2022年05月15日

沖縄本土復帰50年の記念日に思うこと

 5月15日は「沖縄本土復帰記念日」。昭和47年に沖縄が本土復帰する前、当時の首相だった佐藤栄作が発した「沖縄が帰らずして日本の戦後はない」との言葉は、当時未だ小学生だった愚生にも大きく響き、その記憶は今も消えることはない。

 戦後、米国に統治されたのは沖縄だけではない。伊豆諸島は昭和21年3月22日に支配下に置かれた一つ。統治された吐噶喇(トカラ)諸島は昭和27年2月10日、翌28年12月25日には奄美諸島、38年6月26日には小笠原諸島が本土復帰した。

 言い方は悪いが、これが米国による統治だったから好い様なもので、旧ソ連(ロシア)に侵略され不法に強奪された南樺太や全千島列島は未だに返ることはなく、旧島民の方々が故郷へ帰ることすら儘ならないことを思えば恵まれている。

 沖縄では「米軍基地反対」さえ叫んでいれば平和が訪れると思っている県民も少なくないが、「反基地運動」にしても米国だから許されているとは思わないか。

 沖縄ではマスコミの偏向報道の影響から、未だに「日本は沖縄を見捨てた」「日本は沖縄を捨石にした」「日本軍は沖縄の敵であった」などとの声を耳にする。

 先の大戦では決して沖縄を見捨ててはいないし捨石にしてはいない。沖縄と祖国日本を救う為に散華された英霊が存在していることを忘れてはならない。

 先の大戦での「沖縄戦」に於いて、劣勢を覆す為の特攻攻撃が行われた。特攻戦死者の実に76%が沖縄戦で亡くなっている。鹿屋基地(海軍航空)からの特攻で1981名、知覧基地(陸軍航空)からの特攻で1036名が散華している。

 特攻作戦は航空の他に、特殊潜航艇、回天魚雷、空挺特攻、対戦車特攻、震洋特攻艇、陸軍海上特攻など、様々な工夫に拠り劣勢を覆す為の特攻攻撃が行われた。

 沖縄集団自決の軍命令が問題となっている座間味を始め渡嘉敷両島に於ける梅沢、赤松部隊は元々島の防衛隊ではなく海上特攻の部隊だった。米軍がこうした事情を察知して特攻艇を先制撃破した為に止むを得ず上陸軍と戦闘を行ったのだ。

 戦艦「大和」が沖縄戦の為に出撃したことも特攻攻撃の一つであり、「大和」が沖縄に到達した暁には、海岸に乗り上げて全力を挙げて砲撃戦を行う予定だった。

「大和」には歯磨き粉と歯ブラシ50万人分などの民生品を大量に積み込んでいたことを鑑みても、沖縄と沖縄の人々を必死で護ろうとした何よりの証明と云えよう。

 沖縄本土復帰を記念して喜ぶのは好い。だが、反米・反基地ばかりが問題視され、散華された英霊に対する感謝の声が全く聞こえて来ないのは悲しいことだ。

 沖縄では「米軍基地反対」さえ叫んでいれば平和が訪れると思っている県民も少なくない。だが、現実問題として米軍撤退はイコール中共に因る併呑を意味する。

 米軍を否定するならば自衛隊の自主防衛や防衛力の充実を訴えるべきだと思うが、沖縄左翼は、摩訶不思議なことに自主防衛は語らない。これこそが何を況や。

 沖縄全体がきちんと突き詰めた防衛議論が為されない儘に、安っぽい平和主義と過剰な被害者意識から、日本政府と米軍にその怒りの矛先が向けられている。

 政治家も口々に「平和を守る」というスローガンを掲げて有権者に訴える。だが、軽々しく「平和」を口にはするが、どうやって我が国の平和を創造するかという具体策は言わない。所詮は党勢拡大の為だけの口先だけの「平和」でしかない。

「戦争を誘発する大きな原因の一つは、アンディフェンデッド・ウェルス(無防備の害)である」と訓えたのは三島由紀夫だが、平和の意味も分からず軽々しく「平和」を訴えている政治家こそが政治や外交を危ぶみ、戦争を誘発する最大要因となる。

 米国製の日本国憲法を有難がり、第九条を掲げ、自衛隊が無くなれば当たり前に平和が存在するのだと疑って止まないが、そういうのを思考停止という(笑)

 平和を守るには自衛隊の存在が不可欠で、自衛隊を更に有効に且つ自衛隊員の安全確保に安全関連法案は必要であり、自国の防衛を否定する現憲法には問題があると言った途端に反発を食らう。我が国は正に思考停止状態で平和ボケは目に余る。

「オストリッチ・ファッション」という言葉がある。オストリッチとはダチョウのことだが、ダチョウというのは面白いもので自分に危機が迫ると穴に首を突っ込み、危機を見ないようにして危機から逃れたつもりになるという。

 欧米諸国は日本のことを「オストリッチ・ファッション」と嘲うという。「軍事」「戦争」「憲法改正」「核武装」と言った途端に、危機を遠ざけるかの如くに思考停止に陥る日本人を揶揄した言葉だが、恥ずかしいが正しくその通りだろう。

「平和」の反対が「戦争」ではない。平和の反対は「混乱」である。戦争は政治や外交の延長線上にあるもので、国際法上認められた正当な行為である。

「平和」は当たり前に存在してるものではない。戦後の我が国の平和というのは単なる偶然と米軍の御蔭でもある。「当たり前」の反対は「有り難い」であり、その稀にある「平和」という偶然に「有り難い」と感謝することは当たり前のこと。

 悲しい哉、日頃軽々しく「平和」を口にしてる連中というのは、この存在した平和を有り難いことであるという自覚が無く、「当たり前」に存在することなのだと勘違いしている故に、平和に貢献してる米軍や自衛隊に感謝することもない。

 我が国の平和というものは、単に日米安保条約や米国の核の傘の下でのまやかしの平和であり、そんな薄っぺらな平和に現を抜かしているのが現状なのだ。

 我が国の平和が、米国の庇護の下での存在であることに気付きながら、その米国に感謝するどころか批判し、米軍をも否定する。であるならば、眼前の危機に対し自らが立ち上がり平和を創造すべきなのだが、何故かそれをも否定する不思議。

 沖縄本土復帰50年に当たり、我が国もそろそろ「オストリッチ・ファッション」から覚醒し、米国依存の体制からの脱却を図り、自主防衛の確立を急ぐべし。

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2022年05月13日

いつも乍ら「ご冥福」という言葉の氾濫には違和感を覚えるなぁ

 ダチョウ俱楽部の上島竜平の自殺は、同年代の愚生にとっては他人事ではない。人夫夫、悩みは尽きない。それが御釈迦様の教える「生老病死(しょうろうびょうし)」の「四苦」であり、人として生まれたら逃れられない苦しみである。

 悩みというのはこの「四苦」に尽きるが、四苦に「愛別離苦(あいべつりく)」「怨憎会苦(おんぞうえく)」「求不得苦(ぐふとくく)」「五陰盛苦(ごおんじょうく)」の四つを併せたものが「八苦」であり、四苦八苦は永遠の悩みとなる。

 上島竜平や先日の渡辺裕之の自殺報道の際もそうだが、ネットなどではいつもの「ご冥福」が氾濫する。純粋なお悔やみを否定する訳ではないが、「冥福」というのは「死後の幸福をお祈りします」意味であり、現世が地獄という訳ではない。

 例えば、浄土真宗では「死というのは穢れではない」と教えているから、「死後の幸せ」を意味する「冥福」は忌み嫌われる言葉でもある。キリスト教も同じ。

 浄土真宗は、「故人を阿弥陀如来の智慧の光明によって極楽浄土へと導く」という真理であり、死後の幸せより、阿弥陀如来への信心を重視している宗派である。「ご冥福」というとそれらしく聞こえるからつい使いたがるが間違っている。

 浄土真宗やキリスト教など宗派に拠っては故人への冒涜となることもあるから易易と使ってはいけません。故人の宗派が分からない場合は、「お悔やみ申し上げます」「ご愁傷様です」「哀悼の意を表します」などと言い換えた方が好い。

 政治家の選挙活動の一環である弔電も、故人の宗派に関係なく「ご冥福」のオンパレード。恐らくは宗教の訓えなんぞ知らないバカな秘書がやってるのだろうが、こういう一票欲しさの選挙運動である弔電披露なら送らないない方が好い。

 人間というのは、誰しも健康であれば明日があると思って生きている。自分だけは「直ぐには死ぬことはない」と思って生きている人が殆どだろう。「死」というものは貧乏だろうが金持ちだろうが、誰にでも平等に与えられた道でもある。

 人間というのは死に向かっているのに必死に生きる。「死と生」というこの二つは矛盾してる。生き続けるというのは、死に近付いているということでもある。

 日本人の多くは仏教徒だろうが、その宗派も分からない人が多い。死んだ時だけ坊主のお経を有り難がり、死後に戒名を頂く意味すらも分かっていない(苦笑)

 抑々、自分の家や先祖の宗派を知ってる人は少ない。宗派や仏教の教えを理解していないから「ご冥福を」などという言葉が簡単に口から出てしまうのだ。

 そういう人に限って、墓参りにしても宗派関係なく「南無阿弥陀仏」や「南無妙法蓮華経」で済ませていないか。まぁ、墓参りしてるだけ好い方か(笑)

 愚生の実家は真言宗だから「南無大師遍照金剛」と唱える。愚妻の実家は曹洞宗だから「南無釈迦牟尼仏」。然し乍ら、身内でもきちんと唱えている人は少ない。

 大半の人は、墓参りや先祖供養は仏教の習慣であり、お釈迦様の教えであると信じているが、先祖供養や墓参りは天皇の詔(みことのり)として始められた行事だった。春と秋に行われる皇霊祭が、国民が祖先を供養する行事として定着した。

 仏教とは、釈迦牟尼の悟りから出発した釈迦牟尼の教えであり、その仏教は「輪廻思想」を大前提としている。釈迦牟尼は「生・老・病・死」という“四苦は人間の宿命であり、この世に生まれて生きること自体を苦しみとしました。

 釈迦牟尼は現世を苦しみの世界と捉えた。仏教の目的は、悟りを得て輪廻から抜け出す。輪廻とは、衆生が三界六道の中で死と再生を繰り返し続けることである。この輪廻から抜け出たとき、本当の幸せが訪れると考えている。

 仏教での修行は、輪廻から抜け出すことを目的としたものである。俗に彼岸の中日には先祖に感謝し、前後の6日間は悟りの境地に達するのに必要な6つの徳目である「六波羅蜜(ろくはらみ)」を1日に1つずつ修める日とされている。

 六波羅蜜の修行とは、施しという徳の「布施波羅蜜」、戒律を守る徳の「持戒波羅蜜」、忍耐という徳の「忍辱波羅蜜」、努力という徳の「精進波羅蜜」、精神統一という徳の「禅定波羅蜜」、智慧という徳の「般若波羅蜜」をいう。

 六つの徳目の中で「持戒」「忍辱」「精進」「禅定」「智慧」という教えは言葉では理解出来るが、これらを修め身にするのは容易なことではない。

 死んでも「戒名さえ貰えば極楽浄土に往ける」と思ってる仏教徒ばっかだが、戒名を頂くということは「お釈迦様の弟子になる」ということであり、要は、仏教徒というのは生きている間も修行、死後もその修行は延々と続くのである。

 訃報に接すると軽々しく「ご冥福を」などと書き込んで悲しんでるそこの貴方、これを機に親や先祖の宗派や「死」について考えてみては如何でしょう。呵呵。

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2022年05月11日

「ノモンハン事件」は共産主義者に因って改竄され悪宣伝に使われた

 昭和14年(1939年)5月11日、蒙古との国境ハルハ河を越えて蒙古兵が、満州国側のノモンハン地区に侵入する。所謂「ノモンハン事件」である。日本軍はこれを撃退したが、蒙古軍は駐留ソ連軍と共に再三に亘り侵入を繰り返した。

「ソ連軍は、大量の戦車を含む大兵力を動員してハルハ河を越えて侵入し、ここで大激戦が展開されることとなった。8月20日には、ソ連軍は10万近い軍を動員し、2万人弱の日本軍に対し総攻撃を仕掛け、日本軍は大打撃を被った」

 この認識が日本人の信じるノモンハン事件概要である。歴史探偵を自任する半藤一利や司馬遼太郎もそうだし、五味川純平なんぞはその最たるもの。何しろソ連の公式発表した日本軍の損害は52000人、ソ連軍9284人との数字を真に受けている。

 昭和12年に始まった「日支事変(支那事変)」から2年も経ってから、何故に満州と蒙古の国境で突如この様なソ連軍との激戦が発生したのだろうか。

 実は、この事件が起きる1年程前にソ連は、ソ満国境の張鼓峰で侵入事件を起こしているのだが、この時には日本軍はソ連側に5500人の大打撃を与えて撃退した。だが、この時、日本軍がソ連領に侵入して来ないことをスターリンは見逃さなかった。

 ソ連が、ナチスドイツに勝利出来たのは、このスターリンの判断に拠るところが大きい。歴史に「もし」は無いが、あの時、日本軍がソ連に更なる猛攻を仕掛けていれば、ドイツと共にソ連共産党を打ちのめしていただろう。

 希代の悪党で戦略家のスターリンは、ヒトラーのソ連攻撃を予測し、東側からの脅威を除く為に、日本と中華民国とを戦争に引き込むことに残力を挙げそれに成功した。第二次世界大戦が共産主義に因る策謀だった証左の一つであろう。

 盧溝橋事件や上海事件では策謀に成功したが、予想外に日本軍が強い。そこで日本側がどう出るかを偵察したのが「鼓張峰事件」と「ノモンハン事件」だった。

 ノモンハン事件で日本との「停戦合意」が成立した翌日の9月17日、スターリンがポーランド侵攻を命じると、ソ連軍はポーランドに侵入を謀り撹乱する。また「ノモンハン事件」は、共産主義者どもに因って改竄され悪宣伝に使われた。

「貧弱な装備で旧式戦法の日本軍が、ソ連の進んだ機会化部隊に完膚無きまで叩きのめされた」と日本軍を貶し、自国の軍隊の勇ましさを喧伝するプロパガンダだが、悲しい哉、日本人の多くは未だそうした捏造された歴史を鵜呑みにしている。

 ソ連が崩壊し情報公開されて判ったことは、ソ連の損害は26000人、日本軍18000人と、実はソ連の損害は日本側を大きく上回っており、然も日本軍は、ソ連の戦車・装甲車800両と航空機1673機を撃退しているという歴史的事実である。

 10万近い大兵力を動員した側は損害は少ないと教わったが、結果はその逆だった。ということは、如何に日本軍が強かったかということの証しでもある。

 抑々、歴史と言うものは為政者に都合の好い様に作られるもの。そうした捏造された歴史を我々日本人は信じ切ってしまっているのだ。歴史は国の大事である。明治開国以来の様々な歴史を再検証し、それを祖国日本再建の一歩とせよ。

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2022年05月06日

「体罰」は善悪を躾けることが目的であるから「暴力」とは言わない

 熊本県八代市の私立秀学館高校サッカー部のコーチが部員の生徒を足蹴りした動画がネットに投稿されたことで大問題になっている。ネットの恐ろしいところは、そこに至る原因などは無視されて画像の一部だけが独り歩きしてしまうことだ。

 詳しいことはネットにも出てるが、コーチが生徒にヤキを入れた理由も理解出来る。コーチがそうした行動に出ることを予想して動画を撮影していたのが分かる。

 過去にも、福岡県田川郡内の中学校で女子生徒を虐めていた男子生徒3人を講師が口頭で注意するも、男子生徒が不貞腐れていたのだろう、格闘技経験のある講師は正義感からこれを赦せず、懲らしめる意味から男子生徒を絞め技で気絶させた。

 講師は生徒を蘇生術を施すも、内1人が過呼吸の症状を見せた為に市内の病院に搬送したことからこの一件が露呈してしまった。学校側は「行き過ぎた指導と言わざるを得ない。再発防止に取り組む」として講師を自宅謹慎させた。秀岳館の件も、事が大きくなったことでコーチが処分されるのは間違いないだろう。

 愚生の地元郡山市に在る日大東北高校相撲部の顧問が、部員に暴力を揮ってたとのニュースが全国を駆け巡ったのは記憶に新しい。この顧問の男性教諭は、相撲の名門でもある日大相撲部の主将を務め、全日本選手権では準優勝した経歴を持つ。

 報道は部員への鍛錬の事実を捻じ曲げられて報道され、ゴムのハンマーがいつの間にか単なる鉄のハンマーで殴られたとか、デッキブラシが鋸だったりと作為的なものばかり。鉄のハンマーで相撲の実力者に殴られれば命は無いだろう(笑)

 こうした問題が起こるとヤキを貰った生徒の親や、暴力は怪しからんとするマスコミから見れば、暴力行為を明らかにさせたことはしてやったりなのだろうが、果たしてそれほど騒がれる問題だとは思わないし、そこに正義があるとも思えない。

 生徒指導や物事を教えるというのは実に難しく、言って聞かせて理解出来れば問題ないが、言っても分からない子供に幾ら言って聞かせてもは効果はない。

 そういう生徒には、体罰やシゴキによって本能を鍛え上げることは教育の大事な要素の一つでもあると考える。 だが、そうした裏側には教える立場の者は日々生徒達に愛情を注ぎ、尊敬される様な言動や立ち居振る舞いをすることが求められる。

 日頃からそうしたことを重んじて教育に当たれば、生徒も先生に「敬」を抱くし、「愛のムチ」という体罰にしても、生徒の感じ方や捉え方も変わるものだ。

「体罰=暴力」とされ「体罰=悪(罪)」という考え方が主流となった。抑々、「体罰」と「暴力」とは異質のもので、「体罰」は子供に善悪を躾けることが目的であって「暴力」とは言わない。「暴力」とは私的感情で利害が在る行為をいうのだ。

 戦後、日本では子供を褒めなければダメ、叱ったり、殴ったりすることはケシカラン、体罰はダメという考えが支配的になった。非行を繰り返す不良生徒を批判せず、不良生徒に体罰をした教師だけが吊し上げられ、教育現場から排除されてきた。

「褒める教育」を推進する日教組主導の教育界や教育委員会は「体罰は暴力」と決め付ける。だが、「体罰」というのは「愛」であり、子供の理性や本能を正しく鍛え揚げるということを親や教師、そして無能な教育委員会は知るべきだ。

 教育荒廃と言わて久しい教育現場では、教師も親も社会全体が子供らをどう導けば善いのか解らなくなっているのが実情で、子供らも厳しく躾けられていないから善悪の判断が乏しく、チョットしたことで挫折するし、逆境に弱い子供が多い。

「体罰とは愛である」という意味も知らずに、軟弱に育てられた子供達こそ現代社会の犠牲者であるが、そう思えば格闘技の技で気絶させ、弱い者苛めは如何に卑怯であるか、善悪を教える為に体罰を行ったコーチや講師は立派な教育者だと思う。

 人を育てるというのは、日本刀が出来上がる過程と似ている。日本刀は先ず卸し鉄を「積み重ね」「鍛錬」し、更に「下鍛え」し、何回も何回も鍛え上げ、「芯鉄」を鍛え造り込む。叩いて叩いて鍛えることで強靭で立派な刀が出来上がるのだ。

 国士舘創設者・柴田徳次郎先生は「刀というのはトンテンカン、トンテンカンと叩いて叩いて鍛え上げなければ五郎入道政宗とか村正といった立派な刀は出来ません。国士舘の生徒も先生だけの指導だけではダメで、学校も親も一緒になってお子さん方を鍛え上げて行かなければ立派な日本人に育てることは出来ません」と訓示した。

 日本刀を作る上で最も大事なのが「焼き入れ」で、焼き入れを行うことで刀に命を吹き込むのだが、焼き入れ一つで刀の出来も価値も変わってしまう。刀鍛冶と同じく、教育に携わる者はヤキというのは重要な工程だということを知るべし。

 鍛え込んだ刀に焼きを入れて更に磨き上げて刀が出来上がる。教育も同じで、ヤキの後に磨き上げることも無く放り出すから単に暴力だと断じられてしまうのだ。ヤキを入れられた後の磨きに拠って生徒はホンモノに成れる可能性を秘めている。

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2022年05月05日

「子供(こども)の日」に対する男女共同参画社会やジェンダー平等の悪影響

 5月5日は「こどもの日」。古くは、この日は菖蒲や蓬(よもぎ)を軒に挿して邪気を払う習わしがあったが、江戸時代以降には、男子の節句とされ、武家で甲冑や幟を飾ったのに倣い、町人の中でも武者人形や鯉幟を立てる様になった。

 昔は「端午の節句」として男子の健やかな成長を願う行事が行われていたが、いつものオバハンらが女の子への差別だと反発して今日に至る。5月5日は別名「あやめの節句」「菖蒲の節句」「重五(ちょうご)」「端陽(たんよう)」とも言う。

「こどもの日」とは、「未来を担う子供の人格を重んじ、幸福を図ると共に、子供は自分を生み育ててくれた親に感謝する日」という趣旨となっている。子供がいない人でも、自分がこの世に生まれ育ててくれた親に感謝する日でもあるのだ。

 子供の日が制定時は「親」ではなく、「産んでくれた母に感謝」ということだったが、これも前出のジェンダーフリーや男女共同参画社会の影響から、父親へ配慮し「親」となった。最近は「子供」表記ではなく「子ども」表記が氾濫している。

 文科省は平成25年6月、国会での議論を経て、左翼やマスコミが使用する「子ども」表記を「子供」に統一する通達を出している。だが、今でも改められることなく、与党の自民党議員までも未だに「子ども」を使用しているマヌケさ(苦笑)

 日本共産党やマスコミらは、「子供」や「こども」ではなく敢えて「子ども」表記を使うのは、「子供」の「供」という字が、「お供え物」「お供する」などを連想させ、「差別的な印象を与える」というのがその最たる理由である。

「お供する」というが、その場合、漢字だと「お伴する」が正解。ならば、態態「子ども」表記じゃはなく、平仮名の「こども」で好いではないかと思うが、何故か文科省通達を無視して漢字と平仮名の「子ども」表記に固執している。

 悪党や政治家らを悪意的に「悪党ども」とか「政治家ども」とか詰ったりするし、古い映画などでは「野郎ども」「若造ども」などと言ったりする。「ども」というのは敬意が低く、目下の者や見下した意味合いに用いられる場合が殆ど。

 この場合の「ども」は、漢字だと「共」となるが、子供の「供」を「子ども」と表記することは、逆に言葉遊びで子供を弄んでいると捉えられても致し方ない。

 こうしたマヌケなギャグの様な言葉遊びを真顔で実行し、それを疑いもせずに真似て使用し続けてる自民党議員や自称保守派どもというのもまた嗤うしかない。

「男女共同参画社会」というのは、こうした言葉遊びから始まった左翼陣営に因る共同謀議的大愚策でもあるのなのだが、こうした策謀を改めることなく、保守を標榜する自民党政権下で実行された揚げ句に担当大臣が存在しているのだから呆れ甚し。

 こうしたジェンダーフリーを曲解し理屈を並べ立てて騒いだのは、全共闘世代や共産党といったいつものキチガイ左翼やジェンダーフリーを叫ぶ性的変質者どもだが、そうしたクソどもらは今や総理府や政府中枢に入り込んで行政を蝕んでいる。

 男女共同参画社会では「子供」と同じ様に「婦人」という言葉も、こうしたキチガイ破壊活動家どもの企てによって公文書から消されてしまった漢字である。

 これは、漢字研究者の諸橋轍次が、後漢の時代の「説文解字」を紐解いて「婦人とは箒(ほうき)を持って掃除をする女のこと」と紹介したことに、前出のキチガイどもが飛び付いて「女性差別」だと叫んで「婦人」を抹殺したというのが事の始まり。

 その結果、「婦人警官」が「女性警察官」となり、「看護婦」が「看護師」、「女優」が男女に関係なく「俳優」と呼ばれる様になったのもこうした影響からだ。

 その後、諸橋の説は全くのウソだとバレた。甲骨文字、それに続く金文の研究から「婦人」の「婦」は、「宗廟に酒を捧げ清める高貴な女性の意味」だということが判明する。だが、彼奴らはその間違いを認めることなく使い続けている。

 因みに「看護師」の「師」というのは、師団、軍師、派遣、元帥、追撃などに含まれる「追」の旁(つくり)は、軍隊で肉(食料)を分けることが原義である。

 普段、声高に「反戦」「平和」と叫んでいるアホンダラ左翼どもがその漢字の意味も分からず、「看護婦」を「看護師」などと呼び換えて悦に入り、無意識のうちに軍隊に起因する漢字を使用していることはマヌケで滑稽と言う他はない。

「子ども」表記を続けているのは間違いなく共産党か左翼、マスコミに煽動されてることに気付いていない無自覚左翼か単なるアホと見て間違いないだろう。呵呵。

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2022年05月03日

現憲法の部分改正は究極の護憲運動である

 本日5月3日は憲法記念日。何故に米国製のクソ現憲法を記念しなければならないのか。共同通信社に拠る世論調査では憲法九条改正の賛否は拮抗しているという。現憲法の矛盾や不条理は別に九条だけではない。第一条の天皇の存在こそ大問題。

 第一条には「天皇は象徴であるが国民の総意が必要」と述べている。つまり、天皇を否定する共産党や左翼がいる限り「国民の総意」は得られず、天皇は違憲の存在となる。何故に、こうした天皇論を無視するが如くの九条改正論が優先されるのか。

 環境問題や情報公開、プライバシー保護、国家の安全等々憲法を施行した時代からは想像もしなかったほど社会は変化しており、現憲法の見直しは必然であろうが、矛盾だらけで国家の防衛をも否定してる憲法が「平和憲法」とは笑止千万である。

 現憲法の矛盾と改正の必要性を認識していても、どう見直すかは様々で、自称・保守派や右翼の中にも「九条改正」こそ一丁目一番地であると考えてる方は多い。

 憲法改正派を分類すれば、現憲法を容認し部分改正を目指す「憲法改正派」と、現憲法を破棄し「自主憲法や新憲法制定を目指す勢力」や、我が国の正統な国法である「大日本帝国(明治欽定)憲法の復元・改正派」の凡そ三つに分けられる。

「憲法改正派」は、現憲法を基本的に認めている勢力であり、第九条こそが重要だと位置付けしている点では、営業保守派や自称愛国者の認識は九条の会などの「誤(護)憲派」と大して変わらない。九条改正派こそ究極の護憲派である。

「自主憲法及び新憲法制定派」は、現憲法を認めずに現憲法を破棄した上で新しい憲法を国民で創ろうとするものだが、これに属する自民党が何故か憲法改正を論じている。何故に、現憲法の矛盾や不条理を認めようとするのか不思議でならない。

「大日本帝国(明治欽定)憲法復元改正派」は、現憲法は昭和27年4月28日の主権回復と共に失効しており、我が国の正統な国法である大日本帝国(明治欽定)憲法を復元した上で、現代の情勢に鑑みて改正することこそ望ましいとするもの。

 こうした改正議論を分かり易く喩えれば、マンションや借家といった仮住まいに綻びが出て来たので、「リフォームしてまた住もう」というのが「改正派」。ボロボロになったので引っ越そうとか、新しい家を建てようというのが「新憲法制定派」。

 両親も老いて来たので先々代が遺した故郷の豪邸に戻って、風呂やキッチンやトイレを和モダン風に改造して家族仲良く住もうかというのが「帝国(欽定)憲法復元改正派」である。どう考えても、古民家再生が好いとは思わないか(笑)

 現憲法が、大日本帝国憲法(以下帝国憲法)第七十三条の、「貴族院と衆議院の両議院の総議員の三分の二以上の出席を要し、且つ出席議員三分の二以上の多数」という条項に則って議決されている様に、現憲法九十六条の改正を図るなら、発議条項より「国民投票」というまやかしこそ取っ払うべきではなかろうか。  

 憲法改正原案前文の全面的な改定や天皇を「日本国の元首」とする規定や、環境権の創設や選挙権の国籍要件などを明記してあり、一見すると立派なものになるのではとの期待感を感じるが、所詮は保守票欲しさのパフォーマンスでしかない。

 大体、自民党の党是は過去には「自主憲法制定」であり、現在は「新憲法制定」であるにも拘らず、部分改正を目論むとは党是や結党精神からも矛盾している。

 日本国憲法は、米国の意図としては表面上は「新憲法(日本国憲法)の制定」とはなってはいるが、占領下での憲法の強要は主権侵害であり、国際法違反の疑いが濃厚なので、GHQは建前上から「大日本帝国憲法の改正」としている。

 現憲法の無効を訴えるには、先ずこうした制定された経緯を明らかにすることが大事。現憲法が大日本帝国憲法の改正であるなら帝国憲法の復元は容易である。

 憲法改正ではなく帝国憲法の復元改正こそが、尖閣などの失地領土の主権回復や靖國問題など、現憲法との整合性を疑われる諸問題も容易に解決を図れるだろう。

 現憲法は帝国憲法七十三条に基付いて改正されたという歴史的事実に刮目し、現憲法の無効を声高らかに宣言すると共に、帝国憲法の復元・改正こそ目指すべし。

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2022年05月02日

「憲法改正をいう右翼は逆賊」なんだってよ(苦笑)

 作家・山平重樹著「最後の浪人」の主人公でもある阿部勉。その阿部さんだが、実は郡山市の興新産業(倒産)の東京支店長。僅かとはいえ、給料を貰っていたのだから浪人とは言い難い。右翼浪人なら故横山武彦か愚生の方がそれらしい(笑)

 以前、その阿部さんの弟子がtwitterで「憲法改正をいう右翼。しかし今上天皇は現憲法を守ると言っている。すると憲法改正は今上天皇に背くことになり逆賊的行為となる。右翼は天皇に叛旗を翻し逆賊となるのか。それとも耳に栓をして適当に憲法改正を叫び続けるのか。現今の右翼が駄目なのはこの辺りにも現れている」

「現今の右翼が駄目」という意見には同ずるが、現憲法99条には「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う」と明記されており、陛下が国権を重んじ、国法に従うのは当然のこと。別に、天皇が政治家が行う憲法改正に反対している訳でもあるまい。

 まぁ、現今の小粒になったアマチュア右翼やセミプロ右翼がダメなのは単に指導者不足に因るところが大きく、営業保守らの主張を真に受けているからだ。

「憲法改正をいう右翼」というのも何方付かず。憲法9条改正は究極の護憲運動というのが正しく、憲法改正とは現憲法を認めるということであって、第9条改正で現憲法が絶対的な存在となってしまうだろう。そういうことを理解して「憲法改正をいう右翼は駄目(無知)だ」というなら分かるが「逆賊」とはもう嗤うしかない。

 天皇は憲法以前の御存在であらされる。現憲法は、歴史的な国家としての継続された「祭祀」に関する天皇の役割を否定している。宮中祭祀で重要なものは「四方拝」と「新嘗祭」であり、天皇にとって最も大事なものはこうした「祭事」である。だが、現憲法は祭祀を否定し、天皇とは単なる国事行為を行う傀儡と化した。

 天皇の「国事行為」について、現憲法では、首相の任命、憲法改正や法律の公布、外国大使らの接受等を定めているが、天皇の「公的行為」は「私的行事」とされ現憲法に明文化されていない。天皇の祭祀こそ国事行為の最たるものであるべきだ。

 天皇は憲法上の制約から、国事行為として「国会の開会式」「首相や最高裁長官の親任式」「大臣の認証式」「親授式」など年間約60回。国賓・公賓への接遇や会見、会食などの御公務を約170回という激務を熟されている。国體や国柄を鑑みれば、天皇の「祭事」を憲法上最優先で認められる様にすることこそ大事である。

 上皇陛下が御高齢を理由に譲位遊ばされたが、負担軽減というなら国事行為や公的行事を当時の皇太子殿下や秋篠宮親王殿下が輔佐する環境こそ整えるべきであった。現憲法の改正如きでは国事行為の軽減すら不可能であり、やはり我が国の正統な国法である大日本帝国憲法(欽定憲法)の復元改正こそが我が国が採るべき道である。

 前出のツイートの論法に倣えば、現憲法で明記されてる勤労や納税の義務を怠り、憲法という国権を重んじることなく、国法(刑法など)に従わない右翼は言語道断だし、父母(親)に反抗し、兄弟や友人と仲違いし、夫婦相和しどころか離婚した様な右翼は、教育勅語を語る資格も右翼としての価値も無いということだろう(笑)

 別な同じ様な思想家?を気取る輩も、「最近、天皇陛下(現上皇陛下)と皇后陛下(上皇后陛下)が、ともに、安倍政権の改憲路線に逆らうかのように、しきりに「護憲発言」を行っている。これは、天皇とその周辺が、現在の政治状況に強い危機感を抱いているということだろう」と、我田引水的ツイートしていたのを思い出す。

 畏れ多くも、陛下(上皇陛下)の「憲法順守」との言明を改憲反対に利用する点では、靖國神社の所謂「A級分祀論」のそれと似ている。こうしたことでも、憲法改正に反対する護憲派どもの主張が巧妙化しているのが分かるというものだが、憲法改正派もまた第9条ばかりで尊皇無き議論の軽軽しさには目を覆うばかり。

 明日は憲法記念日。記念とは「後々の思い出として残しておくこと」を言うが、何故に米国製の憲法を記念する必要があるのだろう。憲法改正を訴える保守派は本当に現憲法の矛盾を理解し、その上で憲法改正を訴えているのだろうか。

 自民党の憲法改正草案には「天皇を元首と位置付ける」としているのは評価できるが、現憲法と同じく「その地位は主権の存する国民の総意に基づく」とある。つまり、反天皇勢力の共産党が存在している限り「総意」は得られない。抑々、自民党の党是は「憲法改正」ではなく「自主憲法制定(現在は新憲法制定)」である。

 自民党の目指している「憲法第九条改正」は、保守派の票目当てのパフォーマンス過ぎず、自国の防衛だけを案じて第96条改正を図り、その上で第9条の改正を実現するというのなら、それは主権恢復というより単なる米軍の国防費負担軽減の遂行であり、更なる米国への忠誠であり、究極の護憲運動であることを自覚すべきだ。

 主権回復後の欽定憲法復元は叶わず、自由党と民主党が合併し自由民主党が結党され自主憲法制定を掲げるも何ら実行出来ずに徒に時が過ぎた。悠長に憲法改正を発議して国民の過半数の同意を得てる間に尖閣列島は中共に併呑されてしまうぞ。真に国を憂うるなら、やるべきことは改憲ではなく現憲法の無効宣言である。

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2022年05月01日

そこの自称・愛国者の君は箸をちゃんと持てますか(笑)

 今日は令和の御代が始まった皐月朔日。ということで、朝未だきから身を清め、神棚の神饌を替え、畏れ多くも陛下の弥栄と長久を祈り、併せて心願を懸ける。

 敗戦後の日本というのは米国の国益優先の経済戦略に乗せられ、資本主義や自由主義こそ正義であるかの様に洗脳された。ある意味、左翼が共産主義を盲信し、戦後民主主義者が自虐史観から目覚めないのとどっこいどっこいと言っても好いだろう。

 本来、我が国は農の国であるのだが、豊葦原瑞穂の国の誇りも何処へやら。農耕民族としての自覚を喪失し、「農本主義」などは国民の殆どが理解していない。

 我が国は戦後、農本主義的国家観は排除され、大輸出国の米国の戦略に嵌ったまま、米国の価値観が日本の価値感だと錯覚している。軍事的安全保障でも自立出来ず、食料安保でも自立出来ず、これで果たして真の独立国家といえるのだろうか。

 国策としての農業振興と食の安全保障や食料自給率の向上は急務であるし、今や営利至上主義企業に成り下がった農協を改革することも必要だろう。だが、残念ながら政府や国会議員などからは真剣に「農」を考える様な言葉は発せられない。

「農業」とは愛郷心、祖国愛に繋がるもので、愛情がそこには無くてはならないのであるが、単なる企業としての農業なら衰退の一途を辿ることは必然とも言える。

 政府は「消費者のニーズに対応した農協を創り、所得倍増を目指したい」と表明しているが、国民の多くは今や米食よりパン食が当たり前となった。今や米の価値観が大きく変わってしまったのも事実で、こうした国民のニーズとは一体何なのか。

 スーパーに行っても、安かろう不味かろう米や値段が安いからと輸入物を買い漁ってるのを見れば、農耕民族としての自覚なんぞ何処にも存在していない。

 食文化はその国の文化そのもの。日本人なら箸の持ち方も文化のひとつであり、持ち方を会得することは当然ながら箸の作法は学ぶべきだと思うし、箸使いが出来ない人が氾濫していることは日本文化の崩壊でもあると言っても過言ではない。

 愚生は、食事や酒席で器の上に箸を置くのが気になって仕方ない。器の上に置くことを「渡し箸」というが、きちんと横に置くなら未だマシだが、器に縦や斜めにポンと置かれたら銀座のオネエチャンでも支援者の社長でも興醒めしてしまう(笑)

「何で箸置きに置けないのだろう」と、そればかり気になって食事どころではない。箸置きがあるなら箸置きに置くという当たり前のことが出来ないのだろう。

 グルメ番組などで全国各地の有名店や美味しい料理などが紹介され、それをタレントらが食べるシーンが映し出される。汚らしい食べ方にも興醒めするが、気になってしまうのが箸の持ち方だ。正しい箸の持ち方をしている人が実に少ないに驚く。

「美味しい!」と言ってはいるが、それを見ている側としては食べ方も然ることながら箸の持ち方が親指と人差し指と中指の三本指しか使えない「握り箸」だったり「平行箸」だったりしてて料理を上手に手繰れてないので美味しくは見えない。

 箸の持ち方も日本文化の一つであり、箸の作法までとは言わないが、最低限の箸の作法は身に付けるべきだ。箸は、親指と人差し指と中指の三本の他に薬指の使い方が大事なのだが、下手な人は薬指を使っていないし、親指が上を向いてたり。

 例えば、ゴルフのスイングもレッスンプロや上級者などに指導され、それを直そうと思うと却って打ち難くなる。自己流のスイングでも差し支えなく打てるので、ぎこちないスイングの儘で固まってしまう。ゴルフに限らず他のスポーツも同じ。

 箸の持ち方も、本人は食べるのに差支えは無いと思ってるから正そうとはしない。直そうとすると始めは持ち難いだろうが、意識して続けてれば必ず直る。要は、直そうとする意識に乏しいか、恥ずかしいという意識が欠落してるだけのこと。

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 箸の持ち方というのは筆やペンの持ち方と同じで、上の箸は三本で握り、下の箸を薬指で支え小指を添える。そうすれば上の箸を大きく広げられるし持ち易くなる。因みに、箸使いの下手な人というのは往往にして字も下手くそなのが多い気がする。

 犬猫じゃあるまいし、料理は腹を満たすだけのものだったり、口に入れさえすれば好いというものではないし、貴方の箸の使い方を不快に思ってる人がいることに気付くべきだ。そこの自称・愛国者の君は、箸をちゃんと持ててますか(笑)

 食文化の崩壊がその国の崩壊を招く要因となるというのは間違ってはいない。豊葦原瑞穂の国である日本という国に生を享けた者としては、昭和の時代の様に御飯を主役にした正しい食卓を再興することが大事で、さすれば箸使いも直るだろう。

 和文化研究に興味のある方は此方をクリック→ http://hashiwabunka.jp/

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2022年04月29日

本日は「昭和の日」。昭和とは「百姓(ひゃくせい)昭明(しょうめい)にして、 萬邦(ばんぽう)を協和(きょうわ)す」

 本日は昭和の天長節であり「昭和の日」。昭和天皇の御遺徳を偲び、激動の日々を経て戦後復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いを馳せる日である。

「自存自衛と大東亜の開放」を掲げて戦われた先の大戦を「侵略戦争」と断じ、現代の倫理観や安っぽい平和主義から「間違った戦争だった」と、一方的に自虐の淵に止め処なく漬かり込むことではないし、先の戦争の責任は天皇には無い。

 欽定明治憲法下に於いては、国務は国務大臣並びに統帥は参謀総長及び軍令部長が陛下を輔弼し、その責に任ずることになっており、陛下には法的に責任は無い。

 然し乍ら、戦争が長期化し国民への被害の拡大に胸を痛め、道義的に最も責任を痛感されたのは昭和天皇御自身であり、終戦の詔勅に於いて「五内為ニ裂ク」と仰せられたことでも分かる様に、自ら身を苛まれたのは陛下御自身なのである。

 終戦後、昭和天皇が全国を行幸遊ばされ、敗戦で疲弊していた国民の大きな励みになったのは誰もが知るところ。正に「国民と共に在りたい」との大御心は上皇陛下や今上陛下の御姿とも重なり、皇国臣民の一人として感謝せずにはいられない。

 悲しい哉、未だ国内には昭和天皇に対して「戦争責任」などとの戯言を垂れ流す日本人らしからぬ輩が存在する。大切なのは、古今東西世界に蔓延る覇権主義の克服を主張すべきであって、他国の覇権主義には目を瞑るのは如何なものか。

 1932年にソ連共産党から日本共産党へ「コミュンテルンテーゼ(命令書)」の指令された。命令書には「天皇制廃止運動」として、昭和天皇の「戦争責任・退位論」に始まり、次いで「開かれた皇室論」と「敬称・敬語不使用運動」が記されてある。

 共産党に限らず、似非平和主義者や戦後民主主義者、無自覚左翼らが未だ「戦争責任」云々を叫んでいるのは、この命令書を忠実に実行していると言えよう。

 結果として我が国は敗戦したが、大東亜戦争後アジアは独立し「人種平等の原則」は成立した。その事実をして如何に大東亜戦争が聖戦だったかが理解出来よう。

 我が国が断行したのは「太平洋戦争」ではなく「大東亜戦争」である。「反米」を叫ぶの左翼陣営までもがGHQが謀った戦後民主主義教育を盲信し、米国の呼称である「太平洋戦争」を使ってることに違和感を覚えないのが不思議でならない。

 戦争というのは国際法上認められている行為で「戦争=悪」ではない。我が国は、負けてしまったから「先の大戦=悪」とされて思考が停止してしまったのだ。

 米英は「戦争とは政治の継続である」と教え、ドイツでは「政治的な取り引きの継続である」と教える。戦争とは政治の不作為から生まれる悲しい現実なのだ。

 我が国は「講和」という政治に失敗した結果が敗戦だった。つまり、政治という外交や情報収集の重要さを知らされた戦いであったし、「一旦始めた戦争は決して敗れることがあってはならない」という極めて重要な教訓を残したと言えよう。

「昭和」も今や三代前の元号となった。昭和とは四書五経の一つである「書経尭典」の「九族既睦平章百姓百姓昭明協和萬邦(九族既に睦まじくし て、百姓を平章す。 百姓昭明にして、 萬邦を協和す)」に由来し、国民の平和と世界の共存繁栄を願う意味が込められている。正しく、昭和とは元号の名の通りの時代だった。

 因みに「平成」は、史記「五帝本紀」の「内平外成(内平かに外成る)」や「書経」の「地平天成(地平かに天成る)」に由来し、「内外、天地とも平和が達成される」という意味は「昭和」の想いに通じるものである。

 更に「令和」の出典は万葉集で、「于時初春令月 氣淑風和 梅披鏡前之粉 蘭薫珮後之香」は、和歌を詠んだことを述べる序文であり、「初春の令月(れいげつ)にして、気淑(よ)く風和ぐ。蘭は珮後(はいご)の香を薫(かお)らす」と詠む。

「初春の好い月で気は良く風は穏やかである。梅は鏡の前の白粉(おしろい)の様に白くほころび、蘭は匂い袋の様に香っている」という意味は、「人々が美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つ」という願いが込められている。

 昭和64(1989)年1月7日、昭和天皇が御崩御遊ばされると服喪国は34ヵ国に及び、平成2年2月24日の「大喪の礼」には193ヶ国の元首や代表が参列した。敗戦国である元首の葬儀にこれだけ多くの国々が参列したことは何を意味するのか。

 東京裁判で大東亜戦争を「侵略戦争」と断じたウエップ裁判長も後に、「天皇は神だ。あれだけの試練を受けても帝位を維持しているのは神でなければ出来ない」と驚嘆した。やはり、昭和天皇は現人神であらせられたのだ。すめらみこといやさか。

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2022年04月28日

本日4月28日の「主権回復の日」は実質的な終戦記念日であるが・・・

 本日4月28日は「主権回復の日」。GHQからの占領から解放された実質的な終戦記念日であるが、国家の独立を喜ぶ声は聞こえない。悲しい哉、未だ国民の多くが、8月15日が終戦だと思い込まされている。戦後民主主義教育とはあな恐ろしや。

 昭和20年8月13日、我が国は大東亜戦争での敗戦を認め、翌日14日、終戦の詔勅が渙発され、15日、昭和天皇の終戦の詔勅が流された。その後、我が国はGHQの統治下に入り様々な弱体化工作と贖罪意識を植え付けられることとなる。

 昭和27(1952)年4月28日、サンフランシスコ講和条約が発効し、我が国の主権が回復。この日に因んで、安倍政権下で4月28日を「主権回復の日」と定めた。主権回復とは分かり難いが、我が国の「独立記念日」であり「終戦記念日」である。

 8月15日は終戦勅諭が奉じられた日であって「終戦の日」でもなければ、戦争が終わった日だと喜び記念する日でもない。8月15日を「終戦記念日」と信じ込んでいるのは、GHQに因る戦後民主主義教育の洗脳の最たるものの一つでもある。

 8月15日~9月2日の間に一体何が起きていたのか。18日には千島列島最北端でソ連軍との「占守島の戦い」が勃発。ソ満国境を越えたソ連の蛮行は止まるところを知らず、南樺太でも真岡郵便局の自決など多くの惨劇を忘れてはならない。

 8月15日には、自称愛国者や右翼団体までもが「我こそは愛国者なるぞ」と言わんばかりに靖國神社に参拝するが、正に我が国の歪で幼稚な愛国心の顕れでもある。

 4月28日は、名目的には大東亜戦争が終結し主権が恢復(独立)した日ではあるが、未だに続く米国依存と更なる米国追随は米国の敗戦後の統治下状態と何ら変わらず、「主権回復」とは名ばかりの悲しい現実が眼前に突き付けられている。

 主権回復に伴い「日米平和条約」が発効する。この平和条約は、昭和35年に「日米の相互協力及び安全保障条約(日米安保条約)」が発効したことに伴い失効する。こうした戦後の歴史的事実こそが、日米関係の日米関係たる所以である。

 自民党は、ウクライナの惨状を理由に防衛費をGDP1%から2%に値上げを目論んでいる。抑々、我が国の防衛費が少ないのは日米安保条約が存在するからで、GDP2%という数字の操作より、安保条約の在り方や国防の重要性を語るべきだ。

「国防」という国家の大本を忘却し、まやかしの平和を貪り続け、魂亡き繁栄に現を抜かす根源こそが「日米安保条約」であり、安保条約の解消無くして真の独立は果たせない。「国防」を確立せずして真の主権回復など在り得ないと心得よ。

「国防」とは領土防衛だけではない。三島由紀夫が語った様に、「それを失ってしまえば日本では無くなってしまうものを死守すること」である。つまり、国防とは歴史・伝統・文化を守ということであり、畢竟、皇統を死守することに在る。

 終戦後の昭和21年~29年まで、昭和天皇は全国を行幸遊ばされ国民を励ましになられた。陛下の大御心に、改めて日本に生まれたことに感謝せずにはいられない。

 我が国の歴史を繙けば、仁徳天皇は、難波高津宮から民の竈の煙をご覧になられ、「高き屋に のぼりて見れば煙立つ 民のかまどは賑わいにけり」と詠み、それを喜んだ。明治天皇は、日露戦争の最中、前線の兵たちと同じ食事を所望されたという。

 昭和天皇に於かれても、東京大空襲で皇居へ被害が及ぶ中で御所に止まり、国民とその苦難を分かち合った。上皇陛下や今上陛下もまた斉しい。陛下は常に国民と共に在り、この万邦無比の「君民一体」の国柄こそが我が国體の精華である。

 我ら日本人が護るべきものは、領土や国民の生命や財産は言うに及ばず、国柄や国體であり、皇統の死守こそが使命である。だが、悲しい哉、安倍政権下では「退位法案」が謀られ、皇室典範改悪の序章となり、皇統破壊が顕著となった。

 真の主権回復を成すには、占領下に謀られた現在の皇室典範を、正統である明治(旧)皇室典範に戻すと共に陛下に奉還し、諸悪の根源である現憲法を破棄し、欽定憲法に復元改正を成し、米国依存体制からの脱却を図る以外にその道ない。

 然しながら、未だに占領下の弱体化政策や数々の不条理を検証することなく、米国の新自由主義を妄信し、米国追随著しい我が国の一身独立は遥か夢の如し。

 左翼どもは米国製のインチキ憲法を有難がり、国民の多くが米国の価値感にどっぷり浸っているが、米国への依存体質が続くのと比例して、我が国の国柄と日本人としての矜持が失われて行く様をこの儘拱手傍観している訳には参らないのだ。

「米国依存からの脱却」や、軽々しい「反米主義」とは言うのは容易いが、真の主権恢復を心から望むのであれば何より大事なことは、「一身独立」である。

 福澤諭吉翁は各々をそうした心構えをこう訓えた。

 貧富強弱の有様は、天然の約束に非ず。
 人の勉と不勉とに由って移り変わるべきものにて、
 今日の愚人も明日は智者となるべく、昔年の富強も今世の貧弱となるべ し。
 古今その例少なからず。我日本国人も今より学問に志し、
 気力のたしかにして先ず一身の独立を謀り、
 随って一国の富強を致すことあらば、何ぞ西洋人の力を恐るるに足らん。
 道理あるものはこれに交わり、道理なきものはこれを打ち払わんのみ。
 一身独立して一国独立するとはこの事なり。

「一身の独立を謀り、随って一国の富強を致すことあらば、何ぞ西洋人の力を恐るるに足らん」とは正しく。本日は日本国民として主権回復の意味を知り、真の主権回復を祈念し、独立を実現する日にしなければならない。すめらぎいやさか。

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2022年04月26日

「国防費」GDP・GNP比1%以内という閣議決定を取っ払え!

 ロシアのウクライナへの軍事侵略で、専守防衛や国防の在り方が議論されつつあるのは結構なことだ。我が国の国防費は驚くことに生活保護費より少ない。摩訶不思議な、国防費GDPやGNP比1%以内という閣議決定を取っ払うのは当たり前。

 政府はウクライナの状況を鑑みて防衛費をGDP比2%に引き上げるらしい。防衛予算の多くは自衛隊員の人件費であり、隊員の教育訓練、装備品の調達などの為の「物件費」や、何より最新鋭の防衛システムや兵器の充実を如何に成すかである。

 防衛関係費は、人件費(給与)や糧食費などが全体の8割を占め、2割は装備品の修理費や基地対策経費などの維持管理的な性格の経費の割合が高く、兵器やイージス艦を新調するとなると困難を極める。空母や原子力潜水艦の増強は夢のまた夢。

 我が国は日米安保条約に基づいて、国防という国家の大義を米国に依存している。安保条約を盲信していながら、核共有は愚か核議論さえも放棄する不思議。

 抑々、我が国の防衛費が少ないのは日米安保条約が存在するからで、GDP2%に引き上げるという数字の操作より、安保条約の在り方や国防の重要性を語るべきだ。

 ウクライナの惨状を目の当たりにした多くの国民は国防の重要さを感じ始めた。こうした傾向は「自国は自国で護る」という当たり前の国になる千載一遇の好機でもあり、防衛費をGDP2%にするなら具体的に整えなければならな内容を示すべきだ。

 別にGDP比2%にせずとも男女共同参画予算や外国人への生活保護費やバラマキ行政の無駄を削れば国防費は捻出出来る。GDP比2%にしたら、どんな兵器や装備品を充実させ国土と国民を守るのか。単に米国の軍事産業の貢献だとしたら本末転倒。

 GDP比2%や核共有に公明党が難色を示していることでも分かる様に、国防費の値上げというのは容易なものではなく、高齢者を筆頭に年金問題や社会保障費問題を優先しなければ有権者の反発は必至で、参院選の公約に上がるとも思えない。

 米国依存から脱却し、安全保障を自国でやるとなれば憲法の見直しは当然避けられない。だが、平和時しか機能しない所謂「平和憲法」の一部を改正したところで根本的な解決にはならず、保守派が謀る安易な憲法改正こそ究極の護憲運動である。

 憲法然り、国防費然り。目先の改革をしたところで屋上屋を架すだけ。真にやるべきことは国民へ国防の重要性と国防費充実の必要性を訴えることである。そう鑑みれば現憲法では国家を守り切れない。大日本帝国憲法の復元改正こそ図るべし。

 コロナ禍やガソリン高騰もあり、我が国の財政は縮小の一途を辿るばかりだが、予備費をバラ撒いて問題を先送り。財政再建にしても数字的なものだけではなく、何故に慢性的な景気低迷に喘いでいるかを国民に問いかけることが求められる。

 米沢藩第九代藩主・上杉鷹山。鷹山は、逼迫する藩の財政を改革に立ち上がる際に 「受け継ぎて国の司の身となれば忘れまじきは民の父母」との句を詠んだ。

 藩主としての仕事は父母が子を養う如く人民の為に尽くすことであると、「率先垂範」と「滅私奉公」を実践し、財政再建の第一歩は領民の心の改革だった。

「単に帳簿上の赤字を克服すれば財政再建が出来るという訳ではない。今は困窮の余り、この国の人々は目先の利益のことしか考えず、他人のことを思い遣れなくなっている。人々の心にも赤字が生じてしまったのだ。これを克服しなければ、喩え帳簿上の赤字を克服したとしても、また同じことを繰り返すだろう」 とは正しく。

 現在の我が国の財政的逼迫も正にこれと同じ。政治家は鷹山公の様に私欲を捨て率先垂範と滅私奉公することに尽きるが、悲しい哉、我が国の政治家どもは目先の改革ばかりで将来に目を向けず、頭の中に在るものは保身と次の選挙だけ。

 頽廃したマスコミは政府を批判し腐すことこそがジャーナリズムだと錯覚し、胡散臭い問題に一喜一憂。問題が出ればその萌芽は我が国に在ると貶し、それを煽るマスコミ御用達の言論人や自称・有識者らが大騒ぎする構図にはもううんざりだ。

 政治家の為体とマスコミ報道は国民を蝕み、日本人の美徳ともいうべき勤勉性、家族愛、愛国心、信義誠実の原則は失われ、日本人古来の心の中の高貴なものを失い、高邁さを忘れてしまった。戦後の米国の価値観を妄信したツケは大きい。

「国防」とは領土主権での軍事力の充実も然ること乍ら、国柄(国體)を守ることが国防であり、国柄を守るということはつまり皇統の死守である。そう考えた時、現在の政治家の中で「国防」の真の意味を理解してる者は果たしているだろうか。

 我が国の政治家に足らないのは率先垂範と滅私奉公であり、そんな政治家だから国民の信用を得られない。政治とは「国防」と「教育」こそ大事であり、教育を充実させることで「心の赤字」が解消され、畢竟、財政再建も成されることだろう。

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2022年04月25日

暴力団排除条例を無視し暴力団の公共施設利用を認める品川市長

 花粉症で外での運動が辛いので、時々、郡山市総合体育館内のトレーニングルームを利用してる。行くと必ずと言って好いほどヤクザが利用してて雰囲気が悪い。

 品川萬里市長に「暴排条例に照らし合わせて、公共施設の暴力団の利用は不適格ではないのか」と質問してみたが回答は無し。秘書課で再度口頭で申し入れした。

 数日後、総合体育館の担当者から「該当すると思われる事象は確認できない」という回答が届いた。事象が無いとは当該ヤクザは利用しなくなったのか。事象は無いと聞いたので行ってみたら、いつもの様に筋トレに励んでいた(笑)

 回答書には、暴力団と雖も公共を害しない限り使用制限はしないと捉えられる内容になっていたが、公益を害し、風俗を乱さない限りヤクザでも利用可能なのか。担当者の回答は品川市長の意見。流石、地元暴力団が応援してる品川市長らしい。

 トレーニングルームに行ってもいつものヤクザがやっててヤル気も失せる。不摂生して早死するのがヤクザらしいと思うが、70半ばにもなって筋トレねぇ。スポーツジムでは当然入会は断られるだろうし、その代わりに公共施設とは恐れ入る。

 老いて運動に励むのは結構だが、コロナを警戒しやけにマスクの着用や手や使った器具の消毒に五月蠅いジジィもいた。そんなにコロナが怖いなら家で腕立て伏せでもしてなさいな。つ~か、息が切れてるのにマスクしてりゃ倒れるぞ(笑)

 郡山市というのは寄居一家真会の時代からヤクザは人気があり、地元に根付いた会社として暴力団と関わりが出来るのは致し方ないが、今どきの任侠精神に乏しいヤクザと付き合って何をしたいのか。ヤクザと関わったところで面倒臭いだけ。

 今の暴力団というのはその名の通り仁侠道とは程遠い、完璧な資本主義であり営利至上主義というかカネの亡者。弱い者を助け、強い者をくじき、損得を考えず、義の為には命を惜しまないという生き方をしてるヤクザは昨今は見たことがない。

 世の中全てカネの世界になり、「ヤクザはカネ儲けも器量のうち」なんて言葉は誰が言い出したのだろう。こうした仁侠精神なんぞ皆無のヤクザが暴力団と呼ばれることは因果応報であり、悪因悪果とも言えるのだが、その辺の自覚も乏しい。

 ヤクザ自身も暴力団と呼ばれる要因を招いた不徳を恥じ、本来の仁侠精神に立ち返るべきだと思う。そういう意味でも暴力団排除や根絶は大いに結構なことだ。

 ヤクザは「任侠」に戻るべき。侠客の様に風流に生きるとは言わないまでも、仁侠精神を取り戻さない限り、ヤクザは更に暴力団化しマフィア化して行くだろう。

 多くのヤクザは「任侠道」とカッコは付けてはいるが、やってることは卑しい金儲けと違法行為と弱い者イジメ。このどこに任侠精神が在るというのか。降込め詐欺(オレオレ詐欺)なんてのは老人や人の行為を利用する破廉恥行為そのもの。

「任侠」とは、損することを覚悟で弱い者を助け、強い者を挫き、義の為には命を惜しまない気風をいうが、今の暴力団にそうした任侠精神は無く男気を感じることはない。「任侠」というなら愚生の方がよっぽど仁侠だと思っている(笑)

「暴排条例」で暴力団は無くなることはない。みかじめ料で食ってるヤクザなんぞ最近は見たことはないが、みかじめ料が無くなったと思ったら、今度は警察から「暴力団排除」を理由に寄付金を無心されたんじゃ店にしてみりゃ同じことだろう。

 日本侠客の始祖と言われる幡随院長兵衛(ばんずいんちょうべえ)が生きた400年前の時代より、侠客というのは町奴として時代と共に生き抜いてきた歴史がある。

 ヤクザというのは時代を読む業は長けており、くだらん法律を駆使したところで暴力団が無くならない。だが、暴力団が殖えれば町奴としての侠客は絶えるだろう。

 県内では東日本震災後の除染作業や建設作業や原発構内の作業員に暴力団が介入しているのは紛れもない事実。業者もハローワークで人材を募集するより「人夫出し」という人材派遣を生業にしてるヤクザに依頼した方が確実だし手っ取り早い。

 番随院長兵衛も「口入屋」だったという。町奴として人気があったが、今の時代もそういう意味では暴力団も口入分野や金儲けでは昔と大して変わらない。唯、昔の侠客と決定的に違うのは住民に好かれ、頼られる存在ではないということだ。

 抑々、警察も「Vシネマ」の観過ぎなのだろう。「ヤクザはこういうものだ」という固定観念やマニュアルが、暴力団対策を中身の無いマヌケなものにしている。

 ヤクザらも口々に「暴排条例」や「暴対法」でやり難くなったと嘆いている。だが、物は考え様で恐喝や脅迫にしても、以前なら有無を言わさず「刑法」で即検挙となったが、今は「暴排条例」や「暴対法」で中止命令が出て終いとなる。

 ジャーナリストや左翼陣営や右翼団体までもが、「暴対法や暴排条例は人権侵害」と騒ぎ立てているが、この法律や条例で助かったヤクザらがいるのも事実。

 山口組四代目組長だったか「我々に人権が無いと言ってるが裁判をきちんとやって貰えるじゃないか。人権が無かったら即死刑だよ!」とは尤もな発言だろう。

 暴力団との交友は「暴対法」や「暴排条例」で罰せられる。まぁ個人的な付き合いだとして周りに赦されても銀行が何て言うかなあ。愚生や「郡山市政から暴力団を追放する会」にヤクザとのスクープ写真を撮られない様に警戒を怠らない様に(笑)

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2022年04月23日

「天に口なし人を以って言わしむ」「自らを助くる者を助ける」

「天に口なし、人を以って言わしむ」という。天は何も言わない。天は人々の頭上高くあって、黙って見ているだけである。だが、人間が天の意想によって生まれたものなら、人が見ると同じ様に天も見ているであろうという思いに至る。

 吉田松陰は「人は天地の気を受けて体とし、天地の理を受けて自分の心としている。これが人の心をそのまま天の心とするということである」と記している。

「天の観るは、我が民の観るに従う。天の聴くは我が民の聴くに従う」となり、また逆に「民の欲するところは、天必ず之に従う」ことにもなる。古より国民の多くは「天は見ている」という美意識に基づく自制心が道徳の基盤になっている。

 権力の横暴と不作為、閣僚の腐敗、官僚の傲慢、政商の暴利など、大衆の利益を顧みない人民の敵は、天が民の意を汲んでこれに天誅(天罰)を加えるのである。

 江戸時代、止むに止まれず起こした百姓一揆にしても、フランス革命で見せた民衆の怒りにしても、東欧諸国の崩壊の際に見られた市民蜂起が正にこれである。

 殺人などの凶悪犯、政治家絡みの贈収賄事件や詐欺など「免れて恥なし」という者が世間を見くびっていると「天網恢恢疎にして漏らさず」となって悪事がバレる。

「合法的なら」とか「法律の範囲内なら」と法を巧妙に抜け、不動産購入や蓄財をした小沢一郎を筆頭に法律を作る側の政治家が、巧妙に法の目を逃れているのを都合好く解釈して悪事を恥じようとしないのは万死に値する破廉恥行為である。

 政治家の傲慢且つ横暴、企業の営利主義も同じ様に天罰が下るであろう。天は公正無比であり、その正気が邪気を許さないのである。とすれば天は善に適う。
 
「積善の家には必ず余慶あり、積不善の家には必ず災いあり」となる。正大な天は不義、不正、不善を厳しく罰するが、然しその一方で、寛容さに於いては実に懐が深い。働いた悪事を許すというものではなく、悪事を悔い改めさせるのである。

「悔い改むるべし、遅ければ悔ゆることあらん」という。人間とは天の命によって生を享けた人である。そういうことであるならば、天は不幸な人間を放置しない。

 つまり、天は自らを助くる者を助けるのである。「天は自ら助くる者を助く」とは、人に頼らず自分自身で努力する者には天が助け、結果としての幸福を齎す。不幸を政治の所為にするのではなく、「国を助けて国に頼らず」という報国が大事。

 昨今の日本人は「天」を意識する美徳が薄れてしまった。唯物論では捉えきれない存在が天上に在している。それが神であり、「神様が我々人間の一人一人の働きを見守っている」と考えるだけで、人は理性的な存在になれるとは思わないか。

「お天道様が見ているぞ」という教えは今や死語になってしまったが、道徳教育の根本はこうした先人の当たり前の教えを再考することから始めるべきだろう。

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2022年04月21日

幕末からの戦いで斃れた全ての戦没者の合祀を図るべし!

 本日から靖國神社では春季例大祭が斎行される。終身正会員の愚生は第二日祭に招待されるが、コロナ禍なので当日祭と第一日祭しか斎行していない為に心参して感謝の誠を捧げたい。尤も、ここ数年は退っ引きならない事情で参加してない。

 岸田総理は今や恒例となった私費での真榊奉納で保守層を誑かすのだろう。何れにしても、総理や閣僚や政治家らが参拝することで靖國周辺が騒がしくなるなら、政治家なんぞ靖國神社にかかずらって欲しくはないというのが正直なところ。

 いっそのこと遺骨が集められている千鳥ヶ淵墓苑を、米国のアーリントン墓地の様に国立戦没者墓苑とすれば好いし、靖國を選挙に利用する政治家どもはそっちに参じれば好い。それでも多くの国民は靖國神社に詣で感謝の誠を捧げるだろう。

 もういい加減、「A級戦犯の分祀」だとか、靖國神社へのアホ臭い議論はもう終わりにして貰いたいし、米中韓の不当な内政干渉に何時まで屈するつもりか。

 首相の公式参拝は当然のことであるが、現憲法下でそれが赦されていないのならば参拝は控えるべきで、「私的参拝」ほど英霊を愚弄する行為はない。また、首相や閣僚の参拝を批判する勢力も現憲法を蹂躙している行為であることに気付かない。

 世界のどんな国も「英霊」には最大の名誉が与えられている。例えば、米国の歴代大統領は、アーリントン国立墓地の囁きに触れて英霊を称え祖国を鼓舞する。「負けた戦争」であるベトナム戦争も取り上げてその英雄的な精神を賞賛している。

 米国に比べ、我が国は悠久の歴史と民族の一体性に恵まれているのだが、皮肉なことに国の礎となった英霊の方々は国家から顧みられることはない。こうした政治家の怠慢と不作為が、国民精神の頽廃を招いている元凶であるのだ。

 愛国心の欠落、国防意識の低下、日本人としての誇りや自信の喪失、子殺しや親殺し、等々、日本の社会に蔓延する問題の全てはそこに起因している。

 首相や閣僚の参拝を合法化するならば靖國神社の「宗教法人格」を外し、国家で管理すれば好いだけなのだが、自民党は「靖國法案」を提出することもなく、参拝のパフォーマンスばかりで全く遣る気が無い。何より連立を組む公明党は反靖國だ。

 政治家の参拝なんぞどうでも好い話で、何より大事なのは陛下の御親拝の実現を図ることである。陛下の御親拝に拠ってこそ英霊の御霊は安らかに鎮まるのである。

 更には本殿脇に放置されてる「鎮霊社」なる死者の選別も見直すべきだろう。それには戦後政治の総決算と同じく、明治新政府による様々な不条理も検証するべきであり、靖國神社の御創建もまたその不条理の代表的な事例であろうと考える。

 我が故郷の二本松藩や会津藩は未だに「朝敵」と断じられ続けているが、抑々「朝敵」なんていう言葉は存在しない。二本松藩や会津藩は「東軍」である。

 靖國神社は、明治2年に明治天皇の思し召しにより東京招魂社として創建された。合祀対象は、尊王攘夷派公家の中心的存在であった三条実美が関わり、祭文には「皇軍に役立ちして賊徒等を討たん其の義に・・・命果てぬる輩」と明示している。

 この実美の祭文の原則がある限り、会津藩や我が二本松藩、西郷軍関係者などが本殿に祀られることはなく、未来永劫 「賊軍」の汚名が灌がれることはない。

 こうした「朝敵」と差別され続けている方々を「鎮霊社」という別なカタチで祀ることと、朝敵ではなく明治殉難者として本殿に祀ることと、そのどちらが現代という時代に即して天皇(すめろぎ、すめらぎ)が顕現される道なのか。

 東軍藩士の名誉の恢復を図ることこそ大事であり、死者の選別を続けることは日本人の死生観にもそぐわない。戊辰戦争で斃れた全ての戦没者の合祀を図るべきだ。

 靖國神社側にも問題はある。例えば、8月15日の保守派やインチキ愛国者らの参拝に苦言を呈することなく受け容れてることは陛下の御親拝が遠退くばかりか、神社本庁との主導権争いから宗教法人となった明治神宮と同じ営利主義にしか感じない。

 西軍ではなく「官軍」を自任する長州閥の下で創られた靖國神社の在り方を見直す時期に来ている。先ずは鎮霊社という死者の選別を止め、与野党有志で「靖國法案」を提出し宗教法人格を外し、「国民の神社」として国家護持を実現させよ。

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2022年04月19日

「街宣右翼は朝鮮右翼」って誰が言い出したんだろう(苦笑)

 行動右翼のパイオニアである防共挺身隊の四代目総隊長に就くも、前任者との右翼に対する考え方の違いから実態の無い執行部から除籍された。早いもので団体を退いて12年経った。地方で蟄居しながらも右翼の行動は常に気に掛けて来た。

 愚生はもう右翼団体員ではないし、右翼に対する風評など気にする必要もないのだが、「街宣右翼は朝鮮右翼」などという妄言や罵詈雑言を目にする毎に苦言を呈しているが、ネットの偽情報に洗脳された連中は全く耳を貸そうともしない。

 YouTubeなどで悪意的に編集された画像を鵜呑みにし、既成右翼を「朝鮮右翼」などと批判しているのは、左翼陣営ではなくネット右翼や自称・愛国者らだ。「我々は右翼とは違う。真の愛国者なるぞ」と日の丸や旭日旗を掲げて悦に入る。

 数日前、とある女性が「愛国」を口にすると周りから「怖い」と思われるのを嘆き、こうした要因を招いたのは「街宣右翼だ」といつもの雑言というか責任転嫁。こうしたツイートを保守を自任する政治評論家が賛同するかの如くリツイート。

 右翼のイメージを「危険」だとか「街宣右翼=悪」などと植え付けたのはマスコミである。少なくても新橋SL広場などで街頭演説をしてる右翼人は良識派が多い。

 現在の右翼団体を全面的に擁護する気もないが、右翼団体の殆どが暴力団を縁があり、反共は当然ながら、反資本主義や反体制という本来持つべき矜持を忘れ去り、暴力団の隠れ蓑として、単なる動員要因としての組織に堕ちたのも事実である。

 ネット右翼や自称・愛国者らが、軽々しく日の丸や旭日旗を掲げ「反中国」や「反韓国」を叫ぶ行為や営業保守も、その「愛国」という崇高な理想が「贔屓の引き倒し」になってしまっているということを自問自答したことはあるのだろうか。

 唯、言えることは、国内で蠢く国賊共に天誅を与えるのは既成の右翼団体員ではなく、国を憂うる市井の民なのではなかろうかとの思いが強い。第二、第三の「建国義勇軍」や「刀剣友の会」の様に志を一にする仲間が惹起するのではあるまいか。

 贔屓目に見ても活動自体が停滞している感は否めない。活動資金不足と右翼指導者の力量不足の伴う指導力の無さが最大要因である。誰が言ったか知らないが「働きながら運動をしている右翼こそがホンモノ」らしい。活動を本気でやればパクられるし、逮捕され新聞にでも載ったものならクビになるのは間違いないだろう。

 働きながらというが、右翼活動に理解のある経営者がそんなにいるとは思えないし、生活に流され生業が優先されてしまう。結局は、こじんまりした、無難な、自慰的な活動くらいしか出来なくなってしまっているのではなかろうか。

 いつぞや、「昔の右翼は企業から金をもらったりして資金力も持ち、生活も裕福だったかも知れないが、そういうのが今では負の遺産となって真面目な若手右翼の首を絞めているという事をわかっているのだろうか」とのツイートを思い出す。

 昔の右翼というのはいつの時代を言ってるのだろうか。また「負の遺産となって若手右翼の首を絞めている」とはどういうことなのか。現在の価値観の違いといえばそれまでだろうが、物事の見方が薄っぺらで、残念な気持ちになったっけ。

 高校時代、右翼団体への憧れから、いつかは愛国活動をと思っていた頃、同時に「総会屋」にも憧れた。「総会屋錦城」とか、総会屋関連の本を読み耽った。

 そんな中で右翼総会屋で有名だったのが防共挺身隊で、国士舘大学へ入学すると身近に防挺の人間がいて入隊。正に人生の縁とは異なもの味なものだと思う。 

 企業献金が断トツだったのは防挺で、愚生が入隊した時期には政治資金は共産党、自民党、日本医師会などに続いて堂々の5位、常にトップテン入りしていた。この潤沢な資金の下で充実且つ過激な活動が出来たのは紛れもない事実だった。

 企業からカネを貰ったというより、企業が右翼団体という組織力を必要としていたのだ。高度成長期、企業は極左によるビル爆破や、「べ平連」やら「中ピ連」など左翼勢力や胡散臭げな連中が一株株主として騒いでいた時期でもあった。

 当時は警備会社なんてのは未だ弱弱しく、民間企業を警察が警備や警護する訳には行かず、防挺の様な行動右翼を必要としたというのが事実。その功罪はあろうが、高度成長期に企業を防衛し、国益に大きく貢献したのは紛れもない事実である。

 その後、防挺はマスコミからは「右翼総会屋」「金権右翼」などと揶揄される様になって行った。右翼活動家よりも総会屋右翼を夢見て、総会屋での資金を右翼活動に使おうといたが、大学4年の秋の商法改正でその夢は脆くも崩れ去った。

「金権右翼」に所属していながらも恩恵も受けることもなく、24歳で青雲の志を以て福島県郡山市に帰還し、「これからの右翼は理論が大事」と新たな右翼団体を設立した。現在は正統右翼浪人を自任してはいるが無職のおっさんでしかない(笑)

「負の遺産」とは、拠出して貰った活動資金を私的に流用し、右翼としての生き方を忘れ、分不相応な家に住んで安穏とした生活をしている先生方への諫言なのだろうが、そんなもので「若手右翼の首を絞めてる」などとは責任転嫁も甚だしい。

 中核派などの左翼陣営は勢力拡大と資金力が増大している。男女共同参画社会の年間約10兆円と言われる膨大な予算からは相当な資金が左翼陣営に流されている。こうした現状の中で、右翼は働きながら何を惹起するというのだろうか。

 民主党政権下で菅直人が極左団体へ数億円の活動資金を寄付したのも氷山の一角。左翼陣営は政府中枢への蚕食が成功しつつあり、国家解体は想像以上に進んでいる。

 方や右翼人を見てみれば暢気なもので、総会屋右翼などと揶揄されながらも小銭を貯めた諸先輩、諸先生方は居の安きに甘んじ、固定資産税の支払いに汲汲し「一日一生」とは名ばかりの状態。「人生意気に感ず」と言いながらタダ酒を呷るばかり。

 今や行動者としての使命感は疾うの昔に忘れ去ってしまっているのだろう。こうした安穏とした生活が蔓延してる状況下でカリスマ的右翼指導者など現れることはないだろうし、サラリーマン右翼が世論を扇動することなど不可能なことだ。

 日本人に必要なのは「愛国」ではなく「報国」である。マスコミやネットで流れる「街宣右翼」批判に隔靴掻痒の感は拭えない。今正に、我々が想像している以上に共産主義は祖国日本を蝕み続けている。愛国者は危機感を共有し対峙せよ!

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2022年04月18日

パプアニューギニアのブーゲンビル上空で撃墜され戦死した山本五十六

 昭和18年4月18日、27代連合艦隊司令長官山本五十六元帥がパプアニューギニアのブーゲンビル上空で撃墜され戦死した。山本五十六に対しては「愚将」の評価を散見するが、当時の軍部の魑魅魍魎を現代の価値観で論ずることに意味は無い。

 以前、長岡市の山本五十六記念館を訪れたことがある。遺品などの他に搭乗していた戦闘機の翼が展示されていて、翼に向かって頭を垂れ暫し黙祷を捧げた。

 遺品の中でも驚いたのが、入口前に展示してあった15歳の時に友人に宛てたという手紙。五十六の達筆さも然ることながら文章力の高さは驚くばかりだった。

 正に神童と称えられた五十六の片鱗を窺えるもので、「栴檀は双葉より芳し」という格言通り、天才とは生まれながらにして天才なのだと痛感したのを思い出す。

 長岡市といえば愚生が尊敬して止まない河井継之助だ。愚生的には幕末の英雄では、坂本龍馬や吉田松陰より、長岡藩家老の河井継之助を置いて他にない。

 継之助を一躍有名にした司馬遼太郎の小説「峠」だろう。司馬は継之助を武士道倫理に生きた「最後の侍」だとして、その生き様を活き活きと描いている。茶屋遊びの場面を想像しても、河井は人間味に溢れた武士だったと思っている。

 多くの歴史家も継之助を東西の優れた軍事指揮者の一人に挙げる一方で、「長岡藩を要らぬ戦争へ巻き込んだ」との批判があるのも確か。そういう意味では、五十六の真珠湾攻撃への評価と似ている。そうした歴史的評価より異なものは縁である。

 幕末、江戸城開城、上野寛永寺の戦いなどにも勝利した西軍は、会津を目指し北上し山賊の如き蛮行を繰り返した。北越の地にも西軍が迫ると、西軍の岩村精一郎と継之助の会談が行われるも決裂し、継之助は東軍勢力として戦うことを決意する。

 長岡藩は奥羽列藩同盟に加わり、「北越戦争」へと突入する。北越戊辰戦争に於いて、長岡藩兵は継之助が備えた近代的な訓練と最新兵器の武装を施されており、継之助の巧みな用兵により、開戦当初では新政府軍の大軍と互角に戦った。

 然し、圧倒的物量を有する西軍に比べ、絶対的な兵力に劣る長岡軍は徐々に押され始め長岡城を奪われてしまう。だが、その後の「今町の戦い」を制して逆襲に転じると「八丁沖渡沼作戦」を実施し、翌日に長岡城を再び奪還することに成功する。

 これは軍事史に残る快挙であり、関東軍参謀で陸軍中将・石原莞爾の陸軍大学校の卒業論文は継之助のこの戦術を研究したものである。だが、この長岡城奪還の代償は大きく、奪還を果たした当日、継之助は左膝下に被弾、重傷を負った。

 継之助の負傷に因り長岡藩の士気が下がり、戦線は次第に後退して行った。日々戦局は益々不利となり、継之助の傷も化膿が酷くなり、終には破傷風に罹ってしまった。継之助は已む無く長岡を去り会津での捲土重来を期すこととなった。

 惜しくも継之助は志半ばで、奥会津の只見の地で幽冥境を異にした。だが、この後には続きがある。残された長岡藩士は長岡へは戻ることなく会津へ向かった。

 長岡藩上席家老で大隊長の山本帯刀もその中の一人。山本以下44名(菩提寺の碑に刻まれてる数字で46名とも言われている)は濃霧の為に敵が見えず、味方の会津藩だと思われた軍勢は、霧が明けてみれば西軍の然もそのど真ん中だった。

 会津同盟軍から孤立し、西軍に銃撃されるも勇猛果敢に応戦した。32名が戦死し、14名が生け捕りにされた。薩摩藩淵辺直右衛門ら3人の軍監は山本らに降伏を迫る。帯刀は「我らは降伏に来たのではない。戦いに来たのだ」と降伏を拒否する。

 この覚悟と潔さ、天晴れ。帯刀を始め長岡藩士の斬首が決まり、9月8日、藩主、そして長岡の方向に別れを告げ、粛々と異郷の地に散って逝った。帯刀、24歳。

 彼らの遺骨は会津若松市の「本光寺」に懇ろに葬られている。山本帯刀亡き後、山本家は廃絶。明治に入り、罪は赦面となるも、跡継ぎの居ない山本家は廃家状態となっていた。そこで、山本家は長岡士族の高野家より養子縁組をすることにする。

 その養子こそが高野定吉の六男だった、後の連合艦隊司令長官・山本五十六元帥である。因みに、五十六の妻・禮子は会津士族の娘であり、河井継之助と山本五十六という悲運の武将二人と、悲運の会津藩が不思議な縁で繋がっている。合掌。

 苦しいこともあるだろう。
 言い度いこともあるだろう。
 不満なこともあるだろう。
 腹の立つこともあるだろう。
 泣き度いこともあるだろう。
 これらをじっとこらえてゆくのが男の修行である。

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2022年04月16日

未だに「子ども」表記してる自民党公認候補ってバカなの(笑)

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 昨日、某書店に行くと今夏の参院選福島選挙区に自民党候補として立候補する星北斗に遭遇したのでパンフレットを貰ってみた。「星は、相手を見下し、人に頭を下げることが出来ない」と聞いていたが、ニコニコして愛想が好かったな(笑)

 国政選挙に限らず、立候補者の公報や政策ビラなどに「子供」と表記してるか「子ども」なのかが、その候補者の政治哲学や思想信条を知る判断の目安としている。

 平成25(2013)年6月、文科省は国会での議論を経て、マスコミや左翼どもが常用してる「子ども」表記を、漢字表記の「子供」に統一する通達を出している。

 現代国語を書き表す場合の漢字使用の目安として用いられるものに、「常用漢字表(内閣告示)」というのがある。これを基にした「新公用文用字用語例集(内閣総理大臣官房総務課監修)」には「子供」と漢字の表記する様に示されている。

 マスコミを中心に左翼勢力は確信的に「子ども」表記を続けているが、自民党議員や自民党公認候補どもが安倍政権下の下村文科大臣が下した通達を無視して、未だに「子ども」表記を使い続けてることはアホかマヌケとしか言い様がない。

「子ども」表記というのは「子供」の「供」という字が、「お供え物」「お供する」などを連想させ「差別的な印象を与える」というのが理由だという。共産党は、「子供」とは「大人の付属物や人身御供を意味する」とトンチンカンな主張している。

 何処の誰が子供を「お供え物」「人身御供」と連想するというのだろう。遜った「私ども」の様な接尾語の場合は「原則、仮名で書く」とされているが、「大人」に対する「子供」を意味する場合、漢字二字で表記するのが正しい。

「大人のお供(とも)」を表しているというが、その場合の漢字は「お供」ではなく「お伴」と書く。仏壇の供物と同じく、「子供とはお供え物」とは正にキチガイの不当な言いがかりであり、即ち子供への敬意が足らない証左でもあると思う。

 悪党や政治家らを悪意的に、「悪党ども」とか「政治家ども」とか詰ったりするし、「野郎ども」「若造ども」などと言ったりする。抑々「ども」というのは敬意が低く、目下の者や見下した意味合いに用いられる場合が殆どである。

 この場合の「ども」は、漢字だと「共」だが、子供の「供」を「子ども」と表記することは逆に言葉遊びで子供を弄んでいると捉えられても致し方ない。「子供」の漢字を使いたくないなら、平仮名で「こども」と書けば好いだけのこと(苦笑)

「子供」と同じく「婦人」というのも、アホンダラ左翼どもやジェンダーフリーの性的変質者どもらの企てによって公文書から消されてしまった漢字の一つだ。

 こうした流れは、インチキ漢字研究者が後漢時代の「説文解字」を紐解いて、「婦人」とは「箒を持って掃除をする女のこと」と紹介したことに始まる。

 この自説に、前出の性的変質者どもとキチガイどもが飛び付いて「婦人は差別だ」と叫んで抹殺した。然し、間もなくこの研究者の説は全く誤りだと判明する。

 古代文字である甲骨文字や、それに続く金文の研究から「婦人」の「婦」は「宗廟に酒を捧げ清める高貴な女性の意味」だということが判明する。未だに男女共同参画社会でのこうした言葉遊びや造語が改められることなく常用されている。

 また、男女共同参画社会の今では「看護婦」ではなく、「看護師」と呼ぶ様になった。この「師」というのは、師団、軍師、派遣、元帥、追撃などに含まれる「追」のツクリは、軍隊を派遣する時に食料である肉を分けることが原義である。

 普段、「平和」「平和」と叫んでいるアホンダラ左翼どもらは、「師」の意味も分からずに「看護婦」を「看護師」と呼び換えて満足してるが、無意識のうちに軍隊に起因する漢字を使用しているとは夢にも思っていないだろう(苦笑)

「男女共同参画社会」というのは、こうした言葉遊びから始まった左翼陣営の共同謀議的愚策であり、こうした愚策に保守派であるべき自民党議員どもが違和感を覚えることなく、それらに与し、率先して実践していることは滑稽極まりない。

「子ども」表記を使ってるのは共産党を始めとした左翼どもか、単なる無自覚左翼のアホどもと見て間違いない。つまり、マスコミは左翼勢力であり、未だに疑うことなく使ってる自民党議員どももまた余程のバカと見て好いだろう(苦笑)

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 こうしたパンフレットを作ってる秘書や職員、広告代理店がバカなのだろうが、「子ども」表記に違和感を覚えない候補者もそれ以上のバカに違いない。些細な事柄にも気が付かないようでは議員になっても碌な仕事は出来ないだろう。呵呵。

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2022年04月13日

多くの人は自分の意見や理論こそが正しいと思っているが

「人間というものは知性に根拠を持たず、大抵は無意識に、ただ感情によってのみ支えられた先入観に囚われていることが稀ではない。こういった本能的な嫌悪、感情的な憎悪、決めつけられた拒否というような柵を乗り越えることは、欠点のある、或いは誤った学説を正しく直すことよりも千倍も困難である」とはアドルフ・ヒトラー。

 正義や良識というのは己の価値観であって、それが正しいとか一般常識なのかというとそうでもない。特に正義ということになればその正義は真逆な場合が多い。ウクライナから見ればロシアが悪だし、ロシア側から見ればそれなりの理由がある。

 例えば、世界の警察を気取る米国の行動を正しいと思う人もいれば、リビアや北朝鮮の様に米国の対応を不正義だと思ってる国も在る。中共の弾圧で苦しむ国にとっては、自国の正義を実現しようという行動さえも容易に敢行出来ない国も在る。

 日本人同士でも同じこと。総選挙で自由民主党に投じる人は自民党が好ましいと思い、立憲民主党や日本共産党を支持する人にとっては自民党に敵愾心を抱く。尤も、その多くは「自民党くらいしか」とか「立憲や共産党にでも」程度で支持してる。

 民主党政権誕生も有権者の多くは「自民党にお灸を据える」という意味もあって民主党を支持した。別に民主党が良い訳ではなく「民主党しかないか・・・」「自民党より民主党にでも入れとくか・・・」程度で投票したというのが実情。

 所詮は「でもしか政党」でしかなかったのだが、それは自民党も同じ。民主党が政権交代に成功した要因は、マスコミが連日繰り返した「政権交代」という言葉を、有権者が耳にすることでそれが正しいものと判断してしまったことが大きい。

 無党派層と、マヌケなことに「自民党に御灸を据える」と自民党支持者の実に3割近くが民主党を支持した。安倍元首相の宣う「悪夢の様な民主党政権」には自民党の責任もある、というか自民党議員の軽挙妄動こそが民主党政権誕生の要因(笑)

 大多数の国民はテレビや新聞、マスコミの報道に毎日接することで意思行動を方向付けられる。偏ってるとか成否は別にして、声の大きい者や発信力の大きい人、頻繁に接するモノに視聴者は「正しい意見」として先入観を植え付けられる。

 新聞購読者はその新聞に感化され、テレビの報道番組も出演者の意見に左右される。それが正しいとは限らないのに鵜呑みにしてしまう。情報弱者とは自分の意見を持たない人を言うが、そういう意味ではtwitterなどのSNSは情報や意見が豊富。

 愚生のブログやSNSでの意見が万人に正しいものだとは思ってはいない。右翼を自任する者として、日本国民であるならばこう考える、こう行動しなければならないというものであって、それを絶対無謬で右翼共通のものだとの驕りもない。

 人の多くは自分の意見や理論こそが正しいと思っている。SNSの世界も同じで、自分の意見と異にする者を説き伏せようとしたり、感化させようとしたりする。だが、固定観念や先入観に囚われてる屁理屈ってのは実に厄介なものでもある。

 意見の隔絶してる相手を翻意させることなど到底無理なのだが、そうしたことにも気付かずに無意味な論争を繰り返している様子は気の毒にも思う。コメンテータである橋下徹の自説を批判したところで、橋下が翻意し反省することは無い(笑)

 論争で理論的な間違いを指摘出来たとしても、論争してる相手側がこちらに「敬う心」を抱くことがなければ、喩えその指摘や意見が正論であり、また相手を慮っての意見と雖も相手に通ずることも受け容れられることもないだろう。

 左翼というのは確信犯だから翻意することはないが、無自覚左翼という戦後民主主義者にはこの手が多く、聞く耳を持たず偏狭な屁理屈を垂れる輩が多い。まぁ、右でも左でもどっちにしても、人というのは結局は「好きか嫌いか」で判断される。

「正しい」とか「間違ってる」という基準も、つまりは「好きか嫌いか」の延長であり、好意を持ってる人の意見は精神的に正しいと思い込んでいるに過ぎない。そうした現象がよく表れているのがSNSで、好きな人の意見を読んで留飲を下げる。

 意見の食い違い以前に、嫌われてる相手に幾ら熱く語ったところで疲れるだけ。「生理的に合わない」とか「以心伝心」というが、自分が嫌いだとか苦手だなと思ってるいる相手というのは、向こうも同じ様に感じているものなのだ(笑)

「人に意見や指導をしてその人の欠点を直す」ということは大切なことであり、親切心であり、慈悲の心だとも言えなくもないが、意見される側がそれらを受け容れる気持ちが無ければ、意見や苦言というのは単なる「余計なお世話」でしかない。

「葉隠」では、意見というものは先ず、その人がその意見を受け入れられるかどうかを見極めることが大事であり、先ずは相手と親しくなり、自分を信用して受け容れる状態になってからでないと意見というものは通じることもないと教えている。

 食事や痛飲しながら相手に心を許し、自分の失敗談などを話し、意見を言わなくても、相手に間違いを思い当たる様に仕向けることが出来れば成功だという。

 相手の長所を先ずは褒めながら、その上で感じた欠点や間違いを指摘し直そうと努力するというのが親切心であり、本来、意見というのは斯く在るべきなのだ。

「人というのは結局は好きか嫌いかである」とは実に正鵠を射た喩えだと思う。愚生の様な右翼風情が声を大にして正論を吐いたところで、相手に通じないのは世間から忌み嫌われているということ。要は、生理的に合わないということに尽きる。

 まぁ、立派な主張が通じないのは理論よりも人柄や人格の問題か。理論武装も好いが、その確立してしまった性格や人となりを磨くのは容易なことではない。呵呵。

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2022年04月08日

旧ソ連の蛮行を忘れてロシアを擁護しているマヌケなニホンジン

 ロシア軍のウクライナでの民間人への虐殺や拷問を「フェイクだ」とか「ロシアだけが悪い訳ではない」と擁護して疑わないニホンジンというのは何なのだろう。先の大戦でのロシア人に因る日本人同胞への鬼畜の如き蛮行を忘れてしまったのか。

「非ナチ化の為に戦っている」というが、ウクライナにナチスはいない。ロシアの言う「非ナチ化」とは「非ネオコン化」であり、つまり、米国の自由主義や民主主義に追随するウクライナの自由と民主主義からの解放とロシア属国化が目的である。

 ウクライナの非ナチ化を訴えてるロシアが、ナチスやヒトラーを信奉する民間軍事会社「ワグネル」をウクライナへ送り込んでいる。ロシア政府は、キーウ近郊での民間人殺害を否定してるが、恐らくはワグネルに責任を擦り付けるつもりだろう。

 戦争とは国際法上認められた政治手段の一つだが、その戦争にも最低限のルールがある。「国際人道法」には、非戦闘員や保護対象であり、病院への攻撃や食料や医療品の搬入を妨げてはならない。ウクライナの惨状は国際法違反であるのは明らか。

 東京大空襲や広島・長崎への原爆投下を実行したアメリカもそうだが、非戦闘員の殺戮を謀ったこれらの行為やシベリアへの強制連行も全て国際法違反である。

 鳩山由紀夫元首相が、ウクライナの惨状でロシア軍の蛮行を正当化する意味なのだろう、東京大空襲や原爆投下を批判していた。ここまでの認識は好しとするが、鳩山はマヌケにも南京での日本軍の民間人殺害も処罰されるべきだと非難した。

 南京での虐殺は無かったが、極東軍事裁判で南京事件の責任を問われた松井石根陸軍大将は判決を諒として死刑を享け入れている。B・C級戦犯も同じ。鳩山も日本人として責任云々を言い続けるなら、元首相として腹でも召して詫びなさいな。

 米ソのこうした人道に悖る行為を正当化する権利が在るとは思えない。 然し乍ら、米国と我が国は国の威信と存亡、民族の生死を賭けて戦っていたのであり、新しい兵器の開発と使用には三分の理を認めざるを得ない。然るにソ連はどうか。

 我が国とソ連の間には厳然とした「日ソ中立条約」があり、領土の保全と不可侵、そして中立が固く約束されていたにも拘らず、終戦間際に国際条約を蹂躙し、一方的に宣戦布告し戦闘に加わったソ連の蛮行は断じて赦されるものではない。

 ソ連の参戦は「ヤルタ秘密協定」での米英との約束の実行だが「ヤルタ協定」こそが国際法的にも意味を成さないものであり、国際的にも再検証する必要があろう。

 1945年(昭和20年)2月、ルーズベルト、スターリン、チャーチルは当時、ソ連西部のクリミア諸島のヤルタで会談を行った。ルーズベルトは千島列島をソ連に引き渡すことを条件に、日ソ中立条約の一方的破棄を進言、ソ連の対日参戦を促した。

 ヤルタ協定では「ソ連が日本との戦争に参戦」「南樺太をソ連に返還」「千島列島をソ連に譲渡する」ことなどが決められ、この密約に従ってドイツが無条件降伏した約3ヵ月後の昭和20年8月9日、日ソ不可侵条約を一方的に破棄し参戦した。

 東部北鮮在留日本人の状況として、外務省外交文書「ポ宣言受諾関係・善後措置及び各地状況関係」には、対日参戦以降のソ連軍の蛮行が生々しく書かれている。

「ソ連兵ハ30年来ノ怨ミヲ晴ラスハ此時ナリトシ邦人ノ所持品ハ一物ヲモ残サズ略奪シ婦女子ニ対シテハ時所ヲ弁エズ暴行ヲ加フルノ暴挙ノ出テ・・・」「女32名ヲ広島屋ニ監禁シ女ハ一室ニ一名宛閉ジ若キ娘ハ毎日14、5名、年配ノ婦人ハ毎日10名交代ニ暴行ヲ加ヘ其ノ結果6名ハ死亡シ、然ラザル者モ負傷ノ為歩行ノ自由ヲ失ウニ至ル・・・」と、拉致した女性らは慰安婦にさせられていると綴られている。

 歴史を紐解く上でもソ連の蛮行と北方領土への侵略と不当性を知る上でも、ソ連参戦を要求した米英主導の「ヤルタ秘密協定」の不当性と残虐性を暴き世界に訴えるべきで、その不当性が明らかになれば「日本悪玉論」も根底から覆ることだろう。

 北方領土での戦いや悲劇は決して忘れてはならない歴史である。樺太でも同じ様にソ連からの猛攻によって約5700名の軍人や民間人が犠牲となった。ソ連共産党の残虐非道、鬼畜の行為は筆舌に尽くし難く、終戦後も収まることはなかった。

 捉えられた婦女子は「監禁され、ソ連兵に凌辱される」という恐怖から、自裁する道を選択せざるを得なかった女性も少なくなかった。樺太真岡郵便局の女子郵便局員9名も、ソ連軍が進行する中、職務を全うした後に自裁する道を選んだ。

 ポツダム宣言受諾後の昭和20年8月20日、樺太真岡郵便局員の伊藤千枝(23歳)可香谷シゲ(23歳)沢田キミ(19歳)志賀晴代(22歳)高石みき(24歳)高城淑子(19歳)松橋みどり(17歳)吉田八重子(21歳)渡辺照(17歳)が最後まで職務を全うし、最後は従容として青酸カリを服用し壮絶な最後を遂げた。

 その二日前の18日の早暁午前1時頃、占守島の日本軍に対しソ連軍が奇襲上陸する。終戦により武装解除準備を始めていた守備隊は武装を整え直し、自衛戦闘を開始した。 戦闘は日本軍の死傷者約600名、ソ連軍の死傷者約3000名に及んだ。日本軍の圧倒的勝利の中で、8月21日には武装解除に応じ戦闘が終結した。

 日本軍が武装解除を終えたのは3日後の24日だった。 この占守島の戦いに拠り、ソ連軍の千島列島の占領は遅滞されることとなり、その数日の間に米軍の北海道進駐が完了したことで、ドイツや朝鮮半島の様な北海道の分割統治は避けられた。

 そういう意味でも戦後に起きた「占守島の戦い」は大きな歴史的意義があった。 この戦いの後、占守島で自衛戦闘を戦った日本軍兵士のみならず、中千島や南千島に駐留していた兵士や民間人の全てがシベリアに強制連行されることとなった。

 理不尽な終戦後の戦争を勇敢に戦った兵士達は、こうした仕打ちさえも無条件降伏の無条件のうちだと信じて、飢えも寒さも、その結果としての知れ切った死すらも潔く受容した。ソ連は軍人、軍属、一般人80万人以上をシベリアへ強制連行し不当に抑留。実にこの半数以上の同胞が酷寒の地で凍死、餓死で亡くなられている。

 シベリヤに抑留され、極寒の地で亡くなられた方も数え切れず、抑留された日本人同胞は、国内では一般には約60万人と言われているがこの数字は軍属だけの数字であり、ロシアの資料では約70万人、米国の資料では約90万人とされている。

 ウクライナでも子供達を含めて多くの人がロシアへ送還や拉致されている。橋下徹らは「戦う一択」を批判し、また一部の日本人はロシアの正義を信じて疑わないが、ロシア人とは非情であり、この人間性は何年、何世紀経とうが治ることはない。

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2022年04月06日

科学的データに基いた処理水の海洋放出に反対する全漁連って何なんだ?

 羽生田光一経産相と全国漁業協同組合連合会(全漁連)との会談が行われた。東京電力福島第一原発周辺に貯まり続ける処理水の海洋放出問題の基本姿勢を伝えるも、全漁連が歩み寄ることは無い。まぁ最後は「金目でしょ」ということか(苦笑)

「関係者の声を聞け」というのは付けたりに過ぎない反対の為の反対の屁理屈でしかない。端から処理水への理解するつもりも無い。関係団体のこうした非科学的な感情論からの反対運動や声明が福島県への風評被害を齎してるという自覚も無い。

 漁業関係者は「これまでの努力の積み重ねが無駄になる」と語るが、処理水問題に対し科学的根拠を否定し、抗議ばかりしてきた県漁連が何に努力したというのか。努力して来たのは福島県産の海産物を購入して応援してきた全国の人達だろう。

 福島県への風評被害や流言飛語は、反原発派らの執拗な福島差別と放射線や放射能への無理解から生まれたもので、地元漁業関係者は反原発派に与していた活動家と同列である。野崎哲県漁連会長は日本共産党の支持者というのが何かを況や。

 原発事故後、漁師が漁にも出られなかったのは気の毒に思うが、原発事故に因って漁業関係者に支払われた賠償金は莫大だった。漁師の中には働くよりも、経費丸ごと補償してくれる賠償金を貰った方が得だし、処理水の放出も更なる無心だろう。

 民主党政権下、年間被曝の科学的根拠を示さず、原子力規制委員会からの「放射線防護対策の年間被曝線量は20ミリシーベルト以下」との提言を無視し、住民の不安を払拭する目的で始められたのが「除染」というマヌケな作業だった。

 未だに続けられる総額約25兆円とも言われる除染関連事業で儲かったのは、請け負った大手ゼネコンと一部の業者だけ。下請けや孫請けなら未だしも、それより下の業者の儲けは少なく、親会社に裏切られた下請け業者は相当数に上る。

 県内各地の空き地や田畑には除染土入りのフレコンバッグが山積みにされたが、田畑一反に付き15万円の利用料が支払われている。例年の農業収入は一反に付き約5万円程度。つまり、汗して農業をしてるより儲かるのだ。漁師も似た様なもの。

 漁業関係者の多くが、海洋放出以外の全ての処分方法にも反対してることでも分かる様に、反原発派と同じく福島を貶めている勢力に成り下がり、単なる感情論で科学的根拠さえも信じない姿勢こそが風評被害を拡大させる要因になっている。

 福島第一原発周辺の処理水タンクは、今や約1000基以上に及びその水量は増え続けている。処理水の処分を後回しにしたり、タンクを増設し続けれれば、タンク劣化による環境破壊にも繋がり、それこそ福島への風評被害が止むことはないだろう。

 抑々、トリチウムは放射線エネルギーは弱く、人体の影響はセシウムの700分の1程度だという。原発事故に因る放射線セシウムが人体に影響も及ぼしてない中で、それより弱いトリチウムを含んだ処理水の処分に反対するのは感情論でしかない。

 福島原発周辺に貯蔵されてる処理水のトリチウム総量は2016年3月時点で760テラベクレル。諸外国の再処理施設から海洋へ放出されている処理水に比べても100分の1程度で、専門家は「人体に影響を及ぼす数値ではない」と語る。

 1979年のスリーマイル島原発事故では93000テラベクレル、1986年のチェルノブイリ原発事故では520万テラベクレルと推定されている。1テラベクレルとは1ベクレルの1兆倍。「兆」という単位は余りにも大きい数値に感じるだけ。

 カナダのブルース原発からは年間1280兆ベクレル排出。フランスのラ・アーグ再処理施設からは年間1京1600兆ベクレルが排出されている。「京」とは「兆」の更に上の桁。かなりの数値だがこれらの数値は国際基準値の範囲内である。

 因みに、福島の漁業関係者よりも強力に処理水の海洋放出に難癖を吐けてる韓国だが、韓国は月城原子力発電所で4基のCANDU炉を運転しているが、月城原発が4基体制に入った1999年以降の累積では6000テラベクレルを超える。

 韓国の抗議は、科学的データを無視し風評を煽る山本太郎ら反原発派と同じで、地元漁師が福島への風評を阻止したいなら率先して科学的データを内外に広めることであり、地元漁師が立ち上がることで福島への風評が鎮まるだろう。

 昨年4月28日付の地元紙に処理水問題に関して、「トリチウム総量1930兆ベクレル」とのタイトルが仰々しく躍っていたのを記憶する。トリチウムの何たるかも理解することの無い多くの新聞購読者は、1930兆との数値の大きさに驚いた。

 前述したが、2016年には処理水のトリチウム総量は760テラベクレルあった。「1テラベクレル」とは「1ベクレル」の1兆倍。とすると、現在の1930兆ベクレルという数値は揮発などもあってかなり低くなっているし、数値は更に下がってる。

 科学的根拠も示さずに始められた除染作業は、住民の不安を払拭するどころか、「福島県は除染をしないと住めない土地」という風評被害を齎した。海洋放出は世界の常識である。粛々と放出するべきで、除染作業と同じ轍を踏んではならない。

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2022年04月02日

若し自ら種々の生業(なりわい)を作(な)して自活することは邪命である

 大学卒業後、バイトで貯めた僅かなカネを持って帰郷。24歳の頃だった。商法改正後、防共挺身隊の活動が停滞したこともあり、郡山市で右翼団体を立ち上げた。

 収入のアテは無く名刺と領収書を持って会社を廻り、時局を喋り捲って協賛金を無心した。会社から頂いた協賛金なんぞアブク銭、頂いた浄財はその日の遊興費や飲食代で無くなった。働けば楽だとは思ったことは何度もあるが働かず現在に至る。

 二十代の頃の大きな収入源といえばサラ金だった。借入金は一社につき30~50万円。悪友とタッグを組み、事務所で留守番させて架空会社の従業員役をやらせる。

 愚生がサラ金に行き、書類に必要事項を記入して借金の申し入れ。サラ金屋は書類に目を通し、書いた会社に電話する。「もしもし、佐久間さんをお願いします」「今、営業で出ていますがどちら様でしょう」「すみません、また連絡します」。

 サラ金屋は、会社で働いてることを確認すると、ニコニコ顔で融資金を持ってくる。融資されたら支払うのは3回だけ。4回目には融資額を増額をさせる為に再度訪問する。すると担当は、「これ以上は貸せない」と断られる。当たり前だわな(笑)

 追加融資がダメだとなるとこっちも払わない。払わないとブラックリストになるのは時間の問題なので、そうなる前にサラ金巡りをすることとなる。三流サラ金から攻めれば好かったのだが、最初に大手サラ金に手を出したのが上手くなかった。

 上手く借りれば1000万ほどになったのだが、その半分にも満たなかったのは大失敗だった。サラ金がダメになると次は信販系に手を出した。サラ金と信販系は信用調査が別だったので、カードで買い物やキャッシングをするには便利だった(笑)

 キャッシングが限界と知るや、友人らに衣料品など必要な品を半額で買わせてはカードで支払った。最後の頃は新宿で手広くやってるマチキンや金融ブローカーのとこにも行った。誰にでも小銭を貸す連中も、愚生には貸さなかったっけ(爆)

 クレジットカードも大手の日本信販をパンクさせてしまったので、他の信販系も根こそぎ停められてしまった。もう少し巧くやりゃ好かったと今でも思う(笑)

 サラ金と信販系クレジットは好いシノギだった。そんな中でも独立した情報管理をしてた丸井百貨店だけはカード返却の請求もなかったので大事にした。過払い請求すれば100万円くらいは戻ったと思うが、恩義があるので止めといた(笑)

 サラ金や信販会社からの借入で、親や兄弟、友人らを保証人にしたことはないし、迷惑をかけたことも無い。後々、追い込みが来ても逃げたこともないし、裁判所に呼び出されれば、担当の弁護士と話し合い欠損処理する様に申し入れした。

 そんなこともあって、20代から30代始めまではブラックリストだった。それが、平成に入ると携帯が普及すると携帯からネットバンキングで手軽にキャッシングが出来る様になり、ダメ元でやってみたらすんなり審査が通ったのは驚いた。

 こうなると借りなきゃ損とばかり、ネットで次々と申し込んだ。そんな甲斐があってコンピュータが動きだし、ブラック解除となった。めでたしめでたし(笑)

 昔の様に踏み倒すことはしない。カード社会の現代ではカードが無けりゃ生活出来ないし、還暦過ぎになってブラックリストじゃ何かと信用問題にかかわるし。

 今では「少欲知足(しょうよくちそく)」を悟った。それとも高齢化で出不精になっただけか。若い頃の様な無理は出来なくなったし、明日の事が気になる様になった。こうした不安が過るのは歳を取った証拠なのだろうと熟熟思ったりもする。

 今では支援者は数件だけ。飛び込みで会社を訪れ、口角泡を飛ばし、或いは相手を煙に巻いてでも活動資金を捻出すれば好いのだろうが、歳の所為かどうも気合が入らない。右翼浪人を自任してるが乞食の様な無心生活も意外と大変なのである。

 乞食(こじき)とは本来は仏教用語で「こつじき」と読む。僧が自己の色身(物質的な身体)を維持する為に人に乞うこと。行乞(ぎょうこつ)ともいう。托鉢(たくはつ)といえば聞こえは好いが本来は乞食と同じ。会社訪問も托鉢だろうか(笑)

 托鉢とは、十二頭陀行(じゅうにずだぎょう)の一つで、簡素で清貧な修行に拠って煩悩の損減を図るのが目的であり、清浄の正命(しょうみょう)と定める。

 十二頭陀行には、「若し自ら種々の生業(なりわい)を作(な)して自活することは邪命である」と定められているが、要は兼業の坊主はニセモノということだ。

 これは右翼や自称愛国者にも言えることで、働きながらのなんちゃって右翼は生業を優先し、安逸な生き方を優先していることを以ても所詮はニセモノでしかない。

「営業右翼の改憲論者たちよ!民族の徒花たちよ!祖先から受け継いだ民族の本能の叫びに耳を塞ぐ勿れ!諸君らは死してどこへ帰るといふのか?このやうな羊頭狗肉の欺瞞は必ずや今後の動向と後世による歴史の審判によって白日に曝されるであらう」との、弁護士で國體護持塾塾長の南出喜久治の言葉が重く圧し掛かる。

 因みに「軽犯罪法」1条22号には「こじきをし又はこじきをさせることを禁止し、違反者には拘留又は科料」と規定されている。ということは、勤労意欲に乏しい愚生は拘留される身の上であるとも言える訳だ。拘留は好いが過料はイタイな。呵呵。

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2022年04月01日

卯月一日「四月馬鹿(エイプリルフール)」に嘘を考えてみる(笑)

 今日から卯月、朝まだきから身を清め、神饌を新しくし、畏くも陛下の弥栄を念じ、併せて心願成就を祈念する。今日は「四月馬鹿」、エイプリルフール、嘘を吐いてもいい日だと言われている。但し、午前中限定ですので御忘れなく(笑)

「嘘も方便」とか「嘘は世情の宝」という。嘘というのは悪気のある嘘は詐欺だが、どうせ吐くなら相手への思いやりが込められたものや世間を和ませるものが好い。

「講釈師見て来た様な嘘を吐き」なんてのもあるし、「商人は損と求めて蔵を建て」とかいうのもある。商売人というのは、口では「儲かりません」と言いながら、いつの間にか大きな蔵(家)を建てるなんてのはよくある話し。

「紺屋(こうや)の明後日」というのがある。紺屋(染物屋)というのは天候に左右されるので、仕上がりが不安定で約束した期日は当てにならないという喩え。

 愚生の実家のラーメン屋でもそうだったが、出前の催促が来ると「今、出ました」なんてよく言ってたが、アレと同じだ。そしてまた催促の電話が来たり(笑)

 花魁の世界には「手練手管(てれんてくだ)」なんてのもある。今でいうとキャバ嬢やホステスだろうか。「手練」とは人を思うままに操り騙す技巧だが、スナックなどでホステスの嘘を勘違いして、ついつい熱くなるなんて経験はないですか(笑)

 嘘には好い嘘と悪い嘘があるというのは分かるだろう。自分の為に吐く嘘は感心しないが、周りを安心させる様な、また和ませる「嘘」は吐いても差し支えはない。

 小洒落だ気の利いた嘘も吐けないのはバカ正直。そんな輩は世間からは遠ざけられる傾向があるが、そんな馬鹿正直な人も最近はめっきり見かけなくなった。

 まぁ、何事も一面な見方や考え方ではなく、相手の本音やついつい吐いた嘘に隠された真実や優しさを見抜くことが出来れば人生もっと面白いというもの。

 釈迦牟尼は「地獄」「極楽」を創られ、民衆の心に安らぎを与えた。キリストもまた「天国」への夢を誘って多くの人々を救ってきた。「地獄」「極楽」「天国」なんてのは大きな嘘の典型だろうが好い嘘だ。人間死んだらハイそれまで(笑)

 仏教でもそうだが「五戒」「十戒」というのを訓えている。だが、こうした戒めを守ってる坊主や仏教徒なんぞおるまい。正しく、日本国憲法前文に明記されてる「平和を愛する諸国民の公正と信義」のキレイゴトというか大嘘と同列だわな(笑)

「不殺生戒(ふせっしょうかい)」。生き物を害してはならない。また他人に殺さしめてはならない。また他人が殺害するのを容認してはならない。

「不偸盗戒(ふちゅうとうかい)」。他人のものを盗んではいけない。また他人をして盗らせてはならない。また他人が盗るのを認めてはならない。

「不邪婬戒(ふじゃいんかい)」。不道徳な性行為を行ってはならない。これは、不倫や強姦を指すが、他にも性行為に溺れるなどの行為も含まれる。

「不妄語戒」。嘘をついてはいけない。また他人をして偽りを言わせてもならない。また他人が偽りを語るのを容認してはならない。

「不飲酒戒(ふおんじゅかい)」。酒を飲んではいけない。また他人をして飲ましめてもならない。また他人が酒を飲むのを容認してはならない。

 この項目に「不塗飾香鬘 (ふとしょくこうまん))」「不歌舞観聴」「不坐高広大牀 (ふざこうこうだいしょう)」「不非時食 (ふひじじき)「不蓄金銀宝」を加えたものが「十戒」という。モーセの十誡は知らんがこれと似た様なものだろう。

「五戒」や「十戒」とは、開祖の坊主らの経験に基く自戒の意味を込めた箴言だと思ってるが、愚生的にはこの中でも「不飲酒戒」は守るのは絶対無理だわな(笑)

「嘘は泥棒の始まり」とか「嘘を吐くと閻魔様に舌を抜かれる」という様に、嘘というのは悪いものだと教わって来た。だが、噓が罷り通ってるのが政治の世界だ。

 我が国の政治家の世界はホンネは出来るだけ出さない方が好いとされ、政治家の嘘には馴れっこになってしまっている。現代では「嘘つきは政治家の始まり」か。閻魔様に舌を抜かれる様な政治家は地獄行き。つ~か、地獄の概念も噓だろう(笑)

「人は小さな嘘には騙されないが大きな嘘には騙される(ヒトラー)」という。毎日目にするマスコミ報道やネット情報の多くは嘘だと思ってりゃ間違いはない。呵々。

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2022年03月28日

橋下徹というのは人を不快にする天才だな(笑)

#橋下徹をテレビに出すな
#橋下徹が出演する番組は絶対観ません

 twitterで、橋下徹を上の様なタグ付けしてた。橋下というのは人を不快にする天才だと思う。自分の意見は「オレって他のヤツとはチョッと違うだろう」的に上から目線で畳み掛ける。自分の意見は絶対で批判したものなら人格さえも否定される。

 フジテレビ系の日曜報道THE PRIMEで橋下は、高市早苗政調会長と対談。ウクライナ戦争について「国を捨てて逃げる選択もある」と主張する橋下は、高市に「日本が同じ状況になった場合にどこをゴールにして戦わせる?」と問いかける。    

 高市は「申し訳ないですけど最後まで戦っていただく」と応えると、「戦況によっては戦闘員の被害が拡大する」「戦う一択は危険だ」と批判し、ウクライナのゼレンスキー大統領と同じ覚悟を示した高市を「国家指導者として危険だ」と世論誘導。

 作家で評論家の石平(せきへい)は、高市への橋下の私見に異を唱え、「国が存続の危機に立たされた時に最高司令官が『最後まで戦わない』つもりであったらどうなるのか。そんなのは最初から亡国の危険な道ではないのか」とtwitterに投稿。

 石平のツイートに反応した橋下は、「太平洋戦争末期、日本の戦争指導者の不合理な戦闘継続意思によってどれだけの非戦闘員が犠牲になったか」と反論。

 批判するべきは米国の原爆投下や東京大空襲などの無差別爆撃であり、「日本の戦争指導者の不合理な戦闘継続意思」ではない。況してや、米国側は日本政府が和平を模索していることを知っていた。そんな中での爆撃は赦されることではない。

 戦争とは政治や外交の延長であり、国際法上認められた国家間の問題解決の為に行われる正当な政治手段の一つであるが、その戦争にも最低限のルールがある。

「ジュネーブ条約では市民の保護が定められている。戦後に勃発した朝鮮戦争とベトナム戦争で市民に多くの犠牲が出た反省から、「国際人道法」と呼ばれるものが創られている。法律ではないが、戦争を実行する上で守らなければならないルール。

 ウクライナ南東部のマリウポリでは産科小児科が攻撃され死傷者が出てる。医療機関は国際法上の保護対象で攻撃は国際法違反である。橋下は、非戦闘員への攻撃を続けてるロシア軍やプーチンを批判するべきなのに何故か批判対象がゼレンスキー。

 在日ウクライナ人との対談でも、人格を否定するかの如く徹底的に批判し勝ち誇ってた。戦争が始まってからの妥協や戦闘を回避して逃げることは降伏である。祖国を捨てることは歴史が消滅するか侵略者の傀儡として併呑されるかどちらかである。

 安易に降伏しろと訴える橋下やマスコミ御用達のコメンテーター。中でも橋下の主張は、ロシアや中国共産党の第五列というべきものばかり。弁護士はタダでは動かないが、依頼されれば依頼人に忠実となる。そんな見方で橋下を見れば合点が行く。

 橋下は、穢多(えた)や非人(ひにん)の多かった大阪市西成区のあいりん地区出身。自殺した父親は元ヤクザ。所謂部落出身者故に「祖国」という概念が決定的に乏しい。祖国愛に乏しいから「戦う一択は危険だ」との結論に至るのだろう。

 以前、週刊朝日が「ハシシタ、救世主か衆愚の王か」「奴の本性」との大見出しで橋下の出自を暴いた。何故かこのシリーズは第一回目で終了してしまった。

 橋下は騒動後、「部落差別が大好きな朝日新聞から身を守る為にも人権擁護法案の早期成立が必要」だと発言している。こうした橋下への朝日のスクープは「人権擁護法案」や「人権救済法案」へのマッチポンプだったのではないのだろうか。

 週刊朝日の差別記事に対して、当事者であろう部落解放同盟も沈黙を続けていた。差別に敏感な部落解放同盟が橋下の件を黙する理由は一体何だったのだろう。

 石平とのtwitterでの論争に戻るが、橋下は「知事市長時代、戦没者追悼式の主宰者として多くの関係者の生の声をお聞きし、壮絶な悲しみに触れました。亡くなった御本人や御遺族のお気持ちに軸足を置きます」とツイートしている。

 橋下にとって相手を黙らせる手段が府知事や市長という権威。如何にも「府知事になったオレはあんたとは違う」とでも言いたげで、こうした自慢に「お里」がチラホラと出てしまう。「遺族の声」とか言ってるが、英霊の遺族の声は完全無視。

 熱烈な「A級分祀論者」の橋下なら然もありなん。橋下が主張する政策も「国立戦没者追悼施設建立」「A級戦犯分祀論」「夫婦別姓(選択的夫婦別姓)推進」「戸籍法廃止」「外国人参政権付与」「沖縄独立」などなど売国的なものばかり。

 橋下というのは問題が起きると敵対する勢力を作って、過激な言辞で注目させ世論を煽るというのがいつものパターン。自分の発言は絶対で、批判されれば批判されるほど聞く耳は持たなくなる。反論されたものならば人格さえも否定される。

 偏狭な屁理屈や間違いを素直に認めることなく自己強弁を正当化する技術は天下一品。こういうのは悪人を庇う弁護士には向いてるが評論家には向かない。

 今や過激な発言が受けてコメンテーターとして引っ張りだこ。橋下の、間違いであろうが正当化するあの弁舌の豊かさに騙されている国民は少なくないが、よくよく聞けば堅白同異の弁ばかり。出生の怪しさと人となりはやはり消せない。

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2022年03月25日

プロ野球選手団は開幕前に靖國神社へ参拝すべし!

 プロ野球が開幕する。その昔は、福島県内ではジャイアンツ戦しかテレビ中継しなかったことも影響していることもあり、贔屓にしてるチームは読売巨人軍。まぁ「巨人ファン」というより、「長嶋茂雄ファン」だからと言った方が好いだろう。

 野球が当たり前にやれなかった時代がある。支那事変が勃発し、国内では娯楽というのが消えて行った。プロ野球もその一つだが、大好きな野球も出来ずに祖国の為に尊い命を投げ出されたプロ野球選手がいたことを国民は知っているだろうか。

 平和を謳歌し、愛する野球をやれるという当たり前のことを再認識する為にもプロ野球選手団は、開幕前に靖國神社に参拝し、国家の為に散華し英霊となったプロ野球の先輩方に首を垂れ、顕彰することを熱望しているが未だ実現されることはない。

 靖國神社を参拝することで、平和の尊さと野球が当たり前にやれる有難さを実感すれば選手としての思いも違ってくるだろうし、プロ野球人気も高まることだろう。

 先の大戦で亡くなられたプロ野球選手は想像している以上に多い。試合の途中で出征した方や、幾度かの戦火を潜り抜けて帰還し、再び出征して終には戦場に斃れた方など実に69名もおられる。この方々は靖國神社に祀られ神となった。

 その中でも有名なのは、東京巨人軍(読売ジャイアンツ)の澤村榮治投手だろう。澤村投手がどんなに凄い選手だったかは説明するまでもないが、年間最優秀投手に与えられる「沢村賞」はプロ野球選手の最高の名誉であることでも分かる。

 澤村投手は野球だけに止まらず何事に対しても真摯な態度で挑む人で、人間としても実に立派な方だったという。現在も受け継がれている「巨人軍の選手たるもの紳士たれ」という教えは澤村選手を見習ってのことだろうと思っている。

 澤村投手の背番号「14」はジャイアンツの永久欠番となっているが、ベーブルースを三振にしたくらいで永久欠番になる訳はなく、プロ野球選手として志し半ばにして出征し、遠い異国の地で散華されたその崇高な精神を忘れない為のものである。

 名古屋軍(現・中日ドラゴンズ)の石丸進一投手と朝日軍(現・横浜DeNA)の渡邉静内野手は特攻作戦に参加し、沖縄戦で散華されている。

 石丸投手は鹿児島県の海軍鹿屋基地から出撃の直前、戦友と最後のキャッチボールをして飛び立ったという。数時間後の死を前にどんな思いでキャッチボールをされたのだろうか、これこそが渾身の悩みであり、その心中を察するに余りある。

 渡邉静選手も同じく鹿屋基地から沖縄へ出撃している。夢見て憧れて入団したプロ野球人生での打席はたった二度しかない。戦争が悲しい現実を彼に与えてしまった。さぞ心残りだったろうが、未来の日本を後輩に託して散華されたのだ。

 彼らは野球への情熱を「特攻」というカタチで尊い命を捧げ、沖縄を、そして祖国日本を死守すべく散華された。自らの命を犠牲にすることで、故郷や家族や愛するもの全てを守るという彼らの至高の精神を我々は決して忘れてはならない。

 我が国は悠久の歴史と民族の一体性に恵まれている。ところが皮肉なことに、国の礎となられた英霊の方々は国家から顧みられることが少ない。こうしたことがどれだけ国民精神の頽廃を招いているのか、政治家は考えたことがあるのだろうか。

 昨今、愛国心や大和心の欠落は顕著である。その結果としての国防意識の低下、日本人としての誇りや自信の喪失、子殺しや親殺し等の悲惨な事件等等、我が国の社会に蔓延する諸問題の全てはそこに起因していると言っても過言ではない。

 国家の礎となられた英霊や自分達の先祖や先人の方々にきちんと向き合うことが出来なくて、どうしてまともな国家を築くことが出来るのだろうか。

 開幕前にプロ野球選手全員が靖國神社に参拝することで、平和の有難さを再認識して欲しいものだ。靖國神社に眠る神霊の時代を超えた囁きに耳を澄ませば英霊の声が聞こえて来る。8月15日ではなく、桜満開の九段に参じてみては如何ですか。

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2022年03月22日

プーチンの妄言を鵜呑みにする日本人らしからぬニホンジン

 ロシアのウクライナ侵略に大義は無い。クリミヤ半島の侵略で味を占めたプーチンは、ウクライナ東地区でウクライナ軍が親ロ派へのジェノサイドを実行し弾圧を強めているとして、ロシア派の独立を謀り、ドネツクとルガンスクを独立させた。

 ドネツクとルガンスクの両人民共和国の独立はクリミヤ半島侵略からの計画だったので想定内でもあるが、その後の領土拡大やそれに伴う市街地への無差別攻撃は断じて赦されるものではない。こうしたロシアの蛮行を支持する人がいるのに驚く。

 プーチンは、ベラルーシの首都ミンスクで署名された「ミンスク合意は失効した」と述べた。因みに、旧ソ連時代に15ヶ国と「不侵略」や「中立」の名を冠した国際条約を結んでいるが、うち14ヶ国との条約を蹂躙しているそんな国家である。

 こんなプーチンの「ウクライナがジェノサイドを」という妄言を鵜呑みにしてるが、非戦闘員である市民を殺傷しているのはウクライナではなくロシア軍だ。

 プーチン支持派に共通するのは、先の大戦を「日本軍の侵略戦争」と疑わない戦後民主主義者や共産主義にシンパシーを抱く日本人らしからぬニホンジンばかり。

「原爆投下は日本が戦争をしたから」「原爆投下が戦争を終結させた」「日本軍も南京で中国人を虐殺した」という戦勝国や中国共産党のプロパガンダを妄信する。

 スターリンはヤルタ密約を忠実に実行し、日本人同胞の虐殺やシベリア抑留を指令した。カイロ宣言の領土不拡大の原則を蹂躙し、我が国の領土であった南樺太や千島列島の強奪を働いたが、彼奴等は何故かこうした蛮行を批判したことはない。

 戦争とは政治や外交の延長であり、国際法上認められた国家間の問題解決の為に行われる正当な政治手段の一つであるが、その戦争にも最低限のルールがある。

「ジュネーブ条約では市民の保護が定められている。戦後に勃発した朝鮮戦争とベトナム戦争で市民に多くの犠牲が出た反省から、「国際人道法」と呼ばれるものが創られている。法律ではないが、戦争を実行する上で守らなければならないルール。

 ロシア軍の侵略以降、ウクライナ国内では激戦が続いている。ウクライナ南東部のマリウポリでは産科小児科が攻撃され死傷者が出てるが、医療機関は国際法上の保護対象で攻撃は国際法違反だ。プーチンはこの攻撃はウクライナ軍だと言い張る。

 プーチン支持派もその発言を信じて疑わない。市民が住んでいることを知りながら、無差別に攻撃することは許されない。攻撃前に建物内を確認したり、警告する必要があるが、先の産科小児科病院への攻撃は如何にロシア軍が非情かが分かる。

 こんなロシアに、橋下徹が「戦うという一択は危険だ」とか「妥協点を見出すべき」とかよく言えたものだ。ロシアへの降参は民族の滅亡と言っても過言ではない。

 終戦間際、日ソ中立条約を一方的に破棄したソ連軍はソ満国境を越え、満州に侵略。ポツダム宣言受託後も南樺太や千島列島に雪崩れ込んだ。千島最北端の占守島では日本軍が応戦し、勝利するも多くの日本人がシベリアへ抑留されている。

 3年程前、ロシアの国立軍事公文書館で発見された資料に拠ると、シベリアへの強制連行抑留者に日本人女性121人が含まれていることが分かった。判明されたのは第一陸軍病院に配属された第七九一部隊の看護婦や看護助手とみられている。

 第七九一部隊は、ソ連が中立条約を破棄した昭和20年8月9日、ハルピンへ向かう途中で拘束された。この時、男性軍医の他、日赤派遣の約20名の看護婦、陸軍雇用の看護婦が50名、他に「菊水隊」の約80名の150名の女性が所属していた。

 第七九一部隊の看護婦以外にも、帰国した女性の証言や日記などから約2000名はいたとみられる。多くが10代から20代の若い女性だったという。当初は薪集めや食料の運搬、清掃作業をしていたが、看護や衛生対策を担う為に収容所医務室や特別病院に分散させらというが、筆舌に尽くし難い凌辱を受けたのではあるまいか。

 シベリヤに抑留された日本人同胞は約60万人と言われているが、この数字は軍人・軍属だけの数字であり、民間人を含めると更に多く80万人を越えると言われている。ロシアの資料では約70万人、米国の資料では約90万人とされている。

 橋下らプーチン支持者は、「そんなことは現代では有り得ない」と反論するが、第二次大戦で15ヶ国のうち14ヶ国との平和・中立条約を蹂躙し、婦女子への陵虐や不当なシベリア抑留を強いて餓死や凍死させたロシアなら有り得ることだ。

 軍隊が市民の住む街を包囲し、食料供給ルートを遮断することも人道的ルールに悖る行為である。現に、ウクライナ市民は供給ルートを絶たれて食べることさえ儘ならない。ウクライナ市民が、餓死した場合には国際人道法違反に問うべきだ。

 国連並びにEUはロシアに対し敢然と宣戦布告し、プーチンを国際刑事裁判所に突き出すべきである。ロシア軍に拠る国際法違反をこれ以上赦してはならない。 

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2022年03月21日

オウム真理教に破防法が適用されなかった理由を検証せよ!

 平成7(1995)年3月20日に起きた地下鉄サリン事件で12名が犠牲となった。化学兵器を使用した驚愕の犯罪は我が国の治安を根底から揺るがす事件となった。

 地下鉄サリン事件が起きる前年、長野県の松本サリン事件では7名が犠牲となり、第一通報者を犯人と断定し逮捕した。オウム真理教を擁護するTBSは、当時キャスターだった立憲民政党の杉尾秀哉らは河野犯人説を執拗に報じた。

 当時、TBSはオウム真理教を日本の救世主の如く好意的な報道を垂れ流していたのは周知の事実。そんな中でオウム真理教をカルト集団として批判的だった坂本弁護士を取材し事情を聞いた。それをあろうことかオウム真理教幹部らにリーク。

 オウム側にリークした9日後、早川紀代秀や新見智光、中川智正らは妻子の前で坂本弁護士を襲撃し殺害。更には妻と1歳の子供まで惨殺した正に鬼畜の所業だった。この事実をして死刑は当然だが、それでも死刑に反対する理由は理解不能である。

 TBSは当初、取材テープをオウム側に見せたことを否定していたが、捜査の過程で事実が露呈し謝罪会見を行った。オウム真理教が精鋭化するのはこの坂本弁護士殺人事件以降であり、そういう意味でもTBSや杉尾の行為は万死に値する。

 オウム真理教設立当初はヨガ好きの集まりだったという。在日朝鮮人説が絶えない麻原彰晃(松本智津夫)の権力欲と金銭欲は逞しく、信者は麻原のそれら野望に応えようと「グルを日本の国主に」との妄想を描き、組織の精鋭化を謀る。

 徐々に仏教の魂を救う教えから隔絶し、麻原個人の欲望を満たす為だけのカルト集団となって行く。信者らは疑うことなく麻原の言葉を盲信した。

 そうした一方で、教団内では信者の殺害などがあり麻原に対する不信感が募り、脱会する信者や信者の家族からの相談が相次ぎ、社会問題化して行った。

 松本サリン事件、地下鉄サリン事件を始め、負傷者数6000名という未曾有の犯罪行為を実行し、更には皇居や皇太子殿下御成婚パレードを狙った炭疽菌やボツリヌス菌の散布など、国家転覆を謀り、既に関係者全員が死刑執行されている。

 中でも皇居を狙った犯行は断じて赦されるものではない。国家転覆を謀り30人を殺害し13名が死刑判決。189名の信者が起訴されたテロ集団への破防法適用を見送った理由は何だったのか、死刑執行の是非より、その闇を明らかにすべきだ。

 思うに、地下鉄サリン事件が起きる前年に「自社さ連立政権」が誕生する。自民党は神輿として日本社会党の村山富市を内閣総理大臣に祭り上げた。

 村山政権が誕生した翌年の1月には阪神淡路大震災が発生する。「自衛隊違憲論」を唱える社会党の村山は、自衛隊出動を躊躇して多くの犠牲者を出すこととなった。そしてその阪神淡路大震災の2ヶ月後に発生したのが地下鉄サリン事件である。

 オウム真理教への破防法適用を見送ったのは、やはり党利党略と政争から誕生した村山富市の無能も然ることながら、日本社会党の閣僚や国家公安委員長に共産党シンパでもある野中広務が就いたのも大きな理由だったのではなかろうか。

 民主党政権下では東日本大震災が発生し、阪神淡路大震災の村山と同じく菅直人はその対応を誤った。無能な政権の時にこうした天譴が起こるのは何故だろう。

 オウム真理教への破防法の見送りは適切だったとは思えない。単なるイデオロギーや党利党略だったでは済まされない。国家転覆を謀ったテロ行為を予断なく検証することが、サリン事件で犠牲になられた方々の無念さに応えるものとなろう。合掌

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2022年03月19日

宮内庁は皇族方の定例記者会見の仕方を改めよ!

 敬宮愛子内親王殿下が成年皇族となられたことを受けて記者会見に臨まれた。「開かれた皇室論」を妄信する売国マスコミは、皇族方への尊称や敬語は使用せずに「さま」付けで呼ぶ。こうした姿勢が皇室に対する敬愛の念や尊厳を薄れさせている。

「開かれた皇室論」とは、1932年にソ連共産党から日本共産党へ出された「コミュンテルンテーゼ(命令書)」の項目の一つ。我が国の国柄の破壊と皇統断絶を目指す共産主義者の策謀であり、これに与することは反天皇運動の忠実なる遂行である。

 所謂「天皇制廃止運動」も指令の一つ。昭和時代には「天皇の戦争責任・退位論」に始まり、続いて「開かれた皇室論」や「敬称・敬語不使用運動」を展開した。

 平成以降も「女性天皇論」や「女性宮家論」として引き継がれ、最近では皇位継承問題を理由に「女性皇族の皇籍維持」や「皇女制度」などが議論されており、その天皇制廃止運動は国民が自覚の無い儘に巧妙に継承され浸透してしまっている。

「開かれた皇室論」の実行を謀る売国マスコミは、皇族方への親しみ易さをアピールしているが、そうした姿勢と逆行して天皇及び皇族方の尊厳が軽んじられ、我が国の伝統文化や美徳を喪失させてしまっているということに国民は気付くべきだ。

 我が国は天皇陛下を族長と仰ぐ家族国家であり、この国體の精華は万邦無比である。戦前の様に「畏れ多くも畏くも」とは言わないまでも、陛下や皇族方に対しては「さま」ではなく尊称と節度ある敬意を表するのは当たり前のことだ。

 愛子内親王殿下に限らず、皇族方の定例会見での言葉尻を捉えて政治問題化しようという意図が見える。愛子内親王殿下の会見の目的は、週刊誌やワイドショー向けの記者会見としか思えない。宮内庁は別な形での御発露の方法を考えるべきである。

 会見後、愛子内親王殿下を持ち上げる報道が目立つ。こうしたことは皇統断絶派らが謀る愛子内親王殿下即位への布石であるのは明らか。愛子内親王の記者会見の日、秋篠宮悠仁親王殿下が中学を御卒業された。何故にこの日に記者会見なのか。

 女性天皇を容認する国民が多いのはマスコミに因る世論誘導が大きい。女性天皇では、神に仕える神事を執り行うことが憚れる。そうした意見はジェンダー平等主義に反するというが、別に女性差別ではなく、伝統というものはそういうものだ。

 例えば女性には生理がある。生理は「穢れ」であり、皇室の神事の一つである「皇霊祭」では生理中の女性皇族は参加出来ない。生理中の女性というのは情緒不安定になるということから、精神統一が必要とする神事には不向きということもある。

 こうした処遇は、差別ではなく生理中の女性の体調を気遣いでもあるのだが、それをクソ左翼や反天皇勢力は曲解し、「生理は汚らしいのか」とか「女性蔑視だ」と反論し批判する。だが、こうしたことは何も日本の皇室だけが特例ではない。

 イスラム教では生理中には礼拝所であるモスクには入れない。ユダヤ教は生理中の女性との握手を禁じている。こうしたことは伝統の中で培った教えでもあるのだ。

 女性皇族が行えるのは神事より国賓・公賓への接遇や会食とイベントに華を添えることくらいなもの。「女性天皇論」は、天皇の在り方や宮家の本分を理解することなく、単なる国事行為をする便利な存在としか思っていないから語れるのだ。

 女性が天皇に就くというのは普通の生活は送れないということを意味する。過去十代八人の女性天皇は全員独身で即位し、譲位以後も独身を通した意味は重い。

 女性天皇論者は、神道そのものの無理解と天皇が祭主としての祭事の重要性を理解していないから安易に語れる訳で、これこそ天皇を軽んじてる証左でもある。

 愛子内親王殿下が即位したとして御成婚の相手をどうするのか。「旧皇族から婿取りすれば好い」という声も聴くが、そういうことになれば皇室典範の改正が必要となる。旧皇族からの婿取りより、旧皇族の皇籍復帰が先で順序が逆だろう。

 抑々、皇室典範とは皇室の家憲であり、天皇が護持し受継いで行くものなのである。現在の皇室典範は日本国憲法と同じくGHQが改悪してしまい正統性は無い。現憲法同様、皇室典範を無効とし、旧皇室典範を天皇に奉還しなければならない。

 旧皇族の皇籍復帰及び内親王殿下との養子縁組を成立させるには、皇室典範第十五条の「皇族以外の者及びその子孫は、女子が皇后となる場合及び皇族男子と婚姻する場合を除いては、皇族となることがない」の条項の見直しが必要となる。

 臣民である国民が皇統を論ずることに違和感を覚える。天皇及び皇族の意見が成されないのは、現憲法が基本法として機能していない証左である。旧皇族の皇籍復帰を成すことで解決するのに手を拱くのはやはり皇統断絶の策謀としか思えない。

 抑々、旧皇族の皇籍復帰は盤石な男系男子を確保すると共に、廃絶になった秩父宮・高松宮、女性皇族しかいない常陸宮と三笠宮の祭祀を継承して頂くことある。

 皇位継承で大事なのは神武天皇以来の「男系」の血筋であり、「今上陛下とは血筋が違う」というのは近年の反天皇勢力に拠って創られた現代の価値観に過ぎない。

 旧宮家とは、「伏見(ふしみ)宮」「閑院(かんいん)宮」「山階(やましな)宮」「北白川宮」「梨本宮」「久邇(くに)宮」「賀陽(かや)宮」「東伏見(ひがしふしみ)宮」「竹田宮」「朝香(あさか)宮」「東久邇(ひがしくに)宮」。

 旧十一宮家の内「山階」「北白川」「梨本」「東伏見」の四宮家は断絶しているが、旧宮家の方々は北朝第三代崇光天皇の皇子、栄仁親王から始まる伏見宮の系統に属し今上天皇との関係は室町時代の伏見宮貞成親王を共通の祖先とされている。

 東久邇宮盛厚王(明治天皇の孫)の妻は昭和天皇の長女・茂子内親王であり、上皇后陛下が民間から嫁がれていることをしても男系男子の正統性を有する。

 こうした男系男子の旧宮家に対し、安定的な皇位継承策を検討する政府の有識者会議(清家篤座長)は「皇位継承権を持たない」と摩訶不思議な提言をしている。

 憲法以前の御存在であらされる天皇が、今や現憲法下で国事行為をやらせるだけの傀儡となってしまっていることを憂慮せざるを得ない。日本国憲法第一章「天皇」条項を議論すれば、自ずと大日本帝国憲法の正統性を知ることとなろう。

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2022年03月18日

真珠湾攻撃と同時多発テロをロシアの侵略を同列に準えるゼレンスキー大統領

 ウクライナのゼレンスキー大統領が米国連邦議会でオンラインでの演説を行った。その中で、真珠湾攻撃と同時多発テロをロシアの侵略を同列に準えたことで、SNSなどでは「真珠湾攻撃」に反応したネット右翼らからは批判の声が聞こえて来る。

 旧ソ連だったウクライナの歴史認識なんぞこんなもの。況してや米国連邦議会での演説だもの何でもあり。日本軍の真珠湾攻撃とイスラムの同時多発テロの共通点を言うなら、米国の自己中心的不正非道に呻吟していた民族の怒りの現われである。

 同時多発テロは米国への警鐘乱打でもあった。米国の不正義の下で呻吟している人々は、あの同時多発テロを涙と歓声で賞賛したことも忘れてはならない。

 20世紀半ば、世界は第二次世界大戦に突入。そんな中で、米国America、英国Britain、支那China、和欄Dutchから我が国へ所謂「ABCD包囲網」が敷かれる。我が国に無理難題を強いる最後通牒「ハルノート」が突き付けられることとなる。

 降伏は即ち欧米の植民地の道しかなく、我が国の生き残る道は連合国との戦争しかないとの決断し、開戦の詔勅を賜り、米国に宣戦布告。真珠湾攻撃に至ったのだ。

 米国内では、毎年12月7日(現地時間)を「汚名の日・リメンバー・パールハーバー」として、我が国を卑怯な国として糾弾して止まない。そうした米国人の感情にゼレンスキーは訴えたかったのだろうが、その喩えは大きく間違っている。

 当時の米国はウクライナを恫喝し続けた上に侵略してるロシアと同じであり、降伏することはロシアへの併呑を意味する。真珠湾攻撃と大東亜戦争は、祖国と民族を守る為の防衛戦争であり、ウクライナの戦いは先の大戦での日本の姿と重なる。

 戦争は国際法で認められる政治的行為でもあるが、非戦闘員への攻撃は国際的犯罪であり、テロは赦されることではない。ロシアの非戦闘員の虐殺も国際犯罪である。常任理事国であるロシアの行為は国際法上の戦争というより民族弾圧そのもの。

 テロとは軍事力に乏しい民族の叫びでもあるが非戦闘員を巻き込むテロに大義は無い。同時多発テロは、歪な正義を掲げた米国が「世界の警察」を気取り、我が物顔で世界を伸し歩く傲慢不遜な態度に我慢ならないアルカイダに拠る犯行だった。

 今や、米国の自己中心的不正非道に苦しむ非西洋諸国の多くが、米国を唯一最大の外敵、脅威と考えている。米国自身が「無法者の超大国」だと気付くことは無く、テロ根絶の名の下に更なる弾圧が続けば、悪の連鎖は果てしなく続くだろう。

 テロの根絶を願うなら圧政に呻吟する民族の解放と独立させる以外になく、畢竟、それは政治体制の崩壊を意味する。それは米国や中共も然ること乍ら、ロシアや北朝鮮、中近東然り。それはゲリラやテロリストの根絶以上に不可能なものである。

 国際紛争を解決するべき国連にしても機能していない。ロシアへの非難決議もロシアが拒否権を行使。終戦間際に参戦したソ連(現ロシア)や戦後の国共戦争で勝利した中華人民共和国が常任理事国では公平公正な和平など出来る訳があるまい。

 我が国が常任理事国入りを目指すのならば米国に諂うばかりではなく、意見は意見としてハッキリと物申すべきで、米国の「イエスマン」はもう止めるべきだ。

 ロシアの近隣諸国への軍事力を背景にした恫喝や、米国の振り翳す不正義の下で呻吟している国々、更には中国共産党に因る弾圧で苦しんでいる国や民族がいることを我が国がリーダーシップを発揮して積極的に訴えて行くことが求められる。

 ロシアのウクライナ侵略は世界のパワーオブバランスが崩れる序章である。アジアの動乱は昔から「米国」と「共産主義」が元凶だった。その米中両国の国益や利権が一致する時、それはアジアの動乱の濫觴と言っても過言ではない。警戒を怠るな。

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2022年03月16日

戦わざれば亡国 戦うもまた亡国(海軍大将永野修身)

 歴史的に他国に支配を受けて来たウクライナだが、ソビエト連邦崩壊後はロシアと西側(NATO)緩衝地帯としての存在だった。地政学上、プーチンにとっては米国民主党を頼り、西側に就こうとするウクライナの悲劇は運命とも言える。

 ウクライナのロシア軍との戦いぶりは専守防衛を掲げる我が国にとって教わる部分が多い。大東亜戦争を決断した海軍大将の永野修身の「戦わざれば亡国、戦うもまた亡国」との言葉を思い出す。ウクライナの現状は正にこの言葉に現れている。

 戦わざれば亡国、
 戦うもまた亡国であれば、
 戦わずしての亡国は身も心も
 民族永遠の亡国である。
 アメリカの主張に屈服するというのは、
 日本が亡国の憂き目に遭うということです。
 しかし、戦うのもまた、亡国であるかも知れません。
 戦わないなら国が滅び、戦ったとしても国は滅びる。
 けれど、戦わずに国が滅びるというのは、
 日本民族が、身も心も永遠に国を失うことになります。
 もし戦い、護国の精神に徹するなら、
 たとえ戦いに勝てなかったとしても、
 祖国を護るという日本精神が残ります。
 そうすれば、私たちの子孫は、必ず再起し、あるいは三起する。
 統帥部としては、もとよりあくまでも
 外交交渉によって平和的解決を望んでいます。
 けれどもし、不幸にして開戦と決し、
 陛下の大命が発せられるようなことになるなら、
 勇躍戦いに赴き最後の一兵まで戦う覚悟でございます。(海軍大将永野修身)

 ウクライナでの被害拡大にロシアやプーチンを糾弾するなら理解もするが、「どうせロシアに勝てない。妥協するべきだ」とか「戦うのを止めて撤退するべき」という声が聞こえる。橋下徹は「戦うという一択は危険だ」と自説を垂れ流す。

「戦わないで、国外に退いてチャンスを待てば好い」とか「抗戦することで更に被害が拡大する」とか、「無駄死にして欲しくないんですよ」と、ウクライナの抵抗が被害を拡大させているかの様な安っぽい平和主義を騙るコメンテーターばかり。

 戦後民主主義教育の洗脳から先の大戦は「悪」と教えられた。開戦前、アジアの独立国は日本とシャム王国(タイ王国)だけだった。他は全て欧米の植民地。我が国が抵抗したことで、アジアが解放され、人種平等を成し遂げたことを知らない。

 大東亜戦争の大義も教えられず、ポツダム宣言受諾後に千島列島の最北端で起きたソ連との戦い(占守島の戦い)も知らない国民は多い。占守島での戦いに拠って、ソ連軍の北海道への侵略が遅れたことで日本が分断されることはなかった。

 大東亜戦争を侵略戦争と断じるのは容易い。先の大戦を知るには何故に我が国が開戦を決意し、何故に真珠湾攻撃に至ったかということを知らなければならない。

 そうした先人の日本人が掲げた大義と渾身の決断を知らない故に、安易に「抵抗することで犠牲者が殖える」「無駄死に」などという言葉が口を吐くのだ。

 15世紀の大航海時代以来、白人に因る世界制覇の波がアジアにも押し寄せアジアは次々と列強に蚕食され植民地となって行った。我が国は西洋列強に追い着くべく、中央集権国家形成を目指し、戊辰戦争を経て明治維新の大業を成し遂げた。

 日清戦争勝利を経て日露戦争の勝利から15年後、パリ講和会議で我が国は「人種平等の原則」を国際連盟規約に載せることを提案する。だが、議長を務める米国大統領・ウイルソンは「有色人種に人権など必要無い」と拒絶し否決した。

 当時、米国人ら白人による人種差別が横溢していたのは明らかで、日露戦争が齎した歴史的課題の本格的実現は大東亜戦争を待たなければならないのである。

 その後、第二次世界大戦に突入し、米国America、英国Britain、支那China、和欄Dutchから我が国へ、所謂「ABCD包囲網」が敷かれる。そして、我が国に無理難題を強いる最後通牒となる所謂「ハルノート」が突き付けられることとなる。

 降伏は即ち植民地の道しかなく、我が国の生き残る道は連合国との戦争しかないとの決断し、開戦の詔勅を賜り、米国に宣戦布告。真珠湾攻撃に至ったのだ。

 我が国は敗れはしたが、第二次大戦後、世界から次々と植民地が解放されて行く。つまり、大東亜戦争の大義であった「人種平等の原則」を成し遂げたのである。

 ウクライナとロシアの戦いは、専制主義(全体主義)と自由と民主主義の戦いであり、現状の国際体制を維持するのか、ロシアや中国共産党の放題を赦すのかという戦いでもある。ウクライナの現状は正に「退くも地獄、進むも地獄」に違いない。

 ウクライナの抵抗がロシア崩壊の要因になり、更には世界の共産主義が絶滅することを願うばかり。それにしてもバイデン米国民主党政権の狡賢さが際立つ。我が国は、日米安保条約を過信せず、ロシアの北海道侵略に万全の体制を整えよ。

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2022年03月15日

「自ら省みて縮(なお)くんば一千万人といえども我いかん」という精神性は持ち合わせていないのか

 ロシア軍のウクライナへの侵略に、橋下徹が「戦うという一択は危険だ」とか「妥協点を見出すべき」と尤もらしく語り、テリー伊藤は「無駄死にして欲しくないんですよ」と、然もウクライナ人の安否を慮ったかの様な自説を垂れ流している。

 戦わずして祖国を見捨てて逃げるというが、橋下は穢多・非人の家系だから祖国愛に乏しいとしか思えない。テリー伊藤も戦争で死ぬのは「無駄死」だと言い放つが、何処の民族でも祖国を護る為には死をも厭わない。何が、無駄死か。

「社会は肉体の安全を保障するが魂の安全は保証しない」とは三島由紀夫。日本人が本来大事にしなければならないものは肉体より魂であり精神性である。

 テリーは「ウクライナはロシアに勝てませんよ」という。負けるから戦わないというのは民族の魂を捨て去ることだ。「浩気宇宙に満つ」とか「自ら省みて縮(なお)くんば一千万人といえども我いかん」という精神性は持ち合わせていないのか。

 ウクライナ住民や幼い子供が犠牲になってるのはロシア軍の攻撃に因るもので、それをロシア軍に抵抗しているウクライナが悪いかの言い分には憤りを覚える。

 鈴木宗男も講演会で「原因をつくった側にも責任がある」とウクライナの対応を批判した。一方で「先に手を出した者が悪いというのが道理だ」とも語ってるが、発言が矛盾していることにさえ気付いていないのか。正しく老害の極み。

 真珠湾攻撃を当て嵌めてみよう。「原因をつくった側にも責任がある」とは米英である。「先に手を出した者が悪いというのが道理」なら日本が悪いとなる。

 ウクライナに当て嵌めれば、戦争の原因を招いたのは米国に追随したウクライナというよりロシアであり、その首魁のプーチンな訳で、侵略者を庇う神経が分からない。揚げ句に経済制裁に踏み切った日本政府を批判とは本末転倒だろう。

 三人(他にもうじゃうじゃいるが)の共通してるのは、広島・長崎の原爆投下にしろ東京大空襲にしろ日本から逃げれば好かったし、大東亜戦争で被害が拡大したのは日本の所為だという戦後民主主義教育に因る自虐史観の洗脳状態の継続(苦笑)

 終戦間際の8月6日、米爆撃機B29エノラ・ゲイが広島に原爆を投下した。広島平和公園内には「安らかに眠って下さい。過ちは繰返しませぬから」という訳の分からぬ原爆死没者慰霊碑が建っている。自虐史観の象徴の様な碑である。

 過ちを犯したのは米国であり、大東亜戦争が悪い訳ではない。鈴木宗男の論理だと、原爆投下の原因を作ったのは日本となるんだろうか。抑抑、原爆投下は戦争終結の為ではなく、日本人への人種差別と原爆に因る人体実験から実行されたものだ。

 6日の広島、9日の長崎への原爆投下を受け、日本政府は14日、終にポツダム宣言の受諾を決定した。このポツダム宣言受諾の結果をして、「原爆投下が戦争の終結を早めた」という人がいるが、歴史的事実はそう簡単なものでは語れない。

 ポツダム宣言の原案には「天皇制存続の保障」が盛り込まれていたのは確認されている。米国側は、日本政府が以前から講和(和平)を模索していることを知っていたので、天皇を保障する案なら受け容れる可能性が極めて高いと考えていた。

 ところが、反日的なスチムソン陸軍長官やバーンズ国務長官らは、元国務長官ハルの助言もあり、「天皇制存続」の項目をポツダム会議の直前で削除してしまう。

 即ち、ポツダム宣言は我が国には極めて受け容れ難い内容になっていたのである。トルーマン大統領は、ポツダム宣言発表前日(7月25日)の日記に、「この兵器(原爆)は今から8月10日迄の間に使用されることになる」と記している。

 米国側が「日本政府がポツダム宣言を黙殺したから原爆が投下された」という反論が真っ赤な嘘であることは、このトルーマン大統領の日記が明瞭に証明している。 原爆を日本に投下することになった背景は、根強い日本人への人種偏見からだ。

 米国が原爆投下を決定したのは1943(昭和18)年5月のことで、原爆搭載機を対日戦用のB29爆撃機を選んだ。翌年9月、米英間の秘密覚書「ハイド・パーク協定」には、「原爆は日本に対して使用されるであろう」と明記されている。

 こんな不可思議な決定は人種偏見や日本人蔑視以外に合理的根拠は見つからない。原爆投下後の「放射能治療方法交流禁止」や「被爆者カルテ没収」などの人権蹂躪行為を見ると「動物実験」としての原爆投下だったのではとすら思える。

 トルーマンの日記には「ジャップどもは野蛮人で、冷酷、無慈悲且つ狂信的な連中だ」と綴られている。人種差別や日本人蔑視が横溢してたのは明らかだろう。

 原爆投下した米国の「核の傘」に甘んじ、国家の大本を米国に依存しているこの歪な体制をいつまで続けるつもりなのか。岸田首相は、非核三原則を順守するという。過日、ロシア海軍が宗谷岬を通過してるが、ロシア軍の核の通過は見逃した。

 広島・長崎での原爆被害に加え、反原発派や脱原発派どもの策謀によって、「核武装」という国防上最重要ともいえる問題はタブー視されている。ウクライナは陸続きだから隣国へ避難出来るが、周りを海に囲まれている我が国はそうは行かない。

 アジアや世界から核兵器が無くなるまで暫定的に保有する「核武装構想」は、祖国防衛やアジアや世界の平和と安定に貢献出来るものである。戦争被爆国である我が国が核を保有した上で、核の脅威と核廃絶を訴えることに大きな意味を持つ。

 真の「平和」を創造する為にも限定的核武装を急ぐべきだろうが核共有議論も儘ならない。前出のコメンテーターに代表される平和ボケが日本を崩壊へ導く。

 岸田政権はウクライナ情勢を鑑み、原発の警備を強化するという。危機管理上、原発警備は当然だが、自衛隊ではなく県警に任せるというのだから嗤うしかない。

 我ら日本人が死守するべきは皇統である。つまり、自衛隊は皇軍で在らねばならないということだ。本格的な国防論議が出ないのは、米国の謀った戦後民主主義教育の弊害であり、戦後占領政策は米国が意図した以上の成果を齎し続けている。

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2022年03月12日

東日本大震災で亡くなられた方々は巨大地震に因る大津波が原因

 東日本大震災から11年となる昨日、県主催の追悼復興祈念式が行われ、岸田文雄首相が参列した。祈念式典で、岸田首相が追悼の言葉を述べ、内堀雅雄知事は式辞で犠牲者を悼み、遺族の方々に哀悼の意を表し、復興への決意を述べた。

 式辞は例年と同じで「巨大地震と大津波に加え、原子力発電所の事故という未曽有の大災害は4000人を超える尊い命を奪った」と昨年と同じ式辞に違和感を覚える。

 東日本大震災で亡くなられた方々は巨大地震に因る大津波が原因であって、原発事故での関連死者はいるが原発事故での放射線被害で直接亡くなった人はいない。原発事故で尊い命が犠牲となったかの様な「複合災害」との言葉は混乱を生む。

 原発事故の関連死はあるが、放射線で直接亡くなられた人はいない。民主党政権が行った強制避難命令に由り、重篤な患者や医療弱者が緊急に移動させられ亡くなったのは原発事故が原因というより、民主党政権の科学を無視した愚策に在る。

 11年前の3月11日、国会では菅直人首相の外国人からの不法献金が追及されていた。辞任已む無しの状況下で巨大地震が発生。菅は不法献金疑惑から逃れようと現場視察というパフォーマンスに出た。この軽挙妄動が混乱に拍車を掛けることとなる。

 東日本大震災当日から炉心溶融という「最悪のシナリオ」を予測していながら、菅直人自らが強く望んだ福島第一原発視察に因って、事故拡大防止の為に採るべき第二第三の矢を放つのが遅れてしまったことは決して見逃すことは出来ない。

 政府関係者が原発対策より「菅首相を被曝させない」ことを優先する余り、1号機の炉圧を低下させる為の「ベント」と呼ばれる応急措置が遅れてしまったのだ。

 菅の現場視察こそが、原発事故の現場の対応に要らぬ混乱を招き被害が拡大した最大要因である。東電幹部より菅直人こそが「業務上過失致死傷罪」で逮捕され刑務所に送り込まねばならない犯罪者であり、菅が強制起訴されない裁判に意味は無い。

 大震災の対策に手を拱いていた民主党政権は、「SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)」の数値を隠蔽し、科学的根拠の無い「原発周辺20キロ圏内」という避難指示を下した。このSPEEDI数値の隠蔽行為が後々禍根を残す。

 双葉町に在る双葉病院やドーヴィル双葉周辺は放射線量は低い地域だった。避難指示を解除し治療を優先すべきだったにも拘らず、「原発周辺20キロ圏内」に拘泥して強制的に避難させてしまったことで患者が死亡したというのが事実である。

 双葉病院やドーヴィル双葉に入所していた移動困難な動かしてはいけない重篤な患者に移動を強いた責任者は、当時の首相であり災害対策本部長だった菅直人である。科学的データを無視した避難指示は正しく殺人行為と言って好いだろう。

 東電旧経営陣らを庇うつもりは毛頭ないが、当時の最高責任者でありながら混乱と更なる被害の拡大を生んだ菅が逮捕されないことに正義が在るとも思えない。当時の政権の失政を総括し、政治家全体の責任として猛省しなければその意味は無い。

 騒がれている処理水問題にしても何故に早くに海洋放出が出来なかったのか。「福島は除染をしなければ住めない土地」と風評を悪化させる原因を作ったのは非科学的な除染作業であり、何故に除染が強行されたのか予断なく検証するべきである。

 事故責任を問うのは法治国家では当然であろうが、それよりも大事なことは災害が起きた際に「人災」と言われる様な過ちを再び繰り返さない為に我々はどうすべきなのか、未曾有の原発事故というなら、その教訓を今後にどう活かすかだろう。

 福島原発事故に限らず、いつか起こるであろう韓国や中共、或いは世界の原発事故に対し、東京電力福島第一原発事故に対する収束技術や正確な科学的データが活かされることこそ、犠牲者並びに福島のこの地に住み続ける我らの願いでもある。

 余談だが、内堀知事の挨拶から「ご冥福」の言葉が消えたのは好ましい。数年前までは使っていたが、愚生が秘書課に指摘したのが効いたのかのか使わなくなった。

 だが、遺族代表やSNSなどでは「ご冥福」との言葉が溢れていた。保守派と言われる某女性議員が「ご冥福」と使ってたので指摘しようと思ったがフォローを解除した。死者を悼む気持ちを否定する訳ではないが、宗派を軽んじてはいけない。

 冥福とは「死後の幸福」という意味。浄土真宗での教義は「死は穢れ」ではなく、故人を阿弥陀如来の智慧の光明によって極楽浄土へと導くという真理である。

 東日本大震災での犠牲者には浄土真宗の檀家の方もいるだろう。「冥福」という言葉を安易に使うことは阿弥陀如来の否定であり、浄土真宗への冒涜である。

「冥福」というとそれらしく聞こえるから使いたがるが、故人の宗派が分からないなら「哀悼の意を表します」「お悔やみ申し上げます」と言い換えるべきだ。

 葬儀告別式でも地元選出議員らの選挙活動の一環として弔電披露が行われる。宗派に関係なく「訃報に接し心より故人の冥福を祈ります」などとやってる議員が多いのには厭きれてしまう。死者を悼む前に仏教や宗派の教えを学んだら如何か。

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2022年03月11日

東日本大震災で得た教訓を活かし高度な対策を構築して行くことが大事

 東日本大震災から11年経つ。平成23(2011)年3月11日の午後3時少し前、国会中継を見ていると「緊急地震速報」のテロップが流れて数秒後、ゴーという不気味な音と共にドカ~ンっという大きな揺れに徒ならぬ不安を覚える。

 いつもの地震と同じ様に直ぐに止むと思っていたその揺れは収まるどころか更に強まり、部屋中の物が散乱した。間隔を置いて3回、凡そ5分間の激震が続いた。

 兎に角、立っているのもやっとで経験したことの無い長く強い地震だった。余震の続く中、部屋を見渡すと物は落下し散乱していた。部屋の天井は歪み、サッシ戸や窓は開き、風呂場の壁は剥がれ落ちてた。そんな中でも無事だったのは幸いだった。

 パートに出てる愚妻に連絡を取るも携帯は繋がらない。愚妻にtwitterなどのSNSをやらせとけばと悔やんだが仕方ない。部屋中に散らかった物を片付けていると愚妻がやっと帰宅。倅夫婦と孫も一緒で無事な様子に安堵したことを思い出す。

 倅夫婦の住まいもかなり古い家屋なので「倒壊するのでは」と部屋のは戻れず、着のみ着の儘で出て来た為に、孫のミルクやオムツなども持ち帰る余裕も無かったとのこと。強い余震が続く中、近所のツルハドラッグに買い出しに行った。

 地震で散乱した店内でオムツやミルクなど必要な物を探しレジに持ってくと、店員さんが「こういう状況なので御代は落ち着いてからで結構です。困ってる時は御互い様です。また来店して下さい」という。この言葉に甚く感動したっけ。

 翌日、食料品などを買い出しにイトーヨーカドー郡山店へ。ペットボトルの水を購入しようと探すも2ℓサイズは既に売り切れで、普段は30円程で売ってる300㎖が一人2本限定で1本100円で売っていたのには厭きれた。正に便乗商法ではないか。

 ツルハドラッグの店員とはエラい違い。「商魂逞しい」と言えばそれ迄だが、こんな状況下で営利主義の賤しさを目の当たりにし嫌な気分になったのを思い出す。

 震災後、「絆」という言葉が合言葉になり、陛下(上皇陛下)は「国民一人びとりが、被災した各地域の上にこれからも長く心を寄せ、被災者と共に夫々の地域の復興の道のりを見守り続けて行くことを心より願っています」と思し召し遊ばされた。

 福島県の被災者は、大津波で亡くなった宮城や岩手県の被災者に比べて東電からの手厚い補償もあって恵まれている方だと思うが少し甘え過ぎてはいないか。

 福島県の被災者は生活の不満を口にし、逸早く県内から逃亡した自称・被災者らも何かと理由を吐けては帰還を拒み、生活苦を訴え、賠償、賠償のオンパレード。

 東京電力福島第一原発事故の被害は原発設置周辺者に限らず県民なら誰もが同じこと。偶偶、原発周辺20㌔以内に住んでたから補償の対象になっているだけ。原発周辺の被災者は、当時の菅直人民主党政権の愚策に感謝すべきだわな(苦笑)

 菅首相は当時、SPEDDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)の数値を隠蔽し、科学的根拠を無視して原発周辺20㌔圏内の住民の避難を指示した。

 この愚策が要らぬ被災者を生み出し、放射線量が低いのに避難を余儀なくされた双葉病院や介護施設・ドーヴィル双葉の入所者44名を殺した正しく人災だった。

「20キロ圏内」という科学的データに拘り、移動困難な動かしてはいけない重篤な患者に矯正避難を強いたことで治療が困難となり死に至らしめた。その責任者は、東電元幹部らではなく、当時の首相であり災害対策本部長だった菅直人である。

 原発事故で故郷を離れた被災者らは口々に「帰りたくても帰れない」と不安を口にするが、故郷に帰るより東電からの賠償金で暮らしてた方が得というのが本音。

 そんな避難を余儀なくされた原発周辺の住民は、東電関連の仕事に従事していた方が多く、福島第二原発の再稼働が無理な現状では故郷に帰っても仕事が無いというのが現実だ。福島第二原発が廃炉と決まった今、帰還は更に困難になるだろう。

 そうした本音を直隠し、「我々は被害者だから優遇されるのが当然だ」と言わんばかりの限りのない無心は、同じ福島県民としてホントみっともないと思う。

「平和」という言葉が、共産党の党勢拡大に最も効果的な武器となった。「反原発」も同じで、放射線の恐怖を煽り続けて勢力を拡大させ、再生可能エネルギー利権を漁っている。共通するのは国益を害し、国力を低下させる為のものでしかない

 再生可能エネルギーの太陽光パネル発電にしても、原発事故を利用した便乗商法というのが正しく、再生可能エネルギーの普及に比例して賦課金は殖え続ける。

 国民に負担金を強いる再生可能エネルギーが中心となれば国力低下を招くのは必至。そんなものより我が国の技術力をもっと信用し、原発再稼働こそ急ぐべきで、東京電力福島第二原発や東北電力女川原発の再稼働こそ復興の象徴になるだろう。

 原発事故の感情論で福島第二原発の廃炉を決めるのであれば、県外避難してる被災者に対し避難した土地での再起を促し、納得させることも政治の責任である。

 未曾有の原発事故以来、ロクに休養も取らず、家族にもロクに会えず、原発構内で命懸けで事態を収束させようと努力している方々がいる。我々は、そうした方々の懸命の努力や犠牲の上に今の生活が成り立っていることを忘れてはならない。

 世界が原発事故の終息を注視する中で、過酷な現場で従事している彼らの人智が我が国の未曾有の国難を救い、その努力が必ずや報われることを願って止まない。

 大震災を忘れまいと大津波の映像やその犠牲者を取り上げて、更には福島第一原発事故を殊更にに騒ぎ立てる。被害を忘れないという気持ちも大事だとは思うが、大震災で得た教訓を活かし高度な対策を構築して行くことこそが大事だと思う。

 大震災日の今日、県内では追悼集会に加え、迷惑なことに反原発派が騒ぎ立てる。出来ることなら各々の主張は控えて、心静かにこの日を過ごしたいものです。東日本大震災に於いて犠牲になられた方々に対し衷心より哀悼の意を表します。

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2022年03月10日

3月10日という日は日本人にとって忘れてはならない日です

 15世紀の大航海時代以来、白人による世界制覇の波がアジアにも押し寄せアジアは次々と列強に蚕食され植民地となって行った。我が国は、西洋列強に倣い、強力な中央集権国家を形成しようと明治維新の大業をたった数年で成し遂げた。

「日清戦争」や「日露戦争」然り、また韓国が批判して止まない「日韓併合」にしても、アジアや我が国にとっても避けては通れない宿命的な歴史だったのである。

 明治37年2月10日、我が国は世界最大の大国ロシアに対し敢然と宣戦布告する。開戦前、世界の軍事専門家の中で日本の勝利を予想した者が一人もいなかった。

 誰が見ても厳しい戦いは予想された。約1年半に及ぶ大戦は、我が国が奇跡ともいえる勝利を収める。日本という小国がアジアのそして世界の希望の星となった。

 日露戦争での奇跡的勝利は、欧米列強に我が国の地位を認めさせることとなり、幕末以来の懸案事項であった不平等条約の改正に繋がって行くこととなる。

 日清戦争では「治外法権」は克服していたが、日露戦争の勝利に拠って「関税自主権」という不平等条約の改正が実現された。関税自主権の回復を実現することで明治維新の目的が成就し、我国は真に独立を回復することが出来たのである。

 白人中心主義の時代、有色人種である日本民族がロシアに対して決死の覚悟で敢然と臨んだ日露戦争での勝利は、世界の植民地政策で搾取や弾圧を受けている民族の独立心を駆り立て、後の大東亜戦争後の植民地の解放という大義が成し遂げらる。

 日露戦争という世界史に於ける歴史的意義は、日本の勝利が世界中の被抑圧民族を感動させ、自主独立への夢を駆り立てたという大きな意義を持つものだった。

 明治38年(1905年)3月1日から、日露戦争最後の陸上戦「奉天会戦」が大山巌陸軍大将指揮下で行われ、同月10日、勝利を収めた。この成果を称え、翌年政府は3月10日を「陸軍記念日」として制定し国民奉祝の日となった。因みに「日本海海戦」でバルッチック艦隊を撃破し、勝利した5月27日は「海軍記念日」である。

 明治から大正時代を経て昭和に入ると不穏な情勢となる。そしてついに世界は第二次世界大戦が勃発。我が国は開戦の詔勅を賜り米国に宣戦布告し、真珠湾攻撃に至った。山本五十六元帥を失った我が国は講和の機を失して行くこととなる。

 戦況は芳しくない中で、昭和20年3月10日の「陸軍記念日」を狙って米国は無差別攻撃を開始する。この爆撃によって多くの無辜の人々の尊い命が失われた。

 米軍による東京大空襲はこの年の3月10日が最初で、「日本の多くの家屋が木造だ」という理由から火炎の強い焼夷弾を投下した。米軍更に4月14日と5月25日にも空襲を断行している。25日の戦災では皇居にも及び明治宮殿が全焼した。

 陛下の執務室や御所並びに正殿などの儀式殿を失うこととなったことは断じて許されざる蛮行である。昭和天皇は御文庫を仮の御所とされ、戦後の昭和36年吹上御所に御移りになられる迄の約17年間を御文庫で御過ごしになられた。

 戦争で疲弊した国民生活の向上が最優先であるとの思し召しから、戦後も長きに亘って新宮殿の再建を御許しにならなかったという。3月10日の東京大空襲以降も陛下は、「国民と共に苦楽を分け合う」と仰せになられ、皇居から御移りになられることはなかったという。昭和天皇の大御心の程を拝する逸話であろう。

 東京大空襲は、広島、長崎への原爆投下と同様、一般人を犠牲にした蛮行は断じて許されるものではない。マッカーサーの右腕の一人、ボナ・エラーズが、日本への空襲を「史上最も冷酷野蛮な殺戮」と証言している。東京大空襲や広島・長崎への原爆投下、ドイツのドレスデン爆撃は「国際法違反」の代表的例と言えよう。

 東京裁判でこの爆撃を問われた連合軍は、「東京への爆撃は重慶、南京の日本軍のよる爆撃への報復」と詭弁を弄した。日本人の中にも未だ、こうした米国のプロバカンダを信じ、「日本が戦争さえしなければ空爆されなかった」といった自虐史観が散見されるが、米国が謀った戦後民主主義教育の洗脳から目覚めることはない。

 占領下、GHQは日本人に対し未来永劫、贖罪意識を植え付けるのが目的であらゆる施策が謀られた。こうした米国の意図は予想以上に成果を上げ、今や日本は「同盟国」とは名ばかりの「米国のポチ」として忠誠・従属を誓っている。

 我が国は同盟国とは名ばかりの米国のポチとして忠誠・従属を誓っている。驚くことに日本政府は昭和39年12月4日、東京大空襲の指揮官カーチス・イー・ルメイに対し、「国防への貢献が大である」として勲一等旭日大綬章を与えている。

 叙勲の際、東京大空襲の非を問われたルメイは、「民間人を殺したのではない、軍需工場を消滅させただけだ」と弄した。こうした詭弁は、現在のウクライナへの侵略行為でプーチンが「軍事施設への攻撃だ」宣っているのと同じである。

 3月10日という日は「陸軍記念日」であり、東京を始め全国の都市部で大空襲が始まった日である。ウクライナ戦争は決して対岸の火事ではない。我々は「国防」を理解し、真の意味での主権回復を急ぐ上でも自主独立の防衛体制を整えよ。

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2022年03月06日

米国民主党に裏切られたウクライナと李氏朝鮮の共通点

 ウクライナの悲劇の一因には米国民主党を頼り過ぎたところに在る。歴史的に他国に支配を受けて来たウクライナは、ロシアと西側(NATO)緩衝地帯としての存在だった。ソビエト連邦(ソ連)が崩壊すると米国が唯一の超大国となった。

 冷戦後、ウクライナは中立国ではあったが世界の超大国となった米国民主党政権に追随して行く。自国の安全保障を米国民主党政権を頼ったところにウクライナの現在が在ると言っても過言ではない。というのは数日前のブログでも綴った通り。

 米国民主党政権に裏切られ続け、期待していた安全保障の梯子を外されてた上に見棄てられ、ウクライナは孤立無援で戦うこととなり、ウクライナ東部のドネツクとルガンスクの両人民共和国への進駐と実効支配され本土にまで被害が及んでいる。

 ウクライナが「ブタペスト覚書」を実行せずに、核武装を保持していればこうした現実は生まなかっただろう。「米国が助けてくれる」との希望は打ち砕かれた。

 李氏朝鮮時代も似た様なことが起こっている。韓国は口を開けば「日帝36年」などと日韓併合を批判するが、日韓併合は侵略でもなければ植民地支配でもない。

 韓国が非難して止まない「差別と弾圧の日帝支配」とは寧ろその逆であり、世界に例を見ない極めて公平で平等な制度であったのだ。例えば、日韓併合時に100校程の小学校を昭和17年には4945校に、中学以上の学校を470校に増やしている。

 これが差別であり弾圧でなかったのは明らかではないか。ハングルにしても、ハングルの使用を禁じていたのは李朝の王で、彼らは諺文を禁じ漢語漢字を使用した。

 日韓併合後、福沢諭吉が諺文と認字率を高める学校教育の普及を説き、今のハングルの礎を作ったというのが事実であり、細川護熙始め日本政府が「朝鮮半島の方々は母国語教育の機会を奪われた」として謝罪したことは無知の極みである。

 こうした悲劇こそが日韓関係の日韓関係足る所以であり、韓国国民こそ自らの責任を真正面から見つめ直すべきで、反省すべきは我が国ではなく韓国である。

 日韓併合問題は、現在の国連どあった「万国平和会議」で議論されており、出席していた世界の国々の満場一致で「日韓併合」が可決されることとなった。

 三等国家の韓国が、独自の力による近代独立国家建設の道など在り得ず、我が国からの協力があって初めて日本人として文化的生活を得られたのである。

 遡ること1853年、ペリーの黒船が来襲し、我が国はこれに対抗する為に、強力な中央集権国家形成を目指し「明治維新」を経て僅か15年程で体制を整えた。

 フランスやドイツが国家形成に至るまで100年以上の年月がかかったことを考えてみても、僅かな期間で日本国家樹立に成功したことに驚嘆すると共に、日本人としてこの様な賢い国に生まれたことを心から感謝せずにはいられない。
 
 我が国が世界に「日本国家」の建国を宣言し、隣国でもある大韓民国にも独立を促した。だが、当時の李氏朝鮮は清国の属国であり、我が国からの大韓民国独立の進言に怒った清は我が国との戦争に踏み切った。それが「日清戦争」である。

 世界中の誰もが、開国間もない日本が大国である清に勝利するなど考えてはいなかった。だが、我が国が勝利した。台湾、澎湖諸島、遼東半島を割譲され、我が国の領土となるもロシア、フランス、ドイツの所謂「三国干渉」により頓挫する。

 清国の領土は敗戦に因り巨大な空き地と化し、世界の国々に蚕食されることとなった。巨大国家ロシアも清国崩壊と共に南下政策を執った。割譲されるも干渉された遼東半島をロシアが侵略するに至り、更にロシアは韓国にも触手を伸ばした。

 当時、韓国独自でロシアと対峙することなど到底無理なこと。その意味では、寧ろ日本による韓国保護の必要性を認め、日本と一体となった上で、民族の自立発展の道を模索しようとした「日韓合邦派」の主張の方が現実的だったと言えよう。

 頑迷固陋な韓国は、国内の「日韓合邦派」や我が国の意見に耳を貸すことはなく、あろうことか李王朝はロシア公使館に保護を求めたのだった。「日露戦争」で我が国がロシアに勝利すると韓国の独立の機は失ったのは言うまでもない。

 ウクライナもロシアとEUの緩衝地帯として中立国を維持するなら、米国民主党を妄信せず、核保有にしても全部放棄するのではなく、「我々は世界から核からの脅威が無くなるまで限定的に保持する」として自立の道を歩むべきだった。

 核放棄したウクライナは攻撃を否定し専守防衛体制を採っている。専守防衛は現憲法下で武力に拠る威嚇や行使を否定する我が国と同じ。ウクライナが米国を頼りにしていた米国は見放し、NATOが手を拱いている中で玉砕覚悟で応戦している。

 2021年、ウクライナはロシアの侵略に備え米国製の携帯型対戦車ミサイルシステム(ジャベリン)を配備した。そして今ウクライナはそのジャベリンで徹底抗戦中である。我が国に「自国は自国で護り通す」という気概はあるのだろうか。

 ウクライナの姿は、非核三原則どころか自国の防衛を米国に依存し続けている我が国の将来にも見える。世界情勢が変われば米国も自国の国益のみを考えるだろう。米国の裏切りや、万一に備え、防衛体制の強化と法整備を急がなばならない。

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2022年03月05日

SNSでのフォロワーやFBFが多過ぎるヤツに限って・・・

 facebookやtwitterなどSNSでの友達申請は互いの「約束事」だと思っている。ネットとはいえ高が知れてる約束事かも知れないが、そういう小さな約束事を守れない方というのは人として信用されないし、仕事もロクに出来ないのではと危惧する。

 夥しい数のFBFやフォロワーがいながら「いいね!」の数が1割も満たなかったり、逆に「いいね!」を押さなかったり。こういう気遣いの出来ない輩というのは正直余り信用しない。要は、自分の器量に応じた人数にした方が好いと思う(笑)

 閑話休題。数日前、女性天皇推進らしい、秋篠宮家を執拗に糾弾する「山倉弘一」なる人物が、facebookのコメント欄に頓珍漢な内容を入れた揚げ句にFBFの申請までして来た。申請する際に相手のプロフィールなんて読まないんだろうな。

 正統右翼浪人を自任する愚生に、男系男子推進派を腐して秋篠宮悠仁親王殿下の即位を妨害し「長子優先」として愛子内親王即位の愚論を披歴する。要は、反天連や現憲法第二条の「世襲」を理由に皇統断絶を謀る共産主義者のシンパだろう。

 旧宮家でもある竹田家の家柄で評論家でラーメン「くろおび」オーナーの竹田恒泰の言葉の一部を都合好く利用してることでも悪質。竹田も秋篠宮真子内親王殿下の夫を批判し過ぎ。そういうのが皇統断絶派に利用されることも察するべきだ。

 皇室とは祭祀を重んじる家柄であり、天皇は神道の祭主ということを理解していない。女性天皇では国事行為は可能だが、天皇が重んじるべき祭祀が叶わないのだ。

 例えば女性には生理がある。生理は「穢れ」であり、皇室の神事の一つである「皇霊祭」では生理中の女性皇族は参加出来ない。生理中の女性というのは情緒不安定になるということから、精神統一が必要とする神事には不向きということもある。

 こうした処遇は、差別ではなく生理中の女性の体調を気遣いでもあるのだが、それをクソ左翼や反天皇勢力は曲解し、「生理は汚らしいのか」とか「女性蔑視だ」と反論し批判する。だが、こうしたことは何も日本の皇室だけが特例ではない。

 イスラム教では生理中には礼拝所であるモスクには入れない。ユダヤ教は生理中の女性との握手を禁じている。こうしたことは伝統の中で培った教えでもあるのだ。

「女性蔑視」というなら聞くが、歴代ローマ法王に女性はいないし、ローマ法王を選ぶ枢機卿にさえ女性はいない。日頃「レディーファースト」などと女性を持ち上げて自慢してる国でも宗教や祭事や伝統の継承という点ではそういうものである。

 国連人権委員会や女性天皇推進派が口を揃えて「女性差別撤廃」というなら「ローマ法王のシステムこそ女性差別」としてバチカンに抗議したら如何か。だが、バチカンやローマ法王に「女性差別」などと抗議したという声は全く聞こえない。

 抑々、我が国の最高神である天照大御神は女性の神だ。また、祭主としての女性の神である天照大御神に仕えるのはやはり男の方が好ましいと思わないか(笑)

 国連人権委員会などの女性天皇運動は、捕鯨問題などと同じく日本人差別と皇統断絶の策謀である。そうした、流行りのジェンダー平等論で皇統を論ずる勿れ。

 安定的な皇位継承策を検討する政府の有識者会議(清家篤座長)は、国会が求めた女性・女系天皇の是非など皇位継承に関する方策に関し「将来議論を深めていくべきである」として結論を先延ばしする報告書を岸田首相に提出した。

 報告書は「皇族数が喫緊の課題」として①女性皇族が婚姻後も皇族の身分を保持する②養子縁組を可能にするとし、皇統に属する男系男子を皇族とするとの皇族数確保策二案。婚姻後の女性皇族を皇族身分保証は実質的な皇女制度である。

 皇女制度の創設に拠って国賓・公賓への接遇や会食などの御公務を皇籍離脱後にも関わらせようという都合の好い政治利用に他ならない。女性皇族の皇籍を維持させてまで、婚姻後も皇籍を維持させ皇室活動をやらせようとは本末転倒である。

 女性皇族の皇籍維持や「皇女制度創設」はカタチを変えた「女性宮家論」であり、皇籍離脱させられた旧宮家の方々の皇籍復帰論を絶つ為の姦策というのが正しい。宮家の本分とは皇室活動ではなく祭祀を継承して戴くということにある。

 婚姻後の女性皇族の皇籍維持は、皇族数の確保ではなく、現憲法下での御公務や皇室活動などの公的行事をやらせる為の政府の傀儡としての強要でしかない。

 皇統断絶を謀る反天皇勢力にマヌケな保守派がコレらに迎合する。我が母校である国士舘大学の特任教授である百地章のコメントは、「皇女制度は天皇陛下の公務負担の軽減が目的であり、皇族数減少に対する有効な選択肢だ」と応えている。

 こうした考えは正に「陛下の負担軽減の一環」として退位法案が可決されたのと同じ。「女性宮家論」や「皇女制度」に由り、天皇の国事行為や公的行事の御負担が軽減され皇族数が確保されるなどという意見は国民を誑かすまやかしである。

 現在、愚生のFBFは8人しかいない。その内の1人が「山倉弘一」と繋がってたのには吃驚。自分のパフォーマンスや営業の為には申請者は拒まないんだろうが、愚生と意見の隔絶してるこんな輩のヨタ記事にも「いいね!」を押してるのだろうか。

 SNSの厭な一面を垣間見た。またFBFを0人にしようかなと思っている。愚生の記事を読もうと思うならフォローで十分でしょうに。因みにフォロワーは約600人。愚生の指摘に御心当たりの方はFBFの見直しをしたら如何でしょう。呵々。

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