2020年11月26日

憲法改正や九条第三項の加憲は究極の護憲運動である

 昭和45(1970)年11月25日、三島由紀夫は楯の会メンバーの森田必勝、小賀正義、小川正洋、古賀浩靖の4名と共に市谷駐屯地総監室に籠城し、憲法改正の必要性を訴え、森田と共に壮絶な割腹自殺を遂げてから半世紀が経った。

 改めて現憲法の矛盾性と不当性に気付いた多くの国民は、安全保障の観点から憲法改正の必要性を感じている。だが、三島が訴えたかったのは、皇軍であるべき自衛隊の存在を否定する憲法改正の訴えは単なる手段に過ぎない。

 三島が真に訴えたかったのは、現憲法の矛盾の象徴である自衛隊の存在に喩えてはいるが、日本人を骨抜きにしてしまった元凶でもある現憲法に対峙し、矛盾だらけのクソ憲法を破毀することこそが主眼であったと確信する。

 安倍改憲論は第九条へ第三項を加える加憲であり、つまりは現憲法を認めているということ。売文を生業とする営業保守派もコレと同じ認識で、国體よりも尖閣諸島の主権を主張し領土防衛の為の自衛隊強化の為に九条を改を訴える。

 自らの国家の防衛をも否定する矛盾だらけの現憲法を何故に認めるのだろう。違憲状態の自衛隊を「国軍」とすることに異議は無い。だが、現憲法は国家の基本法としては最早機能していない。何故に一部の改正で済ませ様とするのか。

 現在の自民党を始めとした取り敢えず改憲派らに、三島の渾身からの叫びが聞こえているとは到底思えない。現在の改憲論は現憲法護持と同じこと。我が国の正統な国法である大日本帝国憲法(欽定憲法)の復元改正を目指すべきだ。

「国防とは、それが滅びれば日本ではなくなることを死守することである」との三島は訓えた。国防とは、領土主権以上に国體を護持し、皇統を死守することであるならば、改憲ではなく大日本帝国憲法復元改正こそ採るべき道である。

 SNSでは、昨日の日中外相会談での茂木外相の対応を批判し、尖閣への主権侵害を強く抗議しろと騒がれてるが、茂木の媚中派ぶりと売国性は今に始まったことではない。加えて親中派の二階幹事長の後ろ盾だもの強く抗議するとは思えない。

 日中外交は弱腰と軟弱ぶりは、田中角栄が元凶であり、田中が発した日中国交条約締結での歴史認識を改めない限り、こうした弱腰軟弱外交は続くだろう。

 つ~か、尖閣問題や新型コロナ発症に対する問題があり、香港やウイグルへの人権問題に抗議の声が上がってる中で何で呼んだんだ。会談するなら尖閣問題に対する我が国の正当性と周庭の不当拘束を抗議しなきゃ世界から笑われるだけだ。

 力(国防力)の無い外交に意味は無い。営業保守派や自称愛国者らが茂木を批判するのは結構だが、茂木が王毅外相に宣戦布告ではないが、強気で主権侵害を抗議した結果、尖閣で日中衝突となったならそれを支持するのか。

 自衛隊員が殉死した場合に、その慰霊は市ヶ谷駐屯地の儘で好いとは思えない。殉職者を靖國神社に祀られない対応をどう思っているのか。尖閣問題というのは単に領土主権だけではなく多くの問題が山積していることを自覚するべき。

 中共が国連総会に於いて「敗戦国(日本)が戦勝国の領土(沖縄・尖閣列島)を占領しようとしている」と発言したのを覚えているだろうか。この主張は、国連憲章第53条並びに第107条の「旧敵国条項」を念頭にした発言である。

 国連憲章の敵国条項とは「連合国の敵国であった日本などが再び侵略行為を行った場合、他の国は安保理の承認なしに武力行使出来る」と規定されている。つまり、未だ我が国は、国連(戦勝国)からすれば「敵国」の儘なのだ。

 王毅外相が尖閣諸島を「我が国の主権」と発言したことに異を唱えるのは簡単だが、敵国条項が存在する限り、常任理事国である中共が「侵略」と看做せば一方的に排除出来るということ。それを承知で戦争する覚悟は在るや無しや。

 尖閣での日中衝突となれば日本が敗れると予想する評論家は多いが愚生はそうは思わない。軍事力では中共が圧倒するが、自衛隊の能力も士気の高さは世界のトップレベルであり、短期決戦の戦いでは自衛隊が地の利を生かして戦うだろう。

 自衛隊が一時的にでも中共軍を追い払うことが出来なかったとしても、平和ボケしてる国民が領土主権の重要性に目覚め、憲法論や国防力を見直す契機にもなるだろうし、何より我が国がまとまな国家となる好機であり、願ったり叶ったりだ。

 中共の場合はそうはいかない。紛争での失態は、習近平体制の威厳を失墜させ、周辺国への恫喝も通じず、巨大な軍事力を背景に弾圧されてる国々は独立に向けて自信を深める結果になり、共産主義一党独裁体制を崩壊する危険を孕んでいる。

 戦争というのは外交手段の一つであり、国際法で認められている正当な行為。要は、主張が認められないのならば「戦争も辞さない」という覚悟が大事ということだ。 近隣アジアの緊迫と国際情勢の変化は真の独立を果たす契機でもある。

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2020年11月25日

「皇女制度の創設」はカタチを変えた「女性宮家論」である

 地元紙の一面と社会面に「皇女制度の創設検討」「皇室活動維持への窮余策」とのタイトルが躍る。要は、皇女制度の創設に拠って国賓・公賓への接遇や会食などの御公務を皇籍離脱後にも関わらせようという都合の好い政治利用に他ならない。

「皇女制度の創設」はカタチを変えた「女性宮家論」であり、皇籍離脱させられた旧宮家の方々の皇籍復帰論を絶つ反天皇勢力に拠る策謀というのが正しい。

「皇女創設」をしてまで皇室活動をやらせようとは本末転倒である。宮家の本分とは皇室活動ではなく祭祀を継承して戴くということにある。現憲法下での御公務や皇室活動は、憲法や政府の傀儡としての強要と言うのが正しい。

 天皇とは英国やスペインの様な「王室」や「国王」の存在だと思っている人も多いが、分かり易く言えば日本固有の信仰である神道を伝え導く神主(神官)の最高の地位者であり、ローマ法王などと同じく祈りを重んずる「祭主」である。

「女性宮家」では天皇の重んじる祭祀が叶わない。神に仕える神事を執り行うことが憚れるのだ。別に女性差別ではなく、これが伝統というものなのだ。女性皇族が行えるのは国賓・公賓への接遇や会食とイベントに華を添えることくらいなもの。

「女性宮家論」や「皇女制度」は、天皇の在り方や宮家の本分を理解することなく、皇族を単なる国事行為をする便利な存在としか思っていないから語れるのだ。

 皇女制度は都合の好い皇室利用である。皇族の本分でもある祭祀を継承するには旧皇族の復帰を図ることが重要。廃絶になった秩父宮・高松宮、女性皇族しかいない常陸宮と三笠宮の祭祀を旧宮家を再興し継承することこそ肝要となる。

 旧宮家の方々が皇籍復帰して頂くことで、国賓・公賓への接遇や、晩餐会での会食などの皇室活動はクリア出来るのに、敢えて皇女制度創設とは実に胡散臭い。

 皇統断絶を謀る反天皇勢力は次から次と策を謀り、マヌケな保守派がコレらに迎合する。何なんだ、地元紙に載ってる保守派の所功や百地章のコメントは(苦笑)

 我が母校・国士舘大学の特任教授である百地は「皇女制度は天皇陛下の公務負担の軽減が目的であり、皇族数減少に対する有効な選択肢だ」と応えているが、正に「陛下の負担軽減の一環」として退位法案が可決されたのと同じではないか。

「女性宮家論」と同じく「皇女制度」を創設すれば、天皇の国事行為や公的行事の御負担が軽減されるなどという意見は国民を誑かすまやかしである。

 悲しい哉、多くの国民は陛下の御公務の御負担を女性宮家や皇女創設で軽減されると思っているが、天皇が重んずべき「祭祀」の代行は、名代として掌典長のみが許され、国事行為の代行は憲法第四条の第二項よる委任か摂政のみが可能である。

「摂政」を置くにしても皇室典範と憲法に基づかねばならず、女性宮家を創設し国事行為を担わせるのならば憲法第四条を改正しなければならない。

 皇女制度を創設するにしても第一章の「天皇」条項を議論するべきだが、百地は、憲法学者らしく都合の悪い部分には沈黙を極め込む。所詮は、他の憲法学専門の学匪どもと同じく護憲派なのだろう。昔なら大学に行って抗議するのだがなぁ(笑)

 現憲法は、歴史的な国家としての継続された祭祀に関する天皇の役割を否定し国事行為のみとなり、祭祀は公的行為ではなく「私的行為」とされてしまった。

 こうした天皇傀儡制度にこそ保守派は意見や苦言を呈するべきなのに、何故か憲法の範囲内で語る不思議。尤も、保守派の改憲論は第九条のみの究極の護憲派だから然もありなん。現憲法の矛盾や不条理をそろそろ断ち切らねばならない。

 哀しい哉、憲法以前の御存在であらされる天皇は、今や日本国憲法に呪縛され政府の傀儡として国事行為を行うだけの都合の好い存在となってしまっている。現憲法は天皇を頂く我が国の正統にとっても実に不適格な国法と断じる他はない。

 天皇とは、我が国の古来の教えである神道の祭事を司る祭司であり、祭主であらされる。天皇にとって最も重んじるべき祭事は、元旦未明から斎行される「四方拝」から始まり「歳旦祭」「元始祭」や毎月の旬祭など年数十回程に上る。

 こうした日本国家としての重要な祭事が「天皇家の私事」となってしまっているのは我が国體を大きく毀損しているのだが、こうした祭祀のことには拱手傍観し、皇女創設でこうした祭祀が維持出来るかの如き報道は実に怪しからんことだ。

 憲法を優先する余り、国事行為が優先され、本来の御勤めであるべき祭事が軽んじられている現状は見るに堪えない。臣下である国民が皇室を語る不敬を赦してはならない。女性宮家論や女系天皇に続く皇女制度に断固反対するものである。

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2020年11月24日

三島由紀夫の獅子吼を我々は肝に銘じて生きるべきだ

 三島由紀夫は、市谷駐屯地で蹶起する昭和45年11月25日の4ヶ月ほど前の7月7日、産経新聞夕刊に「私の中の二十五年」と題して予言的な一文を寄せている。その中で三島は、これからの日本には大して希望を持てないとした上で、「このまま行ったら日本はなくなってしまう」と嘆き次の様に語っている。

「・・・その代りに、無機質な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るであろう・・・」

 三島が命を懸けて提起した戦後体制の虚妄とは一体何であったのか。

「我々は戦後の経済的繁栄に現を抜かし、国の大本を忘れ国民精神を失ひ本を正さずして末に走りその場凌ぎの偽善に陥り、政治は自己保身、権力欲、偽善のみに捧げられ、国家百年の大計は外国に委ね、敗戦汚辱は払拭されず誤魔化され、日本人自ら日本の歴史と伝統を潰してゆくのを歯噛みしながら見ていなければならなかった」

 現在の我が国はどうだろう。無機質な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、経済的大国となり、三島の予言がズバリ的中した。

「文化防衛論」の「反革命宣言」で三島はこう訴える。

「もし革命勢力、ないし容共政権が成立した場合に、例えたった一人の容共的な閣僚が入っても、もしこれが警察権力に手を及ぼすことが出来れは、忽ち警察署長以下の中堅下級幹部の首の挿げ替えを徐々に始め、或いは若い警官の中に細胞を潜ませ、警察を内部から崩壊させるであろう」と冒頭で記し、更にはこう宣言する。

「我々はあらゆる革命に反対するものではない。暴力的手段たると非暴力的手段たるとを問わず、共産主義を行政権と連結せしめようとするあらゆる企画、あらゆる行動に反対するものである。この連結の企画とは、所謂民主連合政権(容共政権)の成立及びその企画を含むことを言うまでもない。名目的たると実質的たるとを問わず、共産主義が行政権と連結するあらゆる態様に我々は反対するものである」

 今、周りを見渡せば「男女共同参画社会」は国中に悪害を齎し共産党用語が氾濫し、「外国人地方参政権付与」「住民基本法案」「夫婦別姓法案」「戸籍制度廃止法案」「人権救済法案」「女性天皇論」「女性宮家」などなど、カタチを変えた共産主義が次々と企画され行政権に入り込み、また連結され様としている。

「男女共同参画社会」とは共同参画というより「共参社会」というのが正しく、つまりはカタチを変えた「共産社会」の実現が着々と実行されているのだ。

 これらは全て共産党が推進し実行したのではない。総理府や中央官界に入り込んだ全共闘系と共産党系の過激な連中が共同謀議的に考案したものを、疑いも無く実行したのは自民党ら歴代政府である。左翼の破壊活動は巧妙化している。

 保守を騙るマヌケな連中に因って国體や国柄が破壊され続けている。三島が悲観した予言より酷い状況に陥ってるのが現代日本であるのだが、インチキ保守らは反中を声高に叫び憲法九条改正に与し、尖閣諸島の領土防衛を訴えるばかり。

 これらに対峙するべき愛国陣営や右翼を見渡せば、営業保守と何ら変わり映えのない活動に終始し、揚句は「暴排条例は人権を蹂躙するものだ」などと愚にも付かない運動を展開しているのは、右翼人側にいる愚生も隔靴掻痒の感は否めない。

 暴排条例や暴等法に反対なんぞ末の話しで右翼が訴えることとは思えない。任侠精神皆無のヤクザは正に暴力団そのものではないか。暴排条例や暴対法を問題提起するなら、勧善懲悪であるべきヤクザの生き様を問うべきだと思う。

 今を生きる我々は、「国家百年の大計を米国に委ね、敗戦汚辱は払拭されず誤魔化され、日本人自ら日本の歴史と伝統を潰して行くのをこれ以上、歯噛みしながら見ていてはならないのだ」との三島の獅子吼を肝に銘じて生きるべきだ。

 旧来の思想や社会構造を打破しようとする時にこそ常軌を逸した行動が生まれる。その行動こそ三島や森田必勝、山口二矢や野村秋介らの「正気の狂気」であり、この「狂気」こそが閉塞状況を打破する力に成り得るのである。合掌。

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2020年11月23日

「勤労感謝の日」との意味不明の名称を「新嘗祭」と改めよう!

 本日は「新嘗祭」。誠におめでとうございます!

 10月17日の「神嘗祭」は、天皇陛下がその年の新穀を皇祖の天照大御神を祀る伊勢の皇大神宮に奉り神恩に感謝される大祭であるが、11月23日はその新穀を陛下自ら召し上がられ万物の恵みに感謝する「新嘗祭(にいなめさい)」である。

 新嘗祭は、五穀豊穣と国家・国民の平安を祈る最も重要な宮中祭祀。即位後初めて「神嘉殿の儀」に臨まれる陛下は、続く「夕の儀」で、新穀などを神々に供えて拝礼し自らも食される。新嘗祭は翌日未明の「暁の儀」まで行われる。

 新嘗祭は、日本書紀には皇極天皇が皇極元年(642年)11月に執り行ったのが始まりとされ、旧くは霜月下旬の卯の日に斎行された。明治6年以降は11月23日に執り行われている。 因みに、天皇即位後初めて行う新嘗祭を「大嘗祭」という。

 宮中では祭祀が催される。GHQは占領下「神道指令」を発令し、皇室(神社)と国民との繋がりを断絶させた。こうした策謀に因り「新嘗祭」という呼称は廃止され、摩訶不思議な「勤労感謝の日」として現在に至っている。

「勤労感謝」というと労働していることに感謝する日の様に思ってしまうが、本来の意味は「人々の勤労によって生み出される万物の生産を祝う」というもの。つまり、神の加護による農作物を始めとした自然の恵に感謝する日なのである。

 悲しい哉、今日の祭日の意味を穿違えている国民が殆どだろう。簡単に言えば「勤労感謝の日」とは日本版ハロウィン(収穫祭)でもある(笑)

「人々の勤労によって生み出される万物の生産を祝う」とするならば、国策としての農業振興と、食の安全保障や食料自給率の向上こそ急務だが、政府からは「農」を考える言葉は発せられない。農家を護るべきJAも今や営利団体に成り下がった。

「農業」とは愛郷心や祖国愛に繋がるものであって、愛情というものがそこには無くてはならない。世界各国でも「農業」の保護政策が行われているのは、「農業とは国の本である」ということを自覚しているからに他ならない。

 占領下、GHQの日本弱体化政策に因り「農本主義」的国家観は排除された。大輸出国である米国の戦略に嵌り、大本を米国に委ね、軍事的安全保障でも自立出来ず、食料安保でも自立出来ず、これで果たして真の独立国家といえるのだろうか。

 国造りと農業の関係を経済論で語ることは、国家や郷土愛を放棄したと謗られても仕方ない。我らは平成の農本主義を構築する為にも安易な輸入物の購入を拒否し、国産物を購入し、食糧自給率向上を真剣に考えなくてはならない。

 本日は県内でも「山ノ神講」として、全国各地でも山々の神に感謝し収穫を祝う行事が各地で行われる。こうした行事は新嘗祭の風習や伝統を重んじ伝えて来た名残りでもあり、こうしたことでも天皇と国民の繋がりを知る。

 山の神講は女人禁制で行われるが別に女性差別ということではない。俗に、口喧しくなった女房を「山の神」とも言うが、いつも頭が上がらず、かみさんに感謝しているという点では神様も古女房も同じで実に有難い存在なのである(笑)

 祝日法には「神々の加護と人々の勤労によって可能になる万物の生産を祝い国民が互いに感謝し合う日」であるとの趣旨が載ってある。であるなら、労働を意味する「勤労感謝の日」より古来からの「新嘗祭」との名称こそが相応しい。

 GHQに謀られた「祝日法」を再改正し10月17日の「神嘗祭」を祝日にすると共に、勤労感謝の日を「新嘗祭」の名称に戻さねばならない。皇室に由来する祝祭日を復活させることは、我が国の国體の精華を取り戻すことでもあるのだから。

 新嘗祭に当り、山河麗しい祖国日本に生まれた喜びと、豊穣の秋に感謝すると共に、畏くも皇室の安穏と陛下の弥栄を祈念するものである。

 すめらぎの 千代万代の御代なれや 花の都に言の葉もなし

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2020年11月22日

言葉や文章を書き留めて少しでも近付ける様に努力することは大事なことだ

 誰しも「好きな言葉」というのはあるだろうし、感銘を受けた本や座右の書というものもあるだろう。金言や格言の多くは実践と経験から学んだものであり、自戒を込めた言葉故に相手に響く。逆を言えば、実体験を伴わない言葉は軽々しい。

「人真似上手は個性を創造する」という様に、そうした言葉や文章を書き留めて、少しでもその尊敬する人や憧れの人物に近付ける様に努力することは大事なことだ。

「日本とロシアは提携の必要性がある」などといった開国論を展開し、安政の大獄で斬首された越前福井藩士の橋本左内は学問を学ぶ極意をこう訓えている。

「志を立て、その目的を達成する手段の中で最も近道だと思うのは、聖人の書物や種々の歴史本の中で自分が特に刺激を受けた部分を別紙に書き抜いて壁に貼っておくか、扇などに書いておき、日夜朝夕それを眺め、常に反省しつつ、及ばない点について勉め、進歩を楽しむのがよい」。日頃からの実践が後々の自分の身に成る。

 右翼人にも多いが、よく読書の量を自慢している自称読書家を見かける。斯くいう愚生も、若い頃は政治思想の本を中心に、雑駁ではあったが色々な書物を読み漁り、本棚に並べてはその読書量に悦に入ったりしたものだ(笑)

 そんな輩というのは「読書は楽しい」と宣う。だが、読んで楽しいというだけなら別に読書じゃなくても映画でも好いし、落語や講談、歌舞伎などでも好いだろう。

 本というものは読まないよりは読んだ方が好いというくらいなのもので、橋本左内ではないが、感じ入った部分を何度も読んだり書き留めたり、その書いた文章を眺めたりして、自分の糧になる様に心に確りと刻み込むのが好い。

 勉強とか学ぶという基本的な在り方は、活眼を以て生きた本を読むことだ。ベストセラーなんぞ単なる暇潰し。読んで学んで、実践しなければ意味は無い。

 常々、心眼を開いていれば「生きた学問」や参考書となるべきものは多く在る。「生きた学問」」「耳学問」で一番好いのが、失敗に失敗を重ねながらも成功した人物の話であり、くだらん営業保守らの本なんぞより学ぶことは多い。

 保守ブームに乗っかって稼いでいる営業保守の本なんぞ、領土主権や国防論を尤もらしく語って、反中共やら反韓・反北朝鮮の脅威を煽って稼いでるだけ。保守を気取ってはいるが、尊皇精神に乏しく、保守したいのは現在の立場だけ。

 経営の実践も無い経営学教授然り、小難しい言葉を羅列しては悦に入ってるが、よくよく読めば「常識」を尤もらしく書き綴っているだけのこと。憲法学の教授なんてのは憲法擁護の左翼学者ばかりで、現憲法を生業にしている学匪ばかり。

「小人の学は、耳より入りて口より入ず」というが、小人は学問を売り物にし耳から聞き齧った事をそのまま口にするので少しも身に付かない。未だ自分の口で話すだけ好いが、無言のリツイートは身に付かないどころか周りにとっては迷惑千万。

「小人の学は、耳より入りて口より入ず」との喩えは愚生的には実に耳が痛いものを感じるが、繰り返して語ることで自分の思想になっていく場合も無きにしも非ず。

 自分の中に真の学問を積んでいる人は決してひけらかすことはなく、衒学臭くはないという。確かに新渡戸稲造の「武士道」でも衒学は一番嫌われると教えている。

 武士道の一説に「学問は他人を説得したり、論破したりするものではなく、自分自身がどう生きて行くかのか、或いはどう在るべきか、といったことに答えを見出すものでなくてはならないのである」と在るのは括目に値する。

 学問とは本来自分自身の向上の為のもので、仲間にしか通用しない夥しいコピペをSNSに貼り付けたり無言リツイートしたり、付け焼き刃の知識をひけらかし、自分自身に酔っているネット右翼や営業右翼はある意味で反面教師とも言える。

 実践の伴い薄っぺらな主張では世の中どころか他人さえも、否、身内や友人さえも看過することも感化させ賛同させることも出来ないだろう。

 愚生の場合、倫理哲学者である西晋一郎が好きで彼是と参考にしブログのタイトルにも載せている。自分自身に酔っている訳でもないが、西先生の「教えるとは実に教えられることである」を肝に銘じ、今日もまたこうして書き綴っている。呵呵。

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2020年11月20日

夫婦別姓推進派の狙いは「戸籍法」廃止と国體破壊と皇統断絶である

 タレントのビーバーが、雑誌か何かの取材に「夫婦別姓が実現するまで結婚はしない」と語ったという記事を読んだ。「氏(苗字)は個人の名前」と誤解し勘違いしているアホの典型。「氏」は個人の名前ではなく家族を表す名称である。

「私は、現行の婚姻制度には思うところがありまして、というより不満があります。(中略)結婚をしたら、姓を変えるのが当たり前という前提で、パートナーの従属物になるような、社会の中での扱われ方が私には納得できないんです。(中略)個と個が対等な関係で法的に何らかのメリットがあるという状況で結ぶ婚姻関係であれば、したいと思いますけど、今のままの制度ではしたくありません」

 こういうバカタレが選択的夫婦別姓に騙され戸籍法廃止を謀る左翼勢力に利用される。だったら一生、結婚しないでとっかえひっかえ男と遊んでりゃ好い(笑)

 早大などが行った「選択的夫婦別姓」のインターネット調査で、70.6%が理解を示しているという結果が新聞記事に出ていた。これは選択的夫婦別姓の中身や真相を理解してるのではなく、夫婦が互いに旧姓で呼び合うのに理解を示しているだけ。

 洩れ伺った処に拠ると、このアンケートは早大の棚村研究室の調査ではなく、早大に併設された棚村政行弁護士の調査で、統計的処理の和集合と部分集合とを誤解するように誘導した数値であり、実際に夫婦別姓を支持してるのは15.5%だという。

 夫婦別姓推進派は「選択的夫婦別姓」について、「反対する理由が分からない。選択的なんですから、同姓にしたいなら同姓にすればいい、別姓にしたいんだったら別姓にすればいい」と語り、その真意も分からず「そりゃそうだ」と同意する。

「戸籍」は、明治維新以前には武士や大店の商人以外の民には氏などなかったが、明治新政府が戸籍を整える為に全ての国民に「氏(姓)」を与えたのが始まり。

  戸籍には筆頭者のみが氏と名で書かれてある。その他の家族は続柄と名しか書かれていない。氏は個人の名前ではなく家族を表す名称というのを知らなさ過ぎる。

 夫婦別姓が成立されれば戸籍は混乱を来たすだろう。嫡子の戸籍はどうするのか。夫婦別姓で「個」を語るということは、先祖との繋がりを絶つと言うこと。こうしたことでも、夫婦別姓の狙いが戸籍法の混乱と廃止に在るのは言わずもがな。

「選択的夫婦別姓制度」を導入したイタリア、オーストリア、ドイツ、デンマーク、スウェーデン、ハンガリー、フランス、スペインなど欧州の国々では婚姻率が4割以上も減り、離婚率が2倍となり、婚外子の割合が5割も増加した。

 北欧、フランスでも婚外子が5割を超え、従来の家族制度が崩壊している。何故にこうなったのかは「選択的夫婦別姓制度」の導入が最大の理由である。

 我が国は「一夫一婦制」だが、夫婦別姓になれば「一夫多妻(一婦多夫)制」が可能となる。今や婚外子が実子と同じ相続権を得られるし、成金のオッサンらは別姓という名の妾や愛人を合法的に囲えるし願ったり叶ったりかもな(笑)

 別姓が罷り通り「個」が優先されることに由って、不倫や不貞行為は当たり前の不道徳な世の中になるだろう。タレントの不倫や不貞行為には過剰に反応しながら、選択的夫婦別姓の実現を願うというのも可笑しな話だと思わないのだろうか。

 夫婦別姓に限らず女性宮家や女性天皇論など、突き詰めた議論も無い中で安っぽいムードだけで、グローバル時代の到来だとか、人権だとか男女平等だとか、左翼に牛耳られたマスコミの創り上げる風潮と曖昧な次元でもって賛同者が広がってる。

 夫婦別姓推進派は、現在の戸籍制度が家族単位である点を「戦前の家父長制度の残滓」と捉え、戸籍を個人単位の「個籍」や「個人登録制」に改めることを求めている。こうした考えは家族制度の解体を意図していることは明白だろう。

 夫婦別姓を推進する勢力の真の狙いは「戸籍法」の廃止であり、我が国の家族制度を始めとした伝統文化の破壊を目指している。最終的には国體の破壊と皇統断絶であり、その一里塚として「選択的夫婦別姓」で世論を誑かしているに過ぎない。

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2020年11月19日

政治の世界こそ実力の世界に戻さなければならないと感じる

 人生とは実力社会と言われる。実力社会というのは相撲の世界と同じで、実力がある者が番付が上がり、その中でも心技体が備わっている者が横綱となる。

 この横綱の子供が必ずしも横綱になれる保証はなく、血縁も、家柄も、門閥も、また学歴も一切関係ない。正しく実力だけがものをいう世界である。

 これに反して政界や役人、話題となっている日本学術会議などでは学歴と経歴がものをいう。幾ら実務能力が優れていても高卒じゃ事務次官にはなれない。

 政治家の世界も今や実力社会ではなくなって久しい。政治家になるには選挙が重要となり、そこで「ジバン・カンバン・カバン」がものいうから世襲が有利となる。

 歌舞伎の世界も同じで世襲が当たり前。団十郎や菊五郎、吉右衛門など襲名出来る者は限られていて、家柄、門閥がないと実力があっても襲名は容易ではない。

 菅義偉総理は世襲ではないが、こうしたのは稀で政治の世界でも世襲議員が幅を利かせている。政治の世界こそ実力の世界に戻さなければならないと感じる。

 政治の世界での勝負は選挙だが選挙に負けたらタダの人。昨今では引退した筈の議員らが、あ~だこ~だと現政権にイチャモンを吐けてるが実に見苦しい。

 河井夫婦の公職選挙法違反事件というのは、安倍の期待に応えて何が何でも勝たねばという意識が強かった故の行為だったのだろうが、勝負事というのは何でもかんでも勝ちさえすりゃ好いかといえばそうでもない。この加減が実に難しい。

「凡そ軍勝五分を以て上となし、七分を以て中となし、十分を以て下と為す。その故は五分は励を生じ七分は怠を生じ十分は驕を生じるが故。喩へ戦に十分の勝ちを得るとも、驕を生じれば次には必ず敗るるものなり。全て戦に限らず世の中の事この心掛け肝要なり」とは武田信玄。十分の勝ちを得る事は驕りを生じると戒めている。

 言い換えれば、負けを知らずに勝ってばかりいては敵ばかりが増えることにもなり、勝つにしても相手を慮って程々の勝ちを心掛けるのが好いと訓える。

「雀聖」色川武大(阿佐田哲也)は、ギャンブルから学んだ人生観を相撲の勝敗に例え「9勝6敗を狙え。8勝7敗では寂しい。10勝を狙うと無理がでる」と教えた。

 賭博を目の敵にしてるネット民などから「人生をギャンブルに喩えるとは怪しからん」と批判されそうだが、競馬も競輪も競艇もオートレースも、投資だって賭博性の高いギャンブルの様なもの。結婚もギャンブルに近い(笑)

 分不相応なギャンブルは以ての外だが、そうなるのも己の実力を知らないから。要は「場数」が少ないのだ。場数とは失敗した数であり、バカな経験数が後々自分の為にもなってくるし、男としての重みも備わって来るというもの。

 勉学も好いがギャンブルなどの悪事(勝負)事も好い経験で、そうした経験も無いヤツというのはハンドルの遊びと同じで大きな過ちを起こすものだ。

 阿佐田は「幸運が続き過ぎると危ない」という考えから、ギャンブルに大負けすると「ここで不運を消化しておけば安心だ」とよく語っていたという。負け惜しみもあるが、勝負師としては信玄よりずっと分かり易いと思うのは愚生だけか(笑)

 美空ひばりの「柔」に「勝つと思うな思えば負けよ~♪」という歌詞がある、「勝とう勝とう」と思うと、気負いから実力を発揮出来ずに終わるということが多い。だが、そこを「引き分けでいいのだ」と思うと気負わずに出来るもの。

「ケンカ」も同じで「相打ちで好い」という気構えで相手と対峙すると、そんな精神的余裕が勝ちに結びついたりするもの。ということは、小倉競輪場で開催されてるG1競輪祭も大穴勝負じゃなく程程の配当狙いが好いかもな。呵呵。

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2020年11月16日

死刑の是非を多数決で無理やり決議するのは個人の思想弾圧だ(南出喜久治)

「死刑制度の廃止を目指す」とした日本弁護士連合会(日弁連)の宣言が会の目的を逸脱しているとして、京都弁護士会の南出喜久治弁護士が、日弁連などを相手に宣言の無効確認を求め、京都地裁に提訴するという記事が目に留まった。

 南出弁護士は「日弁連は政治や思想に関して中立であるべきで、目的外の行為だ」と訴えているのに対して、日弁連は「死刑制度は政治的な問題ではなく、国家による最大の人権侵害。決議や宣言は、基本的人権の擁護などを掲げる会の目的から逸脱していない」という認識を示しているが、詭弁以外の何ものでもない。

「人権侵害」を掲げる団体の胡散臭さは日弁連を筆頭に左翼団体の専売特許。日本学術会議が奇しくも日本共産党機関紙「赤旗」でその正体がバレることとなったが、共産党の第五列でもある日弁連の実態と売国性を国民に曝すべきだろう。

 刑事訴訟法では、「死刑確定から6ヵ月以内の執行」を定めており、何れも場合も6ヶ月以内に検察庁が法務大臣に「死刑執行上申書」を提出し、規定通り押印し、「法相の命令から5日以内に執行されなければならない」と定められている。

 我が国の死刑制度は「仇討ち禁止令」や「決闘禁止」に代わるものとして成立したものでもある。国民の間で死刑に対する理解が多いのは「国が被害者に替わって恨みを晴らしてくれる」という期待感からで、殺された側の気持ちを汲めば死刑は当然の結露だろう。殺された者より、殺した側の人権とは本末転倒である。

 明治6年2月、司法卿であった江藤新平が「復讐禁止令(仇討ち禁止令。太政官布告第37号)」を発令した。幕末から維新期の派閥、政論の対立による暗殺とその報復という面があったところから、この種の紛争を断ち切る為のが目的だった。明治22年には「決闘罪ニ関スル法令」も発布され、敵討ちや復讐は禁じられた。

 主君や親兄弟などを殺した者を討ち取って恨みを晴らすことは、日本人の美意識の顕れともいえる。江戸時代には武士階級の慣習として公認され「敵討ち」と認められれば罪に問われなかったばかりか、それは美化され大衆の支持を得た。

 死刑廃止論者は、「国際人権基準」がどうのだとか「非人道的」だとか「生きる権利の侵害」「死刑囚の資料を精査する十分な時間があったとは思えない」とか愚にも付かない意見ばかりで、被害者側に立った意見は殆ど聞くことはない。

 死刑廃止の理由として挙げられる理由は「冤罪の疑い」や「法により国が人を殺す事は罪悪で人道に反する」「死刑には期待する程犯罪防止効果は無い」「人間は善を行うべき道徳的本性を先天的に具有しているのだ」など様々だ。

「冤罪」というのは、袴田事件などを見るまでもなく確かに有り得なくはないが、それは警察捜査の傲慢さと科学捜査の正確さが乏しい時代のものが殆どで、そういう疑いのある事件は再審対象にすれば好いだけの話しだろう。

「人道に反する」とは、「人を裁けるのは神のみだ」というキリスト教的欧州思考に冒されているもので、そんなものに与する方が大きな間違い。「死刑廃止は今や世界の大勢で日本もそうすべき」という意見は単なる外人コンプレックスに過ぎない。

 左翼人士や日弁連を仕切る人権派弁護士などにこうした主張をする人を見かけるが、日頃、反米を唱えながら、また共産主義者であり無神論者でありながら、都合の好い部分は米国でもキリスト教でも利用しようというのはホント逞しい(苦笑)

 残虐な犯行をした者が、死刑廃止で国法により生命を保証されるというのも如何なものか。況してや今どきの再審請求を利用して執行停止を謀るなど姑息過ぎる。「生」に拘るより、「死」を以て償うべきだと思うのは愚生だけではあるまい。

 抑抑、前述した通り、我が国の死刑制度は被害者遺族に代わり国が仇討ちする意味合いがある。仇討ちを合法化するなら愚生も納得もするが、死刑を廃止し終身刑を導入したところで被害者の感情は薄れることは無いし犯罪が減るとも思えない。

「社会は肉体の安全を保障するが魂の安全は保証しない」と言ったのは三島由紀夫。正しく人として大事にしなければならないものは肉体より魂や精神性である。

 死生観の違いといえばそれまでだが、残虐な犯行をした者が、死刑廃止で生命を保証され、のうのうと生きてるという事実こそ不正義と不条理の最たるものだ。

「死刑」は、日弁連幹部が言う様な「国家による最大の人権侵害」ではない。他人を犠牲にした犯罪への相当の審判であり、無駄に生き長らえて来た人生にピリオドを打つ為の優しさでもあり、正しく死刑制度とは鬼畜の死刑囚への大慈悲なのである。

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2020年11月15日

「わしゃ脳をやられちゅうきダメじゃ」(坂本龍馬)

 11月15日は坂本龍馬の生誕日でもあり命日。龍馬は天保6年11月15日生まれ。龍馬が京都の醤油商・近江屋で暗殺された日は慶応3年11月15日。11月15日は、坂本龍馬にとっても龍馬ファンにとっても思い出深い日でもある。

 龍馬暗殺の謎について「北辰一刀流免許皆伝の龍馬を一刀両断するとは」とか「龍馬はピストルを持っていたのに一発も発砲されていないのは何故か」「中岡の暗殺に、龍馬が巻き込まれたのではないか」など謎は多い。

 こうした暗殺の謎が謎を生み、そして歪曲され、またドラ小説やドラマなどで想像され、龍馬のカリスマ性と偶像が誇張されていったのではなかろうか。

 坂本龍馬は、幕末にはそれほど有名な人物ではなかったという。維新後数十年が経ち、四国の新聞に「坂本龍馬特集」が連載されてから、その生き様が日本人の嗜好に合致し、人気に火を点け全国に拡がったというのが真相と言われている。

 坂本龍馬暗殺の実行犯説というのも歴史家によって意見も様々だが、大凡「京都見廻組」と「新撰組」説に分かれ、「京都見廻組説」では、元隊士だった今井信郎と渡辺篤が、佐々木只三郎らと実行したとの証言を理由に挙げる。

「新撰組説」では、刺客が「こなくそ」と伊予弁を話していたとされ、伊予出身の原田左之助刀の鞘や隊士の下駄が近江屋に残されていたとの説を挙げる。この「こなくそ」説は、西軍の谷干城(たに たてき / かんじょう)の独り言に過ぎない。

 龍馬は近江屋に脱出することが出来る隠れ家を土蔵に造っていた。暗殺された日は、風邪で龍馬は土蔵ではなく、来訪した中岡慎太郎と近江屋のニ階で、好物の京都「鳥彌三」の鶏の水炊きを食らいながら歓談していた。

 部屋には二人の他に、龍馬の護衛でもある元・力士の山田藤吉。そこに南大和の「十津川郷土」と名乗る男らが訪ねて来る。山田がその客人らを疑わずに通した。

 部屋へ向かう途中に山田は後ろから斬られ、龍馬はドラマなどで仄聞されている様な「わしゃ脳をやられちゅうきダメじゃ」という台詞を吐く間もなかった即死に近く、中岡はこの襲撃からニ日後に亡くなっている

 龍馬は北辰一刀流の免許皆伝というのが歴史的に語られているが、事実は北辰一刀流の「長刀」、つまりは「薙刀」の名手で剣術ではない。西洋流砲術も学びはしたが、実際には剣の腕前はそれほどではなかったというのが真実だろう。

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 有名な龍馬の画像。拳銃を懐に仕舞っているという立つ姿は、刀がだらしなく下げられて如何にも弱そう。どう見ても剣術の達人には見えない。

「寺田屋事件」でも龍馬は短銃で応戦はしたが、弾丸が切れたにも拘らず刀で応戦せず、不様に短銃を振り回して、両手に数か所の深手を負った。こうしたことをしても北辰一刀流剣術免許皆伝の応対とは思えはない。

 寺田屋事件での傷を癒す為に妻のお龍さんと共に薩摩の温泉に行くのだが、歴史的にはこれが新婚旅行の最初とされている。だが、これもまた根拠の無いもので、薩摩の家老・小松帯刀がそれより十年早く、霧島へ新婚旅行へ行ってるそうだ。

 歴史が物語として語られる時、必ずしもその人物の真実を伝えているとは限らない。書き手の主観が入ったり読み方一つでその生き様も変わってしまうものだ。坂本龍馬が歴史教科書から消えるというが何となく分かる気がする。

 暗殺の謎が謎を生み、て薩長連合の立役者と持て囃され、そして歪曲され、また想像されて龍馬のカリスマ性と偶像が誇張されていった。

 そんな龍馬とは何者なのかといえば単に武器商人に他ならない。龍馬から学ぶものがあるとすれば、幕閣とも勤王の志士とも通じ、薩長連合の仕掛け人足り得たのは説得の技術、つまりは話す言葉がズバ抜けていたことだろう。

 大衆の心を引き付けるのは「言葉」を以て他に無い。龍馬は正に「言葉の達人」だったのではあるまいか。更にもう一つは、彼が「歩く人」だったことだ。交通の不便だった時代に、龍馬は実に驚くほどの距離を行き来している。

 多くの人と顔を突き合わせ話し合う。こうした出会いと邂逅こそが自己確立に繋がり、延いては混濁した時代をも変える原動力ともなる。

「袖する合うも他生の縁」というし、思想信条が違えども遠慮することはない。どんな相手でも必ず共通の話題があるもの。共通の話題がないということは、人生経験が少なく視野が狭い証でもある。雑駁でも色々な知識を身に付けるべきだ。

 別に難しいことなんぞ話題にせずとも、スケベなことや趣味などあり触れた日常から感化しオルグすることだ。そこで、場数という人生経験がものを言う(笑)

 オルグとは左翼の専売特許だが、右翼や保守派に足りないものは、こうしたオルグ(大衆運動)である。今どきの右翼は仲良しクラブの様なもので仲間と盛り上がるが、仲間の拙い点を見ても見て見ぬ振りをするのは如何なものか。

 誰かの請け売りの下手くそな演説なんぞオナニーの様なもので、身内さえも感化されることはないだろう。それより、近所の焼き鳥屋などで隣り合わせた人と語ってみることだ。そうした対話が思想形成に役に立つ。横議横行するべし。呵呵。

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2020年11月13日

時代が運命を見放した戦国武将・伊達政宗の処世術に学ぶ

「運命」「宿命」「使命」「懸命」などは夫夫「命」という言葉が使われている。例えば「運命」とは生命を運ぶと書く。この世に生まれたという宿命を、懸命の努力によって使命を果たして好い方向へ運ぶことの出来るものが運命でもある。

 愚生の場合、この懸命の努力に乏しく投げやり的他力本願だろうか。右翼人として、一維新者を自任しながらもその使命を死命とせずに、うだうだと怠惰な生き方を続けている。これが己の運命や宿命と気取るのも厚顔の至り。

 歴史を見れば、戦国時代の織田信長や豊臣秀吉、徳川家康の様に天下統一を果した者もいれば、この三名以上の器量や見識、才智に長けながらも生きた時代が悪かったのか、時代がそれを見放して地方の武将に甘んじた者も少なくない。

 そんな武将の中でも奥州の伊達政宗はそういう悲運の武将でもあろう。唯、惜しむらくは天の時、地の利を得なかったし、何より生まれたのが遅過ぎた。

 梵天丸と称した少年時代、隻眼で醜怪な顔立ちが忌み嫌われて、弟の竺丸を偏愛した産みの母に危うく毒殺されそうな一幕もあった。

 十一歳で元服し「政宗」を名乗り、十三歳で三春から愛姫を娶る。十九歳の時には降伏した二本松城主・畠山(二本松)義継が、和議を仲介した政宗の父・輝宗を宮森城から拉致。政宗は粟ノ須(あわのす)で輝宗もろとも畠山を撃殺した。

 この逸話には諸説あり、最期を悟った畠山義継が伊達輝宗を殺害した後に自刃したという説や、政宗の父殺しの陰謀であるとか、輝宗が「我が身諸共義継を撃て」と政宗に命じたという説がある。ドラマでは輝宗が命じたという説が多い。

 畠山家と伊達家の因縁は奥州探題に遡る。奥州四管領の一人として奥州の地を取り締まって来た畠山家にとって伊達家は新参者である。畠山義継・伊達輝宗の時代までは和平を保ってたが、政宗が家督を継ぐとその勢力図は崩れて行く。

 米沢を拠点にしていた伊達氏は周囲の大名を取り込み奥州一の勢力となる。二本松にも攻め入り、大名舘を攻め落とし次々と奪い取って行った。 中には伊達家に通じる二本松の大名などもおり、畠山は危機感を募らせていく。

 そこで畠山は、輝宗に「降伏をするので息子(政宗)の暴挙を止めてくれないか」と宮森城を訪れる。 ところが輝宗は「自分は家督を退いた身であり、政宗に任せてある」と、和議の申し入れを聞かなかった。そして前述した拉致に続く。

 この政宗が住んでた城が愚生の故郷の「小浜城」。小浜城より2キロほど下った処に在った「宮森城」に輝宗が居城していた。ここの宮森家の末裔が、現在は「花春」や「栄川(えいせん)」「宮泉」などの会津の銘醸を創り上げた。

 畠山を成敗した政宗は、二本松救援の名目で駆け付けた佐竹及び蘆名ら南奥諸大名連合軍と激突し、会津四軍を攻め落とし黒川城(鶴ヶ城)に入城する。この時、政宗は二十歳。一方では秀吉が小田原城を攻め全国平定が成し遂げられつつあった。

 歴史に「若し」は無いが、若し、政宗が奥州の片田舎でなかったら天下統一も夢ではなかっただろう。これ即ち「運命」に非ず、「宿命」というものだろう。

 斯くいう愚生も東北の片田舎で蟄居状態ではあるが、決して中央で活躍してる右翼らより活動家や右翼人として劣っているとは思わない。然し乍ら、やはり団体を除籍になった影響は大きく、これも宿命だったのかと自問自答する今日この頃。

 東北人だからということではないが、政宗に学ぶことは多い。中でも豪胆な外交力は刮目に値する。政宗は秀吉の度々の上洛の督促にも中々腰を上げ様とはしなかった。小田原参陣の最後通牒を受けても正月を悠々と会津で過ごした。

 政宗は数年前から秀吉を取り巻く煩型(うるさがた)の家康、利家、秀次、浅野長政、千利休などの実力者と親交を結び、かなりの付け届けを怠らなかったという。これは秀吉の動向を探る為のもので、その外交力の高さが窺える。

 小田原で秀吉に謁見する際には、髻(もとどり)を水引で結び、甲冑を被り、素衣を着て、凶服の装束で出掛けたという。流石の秀吉もこれには唖然。

 諸国大名居並ぶ中で命拾いの御礼言上。そして献上品として大量の砂金を差し出す。その砂金が零れると、事も無げに懐紙で拭いてしまった。政宗の豪気と肝の据わり方はやはり天性のものであろう。この時、政宗、弱冠二十一歳。

 天下分け目の「関ヶ原の戦い」も終わり、天下の大勢が家康に決すと察すると、政宗は国内統一は諦め、外国との貿易を夢見て支倉六右衛門ら伊達政宗遣欧使節団十名を独力で派遣する。こんな気宇壮大な武将が他にはいない。

 政治家にしろ、組織のトップにしろ器量や見識、才智に長け、或いは能力があるから成功するものでもなし、人の運命とは実に気紛れで不可思議なものでもある。

 まぁ、愚生の慢性的不如意は自業自得の様なものだが、そのうちなんとかなるだろうし、正統右翼浪人から抜け出して一維新者として活躍の場が来るだろうと勝手に思っている。何故ならそれが愚生の右翼人としての運命なのだから。呵呵大笑。

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2020年11月12日

政治というのは立派に動いていれば存在を意識されるものではない

 トランプが日米のマスコミから批判に曝されていた前回の選挙では、日米同盟や安保条約解消に向けてトランプが大統領に就いた方が我が国には都合が好いと応援していただけに、今回も不正選挙が暴かれて再選されれば酒も美味しいだろう(笑)

 前回の大統領選挙では、日米のマスコミは反トランプキャンペーンを行っていた。そんな中で、民衆の中でトランプ人気が徐々に盛り上がって行った。

 保守派らが愛読する産経新聞でさえ前回の選挙ではクリントンを支持しトランプ候補を腐した。社説でもある「主張」の中で、トランプ人気をこう解説する。

「政治経験のないトランプ氏の人気は既成の政治への不満であり、大衆の本音をずばり口にするポピュリズムである」とポピュリズム的トランプ人気に釘を刺していたが、ポピュリズムは別にトランプに限ったことではない。

 政治経験の無い人物が政治家になるというのは別によくあることで、我が国でも「無用の長物」である参議院議員なんぞにはそんな素人議員がうじゃうじゃいる。大統領選を批判する前に国内に蔓延するポピュリズムを糺すべきだろう。

 我が国の政治家どもは選挙目当てで大衆に媚び諂い、選挙中には「国民の目線に立った政治を行う」との台詞を吐く。だが、民主主義の本質は国民目線に立つことではないし、平均的な国民を創ることが政治家の務めではない。

「国民の目線」とはワイドショーに煽られた平均的意見である。マスコミは国民の安直な正義感に迎合し、自分達の主張こそが「正義」であり、「真の民主主義」であるかの主張を居丈高に振り翳し、国民を煽動し続けているのが現状だ。

 政治とは、国家観を重んじながら、国民目線とかけ離れた歴史観、人間観、世界観、時には高度な権謀術数を必要とするものなのだ。経済もまた然り。

 前回の大統領選はマスコミや評論家らの下馬評を覆してドナルド・トランプが当選。その選挙結果を不服だとして民主党支持派やそれに便乗する反米勢力によるデモや騒乱が起きたことは記憶に新しい。今回の反バイデンデモも恒例行事。

 こうしたデモやネガティブキャンペーンなどを見てると、民主主義というのは正に衆愚政治でもあるというのを実感する。バイデンが当選確実となるや民主党支持者のレデイ・ガガら多くの芸能人が狂喜し、負けを認めないトランプを批判。

 米国の芸能人というのは政治に参加することを当然の権利であると信じて止まない。ハリウッド俳優の渡辺謙らが安倍政治を批判してたのもハリウッド俳優の真似事。尤も彼の場合は、共産党員の吉永小百合の洗脳というのが正しい(笑)

「大衆の多くは無知で愚かである」「熱狂する大衆のみが操縦可能である」と言ったのはアドルフ・ヒトラー。有権者というのは実に利用し易いものだ。中でもマスコミや左翼らに洗脳されたタレントや有名人は都合好く利用される。

 ヒトラーはこうも言う。「私は間違っているが世間はもっと間違っている」。こういう幼稚で始末の悪い大衆が現在の有権者であり、そんな大衆の一票一票を集めて当選してるのだから大衆に諂ったマヌケなヤツしか当選しない。

 現在の選挙制度やマスコミに誘導された世論で当選した政治家にバカが多いのは当然の結果であり、そんなアホな政治家に期待する方がバカだ。

 ネットでは自分の仕事そっちのけで日本の将来を熱く語り、意にそぐわない意見には反論し批判するが、そういう人もまた扱い易いというもの。本来、政治というものがきちんと機能していれば、大衆が政治に係わることなどないものだ。

「胃痛の時に初めて胃の存在が意識されると同様に、政治なんてものは、立派に動いていれば、存在を意識される筈のものではなく、況して食卓の話題なんかになるべきものではない。政治家がちゃんと政治をしていれば、鍛冶屋はちゃんと鍛冶屋の仕事に専念していられるのである」との三島由紀夫の言葉は実に正鵠を射てる。

 そういう意味では、自分が然も政治家になったつもりで一喜一憂し、あ~だこ~だと嘆いてる米国も日本も、政治がまともに機能していない証左とも言える(笑)

 我が民族の将来と国家の前途を思い、政治を糺すのは大いに結構な心掛けだが、政治や選挙の仕組み、マスコミの報道姿勢が旧態依然なのだから変わり様がない。

 斯くいう愚生も、正統右翼浪人を自任し日本人としての正論を語ってきたつもりでいるが、訴える相手側に「敬」も無いのに聞き入れる訳もなく、右翼が毛嫌いされてるのに、熱く正論を吐いたところで聞き入れられる訳もない(笑)

 国民不在の国会を見るまでもなく、衆愚政治はこれからも続くだろう。そして行き着く処まで行かなけりゃ国民が目覚めることも無い。そしてその時に「維新」という革命が起こるのだ。そう、歴史は常に繰り返されるものであるのだから。

 バイデンが米国大統領に就くことでアジアや世界の相関図が変り混乱期を迎えるだろう。愛国者並びに全維新者は皇運を扶翼すべく一旦緩急に備えよ!

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2020年11月09日

米国大統領にバイデンが就くことは「米国のポチ」から脱却する好機でもある

 米国という国は何事も自分の利益だけを考える国であり、今日の夕刻までは友人であっても明日の朝にはもう敵となって、それを少しも不条理とも不道徳とも思わぬ国である。そう考えればトランプよりバイデンの方が米国人らしい(笑)

 米国が友人であるということは、それが米国の為に有利であるからであり、その他の如何なる理由も大義名分もつけたりに過ぎない。一旦その利益が失われたならば、何ら躊躇することなく180度転換して敵側に立つことを少しも不思議と思わない。

 トランプは愛嬌があったし、拉致家族に面会し金正恩に拉致問題解決を迫り、国連で問題提起したアメリカ大統領は彼一人。バイデンは対北朝鮮強硬派だというが、拉致被害者家族に寄り添うことはないし、拉致問題解決に動くことはないだろう。

 対中関係を重視し、拉致問題に冷淡だったオバマと同じ民主党の大統領はどことなく胡散臭い。健忘症の症状も見受けられるし、党内の親中派に好い様に利用される気がしてならない。違法選挙がバレて連座制に問われての失脚を願うばかり(笑)
 
 日本国憲法を創ったのは米国であり、米国に感謝しろと言わんばかりの対応や、容共派であるバイデンは、靖國問題でも我が国にいちゃもんを吐けている反日派。

 所謂「従軍慰安婦問題」や「南京事件」がそうだが、こうした問題の背後にいるのは米国であり、バイデンが日中関係の厄介な問題に介入してくることは明らか。

 所謂「南京大虐殺」にしても東京大空襲や広島・長崎への原爆投下を敢行した米国の論理の摩替えであり、日本も30万人の大量虐殺をしていたぞとでっち上げ。

「捕鯨問題」騒がれる様になったのも、ベトナム戦争で米国の使用した枯葉剤エージェント・オレンジが、環境に及ぼす影響が国連人間環境会議で討議されることになってからだ。捕鯨王国だった米国が反捕鯨とは嗤う他はない。

 当時のキッシンジャー国務長官等が、米国の国益を守る為、環境保護団体を利用し無理矢理「捕鯨問題」をこの会議に持ち出したというのが真相で、その後、非環境保護団体の増殖と理不尽な行為が続いているのは言うまでも無い。

 無理無体、理不尽なことでさえ平気でやる米国との外交交渉や同盟強化は慎重且つ警戒は対中外交同様に疎かにしてはいけない。バイデンなら尚更だ。

 米中両国に共通するものは互いの国益のみ。米中両国の国益と思惑が一致することになれば、それはアジアの動乱の濫觴と言っても過言ではないだろう。

 アジアの動乱の原因は昔から米国と共産主義だったということは歴史が証明している。19世紀末から20世紀前半にかけ、アジアの動乱に米国人宣教師の果たした役割は大きく、日露戦争後の動乱全てにキリスト教徒と天道教徒が係っている。

 ハーグの国際会議後の動乱は、安重根に代表される様にキリスト教徒が主体だった。明治43(1910)年8月に発覚した「寺内総督暗殺未遂事件」では122人が逮捕されているが、驚くべきことにその殆どがキリスト教徒だ。

 米国が本部の朝鮮独立の秘密結社「新民会」が「五賊」「七賊」所謂「親日派」の大臣暗殺計画。3.1独立運動や5.4運動。反日テロを繰り返し、支那事変から大東亜戦争へ進んで行くのも、米国と共産主義の巧妙な活動が最大の原因だった。

 20世紀は自由と平等の名の下にプロレタリア独裁を標榜する共産主義が猛威を振るい、キリスト教徒の望んだ中国共産党が世界の脅威となっているではないか。

 売国は過去にアジアで起こした米国の失政を猛省した上で中国共産党と対峙すべきで、そういう意味でもトランプ政権の対中強硬外交は間違ってはいない。バイデンが対中外交を難化させれば再びアジアに不幸と混乱を齎すことは必至である。

 米中は共に圧倒的な軍事力を背景に政治、経済、外交とあらゆる面で強圧的な対外政策を執って来た。だが、新型武漢ウイルスでそのバランスが崩れ去った。

 バイデンはコロナ禍を利用したが、怒りをぶつける相手はトランプではなく中国共産党であり習近平であるべきなのに我田引水的にコロナを利用した。更には勝利の為には不正も厭わない対応は米国人の倫理と道徳の欠落を露わにした。

 バイデンはこれらの不正行為を咎め、事実解明しようともせずに、当選を受け容れる神経は恐れ入る。投票を不正に操作することは国家への反逆行為であり、中国共産党関係者からの献金や政治工作は主権侵害の大問題という認識もない。

 米国大統領にバイデンが就くことで、中共の圧政に苦しんでる国々の落胆は大きい。バイデン就任後、世界は混乱し国際情勢は大きく変わって行くだろう。我が国も「米国のポチ」から脱却する好機到来と捉え、「自立」を目指さねばならない。

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2020年11月08日

尖閣で日中衝突となった場合にバイデンはどう動くか

 米国大統領に容共派のバイデンが就くことが現実味を帯びて来た。バイデンは靖國神社問題では中韓側の意向を汲んで閣僚の参拝に懸念を表明している反日派であり、尖閣問題でも中共寄りの立場から日本側に譲歩を求める可能性も考えられる。

 尖閣問題は、我が国の主張の正しさを国際社会に訴え、国連の「敵国条項」を排し、常任理事国入りを目指すことも大事。中共を脅威と思わないバイデンが大統領に就くということは、尖閣で日中衝突となった場合に米国を頼るのは心許無い。

 尖閣諸島に自衛隊の駐留や住民への上陸を許可し、オスプレイなどの島嶼防衛設備を充実させ想定される様々な安全保障上の対策を講じるべきだが、敵国条項が存在する限り、常任理事国である中共が「侵略」と看做せば状況が一変する。

 中共が国連総会に於いて「敗戦国(日本)が戦勝国の領土(沖縄・尖閣列島)を占領しようとしている」と発言したのを覚えているだろうか。

 この主張は、国連憲章第53条並びに第107条の「旧敵国条項」を念頭にした発言だが、未だ我が国は国連(戦勝国)からすれば「敵国」の儘なのだ。

 国連憲章の敵国条項とは「連合国の敵国であった日本などが再び侵略行為を行った場合、他の国は安保理の承認なしに武力行使出来る」と規定されている。

 つまりは国連憲章に基付けば中共は戦勝国として我が国を監視し、我が国の如何なる理由に因る防衛も、中共が「侵略行為」と断定すれば武力行使は可能となる。

 そうした中で若し尖閣での戦闘行為となった場合、米国が同盟国として参戦するか否かだが、容共派のバイデンは拱手傍観を極め込む可能性は少なくなく、そうなった場合、日米同盟も日米安保条約の在り方を根底から考え直す必要があろう。

 日本が一時的にでも中共軍を追い払うことが出来なかったとしても、平和ボケしてる国民が領土主権の重要性に目覚め、憲法論や国防力を見直す契機にもなるだろうし、我が国がまとまな国家となる好機であり、願ったり叶ったり。

 中共の場合はそうはいかない。紛争での失態は、習近平体制の威厳を失墜させ、周辺国への恫喝も通じず、巨大な軍事力を背景に弾圧されてる国々は独立に向けて自信を深める結果になり、共産主義一党独裁体制を崩壊する危険を孕んでいる。

 そう考えれば、習近平が国連憲章第53条並びに第107条をチラつかせ「日本の侵略行為」を主張し、海警法を改正しても直ちに行動に移すとは考えられない。そんな杞憂より、中共の世論操作や工作を如何に食い止めるかが重要となる。

 米国大統領の最中に海警法の改正を謀り、尖閣を虎視眈々と狙っているが、中共が狙うのはトランプ敗退後のバイデンの台湾切り捨てに伴うアジアの混乱だろう。

 昔から、アジアの動乱の原因は米国と共産主義だった。20世紀は正にキリスト教徒の望んだプロレタリア独裁を標榜する中国共産党と米国が世界の脅威となった。歴史は繰り返されるというが、習近平とバイデンが災いとなる可能性は高い。

 東シナ海の浙江省・南麂列島(南キ列島)は、尖閣諸島奪還を狙い軍事基地が整えられいる。習近平はこの島を「宝島」と評してる意味はどういうことか。

 この島から尖閣諸島まで約300キロ。「釣魚島奪還」を狙う中共にとって格好の立地。因みにこの南麂島は先の大戦では日本軍が上陸した島であり、支那大陸での国共戦争に於いては、劣勢になった国民党軍が「反共」の拠点を構えた島だ。

 南麂列島は碧く澄んだ海に囲まれ、海の幸のも恵まれたこの島はユネスコのエコパークに登録されている。この島の観光開発を奨め指示したのは習近平だった。

 習近平が主席に上り詰めると新たな野望を果すべく、この島を領土防衛の最前線として要塞化を進めた。こうした軍事行為を看過してるユネスコもユネスコだが、エコパークさえも利用する精神性の異常さは共産主義者ならではのものだろう。

 支那には古より「声東撃西(せいとうげきせい)」という兵法の戦略がある。東の方を撃つぞと見せかけて、実は西を撃つというのが支那戦史の鉄則。

 斉の威王が軍師・孫臏の献策により、魏が趙を攻撃している最中に魏の都を急襲して趙を救ったという故事「囲魏救趙(いぎきゅうちょう)」という戦略もある。

 こうした故事からも、尖閣問題を始めとする東シナ海のトラブルは、見方によっては中共の真の狙いは尖閣ではなくて、台湾や南シナ海なのではなかろうか。

 南シナ海のスカボロー礁はフィリピン・ルソン島に近くある島で、中共が竣設船とみられる大型船を展開し、軍事基地建設活動を強行したことは記憶に新しい。この島はフィリピンと台湾が主権を主張してるが2012年に中共が実効支配した。

 中共のこうした行為を容認したのはオバマ大統領の時代。民主党であるオバマは習近平の微笑外交と噓八百にまんまと騙された。バイデンも同じく、トランプの中共の脅威論に「そんなことはあり得ない」との認識を披歴してる。

 中共が尖閣諸島の実効支配を謀るとしたら、南シナ海で実行した漁民に扮した工作員が何らかの理由をこじつけて島に上陸し、その後に「漁民保護」を名目に中共軍が御出座しになるといった、セコ~いやり方くらいしか出来まい。

 中共なんぞ恐れるに足らないチンピラ国家であり、恫喝に屈することがあってはならない。いっそ尖閣列島で紛争が勃発すれば、一気に習近平体制と共産主義を崩壊させる一因となり、我が国は世界から称賛されることだろう。

 尖閣での日中衝突は、西沙諸島、南沙諸島、或いはインドやカシミール地方で中共の無法、虐政に呻吟している国々にとって希望の灯りとなるだろう。

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2020年11月06日

連日米国大統領選がトップで報道される不思議

 連日トップで報じられる米大統領選。拉致問題や対中外交を思えばトランプの方が好いかなくらいで、バイデンが当選しようが、日米関係は大して変わらない。こうした報道を見てるとやはり日本は米国の51番目の州なんだと痛感する。

 米国製の憲法を有難がってるのも正しく属国らしい。そういやバイデンは過去に「日本の憲法は米国が作ってあげた」と発言したことがあったな。

 当時、民主党代表だった岡田克也はこの発言に異を唱え、「(GHQが)草案を書いたかどうかというよりは70年間、日本国憲法を国民が育んできた事実の方がずっと重要なことだ」と、如何にもノー天気な護憲派らしい認識を示した。

「国民が育んできた事実」というのはキレイゴトに過ぎず、要は世界の国々が時勢に合わせ改憲していく中で、我が国の政治家は拱手傍観を極め込み、現憲法の矛盾や問題を先送りし、国家の大本を米国に委ね続けただけのことではないか。

 現憲法で得たものは、成否は別として「自由主義」「民主主義」「人権尊重」「平和主義」であり、まぁ今日の基を築いたと言っても好いだろう。

 だが、逆に失ったものは遙かに多い。「礼節」「長幼の序」「忍耐・我慢」「滅私奉公」「信義」「忠義」「愛国心」・・・数え挙げたら限がない。

 こうしたもの全てが現憲法の所為かどうかは分からないが、日本人はいつの間にか利己的なことを恥じない人間ばかりが殖え、自己犠牲の精神など皆無に等しい。 

 自分を犠牲にして他人に尽くすことこそ日本人たる所以であり美徳美風であるのだが、今や心の中の高貴さを失い、高邁な知性の磨きを様を忘れてしまった。

 想えば、日本は戦前と戦後では全く別な国になってしまった。無条件降伏した日本が米国の51番目の州から免れたのは戦後の帝国主義の崩壊が理由だ。

 その代わり米国は徹底した教育改革を行った。その徹底した「戦後民主主義教育」は、意図した以上の効果を上げ、現在も我が国に様々な影響を及ぼしている。「戦後民主主義」とは、自国を汚辱に塗れた過去と捉える自虐史観である。

 米国の指導の下で育った者は、国家から恩恵を受けながら個人と国家を常に対立させ、恰も国家は「人間を抑圧する組織」と見做して、反国家反体制的なポーズをとることが「進歩的」で「文化的」だと錯覚している。

 占領下、教育改革と並行して徹底したのが言論統制であり、情報発信の中枢であったNHKや朝日新聞、岩波書店がGHQの監視下に置かれ徹底して洗脳された。

 未だにこの三バカ組織は、米国の洗脳状態から脱却出来ずにいるどころか「反米」を気取り、日本を貶めているのは売れない吉本芸人より笑えない。 

「政治は三流、経済一流、官僚機構は超一流」と揶揄されたのも今や昔の話。その経済も崩壊し、商業道徳そっちのけで営利至上主義に狂奔したツケが出た。

 江戸時代、商人は「士農工商」の下位に置かれたのは、日本人からすると「金儲け」とは「賤しい」と捉えられ、軽蔑の対象だったからで今もその精神は変わらない。商人こそ襟を正し質素倹約を心掛けなければならない立場なのだ。

 江戸時代の思想家・石田梅岩は、商人の役割について「余ったものを足りない所に送り社会全体を過不足なくすることだ」と倹約の公共的な経済効果を唱えた。

「倹約」は「ケチ」とは違う。「倹約」とは社会の為に我慢することで、「ケチ」とは倹約の意味を穿違えて出し惜しみをしてる現在の経営者の喩えでもある。

 三度のメシを二度に減らしてはいるが、その余った分を頑張っている仲間らに分けてやれば好いものを、後で自分で食べたり、バカ息子に譲ったりでは経済が停滞するのも当り前。景気低迷の一因は、こうした経営陣の心の乏しさが要因である。  
 
 政治は三流どころか益々悪くなる一方だ。過去には、政治が如何に混迷しても、超一流の官僚機構が「日本丸」の舵取りを巧くやってくれるという「神話」があったのも事実だったが、今やその官僚が国を滅ぼす一大勢力になってしまった。

 果たして日本丸は何処へ向かってしまうのだろう。嘗ての日本は「恥を知る」国民だった。こんな国になったのは米国製の日本国憲法を始めとした御粗末な法律や愚策が元凶であり、それらに異を唱えない政治家や官僚、マスコミも第五列。

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2020年11月04日

右翼活動家が演説を上手くなろうと思ったら落語を聞きなさい(笑)

「読書の秋」とか「燈火(とうか)親しむべし」という。秋になると涼しさが気持ち良く感じられ、灯り(燈火)に馴染む様になるという。秋は読書に一番適した季節だという、唐代の文人である韓愈(かんゆ)の詩からの由来である。

 読書は読まないよりは読んだ方が好いというくらいなもので、「読書は楽しいし勉強になる」というなら別に読書じゃなくても映画でも落語でも愉しいし勉強になる。本を読むなら感銘した部分や言葉を書き出してみるのが好い。

 最近はとんと読書の量が減った。というのも、最近の政治の本は営業保守らの似た様な内容ばかりでつまらない。それなら映画や落語を聴いてた方が為になる(笑)

 昔の日本映画には今では使われない言葉に溢れている。盲(めくら)、唖(おし)、吃(ども)り、跛(びっこ)、聾(つんぼ)などの放送禁止用語がバンバン飛び交ってて実に面白く、台詞そのものが実に興味深いものばかり。

 古典落語も同じく、差別用語だけではなく、懐かしくも美しい日本語が処処に溢れていて、こうしたことを気にしながら観たり聴いたりすることこそが生きた「耳学問」であり、実践した教育でもあると思っている。

「憚(はばか)り様でした」(ご苦労様です。恐れ入ります)
「傍杖(そばづえ)を食う」(思わぬ災難に遭う)
「荷が勝つ」(責任・負担が重過ぎる)
「武士は相身互い」(同じ立場の者は助け合うべし)
「罪業の深さ」(罪の原因となる行為)
「浮世に拗(す)ねる」(世の中に逆らう)
「卒爾(そつじ)ながら」(人に声をかける時に言う語)
「阿漕(あこぎ)な奴」(あつかましいヤツ)
「お為倒し(おためごかし)」(上辺を取り繕ってるが実は自分の為)
「朝未(ま)だき」(夜の明けきらない頃)
「足元から鳥が立つ」(身近な処で意外なことが起こること)

 上はホンの一部だが、現代では余り馴染みのない言葉や台詞のオンパレード。映画や落語は娯楽や趣味だから、こうした難解な言葉を四六時中考え、気にして観聞きしている訳ではないが、気になった言葉を書き留めて調べてみるのも楽しい。

 この「四六時中」という言葉も、昔は「二六時中」と言ってたそうだ。旧暦だった時代には一日を十二刻で数えていたから「二六時中」と言ったらしいが、二十四時間制になって「四六時中」に変わったというから面白い。

 言葉は時代と共に移ろうものだが、時代時代でどういう人がどういう風に使っているのかを知れば、また違った世界観を知ることが出来るというもの。外国語に比べ、語彙に富んだ日本語というのは実に素晴らしい文化そのものだ。

 好きな落語家は三代目・三遊亭金馬で、歯切れの良い江戸弁は聞いていて実に心地好い。現役の噺家では昔昔亭桃太郎(せきせきていももたろう)」が笑える。

 実にとぼけた芸風で、高座に上がった時から面白い。そのネタの中でも金持ちを揶揄した「金満家族」という現代落語は馬鹿馬鹿しくてホント笑えます。

 桃太郎師匠の「金満家族」の元ネタになったであろうこんな笑い話がある。難破した船員二人が某国に上陸するという筋書き。腹ペコで食堂に入り、食べ終わって勘定を払おうとすると、食堂の主人が二人にこういう。

「君らはこの国が初めての様だが、この国は他の国と違って品物を買った方が金を貰う仕組みになっているんです。食堂で食べた分は、その分を金を持てって貰わないといけません。さあ、これを」と金を頂いた。

 二人はビックリし、次に洋服屋に入り洋服を買ってみた。そこでも同じ様に金をくれた。というので、靴も帽子も、時計もと欲しいものをどんどん買いだした。そして金も持切れなくなって、大きなカバンを買うもまた金が入った。

 初めは面白く、慾も手伝って沢山金を集めてみたものの、最後はげんなりして金を見るのももう懲り懲り。カバンも重いし、二人で相談して金を捨てることにした。

 ところが金を捨て始めると巡査に見つかってしまう。「コラコラ、ゴミ箱に金を捨てるとは何事だ。現行犯として、即刻この場で罰金刑を言い渡す」となる。

 二人はヤレヤレ、これで少しはカバンも軽くなるとほくそ笑む。巡査は「この国の法律では、罰金として相応の金を渡すのだ。署まで付いて来い」という。二人はビックリし、「金はもう沢山だ」と辿り着いた海岸に脱兎の如く逃げ出した。

 それを巡査が追いかけてこう叫ぶ。「逃げるとまた罰金の金が多くなるぞ!」というのがオチ。「金満家族」では桃太郎師匠が更にアレンジしてます。

 金を追いかけてる時というのは金が逃げて行く。「もう金は要らない」と思うと、金の方からやって来て、自然に金が貯まって行くもの。金の無い時というのは金が欲しくて苦労し、金が貯まって来ればまたそれなりに苦労が増える。

 金というのは絶対なものではないが、無いよりはあった方が何かと便利で、金が無いと人間的にも卑屈になりがち。まぁ、愚生的には金が無くても卑屈だとは思っていないが、金のネタで笑わせてくれる落語というのは実に素晴らしい。

「金満家族」はネットでも視聴出来ますので検索してみては如何でしょう。そこの活動家を自任してる君、ネット右翼より御粗末な理論をひけらかし下手クソな街頭演説をするよりも、寄席に通ってプロの話しっぷりを身に付けなさい。呵呵。

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2020年11月03日

「文化の日」は明治天皇の御遺徳を偲ぶ日ではなく第二の憲法記念日

 本日11月3日は「文化の日」。明治時代の天長節であり、我が国教育の指導原理である教育勅語を下賜され、教育・文化を重んじた明治天皇を偲び、日本文化を奨めるならいざ知らず、「自由と平和を愛し、文化をすすめる」とはどういうことか。

 この「自由と平和」の趣旨は、現憲法の平和主義であり、日本国憲法が公布された記念日として祝う為のもので第二の「憲法記念日」と言うのが正しい。

 現在の日本国憲法は、国法である憲法を占領軍が制定することは不適当であるとして表面上は新憲法(日本国憲法)の制定とはなってはいるが、建前上は大日本帝国憲法(欽定憲法)第七十三条の改正で日本人自身が制定したことになっている。

 第七十三条の条文は「将来此ノ憲法ノ条項ヲ改正スル必要アルトキハ 勅命ヲ以テ議案ヲ帝国議会ノ議ニ付スヘシ 此ノ場合ニ於テ両議院ハ 各々其ノ総員三分ノ二以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開クコトヲ得ス 出席議員三分ノ二以上ノ多数ヲ得ルニ非サレハ 改正ノ議決ヲ為スコトヲ得ス」と規定されている

 昭和21年11月3日、帝国議会に於いて昭和天皇が「朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる。御名御璽」と下賜されている通りである。

 当時、我が国は連合国の占領下に在り、当時の政府にしてみれば不本意ではあるが、米国の高圧的な対応や如何なる不条理を呑まざるを得なかったというのが真相であり、現憲法が米国の押し付け憲法であると断じられるのはこういうことだ。

 ポツダム宣言受諾から1年余りで日本国憲法が制定されるのだが、国民主権に関わる基本法である憲法を米国主導で強圧的に行われたことは国際法に問われて然りの大問題である。改憲議論と並行し現憲法の制定過程を検証するべきだろう。

 戦前の「明治節」であり、国民挙って奉祝した日である11月3日に日本国憲法を公布させたということに米国側の「有り難く思え」との如何わしい意図が窺える。

 占領統治時代には多くの策謀が実行されている。例えば「東京裁判」でも、所謂「A級戦犯」28名が起訴されたのは昭和天皇の「天長節」で、当時の皇太子殿下(上皇陛下)の誕生日である12月23日に東条英機閣下以下7名の絞首刑が執行された。

 現憲法の発布日を明治節にしたという事実は、国民と天皇の繋がりを否定し贖罪意識を植え付ける為のものである。こうした事実を知るだけでも、米英を始めとした連合国が如何に非情で無慈悲な、日本人矯正を実行したかが理解出来よう。

 本日の文化の日の趣旨である「自由と平和を愛し、文化をすすめる日」とは現憲法を絶対不可侵なものとしての強要である。祝日法改正を断行すべし。

 現憲法前文には「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼し・・・」という記述がある。だが、「平和を愛する」という感情と、現実的に平和を守るというのは違う次元というのはバカでも分かる。現憲法を有難く思っているのは誤憲派ばかり。

 今こそ戦後のあらゆる不条理を検証せねばならないが、不条理の最たるものが現憲法である。諸悪の根源である現憲法の改正は現憲法を認めることに他ならず、制定過程に遡り無効宣言をすることこそが最良であり、主権回復への近道でもある。

 保守派や愛国団体の中には本日を「明治節」として、明治神宮を参拝し、明治天皇の御遺徳を啓蒙するという行動も見受けられる。「明治節復活」は異論はないが、果して明治神宮がそれに相応しいかといえばそれもまた疑問である。

 明治神宮は国民の総意により、明治天皇と憲昭皇太后の御遺徳を偲び創建された神社である。だが、平成16年、明治神宮は突如として神社本庁から離脱した。

 神社庁からの離脱し一宗教法人になる理由として、平成16年4月の陛下御親拝の案内状に「陛下」を「殿下」と誤記してしまった責任を取っての離脱としている。如何にも尤もらしいが、ならば宮司が腹を召して詫びれば好いだろう。

 誤記は単なる言い訳であり、真相は神社本庁での主導権争いや確執の末の離脱というのが真相であり、一宗教法人になったのも卑しい営利至上主義からである。

 明治天皇と憲昭皇太后の御遺徳を偲ぶという本分を忘れ、神社を私物化し、営利至上主義に奔っているこうした現状は、神道の教えからも憂慮すべき事態である。保守派並びに愛国団体は明治神宮のこうした姿勢も糺さねばならない。

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2020年11月02日

「早く死んでは夢も叶うまい」北条早雲の処世術に学ぶ

 愚生は主君(会社)に仕えることなく俸禄(給料)も無いので、素浪人(正統右翼浪人)を自任している。侍(サムライ)は主君に仕え、侍(さぶら)うこと。つまり俸禄を頂くことで、浪人とは侍(さぶら)うことではない。

 昔の右翼の世界にはそうした素浪人が多かったが、今は働きながら活動してる右翼人ばかり。破天荒さはこじんまりと治まってしまった。野武士から身を起こして、伊豆、相模両国の大守となった武将の北条早雲の生き様は見倣うことが多い。

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 早雲は若い頃には「新九郎」と呼ばれて伊勢地方で育った。四十近くまで裸馬の生活をしながら一国一城の主を夢見ていたという変わり者だった。そんな伊勢時代、早雲は仲間六人と神水を飲み交しこんな誓いをしたという。

「我ら七人、如何なることがあっても仲違いなどすまい。互いに力になり合って武功を立てて立身しよう。もし、この中の一人が大守になったら、残る六人はその家人となって助けようぞ」

 三国志の「桃園の誓い」に「我ら三人、生まれし日、時は違えども兄弟の契りを結びしからは、心を同じくして助け合い、困窮する者たちを救わん。上は国家に報い、下は民を安んずることを誓う。同年同月同日に生まれることを得ずとも、同年同月同日に死せん事を願わん」というのがあるが、アレは創作でしかない。

 早雲の契りは実話だから面白い。新九郎(早雲)らが契りを交わしてから十五年、新九郎が五十五、六歳になって、小さいながらも一国一城の主となった。

 新九郎が一国一城の主になると、他の六人は約束を守って家臣となり、やがて新九郎が北条早雲と名を改め、伊豆、相模両国を支配する戦国大名にのし上がった時には、六人は家老として仕え、その関係は終生変わらなかった。

 好い時も悪い時も同じ様に付合い、幼き頃の高が知れてる約束事を忘れることなく実行したというのは素晴らしい。男の約束、男の友情とは斯く在りたいものだ。

 早雲の立派なことは、民心を安定させ、領民の全てを心服させていたことだ。当時、戦国の世の中は戦争に明け暮れていた関係で、どこの国でも農民を苛め、分けても関東地方一帯は、租税の厳しさでは群を抜いていた。

 当時の租税を「七公三民」といって七割を領主が召し上げる制度で、現在の税制と同じ様なもの。早雲はこれを「六公四民」に改め、百姓を苛める役人を処罰し、病弱者の為に今でいう診療所を開いた。領民の喜びの大きさは計り知れない。

 政というのは斯く在るべきだろう。北条家が後に五代続いたのも早雲のこうした善政の賜物。五十半ばから芽が出た早雲は、大器晩成の模範の様な男である。

 早雲が伊豆、相模を平定し、関東を制圧したのが実に八十七の時だ。その翌年、八十八で亡くなる。長生きは流石に真似出来ないが、還暦を迎えた愚生ではあるが、右翼人として活躍の場は未だ在ると思えば活力が漲るというもの(笑)

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 愚生も大器晩成だと自分自身に言い聞かせてはいるが、愚妻曰く「大器晩成の早死にタイプ」ということらしい。まぁ活動家にしては長生きし過ぎたが、憎まれっ子世に憚るというし、大いに憎まれ口、耳の痛い話を垂れ流してやろう。呵呵。

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2020年10月30日

「教育勅語」を奉読し日本人としての自覚を再確認しよう!

 明治23(1890)年10月30日、畏くも明治天皇は我が国の教育の指針とするべく、山縣有朋内閣総理大臣並びに芳川顕正文部大臣に対し「教育ニ関スル勅語」下賜し、我が国教育の指導原理となる教育勅語が渙発された。

 然し、大東亜戦争で敗戦後、占領下だった1948年(昭和23年)6月19日に国会決議に拠り教育勅語は廃止され、GHQに因り内務省所轄だった教育の在り方が抜本的に改革され、教育荒廃の現況となる「教育委員会」制度が導入された。

 教育委員会制度は、抑々、米国がその占領政策の一環として導入したものであり、現今の教育の荒廃、教育制度の在り方を見れば戦後の米国主導の教育が間違っていたのは明らかで、教育委員会は即時廃止するのが日本教育再生の道である。

 米国は「戦前の日本の軍国主義が日本の中央集権的教育制度を齎し、それが結果戦争に繋がった」と結論付けているが、詭弁以外の何ものでもない。

 こうした愚にも付かない理由から、我が国の学校教育を内務省の中央集権的統制から解き放ち、その管理を地域住民の代表により構成される合議制の「教育委員会」の下に置こうと画策し、それらの実行を謀った。

「教育委員会」のモデルとなったものが、米国の教育委員会制度である。これは米国の開拓時代の占領統治の思惑から生まれたもので、日本の統治も同様に、占領によって米国の意のままに置こうというのが狙いであったのだ。

 我が国の歴史・伝統・文化を否定し、国旗・国歌反対を叫び、皇室と国體破壊を目指す日教組や全教は国内最大の癌であるが、戦後の教育荒廃の元凶こそが米国の意の儘に民主教育行政を司った教育委員会であり文科省なのである。

 米国が実行した「戦後民主主義教育」は米国側の思惑以上に大きな成果を齎し続けている。戦後教育の誤りを見直さない限り教育の正常化はない。

 安倍政権は第一次政権下で「教育基本法」の改正を行い、米国時代の悪しき教育制度からの脱却を目指したこと自体は間違ってはいない。ならばその教育改革の総仕上げとして教育委員会制度廃止を実行すべきだったが看過した。

 旧態依然の我が国の教育制度を文科省に一任しところで仲間同士を庇い合って頓挫するのは目に見えている。教育理念が欠落してる文科省も教育委員会も日教組も全教も言うなれば一蓮托生であり、教育荒廃の腐った肥溜めなのだ。

 占領時代の陋習である教育委員会制度の廃止なくして教育改革はあり得ず、占領下に廃止された「教育勅語」を復活し教育の指針と成し教育の再生を図ることは、我が国の教育を正し日本民族の精神を取り戻す上でも重要なことだ。

 教育勅語には次の12の徳目が記されている。

 1.親に孝養を尽くしましょう(孝行)
 2.兄弟・姉妹は仲良くしましょう(友愛)
 3.夫婦はいつも仲睦まじくしましょう(夫婦の和)
 4.友だちはお互いに信じ合って付き合いましょう(朋友の信)
 5.自分の言動を慎みましょう(謙遜)
 6.広く全ての人に愛の手を差し伸べましょう(博愛)
 7.勉学に励み職業を身に付けましょう(修業習学)
 8.知識を養い才能を伸ばしましょう(知能啓発)
 9.人格の向上に努めましょう(徳器成就)
 10.広く世の人々や社会の為になる仕事に励みましょう(公益世務)
 11.法律や規則を守り社会の秩序に従いましょう(遵法)
 12.正しい勇気をもって国の為に真心を尽くしましょう(義勇)

 教育勅語を諳んじられたところで意味は無い。道徳教育で大事なものは幼年期の「躾」であり、道徳というものを概念的や論理的に捉えようとするのではなく、学んだことを如何に実践するか、如何に行動で表せるかが大事である。

 信仰や宗教でもそうだが「道」というものは日常の実践であり、特別に意識するのではなく、日常を過ごしながら身に付き、行動に現れてくるものなのだ。

 道徳教育の根本は、明治天皇の恩徳により渙発された「教育勅語」に示されている通り、日本人としての「忠孝の道」を確立することに在る。

 拙ブログの冒頭には、昭和天皇に論語の漢籍の進講をされたこともある戦前の日本を代表する倫理哲学者・哲学者・西晋一郎の次の言葉を記している。

「我が民族の将来と国家の前途を思うは人間の最も真剣なる感情であり、君国に忠、親に孝なるは最も現実なる道徳である。之を離れては人類愛も世界的正義も空想に過ぎない」

 要するに「君国に忠、親に孝」これを離れては、人類愛も平和主義も憲法論議も空理空論どころか、空想に過ぎないということだ。

 我が国は、2778年以上の歴史が続く君主国家であり、そして神武肇国の理念は「八紘を掩(おおいて)一宇と成す」という家族国家の形成に在る。

 日本を再生するということは日本が欧米の様な国になることではない。日本再生とはその原点である日本の背骨を取り戻すということである。

 その背骨とは何かといえば、日本人として生きて行く上で大切なものは国への忠誠心と親への孝養であり「君国に忠、親に孝」ということに尽きる。

 つまり、我が国は天皇を戴き(君)、全ての日本人が、陛下の下に一つの家族となって(忠)、先祖代々続く日本人としての血統を重んじ(親)、父祖に恥じない生き方を実現する(孝)、ということである。

 教育勅語渙発の日に当たり、教育勅語を声高らかに奉読し、先人の営為と知恵に学び、日本人としての自覚を再確認しようではないか。

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2020年10月26日

この漫画が「子ども」表記のバカどもをよく表現している(笑)

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「子供いじめ(クリックすると大きくなります)」という漫画を見ると、当たり前に使われている「子ども」表記が如何にアホらしいかが分かる。「子供」という漢字表記を使いたくないなら、平仮名で「こども」と書けば好いだけのこと(苦笑)

 平成26年6月、文科省は国会での議論を経て、マスコミや左翼どもが常用してる「子ども」表記を、漢字表記の「子供」に統一する通達を出している。

 現代国語を書き表す場合の漢字使用の目安として用いられる「常用漢字表(内閣告示)」というのがある。これを基にした「新公用文用字用語例集(内閣総理大臣官房総務課監修)」には「子供」と表記する様に示されている。

 マスコミを中心に左翼勢力は確信的に「子ども」表記を続けているが、当時の下村博文文部科学大臣の下で通達を出していることなんぞ知らないのだろう、自民党議員までもが「子ども」表記を使ってることはマヌケとしか言い様がない。

「子ども」表記に固執している連中というのは、「子供」の「供」という字が「お供え物」「お供する」などを連想させ「差別的な印象を与える」というのが理由。共産党は「子供」とは「大人の付属物や人身御供を意味する」と主張している。

 何処のどいつが、子供を「お供え物」「人身御供」と連想するというのだろう。遜った「私ども」の様な接尾語の場合は「原則、仮名で書く」とされているが、「大人」に対する「子供」を意味する場合、漢字二字で表記するのが正しい。

「大人のお供(とも)」を表しているというが、その場合、「お供」ではなく「お伴」と書くことさえ理解してない。供物と同じく「子供とはお供え物」とは正にキチガイどもの言いがかりであり、即ち、子供への敬意が足らない証左でもある。

 悪党や政治家らを悪意的に「悪党ども」とか「政治家ども」とか詰ったりするし、「野郎ども」「若造ども」などと言ったりするが、「ども」とは敬意が低く、目下の者や見下した意味合いに用いられる場合が殆どということも知らないのか。

 この場合の「ども」は漢字だと「共」だが、子供の「供」を平仮名併用の「子ども」と表記することは、逆に言葉遊びで弄んでいると捉えられても致し方ない。

「子供」と同じく「婦人」というのも、アホンダラ左翼どもやジェンダーフリーの性的変質者どもらの企てによって公文書から消されてしまった漢字の一つ。

 これは、インチキ漢字研究者が、後漢時代の「説文解字」を紐解いて、「婦人」とは「箒を持って掃除をする女のこと」と紹介したことに始まる。

 この自説に、前出の性的変質者どもとキチガイどもが飛び付いて「婦人は差別だ」と叫んで抹殺した。しかし、間もなくこの説は全く誤りだと判明する。

 甲骨文字、それに続く金文の研究から「婦人」の「婦」は、「宗廟に酒を捧げ清める高貴な女性の意味」だということが判明する。だが、悲しい哉、男女共同参画社会の風潮の中でこうした言葉遊びや造語が改められることなく常用されている。

 また、男女共同参画社会の今では「看護婦」ではなく「看護師」と呼ぶ様になった。この「師」というのは、師団、軍師、派遣、元帥、追撃などに含まれる「追」のツクリは、軍隊を派遣する時に食料である肉を分けることが原義だ。

 普段、「平和」「平和」と叫んでいるアホンダラ左翼どもらは「師」の意味も分からずに「看護婦」を「看護師」と呼び換えて満足してるが、無意識のうちに軍隊に起因する漢字を使用しているとは夢にも思っていないだろうよ(苦笑)

「男女共同参画社会」というのは、こうした言葉遊びから始まった左翼に拠る共同謀議的愚策であり、保守派であるべき自民党議員どもらが「子ども」に違和感を覚えることなくそれらに与し、率先して実践していることは滑稽極まりない。

「子ども」表記を使ってるのは共産党どもや左翼ども、単なる無自覚左翼のアホどもと見て間違いない。「子ども」表記を続けてるマスコミというのは左翼どもであり、疑うことなく使ってる野郎どもは余程のバカどもと見て好い(苦笑)

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2020年10月22日

迷故三界城 悟故十方空 本来無東西 何処有南北(無着道忠禅師)

「苦しいこともあるだろう。言い度いこともあるだろう。不満なこともあるだろう。腹の立つこともあるだろう。泣き度いこともあるだろう。これらをじっとこらえてゆくのが男の修行である」とは山本五十六元帥の金言である。

 修行の仕方には色々あるのだろうが、愚生の場合、手っ取り早いのは歩くことだと思っている。兎に角歩く。30分とか1時間ではなく半日くらい歩いてみる。

 初めこそ歩きながら頭に過った由無し事をあれやこれやと考えたり、演説の練習がてらペラペラと喋ってみたりするが、そのうち考えることも忘れて無心になる一瞬がある。これも座禅でいうところの無の境地というものなのではあるまいか。

 四国巡礼の御遍路にはいつか行ってみたいと思っている。歩くことで過去の自分と向き合い、あれやこれやと想いを巡らせているうちに歩くことに集中しそれが修行となる。四国巡礼の御遍路で被る笠には次の言葉が書かれてある。

 迷故三界城 (迷うが故に三界は城なり)
 悟故十方空 (悟るが故に十方は空なり)
 本来無東西 (本来東西は無く)
 何処有南北 (何処んぞ南北有らんや)無着道忠禅師 同行二人

 その意味は「迷いがあるから、まるで城に閉じ込められているかの如く愚劣な考えに縛られて自らを苦しめている。悟りを得ると大宇宙の如く自由自在な境地を得ることが出来る。この世には本来、東も西もない。拘りを捨て、ゆったりと世の中を渡って行こう」。「同行二人」とは、いつも弘法大師と共にあるということ。

 読書の秋ではあるが、最近は専ら映画ばかりで本を読む機会がめっきり減ってしまった。座右の書を一冊挙げろと言われれば吉田兼好の「徒然草」だろうか。

 三十八段に「名利に使われて、閑かなる暇もなく、一生を苦しむこそ、愚かなれ。財多ければ、身を守るにまどし。害を買い、累を招く媒なり。身の後には、金をして北斗をささふとも、人のためにぞわづらはさるべき。愚かなる人の目をよろこばしむる楽しみ、またあぢきなし。利に惑ふは、すぐれて愚かなる人なり」とある。

「世俗的な名声とか地位とか財産とかに身も心も使われて、心静かにゆったりと生活を楽しむ余裕もなく、一生あくせくと暮らすなど実に愚かなことだ。財産が多いとそれだけ身を守らねばならず、面倒な煩いを招くもととなる。例え死んだ後でも残された遺族たちは財産分与で揉めるだけだ。そんな愚かな人々の為に自慢したところで、それもまたつまらないことだ。利欲に惑うことは最も愚かな人である」と訓える。

 徒然草と同じく「葉隠」も好きな一冊だ。葉隠の正式名称は「葉隠聞書」といい、佐賀藩士・山本常朝が、同藩の田代陣基に語った口述記録である。

 三島由紀夫は「葉隠入門」で「行動の知恵と決意が自ずと逆説を生んで行く、類の無い不思議な道徳書。如何にも精気に溢れ、如何にも明朗な人間的な書物」と語っている様に、現代人にも通用するものも多く非常に役に立つ金言に溢れている。

 例えば「意見の仕方」のというのがある。「人に意見してその人の欠点を直すということは大切なことであり、慈悲の心とも言える。ただ、意見の仕方には骨を折る必要がある。大方の人は、人に好まれない言い難い事を言ってやるのが親切の様に思い、それが受け入れられなければ、自分の力が足りなかったとしている様だ。こうしたやり方は何ら役に立たない。ただ悪戯に人に恥をかかせ、悪口を言うだけのことと同じ結果になってしまう」と語っている。

 そう教えた上で、「意見というものは先ず、その人がそれを受け入れられるかどうかを見極め、相手と親しくなり、何時も信用する様な状態で仕向けるところから始めなければならない。言い方なども工夫し、時節を考え、自分の失敗談等を話しながら、余計な事を言わなくても思い当たる様に仕向けるのが良い。先ずは良いところを褒めて気分を引き立てる様に心を砕き、そうした上で欠点を直していくというのが意見というものである」と、意見に対する極意を説いている。

 意見一つに、これほどの細やかな気遣いをする現代人はいないだろう。三島由紀夫が「葉隠は道徳規範の書」であると教えるのはそういうことでもある。

 冒頭での「武士道といふは死ぬ事と見付けたり」が独り歩きし、読みもせずに「危険な書」だと思っているのではないだろうか。葉隠は日本人必読の書である。

 葉隠では「美しく死ぬか」と教え、同時に「何の為に生きるか」と説く。「人間の一生なんて真に短いものだ。だから、好きなことをして暮らすべきである。(中略)。自分は寝ることが好きだ。だから、今の境遇に合わせて、家に閉篭り、寝て暮らそうと考えている」との一節がある。「寝て暮らそう」とはどういうことか。

 三島由紀夫はこうした喩えを「逆説」と教えているが、道徳規範の書と言われる葉隠は「その裏の真実を読み取る術が要求される」とも語っている。

 常朝の教えを真似している訳ではないが、団体を辞してからというもの家に引き籠っていることが多い。碌に働きもせずに浪人として生きて行くことは他人が考えるより過酷な精神修養で、小人故に暇を持て余して不善を成す危険と相対す(笑)

 最近は山歩きも御無沙汰だが、山を歩いてると苦しい中にも何かを感じることがある。一人で野営し、当たり前ではない日常をたった一日過ごしただけでも日々の見え方が違うし、例えば布団で寝れるという当たり前なことが有り難くも感じる。

 渓流釣りでもそうだが愉しい中にも崖を攀じ登ったり、それをまた下りたり、激流を超えたり泳いだりと、苦しさがあるからこそ実に清々しい気持ちになる。

 自然の偉大さを感じながらも自然と対峙することで「無の境地」に近付くからではあるまいかと勝手に思っている。来月からはワカサギ釣りが解禁されるが、座ったままで単純な動作を半日ほど繰り返すあの釣りもまた修行に近い。呵呵。

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2020年10月21日

facebookの検閲が止まらない。同じ記事で再々々のアカウント停止処分ってどうなのよ?

 昨日、facebookから「規約違反の通報を受け審査したところ記事の内容は『差別』に該当しますので本日より30日間の利用停止となります」との通告を受けた。コミュニティ規定違反だという当該記事は以前も30日間停止になった内容。

 同じ記事で、然も「公開」されていない記事でアカウント停止処分になるというのは納得いかない。「差別」とは付けたりに過ぎない理由で、やってることは思想差別であり、言論の自由は特定(左翼)の勢力だけに赦されるものらしい(苦笑)

 今回、再々々のアカウント停止になった原因は前回同様、山口敬之と伊藤詩織の「ゲロを吐きまくった女とやっちまった山口敬之が悪い(笑)」との記事の様だ。どう読んでも、この文章のどこが差別や不適切な表現なのかさっぱり分からない。

「ホテルに連れて行くなら、自分の部屋に連れ込むのではなく別な部屋を取ってやるべきだったわな。目が覚めた伊藤は、昨夜の自分の醜態に恥じ入ったのは想像するに難い。そんな申し訳なさからセックスに及んだのだろう」

「ホテルのトイレでゲロをそこいらじゅうに撒き散らし、それを健気に掃除する山口。愚生も経験はあるが、よく貰いゲロをしなかったものだ。まぁ、山口の下心なのか、優しさなのか。愚生ならそのまま放置プレイ必至(笑)」

 こうした愚生の経験から基く表現を不適切だということが不適切ではないか。まぁこうした措置でも経験の一つとして受け容れたら、またしても山口敬之と伊藤詩織の記事で3日間だった停止期間が更に延長されていた(笑)

「『据え膳食わぬは男の恥』とばかりにやっちゃった、たった一発の中田氏で330万円の賠償命令。外国人記者クラブで会見に応じ、裁判への不満と自分の正当性を訴えた。驚くのはその場に伊藤詩織が参加していたことだ」

「伊藤ってのはレイプされてその怖さからPTSD(心的外傷後ストレス障害)になったんじゃなかったっけ。そんな精神的に滅入ってる女が乱入してくるというのも何だかなぁ。PTSDの患者が、加害者と同じ空気を吸っている不思議(笑)」

 過去には、橋下徹関連の記事で「穢多・非人」のことを書いたら、何処の何方かに「差別的表現」として通報されたことがある。「穢多(えた)」や「非人(ひにん)」というのは広辞苑にも出ている様に別に歴史的な事実だ。

「穢多(えた)」「非人(ひにん)」とは、江戸時代の幕藩体制で「士農工商」の更に下の最下位層に位置付けられた人々で、明治以降は「新平民」と呼ばれている所謂「同和」や「部落解放同盟」などの「自称・差別されてる」連中のこと。

 江戸時代、同心を手伝った岡っ引きや十手持ち、罪人の世話や処刑、牛馬処理などを担ったという。明治以降には屠殺に関わり、精肉店や革製品製造などに従事してる人に多いと言われ、芸人も非人の起源と言われている。

「差別はいけない」と批判するが、そうした存在を黙(もだ)し、現代の幼稚な価値観を優先する余り、歴史から消してしまうことが好いことだとは思わない。

 我が国の歴史にそういう負の時代が存在していたのであれば、その成否はどうあれその事実を教えなければ「差別」の意味さえも理解することは出来ない。

 前回は鳥越俊太郎関連の4年前に書いた外国人参政権付与問題の記事で「差別」と警告を受けている。参政権問題は、在日朝鮮人が大半を占める「特別永住者」だけではなく、一般の永住者も選挙権の対象とされているということを書いた。

 参政権付与となれば在日朝鮮人のみならず、支那人永住者にも付与されることとなるのだが、外国人参政権付与問題ではこの点は殆ど議論されてはいない。

 外国人参政権付与問題は、支那人の移民問題にも繋がるもので非常に深刻な問題を孕んでいるのだが、単に「強制連行された」だとか「差別を受けてる」という在日朝鮮人の問題にして、この問題点については語ろうとしないという内容。

 この「朝鮮人」や「支那人」というのが「差別」だという。韓国人は朝鮮人じゃ無いということか?支那人にしても漢民族なら好いと言うことか?

「シナ(支那)は差別用語だから使用するのはダメだ」という。「支那(China)」とは、最初の統一王朝「秦」に由来している名称で、新井白石が「支那」と翻訳したのが始まりだという。岡倉天心の説では「新」に由来しているという。

 シナがダメならば「インドシナ半島」や「東シナ海」も使ってはダメな言葉だわな。「支那そば」も差別の食べ物か。ラーメンというより美味しそうだが(笑)

 中華人民共和国(中共)は日清戦争での敗戦もあって、日本にだけは自分達を世界の真ん中にある「中国」と呼ばせることで「北京が世界の中心だ」ということを暗に認めさせて、朝貢国に仕立て上げ外務省がそれに屈したというのが真相だ。

「中国」という言葉の一番古い意味は「首都」という意味で、「国民国家」を意味するものではない。日本でいう「中国」とは鳥取・岡山・島根・広島・山口県の中国地方のことで、別に「世界の中心」という意味でもない。

 尊皇愛国の書として有名な山鹿素行の「中朝事実」では、世の学者の外国(主として漢土)崇拝を批判し、皇統の一貫を根拠に「日本こそ万国に卓越した中華・中国と呼ぶに相応しい国である」との日本主義を主張している。

 英語圏では中共を「チャイナ」。フランスは「シーヌ」。イタリアは「チーナ」。ペルシャでは「チーン」。インドでは「シナスタレ」などと呼ぶ。ロシア語では「キタイ」。支那大陸の北部を支配しただけの契丹のことだ。

 大統一帝国の秦どころか、契丹と呼称とするロシアに「差別だ」との抗議の声が上がったことがない。要は、「中国」との呼称の強要は日本への逆差別である。

 愚生は常々「中国」と呼ぶのは国際的にも間違いで「支那」と呼ぶことが正しいと考えていたが、考えてみれば「支那」とは二千年の歴史のある言葉でもある。

 易姓革命で政権や王朝が代わっても、その基底にある自然・民族・文化を意味する名称として使われてきた国名であり、共産党一党独裁の近代国家如きを浪漫溢れる「支那」と呼ぶのは分不相応だと感じている。「チャイナ」で好いか。呵呵。

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 画像は、愚生的県内ラーメンナンバーワンの福島市の「支那そば佐川」の支那そば&半ライス&糠漬け。食べたいが、閉店してしまったのは残念至極(泣)

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2020年10月20日

昭和19(1944)年10月20日、「神風特別攻撃隊」が編成される。

 本日は上皇后陛下の御生誕日。謹んで御祝詞申し上げます。マスコミは「さま」付けで報じられているが、天皇や皇族方への敬称略運動は反天皇勢力の反天皇運動の一つであり、日本人であるなら正式な敬称と節度ある敬意を表するべきだろう。

 10月20日は、歴史的にも現代を生きる我々が決して忘れてはならない日でもある。米連合軍部隊は圧倒的勢力でフィリピンのレイテ島に上陸を図ろうとする。大日本帝国海軍は徹底抗戦に応じるも戦況は芳しいものではなかった。

 昭和19(1944)年10月20日、戦況不利な状況から起死回生の反撃を決行し、連合軍の沖縄への上陸と本土決戦を阻止する為に、大西瀧次郎中将の指令下「神風特別攻撃隊(しんぷうとくべつこうげきたい)」が編成された。

 祖国日本を守る為に、愛する家族や故郷を守らんと死を決意して志願した特攻精神は祖国愛の極致というべきものであり、正しく「神風精神」こそは大東亜戦争が自存の為の「祖国防衛戦争」だったことの何よりの証である。

 沖縄への上陸を何が何でも阻止しようと特別攻撃隊が果敢に応戦するも連合軍の圧倒的軍事力には敵わず、翌年4月1日、米軍は終に沖縄に上陸した。

 迎え撃つ牛島満中将指揮下の師団と旅団、及び大田実海軍少将指揮下の海軍部隊、棚町整海軍大佐が指揮する約7千人の航空関係員が対峙する。

「鉄血勤皇隊」や「ひめゆり学徒隊」に代表される少年少女など、軍官民は決死の防衛戦を展開。本土からは、戦艦大和に代表される第二艦隊の出撃「菊水一号作戦」や、桜花隊や敷島隊等の航空特攻「菊水二号作戦」を発動する。

 更には、航空特攻だけではなく、海軍特殊潜航艇「回天」等の特攻作戦を展開する。こうした決死の戦闘空しく、同年6月23日に組織的沖縄戦は終結した。

 沖縄戦では特攻部隊が重要な役割を果たし、特攻戦死者の実に76%が沖縄戦で亡くなられている。鹿屋基地(海軍航空)からの特攻では1981名、知覧基地(陸軍航空)からの特攻で1036名が散華されている。

 特攻作戦は航空部隊や特殊潜航艇だけに止まらず「魚雷特攻」「空挺特攻」「対戦車特攻」「震洋特攻艇」「陸軍海上特攻」など、日本軍の劣勢を覆す為のこうした作戦で実に3972名の若者が祖国日本の為に尊い命を捧げられた。

 沖縄戦に出撃した戦艦大和は沖縄沖で砲撃戦を行う予定であったのだが、出撃後の4月7日、惜しくも鹿児島沖の海に沈んだ。大和の船内には歯磨き粉や歯ブラシ50万人分、月経帯15万人分などの民生品を大量に積み込んでいたという。

 こうした事実はつまり、大和は連合軍の沖縄上陸阻止という戦いだけではなく、沖縄と沖縄の人々を必死に護ろうとした何よりの証明と云えよう。

 特攻作戦を「無駄死」という声を散見する。現在の道徳観や倫理観で生死を語るなど笑止千万。我が国の現在の平和や繁栄は、純真無垢な彼らの尊い犠牲の上に成り立ってるということを現代に生きる我々は決して忘れてはならない。

 沖縄を始め国内では未だに「日本は沖縄を見捨てた」だとか「日本は沖縄を捨石にした」などという左翼勢力に拠るプロパガンダが蔓延っているが、いい加減、被害者意識を捨てて歴史の事実に目を向けたらどうだろう。

 被害者ぶったところでそこからは何も生まれない。純粋に沖縄を護る為に、我が国の未来の為に尊い命を捧げてくれた若き英霊に対し、今を生きる我々が被害者意識丸出しでは一体どんな顔向けが出来るというのか。

 沖縄戦で散華した大田少将は自決前「沖縄県民斯ク戦ヘリ県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」と打電した。この一文から沖縄を死守すべく先人達は戦い、力及ばず敗戦の憂き目を見るが、決して沖縄を見捨てた訳ではない。

 戦後、米軍の統治下に置かれた沖縄県民の負った犠牲は気の毒だが、旧ソ連の残虐非道、鬼畜の如き蛮行を受け、故郷を追われた北の島々の方々の想いに比べれば、占領したのが米国で未だマシだったとは思えないか。

 戦争に負けるとはそういうものであり、先の大戦は「一旦始めた戦争は決して負けてはならない」という重要な教訓を遺したと言えよう。

 10月20日で思い出すのは、新右翼のカリスマ的指導者だった野村秋介が平成5年に朝日新聞社で壮絶な死を遂げたことだ。何故にこの日を選んだのか?

「地久節(当時)の日に・・・」との声も無い訳ではないが、この日が「特攻作戦と若者の命」という深い意味が込められていたからである。

 理論家であり、行動派であり、権力に媚びず、ヤクザにも顔が利き、幅広い人脈を持つ野村秋介の死は、新右翼に限らず右翼陣営全体にとっても大きな痛手だった。野村の死後、右翼陣営には指導者不足という課題が大きく伸しかかっている。

 10月20日というこの日の思いが吾が脳裏に去来する。すめらみこといやさか。

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2020年10月17日

我が国は神の末なり 神まつる 昔の手振り忘るなよゆめ(明治天皇御製)

 本日は「神嘗祭(かんなめさい)」。誠におめでとうございます。先日、支援者から頂いた新米を神棚に供し、畏くも陛下の弥栄を祈念する。

 神嘗祭は五穀豊穣の感謝祭であり、宮中及び伊勢神宮(神宮)では祭祀が行われる。旧暦の9月17日に行われて来たが、明治以降は10月17日に行われている。

 本日は、天皇陛下がその年の新穀を皇祖の天照大御神を祀る伊勢の皇大神宮に奉られ神恩に感謝される、宮中祭祀の中でも重要な大祭である。

 その新穀を天神地祇に供え陛下御自身も召し上がる日が新嘗祭(にいなめさい)であり、神の加護による農作物を始めとした天の恵に感謝する日であるが、何故か「勤労感謝の日」として、日本人にとって重要な祭日の趣旨が失われている。

 最近は、新嘗祭に関係なく誰もが真っ先に口にすることが出来る様になってはいるが、本来は陛下が新穀(初穂)を召し上がられてから頂くのが習わし。

 稲作の起源は、天照大神が瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)が葦原の中つ国(日本の国土)への天孫降臨に際して稲を授けて発した「斎庭(ゆにわ)の稲穂の神勅」であり、稲づくりは天つ神の命令であり、委任を受けた業である。

「収穫は神のものである」ということから先ず新穀を神々に献じ、神勅の精神に則った祭祀である。神宮では神嘗祭が最も重要な祭祀とされ、神嘗祭に御装束・祭器具を一新する。神嘗祭が「神宮の正月」とも言われる所以でもある。

 20年毎に社殿を新しく造営し祭神を遷座する式年遷宮は、大規模な神嘗祭とも言われる。神宮では、式年遷宮後最初の神嘗祭を「大神嘗祭」とも呼ばれる。

 伊勢の民衆は、この祭りを「おおまつり」と呼び、奉祝の行事を行う。神宮の神職や伊勢の神領民はこの祭りが終わるまで新穀を口にしないとされる。

 マスコミ報道やSNSでは何故かヨーロッパを発祥とするハロウィンは話題になるが、我が国の収穫祭である神嘗祭のことは殆ど報じられることはない。

「年中祭日祝日ノ休暇日ヲ定ム」および「休日ニ関スル件」により、明治7年(1874)から昭和22年(1947)まで祝祭日だったがGHQに拠り平日とされた。

 新嘗祭は名称を意味不明な「勤労感謝の日」として現在まで祝日として継続しているが、神嘗祭は戦後は平日の儘だ。10月17日の「神嘗祭」を祝日として復活させることは、我が国の国體の精華を取り戻すことでもある。

 GHQが、我が国の歴史や伝統、文化の否定から始まった「祝日法」を再改正し、春分の日を「春季皇霊祭」、秋分の日を「秋季皇霊祭」とし、同時に建国記念の日を「紀元節」、勤労感謝の日を「新嘗祭」と本来の名称に戻さねばならない。

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2020年10月16日

日本学術会議も日教組もGHQ指導の下で設立されているという事実

 日本学術会議の問題が騒がれているが、学術会議は学術研究会議を前身とし、占領下だった昭和24(1949)年にGHQの監視下で発足した団体である。「科学が戦争に利用された」という反省の上に立って設立された左翼団体というのが正しい。

 GHQは、学校教育の「民主化の一環」として、終戦直後の昭和20年12月に教員組合の結成を指令し、「日本教職員組合(日教組)」が結成されている。

 日教組の「教え子を再び戦場に送るな、青年よ再び銃を取るな」というスローガンと、日本学術会議の「科学が戦争に利用された」という認識は、敗戦国の日本と日本人に対し贖罪意識と自虐史観を植え付けたいGHQの思惑を見事に顕している。

 政治の混乱と矛盾、経済の停滞と低迷、社会の沈滞と退廃、戦後体制の諸矛盾は、大日本帝国憲法の改悪を始めとした米国の断行した占領政策が元凶であり、学術協会の問題を機に米国が謀った様々な占領時の政策を徹底検証しなくてはならない。

 占領下、米国は様々な弱体化政策を断行した。その基本となってるのが占領憲法であり、そして教育に手を出し「戦前の日本の軍国主義が日本の中央集権的教育制度を齎した結果、戦争に繋がった」と結論付け、教育改革を謀っている。

 教育改革では教職員組合を組織し、更にそれまでの我が国の学校教育を内務省の中央集権的統制から解き放ち、その管理を地域住民の代表により構成される合議制の委員会の下に置こうと画策し「教育委員会制度」を導入させた。

 教育委員会のモデルとなったのは米国の教育委員会制度。この制度は米国の開拓時代の占領統治の思惑から生まれたもので、日本の統治もこれと同様に教育を改革させることで米国の価値観を植え付け意の儘に置こうというのが狙いだった。

 我が国の教育の荒廃の元凶は文科省だけではなく、教育委員会と日教組の影響は大きく、米国の実行した「戦後民主主義教育」と「日本国憲法」を始めとした様々な法律や制度の押し付けは、米国の思惑以上に大きな成果を齎し続けている。

 米国の押し付けというと現憲法ばかりが論われるが、教育委員会制度も「労働三法(労働組合法、労働基準法、労働調整法)」も米国製ということを知らない。況してや日本の癌とも言える日教組も左翼の巣窟でもある学術会議も米国製である。

 占領下で強制されたこれらの悉く失敗した米国の策謀を当たり前だと錯覚し、それを変えることすら躊躇しているとは政治の怠慢である。今回発覚した学術協会の売国性は正しく悪因悪果であり、こんな売国団体は解散させてしまえば好い。

 因みに「労働三法」は、憲法28条の労働基本権の理念に基き制定されたことになっている。企業などの労使関係を規定し、対等的労使関係の基礎となっているが、結果は労働組合が乱立し労働人を蔓延らせることとなった。

 労働三法は「理想的な労働関係の法律を作る」とか「労働者の保護」という目的で制定されたのだが、真意は労働者の因るストライキによって日本人の勤労意欲を削ぐことを目的とし、日本企業の生産力低下を狙ったものだった。

 結果は米国の大失策に終わる。全国に労働組合が乱立し、組合員が跋扈し、嗤えることに米国製の法律で守られた労働者が反米闘士となって「反米」や「反基地」を唱える始末で、正に「飼い犬に手を咬まれる」とはこのことだろう(笑)

 我が国は相も変わらず労働者天国というか労働貴族が、労働者らから掠めた組合費でこの世の春を謳歌し、労働組合の傀儡である野党が国益を害し続ける。

 この労働貴族らと同じ勢力が学術会議の面々で、恥も外聞もなく米国の謀った組織に胡坐を掻いて学術なんぞそっちのけで偏狭な思想を垂れ流している。

 労働者にとって中共や北朝鮮の様な社会主義国や共産主義国が理想の国とされたりもするが、どっこい、資本主義であり、民主主義である我が国ほど「労働貴族」といわれるプロ組合員や左翼学者どもが優遇されてる国は無いだろう。

 米国は「日本国憲法」で国民を骨抜きにし、「労働三法」で労働者を優遇し、「教育委員会」制度の導入によって教育を荒廃させたという事実を冷静に見れば、占領下押し付けられた悪法を撤廃し、改革を図るのは当然だと考える。

 米国製の憲法を護り、米国製の労働三法に守られ、米国製の教育委員会を信奉する不思議。米国の意向で設立された「学術協会」も今や左翼の巣窟と化している。戦後の不条理の元凶は戦後ヤルタポツダム体制であり、検証と改革は待ったなし。

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2020年10月15日

「男系男子が絶えることなく続いて来た重みを踏まえる」との認識を確認したというが

 自民党の保守グループ「日本の尊厳と国益を護る会(代表・青山繁晴参院議員)」のメンバーが菅義偉首相と面会し、皇位継承に関し菅首相が「男系男子が絶えることなく続いて来た重みを踏まえる」との認識を確認したという。

 男系男子の継承を重んじ、GHQに拠り皇籍離脱させられた旧宮家の皇籍復帰を実現させれば歴史に名を残す名宰相となるだろうが、俄かには信じ難い。

 菅首相は官房長官時代に安倍と共に退位法案を成立させ、「将来の天皇が退位する際の先例に成り得る」と退位法案を強行させた逆賊の一人でもある。

 皇族の減少への対応策について「早々に対応しなければならない」との認識を持つ、強烈な女性宮家・女系天皇推進派でもある菅が「男系男子が絶えることなく続いて来た重み」とは、首相の座に就いて翻意したということなのか?

 抑々、男子皇族の後継者不足の問題が出始めたのは、敬宮愛子内親王殿下が誕生されてからのこと。現憲法第二条を曲解し「長子優先」を謀ったのが、今や国力低下を謀り反原発運動で国民を誑かしてる売国奴・小泉純一郎だった。

「長子優先」は、現憲法第二条「皇位は世襲のものであつて国会の議決した皇室典範の定めるところによりこれを継承する」を念頭に置いた策謀というのが正しい。

「皇位継承を安定的なものにする」というのは詭弁であり、その実は女性天皇や女性宮家、更には女系天皇を可能にし皇統断絶を謀る為の一里塚である。

 現代人の驕りから、皇統の問題を天皇の御意向を一切無視し、現代の価値観や法令で語ることに違和感というか、怒りを覚える国民は少なくない。

 女性天皇ありきの皇位継承の議論が始められたその翌年、秋篠宮家に長男である悠仁親王殿下が誕生する。小泉は悔しさを滲ませ「皇位継承順位を性別に関係なく長子優先とする」というとんでも法案の提出を断念したのは記憶に新しい。

 その後、皇位継承問題は落ち着いたと思いきや、民主党政権下、野田佳彦が「安定的な皇室活動」として女性宮家問題を提起したことで今に引き継がれている。

 悠仁親王が成人となられ、御成婚し、殿下が誕生するまで約20年はかかるだろうことを、何故に現代で法令を作って迄も変える必要があるとするのか。

 万世一系百二十六代の皇統が貴重である理由は、神武天皇から連綿として一度の例外も無く「男系」で繋がっているという厳然たる事実である。

 安定的な皇位継承を図るならば、占領下に臣籍降下させられた旧宮家の方々の皇籍復帰を成し、更には堂上公家を元に復せば解決する問題である。

 来月8日には「立皇嗣の礼」が行われる。「皇太弟」ではなく共産党の造語でる「立皇嗣」と呼ぶ意味は、後の悠仁親王殿下即位阻止が目的である。

 この裏には秋篠宮家の内親王殿下を女性宮家とする目的が透いて見える。二階幹事長も女性宮家及び女性天皇推進派であり、その目論見は菅と一致する。

 皇位継承で大事なのは神武天皇以来の「男系」の血筋であり、「今上陛下とは血筋が違う」というのは反天皇勢力に拠って創られた現代の価値観に過ぎない。

 旧宮家とは「伏見(ふしみ)宮」「閑院(かんいん)宮」「山階(やましな)宮」「北白川宮」「梨本宮」「久邇(くに)宮」「賀陽(かや)宮」「東伏見(ひがしふしみ)宮」「竹田宮」「朝香(あさか)宮」「東久邇(ひがしくに)宮」。

 旧11宮家の方々は北朝第3代崇光天皇の皇子、栄仁親王から始まる伏見宮の系統に属し今上天皇との関係は、室町時代の伏見宮貞成親王を共通の祖先とされている。

 東久邇宮盛厚王(明治天皇の孫)の妻は昭和天皇の長女である茂子内親王であり、上皇后陛下が民間から嫁がれていることをしても男系男子の正統性を有する。

 秋篠宮皇太弟~悠仁親王殿下の継承は決めっているが、東久邇家以外にも男系男子がおられ、皇位継承は旧宮家の皇籍復帰を成すことで盤石となる。

 占領下、旧宮家の皇籍離脱に最後まで反対した昭和天皇の意を汲み、旧皇族を皇籍復帰させることこそが皇統断絶を救う唯一の道である。全愛国者よ、団結せよ!

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2020年10月13日

選択的夫婦別姓を「何が問題なのかさっぱり分からない」というが(苦笑)

 橋下徹元大阪府知事が、フジテレビ系のニュース番組賛否両論の選択的夫婦別姓について持論を述べた。「夫婦別姓」は橋下のライフワークの様なもの(苦笑)

「別姓にみんなしなさいよ、別姓に強制しますよってことじゃないんでね。同姓でいきたい人は同姓でいいし、別姓でいきたい人は別姓でいいし。選ばしましょうって、何が問題なのかさっぱり僕、分からない」と視聴者を誑かす。

「うちの父親は再婚なので、父親と僕は名字違うままでずーっと来た」と自らの家庭事情を明かし、「名字違うからって家族の一体性がないなんて、ふざけんなコノヤローって言いたいですね。それは関係ないじゃないですか」とは理論の摩り替え。

 橋下というのは一見、保守を装っているが訴えてる中身は「反天皇」「外国人参政権付与」「沖縄独立」「国立戦没者追悼施設建立」等等売国的なものばかり。

 その一つに戸籍法廃止がある。橋下は「日本の戸籍は差別助長のツール」「夫婦別姓の実現には戸籍廃止しかない」と、戸籍法廃止の必要性を訴える。

 その理由は「現戸籍における本籍地や出生地の記載は被差別地域を確認すること以外に使い道がありません。本人の本籍地は簡単に変えることができますが、本人の出生地や先祖の本籍地・出生地は延々と付いてきます」という。

「現代社会において不用な、本人の出生地、先祖の本籍地・出生地情報を戸籍に記載することはもう止めようよという政治的な動きは全くありません。この不要な戸籍記載こそが、悲惨な差別問題を引き起こしている」という。

 部落差別は大阪や京都などの特異な地域での問題であって、また「差別」というが、その差別されてるという意識が被害妄想そのもの。「差別」を利用して戸籍法廃止を目論むこと自体が、同和などと同じ差別利用ではあるまいか。

 家族の一体感を維持しその絆を支えているのが「戸籍」である。国民の出生・結婚・死亡などの身分の変動を「夫婦と未婚の子」を単位として登録する戸籍制度は、結婚や相続など家族生活を営む上で極めて重要な役割を担っている。

 橋下の様な夫婦別姓推進派の目的は、夫婦別姓自体は付けたりに過ぎない理由で、真の目的は我が国が世界に誇る戸籍制度の崩壊と廃止である。

「別姓するくらいなら結婚などしなきゃいい」と思うのが普通だが、その目的が「戸籍法廃止」に在るのだとすれば合点が行くというものだろう。

 別姓推進派は、現在の戸籍制度が家族単位である点を「戦前の家父長制度の残滓」と捉え、戸籍を個人単位の「個籍」や「個人登録制」に改めることを求めている。こうした考えは家族制度の解体を意図していることは明らか。

 現在は民法と戸籍法によって婚姻のときの氏(姓)の決め方が定められている。 民法第750条には「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」と明記されており、夫婦何れかの「氏」を夫婦の氏とする。

 この規定を大半の人は「片方が氏を変える」と理解しているが、「氏は個人の名前の一部」という誤解が混乱を招いているのも確かだろう。

 戸籍でいう「氏」というものは個人を表す名称ではなく、明治維新以前には武士や大店の商人以外は氏などない。明治維新に拠り、戸籍を整える為に全ての国民に「氏」を与え、国民は皇室の家族の在り方を理想とした。

 戸籍には筆頭者のみが氏と名で書かれており、その他の家族は続柄と名しか書かれていない。つまり、氏は個人の名前ではなく家族を表す名称なのだ。

 日本人の日本人らしさの根幹を成す制度というのが「戸籍制度」であり、個人だけでなく、親兄弟や子といった歴史の縦軸の中に生きるという制度であり、正に我が国の「戸籍制度」は世界に誇る制度であると言えるのだ。

 先祖が「穢多(えた)」や「非人(ひにん)」と言われる橋下が反対するのはこういうことで、本音は「差別」を利用して先祖の正体を消し去りたいだけ。

 穢多・非人というのは広辞苑にも出ている言葉で差別用語でもない。江戸時代の幕藩体制で「士農工商」の更に下の最下位層に位置付けられた人々をいう。

 明治以降は「新平民」と呼ばれている、所謂「同和」や「部落解放同盟」などの「自称・差別されてる人々」のこと。日本の歴史的な事実でもある。

 江戸時代、同心を手伝った岡っ引きや十手持ち、罪人の世話や処刑、牛馬処理などを担ったという。明治以降には屠殺に関わり、精肉店や革製品製造などに従事してる人に多いと言われ、芸人も非人の起源と言われている。

 橋下にしろ、問題が出ると必ず「世界ではこうだ」とか「何処何処の国では・・・」という意見を散見する。何か日本が世界に比べて遅れているかの様な言い分に聞こえるが、日本は日本であって他所の国なんぞどうでもいいではないか。

「選択的夫婦別姓制度」を導入したイタリア、オーストリア、ドイツ、デンマーク、スウェーデン、ハンガリー、フランス、スペインなど欧州の国々では婚姻率が4割以上も減り、離婚率が2倍となり、婚外子の割合が5割も増加した。

 北欧、フランスでは婚外子が5割を超え、従来の家族制度が崩壊している。何故にこうなったのかは「選択的夫婦別姓制度」の導入が最大の理由だ。

 抑々、婚姻に際し氏を変える者で職業上不都合が生じる人にとって、通称名で旧姓を使用することが一般化しており、婚姻に際し氏を変更するのも、関係者知人に告知することにより何の問題も生じない。現在はそれが当たり前になっている。

 また「氏を変えることにより自己喪失感を覚える」という様な意見もある。だが、結婚に際し夫婦が同じ姓となり、これから新たな家庭を築くという喜びを持つ方が圧倒的多数であり、それが極めて一般的な日本人の感覚だろう。

 別姓が導入され、別姓世代が続けば家系は確実に混乱して、我が国の戸籍制度や家族制度は瓦解し、祖先と家族・親と子を結ぶ連帯意識や地域の一体感、延いては日本人の倫理道徳観にまで悪影響を及ぼすのは必至である。

 我が国は天皇を族長と仰ぐ家族国家でありこの国體の精華は万邦無比である。反天皇主義者であり、穢多や非人ではないかと囁かれる橋下にしてみれば、日本的家族制度が我慢ならないし、その元凶が戸籍制度だと信じて止まない。

 橋下は、選択的夫婦別姓を「同姓でいきたい人は同姓でいいし、別姓でいきたい人は別姓でいい」とか、戸籍法も「マイナンバーで事足りる」などと世論を誑かしているが、その裏には国體破壊という目論見があることは疑う余地がない。

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2020年10月09日

福島第一原発周辺に貯まり続ける処理水の処分方法は海洋放出しかない

 福島第一原発周辺に貯まり続ける処理水の海洋放出は住民の反対を理由に中断されている。当初は、貯水タンクは秋には満水となるという試算だったが、何やら2年後の夏頃まで延びたからか未だに処理方法すら決まっていない。

 政府は近く処分方法をを判断するというが、処理方法は海洋放出しかない。人体に何ら影響もしていないセシウムの700分の1程度に過ぎないトリチウムの放射線に怯えるというのは如何だろう。これこそ感情論の何ものでもない。

 感情論で行われた除染は、住民の安心より「フクシマは除染をしないと住めない町」との風評を生んだ。トリチウム水の海洋放出は世界の常識。我が県を含めて何処に放出するかであって、処理水の開票放出を受け容れる都道府県を探すべきだ。

 処分方法さえ決定していないことは、核のゴミの処分地を決められないことと同じく政治の怠慢であり、処分方法の全国的議論は問題の先延ばしに過ぎない。

 原子力規制委員会の進言通り、海洋放出を決定した上で海洋放出する候補地選定をどうするかだ。そういう意味からも感情論を排し、「福島県沖ありきではなく、人体に影響が無い処理水を全国の何処に放出したら好いか」を議論すべきだと思う。

 原発周辺に更なるタンクを増設で問題を先送りしても根本的な解決は図れない。処理水の海洋放出を決定した上で、処理水に含むトリチウムの科学的データを示し、海洋放出は人体には全く影響のないことを周知するべきだろう。

 福島県沖への放出は人体的影響は問題は無いが、風評被害が怖いというのは理解出来る。住民の安心から進められた除染は「福島は除染をしないと住めない町」とのレッテルを貼られた。福島県沖への放出も同じ流言蜚語が飛び交うだろう。

 処理水の海洋放出が決定されれば反原発派らが大騒ぎするのは必至。考えてみれば風評被害を招いているのは反原発派も然ることながら放射線に無理解な県民も同じ。トリチウムの何たるかを知らず「トリチウムを含んだ処理水」などと騒ぎ過ぎ。

 昨日都内で行われた第七回意見聴取会で、全国漁業協同組合連合会(全漁連)と福島県水産加工業連合会が「深刻な影響が出る」として海洋放出に反対したが、こういう連中こそが自ら風評被害を招いているという自覚さえ無い。

 国内のみならず原発が稼働している場所では処理水は放出されている。福島原発も事故前は海に放出しており、周辺は人気の釣り場にもなっていた。福島第一周辺に貯まり続ける処理水だけが問題にされているのは福島差別ではないのか。

 不安を煽るだけのマスコミと反原発派の感情論にはもううんざりだ。政府は科学的データを公表し、核のゴミ(高レベル放射性廃棄物)の最終処分場選定と同じく、補償や地方交付税の増額等を示して放出先を応募すべきだと思う。

 状況からして福島県沖がベストだろう。「更なる福島への風評被害を生ませない」というのなら、粛々と海洋放出してしまえば好い。「人の噂も七十五日」ではないが、放出後に日々のデータを公表すれば反原発派の罵声は日々薄まる(笑)

 原発設置県として最悪の事故が起きてしまった以上、最後まで責任を持つべきだが、「県民の声を大切にして欲しい」なんて言ってるから事が進まない。政治家は、大衆の意見とは違う決断が時には必要であるということを痛感する。

 処理水問題は、福島県以外の数県が名乗り出てくれれば容易に解決出来るのだが、そうした決断を出来る知事が果たしているかどうかといえばそれも疑問。

 以前、松井一郎大阪市長が大阪湾受け入れを示唆したが立ち消えになってしまった。福島原発が主に首都圏の電源だったことをすれば東京なども候補地に名乗りを上げるべきだろう。福島県一県だから福島だけが貧乏籤を引くことになる。

 2020年東京オリンピック委員会の総会に於いて、安倍前首相は「(処理水問題の状況は)完全にコントロール出来ている」と大見得を切った。

「処理水問題」は、我が国の首相が公約したことであり、国際的な約束事でもある。処理水の海洋放出は慎重を期すのは分かるが、慎重過ぎても問題あり。

 処理水の海洋放出は一歩間違えば国際的な問題に成り兼ねず、オリンピック終了までは断念せざるを得ないだろう。ここに来て東京オリンピックが1年延期されたが、処理水の海洋放出を断念しタンクの増設で事を濁してはならない。

 以前、建屋屋上へ溜まってた雨水40兆Bq/Lが流出したと大騒ぎになった。4京ではなく40兆Bq/Lで年間にすれば20兆Bq/L。汚染水にはストロンチウムやトリチウムが確認されているが、数値の高さに驚くが人体に影響が出る数値ではない。

 世界基準では、地下水バイパスやサブドレンの放出濃度運用目標は1500Bq/Lと定められている。これをトリチウム水の質量濃度に換算してみると、約2.8×10のマイナス14乗、つまり百兆分の2.8Bq/Lという極めて低い濃度となる。

 ppm(百万分率を表す単位で100万分のいくらであるかという割合を示す数値)や、ppb(10億分のいくらであるかという割合を示す数値)、ppt(1兆分のいくらであるかという割合を示す数値)にも至らないレベルということ。

 現在、世界各国の原発施設から海へ放出されているサブドレン/地下水ドレンのトリチウムは1000Bq/L以下、地下水バイパスでは100~150Bq/L程度。1F港湾内外のトリチウムは検出限界(約2.0Bq/L)以下とのデータが出ている。

 堰内に溜まった雨水(堰内の汚染も含む)も、検出限界(約100Bq/L)以下で、 これらを質量の濃度に換算すると千兆分の1~十京分の1となる。

 仰々しい数値だが、原発周辺に貯まり続ける処理水の数値は気化されたものもあり数値は低い。セシウムの700分の1程度に過ぎないトリチウムの放射線に怯える必要は無い。風評という雑音は直ぐ消える。粛々と海洋放出を実行せよ。呵呵。

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2020年10月05日

「戦争回避を唱えていた近衛文麿首相」というが近衛こそが真の戦争犯罪人

 地元紙の読者の欄の福島市在住の92歳になる女性の投稿が目に留まった。朝ドラの古関裕而の「暁に祈る」の発表会のシーンに感動し、「女子生徒が『暁に祈る』を舞う姿が二度と来ない世の中になる様に祈っています」と反戦を訴える。

 まぁこういう気持ちは分からなくはないが、戦争の認識を穿違えている。というのも投稿には「当時、戦争回避を唱えていた近衛文麿首相が辞すると、次の東条英機首相になると真珠湾攻撃が決行され祖国の歴史に汚点を残しました」と綴る。

 そうした認識の上で「近衛首相が辞めないでいれば、と今でも悔やまれます」と語っている。これが普通の歴史認識なのだろうが、別に大東亜戦争は東条英機が惹起したものではない。東条英機ら所謂A級戦犯は、敗戦の責任を負ったに過ぎない。

 この高齢の女性だけではなく、多くの国民が戦後民主主義教育の洗脳から、先の大戦の意義を理解することなく、「実に愚かで無謀な戦争であった」と断じ、戦争を決断した当時の首相だった東条英機や軍部と政府を批判して止まない。

 先の大戦を、現代の価値観や倫理観で批判することに意味は無い。これもまた日本人へ贖罪意識を植え付ける為の米国に因る戦後民主教育の遺物であろう。

 所謂「A級戦犯」として処刑された方は東条英機元首相を始め、土肥原賢二、板垣征四郎、木村兵太郎、松井石根、武藤章、広田弘毅の7名。所謂「B・C級戦犯」は1068名。凄惨なリンチに等しいもので亡くなった方など約100名に及ぶ。

「無謀で愚かな戦争」と断じることは容易だが、東京裁判の茶番劇で7名の戦争殉難者を始め、外国の地で不当な裁判に処せられ、言い訳もせずにその罪を償ってくれた1068名とリンチ等で亡くなられた方々の命は決して軽いものではない。

 今に生きる我々は、未だに「戦犯」との汚名を着せられながらも、その不当な判決でさえも諒として受け容れ、「我が身が犠牲になることで救われるなら」と一身にその罪を償ってくれたという事実を忘れてしまっているのではなかろうか。

 大東亜戦争を「侵略戦争」であるとか「アジアの人々に多大の迷惑を掛けた」と罵り、戦争の原因を天皇や軍部、そしてA級戦犯である東条英機らであるなどと喧伝しているのは無知に加え、大戦の原因を隠し続けたいからに他ならない。

 戦争犯罪人は「大日本帝国憲法」でもなく「天皇」や「統帥権」でもなく、況して「軍部」でもなければ「軍国主義」でもないし、東条英機元首相でもない。

 真の戦争犯罪人はそれこそ、この高齢の女性が「戦争回避を唱えていた」という近衛文麿であり、ソ連のスパイ・尾崎秀美やそのブレーン達であり、即ち日本国内で蠢いていた共産主義者らであるということは今や歴史的事実である。

 大東亜戦争とは、ソ連コミンテルンと中国共産党、そして我が国に巣食っていた近衛や尾崎ら共産主義者が仕組んだ共産革命の実現の為の争いであり、そのマルクス・レーニン主義者らの策謀にまんまと嵌ってしまった戦争だったと言えるのだ。

 大東亜戦争自体は決して恥ずべきものでもない。我が国はアジアの星だったのは紛れもない事実。その視点に立った時に果たして我々は何を成すべきなのか。

 先の大戦を「侵略戦争」と罵るのは勝手だが、我が国はアジアを侵略したのではなく、アジアを侵略していた米英を始めとした連合国と戦いに臨んだのだ。

 それでも我が国が「アジアの人々に謝罪し償う必要がある」というなら、その最大の過ちは、戦後、アジア全域に共産主義の跳梁跋扈を許したことであり、償いは覇権主義著しい中国共産党を始め国體破壊を謀る共産主義を失くす以外にはない。

 歴史を検証するとは、古今東西、世界に蔓延る覇権主義の克服を主張すべきであって、幼稚な正義感や倫理観から他国の覇権主義には目を瞑り、一方的に我が国だけが「無謀で愚かな戦争」などと自虐の淵に止め処なく漬かり込むことではない。

 今こそ、東京裁判史観を検証し連合国の不条理と公正な歴史を学ぶと共に、大東亜戦争の意義を知ることは平和を謳歌する現代日本人としての義務でもある。

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2020年10月04日

愛知県のリコール運動に右翼団体は関わるなっての(笑)

 高須クリニックの高須克弥院長と名古屋市の河村たかし市長が中心に行われている愛知県の大村秀章知事の解職請求(リコール)署名運動。血税が差別と偏見に満ちた嘲り満載の反日侮日展に使われることは断じて赦されない。

 現憲法では確かに「言論の自由」「表現の自由」が保障されているが、憲法での自由や保障云々の前にそこには公共の秩序を守るなどの最低限の常識や良心がなくてはならないのだ。是非ともリコールが成立して欲しいと願う。

 気になるのは、こうした愛知県民の常識が問われ運動に保守系団体や自称愛国者らが参集して応援するのは未だ分かるが、右翼団体らが応援に駈け付けてる光景に違和感を覚える。何故なら右翼というのは未だ社会からは受け入れ難い存在。

 右翼団体は純粋に大村秀章知事や反日侮日行為を監修した津田大介は絶対に赦さないという思いなのだろうが、端から見れば贔屓の引き倒しにしか見えない。

 その昔、参院選・山梨選挙区で、輿石東に無名の元高校教師・宮川典子が挑み、僅かの差で惜敗したことがあった。負けた原因は正しく「贔屓の引き倒し」。

 輿石は周知の通り「日教組のボス」と称され民主党内(当時)の左派を束ねる参院のドンである。その輿石が「参院選挙で落選するのでは」という予想が、各報道機関の世論調査で明らかにされた。宮川の勝利が眼前にあったが脆くも崩れた。

 宮川の票が伸びなかった大きな要因は、対抗馬が日教組の輿石ということで保守政党のたちあがれ日本(当時)が輿石批判を訴え、更には右翼団体が押しかけ輿石糾弾をした。結果、眼前にあった当選が徐々に遠退いて行った。

 正しく右翼団体の応援が贔屓の引き倒しになってしまったのだ。輿石74歳、宮川31歳、宮川陣営は世代交代を訴えたかった。選挙選後半は世代交代を訴える。有権者も宮川を好意的に捉えつつあったが、右翼団体の登場で情勢に変化が起きた。

 宮川の選対幹部は「右翼団体が街宣車で押しかけて来て盛んに輿石糾弾をしました。彼らにすれば当然の糾弾でしょう。輿石のやっていることも糾弾に値します。だけどそれが宮川に優位に働くかというと必ずしもそうではない」とは正しく。

 愚生も元行動右翼人に所属していたので、恕から出でる右翼団体の行動を責める立場には無いが、過去の行動を振り返れば反省すべき点は多い。自分では好かれと思った行動が贔屓の引き倒しになっている場合もあるということを自覚すべき。

 その贔屓の引き倒しの最たるものが、所謂「終戦記念日」の靖國神社参拝だろう。「反天連」等の蛆虫左翼の反日活動に対峙するのは結構だが、多くの右翼団体や営業保守や軍事オタクらが大挙して集合してパフォーマンスを繰り広げる。

 8月15日という日は遺族にとって大事な日であるのに、右翼や営業保守派らが遺族を押し退けてまでパフォーマンス的参拝をしている光景は異様としか感じない。

 所属していた団体の初代・福田進総隊長は、その昔「8月15日は遺族の日であるから貴様らは決して行くな」と訓示した。以来、8月15日に靖國神社へ詣でたことはない。そう思えば、現在の右翼幹部は恭倹己を持することのないアホばかり。

 今では8月15日に靖國神社に参拝するのが保守派や右翼の踏み絵になってるが、この8月15日に初めて参拝したのは三木武夫で、公式参拝したのは中曽根康弘。

 中曽根以降、公式参拝をした総理大臣はいないが、その公式参拝は中共からの抗議で直ぐに撤回して謝罪した。8月15日を自民党総裁選で利用したのが小泉純一郎であり、安倍晋三も靖國を利用した一人。こう見ると国賊ばかり。

 歴代の総理大臣は春秋の例大祭に詣でるのが恒例だったが、中曽根の公式参拝で靖國が政治問題化して以来参拝出来なくなってしまった。つまり、8月15日の靖國神社への参拝は、三木・中曽根から続く靖國神社冒涜運動の継承であるのだ。

 8月15日は終戦記念日ではなく「戦没者を追悼し平和を祈念する日」であり、戦没者は何も靖國神社に祀られている英霊だけではない。保守派や右翼団体らが8月15日の靖國神社に拘れば拘るほど、陛下の靖國神社への御親拝が遠退いて行く。

 高須院長や河村市長が中心となり行われているリコール運動も、右翼団体が表立って応援することで血税問題が右翼と左翼の左右対決に歪曲されてしまう可能性は否定出来ない。世間から忌み嫌われてる右翼は、引っ込んでなさい。呵呵。

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2020年10月03日

ウソに隠された真実や真意を見抜ける能力を身に付けることが大事

 自民党の杉田水脈議員が発した「女性はいくらでもウソを吐ける」との発言は褒められないが、言わんとする趣旨は理解出来る。「性被害者を装った場合、女性の証言は男性よりも信用され易い」と喩えたら好かったのではあるまいか。

 杉田が言う「女性はいくらでもウソを吐ける」とは、悪意のある嘘を吐く女性がいるという喩えであって曲解する方がヘン。悪意ある嘘は論外だが、「嘘も方便」という様に嘘とは相手への思いやりや優しさが込められたものでなければならない。

 例えば、釈迦牟尼は「地獄」「極楽」を創られたと言ってるが、アレも噓だろう。だがこうした噓を吐いて、人々が抱く死の恐怖を軽くすることで民衆の心に安らぎを与えた。キリストもまた「天国」への夢を誘って多くの人々を救ってきた。

「人は小さな嘘には騙されないが大きな嘘には騙される」とはアドルフ・ヒトラー。「地獄」「極楽」「天国」なんてのは大きな嘘の典型だろう。葬式仏教のインチキ坊主やインチキ宗教家らが色々と言ってるが、人間死んだら終わり(笑)

「極楽浄土」なんてのは自分よりも劣る者や弱い者を助け、そして与えられるか。難渋している人に施しをしてあげられるか。現世の苦しみや悩みを自分なりに努力して救ってやることこそが極楽浄土であると、愚生は単純にそう考えている。

「不妄語戒(ふもうごかい)」という仏語がある。「嘘偽りを言ってはいけない」という戒めの一つだが、これもまた嘘の典型の様なもの。人というのは見栄を張り、嘘や偽りを騙る性分なので、そうした自戒を込めた箴言だろうか。

「五戒」とは「不殺生戒(ふせっしょうかい)」。生き物を害してはならない。また他人に殺さしめてはならない。また他人が殺害するのを容認してはならない。

「不偸盗戒(ふちゅうとうかい)」。他人のものを盗んではいけない。また他人をして盗らせてはならない。また他人が盗るのを認めてはならない。

「不邪婬戒(ふじゃいんかい)」。不道徳な性行為を行ってはならない。これは、不倫や強姦を指すが、他にも性行為に溺れるなどの行為も含まれる。

「不妄語戒」。嘘をついてはいけない。また他人をして偽りを言わせてもならない。また他人が偽りを語るのを容認してはならない。

「不飲酒戒(ふおんじゅかい)」。酒を飲んではいけない。また他人をして飲ましめてもならない。また他人が酒を飲むのを容認してはならない。

 愚生的に「不飲酒戒」や「不邪婬戒」を守るのは絶対無理。ホント、仏教徒じゃなくて好かったと思うが、仏教徒でこの五戒を守ってる人なんているか(笑)

 政治家の世界というのはホンネは出来るだけ出さない方が好いとされている。善し悪しは別に、日本の政治家にとって腹の中を見せないのは伝統でもある。

「嘘は泥棒の始まり」「嘘を吐くと閻魔様に舌を抜かれる」など、嘘というのは悪いものだと教わって来た。だが、現代は「嘘は政治家の始まり」というのが当たり前となり、そうした嘘吐き政治家を戴くことは国民の不幸でもある。

 嘘を吐くにもやはり洒落が欲しい。「嘘は世情の宝」ともいうし、噓というのは世間や周りの人達を和ませるものが好い。「講釈師見て来た様な嘘を吐き」なんてのもあるし、嘘だと分かっていても、ついついニヤッとして笑えるのが好い。

 花魁の世界には「手練手管(てれんてくだ)」なんていうのがある。今でいうとキャバ嬢やホステスだろうか。「手練」とは人を思うままに操り騙す技巧のこと。

 酒飲みの男性なら、スナックやクラブで隣りに座ったホステスの嘘や笑顔を勘違いして、ついつい熱くなって店に通い続けたという経験があるだろう(笑)

「商人は損と求めて蔵を建て」というのもある。商人の「儲かりません」というのも多くは嘘だ。口では「儲かりません、儲かりません」と言いながら、大きな蔵を建てるなんてのはよくある話し。今なら豪邸や高価な自家用車だろうか。

「紺屋(こうや)の明後日」なんてのも笑える嘘だ。愚生の実家のラーメン屋で出前の催促が来ると「今、出ました」なんてよく言ってたが、アレと同じ(笑)

 嘘には好い嘘と悪い嘘があるのは理解しているだろう。自分の為や言い訳がましい嘘は感心しないが、周りを安心させる様な、また和ませる様な嘘ならば吐いても差し支えはない。そんな「好い嘘」も吐けないのは正直というよりバカ正直。

 真面目を通り越してバカ正直なそんな輩は世間からは遠ざけられる傾向があるが、そんなバカ正直な人も最近はめっきり見かけなくなってしまった。

 まぁ、杉田の発言を論うのではなく、何事も一面な見方や考え方ではなく、噓に隠された真実や真意を見抜ける能力を身に付けることが大事だと思う。皆さんも、シャレの効いた嘘をたまには吐いてみませんか。呵呵大笑。

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2020年10月02日

つ~か「女性はいくらでもウソを吐ける」でしょ(笑)

 自民党の杉田水脈が党内の会議で「女性はいくらでもウソを吐ける」と発言したとされる問題は、マスコミの作為的報道もあって前後の脈絡を無視し「女性はいくらでもウソを吐ける」との一部の言葉だけが独り歩きしてしまっている。

 杉田は自身のブログで「報じられている慰安婦関係の民間団体の女性代表者の資金流用問題の例をあげて、何事も聖域視することなく議論すべきだと述べる中で、ご指摘の発言があったことを確認しました」と、発言に至る経緯を説明し謝罪した。

 マスコミは杉田が問題発言に至る中で、日韓問題の元凶とも言える慰安婦問題が絡んでいることは一切報じることなく、恰も例の元TBS社員の男性ジャーナリストを訴えた女性ジャーナリストが「嘘吐き」であると発言したかの様に装った。

 この山口敬之と伊藤詩織の下半身問題は、当事者同士の問題だから詳しいことは分からないが、報道を見る限り実に胡散臭げというのが本音。この問題をFacebookで面白可笑しく論評したら規約違反に問われてアカウント停止になった(笑)

 原因は「ゲロを吐きまくった女とやっちまった山口敬之が悪い(笑)」との記事だった。以下の文章のどこが不適切な表現なのかさっぱり分からない。

「ホテルに連れて行くなら、自分の部屋に連れ込むのではなく別な部屋を取ってやるべきだったわな。目が覚めた伊藤は、昨夜の自分の醜態に恥じ入ったのは想像するに難い。そんな申し訳なさからセックスに及んだのだろう」

「ホテルのトイレでゲロをそこいらじゅうに撒き散らし、それを健気に掃除する山口。愚生も経験はあるが、よく貰いゲロをしなかったものだ。まぁ、山口の下心なのか、優しさなのか。愚生ならそのまま放置プレイ必至(笑)」

 こうした愚生の経験に基く表現を不適切だということが不適切ではないか。まぁ、こうした規約違反の措置でも経験の一つとして受け容れたら、別な(以下参照)山口敬之と伊藤詩織の記事が通報され、3日間だった停止期間が更に延長された(笑)

「『据え膳食わぬは男の恥』とばかりにやっちゃった、たった一発の中田氏で330万円の賠償命令。山口は外国人記者クラブで会見に応じ、裁判への不満と自分の正当性を訴えた。驚くのはその会見の場に伊藤詩織が参加していたことだ」

「伊藤ってのはレイプされてその怖さからPTSD(心的外傷後ストレス障害)になったんじゃなかったっけ。そんな精神的に滅入ってる女が乱入してくるというのも何だかなぁ。PTSDの患者が加害者と同じ空気を吸っている不思議」と綴った。

 Facebookでは「議政府米軍装甲車女子中学生轢死事件」「従軍慰安婦」などの韓国関連の記事もヘイトや不適切な内容として通報されてるが、検閲してる連中は、日頃「言論の自由」や「表現の自由」を振り翳している連中に違いない(笑)

 過去にも、橋下徹関連の記事で「同和」や「穢多・非人」のことを書いたら、「差別的表現」として通報されたことがある。「穢多(えた)」や「非人(ひにん)」というのは差別表現ではなく、広辞苑にも出ている日本の歴史的な事実である。

「差別はいけない」と批判するが、そうした存在を黙(もだ)し、現代の幼稚な価値観を優先する余り、歴史から消してしまうことが好いことだとは思わない。

 我が国の歴史にそういう負の時代が存在していたのであれば、その成否はどうあれその事実を教えなければ「差別」の意味さえも理解することは出来ない。

 現代の思想家であり、評論家の新崎智こと呉智英は「差別は正しい、差別と闘うのが正しいのと同じぐらい正しい。人類が目指すべきは『差別もある明るい社会』である」と逆説的に訴えているが、蓋し正論である。

 話を戻すが、電車内での痴漢行為で逮捕された冤罪被害者は少なくない、その多くが女性の嘘が原因だ。杉田が言いたかったのは日本軍の被害者を装った自称・慰安婦の嘘であり、性暴力という名の下で増え続ける冤罪事件への警鐘だろう。

 こうしたことには一切触れずに「セカンドレイプ」などと騒いでる方が可笑しい。況してや「女性はいくらでも嘘を吐ける」というのは一理あるだろう。斯くいう愚生も、女性の見え透いた手練手管、否、優しい嘘に何回騙されたことか(笑)

 山口某はライダイハン問題を取り上げたことで左翼陣営の怒りを買った。杉田も慰安婦問題への批判も然ることながら、自民党内でも保守派として活躍している議員でもある。要は、今回の杉田発言騒動は左翼勢力に拠る保守議員潰しである。

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2020年10月01日

10月1日の「日本酒の日」は神嘗祭に供える「御酒殿祭」に因んだもの

 10月1日は「御酒殿祭(みさかどのさい)」。最近では「日本酒条例」なるものを制定している自治体もあり、この日を「日本酒の日」として、「全国一斉に日本酒で乾杯!」といった行事も行われる。こうしたことも御酒殿祭に因んだものだ。

 御酒殿祭は、宮中祭祀の大祭であり五穀豊穣祝う「神嘗祭」で供える、白酒(しろき)・黒酒(くろき)・醴酒(れいしゅ)・清酒の御料酒が、麗しく醸造出来ることを祈願し、酒造業の繁栄を祈る祭りである。12月1日にも「御酒殿祭」がある。

 御酒殿神(みさかどののかみ)は、古代では火無浄酒(ほなしきよさけ)と呼ばれる粢(しとぎ)に上御井神社の御井から汲んだ水を加えただけの酒と、火向御酒(ほむけのかんみき)と呼ばれる甘酒の2種類を醸造したという。

 日本酒というとおっさんが自宅や場末の呑み屋で呑んでる酒と思われがちだが、今では女性などの日本酒ファンも多く日本酒に対するイメージも大分変わった。

「最初の一杯を日本酒で」と日本酒乾杯条例など自治体で制定されたり、会津では「酒は二合が適量」ということから毎月25日を「会津清酒の日」としている。

 日本酒というのは「純米酒」「本醸造酒」「特別純米酒」「純米吟醸酒」「吟醸酒」「大吟醸酒」「純米大吟醸酒」などに分類され、色や香り酸味や日本酒度で呼び方が違うし、日本酒を知れば知るほどその奥深さに感動する。

 飲み方も常温から冷酒や燗酒、原酒ロックなど色々と愉しめる。冷酒には「涼冷え(15℃前後)」「花冷え(10℃前後)」「雪冷え(5℃前後)」と呼び方も様々で、冷し方で味も香りも違って来るし、銘柄によっても味わいが変る。

 燗酒も同様で「飛び切り燗(55℃前後)」「熱燗(50℃前後)」「上燗(45℃前後)」「ぬる燗(40℃前後)」「人肌燗(37℃前後)」「日向燗(33℃前後)」と、これほどまで繊細さを求められる酒は世界広しと雖も日本だけだ。

 日本酒といえば「清酒」であるが、清酒の歴史は新しく、神宮で清酒が供えられる様になったのは明治以降のこと。神宮(伊勢神宮)では日本酒を醸造出来ないことから、灘(兵庫県)の「白鷹本舗」で謹醸されている。

 神宮で造られるのは白酒(=どぶろく)、黒酒(=どぶろくに灰を混ぜ黒くしたもの)、醴酒(=一夜酒、米が粒上で箸で盛る酒)の三種類である。

「御酒殿祭(みさかどのさい)」は、6月、10月、12月の各1日に行われており、神宮の由緒ある「三節際(さんせつさい)」に合わせて斎行される。

 三節祭とは、神宮で年間諸祭祀のうちで特に重視されている「神嘗祭(かんなめさい)」と 6月、12月の月次祭(つきなみさい)のこと。

 神嘗祭は、その年に神田で収穫された新穀を初めて内宮(皇大神宮)と外宮(豊受大神宮)の神々に奉る年間で最も重要な祭りで、「祈年祭」と「新嘗祭(にいなめさい、しんじょうさい)」を加えて「五大祭」と言われることもある。

 新嘗祭は、神嘗祭で奉られた新穀を天神神祇に供え陛下御自身も召し上がる神事である。即位後初めて執り行われる新嘗祭を「大嘗祭」という。

 古くは「酒作物忌(さかとこのものいみ)」と言われる清純無垢な少女が主となり酒造りに従事したというが、流石に現代はそういう役は存在しない。

「酒は飲むべし酒は飲むべし 人生唯酒ありて肝を開く 酔中の快楽人知るなし」との坂本龍馬の言葉は酒飲みの極意とも言える。その酒とはやはり日本酒が好い。

 ウイスキーやワインだと、相手と腹を割っての一献とは成り難い。日本酒は二合程度が好いのは分かっちゃいるが、ついつい呑み過ぎてしまう。

 大らかに一献の誘いを受け、無心に酒を飲み、呑む程に、酔う程に、一緒にいる人や周りの人まで愉しくさせる、酒飲みとは斯く在りたいものだが、愚生は未だ未だ修業が足らない。「酒道」とは実に奥が深い。もっと修行せねばと痛感する(笑)

 今日は中秋の名月だという。中秋の名月を盃に浮かべての独酌も悪くは無いが、改めて浪漫溢れる先人の営為に思いを馳せ、古の祖国日本の奥深さや素晴らしさを想い浮かべて、御気に入りの日本酒を愉しんでみては如何でしょうか。

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2020年09月29日

対中外交を改め、台湾に謝罪し日台国交を恢復せよ!

 昭和47(1972)年9月29日、田中角栄は「日中共同声明」に調印。中国共産党を唯一の政府であると認め、主権回復した昭和28(1953)年4月28日に締結した国際法規である「日華国交条約」を一方的に破棄した。

 これを受け中華民国は直ちに我が国との国交を断絶。我が国が台湾を国家として認めていないのは我が国の国際条約の蹂躙が原因であり、主権国家として実に恥ずべきことで、道義国家として断じて赦されるものではない。

「日華国交条約」を破棄は終戦間際に「日ソ中立条約」を一方的に蹂躙したロシアの蛮行と同じであり、道義国家日本が失墜した象徴でもある。

「日華国交条約」の破棄は明らかな日本国憲法98条違反だが、公然の憲法蹂躙に対して護憲派からもマスコミからも糾弾されたことは一度もない。

 田中は更に「先の大戦で中国国民に重大な損害を与えたことに、責任を痛感し、深く反省する」と詭弁を弄した。だが、我が国が先の大戦で戦ったのは「中華民国」であり、戦後4年も経って建国した「中華人民共和国」ではない。

 田中が幾ら詭弁を弄そうとも、先の大戦での賠償は「日華国交条約」締結を以て終わっているのだ。田中のこうした誤ちと歴史認識が、今でも悪しき前例となり現在も受け継がれ、中共への優遇措置が講じられている。

「河野談話」や「村山談話」を糾弾する声はあるが、抑々、我が国の土下座外交と自虐的歴史認識は田中角栄の「日中共同宣言」が元凶なのである。

 多くの国民は「我が国と支那の関係を「一衣帯水」だとか「古くからの隣人」などと心得違いをしているが、日中間に国交関係が樹立されたのは20世紀に入ってからで、未だ100年程しか経っていない関係である。

 況してや、中華人民共和国(中共)との国交は50年も経っておらず、我が国と戦争もしていない中共が戦勝国として国連の常任理事国に就いていることが摩訶不思議なこと。本来、戦勝国は中華民国であり、台湾であるのだ。

 親中派は常々「日中は同文同種、一衣帯水の関係」との認識を示す。これは全くの誤りであり、無知以外の何ものでもないが、こうした認識こそ中国共産党の策謀に嵌っている証左の一つでもある。

 607年、聖徳太子は小野妹子を隋に派遣し対等外交に踏み切り、後に蘇我氏を滅ぼした中大兄皇子らが645年「大化の改新」を実現する。

 天智2(663)年、唐・新羅連合軍に攻撃された百済は日本に救援を求めると、我が国はこれに応じ出兵した。これが世にいう「白村江の戦い」である。

 応援に出た日本軍はこの海戦で大敗を喫し、この敗戦を機に我が国は中華圏との正式な外交を絶つこととなった。

 白村江の海戦で大敗を喫し、生き残った者は捕虜となった。その中の一人、大伴部博麻は「唐が日本を攻める」という情報を得るも日本に知らせる術もなく、自らを奴隷に売って金を作り仲間を帰国させこの危機を知らせた。

 これが持統4(689)年の事であり、その後、博麻が帰国したのは白村江の戦いから何と30年後のことだった。帰国後、持統天皇が博麻の功を顕彰する。

【朕 その朝を尊び国を愛ひて 己を売りて忠を顕すことを嘉ぶ】(日本書紀)

 これが「愛国」という言葉の由来であり、軽々しく日の丸を掲げて勇ましい行動を採ることが愛国というものではない。

 我が国が国書を携えて派遣したのは「倭国」としてであり、「日本」と名乗ってからは一度足りとも正式な国書を携えた外交はなく、親中派の「一衣帯水」「同文同種」という認識は実に軽々しいものと言わざるを得ない。

 明治4(1871)年に「日清修好条規」を結んだ相手は満州人の清朝であり、支那を支配していたが漢民族の国ではなかった為に、支那との正式な外交は、明治45(1915)年の「中華民国」誕生まで待たなければならなかったのだ。

 毎年9月29日は、右翼民族派陣営が中心となり「反中共デー」の運動が全国で行われている。だが、数十人、或いは数人の左翼集会を取り上げるマスコミはこの運動を一切無視し報道されることはない。

「反中共デー」運動の輪が広がることで日中の歴史的経緯が明らかになり、台湾との国交恢復が成されることを願って止まない。

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2020年09月24日

「勝てば官軍」と勝利に酔った西郷だったが最後は「逆賊」に堕ちた

 今日9月24日は西郷隆盛の命日。隆盛というのは実の父親の名前で本名は「隆永」だという。何故に「隆永」ではなく「隆盛」になってしまったのか。

 明治2年、戊辰戦争の奥羽戦線から帰京する西郷に、宮内省から御召状が出されることになった。この時、友人の吉井友実に西郷の諱を尋ねたところ「確か、隆盛じゃった」と答えことで、以後「隆盛」と称されることとなったという。

 帰京し、吉井に会った西郷は「あれは父の名でごわんか。わしの名は隆永じゃと、おはんも知っちょるじゃろう」というと、吉井も頭を掻きながら「ほんにそうじゃった」と詫び、二人は顔を合わせて大笑いしたという。

 その後、西郷は「隆盛」という名を否定も訂正もしなかったのは、吉井への気遣いと、西郷自身の大らかさだろう。こうした逸話にしろ、誰からも「西郷(せご)どん」と愛される人柄だったことを窺い知ることが出来る。

 戊辰の役の戦い虚しく会津藩が西軍に降伏したのは明治元年9月22日、その10年後の9月24日、西郷隆盛が西南戦争で敗れ城山で自刃する。明治維新の立役者が一転して「逆賊」の汚名を背負うこととなったのは一体何故なのか。

 西南戦争が起こる4年前、西郷らが主張した「征韓論」を大久保利通や長州閥に因って却下される。加えて士族の帯刀や俸禄を廃止する「金禄公債証書条例」が制定されると士族らから明治政府への不満が噴出して行く。

 政争に敗れた西郷は鹿児島に帰郷すると、政府に不満を持つ士族らは西郷を神輿として祭り上げる。「佐賀の乱」「神風連の乱」「秋月の乱」「萩の乱」など士族の反乱が続く中で終に西南戦争が勃発。奮闘虚しく敗れた西郷は城山で自刃した。

 西郷は決して政府軍との戦争を起こそうとは考えていなかったというが、主宰する私学校生徒を統制出来なかったのは自身の優柔不断さが大きい。結果的に若者らの不満を抑えきれなかったのは己の不徳の至りではなかろうか。

「南洲翁遺訓」は、指導者としての西郷の度量の深さと無上の高潔さを感じ取れる。だが、歴史的偉人の言葉というのはその多くが自戒であり、西郷が好んだ「敬天愛人」の思想も人生の失敗から学んだ生き様でもある。

 浪漫派を気取り、宣伝車などに「敬天愛人」を掲げる自己陶酔型の右翼団体や自称・愛国者らが大好きな言葉にこんなセリフがある。

「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は始末に困る者なり。この始末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり」

 これは「西郷南洲翁遺訓」第三十条や山岡鉄舟語録からの引用である。自分が然も幕末の志士になったかの如くこの言葉に陶酔する。だが「国家の大業」や「天下の偉業」とは政治家がやることで、右翼風情がやることでもない(笑)

「命もいらず」とカッコ付けてはいるが生命保険や終身保険に入って積み立てしていたり、「名もいらず」とか言いながらも高目ばかりを夢見て、「有名になりたい」「カネを儲けたい」という右翼人の多いこと多いこと(笑)

 また右翼の有名な人と知り合いになっただけで然も自分も右翼になったと勘違いしてる輩が多いが、そういう輩は権威主義の最たるもので、艱難を共にする奇特な人物などいやしないし、艱難などに遭遇してもきっと避けるに違いない(笑)

 第三十条は、この台詞の後に「然れども斯くの如き人は、凡俗の眼には見るべからず」と続く。外見や肩書で判断してる凡俗の右翼人の眼にホンモノが映っているとは思えない。西郷南洲翁遺訓では第二十七ケ条が好い。

「過ちを改めるに自ら過ったとさへ思ひ付かば夫れにて善し。其事をば棄てて顧みず直に一歩踏出す可し。過を悔しく思い取繕はんと心配するは譬へば茶碗を割り其の欠けらを集め合せ見るも同じにて詮もなきこと也」

 愚生もその昔は西郷隆盛を傑物だと信じ、疑いもなく傾倒していた。だが、故郷・二本松が「賊軍」の汚名を着せられた二本松藩ということもあるし、根が捻くれ者なので最近はチョッと穿った見方をしている。

 慶喜公の恭順と江戸城の無血開城に満足せず、会津を攻め落とすことで徳川時代の終焉としたが、会津降伏後も満足することなく函館五稜郭へ侵攻する。西軍が北上する際に掠奪した金品は相当な額に及んでいる。正に官軍を装った盗賊の如し。

 勝海舟と西郷隆盛の江戸城での談判と無血開城は侍としての士風を損なったばかりか、会津の悲運を生みこととなった。そういう意味でも勝海舟にしろ西郷隆盛にしろ言われてる様な傑物では無かった様に思えてならないのだ。

 歴史というのは正義が常に正義ではなく、正義が敗れることもある。「勝てば官軍」と勝利に酔った西郷だったが、城山での無念の自裁は会津藩や東軍と同じく「逆賊」に堕ちた瞬間でもあった。歴史とは実に非情で気紛れでもある。

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2020年09月22日

「春分の日」や「秋分の日」は春季皇霊祭・秋季皇霊祭が始まり

 仏教では「春分の日」や「秋分の日」は、彼岸の中日として墓参りに出向く。祝日法では「自然をたたえ、生物をいつくしむ」ことを趣旨としている。何故にこの日に自然を称え、自然を慈しむのか、意味が今一つ分からない。

「暑さ寒さも彼岸まで」などと、季節の変わり目の様に感じているが、彼岸会法要は天皇の詔(みことのり)として始められた行事だった。皇室行事である春季皇霊祭・秋季皇霊祭を、国民が祖先を供養する日として定着するに至った。

 こうした彼岸会法要からも天皇と国民の深い結び付きを窺い知る。正に我が国は天皇の国であり、天皇即日本である。皇室は常に国民と共に在り、この「君民一体」こそが、万邦無比の我が国體の精華なのである。

 今では「春分の日」「秋分の日」という名称が当たり前になっているが、別にこの日が冬と春の境の日でも夏と秋の分かれ目でもない。祝日法の「自然をたたえ、生物をいつくしむ」とは、皇室行事を葬る為のまやかしである。

 戦前は秋分(春分)の日ではなく「皇霊祭」と称した。明治11年(1878年)、それまでの歴代天皇や主たる皇族の忌日を春と秋に纏め奉祀したのが始まり。

 明治41年制定の「皇室祭祀令」では春季皇霊祭・秋季皇霊祭が大祭に指定された。統治下だった昭和22年5月2日、GHQは「皇室祭祀令」を廃止する。然し乍ら、宮中では従来通りの春季皇霊祭・秋季皇霊祭が続けられている。

 皇居内の宮中三殿の一つである「皇霊殿」には歴代天皇、皇族の霊が祀られており、この日は皇室の重要祭祀である「皇霊祭」が斎行される。また、全国の神々が祀られる「神殿」では、神恩に感謝する「神殿祭」も同日斎行される。

 つまり、春分の日を「春季皇霊祭」として、秋分の日を「秋季皇霊祭」として復活させることは、我が国の国體の精華を取り戻すことでもあるのだ。

「春分の日」「秋分の日」を「彼岸」と言うが、これは「節分」「八十八夜」「土用」「入梅」「半夏生」などの雑節の一つで二十四節気の「五節句」などの暦日の他に、四季折々の季節の移り変りを日本的に表した特別な暦日のことをいう。

 こうした歴日が、我が祖国日本の四季折々の麗しい情景を深める。「春分」と「秋分」は、太陽が真東から昇り、真西に沈むので、西方に沈む太陽を礼拝し、遙か彼方の極楽浄土に思いを馳せたのが彼岸の始まり。

 現在では彼岸の仏事は浄土思想に結びつけて説明される場合が多く、浄土思想での極楽浄土(天国)は西方の遙か彼方にあると考えられている。

 彼岸会の「彼岸」は「日願(ひがん)」に喩えられ、仏教語としての彼岸は後から結びついたものであるという説もある。

 俗に中日には先祖に感謝し、前後の6日間は悟りの境地に達するのに必要な6つの徳目「六波羅蜜」を1日に1つずつ修める日とされている。つまり、仏教徒というのは日々修行なのだ。でも、そんな仏教徒に会ったことはないが(笑)

「六波羅蜜」とは大乗仏教における六種の修行で、菩薩が涅槃に至るための六つの徳目のことで「六度」ともいう。

 その六種の修行とは、施しという徳「布施波羅蜜」、戒律を守る徳「持戒波羅蜜」、忍耐という徳「忍辱波羅蜜」、努力という徳「精進波羅蜜」、精神統一という徳「禅定波羅蜜」、智慧という徳「般若波羅蜜」をいう。

 六つの徳目の中で「持戒」「忍辱」「精進」「禅定」「智慧」というのは言葉では理解すれど、これらを修めるのは容易なことではない。

「布施」という施しは目に見えて分かるので、仏教の世界もそうだが、中でも昨今の葬式仏教や新興宗教の世界では「布施」ばかりが信心の裏返しであるかの様な、我田引水的な都合の好い解釈が罷り通っている(笑)

「施し」というのは、愚生は「自分より能力的に肉体的に劣る者や難渋している者、悩みや壁にぶち当たっている者に対し金銭的なものを含めて支えて助けてあげること」。これこそが真の施しというものだと思っている。

 波羅蜜とは「魔訶般若波羅密多(まかはんにゃはらみた~)心経」で始まる般若心経にも頻繁に出てくる言葉だから馴染みがある言葉だろう。般若波羅密多の「魔訶」とは「尊いもの」という意味だが、理解している仏教徒は少ない(笑)

 死んでも戒名さえ貰えば極楽浄土に往けると思ってる仏教徒ばっかだが、戒名を頂くということは「御釈迦様(釈迦牟尼)の弟子になるということ」。要は、仏教徒というのは生きている間も、死んでからも修行は続くのである。呵呵。

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