禁錮以上の刑に処せられ、その刑の執行を終わり、又はその刑の執行を受けることがなくなつた日から五年を経過しない者」を役員などにしてはならないと明記されている。

 談合事件で逮捕され釈放された八巻氏はその後常務に就くが、役員に就いてたことは建設業法に抵触していたのではあるまいか。

 まあ、同じく談合事件で逮捕された佐藤工業社長(当時)出」全国建設業協同組合連合会(全建協連)の会長出」だった佐藤勝三も、今ではいけしゃあしゃあと社団法人「ふくしま未来研究所」の所長として辣腕を奮っている。

 建設業界というのは前科・前歴なんぞ関係なく、解雇もされず却って箔が付くというのは暴力団の世界と同じに見える。呵々大笑。

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2018年12月14日

時に元禄15年12月14日といえばやっぱり「忠臣蔵」でしょ(笑)

 年末になると昔は「忠臣蔵」「赤穂浪士」が定番で、必ずといっていいほどテレビでは放映されていたが、暴力である仇討ちを美化するのは怪しからんとばかり、年末の恒例番組が消えたのはチョッと寂しい気もする。

 赤穂浪士が吉良邸に討ち入りしたのは元禄15年12月14日とされているが、実際には旧暦の元禄16年1月30日だったらしい。

 月の満ち欠けは29.5日周期で、1日が新月だから14~15は満月の夜、30日だとすると新月に近く薄暗かったのではなかろうか。

 だが、旧暦の元禄15年は閏年。つまり一年が13ヶ月あった年だから話がややこしい。討ち入りの日が満月の夜という想定はやはり脚本だろう。

 赤穂浪士の精神的支柱となったのが陸奥国会津若松城下生まれで「山鹿流軍学の祖」として知られる山鹿素行(やまがそこう)。江戸時代に於ける武士道の理論を確立した人物であり、素行の談話を筆記した「山鹿語類」は日本人必読の著。

 山鹿の著した「中朝事実」では、世の学者の外国(主として漢土)崇拝を批判し、皇統の一貫を根拠に「日本こそ万国に卓越した中華・中国と呼ぶに相応しい国である」との日本主義を主張した人物でもある。

 江戸時代267年の歴史の中で理不尽な御家断絶や御家騒動は他にもあったが、赤穂藩四十七士だけが「義士」と呼ばれ「武士道の華」と評価されたのは、素行の「正義の遂行」の本義に基付く教えが在ったからだと言ってもいいだろう。

  だが一方で、忠臣蔵の討ち入りに「大義」などではなく「子孫の将来まで考えて討ち入った」単なる「打算」だと断じる歴史家や批評家がいる。

「大石内蔵助は忠義心によって討ち入らなければ大石家は山科で帰農し、そのまま埋もれただろうが、吉良を討ち取った結果、子孫は本家の浅野家に千五百石の高録で召し抱えられた」。また「葉隠」でも赤穂浪士に触れた部分がある。

「赤穂浪士の仇討ちも、泉岳寺で腹を切らなかったのが落度というべきだ。それに主君が死んで、敵を討つまでの間が長過ぎる。もしもその間に、吉良殿が病死でもなされた時にはどうにもならないではないか」

  葉隠れでは、仇討ちというのは緻密な計画でやるものではなく、「武士とは即刻、やられたらやり返すというのが本道で、事の成否は問題ではなく、成否よりも行為自体に意味が在る」と訓えている。

 その上で赤穂の武士を「上方の人間は小利口だから世間から褒められる様にするのは上手である」と嘲笑しているが、赤穂浪士の討ち入りを打算的と見るか否かは夫々で、犠牲を超えた行為に何かを感じれば好いことだ。

 余談だが、福島から米沢へ向かう峠(旧板谷峠)に、赤穂藩の次席家老・大野九郎兵衛ら十六名の供養塔がひっそりと佇んでいる。

 これは、泉岳寺での討ち入りに失敗した場合に、吉良は倅である米沢藩主を頼り北上するだろうと考えて、この峠に身を潜めその機を待っていた。

 だが、四十七士の本懐の報を受け、大野らはこの地で自刃したという。四十七士だけではなくこうした義士が居たことを忘れてはならない。

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2018年12月13日

靖國神社の参道で支那人活動家が放火し逮捕される

 昨日、靖國神社の参道で支那人活動家が東条英機の位牌の様な物に火を点けるというパフォーマンスを実行し逮捕されるという事件が起きた。

 抑々、南京事件は存在しないフィクションである。況してや南京大虐殺とは、米軍に因る広島・長崎の原爆投下や東京を始めとした都市への無差別爆撃を正当化する為の世論のすり替えであることは今や明白だ。

 南京事件の証拠は「安全区国際委員会」の委員長だったジョン・ラーベの「ラーベ日記」とされている。だが、そのラーべ日記そのものが実にいい加減で、妄想豊かなラーべに因るフィクションを未だに信じ込んでいる。

 昭和12年12月13日、日本軍が南京を占領した際に、南京に残っていた欧米人15人によって組織されたのが「安全区国際委員会」という民間組織。

 ラーベの書籍や映画では住民保護に当たった人道主義者「中国のシンドラー」として讃えられてはいるが、実際はどうだったのか。

 ラーベはドイツの電機メーカー「ジーメンス」の南京支社長で、当時のドイツは蒋介石国民党政権に軍事顧問団を送り込み、中国軍の近代化を指導すると共にドイツ製の武器を大量に売り込んでいた。

 軍事顧問団のファルケルハウンゼン将軍は蒋介石に、日本に対する先制攻撃を提案していた人物だから、その仲間でもあるラーベが反日的で且つ支那人に同情的だったのは想像するに余りある。

 あの狭い「安全区」に20万人の市民がいたが、そこを自由に行き来していたラーベ。日記にはたったの一件も殺害を見たとは書いていない。つまり、全ては「こう言っている」「ああ言っている」という伝聞ばかり。

 事実、国際委員会の公式記録「南京安全区の記録」には南京の人口はずっと20万人だったと書いてある。だが、ラーベはヒットラーへの上申書で、5~6万人の民間人が殺されたと虚偽の報告をした。

 これを証拠に南京事件が然も事実であるかの如く伝えられているのだが、要するに、南京事件とは「ラーべ日記」や、ヒットラーへの上申書を証拠に捏造されたものであり、全くの事実無根のでっち上げに過ぎない。

 我が国を陥れる為の策謀の裏側には米国が存在し、靖國神社でパフォーマンスを行った支那人活動家らの愛国心も、我が国の戦後民主主義者と同じく米国が創り上げられた歴史を信じ切っている軽々しい正義と言っても過言ではない。

 ナチスのホロコーストによって殺害されたユダヤ人は600万人以上、最多で1100万人を超えるとされているが、これも創られた歴史だ。

 南京事件も「南京でも日本軍がナチスの様な虐殺を行った」という歴史の捏造というのが正しい。ホロコーストではナチスやヒトラーを非難しながら、南京事件ではヒトラーをも利用することというのだから厭きれてしまう。

 今やホロコースト自体が捏造されたものだということが明らかになりつつあるが、当時の文献などから徐々にその真実が見えて来る。

 ホロコーストが在ったとされる「アンネの日記」にしろ、実際にはホロコーストを利用しようとしたユダヤ人の策謀が見え隠れする。

 ホロコーストにしろ、南京大虐殺にしろ、従軍慰安婦問題や強制連行にしろ、そうした事実が真実でなくてはならない連中の思惑が見事に一致する。

 ユダヤ人や支那人、朝鮮人にとって目障りなのは日本人。そんな連中は口を揃え「ドイツはナチスの犯罪行為について時効を設けずに謝罪と賠償をし続けているから日本もドイツを見倣うべきだ」と言って憚らない。

 だが、ドイツはナチスについてはその罪は認めているが、ドイツ国家、或いはドイツ国民全体の罪は今日迄認めたことはない。何故ならそれはナチスの犯罪とドイツ国民としての戦争行為は別なものとしているからだ。

 大日本帝国の遂行した戦争とナチス・ドイツの犯罪行為とは全く異なるものだが、未だ東京裁判に毒され、ナチスと日本軍が同一であるかの様な自虐史観が蔓延していることは正統な歴史と英霊に対する冒涜である。

 東京裁判で日本無罪論を訴えたインドのパル判事はこう述べて擱筆した。

「時が、熱狂と偏見を和らげた暁には、また理性が、虚偽からその仮面を剥ぎ取った暁には、そのときこそ正義の女神はその秤を平衡に保ちながら、過去の賞罰の多くに、そのところを変えることを要求するであろう」

 今こそ東京裁判での連合国の不当性と不正義を明らかにし、戦後の歪んだ贖罪意識と不条理を払拭しなければならない。

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2018年12月06日

「先輩として後輩力士の礼儀を正すことは義務と思っている」

 約一年前、九州場所後に行われたモンゴル出身者が集う慰労会の席で、日馬富士が貴ノ岩に暴行し引退を余儀なくされた。引退の記者会見で彼はこう語った。

「先輩として、後輩力士の礼儀を正すことは義務と思っている。弟弟子を思って叱ったことが、彼を傷付け、世間を騒がすことになってしまった」

 そんな被害者だった貴ノ岩が、何やら犯したミスに言い訳した付き人に暴力を揮ったことがバレて、日頃から保守の牙城でもある相撲協会や国技である相撲を敵視するマスコミが、ここぞとばかりに大騒ぎしている。

 貴ノ岩にしてみれば人としての道を教えたつもりなのだろう。だが教えるというのは実に難しく、言い聞かせて本人が理解出来れば問題ないが、言っても分からない奴に幾ら言い聞かせてもは効果はなく、その結果がビンタだったということ。

 体罰やシゴキによって理性ではなく本能を鍛え上げることは教育上の大事な要素の一つでもあるが、今や全てが暴力として片付けられてしまう。

「愛のムチ」と暴力は紙一重。ヤキもビンタもそこには後輩を思いやる気持ちがあり、受け入れる側も先輩を敬う気持ちが無くてはならない。

 要は貴ノ岩に日馬富士や白鵬への敬いが乏しかったと同じく、言い訳した付き人も貴ノ岩への尊敬の念が乏しかったのだろう。

 貴ノ岩も日馬富士が発したと同じく「先輩として、弟弟子を思って叱ったことが世間を騒がすことになってしまった」ことを痛感していることだろう

 人を育て上げるというのは日本刀が出来上がる過程と似ている。日本刀は先ず卸し鉄を「積み重ねる」ことから始まる。

 そして「鍛錬」し「下鍛え」し、何回も何回も鍛え上げ、「芯鉄」を鍛え造り込む。叩いて叩いて鍛えることで強靭で立派な刀が出来上がるのだ。国士舘の創設者・柴田徳次郎先生もこう訓示している。

「刀というのはトンテンカン、トンテンカンと叩いて叩いて鍛え上げなければ五郎入道政宗とか村正といった立派な刀は出来ません。国士舘の生徒も先生だけの指導だけではダメで、学校も親も一緒になってお子さん方を鍛え上げて行かなければ立派な日本人に育てることは出来ません」

 日本刀を作る上で最も大事なのが「焼き入れ」である。焼き入れを行うことで刀に命を吹き込む。焼き入れ一つで刀の出来も価値も変わってしまう。

 教育者も指導者も刀鍛冶と同じく、ヤキという鍛え込みと、更なる磨き上げで立派な人材が出来上がることを知るべきだが、如何せん、ヤキの後に磨き上げることが無いから単に体罰や暴力だと断じられてしまうのだ。

 日馬富士のヤキや貴ノ岩のビンタに全く問題が無いということではないが、礼儀を正そうとした慈愛の一面をも否定し、暴力で片付けてしまうという風潮が事の本質を間違った方向へ導いてしまっているのではあるまいか。

 昨今の欧米流の理性を重視する教育論に抜け落ちているのは「本能論」であり、戦後、日本では子供を褒めなければダメ、叱ったり殴ったりすることはケシカランという考えが支配的になり、現在の我が国の教育論の基となっている。

 仏教でも儒教でも「本能が理性を創るのに重要な役目を果たしている」と説いているにも拘らず、人間の驕りから動物との優劣性を強調する余り、人間にも当たり前に在る「本能」というものを下等なものとして否定しまった。

 抑々「褒める教育」とは、教育荒廃の元凶でもある日教組が「生徒の自主性・自由の尊重」と謳ったところから始まったものだ。その為に非行を繰り返す不良生徒を殴った教師が吊し上げられ排除されてきた。

 教育で一番大事なのは「徳育」であり、徳育とは「人間性」を確立することに在る。日本の教育再生には「正しい精神論」を創ることこそ肝要なのだ。

 失敗に失敗を重ねた文科省や教育委員会に学校を変える能力は無いのと同じく、相撲協会が暴力決別宣言をしたところで意味は無い。

 我が国の教育が抱えている問題にしろ、見苦しい言い訳を繰り返す付き人にしろ、煽り運転で逮捕された自己中の犯罪者などにしろ、小学校の段階で正しい人間性の基礎が形成されていないことが要因でもある。

 褒められることしか分からないままに成長してしまったことに因る弊害とも言える訳で、理性は正しい精神論の実践に因って鍛え上げられる。本能論こそが犯罪心理や暴力問題を始めとした諸問題を克服してくれるものとなる。

 愚生の場合、そんな付き人なら徳富蘇峰の「言い訳は見苦しいばかりではなく同じ過ちを繰り返す」を引用して諭すだろう。そして同じことが繰り返されるならばヤキは当たり前のことだ。呵々大笑。

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2018年12月03日

明治5年(1872年)12月3日が明治6年の元旦となった

 明治5年(1872年)12月3日、それまで月の満ち欠けを中心にした太陰暦(旧暦)を切り替え、地球の公転運動(一太陽年)を基準とする太陽暦のグレゴリオ暦(西暦)を採用し、明治6年の「元日」と決めた。

 新暦は1年を365日とし、西暦年数が4で割り切れる年を閏年とする。100の倍数になる年は400の倍数でない限り平年とする。旧暦では1年が13ヶ月。それが12ヶ月になるのだもの大きな混乱や支障が生じただろうことは想像するに余りある。

 旧暦というのは月の満ち欠けで1ヶ月を現したのだが生活の中で月を眺めれば現在が理解出来たというのは実にロマンチックなことだと思う。

 西暦はエジプト暦に始まり、ユリウス暦・グレゴリオ暦と改良され、現在世界各国で使用されてはいるが、暦というのは宗教と歴史が関連するものであり、国が変われば暦もまた様々だ。

 イスラムでは「太陰暦」、タイでは「仏暦」、ユダヤ教では「ユダヤ暦」、北朝鮮も「主体(チュチュ)暦」、日本も神武天皇御即位の年を紀元とされる「皇紀」を用いるべきだが、その「皇紀」さえも知らない国民は少なくない。

 日本には「暦」とは別に「元号」というものが在る。「元号」こそ節季の習俗を時代の流れに応用する先人の智慧であり、これこそが我が国文化を象徴するものである。改元は明治以前は、主として吉凶禍福とか瑞祥などによって行われていた。

 大日本帝国憲法下(欽定憲法)に於いては、元号に関する規定は旧皇室典範第12条に「践祚ノ後元号ヲ建テ一世ノ間ニ再ヒ改メサルコト明治元年ノ定制ニ従フ」と明記されていたが、現日本国憲法下、現皇室典範が制定されるに伴って条文が消失し、法的明文が無くなった。

 旧皇室典範第12条の「明治元年の定制」とは、明治元年9月8日発令の「太政官布告」である。ところが大東亜戦争後の昭和22年5月3日の憲法記念日に合わせて旧皇室典範は廃止され、現皇室典範がGHQの策謀に因って国会議決された。

 現皇室典範には大嘗祭と同じく「元号」に関する規定が無い。大嘗祭に反対している左翼らは元号使用に対しても憲法違反であると提訴するだろう。

 国会・政府・裁判所の公的文書等で慣例的に「元号」が用いられたことに鑑み、紆余曲折、賛否両論の喧々諤々の末に、昭和54(1979)年6月6日に「元号法」が成立し、同月12日に公布・即日施行された。

「元号法」という法律がある以上、「元号」を用いるべきであるが、左翼や朝日新聞を始めとした売国マスコミは敢えて元号を使わず西暦を常用している。

 その理由を見れば「元号は戦前からの慣習であり、天皇の元首化を狙うものだ」とか「元号は旧憲法下の天皇制に付随したものである」とか、皇室に対する怨念を込め、我が国體否定を顕した愚にも付かないものばかり。

 左翼マスコミは「西暦」を使い続けることで「元号」が無くても何ら影響が無いという既成事実を積み重ねているが「元号法」が成立してる以上、西暦よりも「元号」の表記こそ優先すべきである。

 我が国の「元号」は第36代孝徳天皇の御代に建てた「大化」に始まる。孝徳天皇の崩御後、新たな元号は定められず、後「白雉(はくち)」「朱鳥((しゅちょう、すちょう、あかみどり)」が続く。

 斉明、天智、弘文天皇の御代には定かでないとされているが、文武天皇の御代に「大宝」という元号が建てられ、今日の「平成」に至るまで約1300年間途切れることなく続いている。

 元号の数は「南北朝時代」に並行した元号を合わせると実に248に及ぶ。歴代の天皇は数年から10年を目途に「改元」し巧みに時代転換をして来た。

 中でも幕末の混乱期に御即位した孝明天皇は、御在位21年の間に「嘉永」「安政」「万延」「文久」「元治」「慶応」と実に6回も改元為された。これ即ち幕末という混乱の時代を如何に転換させるかの苦衷の表れでもある。

 元号こそ我が国の歴史が天皇を中心に織りなされて来たという厳然たる事実の証明でもあろう。元号の改定は、徳川時代でも朝廷の大権だった。

 江戸時代中期の学者、新井白石も「折焚く柴の記」で「元号だけは朝廷の御定めになることである。武家の関することではない」と綴っている。

 元号法成立時、左翼陣営は「元号は天皇主権の旧憲法への逆戻り」「元号は天皇元首化の動きと直結」「元号によって天皇の権威を国民の隅々にまで行き亘らせる狙い」だと騒ぎ立てたが、正に「元号」は共産党らが指摘した通りである。

 明治欽定憲法を復元し、万世一系の天皇を我が国元首として仰ぎ奉り、陛下の御稜威を国民生活の隅々にまで行き亘らせることにあるのは当然で、それは日本国民として当然の願望ではないか。

 我が国はいつの世も、時の陛下の御代である。いつの世にもそこには「君が代」の世界が存在し、それは存在し続けなければならないのだ。

 その御代を端的に表現するものが「元号」であり「一世一元」制である。正に我が国の国體の精華であり、世界に誇る美風である。

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2018年12月01日

陛下並びに皇族方の定例記者会見は止めるべきだ

 秋篠宮殿下は御生誕の記者会見で大嘗祭について、宗教色の強い祭祀を国費で賄うことに疑義を呈し「出来る範囲で身の丈に合った儀式にすることが本来の(天皇の祭祀)姿である」との持論を吐露された。

 神道は惟神の道であり日本人の教えであるが、その形は宗教であり、政教分離の原則が規定されている現憲法との兼ね合いを考慮しての御発言だろう。

 現憲法下では天皇の祭祀は国事行為や公的行事ではなく、単なる「私事」となっており、現皇室典範にはGHQの策謀に因って大嘗祭の規定さえ削除されている現実を政府や宮内庁は重く受け止めるべきだ。

 新聞タイトルを読めば、大嘗祭の何たるかも知らない国民が煽られる。大嘗祭を巡ってはキリスト教や仏教などの左翼系宗教団体を反天皇運動の活動家らが違憲訴訟を起こしているが、今後は秋篠宮殿下の発言が利用されることを危惧する。

 皇族の御発言は重く、殿下の発言を利用して反天皇運動を謀る左翼らに利用されることを考えれば御発言は慎重を期すべきではなかったか。

 真子内親王殿下の御結婚の件も週刊誌が喜びそうな内容で、記者からの質問とはいえ敢えて発言する必要があったとも思えない。

 宮内庁への苦言に異論はない。だが皇族から一度発せられた言葉は取り消し難い。正に「綸言汗の如し」ということを思い知る。

 平成の大嘗祭を斎行し即位遊ばされた今上陛下は憲法順守の意向を示された。これは現憲法99条の「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」との条項を踏襲したまでのこと。

 だが、左翼や誤(護)憲派らは我田引水的にこの発言を利用した。過去にも、大東亜戦争の大義に疑義を呈したり、戦前の皇室の在り方を否定した「赤い宮様」と言われた故三笠宮崇仁親王殿下の発言を反対運動の論拠としている。

「紀元節祭復活は科学的根拠に欠ける」と建国記念日(紀元節)の皇居皇霊殿での祭祀に反対したことをして、左翼勢力は挙って三笠宮殿下の歴史的認識と発言を利用し、国民世論や大衆の煽動を謀った。

 そして今回も、大嘗祭や即位の礼は憲法に定める政教分離の原則に反するとして、クソ市民団体が損害賠償と儀式への公費支出差し止めの訴訟を起こす。

 憲法以前の存在であらされる天皇を憲法で論じる愚かさ。如何に現憲法が我が国體や皇統にとって異質なものであるか分かるだろう

 週刊誌やワイドショー向けの記者会見は「開かれた皇室論」の流れから行われている皇族方の吊し上げであり、百戦錬磨の記者共は殿下の言葉を論い、言葉尻を捉えて政府を批判しようという魂胆が見え隠れする。

 政治家じゃあるまいし不敬極まる定例記者会見は止めた方が好い。こうした記者会見は皇室に対しての尊敬を失わせるものでしかない。

 マスコミの「敬称・敬語不使用」や「開かれた皇室論」の下、週刊誌などで陛下や皇族方を登場させ、不敬なスキャンダラスな記事で尊崇の念を薄れさせることに成功した。近年の皇太子妃殿下に対する記事もその流れでもある。

「開かれた皇室論」は、我が国の国柄の破壊を目指す共産主義者の策謀であり、1932年にソ連共産党から日本共産党へ出された「コミュンテルンテーゼ(命令書)」の反天皇運動の忠実なる遂行である。

 所謂「天皇制廃止運動」は、昭和時代にあっては「戦争責任・退位論」に始まり、続いて「開かれた皇室論」「敬称・敬語不使用運動」を展開した。

 平成以降も「女性天皇論」や「女性宮家論」として、その天皇制廃止運動は国民が自覚の無い儘に巧妙に継承され浸透してしまっているのだ。

「開かれた皇室論」の実行を謀るマスコミを通じ、我が国の伝統文化や美徳を喪失させてしまっているということに国民は気付くべきだ。

 我が国は天皇陛下を族長と仰ぐ家族国家であり、この国體の精華は万邦無比である。戦前の様に「畏れ多くも畏くも」とは言わないまでも、陛下や皇族方に対しては節度ある敬意を表するのは当たり前のことだ。

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2018年11月28日

福島民報新聞「戊辰150年・第三章~信義を貫いて~」・河井継之助編

 連日、地元紙の一面は「戊辰150年・第三章~信義を貫いて~」の連載。49、50回目は長岡藩家老で軍事総督の河井継之助関連の記事が躍っている。継之助の評価は賛否両論あるが愚生的には幕末の武士の中でも最も尊敬する英雄である。

 慶応4(1968)年1月3日(1月27日)、鳥羽伏見の戦いが勃発。西軍は次第に勢力を強めて、3月には江戸城開城、上野寛永寺の戦いなどにも勝利し、最大の目標である会津を目指し北上する。7月、北越の地にも西軍が迫る。

 小千谷の慈眼寺に於いての会談は東西の戦いに決定的な影響を及ぼした。軍事総督の継之助は、内戦を続けることは互いに得策ではないと、長岡藩の中立を保ちつつ東西の和平交渉を進めようと立ち上がる。

 継之助は山縣狂介(有朋)か黒田清隆との会談を希望するも弱冠23歳の岩村精一郎が対応。会津藩を恭順させる旨を訴えるも、岩村は「長岡藩も朝敵と見做す」と一蹴し会談は決裂した。この時、継之助42歳。

 長岡藩は、継之助の下、藩内を統一し「非武装中立」を貫こうとするも、小千谷会談が決裂し、継之助は東軍勢力として戦うことを決意する。長岡藩は奥羽列藩同盟に加わり「北越戦争」へと突入する。

 郷土長岡の行く末を案じた継之助は、藩の財政を立て直すと富国強兵を掲げ、長岡藩の独立と中立を目指す。その為には強大な軍事力が不可欠であると、江戸藩邸を売却して当時3門しかなかったガトリング砲を2問を1万両で購入した。

 長岡藩兵は洋式銃を1人に1丁を買い与え、ガトリング砲と合わせ近代的な訓練と最新兵器の武装を施されていた。そうしたこともあり新政府軍と互角に戦った。

 しかし、圧倒的物量を有する西軍に比べ絶対的な兵力に劣る長岡軍は徐々に押され始め、5月19日(7月8日)長岡城を奪われる。6月2日(7月21日)、今町の戦いを制して逆襲に転じ、7月24日(9月10日)夕刻、敵の意表を突く「八丁沖渡沼作戦」を実施し長岡城を再奪還した。

 これは軍事史に残る快挙であり、戦力で劣る東軍に駆逐された西軍側の衝撃は大きかった。後の関東軍参謀で陸軍中将・石原莞爾の陸軍大学校における卒業論文は河井継之助のこの「八丁沖渡沼作戦」戦術を研究したものだ。

 だがこの奪還の代償は大きく、継之助は左膝下に被弾、重傷を負った。これにより長岡藩の士気が下がり、戦線は次第に後退して行った。

 継之助は、家臣や同士から「会津藩を頼り、会津で再起を図ろう」という進言を受けるも故郷で死にたいとの思いから拒否。だが、戦局は益々不利となり、傷も化膿が酷く破傷風に罹ってしまい、已む無く会津での捲土重来を期すこととなった。

 会津へは国境の八十里峠を超えなければならなかった。峠越えの途中、継之助は次の様な詩を詠んだ。「八十里こしぬけ武士の越す峠」。

 8月5日(9月20日)、会津領の只見に入り、叶番所で休憩した後、只見村の目明し清吉宅に身を寄せ7日間を過ごす。8月12日(9月27日)に只見を出発、塩沢村に到着し、塩沢の医師・矢沢宗益宅に留まる。

 15日(30日)夜、継之助は従僕の松蔵を呼ぶと、「松蔵や、永永厄介して呉りやって有難かったでや」と労いの言葉と共に死期を悟った継之助は火葬の仕度を命じた。「松蔵、火を熾(さかん)にせよ!」

 翌16日(10月1日)の昼に継之助は談笑しひと眠り就くとそのまま危篤状態に陥り、再び目を覚ますことのないまま同日午後8時頃死去した。享年42。

 会津藩への講和交渉提案を引き受けるとまで申し出た継之助に対し「単なる時間稼ぎ」と一切の交渉の機会を与えなかった岩村というのは、刮目して相対することを知らず、一軍の将としては狭量と言える。

 この岩村の無知と熟慮を欠いた判断が、長岡藩を奥羽列藩同盟側へ追い込むこととなったのだが、こうした刮目して相対すことも出来ない若造から罵られた継之助の心境は想像するに余りある。

 長岡藩は東軍勢力として戦うことを決意する。「北越戦争」に於いて新政府軍は長岡藩の抵抗によって大損害を被り、一旦陥落させた城を再び奪われるという軍事史的に稀な大失態を起こすことになった。

 本来であれば岩井は切腹ものだが、こうした失態の責任を問われたり罰せられてはいない。これをしても新政府軍というのは卑しい権力欲ばかりで、武士の精神は既に崩壊してしまっていたと言えよう。

 歴史に「もし」はないが、もし継之助と山縣や黒田との会談が実現していれば「北越戦争」や「会津戦争」は避けられただろう。また維新後に長州閥で固められた後の日本の姿も違っていたかも知れない。

 後に岩村は自伝で「途中で従う様になった信州各藩の家老は平凡な人材ばかりで、河井についても経歴や人物を知らなかった為に、時間稼ぎをしているだけだと思った」と述懐している。

 日本文学と日本文化研究の第一人者であるドナルド・キーンも、この岩村の人物像をして「無能で横柄な岩村の抜擢は最悪の選択だったと言える」と厳しく評しているが、何時の時代もこうした高慢極まる人物が国家の行く末を違える。

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2018年11月27日

日台分断工作か、台湾が日本食品の禁輸を継続!

 台湾の統一地方選挙は親日派の与党・民進党が大敗し、親中派の国民党が議席を伸ばした。選挙に伴う住民投票も行われ、福島原発事故以来続けている福島県や千葉など5県の輸入規制継続の投票では「継続賛成」が多数となった。

 与党が政権に就いてれば野党が勢力を伸ばすというのは台湾でなくてもどこの国でもよくあることだが、政権批判に福島原発事故を利用し、恰も福島県産の農産物などが危険であるかの様な政策を掲げて選挙戦を戦ったことに憤りを感じる。

 国民党は「日本産食品は核食(放射性物質に汚染された食品)」だとの危険なイメージを有権者に訴え、この結果、輸入緩和反対が779万票を獲得、規制緩和支持票223万票に3倍もの賛成票を得たが、福島への悪評が功を奏した。

 科学的にも福島県産の食品は安全であり、2018年の「特A」評価だった43銘柄中福島県産米は国内最多の4銘柄が選ばれている。

 福島県産の果物も美味しいし正に農業王国でもあるが、福島だけではなく千葉県や東北地方が原発事故後もこうして批判に曝されていることは一体何が原因なのか。国内で福島を貶めてる輩がいることも関係しているのは間違いない。

 山本太郎ら反原発派は未だに「福島県内の農家は汚染物を作り、ばら撒き続けている」「福島県産を買うくらいなら中国産を買う」「福島の人達は命に怯えながら生きている」と口外して憚らない。

 反原発運動は有権者の不安に便乗した政治闘争の一つであるが、反原発派に因る流言蜚語を国民党らが政争に利用する構図は左翼特有のものでもある。

 福島原発事故後、原子力規制委員会は放射線防護対策の年間被曝線量は「20ミリシーベルト以下」であれば人体に影響が出ることもないとの提言を行っている。被曝線量年間20ミリシーベルトは科学的に決められた世界の常識でもある。

 未だに1ミリシーベルトという科学的根拠の無い数値が独り歩きしている。こうした不適格な数値を改められないのは正に政治の怠慢以外の何物でもないが、一度信じてしまった思い込みを払拭するのは容易なことではない。

 春先に行われた福島県産の食品購入への意識調査では、未だに放射性物質に不安を感じてる国民が13.9%もいることに驚いた。こうした少数派の多くは反原発派やそれに煽られてる国民だろうが、それを翻意させるのもまた困難でもある。

 原発事故当時、原子力安全・保安院は、福島原発から放出されたセシウムの量が広島原爆の168倍とする試算を公表し、これをマスコミが大きく報じた。

 後に「広島原爆の168倍」という数字が全く意味のないものだったことが分かったが、国民の放射線への恐怖や不安を植え付けるのには効果的だった。

 だが、広島・長崎の原爆では放射線セシウムによって死んだ人はいない。死者の殆どは熱線、爆風、そして半減期の短い強力な放射能によるものだった。

 反原発派らはそれに飽き足らず「福島原発事故はチェルノブイリよりも規模は大きい」と根拠の無い、悪意ある嘘を垂れ流し続けた。

 チェルノブイリの原発事故での放射線量は最大50シーベルトと言われているが、福島原発事故はその1000分の1以下だったということも証明済みだ。

 東京オリンピックが開催された昭和39(1964)年から中華人民共和国の核実験は始まった。チェルノブイリより酷いのは中共の地上核実験だろう。

 この核実験に因って放出された放射線量はチェルノブイリ原発事故の実に800万倍に及んだということを山本らは知らないとでも言い張るのだろうか。

 以来、黄砂と一緒に放射性物質が日本全国に降って来た。中でもストロンチウムは福島原発事故の1万倍の量とも言われている。

 セシウムの生物半減期が100日なのに対し、ストロンチウムの生物半減期は15年。中共の核実験の結果、飛来したストロンチウムに因る日本人の体内被曝量は実に1~7ミリシーベルトに及んだ。

 だがどうだろう、そのストロンチウムに因ってどんな影響があったというのか。東京オリンピックに働き盛りだった多くの人は長寿を謳歌している。

 中でも団塊の世代といわれる連中は健康そのもの。この世代に多い戦後民主主義者や無自覚左翼という症状はストロンチウムの影響か(笑)

 台湾での福島県産食品への不安はマスコミや反原発派に煽られた集団ヒステリーというのが正しく、親中派に拠る日台分断工作であることを知るべし。

 政府は風評被害払拭の為に科学的根拠に基づく正しい情報の発信強化は大事だが、親中派に拠る工作を撥ね退け、更なる日台親善を目指すべきだ。

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2018年11月25日

三島由紀夫と森田必勝らの行動こそが正気の狂気である

 昭和45(1970)年11月25日午後0時15分、三島由紀夫は同行した楯の会メンバーの森田必勝、古賀浩靖、小川正洋、小賀正義と共に陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地・東部方面総監室を占拠。この衝撃的な事件を鮮明に記憶している。

 携行した「檄」で三島はこう喝破する。※檄文(全文)http://www.geocities.jp/kyoketu/61052.html

「もっとも名誉を重んずるべき軍が、もっとも悪質な欺瞞の中に放置され・・・自衛隊は国軍たりえず、建軍の本義を与えられず、警察の物理的に巨大なものとしての地位しか与えられず・・・」

 自衛隊は現行憲法下では明らかに憲法違反の存在であり、未だ「警察予備隊」時代のまま「集団的自衛権の憲法解釈」などという目先の誤魔化しによってかろうじて存在し、あやふやな中途半端な存在のまま放置され続けている。

 安倍政権下で、正に健軍の本義もなき物理的な巨大な警察機構としての地位を取り払うことなく、憲法九条に附帯するという形で自衛隊を明記しようという愚行が成され様としているが、これつまり現憲法の固定化である。

 自らの国家の防衛をも否定する矛盾だらけの現憲法を破棄し、違憲状態の自衛隊を「国軍」とすることに何を躊躇し、誰に憚るというのか。

 日夜、国の防衛の為に努力する自衛官の姿は心強いし、災害に立向かう自衛隊の存在は実に頼もしい。自衛官は我が国の誇りである。

 国防を論ずることなく、自衛隊の存在を憲法に明記することは自衛隊員への冒涜であり、平和主義を謳う現憲法との更なる矛盾を生むだろう。

 三島由紀夫と森田必勝らは現憲法の矛盾と戦後の不条理と欺瞞を訴えて壮絶な割腹自決を遂げた。常軌を逸した行動は旧来の思想や社会構造を打破しようとする命懸けの行動であり、憂国の至情である。

 こうした行動こそが正気の狂気であり、この狂気こそが我が国に圧し掛かる重苦しい閉塞感を打破する力に成り得るのだ。

【益荒男がたばさむ太刀の鞘鳴りに 幾とせ耐へて 今日の初霜】(三島由紀夫)

【今日にかけてかねて誓ひし我が胸の 思ひを知るは野分のみかは】(森田必勝)

 あらゆる困難に耐え、忍び難きを忍び、決して挫けることなく、初一念を貫いて、皇国日本の再建に邁進せよ(三島由紀夫)。すめらぎいやさか。

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2018年11月24日

大嘗祭や皇位継承に伴う儀式の簡素化こそ現憲法の護持を規定化するものである

 政府は、大嘗祭後に賓客を招く「饗宴の儀」の簡素化を発表。こうしたことは憲法違反の疑いのある大嘗祭を考慮したもので、また饗宴の儀には我が国が国家として認めていない台湾は招待されない可能性もある。

 周知の通り、台湾は世界の中で最も親しい国家であり、東日本大震災での義援金は270億円を越えた。「信義誠実の原則」という我が国が忘れてしまった日本的価値観の美徳が台湾にはまだ連綿と生きている。

 日本の統治時代について台湾の歴史教育は、実に公正に教えており、台湾の近代化にかなり役に立ったという論調で書かれている。鉄道や電気、水道といったインフラ、教育までも日本と全く同じレベルに徹底されている。

 台湾に「日本精神(リップンチェンシン)」という言葉があるという。「勤勉である」「約束は破らない」「人を裏切らない」こういう人を「あいつは、日本精神がある奴だ」と喩える。現代の日本人は恥ずかしくて赤面してしまいそうだ。

 台湾を国家として認めない状況は道義国家として恥ずべきことで、旧ソ連の中立条約蹂躙と同じく日華国交条約の破棄を謝罪し国家として認めるべきである。

 天皇の御地位も現憲法下では、共産党が諸手を挙げて天皇反対を叫んでいる以上「国民の総意」ではなく違憲の存在でもある。本来ならば第9条より第1条から第8条までの天皇条項こそ改憲の突破口とすべきなのだ。

 天皇にとって最も大事なものは「祭事」であるが、歴代天皇が古来より司って来た祭事は、現憲法によって天皇家の「私事」になってしまい、現皇室典範には「大嘗祭」の規定は存在しない。

 現憲法はGHQの国體破壊の目論見が反映され、歴史的な国家としての継続された「祭祀」に関する天皇の役割を否定してた。

 天皇の「国事行為」については、首相の任命、憲法改正や法律の公布、外国大使らの接受等を定めているが「公的行為」は明文化されていない。

 これ即ち、未だ占領政策の一つである「神道指令」の呪縛が解除されずにいる証左である。だが、悲しい哉、安倍を始め保守派からは第9条ばかりでこうした国體や皇統の意味を論じられることはない。

 正統の保守であれば国防とは領土の防衛だけではなく、こうした「それが無くなってしまえば日本ではなくなることを死守する」ことに在る。畢竟、それは皇統を死守することこそ真の国防なのだ。

 皇統断絶勢力に与する宮内庁は、陛下の御負担の軽減というまやかしの大義名分を振り翳し、重要な祭事である「暁の儀」などの祭祀の取り止めや代拝や拝礼のみという簡素化を謀っている。

 大嘗祭や皇位継承に伴う儀式の簡素化こそ現憲法護持を規定化するものでしかない。畏れ多くも天皇は憲法以前の御存在であらせられる。

 陛下の高齢や体調を慮った様な世論誘導による「退位」が謀られ、それが神武肇国から続く万世一系の皇統の悪しき前例となりつつある。平成の世の共産主義者らの策謀に因って断絶の危機の序章となっていることを赦してはならない。

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2018年11月21日

カルロス・ゴーンに見るまでもなく吝嗇家の経済人が多過ぎる

「がんばれ日産!」と永ちゃんのCMが流れてたが、その裏でユーザーを裏切り私服を肥やしていたカルロス・ゴーンが逮捕された。

 容疑は金融取引法違反容疑だが、頂いた報酬をまともに申告せず、約50億円の報酬を過少申告せず、海外などで贅沢三昧な生活とは呆れ甚し。

「資本主義」とは簡単に言えば「カネ主義」のこと。だが、金を儲けることという意味ではなく、その儲かった「カネ=資本」を投入することでそれ以上の収入(税収)を生み国に税金という形で還元することが資本主義の目的でもある。

「赤字国債の発行はケシカラン」「公共投資はダメ」「国民一人当たり830万円の借金」と言った尤もらしい意見を耳にする。

 こうした意見は前述した「資本」の単純な意味も分かっていないから罷り通ってることで、これはマスコミの報道の弊害の一つでもある。

 資本を投入する意味を意味を知らない国民は実に多い。資本主義国に甘んじながら、そうした単純な仕組みすらも理解していない。

 資本を、人間の欲と努力で段々と大きな資本として発展させるところに、事業としても、国家としても繁栄に繋がるという目的が資本主義なのだが、現在の資本家、事業家にそうした国(社稷)を想う心は皆無だ。

 逮捕されたカルロス・ゴーンなどはその象徴だろう。自分の利益になれば良いというのは吝嗇家の考えであり、大型リストラなどで浮いたカネを自分の回りだけで使ってしまったのでは資本主義の意味が無い。

 質素倹約を重んじた経済人というと経団連元会長の土光敏夫だろう。また社稷を重んじた経済人というと出光佐三や山下太郎を思い浮かべる。

 百田尚樹の「海賊とよばれた男」に登場する主人公・国岡鐡造は出光興産創業者の出光佐三がモデル。「出光興産」や出光佐三を知っていても「アラビア石油」や山下太郎という名前を知ってる人は少ないだろう。

 山下太郎は「アラビア太郎」と呼ばれた男だ。アラビア石油は別名「日の丸石油」と呼ばれ、社旗は日の丸に「A」の文字。日本の自主開発油田で、我が国の石油の安定供給に貢献した会社である。

 山下は、「日本の石油危機を救うには日本人の手によって、アラビアで石油を掘るのが一番の得策だ」と固く信じアラビア石油を創設。資金面や現地での困難や危機を乗り切り、漸く油田を掘り当てる。

 だが、その吉報の一方で大きな災難が襲った。1号井戸を掘ってた際にガス層に突き当たってガスが噴出し引火、忽ち猛火が母艦を包んだ。

 山下は刻々と入る悲報を前にして、「火事は災難だが、これで石油の出ることがはっきりした。火災は問題ではない。まぁ、大学入試に合格した途端、ちょいと風邪をひいた様なものさ。油は出る。必ず出る!」と平然と言い切った。

 しかし、大事故はそれで終わった訳ではなかった。タンカーに続いて開発作業に従事していた150トンの大型クレーンが倒れてしまう。そんなこともあり資金は底を突く。当時50億円の資本金を100億円に倍増増資しても足りなかった。

 普通の人ならここで退散だろうが、山下は違った。流石は「アラビア太郎」、火災事故から5か月後、待望の石油を掘り当てた。山下の禍を転じて福と成す信念があってこそ、我が国のエネルギー危機を救ったのだ。

 その後、昭和48(1973)年10月、第4次中東戦争(十月戦争)が勃発。石油輸出国機構(OPEC)が石油価格を大幅に引き上げたことにより,世界経済全体が大きな混乱を招くこととなり、「第1次石油危機(オイルショック)」が起きる。

 昭和54(1979)年には第2次オイルショックが起き、石油消費国はインフレ、景気後退、国際収支赤字の三重苦(トリレンマ)に悩まされた。

 我が国ではこうした経験から、石油に頼らない原子力発電の開発を推進することとなって行く。反原発も結構だが、日本経済は原発無くしては語れない。

 今はこうした我が国の将来を見据える経済人を見ることはなく、自分の会社だけが儲かりさえすりゃ好いという営利至上主義が蔓延している。我が国の景気低迷の一因は、経済人の心の乏しさに起因していると言っても過言ではない。

 江戸時代、商人は「士農工商」の最下位に置かれ「金儲け=賤しい」と軽蔑の対象にあった。今でも営利主義は卑しい思想に変わりはない。

 江戸時代の思想家・石田梅岩は、そんな商人の役割について「余ったものを足りない所に送り、社会全体を過不足なくすることだ」と教え、商人の倹約の重要性と、倹約によって生まれる公共的な経済効果を打ち出した。

 それが会社にはリストラや倹約を強要させて自分で贅沢三昧では経済人の資格なし。青年日本の歌に「財閥富を誇れども、社稷を想う心なし」との一節があるが、社稷を重んじる経済人を育むことが日本再建の鍵となろう。

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2018年11月18日

歯舞群島と色丹島の二島返還は更なる譲歩を生むだろう

 ロシアとの平和条約交渉が水面下で進んでいる。歯舞群島と色丹島の二島返還を先行し国後島と択捉島は条約締結で決着を図るという。

「戻るなら二島返還でも」という声は多いが、北方領土問題は我が国の軟弱外交の象徴であり、二島先行返還論はロシア外交に屈した結果でもある。

 北方領土は「日露和親条約」並び「樺太・千島交換条約」締結により、歯舞、色丹、国後、択捉の四島を含む、北は占守(シュムシュ)島から得撫(ウルップ)島の全千島列島と南樺太が我が国固有の領土となった。

 先人達の外交努力を無視し、全千島と南樺太の主権が在るにも拘らず四島のみ、然も二島返還とは何事か。二島先行返還後、国後島と択捉島は確実に戻るとも思えない。安易な譲歩は未来に禍根を残し、更なる譲歩を生むだろう。

 安政元年(1855年)2月7日、江戸幕府は下田で「日露和親条約」が締結され、四島と千島の間に境界線が引かれ、樺太を混住の地と決めた。

 その後、明治新政府は、明治8年(1875年)5月7日にロシアと「樺太・千島交換条約」を交わし、南樺太と全千島が日本に帰属した。

 プーチン大統領は「米軍基地を置かないという約束」を要求したという。これが事実ならば北方領土問題はかなり進んでいると見ていいだろう。

 だが、抑々、平和条約というのは如何だろう。中華人民共和国や韓国と平和条約や基本条約を締結しているが両国とは戦争はしていない。

 安倍首相は「我々の世代で解決を図る」という意思は認めるが、平和条約締結には領土問題を含め終戦間際の蛮行と国際条約の蹂躙を謝罪させなくてはならない。

 ロシアが引き継いだ旧ソ連は、終戦間近に中立条約を破棄して一方的に侵略行為や蛮行を繰り返し、その蛮行は筆舌に尽くし難い。

 昭和20年8月15日、終戦の詔勅が発せられ武装解除が進められた。だが、18日の早暁午前1時頃、千島列島最北端の占守島の日本軍に対しソ連軍が奇襲上陸。

 武装解除準備を始めていた守備隊は武装を整え直し、ソ連に対して自衛戦闘を開始した。占守島での戦闘は日本軍の死傷者約600名、ソ連軍の死傷者約3000名に及んだ。日本軍の圧倒的勝利の中で、8月21日に武装解除に応じ戦闘が終結。

 日本軍が武装解除を終えたのは3日後の24日だった。 この戦いによりソ連軍の千島列島の占領は遅滞され、その間に米軍の北海道進駐が完了した。

 米軍の北海道駐留に拠り、ドイツや朝鮮半島の様な北海道の分割統治は避けられた。そういう意味でも「占守島の戦い」は大きな意義があったのだ。

 この後、占守島で自衛戦闘を戦った日本軍の兵士のみならず、中千島や南千島に駐留していた兵士全てがシベリアに強制連行されることとなった。

 理不尽な終戦後の戦争を勇敢に戦った兵士達は、こうした理不尽な仕打ちさえも我が国が受諾した無条件降伏の無条件の内だと信じて、飢えも寒さも、その結果としての知れ切った死すらも潔く受容した。

 ソ連は、その他の地域からも軍人、軍属、そして一般人を含む80万人以上をシベリアへ強制連行し不当に抑留し、実にこの半数以上の同胞が酷寒の地で凍死や餓死で亡くなられている。

 シベリヤに抑留された日本人同胞は、国内では一般には約60万人と言われているが、この数字は軍属だけの数字で、民間人を含めると更に多く、ロシアの資料では約70万人、米国の資料では約90万人とされている。

 シベリア抑留で亡くなられた日本人同胞は実際にどれ程に上るのか、平和条約の締結を図るなら正式な被害者数を調査し発表するべきだ。

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2018年11月15日

11月15日は坂本龍馬の命日。「わしゃ脳をやられちゅうきダメじゃ」という演出(笑)

11月15日、坂本 龍馬が京都の醤油商・近江屋で暗殺された。龍馬は天保6年11月15日生まれ。暗殺された日は慶応3年11月15日。11月15日は、坂本龍馬にとっても龍馬ファンにとっても思い出深い日でもある。

 龍馬暗殺の謎について「北辰一刀流免許皆伝の龍馬を一刀両断するとは」とか「龍馬はピストルを持っていたのに一発も発砲されていないのは何故か」「中岡の暗殺に、龍馬が巻き込まれたのではないか」など謎は多い。

 こうした暗殺の謎が謎を生み、そして歪曲され、また想像され、龍馬のカリスマ性と偶像が誇張されていったのではなかろうか。

 坂本龍馬は、幕末にはそれほど有名な人物ではなかった。維新後、数十年が経ち、四国の新聞に「坂本龍馬特集」が連載されてから、その生き様が日本人の嗜好に合致し、人気に火を点け全国に拡がったというのが真相だ。

 坂本龍馬暗殺の実行犯説というのも歴史家によって意見も様々だが、大凡「京都見廻組」と「新撰組」説に分かれている。

「京都見廻組説」では、明治時代に入り、元隊士だった今井信郎と渡辺篤が、佐々木只三郎らと実行したとの証言を理由に挙げる。

「新撰組説」では刺客が「こなくそ」と伊予弁を話していたとされ、伊予出身の原田左之助刀の鞘や隊士の下駄が近江屋に残されていたとの説を挙げる。この「こなくそ」説は、西軍の谷干城の独り言に過ぎない。

 龍馬は近江屋に脱出することが出来る隠れ家を土蔵に造っていた。暗殺された日は、風邪で龍馬は土蔵ではなく、来訪した中岡慎太郎と近江屋のニ階で、好物の鳥彌三の鶏の水炊きを食らいながら歓談していた。

 部屋には二人の他に、龍馬の護衛をしていた元・力士の山田藤吉。するとその時に、南大和の「十津川郷土」と名乗る男らが訪ねて来る。

 山田がその客人らを疑わずに通した。部屋へ向かう途中に山田は後ろから斬られ、続いて龍馬と中岡が襲撃され、龍馬は即死に近く、中岡はこの襲撃からニ日後に亡くなった。

 竜馬のドラマなどで仄聞されている様な「わしゃ脳をやられちゅうきダメじゃ」という台詞を吐く間もなかっただろう。

 龍馬は北辰一刀流の免許皆伝というのが歴史的に語られているが、事実は北辰一刀流の「長刀」の使い手、つまりは「薙刀」の名手で剣術ではない。

 西洋流砲術も学びはしたが、実際には剣の腕前はそれほどではなかったというのが真実だろうと愚生は思っている。

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 画像の龍馬の拳銃を懐に仕舞って立つ姿は、刀がだらしなく下げられて如何にも弱そうで、どうみても剣の達人には見えない。

「寺田屋事件」でも龍馬は短銃で応戦はしたが、弾丸が切れたにも拘らず刀で応戦せず、不様に短銃を振り回して、両手に数か所の深手を負った。こうしたことをしても北辰一刀流剣術免許皆伝の応対とは思えはない。

 寺田屋事件での傷を癒す為に妻のお龍さんと共に薩摩の温泉に行くのだが、歴史的にはこれが新婚旅行の最初とされている。

 だが、これもまた根拠の無いもので、薩摩の家老・小松帯刀がそれより十年早く、霧島へ新婚旅行へ行ってるそうだ。

 歴史が物語として語られる時、必ずしもその人物の真実を伝えているとは限らない。書き手や読み方一つでその生き様も変わってしまうものだ。坂本龍馬が歴史教科書から消えるというが何となく分かる気がする。

 暗殺の謎が謎を生み、て薩長連合の立役者と持て囃され、そして歪曲され、また想像されて龍馬のカリスマ性と偶像が誇張されていった。そんな龍馬とは何者なのかといえば単に武器商人に他ならない。

 龍馬から学ぶものがあるとすれば、幕閣とも勤王の志士とも通じ、薩長連合の仕掛け人足り得たのは説得の技術、つまりは言葉がずば抜けていたことだ。

 大衆の心を引き付けるのは「言葉」を以て他に無い。龍馬は正に「言葉の達人」だった。更にもう一つは、彼が「歩く人」だったことだ。交通の不便だった時代に、龍馬は実に驚くほどの距離を行き来している。

 多くの人と顔を突き合わせ話し合う。こうした出会いと邂逅こそが自己確立に繋がり、延いては混濁した時代をも変える原動力ともなる。

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2018年11月14日

一回しか行かないで味の良し悪しや一回しかやらないで女性との相性を判断するべきではない(笑)

 昨日、食べ歩きの件で「一回しか行かないで味の良し悪しを判断するべきではない」ということを書いた。これは女性との付き合い方でも言えることで、一回しかやらないで相手との相性なんて分かる訳がない(笑)

 格式のある茶屋とか銀座の高級クラブというのは「一見(いちげん)さんお断り」。つまり、初めての客は常連と一緒か紹介がないと入れない。馴染みの芸者や担当のホステスを持つというのは一流を目指すなら必要不可欠なことでもある。

 その昔は吉原で花魁と一席を持つとなれば「初回」は飲んで遊ぶだけ。二度目の「裏返し」も同じく、気風良く飲んで楽しむだけ。そして三度目からは「馴染み」となり「今夜は泊って行ってくんなまし」となる(笑)

 芸者には「自前」といって「看板」(営業権)を持って独立している妓と「抱っ子」と呼ばれる使用人の妓がいる。東京では「芸者」、関西では「芸子(げいこ)」。「芸妓(げいぎ)」は明治以降の法令文書等に使われていた言葉だ。

「半玉(はんぎょく)」とは芸子(芸妓)の見習いで修行段階の者を指し、東京や関東地域での年少芸妓の呼称。京都では「舞妓(まいこ)」と呼ぶ。

「お座つき(おざつき)」「お座敷をつける」とは宴席に入っている芸者衆が、お座敷の途中で披露する季節の踊りや小唄振りなどの踊りのこと。で、演目の予約を受けて特別に見せる出し物は「余興」と言われる。

 芸者が寝泊まりしている家を「芸者屋」といい、芸者が寝泊まりしないで籍だけを置いて通って来る店を「置屋(おきや)」と呼ぶ。

 京都などの確りした土地には「見番(けんばん)」という組合事務所が在り、芸者も出先きも、その進退や「玉代」の精算などはこの見番を通す仕組みになっていて、芸者が出先きでトラブルがあると「籍止め」される。

「玉代(ぎょくだい)」とは芸者を呼ぶのにかかる料金で「花代(はなだい)」ともいう。 江戸時代に「線香何本分」と、線香の燃える時間を目安にした名残から今でも「線香代」と言うこともある様だ。

「出」の着物というのは芸者の正装で、裾を引いてるものがそうだ。その裾を広げて上に載せての性行為が「孔雀の舞い」といい、帯を締めたまま行為に及ぶのが「コブ巻き」というらしく、茶屋遊びには色々な隠語がある。

 座敷で直ぐに転ぶ(寝る)芸者は「不見転(みずてん)芸者」といって、良い玉ではないと言われている。銀座でも「特攻隊」などと呼ばれているホステスがいるが、まぁ愚生的にはそういうホステスは嫌いじゃない(笑)

「お茶っ挽(ぴ)き」とはよく飲み屋で聞くが、暇な時には芸者がよくお茶の葉を臼で挽かされたことが語源で「暇な事」を意味する。

「幇間(ほうかん)」とは宴席で主や客の機嫌を取り、自ら芸を見せ、更に芸者(半玉、舞妓)を助けて場を盛り上げる専門職。所謂、太鼓持ちのこと。まあ、政治の世界で言うと取分け安倍晋三はトランプ大統領の太鼓持ちだわな(笑)

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2018年11月09日

自分の子供も他人の子供もどんな子もみんな日本の大事な子

 愚生の場合、この政治批評を始めブログを4つ綴ってるが、その中の食べ歩きブログに人格を否定する様な腐したコメントが寄せられた。

 日本語の解釈が出来ない馬鹿なのか、ブログを炎上させたいのか。メールアドレスを記してるのだからメールをくれりゃ好いのにそんな肝魂はない。

 要は、匿名だからやってるだけでそんな便所の落書きに一喜一憂してる暇もない。ってか、実名だとバレるから知ってるヤツだったりして(笑)

 人への批判というのは、往往にして嫉妬から出てることが多く、身近な者が出世したり、優れていればヤキモチを焼くのは人間の性というものだろう。見方を変えれば、批判や嫉妬というものは実力を認めてる裏返しでもある(笑)

 閑話休題。タレントの熊田曜子が子供3人を連れて墨田区の児童館を訪れた際に、施設の係員から「大人1人につき子供は2人まで」として断られたという経緯をブログに綴ったところ賛否両論渦巻きブログが炎上してるという。

 反対の意見を見ると「安全面を考えると一理ある」と施設の対応に理解を示すのが多いが、タレントの坂上忍に至っては「施設の名前を出す必要はない」と熊田の対応を批判している。本末転倒とはこのことで、こんなのが常識派ぶって偉そうに司会なんぞしてることに嫌悪感を覚えるのは愚生だけではあるまい。

「安全面を考慮しているから」というが、就学前の子供がその「すくすくルーム」で遊んでいたとしてそれほどの危険のある遊び場だとは思えないのだが。

 監視員もいるし、熊田本人は4ヶ月の乳幼児が施設で遊びまわる訳でもなし、本人も「抱っこする」と申し出ている訳だし、長男が下の子の面倒を見れる年だし、杓子定規に「ダメ」「規則だから」というのは如何にも御役所仕事らしい。

 大体、怪我を心配するのは役人の責任を問われた場合のことを考えてのことだろうが、子供というのは遊びにしても何にしても失敗して学ぶことの方が多く、親も周りも過保護過ぎては情操教育の上でもマイナス面が大きい。

 昭和時代、子供というのは親が忙しいということもあって子供同士で遊び、時にはケンカをし、走って転んでは膝を擦り剥き、ぶつけて頭から血を流そうとも別にそれはそれで楽しかったし、親も別に怪我をしようが御構い無しだった。かといって放任主義や親の責任を放棄していた訳でもない。

 小学校2年の時、近所の友達と遊んでたら、いきなり「チャンバラごっこ」だといって振り向き様に丸太ん棒で顔面を殴られた。友達は恐らく丸太を持って振りかぶったが重くて止められなかったのだろう。瞼の上が割れて大出血。家に帰ると親は相手を責める訳でもなし、赤チン塗って終わり(笑)

 翌日、その血だらけの膨れ上がった顔で学校に行ったら友達よりも先生が驚いてたっけ。今でも左瞼の上にはその時の傷がある。

 今は何やかんやと責任論ばかりが強過ぎて行動するのも何をするのでも大人の顔色を窺って委縮してしまってる。未だ起こりもしない危険な行動を気にし過ぎていては子供が大らかに育つことはないだろう。

 3人だろうが5人だろうが10人だろうが、子供らが一緒に遊ぶ光景を施設の係員だけじゃなく一緒にいる大人が皆で見守ってあげれば好いことだ。

 子供達は日本の宝だ。自分の子供も他人の子供も、大人達が優しい目で、そして時には厳しく、慈愛を持って育んでいかねばなりません。

 その昔、右翼現役時代「日教組撲滅」のビラを都内中や大会会場周辺に貼った。そのビラの一つに「どんな子も みんな日本の 大事な子!」というものがあった。今見ても中々センスが好いビラだと思う。呵々大笑。

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2018年11月05日

「女性宮家」創設を謀る反天皇派とそれに与するインチキ保守

 女性皇族が御成婚後も皇籍を保持したまま公的行事に参加させる為の「女性宮家」創設について、衆院本会議で野田佳彦前首相が、女性宮家の創設を急ぐ様に求めたのに対し、政府は結論を急がない方針を固めた。

 こうした判断に野党からは批判が続出している。日頃、天皇を軽々しく扱っている野党が女性宮家創設に躍起になっていることでも、如何に女性宮家論が胡散臭げで危険なものか分かるというものだろう。

 野田は、昨年6月に成立した「退位特例法」の付帯決議を念頭に質問していることでも、先の付帯決議が我が国體と皇統の歴史に汚点を遺すことになった。

 女性宮家創設に躍起な連中は「皇位を安定的に継承する為に」と如何にも皇統の危機的状況を慮っているが、皇位を安定的に継承させるなら、戦後、GHQにより強制的に臣籍硬化させられた旧皇族の皇籍復帰こそ検討すべきだろう。

 野田の女性宮家論というのは、その国家観は共産党が「皇室を守る」といってるソレと同じであり、こういうインチキ保守が国民を惑わす。

 こんなのが保守を自任してるのだから厭きれてしまうが、要は「皇位を安定的に」などというキレイゴトは、根底にある左翼思想を捨て切れない無自覚左翼であり、野党が共産党と共闘出来るのもその売国性が共通しているからである。

 抑々「女性宮家」論は「天皇制廃止運動」の枢要な柱として、昭和40年(1970年)代半ば頃に、共産主義者らが発案したもので、1932年に出されたソ連共産党から日本共産党への「命令書(コミュンテルンテーゼ)」の命令遂行である。

「男子皇族の数が少ないから」「皇位を安定的にする」との理由は付けたりに過ぎず、保守を自任するなら断固として反対せなばならない愚論である。

 男系男子に限定する皇位継承や宮家を「女性が天皇になれないのは可笑しい」だとか、「女性宮家がないのは女性差別」だと絶叫しているのは、天下の愚策でもある「男女共同参画社会」を成立させた名うてのキチガイ共だ。

「男女共同参画社会」は、その名の通り「共産(共参)社会」の実現であるが、「女性宮家」や「女系天皇」論は、その性的的変態共らが煽動している所謂「天皇制廃止運動」の一環であり、畢竟、それこそが日本解体工作である。

「女系天皇問題」が活発に論議されていた平成17年、女系天皇容認論に対して、故三笠宮寛仁親王殿下は、自らが会長を勤める福祉団体「柏朋会」の会報「ざ・とど」で「公なものではない私的な見解」と前置きした上で、女系天皇に明確に反対し旧皇族の皇籍復帰などを求めている。

 故寛仁親王殿下は「世界に類の見ない我が国固有の歴史と伝統を平成の御世でいとも簡単に変更して良いのか」と当時の女系天皇論を批判し、「万世一系、125代の天子様の皇統が貴重な理由は、神話の時代の初代神武天皇から連綿として一度の例外も無く、『男系』で続いて来ているという厳然たる事実」と主張した。

 その上で、男系継承を維持する為の方法として、皇室典範を改正して、歴史上の幾つかの方法論を提起している

1.臣下降下された皇籍離脱した旧皇族の皇籍復帰。

2.現在の女性皇族(内親王)に旧皇族(男系)から養子を取れる様にし、その方に皇位継承権を与える。(差当たり内廷皇族と直宮のみに留める)

3.元皇族に廃絶になった宮家(秩父宮・高松宮)の祭祀を継承して戴き、宮家を再興する。(将来の常陸宮家・三笠宮家もこの範疇に入る)

4・嘗ての様に「側室」を置くという手も有りますが、国内外共に今の世相からは少々難しいかと思うと述べられている。

 最後に殿下は、「陛下や皇太子様は、御自分達の家系の事ですから御自身で、発言される事はお出来になりませんから、民主主義の世であるならば、国民一人一人が、我が国を形成する『民草』の一員として、2665年(当時)歴史と伝統に対しきちんと意見を持ち発言をして戴かなければ、いつの日か、『天皇』はいらないという議論にまで発展するでしょう」と結んでいる。

 正に殿下の意見は隻眼を有するもので、国民はこれに倣うべきであろう。

 多くの国民は陛下の御公務の御負担を「女性宮家創設で軽減する」と思っているが、天皇が重んずべき「祭祀」の代行は名代として掌典長のみが許され、「国事行為」の代行は憲法第4条の第2項よる委任か摂政のみ可能であり、つまりは「公務」の代行は皇太子殿下しか成し得ない。

 要は、女性皇族は国事行為も公務も代行出来ることはなく、公務の御負担を「女性宮家創設で軽減する」という理屈は国民を誑かす詭弁であり、女性宮家論は皇統断絶を謀り祖国日本の解体を目論む反天皇運動並びに左翼革命運動である。

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2018年11月03日

「文化の日」は現憲法を絶対不可侵なものとする休日でしかない。

 本日11月3日は「文化の日」。「自由と平和を愛し、文化をすすめる」ことを趣旨として制定された記念日である。だがその実は、昭和21年同日、日本国憲法が公布された日であり、第二の「憲法記念日」と言うのが正しい。

 現在の日本国憲法は、表面上は新憲法(日本国憲法)の制定とはなってはいるが、建前上は大日本帝国憲法(欽定憲法)第七十三条の改正で日本人自身が制定したことになっている。第七十三条。」の条文は次の通り。」

「将来此ノ憲法ノ条項ヲ改正スル必要アルトキハ勅命ヲ以テ議案ヲ帝国議会ノ議ニ付スヘシ此ノ場合ニ於テ両議院ハ各々其ノ総員三分ノ二以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開クコトヲ得ス出席議員三分ノ二以上ノ多数ヲ得ルニ非サレハ改正ノ議決ヲ為スコトヲ得ス」

 昭和21年11月3日の帝国議会に於いて昭和天皇は次の様に下賜された。 

「朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる。御名御璽」

 これが示す通りであるが、当時、我が国は連合国の占領下に在り、当時の政府にしてみれば不本意ではあるが、米国の様々な条件を呑まざるを得なかったというのが真相であり、現憲法が米国からの押し付け憲法と言うのはこういうことだ。

 11月3日は、戦前には明治天皇の御生誕を祝い、明治大帝の御遺徳を偲び「明治節」であり、国民挙って奉祝した日である。敢えてこの11月3日に現憲法を公布させたということに米国の如何わしい意図が窺える。

 占領統治時代には多くの策謀が実行されている。例えば「東京裁判」でも、所謂「A級戦犯」28名が起訴されたのは同年4月29日の「天長節」で、当時の皇太子殿下の誕生日である12月23日に東条英機閣下以下7名の絞首刑が執行された。

 現憲法の発布を、明治天皇の誕生日という記念日を選んだという事実は、日本人に対し、贖罪意識を植え付ける為のものであることは言うを俟たない。

 こうした事実を知るだけでも、米英を始めとした連合国が如何に非情で無慈悲な、日本人矯正を実行したかが理解出来よう。

 教育勅語を下賜され、教育・文化を重んじた明治天皇の御遺徳を偲び、我が国の文化を奨めることが目的の「文化の日」ならいざ知らず、「自由と平和を愛し、文化をすすめる日」とは現憲法を絶対不可侵なものとしての強要である。

 現憲法前文には「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼し・・・」という記述があるが、「平和を愛する」という感情と、現実的に平和を守るというのは違う次元だ。今こそ戦後のあらゆる不条理を検証せねばならない。

 また、保守派や愛国団体の中には本日を「明治節」として、明治神宮を参拝し、明治天皇の御遺徳を啓蒙するという行動も見受けられる。

「明治節復活」は異論はないが、果して明治神宮がそれに相応しいかといえばそれもまた疑問である。明治神宮は周知の通り、国民の総意により、明治天皇と憲昭皇太后の御遺徳を偲び創建された神社である。

 平成16年、明治神宮は突如として神社本庁から離脱し一宗教法人となった。神社庁からの離脱の理由として、平成16年4月の陛下御親拝の案内状に「陛下」を「殿下」と誤記してしまった責任を取って離脱したとしている。

 然し乍ら、それは詭弁であり、見苦しい言い訳に過ぎず、その実は神社庁での主導権争いや確執の末の離脱というのが真相である。

 これ即ち、明治天皇と憲昭皇太后の御遺徳を偲ぶという本分を忘れ、神社を私物化し、営利至上主義に奔っている証左であり、こうした現状は正に憂慮すべき事態である。保守派並びに愛国団体は明治神宮のこうした姿勢も糺さねばならない。

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2018年11月02日

大君に 仕えまつれる 若人は 今も昔も 心変わらじ(山口二矢)

 11月2日は、日本社会党党首・浅沼稲次郎を刺殺した山口二矢の命日である。生きていれば75歳、麻生太郎財務相より3歳も若い。現在の右翼陣営の低迷を鑑みれば、山口烈士の様な指導者がいないことが悔やまれる。

 天皇国日本を盤石の安きに導く使命を有するのは右翼陣営であり、活動家らを導くカリスマ右翼指導者の出現を待望して止まない。

 二矢は、昭和十八年二月二十二日東京生まれ。二男で、二月二十二日生まれと「二」の字が続いたことから、父は「二矢(おとや)」と命名した。崇拝している人物はアドルフ・ヒットラー、児島高徳、西郷隆盛、山鹿素行、吉田松陰。

 昭和34年、二矢は憂国の念捨て難く、大日本愛国党に入党。だが赤尾総裁のパフォーマンス的愛国運動方針に疑義を感じ、翌年5月に同党先輩だった吉村法俊、中堂利夫らと愛国党を脱党。防共挺身隊総隊長の福田進を頼り、身を寄せる。

 福田は以前、防共挺身隊を率いながら大日本愛国党の城南支部長も兼任していたが、やはり「赤尾は完全な資本主義者だ」として袂を分かった活動家。

 後に、銀座の鳩居堂の2階に吉村、中堂らと「結成した全アジア反共青年連盟」の事務所を構える。団体の後見人として福田進が資金面などを支援した。

 因みに、浅沼稲次郎刺殺事件後は、吉村・中堂の二人は右翼を退き著述業に転身し、後に共に人気作家となり2時間ドラマの原作なども多数残した。

 同年10月12日、ニ矢は日比谷公会堂で演説中の浅沼稲次郎を刺殺、現行犯逮捕された。二矢が携行した檄文にはこう認めてあった。

「汝、浅沼稲次郎は日本赤化を謀っている。自分は、汝個人に恨みはないが、社会党の指導的立場にいる者としての責任と、訪中に際しての暴言と、国会乱入の直接の煽動者としての責任からして、汝を許しておくことは出来ない。此処に於て我、汝に対し天誅を下す。皇紀二千六百二十年十月十二日 山口二矢」

 逮捕された二矢は供述録取書にも素直に応じた。

「私の人生観は大義に生きることです。人間必ずや死というものが訪れるものであります。その時、富や権力を信義に恥ずるような方法で得たよりも、たとえ富や権力を得なくても、自己の信念に基づいて生きてきた人生である方が、より有意義であると信じています」

「浅沼委員長を倒すことは日本の為と堅く信じ殺害したのですから、行為については法に触れることではありますが今何も悔いる処はありません。しかし、浅沼委員長は最早故人となった人ですから生前の罪悪を追及する考えは毛頭なく、唯故人の冥福を祈る気持ちであります。又浅沼委員長の家族に対しては、如何なる父、夫であっても情愛に変わりなく、殺害されたことによって悲しい想いで生活をし迷惑を掛けたことは事実ですので、心から家族の方に申し訳ないと思っています」 

 供述調書を取り終えた11月2日未明、東京少年鑑別所の個室で、支給された歯磨き粉で壁に「七生報国 天皇陛下万才」と記し、従容として死に就いた。

《辞世》

【国の為 神州男子晴れやかに ほほえみ行かん 死出の旅路】
【大君に 仕えまつれる 若人は 今も昔も 心変わらじ】
【千早ぶる 神の御世代とこしえに 仕えまつらん 大和男子は】
【国の為 たふれし人ぞあるこそを 今の若人 育ち来らん】
【しきしまの 大和男子と生まれなば 進まん道ぞ 一ツなりける】

 テロ行為を否定するが、若し、二矢が警鐘を鳴らさねば日本社会党の勢いは止むことなく、多くの国民が浅沼らの美辞麗句に騙され、社会主義の犠牲者になってただろう。今や日本社会党は消え去り、残党である社民党も風前の灯火。

 この現実こそが、二矢の憂国の至情が間違いで無かったことの証でもある。

 旧来の思想や社会構造を打破しようとする時には常軌を逸した行動が生まれる。この行動こそが正に正気の狂気である。すめらみこといやさか。

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2018年11月01日

「韓国徴用工訴訟」で韓国最高裁が新日鉄住金に賠償命令

 韓国最高裁は植民地時代に元徴用工が強制労働させられたとして、新日鉄住金(旧日本製鉄)に対し4億ウオンの支払いを命じる判決を下した。

「日本軍に連れ去られ従軍慰安婦にされた朝鮮人女性」に続いて「強制連された朝鮮人徴用工」が新たなタカリのキーワードとして使われだろう。

 以前、元朝鮮女子勤労挺身隊に訴えられた不二越は和解金を支払った。更には三菱重工業でも厚生年金の脱退手当金を支払った。要は、こういう事勿れ主義的温情措置が仇となったといえる訳で、今後は更に同様の判決が下されるだろう。

 既に73年以上が過ぎ、1965年には日韓請求権協定を締結し解決済みの問題を蒸し返す国が文明国家だと言えるのだろうか。尤も、国際的に忌み嫌われる事後法が当たり前の韓国に国際的常識を求めるのは犬に言葉を喋らせる様なものだ。

 日本に因る統治時代を「悪逆非道の日帝36年」と決め付ける韓国の主張の根源は、日本統治時代、海外に逃亡し反日運動をしていた活動家であり、米国の傀儡で初代韓国大統領に就いた李承晩の「反日」政策が大きく影響している。

 李承晩は、韓国国民を纏めようと「反共」「反日」政策を徹底し、これを「国是」とした。こうした一部の少数派が創り上げた歴史を未だに信じているのだが、韓国も我が国の珍左翼と同じく米国の術中に嵌っているだけ。

 韓国を併合するに至る歴史はペリーの来航に始まる近隣アジア情勢などアジアの近代史を知る必要があろう。我が国の先人達は世界の流暢を敏感に感じ取り、明治維新を成し遂げ、欧米に対抗すべく近代国家を目指すこととなった。

 その後に起こった日清戦争。我が国が勝利すると空き地となった清の領土が蚕食されていく。ロシアが南下政策を採ると朝鮮半島の併呑を企む。だが、韓国は目覚めることはなく、我が国が立ち上が他なく、ロシアとの一戦にも勝利した。

 当時、韓国独自での巨大軍事国家であるロシアを近隣から排除するなど到底不可能で、況してや近代国家建設の道は日本の助力なしでは在り得ず、寧ろ、日本による韓国保護の必要性を認め、日本と一体となった上で民族の自立発展の道を模索しようとした「日韓合邦派」の主張こそが現実的だった。

 無論、その合邦派も最後は韓国併合の現実に一切沈黙せざるを得なかったのだ。この悲劇の現実こそが、日韓関係の日韓関係たる所以なのである。にも拘らず、韓国は「過去史整理基本法」や「親日分子取締法」なる事後法を成立させ、日韓合法派などの親日派を糾弾し、財産を没収、国賊として汚名を着せ続けている。

 事後法は文明の原則である、法の「不遡及の原則」に反しており、まともな国際社会では許されるものではない。「親日派・反民族分子」と断罪されている方々こそ韓国の将来を憂いて戦った真の愛国者だったのだ。

 韓国人は、事大思想から物事を冷静に判断出来ない。「韓国併合」もまた西洋列強の植民地支配とは違うとホザく。要するに西洋の植民地支配は先進国が後進国を支配したのであって「韓国併合」は後進国の日本が、先進国の韓国を支配したのであって、ナチスドイツのフランス侵略と同じだという発想なのだ(苦笑)

「徴用」も強制連行ではない。「国民徴用令」は昭和13年の「国家総動員法」に拠るもので、翌年7月に実施された。朝鮮への適用は差し控え、戦中、日本本土では中高年、婦人、学生に至るまで工場他に動員され生産に従事した。

 朝鮮人徴用労務者が対象になったのは昭和19年9月で、奉仕期間は翌年3月の下関~釜山間の運航が止るまでの僅か7ヶ月間しかない。今回の当事者も当時は20歳そこそこの若者で、被害者ぶってるが単なる勤労奉仕者に過ぎない。

「徴用例」は、日本人、朝鮮人、台湾人が一律に負っていた労務提供の国民的な義務であり、韓国併合に因って多大な恩恵を受けていた朝鮮人も当時は日本国民であった以上、国の法律に協力する義務があったことは言う迄もない。 

 今回の判決を受け、安倍首相は「あり得ない判決だ」と憤然と批判し、河野外相も「極めて遺憾。断じて受け入れられない」と韓国駐日大使に抗議したが、韓国人の事大思想と妄想と被害者意識にはホトホト呆れるばかり。

 戦ってもいない中共や韓国と平和条約や善隣友好条約を結んでいるというのは嗤うしかないが、その締結した平和条約には、「両締結国は善隣友好の精神に基づき且つ平和及び互恵並びに内政に対する相互不干渉の原則に従い両国民の交流促進のため努力する」と踏襲されている。

 また「近隣諸国条項」は国際法でも正式な法令でもない。優先すべきは「近隣諸国条項」よりも「平和条約」であり、韓国や中共には平和条約に違反しているということを認識させるべきだが不可能。ならば、相手国の国際条約の不履行を理由に国交を断絶すればやっと気付くかもよ。呵々大笑。

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2018年10月30日

「教育勅語」を奉読し日本人としての自覚を再確認しよう!

 明治23(1890)年10月30日、畏くも明治天皇は我が国の教育の指針とするべく、山縣有朋内閣総理大臣並びに芳川顕正文部大臣に対し「教育ニ関スル勅語」下賜し、我が国教育の指導原理となる教育勅語が渙発された。

 然し、大東亜戦争で敗戦後、占領下だった1948年(昭和23年)6月19日に国会の決議により教育勅語は廃止され、GHQに因り内務省所轄だった教育の在り方が抜本的に改革され「教育委員会」制度が導入された。

 教育委員会制度は、抑々、米国がその占領政策の一環として導入したものであり、現今の教育の荒廃、教育制度の在り方を見れば戦後の教育が間違っていたのは明らかで、教育委員会は即時廃止するのが日本教育再生の道である。

 米国は「戦前の日本の軍国主義が日本の中央集権的教育制度を齎し、それが結果戦争に繋がった」と結論付けているが、詭弁以外の何ものでもない。

 こうした愚にも付かない理由から、我が国の学校教育を内務省の中央集権的統制から解き放ち、その管理を地域住民の代表により構成される合議制の「教育委員会」の下に置こうと画策し、それらの実行を謀った。

「教育委員会」のモデルとなったものが、米国の教育委員会制度である。これは米国の開拓時代の占領統治の思惑から生まれたもので、日本の統治も同様に、占領によって米国の意のままに置こうというのが狙いであったのだ。

 我が国の歴史・伝統・文化を否定し、国旗・国歌反対を叫び、皇室と国體破壊を目指す日教組や全教は国内最大の癌であるが、戦後の教育荒廃の元凶こそが米国の意のままに民主教育行政を司った教育委員会であり文科省である。

 米国が実行した「戦後民主主義教育」は米国側の思惑以上に大きな成果を齎し続けている。戦後教育の誤りを見直さない限り教育の正常化はない。

 安倍は前政権時代「教育基本法」の改正を行い、米国時代の悪しき教育制度からの脱却を目指した。このこと自体は間違ってはいないが、ならばその教育改革の総仕上げとして教育委員会制度の廃止を急ぐべきであろう。

 旧態依然の我が国の教育制度を文科省に一任しところで仲間同士を庇い合って頓挫するのは目に見えている。文科省も教育委員会も日教組も全教も言うなれば一蓮托生であり、教育荒廃の腐った肥溜めなのだ。

 占領時代の陋習である教育委員会制度の廃止なくして教育改革はあり得ず、占領下に廃止された「教育勅語」を復活し教育の指針と成し教育の再生を図ることは、我が国の教育を正し日本民族の精神を取り戻す上でも重要なことだ。

 教育勅語には次の12の徳目が記されている。

 1.親に孝養を尽くしましょう(孝行)
 2.兄弟・姉妹は仲良くしましょう(友愛)
 3.夫婦はいつも仲睦まじくしましょう(夫婦の和)
 4.友だちはお互いに信じ合って付き合いましょう(朋友の信)
 5.自分の言動を慎みましょう(謙遜)
 6.広く全ての人に愛の手を差し伸べましょう(博愛)
 7.勉学に励み職業を身に付けましょう(修業習学)
 8.知識を養い才能を伸ばしましょう(知能啓発)
 9.人格の向上に努めましょう(徳器成就)
 10.広く世の人々や社会の為になる仕事に励みましょう(公益世務)
 11.法律や規則を守り社会の秩序に従いましょう(遵法)
 12.正しい勇気をもって国の為に真心を尽くしましょう(義勇)

 教育勅語を諳んじられたところで意味は無い。道徳教育で大事なものは幼年期の「躾」であり、道徳というものを概念的や論理的に捉えようとするのではなく、学んだことを如何に実践するか、如何に行動で表せるかが大事である。

 信仰や宗教でもそうだが「道」というものは日常の実践であり、特別に意識するのではなく、日常を過ごしながら身に付き、行動に現れてくるものなのだ。

 道徳教育の根本は、明治天皇の恩徳により渙発された「教育勅語」に示されている通り、日本人としての「忠孝の道」を確立することに在る。

 拙ブログの冒頭には、昭和天皇に論語の漢籍の進講をされたこともある戦前の日本を代表する倫理哲学者・哲学者・西晋一郎の次の言葉を記している。

「我が民族の将来と国家の前途を思うは人間の最も真剣なる感情であり、君国に忠、親に孝なるは最も現実なる道徳である。之を離れては人類愛も世界的正義も空想に過ぎない」

 要するに「君国に忠、親に孝」これを離れては、人類愛も平和主義も憲法論議も空理空論どころか、空想に過ぎないということだ。

 我が国は、2778年以上の歴史が続く君主国家であり、そして神武肇国の理念は「八紘を掩(おおいて)一宇と成す」という家族国家の形成に在る。

 日本を再生するということは日本が欧米の様な国になることではない。日本再生とはその原点である日本の背骨を取り戻すということである。

 その背骨とは何かといえば、日本人として生きて行く上で大切なものは国への忠誠心と親への孝養であり「君国に忠、親に孝」ということに尽きる。

 つまり、我が国は天皇を戴き(君)、全ての日本人が、陛下の下に一つの家族となって(忠)、先祖代々続く日本人としての血統を重んじ(親)、父祖に恥じない生き方を実現する(孝)、ということである。

 本日10月30日の教育勅語渙発の日に当たり、教育勅語を声高らかに奉読し、日本人としての自覚を再確認しようではないか。

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2018年10月29日

ZOZOTOWN前沢友作社長の御気楽なツイートを嗤う

 ZOZOTOWN前沢友作社長が、インチキジャーナリストの安田純平を庇い、過激派組織からの身代金要求に応じなかった日本政府の対応に疑問を呈したことで、ネット上では賛否両論というか、政治家まで巻き込んだ論争になっている。

 ZOZOTOWN前沢といえばタレントの剛力彩芽との交際が発覚し話題となったが、批判や悪口というのは大方ジェラシーからのものが多く、剛力との交際への嫉妬も含んでいるのではあるまいか(笑)

 前沢は「2015年1月の後藤さんと湯川さん、2004年10月の香田さん、三人共助からなかった。何れも身代金要求に日本政府は応じなかった。人命より、テロとは交渉しないという姿勢を優先した。人命<姿勢???」と疑問を投げかけた。

 湯川遥菜が殺害された際、多くはテロリストらの殺害行為を批判していたが、小沢一郎に至っては「彼らの敵を援助するなら、日本が敵だと思われても仕方ない」と、米国に追随する日本政府を批判していたのは記憶に新しい。

 小沢は「安倍、お前が殺したのだ」とのテロリストからのメッセージを鵜呑みにして、政府批判とは実に軽々しく、そういう意味では前沢も同列。

 公開処刑に「可哀想だ」とか「気の毒だ」という様な声も聞いたが、出国前「何があっても私の責任」とその覚悟を示していたジャーナリスト。冷たい言い方かもしれないが、愚生は可哀想とも気の毒とも思わない。

 これは、ジャーナリストとしての自分の夢を果そうとした結果であり、可哀想などと言うのはそれこそ可哀想だ。正に「男子の本懐」、これに尽きる。

 怠惰な生活に溺れ、まやかしの平和の中で「自己責任」「自業自得」などとか断じてる輩よりも立派だ。そうした必死の行動をネット上で騒ぎ立てるのは、ジャーナリストとしての命懸けの行為を冒涜している様にも感じる。

 だが、今回の安田純平の場合はどうなのか。前沢は過激派組織からの身代金要求に応じなかった日本政府の対応に疑問を投げかけているが、当のヌスラ戦線(HTS)は「ジャーナリストの解放は報道で知った」と関与を否定している。

 3年以上も拘束され厳しい環境に晒されていたというが、帰国の機内でビールを飲み、自宅では普通に食事を取った。検査入院でも異常は無く、髭を蓄えてはいるが肌艶は好く、歯もよく磨いていた様だし、ホント嗤うしかない(苦笑)

 前沢は政治家との論争に「もう一度伺います。テロを無くすにはどうしたらいいですか?」と投げかけているが、こういうことを真顔で聞くこと自体が己の幼稚な正義感の顕れであって、意見が隔絶していることさえ気付いていない。

 イスラム過激派は「聖戦」などと大義を掲げるが、一般人を犠牲にする無差別テロに神聖な目的も神を語る資格も無い。八百万の神を信じ仏を尊ぶ日本人には理解し難いものだが、一神教を信じる国々の不幸はこれが元凶でもある。

 米国やイスラム過激派と対峙する国々がテロの恐怖に曝されている。米国が「世界の警察」を気取り、勝手な正義を押付け、我が物顔で世界を伸し歩く傲慢不遜な態度を改めない限りテロは治まることはない。米国に追随する国も然り。

 今や米国の自己中心的不正非道に苦しむ非西洋諸国の多くが唯一最大の外敵、脅威と考えている。米国自身が「無法者の超大国」だと気付く事は無く、テロ根絶の名の下に更なる弾圧が続けば、テロの連鎖は果てしなく続くだろう。

 テロで片付けるのは容易い。戦争は国際法で認められてるが国家を持たない組織はテロでしか戦う術はない。つまりテロとは「現代戦争」でもあるのだ。

 テロの根絶を実現するには圧政に呻吟する民族の解放と独立させる以外にない。畢竟、それは政治体制の崩壊を意味し、米国然り、中共やロシア然り、中近東然り、それはテロの根絶以上に不可能であり、つまりテロが無くなることはない。

 我が国もテロ根絶を願うのなら米国依存の体制からの脱却を図らねばならないがそれもまた困難を極める。政治体制、宗教、領土紛争や利権などが複雑に絡み、目まぐるしく変化する国際情勢の中で、テロは無くなることは絶対にない。

 我が国がやるべきは情報収集を的確に行い、テロが何時でも何処でも起こり得るということを想定し、万全の対策を講じることこそ大事だ。

 要は、前沢のいう「テロを無くすにはどうしたらいいですか?」という言い掛かりは、前沢が剛力彩芽と別れるよりも難しい。呵々大笑。

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2018年10月27日

「福島知事選挙」の候補者掲示板には内堀と共産党員の二人のポスターだけ

 福島知事選挙は明日投票日を迎える。選挙戦で忙しそうなのは内堀候補を支持して論功行賞を狙う自民党議員や関係者と共産党員候補を応援してる人くらいなもので、県民の多くは興覚め、今回も投票率が上がることはないだろう。

 投票率を上げたいなら選管も少し考えたら如何か。例えば画像の候補者のポスター掲示板だが、県内の何処に行っても貼ってあるのは内堀と共産党の候補者だけのポスターだけで、出馬してる他の二人のポスターを見ることは無い。

 県内全域の選挙掲示板に内堀と共産党の二人しか貼られてないのは組織力というより、選挙の公平さが失われている様にも感じる。

 よくよく見れば、共産党の候補者は「無所属」となっており、一見すると共産党員には見えない。「情熱の40代」なんてのを見て騙される山村に住んでる年寄りなんて騙されるかもな。共産党というのはホント狡い(苦笑)

 その昔は、ポスター代も選挙カーも出馬する候補者が自費で作ってたが、今は供託金さえ積めば選挙カーのレンタル代やらポスター代、文書交通費、光熱費やその他諸諸の経費は役所が賄う。つまり税金が投入されているのだ。

 ポスター代に税金を投入するなら、候補者の公平を期す為にポスターを貼る作業も掲示板を設置した業者に依頼しても好い様なものだろう。

 占領下だった昭和25年に「公職選挙法」が制定され、それまでの25歳以上の男性のみの投票資格から20歳以上の女性にも選挙権が与えられることとなった。平成27年の公職選挙法改正で18歳以上の男女が投票出来る様になった。

 GHQの男女平等主義から戦後の公職選挙法は誕生したが、男女同権は兎も角としても、明治時代には規定されてた納税額は必要なことだと思う。況してや高校生に選挙権は要らない、18歳以上の働いてる男女に与えるべきだと思う。

 愚生の場合、酒税は一般人より支払ってるが所得税や市県民税は支払ってはいない。そんな無職の右翼風情に選挙権を与える必要も無し(笑)

 公職選挙法が改正されてはいるが、政党交付金にしても有権者である国民の為ではなく議員や候補者が優遇されて行くというのは如何なものか。

 インターネットでの選挙活動が解禁され、ビラ配布も容認された。だが、何故か電子メール送信禁止事項があるなど、選挙での規制は御役所仕事そのもの。

 いい加減、昭和25年制定の公職選挙法に則った地区対抗戦の様な意味の無い選挙カーでの選挙を見直して、候補者が一緒に行動し各地区の公民館や体育館などで立会演説会をすれば好いと思うが、何故か昔のスタイルに拘る。

 選挙というのはカネがかかるというが、それは選挙事務所を作り各地の後援会や選挙対策に伴う組織作りにカネと時間がかかるだけで、そういう昔の選挙運動が結果、論功行賞やら選挙後の利権の温床となって行くのだ。

 佐藤栄佐久時代が好い例だろう。事務所では実弟の佑二や自民党幹部が幅を利かせ裏では栄佐久の盟友で大日本愛国党福島県本部相談役の肩書を持つ辻正雄がゼネコンや業者を呼び付け、結果、福島県知事汚職が発覚することとなった。

 祐二やクラブタクシーの高橋良和や西部開発の丹治徹らは、選挙の手伝いに来た女性を誑かし愛人に。高橋は自然消滅するも祐二と丹治徹は愛人を孕ませ、祐二は糟糠の妻と別れるも徹はそのままズルズルと逢瀬を重ねた。

 福島県知事汚職事件で祐二が水谷建設に無心したのも、建前上は従業員の退職金などと語ってたが実際は妻への慰謝料の捻出。徹は妻と離婚せずにいたが妻が亡くなり、愈々愛人と一緒になるのかと思いきやボケが進みそれどころではない。

 因みに栄佐久も痴呆だというが、最高裁で有罪が確定しながら血税である退職金もネコババしたまま。これもボケの成せる業か(苦笑)

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